(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-03-06
(54)【発明の名称】細胞解析
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/04 20060101AFI20240228BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240228BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20240228BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20240228BHJP
C12N 5/071 20100101ALN20240228BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20240228BHJP
【FI】
C12Q1/04
C12Q1/02
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12N5/071
C12N5/10
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023555317
(86)(22)【出願日】2022-03-08
(85)【翻訳文提出日】2023-10-20
(86)【国際出願番号】 EP2022055937
(87)【国際公開番号】W WO2022189453
(87)【国際公開日】2022-09-15
(32)【優先日】2021-03-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】510162322
【氏名又は名称】ユニバーシティ オブ ダンディー
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100173473
【氏名又は名称】高井良 克己
(72)【発明者】
【氏名】アンガス イアン レイモンド
(72)【発明者】
【氏名】ジェイソン スウェドロー
(72)【発明者】
【氏名】メルポメニ プラタニ
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
2G045AA40
4B063QA01
4B063QA18
4B063QA19
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4B065BD39
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4B065BD50
4B065CA46
4B065CA60
(57)【要約】
する真核生物細胞応答を研究する方法、又は真核生物細胞若しくは細胞株を1以上のサブグループに階層化する方法が記載される。この方法は、細胞又は細胞株のライブラリーを同じ様式で摂動させる工程、及び細胞が同じ摂動にどのように応答するかを観察する工程を含む。観察はハイスループットスクリーニング法、例えば、細胞塗装によるものであってもよく、摂動は例えば、治療薬への曝露であってもよい。本方法は、患者グループを同定し、適切な処置を選択するために有用であり得る、所与の治療剤に同様に応答する細胞又は細胞株をグループ分けするために使用され得る。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試験化合物に対する真核生物細胞応答を研究する方法であって、該方法は、以下:
ドナー(単数)若しくはドナー(複数)から得られた真核生物幹細胞又は細胞株のライブラリーを提供する工程であって、前記ライブラリー内の各真核生物幹細胞又は細胞株が、同じ細胞型のものである、工程;
前記ライブラリー内の各真核生物幹細胞又は細胞株を、同じ様式で前記試験化合物と接触させる工程;及び
前記試験化合物と同様に応答する細胞又は細胞株を同定及びグループ化するために、前記ライブラリー内の各真核生物幹細胞又は細胞株が前記試験化合物と表現型的にどのように応答するかを観察する工程
を含む、方法。
【請求項2】
ドナー(単数)若しくはドナー(複数)から得られた真核生物細胞又は細胞株を1以上のグループに階層化する方法であって、各真核生物細胞又は細胞株が、同じ細胞型の幹細胞であり、該方法は、以下;
各真核生物幹細胞又は細胞株を、同じ様式で試験化合物と接触させ、各真核生物幹細胞又は細胞株が同じ試験化合物とどのように応答するかを観察する工程;
各真核生物幹細胞又は細胞株の観察された表現型応答に基づいて、各真核生物幹細胞又は細胞株を前記1以上のグループに階層化する工程
を含む、方法。
【請求項3】
各前記グループが、同じ試験化合物に対して表現型的に同様に応答する細胞又は細胞株を含むか又はそれらからなる、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記幹細胞又は細胞株が、人工多能性幹細胞(iPSC)を含むか又はそれから本質的になる、前出請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記細胞又は細胞株が、既知の又は候補の変異に関連する疾患(単数)又は疾患(複数)に罹患しているドナーから得られた細胞に由来する、前出請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記細胞又は細胞株が、前記遺伝子型を改変するために人工的に改変されている、前出請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
応答を観察する工程が、試験化合物と接触させる前の初期細胞又は細胞株条件を、試験化合物と接触させた後の細胞又は細胞株条件と比較することを含む、前出請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記条件が、前記細胞又は細胞株の画像ベースの表現型測定、好ましくは、1以上の細胞内成分の測定を含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記条件が、前記細胞又は細胞株の分子記述を含む、請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
前記試験化合物が、小分子薬物化合物、候補薬物化合物、又は天然産物;タンパク質/ペプチド、又はRNA高分子;例えば、遺伝子産物枯渇、遺伝子変異、ノックアウト、及びノックインによって、細胞、又は細胞株を遺伝的に改変するための薬剤;又は感染性因子のうちの1つ以上を含む、前出請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
前記方法が、薬物の有効性、感受性、バイオマーカーの変動、又は感染性病原体に対する感受性などの関連する臨床問題に関連するヒト集団における予測される反応差をプロファイリングするために実施される、前出請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
前記階層化された又はグループ化された細胞を遺伝的メタデータとさらに関連付ける工程をさらに含む、前出請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
特定の摂動に対する定義された応答と相関するタンパク質シグネチャーを同定し、特徴付けるために、前記階層化された又はグループ化された細胞を分析する工程をさらに含む、前出請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
前記方法が、臨床試験の設計において使用される、前出請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
臨床試験に参加するための患者を選択するための方法であって、該方法は、
前出請求項のいずれかに記載の方法を、ドナー細胞又は細胞株に対して実施して、階層化された又はグループ化された細胞集団を得る工程;
潜在的臨床試験対象の特徴を、前記階層化された又はグループ化された細胞の対応する特徴と比較する工程;及び
前記階層化された又はグループ化された細胞の前記特徴に対する類似性に基づいて、前記臨床試験のための前記対象を選択するか又は選択しない工程
を含む、方法。
【請求項16】
患者のための治療的介入を選択するための方法であって、該方法は、
請求項1~14のいずれか一項に記載の方法を、ドナー細胞又は細胞株に対して実施して、階層化された又はグループ化された細胞集団を得る工程;
前記患者の特徴を、前記階層化された又はグループ化された細胞の対応する特徴と比較する工程;及び
