(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-03-19
(54)【発明の名称】ブルガダ症候群の診断のためのタンパク質及び代謝産物血液バイオマーカー
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20240312BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20240312BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240312BHJP
C12Q 1/6869 20180101ALI20240312BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20240312BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20240312BHJP
C12Q 1/6883 20180101ALI20240312BHJP
【FI】
G01N33/68 ZNA
G01N33/50 Z
G01N33/50 P
C12Q1/02
C12Q1/6869 Z
C12N15/12
C12Q1/686 Z
C12Q1/6883 Z
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023550263
(86)(22)【出願日】2022-02-24
(85)【翻訳文提出日】2023-10-23
(86)【国際出願番号】 IB2022051626
(87)【国際公開番号】W WO2022180559
(87)【国際公開日】2022-09-01
(32)【優先日】2021-02-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
(71)【出願人】
【識別番号】522325090
【氏名又は名称】カーディオミックス エス.アール.エル.
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】パポーネ、カルロ
(72)【発明者】
【氏名】アナスタシア、ルイジ
(72)【発明者】
【氏名】チコンテ、ジュゼッペ
(72)【発明者】
【氏名】エスピノーザ アンギャリーカ、ウラジミール
(72)【発明者】
【氏名】ヴィセドミニ、ガブリエル
(72)【発明者】
【氏名】ペトレット、エンリコ
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA25
2G045CA26
2G045DA02
2G045DA13
2G045DA14
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4B063QA13
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(57)【要約】
本発明は、ヒトにおけるブルガダ症候群(BrS)の診断のための血中タンパク質及び代謝産物バイオマーカーの特定のセット、並びに関連する検出方法に関する。本発明はさらに、ブルガダ症候群の予測及び診断のための変異したPrg4遺伝子、Epx遺伝子、及びPon1遺伝子、並びに関連タンパク質に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
i)以下の7つのタンパク質からなるサブセット:
【表1】
及び、
ii)以下の3種類の代謝産物からなるサブセット:
フマル酸;
O-パルミトオレオイルカルニチン(O-palmitoleoylcarnitine);
L-グルタミン酸
を少なくとも含む、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のためのバイオマーカーのセット。
【請求項2】
ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための、以下の追加的なバイオマーカーのうちの1つ又は複数をさらに含む、請求項1に記載のバイオマーカーのセット。
i)以下からなる群から選択されるタンパク質:
【表2】
及び/又は代謝産物である2-ヒドロキシデカノエート;
又はこれらの組合せ。
【請求項3】
ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための、以下を含む、請求項2に記載のバイオマーカーのセット。
i)以下の12種類のタンパク質からなるサブセット:
【表3】
及び、
ii)以下の4種類の代謝産物からなるサブセット:
フマル酸;
O-パルミトオレオイルカルニチン(O-palmitoleoylcarnitine);
L-グルタミン酸;
2-ヒドロキシデカノエート;
又はこれらの組合せ。
【請求項4】
ヒトの生体試料中における請求項1~請求項3のいずれか一項に記載のセットに含まれるバイオマーカーのうちの1つの存在を検出する、又はその出現の濃度を測定する、インビトロ方法。
【請求項5】
a)ウエスタンブロット、ドットブロット、ELISA、フローサイトメトリー、酵素活性アッセイ、標的化MS、マルチプレックスタンパク質分析、ProQuantum高感度イムノアッセイ、又はこれらの組合せを含む群から選択されるアッセイによって、サブセットi)の少なくとも7種類、最大12種類のタンパク質の存在を検出するステップと、
b)MS、GC-MS、蛍光アッセイ若しくは比色アッセイ、NMR、ナノプローブを用いた分光法、酵素結合オリゴヌクレオチドアッセイ、又はこれらの組合せを含む群から選択されるアッセイなどのアッセイによる、サブセットii)の少なくとも3種類、最大4種類の前記代謝産物の検出ステップと
を含み、
正常対照と比較した前記バイオマーカーの全ての陽性検出が、ブルガダ症候群に罹患した患者の同定を可能にする、
請求項4に記載の前記セットに含まれるバイオマーカーのうちの1つの存在を検出するためのインビトロ方法。
【請求項6】
a)ウエスタンブロット、ELISA、酵素活性アッセイ、標的化MS、マルチプレックスタンパク質分析、ProQuantum高感度イムノアッセイ、又はこれらの組合せなどの定量的技術による、サブセットi)の少なくとも7種類、最大12種類のタンパク質の定量的決定ステップと、
b)HPLC、MS、NMR分析、ELONA、又はそれらの組合せなどの技術による、サブセットii)の少なくとも3種類、最大4種類の前記代謝産物の定量的測定ステップと
を含み、
正常対照と比較した前記バイオマーカーの濃度の増加又は減少が、ブルガダ症候群の診断を示す、
請求項4に記載の前記セットに含まれるバイオマーカーのうちの1つの濃度を測定するインビトロ方法。
【請求項7】
前記生体試料が、血漿、PBMC、全血、血清及び末梢血、又はそれらの組合せからなる群から選択される、請求項4~請求項6のいずれか一項に記載のインビトロ方法。
【請求項8】
前記ヒトが、無症候性である、請求項4~請求項7のいずれか一項に記載のインビトロ方法。
【請求項9】
前記ヒトが、家族歴、過去における心臓の心房細動及び/又は心室細動の事象、糖尿病、又は肥満に起因して、ブルガダ症候群のリスクが高い、請求項4~請求項7のいずれか一項に記載のインビトロ方法。
【請求項10】
前記ヒトが、約40歳以下である、請求項4~請求項9のいずれか一項に記載のインビトロ方法。
【請求項11】
請求項1~請求項3のいずれか一項に記載のサブセットi)のタンパク質の各々に特異的な抗体を含むキットであって、
それら抗体が、標識されているか、又は固体支持体に結合している、
前記キット。
【請求項12】
ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための遺伝子診断マーカーとして使用するための、ヌクレオチド配列の186,304,862位に有害変異C→Tが存在することを特徴とする、Prg4遺伝子(ENSG00000116690)のRNA又はDNAであるオリゴヌクレオチド配列。
【請求項13】
ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための遺伝子診断マーカーとして使用するための、請求項12に記載のオリゴヌクレオチド配列によってコードされる、変異したPRG4タンパク質。
【請求項14】
ヒトにおけるブルガダ症候群を診断するための遺伝子診断マーカーとして使用するための、遺伝子配列の58,193,733位に有害変異G→Cが存在することを特徴とする、Epxヒト遺伝子(ENSG00000121053)のRNA又はDNAであるオリゴヌクレオチド配列。
【請求項15】
ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための遺伝子診断マーカーとして使用するための、請求項14に記載のオリゴヌクレオチド配列によってコードされる、変異したEPXタンパク質。
【請求項16】
ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための遺伝子診断マーカーとして使用するための、遺伝子配列の95,316,772位に有害変異A→Tが存在することを特徴とする、Pon1ヒト遺伝子(ENSG00000005421)のRNA又はDNAであるオリゴヌクレオチド配列。
【請求項17】
ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための遺伝子診断マーカーとして使用するための、請求項16に記載のオリゴヌクレオチド配列によってコードされる、変異したPON1タンパク質。
【請求項18】
生体試料での検出によるヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための、請求項12~請求項17のいずれか一項に記載のオリゴヌクレオチド配列又は変異タンパク質の1つ又は複数の使用であって、
前記生体試料が、血漿、PBMC、全血、血清及び末梢血、又はそれらの組合せからなる群から選択される、
前記使用。
【請求項19】
PCR又はDNA配列決定による遺伝子分析によって、請求項12、請求項14、請求項16のいずれか一項に記載のオリゴヌクレオチド配列のうちの1つ又は複数の存在を検出する、インビトロ方法。
【請求項20】
ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための、請求項12、請求項14、請求項16のいずれか一項に記載のオリゴヌクレオチド配列のうちの1つ又は複数に相補的なプライマー又はプローブを含む、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトにおけるブルガダ症候群(BrS)の診断のための血中タンパク質及び代謝産物バイオマーカーの特定のセット、並びに関連する検出方法に関する。本発明はさらに、ブルガダ症候群の予測及び診断のための変異したPrg4遺伝子、Epx遺伝子、及びPon1遺伝子、並びに関連タンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
