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特表2024-508639分子集合体、抗接着性表面を提供するための分子集合体の使用、及び、分子集合体を固体表面に適用するための方法
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  • 特表-分子集合体、抗接着性表面を提供するための分子集合体の使用、及び、分子集合体を固体表面に適用するための方法 図1
  • 特表-分子集合体、抗接着性表面を提供するための分子集合体の使用、及び、分子集合体を固体表面に適用するための方法 図2
  • 特表-分子集合体、抗接着性表面を提供するための分子集合体の使用、及び、分子集合体を固体表面に適用するための方法 図3-1
  • 特表-分子集合体、抗接着性表面を提供するための分子集合体の使用、及び、分子集合体を固体表面に適用するための方法 図3-2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-02-28
(54)【発明の名称】分子集合体、抗接着性表面を提供するための分子集合体の使用、及び、分子集合体を固体表面に適用するための方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 13/00 20060101AFI20240220BHJP
【FI】
B01J13/00 B
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023546533
(86)(22)【出願日】2022-02-23
(85)【翻訳文提出日】2023-08-31
(86)【国際出願番号】 DE2022100147
(87)【国際公開番号】W WO2022179666
(87)【国際公開日】2022-09-01
(31)【優先権主張番号】102021104706.4
(32)【優先日】2021-02-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(31)【優先権主張番号】102022104237.5
(32)【優先日】2022-02-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】500525405
【氏名又は名称】ライプニッツ-インスティチュート フュア ポリマーフォルシュング ドレスデン エーファウ
【氏名又は名称原語表記】Leibniz-Institut fuer Polymerforschung Dresden e.V.
【住所又は居所原語表記】Hohe Strasse 6,D-01069 Dresden,Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】フリードリヒ,イェンス
(72)【発明者】
【氏名】ヘルビッグ,ラルフ
(72)【発明者】
【氏名】レナー,ラルズ デイビッド
(72)【発明者】
【氏名】ポンペ,ティロ
(72)【発明者】
【氏名】ソマー,イェンス-ウベ
(72)【発明者】
【氏名】ウェルナー,カルステン
【テーマコード(参考)】
4G065
【Fターム(参考)】
4G065AA01
4G065AB04Y
4G065AB12Y
4G065BB06
4G065CA11
4G065DA02
4G065DA06
(57)【要約】
本発明は、両親媒性分子の構造的構成(2)を含む分子集合体(1)に関し、両親媒性分子(2)が、a)分子量に基づいて親水性部分より大きい疎水性部分を有し、b)極性非プロトン性溶剤中に可溶性であると共に、極性非プロトン性溶剤の不在下で、溶液から自己集合層構造を形成し、及びc)集合した層構造(3)中、特に界面において、好ましくは水性環境中において分子配向を示す、両親媒性分子(2)を含有する群から選択されることを特徴とし、集合した層構造(3)中の両親媒性分子(2)は、水性環境と接触している。本発明はさらに、固体表面(5)を分子集合体(1)でコーティングする方法であって、両親媒性分子(2)を極性非プロトン性溶剤に溶解し、得られた溶液をスピンコーティングにより固体表面(5)に適用する方法に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
