(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-04-12
(54)【発明の名称】飛行時間型質量分析計
(51)【国際特許分類】
H01J 49/40 20060101AFI20240405BHJP
H01J 49/06 20060101ALI20240405BHJP
H01J 49/02 20060101ALI20240405BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20240405BHJP
【FI】
H01J49/40 300
H01J49/06 100
H01J49/02 200
H01J49/00 310
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023567969
(86)(22)【出願日】2022-04-28
(85)【翻訳文提出日】2023-12-20
(86)【国際出願番号】 EP2022061389
(87)【国際公開番号】W WO2022233714
(87)【国際公開日】2022-11-10
(32)【優先日】2021-05-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】501350833
【氏名又は名称】クラトス・アナリテイカル・リミテツド
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】弁理士法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ボードラー,アンドリュー
(57)【要約】
イオン源と;検出器と;イオン源と検出器との間を延びるパスに位置付けられたイオンゲートと;可変電圧ユニットと;制御ユニットとを有する、飛行時間(「TOF」)型質量分析計。制御ユニットは、TOF型質量分析計を制御して、少なくとも1つのアクイジションサイクルを行うように構成され、少なくとも1つのアクイジションサイクルは:イオン源を動作させて、複数の質量/電荷(m/z)値を有するイオンを生成し放出し、その結果、異なるm/z値を有するイオンがイオン源と検出器との間を延びるパスを辿って異なる時間に検出器に到達すること;検出器を動作させて、検出器に到達する異なるm/z値を有するイオンを表す出力電流を生成すること;可変電圧ユニットを動作させて、アクイジションサイクル中にイオンゲートの少なくとも2つの電極間に動的な電位差を適用し、その結果、少なくとも2つの電極間に適用される電位差の大きさがアクイジションサイクル内で変わることを含む。動的な電位差は、当該/各アクイジションサイクル内で;第1のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している第1の時間に、イオンゲートが第1の状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に第1の電位差が適用され、および、第2のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している、第1の時間より後の第2の時間に、イオンゲートが第2の状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に第2の電位差が適用されるように構成される。イオンゲートの第1の状態および第2の状態のうちの少なくとも1つは、イオンゲートを通過するイオンの全てではなく一部が検出器に到達するのを妨げるように、イオンゲートがイオンゲートを通過するイオンを偏向させる中間状態である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
飛行時間(「TOF」)型質量分析計であって、
イオン源と、
検出器と、
イオン源と検出器との間を延びるパスに位置付けられたイオンゲートと、
可変電圧ユニットと、
制御ユニットと
を有し、
制御ユニットが、TOF型質量分析計を制御して、少なくとも1つのアクイジションサイクルを行うように構成され、少なくとも1つのアクイジションサイクルが、
イオン源を動作させて、複数の質量/電荷(m/z)値を有するイオンを生成し放出し、その結果、異なるm/z値を有するイオンがイオン源と検出器との間を延びるパスを辿って異なる時間に検出器に到達すること、
検出器を動作させて、検出器に到達する異なるm/z値を有するイオンを表す出力電流を生成すること、
可変電圧ユニットを動作させて、アクイジションサイクル中にイオンゲートの少なくとも2つの電極間に動的な電位差を適用し、その結果、少なくとも2つの電極間に適用される電位差の大きさがアクイジションサイクル内で変わること
を含み、
動的な電位差が、当該/各アクイジションサイクル内で、
第1のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している第1の時間に、イオンゲートが第1の状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に第1の電位差が適用され、および、
第2のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している、第1の時間より後の第2の時間に、イオンゲートが第2の状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に第2の電位差が適用される
ように構成され、
イオンゲートの第1の状態および第2の状態のうちの少なくとも1つが、イオンゲートを通過するイオンの全てではなく一部が検出器に到達するのを妨げられるように、イオンゲートがイオンゲートを通過するイオンを偏向させる中間状態である、TOF型質量分析計。
【請求項2】