ブルガダ症候群(BrS)とは、構造的に正常な心臓を有する患者における、心電図で右前胸部誘導におけるコブド型STセグメント上昇、及び心臓性突然死(SCD)のリスク増加によって定義される、遺伝性不整脈原性疾患である[1~4]。ブルガダ症候群は心臓性突然死の5~40%の原因であると報告されており、乳児及び小児にもまた発生するとしても[1]、40歳未満の個体における重要な死因である[5~7]。この症候群はアジア地域で流行しており[6]、男性では女性よりも8倍~10倍多いようである。
【0003】
この症候群は、典型的には、30代及び40代で起こる心停止又は失神を呈する[3、4、6]が、しかしながら、患者の大部分は構造的に正常な心臓で無症候性であり、かつ通常は偶発的に診断される。
【0004】
特に無症候性患者におけるブルガダ症候群のリスク層別化は、依然として臨床的課題である。
【0005】
不整脈基質の程度は、心室細動(VF)及び心室頻拍(VT)の誘導能の唯一の独立した予測因子であり、かつリスク層別化及び治療の新規マーカーと見なされ得ることが実証された[8]。
【0006】
現在、自発性1型ECGパターン、及び不整脈起源の致死的心臓性突然死又は失神を有する対象は、将来の不整脈事象のリスクが最も高いので、医療機器に関連する合併症及び不適切なショックのリスクがあるにもかかわらず、植込み型除細動器(ICD)治療が推奨されている。
【0007】
今日まで、ブルガダ症候群の診断は、自発的(1型)であってもよいか、又はナトリウムチャネル遮断薬、例えばアジュマリン若しくはフレカイニドなどの静脈内投与による薬理学的負荷試験によって誘導され得る、典型的なECGトレースシグナルの同定に基づいている。BrSの診断と見なされるために、ECGで見られるパターンは、右前胸部誘導におけるコブド型ST上昇、主に(2番目~4番目までの)上位右肋間腔に配置されたV1及びV2を含む。
【0008】
アジュマリン負荷とは、自発性1型ECGパターンを有しない個体においてブルガダ症候群を診断するための、今日までの最も正確な試験である。正常な心臓細胞を有する患者では、アジュマリンはECGにほとんど又は全く影響を及ぼさない。この薬物は、ブルガダ1型パターンを解明する際の強力なツールであること[10]、及び36%の偽陰性率に関連するフレカイニドよりも正確であることが証明されている[11]。しかしながら、アジュマリンン投与は診断処置中にVT/VFを引き起こす可能性がある。結果として、アジュマリンン負荷を用いたブルガダ診断試験もまた、安全上の理由からスクリーニング試験としていくつかの国で許可されない可能性がある。さらに、この処置に関連したリスクを考慮して、患者自身が処置を受けることを拒否する。さらに、この処置には、体外式膜型人工肺(ECMO)チームを有する病院の経験豊富なスタッフが必要である。したがって、患者が処置のために長距離を移動する必要があり得ることを示唆しており、この処置は広く利用可能ではない。経済的な観点から、この処置は高価であり、公的国民保健制度にとってかなりの負担である。結果として、潜在的な患者は、適時に診断試験を受けず、又は全く受けず、心臓性突然死のかなりのリスクに曝される。
【0009】
さらに、ブルガダ症候群は、さらに無視できない遺伝的処置を有し、これは、不完全な浸透度を有する常染色体優性形質として遺伝する、不均一なチャネル病である[9]。
【0010】
今日までに、25種類の遺伝子のうち約300種類の病的バリアントがブルガダ症候群の対象において同定されているが、それらのほとんど(25%~30%)は、心臓ナトリウムチャネルNaV1.5のα-サブユニットをコードする、染色体3p22上のSCN5A遺伝子を含む[10]。ブルガダ症候群に関連した他の遺伝子病変には、CACNA1C、SCN10A、PKP2、TRPM4、KCNH2、及び少なくとも18種類の他の遺伝子における、ヘテロ接合性バリアントが含まれる。SCN5Aヘテロ接合性変異は、全てのブルガダ症候群症例の11%~28%を占める[11]。
【0011】
しかしながら、ブルガダ症候群患者の約90%は、SCN5A遺伝子に変異を有していない
【0012】
遺伝子評価をさらに複雑にするのは、SCN5A遺伝子以外の遺伝子の変異によって引き起こされる様々な関連するブルガダ症候群の存在である。例えば、ブルガダ症候群-2(表現型MIM番号:611777)は、GPD1L遺伝子の変異によって引き起こされる。ブルガダ症候群-3(表現型MIM番号:611875)及びブルガダ症候群-4(表現型MIM番号:611876)は、ECG上のQT間隔の短縮を表現型に含み、それぞれ、CACNA1C遺伝子及びCACNB2遺伝子の変異によって引き起こされる。ブルガダ症候群-5(表現型MIM番号:612838)は、SCN1B遺伝子の変異によって引き起こされる。ブルガダ症候群-6(表現型MIM番号:613119)は、KCNE3遺伝子の変異によって引き起こされる。ブルガダ症候群-7(表現型MIM番号:613120)は、SCN3B遺伝子の変異によって引き起こされる。ブルガダ症候群-8(表現型MIM番号:613123)は、HCN4遺伝子の変異によって引き起こされる。
【0013】
科学界は依然としてブルガダ症候群をイオンチャネル病と見なしているが、さらなる証拠により、この症候群が追加的な要因にもまた起因し得ることが示唆されている。例えば、αトロポミオシンのヘテロ接合性変異は、ある研究においてHCMとブルガダ症候群とを関連付けるようであり、これは、サルコメア症(sarcomeropathy)の役割を示唆している[12]。本発明者らによって公表された別の研究は、MYBPC3遺伝子における病的バリアント、及びブルガダ症候群とのその潜在的関連性を初めて実証した[13]。実際、変化したサルコメア特性は、催不整脈及び突然死に直接関係している[14~16]。
【0014】
この多因子障害の複雑さ、及び分子レベルでの疾患の多くの遺伝的バリアントの存在を考慮すると、遺伝子試験は、ブルガダ症候群の臨床診断を確認するためだけに使用され得るが、任意の対象における疾患の診断を行うのには適していない。
【0015】
遺伝子スクリーニングのこれらの制限は、既に罹患している患者の予後を確立するために、ブルガダ症候群の確認も目的とするバイオマーカーを探す緊急の必要性を強調している。
【0016】
この方向では、ナトリウムチャネル遮断薬を用いたブルガダ症候群のマスキング解除における能動的スクリーニングの体系的な導入は、疾患の診断及び発生率を大幅に増加させたが、その真の有病率は依然として不明である[17]。それにもかかわらず、診断に使用される薬物負荷は、潜在的に生命を脅かす心室性不整脈の発生に関連する可能性があり、したがって、安全な病院環境がない場合のその広範な使用を制限する。
【0017】
上記を考慮すると、ブルガダ症候群を診断するための時間及び費用効率がより高く、高感度で、かつ非侵襲的な検査が必要とされており、これは、最終的に薬物チャレンジに取って代わる可能性があるか、又は少なくともそのような初期検査室スクリーニングに対して陽性であり、かつ遺伝子スクリーニングの限界を克服する個体に薬物負荷を制限する可能性がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明の著者らは、現在、先行技術に影響を及ぼす様々な技術的問題を克服することを可能にする循環バイオマーカーのセットを同定しており、本明細書にはまた、無症候性対象、ブルガダ症候群の家族歴のない患者、及び心臓性突然死の家族歴のない患者も含まれる、任意の患者におけるブルガダ症候群の診断のための信頼性が高くかつ高感度の方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0019】
具体的には、著者らは、ブルガダ症候群に罹患した患者が、末梢血で検出可能である疾患の徴候を保有することを見出した。特に、ブルガダ症候群に罹患した患者に見られる変異遺伝子の数及び多様性の増加に基づいて、著者らは、この疾患が心臓に存在するもの以外の細胞及び細胞内区画(ミトコンドリアなど)に影響を及ぼし得ると仮定した。この目的のために、病理学の複雑さ及び患者集団間の不均一性を考慮して、これらは、広範で統合されたバイオインフォマティクス及び機械学習(ML)アプローチによって支持される、末梢血漿及び末梢血単核細胞(PBMC)のマルチオミクス(ゲノム、プロテオミクス、メタボロミクス、及びリピドミクス)特性評価を大規模に適用することで、ブルガダ症候群に統計的に有意なバイオマーカーの一義的なセットの同定をもたらした。
【0020】
本発明のバイオマーカーのセットの使用の重要な利点は、SCN5A遺伝子などの他の公知の遺伝子バイオマーカーの遺伝子型又は発現にかかわらず、広範なサブタイプのセットのブルガダ症候群における診断及び予後の有用性を含む。
【0021】
本発明のバイオマーカーのセットはまた、ブルガダ症候群患者のリスク認証にも非常に有用であり得る。さらに、本発明のバイオマーカーのセットでの陽性結果は、症候性であるか否かとは無関係に、かつ、過去におけるブルガダ症候群の家族歴又は過去における心臓性突然死(SCD)の家族歴とは無関係に、ブルガダ疾患に罹患した患者を同定することを可能にする。
【0022】
したがって、本発明の目的は、
i)以下の表1に列挙される7種類のタンパク質からなるサブセット:
【表1】
ii)以下の3種類の代謝産物からなるサブセット:
フマル酸;
O-パルミトオレオイルカルニチン(O-palmitoleoylcarnitine);
L-グルタミン酸;
を少なくとも含む、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための10種類のバイオマーカーのセット(コアセット)である。
【0023】
本発明の10種類のバイオマーカーのコアセットは、約74%の全体的な平均精度及び約0.81の平均曲線下面積(AUC)で、任意の対象のPBMC/血漿についてのブルガダ症候群の疾患の診断を可能にする。
【0024】
本発明のサブセットは、上記に列挙されたタンパク質及び代謝産物のサブセット(i)~(ii)に属する、追加のバイオマーカーをさらに含み得る。
【0025】
したがって、本発明の別の目的は、以下の追加のバイオマーカーのうちの1つ又は複数をさらに含む、10種類のバイオマーカーのセットである
i)下記の表2に列挙される群から選択されるタンパク質:
【表2】
及び代謝産物である2-ヒドロキシデカノエート;
又はこれらの組合せ。
【0026】
好ましくは、上に列挙した全ての追加的バイオマーカーが本発明のバイオマーカーのセットに含まれるが、それらの一部のみが含まれる中間的な解決策もまた、本発明の範囲内で企図される。
【0027】
したがって、さらなる好ましい実施形態によれば、本発明の別の目的は、以下を含む、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための16種類のバイオマーカーのセット(拡張セット)である。
i)以下の表3に列挙される12種類のタンパク質からなるサブセット:
【表3】
及び、
ii)以下の4種類の代謝産物からなるサブセット:
フマル酸;
O-パルミトオレオイルカルニチン(O-palmitoleoylcarnitine);
L-グルタミン酸;
2-ヒドロキシデカノエート。
【0028】
