(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-03-19
(54)【発明の名称】非天然基質に対して活性を有する人工酵素変異体を設計するための計算方法論
(51)【国際特許分類】
G16B 20/20 20190101AFI20240312BHJP
G16B 15/00 20190101ALI20240312BHJP
【FI】
G16B20/20
G16B15/00
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023556577
(86)(22)【出願日】2022-04-20
(85)【翻訳文提出日】2023-09-13
(86)【国際出願番号】 CN2022087782
(87)【国際公開番号】W WO2022233232
(87)【国際公開日】2022-11-10
(31)【優先権主張番号】202110487012.1
(32)【優先日】2021-05-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(31)【優先権主張番号】202110486993.8
(32)【優先日】2021-05-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
(71)【出願人】
【識別番号】521196257
【氏名又は名称】エンザイマスター(ニンポー)バイオエンジニアリング カンパニー・リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110002262
【氏名又は名称】TRY国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】シュ ジュンプェン
(72)【発明者】
【氏名】シ シュミン
(72)【発明者】
【氏名】ボコラ マルコ
(72)【発明者】
【氏名】チャイ バウチン
(72)【発明者】
【氏名】チェン ハイビン
(57)【要約】
本発明は非天然基質への活性を有する人工変異体を設計するための計算方法を提供する。本発明によれば、安定性評価結果を処理し、自由エネルギー障壁を計算するプロセスを創造的に組み合わせ、酵素変異体の仮想スクリーニングの精度を向上させることができる特殊な方法を提供することができる。本発明で開示された計算方法は、ウェットラボで構築してテストする変異体の数を大幅に削減する。場合によっては、この方法は、従来の指向性酵素進化法では達成できない酵素工学の効果を達成した。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の酵素の3Dタンパク質構造を得る工程(1)と、
ドッキング、基質結合立体構造の解析、突然変異誘発の候補位置の選択によるタンパク質-基質複合構造の3Dモデルを構築する工程(2)と、
候補位置ごとに、アミノ酸置換を特定し、タンパク質構造の安定性評価方法を用いて、全ての候補位置の特定アミノ酸置換の全ての可能な組み合わせを仮想的にスクリーニングして候補位置ごとに有益な置換を予測する工程(3)と、
非天然基質との酵素反応のコンテキストにおいて、自由エネルギー障壁計算を用いて、全ての候補位置の予測された有益な置換の全ての可能な組み合わせを仮想的にスクリーニングして非天然基質に対して触媒活性を有する変異体を予測する工程(4)とを含むことを特徴とする、
非天然基質に対する触媒活性を取得するために所与の酵素の人工変異体を設計するための計算方法論。
【請求項2】
前記3D構造は、タンパク質データバンクデータベースからの構造、またはモデリングソフトウェアによって予測された構造のいずれかであり得ることを特徴とする、請求項1に記載の人工酵素変異体を設計するための計算方法論。
【請求項3】
前記タンパク質-基質複合体構造の3Dモデルを構築するためのソフトウェアは、Yasara、Discovery studioまたはRosettaであり得ることを特徴とする、請求項1に記載の人工酵素変異体を設計するための計算方法論。
【請求項4】
タンパク質構造安定性の評価方法は、ddg_monomer、Cartesian_ddg、FoldX、Provean、ELASPICまたはAmber TIであり得ることを特徴とする、請求項1に記載の人工酵素変異体を設計するための計算方法論。
【請求項5】
安定性評価結果を統計的方法で処理し、候補位置ごとに有益な置換を予測することができる人工酵素変異体を設計するための計算方法論であって、
計算された全ての変異体のΔΔG結果を数値の低い方から高い方にソートするステップ(i)と、
一部の上位の変異体(すなわち安定クラスター)のアミノ酸置換及び、一部の下位の変異体(不安定クラスター)のアミノ酸置換を頻度解析のために選択し、特定のアミノ酸位置について、不安定クラスターにおけるより高い頻度の置換を安定クラスターにおけるより高い頻度の置換から差し引いて、この位置における理論的に安定な置換(すなわち予測される有益な置換)を得るステップ(ii)と、
このようにして得られた各位置での安定な置換を組み合わせて、コンピュータ仮想スクリーニングにより予測されるような安定変異体を得ることができるステップ(iii)とを含むことを特徴とする、請求項1に記載の人工酵素変異体を設計するための計算方法論。
【請求項6】
「反応自由エネルギー障壁計算」における「自由エネルギー障壁」を、最低エネルギー点(遊離状態における酵素と基質の最適立体構造)と最高エネルギー点(活性化状態における酵素-基質複合体の最適立体構造)とのエネルギー差と定義することを特徴とする、請求項1に記載の人工酵素変異体を設計するための計算方法論。
【請求項7】
前記変異体が、配列番号24の非天然基質であるアクリル酸からβ-アラニンの合成を触媒し、前記変異体が配列番号24と比較して、アミノ酸置換X326T又はX326Vを有することを特徴とする、請求項1に記載の計算方法論を用いて設計された人工アミノリアーゼ変異体。
【請求項8】
前記人工アミノリアーゼ変異体のアミノ酸配列が、配列番号24と比較して、アミノ酸置換X187I又はX187C、X321C、X324L又はX324Vを更に含むことを特徴とする、請求項7に記載の人工的に設計されたアミノリアーゼ変異体。