動的な電圧波形が、当該/各アクイジションサイクル内で、
1つ以上の所定のゲート閉m/z値を有するイオンがイオンゲートを通過しているとき、イオンゲートが1つ以上の所定のゲート閉時間にゲート閉状態にあるように、ゲート閉電位差が、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用され、イオンゲートが、ゲート閉状態にあるとき、イオン源から放出されイオンゲートを通過するイオンの実質的に全てが検出器に到達するのを妨げる
ように構成される、請求項1に記載のTOF型質量分析計。
【請求項3】
動的な電圧波形が、当該/各アクイジションサイクル内で、
1つ以上の所定のゲート開m/z値を有するイオンがイオンゲートを通過しているとき、イオンゲートが1つ以上の所定のゲート開時間にゲート開状態にあるように、ゲート開電位差が、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用され、イオンゲートが、ゲート開状態にあるとき、イオン源から放出されイオンゲートを通過する実質的にどのイオンも検出器に到達するのを妨げない
ように構成される、請求項1または2に記載のTOF型質量分析計。
【請求項4】
中間電位差の大きさが、ゲート開電位差の大きさとゲート閉電位差の大きさとの間である、請求項2および3に記載のTOF型質量分析計。
【請求項5】
ゲート開電位差の大きさとゲート閉電位差の大きさとの間の差の大きさが、1000V以下である、請求項2および3、ならびに任意選択で、請求項4に記載のTOF型質量分析計。
【請求項6】
動的な電位差が、当該/各アクイジションサイクル内で、イオンゲートが、アクイジションサイクル中の異なる時間に異なる中間状態に置かれて、各中間状態が、イオンゲートを通過する異なる割合のイオンが検出器に到達することを妨げるように構成され、可変電圧ユニットが、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に異なる中間電位差を適用することによって、各中間状態が得られる、請求項1から5のいずれか一項に記載のTOF型質量分析計。
【請求項7】
動的な電圧波形が、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用される電位差を、電位差が連続的に変化するように、変えるように構成される、請求項1から6のいずれか一項に記載のTOF型質量分析計。
【請求項8】
第1の電位差の大きさが、第2の電位差の大きさよりも大きい、請求項1から7のいずれか一項に記載のTOF型質量分析計。
【請求項9】
第1の電位差の大きさが、第2の電位差の大きさよりも小さい、請求項1から7のいずれか一項に記載のTOF型質量分析計。
【請求項10】
動的な電圧波形が、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用される電位差を、電位差が当該/各アクイジションサイクル内で時間とともに大きさが徐々に減少するように、変えるように構成される、請求項1から9のいずれか一項に記載のTOF型質量分析計。
【請求項11】
イオンゲートが、イオン源と検出器との間を延びるパスに対して横方向である横軸に沿って異なる位置に分布された平行なワイヤのセットを含む、請求項1から10のいずれか一項に記載のTOF型質量分析計。
【請求項12】
セット中のワイヤの厚さが50um以下であり、当該/各セット中の隣接するワイヤ同士の距離間隔が1mm以下である、請求項11に記載のTOF型質量分析計。
【請求項13】
イオン源がMALDIイオン源である、請求項1から12のいずれか一項に記載のTOF型質量分析計。
【請求項14】
請求項1から13のいずれか一項に記載のTOF型質量分析計を動作させる方法であって、方法が、制御ユニットがTOF型質量分析計を制御して、少なくとも1つのアクイジションサイクルを行うことを含み、少なくとも1つのアクイジションサイクルが、
イオン源を動作させて、複数の質量/電荷(m/z)値を有するイオンを生成し放出し、その結果、異なるm/z値を有するイオンがイオン源と検出器との間を延びるパスを辿って異なる時間に検出器に到達すること、
検出器を動作させて、検出器に到達する異なるm/z値を有するイオンを表す出力電流を生成すること、
可変電圧ユニットを動作させて、アクイジションサイクル中にイオンゲートの少なくとも2つの電極間に動的な電位差を適用し、その結果、少なくとも2つの電極間に適用される電位差の大きさがアクイジションサイクル内で変わること
を含み、
動的な電位差が、当該/各アクイジションサイクル内で、
第1のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している第1の時間に、イオンゲートが第1の状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に第1の電位差が適用され、および、
第2のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している、第1の時間より後の第2の時間に、イオンゲートが第2の状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に第2の電位差が適用される
ように構成される、方法。
【請求項15】
請求項1から13のいずれか一項に記載の質量分析計を提供するようにTOF型質量分析計を改変する方法であって、
方法を行うことに先立って、TOF型質量分析計が、
イオン源、
検出器、
制御ユニット
を含み、方法が、
任意選択で、イオンゲートおよび可変電圧ユニットをTOF型質量分析計に追加すること、
請求項1から13のいずれか一項に従ってTOF型質量分析計を制御するように質量分析計の制御ユニットを構成すること
