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特表2024-508953腫瘍細胞の細胞遊走及び転移能の定量
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-02-28
(54)【発明の名称】腫瘍細胞の細胞遊走及び転移能の定量
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20240220BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023554345
(86)(22)【出願日】2022-03-10
(85)【翻訳文提出日】2023-10-26
(86)【国際出願番号】 EP2022056177
(87)【国際公開番号】W WO2022189565
(87)【国際公開日】2022-09-15
(31)【優先権主張番号】21161887.1
(32)【優先日】2021-03-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】513045781
【氏名又は名称】クライン サイエンティフィック アーベー
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100165157
【弁理士】
【氏名又は名称】芝 哲央
(74)【代理人】
【識別番号】100126000
【弁理士】
【氏名又は名称】岩池 満
(72)【発明者】
【氏名】スンド パトリック
(72)【発明者】
【氏名】エヴェンブラット ハンネ
(72)【発明者】
【氏名】ホルムクイスト ニクラス
(72)【発明者】
【氏名】アンダン ミカエル
(72)【発明者】
【氏名】ヴィンセント テレサ
(72)【発明者】
【氏名】スツェスズラ ペトラ
(72)【発明者】
【氏名】モビニ レザ
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA24
2G045AA30
2G045CB01
2G045FA11
2G045FB08
2G045GC30
2G045HA16
(57)【要約】
本発明は、腫瘍細胞の細胞遊走及び転移能の定量のための勾配オンチップデバイスに関する。このデバイスは、チップ表面を有するチップと、このチップ表面上に設けられたナノ粒子のナノ勾配層とを含む。このナノ勾配層は、上記チップ表面のX-Y平面の軸に沿った勾配方向を有する。このデバイスは、上記ナノ粒子にコンジュゲートされた生体分子、及びナノ粒子にコンジュゲートされたリンカーであって、上記生体分子を上記ナノ粒子に連結するリンカーをさらに含む。チップ表面は、腫瘍細胞を勾配方向に案内するように配置された少なくとも1つの案内構造を有し、この案内構造は上記勾配方向に延び、上記ナノ勾配層を含む遊走経路を画定する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
腫瘍細胞の細胞遊走及び転移能の定量のための勾配オンチップデバイス(1)であって、前記デバイス(1)は、
チップ表面(11)を有するチップ(10)と、
前記チップ表面(11)上に設けられたナノ粒子(50)のナノ勾配層であって、前記チップ表面(11)のX-Y平面の軸に沿った勾配方向(60)を有するナノ勾配層と、
生体分子であって、前記生体分子を前記ナノ粒子(50)に連結するリンカーによって前記ナノ粒子(50)にコンジュゲートされた生体分子と
を含み、
前記チップ表面(11)は、前記腫瘍細胞を前記勾配方向(60)に案内するように配置された少なくとも1つの案内構造(20、20’)を有し、前記案内構造(20、20’)は、前記勾配方向(60)に延在し、前記ナノ勾配層を含む遊走経路(30)を画定することを特徴とする、デバイス(1)。
【請求項2】
前記案内構造(20、20’)は、前記チップ表面(11)から延在する隆条部であるか、又は前記案内構造(20、20’)は、前記チップ表面(11)の中を向く凹部である請求項1に記載のデバイス(1)。
【請求項3】
前記デバイス(1)は、ナノ勾配層のチップ表面(11)領域空隙をさらに含み、前記案内構造(20、20’)は、前記遊走経路(30)と前記ナノ勾配層のチップ表面(11)領域空隙との境界線である請求項1又は請求項2に記載のデバイス(1)。
【請求項4】
前記案内構造(20、20’)は前記チップ表面(11)に沿って連続的に延在する請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のデバイス(1)。
【請求項5】
前記遊走経路(30)は、その延在方向に沿って実質的に一定の幅を有する請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のデバイス(1)。
【請求項6】
前記遊走経路(30)は、20~500μmの範囲、好ましくは50~200μmの範囲の幅を有する請求項1から請求項5のいずれか1項に記載のデバイス(1)。
【請求項7】
前記遊走経路(30)は1~20mmの長さ、例えば1~10mmの長さであり、好ましくは、前記遊走経路(30)は200:1~20:1の長さ:幅比を有する請求項1から請求項5のいずれか1項に記載のデバイス(1)。
【請求項8】
前記デバイス(1)は2つ以上の遊走経路(30)をさらに含み、好ましくは、前記2つ以上の遊走経路(30)は等しい幅のものである請求項1から請求項7のいずれか1項に記載のデバイス(1)。
【請求項9】
前記リンカーは、リンカー複合体ビオチン/ストレプトアビジンを含む請求項1から請求項8のいずれか1項に記載のデバイス(1)。
【請求項10】
前記ナノ粒子(50)間の前記チップ表面(11)は、少なくとも一部は、コーティング剤によってコーティングされ、好ましくは、前記コーティング剤は、ECM線維、例えばフィブロネクチン、コラーゲン、エラスチン、又はラミニンである請求項1から請求項9のいずれか1項に記載のデバイス(1)。
