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特表2024-510143がんにおけるPIK3CAの対立遺伝子発現の分析方法及びその使用
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-03-06
(54)【発明の名称】がんにおけるPIK3CAの対立遺伝子発現の分析方法及びその使用
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6886 20180101AFI20240228BHJP
   C12Q 1/6869 20180101ALI20240228BHJP
   C12Q 1/6858 20180101ALI20240228BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20240228BHJP
   C12Q 1/6851 20180101ALI20240228BHJP
   C12Q 1/6837 20180101ALI20240228BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20240228BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240228BHJP
   A61K 31/4439 20060101ALI20240228BHJP
   A61K 31/5377 20060101ALI20240228BHJP
   C07D 417/14 20060101ALN20240228BHJP
   C07D 487/04 20060101ALN20240228BHJP
【FI】
C12Q1/6886 Z
C12Q1/6869 Z
C12Q1/6858 Z
C12Q1/686 Z
C12Q1/6851 Z
C12Q1/6837 Z
A61K45/00
A61P35/00
A61K31/4439
A61K31/5377
C07D417/14
C07D487/04 144
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023553958
(86)(22)【出願日】2022-03-04
(85)【翻訳文提出日】2023-10-27
(86)【国際出願番号】 EP2022055637
(87)【国際公開番号】W WO2022184927
(87)【国際公開日】2022-09-09
(31)【優先権主張番号】21161118.1
(32)【優先日】2021-03-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】523336192
【氏名又は名称】ウニベルズィダード ドゥ アルガルヴェ
(74)【代理人】
【識別番号】100149032
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 敏明
(74)【代理人】
【識別番号】100181906
【弁理士】
【氏名又は名称】河村 一乃
(72)【発明者】
【氏名】ルイス ロペス マイア,アナ テレサ
(72)【発明者】
【氏名】ゴンサルベス デ グーヴェイア マイア ザビエール,ジョアナ
(72)【発明者】
【氏名】ヴィンケルストロッター コレイア,リゼル
(72)【発明者】
【氏名】マグノ モルガド,ラミロ エマニュエル
【テーマコード(参考)】
4B063
4C050
4C063
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA13
4B063QA17
4B063QA19
4B063QQ02
4B063QQ42
4B063QQ53
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR42
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS34
4B063QX02
4C050AA01
4C050AA07
4C050BB05
4C050CC08
4C050EE03
4C050FF01
4C050GG03
4C050GG04
4C050HH04
4C063AA03
4C063BB09
4C063CC62
4C063DD03
4C063EE01
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZB26
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC82
4C086CB05
4C086GA08
4C086GA10
4C086GA12
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB26
(57)【要約】
本発明は、予後不良のがん患者のサブセットを同定する方法であって、患者試料における変異型PIK3CA対立遺伝子と野生型PIK3CA対立遺伝子との対立遺伝子発現を比較することを含む方法を提供する。本発明はさらに、PIK3CA対立遺伝子発現を評価することができるキット又はシステムに加えて、ある閾値を超えて変異型PIK3CA対立遺伝子を発現すると決定された患者のサブセットにおいて変異型PIK3CAタンパク質を標的とする薬物の使用を教示する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
変異型PIK3CA対立遺伝子によって特徴付けられる腫瘍と診断されるがん患者の予後を予測する方法であって、特に乳がん患者の予後を予測する方法であって、
前記方法は:
a. 患者から得られる腫瘍試料において:
i. 変異型PIK3CA対立遺伝子の発現レベル(ex(mut))、及び
ii. 野生型PIK3CA対立遺伝子の発現レベル(ex(wt))、
を決定すること、
b. がん患者に:
i. ex(mut)がex(wt)とほぼ等しい場合、
予後良好の可能性を割り当てること、又は
ii. ex(mut)がex(wt)を有意に上回る、若しくはex(wt)がex(mut)を有意に上回る場合、
特にここでex(mut)がex(wt)を有意に上回る場合、
予後不良の可能性を割り当てること、
を含み、
ここで任意に、予後不良は、約11年の生存確率が約45~55%以下であると定義され、かつ予後良好は、約18年の生存確率が約75~85%であると定義される、
前記方法。
【請求項2】
変異PIK3CA対立遺伝子によって特徴付けられる腫瘍と診断されるがん患者の予後を予測する方法であって、特に乳がん患者の予後を予測する方法であって、前記方法は:
a. 患者から得られる腫瘍試料において:
i. 変異型PIK3CA対立遺伝子の発現レベル(ex(mut))、及び
ii. 野生型PIK3CA対立遺伝子の発現レベル(ex(wt))、
を決定すること、
b. がん患者に:
i. ex(mut)がex(wt)より少なくとも1.5倍以上である、若しくは
ex(wt)がex(mut)の1.5倍以上である場合、
特にここでex(mut)がex(wt)の1.5倍以上である場合、
予後不良の可能性を割り当てること;又は
ii. ex(mut)がex(wt)の1.5倍未満である、及び
ex(wt)がex(mut)の1.5倍未満である場合、
予後良好の可能性を割り当てること、
を含み、
ここで任意に予後不良は、約11年の生存確率が約45~55%であると定義され、かつ予後良好は、約18年の生存確率が約75~85%であると定義される、
前記方法。
【請求項3】
変異型PIK3CA対立遺伝子によって特徴付けられる腫瘍と診断されるがん患者の予後を予測する方法であって、特に乳がん患者の予後を予測する方法であって、前記方法は:
a. 患者から得られる腫瘍試料において:
i. 変異型PIK3CA対立遺伝子の発現レベル(ex(mut))、及び
ii. 野生型PIK3CA対立遺伝子の発現レベル(ex(wt))、
を決定すること、
b. がん患者に:
i. ex(wt)がex(mut)の1.5倍以上である場合、
予後不良の可能性を割り当てること、
ii. ex(mut)がex(wt)の1.5倍以上である場合、
非常に予後不良の可能性を割り当てること、又は
iii. ex(mut)がex(wt)の1.5倍未満である、及び
ex(wt)がex(mut)の1.5倍未満である場合、
予後良好の可能性を割り当てること、
を含み、
ここで、任意に予後不良は、約11年の生存確率が約50~60%であると定義され、非常に予後不良は、約5年の生存確率が約45~55%であると定義され、かつ予後良好は、約18年の生存確率が約75~85%であると定義される、
前記方法。
【請求項4】
変異型PI3K阻害薬、特にアルペリシブ又はコパンリシブから選択されるPI3K阻害薬、特にアルペリシブによる治療に対するがん患者の腫瘍疾患、特に乳がん患者の腫瘍疾患の応答の可能性を決定するための方法であって、前記方法は:
a. がん患者から得られる腫瘍試料において:
i. 変異型PIK3CA対立遺伝子の発現レベル(ex(mut))、
ii. 野生型PIK3CA対立遺伝子の発現レベル(ex(wt))
を決定すること、
b. がん患者に:
i. ex(mut)がex(wt)の1.5倍以上である場合、PI3K阻害薬による治療に対する乳がん患者の腫瘍疾患の応答のより高い可能性を割り当てること、又は
ii. ex(mut)がex(wt)の1.5倍未満である場合、特にex(wt)がex(mut)の1.5倍以上である場合、PI3K阻害薬による治療に対する乳がん患者の腫瘍疾患の応答のより低い可能性を割り当てること、
を含む、前記方法。
【請求項5】
変異型PIK3CA対立遺伝子の発現レベル及び野生型PIK3CA対立遺伝子の発現レベルが、対立遺伝子発現を測定するための定量的で対立遺伝子特異的な方法を用いて得られ、特に前記方法は、mRNAシーケンシング、mRNAアレイ、又は定量的リアルタイムPCRから選択され;
より特に前記PIK3CAの発現レベルは、mRNAシーケンシング又はmRNAアレイを用いて、特にmRNAアレイを用いて得られる、
請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
変異型PIK3CA対立遺伝子の発現レベルは、少なくとも1つのPIK3CAの一塩基多型(SNP)遺伝子座について決定され、特に:
a. rs3960984、
b. rs7636454、
c. rs3729679、
d. rs12488074、
e. rs2699887、
f. rs4855093、及び/又は
g. rs9838411、
から選択される少なくとも1つのPIK3CA SNPについて決定され、
特に、変異型PIK3CA対立遺伝子の発現レベルは、SNP rs3960984について決定される、
請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