【請求項9】
前記変異体のアミノ酸配列が配列番号26及び配列番号28であることを特徴とする、請求項7又は8に記載の人工的に設計されたアミノリアーゼ変異体。
【請求項10】
前記変異体は、30~60°Cの温度範囲及び/又は7~11のpH範囲の条件下でアクリル酸からβ-アラニンを合成する反応を触媒することを特徴とする、請求項7~9のいずれか1項に記載の人工的に設計されたアミノリアーゼ変異体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質変異体のコンピュータ支援設計及び仮想スクリーニングに関し、より具体的には、変異体の安定性の仮想スクリーニング及び変異体の触媒活性の仮想スクリーニングを組み合わせて、非天然基質に対して活性を有する酵素変異体の設計を可能にする計算方法論に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質の形の触媒の一種である酵素は、現代の化合物合成産業において重要な役割を果たす。酵素の用途の継続的な拡大に伴い、自然界に存在する野生型酵素の触媒性能は、もはや研究及び産業用途の要件を満たすことができない。指向性進化は、人々が酵素を操作するための最も重要な技術的方法の1つである。これは、実験室の進化としても知られる自然進化と同様に機能する特定の標的を持つ迅速なタンパク質工学的戦略である。タンパク質構造や反応機構が知られていないことから、所望の機能を有する酵素を得るために、自然界では数百万年かかるような進化プロセスが、実験室では比較的短時間で達成できる。近年、指向性進化は、医薬品、食品、化学産業の分野で所望の酵素の開発に広く使用されており、生体触媒技術の分野で別の革命を引き起こし、タンパク質工学の研究と応用範囲を大幅に拡大する。本発明の出願人は、指向性酵素進化の研究と応用に専念し、医薬品や精薬品の合成のための多くの酵素触媒を成功的に開発する。しかし、実験室での指向性酵素進化には、通常、多数の酵素変異体のスクリーニングが必要であり、これらの変異体の構築とその後のスクリーニング作業は、研究者にとって負担の大きい作業である。本出願人は、指向性進化プロジェクトからの多数の試料に関する先行研究に基づいて、計算生物学及びバイオ情報技術と組み合わせ、想定される酵素変異体の効率的な仮想スクリーニングと所望の特性を有する酵素変異体の信頼性の高い予測を可能にする計算方法論を開発し、実験室で構築及びスクリーニングする必要のある酵素変異体ライブラリのサイズを大幅に削減する。本発明で開示される計算方法論は、指向性酵素進化のためのウェットラボでの実験作業に対する強力な補足である。さらに、実験室で構築及びスクリーニングできる酵素変異体ライブラリのサイズの制限を打ち破ることができ、研究開発コストを削減し、研究開発効率を向上させ、所望の特性を有する酵素変異体をより効果的に取得することができる。
【0003】
現在、タンパク質研究のためにいくつかの計算方法が公開されている。例えば、低分子基質とタンパク質の結合様式を観察するための分子ドッキングアルゴリズム、タンパク質の3D構造を予測するための相同性モデリング及びde novoモデリングアルゴリズム、及びタンパク質の構造安定性を計算するためのツールがある。FoldX、I変異体、Rosettaなどは、タンパク質設計において広く用いられている方法である。ただし、これらのアルゴリズムはすべて一種の経験的数学的計算であり、計算式には、既存のデータベースから得られた統計的エネルギー項だけでなく、いくつかの物理原理のエネルギー計算項が含まれる。これまでのところ、タンパク質変異体を設計するためのコンピュータ支援方法にはさまざまな制限があり、これらのアルゴリズムによって設計または予測された変異体の性能は、実験結果とほとんど一致していない。現在、所望の触媒特性を有する酵素変異体を確実に設計又は予測するための計算プロトコルは存在しない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特に、本発明は、酵素変異体を効率的に仮想的にスクリーニングし、所望の特性を有する酵素変異体を確実に予測するための計算方法を開発した。本発明では、安定性評価結果を処理するための特別な方法を構築し、自由エネルギー障壁を計算するプロセス(QM/MM法を使用)を創造的に組み合わせて、酵素変異体の仮想スクリーニングの精度を向上させることができる。本発明の計算方法によれば、ウェットラボで構築してテストする変異体の数を大幅に削減でき、工数や材料資源を節約することができる。意外なことに、この方法は、従来の指向性酵素進化法では達成できない酵素工学の効果を達成した。
【0005】
本発明の計算方法は、
図1に示すように、以下の4つの具体的なステップを含む。
【0006】
(1)標的酵素の3Dタンパク質構造を取得する。3Dタンパク質構造は、タンパク質データバンク(PDB)データベースに記録された実験研究により得られた構造であってもよいし、相同性モデリングまたはde novoモデリング法によって予測された構造であってもよい。相同性の高いテンプレート構造を用いた相同性モデリング法は、de novoモデリング法よりも精度が高い。異なるソースから得られた3Dタンパク質構造は、触媒立体構造、すなわちタンパク質-リガンド(基質、生成物または遷移状態)複合体であるべきである。
【0007】
(2)ドッキング解析。リガンドに結合する標的酵素構造の部位を決定し、酵素の天然基質及び/又は標的基質(非天然基質を含む)をタンパク質とドッキングする。天然基質及び/又は標的基質の異なる結合立体構造により、標的酵素のアミノ酸配列における適切な位置が、突然変異誘発(アミノ酸置換)の候補位置として選択される。現在、Rosetta、Discovery studio、Schrodinger、Yasara、(オートドック及びオートドックビナプラグインを含む)など、分子ドッキングを実行できる多くのソフトウェアがある。変異が必要なアミノ酸位置は、ドッキング立体構造を揃えてスクリーニングした。
【0008】