前記階層化された又はグループ化された細胞の前記特徴に対する類似性に基づいて、前記患者のための適切な治療的介入を選択する工程
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摂動に対する真核生物細胞応答を研究する方法、例えば、小分子薬物又は生物学的分子などの治療薬の投与に関する。本発明の態様は、そのような細胞応答の変動に基づいて細胞集団を階層化することを含む方法に関する。
【背景技術】
【0002】
10年以上前に、多能性幹細胞(PSC)、例えば、ヒト及びマウスの両方に由来する線維芽細胞培養物からの誘導を可能にする方法が開発された(1~3)。これらの報告は、重要な転写因子の小さなセットを外因的に発現することによって、最終分化した体細胞を再プログラムして多能性状態に戻すことができることを示した。この状態は、自己再生の能力及び3つの主要な胚葉、すなわち内胚葉、外胚葉及び中胚葉に分化する能力を特徴とする。得られた誘導多能性幹細胞(iPSC)はヒト胚から直接単離された幹細胞の使用を制限してきた倫理的問題のほとんどを回避しながら、それらの生理学的胚性幹細胞(ESC)対応物の重要な特徴を示した。したがって、iPSC系統の使用はヒト疾患のモデルとして大きな関心を集めており、多くの用途において、単一遺伝子障害及び他の形態の遺伝性疾患に関する研究を含む、再生医療及び疾患モデリングにおける研究のためのhESCの使用に取って代わっている。
【0003】
個体間の遺伝的変異は治療的処置に対する異なる応答をもたらし得ることが知られており、例えば、特定の癌薬物は、特定の細胞マーカーを発現する腫瘍に対して有効である。iPSC系統が関与する場合、iPS細胞における遺伝子発現は少なくとも部分的に、細胞が由来するドナーの遺伝的同一性を反映し、したがって、治療的処置に対する応答を示し得る。治療的処置、及び/又は他の形態の摂動に対する細胞及び有機体の応答のより大きな理解を得るために、発現及び応答におけるこの変動を使用することが有益であろう。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示は、一部にはドナー生物から得られた同じ細胞型の細胞の収集物を研究することに関して行われた研究に関する研究者によって行われた観察に基づく。研究者らはこのような類似の細胞が同じように摂動された場合に同様に応答することが期待され得るが、それにもかかわらず、応答の変動が観察され得ることを観察した。それにもかかわらず、同じ型であると考えられる異なる細胞株が、それらのそれぞれの摂動応答の変動を示すという観察は細胞株の収集物をサブグループに階層化することを可能にし、同様の応答プロファイルを示すことができる。そのような観察はさらに、細胞を試験に使用することを可能にし、それは、実際には生物レベルで見出される変動を反映し、所与の処置に対する疾患感受性及び/又は治療反応差応答に関して観察され得る。例えば、癌薬物(例えば、結腸癌及び小細胞肺がんを治療するために臨床で使用されるイリノテカン)に対する異なるドナーに由来するヒトiPSC株の応答の差異を決定し、それに応じて異なる細胞株を分類することができる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
一実施形態では、摂動に対する真核生物細胞応答を研究する方法であって:
ドナー、又はドナーから得られた真核生物細胞、又は細胞株のライブラリーを提供し、ここで、ライブラリー内の各真核生物細胞、又は細胞株は、同じ細胞型のものである;
同じ様式で、ライブラリー内の各真核生物細胞又は細胞株を攪乱し、ライブラリー内の各真核生物細胞又は細胞株が同じ攪乱にどのように応答するかを観察し、攪乱に同様に又は異なって応答する細胞又は細胞株を同定し、グループ化する。
【0006】
さらなる実施形態では、ドナー(単数)若しくはドナー(複数)から得られた真核生物細胞又は細胞株を、1以上のサブグループに階層化する方法が提供され、ここで、真核生物細胞又は細胞株のそれぞれは同じ細胞型であり、この方法は;
各真核生物細胞、又は細胞株を同じ様式で摂動させ、各真核生物細胞、又は細胞株が同じ摂動にどのように応答するかを観察すること;及び各真核生物細胞、又は細胞株の観察された応答に基づいて、各真核生物細胞、又は細胞株を前記1つ以上のグループに階層化すること。
【0007】
好ましい実施形態では真核生物細胞が本明細書にさらに記載されるような幹細胞であり、より好ましい実施形態では幹細胞が人工多能性幹細胞(iPS細胞又はiPSC)である。
【0008】
本明細書で使用される「摂動」は好ましくは細胞又は細胞株を試験化合物と投与すること(例えば、接触させること)を指す。試験化合物は、治療剤又は潜在的治療剤であり得る。例えば、試験化合物は、小分子薬物、生物製剤、ペプチド、タンパク質、核酸などであってもよい。試験化合物は、いくつかの実施例において、潜在的な感染性因子であり得る。いくつかの実施例において、試験化合物は、細胞又は細胞株において遺伝子改変をもたらすことが意図されるものであり得る。一般に、本明細書は「摂動」という用語を使用して、試験化合物とのそのような接触を指すが、特定の例では特定の環境条件又は他の細胞もしくは細胞型に細胞を曝露するなど、他の形態の摂動を使用してもよいことが理解されよう。
【0009】
「応答を観察する」又は「観察された応答」は、本明細書において、細胞又は細胞株の表現型応答を観察することを指す。表現型応答は細胞又は細胞内オルガネラもしくは成分の視覚イメージングによって決定され得るか;又は分子測定(例えば、遺伝子発現又はタンパク質産生の変化を同定すること)によって決定され得る。これは、本明細書でさらに説明される。
【0010】
好ましくは、そのような各グループが同じ摂動に対して同様に応答する細胞又は細胞株を含むか、又はそれらからなる。
【0011】
以下の注釈は特に断りのない限り、本発明の各実施形態に一般的に適用される。
【0012】
本発明によれば、真核生物細胞又は細胞株(好ましくはヒト起源、あるいは非ヒト哺乳動物細胞又は細胞株が使用され得る)は、同じ細胞型である。例えば、細胞又は細胞株は、同じタイプの体細胞であってもよい。例として、体細胞又は細胞株は全て、血液から得られるマクロファージ、肝臓組織から得られるクッパー細胞、又は心臓組織から得られる心筋細胞であり得る。好ましい実施形態では、細胞又は細胞株が同じタイプの幹細胞;例えば、造血幹細胞、上皮幹細胞、又は間葉系幹細胞などの体性幹細胞であり得る。より好ましい実施形態において、細胞又は細胞株は、iPS細胞又は細胞株である。いくつかの実施形態では細胞又は細胞株が罹患しておらず、又は罹患していると表現型的に認識されていない(すなわち、細胞又は細胞株は疾患表現型を示さない)。したがって、いくつかの実施形態では、細胞又は細胞株が一般に、表現型的に無病であると認識される。他の実施形態では、細胞又は細胞株が細胞又は細胞株が疾患又は状態を発症する素因となり得る遺伝的特徴(特定の対立遺伝子の突然変異、重複、欠失など)を有し得る。例えば、細胞、又は細胞株はドナーに知られていない、及び/又は前記ドナーから細胞株を生じた時点で臨床診療で知られていないドナーから得ることができ、何らかの形で遺伝的に疾患、又は条件を発症しやすくすることができる。例えば、細胞、又は細胞株はドナーから採取されたものであってもよく、ドナーは細胞を採取した時点で疾患を有さないが、後年、神経変性障害、又は心臓障害などの疾患/障害を発症する。もちろん、いくつかの実施形態では、遺伝的特徴の存在がその時点で知られていてもよい。
【0013】
細胞が異なるドナーから得られる場合、細胞は(表現型の意味で)同じように見え得るが、細胞は異なる遺伝子型を有することが理解されよう。疾患を引き起こす突然変異が知られていない健康なドナーの集団でさえ、遺伝子型の変動を有し、本開示は、細胞生理学及び摂動に対する応答に関して、集団における自然な変動のプロファイリングを可能にする。他の形態の変異(例えば、エピジェネティック変異)もまた、摂動に対する異なる応答に関連し得、本方法を使用して調査され得る。
【0014】
一実施形態では、細胞又は細胞株が既知の突然変異又は候補突然変異のいずれかに関連する疾患(単数)又は疾患(複数)に罹患しているドナーから得られた細胞に由来し得る。そのような細胞又は細胞株は、ドナーにおける遺伝子型及び/又は異なる疾患重症度を記述するメタデータに関して、プロファイリングされ、摂動に対するそれらの応答が比較される。
【0015】