実施例1の表4に報告されているように、異なる患者サブグループのPBMC/形質細胞集団について16種類のバイオマーカー(拡張セット)を用いると、試験の全体の精度は75%~80%であり、AUCは0.83~0.89である。
【0029】
本発明の好ましい実施形態によれば、前記生体試料は、全血、血漿、血清、末梢血、及びPBMCからなる群から選択される。好ましくは、生体試料は、血漿及び/又はPBMCである。
【0030】
代替的な実施形態によれば、前記生体試料は、成人対象又は子供、男性対象又は女性対象から同様に得ることができる。
【0031】
本発明の好ましい実施形態では、前記ヒトは、無症候性(すなわち、構造的に正常な心臓を有する)か、又は家族歴、過去における心臓の心房細動及び/又は心室細動の事象、糖尿病、又は肥満に起因するブルガダ症候群のリスクが高いかのいずれであってもよい。
【0032】
本発明の別の目的は、ヒトの生体試料中における上記に列挙されたセットに含まれるバイオマーカーのうちの1つの存在を検出する、又はその出現の濃度を測定する、インビトロ方法である。
【0033】
信頼できる結果を提供するために、インビトロ方法は、10種類以上のコアセットのバイオマーカー、最大16種類の拡張されたバイオマーカーのセットの存在の検出、又はその濃度の測定を少なくとも予見すべきである。
【0034】
特定の実施形態では、本発明は、
a)ウエスタンブロット、ドットブロット、ELISA、フローサイトメトリー、酵素活性アッセイ、標的化MS、マルチプレックスタンパク質分析、ProQuantum高感度イムノアッセイ、又はこれらの組合せを含む群から選択されるアッセイによる、サブセットi)の7種類以上、最大12種類のタンパク質の検出ステップと、
b)アッセイ、例えば、MS、GC-MS、蛍光若しくは比色アッセイ、NMR、ナノプローブを用いた分光法、酵素結合オリゴヌクレオチドアッセイ、又はこれらの組合せを含む群から選択されるものなどのアッセイによる、サブセットii)の3種類以上、最大4種類の代謝産物の検出ステップと
を含み、
正常対照と比較した前記バイオマーカーの全ての陽性検出は、ブルガダ症候群に罹患した患者の同定を可能にする、
ヒトの生体試料中における上記に列挙されたセットに含まれるバイオマーカーのうちの1つの存在を検出するインビトロ方法を提供する。
【0035】
代替的な実施形態によれば、本発明は、
a)ウエスタンブロット、ELISA、酵素活性アッセイ、標的化MS、マルチプレックスタンパク質分析、ProQuantum高感度イムノアッセイ、又はこれらの組合せなどの定量的技術による、サブセットi)の少なくとも7種類、最大12種類のタンパク質の定量的決定ステップと、
b)HPLC、MS、NMR分析、ELONA、又はこれらの組合せなどの技術による、サブセットii)の少なくとも3種類、最大4種類の代謝産物の定量的決定ステップと、
を含み、
(
図3に示されるように)正常対照と比較したバイオマーカーの濃度の増加又は減少は、ブルガダ症候群の診断を示す、
ヒトの生体試料中における上記に列挙されたセットに含まれるバイオマーカーのうちの1つの濃度を測定するインビトロ方法に関する。
【0036】
全てのバイオマーカーの組合せは、そのような患者が無症候性又は症候性であるという事実とは無関係に、その患者がブルガダ症候群に罹患していることを予測することができることを意味する。
【0037】
本発明の好ましい実施形態によれば、前記生体試料は、血漿、PBMC血清、末梢血、及び全血、又はこれらの組合せからなる群から選択される。好ましくは、生体試料は、血漿及び/又はPBMCである。前述の方法の代替的な実施形態によれば、出発生体試料は、成人対象又は子供、男性対象又は女性対象から同様に得ることができる。
【0038】
本発明の好ましい実施形態では、前記ヒトは、無症候性(すなわち、構造的に正常な心臓を有する)か、又は家族歴、過去における心臓の心房細動及び/又は心室細動の事象、糖尿病、又は肥満に起因するブルガダ症候群のリスクが高いかのいずれであってもよい。
【0039】
より好ましくは、前記ヒトは、約40歳以下である。
【0040】
本発明はさらに、少なくとも7種類の表1のタンパク質のサブセットi)、最大12種類の表3のタンパク質のサブセットi)の検出のためのキットを対象とし、前記キットは、サブセットi)のタンパク質のいずれか1つに特異的な抗体を含み、それら抗体は、標識されているか、又は固体支持体に結合している。
【0041】
好ましくは、前記抗体は、蛍光で標識される。
【0042】
前記固体支持体は、好ましくはマルチウェルプレートである。好ましくは、前記キットは、ELISAキットである。好ましい実施形態では、本発明の抗体とのインキュベーション後の細胞検出は、フローサイトメトリーによって行われる。
【0043】
本発明はさらに、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための遺伝子診断マーカーとして使用するための、ヌクレオチド配列のエキソン6の186,304,862位に有害変異C→Tが存在することを特徴とする、Prg4遺伝子(Gene Ensemble ID:ENSG00000116690;配列番号1)のオリゴヌクレオチド配列に関し、前記オリゴヌクレオチド配列は、RNA又はDNAである。好ましくは、前記変異オリゴヌクレオチド配列は、配列番号7を含むか、又は配列番号7からなる。
【0044】
本発明の別の目的は、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための遺伝子診断マーカーとして使用するための、上述したPrg4遺伝子の変異オリゴヌクレオチド配列によってコードされる、変異PRG4タンパク質である。特定の好ましい実施形態では、前記変異PRG4タンパク質は、配列番号2を含むか、又は配列番号2からなり、180位でアミノ酸変化R→Wが生じている。
【0045】
本発明は、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための遺伝子診断マーカーとして使用するための、遺伝子配列のエキソン4の58,193,733位に有害変異C→Tが存在することを特徴とする、Epxヒト遺伝子(Gene Ensemble ID:ENSG00000121053;配列番号3)のオリゴヌクレオチド配列に関し、前記オリゴヌクレオチド配列は、RNA又はDNAである。好ましくは、前記変異オリゴヌクレオチド配列は、配列番号8を含むか、又は配列番号8からなる。
【0046】
本発明の別の目的は、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための遺伝子診断マーカーとして使用するための、上述したEpxヒト遺伝子の変異オリゴヌクレオチド配列によってコードされる、変異EPXタンパク質である。特定の好ましい実施形態では、前記変異EPXタンパク質は、配列番号4を含むか、又は配列番号4からなり、122位で変異Q→Hが生じている。
【0047】
本発明の別の目的は、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための遺伝子診断マーカーとして使用するための、遺伝子配列のエキソン3の95,316,772位に有害変異A→Tが存在することを特徴とする、Pon1ヒト遺伝子(ENSG00000005421;配列番号5)のオリゴヌクレオチド配列に関し、前記オリゴヌクレオチド配列は、RNA又はDNAである。好ましくは、前記変異オリゴヌクレオチド配列は、配列番号9を含むか、又は配列番号9からなる。
【0048】
本発明のさらなる目的は、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための遺伝子診断マーカーとして使用するための、上述したPon1ヒト遺伝子の変異オリゴヌクレオチド配列によってコードされる、変異PON1タンパク質である。特定の好ましい実施形態では、前記変異PON1タンパク質は、配列番号6を含むか、又は配列番号6からなり、55位でアミノ酸変化L→Mが生じている。
【0049】
本発明はさらに、生体試料での検出によるヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための、上記の変異オリゴヌクレオチド配列又は変異タンパク質の1つ又は複数の使用に関し、前記生体試料は、血漿、PBMC、全血、血清及び末梢血、又はそれらの組合せからなる群から選択される。
【0050】
さらに、本発明は、PCR又はDNA配列決定による遺伝子分析によって、上記で詳述したPrg4遺伝子、Epx遺伝子、及びPon1遺伝子のオリゴヌクレオチド配列のうちの1つ又は複数の存在を検出するインビトロ方法を提供する。
【0051】
最後に、本発明のさらなる一目的は、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための、上記で詳述したPrg4遺伝子、Epx遺伝子、及びPon1遺伝子のオリゴヌクレオチド配列のうちの1つ又は複数に相補的なプライマー又はプローブを含む、キットである。
【0052】
したがって、代謝経路及び疾患(例えば、PRG4、PON1)、アルコール代謝(例えば、ALDH3B1)、並びにミトコンドリアTCAサイクルの調節不全代謝産物の直接同定(例えば、フマル酸塩)における、ブルガダ症候群患者での調節不全のいくつかのバイオマーカータンパク質の役割を考慮すると、これらの調節不全代謝プロセスとブルガダ症候群との間の因果関係は、本発明の中心的な発見である。ブルガダ症候群患者において変異したいくつかのバイオマーカータンパク質のさらなる同定は、この疾患との因果関係をさらに示唆している。
【0053】
本発明は、ここで、非限定的な例示目的で、その好ましい実施形態によって、添付の図面を特に参照して説明する。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【
図1】4つの独立したモデル(SVM、PLS-DA、RF、及びLR)による、本発明の10種類のバイオマーカーのコアセットの精度及びAUC推定値を示す図である。各モデルでは、各実行において、67%(2/3)のトレーニング用患者及び33%(1/3)のテスト用患者の異なるランダムセットを用いて、100回の実行によるモンテカルロ交差検証(MCCV)を適用した。MCCV法によって得られたAUC曲線は青色で示され、ここで、AUCの95%信頼区間(95%CI)は、100個のMCCV試料によって推定される。さらに、ホールドアウト法を用いたAUC曲線及びAUC推定値が報告され、ここで、409人の対象(70%)がトレーニング用データセットとして使用され、176人の対象(30%)がテスト用データセットとして使用された。ホールドアウト法により得られたAUC曲線を赤紫色で示す。
【
図2】4つの独立したモデル(SVM、PLS-DA、RF、及びLR)による、本発明のバイオマーカーの拡張セットの精度及びAUC推定値を示す図である。各モデルでは、各実行において、67%(2/3)のトレーニング用患者及び33%(1/3)のテスト用患者の異なるランダムセットを用いて、100回の実行によるモンテカルロ交差検証(MCCV)を適用した。MCCV法によって得られたAUC曲線は青色で示され、ここで、AUCの95%信頼区間(95%CI)は、100個のMCCV試料によって推定される。さらに、ホールドアウト法を用いたAUC曲線及びAUC推定値が報告され、ここで、465人の対象(79%)がトレーニング用データセットとして使用され、120人の対象(21%)がテスト用データセットとして使用された。ホールドアウト法により得られたAUC曲線を赤紫色で示す。