(3)安定性評価ステップ(2)の候補位置にアミノ酸置換を有する酵素変異体の安定性をアルゴリズムで評価する。まず、Pythonスクリプトを使用して、仮想スクリーニング用の酵素変異体の集合を(バッチモードで)生成し、各変異体の3D構造をYasaraやRosettaなどのソフトウェアを使用して生成する。次に、各変異体の安定性は、ddg_monomer、Cartesian_ddg、FoldX、Provean、ELASPIC、またはAmber TIなどのアルゴリズムで評価される。最後に、各変異体の構造と出発酵素の構造との間の自由エネルギー差(ΔΔG)を、Python分析スクリプトを使用して計算する。
【0009】
ΔΔG結果を処理するには、簡易ソート方法[3a]と統計的方法[3b]の2つの方法がある。
【0010】
[3a]簡易ソート方法:すなわち、全ての変異体のΔΔG結果を単純に数値の低い方から高い方にソートし、コンピュータ仮想スクリーニングにより得られた安定変異体として上位の変異体を選択する。
【0011】
[3b]統計的方法:まず、全ての変異体のΔΔG結果を数値の低い方から高い方にソートし、次に一部の上位の変異体(すなわち安定クラスター)のアミノ酸置換及び、一部の下位の変異体(不安定クラスター)のアミノ酸置換が頻度解析のために選択される。特定のアミノ酸位置について、不安定クラスターにおけるより高い頻度の置換を安定クラスターにおけるより高い頻度の置換から差し引いて、この位置における理論的に安定な置換(すなわち予測される有益な置換)を得る。最後に、このようにして得られた各位置での安定な置換を組み合わせて、コンピュータ仮想スクリーニングにより予測されるような安定変異体を得ることができる。
【0012】
安定性評価結果の判定基準:ΔΔG≦-1kcal/molを安定変異体とし、ΔΔG≧1kcal/molを不安定変異体とし、-1kcal/mol<ΔΔG<1kcal/molを安定性中性変異体とする。
【0013】
3Dタンパク質構造の安定性を評価するためのアルゴリズムを実行するためのソフトウェアは多数あるため、このステップではYasara、Rosetta、Discovery studioに限定されない。本発明の創造的な貢献は、統計的方法[3b]の概念と採用である。統計解析を用いて、各アミノ酸位置における構造安定性の点で有利な置換を同定した後、これらの置換を組み合わせて、コンピュータ仮想スクリーニングにより予測された多部位置換安定変異体を生成する。
【0014】
ステップ(3)において、多くの仮想スクリーニング方法が停止し、すなわち、仮想スクリーニングにより予測された安定変異体が得られる。これらの安定変異体は、特定の実験プロトコルを使用して実験室でテスト及び検証され、これらの候補の触媒活性を評価するためにそれ以上の計算方法は使用されない。また、安定性評価の制限により、簡易ソート方法[3a]でソートされた安定変異体は、重要な多部位置換変異体を見逃してしまう。本発明は、他の仮想スクリーニング方法では予測できない変異体を含む安定変異体をスクリーニングするための統計的方法[3b]を提供する。さらに重要なことに、当技術分野で現在利用可能な仮想スクリーニング方法は、予測された安定変異体の触媒活性をさらに決定したいという欲求を満たすことができず、予測された安定変異体が非天然基質に対して活性であるか否かを評価することは言うまでもない。
【0015】
また、本発明に開示される計算方法論は、ステップ(3)から安定変異体の触媒活性の予測を実現する、特定化学反応を触媒化する際の各変異体の自由エネルギー障壁を算出する方法及びプロセスをさらに含む。したがって、予測した安定変異体が非天然基質に対して活性を有するか否かを評価することができる。
【0016】
(4)自由エネルギー障壁計算この手法は、原子価結合理論の枠組み内での化学反応の量子力学的記述と組み合わせた、異なる基質の反応状態の力場記述に基づいている。これにより、自由エネルギー障壁計算は、古典的な力場ベースの方法の高速を利用すると同時に、多くの化学的及び熱力学的情報を運ぶことができ、結合形成と結合切断プロセスの有意義な物理的記述が得られる。自由エネルギー障壁計算の準備作業は、力場の選択、目標反応の律速段階の決定、遷移状態等を含む。計算パラメータが決定された後、自由エネルギー障壁計算は「cadee」プロセスで実施され、Qtoolsを用いて本発明における計算結果を解析する。たとえば、cadeeプロセスでは、デフォルト設定はシミュレーション計算時間の12.6nsであり、シミュレーション領域内のすべてのタンパク質原子に対して200kcal×mol-1×A-2高調波拘束、すべての水原子に対して20kcal×mol-1×A-2から始めて、システムは90psのシミュレーション時間にわたって0.01から300Kまで徐々に加熱される。温度が高いほど高調波拘束は徐々に低下する。温度調節は、Berendsenサーモスタットを用いて行う。1fsの時間ステップが使用され、すべてのシミュレーションで反応座標がλ=0.5に設定され、遷移状態に近い反応ステップの後続の自由エネルギー障壁計算が開始される。4つの並列計算では、レプリカごとに8nsの分子動力学(MD)シミュレーションを実行し、シミュレーション結果を経験的な原子価結合シミュレーションの開始点として使用する。8nsの長さのMDシミュレーションの1nsごとにスナップショットを取得して遷移状態に近い構造を取得し、長さ520psの経験的原子価結合シミュレーションを実行するために使用され、それぞれ20psの26個のEVB-FEP/USウィンドウに分散される(λ=0、0.05、0.075、0.1、0.125、0.15、0.2、0.25、0.30、0.35、0.40、0.425、0.45、0.55、0.575、0.6、0.65、0.70、0.75、0.80、0.85、0.875、0.90、0.925、0.95、1)。さらに、各スナップショットのデータマッピングには、前の1nsMDシミュレーション(λ=0.5)のデータを使用して、遷移状態に近いサンプリングを増やす。Cadeeのワークフローのデフォルト設定を使用すると、非常に長い計算プロセスになる可能性がある。したがって、本発明の計算プロセスにおけるMDシミュレーション時間は8nsから4nsに短縮され、各並列計算レプリカにおける繰り返し計算周期は4に短縮される。これにより、計算時間を24時間未満に短縮でき、計算精度があまり変わらない。このような本発明のcadeeプロセスにおける多タスク並列計算は、マルチコアコンピュータで行うことができるので、高性能なコンピュータを用いて多数の変異体に対する触媒活性の仮想スクリーニングを実現することができる。
