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特表2024-512370量子処理エレメントおよび量子処理システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-03-19
(54)【発明の名称】量子処理エレメントおよび量子処理システム
(51)【国際特許分類】
   G06N 10/20 20220101AFI20240312BHJP
   H01L 29/06 20060101ALI20240312BHJP
【FI】
G06N10/20
H01L29/06 601D
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023554837
(86)(22)【出願日】2022-03-11
(85)【翻訳文提出日】2023-11-02
(86)【国際出願番号】 AU2022050208
(87)【国際公開番号】W WO2022187908
(87)【国際公開日】2022-09-15
(31)【優先権主張番号】2021900700
(32)【優先日】2021-03-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】AU
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】522495658
【氏名又は名称】シリコン クワンタム コンピューティング ピーティーワイ リミテッド
【氏名又は名称原語表記】Silicon Quantum Computing Pty Limited
(74)【代理人】
【識別番号】110001461
【氏名又は名称】弁理士法人きさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】ラム,フーベルト
(72)【発明者】
【氏名】オシカ,エディタ ナターリア
(72)【発明者】
【氏名】ヴォワザン ブノワ パトリック,フランソワ
(72)【発明者】
【氏名】コチシュ,アレクサンダー ジュリアン
(72)【発明者】
【氏名】チュア,カサンドラ ジョイス
(72)【発明者】
【氏名】モニール,エムディー セラジュム
(72)【発明者】
【氏名】ラーマン,ラジブ
(72)【発明者】
【氏名】ロッゲ,スヴェン
(72)【発明者】
【氏名】シュエ,イーリン
(57)【要約】
量子処理システムおよびそれを動作させる方法が開示される。このシステムは、半導体基板内に半導体表面から距離を置いて埋め込まれたドナークラスタの第1の対に結合された第1の不対電子を含む第1のキュービットを含み、ドナークラスタの第1の対における各ドナークラスタは少なくとも1つのドナー原子を含む。このシステムはさらに、半導体基板内に半導体表面から距離を置いて埋め込まれたドナークラスタの第2の対に結合された第2の不対電子を含む第2のキュービットを含み、ドナークラスタの第2の対における各ドナークラスタは少なくとも1つのドナー原子を含む。加えて、第1および第2のキュービットの間にマイクロ波共振器が位置しており、マイクロ波共振器の第1の端部は第1のキュービットに結合され、マイクロ波共振器の第2の端部は第2のキュービットに結合される。マイクロ波共振器の光子は、第1および第2のキュービットを結合する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子処理システムであって、
半導体基板内に前記半導体表面から距離を置いて埋め込まれたドナークラスタの第1の対に結合された第1の不対電子を含む第1のキュービットであって、前記ドナークラスタの第1の対におけるドナークラスタの各々が少なくとも1つのドナー原子を含む、第1のキュービットと、
前記半導体基板内に前記半導体表面から距離を置いて埋め込まれたドナークラスタの第2の対に結合された第2の不対電子を含む第2のキュービットであって、前記ドナークラスタの第2の対におけるドナークラスタの各々が少なくとも1つのドナー原子を含む、第2のキュービットと、
前記第1のキュービットおよび前記第2のキュービットの間に位置するマイクロ波共振器であって、前記マイクロ波共振器の第1の端部が前記第1のキュービットに結合され、かつ前記マイクロ波共振器の第2の端部が前記第2のキュービットに結合される、マイクロ波共振器とを含み、
前記マイクロ波共振器の光子が前記第1のキュービットおよび前記第2のキュービットを結合する、量子処理システム。
【請求項2】
前記不対電子のトンネリング周波数が前記マイクロ波共振器の共振周波数と近くなるように、前記ドナークラスタの前記第1の対および前記ドナークラスタの前記第2の対における前記ドナークラスタが分離される、請求項1に記載の量子処理システム。
【請求項3】
前記第1のキュービットおよび前記第2のキュービットの各々に近接して前記半導体基板内に製造された第1の電気伝導性リードおよび第2の電気伝導性リードをさらに含む、請求項1又は2に記載の量子処理システム。
【請求項4】
前記第1の電気伝導性リードおよび前記第2の電気伝導性リードがリンδ層である、請求項3に記載の量子処理システム。
【請求項5】
前記第1の電気伝導性リードおよび前記第2の電気伝導性リードが、それぞれ第1の鉛直ビアおよび第2の鉛直ビアを介して前記半導体基板の前記表面に接続される、請求項4に記載の量子処理システム。
【請求項6】
前記マイクロ波共振器の前記第1の端部が、前記半導体基板の前記表面における前記第1の鉛直ビアに接続され、前記マイクロ波共振器の前記第2の端部が、前記半導体基板の前記表面における前記第2の鉛直ビアに接続される、請求項5に記載の量子処理システム。
【請求項7】
前記第1のキュービットおよび前記第2のキュービットと、前記第1の電気伝導性リードおよび前記第2の電気伝導性リードとが、前記半導体基板内の前記半導体基板表面から約50nm下の同じ面に製造される、請求項3に記載の量子処理システム。
【請求項8】
前記第1の電気伝導性リードおよび前記第2の電気伝導性リードが、それぞれ前記第1のキュービットおよび前記第2のキュービットから約20ナノメートルのところに製造される、請求項3に記載の量子処理システム。
【請求項9】
前記マイクロ波共振器が、薄い高運動インダクタンス超電導材料でできている、請求項1~8のいずれか一項に記載の量子処理システム。
【請求項10】
前記マイクロ波共振器がλ/2共振器である、請求項1~9のいずれか一項に記載の量子処理システム。
【請求項11】
第1のノードおよび第2のノードをさらに含み、各ノードが複数のキュービットを含み、前記第1のキュービットが前記第1のノードの一部であり、前記第2のキュービットが前記第2のノードの一部である、請求項1~10のいずれか一項に記載の量子処理システム。
【請求項12】
前記第1のキュービットと前記第2のキュービットとの間の距離が、100マイクロメートルから約20ミリメートルである、請求項1~11のいずれか一項に記載の量子処理システム。
【請求項13】
前記ドナークラスタの対の間の距離が、約10~20ナノメートルである、請求項1~12のいずれか一項に記載の量子処理システム。
【請求項14】