変異型PIK3CA対立遺伝子の発現レベルは、変異型PIK3CA mRNA転写物の非翻訳領域内に位置するSNPについて決定され、特に変異型PIK3CA対立遺伝子の発現レベルは、SNP rs2699887について決定される、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
患者は、乳がんと診断されている、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記腫瘍は:
a. エストロゲン受容体陽性、又は陰性、
b. プロゲステロン受容体陽性、又は陰性、及び/又は
c. ヒト上皮成長因子受容体2陰性、又は陽性、
として分類されている、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
請求項4~9のいずれか一項に記載の方法によって、応答のより高い可能性を割り当てられた乳房患者の治療における使用のためのPI3K阻害薬、特にアルペリシブ又はコパンリシブを含む群から選択されるPI3K阻害薬、特にアルペリシブであるPI3K阻害薬。
【請求項11】
請求項4~9のいずれか一項に記載の方法によって、PI3K阻害薬による治療に対する応答のより高い可能性が割り当てられた患者を治療する方法であって、患者に有効量のPI3K阻害薬を投与することを含み、特に前記患者にアルペリシブ又はコパンリシブを含む群から選択されるPI3K阻害薬、特にアルペリシブを投与することを含む、前記方法。
【請求項12】
PIK3CA変異によって特徴付けられるがんと診断される患者、特に乳がん患者からの腫瘍試料の変異型PIK3CA対立遺伝子の発現状態を決定するためにバイオマーカーを分析するためのキットにおいて、rs7636454、rs2699887、rs3960984、rs3729679、rs12488074、rs4855093、及び/又はrs9838411、特にrs3960984、又はrs2699887から選択される少なくとも1つのSNPの遺伝子座に存在する変異型PIK3CA対立遺伝子及び野生型PIK3CA対立遺伝子の発現を増幅及び検出するためのプライマーの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳がんのアウトカム(outcome)のバイオマーカーとして、又はPI3K阻害薬の投薬に応答する可能性のある患者のサブセットを同定するための、がん遺伝子PIK3CAの対立遺伝子発現(allelic expression)を決定する方法を提供する。
【0002】
本出願は、それぞれ2021年3月5日に出願されたポルトガル国内出願第20211000008758号及び欧州出願第21161118.1号の優先権の利益を享受するものであり、これらはいずれも参照により本明細書に組み込まれる。
【背景技術】
【0003】
ヒトは二倍体生物であり、ヘテロ接合体の個々において遺伝子座の2つの対立遺伝子が異なる割合で発現することが可能であり、これは対立遺伝子の不均衡と呼ばれる。遺伝子発現における対立遺伝子の不均衡は、生殖系列変異(図1A)などの遺伝子発現レベルを調節する単一塩基の変化、シス調節変異、体細胞変異、及び対立遺伝子特異的エピジェネティックなイベントによって生じ得る。正常なシス調節変異(cis-regulatory variation)は、対立遺伝子の発現の不均衡の主要な決定因子であることが知られており、ヒトゲノムの広範な部分に影響を及ぼし、豊富な表現型の種内変異を生み出している。シス調節変異は、DNA、タンパク質RNA、及びmiRNAへのタンパク質の結合に影響を与えることによりシス調節エレメントの活性を変化させる。それらの効果を検出し、それらをマッピングするための最も確実なアプローチは、転写多型についてヘテロ接合体の個々において差次的対立遺伝子発現(differential allelic expression:DAE)を分析することによる。乳がんで最も頻繁に変異する遺伝子の1つであるPIK3CAは、肺がんでは少ない割合で変異型対立遺伝子の不均衡発現を示すことが示され、この発現の増加に関連する最も頻度の高い変化であるコピー数の増加を伴う。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述の最先端技術に基づいて、本発明の目的は、予後、及び/又は特定の薬物に対する感受性を予測するために、ヘテロ接合体のがん患者対象から得られた腫瘍試料中のPIK3CA遺伝子の変異型(mutant)対立遺伝子及び野生型(wildtype)対立遺伝子の対立遺伝子発現を決定する手段及び方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
この目的は、本明細書の独立請求項の主題によって達成され、本明細書の従属請求項、実施例、図及び一般的説明に記載されたさらに有利な実施形態を伴い達成される。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1図1は、正常乳房組織におけるPIK3CA遺伝子発現のシス調節変異を示す。A:標的遺伝子上でDAEを生じるシス調節性SNP(rSNP)の模式図。rSNPの異なる対立遺伝子は、転写因子(赤)との結合親和性の差異を有し得、両対立遺伝子の発現に差異を生じ、その作用はdaeSNPのヘテロ接合体の個々において測定することができる。B:PIK3CA遺伝子領域における6つのdaeSNPのDAE比。各ドットはx軸に示された対応するバリアントのヘテロ接合体の各々であり、点線は優先的対立遺伝子発現の1.5倍の差を区切る(|DAE|=0.58);C:rs2699887は、rs12488074のDAEと有意に関連している。示されたp値は、1000の並び替え(permutation)を伴うスチューデントのt検定に対応する;D:rs2699887の位置のゲノム図であり、これは、乳房HMECのエピゲノミクスプロジェクトのロードマップから得られるとおり、周囲のCpG部位のメチル化(MeDIP-seq)、典型的な活性プロモータークロマチン修飾マーク(H3K4me3、H3K9ac、H3K36me3)、及びオープンクロマチン状態(DNAseI過感受性及びクロマチンアクセシビリティのp値(p-val))を示す。
図2-1】図2は、体細胞ミスセンスPIK3CA変異の遺伝子発現における変異型対立遺伝子不均衡が乳房腫瘍で頻繁にみられ、特にこの変異型対立遺伝子が優先的に発現することを示している。A:生殖系列由来か又は体細胞的に獲得されるかのいずれかのシス作用性調節バリアント(rVar)が、変異型対立遺伝子と野生型対立遺伝子との異なる相対的対立遺伝子発現を生じ、その結果、異なる予後の腫瘍が生じるという仮説の概略図。B:乳房腫瘍におけるα、β、γ比の分布。変異型対立遺伝子差次的発現(MADE)、|γ|≧0.58を有する腫瘍は赤で表示されている。
図2-2】C:α対β、及びα対γの相関分析。ゲノムコピー数投与量と対立遺伝子発現調節との両方が、腫瘍の変異の発現における対立遺伝子不均衡に寄与していることを示している。D:一致したβ値とγの値との比較。野生型対立遺伝子のコピー数は多数であるが、変異型対立遺伝子の優先的対立遺伝子発現を伴う腫瘍が優勢であることを示す。
図3-1】図3は、変異型対立遺伝子の優先発現の生存率及び臨床病理学的効果を示す。A:METABRICにおける、疾患特異的生存のカプランマイヤー曲線であり、変異型及び野生型の対立遺伝子の等モルレベルで発現する患者(mut=wt群、青色で表示)と比較してPIK3CA変異の差次的発現を伴う患者(MADE群、黄色で表示)の予後の悪化を示している。グラフの下部には、期間にわたる群ごとのリスクのある患者の数を示す。B:METABRICにおける、変異型対立遺伝子(MADE_mut、赤色で表示)が優先的発現する群と、野生型対立遺伝子(MADE_wt、緑色で表示)が優先的に発現する群とに細分されたMADE群の疾患特異的生存率カプランマイヤー曲線。これによりmut=wt群と比べて生存率が悪いことを確認した(青で表示)。グラフの下部には、期間にわたる群ごとのリスクのある患者の数を示す。
図3-2】C:変異型対立遺伝子の優先的発現は、ER陰性、PR陰性、及びHer2陽性の乳房腫瘍に関連している。すべてのグラフにおいて、試料はMADE分類に従って色分けされている。P値はウィルコクソン順位和検定に連続性補正を加え、ボンフェローニ補正を用いて多重検定用に補正したものに対応した。
図3-3】D:METABRICにおけるER陽性、PR陽性、及びHer2陰性のサブタイプ(ER=エストロゲン、PR=プロゲステロン、Her2=ヒト上皮成長因子2受容体)において、MADE群がmut=wt群と比較して疾患特異的生存率が悪いことを示すカプランマイヤー曲線。
図3-4】D:METABRICにおけるER陽性、PR陽性、及びHer2陰性のサブタイプ(ER=エストロゲン、PR=プロゲステロン、Her2=ヒト上皮成長因子2受容体)において、MADE群がmut=wt群と比較して疾患特異的生存率が悪いことを示すカプランマイヤー曲線。
図4図4は、METABRICの腫瘍においてrs2699887がPIK3CAの発現のeQTLであることを示す。示されたP値はスチューデントのt検定に対応する。
図5-1】図5はα比と、ER、PR、HER2の状態との関連分析である。METABRICの腫瘍(上部)とTCGAの腫瘍(下部)のα比のボックスプロット。各ドットは試料を表し、括弧内は各群の試料数を示す。すべてのグラフにおいて、試料はMADE分類に従って色分けされている。P値はウィルコクソン順位和検定に連続性補正を加え、ボンフェローニ補正を用いて多重検定用に補正したものに対応した。
図5-2】図5はα比と、ER、PR、HER2の状態との関連分析である。METABRICの腫瘍(上部)とTCGAの腫瘍(下部)のα比のボックスプロット。各ドットは試料を表し、括弧内は各群の試料数を示す。すべてのグラフにおいて、試料はMADE分類に従って色分けされている。P値はウィルコクソン順位和検定に連続性補正を加え、ボンフェローニ補正を用いて多重検定用に補正したものに対応した。
【発明を実施するための形態】
【0007】
発明の概要
本明細書に示した実施例は、PIK3CAの体細胞変異を有する腫瘍における対立遺伝子発現の差次的発現の臨床的影響を実証する。合計255例の乳がん症例から得られた2つの独立した乳房腫瘍セットのDNA及びRNAのシーケンシングデータは、健常対照と比較して変異型対立遺伝子の頻度の高い優先的発現を示す。変異型対立遺伝子の差次的発現は、乳房腫瘍の異なる臨床病理学的変数と関連することができ、又は生存率の異なる患者のサブセットを定義することができる。
【0008】
本発明の第1の態様は、PIK3CA変異を有するがんと診断される患者を予後によって層別化する方法であって、腫瘍試料中に存在するPIK3CA遺伝子の野生型及び変異型の対立遺伝子の両方の発現レベルを決定すること、及びこれらの2つの値の関係に基づいて様々な臨床アウトカムを割り当てることを含む方法を提供する。
【0009】
本発明の別の態様では、変異型PIK3CA対立遺伝子の不均衡な発現に起因するホスホイノシチド-3-キナーゼ(PIK3)阻害薬による治療に有利に応答する可能性が高い乳がん患者を同定するために、上記で規定した方法を使用する。