幹細胞は、胚性幹細胞、胎児幹細胞、及び成体幹細胞を含み得、表現型的に多能性、多能性、又は単能性であり得る。本開示の一実施形態では、真核生物細胞又は細胞株が人工多能性幹細胞(iPSC)であるか、それを含むか、又はそれから本質的になる。iPSCは体細胞から直接生成される多能性幹細胞の一種である。iPSCは周知であり、iPSCを得るための方法は例えば、Kim D、Kim CH、Moon JI、et al. リプログラミングタンパク質の直接送達によるヒト人工多能性幹細胞の生成。細胞幹細胞。2009;4(6):472-476. doi:10.1016/j.stem.2009.05.005、又はそこに引用される参考文献に記載されている。
【0016】
「iPSC由来細胞」は本明細書で使用される場合、iPSCの増殖によって、又はiPSCの異なる細胞型への分化によって、iPSCから生成される細胞を指す。iPSC由来細胞はiPSCから直接分化されないが、中間細胞型、例えば、神経幹細胞、又は心臓前駆細胞から分化される細胞を含む。iPSC由来細胞は遺伝子型を改変するために人工的に改変された細胞も包含し得る。例えば、ゲノムに所望の改変を導入するために、CRISPR-Cas9又はTALENのいずれかなどのゲノム編集手段の使用によって;又は組換えDNA技術などの当業者に公知である他の遺伝子工学技術によって。
【0017】
本明細書に記載の特定の方法で使用するための適切なiPSC系統又はiPSC系統のパネルの供給源は、1以上の所定の基準を満たすドナーに由来するiPSC系統又はiPSC系統のパネルを含むことができる。いくつかの場合において、そのようなドナーからのドナー及び細胞試料は、そのような所定の基準の1以上に基づいて、誘導幹細胞株及び誘導幹細胞株のパネルの生成のために選択され得る。これらの基準にはドナーにおける既知の健康状態(例えば、脊髄性筋萎縮症、パーキンソン病、又は筋萎縮性側索硬化症)の存在又は非存在、健康状態の1つ以上の正診断基準、健康状態の素因又は再発を示す家族病歴、健康状態に関連する遺伝子型の存在又は非存在、又は誘導幹細胞株のパネルにおいてまだ示されていない少なくとも1つの多型性対立遺伝子の存在のいずれかが含まれるが、これらに限定されない。いくつかの実施例では、特定のタイプの疾患に対する感受性と以前に関連していたヒト遺伝子型を反映する細胞株のパネルを使用することができる。
【0018】
研究者らは、(i)健常ドナー又は疾患を引き起こす突然変異を有するドナーの両方を含む、異なるヒトドナー由来のiPSC株がタンパク質及びmRNA発現パターンに関して変化すること;(ii)同じドナー由来の株が異なるドナー由来の株よりもタンパク質及びRNA発現のレベルに関してより類似していること;ならびに(iii)患者の最終分化細胞型における疾患機構及び薬物標的に関連するiPSC内のタンパク質の大きなアレイの発現を検出することができることを観察した。これらのタンパク質の多く(例えば、パーキンソン病患者に関連する遺伝子によってコードされるタンパク質)が、多能性、未分化状態のiPSC系統においてタンパク質レベルで既に発現され、検出可能であったことは予想外である。
【0019】
本発明は、摂動に対する観察された応答に基づいて、細胞又は細胞株を階層化することを含む。いくつかの実施形態では、応答を観察することは初期細胞又は細胞株条件を摂動後条件と比較することを含み得る。例えば、画像データの分析によって判断されるように、薬物による摂動の前後の細胞の画像ベースの表現型測定を使用して、摂動にどのように応答するかに基づいて、細胞をグループに分類することができる。さらに、各応答グループにおける1以上の代表的な系統の分子記述は各グループが分子レベルでの摂動にどのように応答するかのより深い分類を可能にするために、事前及び/又は事後摂動を分析することができ、それによって、薬物によって誘発される応答の機構、及びこれが遺伝的背景の変動にどのように関連するかについてのさらなる洞察が得られる。
【0020】
一実施形態では、健康な男性及び女性ドナーに由来する多能性幹細胞(iPSCなど)を比較して、本明細書に記載されるように、イメージング及び/又は分子記述によって明らかにされるように、それらの摂動前状態における一般的及び特異的差異、ならびに性別又は性別に関連する摂動に対するそれらのそれぞれの応答を同定する。別の実施形態では、X染色体不活性化(XCI)の異なるレベルを示す、健康な女性ドナーに由来する細胞を取得し、比較して、本明細書に記載されるように、イメージング及び/又は分子記述によって明らかにされるように、XCIレベルに関連する、それらの摂動前状態における差異及び摂動に対するそれらのそれぞれの応答を同定することができる。
【0021】
細胞又は細胞株は摂動に対する類似度又は応答の変動を同定するために、同じ摂動を受ける。摂動は単独で、又は組み合わせて、細胞、又は細胞株を、小分子薬物化合物、候補薬物化合物、又は天然産物;タンパク質/ペプチド、又はRNA高分子と接触させること;例えば、遺伝子産物枯渇、遺伝子変異、ノックアウト、及びノックインによって、細胞、又は細胞株を遺伝的に改変すること;又は細胞を感染性因子、例えば、ウイルス、細菌などと接触させることのいずれかを含み得る。
【0022】
各細胞が摂動にどのように応答するかを観察することは、任意の適切な方法によって行うことができる。「観察された応答」は例えば、細胞又は細胞株の画像に基づく、視覚的に観察された応答であってもよい。これは、細胞の画像ベースの表現型測定と呼ばれることがある。これは、細胞内成分を検出及び同定し、特定の細胞内成分における応答を観察するために、エキスパートシステム又はアルゴリズム(手動介入を伴う又は伴わない)の使用を伴い得る。他の実施形態では、「観察された応答」が視覚的に観察されない応答であり得、例えば、遺伝子発現、又は「分子記述」が分析され得る。いくつかの実施形態では、視覚応答と非視覚応答の両方を組み合わせることができる。細胞の「分子記述」は系統のゲノムDNA配列、mRNA及び/又はタンパク質の発現データのいずれか、又はすべてを含むことができ、潜在的に、PTM(翻訳後タンパク質修飾)、タンパク質複合体(「インタラクトーム」)、DNAメチル化パターンなどのさらなる分子記述を含む。観察は、単一の時点で、又は経時的に複数の時点で実施することができる。観察は、定性的及び/又は定量的であってもよく、前記細胞の表現型プロファイルを得るために実施される複数の異なる観察を含んでもよい。
【0023】
典型的には、前記分析がインサイチュ細胞形態分析を含み得る。これは、細胞小器官(例えば、細胞壁、核、ゴルジ装置、ミトコンドリア、小胞体、リソソーム)、巨大分子、膜、又は代謝産物などの細胞内成分が固定された状態の細胞、又は細胞株のいずれかにおいて特異的に標識され得、例えば、より高分解能の広視野、共焦点、光シート、もしくは超分解能蛍光顕微鏡法、又は自動化された高含有量スクリーニング系のいずれかを使用して、例えば、自動蛍光イメージングシステムなどのデジタルイメージングシステムによって検出され得る、画像ベースのアッセイを含み得る。観察は細胞から材料を抽出することなく、インサイチュで(すなわち、生細胞又は固定細胞のいずれかで)実施することができる。必要に応じて、又は代替的に、細胞を溶解し、分析のために得られた材料を抽出することができる。
【0024】
標識化は使用される場合、例えば、細胞化学染色試薬、又は他の細胞色素、1つもしくは複数の標識抗体、又は細胞を免疫標識するための他の試薬、又は細胞小器官(例えば、細胞壁、核、ゴルジ装置、ミトコンドリア、細胞骨格、小胞体)、高分子、タンパク質などの特定の細胞成分、蛍光レポータータンパク質溶融物、又は翻訳後修飾(PTM)特異的抗体の使用、又はこれらの標識化方法の任意の組合せの使用を含み得る。特定の実施形態では、本方法が細胞内成分を標識するために細胞塗装を利用することができ、細胞塗装は例えば、参考文献(8)に記載されている。
【0025】
多くの分析方法が当技術分野で知られており、1以上を本開示に関連して使用することができる。これらには、例えば、細胞学的汚染、免疫標識(免疫組織化学、免疫蛍光法)、in situハイブリダイゼーション、又は他の分子技術、分光光度法、レーザーマイクロダイセクション、その後の核酸抽出及び分析(例えば、PCR及び関連する周知技術、ハイブリダイゼーション、ブロッティングなどによる);又はタンパク質抽出(及びブロッティング、マイクロシーケンシングなどによる分析)が含まれる。
【0026】