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は、2021年5月4日に提出されたGB2106342.5に対する優先権を主張するものである。
【0002】
本発明は、飛行時間(「TOF」)型質量分析計に関する。
【背景技術】
【0003】
質量分析計は、化合物/分子をイオン化することで生成したイオンを記録することによって、化合物の成分の分子質量もしくは原子質量から化合物を識別するために、および/または分子の構造を解明するために一般的に使用される、よく知られた機器である。
【0004】
例示のTOF型質量分析計100を、
図1(a)に示す。この例示のTOF型質量分析計100は、複数の質量対電荷比(m/z値)を有するイオンを生成するように構成されたイオン源110、イオン源によって生成されたイオンをそれらのm/z値にしたがって分離するように構成されたフィールドフリードリフト領域130、および検出器150であって、この検出器150に当たる異なるm/z値を有するイオンの相対存在量を表す出力電流を生成するように構成された、検出器150を含む。
【0005】
図1(a)の例示のTOF型質量分析計では、イオン源110は、試料に光を発射することにより試料プレート116に担持された試料をイオン化するためのレーザ112を含むMALDIイオン源である。MALDIイオン源110は、イオン源110によって生成されたイオンを加速させるための加速/引き出し電極114、および/または試験対象の試料を見るための観察光学系118(照明光源を含んでもよい)をさらに含む場合がある。TOF型質量分析計100は、イオン源によって生成されたイオンを操作するための、イオン源110によって生成されたイオンを例えば加速、減速、ステアリング、偏向、反射、集光、および/または再集光させるための、1つ以上のイオン光学コンポーネントを含むことができる。
図1(a)のTOF型質量分析計100では、イオン光学コンポーネントは、フィールドフリードリフト領域130内のある(好ましくは最適な/最適化された)位置に配置された、集光素子120を含む。
【0006】
使用時、MALDIイオン源110は、試料プレート116に配置された試験対象の試料に光パルスを発射するためにレーザ112を使用することによって、複数のm/z値を有するイオンを生成するように動作させられる。典型的には、分析に先立って、試験対象の試料は、通常30キロボルトまでの、数キロボルトの一定な高電圧に保たれる。レーザが化合物試料上で(典型的には幅100um±50umに)集光されると、化合物試料はイオン化し、イオンは初期速度に大きな広がりがある状態で表面から離れる。集光幅は数ミクロンから数百ミクロンまで、様々な用途で変わってもよい。
【0007】
描かれる例では、加速/引き出し電極114は、異なるm/z値を有するイオンが異なる時間に検出器に当たるように、イオン源によって生成されたイオンを検出器150に向けて加速するために使用される。典型的には、これは、加速/引き出し電極114および/または試料プレート116に高電圧パルスを適用することによって、試料と加速/引き出し電極114との間に電位差を作ることで達成され、このことは、対象のm/z値を有するイオンの速度の初期の広がりを低減するために、最適化された瞬間に起こることが好ましい。通常、高電圧パルスは、イオン源110によってイオンが最初に生成された後、すなわちレーザパルスの後、何らかの時間間隔で適用される。典型的には、この間隔は、レーザパルスの後、数10ナノ秒から数マイクロ秒である。次いで、加速されたイオンは、典型的にはイオン源(たいていグランド電位に保たれる)の出口電極を通ってMALDIイオン源110を出て、検出器150に向かってフィールドフリードリフト領域130中へ出現するイオンビームを形成する。
【0008】
イオン光学コンポーネントは、例えば方向補正および/またはコリメーションを提供するために、イオンビームパスに沿って、必要に応じて電極1つ以上のセットを含むことができる。コリメート素子120は、そのような電極の追加のセットの例である。イオンゲート(例えば、
図3(a)に示されるイオンゲート280)は、そのような電極の追加のセットの別の例である。
【0009】
通常、イオン源110によって生成されるイオンは、ほぼ同じ運動エネルギーを持つため、それらの速度は質量に依存する。イオンがほぼ同じ運動エネルギーを有するとき、異なるm/z値を有するイオンは、それらのm/z値に応じて異なる飛行時間を有し(これは、後述する
図14(b)によって図示される)、したがって、最終的に異なる時間に検出器150に当たる。m/z値のより小さいイオンはm/z値のより大きいイオンよりも早期に検出器に当たるため、レーザパルス(開始)後のイオンの飛行時間および検出器によって生成された電流を測定することで、m/z値を計算することができる。
【0010】
図1(b)の例示のTOF型質量分析計100’は、
図1(a)の分析計と類似しているが、一連の反射素子を含むイオンミラー170を含み、これらは、飛行パスを延ばすとともに、運動エネルギーの広がりを(低減することによって)改善するために使用することができる。このタイプのTOF型質量分析計は一般に「リフレクトロン」と呼ばれる。
【0011】
従来のTOF型質量分析計の場合、検出器150は通常、ディスクリートダイノード電子増倍検出器(discrete dynode electron multiplier detector)(本明細書では「EM検出器」)またはマイクロチャネルプレート検出器(本明細書では「MCP検出器」)などの二次電子増倍管(SEM)検出器を含む。
【0012】