【
図3A】ブルガダ症候群の診断のためのバイオマーカーコアセット及び拡張セットに属する、各代謝産物のPBMC及び血漿におけるAUC及びボックスプロットを示す図である。
【
図3B】ブルガダ症候群の診断のためのバイオマーカーコアセット及び拡張セットに属する、各タンパク質のPBMC及び血漿におけるAUC及びボックスプロットを示す図である。
【
図3C】ブルガダ症候群の診断のためのバイオマーカーコアセット及び拡張セットに属する、各タンパク質のPBMC及び血漿におけるAUC及びボックスプロットを示す図である。
【
図3D】ブルガダ症候群の診断のためのバイオマーカーコアセット及び拡張セットに属する、各タンパク質のPBMC及び血漿におけるAUC及びボックスプロットを示す図である。
【
図4】ブルガダ症候群におけるTCAサイクルのタンパク質及び代謝産物の調節不全を示す図である。
【
図5】ブルガダ症候群におけるSLC25A5ミトコンドリアタンパク質及びVDAC1ミトコンドリアタンパク質の調節不全を示す図である。SLC25A5タンパク質及びVDAC1タンパク質の両方は、ミトコンドリアによるATP/ADP輸送活性及びエネルギー代謝に不可欠である。
【
図6】ブルガダ症候群患者由来の血液PBMCにおける995種類の調節不全タンパク質のSTRING v11.0b(https://string-db.org/)に由来するタンパク質間相互作用(PPI)ネットワーク(FDR≦5%)を示す図であり、これは、「代謝経路」(KEGG)で有意に濃縮された79種類のタンパク質を示す(FDR=0.00099)。
【
図7】CYP2E1によるROSの生成をもたらすエタノール代謝経路の一部であるブルガダ症候群患者における調節不全タンパク質を示す。60を超える特徴が採用された場合、試験の精度の曲線がプラトーに到達した。
【
図8】バイオマーカータンパク質(表2に列挙された拡張セット)をコードする、EPC遺伝子、PON1遺伝子、及びPRG4遺伝子における有害変異の数、並びに各遺伝子に少なくとも1つの機能傷害性の有害変異を有するブルガダ症候群患者の(試験した186人のうちの)数を説明するグラフを示す。比較目的のために、WGS分析によって試験した186人のブルガダ症候群患者において検出されたSCN5A(すなわち、変異がブルガダ症候群において最も一般的に見られる遺伝子)における、傷害性の有害変異の数を報告した。
【発明を実施するための形態】
【0055】
以下の実施例は単なる例示であり、本発明の範囲を限定すると見なされるべきではない。
【0056】
実施例1:試験の精度
精度及びAUCは、4つのML法:サポートベクターマシン(SVM)、部分的最小二乗判別分析(PLS-DA)、ランダムフォレスト(RF)、及びロジスティック回帰分析(LR)を用いて、バイオマーカーのコアセット及び拡張セットについて独立して推定されており、これらは、非常に類似した一貫性の高い推定値を提供した(
図1)。
【0057】
精度を評価するために、各実行において、67%(2/3)のトレーニング用患者及び33%(1/3)のテスト用患者の異なるランダムセットを用いて、100回の実行によるモンテカルロ交差検証(MCCV)法を適用した。
【0058】
本発明の10種類のバイオマーカーのコアセットは、約74%の全体的な平均精度及び約0.81の平均曲線下面積(AUC)で、任意の対象のPBMC/血漿上のブルガダ症候群の疾患の診断を可能にする。
【0059】
バイオマーカーの数を10(コアセット)から16(拡張セット)まで増加させることにより、方法全体にわたって、約74%~約77%のPBMC/血漿集団及び0.814~0.822のAUCについての試験の全体の精度に達することが可能である(
図2)。
【0060】
表4に報告されているように、異なる患者サブグループのPBMC/形質細胞集団について16種類のバイオマーカー(拡張セット)を用いると、試験の全体の精度は75%~80%であり、AUCは0.83~0.89である。
【0061】
【0062】
したがって、16種類のバイオマーカーのセット(拡張セット)は、過去におけるブルガダ症候群の家族歴がないヒト(AUC約0.89、精度約79%)、又は過去におけるSCDの家族歴がないヒト(AUC約0.88、精度約79%)、又はブルガダ症候群の症状がないヒト(精度約76%)において、ブルガダ症候群の診断について高い精度及び有意に高いAUCを有する。
【0063】
16種類のバイオマーカーのセット(拡張セット)は、SCN5A遺伝子に変異を有しないブルガダ症候群患者において、高精度(約76%)及び有意なAUC(約0.84)を有する。16種類のバイオマーカーのセット(拡張セット)は、「若年」患者(AUC約0.87、精度約81%)及び「高齢」患者(AUC約0.83、精度約75%)の両方において、ブルガダ症候群の診断に高い精度を有する。
【0064】
セット(コアセット又は拡張セット又は中間セットのいずれか)に属するバイオマーカーの全体的な組合せに関連した陽性結果は、患者が無症候性又は症候性であるという事実とは無関係に、そのような患者がブルガダ症候群に罹患していることを意味する。換言すれば、単一の上方制御された(又は下方制御された)タンパク質又は代謝産物ではなく、上方制御された又は下方制御されたタンパク質又は代謝産物の組合せは、患者が無症候性又は症候性であるという事実とは無関係に、そのような患者がブルガダ症候群に罹患していることを予測する。
【0065】
16種類のバイオマーカーの複合セット(拡張セット)を定義する各バイオマーカーの代謝産物又はタンパク質は、
図3A~
図3Dに示されるように、AUC>0.6で、ブルガダ症候群の診断を独立して予測する。
【0066】
FN1(フィブロネクチン1)タンパク質は、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための、10種類のバイオマーカー(コアセット)のうちの1つ、及び16種類のバイオマーカー(拡張セット)のうちの1つである。FN1タンパク質レベルは、植込み型除細動器(ICD)の存在によって変化することが以前に報告されている[20]。本発明者らの患者コホート(n=585)では、血漿中のFN1タンパク質レベルは、ICDを有しないブルガダ患者(n=203)と比較して、2標本コルモゴロフ・スミルノフ検定によりP=0.001で、ICDインプラントを有するブルガダ患者(n=91)では有意に上昇している(約3倍)。しかしながら、ICDインプラントを有する全てのブルガダ患者がFN1の一貫して高い発現を有するわけではない。
【0067】
これにもかかわらず、ブルガダ症候群の診断のバイオマーカーとしてのFN1の高い予測能力は、血漿中のFN1タンパク質レベルの増加に関連したブルガダ症候群を有するというオッズ比(OR)=1.95で、ICDインプラントを有しない患者のサブセット(n=494、精度約66%、AUC=0.614、P=10-5)において保持される。表5は、ICDインプラントを有する患者、及びICDインプラントを有しない患者における、FN1(フィブロネクチン1)バイオマーカーの精度を報告する。
【0068】
【0069】
フマル酸塩(フマル酸)の血漿レベルは、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための、10種類のバイオマーカー(コアセット)のうちの1つ、及び16種類のバイオマーカー(拡張セット)のうちの1つである。フマル酸塩の血漿レベルの低下は、ブルガダ症候群と有意に関連しており(調整したP=8.2×10
-5)、これは、ブルガダ症候群患者におけるTCAサイクル(トリカルボン酸サイクル)の調節不全を示唆している。TCAサイクルの関連酵素(MDH2、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ2;IDH2、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ(NADP(+))2;ACO1、アコニターゼ1;FH、フマル酸ヒドラターゼ)及び代謝産物(コハク酸塩、リンゴ酸塩、αケトグルタル酸塩、アコニット酸塩、クエン酸塩)をコードする他のタンパク質は、ブルガダ症候群患者の血液では、有意に調節不全(P<0.05)である。
図4を参照されたい。これは、ミトコンドリアにおけるTCAサイクルの全体的な下方制御を示し、ミトコンドリア機能障害をブルガダ症候群に関連付けている。
【0070】
TCAサイクルは、炭水化物、脂肪、及びタンパク質の代謝をつなぐ重要な代謝経路である。したがって、ブルガダ症候群患者における、フマル酸塩(上記のブルガダ症候群のバイオマーカー、表1、表5)、いくつかの他の代謝産物(TCAサイクル中間体)、及び核及びミトコンドリアタンパク質(ミトコンドリアにおけるTCAサイクルの酵素)の低下したレベルの同定によれば、さらに好ましい実施形態では、本発明の別の目的は、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のためのミトコンドリア機能障害及び/又はTCAサイクルの調節不全である。
【0071】
別のバイオマーカータンパク質(拡張セット)である、ANT2としてもまた公知のSLC25A5(溶質輸送体ファミリー25メンバー5)は、ブルガダ症候群患者由来のPBMC(P=1.4×10
-8)では有意に下方制御され(平均約45%)、これは、ミトコンドリア輸送体ファミリーSLC25に属する。SLC25A5は、脳、肺、腎臓、膵臓、心臓、骨格筋、脾臓/内膜及びミトコンドリア膜を含む、組織の特定の呼吸活性に依存したレベルで遍在的に発現される、重要なミトコンドリアATPトランスポータである。SLC25A5は、大部分がミトコンドリア内膜に局在するミトコンドリア輸送体をコードする(
図5);SLC25タンパク質ファミリーは、酸化的リン酸化、TCAサイクル、脂肪酸酸化、糖新生、脂質生合成、ケトン体の生成及び利用、尿素合成、アミノ酸分解、ミトコンドリアマトリックスにおけるヌクレオチドプール及びデオキシヌクレオチドプールの調節、熱生成を含む、多様な代謝経路に関与している[21]。内膜ミトコンドリアタンパク質SLC25A5と共に、外膜ミトコンドリアタンパク質VDAC1も、ブルガダ症候群患者由来の血液PBMCにおいて有意に下方制御されているようであり、両タンパク質は、ミトコンドリアによるATP/ADP輸送活性及びエネルギー代謝にとって重要である(
図5)。VDAC1レベルは、ブルガダ症候群ではSLC25A5のレベルよりも変化が少ない(Log
2FC=-0.133[SLC25A5]対Log
2FC=-0.033[VDAC1])にもかかわらず、ミトコンドリア外膜でのVDAC1の位置により、100種類を超えるタンパク質と相互作用し、いくつかのシグナル伝達経路を介してミトコンドリア活性と細胞活性との相互作用を統合させる[22]。
【0072】