細胞形態分析は、ヘマトキシリン及び/又はエオシン汚染、May-Grunwald及び/又はGiemsa汚染、Papanicolaou染料、Feulgen染料及びすべてのタイプの汚染を使用することによる汚染、ならびに細胞形態学的詳細の研究、ならびに細胞構成要素の分析などによる汚染を伴ってもよい。細胞形態分析は、脂質、多糖類、タンパク質、酵素及び他の分子を含む細胞成分、ならびに細胞構造、形状、サイズなどの変化を明らかにすることができる。免疫標識は、細胞特異的抗原、転写因子、変異タンパク質、又は任意のタンパク質及び/又はペプチドの標識を可能にし得る。これは、別個mRNAによってコードされるアイソフォーム、及び共通のタンパク質前駆体の翻訳後プロセシング又は酵素修飾によって形成されるアイソフォームを含む、別個タンパク質アイソフォームの別々の検出及び定量化を含み得る。そのような成分の検出には、抗体又はその抗原結合フラグメントの使用が含まれ得る。抗体は例えば、酵素的手段、比色手段、又は蛍光手段によって検出することができる薬剤で標識することができる。あるいは、質量分析が様々なサイズのタンパク質又は他の高分子の検出(及び場合により特徴付け)を可能にし得る。
【0027】
タンパク質、酵素、ペプチドなどは例えば、質量分析によってアッセイされて、ユビキチン化、SUMO化、NEDDI化、及び関連ペプチド調整剤などの、リン酸化、メチル化、アセチル化、ヒドロキシル化、グリコシル化、又はペプチジル修飾を含むが、これらに限定されない、既知のタンパク質翻訳後修飾(PTM)を系統的に検出し、定量することができる。さらに、限定されないが、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)、超遠心分離、又は密度勾配遠心分離、アフィニティークロマトグラフィー、親和性付け、例えばBioID、又は頂部、及びそれらの変形例技術などの技術を使用して、タンパク質複合体を検出、定量、及び/又は比較することが可能であるか、又は望ましい場合がある。
【0028】
本開示によれば、異なるドナー発明のiPSCなどの細胞のパネルからの複数の形態学的及び/又は分子データの比較は研究室又は前臨床試験設定において潜在的にプロファイリングすることができ、薬物の有効性、感度、バイオマーカーの変動、又は感染性病原体に対する感受性などの関連する臨床問題に関連するヒト集団における予測される反応差をプロファイリングすることができる。
【0029】
一実施形態では、本開示が既知の疾患を引き起こす変異を有しない健常ドナーを含む、雄型及び/又は女性ドナーに由来するiPSCなどの多能性細胞のパネルを、高含量顕微鏡画像化などであるがこれらに限定されない分子スクリーニング技術を使用して比較して、iPS細胞株の階層化サブセットを同定することを可能にし、摂動に対する定義された分子マーカーの共通応答、すなわち、細胞状態の変化(例えば、ストレス応答、細胞周期停止及び/もしくはアポトーシス、又は他の形態の細胞死)を伴う最小限の応答もしくは無応答、又は定義された応答のいずれかを示す。
【0030】
細胞又は細胞株が1以上のサブグループに層化されているさらなる実施形態では、層化細胞がSNPの同定された組み合わせ、XCI、DNAもしくはクロマチンメチル化のレベル、又は他の認識可能なタンパク質、又はエピジェネティック状態を示すDNA修飾を含む、遺伝子メタデータ、例えば、特異的遺伝子マーカー、又はエピジェネティックマーカーのいずれかとさらに相関し得る。
【0031】
細胞又は細胞株が1以上のサブグループに層化されているさらなる実施形態では、特定の摂動に対する定義された応答と相関するタンパク質シグネチャーを同定及び特徴付けるために、限定されないが質量分析を含む技術を使用して、層化細胞をさらに分析することができる。タンパク質シグネチャーは、個々のタンパク質の発現レベルの変動、又は特定のタンパク質アイソフォーム及び/もしくはPTM修飾タンパク質変異体の組合せ、及び/もしくは多重タンパク質複合体の特定の組合せ、又は核酸-タンパク質複合体などの他の複合体を含むタンパク質の組合せに対応し得る。
【0032】
本教示及び方法は、患者コホートの事前選択ならびに特定の治療薬及び製剤の試験を含む、臨床試験の設計において特定の適用を見出すことができる。これに関して、潜在的臨床試験対象からの細胞が得られ、本明細書に記載されるように、1つ以上の方法に供される。上記のように、分析から得られた事前の知識は細胞が得られた対象と同様のプロファイルを有する対象に対して同じ摂動が行われた場合に、可能性のある、又は可能性のある転帰のいずれかについて治験責任医師に知らせることができる。このようにして、最も適宜、又は適宜被験体を、臨床試験に含めるために同定することができ、又は、臨床試験を行う際に考慮することができるように、同定された外れ値の被験体を同定することができる。すなわち、例えば、潜在的臨床試験対象は、本明細書に記載されるように階層化された、分子プロファイリングされ、一組の細胞又は細胞株からの分子プロファイルと比較された、細胞又はその身体から採取された試料を有し得;潜在的対象は予想される階層化グループ(例えば、所与の試験化合物に対する予想される所望の応答を有するグループ)に基づいて、試験のために選択されるか、又は選択されないかのいずれかである。いくつかの実施形態では、潜在的臨床試験対象が層化細胞又は細胞株のうちの1以上が得られた対象と同じ対象であってもよい。
【0033】
同様のアプローチは所与の患者に対する適切な治療的介入の選択を可能にすることができ、ここで、患者の分子プロファイルは、その介入又は同様の介入のいずれかに対する所望の応答を有する、層化された細胞又は細胞株由来のものと比較することができる。
【0034】
本開示の方法を実施することにより、個々の細胞及び細胞株、ならびにパネル、又は細胞/細胞株のサブグループからデータが生成される。本明細書に記載されるように、分析からの出力データを同化及び/又はリンクし、他の対象からの細胞を分析するときにそのような情報を使用するために、深層学習及び関連する人工知能及び機械学習戦略を含む計算分析を実行することが可能であり得る。例えば、データは、診断、疾患進行の評価、及び/又は治療戦略のための患者の階層化に関する臨床決定を予測する際に有用であり得る。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図1】
図1は、遺伝子情報に基づくスクリーニングプラットフォームの一般的なプロセスを示している。A: ドナーは、健康な個体及びコホートからの患者からなる。B: 異なるドナー由来の皮膚線維芽細胞は、hiPSCに再プログラムされ、パネルに組み合わされる。各hiPSC系統は、ドナーの遺伝的アイデンティティを反映する独特の分子及び細胞特性を示す。C: hiPSCパネルは、関心の薬物候補分子で処理される。D: 次いで、細胞塗装アッセイを実施して、各hiPSC系統の表現型応答を評価する。E: したがって、異なるドナーからのhi PSCは、薬物又は薬物候補によって引き起こされる表現型に基づいてクラスター化される。
【
図2】
図2はHCSアッセイフォーマットにおけるhiPSC系統における多能性の維持を示す。hiPSC系統を384ウェルプレートに播種し、固定し、マーカー抗体で染色し、マルチウェルイメージャーで画像化した(材料及び方法を参照されたい)。
【
図3】
図3(A)に細胞塗装工程の概要を示す。ドナー/薬物の組み合わせあたり約6000~8000個の細胞を分析する。各細胞について、約900の定量的特徴が分析される。これは限定されないが、細胞、核、細胞小器官、及び細胞質に関連する定量的特徴を含む。データのクラスタ化及び縮小が定量的データに対して実行され、処理されたデータが視覚化される。(B)DMSO、エトポシド、及びバンキンでそれぞれ処理した2つの細胞株(ここではaowh2及びdatg2を示す)の画像。各行は示されるように、異なる細胞成分を示す。
【
図4】
図4は、細胞ペイント機能のUMAP埋め込みを示している。(A)プロットは、異なる薬物で処置された場合の各ヒトiPSC系統について測定された特徴についてのUMAP包埋を示す。十分に分離されたクラスターが示される:(1)DMSO及び弱い応答者;(2)アトルバスタチン、シンバスタチン、フルフェナジン;(3)アファチニブ、エルロチニブ、エベロリムス及びラパマイシン;(4)DNA損傷剤及びトポイソメラーゼ阻害剤;(5)非微小管標的細胞傷害性;(6)微小管重合エフェクター。エルロチニブに対するいくつかの系統の反応差に留意されたい。(B)クラスター3 のズーム。エルロチニブbwteenアファチニブ及びラパマイシン及びエベロリムスクラスターで処理したヒトiPSC系統の分裂に注目されたい。
【
図5】
図5は、ヒトiPSC系統にわたる薬物応答の大きさの変動を示す。(A)各ヒトiPSC系統についてのDMSOからの逸脱のヒートマップ。可視化の実施例。ヒートマップには、各ヒトのiPSC系統のDMSO からの各フィーチャーの偏差数が表示される。各薬物に対する応答は特徴の特徴的なパターンを作り出すが、応答の大きさに差がある。同じ薬物(この場合、アトルバスタチン(上)及びラパマイシン(下))で処理した場合の、異なるhiPSC系統の各細胞特徴による差次的応答に対する応答を示す。(B)薬物反応の誘導プロット。変動は、DMSO(制御)から3σ(標準偏差)を超える薬物及びヒトiPSC系統の各組み合わせについての特徴の割合としてプロットされる。DMSO は緑色のボックスで強調表示される。