【請求項11】
前記ナノ粒子(50)は、1~100ナノメートル(nm)の範囲、例えば3~30ナノメートル(nm)の範囲の直径を有する請求項1から請求項10のいずれか1項に記載のデバイス(1)。
【請求項12】
前記ナノ粒子(50)は金粒子であり、好ましくは、前記金粒子は3~25nmの直径を有する請求項1から請求項11のいずれか1項に記載のデバイス(1)。
【請求項13】
前記デバイス(1)は、重ねて設けられた2つ以上の遊走経路(30)をさらに含む請求項1から請求項12のいずれか1項に記載のデバイス(1)。
【請求項14】
腫瘍細胞の細胞遊走及び転移能の定量の方法であって、
少なくとも1つの腫瘍細胞を請求項1から請求項12のいずれか1項に記載の勾配オンチップデバイス(1)に供する工程と、
前記腫瘍細胞の細胞遊走を2~48時間、好ましくは3~24時間、最も好ましくは3~12時間のあいだ繰り返し測定及び記録する工程と
を含む、方法。
【請求項15】
前記測定及び記録は、イメージング及び/又は同位体分析によって行われる請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記腫瘍細胞は、乳癌細胞、黒色腫癌細胞、前立腺癌細胞、結腸直腸癌細胞、又は肺癌細胞である請求項14又は請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記生体分子は、セマフォリン-3E(Sema3E)、セマフォリン-4D(Sema4D)、セマフォリン-5a(Sema5a)、C-Cモチーフケモカイン27(CCL27)、C-Cモチーフケモカイン38(CCL38)、C-Cモチーフケモカイン48(CCL48)、C-Cモチーフケモカイン58(CCL58)、C-Cモチーフケモカイン12(CCL12)、C-Cモチーフケモカイン199(CCL199)、C-Cモチーフケモカイン21(CCL21)、C-Cモチーフケモカイン22(CCL22)、C-Cモチーフケモカイン25(CCL25)、C-X-Cモチーフケモカイン5(CXCL5)、C-X-Cモチーフケモカイン8(CXCL8)(IL-8)、C-X-Cモチーフケモカイン9(CXCL9)、C-X-Cモチーフケモカイン10(CXCL10)、C-X-Cモチーフケモカイン12(CXCL12)、C-X-Cモチーフケモカイン13(CXCL13)、C-X-Cモチーフケモカイン14(CXCL14)、インターロイキン-11(IL-11)、線維芽細胞成長因子(FGF)、血小板由来成長因子(PDGF)、胎盤成長因子(PlGF)、肝細胞成長因子(HGF)、HB-EGF(ヘパリン結合性、EGF様)、Slitホモログ2タンパク質(Slit2)、血管内皮成長因子a(Vegf-a)、血管内皮成長因子b(Vegf-b)、血管内皮成長因子c(Vegf-c)、エフリンA型受容体2(EphA2)(Eph-受容体)、又はエフリンB型受容体4(EphB4)であり、好ましくは、前記生体分子は上皮成長因子(EGF)である請求項14から請求項16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
腫瘍細胞の細胞遊走及び転移能の定量のための、請求項1から請求項14のいずれか1項に記載の勾配オンチップデバイス(1)の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、生細胞培養、細胞遊走の定量、及び腫瘍細胞の転移能の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
癌は、世界中で2番目に大きい死因であり、すべてのヒト疾患の中で最も高い臨床的、社会的、及び経済的負担をもたらす。癌死の大部分は、腫瘍細胞が原発腫瘍から脱離し、遠隔器官に広がっている転移によって引き起こされる。
【0003】
乳房腫瘍の転帰及び転移の可能性を予測するための既存の解決策が近年出現している。これらには、古典的な病理学(例えば、組織病理学及びMRI/PETスキャン)、及びバイオマーカー(例えば、エストロゲン(ER)、プロゲステロン(PR)、及びヒト上皮成長因子受容体2(HER2)の受容体の存在)が含まれる。しかしながら、古典的な病理学は進行期の転移を検出するだけであり、バイオマーカーは、乳癌を分類し、ホルモン治療が有利であるかどうかについての情報及び再発の予測を提供するために使用されるが、それらは転移能を直接判定しない。意思決定プロセスを導く遺伝子シグネチャー等の分子マーカーを特定するためのハイスループット分子技術(例えば、PAM50、MammaPrint)を開発するための多大な努力がなされてきた。新しいバイオマーカーは、転移を発見することを目的とするが、単一又は小セットの遺伝子又はタンパク質しか検出しないことによって制限があり、これは、乳癌の特定のサブクラスにおける潜在的な転移の間接的な指標を提供するにすぎない。さらに、複数のゲノム解析及びプロテオミクス解析の変数からの結果の解釈及び臨床的翻訳は、依然として重大な課題である。遺伝子検査は、高価であり、時間がかかり、正常細胞の存在の偏り及び腫瘍内異質性のために限定される可能性がある。これらの方法は、異なる因子のスナップショットを提供するのみという欠点を有し、生細胞のリアルタイムの遊走及び挙動を定量しない。
【0004】
理想的には、信頼できる診断は、浸潤性腫瘍細胞を区別し、その後、初期段階で適切な処置戦略を定義するのに役立ち得る。しかしながら、原発腫瘍が転移するかどうかを決定的かつ効率的に判断することができる方法は今日存在せず、それゆえ、患者の治療を調整する能力は限られている。さらに、転移のメカニズムを予測及び理解する能力は、転移制限薬物療法の探索において非常に価値がある。
【0005】