【0017】
自由エネルギー障壁とは、反応分子が活性状態に到達するために必要な最低エネルギーであり、エネルギー障壁の大きさによって反応の難易度を反映させることができる。
図2に示すように、遊離状態の酵素と基質の電位エネルギーと活性化状態の酵素-基質複合体の電位エネルギーの差が自由エネルギー障壁である。言い換えれば、それは最低エネルギー点(遊離状態における酵素と基質の最適立体構造)から最高エネルギー点(活性化状態における酵素-基質複合体の最適立体構造)へのギャップである。本発明の計算プロセスでは、初期状態の最低エネルギーと活性化状態の最高エネルギーとの差である。
【0018】
上述した方法で、
図1に示すような仮想スクリーニングワークフローに続いて、少量セットの酵素変異体を予測した後、実験検証を行う。この少量セットの予測された酵素変異体が実験室で構築及び発現され、標的基質上でのそれらの触媒活性がテストされて、それらが期待される触媒活性を有するか否かが確認される。
【0019】
指向性酵素進化の通常の実践では、3Dタンパク質構造の研究と酵素反応機構のシミュレーションは標的酵素に対して行われないため、どの位置でどのアミノ酸置換が酵素の性能を向上させることに有益であるかを予測することはほとんどできない。有益なアミノ酸置換(または突然変異)のスクリーニングのためには、大規模で多様なライブラリを構築する必要があることが多く、これらのライブラリのスクリーニングには多くの時間と実験室のリソースが必要である。本発明における計算方法論を実施する場合、ここに開示される結果処理方法と組み合わせて酵素と基質とのドッキング構造に基づく仮想スクリーニングにより、酵素変異体の安定性を評価することができる。この仮想スクリーニングにより、不安定変異体を大量に除外できるため、実験室スクリーニング用の変異体の数を大幅に減らすことができる。酵素の安定性の計算に関しては、計算自体は経験的アルゴリズムを使用しており、完全な精度を保証するものではない。計算の実現可能性のために、アミノ酸骨格の弾性変化などの多くの要因は変数とは見なされず、基質ドッキングステップの低分子リガンドは剛体としてドッキングされることが多く、周囲の環境要因も単純化される。また、現在知られている仮想スクリーニング方法では、エネルギー値を直接ソートして安定性計算結果を処理して、有益な突然変異(最低エネルギー)を与える。これらの制約により、仮想スクリーニング方法で、有益な突然変異を見逃すことができた。これらの制限を克服するために、出願人は、経験年数と、指向性酵素進化におけるデータとに基づいて、安定性仮想スクリーニング及び計算結果の処理方法を改善した。とりわけ、仮想スクリーニング変異体のΔΔG結果を処理する統計的方法が本発明で提案され、これは、他の仮想スクリーニングアルゴリズムではしばしば無視される有益な突然変異または有益な突然変異の組み合わせを思い付くことを可能にする。
【0020】
計算アルゴリズムのエネルギー関数パラメータによれば、タンパク質設計のための多くの計算プロトコルは、所与の変異体の構造安定性を評価するのみであり、特定の反応を触媒するための酵素変異体の活性評価をほとんど伴わない。酵素変異体の全体構造の安定性評価は、酵素工学の一側面であり、酵素の触媒活性の前提条件である。酵素の触媒活性の発見、創出、改善は、所与の基質に対する高活性酵素の利用可能性が生物触媒の産業応用を可能にするという理由だけで、実際には生物触媒産業の主な焦点である。しかし、最も多くの計算プロトコルは、安定性評価後の所与の基質の触媒活性の評価を達成できない。そこで、本発明は、安定性評価方法を最適化する上で、さらに特定の反応(特に非天然基質に対する活性)を触媒するための所与の酵素変異体の活性を評価するために自由エネルギー障壁計算を開発し、組み込んだ。本発明で開示される計算方法論は、基質、中間状態及び遷移状態などの複数の要因を考慮することにより、予測された安定変異体の触媒活性の評価を可能にする。本発明に開示される仮想スクリーニング方法は、ウェットラボでの実験スクリーニング用酵素変異体の高品質・小型ライブラリの設計に用いることができ、酵素仮想スクリーニングの精度や効率を大幅に向上させることができ、自由エネルギー障壁計算を用いた予測された安定変異体の活性評価では、酵素工学の効率や有効性を大幅に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】酵素変異体を仮想的にスクリーニングするためのワークフローを示す。
【
図3】KREDによって触媒されるラセミ体1,3-ブタンジオールの4-ヒドロキシ-2-ブタノンへの変換を示す。
【
図4】自由エネルギー障壁計算のためのcadeeプロセスを示す。
【
図5】(S)-(+)-1,3-ブタンジオールの原子数を示す。
【
図6】KREDによって触媒される4-ヒドロキシ-2-ブタノンの1,3-ブタンジオールへの変換、NADHの再生を達成するために同じKREDによって触媒されるイソプロパノールのアセトンへの同時変換を示す。
【
図7】10個のKRED変異体の触媒性能を、以下のような実験プロセスを用いてテストしたことを示す。
【
図8】4-ヒドロキシ-2-ブタノンと1、3-ブタンジオールのGCスペクトルを示す。
【
図9】(R)-(-)-1,3-ブタンジオールと(S)-(-)-1,3-ブタンジオールのGCスペクトルを示す。
【
図10】アミノリアーゼ変異体によって触媒されるアクリル酸とアンモニアからのβ-アラニンの合成を示す。
【
図11】自由エネルギー障壁計算のためのcadeeプロセスを示す。
【