【0010】
本発明はさらに、PIK3CA対立遺伝子発現を評価することができるキット又はシステムに加えて、特定の閾値を超える変異型PIK3CA対立遺伝子の発現が決定される患者のサブセットにおける変異型PIK3CAタンパク質を標的とする薬物の使用を教示する。
【0011】
発明の詳細な説明
用語と定義
本明細書を解釈するために、以下の定義が適用され、適宜、単数形で使用される用語は複数形も含み、その逆もまた同様である。以下に定める定義が、参照により本明細書に組み込まれる文書と矛盾する場合は、ここに定める定義が優先されるものとする。
【0012】
本明細書で使用される用語「含む(comprising)」、「有する(having)」、「含有する(containing)」、「含む(including)」、及び他の同様の形態、並びにそれらの文法的に同等な用語は、意味において同等であること、及びこれらの単語のいずれか1つに続く1つ又は複数の項目が、係る1つ又は複数の項目を網羅的にリストするものではない、又はリストした1つ又は複数の項目のみに限定するものではないことにおいてオープンエンドとすることを意図している。例えば、成分A、B及びCを「含む(comprising)」品目は、成分A、B及びCからなる(すなわち、成分A、B及びCのみを含有する)こともできるし、又は成分A、B及びCのみならず、1つ又は複数の他の成分を含むこともできる。このように、「含む(comprising)」及びその類似の形態、並びにその文法的同等な用語は、「本質的にそれからなる(consisting essentially of)」又は「それからなる(consisting of)」の実施形態の開示を含むことが意図かつ理解される。
【0013】
値の範囲が提供されている場合、他に定義されない限り、その範囲の上限と下限の間の、下限の単位の10分の1までの各介在値、及びその記載の範囲内の他の記載の値若しくは介在値は、記載の範囲の具体的に除外された制限を受けて本開示内に包含されると理解される。記載の範囲に限界値の一方又は両方が含まれる場合、それらの含まれる限界値の一方又は両方を除いた範囲もまた開示に含まれる。
【0014】
本明細書において、値又はパラメータ「約(about)」という言及は、その値又はパラメータそれ自体に向けられた変化を含む(及び記述する)。例えば、「約(about)X」と言及する記述には、「X」という記述も含まれる。
【0015】
添付の特許請求の範囲を含め、本明細書で使用されるとおり、単数形「a」、「or(又は)」、「the」は、文脈上明らかにそうでない場合を除き、複数の参照語を含む。
【0016】
他に定義されない限り、本明細書で使用されるすべての技術用語及び科学用語は、当業者(例えば、細胞培養、分子遺伝学、核酸化学、ハイブリダイゼーション技術及び生化学)により一般的に理解されるのと同じ意味を有する。分子生物学的方法、遺伝学的方法及び生化学的方法(一般に、Sambrookら,Molecular Cloning:A Laboratory Manual,第4編(2012)Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,N.Y.及びAusubelら,Short Protocols in Molecular Biology(2002)第5編,John Wiley&Sons,Inc.を参照)及び化学的方法には、標準的な技術が使用される。
【0017】
「遺伝子」という用語は、転写及び翻訳された後に特定のポリペプチド又はタンパク質をコードすることができる少なくとも1つのオープンリーディングフレーム(ORF)を含有するポリヌクレオチドを指す。ポリヌクレオチド配列は、それが会合する遺伝子のより大きな断片又は全長コード配列を同定するために使用することができる。より大きな断片配列を単離する方法は当業者に知られている。
【0018】
本明細書における「遺伝子型」という用語は、特定の遺伝子又は遺伝子座に存在する野生型対立遺伝子又は変異型対立遺伝子のいずれかのコピー数に関する。言い換えれば、試料又は患者が特定の核酸配列、例えば変異体PIK3CA遺伝子に対してヘテロ接合体であるか、又はホモ接合体であるかということである。ホモ接合体のがん患者試料は、2つの同一の対立遺伝子を有し、例えば2つの野生型の非変異PIK3CA対立遺伝子を有するが、一方でヘテロ接合体試料は複数の種類の対立遺伝子を有し、野生型と変異型との対立遺伝子を有する。
【0019】
「遺伝子発現」又は「発現」という用語、あるいは「遺伝子産物」という用語は、核酸(RNA)の生成又はペプチド若しくはポリペプチドの生成の過程及びその産物のいずれか、又は両方をさすことができ、それぞれ転写と翻訳とも呼ばれ、あるいはポリペプチド産物を産生するための遺伝情報のプロセッシングを制御する任意の中間過程を指すことができる。「遺伝子発現」という用語はまた、RNA遺伝子産物、例えば調節RNA又は構造的(例えば、リボソーム)RNAの転写及びプロセシングにも適用され得る。発現ポリヌクレオチドがゲノムDNAに由来する場合、発現には真核細胞におけるmRNAのスプライシングが含まれ得る。発現は、転写及び翻訳の両方のレベルで、言い換えればmRNA及び/又はタンパク質産物で、測定することができる。
【0020】
本明細書の文脈における用語「ホスホイノシチド-3-キナーゼ,触媒,αポリペプチド(phosphoinositide-3-kinase,catalytic,alpha polypeptide:PIK3CA)」は、ホスファチジルイノシトールキナーゼ3タンパク質p110αサブユニット(UniProt番号P42336)をコードするPIK3CA遺伝子(ENSG00000121879)に関する。この遺伝子の外側の調節エレメント、調節イントロン領域、又は5’及び3’の非翻訳領域内の変異が、PIK3CA mRNAの対立遺伝子発現に影響を及ぼすことがわかっており、PIK3CAのオープンリーディングフレームの上流又は下流の250Kb以内の領域が、本発明の目的上、「PIK3CA」又は「PIK3CA遺伝子」という用語に包含されるとみなされる。
【0021】
本発明による「野生型」又は「野生型PIK3CA対立遺伝子」という用語は、変異のないPIK3CA遺伝子の核酸配列を指す(ENSG00000121879)。
【0022】
本明細書の文脈における「PIK3CA変異」、「PIK3CA変異型」、又は「バリアント」という用語は、転写されたPIK3CA遺伝子座内の配列の変異又は改変に関し、PIK3CA遺伝子のEnsemblデータベースエントリーには、現在、10の既知のスプライスバリアント、及び344の既知の変異型PIK3CA対立遺伝子核酸配列が列挙されている。本発明に特に関連するPIK3CA変異は、がん表現型に関連するPIK3CA mRNA転写産物中に存在するものであり、これは一般に、PIK3CAがん遺伝子の転写、翻訳、又は活性の変化をもたらすミスセンス変異である。既知のPIK3CA変異のほとんどは一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)である。
【0023】
本明細書の文脈における「一塩基多型(SNP)」という用語は、野生型配列とは異なる一塩基に関し、例えば、上記で規定した野生型PIK3CA遺伝子とは異なる一塩基に関する。この用語は、PIK3CA DNAのオープンリーディングフレーム内、又はこの遺伝子の250kb以内の調節エレメント内、又は前記核酸位置から転写されるmRNA内の1個の核酸にて検出されるバリアント又は変異型を包含する。本発明による特に目的のSNPは、実施例で提供される差次的遺伝子発現(遺伝子発現差異)解析の方法で特定される。本発明によるバイオマーカーとして特に有用なSNPは、PIK3CAの対立遺伝子不均衡に関連するrs2699887などの調節SNPであり、表1で同定された6つの差次的発現SNPであり、及び表3及び表4に記載のものなどの表1のSNPと密接な連鎖不平衡(linkage disequilibrium)にあるものであり、これらはすべて、本発明による患者のアウトカムの予測力に利用されるPIK3CA遺伝子座における差次的対立遺伝子発現に寄与する。
【0024】
本明細書の文脈において、「対立遺伝子(allele)」という用語は、ゲノム内に存在する遺伝子座の2コピーに関する。二倍体生物であるヒトは、ほとんどの位置で2つの対立遺伝子を有し、それぞれの親から1つずつ受け継がれるが、対立遺伝子内の体細胞変異が後年に発生する可能性もある。遺伝子座の1コピーが野生型配列とは異なるバリエーション又は変異を含むヘテロ接合体PIK3CA対立遺伝子は、本発明による方法にとって特に重要である。変異体又はバリアントの対立遺伝子は、例えばゲノム中の特定の遺伝子座におけるSNPなどの変異を含む。例えば、本発明に関連する変異型PIK3CA対立遺伝子の一例は、乳がんの予後不良に関連するSNPを有するPIK3CA遺伝子のコピーである。
【0025】
「変異型PIK3CA対立遺伝子」は、PIK3CA mRNA転写産物のイントロン又は非翻訳領域内のシス調節エレメント内のバリアント又は変異を包含し、これらは病原性発現に関連するため、重篤な形態の乳がんの補足的又は単独のバイオマーカーとして利用することができる。
【0026】
「対立遺伝子特異的発現」、又は「対立遺伝子発現」という用語は、特定の遺伝子座における1つのPIK3CAのコピー、又は対立遺伝子に起因する遺伝子発現の指標である。「対立遺伝子発現」は、遺伝子型に依存し、すなわち対象が特定の核酸領域又は一塩基対の位置においてホモ接合体であるかヘテロ接合体であるか、並びにコピー数、すなわち各対立遺伝子の相対的コピー数、及び遺伝子の片方又は両方のコピーの転写率に影響を及ぼす可能性のある他の調節形態に依存する。対立遺伝子発現は、一致する対立遺伝子を比較する比率又は相対発現として定義でき、一致する対立遺伝子は、ほとんどの場合、ヘテロ接合の個々において同じ遺伝子座の変異型対立遺伝子と野生型対立遺伝子とである。
【0027】
本明細書の分脈において、「対立遺伝子不均衡」又は「差次的対立遺伝子発現(対立遺伝子発現差異)」とは、異なる比率で発現するヘテロ接合体の個々における遺伝子座の2つの対立遺伝子を指す。遺伝子座は、1つの対立遺伝子がコピー数に基づいて予想されるよりも多く発現している場合、「対立遺伝子不均衡」を示すと言うことができ、この不均衡は、各対立遺伝子の発現レベルを遺伝子型、又はゲノム中のコピー数に基づいて予想される量に正規化することによって計算することができる。例えば、ヘテロ接合体の対象から得られた細胞又は腫瘍試料中のPIK3CA mRNA転写物の総量を考慮すると、対立遺伝子不均衡がない場合、存在するPIK3CA mRNA総量の半分は変異型PIK3CA対立遺伝子に由来し、半分は野生型PIK3CA対立遺伝子に由来するであろう。言い換えれば、PIK3CA遺伝子の各コピーについて決定される対立遺伝子発現レベルは、細胞内にそれぞれ1コピーずつ存在するため、ほぼ等しいはずである。しかしながら、遺伝子座の総PIK3CA mRNA転写産物の半分より大幅に多くのものが一方の対立遺伝子に由来する場合、これはPIK3CA対立遺伝子不均衡と定義される。