走化性研究は、細胞遊走及び腫瘍転移の研究に重要であり続けている。腫瘍内細胞の転移挙動を調査及び予測する1つの方法は、生体分子勾配の使用によるものである。生体分子勾配は、生体系における分子の濃度の差によって確立され、細胞の連絡、接着、及び形態にとって重要である。化学勾配を提供するための様々な方法が、長年にわたって確立されてきた。しかしながら、それらは、そのような研究のための正確で一貫した十分に制御された勾配を生成する能力が限られている。
【0006】
生体分子勾配を生成する伝統的な方法(勾配チャンバー、マイクロピペット生成、生物学的ヒドロゲル)は、科学的研究において有用な手段であり続けているが、しかしながら、それらは、診断製品に必要な正確かつ定量的な結果を生成する能力が限られている。遊離液体溶液中に構築された生体分子勾配は、一貫性なく挙動して経時的に拡散する可能性があり、しかも小さな振動、熱不均衡、又は蒸発に非常に影響されやすい。生物学的ヒドロゲルベースの勾配については、勾配を形成するための外植片又はトランスフェクト細胞株等の細胞ベースの生体分子源の使用が、結果として生じる勾配の高い変動性をもたらす(Keenan TM、Folch A. Biomolecular gradients in cell culture systems. Lab Chip. 2008年1月;8(1):34-57. doi:10.1039/b711887b. 2007年12月6日電子出版.PMID:18094760;PMCID:PMC3848882)。これらの制限は、細胞が一定の正確なユーザ定義の勾配に曝露されず、結果は定量的でなく十分な精度でないことが多いということを意味するが、定量的であることと十分な精度であることの両方が診断製品に必要である。
【0007】
さらに、既存の細胞遊走アッセイは、実際の腫瘍状態を再現せず、それゆえ、インビボでの腫瘍細胞の正確な表現ではない。さらに、それらは、インビボ細胞条件を再現するための重要な能力である、複数の因子及び生体分子勾配を合わせ持つことができない。
【0008】
近年、マイクロ流体技術が、走化性及び細胞遊走の研究のために開発され、上記の制限を克服するための提案された方法となっている。この例は、米国特許出願公開第20180280976号明細書であり、これは、勾配オンチップ(gradient-on-a-chip)に関し、細胞培養装置、及びホメオスタシスのインビボ生理条件を模倣するための化学物質の勾配又は細胞の勾配を作り出すその応用を開示する。
【0009】
癌患者に由来する細胞の転移能を決定するために技術を適用するためのいくつかの研究が行われてきた。例としては、化学勾配を用いて又は用いずに、細胞運動性の分析並びに患者生存の予測及び予後診断のための集積マイクロ流体チップの使用を開示する米国特許出願公開第20160158751号明細書及び米国特許出願公開第20200249232号明細書が挙げられる。
【0010】
米国特許出願公開第2018/0172694A1号明細書は、生体分子を検出するためのセンサアレイ及び使用方法を開示する。センサアレイ内の複数のセンサ要素は、複数の粒子を含み、本質的にそれからなり、又はそれからなる。各粒子は少なくとも1つの物理化学的特性によって互いに区別され、その結果、各センサ素子は、同じ試料と接触して配置されたときに固有の生体分子コロナシグネチャを有する。従って、異なるセンサ要素内の粒子のサイズは、結合選択性に影響を及ぼすように異なってもよい。しかしながら、平均粒子間距離の変動(ばらつき)はない。粒子間距離の変動は、所与のセンサ素子に対する結合選択性の変動をもたらす可能性がある。
【0011】
米国特許出願公開第2002/0028451A1号明細書は、試料中の選択された病原体の存在の検出に使用するための検出装置を開示する。そのような装置は、表面に検出領域を有する基板であって、この検出領域は、液晶材料が接触して配向する溝を含む微細構造が形成されており、この溝の幅及び深さが10μm以下の範囲にある基板と、基板の検出領域の表面上の、接触する液晶材料の配向を妨害しない遮断層であって、上記表面への病原体の非特異的吸着を遮断する遮断層と、上記基板の検出領域の表面上の結合剤であって、選択された上記病原体に特異的に結合する結合剤とを含む。上記検出領域は、真空蒸着によって付与される連続金属層、例えば銀膜又は金膜でコーティングされてもよい。
【0012】
国際公開第2008/021071号パンフレットは、試験表面上又は試験基板内に存在する細胞の数、並びに対照条件下の、並びに走化性剤及び他の細胞活性剤(化学運動性であるが化学走性ではない化合物及び細胞遊走を阻害する薬剤を含む)に応答しての細胞の増殖、死、又は移動を検出及び定量するための液晶アッセイ及び他の生体光に基づくアッセイに基づく方法並びに組成物を記載する。相互から隔離され、相互に流体連通していないウェルを試験表面上に提供するために、粒子は、隆起壁又は仕切りを提供するパターンで試験表面上に堆積されてもよい。このようにして、特定のウェルに配置された分析物(例えば、潜在的な走化性物質)は、そのウェルに実質的に閉じ込められたままになる。さらに、パターン形成が、作用物質が出ることができるようなデバイスを通るマイクロチャネル、例えば、試験化合物が走化性物質であるかどうか、すなわち、運動性の細胞又は生物の移動方向が拡散性試験化合物の拡散勾配によって影響を受けるかどうかを試験するための拡散勾配、の作成を可能にしてもよい。
【0013】
しかしながら、これらのより新しい方法にも欠点がある。マイクロ流体ベースの方法の短所は、それらのコスト、複雑さ、並びに存在する力及び圧力が細胞を妨害又は損傷する可能性があることを含む。これらは、依然として、装置の流体性質に起因して、細胞のための勾配及び条件の非一貫性にさらされる。
【0014】
従って、腫瘍細胞遊走を測定し、腫瘍細胞の転移能を決定するためのより効果的なデバイス及び方法が必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】米国特許出願公開第20180280976号明細書