ほとんどのSEM検出器は、衝突面に当たるイオンを(「一次」)電子に変換し、次いで、これらの電子をカスケード方式でより多数の(「二次」)電子に増幅することで機能し、続いてこの電子がコレクタで収集される。EM検出器の場合、1つの一次電子から生成される二次電子の平均数が各ダイノードステージでのゲインを決定し、検出器の総ゲインは、チェーン内の全てのダイノードにわたる電子増幅効率の結果である。電子増幅効率は、例えばダイノードの表面の材料組成や連続するダイノード間の電圧(ゲイン電圧)に依存する。存在量の少ないイオンを検出するためには、通常、EM検出器を高いゲイン値で動作させる必要がある。
【0013】
TOF型質量分析計で一般的に使用される検出器の特性は、検出器感度がイオン存在量に依存するだけでなく、検出器の衝突面または最初のダイノード(ここでイオンが電子に変換され、後続のゲインステージで増倍される)におけるイオンのエネルギーとスピードにも依存することである。MALDIイオン源によって生成されるイオンの場合、検出器に衝突するイオンはレーザ脱離法で生成される。加速されたイオン群は、イオンの質量および加速電圧に応じて、異なる衝突速度で検出器の衝突面に当たる。したがって、検出器の有効ゲインは、質量範囲に強く依存し、一定ではない。すなわち、有効ゲインは、衝突速度が比較的速い、より低い質量のイオンではより高くなり、衝突速度が著しく低い、より高い質量のイオンではより低くなる。
【0014】
検出器は典型的にはTOF型質量分析計の中で最もストレスのかかる部品の1つであり、検出器の寿命は、例えば使用される動作電圧(上述のように検出器のゲインに影響を与える)、出力電流、および動作圧力レベルによって強く影響を受ける。使用頻度が高いと、感度の劣化および/または二次放出面の汚染が生じる可能性があり、この効果は時に検出器の「経年劣化」と呼ばれる。そのため、TOF型質量分析計の検出器は、機器の性能を維持するために、ゲイン調整(すなわち、検出器に適用される動作電圧を調節すること)など、頻繁に注意を払う必要があることが多い。これは、ユーザ、またはサービスエンジニア、またはソフトウェアを介した(アクイジションサイクル間の)自動ゲイン調節によって行うことができる。動作スピードとスループットが著しく増大したより新しい世代の機器では、検出器の故障がより頻繁に発生し、検出器を交換する必要性から多額のコストが発生する。
【0015】
TOF型質量分析計で典型的に使用される検出器のもう1つの問題は、飽和である。所与のアクイジションサイクルにおいて特定のm/zを有するイオンに対して検出器によって生成される出力電流(「イオンシグナル」と呼ぶことができる)が、検出器の活性(電子増倍)面および/または電源からの電流を枯渇させることにより、検出器の有効ゲインが、低減ししたがって後続のより高いm/z値を有する質量に対して低くなるときに、検出器の飽和は起こり得る。検出器の飽和は、分析対象物濃度が低い試料、または不純物の度合いが高い試料、または対象の質量範囲が広い(例えば1000Daを上回る)試料で、特に問題となる。いくつかの試料では、高いレーザフルエンスが必要な場合があり、これは、(特に800Da未満の低質量の範囲で)バックグラウンドの化学的ノイズを著しく増大させて、検出器を飽和させ、性能を低下させることがある。
【0016】
MALDI試料の調製とMALDIイオン源によるイオン生成の性質に起因して、低質量における高衝撃高速度イオン、特に試料マトリックスからのイオンにより、低質量の範囲において非常に大きなイオンシグナルが生成され;これは、経年劣化プロセスおよび/または電子増倍管の飽和に大きく寄与する。加えて、MALDI TOF型質量分析計は、通常、最適なレーザパワー、いわゆる「レーザしきい値」周辺の非常に小さなウィンドウ内のパワーでレーザを動作させ、このしきい値を上回るレーザパワーの増大は、検出器を飽和させる過剰なイオンシグナルを生成する傾向がある。
【0017】
上記を鑑み、本発明者らは、検出器における質量依存性および飽和の効果を有意に低減し、ひいては低質量イオンの検出器ゲインに対する影響を低減することが望ましいと考える。
【0018】
検出器飽和の問題に対する一般的な解決策は、イオンゲートを使用して低質量シグナルをブランクアウトし、これらが検出されないようにすることである。これにより、低質量ピークが飽和を引き起こすことなく(これらは検出器に到達しないため)、検出器を高質量に適したゲインに設定することが可能になる。このようなスキームは、MALDIマトリックスイオンのような望ましくない低質量ピークを扱うのに非常に効果的であり、長年にわたって一般的に使用されてきた。しかし、微生物学の場合ような非常に複雑な試料では、微生物の識別に有用な質量が非常に広い質量範囲をカバーするため、低質量のピークは重要である。イオンブランキングはこのような用途には使用できず、したがって、質量に依存する感度および飽和の問題がはるかに顕著となる。
【0019】
本発明者らの以前の特許出願GB2537148は、アクイジションサイクル中の異なる時間に検出器に異なる電圧を適用することにより、TOF型質量分析計の検出器ゲイン特性を補正するための方法を開示した。典型的には、検出器のゲイン特性を補償するには、2500V前後のゲイン電圧を100usの周期で10%ずつ調節する。
【0020】
図2は、検出器に一定の動作電圧が適用された場合(実線)、およびGB2537148に教示されるように動的な電圧波形が適用された場合(破線)の、(a)検出器に適用された電圧と、(b)例示のアクイジションサイクル中に結果として得られた検出器の有効ゲインとの、比較を絵的表現で図示する。このことから、アクイジションサイクル中に動的な電圧波形を検出器に適用することで、TOF型質量分析計の検出器ゲイン特性を補正できることがわかり得る。
【0021】