両親媒性分子(2)の構造的構成を有する分子集合体(1)であって、前記両親媒性分子(2)は、
a)分子量に関して親水性部分より大きい疎水性部分を有し、
b)極性非プロトン性溶剤中に可溶性であると共に、前記極性非プロトン性溶剤の不在下で、溶液から自己組織化層構造を形成し、及び
c)形成された層構造(3)中、特に界面層において、好ましくは水性環境中において分子配向する、
両親媒性分子(2)を含有する群から選択されることを特徴とし、前記形成された層構造(3)中の前記両親媒性分子(2)は水性環境と接触している、分子集合体(1)。
【請求項2】
前記疎水性部分は、前記両親媒性分子(2)の前記分子量の少なくとも95%、好ましくは95%超を占めることを特徴とする、請求項1に記載の分子集合体(1)。
【請求項3】
前記両親媒性分子(2)は、300g/mol~2000g/molの範囲内、好ましくは300g/mol~413g/molの範囲内の分子量を有することを特徴とする、請求項1又は2に記載の分子集合体(1)。
【請求項4】
前記層構造(3)の形成された界面層の前記分子配向における変化が前記環境の前記極性の変化によって生じるよう、前記層構造(3)の前記界面層中における前記分子配向が前記環境の前記極性に基づいている両親媒性分子(2)が用いられることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の分子集合体(1)。
【請求項5】
前記両親媒性分子(2)は、多環式アルコール、特にステロールであることを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載の分子集合体(1)。
【請求項6】
前記両親媒性分子(2)の少なくとも1重量%、好ましくは少なくとも10重量%が、コレステロール分子及び/又はデヒドロコレステロール分子であることを特徴とする、請求項1に記載の分子集合体(1)。
【請求項7】
前記両親媒性分子(2)は、スチグマステロール、コレカルシフェロール及び/又はレチノールであることを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載の分子集合体(1)。
【請求項8】
コレステロール分子、デヒドロコレステロール分子、スチグマステロール分子、コレカルシフェロール分子又はレチノール分子が両親媒性分子(2)として用いられることを特徴とする、請求項1~7のいずれか一項に記載の分子集合体(1)。
【請求項9】
99重量%以下の非両親媒性分子、特にステアリルパルミテート分子の割合をも有する、請求項1~7のいずれか一項に記載の分子集合体(1)。
【請求項10】
固体表面(5)に対する抗接着剤としての、請求項1~9のいずれか一項に記載の分子集合体(1)の使用。
【請求項11】
固体表面(5)を、請求項1~9のいずれか一項に記載の層構造(3)中の分子集合体(1)でコーティングする方法であって、前記両親媒性分子(2)を極性非プロトン性溶剤中に溶解し、このようにして形成された前記溶液を、スピンコーティングによって固体表面(5)に適用する、方法。
【請求項12】
前記極性非プロトン性溶剤としてクロロホルムが用いられることを特徴とする、請求項11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造的構成を有する両親媒性分子の分子集合体、及び、抗接着性表面コーティングを提供するための分子集合体の使用に関する。本発明はまた、固体表面を分子集合体でコーティングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面の接着性に影響を与える種々のメカニズムが植物界及び動物界において知られている。これらとしては、例えば、技術的用途への転用が既に成功しているロータス効果が挙げられる。自然界における界面現象を定義する分子的及び構造的特性が広範に研究されているが、接着の制御の根底にある物理的メカニズムを完全に説明することはこれまで不可能であった。現在の研究に係る対象は、例えば、張り出した断面プロファイルを備えたハニカム状構造を有するトビムシ目(Collembola)の抗接着性クチクラを含む。トビムシ目(Collembola)のクチクラの富脂質性エンベロープは、脂肪族炭化水素、特にステロイド、脂肪酸及びワックスエステルを含有することが見い出された。ワックスエステルがクチクラの耐濡れ特性を促進させることは推測可能であるが、ステロイド及び脂肪酸などの成分の役割を説明することは不可能であった。しかしながら、特に、異なる分子の物理特性が接着効果及び抗接着効果の一因であることが推定される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、両親媒性分子の物理化学的プロセスに基づく抗接着特性を利用するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