前記第1のドナークラスタおよび前記第2のドナークラスタの各々が単一のドナー原子を含む、請求項1~13のいずれか一項に記載の量子処理システム。
【請求項15】
前記ドナー原子がリンである、請求項14に記載の量子処理システム。
【請求項16】
前記第1のキュービットおよび前記第2のキュービットの各々に近接して追加のゲートが前記半導体基板内に位置し、前記追加のゲートが、前記第1のキュービットおよび前記第2のキュービットにおけるスピン軌道結合を電気的に誘導するためのDC電場勾配を生成するように構成される、請求項1~15のいずれか一項に記載の量子処理システム。
【請求項17】
前記ドナー原子クラスタの前記不対電子および核に関連するスピン状態を分離するために、前記量子処理システムに連続的な外部磁場が印加される、請求項1~16のいずれか一項に記載の量子処理システム。
【請求項18】
前記磁場の強度が0.14~0.43テスラの間である、請求項17に記載の量子処理システム。
【請求項19】
請求項1~18のいずれか一項に記載の量子処理デバイスの動作の方法であって、前記方法が、
前記量子処理システムに静磁場を印加して、前記第1のキュービットおよび前記第2のキュービットの前記第1のドナー原子クラスタおよび前記第2のドナー原子クラスタの前記第1の不対電子および前記第2の不対電子ならびに核に関連するスピン状態をそれぞれ分離するステップ、
前記第1のキュービットおよび前記第2のキュービットの各々に局所電場を印加して、対応する前記第1および前記第2のキュービットと前記マイクロ波共振器との分散的結合をもたらすステップ、
前記第1のキュービットおよび前記第2のキュービットと前記マイクロ波共振器との前記分散的結合を予め定められた期間維持するステップ、
前記予め定められた期間の後に前記第1のキュービットおよび前記第2のキュービットに局所電場を印加して、前記第1のキュービットおよび前記第2のキュービットと前記マイクロ波共振器との前記分散的結合をなくすステップを含む、方法。
【請求項20】
前記静磁場の振幅は、前記第1のキュービットおよび前記第2のキュービットの周波数が前記共振器の周波数の閾値範囲内になるようにされる、請求項19に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示の態様は量子処理システムに関し、より具体的には半導体ベースの量子処理システムおよび量子処理エレメントに関する。
【背景技術】
【0002】
ユニバーサル量子コンピューティングは、最先端の古典的コンピュータにおいて現在公知の最良の古典的アルゴリズムを実行するときに解決し難い問題を解決するために、特定の分野に適用され得る革命的な技術であり得る。ユニバーサル量子コンピュータが利点を提供することが公知である分野の例は、最適化問題のクラス、進歩的な化学シミュレーション、および大きな数の素因数を見出すことを含み、これらは最も一般的な古典的暗号化プロトコルを打ち負かすだろう。たとえば大きな数の素因数を見出すことなど、これらの適用のいくつかに対して、量子コンピュータは自身の古典的な対応物よりも指数関数的に高速となるはずである。量子コンピューティングは、特定の機械学習適用にも有用なことがある。
【0003】
こうしたユニバーサル量子コンピュータアーキテクチャの1つは、半導体基板(たとえばシリコンなど)内に局所化された電子のスピンにおいて符号化される量子ビット(またはキュービット)を使用し、この局所化はゲートによって静電的に行われるか、または結晶格子中にホストされたドナー原子の自然の閉じ込めを用いて行われる。シリコンに実装されるキュービットは、従来のシリコントランジスタおよび集積回路を製造するために用いられる成熟した技術のいくつかを利用し得る。有用なユニバーサル量子コンピュータは何百ものエラー訂正されたキュービットを含み、これらのキュービットのいくつかの間で2キュービット動作を実現する重要な能力を有すると考えられる。
【0004】
半導体スピンキュービットは現在、量子情報処理に対するエラー訂正されたアーキテクチャを想起させるために十分に高い性能指数に到達しているが、実行可能な量子コンピューティングプロセッサをシリコン内で実証し得るようになる前に、なおも解決すべきいくつかの未処理の課題がある。こうした課題の1つは、プロセッサチップ上に量子ドット/ドナーを配置することに関する。キュービット間の交換相互作用は、量子ドット/ドナーの分離によって指数関数的に低下することが公知であり、このことは量子ドット/ドナーを数十から数百ナノメートル離して近く正確に配置する必要があることを意味する。こうした2次元キュービットアレイにおいて、アレイの中央の量子ドット/ドナーに対して、制御および読出しに必要なゲートを含ませることが極度に困難になっている。さらに、こうした高密度の量子ドット/ドナーおよび制御エレクトロニクスによってもたらされる熱放散の速度は、キュービットコヒーレンスに必要な極低温に現在のところ適合しない。
【0005】
こうした問題を克服するための選択肢の1つは、量子コンピューティングプロセッサに複数のキュービットまたはノードを含ませて、各ノードは限定された数の量子ドット/ドナーおよびその関連回路を含むことである。これらのノードは互いに接続されて、全体の密度を軽減しながら、なおも量子計算の実行を可能にしてもよい。これを行うためには、1つのノードの外側端縁キュービットを別のノードの対応する外側端縁キュービットに結合する必要があるだろう。ノード間で端縁キュービットを結合するための主要な技術は、超伝導マイクロ波共振器およびスピン-光子結合を介するものである。
【0006】
しかし、電子スピンとマイクロ波光子との間には100Hzのオーダの小さい磁気双極子相互作用があるため、電子スピンとマイクロ波光子との直接のスピン-光子結合は本質的に困難である。その代わりに、スピンとキュービットの電荷自由度とのいわゆるスピン軌道結合を実現して、キュービットの電荷自由度が光子と電気的に結合することによって、光子とスピンとの結合が促進され得る。しかし、これまでにスピン軌道結合を達成するためにチップ上にマイクロ磁石またはナノ磁石が製造されてきたが、これは複雑な製造プロセスであるため、数百キュービットにスケールアップするときに新たな課題をもたらす。
【0007】
このセクションで説明された発展は、発明者らにとって公知である。しかし、別様に示されない限り、このセクションで説明された任意の発展が、単にそれらがこのセクションに含まれていることから先行技術とみなされたり、それらの発展が当業者に公知であるとみなされたりするべきではない。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の第1の態様によると、量子処理システムが提供され、この量子処理システムは、半導体基板内に半導体表面から距離を置いて埋め込まれたドナークラスタの第1の対に結合された第1の不対電子を含む第1のキュービットであって、ドナークラスタの第1の対における各ドナークラスタが少なくとも1つのドナー原子を含む、第1のキュービットと;半導体基板内に半導体表面から距離を置いて埋め込まれたドナークラスタの第2の対に結合された第2の不対電子を含む第2のキュービットであって、ドナークラスタの第2の対における各ドナークラスタが少なくとも1つのドナー原子を含む、第2のキュービットと;第1のキュービットおよび第2のキュービットの間に位置するマイクロ波共振器であって、マイクロ波共振器の第1の端部が第1のキュービットに結合され、かつマイクロ波共振器の第2の端部が第2のキュービットに結合される、マイクロ波共振器とを含み;マイクロ波共振器の光子は第1のキュービットおよび第2のキュービットを結合する。