ブルガダ症候群におけるSLC25A5及びVDAC1ミトコンドリアタンパク質の両方の下方制御は、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のためのミトコンドリア機能障害の本発明の別の目的である。
【0073】
ブルガダ症候群患者由来の血液PBMCにおいて調節不全であるタンパク質の機能分析(n=995タンパク質、偽発見率(FDR)≦5%)により、代謝に関与する79種類のタンパク質(COX15、NANS、HMOX1、MTHFD1、NAMPT、POLR3B、GAPDH、TPI1、GOT2、LAMA5、PI4KA、NT5E、GNS,LPCAT2、DGUOK、BST1、PAPSS1、HEXA、IMPA2、PGD、ATP6V1A、ATP6V1B2、LPCAT1、RPIA、ATP5G3、ATP6V0D1、PCYT1A、AGL、RPN1、ALDH1A1、NDUFB8、ATP5L、CHSY3、GUSB、DTYMK、GAA、ASL、PANK2、GYS1、BCKDHB、PKM、MDH2、NDUFV2、IDH2、SHMT2、ACSL4、ARG1、REV3L、ADSS、SDHC、DPYD、PGAM1、PLCE1、AKR1A1、PGK1、ADO、ATP6V1G1、ALOX5、CDA、PSAT1、UQCRQ、XDH、AKR1C3、PFKP、BPGM、G6PD、PLA2G4F、HLCS、HPSE、CHKB、SMS、IDH1、NAPRT、CPS1、ITPKB、GALK1、PLCG2、PLCB2、ALDH3B1)の有意な濃縮が同定された(代謝経路(KEGG、https://www.genome.jp/kegg/)、hsa01100)、FDR=9.9×10
-4)。
図6を参照されたい。これは、臨床レベルで観察される代謝異常と一致している、ブルガダ症候群患者における代謝プロセスの調節不全を示唆している。
【0074】
代謝に重要なこれらのタンパク質のうち、PLCB2タンパク質及びALDH3B1タンパク質もまた、ブルガダ症候群のバイオマーカー(コアセット及び拡張セット)の一部である(上記の表2~表3、
図3を参照されたい)。
【0075】
PLCB2(ホスホリパーゼCβ2)タンパク質は、主に形質膜及びサイトゾルに局在し、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための、16のバイオマーカー(拡張セット)のうちの1つである。対照と比較して、PLCB2タンパク質レベルは、ブルガダ症候群患者の血液PBMCにおいて有意に上昇している(Log2FC=0.073、P=3.3×10-6)。PLCBは、イノシトール脂質を代謝する重要な酵素であり、かつ細胞の増殖及び移動性を含む一連の細胞プロセスを調節する複数の膜貫通シグナル伝達経路において極めて重要な役割を有する、PLCタンパク質ファミリーに属する[23]。PLCBファミリーは、それらの一次構造を共有する4つのアイソザイムPLCB1~B4からなり、PLCB1は、b細胞インスリン分泌を調節する重要な分子であり、かつ真性糖尿病における治療的介入の候補と考えることができる[24]。しかしながら、真性糖尿病におけるPLCB2の役割に関するデータは入手できず、ブルガダ症候群におけるPLCB2の機能は新規であり、本発明の目的であることを示唆している。
【0076】
ALDH3B1(アルデヒドデヒドロゲナーゼ3ファミリーメンバーB1)タンパク質は、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のための16種類のバイオマーカー(拡張セット)のうちの1つである。対照と比較して、ALDH3B1タンパク質レベルは、ブルガダ症候群患者の血液PBMCにおいて有意に上昇している(Log2FC=0.105、P=2.4x10-8)。アルデヒドデヒドロゲナーゼ(ALDH)は、対応するカルボン酸への酸化によって毒性アルデヒドを解毒する。長鎖脂肪族アルデヒドは、主に、エーテルグリセロ脂質、脂肪アルコール、スフィンゴ脂質などのいくつかの脂質の異化代謝によって生成される。ヘキサナール、オクタナール、及び4-ヒドロキシ-2-ノネナール(4HNE)などの中鎖脂肪族アルデヒドは、酸化ストレス中の脂質過酸化によって生成され、ALDH3B1は、中鎖アルデヒド及び長鎖アルデヒドの両方を酸化することができる。ヘキサデカナール(HXAL)などのC16アルデヒドは、通常、形質膜上のスフィンゴ脂質代謝によって産生され、パルミチン酸(PALM)に酸化され得る。4HNEは、他の反応性中鎖アルデヒドの中でも、4-ヒドロキシノネン酸(4HNA)への酸化を介してALDH3B1によって解毒され得るので、したがって、酸化ストレスに対するALDH3B1の潜在的な生理学的役割を示している。したがって、ALDH3B1は、アルコール代謝及び脂質過酸化によって産生されるアルデヒドの解毒において主要な役割を果たす[25]。アルコール中毒とは、ブルガダ症候群の潜在的に過小評価されているが重要な原因である;したがって、ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のためのバイオマーカーとしてのALDH3B1の同定は、調節不全のアルコール代謝とブルガダ症候群との関連性をさらに示し、本発明の別の目的である。
【0077】
ブルガダ症候群患者由来の血液PBMCにおいて調節不全である他のタンパク質は、アルコール代謝をブルガダ症候群に結び付ける。「CYP2E1によるROSの生成をもたらすエタノール代謝(WP4269)」の有意な濃縮が同定されており(
図7参照)、ここで、CYP2E1誘導による酸化ストレスの増加は、エタノール媒介性肝毒性の主な結果であることが知られている[26]。経路にとって重要であるブルガダ症候群で調節不全な3種類のタンパク質は、MAPK1(マイトジェン活性化タンパク質キナーゼキナーゼ1)、MAPK2(マイトジェン活性化タンパク質キナーゼキナーゼ2)、及びPRKCQ(プロテインキナーゼCθ)である。
図7を参照されたい。
【0078】
全てのタンパク質(n=PBMC中995種類のタンパク質、FDR≦5%;n=血漿中25種類のタンパク質、FDR≦5%)、及び代謝産物(n=血漿中275種類の代謝産物、FDR≦5%)の統合機能分析により、ブルガダ症候群患者由来の血液中で調節不全が認められ、有意なタンパク質-代謝産物相互作用ネットワークが同定された(
図8)。このネットワークは、Human Metabolome Database(HMDB)(現在、114,100種類の代謝産物及び5,779種類のタンパク質を網羅)[27]、及びSTITCHデータベース(現在、9,643,763種類のタンパク質、430000種類の化学物質、16億種類の相互作用を網羅)[28]からのタンパク質と代謝産物との間の機能的相互作用の既存の知識を用いることによって誘導される。
【0079】
ネットワークは、7種類の代謝産物(L-グルタミン、L-グルタミン酸;L-アスパラギン酸;尿酸、L-アラニン、コリン、タウロリトコール酸3-硫酸)、及び1種類のタンパク質(ABCB)を含む、「アラニン、アスパラギン酸、及びグルタミン酸の代謝」経路について有意に濃縮されており(P=3.2×10-9)、これらは全て、ブルガダ症候群患者において調節不全である。
【0080】
ネットワークの中心的な「ハブ」ノードは、細胞内NAD(H)酸化還元バランスにおいて重要な役割を果たす、リンゴ酸-アスパラギン酸シャトル(MAS)のメンバーであるGOT2(グルタミン酸-オキサロ酢酸トランスアミナーゼ2)(ミトコンドリア内アイソフォーム)である。リンゴ酸アスパラギン酸シャトルは、ミトコンドリアリンゴ酸デヒドロゲナーゼMDH2を含む様々な成分の協調作用を必要とし、これもまた、ブルガダ症候群患者では調節不全である。
図8を参照されたい。したがって、同じタンパク質-代謝産物相互作用ネットワークにおいて同定されたGOT2タンパク質及びMDH2タンパク質の両方が、ミトコンドリアとサイトゾルとの間のリンゴ酸-アスパラギン酸代謝産物交換及びアミノ酸代謝に不可欠である。ブルガダ症候群患者におけるGOT2タンパク質及びMDH2タンパク質の調節不全と一致して、リンゴ酸代謝産物もまた、対照と比較してブルガダ症候群患者において調節不全である(減少している)(Log
2FC=-0.12、P=2.6×10
-5)。
図4を参照されたい。ミトコンドリアリンゴ酸デヒドロゲナーゼ(MDH2)をコードする遺伝子の変異及びグルタミン酸-オキサロ酢酸トランスアミナーゼ2(GOT2)をコードする遺伝子の変異に起因するMASの欠陥が記載されている[29]。したがって、ブルガダ症候群患者において調節不全のGOT2タンパク質及びMDH2タンパク質の両方の同定は、ブルガダ症候群における調節不全MASの間の関連性をさらに示し、かつこれは本発明の別の目的である。
【0081】
実施例2:本発明のブルガダ症候群のバイオマーカーのセットのマルチオミクス同定
材料及び方法
倫理に関する声明
ヒト参加者を含む研究で行われた全ての処置は、施設及び/又は国家研究会議(national research committee)の倫理基準、並びにヘルシンキ宣言及びその後の改正又は同等の倫理基準に従った。研究デザインは、San Raffaele Hospital(プロトコルベース-バージョン07/01/2004)の倫理委員会によって検討された。
【0082】
患者登録
集団研究は、ブルガダ(BrG)群及び対照(CG)群の2つの群(対象300人/群)で構成されている。予想される登録期間は24ヶ月であった。
【0083】
・全血球数、肝臓、甲状腺、及び凝固機能を含む、ベースライン臨床検査
・経胸壁ECG
について患者を評価した。
【0084】
2つの群の選択/除外基準はそれぞれ以下のとおりであった。
・ブルガダ群:18歳超で、アジュマリン試験が陽性であるか、又はSCDのリスクが高く、かつ心外膜アブレーションを受けていると考えられる、全ての継続的なブルガダ症候群患者をこの研究に登録する。
・対照群:ブルガダ症候群の非存在を裏付けるアジュマリン試験陰性である構造的に正常な心臓を持つ患者の集団。
【0085】
対照群の選択基準:
・年齢>18歳
・アジュマリンン試験に裏付けられるブルガダ症候群の非存在
【0086】
対照群の除外基準:
・駆出率<55%
・血行再建を必要とする冠動脈疾患
・過去における心臓手術
・心臓弁膜症に対する最近の外科的/経皮的介入(6ヶ月以内)
・平均余命<1年
・処置及び研究に対する同意を得ることができない。
【0087】
血漿のメタボローム分析
試料は、Hamilton Companyの自動化MicroLab STAR(登録商標)システムを用いて調製した。QC目的のための抽出プロセスの第1の工程の前に、いくつかの回収標準を追加した。タンパク質を除去し、タンパク質に結合したか又は沈殿したタンパク質マトリックスに捕捉された小分子を解離させ、化学的に多様な代謝産物を回収するために、タンパク質を2分間激しく振盪しながらメタノールで沈殿させ(Glen Mills GenoGrinder 2000)、続いて遠心分離した。得られた抽出物を5つの画分へと分けた:2つは正イオンモードエレクトロスプレーイオン化(ESI)を用いた2つの別個の逆相(RP)/UPLC-MS/MS法による分析用であり、1つは負イオンモードESIを用いたRP/UPLC-MS/MSによる分析用であり、1つは負イオンモードESIを用いたHILIC/UPLC-MS/MSによる分析用であり、1つの試料はバックアップ用に保存した。試料を、TurboVap(登録商標)(Zymark)に短時間配置して、有機溶媒を除去した。試料抽出物を窒素下において一晩保存した後、分析のために調製した。