【0028】
本明細書の文脈における「変異型対立遺伝子不均衡」又は「変異型対立遺伝子差次的発現(mutant allele differential expression:MADE)」とは、変異型対立遺伝子であり、特に変異型PIK3CA対立遺伝子であり、野生型の対応物よりも高いレベルで発現されるものである。言い換えれば、変異型対立遺伝子転写産物、又は変異型対立遺伝子タンパク質が、野生型の対応物よりも数が多い、上記で規定した対立遺伝子不均衡の一形態である。
【0029】
本明細書で使用されるとおり、「医薬組成物」という用語は、少なくとも1つの薬学的に許容される担体を伴う、本発明の化合物又はその薬学的に許容される塩を指す。特定の実施形態において、本発明による医薬組成物は、局所投与、非経口投与、又は注射投与に適した形態で提供される。
【0030】
本明細書で使用されるとおり、「薬学的に許容される担体」という用語は、当業者に知られているとおり、任意の溶媒、分散媒質、コーティング剤、界面活性剤、酸化防止剤、保存剤(例えば、抗菌剤、抗真菌剤)、等張化剤、吸収遅延剤、塩類、保存剤、薬物、薬物安定化剤、結合剤、賦形剤、崩壊剤、滑沢剤、甘味剤、香味剤、色素など、及びそれらの組み合わせを含む(例えば、Remington:the Science and Practice of Pharmacy,ISBN 0857110624を参照)。
【0031】
本明細書で使用されるとおり、任意の疾患又は障害(例えば、がん)の「治療する」又は「治療」という用語は、一実施形態では、疾患又は障害を改善すること(例えば、疾患又はその臨床症状の少なくとも1つの発症を遅らせるか、阻止するか、又は軽減すること)を指す。別の実施形態では、「治療する」又は「治療」とは、患者が識別できない可能性のあるものも含めて、少なくとも1つの身体的パラメータを緩和又は改善することを指す。さらに別の実施形態では、「治療する」又は「治療」とは、身体的(例えば、識別可能な症状の安定化)、生理学的(例えば、身体的パラメーターの安定化)のいずれか又はその両方で、疾患又は障害を調節することを指す。疾患の治療及び/又は予防を評価する方法は、以下の本明細書で特に説明しない限り、当技術分野で一般的に知られている。
【0032】
乳がんにおけるPIK3CA変異の頻度は高いにもかかわらず、PI3K阻害薬治療に対する応答は期待されたほど成功しておらず、乳房腫瘍におけるPIK3CA体細胞変異発現の予後的重要性は明らかではない。PIK3CA変異は、特にHR+乳がんにおいて、臨床アウトカム及び治療応答に良好に関連することが知られているが、本発明者らは、すべてのPIK3CA体細胞変異が腫瘍で等しく発現しているわけではなく、一部はDNAレベルで同定された変異をほとんど発現しないことを見出した。本明細書の知見は、臨床管理の一環として変異型PIK3CA対立遺伝子の発現レベルを評価することの重要性を明らかにするものである。
【0033】
本発明の第1の態様は、PIK3CA変異によって特徴付けられる腫瘍疾患の野生型及び変異型のPIK3CA対立遺伝子の対立遺伝子発現を決定することによって、がん患者の予後を予測する方法である。
【0034】
本発明のこの態様による「腫瘍」疾患という用語は、少なくとも1つのPIK3CA変異によって特徴付けられる新生物細胞を包含する。PIK3CA変異が例えばメラノーマ、肺がん、子宮内膜がんなどの上皮細胞由来のがんなど、広範な異なる腫瘍の種類にわたって頻繁に観察されるため、組織由来のがんは、本方法による分析に特に関連性のあるものである(Morgese F.2014,Oncotarget,8:75914;Li Q.2013,Clin.Cancer Res,19:6252;Wang L.,2012,J.Cancer Res.Clin.Oncol.138:377)。
【0035】
本発明のこの態様の特定の実施形態は、生検などの腫瘍試料、又は悪性細胞を含む組織試料、例えば腫瘍部位を排出するリンパ節に関する。
【0036】
特定の実施形態は、生検など、乳がんに罹患していると疑われる患者、又は乳がんと診断された患者から得られた試料、又は切除されたリンパ節転移などの乳がん転移部位に関する。これらの実施形態によるPIK3CAの発現状態は、がん細胞に存在する遺伝性変異及び体細胞変異の両方の対立遺伝子発現に関する情報を提供する。
【0037】
本発明のこの態様による方法は、前記患者から得られる遺伝物質を含む腫瘍試料に対して以下の工程を実施することを含む。
【0038】
第1の測定工程では、前記試料において以下の値が決定され:
i. 変異型(mut)PIK3CA対立遺伝子の発現(ex)レベル(ex(mut))、及び
ii.野生型(wt)PIK3CA対立遺伝子の発現(ex)レベル(ex(wt))
ここで、変異型PIK3CA対立遺伝子は、PIK3CA遺伝子内の任意の変異であり得、特に実施例の表1、3、及び4に列挙されるものなどのPIK3CA遺伝子内に位置するSNPであり得る。
【0039】
割り当て工程では、変異型又は野生型の対立遺伝子のいずれかが他方に対して有意に過剰発現している場合、不均衡、又は差次的対立遺伝子発現の証拠を提供するために、野生型と変異型とのPIK3CA対立遺伝子の発現レベルを比較する。野生型と変異型とのPIK3CA対立遺伝子発現の比率が計算され(対立遺伝子発現値)、倍数変化値として表され、この値が患者に臨床アウトカムを割り当てるために使用される。対立遺伝子発現、又は倍数変化が1であることは、野生型と変異型との対立遺伝子発現が同等レベルであることを示す。対立遺伝子不均衡を示す、ある対立遺伝子が別の対立遺伝子と比べて有意に過剰発現していることに対する閾値は、実施例の図3で示したものなどの統計的手法に基づいて、区別可能な生存アウトカムと相関する異なるPIK3CA対立遺伝子発現を有する患者群の間で正確に識別可能である必要がある。比較される2つの対立遺伝子の発現レベルの有意な差異を規定する範囲、又は閾値は、使用される測定法の誤差率、及び知られているアウトカムと同じ疾患から得られた患者試料のコホートに存在する比率の範囲を念頭に置いて決定される必要がある。
【0040】
本発明のこの態様によれば、野生型PIK3CA対立遺伝子又は変異型PIK3CA対立遺伝子のいずれかの発現レベルが他方の発現レベルよりも有意に高い場合、特にここで野生型PIK3CA対立遺伝子が変異型PIK3CA対立遺伝子よりも有意に多く発現している場合、換言すれば、対立遺伝子不均衡がPIK3CA遺伝子座で観察される場合、患者は予後不良の可能性が割り当てられる。
【0041】
特定の実施形態は、PIK3CA変異型対立遺伝子及び野生型対立遺伝子の発現が同等である患者に予後を割り当てることに関し、ここで予後不良とは、約11年の生存確率が約45~55%以下であることと定義され、予後良好とは、約18年の生存確率が約75~85%であることと定義される。
【0042】
本発明の別の態様は、本発明の第1の態様で規定されるとおりの野生型及び変異型のPIK3CA対立遺伝子の発現レベルを測定すること、及び変異型又は野生型のPIK3CA対立遺伝子の発現における1.5倍の差異の閾値を使用すること、本発明に従って予後を割り当てる目的で、患者を有意な対立遺伝子過剰発現又は不均衡を有すると割り当てることを含む方法に関する。
【0043】
腫瘍試料が、変異型又は野生型のPIK3CAのいずれかが他方よりも少なくとも1.5倍多く発現している、対立遺伝子発現不均衡により特徴付けられると決定された患者は、本発明のこの態様に従って予後不良とされ、ここで特に、変異型対立遺伝子が野生型よりも少なくとも1.5倍多く発現している。それぞれのPIK3CA対立遺伝子を等しく発現する、本発明のこの態様によるPIK3CA対立遺伝子不均衡がないことよって特徴付けられる腫瘍を有する患者であって、野生型及び変異型の対立遺伝子発現レベルが互いに1.5倍未満の差異の患者は、上記で規定された予後不良対立遺伝子不均衡群と比較して、乳がんの臨床アウトカムがより良好であると割り当てられる。
【0044】
乳がんに特に関連する本発明のこの態様のいくつかの実施形態は、腫瘍試料において互いに1.5倍未満の差異の野生型及び変異型のPIK3CA対立遺伝子のレベルを発現する患者を、予後良好に割り当てることに関し、ここで予後良好とは、約18年の生存確率が約75~85%であると定義される。
【0045】
特に乳がんに関連する本発明のこの態様のいくつかの実施形態は、腫瘍試料が変異型又は野生型のPIK3CA対立遺伝子のいずれかの発現、特に変異型対立遺伝子の発現が1.5倍以上であると決定された患者に、約11年の生存確率が約50~60%と定義される予後不良を割り当てることに関する。
【0046】
本発明のこの態様のいくつかの実施形態において、腫瘍試料が野生型対立遺伝子の過剰発現を示すと決定され、特にPIK3CA変異型対立遺伝子のレベルの1.5倍以上の閾値を示すと決定された患者は、この患者サブセットが乳がんの全アウトカムで最も不良であることが示されたとおり、非常に予後不良と割り当てられる。
【0047】
乳がんに特に関連する本発明のこの態様のいくつかの実施形態は、変異型対立遺伝子と比較して野生型PIK3CA対立遺伝子を過剰発現すると評価された腫瘍試料を有する患者に予後不良を割り当てることに関し、ここで予後不良とは、約5.5年での生存確率が約45~55%であると定義される。
【0048】
実施例の図5は、変異型PIK3CA対立遺伝子の過剰発現は、各対立遺伝子が同等レベルで発現している患者と比較して予後不良と関連しており、野生型PIK3CA対立遺伝子の過剰発現は、対立遺伝子不均衡の定義として1.5倍の閾値に基づいて、さらに非常に不良の患者の生存と関連することを示している。
【0049】
当業者は、過剰発現の適切な閾値が、実施例において乳がん腫瘍試料における対立遺伝子不均衡を評価するために使用される方法に従って患者コホートを分析することによって同定され得、かつ閾値は、測定される変異、及び本発明によるPIK3CA対立遺伝子発現レベルを測定するために選択される方法論によってわずかに異なり得ることを理解するであろう。
【0050】
いくつかの実施形態において、本発明による有意な対立遺伝子過剰発現、又は対立遺伝子不均衡の閾値は、実施例における比較可能な乳がん試料のコホートから計算される範囲など、2つの対立遺伝子の統計的に等価な発現を包含する範囲である。別の実施形態では、試料は、この範囲の限界値を表すように事前に決定された対照参照試料と比較される。
【0051】
本発明の上記態様の一実施形態において、変異型PIK3CA対立遺伝子は、特定のPIK3CA変異を含む完全mRNA転写物のレベルで測定されるものである。
【0052】
上記本発明の態様による方法の他の実施形態では、PIK3CA変異の発現レベルは、1塩基の変化、言い換えればSNPのレベルで評価される。
【0053】