【0009】
一実施形態において、ドナークラスタの第1の対およびドナークラスタの第2の対におけるドナークラスタは、不対電子のトンネリング周波数がマイクロ波共振器の共振周波数に近くなるように分離される。
【0010】
いくつかの実施形態において、量子処理システムは、半導体基板内の第1および第2のキュービットの各々に近接して製造された第1および第2の電気伝導性リードをさらに含む。第1および第2の電気伝導性リードは、リンδ層であってもよい。加えて、第1および第2の電気伝導性リードは、それぞれ第1および第2の鉛直ビアを介して半導体基板の表面に接続されてもよい。
【0011】
さらに、マイクロ波共振器の第1の端部は半導体基板の表面の第1の鉛直ビアに接続されてもよく、マイクロ波共振器の第2の端部は半導体基板の表面の第2の鉛直ビアに接続されてもよい。
【0012】
いくつかの実施形態において、第1および第2のキュービットと、第1および第2の電気伝導性リードとは、半導体基板内の半導体基板表面から約50nm下の同じ面に製造される。第1および第2の電気伝導性リードは、それぞれ第1および第2のキュービットから約20ナノメートルのところに製造されてもよい。
【0013】
いくつかの実施形態において、マイクロ波共振器は、薄い高運動インダクタンスの超伝導材料でできている。一例において、マイクロ波共振器はλ/2共振器である。
【0014】
いくつかの実施形態例において、量子処理システムは第1のノードおよび第2のノードを含む。各ノードは複数のキュービットを含み、第1のキュービットは第1のノードの一部であり、第2のキュービットは第2のノードの一部である。こうした場合に、第1のキュービットと第2のキュービットとの距離は、1ミリメートルから約20ミリメートルである。さらに、各キュービット内のドナークラスタの対の間の距離は、約15~20ナノメートルであってもよい。
【0015】
別の例において、第1のキュービットと第2のキュービットとの距離は、10マイクロメートルから約20ミリメートルであり、各キュービット内のドナークラスタの対の間の距離は、約10~20ナノメートルである。
【0016】
ある実施形態において、第1および第2のドナークラスタの各々は、単一のドナー原子を含み、ドナー原子はリン原子であってもよい。
【0017】
いくつかの例において、量子処理システムは、半導体基板内の第1および第2のキュービットの各々に近接して位置する(例、第1および第2のキュービットの約40~100nmに位置する)追加のゲートをさらに含む。この追加のゲートは、第1および第2のキュービットにおいてスピン軌道結合を電気的に誘導するためのDC電場勾配を生成するように構成されてもよい。
【0018】
本開示の別の態様において、第1の態様の量子処理デバイスの動作の方法が提供され、この方法は、量子処理システムに静磁場を印加して、第1および第2のキュービットの第1および第2のドナー原子クラスタの第1および第2の不対電子ならびに核に関連するスピン状態をそれぞれ分離するステップと;第1のキュービットおよび第2のキュービットの各々に局所電場を印加して、対応する第1および第2のキュービットとマイクロ波共振器との分散的結合をもたらすステップと;第1のキュービットおよび第2のキュービットとマイクロ波共振器との分散的結合を予め定められた期間維持するステップと;予め定められた期間の後に第1および第2のキュービットに局所電場を印加して、第1および第2のキュービットとマイクロ波共振器との分散的結合をなくすステップとを含む。
【0019】
いくつかの例において、静磁場の振幅は、第1および第2のキュービットの周波数がマイクロ波共振器の周波数の閾値範囲内になるようにされる。
【0020】
文脈が別様を要求するときを除いて、本明細書において用いられる「含む(comprise)」という用語、およびこの用語の変形、たとえば「含んでいる(comprising)」、「含む(comprises)」、および「含まれる(comprised)」などは、さらなる付加物、コンポーネント、整数、またはステップを除外することは意図されない。
【0021】
本発明のさらなる態様、および先行する段落に記載された態様のさらなる実施形態は、添付の図面を参照して例として与えられる以下の説明から明らかになるだろう。
【0022】
本発明の特徴および利点は、添付の図面を参照した単なる例としての本発明の実施形態の以下の説明から明らかになるだろう。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1A】キュービットデバイスの例を示す概略図である。
図1B】キュービットデバイスの別の例を示す概略図である。
図2】本開示のいくつかの実施形態によるデバイスを示す概略図である。
図3】本開示のいくつかの実施形態による量子処理ユニットの例を示す概略図である。
図4】Si表面の下のリンδ層リードにおいて終結するマイクロ波共振器と、キュービットとを示す概略側面図である。
図5】共振器に結合された1P-1Pキュービットに対するゲート空間における動作点を示す図である。
図6A】スピン軌道結合に対する超微細相互作用(HF:hyperfine interaction)を使用するためのデバイスレイアウトの例を示す図である。
図6B】HFおよび「電気的に誘導されるスピン軌道(EISO:electrically-induced spin orbit)機構の両方を使用するためのデバイスレイアウトの例を示す図である。
図6C】本開示の態様によるデバイスレイアウトの別の例を示す図である。
図7】デチューニングの関数としての系エネルギーレベルのグラフを示す図である。
図8】対称および非対称超微細相互作用に対するゼロデチューニングに対する系エネルギーレベルのスキームを示す図である。
図9】外部磁場の関数としてのスピン-光子結合のグラフを示す図である。
図10】ドナー分離の関数としてのトンネリングエネルギーのグラフを示す図である。
図11】δ層リードからの距離の関数としての共振器モードにおける単一の光子からの電圧および電場のグラフを示す図である。
図12】本開示のいくつかの実施形態による、共振器空洞を介して2つのキュービットを結合する方法の例のフローチャートを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
電子スピンとマイクロ波光子との磁気双極子相互作用は小さいため、電子スピンとマイクロ波光子との電気的結合が好ましい。電気的結合は、外来性のスピン軌道機構(外部磁場の実装を通じて操作される)か、または内在性のスピン軌道機構のいずれかを通じてスピン-電荷混成を誘導することによって、生成および促進され得る。
【0025】