この目的は、請求項1に記載の特徴を有する分子集合体、及び、請求項11に記載の方法により達成される。発展は従属請求項において特定される。
【0005】
本発明の本質は、層状に構造化されていると共に、自発的再配向プロセスを受け、これにより、水性環境と接触した時に接着に対するエントロピー障壁を形成する、選択された両親媒性分子の分子集合体である。
【0006】
両親媒性分子の構造的構成を有する分子集合体が提案されており、両親媒性分子は、
a)分子量に関して親水性部分より大きい疎水性部分を有し、
b)極性非プロトン性溶剤中に可溶性であると共に、極性非プロトン性溶剤の不在下で、溶液から自己組織化層構造を形成し、及び
c)形成された層構造中、特に界面層において、好ましくは水性環境である環境の極性に応じて、分子配向する、
両親媒性分子を含有する群から選択されることを特徴とし、形成された構造中の両親媒性分子は水性環境と接触している。
【0007】
界面層とは、分子集合体の層構造における、水性環境と接触している一つの層を意味すると理解される。界面層の表面が界面を形成する。
【0008】
本発明の意味の範囲内において、水性環境と接触しているとは、本発明に係る分子集合体の形成された構造の一面が水で完全に濡れていることを意味する。濡れた面が界面を形成する。
【0009】
本発明に係る分子集合体のために、a)、b)及びc)に係る特徴を有する両親媒性分子が検討される。
【0010】
本発明に係る分子集合体は、選択された両親媒性分子に係る自己組織化による層構造の形成能に基づいている。従って、分子集合体は両親媒性分子の層構造であることが好ましく、ここで、両親媒性分子は界面に対して直角に配向されている。1つ以上の層からなるこの層構造はまた、集合物として称することも可能である。
【0011】
分子層又は分子界面層の構造中における選択された両親媒性分子の分子集合体の形成によって、水性環境と接触している対応する界面層構造の分子界面層において、両親媒性により誘起される、両親媒性分子の自発的再配向プロセスがもたらされ、これにより、水性環境中に存在するタンパク質及び微生物、特に細菌に対する抗接着性効果が得られることが見い出された。
【0012】
分子集合体を含有する抗接着特性をもたらす個々の分子の自発的再配向プロセスは、個々の両親媒性分子の自律的に配向する傾向に基づいている。
【0013】
両親媒性分子の選択には、好ましくは、疎水性部分が、両親媒性分子の分子量の少なくとも95%、好ましくは95%超を占める両親媒性分子が含まれることが可能である。これは、特にコレステロール分子に適用される。
【0014】
分子集合体中における自発的再配向プロセスの所望される効果はまた、300g/mol~2000g/molの範囲内、好ましくは、300g/mol~413g/molの範囲内の分子量を有する該当するタイプの両親媒性分子においても見い出されている。好ましくは、本発明に係る分子集合体は、300g/mol~413g/molの範囲内の分子量を有する両親媒性分子を有することが可能である。2000g/molを超える分子量を有する該当するタイプの両親媒性分子を有する分子集合体は検討可能である。従って、特に合成的に生成された両親媒性分子は、より高い分子量、すなわち、2000g/molを超える分子量を有すると共に、a)、b)及びc)の要件を満たすことが可能である。
【0015】
本発明に係る分子集合体はまた、形成された層構造の界面層の分子配向における変化が環境の極性の変化によって生じるよう、層構造の形成された界面層中の分子配向が環境の極性に基づいている両親媒性分子を有することが可能である。
【0016】
本発明に係る分子集合体の一実施形態によれば、両親媒性分子は、多環式アルコール、特にステロールであることが可能である。
【0017】