表1の各SNPは乳がん患者のアウトカムとの関係を評価し、それぞれは、特定の患者において対立遺伝子不均衡を表すことが示された。複数のPIK3CA変異についてヘテロ接合体であるがん試料において、又はエクソン領域とイントロン領域との両方に位置するSNPの発現レベルを評価する場合に、複数のSNPからの対立遺伝子発現情報を組み合わせることが可能である。
【0054】
上記に規定された本発明の態様による方法のいくつかの実施形態において、PIK3CA対立遺伝子発現レベルを決定するアッセイは、変異型PIK3CA対立遺伝子の存在についてスクリーニングする工程の一部として、変異型PIK3CA対立遺伝子を含むと以前に決定されていない腫瘍試料に対して実施される。これは、複数の変異型PIK3CA対立遺伝子の発現レベルを同時に評価するアッセイを実施することによって行うことができ、例えば、実施例で示したように、異なるSNPを含む転写産物の発現レベルを評価するためにマイクロアレイを使用する。
【0055】
上記本発明の態様による方法の別の実施形態は、mRNA発現レベルの任意の定量的対立遺伝子特異的測定を使用することに関し、例えば、PIK3CA遺伝子のmRNAシーケンシング(配列決定)、及び野生型又は変異型のPIK3CA配列のいずれかを有する転写物の定量であり、又は変異型又は野生型の対立遺伝子によって特徴付けられる特定の遺伝子座のポリメラーゼ連鎖反応増幅に適したプライマーの使用によるものである。
【0056】
本発明の別の態様は、ホスホイノシチド-3-キナーゼ(PIK3)阻害薬による治療に対するがん患者、特に乳がんの患者の腫瘍疾患の応答の可能性を決定するための方法を提供する。この方法は、変異型PIK3CA対立遺伝子を過剰発現している患者を同定し、それ故、これらの薬物により標的とされる変異型タンパク質が発現している可能性が高い。
【0057】
本明細書における「PIK3阻害薬」又は「PIK3阻害療法」とは、PIK3CA遺伝子によりコードされるαサブユニットを含むクラスIホスホイノシチド-3-キナーゼを阻害する医薬化合物を指す。本発明の目的に特に有用なPIK3阻害薬としては、αサブユニット変異を標的とするアルペリシブ(Piqray)、又はα及びβサブユニット変異を標的とするコパンリシブ(Aliqopa)などの化合物が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0058】
これらの薬物はPI3Kタンパク質の変異型バリアントを標的とするため、この変異型タンパク質が転写された場合にのみ作用するであろうが、本発明者らは、すべての乳がん患者に当てはまるわけではないことを発見した。本発明者らは、変異型PIK3CA対立遺伝子を過剰発現している腫瘍は、野生型及び変異型の対立遺伝子を同等に発現しているヘテロ接合体の患者と比較して前記化学治療に応答する可能性がより高く、かつ変異型対立遺伝子の発現が比較的少ない患者と比較してさらにより応答する可能性が高いと考える。
【0059】
第1の測定工程において、変異型及び野生型のPIK3CA対立遺伝子の対立遺伝子発現が、本発明の第1の態様に従って評価される。言い換えれば、変異型と野生型との相対的な転写産物存在量を比較するために、定量的対立遺伝子特異的方法論を用いて、患者試料中の変異型及び野生型のPIK3CA遺伝子の対立遺伝子に対しての発現レベルが得られる。
【0060】
第2の割り当て工程において、対象は、変異型PIK3CA対立遺伝子がその遺伝子座において野生型対立遺伝子と比較して有意に過剰発現している場合、特にここで変異型PIK3CA対立遺伝子発現値が野生型対立遺伝子の1.5倍超過である場合、変異型PI3K阻害薬の薬物による治療に対するがん患者の腫瘍疾患、特に乳がん患者の腫瘍疾患の応答の可能性が割り当てられる。
【0061】
PIK3CAの発現状態値の間の統計学的有意性の閾値の確立は、類似患者のコホートにおける患者のアウトカム及び対立遺伝子不均衡を調査する実施例で実証される。閾値の正確な値は、より多くの試料が分析されるにつれて、あるいはmRNAマイクロアレイ以外の方法が本発明に従って対立遺伝子不均衡を測定するために使用される場合に、変更を受ける可能性があると理解される。
【0062】
この方法は、変異型PIK3CA対立遺伝子がmRNAレベルで発現している患者を同定し、その値を用いて、上記で規定したとおりのPIK3阻害医薬によるアウトカムが異なるアウトカムを有する可能性のある群に患者を層別化するものである。ここで応答のより高い可能性が割り当てられた患者には、PIK3CA発現状態の値が野生型対立遺伝子と変異型対立遺伝子との発現量が等しいことを示す範囲内にあることを示す患者と、また変異型対立遺伝子も過剰に発現している患者との両方が含まれる。これら2つの群、特に後者は、変異型PIK3CAのmRNA発現が低い群よりも良好に変異型を標的とする薬物に応答すると予測され、その結果、変異型対立遺伝子のタンパク質発現が低くなる。この情報は、臨床医がPI3K標的化学療法の恩恵を受ける可能性が高い患者を特定するのに役立ち得る(全生存又は疾患特異的生存の延長)。
【0063】
PIK3CA対立遺伝子の発現レベルがmRNAレベルで測定される方法は、本発明により限定されず、対立遺伝子特異的核酸プローブを使用することが含まれ、特にリアルタイムPCR又はqPCRなどの定量的PCR方法、シーケンシング反応、又は核酸アレイを用いて使用することが含まれる。他の実施形態において、PIK3CAの発現状態は、mRNAシーケンシングによって決定される。
【0064】
バイオマーカーのPIK3CA核酸対立遺伝子の発現レベルを測定するために特に有用な方法論の1つは、患者の腫瘍試料から抽出したRNAのポリメラーゼ連鎖反応を用いて行う核酸増幅法である。本明細書の分脈における「サイクル閾値」という用語は、定量的核酸測定、例えば、「定量的ポリメラーゼ連鎖反応(qPCR)」による測定に関する。この方法には、標的の野生型及び変異型の対立遺伝子とハイブリダイズする核酸プローブを使用した核酸増幅のサイクルを繰り返し、蛍光シグナルを発する産物を生成し、その産物を測定して出発遺伝物質の量を決定することが含まれる。サイクル閾値は、平均値であってもよいし、又は複製試料の数の平均値であってもよい。クロスポイント又は調整された変曲点など、他の定量的測定値がサイクル閾値の代わりになることもある。
【0065】
当業者は、PIK3CA対立遺伝子のバリアント発現がqPCRによって測定される実施形態において、値が、ハウスキーピング遺伝子と比較したサイクル閾値差異の発現事例、すなわち、使用者が定義した閾値を超える、使用される特定の核酸プローブからの蛍光シグナルの生成に必要なqPCRサイクル数であることを理解するであろう。したがって、これらの値はPCR条件とサイクルの閾値とを反映しており、正確な病原性発現の閾値の値は、mRNAシーケンシング試料から得られた前記事例と異なることが予想され得る。対立遺伝子発現のqPCR測定に対する乳がんのアウトカムに関連する同様の閾値は、前記事例で実施されるのと同じ方法論を使って類似した試料のコホートを評価し、患者のアウトカムとの相関分析を行うことによって得ることができる。特異的核酸プローブは、例えば、標準的なTAQman ABI又はSybrgreen酵素qPCRアッセイ条件を用いて、WT(野生型)、又はSNP領域、又は対立遺伝子のいずれかに相補的な配列を含むプライマー設計を用いて、PIK3CAバリアントの発現を同定することができる。
【0066】
上記で規定された態様によるがん患者の予後、又は薬物応答を予測する方法の別の実施形態では、変異型及び野生型のPIK3CAコピーの対立遺伝子発現レベルは、実施例で利用されるIlluminaアレイなどのmRNAマイクロアレイアッセイ、又はmRNAシーケンシング技術よって評価される。これらの方法論では、患者が複数のSNPについてヘテロ接合体であり得るため、患者試料に存在するあらゆる変異型対立遺伝子の非標的評価が可能である。
【0067】
上記で規定した本発明の態様によるがん患者の予後、又は薬物感受性を確立する方法の別の実施形態では、変異型PIK3CA対立遺伝子の発現レベルは、rs7636454、rs3960984、rs3729679、rs2699887、rs12488074、rs4855093、及び/又はrs9838411から選択される少なくとも1つのSNP遺伝子座について決定される。いくつかのSNPは比較的稀少であり、患者においてまれにしか検出されないであろうことから、患者試料の変異状態がまだ不明である実施形態では、変異型PIK3CA対立遺伝子の発現レベルが、いくつかの共通のSNP遺伝子座、又はリストされたすべての遺伝子座で決定されるのが好ましい。
【0068】
上述した本発明の態様の特定の実施形態において、変異型PIK3CA対立遺伝子及び野生型PIK3CA対立遺伝子の発現レベルは、例えばSNP遺伝子座rs3960984など、変異型PIK3CA遺伝子を有する患者の半数超過に認められる共通のSNP変異について決定される。SNPのrs3960984及びその野生型対応物の対立遺伝子の発現レベルを測定することは、変異型及び野生型のrs3960984対立遺伝子の不均衡な対立遺伝子発現の高い発生に加えて、PIK3CA変異型乳がん試料におけるその高い有病率の両方により、本発明により特に有用である(表1)。他の既知のがん患者の間で同様の共通SNPは、本発明による使用に特に望ましい。
【0069】
上記で規定した本発明の態様の別の実施形態において、変異型及び野生型の対立遺伝子の発現レベルは、PIK3CA転写物の非翻訳領域内に位置するSNP遺伝子座にて決定され、特にここで変異型PIK3CA対立遺伝子の発現レベルは、SNP rs2699887について決定される。いくつかの変異型PIK3CA対立遺伝子rs12488074の対立遺伝子不均衡は、実施例の図1において、シス調節SNP遺伝子座rs2699887の存在によって影響を受けることが示されている。
【0070】
上記で規定された方法の特定の実施形態は、乳がんの一形態と診断される患者におけるPIK3阻害薬に対する予後又は腫瘍感受性の予測に関する。本発明のこれまでの態様のいずれかによる本発明のいくつかの実施形態では、患者は、エストロゲン受容体(oestrogen receptor)陽性、プロゲステロン受容体(progesterone receptor)陽性、又はヒト上皮成長因子受容体2(human epidermal growth factor receptor 2)陰性として分類されている乳がん腫瘍と診断されている。
【0071】
実施例に示したデータでは、変異型PIK3CA対立遺伝子の優先的発現は、PR陰性状態及びHer2陽性状態などの知られている予後不良変数と関連している。METABRICデータセットにおいて、本発明者らは、変異型対立遺伝子発現不均衡を有する腫瘍を有する患者はそうでない患者よりも全生存が不良であり、特にER陽性、PR陽性、及びHer2陰性のサブセットにおいてそうであることを発見した。本発明による方法は、異なる生存アウトカムを伴う患者のサブセットを同定することにより、現在の標準治療の予後組織学的マーカーと比較して追加の情報を提供することができる(図3)。