【特許文献2】米国特許出願公開第20160158751号明細書
【特許文献3】米国特許出願公開第20200249232号明細書
【特許文献4】米国特許出願公開第2018/0172694A1号明細書
【特許文献5】米国特許出願公開第2002/0028451A1号明細書
【特許文献6】国際公開第2008/021071号パンフレット
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】Keenan TM、Folch A. Biomolecular gradients in cell culture systems. Lab Chip. 2008年1月;8(1):34-57. doi:10.1039/b711887b. 2007年12月6日電子出版.PMID:18094760;PMCID:PMC3848882
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本開示の目的は、インビトロで腫瘍細胞の遊走能力、すなわち細胞の移動、及び転移能を測定するために使用することができる方法及びデバイスを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本開示の第1の態様によれば、これら及び他の目的は、腫瘍細胞の細胞遊走及び転移能の定量のための勾配オンチップデバイスによって、完全に又は少なくとも部分的に達成される。このデバイスは、
・チップ表面を有するチップと、
・上記チップ表面上に設けられたナノ粒子のナノ勾配層であって、上記チップ表面のX-Y平面の軸に沿った勾配方向を有するナノ勾配層と、
・生体分子であって、上記生体分子を上記ナノ粒子(50)に連結するリンカーによって上記ナノ粒子にコンジュゲートされた生体分子と
を含む。
【0019】
上記チップ表面は、腫瘍細胞を上記勾配方向に案内するように配置された少なくとも1つの案内構造(guiding structure)をさらに有する。上記案内構造は、勾配方向に延在し、上記ナノ勾配層を含む遊走経路(migration corridor)を画定する。
【0020】
ナノ勾配は、細胞遊走を誘導するための有用なツールを構成する。表面結合ナノ勾配は、正確かつ制御可能な連続勾配を提供するので、当該分野における問題の多くを克服する可能性があることが想定された。正確かつ制御可能な連続勾配の好ましいタイプは国際公開第2012/025576号パンフレットに開示されている。
【0021】
本発明に係るナノ勾配層は、粒子密度がチップ表面の1つの軸に沿って増加する勾配パターンでチップ表面上にナノ粒子が分散したものとして記載されてもよい。ナノ勾配層は、例えば、目的の生体分子が付着されている金ナノ粒子のナノパターンからなってもよい。それは、分子レベルで組織機能、例えば腫瘍内空間を模倣するように作製される。勾配層は、上記ナノ勾配層の勾配方向に沿った細胞遊走に影響を及ぼし、それを方向付けるために利用されてもよい。ナノ勾配層は、細胞と生体分子との間の敏感な反応及び/又は相互作用についてスクリーニングし、従って、特定の細胞応答に関与する生体分子の最適な組成を決定するためにも利用されてもよい。反応に関与する勾配上の領域は、次いで、ナノ層に再生成されてもよい。このナノ勾配層の製造方法は、国際公開第2012/025576号パンフレットに記載されている。
【0022】
しかしながら、ナノ勾配層における細胞遊走の測定は、細胞間の相互作用に起因して問題を生じる可能性がある。そのような細胞間相互作用は、隣接する細胞が接触するときに起こり、しばしば、細胞に、おそらくナノ勾配の勾配方向と反対の方向に、その遊走経路を変化させる。従って、細胞間相互作用は、細胞の遊走挙動を妨げる。さらには、細胞間相互作用は、細胞と生体分子との間の相互作用のスクリーニング及び分析を複雑にする可能性がある。
【0023】
特定領域に存在する細胞が多いほど、細胞が遊走し始めるときに妨害性の細胞間相互作用が起こるリスクはより大きい。細胞遊走挙動の正確な分析結果を保持することが困難であり、場合によっては不可能でさえある程度まで、重度の細胞間相互作用が細胞遊走を妨害する場合があることを、測定が示している。細胞間相互作用は、細胞と生体分子との間の最適な組成が決定される必要があるときも、妨害を引き起こす可能性がある。
【0024】
本発明者らは、勾配方向に配置された案内構造によってこの問題を解決した。勾配方向に延びる案内構造は、勾配方向と実質的に平行に延びる案内構造として理解されることが意図されている。
【0025】
案内構造の機能は、細胞のための遊走経路を画定することである。本開示では、遊走経路は、案内構造によって区切られる。遊走経路は、案内構造とチップ表面の外縁との間の空間として定義されてもよい。従って、ただ1つの単独の案内構造を有するデバイスは、2つの遊走経路を含んでもよく、それらのうちの2つは案内構造の両側に位置する。さらに、2つの隣接する平行な案内構造の間に位置する空間も、遊走経路を画定してもよい。一実施形態によれば、遊走経路は、2つの隣接する平行な案内構造によって画定される。
【0026】
遊走経路は、ナノ勾配層に沿った勾配方向に細胞を案内し、細胞が互いに相互作用するのを防止するように適合される。これにより、各細胞が遊走するための領域が区切られる。従って、当該デバイスは、遊走経路が細胞間相互作用からの妨害を排除するという利点を有する。
【0027】
さらに、遊走経路内の腫瘍細胞の遊走挙動は、遊走経路がない場合よりも正確かつ信頼して測定及び記録される可能性があり、これは、細胞が広がって転移する能力を予測する能力を高める。さらなる利点は、細胞間相互作用が回避されると、測定のための時間が短縮される可能性があるということである。
【0028】
1つの実施形態によれば、ナノ勾配層は連続ナノ勾配層である。これは、ナノ粒子の濃度が勾配方向に連続的に増加することを意味する。
【0029】