【0088】
QA/QC
実験試料と協調していくつかのタイプの対照を分析した。少量の各実験試料を取得することによって産生されたプールされたマトリックス試料(又は代替的に、充分に特徴付けられたヒト血漿のプールの使用)は、データセット全体を通して技術的複製として機能し;抽出水試料はプロセスブランクとして機能し;かつ、内因性化合物の測定を妨害しないように慎重に選択されたQC標準のカクテルを分析された全ての試料に添加して、機器の性能モニタリングを可能にし、クロマトグラフィーアライメントを支援した。
【0089】
以下の表6及び表7は、分析に用いられたMetabolon QC試料及び標準について記載する。
【0090】
【0091】
【0092】
質量分析計に注入する前に各試料へと添加した標準物質の中央値相対標準偏差(RSD)を計算することによって、機器の変動性を決定した。全体的なプロセス変動性を、プールされたマトリックス試料の100%に存在する全ての内因性代謝産物(すなわち、非機器標準)の中央値RSDを計算することによって決定した。実験試料は、
図1に概説されるように、注入間で均等に間隔を置いたQC試料を用いてプラットフォーム実行にわたってランダム化した。
図1は、クライアント特有の技術的複製物の調製を示し、ここで、各クライアント試料(着色シリンダ)の少量アリコートをプールして、CMTRX技術的複製試料(多色シリンダ)を作製し、次いで、これをプラットフォーム実行全体にわたって周期的に注入する。一貫して検出された生化学物質間の変動性を使用して、全体的なプロセス及びプラットフォームの変動性の推定値を計算することができる。
【0093】
超高速液体クロマトグラフィータンデム質量分析(UPLC-MS/MS)
全ての方法は、加熱エレクトロスプレーイオン化(HESI-II)源及び35,000質量分解能で動作するOrbitrap質量分析計とインターフェースされた、Waters ACQUITY超高速液体クロマトグラフィー(UPLC)及びThermo Scientific Q-Exactive高分解能/精密質量分析計を利用した。試料抽出物を乾燥させ、次いで、4つの方法の各々に適合する溶媒中で再構成した。各再構成溶媒は、注入及びクロマトグラフィーの一貫性を確保するために、固定濃度で一連の標準を含有していた。酸性正イオン条件を用いて1つのアリコートを分析し、より親水性の高い化合物についてクロマトグラフィーにより最適化した。この方法では、抽出物を、0.05%パーフルオロペンタン酸(PFPA)及び0.1%ギ酸(FA)を含有する水及びメタノールを用いて、C18カラム(Waters UPLC BEH C18-2.1×100mm、1.7μm)から勾配溶出した。酸性正イオン条件を用いて別のアリコートもまた分析したが、しかしながら、より疎水性の化合物についてクロマトグラフィーにより最適化した。この方法では、抽出物を、メタノール、アセトニトリル、水、0.05%PFPA、及び0.01%FAを用いて、前述同様のC18カラムから勾配溶出し、かつ全体的により高い有機含有量で操作した。別のアリコートを、別個の専用C18カラムを用いて塩基性負イオン最適化条件を用いて分析した。塩基性抽出物を、メタノール及び水を用いてカラムから勾配溶出したが、しかしながら、pH8で6.5mM重炭酸アンモニウムを使用した。第4のアリコートを、HILICカラム(Waters UPLC BEHアミド2.1×150mm、1.7μm)からの溶出後の負イオン化を介して、10mMギ酸アンモニウム、pH10.8を含む水及びアセトニトリルからなる勾配を用いて分析した。MS分析は、動的排除を用いてMSスキャンとデータ依存性MSnスキャンとを交互に行った。スキャン範囲は、方法間で緩やかに変化したが、70~1000m/zを網羅した。生データファイルは、以下に説明するようにアーカイブ及び抽出される。
【0094】
データ抽出及び化合物同定
生データを抽出し、ピーク同定し、Metabolonのハードウェア及びソフトウェアを用いてQCを処理した。化合物を、精製標準又は回帰未知実体のライブラリーエントリーとの比較によって同定した。Metabolonは、ライブラリー中に存在する全ての分子に関する、保持時間/指数(RI)、質量電荷比(m/z)、及びクロマトグラフィーデータ(MS/MSスペクトルデータを含む)を含有する、認証標準に基づくライブラリーを維持する。さらに、生化学的同定は、提案された同定の狭いRIウィンドウ内の保持指数、ライブラリー±10ppmとの正確な質量一致、並びに実験データと真正標準との間のMS/MSフォワードスコア及びリバーススコアの3つの基準に基づく。MS/MSスコアは、実験スペクトルに存在するイオンとライブラリースペクトルに存在するイオンとの比較に基づく。これらの因子の1つに基づいてこれらの分子間に類似性があり得るが、一方で3つ全てのデータ点の使用を利用して、生化学を区別及び識別することができる。3300を超える市販の精製標準化合物が取得され、それらの分析特性を決定するための全てのプラットフォームでの分析に登録されている。構造的に名前が付けられていない生化学物質については、追加の質量スペクトルエントリーが作製されており、これらは、反復的な性質(クロマトグラフィー及び質量スペクトルの両方)によって同定されている。これらの化合物は、マッチング精製標準の将来の取得によって、又は古典的な構造分析によって同定される可能性を有する。
【0095】
キュレーション
様々なキュレーション手順を実行して、高品質のデータセットが統計分析及びデータ解釈に利用可能になることを確実にした。QC及びキュレーションプロセスは、真の化学成分の正確かつ一貫した同定を確実にし、並びにシステムアーチファクト、誤割り当て、及びバックグラウンドノイズを表すものを除去するようにデザインされた。各化合物のライブラリーマッチを各試料についてチェックし、必要に応じて補正した。
【0096】
代謝産物定量化及びデータ正規化
曲線下面積を用いてピークを定量化した。複数日にわたる研究のために、データ正規化工程を実施して、機器の日間調整差から生じる変動を補正した。本質的に、各化合物は、中央値を等しくなるように記録し(1.00)、各データ点を比例的に正規化することによって、実行日ブロックで補正された(「ブロック補正」と称される)。1日を超える分析を必要としなかった研究では、データの視覚化の目的以外では正規化は必要ない。特定の例では、生化学データは、各試料中に存在する材料の量の違いに起因する代謝産物レベルの違いを説明するために、追加の因子(例えば、細胞数、ブラッドフォードアッセイによって決定される総タンパク質、重量オスモル濃度など)に対して正規化されている可能性がある。
【0097】
血漿のリピドミクス分析
Metabolon,Inc.,Morrisville,USAにより、リピドミクス分析が行われた。Lofgren et al.[19]の方法に従って自動BUME抽出を用いて、重水素化内部標準の存在下で血漿から脂質を抽出した。抽出物を窒素下において乾燥させ、酢酸アンモニウムジクロロメタン:メタノール中で再構成した。
【0098】
抽出物を注入MS分析のためにバイアルに移し、nano PEEK tubing及びSciex SelexIon-5500 QTRAPを備えたShimadzu LCで実施した。ポジティブモードエレクトロスプレー及びネガティブモードエレクトロスプレーの両方を介して試料を分析した。5500QTRAPを、合計で1,100を超えるMRMを用いてMRMモードで操作した。
【0099】
個々の脂質種を、割り当てられた内部標準のシグナル強度に対する各標的化合物のシグナル強度の比率を取得し、次いで、試料に添加された内部標準の濃度を乗じることによって、定量化した。脂質クラス濃度は、クラス内の全ての分子種の合計から計算し、脂肪酸組成は、個々の脂肪酸に含まれる各クラスの割合を計算することによって決定した。
【0100】
血漿及びPBMCに対するプロテオミクス分析
Omics Technologies Inc.,Columbia,MD,USAにより、血漿及びPBMC試料についてのプロテオミクス分析が行われた。血漿試料から上位14の高存在量タンパク質を枯渇させて、低存在量タンパク質の検出可能性を改善した。11-plexのTMT標識プロテオミクスアプローチを利用して、各バッチの異なる試料にわたる定量的プロテオミクス情報を明らかにした。
【0101】
従来の試料調製を行い、1200個の臨床検体の各々からペプチドーム試料を産生した。各試料をマルチプレックス定量的プロテオミクスアッセイに割り当て、全てのマルチプレックス定量的アッセイは、この研究全体を通して観察されると予想される異なるプロテオームの完全なプロファイルを最も良好に表すために、100個のランダムに選択された疾患試料と対照試料とを組み合わせることによって、プロジェクトの開始時に作製される同じ参照試料を共有している。大規模定量的プロテオミクスアッセイを最先端のHPLC及びLCMS機器で実施し、分析結果及び生データを生データ転送のさらなる合意の下で提供した。
【0102】
化学物質及び試薬
TCEP(TCEP(トリス-(2-カルボキシエチル)ホスフィン)はThermo Scientific(Waltham,Massachusetts,USA)から購入した。LysC及びトリプシンプロテアーゼはPromega(Fitchburg,Wisconsin,USA)から購入した。試料調製用のC18カートリッジ、並びにbRPLC及び三連四重極型質量分析計のオンラインHPLC用のクロマトグラフィーカラムは、Waters(Milford,Massachusetts,USA)から購入した。アセトニトリルをJT Baker(Phillipsburg,NJ,USA)から購入し、ギ酸をEMD Millipore(Billerica,MA,USA)から得た。MyPro-Buffer I、MyPro-Buffer II、及びMyPro-Buffer IIIを、Omics Technologies Inc(Columbia,MD,USA)によって利用した。他の全ての試薬は、特に明記しない限り、Sigma-Aldrich(St.Louis,Missouri,USA)から購入した。
【0103】
クロマトグラフィー溶液の調製
bRPLC溶媒Aは、10mM TEABCを含有し;bRPLC溶媒Bは、10mM TEABC、90%(体積/体積)アセトニトリルを含有し;SRM質量分析溶媒Aは、0.1%(体積/体積)ギ酸を有する水で構成され;SRM溶媒Bは、0.1%(体積/体積)ギ酸を含むアセトニトリルであった。
【0104】
血漿試料枯渇
血漿中における、上位14の最も豊富なタンパク質(アルブミン、IgG、α2-アンチトリプシン、IgA、IgM、トランスフェリン、ハプトグロビン、α2マクログロブリン、フィブリノーゲン、補体C3、α1-酸性糖タンパク質(オロソムコイド)、HDL(アポリポタンパク質A-I及びA-II)、及びLDL(主に、アポリポタンパク質B))を、Seppro IgY14カラムシステムを用いて枯渇させた。血漿試料を、IgY希釈緩衝液で5倍希釈し、濾過し(0.22μm)、次いで、Agilent 1200 HPLCシステムに取り付けられたIgY LC10カラムへと注入した。未保持の画分を収集した。