図13】アクリル酸及びβ-アラニンの検出スペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下の実施例は、本発明をさらに説明し、本発明の技術的スキームの明確な説明を与える。なお、この実施形態により本発明が限定されるものではない。以下の実施例は、本発明の実施形態の一部に過ぎず、全てではない。本発明における実施例に基づくと、当業者が創造的な努力をすることなく得た他のすべての実施例は、本発明の範囲内に入る。
【0023】
実施例1.非天然基質(天然基質とは反対の鏡像異性体)に対して活性なケトン還元酵素(KRED)変異体の設計
【0024】
特許CN111321129号公報に記載のケトン還元酵素は、4-ヒドロキシ-2-ブタノンを(R)-(-)-1,3-ブタンジオールに非対称に変換することができる。一方、この酵素は、アルコールをケトンに変換する逆反応を触媒することもでき、この酵素の厳密な特異性のために、それは(R)-(-)-1,3-ブタンジオールに対してのみ活性であり、その反対の鏡像異性体、すなわち(S)-(+)-1,3-ブタンジオールに対しては活性ではない。基質としてラセミ体1,3-ブタンジオールを用いた場合(1:1の割合で(R)-(-)-1,3-ブタンジオールと(S)-(+)-1,3-ブタンジオールの混合物)は、(R)-(-)-1,3-ブタンジオールがこの酵素により4-ヒドロキシ-2-ブタノンに変換され、(S)-(+)-1,3-ブタンジオールがそのまま残存し、そこでラセミ体1,3-ブタンジオールから4-ヒドロキシ-2-ブタノンの収率が低下する。すべてのラセミ体1,3-ブタンジオールを4-ヒドロキシ-2-ブタノンに変換できるケト還元酵素変異体の開発は、産業上の応用が多い。このような変異体を開発させるために、CN111321129Aに開示されるケトン還元酵素を開始テンプレートとし、そのアミノ酸配列を配列番号2で示し、そのDNA配列を配列番号1で示す。配列番号2は、(R)-(-)-1,3-ブタンジオールに対して>99%(鏡像異性体過剰に関して)の立体選択性を有するが、(S)-(+)-1,3-ブタンジオールに対しては活性を有せず、すなわち、(S)-(+)-1,3-ブタンジオールは、配列番号2の非天然基質である。
【0025】
本発明で開示される計算プロトコルを用いて、10個の変異体が(R)-(-)-1,3-ブタンジオール及び(S)-(+)-1,3-ブタンジオールの両方に対して活性を示すと予測された。これらの10個の予測変異体は、ウェットラボで実験評価によりテストされ、
図3に示すように、高い触媒活性を保持し、(R)-(-)-1,3-ブタンジオールと(S)-(+)-1,3-ブタンジオールの両方を同時に4-ヒドロキシ-2-ブタノンに変換できる変異体は同定された。
【0026】
ラセミ体1,3-ブタンジオールを4-ヒドロキシ-2-ブタノンに変換するためのKRED変異体の計算設計である。
【0027】
(1)タンパク質構造の取得:YASARAソフトウェアを用いて配列番号2の相同性モデリングを行い、標的タンパク質の3D構造モデルを取得する。
【0028】
(2)ドッキング解析:(R)-(-)-1,3-ブタンジオール及び(S)-(+)-1,3-ブタンジオールは、Yasaraソフトウェアを用いてそれぞれ標的タンパク質とドッキングした。その結果を分析した。(S)-(+)-1,3-ブタンジオールのドッキング結果は、位置I144、H145、Q150、Y188等におけるアミノ酸の残基側鎖の立体障害が過大であった。そこで、本実施例では、これらの位置を仮想スクリーニングのための突然変異誘発部位として選択した。
【0029】
(3)安定性評価:表1に示すように、I144、H145、Q150、Y188の各位置について置換候補を選択した。続いて、Pythonスクリプトを用いて、Rosettaに要求される突然変異の組み合わせの入力ファイルを生成し、可能な突然変異の組み合わせとして400個の変異体があった。各変異体構造と配列番号2の構造との間の自由エネルギー差(ΔΔG)を、Cartesian_ddgアルゴリズムを用いて計算した。
【0030】
その後、統計的方法[3b]を用いて計算結果を処理し、予測された有益な置換を表2に示す。
【0031】
(4)自由エネルギー障壁計算:ステップ(3)で予測された有益な置換を組み合わせると、合計36個の可能な変異体が得られ、cadeeプロセスを使用して自由エネルギー障壁が計算された。
【0032】
シミュレーション設定:シミュレーションシステムは、まず、(S)-(+)-1,3-ブタンジオールのC3原子を中心とする半径20AのTIP3Pモデル水分子の球状の水滴に溶解され、シミュレーション中心から17A以内ですべての原子(すなわち、(S)-(+)-1,3-ブタンジオールのC3原子)を自由に移動することができた。シミュレーション中心から17Aから20Aの間にあるすべての原子は10kcal×mol
-1×A
-2高調波拘束で拘束され、20Aを超える範囲の原子は200kcalの調和力定数で拘束された。H原子は、SHAKEアルゴリズムを用いて溶媒中に閉じ込められた。10Aのカットオフを使用して、経験的原子価領域を除くすべての原子間の非結合相互作用を計算し、そのすべてが99Aであると明示的に計算された。この臨界値を超える全ての長距離静電気を局所反応場(LRF)法を用いて処理し、自由エネルギー障壁計算のためのcadeeプロセスを
図4に示し、(S)-(+)-1,3-ブタンジオールの原子数を
図5に示す。
【0033】
Cadeeプロセスの計算結果に基づいて、障壁が最も低い10個の変異体を選択して表3に示す。
(5)実験検証
【0034】
(5.1)表3に示す10個の変異体の1,3-ブタンジオールに対する立体選択性を、
図6に示す反応を用いて検討した。
【0035】
反応フラスコに、0.1gの4-ヒドロキシ-2-ブタノン、0.5mLのイソプロパノール、各KRED変異体を発現する0.1gの湿細胞(組換え発現プロセスについては特許CN111321129Aに開示された方法を参照)、及び0.005gのNAD+を添加した。反応フラスコ中の最終反応量を0.1MPB(pH7)バッファーで5mlまで充填した。反応フラスコを40℃のIKA製マグネチックスターラーに投入し、撹拌速度を400rpmに設定して反応を開始した。1時間反応させた後、反応をサンプリングし、GCで測定した。得られた1,3-ブタンジオールのee%(鏡像異性体過剰)値を表4に示す。計算式はee%=([R]-[S])/([R]+[S])であり、[R]は試料中の(R)-(-)-1,3-ブタンジオールの濃度を表し、[S]は試料中の(S)-(+)-1,3-ブタンジオールの濃度を表す。