過去数年間のうちに、超伝導マイクロ波共振器と電気的に結合され得るいくつかの異なるタイプの量子処理エレメントが導入された。これらのタイプの量子処理エレメントは一対の量子ドット/サイトを含み、2つの異なる電荷状態になり得る単一の電子スピンに基づいている。デチューニング(ε)を注意深く調節することによって、電子を(電荷キュービットを形成する)2つの量子ドット/サイトの間の電荷の重ね合わせに入れ得る。電子ゼーマン分裂が電荷キュービット分裂に匹敵するとき、スピン軌道結合によって、電子のスピンおよび電荷状態が混成され得る。
【0026】
図1Aおよび図1Bは、長距離キュービット結合を可能にするために超伝導体空洞に結合され得る、以前から公知の量子処理エレメントの2つのタイプを示す。
【0027】
図1Aに示される量子処理エレメントまたはデバイス100は、半導体基板102および誘電体104を含む。この例において、半導体基板102は28シリコン(28Si)であり、誘電体104は二酸化ケイ素(SiO)である。半導体基板102と誘電体104とは界面105を形成し、それはこの例においてSi/SiO界面である。半導体基板102内にキュービット106が形成される。キュービット106は、単一の電子を共有する2つの量子ドット107および108を含む。誘電体104上に位置決めされたゲート109によって、2つの量子ドットにおける電子の電子的閉じ込めが達成される。このタイプのキュービットは、二重量子ドット(DQD:double quantum dot)キュービットと呼ばれる。
【0028】
加えて、マイクロ磁石110がオンチップで製造され、特に誘電体104上にゲート109と共に製造される。マイクロ磁石110が生成する局所磁場勾配は、縦方向および横方向の成分が2つの量子ドットサイトにおいて異なる。デバイス100は共振器(図示せず)に結合される。共振器の場が電子をその軌道結合状態から反結合状態に励起するとき、電子はこの磁場勾配を横切って移動する際に有効なスピン軌道結合(SOC:spin-orbit coupling)を受け、よって共振器の電場によって駆動されるスピン回転が達成される。
【0029】
図1Bは、超伝導体空洞と結合するための公知のキュービットデバイス120の別の例を示す。この配置において、キュービット121は1つの量子ドット122と、ドナー原子124とを含む。特に、図1Bに示されるキュービットデバイス120は、半導体基板102および誘電体104を含む。この例において、半導体基板は28シリコン(28Si)であり、誘電体104は二酸化ケイ素(SiO)である。半導体基板102と誘電体104とは界面105を形成し、それはこの例においてSi/SiO界面である。界面105の近くに量子ドット122が形成され、一方でドナー原子124は基板102内に位置する。量子ドット122の上方(誘電体104の上)にゲート128が位置決めされる。
【0030】
ゲート電極128は、ドナー原子124と相互作用するように動作可能である。たとえば、界面105とドナー原子124との間の領域にAC電場を誘導して、(量子ドット122内に閉じ込められた)電子と、ドナー原子124の核との超微細相互作用を変調するためにゲート128が用いられてもよい。キュービット121を電気的に駆動するとき、電子スピンはドナーの核スピンと共にフリップフロップする。つまり、電場を用いて、一対の電子-核スピン固有状態、すなわち「電子スピンアップ、核スピンダウン」および「電子スピンダウン、核スピンアップ」に関連するキュービット121の量子状態を制御し得る。このタイプのキュービット121は、フリップフロップキュービットと呼ばれる。
【0031】
DQDキュービット106において、スピン軌道結合はマイクロ磁石110によって操作される。さらに、この場合に共振器の先端はシリコン表面にある。加えてさらに、DQDキュービット106はキュービットを形成するために追加の閉じ込めゲートを必要とする。最後に、DQDキュービット106は、所望の高度に局所的な空間場勾配を操作するために、マイクロ磁石110の精密な設計および製造を必要とする。
【0032】
図1Bのキュービット121はマイクロ磁石を必要とせず、単一のドナーサイトにおける超微細相互作用を利用するものであるが、キュービット121はなおも、界面105の近くのゲート128によって形成された量子ドット122を含む。したがって、デバイス120は精密な操作、製造、および制御を必要とし、これは実現が困難であり得る。
【0033】
これらの問題の1つ以上を克服するために、本開示の態様は、効率的なスピン-空洞結合を可能にすることによって広範囲のキュービットエンタングルメントを可能にする、新規の量子処理エレメント/キュービットを提供する。このキュービット設計は任意のオンチップの磁石を必要とせず、それがデバイス100とは異なる。さらに、超伝導マイクロ波共振器の単一の光子からの電場によってキュービットが操作され得る。
【0034】
図2は、本明細書に開示されるキュービット200の例を示す。キュービット200は、表面204を有する半導体基板202の中に位置する。この例において、半導体基板は28シリコンである。
【0035】
キュービット200は、一対のトンネル結合されたドナー原子クラスタ206、208と、ドナー原子クラスタ206、208の対に結合された単一の電子209とを含む。特定の実施形態において、ドナー原子クラスタ206、208は、走査型トンネリングリソグラフィ技術を用いて原子スケールの精度でシリコン基板202内に配置される。さらに、いくつかの例において、ドナー原子206、208は表面204から約50nm下に位置してもよい。
【0036】
キュービット200は共振器(図示せず)と結合されてもよく、いくつかの例において、共振器はシリコン表面204に位置決めされた高インピーダンスのコプラナー超伝導マイクロ波共振器であってもよい。共振器は、ドナーの一方から数十ナノメートルのところに位置決めされた1つ以上のデルタ層リードによってキュービット200に結合する。ドナークラスタ206、208は、単一電子トンネリング周波数が共振器の共振周波数と近くなるように分離される。一例において、ドナー原子クラスタ206、208は、互いに約15~20nm離れていてもよい。別の例において、ドナー原子クラスタ206、208は約10~20nm離れていてもよい。
【0037】
キュービット200は、ドナー系における電子-核系による超微細相互作用を用いて、内在性のスピン軌道結合(SOC)を生成する。特にキュービット200においては、結合された電子209と、ドナー原子クラスタ206、208の核スピンとの超微細相互作用によって、スピン-電荷混成が生じる。超微細相互作用は、ドナー原子核の1/2スピンを使用する。電子209と核スピンとの相互作用強度は、それぞれ左および右のドナーサイトにおいてAおよびAと示される。電子および核スピン状態がエンタングルされ、共振器の場は励起状態への遷移を駆動でき、この励起状態においては電子スピンと、核スピンの1つとがフリップした配向を有する。超微細相互作用は、キュービット200全体の総スピンを保存する。(デバイス100が必要とするような)局所マイクロ磁石の製造を必要とせずに、共振器の電場によって駆動されるスピンキュービット動作が達成される。
【0038】