【0105】
タンパク質調製
溶液中枯渇血漿試料又はPBMC細胞を、改良「濾過支援試料調製」(FASP)法を用いる、Omics Technologies Inc.(Columbia,MD,USA)によってさらに処理した。簡潔には、タンパク質試料を9M UREA中に懸濁し、次いで、5mM TCEPを用いて60℃で15分間還元し、還元システインを10mMヨードアセトアミド(IAA)を用いて25℃で1時間ブロックした。次いで、タンパク質試料(100μgタンパク質)を、Amicon Filters(Millipore,MA,USA)を用いて、9M尿素で3回、及びMyPro-Buffer I(Omics Technologies Inc.,MD,USA)で2回洗浄した。次いで、試料を、トリプシン(Promega,WI,USA)で12時間にわたり37℃にてタンパク質分解した。次いで、ペプチド溶液を、1%トリフルオロ酢酸(TFA)を添加することによって酸性化し、室温で15分間インキュベートした。Sep-Pak light C18カートリッジ(Waters Corporation,MA,USA)を、5mLの100%(体積/体積)アセトニトリルを負荷することによって活性化し、3.5mLの0.1%TFA溶液によって2回洗浄した。酸性化消化ペプチド溶液を、1,800×gで5分間にわたり遠心分離し、上清をカートリッジに充填した。カートリッジに結合したペプチドを脱塩するために、1mL、3mL、及び4mLの0.1%TFAを順次使用した。カートリッジからペプチドを溶出するために、0.1%TFAを含む2mLの40%(体積/体積)アセトニトリルを使用し、この溶出を、(合計6mLの溶出物について)さらに2回繰り返した。各連続洗浄及び溶出溶液を適用する前に、カートリッジが滴下を停止したことを確実にすることが重要であった。溶出したペプチドを、一晩凍結乾燥し、37μLのMyPro-Buffer II(Omics Technologies Inc.,MD,USA)中で再構成した。
【0106】
マルチプレックスTMT標識
37μL容量のMyPro-Buffer II中の各試料からの消化ペプチドを、11plexのTMT試薬を用いて標識した。2時間後、標識反応をクエンチし、各実験に属する異なる定量的チャネルをプールし、乾燥させて有機溶媒を除去し、続いて、500uLのMyPro-Buffer III(Omics Technologies Inc.)中で再構成した。プールした試料を、Agilent 1260 Infinity II HPLCシステムを用いてXBridge BEH C18 Guard Column(Waters Corporation)を介してbRPLC(塩基性逆相液体クロマトグラフィー)カラム(XBridge BEH C18 Column、5μm、2.1×100mm)で分画した。LC-MS/MS分析のために、各画分中のペプチドを乾燥させ、3%アセトニトリルを含む8μLの0.1%ギ酸中に再懸濁した。
【0107】
液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)
SuperB C18 HIFI、5μm、100Å(Omics Technologies Inc.,MD,USA)がどちらも充填された2cmトラップカラム及び75μm×20cm分析カラムを含む、分析ナノフローカラムシステムを備えたThermo Scientific(商標)EASY-nLC 1000(商標)HPLCシステムによって、ペプチドーム試料を分画した。溶出した試料を、45,000質量分解能で動作するOrbitrap質量分析計を備えたFT HCD MS2フラグメンテーションモードを用いて、Thermo Scientific(商標)Q Exactive HF-X質量分析計で分析されたThermo Scientific EASYSpray(商標)源を介してイオン化した。ペプチドを、2.0kVのスプレー電圧で15μmエミッタ(Omics Technologies Inc.,MD,USA)を通してエレクトロスプレーした。逆相溶媒勾配は0.1%ギ酸からなり、130分間にわたって0.1%ギ酸中90%アセトニトリルのレベルを増加させた。Q Exactive HF-X機器を操作して、フルスキャンMSとMS/MS取得とを自動的に切り替えた。前回のフルスキャンからの予測AGCに基づいてイオンを目標値まで蓄積した後、Orbitrapにおいて45,000分解能で、サーベイフルスキャンMSスペクトル(m/z350~1800)を取得した。強い多重荷電イオン(z≧2)を順次単離し、軸方向高エネルギー衝突誘起解離(Higher energy Collision-induced Dissociation:HCD)セルにおいて、AGC標的1e5により30%で正規化されたHCD衝突エネルギー及び45,000の分解能で400msの最大注入時間を用いて断片化した。
【0108】
MSデータ分析
質量分析生ファイルを、ペプチド同定及び定量化サービスのために開発された、MyProt-ID pipeline(Omics Technologies Inc.,MD,USA)を通して処理した。検索パラメータには、メチオニンの酸化、異なる可変修飾としての残基N及び残基Qの脱アミド化が含まれた。前駆体及び断片質量の質量許容差を、それぞれ、15ppm及び0.03Daに設定した。ペプチド・バリデータ・ノードを、0.01のストリンジェントなカットオフ、及び0.05の緩和されたカットオフ(偽発見率)でのペプチド検証に使用した。
【0109】
バイオマーカータンパク質のウエスタンブロット
タンパク質発現分析のために、PBMC及び血漿試料を2つの異なる前処理処置に供して、それぞれ、タンパク質を抽出又は濃縮した。PBMCを、RIPA緩衝液(50mm Tris-HCl、pH7.5、150mm NaCl中1%のNonidet P-40、0.1%デオキシコール酸ナトリウム、1%プロテアーゼ阻害剤カクテル)で溶解し、氷中で30分間インキュベートし、次いで、4℃にて15分間にわたり13000×gで遠心分離した。上清を収集し、タンパク質の総量を、製造業者の指示に従ってBCAアッセイ(Pierce)で決定した。血漿試料(10uL)を、製造業者の指示に従って、Multiple Affinity Removal Spin Cartridge Human 14(Agilent)を用いて、豊富なタンパク質から枯渇させた。PBMC及び血漿由来のタンパク質(40ug)を、10%SDS-PAGEゲルで分離し、続いて、エレクトロブロッティングによってニトロセルロース膜に転写した。検出されたタンパク質の正規化のために使用される、転写されたタンパク質の総量は、REVERT Total Protein Stain kit(LI-COR Biotechnology)を製造業者の説明書に従って用いて決定した。膜を、ブロッキング緩衝液(TBS:10mm Tris-HCl、pH7.4、150mm NaCl、5%(重量/体積)ウシ血清アルブミンを含有する0.1%(体積/体積)Tween 20)と共に室温で1時間インキュベートし、次いで、一次抗体を添加し、ブロッキング緩衝液中で4℃にて一晩インキュベートした。以下の一次抗体、すなわち、PBMCに対する抗EPX(Thermo Fisher、カタログ番号PA5-42062)、抗ALDH3B1(Origene、カタログ番号TA811463)、抗SLC25A5(Thermo Fisher、カタログ番号PA5-90592)、抗AP2S1(Abnova、カタログ番号H00001175-M01)、及び抗FN1、抗PRG4、抗ITIH3を使用した
【0110】
膜を、TBS-Tween 20により10分間にわたって3回洗浄し、次いで、適切な二次抗体で2時間インキュベートした。以下の二次抗体、すなわち、抗マウスHRPコンジュゲート(Amersham)、抗ウサギHRPコンジュゲート(Amersham)、IRDye 800CW抗マウス(Licor)、IRDye 800CW抗ウサギ(Licor)、IRDye 680CW抗マウス(Licor)、及びIRDye 680CW抗ウサギ(Licor)を使用した。TBS-Tween 20で3回洗浄した後、タンパク質を、ECL検出キット(Cyanagen)を用いて、又はLI-COR Odyssey Infrared Imaging System(LI-COR Biotechnology)を用いて適切な波長での赤外線取得により検出した。
【0111】
統計分析及びバイオマーカー同定
プロテオミクス分析(n=591個体の血漿、及びn=587個体のPBMCにおいて)、リピドミクス分析(n=600個体の血漿において)、及びメタボロミクス分析(n=600個体の血漿において)により、プロテオミクス、リピドミクス、及びメタボロミクスの測定値が利用可能な共通する585個体のセットが得られた。
【0112】
ヒトにおけるブルガダ症候群の診断のためのマルチオミクス・バイオマーカー・シグネチャを同定するために、以下のように、多工程手順が採用されている。
【0113】
工程1:各オミクスデータセット内で、ブルガダ症候群患者と対照との間で有意に異なる特徴(すなわち、差次的に発現した(DE)特徴)(すなわち、タンパク質、代謝産物、脂質)が同定された。
【0114】
工程2:(工程1からの)全てのDE特徴は、タンパク質(PBMC及び血漿)、代謝産物(血漿)、及び脂質(血漿)を含む、単一のマルチオミクスデータセットで組み合わされた。
【0115】
工程3:(工程2からの)単一のマルチオミクスデータセットを用いて、ブルガダ症候群の診断のための特徴(すなわち、タンパク質、代謝産物、脂質)を独立して予測する6つの方法が採用され、各方法についてのその相対的な「重要度」及び「頻度」に基づいて各特徴をランク付けする。
【0116】
工程4:(工程3からの)特徴の予測及びランク付けを用いて、各方法によって一貫して予測されない特徴が除去され、次いで、全ての方法にわたって一貫して検出された特徴の「重要度」及び「頻度」ランクが組み合わされて、各特徴について単一のランク(「重要度」及び「頻度」)が導出される。
【0117】
この多工程手順(上記)は、
(1)患者コホート全体(294人のブルガダ症候群患者及び291人の対照を含む585人の個体)
(2)男性のみの患者コホート(202人のブルガダ症候群患者及び169人の対照を含む371人の個体)
(3)女性のみの患者コホート(92人のブルガダ症候群患者及び122人の対照を含む214人の個体)
で別々に実施される。
【0118】
バイオマーカー特徴の予測は、患者コホート全体、男性、及び女性で重複していたが、同一ではなかった。したがって、全患者コホートにおいて見出されたバイオマーカーの特徴、並びに男性コホート及び女性コホートにおいて見出されたバイオマーカーの特徴を交差適合させて、ブルガダ症候群の診断のための「コアセット」と称される、共通の特徴セットを同定した。コアセットは、男性及び女性、並びにコホート全体におけるブルガダ症候群の診断のための特徴を含んでいた。患者コホート全体で同定された特徴として、「拡張セット」と称される、ブルガダ症候群の診断のためのより大きな拡張セットの特徴が同定された。各工程の技術的詳細は以下のとおりである。