しかし、本発明者は、検出器の内部キャパシタンスと抵抗が、検出器のゲイン特性を補正できるスピードを制限することを観察した。本発明者によって観察されたGB2537148によって教示された方法の別の欠点は、実際には、必要なレスポンススピードを達成し、(高いまたは低い強度で)狭いm/z領域の強度を調節することを可能にするために、検出器に対して内部的に動的なゲイン電圧を供給するために、非標準的な検出器が必要になり得ることである。このことは、特にマイクロチャネルプレート(「MCP」)検出器の場合(例えばディスクリートダイノードEM検出器と比較して)、給電電子機器をより複雑にする可能性がある。
【0022】
GB2537148で教示される方法と同様の動的ゲイン法を教示する別の文書として、米国特許第8890086(B1)号がある。
【0023】
本発明は、上記検討事項を鑑みて考案された。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0024】
【特許文献1】英国特許出願公開第2537148号明細書
【特許文献2】米国特許第8890086号明細書
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明の第1の態様において、以下の飛行時間(「TOF」)型質量分析計が提供される:
飛行時間(「TOF」)型質量分析計であって、
イオン源と;
検出器と;
イオン源と検出器との間を延びるパスに位置付けられたイオンゲートと;
可変電圧ユニットと、
制御ユニットと
を有し、
制御ユニットは、TOF型質量分析計を制御して、少なくとも1つのアクイジションサイクルを行うように構成され、少なくとも1つのアクイジションサイクルは:
イオン源を動作させて、複数の質量/電荷(m/z)値を有するイオンを生成し放出し、その結果、異なるm/z値を有するイオンがイオン源と検出器との間を延びるパスを辿って異なる時間に検出器に到達すること;
検出器を動作させて、検出器に到達する異なるm/z値を有するイオンを表す出力電流を生成すること;
可変電圧ユニットを動作させて、アクイジションサイクル中にイオンゲートの少なくとも2つの電極間に動的な電位差を適用し、その結果、少なくとも2つの電極間に適用される電位差の大きさがアクイジションサイクル内で変わること;
を含み、
動的な電位差は、当該/各アクイジションサイクル内で;
第1のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している第1の時間に、イオンゲートが第1の状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に第1の電位差が適用され;および、
第2のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している、第1の時間より後の第2の時間に、イオンゲートが第2の状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に第2の電位差が適用される;
ように構成され、
イオンゲートの第1の状態および第2の状態のうちの少なくとも1つは、イオンゲートを通過するイオンの全てではなく一部が検出器に到達するのを妨げられるように、イオンゲートがイオンゲートを通過するイオンを偏向させる中間状態である。
【0026】
この方法で、検出器に到達するイオンの量をm/z値に応じて制御することができ、質量に依存する検出器感度、検出器の飽和、および高いシグナルレベルによる寿命の低減の影響を緩和することができる。
【0027】
(上述したGB2537148と比較して)本明細書に説明する方法でイオンゲートに適用される電位を用いて検出器に到達するイオンの量を制御することの利点は、イオンゲートのキャパシタンスが検出器のキャパシタンスよりも典型的にははるかに低いことであり(nFに対し、pF)、したがってイオンゲートの状態は、非標準的な検出器を必要とすることなく、また検出器のタイプに関係なく、良好なレスポンススピードで状態間を切り替わることができる(上述したGB2537148とは異なる)。これにより、GB2537148の動的ゲイン法では実現できない、(高いまたは低い強度で)狭いm/z領域の強度を調節することが可能になる。また、本発明を用いると、検出器のゲインは、最も低い強度のピークに適した値に固定できる可能性が潜在的にあり、これらは感度を失うことなく100%の効率で検出器に伝送され得る。
【0028】
アクイジションサイクルは、複数あってもよい。好ましくは、動的な電位差は、各アクイジションサイクル内で同じである。
【0029】
典型的なTOF型質量分析計では、イオンは、イオン源によって生成されて放出され、それらのm/z値に依存するスピードで検出器に向けて移動する。イオンが検出器に到達すると、異なるm/z値を有するイオンを表す出力電流が生成される。
【0030】
TOF型質量分析計は、典型的には、イオン源と検出器との間を延びるパス上に少なくとも1つのフィールドフリー領域を含む。TOF型質量分析計は、典型的には10-2Pa以下、より典型的には10-3以下の真空レベルで動作するように構成されるが、このような範囲はTOF型質量分析計では典型的であることに留意されたい。
【0031】
本発明の第1の態様では、イオンゲートは、イオン源によって放出されたイオンの実質的に全てがイオンゲートを通過するようにするように、イオン源と検出器との間を延びるパス上に、好ましくは位置付けられる。
【0032】
質量分析計は、イオンミラーを含むことができる。この場合、パスは、イオンミラーを介してイオン源と検出器との間を延びてもよい。イオンゲートは、イオン源からイオンミラーに延びるパスの一部に、好ましくは位置付けられる。
【0033】