【
図6】
図6は、アトルバスタチン応答によって階層化されたヒトIPSC系統における差次的発現を示すタンパク質の(A)火山プロットを示す。脂質代謝に関与する代表的なタンパク質を赤色で示す。B. アトルバスタチン応答によって階層化されたヒトIPSC系統における差次的発現を示す遺伝子セット及び経路の火山プロット(B)及び棒グラフ(C)を示す、及びCGOターム濃縮分析。脂質代謝に関連する経路に注目されたい。上記の経路/遺伝子セットのGO分析p値を表4に含める。
【
図7】
図7は、ErbB経路応答を示す。AUMAP及びエルロチニブで処置した4つの異なるhiPSC系統(zaie1、paim3、pelm3、及びvoce2)の核画像。微弱反応グループではzaie1がアファチニブクラスターではpaim3及びpelm3がUMAPの右下にあるエルロチニブクラスターではvoce2(エルロチニブで処理されたhiPSCの大部分とともに)が認められる。B. EGFR阻害剤経路図。EGFRシグナル伝達経路は、細胞分裂及び生存の調整において主要な役割を果たす。EGF受容体は、N末端リガンド結合ドメイン、疎水性膜貫通ドメイン及び細胞内細胞質チロシンキナーゼドメインからなる大きな膜貫通糖タンパク質である。受容体活性化は、異なる配位子に結合することによって起こる。レセプターの二量化は、そのキナーゼドメインの活性化と、それに続くRas/ERK、JAK/STAT及びPI3K/Akt経路を含むシグナル経路のカスケードの活性化を誘発する。ErlotininbはEGFRのための特定のチロシンキナーゼインヒビターであるが、AfatinibはすべてのHERファミリー受容体を阻害する。ラパマイシン及びエベロリムスは、mTOR経路阻害剤である。同様の経路阻害に基づく(A)における細胞株のクラスター化に留意されたい。
【発明を実施するための形態】
【0036】
ヒトiPSC系統の参照パネルが確立されており、これは多能性細胞における分析のための資源を提供する。特に、ヒト誘導多能性幹細胞イニシアチブ(www.hipsci.org)は、健康なドナー、ならびに既知の遺伝子障害を有する患者コホートに由来する多くの系統を含む、ヒトiPSC系統のライブラリーを確立している(4)。HipSci細胞株は様々な年齢、ならびに男性及び女性の両方の性別のドナーに由来し、センダイウイルスベクターを用いた多能性転写因子の伝達後に、全てヒト皮膚線維芽細胞から再プログラムされた(4)。これらの細胞株の多くは、多項式及び表現型分析に供されている。重要なことに、これらの系統における遺伝子発現のmRNA及びタンパク質レベル分析の両方からのデータは少なくとも部分的に、iPS細胞における遺伝子発現がヒトドナーの遺伝的同一性を反映することを示す。したがって、同じ個々に由来する2つ以上のiPS系統は、典型的には異なるドナーに由来する系統よりも、それらの遺伝子発現プロファイルにおいて互いにより類似している(4、5)。加えて、iPSCプロテオームの分析は、誘導された幹細胞株が非常に広い範囲の遺伝子からタンパク質を発現することを最近示した(5、6)。これは、典型的には最終分化した初代細胞及び組織、又はほとんどの腫瘍由来の形質転換細胞株のいずれかにおいて発現されていることが検出されるよりも、合計ヒトタンパク質コード遺伝子のより大きな割合を表す。全体として、iPSC系統はMS分析によって検出することができる>16,000個のタンパク質グループの発現を示し、全タンパク質にわたって約46%のメジアンのタンパク質配列被覆率を有し、このタンパク質被覆率の深さは、染色体にわたって比較的一定である。染色体の大部分では、既知のタンパク質をコードする遺伝子の50%以上がiPSCで発現され、細胞あたり100コピー未満から1億コピーまでの広いダイナミックレンジの発現レベルに及ぶ。さらに、ヒトiPSCプロテオームは、哺乳動物タンパク質複合体データベースCORUM10に記載されているすべての複合体の約92%のサブユニット、ならびに細胞シグナル伝達に関与するほとんどのタンパク質ファミリーを含む、既知のタンパク質複合体の包括的な範囲を示す。これには、確認されたすべてのヒトキナーゼの約74%、既知のプロテインホスファターゼの約70%、既知のE3ユビキチンリガーゼの約66%が含まれる。特に、抗癌剤によって標的化される多くの細胞シグナル伝達経路に関して、iPSC株は、多くの初代T細胞又は他の腫瘍細胞株よりも~2.5倍多くの受容体チロシンキナーゼを発現する。したがって、この高レベルのタンパク質式の結果として、未分化iPSCはPharmaによる表現型スクリーニングに現在使用されている癌細胞株よりも広い範囲の標的を有する化合物ライブラリーをスクリーニングするのに、より適している。
【0037】
要約すると、多くの別個健康なヒトドナーに由来する複数のiPSC系統の遺伝子発現及び表現型挙動に関する最近の研究は、これらの細胞が未分化多能性状態であっても、元のドナーの多様な遺伝的同一性を反映する分子レベル及び細胞レベルで特性を示すことを示す。これは、異なるヒトドナーに由来する細胞のパネルの応答をスクリーニングすることによって、薬物-細胞相互作用及び表現型結果が研究室で予測され得、それを用いて、臨床で使用される下流側の臨床試験及び/又は治療もしくは診断手順、又は決定の結果を知らせ、それによって改善するために使用され得る実施例を同定することが可能であり得る可能性を提起する。
【0038】
以下に記載されるように、細胞応答の費用対効果が高く、ハイスループットで、定量的なスクリーニングのための1つの有望な最近の技術アプローチは、「細胞塗装」としても知られる顕微鏡ベースの蛍光画像を含む(7、8)。したがって、本発明者らは、細胞塗装技術の実施を用いて、異なるドナーに由来するヒトiPSC系統のパネルが臨床使用における治療薬を含む、ある範囲の小分子阻害剤及び既知の薬物に対するそれらの表現型応答の変動を示すかどうかを特徴付ける(
図1)。具体的には、本発明者らがこれを用いて「遺伝学的情報に基づくスクリーニングプラットフォーム」を作製することができる方法を探求し、異なる薬物による細胞株のパネルの処理後に、マルチチャネル蛍光顕微鏡画像の分析から抽出された情報に基づいて、遺伝学的に異なるヒト細胞株のライブラリーのデータ駆動型層化を可能にした。さらに、画像に基づく表現型反応の階層化のこの方策を、それぞれの階層化した細胞株の遺伝子型の分析、ならびにそれらの詳細なmRNA及びタンパク質発現プロファイルとどのように組み合わせて、薬物-細胞相互作用における観察された差異の根底にある潜在的分子機構を決定することができるかを探求する。
【実施例】
【0039】
(材料・方法)
(細胞培養)
この研究で使用されたヒトiPSC系統は、以前に記載されたようにHipSciコホート由来であった(4)。フィーダーを含まないヒトiPSC系統を、10μg/cm2の低増殖因子基底膜マトリクス(ゲルトレックス、基底媒体DMEM/F12 ThermoFisher 21331020に再懸濁したThermoFisher A1413202)でコーティングした組織培養皿上で、必須8(E8)媒体(((50x)E8サプリメントThermoFisher-A1517001)を補充したE8完全媒体)中で培養した。培地を毎日交換した。
【0040】
フィーダーを含まないhiPSC株を継代するために、細胞をPBSで洗浄し、0.5mM PBS-EDTA溶液で3~5分間短時間インキュベートした。PBS-EDTA溶液を除去し、細胞クラスターをE8媒体に再懸濁し、Geltrex被覆組織培養皿上でのそれらのコンフルエンシーに応じて1:4~1:6の比で播種した。確立された未分化のフィーダーフリーヒトiPSC系統を、さらなる研究のためにTeSR媒体に移行する前に拡大し、凍結した。bFGF (Peprotech 100-1813、最終濃度30ng/ml)、Noggin(Peprotech 120-10C、最終濃度10ng/ml)、Activin A(Peprotech 120-14P、最終濃度10ng/ml)を補充したTeSR媒体に移行するために、hiPSC系統のE8媒体を、ヒトiPSC系統がTeSR媒体単独で完全に維持されるまで、漸増量のTeSR媒体を含有する媒体に毎日交換した。
【0041】
TeSR媒体に移行したヒトiPSC系統を継代するために、細胞をPBSで洗浄し、TrypLE Select(ThermoFisher 12563029)と短時間インキュベートして、ROCKキナーゼ阻害剤(Tocris 1254、最終濃度10μM)、bFGF(Peprotech 100-1813、最終濃度30ng/ml)、Noggin(Peprotech 120-10C、最終濃度10ng/ml)、Activin A(Peprotech 120-14P、最終濃度10ng/ml)を補充したTeSR媒体中に再懸濁する前に単一細胞懸濁液を作製し、Geltrex被覆組織培養皿上に5×104細胞/mlの濃度で播種した。TeSR移行hiPSC株の多能性を、細胞銀行又は実験的使用の前に免疫蛍光によって検証した。培地を毎日交換した。