特定の実施形態において、各ドナークラスタ206、208は単一のドナー原子を有してもよく、ドナー原子はリン(P)原子であることによって、キュービット200が1P-1P系になってもよい。他の実施形態において、キュービット200はnP-mP系であってもよく、ドナー原子クラスタ206、208は任意の他の数のリンドナー原子を有してもよい。
【0039】
電子およびドナースピンのエネルギーレベルを分裂させるために、一定の外部磁場が印加される。磁場の強度は、電子スピンエネルギー分裂がコプラナーマイクロ波共振器の共振周波数に近くなるように選択される。典型的なコプラナーマイクロ波周波数範囲である4~12GHzに対して、磁場の強度は0.14~0.43テスラとなるだろう。
【0040】
加えて、シリコン表面から約50nm下のキュービットと同じ結晶面において、nP-mPキュービット200の近くに走査型トンネリングリソグラフィによって電気伝導性リード(図示せず)が定められる。いくつかの実施形態において、これらのリードはリンδ層であってもよく、それらは鉛直ビアによって、シリコン表面204に堆積された金属に接続される。ドナー原子クラスタ206、208に最も近いリードは、シリコン表面において共振器の1つの端部に接続される。
【0041】
共振器は、薄い(例、数ナノメートルの)高運動インダクタンス超電導材料でできていてもよい。一例において、共振器はλ/2共振器となるように設計されることで、電場の波腹がドナー原子206、208に位置して、その電荷双極子への結合が最大化される。このリードはリザーバの役割もしてもよく、そこから共振周波数よりもかなり遅い時間尺度で単一の電子がキュービットにロードされ得る。
【0042】
本明細書に記載されるキュービット200は、同じシリコンチップ上の最大数ミリメートルの長さ尺度で分離されたキュービット間で量子情報を移行するために用いられ得る。共振器の量子化された電磁場モードがキュービット間の量子情報移行に介在するため、この移行は低電力(単一のマイクロ波光子のレベル)で達成でき、共振器は2キュービットゲートに介在し得る。このことは、前述のスケールアップに対する主な障害のうちの2つに対処する。すなわち、量子情報はより小さいキュービットアレイの間で移行され得るため、これらのより小さいアレイにおける制御ゲートのための空間が与えられ、かつそれは極低温環境におけるエネルギー密度の懸念を軽減させる。
【0043】
半導体量子ドットに対する量子処理ユニット(すなわちQPU:quantum processing unit)は、キュービットの複数のアレイまたはノードを含み得る。図3は、本開示のいくつかの実施形態によるQPU300の例の概略図である。図3に見られるとおり、QPU300の例は2つのキュービットノード302、すなわちノード302Aおよび302Bを含む。図3は2つのノードを示すが、実際の実装においてQPUはもっと多くのノードを有してもよく、所与のQPUに対して使用されるノードの数は、特定の適用、各ノードに位置するキュービットの数、およびQPUの計算要件に依存し得ることが認識されるだろう。
【0044】
各ノード302は、2次元アレイに配置された複数のキュービット303を含む。各ノード302に位置するキュービット303の数は、たとえばキュービット間の距離、ノード302内の各キュービットをアドレス指定するためにノードに収容され得る制御ラインおよび/またはゲートの数、ならびに制御回路によって消散される熱などのいくつかの因子に依存する。いくつかの例において、チップ表面上またはシリコン基板内に位置する制御ゲート304が各個別のキュービット303をアドレス指定でき、かつキュービットが相互作用を交換するために十分近くに(すなわち、10nmのオーダの長さ尺度で)集まるように、ノード302は十分に小さくされる。図3に示される例において、各ノード302は8つのキュービット303を含む。
【0045】
ノード302は、同じシリコンチップ/基板202上で数ミリメートル分離され得る。さらに、ノードは1つ以上の共振器によって互いに接続され得る。1つの実装において、共振器306は一対のノードの間に接続され、特に共振器306は、そのノード302の対の各々における1つのキュービットに結合される。QPU300の例において、ノード302Aのキュービット303Aは、共振器306を介してノード302Bのキュービット303Bに結合される。共振器306は2キュービットゲート動作に介在し得るため、共振器306を介してキュービットノード間で量子情報を移行でき、QPUにおいて有用な量子アルゴリズムを実現するために重要な接続性が可能になる。
【0046】
図3において、各ノード302(すなわち、キュービット303Aおよびキュービット303B)における共振器306に結合されたキュービットは、図2に示されるキュービットとして製造される。すなわち、キュービット303Aおよびキュービット303Bは、二重ドナークラスタキュービット200である。ノード302のその他のキュービットも二重ドナー原子キュービット200であってもよいが、これは必須ではない。いくつかの例において、共振器306に結合されないキュービットは、本実施形態の範囲から逸脱することなく、たとえば単純なドナーキュービットまたはゲート制御キュービットなどの、任意のその他のタイプのキュービットであってもよい。さらに、各ノード302のキュービット303は、交換結合を介して自身に最も近い近隣キュービットに結合されてもよい。
【0047】
図4は、たとえば共振器306、特にλ/2マイクロ波共振器などの共振器の1つの端部の概略図である。共振器306はシリコン基板202の表面にある。いくつかの例において、共振器306は、薄い高インピーダンスの超伝導フィルムから作製される。共振器306の1つの端部は鉛直金属ビア402に接触し、この鉛直金属ビア402は共振器306をシリコン基板202内のリード404に接続する。いくつかの例において、リード404はδ層リードであってもよい。さらに、リード404はシリコン表面から約50nm下の、キュービット200と同じ面に位置決めされてもよい。これによって、電気波腹が二重ドナー原子キュービット200に近づく。リード404とキュービット200との間の距離はΔLと示され、ドナー原子間の距離はΔxと示され、キュービット200の半導体表面204の表面からの深さはΔhと示される。
【0048】
二重ドナー原子キュービット200が1P-1P系である場合、量子化共振器モードに強力に結合された1P-1Pキュービットに対するゲート空間の動作点は、(1,0)-(0,1)遷移にある。図5は、共振器306に結合された1P-1Pキュービット200に対するゲート空間の動作点を示す図である。特に、この図はx軸に沿って共振器電圧Vresをプロットし、かつこの図はy軸に沿ってゲート電圧Vをプロットする。(1,0)は左のドナークラスタ206における電子占有数を示し、(0,1)は右のドナークラスタ208における電子占有数を示す。共振器のレバーアームまたは1P-1P電荷双極子に対する結合は、単一のマイクロ波共振器光子の電場εがこの遷移にわたって電子占有を駆動するために十分に強力であるべきである。
【0049】