当該/各アクイジションサイクル中にイオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用された動的な電位差は、イオン源から放出され、イオンゲートを通過して検出器に到達するイオンの割合を(少なくとも部分的に)好ましくは制御する。イオンがイオンゲートを通過する際、イオンゲートは、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用された電位差に応じて、イオンを偏向させ、それによってそれらのパスを変え、イオンの一部または全てが検出器に到達するのを妨げる。偏向の量は、典型的には、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用される電位差の大きさに依存する(電位差が大きいほど、一般的により大きな偏向を引き起こし、したがって、より大きな割合のイオンが検出器に到達するのを妨げることになる)。したがって、イオンはそれらのm/z値に依存するスピードで移動するので、検出器に到達するイオンの割合は、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用される動的な電位差を変えることによって、m/z値に応じて制御することができる、すなわち、検出器への到達が妨げられる特定のm/z値のイオンの割合は、そのm/z値のイオンがイオンゲートを通過している特定の時間にイオンゲートの少なくとも2つの電極間に特定の電位差を適用することによって制御することができる。
【0034】
イオンゲートは、イオンゲート内でそのようなイオンを消滅させるのではなく、イオンが検出器に到達しないように主にイオンを偏向させることによって、イオンが検出器に到達するのを妨げるように好ましくは構成される。この構成は、例えばイオンモビリティ質量分析(IMS)で使用されるイオンゲートとは異なり、IMSの場合は、イオンは通常(緩衝ガス中で)はるかにゆっくりと移動し、イオンはイオンゲート内で消滅することにより(典型的には、イオンゲートを使用して、イオンゲートの一部を形成する消滅電極にイオンを誘導することにより)検出器に到達するのを妨げられる。MALDI TOF型質量分析計では、イオンの運動エネルギーは、通常、IMSの運動エネルギーの10倍または100倍高い20keVであり、イオン消滅モード(ion annihilation mode)で動作するためには、電極の電圧を同様に非常に高くする必要がある。イオンゲート電極に20kV以上の電位を適用することは、高電圧破壊のため現実的ではなく、また動的電位であることによりさらに悪化する。イオンゲートを用いてイオンを偏向させることにより、検出器に到達する20keVのイオンの強度を制御するために、イオンゲートの電極に最大+/-500Vの電位を適用するだけでよい。このような電位は、高電圧破壊を引き起こさず、実用的でコスト効果の高い電源を用いた動的な電位として生成することができる。
【0035】
中間状態が、イオンゲートを通過するイオンの全てではなく一部が検出器に到達するのを妨げることができる理由は、イオンゲートを通過するイオンビームが有限の幅(直径数mm)を有し、イオンビームの一部が検出器のアクティブエリアを外れて検出されないように、少なくとも2つの電極間に適用される電位差によってイオンビームが検出器のアクティブエリアを横切ってステアリングされるからである(これについては、
図4(c)(i)-(iii)を参照して以下でさらに詳細に検討する)。電極間の電位差が大きいほど、検出器のアクティブエリアを外れるイオンビームの割合が高くなる。イオンゲートは従来、例えば「イオンブランキング」を行うように、または上述のように、開状態または閉状態のいずれかで動作するため、これはイオンゲートの従来にない使用法である。
【0036】
イオンゲートの少なくとも2つの電極間に第1の電位差が適用されたときのイオンゲートの第1の状態と、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に第2の電位差が適用されたときのイオンゲートの第2の状態とが異なるように、第1の電位差と第2の電位差とは大きさが異なる必要がある。
【0037】
疑念を避けるために、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用される電位差は、当該/各アクイジションサイクル中の1つ以上の時間において、ゼロとすることができる。例えば、ゲート開電位差(後述の通り)は0Vとすることができる(実際、ほとんどの場合、好ましくは0Vであり得る)。
【0038】
検出器のゲイン特性を補償するように(理想的には、検出器が実質的に一定のゲインを有するかのように、すなわち、検出器によって生成される出力電流が、TOF型質量分析計の使用のために構成されているm/z値の範囲内の全てのm/z値において実質的に同じようにイオン存在量を反映するように、質量分析計の作用をもたらすように)、当該/各アクイジションサイクル中にイオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用される動的な電位差は、イオン源から放出され、イオンゲートを通過して検出器に到達するイオンの割合を(少なくとも部分的に)好ましくは制御する。これは、例えば
図3に関連して後述するように、第1の電位差の大きさを第2の電位差の大きさよりも大きくすることによって、少なくとも部分的に達成することができる。
【0039】
しかし、ゲイン特性を補償することだけが本発明の潜在的な用途ではない。例えば、m/zピークの相対強度を調節するため、例えば(高いまたは低い強度で)狭いm/z領域の強度を調節するために、当該/各アクイジションサイクル中にイオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用される動的な電位差は、イオン源から放出され、イオンゲートを通過し検出器に到達するイオンの割合を(少なくとも部分的に)好ましくは制御する。これは、典型的な検出器と比較してイオンゲートのキャパシタンスがより低いため、本発明では(GB2537148の動的ゲイン法と比較して)より容易に達成可能であることに留意されたい(上述の通り)。