【0072】
本発明の別の態様は、上記のとおりの方法を可能にするシステムに関する。本発明によるシステムは、腫瘍細胞から発現データを得るためのデバイス、PIK3CA対立遺伝子発現データを生成するためのシーケンシング装置、及び本明細書に開示されるとおりの本発明によるそのようなPIK3CA対立遺伝子発現データを電子的に処理するためのデバイスを含む。
【0073】
医薬組成物及び投与
本発明の別の態様は、アルペリシブ、又はコパンリシブ、又はそれらの薬学的に許容される塩から選択されるPIK3阻害薬、及び薬学的に許容される担体を含む医薬組成物に関する。さらなる実施形態において、本組成物は、例えば本明細書に記載されるものなどの少なくとも2つの薬学的に許容される担体を含む。
【0074】
特定の実施形態では、アルペリシブ又はコパンリシブは、組み合わせ治療においてさらなるがん医薬と組み合わせて、例えばフルベストラントなどの選択的エストロゲン受容体分解薬と組み合わせて投与される。
【0075】
本発明の特定の実施形態において、本発明の化合物は、薬物の制御が容易な投与量を提供し、かつ患者に明確で取り扱いが容易な製品を提供するために、典型的には医薬剤形に製剤化される。
【0076】
医薬組成物は、経腸投与用、特に経口投与用又は直腸投与用に製剤化することができる。さらに、本発明の医薬組成物は、固体の形態(カプセル、錠剤、丸薬、顆粒、粉末、又は坐剤を含むがこれらに限定されない)、又は液体の形態(溶液、懸濁液又は乳濁液を含むがこれらに限定されない)で構成することができる。
【0077】
医薬組成物は、非経口投与用、例えば、静脈(i.v.)注入用、皮内投与用、皮下投与用又は筋肉内投与用に製剤化することができる。
【0078】
本発明のPIK3阻害薬化合物の投与レジメンは、特定の薬剤の薬力学的特性及びその投与様式及び投与経路;レシピエントの種、年齢、性別、健康状態、病状、及び体重;症状の性質及び程度;同時治療の種類;治療の頻度;投与経路、患者の腎機能及び肝機能、並びに所望の効果などの既知の因子によって変化するであろう。特定の実施形態において、本発明の化合物は、1日1回投与してもよいし、又は1日の総投与量を1日に2回、3回、又は4回の用量に分けて投与してもよい。
【0079】
特定の実施形態において、本発明のPIK3阻害薬を含む医薬組成物は、約50~70kgの対象に対して約1~1000mgの有効成分(複数可)の単位用量のものであり得る。化合物、医薬組成物、又はそれらの組み合わせの治療上有効な投与量は、対象の種、体重、年齢、個人の状態、治療される障害又は疾患又はその重症度に依存する。通常の技術を有する医師、臨床医又は獣医師であれば、障害又は疾患の予防、治療又は進行抑制に必要な各有効成分の有効量を容易に決定することができる。
【0080】
本発明の一態様は、特にこれまでに記載した本発明のいずれかの態様による方法によって応答性であると判定された乳房患者の治療にける使用のためのPI3K阻害薬に関し、アルペリシブ、又はコパンリシブから選択されるPI3K阻害薬に関する。
【0081】
本発明のさらなる態様は、患者腫瘍試料のPIK3CA発現状態を決定するためのバイオマーカーを分析するキットにおける:
a. 変異型PIK3CA対立遺伝子、及び
b. 野生型PIK3CA対立遺伝子、
の発現レベルの増幅及び/又は検出ための核酸プローブの使用を包含する。このキットは、乳がん患者の予後に関する情報を臨床医に提供するため、あるいは乳がん患者がPI3K阻害薬による治療に良好に応答する可能性を予測するために、患者の腫瘍試料において使用することができる。
【0082】
本方法は、特に評価及び割り当ての工程がコンピュータによって実行される、コンピュータ実装方法によって実施することができる。
【0083】
さらに、本方法は、コンピュータ上で実行されると、コンピュータに少なくとも評価工程及び/又は割り当て工程を実行させるコンピュータプログラムコードを含む、コンピュータプログラムによって実施することができる。特に、測定工程の結果は、ユーザー入力によって、及び/又は測定工程中に得られたメチル化レベルに関する情報を含むコンピュータ読み取り可能ファイルを提供することによって、コンピュータ及び/又はコンピュータプログラムに提供され得る。測定工程からの結果は、さらなる処理のために、コンピュータのメモリに、非一過性の記憶媒体に保存することができる。
【0084】
医療治療、剤形及び塩類
同様に、本発明の範囲内には、上記の記載に従ってPI3K阻害薬薬物、特にアルペリシブ(CAS番号1217486-61-7)又はコパンリシブ(CAS番号1032568-63-0)から選択されるPI3K阻害薬の薬物を患者に投与することを含む、それを必要とする患者において乳がんを治療する方法又はその治療を含む。
【0085】
当業者は、特に言及された薬物が、該薬物の薬学的に許容される塩として存在し得ることを認識している。薬学的に許容される塩には、イオン化された薬物及び逆帯電した対イオンが含まれる。
【0086】
本明細書において、例えばPI3K阻害薬又は医療的適応などの単一の分離可能な特徴の代替形態が「実施形態」として記載されている場合、そのような代替形態は、本明細書に開示される本発明の個別の実施形態を形成するために自由に組み合わせることができることを理解されたい。
【0087】
本発明は、以下の実施例及び図によってさらに説明され、そこからさらなる実施形態及び利点を導き出すことができる。これらの実施例は本発明を説明するためのものであり、その範囲を限定するものではない。
【0088】
表1は、PIK3CA領域に位置する6つのdaeSNPにおける正常乳房試料のDAE(差次的対立遺伝子発現)を示す。
表2は、乳房腫瘍におけるPIK3CA体細胞変異の対立遺伝子発現不均衡の概要である。
表3は、PIK3CAのdaeSNPの間の連鎖不平衡を示す。データは、「grch37/1kgpp3v5」リリースに従って、SNiPA(https://snipa.helmholtz-muenchen.de)ツールを使ってヨーロッパ人集団にマッピングし、アノテーションした。
表4は、PIK3CAにおけるDAEデータのマッピング解析から得られた候補SNPである。
表5は、TCGAセットにおけるPIK3CAのMADE生存解析の要約統計である。中央値、LCL及びUCLは日数単位、LCL(lower confidence level):下限信頼水準、UCL(upper confidence level):上限信頼水準、N:各群の人数。
【実施例
【0089】
材料及び方法
差次的対立遺伝子発現分析
64試料の正常乳房組織のDNA及び全RNAを、記載のとおり(Liu R.,Bioinformatics 2012,28:1102)、Illumina Exon510S-Duoアレイ(humanexon510s-duo)を用いて分析した。正規化後、平均log RNAの強度値が9.5より低く、かつヘテロ接合体の値が5未満のSNPを解析から除外した。ヘテロ接合体群(AB)とホモ接合体群(AA及びBB)との間のRNA対数比を比較するために、2標本のスチューデントのt検定を適用した。すべての比較でp値が0.05より低いSNPのみをさらに分析した。DAEを正規化するために以下の式を用いた:log((RNA対立遺伝子A/RNA対立遺伝子B)/(DNA対立遺伝子A/DNA対立遺伝子B))。この分析は、RとBioconductorパッケージとを使用して、記載のとおりに行った(Huber W.,Nature Pub.Group 2015,12:115)。|AE比|≧0.58(1.5倍以上の差)の場合にDAEを推定した。この閾値は、適用されたDAE検出法の感度及び特異度に基づいて確立した。daeSNP間の連鎖不平衡(Linkage disequilibrium:LD)を、遺伝子バリアントを中心としたアノテーションブラウザ(genetic variant-centered annotation browser)SNiPAを用いて評価した(Li Y.,Genet Epidemiol.2010,34:816)。
【0090】
正常乳房組織試料の遺伝子型インピュテーション(imputation)分析
遺伝子型インピュテーションは、マイクロアレイ品質管理フィルターを通過した64試料からのIllumina Exon 510 Duo生殖細胞系列遺伝子型データに対して実行した。インピュテーションデータの前に、ジェノタイピングデータに対して品質管理が行われ、コール率85%未満、マイナー対立遺伝子頻度0.01未満、及びp値<1.0e-05のハーディ・ワインバーグ平衡を伴うSNPを分析から除外した。品質管理を通過した3番染色体Illumina SNPの遺伝子型データは、MACH1.0(Li,Y.ら,Genet.Epidemiol.34,816-834,2010)及びHapMap3リリースの段階的ハプロタイプ(HapMap3 NCBI Build 36,CEU panel-Utah residents with Northern and Western European ancestry)(著作権)(参照パネルとして)を用いて、染色体内の知られているすべての追加のSNPでの遺伝子型をインピュテーションするために用いた。MaCH1.0を用いたインピュテーションでは、2段階のインピュテーションプロセスを用いた:モデルパラメータ(交差率及びエラー率)は、研究対象のすべてのハプロタイプを用いてインピュテーションの前に推定され、コマンドオプション:-greedy及び-r 100を使用して隠れマルコフモデル(Hidden Markov Model:HMM)の100回反復を実行した。その後、-greedy、-mle、及び-mldetailsのコマンドオプションを指定して、前のラウンドからモデルパラメータ推定値を用いて遺伝子型のインピュテーションを行った。インピュテーションの結果を、各SNPのプラットフォーム固有のインピュテーション不確実性の指標(rsqスコア)によって評価した。MaCH-rsqスコアは、ハーディ・ワインバーグ平衡にて、経験的に観察された対立遺伝子量の分散と、期待される二項分散p(1-P)との比に等しく、ここで、pは、HapMapから導出されるか、又は独自のデータから推定された観察された対立遺伝子頻度である。この値は、インピュテーション結果の不確実性が高まる場合にゼロになる傾向がある。インピュテーション結果は、各SNPのプラットフォーム固有のインピュテーションの不確実性の指標(rqスコア)によって評価し、rqスコアが0.3より高い場合は結果をフィルターした(Li Y.,Genet Epidemiol.34:816-834,2010)。
【0091】
正常乳房組織試料の差次的対立遺伝子発現(differential allelic expression:DAE)マッピング分析