【0119】
工程1
プロテオミクスデータ分析
全PBMC及び血漿プロテオミクスPSM(ペプチドスペクトルマッチスコア)データマトリックス(各々、約17kのタンパク質)を、50%を超える欠測値を有する種を除去するために間引きした。それらをRのDEqMSツール[30]で処理し、(ランダムな欠測[MAR]パターンに続く)欠測値を、k近傍関数を用いて代入し、得られたマトリックスを等中央値正規化関数を用いて正規化した。正規化マトリックスを使用してDEタンパク質を同定し、スペクトル・カウント・イーベイズ(Spectral Count eBayes)関数を用いて、定量化に使用されるタンパク質あたりのPSMの最小数に基づいて分散推定のバイアスを補正した。
【0120】
メタボロミクスデータ分析
メタボロミクスマトリックスは、RのMetaboDiffツール[31]を用いて処理した。欠測値の数は、試料全体にわたってかなり低く(15%未満であり、MARパターンに従った)、かつk近傍関数を用いて代入された。代入されたマトリックスを、分散安定化正規化(VSN)関数を用いて正規化し、差次的に発現されたタンパク質を、スチューデントのt検定統計に依存して同定し、一方で、複数の検定のためのp値の偽発見率(FDR)補正を、ベンジャミニ・ホフバーグ(BH)手順を用いて行った。
【0121】
リピドミクスデータ分析
リピドミクスマトリックスは、Rのlipidrツール[32]を用いて処理した。MARパターン後の欠測値の数が少ないことをKNN関数で推量し、VSN正規化法を使用して、存在量の低い脂質の割合が高いことに対処した。ブルガダ患者と対照との間の脂質の差次的存在量は、t検定に基づき、多重試験のp値補正のためのBH手順に依存して、limmaパッケージ[33]を用いて同定された。
【0122】
プロテオミクスデータセット、メタボロミクスデータセット、及びリピドミクスデータセットの各DE分析について、性別、年齢、バッチ、及びプロトコルの影響を考慮し、limmaパッケージ[33]における線形モデリングを用いて補正した。各データセットにおいて同定されたDE特徴(FDR≦5%)の数は、PBMCにおいて995種類のDEタンパク質;血漿において25種類のDEタンパク質;血漿において89種類のDE代謝産物(44種類の生体異物及び非アノテーション代謝産物を除去した);血漿において230種類のDE脂質である。
【0123】
工程2:工程1からのDEタンパク質、脂質、及び代謝産物を、単一のデータセットに組み合わせる。これにより、ブルガダ症候群における1,339種類のタンパク質/代謝産物/脂質DEのセットが定義され、これは、585人の患者で測定される。このデータマトリックスの1,339種類の特徴(タンパク質/代謝産物/脂質)×585(個体)は、次の工程におけるバイオマーカー予測のための入力として使用される。
【0124】
工程3:データマトリックスがオートスケーリングされた後、以下の6つの方法、すなわち、(1)ブルガダ症候群の予測のためのAUROC(受信者動作特性下面積)又はAUC(曲線下面積)を決定するための受信者動作特性曲線(ROC曲線);(2)ブルガダ症候群患者と対照との間のタンパク質/代謝産物/脂質存在量の差異のP値;(3)線形カーネルを有するサポートベクターマシン(SVM)[34];(4)ランダムフォレスト(RF)[35];(5)部分的最小二乗判別分析(PLS-DA)[36]、(6)スパース部分的最小二乗判別分析(sPLS-DA)が使用された。各特徴について、単変量AUC及びP値は、特徴重要性の定量化を提供するが、一方で、多変量機械学習(ML)法、SVM、RF、及びPLS-DAは、特徴「重要度」及び特徴「頻度」の定量化を提供する(すなわち、各MCCVにおいて試料の三分の二(2/3)が各特徴の重要度及び頻度を評価するために使用される、平衡サブサンプリングを用いた100回のモンテカルロ交差検証(MCCV))。多変量sPLS-DAは、同時の特徴選択及び次元削減を提供するために採用され[37]、したがって、ブルガダ症候群の診断のための有益な特徴の数を減らし、過剰適合を制限する。PLS-DA及びsPLS-DAについては、有意成分の最適数がR2及びQ2を用いて決定されている[38]。
【0125】
工程4:AUC、P値、SVM、RF、PLS-DA、及びsPLS-DAを用いたバイオマーカー予測は、全ての方法で一般的に検出される330種類の特徴のセットを提供した。各特徴には、その相対的な「重要度」(AUC、P値、SVM、RF、PLS-DA)及び「頻度」(SVM、RF、PLS-DA)のランクが割り当てられ、また、sPLS-DAによって「スパース」特徴選択モデルで特徴を見つけることも必要である(スパースPLS回帰が関連する特徴を見つけるための高い予測力と精度の両方を達成する方法の詳細については、[37]を参照されたい)。追加的な要件は、各特徴がそれ自体ある程度の予測力を有することであり、したがって、AUC>0.6を必要とする追加のフィルタリングが採用されている。AUC>0.6を課す全ての方法によって予測され、sPLA-DAによる「スパース」特徴選択モデルで検出された共通の特徴を用いて、患者コホート全体(585人の個体)におけるブルガダ症候群の診断のための16個の特徴を同定した。同様に、女性患者コホート(214人の個体)の分析では29個の特徴が同定され、男性患者コホート(371人の個体)の分析では28個の特徴が同定された。以下の表8に報告されるように、患者コホート全体と女性及び男性の両方の患者コホートとの間で共通する特徴のセットは、10個の特徴(コアセット)からなり、一方で、患者コホート全体で同定されたセット特徴は、コアセット内の全ての特徴を含む16種類の特徴(拡張セット)からなる。
【0126】
【0127】
実施例3:本発明のタンパク質バイオマーカーにおける有害変異の同定
材料及び方法
PolyPhen[39]及び/又はSIFT[40]の両方による全ゲノム配列決定(whole-genome sequencing:WGS)により、ブルガダ症候群患者のサブグループ(n=186)における遺伝子分析を行った。
【0128】
SIFTは、代替アミノ酸間の配列相同性及び物理化学的類似性に基づいて、アミノ酸置換がタンパク質機能に影響を及ぼし得るかどうかを予測する。各アミノ酸置換について提供されるデータは、スコア及び定性的予測(「許容」又は「有害」のいずれか)である。スコアは、アミノ酸変化が許容される正規化確率であるため、0に近いスコアほど有害である可能性が高い。定性的予測は、スコア<0.05の置換が「有害である」と称され、他の全てが「許容される」と称されるように、このスコアから導出される。
【0129】
PolyPhen-2は、配列相同性、Pfamアノテーション、入手可能なPDBからの3D構造、並びにいくつかの他のデータベース及びツール(DSSP、ncoilsなどを含む)を用いて、タンパク質の構造及び機能に対するアミノ酸置換の効果を予測する。SIFTと同様に、予測を計算することが可能であった各アミノ酸置換について、定性的予測(「おそらく機能障害」、「機能障害の可能性がある」、「良性」、又は「未知」のうちの1つ)及びスコアの両方を提供した。PolyPhenスコアは置換が有害である確率を表すため、1に近い値はより確実に有害であるものと予測される。定性的予測は、予測を行うために使用される分類器モデルの偽陽性率に基づく。
【0130】
結果
多くのブルガダ症候群患者は、変異がブルガダ症候群で最も一般的に見られるSCN5A遺伝子と比較した場合であっても、有意に多数の有害変異を保有する[10、11]。
【0131】
具体的には、バイオマーカータンパク質であるEPX(好酸球ペルオキシダーゼ)、PON1(パラオキソナーゼ1)、及びPRG4(プロテオグリカン4)をコードする遺伝子は、
図8に示すように、それぞれ変異を有する91人の患者、110人の患者、及び123人の患者において、同じ変異を保有する。
【0132】
最も高度に変異した遺伝子は、プロテオグリカンファミリーのメンバーであるプロテオグリカン4(PRG4)であり、これは、代謝病態を含む多様な生理学的機構及び病理学的機構の役割を果たす[41]。プロテオグリカン4は、遍在的に発現され、循環中に分泌され、かつ、体重増加、脂質異常症、及びインスリン抵抗性に寄与する可能性のある因子として転写レベルとタンパク質レベルとの両方においてヒト関連研究から明らかになり、PRG4血漿レベルは、肥満及び体重減少に関連することが見出された[42~43]。マウス研究は、エネルギー代謝の調節におけるPRG4の因果的役割を示し[44]、2型糖尿病を有する肥満個体におけるPRG4の上方制御を考慮すると、PRG4がヒトにおける代謝障害の発症においてもまた因果的役割を果たすことを示唆し得る。
【0133】
調節不全バイオマーカータンパク質をコードする別の高度に変異した遺伝子は、循環中に分泌され、かつ血液中の高密度リポタンパク質(HDL)と会合する、肝臓由来糖タンパク質であるパラオキソナーゼ1(PON1)である。PON1は抗アテローム硬化性因子として重要な役割を果たすものと考えられている。この酵素は抗酸化特性及び抗アテローム生成特性を呈し、さらに、循環PON1活性の変化は、真性糖尿病、肥満、肝疾患及び腎疾患、乾癬、がん、並びに関節リウマチを含む、様々な疾患に関連している[45]。したがって、PON1濃度及び活性を様々な疾患の検出のためのバイオマーカーとして使用することもまた示唆されている[46]。しかしながら、PON1の活性は、遺伝的制御及び環境的制御(年齢、性別、及び生活様式、並びに薬学的介入を含む)の両方の下にあり、個体間で大きく異なることが示されている[47]。ブルガダ症候群患者のPON1で検出された非常に多数の変異(>100)は、糖尿病患者における乳がんのような他の疾患について示されているように、ブルガダ症候群疾患におけるこの遺伝子の原因的役割、及びおそらくは酸化ストレス制御の機能的役割を示唆している[48]。
【0134】
以下の表9は、最も高度に変異した遺伝子の配列バリアントについて報告する(PRG4配列バリアント:1-186304862 C->T、EPX配列バリアント:17-58193733 G->C、及びPON1配列バリアント:7-95316772 A->T)。有害変異に関する全ての詳細は、ブルガダ症候群患者において検出された:染色体(Chr.)、DNA鎖(ストランド)、ゲノム位置、参照遺伝子及び変異対立遺伝子、コドン及びアミノ酸の変化。
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最後に、ブルガダ患者コホート並びに参照ヨーロッパ系アメリカ人集団及びアフリカ系アメリカ人集団における変異頻度が検出され、以下の表10に報告されている。変異対立遺伝子の集団頻度は、Genome Aggregation Database(gnomAD)データベースv3.1(https://gnomad.broadinstitute.org/)から検索された。
【0137】
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【国際調査報告】