【0040】
好ましくは、第1の電位差の大きさは、第2の電位差の大きさよりも大きい。
【0041】
第2の時間は第1の時間よりも後なので、第1のm/z値を有するイオンは、典型的には、第2のm/z値を有するイオンと比較して、より小さいm/z値を有することになり、これは典型的なTOF型質量分析計では、より小さいm/z値を有するイオンは、より大きいm/z値を有するイオンよりも迅速に検出器(およびイオンゲート)に到達するからである。したがって、第1の電位差を第2の電位差よりも大きくすることにより、イオン検出器への到達が妨げられる第1のm/z値を有するイオンの割合は、イオン検出器への到達が妨げられる第2のm/z値を有するイオンの割合と比較して、大きくなり得る。これは、第1のm/z値に対して第2のm/z値における感度増大をもたらし、例えば検出器のゲイン特性を補償するため、または他のやり方でm/zピークの相対強度を所望の方法で調節するために有用である。
【0042】
しかしながら、第1の電位差の大きさを第2の電位差の大きさよりも小さくすることも可能であり、例えば、少ない数のより低いm/z値のイオンしかない場合に有用であるように、より低いm/z値での感度を増大させることができる。
【0043】
動的な電圧波形は、当該/各アクイジションサイクル内で以下のように構成され得る:
1つ以上の所定のゲート閉m/z値を有するイオンがイオンゲートを通過しているとき、イオンゲートが1つ以上の所定のゲート閉時間にゲート閉状態にあるように、ゲート閉電位差は、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用され、イオンゲートは、ゲート閉状態にあるとき、イオン源から放出されイオンゲートを通過するイオンの実質的に全てが検出器に到達するのを妨げる。
【0044】
イオンゲートがゲート閉状態にあるときにイオンゲートを通過するイオンのごく一部は、例えば質量分析装置の他の部分との衝突によって、検出器に依然として到達する可能性が潜在的にあるため、ここでは「実質的に全て」という言い回しを用いている。
【0045】
疑念を避けるために、「ゲート閉電圧」、「ゲート閉状態」、「ゲート閉時間」、および「ゲート閉m/z値」における「ゲート閉」という用語は、単に、言及される電圧、状態、時間、およびm/z値を、本明細書で言及される他の電圧、状態、時間、およびm/z値と区別するためのラベルとして使用されている。
【0046】
動的な電圧波形は、当該/各アクイジションサイクル内で以下のように構成され得る:
1つ以上の所定のゲート開m/z値を有するイオンがイオンゲートを通過しているとき、イオンゲートが1つ以上の所定のゲート開時間にゲート開状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用され、ゲート開電位差は、イオンゲートは、ゲート開状態にあるとき、イオン源から放出されイオンゲートを通過する実質的にどのイオンも検出器に到達するのを妨げない。
【0047】
イオンゲートがゲート開状態にあるときにイオンゲートを通過するイオンのごく一部は、例えばイオンゲートの部分との衝突によって、検出器への到達がイオンゲートによって妨げられる可能性が潜在的にあるため、ここでは「実質的に~ない」という言い回しを用いている。
【0048】
疑念を避けるために、「ゲート開電圧」、「ゲート開状態」、「ゲート開時間」、および「ゲート開m/z値」における「ゲート開」という用語は、単に、言及される電圧、状態、時間、およびm/z値を、本明細書で言及される他の電圧、状態、時間、およびm/z値と区別するためのラベルとして使用されている。
【0049】
ゲート閉電位差の大きさは、典型的には、ゲート開電位差の大きさよりも高くなる。疑念を避けるために、ゲート開電位差は、0Vとしてもよい(実際、好ましくは、0Vであり得る)。
【0050】
イオンゲートの中間状態は、可変電圧ユニットがイオンゲートの少なくとも2つの電極間に中間電位差を適用することによって達成することができ、中間電位差の大きさは、ゲート開電位差の大きさとゲート閉電位差の大きさとの間である。
【0051】
好ましくは、動的な電位差は、当該/各アクイジションサイクル内で、イオンゲートが、アクイジションサイクル中の異なる時間に異なる中間状態に置かれて、各中間状態が、イオンゲートを通過する異なる割合のイオンが検出器に到達することを妨げるように構成され、可変電圧ユニットが、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に異なる中間電位差(好ましくは、その大きさは、ゲート開電位差の大きさとゲート閉電位差値の大きさとの間である)を適用することによって、各中間状態は得られ得る。したがって、「第1の中間状態」、「第2の中間状態」などが存在し得る(例えば、「第nの中間状態」まで)。
【0052】
疑念を避けるために、「中間電圧」、「中間状態」における「中間」という用語は、単に、言及される電圧/状態を、本明細書で言及される他の電圧/状態と区別するためのラベルとして使用されている。
【0053】
好ましくは、第1の電位差はゲート閉電位差であり、第2の電位差は上述のような中間電位差である、すなわち、第1の状態がゲート閉状態であり、第2の状態が中間状態であるような電位差である。
【0054】
したがって、動的な電位差は、当該/各アクイジションサイクル内で:
第1のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している第1の時間に、イオンゲートがゲート閉状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間にゲート閉電位差が適用され;および、