*注:(S)-(+)-1,3-ブタンジオールは検出されなかった。
【0036】
表4のee%の結果は、(R)-(-)-1,3-ブタンジオール及び(S)-(+)-1,3-ブタンジオールの両方が10個のKRED変異体(すなわち配列番号4、6、8、10、12、14、16、18、20、22)によって生成されたことを示し、計算上予測された10個のKRED変異体が(S)-(+)-1,3-ブタンジオールに対する活性を有することを示唆している。
【0037】
(5.2)
図7に示すようにラセミ体1,3-ブタンジオールを4-ヒドロキシ-2-ブタノンに変換するために、10個のKRED変異体の触媒性能を、以下のような実験プロセスを用いてテストした。
【0038】
反応フラスコに、0.1gのラセミ体1,3-ブタンジオール(1:1の割合で(R)-(-)-1,3-ブタンジオールと(S)-(+)-1,3-ブタンジオールの混合物)、0.5mLのアセトン、各KRED変異体を発現する0.1gの湿細胞(組換え発現プロセスについては特許CN111321129Aに開示された方法を参照)、及び0.005gのNAD
+補因子を添加した。反応フラスコ中の最終反応量を0.1MPB(pH7)バッファーで5mLまで充填した。反応フラスコを40℃のIKA製マグネチックスターラーに投入し、撹拌速度を400rpmに設定して反応を開始した。1時間反応させた後、反応をサンプリングし、GCで測定した。1,3-ブタンジオールの変換を表5に示す。
【0039】
配列番号2は(R)-(-)-1,3-ブタンジオールに対してのみ活性を示し、(S)-(+)-1,3-ブタンジオールに対しては活性を示さないので、
図7に示す反応について配列番号2が達成できる理論最大変換は50%である。表5のデータは、計算的に設計された10個のKRED変異体(配列番号4、6、8、10、12、14、16、18、20、22)が>50%の変換に達することができることを示し、これらの変異体は、(R)-(-)-1,3-ブタンジオール及び(S)-(+)-1,3-ブタンジオールの両方を4-ヒドロキシ-2-ブタノンに変換できることを示唆している。
解析方法:
【0040】
変換解析のためのGC方法:クロマトグラフィーカラムはDB-WAX15m*0.25mm*0.25μm、キャリアガスはN
2、検出器はFID、入口温度は250°C、分割比は28:1、検出器温度は300°Cであった。注入量は1μL、カラム温度は130°C、10°C/minで150°Cまで昇温した後、20°C/minで160°Cまで昇温し、
図8に示すように、4-ヒドロキシ-2-ブタノンの保持時間は1.5分、1,3-ブタンジオールの保持時間は2.3分であった。
【0041】
キラル分析のためのGC方法:注入前に、試料を以下のように誘導体化した:200μLのクエンチ試料に50μLのMSTFAと30μLの無水ピリジンを加え、1.5mLの遠沈管でよく混合し、誘導体化反応を30分間振とうした。クロマトグラフィーカラムはCP-Chirasil Dex CB(CP7502)25m*0.25mm*0.25μm、キャリアガスはN
2、検出器はFID、入口温度は250°C、分割比は28:1、検出器温度は300°Cであった。注入量は1μL、カラム温度は105℃、停止時間は9分、
図9に示すように、(R)-(-)-1,3-ブタンジオールの保持時間は6.4分、(S)-(+)-1,3-ブタンジオールの保持時間は6.6分であった。
【0042】
実施例2:アクリル酸を基質とするアスパラギン酸アミノリアーゼ変異体の設計
【0043】
特許出願CN109385415Aは、アクリル酸を基質として使用してβ-アラニンの合成を触媒するアスパラギン酸アミノリアーゼの変異体を開示する。反応式を
図10に示す。野生型アスパラギン酸アミノリアーゼは、バチルス属である。YM55-1、そのアミノ酸配列は配列番号24として示され、そしてそのコードDNA配列は配列番号23として示されている。配列番号24の天然基質はアスパラギン酸であり、アクリル酸は配列番号24の非天然基質である。
【0044】
本発明で開示される計算方法論の有効性をさらに検証するために、
図10に示す反応を触媒するための従来技術における他の工学的変異体を凌駕する配列番号24の新しい変異体の設計に適用した。本実施例では、本発明に開示される仮想スクリーニングプロトコルにより、
図10に示す反応の触媒活性で、配列番号24の10個の変異体を予測した。さらに実験検証を行った後、2つの新規な有益な突然変異N326T、N326Vを同定した。これら2つの突然変異をそれぞれ含む配列番号26及び配列番号28の変異体は、
図10に示す反応を触媒する優れた性能を示す。
【0045】
アクリル酸とアンモニアからのβ-アラニンの合成のためのアスパラギン酸アミノリアーゼ変異体の計算設計である。
【0046】
(1)3Dタンパク質構造の取得:ID 3R6Vを有するアスパラギン酸アミノリアーゼの3Dタンパク質構造をタンパク質データバンク(PDB)から取得した。
【0047】
(2)ドッキング解析:アスパラギン酸とβ-アラニンは、それぞれYasaraソフトウェアによって3R6Vとドッキングされた。Yasaraでドッキング結果を可視化し、Q142、T187、H188、M321、K324、N326、L358の位置がβ-アラニンの結合ポケットに大きな影響を与えることを示したため、これらの位置を仮想スクリーニングの突然変異誘発部位として選択した。
【0048】
(3)安定性評価:表6に示すように、Q142、T187、H188、M321、K324、N326、L358の各位置について置換候補を選択した。次に、Pythonスクリプトを使用して、Rosettaが必要とする突然変異の組み合わせの入力ファイルを生成し、16384個の可能な変異体があった。各変異構造と配列番号24の構造との自由エネルギー差(ΔΔG)を、Cartesian_ddgアルゴリズムを用いて計算した。
【0049】