分子集合体は、少なくとも1重量%(以下、重量%と略記する)、好ましくは少なくとも10重量%のコレステロール分子及び/又はデヒドロコレステロール分子の質量割合を有するものとすることも可能である。すなわち、少なくとも1重量%、好ましくは少なくとも10重量%の選択された両親媒性分子が、コレステロール分子及び/又はデヒドロコレステロール分子であることが可能である。コレステロール分子及び/又はデヒドロコレステロール分子の割合は、水性環境との接触時における、界面層構造の形態の分子集合体の抗接着性効果に好ましい影響を有する。
【0018】
本発明に係る分子集合体のさらなる実施形態によれば、両親媒性分子は、スチグマステロール、コレカルシフェロール及び/又はレチノールとすることが可能である。分子集合体中のスチグマステロール分子、コレカルシフェロール分子及びレチノール分子は、水性環境との接触時に比較的迅速に再配向すると共に、自発的再配向プロセスをほとんど伴わず、これは、分子集合体の抗接着特性の悪化に関連することが見い出された。しかしながら、抗接着性効果は、類似の非両親媒性分子の分子集合体よりも顕著に優れている。スチグマステロール分子、コレカルシフェロール分子及びレチノール分子が用いられる場合、従って、追加的に、少なくとも1重量%、好ましくは少なくとも10重量%のコレステロール分子及び/又はデヒドロコレステロール分子を用いて分子集合体を生成すると有利である。
【0019】
さらに、コレステロール分子、デヒドロコレステロール分子、スチグマステロール分子、コレカルシフェロール分子及びレチノール分子を、両親媒性分子として用いて分子集合体を形成することが可能である。コレステロール分子、デヒドロコレステロール分子、スチグマステロール分子、コレカルシフェロール分子及びレチノール分子は異なる比で使用することが可能である。
【0020】
コレステロール分子は三斜晶系結晶を形成し、これにより、分子集合体の対応する層において比較的「ゆるい」配列がもたらされると推測される。これにより、層中における分子の易動性が促進される。これとは対照的に、トビムシ目(Collembola)のクチクラの構成成分であるステアリン酸及びパルミチン酸分子は、単斜晶系結晶を形成して密に詰まった層に堆積され、その結果、周囲の媒体の極性が変化した時においても、想定される分子の両親媒性により誘起される自発的再配向プロセスが妨げられてしまう。
【0021】
本発明に係る分子集合体は、以下のさらなる特性を有する。
周囲の/接触している媒体の極性の変化が、対応する集合物(層構造)の分子界面層中における両親媒性分子の両親媒性により誘起される再配向をもたらす。この再配向は、動的接触角計測により巨視的に、又は、原子間力顕微法に基づく力分光法により微視的に検出可能である。分子集合体の対応する集合物の分子界面層中における両親媒性分子の自発的再配向プロセスは、水溶液と接触すると、エントロピーにより誘起される抗接着特性の基礎を形成し、これは、空間分解能及び時間分解能を有する原子間力顕微法に基づく力分光法により検出可能である。
【0022】
本発明に係る分子集合体は、コレステロール分子の多重層の形態で構造的に設計可能である。このようなコレステロール多重層は、動的接触角計測の最中に非常に特徴的な挙動を示す。動的接触角計測においては、水滴が試験対象である分子集合体に適用され、液滴の形状が観察される。次いで、液滴を吸い戻し、その過程における液滴の形状が再度観察される。この手法が、異なる適用時間で繰り返される。コレステロール多重層の構造中の分子集合体では、適用時の液滴の形状は中程度の疎水性界面を示す。適用後すぐに液滴が吸い戻された場合、その形状は変化しないままであり、これもまた、分子集合体の界面の疎水特性を示す。例えば20秒といった、より長い適用時間では異なる状況となる。液滴は崩壊し、これは、分子集合体の界面が非常に親水性であることを示す。同様の挙動が、コレステロール類似体の分子集合体についても観察された。
【0023】
本発明に係る分子集合体は従って、特性a)、b)及びc)を有する両親媒性分子、特にコレステロール類似体の異なる割合での混合物を有することが可能である。好ましくは、本発明に係る分子集合体は少なくとも1重量%のコレステロール分子を有する。本発明に係る分子集合体はまた、分子集合体の構造中への組み込みに好適な非両親媒性分子を有することが可能である。分子集合体に係る非両親媒性分子の割合は、99重量%以下の質量割合を有することが可能である。用いられる非両親媒性分子は、例えばステアリルパルミテート分子であることが可能である。本発明に係る分子集合体の一実施形態によれば、ステアリルパルミテート分子は99重量%の割合で存在することが可能である。この場合、コレステロール分子が両親媒性分子として用いられることが好ましい。