図6Aは、スピン軌道結合のために電子と核との超微細相互作用(HF)を用いるデバイス600の例の上面図である。特に、図6Aは、共振器306に結合された単一のキュービット200と、キュービット200が機能するために必要な回路との上面図を示す。図6に示されるとおり、デバイス600は、キュービット200の動作を制御するためにキュービットの近くに位置決めされたゲート602を含む。ゲート602は半導体表面204上の金属コンタクトを含んでもよく、この金属コンタクトは金属リードまたはビアを介してδ層リード(キュービット200と同じ面に製造される)に接続される。
【0050】
ゲート602に加えて、このデバイスは電荷検知デバイス604を含んでもよい。いくつかの実施形態において、この電荷検知デバイスは、キュービット200の近くのキュービットと同じ面に位置決めされた単一電子トランジスタ(SET:single electron transistor)であってもよい。他の実施形態においては、ゲート602または共振器306が電荷検知デバイス604の役割を果たしてもよい。こうした場合には、追加の電荷センサは必要ないことがある。
【0051】
電子スピン-光子結合を達成する別のやり方は、電気的に誘導されるスピン軌道相互作用によるものである。過去の研究から、ドナークラスタに電場が存在するときに、外部電場および磁場を直接結合するスピン軌道結合は、ラシュバスピン軌道結合およびバルクSi結晶によるスピン軌道よりも優勢になり得ることが示されている。周囲のゲートからの電場が2つのドナー間で異なるとき、電子スピン軌道は有効な不均一場を生じ、したがって自身のスピンを回転させ得る。
【0052】
図6Bは、キュービット200を動作させるために、こうした電気的に誘導されるスピン軌道(EISO)機構を超微細機構と共に使用するデバイス650の例の上面図である。図6Aと同様に、図6Bは、共振器306に結合された単一のキュービット200と、キュービット200が機能し、かつスピン軌道結合を電気的に誘導するために必要な回路との上面図を示す。図6Bに示されるとおり、デバイス650は、キュービット200の動作を制御するためにキュービット200の近くに位置決めされたゲート602を含む。デバイス650は、2つの追加のEISOゲート652A、652Bも含む。いくつかの例において、ゲート602、652A、652Bは、シリコン基板202内のキュービット200と同じ面に位置してもよい。他の例においては、ゲート602、652A、652Bのうちの1つ以上が半導体表面204上に位置決めされてもよい。こうした場合に、ゲートは金属リードまたはビアを介してキュービット200に接続されてもよい。側部のEISOゲート652A、652Bは強力なDC電場勾配を生じることによって、超微細相互作用と類似の効果をもたらし得る。
【0053】
超微細介在のスピン-光子結合は、ドナーの初期の核状態に依存するため、超微細相互作用に単純に基づいて動作されるデバイスは、動作され得る前に正しい核状態によって初期化される必要があるだろう。他方でEISO相互作用は、初期の核状態とは独立したスピン-光子結合を可能にするため、デバイスにおいてEISOゲートが用いられたときには、こうしたデバイスが動作され得る前にそのドナー原子の核状態を初期化する必要はないだろう。
【0054】
図6Cは、スピン軌道結合のために電子と核との超微細相互作用(HF)を用いるデバイス660の別の例の上面図である。特に、図6Cは、共振器306に結合された単一のキュービット200と、キュービット200が機能するために必要な回路との上面図を示す。キュービットの左右のドットは、約10~20ナノメートル離れて位置決めされることによって、共振器306の共振周波数に近いトンネル結合を確実にしてもよい。図6Cに示されるとおり、デバイス660は、キュービット200の左側に位置決めされるリザーバゲート662を含む。リザーバゲート662はキュービット200から15~30ナノメートル離れて配置され、金属ビア(図示せず)を通じて、たとえば共振器306(この図には示さず)などの共振器に電気的に接続される。リザーバゲート662とキュービット200との間のこの短い距離は、このゲートがキュービット200に対する電子リザーバの役割をするように、およびキュービットにおいて共振器306によって誘導される共振電圧を最大化するように選択される。
【0055】
デバイス660は、キュービット200の動作を制御するためにキュービットの近くに(close tot he)位置決めされた別のゲート664をさらに含んでもよい。ゲート664は半導体表面204上の金属コンタクトを含んでもよく、この金属コンタクトは金属リードまたはビアを介してδ層リード(キュービット200と同じ面に製造される)に接続される。
【0056】
ゲート664に加えて、デバイス660は電荷検知デバイス666を含んでもよい。いくつかの実施形態において、この電荷検知デバイス666は、キュービット200から30~100ナノメートル離れてキュービット200と同じ面に位置決めされた単一電子トランジスタ(SET)であってもよい。SET604はキュービット200の2つのドナークラスタに関して非対称に位置決めされることによって、異なるレバーアームパラメータをもたらし、SET応答を追跡するときにどのクラスタが探索されたかを区別することを可能にする。他の実施形態において、ゲート662、664、または共振器306は電荷検知デバイス666の役割を果たしてもよい。こうした場合には、追加の電荷センサは必要ないことがある。
【0057】
図7は、Pドナー間のデチューニング(ε)の関数として系エネルギーレベルEを示すグラフ700である。ゼロデチューニングにおいて、電子209は、トンネリングエネルギー2tによって分裂される結合|-〉および反結合|+〉軌道を形成する。ここでは
【0058】
【数1】
【0059】
であり、ここで|L〉および|R〉は、それぞれ左または右のドナークラスタ206、208における電子の局所化を示す。|-〉および|+〉レベルの各々は、印加される外部磁場Bによって、hγBで示される電子スピン↓および↑状態のスピンゼーマン分裂によってさらにエネルギーが分裂する。ここでhはプランク定数であり、γは電子スピン磁気回転比である。非ゼロデチューニングにおいて、電子密度はより低い位置エネルギーのドナーにシフトされる。非常に大きいデチューニングの極端な場合には、電子が1つのドナーサイトのみを占有する。
【0060】
図7に示されるエネルギーレベルの各々は、核ゼーマン相互作用および超微細相互作用によって、4つの状態にさらに分裂する(図8に示す)。キュービット部分空間は結合|-〉状態多様体内に規定されるのに対し、反結合|+〉軌道の近接部は介在の役割を果たし、電荷-スピン結合を可能にする。図7は、対称(A=A)および非対称(A>A)超微細相互作用に対するゼロデチューニングに対する系エネルギーレベルEの概略図である。図8における実線矢印は、超微細相互作用に介在される遷移を示すのに対し、破線矢印は、超微細相互作用によって禁じられているが電気的に誘導されたスピン軌道相互作用またはEISO相互作用によって駆動される遷移を示す。
【0061】
図8に示される固有状態は、合計系ハミルトニアンHによって決定される。|DIS〉に基づき、Dは左または右のドナーにおける電子局所化|L〉または|R〉を定義し、IおよびIは左および右の核スピン(分極
【0062】
【数2】
【0063】
を有する)を示し、Sは電子スピン(|↑〉または|↓〉)を定義するとき、ハミルトニアンは次のとおりになり、