少なくとも1つの例示的実施形態によれば、上記案内構造は、チップ表面から延在する隆条部(リッジ、ridge)、又はチップ表面の中を向く(表面から下がる)凹部である。そのような隆条部は、1~100μmの高さ、例えば10~30μmの高さであってもよい。案内構造のさらなる非限定的な例は、チップ表面の切り込み(cuts)、刻み目(score)、ノッチ、又は切開部(incision)である。これらの例は、チップ表面に含まれる案内構造を例証する。このような案内構造の深さは、1~100μm、例えば10~30μmであってもよい。あるいは、チップ表面を過剰の材料で改質して、隆条部又は壁の形態の案内構造を作り出してもよい。案内構造は、チップと同じ材料及び/又は異なる材料を含んでもよい。さらに、案内構造の幅は、少なくとも1μm、例えば1~900μm、又は5~500μmであってもよい。幅は、案内構造がチップ表面から出るか又はチップ表面の中に延在する平面内で測定されてもよい。
【0030】
少なくとも1つの例示的実施形態によれば、案内構造は、チップ表面に沿って連続的に延在する。これは、遊走経路に沿って連続的に延びる案内構造として解釈されるべきである。これにより、遊走経路の画定は、チップ表面の勾配方向に沿って連続的である。
【0031】
一実施形態では、案内構造は、チップ表面の一部分に沿って連続的に延在する。あるいは、案内構造は、経路に沿って不連続に延在してもよい。例えば、勾配方向に沿って案内構造に破断部があってもよい。
【0032】
少なくとも1つの例示的実施形態によれば、当該デバイスは、ナノ勾配層のチップ表面領域空隙をさらに含み、案内構造は、遊走経路とナノ勾配層のチップ表面領域空隙との間の境界線である。
【0033】
これは、遊走経路がナノ勾配層の表面領域空隙によって区切られていると解釈されるべきである。ナノ勾配層の領域空隙は、生体分子の領域空隙も意味する。そのような領域は、細胞が生体分子と相互作用し、従って勾配方向に従うことを好むため、細胞が遊走するか、又は細胞自体を保持するのに心地よいものではない。
【0034】
少なくとも1つの例示的実施形態によれば、遊走経路は、その延在方向に沿って実質的に一定の幅を有する。
【0035】
従って、遊走経路は、両端点において等しい幅を有する。延在方向に沿って一定の幅を有することによって、細胞は、勾配方向に直線的に移動するように誘導される。
【0036】
少なくとも1つの例示的実施形態によれば、遊走経路は、20~500μm、好ましくは50~200μmの幅を有する。
【0037】
一実施形態によれば、遊走経路は、30~120μm、より好ましくは40~80μm、最も好ましくは50~60μmの範囲の幅を有する。
【0038】
これにより、経路の幅は、約50μmの細胞サイズに適合する。細胞のサイズに適合する通路幅を有することによって、線状細胞遊走が誘導されてもよい。単一の細胞又は少数の細胞、例えば勾配方向に沿った異なるローディング領域でローディングされた細胞、の測定には、50~60μm、例えば約50μmの幅を有する経路を用いることが好ましい。広い経路は、複数の細胞が同じ経路に存在してもよいという利点を有する。典型的には細胞相互作用を最小限に抑えたいが、同じ経路に存在する複数の細胞を有することが興味深いいくつかの種類の実験が依然として存在してもよい。
【0039】
経路は最大20mmの長さ、例えば1~20mmの長さであってもよい。典型的には、経路は約5mmの長さ、例えば1~10mmの長さ、又は2~8mmの長さである。経路は、1000:1~2:1の長さ:幅比を有してもよい。一実施形態によれば、経路は200:1~20:1の長さ:幅比を有する。
【0040】
少なくとも1つの例示的実施形態によれば、当該勾配オンチップデバイスは、2つ以上の遊走経路を含む。2つ以上の遊走経路は、複数の細胞の遊走挙動の同時測定を可能にする。これは、分析のための時間を節約するので有益である。存在する遊走経路が多いほど、より多くの細胞が同時に測定されてもよい。
【0041】
少なくとも1つの例示的実施形態によれば、当該勾配オンチップデバイスは、少なくとも50個の遊走経路、少なくとも100個の遊走経路、又は少なくとも150個の遊走経路を含む。遊走経路の数は、チップのサイズに相関してもよい。大きいチップは、小さなチップ上よりも多くの経路が存在してもよいという利点を有する。
【0042】
一実施形態によれば、当該デバイスは、2つ以上の案内構造を含む。
【0043】
一実施形態によれば、当該デバイスは、少なくとも25個の案内構造、好ましくは少なくとも50個の案内構造、最も好ましくは少なくとも100個の案内構造を含む。
【0044】
少なくとも1つの例示的実施形態によれば、上記2つ以上の遊走経路は等しい幅のものである。
【0045】
これは、チップ表面の中央に設けられた単一の案内構造を設けることによって達成されてもよく、この案内構造は、その案内構造の両側に設けられた2つの別個の遊走経路を画定する。
【0046】
等しい幅の2つ以上の遊走経路を有することの利点は、異なる細胞の結果を比較することができることである。さらなる利点は、製造がより容易かつ安価となりうることであってもよい。
【0047】
あるいは、当該デバイスは、異なる幅の2つ以上の遊走経路を含む。
【0048】