【0024】
本発明に係る分子集合体の層構造は15nmの厚さを有することが可能である。
【0025】
好ましくは、分子集合体は、スピンコーティングにより固体表面上に界面に直角に配置されたコレステロール分子の層構造の形態で堆積される。このプロセスにおいて、固体表面とは反対側を向く層構造の界面は純水であることが好ましい水溶液と接触している。
【0026】
本発明に係る分子集合体は、特に固体表面に対する抗接着剤としての使用に役立つ。
【0027】
本発明の主題はまた、固体表面を本発明に係る分子集合体でコーティングする方法であって、先ず両親媒性分子を極性非プロトン性溶剤中に溶解し、次いで、これにより形成した溶液をスピンコーティングにより固体表面に適用する方法である。両親媒性分子はスピンコーティングにより固体表面に適用される。極性非プロトン性溶剤の適用及びその後の除去の結果、両親媒性分子が集合して層構造が形成され、これを、極性非プロトン性溶剤を除去した後に、抗接着特性を形成するために水性環境に接触させることが可能である。
【0028】
クロロホルムを極性非プロトン性溶剤として使用することが可能である。溶剤は固体表面への適用後に蒸発する。空気流又は減圧を用いて溶剤の蒸発を補助することが可能である。
【0029】
考えられるさらなる溶剤は、アセトン、ベンゼン、エタノール、エーテル、ヘキサン又はメタノールである。
【0030】
本発明の実施形態のさらなる詳細、特徴及び利点は、付随する図面を参照する以下の例示的な実施形態の説明において見い出すことが可能である。図面においては以下のとおりである。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1図1は、分子集合体の抗接着特性を説明するための、本発明に係る分子集合体の大きく単純化された概略図を示す。
図2図2は、分子集合体に対する細菌接着性(a及びb)及びタンパク質吸着性(c及びd)の計測結果を示す。
図3図3は、ステアリルパルミテート若しくはコレステロール分子から形成された分子集合体に対する、又は、異なる混合比でステアリルパルミテート及びコレステロール分子から形成された分子集合体に対する、細菌接着性(a及びb)及びタンパク質吸着性(c、d及びe)の計測結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明は、選択された両親媒性分子、特にコレステロール分子と、分子集合体のゆっくりとした、適応性があり、協調的な界面易動性をもたらす、多層構造の形態である分子集合体中における選択された分子の有効な自己組織化との組み合わせが、タンパク質及び微生物の顕著なエントロピー反発をもたらすという知見に基づく。
【0033】
図1aは、選択された両親媒性分子としてコレステロール分子2の例を用いる本発明に係る分子集合体1の大きく単純化された概略図を示す。図1aは、コレステロール分子2が界面4に対して直角に配向された状態で固体表面5に適用されている分子集合体1の層構造3を示す。符号2.1は、分子集合体1の単一のコレステロール分子を拡大して示す。コレステロール分子2.1は、極性部分6及び非極性部分7を有する。分子集合体1の層構造3中の界面4に配置され、従って、層構造3の界面層に位置するコレステロール分子2は、周囲の媒体の極性に応じてそれ自身を配向させる。例えば空気中といった非極性環境において、非極性部分7は界面4を向いているが、例えば水中といった極性の周囲の媒体においては、極性部分6が最初に界面4に向かって配向されている。分子集合体1の層構造3中において、コレステロール分子2は、水溶液との接触で自発的再配向プロセスを起こす傾向があり、これが図1bに示されている。
【0034】