H=H+HHF+HEISO (1)
ここで
=-tτ+ετ+hγB・S+Σj=L,RhγB・I(2)
【0064】
τは左/右ドナーに基づくパウリ行列であり、一方で
【0065】
【数3】
【0066】
は電子およびドナースピン演算子であり、ここでσ(σ)は電子(ドナー)スピンに基づくパウリ行列である。Siにおける電子および核スピン磁気回転比は、それぞれγ=27.97GHz/Tおよびγ=-17.23MHz/Tである。
【0067】
HFは、電子の空間およびスピン自由度を混合する超微細相互作用を記述するハミルトニアンである。それは次のとおりに表現され得る。
【0068】
【数4】
【0069】
ここでA(A)は左(右)ドナーの超微細定数を表す。超微細定数のSiバルク値は約A=A=117MHzである。電子-核スピン積は、I・S=I+1/2(I+I)と表現され得る。(左または右のドナーにおける)電子局所化に対する超微細相互作用の依存によって、電荷-スピン混成が導入される。これは、超微細結合のために、ハミルトニアンHの固有状態が、異なるスピンおよび軌道状態の混合を取得するからである。
【0070】
超微細相互作用は内在性のものであるため、1P-1P系に常時存在するのに対し、電気的に誘導されたスピン軌道相互作用HEISOは必要に応じてオンおよびオフに切り換えられ得る。EISOは、(たとえば、図6Bに示されるEISOゲートを用いて)ドナー領域内で外部磁場Bに対して垂直の電場Eが印加されたときに生じる。
zに分極されたBおよびy方向のEに対するHEISOは、次の形を取る。
【0071】
【数5】
【0072】
ここで第1の行列は{|L〉,|R〉}に基づいており、
【0073】
【数6】
【0074】
は電子スピンに基づくパウリx行列である。HEISOは核スピンに影響しないため、これは核スピンに基づく部分空間における恒等式とみなされる。係数(C)は、シリコン中の単一ドナーに対して約6×10-14em/Tと推定される。
【0075】
【数7】
【0076】
は、それぞれ左および右のドナーサイトにおける電場に相当する。電荷-スピン混成を生成するために、
【0077】
【数8】
【0078】
の差が必要である。
【0079】
図8において、対称(A=A)および非対称(A>Aまたは同等にε<0)超微細相互作用に対するハミルトニアンHの最も低い8つの固有状態が示される。
【0080】
【数9】
【0081】
{↑,↓}、{|-〉,|+〉}の符号は、各固有状態の主要部分を記述する。なお、それらの固有状態は、超微細相互作用のために、異なる基礎状態のいくつかのわずかだが非ゼロの混合も含む。
【0082】
空洞光子との系相互作用は、次のハミルトニアンによって記述され得る。
【0083】
【数10】
【0084】
ここで
【数11】
【0085】
は、マイクロ波共振器モードに対する消滅(生成)演算子である。空洞場が振幅εおよび周波数fによって記述され、かつx軸に沿った非ゼロ分極成分を有すると仮定するとき、電荷結合速度g
【0086】
【数12】
【0087】
と定義され得る。図8の実線および破線の鉛直矢印は、共振器周波数fが状態の適切な対の間のエネルギー分裂に適合されたときの、電子スピンを回転させるすべてのH駆動遷移を示す。実線矢印は、任意の電気的に誘導されたスピン軌道を伴わずに(すなわち、HEISO=0のときにも)実現可能な、超微細相互作用のみに介在される遷移を示す。破線矢印は、EISOがHEISO≠0および
【0088】
【数13】
【0089】
によってオンに切り換えられたときにアクセス可能になる遷移を示す。
【0090】
【数14】
【0091】
状態間のエネルギー分裂は約(A+A)/4-2hγBであり、これはシリコン内のPドナーに対して100MHzのオーダの値を与える。
【0092】
【数15】
【0093】
状態間のエネルギー分裂は超微細相互作用の非対称性に依存し、これは約(A-A)/4である。しかし、たとえA=Aであっても、ゼロ核-スピン状態(核の一重項および三重項)の間の分裂は、超微細相互作用による
【0094】
【数16】
【0095】
状態の混合によって非ゼロとなる。この分裂は磁場の増加とともに減少し、約0.2TのBに対して0.1MHzのオーダである。
【0096】
図8に示される遷移の各々は、キュービット動作に対する有効点であってもよく、特定の遷移に対応する初期および最終固有状態によってキュービット自体が定義される。各々のこうしたキュービット部分空間に共通する特徴は、電子スピンの回転である。超微細介在遷移に対する電子スピン回転には(フリップフロップキュービットと類似の)核スピンフリップが付随するのに対し、EISO介在遷移に対する核スピン構成は保存される。
【0097】
特定のキュービット作用点を選択するために、所望の核スピン構成を初期化する必要があり、これはたとえば核磁気共鳴(NMR:Nuclear Magnetic Resonance)または動的核分極などの核分極法によって達成され得る。
【0098】
外部磁場Bを調節することによってキュービットエネルギー分裂を調節することによって、所与の空洞周波数fに対してキュービットが共鳴される。標準的な共振器周波数帯域幅である4~12GHzに対して、0.14~0.43Tの範囲の磁場が必要とされる。スピン-光子結合は、H固有状態に対する異なるスピンおよび軌道状態の混合に依存するため、電荷-スピン混成を最大化することが望ましく、これはキュービット部分空間に対して反結合|+〉多様体がどれほど近いかに依存する。
【0099】
図9を参照すると、状態1および6の間(すなわち、図8の一番左の遷移)の空洞-スピン結合g/gが、所与の値の2t/h=7.64GHzに対する磁場Bの関数として示される。結合は、固有状態1および6の間のHを評価することによって算出される。
【0100】
【数17】
【0101】
B≒0.272Tにおけるgの急激な増加は、|+↓〉状態によって|-↑〉多様体を縮退させたことによるものである。その点の非常に近くで動作することは、デコヒーレンスを増加させるために望ましくない。しかし、トンネリングエネルギーをfと等しくはないが同等に設定することによって、なおも有意な値のg>0.01gを得ることができる。ドナー分離を調節することによって、1P-1P系におけるトンネリング速度が制御され得る。図10を参照すると、原子論的な強結合シミュレーションによって算出された、ドナー分離Δxの関数としてのトンネリング速度2t/hが示される。そのデータによると、4~12GHzの空洞帯域幅に対する最適な1P-1P分離は15~20nmの範囲である。
【0102】
比較のために、B=0.2Tおよび2th=7.64GHzにおける約g=0.01gのスピン-光子結合が得られるEISO介在遷移に対しては、ドナー206、208の間に約12MV/mの電場差を印加する必要があるだろう。電場差は、次の例のとおりに両方のドナーに分配され得る。
【0103】
【数18】
【0104】
2つのドナーサイトにおける異なる電場は、図6Bに示される追加のEISOゲートによって生成され得る。
【0105】