一実施形態によれば、生体分子は、上皮成長因子(EGF)である。生体分子の他の非限定的な例は、セマフォリン-3E(Sema3E)、セマフォリン-4D(Sema4D)、セマフォリン-5a(Sema5a)、C-Cモチーフケモカイン27(CCL27)、C-Cモチーフケモカイン38(CCL38)、C-Cモチーフケモカイン48(CCL48)、C-Cモチーフケモカイン58(CCL58)、C-Cモチーフケモカイン12(CCL12)、C-Cモチーフケモカイン199(CCL199)、C-Cモチーフケモカイン21(CCL21)、C-Cモチーフケモカイン22(CCL22)、C-Cモチーフケモカイン25(CCL25)、C-X-Cモチーフケモカイン5(CXCL5)、C-X-Cモチーフケモカイン8(CXCL8)(IL-8)、C-X-Cモチーフケモカイン9(CXCL9)、C-X-Cモチーフケモカイン10(CXCL10)、C-X-Cモチーフケモカイン12(CXCL12)、C-X-Cモチーフケモカイン13(CXCL13)、C-X-Cモチーフケモカイン14(CXCL14)、インターロイキン-11(IL-11)、線維芽細胞成長因子(FGF)、血小板由来成長因子(PDGF)、胎盤成長因子(PlGF)、肝細胞成長因子(HGF)、HB-EGF(ヘパリン結合性、EGF様)、Slitホモログ2タンパク質(Slit2)、血管内皮成長因子a(Vegf-a)、血管内皮成長因子b(Vegf-b)、血管内皮成長因子c(Vegf-c)、エフリンA型受容体2(EphA2)(Eph-受容体)、及びエフリンB型受容体4(EphB4)である。腫瘍内環境を模倣することに関して、これらの生体分子は、フィブロネクチン、コラーゲン、エラスチン、又はラミニン等のECM線維と組み合わされてもよい。
【0049】
1つの実施形態では、ナノ粒子間のチップ表面、又はナノ粒子間のチップ表面の少なくとも一部は、ECM線維等のコーティング剤によってコーティングされる。コーティング剤の例はフィブロネクチンである。コーティング剤の他の例は、ラミニン、コラーゲン及びエラスチンである。
【0050】
少なくとも1つの例示的実施形態によれば、上記リンカーは、リンカー複合体ビオチン/ストレプトアビジンを含む。そのような実施形態では、ストレプトアビジンは粒子に結合されてもよいが、ビオチンは生体分子に結合される。
【0051】
既に説明したように、当該デバイスは、チップ表面を有するチップを含む。ナノ粒子の勾配がチップ表面上に提供される。この粒子は、1~100ナノメートル(nm)の範囲、例えば3~30ナノメートル(nm)の範囲の直径を有してもよい。例示的な粒子は、約10ナノメートル(nm)の直径を有する。他の例示的な粒子は、約5ナノメートル(nm)又は約20ナノメートル(nm)の直径を有する。さらに、ナノ粒子間の平均中心間距離は、勾配の一端において10~60nm、例えば15~50nm、勾配の他端において100~150nmであってもよい。ナノ粒子間の中心間距離は、粒子直径よりも長く、例えば、粒子直径よりも少なくとも10%長い。一実施形態によれば、粒子の少なくとも95%は、上記の範囲内の直径を有する。一実施形態によれば、粒子の少なくとも95%、例えば少なくとも97.5%は、3~25nmの範囲の直径を有する。
【0052】
1つの実施形態では、ナノ粒子は金粒子である。この金粒子は、チオール化ストレプトアビジンでコーティングされてもよい。さらに、生体分子はビオチン化され、ビオチン/ストレプトアビジン相互作用によってナノ粒子に結合されてもよい。金粒子は、3~25nm、例えば5~20nmの直径を有してもよい。例示的な金粒子は、約5±1nm、10±1.5nm、又は20±4nmの直径を有してもよい。
【0053】
しかしながら、ビオチン/ストレプトアビジン相互作用は1つの実施形態に係る相互作用にすぎないので、ナノ粒子と生体分子との間の結合及び相互作用を促進するための任意のそのような公知の原理が使用されてもよい。例えば、このような相互作用は、イオン交換/相互作用、疎水性相互作用及び供与性結合、チオールの共有結合、カルボジイミド化学、二官能性リンカー(EDC/NHS化学等)又はクリックケミストリーを用いて形成されてもよい。
【0054】
少なくとも1つの例示的実施形態によれば、当該デバイスは、重ねて設けられた2つ以上の遊走経路をさらに含む。これは、各々がナノ勾配層を有し、重ねて設けられた2つのチップによって達成されてもよい。
【0055】
本開示の第2の態様によれば、腫瘍細胞の細胞遊走及び転移能の定量の方法が提供される。この方法は、
・少なくとも1つの腫瘍細胞を、本明細書の上記に記載される勾配オンチップデバイスに供する(applying)工程と、
・上記腫瘍細胞の細胞遊走を2~48時間、好ましくは3~24時間、最も好ましくは3~12時間のあいだ繰り返し測定及び/又は記録する工程と
を含む。
【0056】
測定及び/又は記録は、チップ表面上の腫瘍細胞の位置が様々な時間点で決定されることを意味する。これにより、細胞の遊走挙動が文書化されてもよい。決定されてもよい特徴の非限定的な例は、遊走速度、遊走距離、遊走運動性及び遊走方向である。このような特徴に基づいて、細胞遊走、ひいては腫瘍細胞の転移能が定量(数値化)されてもよい。
【0057】
本発明の概念による方法は、数時間以内に結果を生成してもよく、それゆえ診断に関連する時間及びコストを節約する可能性があるという利点を有する。腫瘍挙動及びリスクの性質についての追加情報は、それらがない場合に可能であるよりも良好な標的化処置及びより早期の処置を可能にする。
【0058】
この方法を用いると、細胞間相互作用からの妨害を解明しながら、腫瘍細胞の遊走挙動をスクリーニング及び追跡することが可能であってもよい。この方法は、細胞と生体分子との間の相互作用をより良く分析すること、例えば、生体分子が細胞遊走に与える影響を分析することを可能にする。さらには、この方法は、腫瘍細胞の転移能を予測する最良の可能な代替法を見出すために、異なる生体分子を評価し、異なるタイプの分子について長所と短所を評価することを可能にする。
【0059】
腫瘍細胞は、遊走経路内で供されてもよい。腫瘍細胞は、例えば、遊走経路の始まり、すなわち経路の端部で供されてもよい。あるいは、細胞は、遊走経路のすぐ外側で供されてもよい。
【0060】
一実施形態によれば、腫瘍細胞は、最低ナノ粒子濃度を有する遊走経路の端部に供される。これにより、細胞は、生体分子の濃度が低い領域から生体分子の濃度が高い領域に遊走するように誘導される。
【0061】
あるいは、細胞は、中間のナノ粒子濃度の領域、すなわち、ナノ粒子の最も高い濃度とナノ粒子の最も低い濃度との間に位置する領域に供される。中間のナノ粒子濃度の領域に供された細胞を供することによって、走化性生体分子の誘引効果及び反発効果の両方が研究されてもよい。