図1bは、界面4が極性環境と接触している分子集合体1を示す。コレステロール分子2は最初、その極性部分6が界面4に向かって配向されている。しかしながら、個々のコレステロール分子2又はコレステロール分子2の小さな集合体8の自発的再配向プロセス(すなわち、非極性部分7が一時的に界面4の方向に向く)が見られる。これらの自発的再配向プロセスは、例として、図1b中において破線で、2つの分子/分子集合体について示されている。層構造3中におけるコレステロール分子2の可能性のある再配向の方向は、各事例において、矢印で示されている。
【0035】
さらに、図1bには、界面4における、未配向未結合状態から拘束されたタンパク質結合状態へのコレステロール分子2の遷移が示されている。タンパク質9が界面4に結合することで、コレステロール分子2はその自発的再配向プロセスにおいて拘束される。この拘束は符号10で示されている。再配向能を回復させる分子のエントロピーにより誘起される傾向のために、自由エンタルピーの最少化によってタンパク質9の界面4における結合が弱まり、従って、タンパク質9が脱離する。
【0036】
以下に、固体表面5に分子集合体1をコーティングする方法を、より詳細に説明する。
【0037】
分子集合体1はスピンコーティングにより固体表面5に適用が可能であり、これにより、分子集合体1の層構造3が形成される。選択された両親媒性分子のこのような層構造3は、以下において、SCL(スピンコート脂質多重層(spin-coated lipid multilayers))と称する。
【0038】
SCLは、基板としてのケイ素ウェーハ上に形成される。10×15mmの大きさを有していることが可能である基板は、脱イオン水、アンモニア及び過酸化水素の溶液(体積比5/1/1)中に70℃で15分間浸漬することで洗浄し、Milli-Q水で繰り返しすすぎ、次いで、窒素流中で乾燥させる。洗浄した基板は、スピンコーティングによるSCLの形成のために直ぐに用いられる。スピンコーティングのために、コレステロール分子2をクロロホルム中に溶解する(2重量%の濃度)。このようにして形成した溶液を、毎分3000回転の回転速度、及び、毎分3000回転/秒の加速で30秒間スピンコーティング(LabSpin6, SUESS MicroTec)することにより、固体表面5に塗布する。形成された層構造3が水溶液に接触させられるとすぐに抗接着特性が形成される。
【0039】
図2は、トビムシ目(Collembola)の富脂質性エンベロープにおいて同定された分子から構成される分子集合体に対する細菌接着性(a及びb)及びタンパク質吸着性(c及びd)の結果を示す。2種の異なる細菌種(表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)[a]及び大腸菌(Escherichia coli)[b])及び2種の異なるタンパク質種(ウシ血清アルブミン[c]及びリゾチーム[d])を実験に用いた。図a及びbには、インキュベーション時から1時間後にそれぞれの表面上で見い出された細菌の正規化数(対照表面-二酸化ケイ素[SiO2]に対して正規化)がプロットされている。図c及びdには、それぞれの表面上における絶対タンパク質吸着質量(振動石英微量天秤による計測で決定)がプロットされている。細菌接着性(a及びb)の計測、及び、タンパク質吸着性(c及びd)の計測において、最少量の細菌及びタンパク質が、コレステロール分子から形成された分子集合体上に常に検出されていた。観察された差異は統計的に有意であった。
【0040】
図3は、ステアリルパルミテート若しくはコレステロール分子から形成された分子集合体に対する、又は、異なる混合比(100/0=100重量%のステアリルパルミテート+0重量%のコレステロール;99/1=99重量%のステアリルパルミテート+1重量%のコレステロール;90/10=90重量%のステアリルパルミテート+10重量%のコレステロール;50/50=50重量%のステアリルパルミテート+50重量%のコレステロール;0/100=0重量%のステアリルパルミテート+100重量%のコレステロール)でのステアリルパルミテート及びコレステロール分子から形成された分子集合体に対する、細菌接着性(a及びb)及びタンパク質吸着性(c、d及びe)の計測結果を示す。実施した実験において、コレステロール分子の分子集合体の接着性低減特性は、混合分子集合体がコレステロール分子と、接着性低減特性を有さない第2の成分(ステアリルパルミテート)とから生成される場合でも保持されるかを調べた。