【0042】
細胞株のID数及び詳細を表1に示す。
【0043】
【0044】
(細胞染色)
384ウェル組織培養プレート(CellCarrier-384 Ultra Microplates、Perkin Elmer 6057300)を、ヒト血漿フィブロネクチン(Merck Millipore FC010)で5μg/cm2の濃度でコーティングした。細胞をトリプル選択で上記のように継代し、計数し、3×104/cm2の濃度でフィブロネクチン被覆ウェルに播種した。細胞株のプレーティングは、各細胞株について条件あたり3つのウェルを用いて、列になっていた。細胞を、薬物処理の前に24時間インキュベートし、その後、さらに24時間インキュベートし、その後、最終固定及び染色及び高含量画像を行った。48時間での別個の384ウェルプレートの抗体染色により、多能性が48時間で維持されることが確認された。
【0045】
すべての固着、透過処理及び免疫染色を室温で行った。PBS中パラホルムアルデヒド8%(PFA、Sigma F8775)を等容量の培地に最終濃度4%添加し、15分間インキュベートした。固定した細胞をPBS中で洗浄し、0.1% v/v Triton-X100 (Sigma)で15分間透過処理した。透過処理後、細胞をTBSで洗浄し、DAPI(Thermo Fisher D1306)、SYTO 14(Thermo Fisher S7576)、コンカナバリンA(Thermo Fisher C11252)、ファロイジンアレクサ(Thermo Fisher A12381)、及びWGA(Thermo Fisher W11262)で1時間染色した。Mitotracker (サーモフィッシャーサイエンティフィックM22426)汚染を、固着前に37o Cで30分間インキュベートして生細胞中で行った。細胞固定、透過処理、染色及び洗浄工程は、自動化液体操作システム(405プレート洗浄機、BioTek-Tempest、Formulatrix)を用いて行った。
【0046】
(薬物治療)
384ウェルプレート上での薬物投与を、Echo音響液体ハンドラー及び対応するソフトウェア(Labcyte)を用いて行った。スクリーニングした化合物を、クラウドライブラリー(Enamine)及びNPSC対照ライブラリーを含む適切な化学ライブラリープレートから選択した。エトポシドの投与は1.7μMで行った。この研究で使用された他のすべての化合物について、薬物投与を5μMで行った。表2は、この研究で使用された化合物及び濃度を示す。
【0047】
【0048】
(多能性マーカーの細胞染色)
すべての固着、透過処理及び免疫染色を室温で行った。PBS中パラホルムアルデヒド8%(PFA、Sigma F8775)を等容量の培地に加え、細胞を15分間インキュベートした。固定した細胞をPBS中で洗浄し、0.5% v/v Triton-X100(Sigma)で10分間(TRA1-81汚染とは別に)透過処理した。抗体インキュベーションの前に、細胞を10%正常ロバ血清中で1時間ブロックした。本研究で使用される多能性マーカー抗体は、以下のように列挙される: Nanog、Oct4、Sox2、Tra-1-81の全て1:500(NEB StemLight Pluripotency Antibody Kit 9656)。All affinity purified donkey secondary antibodies (either Alexa 488 or Alexa 594) were purchased from Jackson immunoresearch). Hoechst 33342(Thermo Fisher)を用いてDNAを染色した。
【0049】
(イメージング)
全ての画像データは、20xレンズ及びQuad2マルチクロイックミラー(GE、Issaquah、WA)を有するInCell 2200ハイコンテントイメージャ上で収集した。
【0050】
(複数の細胞株のデータ処理、分析及び可視化)
生画像をOMERO Plus(Glencoe Software、Inc.、(9))にインポートし、次いで、CellProfiler(8)のカスタムパイプラインを使用して処理し、これは、核、細胞質、ゴルジ及び皮質突起をセグメント化し、定義された特徴の範囲を計算した。Pandas Pythonライブラリー(10) を使用して、すべての工程を実行した。各プレートの特徴は、そのプレートのDMSO対照における特徴のメジアンによって正規化した。変動係数が0.50を超える特徴は、さらなる分析から除外された(典型的にはこれらはゼルニケ相特徴であった)。さらに|ですべての機能を削除した スピアマン係数| > 0.98. 次いで、Z正規化データを、主成分分析(PCA)及び均一マニホールド近似及び突起部(UMAP(11))を用いて可視化した。PCAについては、最初の15の主成分を計算し、最初の2つの主成分に含まれる分散は77.1%であった。UMAPパラメータは、n_neighbours =15、mindist = 0.01、及び点間の距離をスケーリングするための余弦測定基準であった。GO濃縮分析は、WebGestalt(WEBベースのGene SeT AnaLysis Toolkit)(12)を用いて行った。
【0051】
(結果)
(HipSci細胞株の高スループット形態における多能性)
異なるドナー由来の多能性iPSC系統のライブラリーを使用する本発明者らのアッセイフォーマットの有効性を確立するために、本発明者らは、自動蛍光画像における使用に適した384マルチウェルプレート中で培養した場合の異なるヒトiPSC系統の安定性を決定した。本発明者らはmTeSR媒体中でヒトiPSC系統を増殖させ、384マルチウェルプレート(3×10
4細胞/ウェル)に細胞を播種し、免疫蛍光によって細胞を分析し、多能性の確立されたマーカ、Oct-4、Sox-2、Nanog及びTRA-1-81について染色した。
図2は、この実験で分析した30系統のうち8系統において、Oct-4、Sox-2、Nanog及びTRA-1-81について見られた染色パターンの代表例を示す。4つのマーカーはすべて、384マルチウェルプレート上での細胞の転送及び成長後72時間までの間、信号の検出可能な損失をほとんど又は全く伴わずに、強く、比較的均一な染色を示した。細胞を25×10
4~75×10
4細胞/ウェルの濃度で播種した場合、温度範囲多能性マーカの強い発現が維持された。
【0052】
我々はヒトiPSCが大規模な化合物プロファイリングに適したマルチウェルフォーマットで維持することができ、ヒトiPSCのパネルは、アッセイプロトコールを実施するのに必要な48~72時間、多能性状態で維持することができると結論付ける。
【0053】
(複数の細胞株のセグメント化及び処理)
次に、我々は、HipSciコホートからのヒトiPSCの選択を用いて、画像ベースの細胞表現型アッセイを用いて、FDA承認薬物の示差効果を検出する我々の能力を試験した。全ての選択されたヒトiPSC系統は、事前に全ゲノム配列決定(https://www.hipsci.org)に供され、ゲノムデータは公的に入手可能である。選択されたヒトiPSC系統(表1)からの細胞を384ウェルプレート中で増殖させ、選択された化合物(使用された薬物及び濃度を表2に示す)で24時間処理し、次いで固定し、細胞塗装マーカーで染色した(材料及び方法を参照されたい)。画像を自動化されたプレートベースのイメージャーで記録し、次いでOMERO(9)にインポートした。特徴、「核」、「細胞質」、「ゴルジ体」及び「突起」に関して、カスタムCellProfilerパイプライン(13)を用いて画像をセグメント化し、次いで画像特徴を計算した(細胞区画あたり~300の特徴)。
図3Aは、代表的な実験板からの典型的な実験板の画像サムネイルと、単一画像における個々の細胞のセグメンテーションの実施例を示す。
図3Bは、DMSO、エトポシド及びバンキンでそれぞれ処理した2つの細胞株の拡大画像サムネイルを示す。
ヒトiPSC株間の薬物応答の差異を可視化するために、本発明者らは、全ての測定された特徴をロバストZ正規化に供し(方法を参照されたい)、次いで、全ての測定された特徴を、各ヒトiPSC株についてのDMSOからの標準偏差の数として表した。Z正規化後、本発明者らはUMAPを埋め込むために、全ての特徴及び薬物/細胞株の組み合わせを行った(