【0062】
少なくとも1つの例示的実施形態によれば、測定及び記録は、イメージング及び/又は同位体分析によって行われる。
【0063】
少なくとも1つの例示的実施形態によれば、腫瘍細胞は、乳癌細胞、黒色腫癌細胞、前立腺癌細胞、結腸直腸癌細胞、又は肺癌細胞である。
【0064】
本開示の第3の態様によれば、腫瘍細胞の細胞遊走及び転移能の定量のための第1の態様に係る勾配オンチップデバイスの使用が提供される。
【0065】
少なくとも1つの例示的実施形態によれば、腫瘍細胞は、乳癌細胞、黒色腫癌細胞、前立腺癌細胞、結腸直腸癌細胞、又は肺癌細胞である。測定及び記録されてもよい特徴の非限定的な例は、遊走速度、遊走距離、遊走運動性、及び遊走方向である。
【0066】
本発明は、インビボの状態を模倣する複数の生体分子及び特徴を有する勾配を提供する。これは、腫瘍微小環境特徴を有する腫瘍細胞をリアルタイムで研究して、この情報を使用して細胞集団の転移能を決定する能力を活用できるようにする。
【0067】
当該デバイス及び当該方法は、患者の癌の診断、治療、及びモニタリング中の複数の時間点での生検試験に由来する生きた患者の腫瘍細胞に対する診断製品の一部として、検査室で使用することができる。
【0068】
定義
勾配は、この文脈において、2つの領域間の物質の濃度又は密度の差として定義される濃度勾配又は密度勾配を意味する。
【0069】
ナノ勾配層は、ナノ粒子で覆われた表面であって、このナノ勾配層の隣接するナノ粒子間の距離が所与の基準点から所与の方向に増加又は減少する表面である。
【0070】
ナノ粒子という用語は、この文脈において、直径が1~100ナノメートル(nm)のサイズの粒子を意味する。
【0071】
ナノ勾配層という用語は、ナノ粒子で覆われた表面であって、このナノ勾配層の隣接するナノ粒子間の距離が所与の基準点から所与の方向に増加又は減少する表面である。
【0072】
連続ナノ勾配層という用語は、ナノ粒子で覆われた表面であって、この連続ナノ勾配層の隣接するナノ粒子間の距離が所与の基準点から所与の方向に連続的に増加又は減少する表面である。
【0073】
勾配方向という用語は、この文脈では、隣接するナノ粒子間の距離が所与の基準点から減少又は増加する方向として解釈される。
【0074】
概して、請求項で使用されるすべての用語は、本明細書において明示的に別の定義がない限り、当該技術分野におけるそれらの通常の意味に従って解釈されるべきである。「a/an/the[要素、デバイス、構成要素、手段、工程等]」へのすべての言及は、明示的に特段の記載がない限り、要素、デバイス、構成要素、手段、工程等の少なくとも1つの事例を指すものとして追加可能(オープン)に解釈されるべきである。本明細書に開示される任意の方法の工程は、明示的に述べられていない限り、開示されるものと全く同じ順序で行われる必要はない。
【図面の簡単な説明】
【0075】
本開示は、本開示の現在好ましい実施形態の例を示す添付の概略図を参照してより詳細に説明される。
【0076】
図1図1は、本発明の概念の少なくとも1つの例示的実施形態に係る勾配オンチップデバイスを示す。
図2図2は、本発明の概念の少なくとも1つの例示的実施形態に係る勾配オンチップデバイスを示す。
図3図3は、斜視図で図2の勾配オンチップデバイスを示す。
図4図4は、細胞の異なる時間点t~tにおけるxy平面上の異なる細胞移動パラメータ(運動性、遊走及び方向性遊走)を示す。
図5図5は、案内構造がある場合及び案内構造がない場合の細胞遊走の直接性を示す。
図6図6は、案内構造がある場合及び案内構造がない場合の細胞遊走の直接性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0077】
本開示は、本開示の現在好ましい実施形態が示される添付の図面を参照して、以下でより完全に説明される。しかしながら、本開示は、多くの異なる形態で具現化されてもよく、本明細書に記載される実施形態に限定されると解釈されるべきではない。むしろ、これらの実施形態は、徹底性及び完全性のために、及び本開示の範囲を当業者に完全に伝えるために提供される。同様の参照符号は、全体を通して同様の要素を指す。
【0078】
図1図3は、本発明の概念の少なくとも1つの例示的実施形態に係る勾配オンチップデバイス1を示す。デバイス1は、上部がチップ表面11を構成するチップ10を含む。チップ10の機能は、供され(適用され)たナノ勾配層を支持することである。チップ10は、金属、ポリマー、又はガラス等のセラミックからなってもよい。チップ10は、例えば、ガラスのスライド又はシリコンのスライドであってもよい。
【0079】
ナノ勾配層は、チップ表面11全体にわたって延在し、勾配パターンで設けられたナノ粒子50を含む。ナノ粒子50は、例えば金ナノ粒子50である。金粒子を用いる利点は、金が不活性であり、生体分子を連結することが容易であることである。
【0080】
ナノ粒子50には生体分子が付与(結合)されている。この生体分子は、ナノ粒子50にコンジュゲートされたリンカーを介してナノ粒子50に結合される。リンカーの機能は、ナノ粒子50への生体分子の付着を増強することであり、好ましくは、リンカーは、細胞が容易にそれらに引き付けられることができるように位置し、その結果、細胞はリンカーによって影響を受ける。リンカーは、例えばビオチンである。
【0081】
ナノ勾配層は、チップ表面11のX-Y平面の軸、例えばX軸に勾配方向を有する。ナノ勾配が設けられたチップ表面11は、勾配方向に配置された少なくとも1つの案内構造20を含む。図1及び図2の装置1は、それぞれ2つの案内構造20、20’を有する。図1の案内構造20は、チップ10の中を向く凹部であり、図2の案内構造20’は、チップ表面11から外に延びる隆条部である。これらの案内構造20、20’は、チップ表面11及びナノ勾配層を3つの別々の遊走経路30に分割する。腫瘍細胞が遊走経路30に供されると、その腫瘍細胞は、案内構造20、20’のおかげで、異なる遊走経路30に供される腫瘍細胞に到達することが妨げられる。従って、この案内構造20、20’は、細胞間相互作用を防止する。