2種の異なる細菌種(表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)[a]及び大腸菌(Escherichia coli)[b])、2種の異なるタンパク質種(ウシ血清アルブミン[c]及びリゾチーム[d])、及び、複雑なタンパク質混合物(10%ウシ胎児血清[e])を実験に用いた。図3の図a及びbには、インキュベーション時から1時間後にそれぞれの表面上で見い出された細菌の正規化数(対照表面-二酸化ケイ素[SiO2]に対して正規化)がプロットされている。図c、d及びeには、それぞれの表面上における絶対タンパク質吸着質量(振動石英微量天秤による計測で決定)がプロットされている。細菌接着性(図a及びb)に対する計測においては、混合分子集合体中におけるコレステロール分子の重量割合が10%であっても、コレステロール分子が100重量%である分子集合体に匹敵する細菌接着性の低減がもたらされることが見い出された。一方で、タンパク質吸着性(図c、d及びe)の計測においては、混合分子集合体中におけるコレステロール分子の重量割合が1%であっても、100重量%のコレステロール分子から構成される分子集合体に匹敵する細菌接着性の低減がもたらされることが見い出された。
【0041】
その環境の極性に対するコレステロールSCLの動的適応
周囲の媒体の極性に応じる層構造3の分子集合体1中のコレステロール分子2の再配向能は、動的接触角計測及び原子間力顕微法に基づく力分光法により検出した。
【0042】
力分光計測は、疎水性コロイド状プローブ又はコロイド状プローブの先端に固定化した個々の大腸菌(Escherichia coli)細胞を用いて実施した。両方のタイプのプローブを、水溶液中に浸漬したコレステロールSCLの表面に、異なる時間間隔で押し付けた。結果的な相互作用力を定量化したところ、接触時間と共にこれらが連続的に増加することが見い出され、これにより、分子の非極性部分が界面の方向に向く(疎水性相互作用を最大化するため)コレステロール分子の再配向が証明される。接触が中断されて、水との接触で界面の初期状態が回復し、すなわち、再配向プロセスは複数回反復可能であった。
【0043】
空気中におけるコレステロールSCL上における動的接触角計測では、液滴を適用した直後に再び除去した際には、同様に高い前進及び後退水接触角がもたらされた。これらの結果は、界面層におけるコレステロール分子の非極性部分が最初は界面に向かって配向し、一方で、極性部分が内側を向いていることを示す。しかしながら、適用後、除去する前に液滴を表面上におよそ20秒間維持した場合には、強い三相界線ピニングが観察され、これは界面が親水特性を有することを示す。この20秒の待機時間の間に、コレステロール分子の再配向が結果として生じ、ここで、極性部分は界面の方向に向けられている。このプロセスは可逆的でもあった。
【0044】
コレステロール含有SCLの界面における再配向変動がエントロピー反発の原因
コレステロール含有SCLの抗接着特性は、環境の極性の変化に対する反応としてのその動的適応と相関していることが示された。エントロピーによって引き起こされる界面におけるコレステロール分子の配向変動がこれらの特徴を機構的にリンクすると推測可能である。生体分子の吸着又は(細菌性)細胞の堆積にはSCL界面の配向(極性)の適応が必要とされ、これによりコレステロールの配向状態が拘束され、その結果、系のエントロピーが低減される。コレステロールSCLに対するタンパク質吸着性は、温度が15℃から40℃に上昇すると減少することが観察された。
【0045】
コレステロール含有SCLの界面における再配向プロセスによりもたらされる発見されたエントロピー生体接着バリアは、数多くの技術的用途を可能とする。
【0046】
これらの結果は、コレステロールがそれ自体を分子集合体に組織化し、これがエントロピー効果によって生体接着を制限可能であることを示す。コレステロール分子の両親媒性と、ゆっくりとした、適応性があり、強調的な集合体の界面易動性をもたらす、層構造中におけるその有効な集合体との組み合わせが、顕著なエントロピー反発に対する前提条件として明らかにされた。
【符号の説明】
【0047】
符号のリスト
1 分子集合体
2 コレステロール分子
2.1 コレステロール分子
3 層構造
4 界面
5 固体表面
6 極性部分
7 非極性部分
8 分子集合体
9 タンパク質
10 再配向の拘束
図1
図2
図3-1】
図3-2】
【国際調査報告】