図4A)。シンバスタチン及びアトルバスタチン(クラスター2)、エベロリムス及びラパマイシン(クラスター3)、トポイソメラーゼ阻害剤(クラスター4)、細胞傷害性(ボックス5)及び微小管重合エフェクター(ボックス6)を含むいくつかの化合物が、それらの既知の作用機序に従ってクラスター化する。スタチン(クラスター2)付近にフルフェナジンクラスターが認められ、本剤を処方された患者の脂質代謝に影響を及ぼすことが示唆された(14)(ボックス2)。このアッセイで使用した濃度で比較的弱い応答を引き起こすDMSO及び化合物をクラスター1に示す。
【0054】
このプロットは、単一の化合物が異なるヒトiPSC系統において様々な応答を示すいくつかの例を提供する。ほとんどの細胞は5-FU(クラスター1、赤、
図3A)に反応したが、いくつかの細胞は試験濃度でDMSOと区別できない反応を示した。また、ボリノスタット及びフェンベンダゾールで処理したヒトiPSCにおけるクラスターの分割実施例も観察した(
図4A)。第1発電HER2阻害剤であるエルロチニブに対する2つの細胞株(paim3及びpelm1)の応答はより比第2発電HER2阻害剤であるアファチニブに類似しているが、他の全てのヒトiPSC株におけるエルロチニブ応答はラパマイシン及びエベロリムスに類似している(以下を参照されたい)。
【0055】
これらの結果は、個々の薬物が異なるドナーから生成されたヒトiPSCにおいて、明確で区別可能な応答を誘発し得ることを示唆する。少なくともUMAP包埋のレベルでの反応差は、薬物が潜在的に個体間の正常な集団レベルの遺伝的変動の結果として、細胞内経路及び応答システムに対して実質的に異なる効果を引き起こすことを示唆する。
【0056】
本発明者らの以前の研究は、タンパク質発現の変動がpQTLと呼ばれる特定のゲノム遺伝子座によって制御され得ることを実証した(5)。本発明者らは、ヒトiPSC系統の薬物応答の差異の別の潜在的な原因が薬物応答経路の成分の化学量論の変動によるものであり得ると仮定した(15)。この場合、薬物応答特性のパターンは類似しているように見えるが、応答の大きさは異なる可能性がある。応答の大きさの差異を検出するために、本発明者らは、全ての細胞株について、DMSOからの全ての特徴(Z正規化前)についての偏差をヒートマップとしてプロットした。
図5Aは、アトルバスタチンとラパマイシンのヒートマップを示している。これはUMAP包埋に密集した2種類の薬物を分析したものである(
図4)。特徴応答のパターンはいずれかの薬物で処置された全てのヒトiPSC株について類似しているが、応答の大きさは本発明者らがアッセイした異なる細胞株間で異なる。
【0057】
全セットのアッセイ薬物及びヒトIPSC系統について応答の大きさの差異を可視化するために、本発明者らは、薬物及びヒトiPSC系統の各対について、DMSO対照とは別に>3σである(したがって、>99%の確実性でDMSOと区別可能である)すべての特徴の割合を決定した。得られたプロットは、薬物応答の大きさを測定する(「誘導プロット」、
図5Bと称される)。このプロットは、同じ薬物及び用量が我々のテストセットにおける薬物の範囲にわたって、驚くほど異なるレベルの誘導又は応答の大きさを与え、応答の大きさの変動が驚くほど一般的であることを示す。また、アトルバスタチン及びシンバスタチンを含むいくつかの薬物について、非直線包埋法、すなわちUMAPにおける強いクラスタリングにもかかわらず、これらの差異が検出されることにも注目する。我々は、多様な応答が多種多様な薬物に対するヒトiPSC系統の共通の特徴であると結論付ける。
【0058】
この仮説の最初の試験として、我々は十分に特徴付けられた薬物、すなわち、HMG-CoAレダクターゼ阻害剤であるアトルバスタチンについて、「低」及び「高」応答者を選択するために誘導プロットを使用した。薬物治療なしで分析した選択したヒトiPSC系統の既存の合計プロテオームデータを用いて、logFC対-logP(いわゆる「火山プロット」)を計算し、系統間のタンパク質発現レベルの固有差異を検出した(
図6A)。
【0059】
図6は、アトルバスタチンに対する応答の測定された差異に基づいて階層化されたヒトiPSC間のタンパク質発現の差異を示す。差次的発現レベルを示すタンパク質の多くは、脂質代謝に関与する。著者らはGOターム濃縮分析を用いてこの結果を確認し、アトルバスタチンに対する応答によって階層化された細胞株を比較すると、脂質代謝に関与するタンパク質因子の発現について有意な濃縮が観察された(
図6B及びC)。これらのデータは、脂質代謝に関与する1つ以上のタンパク質の発現レベルの差異に少なくとも部分的に起因する、iPSC系統間のアトルバスタチンに対する応答の変動と一致する。
【0060】
【0061】
【0062】
(細胞内経路への可変反応の連結)
EGFRシグナル伝達経路は、成長、細胞分裂、分化及び細胞生存の調整において主要な役割を果たす。この経路は異なる細胞外リガンドの結合によって活性化されることが知られている膜貫通受容体のHER家庭(4つの部材、すなわち、EGFR、HER2、HER3及びHER4を含む)の活性によって制御される。リガンドの結合はレセプターの二量化を刺激し、細胞質のチロシンキナーゼドメインの活性化を誘発する。これは、Ras/ERK、JAK/STAT及びPI3K/Akt経路を含むシグナル伝達経路のカスケードの活性化をもたらす。非常に多くの多様な細胞過程におけるEGFRの関与、及びEGFRの異常な活性が腫瘍細胞の発生及び増殖において主要な役割を果たすことが示されているという事実を考慮して、EGFR活性を妨害するいくつかの薬物が開発されている(16、17)。
【0063】
EGFRファミリーメンバーを標的とする承認された薬物の2つの実施例は、レセプターの細胞質チロシンキナーゼドメイン中のATP結合ポケットに結合することによってリガンド誘導性レセプター自己リン酸化を遮断する合成分子であるエルロチニブ及びアファチニブである。
【0064】
エルロチニブはEGFRに対して可逆的で特異的であるが、アファチンビは不可逆的インヒビターであり、EGFR、HER2、HER3及びHER4ファミリー受容体により形成されるすべてのホモ‐及びヘテロダイマーを阻害する。アファチニブは、EGFRファミリーの全ての部材のシグナル伝達を不可逆的に阻害するだけでなく、ERK及びAktなどの下流シグナル伝達分子のリン酸化も阻害する(18)。
【0065】
本発明者らの細胞塗装アッセイにおいて、本発明者らは、エルロチニブ及びアファチニブに対する応答がほとんどの場合、UMAPプロットにおいて明確に区別されることを観察した(
図4Aボックス3、4B及び
図7)。本発明者らは、アファチニブで処置された全てのヒトiPSC系統(1系統を除く、zaie1、
図7Aを参照されたい)が全ての他の試験された薬物とは異なる単一のクラスターを形成し、27のヒトiPSC系統にわたる均一な応答を示唆することを観察した。対照的に、ラパマイシン及びエベロリムスでクラスター化されたエルロチニブで処置されたヒトiPSC系統の大部分の応答は、これらの系統において、エルロチニブの主な効果がmTOR信号を活性化する細胞内経路を阻害することであることを示唆している。2つのエルロチニブ処理細胞株、paim3及びpelm1はアファチニブとクラスターを形成し、アファチニブと同様に細胞内経路に対するより広い効果を示唆した。これらのデータはpaim3及びpelm1細胞株における応答の差が生殖系列におけるEGFR受容体突然変異、部分的ErbB経路サイレンシング、又はERK及び/もしくはAktの抑制の最も可能性の高い、又は異なるレベルに起因するという仮説を示唆する(
図7Bを参照されたい)。定量的プロテオミクスを用いたさらなる検討を用いて、これらの結果に対する機構的洞察を提供することができる。
【0066】
(考察)
胚性幹細胞(ESC)に似た多能性状態に最終分化ヒト細胞を再プログラムすることを可能にする機構のノーベルで勝利した発見はESCの使用に関連する倫理的問題の多くを克服しながら、ヒトの疾患及び薬物応答を検討するための刺激的な新たな可能性を開いた(2)。広範囲の異なる健康なドナー及び/又は疾患コホートから生成され得る、そのようなヒト人工多能性幹細胞(hiPSC)の作製は、薬物-細胞相互作用を分析するための新しい実験室ベースの方法、及びヒト集団内の遺伝的変異の結果としてこれがどのように変化するかのドアを開く。
【0067】