その後、統計的方法[3b]を用いて計算結果を処理し、予測された有益な置換を表7に示す。
【0050】
(4)自由エネルギー障壁計算:ステップ(3)で予測された有益な置換を組み合わせると、合計432個の可能な変異体が得られ、cadeeプロセスを使用して自由エネルギー障壁が計算された。
【0051】
シミュレーション設定:シミュレーションシステムは、アクリル酸のC1原子を中心とした半径20AのTIP3Pモデル水分子の球状の水滴に最初に溶解された。シミュレーション中心から17Aから20Aの間にあるすべての原子(すなわちアクリル酸のC1原子)は10kcal×mol
-1×A
-2高調波拘束で拘束され、20Aを超える範囲の原子は200kcalの調和力定数で拘束された。H原子は、SHAKEアルゴリズムを用いて溶媒中に閉じ込められた。10Aのカットオフを使用して、経験的原子価領域を除くすべての原子間の非結合相互作用を計算し、そのすべてが99Aであると明示的に計算された。この臨界値を超える全ての長距離静電気を局所反応場(LRF)法を用いて処理した。
図11は、自由エネルギー障壁計算のためのcadeeプロセスを示し、
図12は、アクリル酸の原子数を示す。
【0052】
Cadeeプロセスの計算結果に基づいて、障壁が最も低い10個の変異体を選択して表8に示す。
【0053】
これら10個の予測変異体の突然変異(配列番号24と比較)のうち、従来技術(T187I、N326Cなど)ではいくつかの突然変異が報告されており、いくつかの突然変異がいずれの従来技術においても報告されていない(N326T、N326Vなど)。
(5)実験検証
【0054】
(5.1)新規な突然変異N326TまたはN326Vを含む2つの予測変異体を実験検証のために選択した。アミノ酸配列番号及びDNA配列番号を表9に示す。
【0055】
500mLスケールでの反応は次のように設定された:配列番号26または配列番号28を発現する湿細胞は10g/Lで、アクリル酸(アンモニアでpH9に調整)は300g/Lで、反応の温度は水浴で制御した40°Cで、攪拌速度は400rpmとした。反応を24時間後に停止し、分析のためにサンプリングした。反応試料中のアクリル酸の変換は、表9に示すようにHPLCにより検出した。結果は、変異体配列番号26及び配列番号28が優れた触媒活性を有することを示す。
【0056】
変換解析のためのHPLC法:アジレントZORBAX-NH2カラム(4.6*150mm、5μm)を備えたアジレント1100HPLC装置を使用した。パラメータは次のように設定された:移動相は50%のリン酸二水素カリウムと50%のアセトニトリルで構成され、流速は1mL/min、検出波長は205nm、カラム温度は40°Cであった。得られたクロマトグラムは
図13に示す(アクリル酸の保持時間は3.6分、β-アラニンの保持時間は4.1分)。
【0057】
(5.2)様々な温度またはpHの条件下での配列番号26によって触媒されるβ-アラニンの合成
【0058】
反応5.2.1
1.0Lの反応容器に、配列番号26を発現する2.5gの湿細胞及び100mLの純水を加え、60°Cで撹拌した。基質原液を以下のように調製した:フラスコに25gのアクリル酸を加え、そのpHを60°Cでアンモニアで10に調整し、次いで全量を水で400mLまで充填した。基質原液を反応容器に添加し、懸濁液中の湿細胞と混合した。アクリル酸の最終濃度は50g/Lであり、湿細胞は5g/Lであった。反応液を60°Cに保ち、200rpmで撹拌した。解析用に反応途中に試料を採取した。
【0059】
反応5.2.2
1.0Lの反応容器に、配列番号26を発現する2.5gの湿細胞及び100mLの純水を加え、50°Cで撹拌した。基質原液を以下のように調製した:フラスコに25gのアクリル酸を加え、そのpHを50°Cでアンモニアで7に調整し、次いで全量を水で400mLまで充填した。基質原液を反応容器に添加し、懸濁液中の湿細胞と混合した。アクリル酸の最終濃度は50g/Lであり、湿細胞は5g/Lであった。反応液を50°Cに保ち、200rpmで撹拌した。解析用に反応途中に試料を採取した。
【0060】
反応5.2.3
1.0Lの反応容器に、配列番号26を発現する2.5gの湿細胞及び100mLの純水を加え、30°Cで撹拌した。基質原液を以下のように調製した:フラスコに25gのアクリル酸を加え、そのpHを30°Cでアンモニアで9に調整し、次いで全量を水で400mLまで充填した。基質原液を反応容器に添加し、懸濁液中の湿細胞と混合した。アクリル酸の最終濃度は50g/Lであり、湿細胞は5g/Lであった。反応液を30°Cに保ち、200rpmで撹拌した。解析用に反応途中に試料を採取した。
【0061】
反応5.2.4
1.0Lの反応容器に、配列番号26を発現する2.5gの湿細胞及び100mLの純水を加え、45°Cで撹拌した。基質原液を以下のように調製した:フラスコに25gのアクリル酸を加え、そのpHを45°Cでアンモニアで11に調整し、次いで全量を水で400mLまで充填した。基質原液を反応容器に添加し、懸濁液中の湿細胞と混合した。アクリル酸の最終濃度は50g/Lであり、湿細胞は5g/Lであった。反応液を45°Cに保ち、200rpmで撹拌した。解析用に反応途中に試料を採取した。
【0062】
5.2.1~5.2.4の反応では、反応中の異なる時点(6時間、24時間)で試料を採取し、各反応時点におけるアクリル酸のβ-アラニンへの変換をHPLCで検出した。結果を表10に示す。
【0063】
変異体配列番号26は、広い温度範囲(30°C~60°C)及びpH範囲(pH7~pH11)で
図10に示す反応を触媒することに良好な性能を有する。
【0064】
(5.3)異なる酵素及び/又は基質負荷を有する条件下での配列番号26によって触媒されるβ-アラニンの合成。
【0065】
反応5.3.1
1.0Lの反応容器に、配列番号26を発現する7.5gの湿細胞及び100mLの純水を加え、30°Cで撹拌した。基質原液を以下のように調製した:フラスコに150gのアクリル酸を加え、そのpHを30°Cでアンモニアで9に調整し、次いで全量を水で400mLまで充填した。基質原液を反応容器に添加し、懸濁液中の湿細胞と混合した。アクリル酸の最終濃度は300g/Lであり、湿細胞は15g/Lであった。反応液を30°Cに保ち、200rpmで撹拌した。反応途中に試料を採取し、各反応時点におけるアクリル酸のβ-アラニンへの変換をHPLCで検出した。結果を表11に示す。