各PIK3CAのdaeSNPにおけるAE比を、daeSNPの±250Kb以内に位置するジェノタイピングしたSNP/インピュテーションしたSNPにおける遺伝子型に従って層別化することにより、差次的対立遺伝子発現マッピング分析を行った。2標本t検定を適用して、ヘテロ接合群の試料と組み合わせられたホモ接合群との間の平均AE比間の差異を評価した。P値を、N=1000の並び替え手順を使用して複数の検定に対して補正した。並び替え補正したp値は0.05未満で有意であるとみなされ、平均した場合、ヘテロ接合体試料は、ホモ接合体試料と比較した場合に、対立遺伝子間でより大きな倍数の差を示した。
【0092】
プロキシSNPクエリー
プロキシ(代理)SNPを、CEU集団についての1000Gプロジェクトのフェーズ1から得られた遺伝子型データを用いて、https://pubs.broadinstitute.org/mammals/haploreg/haploreg.phpで利用可能なHaploReg v4.1を用いて同定し、ここでLD閾値はr>0.8とした(Ward L.D.,Nucleic Acids Res.2011,40:D930;1000 Genomes Project Consortium,Nature,2015,536:68)。
【0093】
関連バリアントの機能的アノテーション
最も可能性の高い機能的バリアントを予測するため、正常ヒト乳腺上皮細胞(human mammary epithelial cell:HMEC)、ヒト乳腺線維芽細胞(human mammary fibroblast:HMF)、BR.MYO(乳腺筋上皮細胞)、及びBR.H35(乳腺vHMEC)について、並びに2種の乳がん細胞株MCF-7及びT47Dについて、クロマチン状態(chromHMM)のアノテーション、DNase I過感受性領域,転写因子結合部位、及びエピジェネティックマーカー(H3K4Me1、H3K4Me3、及びH3K27Ac)のヒストン修飾など、Encyclopedia of DNA Elements(ENCODE)及びNIH Roadmap Epigenomicsのプロジェクトデータから得られたエピジェネティックマークに対して、AEレベルに関連するバリアントをマッピングした(http://genome.ucsc.edu/ENCODE/)。本発明者らは、乳腺細胞株の活性プロモーター又はエンハンサー領域のいずれかに位置するバリアントに優先順位をつけ、それらのChIP-Seqデータは、タンパク質結合を示し、又はPWMスコアは、対立遺伝子によるタンパク質結合差異を予測した。RegulomeDB及びHaploReg v4.1という2つの一般に利用可能なツール、及びMotifBreakR Bioconductorパッケージも、これらの機能的バリアントの候補を評価するために使用した。
【0094】
乳房腫瘍試料
腫瘍試料のMETABRICのデータセットには、2433試料のDNAシーケンシングデータが含まれ、480試料はキャプチャーベースのRNAシーケンシング研究の対象となった(Curtis C.,Nature 2012,486:346)。ポリA濃縮RNA(Illumina、サンディエゴ、カリフォルニア州、米国)を用いてTruSeq mRNAライブラリー調整キットにより、凍結組織から作成した全RNAを用いてシーケンシングライブラリーを作成し、ヒトキノームDNAキャプチャーベイト(Agilent Technologies、サンタクララ、カリフォルニア州、米国)で濃縮した。各キャプチャー反応ごとに6つのライブラリーを各ライブラリー100ngでプールし、Illumina HiSeq2000プラットフォームでシーケンシングした(ペアエンド51bp)。DNAとRNAの両方のシークエンシングデータを有し、PIK3CA変異を有する試料のサブセットをさらなる分析のために選択した。TCGAデータセットは、TCGA乳がんの695試料で構成され、PIK3CA変異を有する289試料のサブセットをさらなる分析のために選択した。
【0095】
腫瘍におけるDNA-seq及びRNA-seqのバリアントコーリング
アラインメント及び前プロセシング:参照ゲノム(hg19)にマップされた配列データ(FASTQ)は、STAR v2.4.1c(https://github.com/alexdobin/STAR)を用いてアライメントした。2パスのアライメントを実行した:最初のアラインメント実行で検出されたスプライスジャンクションは、最後のアラインメントのガイドとして使用される。重複はPicard v1.131(http://picard.sourceforge.net)でマーク付けした。Genome Analysis Toolkit(GATK)を用いて、インデルの再アライメント及び塩基品質スコアの再キャリブレーションを行った。バリアントコーリング及びアノテーション:SNV及びインデルバリアントは、GATK Haplotype Callerを用いて呼び出し(コーリング)した。バリアントは、GATK VariantFiltrationを使用してハードフィルターを適用することでフィルターした。バリアントはEnsembl Variant Effect Predictor(VEP)を用いてアノテーションした。RNA編集及びその他のRNA関連バリアントを避けるため、並びに真の対立遺伝子不均衡がRNAベースの遺伝子型コーリングにおいてヘテロ接合体部位がホモ接合体と呼び出しされることにつながる可能性があるため、ヘテロ接合体遺伝子型をDNAデータから呼び出しした。
【0096】
腫瘍における対立遺伝子発現不均衡の統計的分析
分析に先立ち、以下の試料:1)品質管理を通過した試料、2)ミスセンス変異を有する試料、及び3)RNA及びDNAのデータの両方について最低でも30リードを有する試料、を選択するために、一連のフィルター工程を行った。METABRICの臨床データは、元の研究から入手可能な最新の入手可能な記録により更新した。TCGAの臨床データを、https://portal.gdc.cancer.gov/から2018年11月26日にインポートした。すべての試料について3つのパラメータを計算した:1)DNA変異型対立遺伝子比率β=Log[(DNA中の変異型対立遺伝子リード数)/(DNA中の野生型対立遺伝子リード数)]。これはヘテロ接合遺伝子型によるシーケンシングのアーチファクトを制御し、DNA中のバリアントの頻度の差異を構成する役割を果たす;2)α=Log[(RNA中の変異型対立遺伝子リード数)/(RNA中の野生型対立遺伝子リード数)]。これは腫瘍における正味の対立遺伝子発現不均衡の指標の役割を果たす;3)正規化された変異型対立遺伝子発現比γ=αーβ。これは、シス調節のみに起因する変異型対立遺伝子発現不均衡の指標である。対立遺伝子発現不均衡比と臨床データとの間の関連は、表及び図に示すとおり、連続性補正を加えた二変量解析ウィルコクソン順位和検定、又はクラスカル・ウォリス順位和検定によって達成した。P値は研究ごとにボンフェローニ補正を用いて調整し、0.05以下の場合に有意とみなした。両試料セットの「α対β」及び「α対γ」の比の相関分析は、ピアソン検定を用いて行った。すべての統計分析及びデータ視覚化は、Rを使用して実施した。さらに、本発明者らは、|γ|≧0.58(1.5倍以上の差異)の場合、変異型対立遺伝子差次的発現(mutant allele differential expression:MADE)が存在するとみなした。生存分析において、本発明者らは、MADE試料をMADE_wt(γ≦-0.58、又は野生型対立遺伝子の優先発現)及びMADE_mut(γ≧0.58、又は変異型対立遺伝子の優先発現)にさらに分けた。
【0097】
生存分析
カプランマイヤープロット及び多変量Cox比例ハザードモデルは、Rパッケージの「Survival」を用いて計算される対立遺伝子発現と生存との間の関連を調査する。すべての原因による死亡をエンドポイントとして使用し、なお生存しているすべての対象は最後の接触の日に打ち切った。カプランマイヤー生存曲線はlog-rank検定を用いて比較した。多変量解析では、Cox比例ハザードモデルを用いて、全生存に対するγの作用を評価した。ハザード比(HR)及び95%信頼区間(CI)は、年齢及び腫瘍の特徴(サイズ、Scarff-Bloom-Richardson組織学的悪性度、臨床病期、並びにエストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン(PR)、及びヒト上皮成長因子2(Her2)の状態など)を調整しながらCoxモデルをフィッティングすることにより推定した。p値はすべて両側で、0.05未満を統計的に有意とみなした。
【0098】
コード及びデータの入手
フィルターされたデータと、変異型対立遺伝子発現不均衡の解析及び生存解析のコードとは、https://github.com/maialab/pik3caで公的に利用することができる。
【0099】
実施例1:健康な乳房組織におけるPIK3CAの発現に影響を及ぼす正常なシス調節変異
正常乳房組織におけるPIK3CAの発現がシス調節変異によって調節されているかどうかを調べるために、本発明者らは64人の健康なドナーの正常乳房組織の対立遺伝子発現解析のデータを分析した。本発明者らは、ヘテロ接合体SNP位置における一方の対立遺伝子と他方の対立遺伝子との発現(aeSNP)の比率の対数を算出し、この対立遺伝子間の差が1.5倍より大きい場合、すなわちlog対立遺伝子発現比の絶対値≧0.58の場合の差次的対立遺伝子発現(DAE)を算出した。このアプローチは、両方の対立遺伝子に等しく影響するトランス効果を打ち消すため、シス作用バリアント効果を頑健に検出する。aeSNP検査した14個のうち、PIK3CAの6個のSNPがDAEを示した(daeSNP)(図1B)。rs3729679を除くすべてのdaeSNPは互いに強い連鎖不平衡(LD)の状態にある(表3)。
【0100】
DAEを示すヘテロ接合体の最大の割合(57%)はrs3960984が示したが、最小の部分(14%)は3つのdaeSNPのrs12488074、rs4855093及びrs9838411で共通している。表2は、ヘテロ接合体の頻度、及び各daeSNPについて優先的に発現する対立遺伝子を含むDAEの所見をまとめたものである。検出された対立遺伝子発現不均衡の範囲は1.55倍~2.14倍であった(DAE比:0.63~1.10)。6つのdaeSNPのうち4つ(rs7636454、rs3960984、rs12488074、rs9838411)では、DAE比は両側性分布を示さず、DAEを有するすべての試料が同じ対立遺伝子を優先的に発現していた。他の2つのdaeSNPについては、それぞれ1つの試料だけ優先発現対立遺伝子が異なる。これらのDAE分布パターンから、daeSNP及び可能な機能調節SNP(rSNP)は、完全ではないが互いに強いLDであることが示唆される(Xiao R.,Genet.Epidemiol.2011,35:515)
【0101】
実施例2:PIK3CAのrSNP候補はそのプロモーターのNF-YA結合部位に影響及ぼす
次に、本発明者らは、PIK3CA遺伝子の始まりと終わりとから250kbウィンドウ内に位置したSNP(NM_006218、GRCh38/hg38)の遺伝子型情報を用いて、すべてのdaeSNPについてマッピング解析を実施することで、PIK3CAに作用するrSNPを同定することを開始した。この作業により、229個のプロキシSNPとともに、DAEの観察が著しく明らかである44個の候補SNPのリストを特定した(表4)。