電荷-光子結合は、系双極子モーメントdおよび空洞内の1つの光子による電場の振幅εに比例するため、両方のパラメータを最大化することが望ましい。電子波動関数はドナー領域内に強く局所化されるため、双極子モーメントはドナー分離の1/2によって良好に近似され得る。d≒eΔx/2。前述のとおり、Δx(すなわち、キュービット200のドナークラスタ206、208間の距離)は、対応するトンネリング値によって制限され、最適には15~20nmの範囲の値を取る。空洞電場εは、ΔL値(図4を参照)を調節することによる、リンδ層リードに関する適切なドナー配置によって最大化され得る。
【0106】
図11は、x(すなわち、δ層リード502からの距離)の関数としての、共振器モードの単一の光子による電位Vおよび電場(ε)を示すチャート1100である。約10~20nmのΔxおよびΔL>20nm(リードから最も近いドナーまでのトンネリング周波数が系内の任意の他の時間尺度よりも遅いことを確実にするため)によって、100MHzのオーダで約0.5μVのΔVおよびg=eΔV/2hのドナーデチューニングをなおも達成できる。よって、デバイス200内で、約1~10%のg/gのスピン-空洞結合によって、1MHzのオーダを達成できる。λ/2マイクロ波共振器306の端部をキュービット層に埋め込まれたリンδ層リードに接触させることは、提案される設計の独特の特徴である。これは二重ドナーが高電場の領域に位置決めされることを可能にし、系の電荷-光子結合を顕著に促進する。
【0107】
提案されるデバイス200を他のドナークラスタ系に拡張することは可能だが、それに従って系の仕様を調整する必要がある。各クラスタに同数のドナーを有する系に対しては、クラスタ分離および電子数の両方を変更する必要がある。たとえば、各ドナークラスタが2つのリンドナー原子を含むとき、この2P-2Pキュービットは3つの電子を含んでもよい。同様に、各ドナークラスタが3つのリンドナー原子を含むとき、この3P-3Pキュービットは5つの電子を含んでもよい。代替的に、非対称系(すなわち、ドナークラスタに異なる数のドナー原子を有する系、たとえば1P-2P、2P-3Pなど)に対しては、系を結合-反結合状態の反交差にするための追加のデチューニングが必要である。どちらの場合にも、可能な遷移およびキュービット部分空間を精緻化する必要がある。
【0108】
図12は、共振器を介して、たとえば図3のキュービットAおよびキュービットBなどの2つのキュービットを結合するための方法1200の例を示す。たとえば、この方法は共振器を介したキュービットAおよびキュービットBの「iSWAP」相互作用を記載する。
【0109】
方法1200はステップ1202において開始され、ここではキュービットAおよびキュービットBに磁場が印加される。いくつかの実施形態において、磁場は静的で均質な場である。外部磁場の強度は、ゼーマン分裂によって共振器周波数に近いキュービットエネルギー分裂がもたらされるようにされる。一例において、外部磁場は0.2Tに設定されてもよい。
【0110】
ステップ1204において、キュービットAおよびキュービットBが含まれる二重ドナー構造に、それぞれのリザーバから電子がロードされる。各クラスタにロードされる電子の数は、使用される二重ドナークラスタ系に依存する。IP-IP系が用いられるときは、キュービットAおよび/またはキュービットBに単一の電子がロードされる。代替的に、任意の他のnP-mP系の場合は、2つ以上の電子がロードされてもよい。電子ロードは、ゲート空間(例、図5の(1,0)-(0,1)遷移空間)の適切な電子占有領域に進むために、1つ以上のゲート(例、図6Aまたは図6Bに示されるゲート602)を用いて局所デチューニングを適用することによって達成され得る。ゲート空間の適切な領域で待機することによって、ロードされた電子が緩和されてそのスピンダウン基底状態になることが確実にされる。
【0111】
ステップ1206において、キュービットBの電子スピンがフリップされる。一実施形態において、電子スピンは、たとえば振動する磁場または電場(電子スピン共鳴または電気双極子スピン共鳴)などを通じて、較正された1キュービットゲートを用いて、スピンアップ状態にフリップされる。
【0112】
次にステップ1208において、キュービットAおよびキュービットBに個別に、共振器周波数に関する公知のエネルギーデチューニングがもたらされる。共振器周波数に対するキュービットAのデチューニングは、共振器周波数に対するキュービットBのデチューニングと同じであってもなくてもよい。この「分散的な」領域において、E,E<hf、および
【0113】
【数19】
【0114】
である。ここでEは、それぞれキュービットAおよびBのゼーマンエネルギー(等しいと仮定する)と、個別のデチューニングによるエネルギー(等しくなり得るが、その必要はない)とを考慮した、キュービットAおよびBのエネルギーである。さらに、ここで共振器のマイクロ波光子のエネルギーはhfであり、gおよびgはそれぞれキュービットAおよびBの空洞に対する結合速度である。
【0115】
ステップ1210において、共振器周波数に関するキュービットAおよびキュービットBの固定されたデチューニングが次の時間維持される。
【0116】
【数20】
【0117】
ここでΔおよびΔは、それぞれ共振器からのキュービットAおよびキュービットBのエネルギーデチューニングを示す。この特徴的な時間τにおいて、自由に発生した結合系が、キュービットAおよびキュービットBの間の「iSWAP」ゲートをもたらす。
【0118】
ステップ1212において、時間τの後に、ゲート相互作用を終わらせるために、両方のキュービットが共振器周波数から遠くにデチューンされるべきである。
【0119】
最後に、所望であれば、キュービットAおよびキュービットBの状態を独立に測定して、2つのキュービット間のiSWAPゲートが実際に生じたことを検証し得る。特定の実施形態において、この読出しは、たとえばキュービットAおよびキュービットBの近くのチップ上に製造された2つの単一電子トランジスタを使用することなどの、従来の技術によって達成され得る。
【0120】
方法1200はiSWAPゲート動作を参照して説明されたが、本開示の範囲から逸脱することなく、キュービットAおよびBの間の他のタイプの動作を行うために方法1200がわずかな修正を伴って実装され得ることが認識されるだろう。
【0121】
本明細書に記載される方法および量子プロセッサアーキテクチャは、計算を行うために量子力学を用いる。このプロセッサは、たとえばさまざまな適用に用いられて計算性能の向上を提供してもよく、これらの適用は、特に情報の暗号化および暗号解読、進歩的な化学シミュレーション、最適化、機械学習、パターン認識、異常検出、財務分析、および検証を含む。
【0122】
広く説明された本発明の趣旨または範囲から逸脱することなく、特定の実施形態において示される本発明に多数の変更および/または修正が行われてもよいことが当業者に認識されるだろう。したがって本実施形態は、すべての点で例示的であり、限定的ではないとみなされるべきである。
図1A
図1B
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図6C
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【国際調査報告】