【0066】
反応5.3.2
1.0Lの反応容器に、配列番号26を発現する10gの湿細胞及び100mLの純水を加え、60°Cで撹拌した。基質原液を以下のように調製した:フラスコに200gのアクリル酸を加え、そのpHを60°Cでアンモニアで9に調整し、次いで全量を水で400mLまで充填した。基質原液を反応容器に添加し、懸濁液中の湿細胞と混合した。アクリル酸の最終濃度は400g/Lであり、湿細胞は20g/Lであった。反応液を60°Cに保ち、200rpmで撹拌した。反応途中に試料を採取し、各反応時点におけるアクリル酸のβ-アラニンへの変換をHPLCで検出した。結果を表12に示す。
【0067】
反応5.3.3
1.0Lの反応容器に、配列番号26を発現する5gの湿細胞及び100mLの純水を加え、30°Cで撹拌した。基質原液を以下のように調製した:フラスコに150gのアクリル酸を加え、そのpHを30°Cでアンモニアで9に調整し、次いで全量を水で400mLまで充填した。基質原液を反応容器に添加し、懸濁液中の湿細胞と混合した。アクリル酸の最終濃度は300g/Lであり、湿細胞は10 g/Lであった。反応液を30°Cに保ち、200rpmで撹拌した。反応途中に試料を採取し、各反応時点におけるアクリル酸のβ-アラニンへの変換をHPLCで検出した。結果を表13に示す。
【0068】
図10に示す反応を触媒する際に、配列番号26は、400g/Lのアクリル酸と広範囲の温度とpHに耐えることができ、アクリル酸のβ-アラニンへの変換は>99.9%である。
【0069】
なお、上述した本発明の内容を読み取った後、当業者であれば、本発明に種々の修正や変更を加えることが可能である。これらの形態も本発明の特許請求の範囲に含まれる。
【配列表】
【手続補正書】
【提出日】2023-09-13
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の酵素の3Dタンパク質構造を得る工程(1)と、
ドッキング、基質結合立体構造の解析、突然変異誘発の候補位置の選択によるタンパク質-基質複合構造の3Dモデルを構築する工程(2)と、
候補位置ごとに、アミノ酸置換を特定し、タンパク質構造の安定性評価方法を用いて、全ての候補位置の特定アミノ酸置換の全ての可能な組み合わせを仮想的にスクリーニングして候補位置ごとに有益な置換を予測する工程(3)と、
非天然基質との酵素反応のコンテキストにおいて、自由エネルギー障壁計算を用いて、全ての候補位置の予測された有益な置換の全ての可能な組み合わせを仮想的にスクリーニングして非天然基質に対して触媒活性を有する変異体を予測する工程(4)とを含むことを特徴とする、
非天然基質に対する触媒活性を取得するために所与の酵素の人工変異体を設計するための計算方法論。
【請求項2】
前記3D構造は、タンパク質データバンクデータベースからの構造、またはモデリングソフトウェアによって予測された構造のいずれかであり得ることを特徴とする、請求項1に記載の人工酵素変異体を設計するための計算方法論。
【請求項3】
前記タンパク質-基質複合体構造の3Dモデルを構築するためのソフトウェアは、Yasara、Discovery studioまたはRosettaであり得ることを特徴とする、請求項1に記載の人工酵素変異体を設計するための計算方法論。
【請求項4】
タンパク質構造安定性の評価方法は、ddg_monomer、Cartesian_ddg、FoldX、Provean、ELASPICまたはAmber TIであり得ることを特徴とする、請求項1に記載の人工酵素変異体を設計するための計算方法論。
【請求項5】
安定性評価結果を統計的方法で処理し、候補位置ごとに有益な置換を予測することができる人工酵素変異体を設計するための計算方法論であって、
計算された全ての変異体のΔΔG結果を数値の低い方から高い方にソートするステップ(i)と、
一部の上位の変異体(すなわち安定クラスター)のアミノ酸置換及び、一部の下位の変異体(不安定クラスター)のアミノ酸置換を頻度解析のために選択し、特定のアミノ酸位置について、不安定クラスターにおけるより高い頻度の置換を安定クラスターにおけるより高い頻度の置換から差し引いて、この位置における理論的に安定な置換(すなわち予測される有益な置換)を得るステップ(ii)と、
このようにして得られた各位置での安定な置換を組み合わせて、コンピュータ仮想スクリーニングにより予測されるような安定変異体を得ることができるステップ(iii)とを含むことを特徴とする、請求項1に記載の人工酵素変異体を設計するための計算方法論。
【請求項6】
「反応自由エネルギー障壁計算」における「自由エネルギー障壁」を、最低エネルギー点(遊離状態における酵素と基質の最適立体構造)と最高エネルギー点(活性化状態における酵素-基質複合体の最適立体構造)とのエネルギー差と定義することを特徴とする、請求項1に記載の人工酵素変異体を設計するための計算方法論。
【請求項7】
前記変異体が、配列番号24の非天然基質であるアクリル酸からβ-アラニンの合成を触媒し、前記変異体が配列番号24と比較して、アミノ酸置換X326T又はX326Vを有することを特徴とする、請求項1に記載の計算方法論を用いて設計された人工アミノリアーゼ変異体。
【請求項8】
前記人工アミノリアーゼ変異体のアミノ酸配列が、配列番号24と比較して、アミノ酸置換X187I又はX187C、X321C、X324L又はX324Vを更に含むことを特徴とする、請求項7に記載の人工的に設計されたアミノリアーゼ変異体。
【請求項9】
前記変異体のアミノ酸配列が配列番号26及び配列番号28であることを特徴とする、請求項7又は8に記載の人工的に設計されたアミノリアーゼ変異体。
【請求項10】
前記変異体は、30~60°Cの温度範囲及び/又は7~11のpH範囲の条件下でアクリル酸からβ-アラニンを合成する反応を触媒することを特徴とする、請求項
7に記載の人工的に設計されたアミノリアーゼ変異体。
【国際調査報告】