本発明者らは、ヒト細胞における変数薬物応答を評価するための最初のこのような「遺伝的に情報を与えられた」ハイスループットアッセイを開発した。これは、遺伝子発現分析がRNA及びタンパク質レベルの両方で、異なるドナーに由来するヒトiPSC系統におけるこれらの分子マーカーが少なくとも部分的に、ドナーの遺伝的同一性を反映することを示す、最近の発見を活用する(5)。したがって、異なるドナーからのiPSC系統のパネルが薬物治療にどのように応答するかを標準化されたアッセイ形式でスクリーニングすることによって、本発明者らは、それらの多様な表現型応答の客観的測定に基づいて系統を階層化することができる。「細胞塗装」蛍光顕微鏡アッセイからの画像データを用いて、特徴を抽出し、異なる細胞株を階層化することができる。これは、
図2に示すように、薬物治療に対する反応の違いを反映している。さらに詳細な分子解析を、特にプロテオームレベルで実施して、異なる階層化した細胞株グループを比較し、観察された示差表現型反応の機構的基準を理解するのに役立つ。プロテオームレベルの分析は、タンパク質が臨床使用におけるほとんどの薬物の標的であるため、ここで最も有益であると予想される。タンパク質はまた、ほとんどの疾患機構及び薬物作用の機構のメディエーターである。
【0068】
米国食品医薬品局承認薬に対するhiPSCの変数応答:上記で要約したように、本発明者らは異なるドナーから確立されたヒトiPSC系統のパネルを使用して、ヒト集団における遺伝子多様性をサンプリングする革新的な薬物スクリーニング技術プラットフォームを作成し、検証した。細胞株は、ハイスループット細胞塗装蛍光顕微鏡アッセイで分析される。この細胞塗装アッセイは臨床的に関連する薬物が細胞の表現型をどのように変化させるかを同定し、定量化することができ、異なるiPSC系統が同じ薬物処置にどのように応答するかについて比較を行うことができる。
【0069】
ビヒクル(DMSO)制御で処理した場合、細胞株の各々は、密にクラスター化された、ほぼ同一の応答を示す。対照的に、臨床的に承認された薬物の様々なセット(表2参照)での処置は、細胞塗装プローブのセットの1以上の蛍光パターンの変化によって示される細胞表現型の変化を誘導する(
図4、5、及び6)。トポイソメラーゼ阻害によるDNA損傷(エトポシドやイリノテカンなど)など、共通の作用機序をもつ薬物は、細胞核の特徴を適切な塗装プローブで分析すると、複数の細胞株に同様の変化を引き起こす(
図5)。データはまた、それぞれ異なるヒトドナーに由来する異なるiPS細胞株が、同じ薬物での処置に対するそれらの表現型応答が異なる複数の例を示す(
図4、5、6及び7)。
【0070】
さらに、データは、同じ薬物に対する異なる細胞株の応答の差異を区別する能力が使用される細胞塗料の選択及び分析される細胞特徴に依存することを示す。表現型反応の差の解像度はどのデータ解析法を用いるかによっても異なることが示されている(例えば、UMAPをHeat-MAP及び誘導プロットと比較する、
図4及び5)。
【0071】
(観察結果の要約)
1. iPS細胞株のパネルは、マルチウェルプレートフォーマットで増殖させ、薬物応答アッセイの時間経過の間、多能性状態に維持することができる。
2. 細胞塗装によって分析された細胞株はDMSO対照に対して一貫した密にクラスター化された応答を示し、細胞塗装によって測定された表現型が再現性があり、アッセイの安定した細胞状態及びロバスト性を反映することを示している。
3. データは一貫した、技術的に再現可能な結果を示し、再度、アッセイが堅牢かつ信頼できることを確認する。
4. 異なる細胞塗料、及び細胞塗料の組み合わせは、細胞表現型及び薬物型特異的応答を反映する能力が異なる。したがって、ある種の塗料を用いて分析した場合、いくつかの薬物は同じ細胞株に異なる影響を及ぼすことが明らかにされ、一方、異なる塗料は同じ細胞及び薬物処理との差異を示さない。細胞塗料の選択は、系統間の表現型反応及び示差的薬物‐細胞相互作用を測定する重要な経験的行列式であると結論した。
5. エトポシドなどのDNA損傷剤によって例示される、細胞に共通の効果を有する異なる薬物は同様の方法で、特定の塗料によって報告されるように、細胞株の表現型を変化させ、一貫した再現性のある応答をもたらす。我々は、ペインティングアッセイが特定のクラスの薬物について、細胞株にわたる一貫した薬物誘導性応答を報告することができると結論付ける。
6. 本発明者らは単一の薬物が複数の細胞株にわたって一貫した応答を誘発する場合を観察するが、個々の細胞株が同じ薬物での処置によって誘発される表現型応答において同時に変化する薬物の例も強調する。我々は細胞株のライブラリーが異なる株が同じ化合物での処理によってどのように影響されるかの変動を再現可能に報告することができ、薬物-細胞相互作用が異なる株について可変であり得、潜在的にそれらの異なる遺伝子型及び遺伝子発現プロファイルを反映することを示すと結論づける。
7. 我々は細胞塗装アッセイが異なる細胞株において一貫して類似の応答を誘導する薬物とは対照的に、異なる細胞株間で誘導される表現型応答の変動を示す特定の薬物を同定することができると結論する。我々はこのことが、患者間の応答の差異を示す薬剤の開発の可能性が高いことを研究者に警告する可能性があることに留意する。
8. 本発明者らは、遺伝的に異なる細胞株のパネルが細胞塗装アッセイにおいてそれらがどのように摂動に応答するかに起因する測定値に従って階層化され得ることを示す。本発明者らは、階層化細胞株のさらなる分析が情報に基づく臨床試験の下流設計のための患者グループを選択するためのバイオマーカーとして使用され得る分子マーカー、例えばSNPもしくは他の遺伝子型マーカー、及び/又はmRNAもしくはタンパク質発現マーカーの同定を可能にする可能性があることに留意する。
9. 細胞塗装アッセイから収集された生の画像化データの処理は異なる分析戦略を使用することが、異なる細胞株が薬物摂動にどのように応答するかを記述する表現型応答データを抽出する能力を改善することができることを示す。
【0072】
いったん細胞塗装アッセイが実施されると、特定の薬物による処置に対するそれらの応答によって階層化された細胞株のグループを直接比較することによって、薬物応答の変動に関与する機構を同定するために、さらなる下流分子分析を実施することができる。本発明者らは薬物処置に対する反応差がゲノム及び/又はエピゲノムレベルでの細胞間の変動を反映し、それが、それらのそれぞれのプロテオームに影響を及ぼす変動をもたらし、薬物-細胞相互作用の差を引き起こすという仮説を立てる。これは、DNA配列分析を、タンパク質発現レベル及び翻訳後修飾(PTM)の質量分析に基づくアッセイと組み合わせて、ならびにそれぞれの細胞株におけるタンパク質-タンパク質相互作用及びタンパク質複合体形成の系統的分析によって決定することができる。
【0073】
薬物応答の差異のメカニズムは、それぞれの階層化細胞株のトランスクリプトームの比較にも反映され得る。しかしながら、細胞又は組織のいずれかにおいて発現された安定なタンパク質のレベルは、それらの同族遺伝子から転写されたmRNAのレベルと常に線状相関するとは限らない(5、19)。例えば、RNA独立タンパク質調節の完全な範囲はまだ詳細には理解されていないが、mRNAレベルとタンパク質レベルとの間の相関の欠如はそれぞれのRNAレベル及びタンパク質レベルで定量的形質遺伝子座(QTL)をマッピングする場合、HipSci細胞株のライブラリー内で既に見られている(5)。このことは、ヒト疾患感受性に関連する遺伝子座を含むタンパク質レベルQTLがRNA発現レベルで複製されない複数の例を同定し、タンパク質存在量が転写後機構によって制御される状況を反映している。さらに、データは、1つのそのような転写後機構が多重タンパク質複合体の形成を含み、1つの律速タンパク質サブユニットの存在量がトランスにおける他の相互作用タンパク質サブユニットの安定性を変化させることができることを示した。
【0074】
結論として、著者らは、異なる細胞株のパネルのハイスループット細胞ペインティング分析と、細胞ペインティングアッセイにおける薬物処理に対するそれらの特異的応答によって階層化された細胞株グループの比較分子分析とを組み合わせることによって、薬物‐細胞相互作用のメカニズムについて新規な洞察を得ることができることを提案する。さらに、ヒトiPSC系統はドナーの遺伝的同一性を分子レベルで反映するので(5)、本発明者らは研究室で得られたこの細胞ベースの情報を使用して、ヒト患者間の薬物応答における潜在的臨床的変動を少なくとも部分的に予測することができることを提案する。この細胞株の階層化方法はまた、DNA配列(例えば、SNP)、又はmRNA、タンパク質、PTM及び/もしくはタンパク質複合体の式のいずれかの変動に基づいて、階層化された細胞株の間で分子バイオマーカーを同定することができ、これは、臨床試験の設計のための患者選択を知らせるために使用することができ、薬物開発パイプラインの成功率の向上をもたらす。
【0075】
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【国際調査報告】