【0082】
細胞遊走を測定するために、転移細胞は、デバイス1の遊走経路30内に提供される。図2及び図3のデバイス1は、3つの異なる細胞の各1つが別個の遊走経路30に配置される場合、それらが互いに妨害することなく勾配方向に個々に遊走することを可能にする。デバイス1は、遊走経路30あたり複数の細胞の測定を可能にすることに留意されたい。代替実施形態では、デバイス1は、100個を超える遊走経路30を含んでもよい。
【0083】
遊走、例えば速度、距離、方向及び/又は運動性を定量するために、細胞を繰り返し測定し、マッピングして記録することが好ましい。マッピングは、例えば、イメージング及び/又は同位体分析によるものであってもよい。
【0084】
図4は、異なる時間点t~tで勾配オンチップデバイスのxy平面上で測定することができる異なる細胞移動パラメータ(運動性、遊走及び方向性遊走(directional migration))を示す。運動性は、細胞がある期間、例えばt~tにわたって移動する総距離と見なされる。遊走は、ある時間、例えば、t及びtの後の2つの座標の間の直接距離として測定される。従って、運動性≧遊走である。遊走の直接性(migration directness)は、遊走と運動性の比であり、細胞がどの程度直接的に移動するかを示す。方向性遊走は、細胞がある時間(t)後に勾配の配向に平行な方向に進行する距離として定義され、例えばY距離=y-yであり、勾配刺激に対する細胞応答を表す。
【実施例
【0085】
実施例1
以下の実施例では、遊走経路を備えた勾配オンチップデバイス上で細胞遊走を測定し、遊走経路のない勾配オンチップデバイスから得られた結果と比較した。ナノ粒子(直径10nm)(Cline NanoGradient、Cline Scientific(クライン・サイエンティフィック)、スウェーデン)の勾配層を使用して、ナノ粒子への生体分子EGFのコンジュゲーション及びナノ粒子間のフィブロネクチンのコンジュゲーションを行った。ナノ勾配表面の左半分に、生体分子勾配方向と同じ向きに深さ1~2μm、幅1~5μmの刻み目を、ダイヤモンドカッターを用いて清浄湿条件下で生成し、遊走経路を設けた。経路の生成後、ナノ勾配表面をSarstedt 6ウェルプレートに載せ(マウントし)、特別なクランプを用いて適所に保持し、使用までペニシリン/ストレプトマイシン(1%、Hyclone(ハイクローン))を補充したPBS緩衝液中に保った。BT-549(トリプルネガティブ乳癌細胞、ATCC)を、培養培地(インスリン(1μg/mL、GIBCO(商標))、ピルビン酸ナトリウム(1mM)、非必須アミノ酸(1%、HyClone)、L-グルタミン(2mM、HyClone)及び10%ウシ胎仔血清(HyClone)を補充したRPMI培地)中で60%コンフルエンシーまで培養し、その24時間後を実験開始点として、上記培養培地を飢餓培地(ピルビン酸ナトリウム、非必須アミノ酸、L-グルタミン及び1%ウシ胎仔血清を補充したRPMI培地)で置換した。実験日に、製造業者のプロトコルに従ってTrypLE Express(GIBCO(商標))を使用して細胞を培養フラスコから剥離し、飢餓培地中で4000細胞/cmの濃度でナノ勾配表面に播種した。ナノ勾配表面及び細胞を含有する6ウェルプレートをインキュベーター(37℃、90%Rh、5%CO)に4時間入れて、細胞をナノ勾配表面に付着させた後、インキュベーター(37℃、90%Rh、5%CO)に入れたHoloMonitor(登録商標)M4(phi、スウェーデン)を用いたリアルタイムホログラフィックイメージングを行った。セグメント化及び追跡分析並びにデータ抽出は、Hstudio(商標)ソフトウェア(PHI AB、スウェーデン)を用いて行った。
【0086】
図5は、4時間にわたる追跡した細胞の計算した遊走直接性を示す。細胞(tでn=204の追跡した細胞)は、初期には、最初の3時間の間、遊走経路を有さない勾配領域上の細胞(tでn=128の追跡した細胞)と比較して、遊走経路を有する勾配領域上でより高い遊走直接性を示す。同じ領域に存在する細胞は、細胞を相互作用させ、勾配方向に従って遊走させなかったことに留意されたい。遊走経路は、細胞間相互作用の量を制限した。これにより、刻み目を有する領域に曝露された追跡した細胞は、より高い遊走直接性、すなわち、より直接的な移動経路を有するようになった。
【0087】
図6は、ナノ勾配層への細胞の導入の1時間、2時間、及び3時間後の遊走直接性の比較を示す。2つの群間の遊走直接性の差は、2時間後に最大に達する(対応のあるT検定、p=0.09)。これらの結果は、遊走経路が細胞間相互作用を最小限にし、細胞遊走に対するそのような事象の影響を最小限にし、それゆえ勾配に対する細胞応答のより良好な研究を可能にするということを示唆する。
【0088】
しかしながら、約4時間で、遊走直接性に対するこの効果が減少することが観察された。刻み目がナノ表面上の細胞の利用可能な空間も経時的に制限することをふまえると、これは、複数の細胞が存在する場合に細胞間又は細胞-縁部間の相互作用の増加をもたらした。加えて、細胞の長期研究は、経時的に細胞間相互作用の確率を増加させる、細胞分裂及び運動速度の変化等のさらなる交絡因子を導入する。それゆえ、経時的な細胞間相互作用を最小限に抑えるために適切な寸法の刻み目(案内構造)を設計及び誘導することが不可欠である。
【0089】
当業者は、添付の請求項に規定される本開示の範囲から逸脱しない範囲で、本明細書に記載される実施形態の多くの改変が可能であることを理解する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【国際調査報告】