【0102】
これらの273個の候補について機能性分析を、シス調節の可能性が高いものを同定するためにin-silico解析により開始し、次いでin-vitroでの検証が行われ、1つの有力なrSNP候補rs2699887が得られた。このバリアントはrs12488074で検出されたDAEと有意に関連し(並び替えp値=0.02)(図1C)、かつMETABRICの腫瘍におけるPIK3CAの総発現の差と関連していた(p値=0.012、図4)。rs2699887はPIK3CAの第1のイントロンに存在し、エピジェネティックマークに富み、かつ乳房乳腺上皮細胞(vHMEC)と乳房筋上皮初代細胞において活性プロモーターとして分類される領域にある(図1D)。rs2699887周辺の配列のモチーフ位置重み行列(position weight matrix:PWM)解析から、NF-Yタンパク質はマイナー対立遺伝子(T対立遺伝子)と優先的な結合親和性を持つ可能性が示唆された。電気泳動移動度シフトアッセイ(Electrophoretic mobility shift assay:EMSA)により、rs2699887のマイナー対立遺伝子(T対立遺伝子)の優先的なタンパク質-DNA結合能が確認され、これは競合アッセイとスーパーシフトアッセイとにより、転写因子NF-YAに優先的に結合することが確認された。
【0103】
実施例3:PIK3CA変異型対立遺伝子の優先発現は乳房腫瘍で共通する
腫瘍におけるDNAコピー数の変化は、シスでの遺伝子発現の変化と関連しているが、これらの差異もまた、cis調節の発現によるものかどうかは、これまで分析されたことがない。正常乳房組織におけるPIK3CAについて同定されたDAEを考慮して、PIK3CA体細胞変異について、対立遺伝子発現の不均衡によって修飾される機能的効果について評価した。機能獲得型変異の優先的発現は、低発現の対立遺伝子よりも臨床的影響が強い可能性があり、そのため腫瘍間の臨床的不均一性が生じる可能性がある(図2A)。これを検証するため、METABRIC(n=94)及びTCGA(n=161)の2つの独立したデータセットから、体細胞PIK3CAミスセンス変異を有する乳房腫瘍試料について、変異型と野生型との対立遺伝子発現解析を行った。DNA-seq及びRNA-seqのデータから得られた3つの対立遺伝子比を、各変異について評価した:
α=log(変異型RNA-seqリード数/野生型RNA-seqリード数)、すなわち正味の変異型対立遺伝子発現不均衡;
β=log(変異型DNA-seqリード数/野生型DNA-seqリード数)、すなわち変異型対立遺伝子の相対コピー数;
γ=α-β、すなわちDNA対立遺伝子コピー数の不均衡について正規化した正味の変異型対立遺伝子発現不均衡であり、これはシス調節による推定上の変異型対立遺伝子発現不均衡に相当する。
【0104】
αは、コピー数異常、細胞性の差異、及びシス調節変異を含む様々なメカニズムに由来する全体的な対立遺伝子発現不均衡を示し;一方、γは、正常な遺伝的変異、体細胞非コード変異、及び対立遺伝子エピジェネティック変化を含むシス調節バリアント(図2AのrVar)からの寄与を特に示すであろう(図2B)。変異型対立遺伝子発現不均衡(α比)は乳房腫瘍において頻繁にみられる(METABRIC(75.5%)及びTCGA(68%)、表2)。γ比も同様で、METABRICでは50.4%、TCGAでは46%であり、これは変異に作用するシス調節効果も乳房腫瘍で頻繁にみられることを示している。両コホートの試料は、変異型対立遺伝子の優先的な対立遺伝子発現の大きな値(METABRICでは最大54倍、TCGAでは220倍)を示したが、野生型対立遺伝子では示さなかった(倍数の差は、METABRICでは5.5倍、TCGAでは28.2倍)(表2、図2B)。同様に、変異型対立遺伝子のより顕著な優先的な発現の傾向は、対立遺伝子間の倍数差はより小さいものの、γ比に対してMETABRICでは13倍、TCGAでは5.5倍であることがわかった。興味深いことに、変異型対立遺伝子の差次的発現(MADE、|γ|として0.58以上の閾値と定義)を有する試料は、両方のデータセットにおいて変異型対立遺伝子の優先的発現に富んでいた(METABRICに対して、Prob(二項検定確立)=0.88、CI95%=[0.75-0.95]、p=1.0e-07、及びTCGAに対して、Prob=0.70、CI95%=[0.58-0.80]、p=7.6e-04)。
【0105】
実施例4:シス調節バリアントは、変異型対立遺伝子の発現の不均衡に有意に寄与する
次に、検出され正味の変異型対立遺伝子発現不均衡に対する各コピー数及びシス調節バリアントの寄与を腫瘍において評価した。全体的な対立遺伝子発現は、コピー数及びシス調節変異の両方と相関していたが(図2C)、ただし、コピー数に対する効果は、シス調節変異に対して見出された効果の約2倍の大きさであった。全体的な対立遺伝子発現の分散は、両方のメカニズムの効果の合計に、任意の所与の対立遺伝子に作用する両方のメカニズムの予測された非相互排除を構成する共分散を加えたものとみなした:
Var(α)=Var(β)+Var(γ)+2Cov(β,γ)。
【0106】
全体的な対立遺伝子発現の分散に対するシス調節変異の寄与は以下のとおりである:
[Var(γ)+Cov(β,γ)]/Var(α)。
【0107】
シス調節バリアントは、METABRICとTCGAとでみられた全体的な変異型対立遺伝子発現の変化性に対してそれぞれ17.9%と16.7%とを占めている。各腫瘍に2つのメカニズムがどのように同時に作用しているかを評価したところ、大部分の試料(METABRICでは71.28%、TCGAでは55.28%)が正の値のγ、負の値のβを有し(図2D)、これは、変異型対立遺伝子はゲノム量がより少ないにもかかわらず、野生型対立遺伝子よりも強く発現していることを意味している。ごく一部の試料だけが、変異型対立遺伝子のより高いコピー数と優先的対立遺伝子発現とを同時に示した(METABRICでは5.32%、TCGAでは9.94%)。PIK3CAの一致したβ値及びγ値を比較したところ、METABRIC腫瘍における比率と細胞性との間に関連性のパターンはみられなかった。
【0108】
実施例5:MADEはPIK3CA変異型腫瘍の悪性サブセットを定義する
PIK3CAの変異のシス調節の違いが臨床アウトカムに及ぼす影響を調べるため、γ比を以下の2群に分類して単変量生存解析を行った:MADE群(|γ|≧0.58の場合)及びmut=wt群(|γ|<0.58の場合)。MADE群は、METABRICについてmut=wt群よりも全生存率(p値=0.03)、及び疾患特異的生存率(p値=0.012、図3A)が不良であった。全生存中央値はMADE群については約8年であり、mut=wt群は18.5年であったが(図3A)、一方、疾患特異的解析では、MADE患者の40%がフォローアップ期間中に死亡したのに対し、mut=wt群では20%の死亡であった(表5)。METABRICでは、全生存及び疾患特異的生存が有意に短いことが、野生型対立遺伝子を優先的に発現したMADE試料(MADE_wt群、それぞれp値=0.0073及び=0.0081)について観察された(図3B)。
【0109】
実施例6:PIK3CA MADEは臨床病理学的変数と関連する
PIK3CAのMADEを、遺伝子発現調節に直接的及び間接的にそれぞれ関係している現在の標準治療の予後の臨床病理学的変数であるホルモン受容体(ER、PR)及びHer2の増幅と比較した(図3C、表3)。METABRICでは、α平均値がER陰性腫瘍(p値=0.026)、PR陰性腫瘍(p値=0.007)、及びHer2陽性腫瘍(p値=0.018)で有意に高かった(図5)。この関連に対するシス調節性変異の寄与を評価した際に、本発明者らはまた、γ平均値が高いほどPR発現がより低いこと(p値=0.040)及びHer2陽性腫瘍(p値=0.025)に関連することを見出したが、ER発現(p値=0.129)との有意な関連は見出さなれなかった(図3C)。これにより、特に優先的変異型対立遺伝子発現を伴う腫瘍では、変異型対立遺伝子が優勢であることが予後不良変数(ER陰性、PR陰性、Her2陽性)と関連していることが示された。より小規模なTCGAセットの解析では、PR状態とγ比(p値=0.003)と、ER状態とγ値(p値=0.014)との間に有意な関連があることが裏付けられた(図3C図5)。これらの結果から、ER、PR、及びHer2の発現サブ群内での生存解析においてMADEを考慮した。MADE群とmut=wt群とでは、全生存及び疾患特異的生存に有意差は認められなかったが、Her2陰性サブ群ではMADE群について生存の悪化の傾向がみられた(全生存及び疾患特異的の解析でそれぞれp値=0.056及び0.027)。しかしながら、MADE群をさらに層別化すると、ER陽性(p値=0.004)、PR陽性(p値=0.0013)、及びHer2陰性(p値=0.0066)の腫瘍では、MADE_wt試料の予後不良が同定されたことが明らかになった(図3D)。したがって、MADEは、通常予後良好なER陽性、PR陽性、及びHer2陰性の腫瘍サブセット内の悪性のサブ群を定義する。最後に、MADEと、リンパ節の状態、腫瘍サイズ、悪性度、及びPAM50及びIntClustなどの分子サブタイプを含む他の既知の予後変数との関連性は、さらなる有意な関連性はいずれも明らかにならなかった。
【0110】
概要
この発見は、臨床管理の一環として変異型発がん対立遺伝子の発現レベルを評価することの重要性を明らかにする。乳がんにおけるPIK3CA変異の頻度は高いにもかかわらず、PI3K阻害薬治療に対する応答は期待ほど成功しておらず、乳房腫瘍における体細胞PIK3CA変異の検出の予後的意義は明確ではない。第1に、本明細書の実施例は、乳がんにおける体細胞変異の転写対立遺伝子調節の予後関連性を確立し、DNAレベルでの検出だけでなく、変異の発現レベルも考慮する必要のある患者管理における変異検査の新規の方法を裏付けるものである。第2に、治療的有益性のない不必要な薬物細胞毒性を防ぐために、特異的治療法に応答しないであろう患者を特定する必要性が強くある。本明細書の実施例は、一般に促進因子事象(driver event)と考えられるすべてのPIK3CA体細胞変異が腫瘍内で同等に発現されるわけではなく、一部のものはDNAレベルで同定された変異をほとんど発現しないことを実証する。標的とする体細胞変異が発現しない場合、本発明者らは、変異を標的とする治療による利益はもたらされないであろうと予測する。
【0111】
【表1】
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【表2】
【0113】
【表3】
【0114】
【表4】
【0115】
【表5】

図1
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【国際調査報告】