第2のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している、第1の時間より後の第2の時間に、イオンゲートが中間状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に中間電位差が適用される
ように構成される。
【0055】
これは、第1のm/z値に対して第2のm/z値における感度増大をもたらし、例えば検出器のゲイン特性を補償するため、または他のやり方でm/zピークの相対強度を所望の方法で調節するために有用である。
【0056】
この場合、動的な電圧波形は、当該/各アクイジションサイクル内で以下のようにさらに構成され得る:
第3のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している、第2の時間より後の第3の時間に、イオンゲートがゲート開状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間にゲート開電位差が適用される。
【0057】
これは、第2のm/z値に対して第3のm/z値において感度増大をもたらし、例えば検出器のゲイン特性を補償するため、または他のやり方でm/zピークの相対強度を所望の方法で調節するために有用である。
【0058】
ゲート開電位差の大きさとゲート閉電位差の大きさとの間の差の大きさは、1000V以下であってもよいが、500V以下、200V以下、または場合によっては100V以下であってもよい。ゲート開電位差とゲート閉電位差との差の大きさは、10V以上、20V以上、より好ましくは50V以上とすることができる。実験は、イオンの透過率はわずか10Vの電位差で影響を受けることを示した。
【0059】
疑念を避けるために、第1の電位差はゲート閉電位差である必要はない、または第2の電位差は中間電位差である必要はない。例えば、他の例では、第1の電位差を中間電位差とし、第2の電位差をゲート開電位差(または実際には、異なる中間電位差)とすることができる。
【0060】
好ましくは、動的な電圧波形は、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用される電位差を、電位差が例えば第1の電位差から第2の電位差まで(任意選択で、さらに第2の電位差から第3の電位差まで)連続的に変化するように、変えるように構成される。しかしながら、動的な電圧波形は、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用される電位差を、電位差が例えば第1の電位差から第2の電位差まで(任意選択で、さらに第2の電位差から第3の電位差まで)離散的に(ステップ状に)変化するように、変えるように構成することも可能である。
【0061】
好ましくは、動的な電圧波形は、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用される電位差を、電位差が一方向のみに徐々に変化するように(例えば、時間とともに大きさが増大するのみ、または減少するのみ)変えるように構成され得る。しかしながら、動的な電圧波形は、例えば、異なるm/z値で求められるイオンゲートを通過するイオンに対する所望の効果に応じて、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用される電位差をより複雑な方法で(例えば、大きさが多数上昇したり多数下降したりするように)変えるように構成されることも可能である。これは、典型的な検出器と比較してイオンゲートのキャパシタンスが低いため、本発明では(GB2537148の動的ゲイン法と比較して)より容易に達成可能であることに留意されたい(上述の通り)。実際、本発明者は、検出器を用いて達成されるゲイン変化の最大スピードは、このキャパシタンスの違いにより、イオンゲートを用いて達成されるゲイン変化の最大スピードよりも、恐らく10x小さいと考えている。
【0062】
実施の観点から、動的な電圧波形は、イオンゲートを通過するイオンのm/zの変化率と一致する速度で変化する必要がある。事実上、ゲートは、イオン源からの距離に対するイオンゲートの有効長の相対的な大きさによって定義される、固有の質量選択分解能限界を持っている。これにより、効果が見られる動的な電圧波形の最大変化率が決定される。
【0063】
イオンゲートは、m/z値がより小さいイオンよりもm/z値がより大きいイオンの方が検出器に到達する割合が大きくなることを可能にするように、好ましくは構成される。この構成は、m/z値のより小さいイオンが検出器を飽和させるのを防ぎ、検出器の感度を改善するため、生体試料を検査する場合に特に望ましい。加えて、検出器のゲインが一定であり続けることができ、これにより検出器の寿命が延びる。
【0064】
例えば、いくつかの例では、動的な電圧波形は、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用される電位差を、電位差が当該/各アクイジションサイクル内で時間とともに大きさが徐々に減少するように、変えるように構成され得る。
【0065】
好ましくは、可変電圧ユニットを動作させて、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に動的な電位差を適用することは、イオンゲートの異なる電極に反対の極性の電圧を適用することを含む。反対の極性の電圧は、好ましくは大きさが等しい。例えば、イオンゲートが2つの電極(例えば、後述のような2つのプレート電極)を含む場合、可変電圧ユニットを動作させて、2つの電極間に動的な電位差を適用することは、2つの電極に反対の極性の電圧(好ましくは、大きさは等しいが反対の極性の電圧、例えば、+Vと-V)を適用することを含み得る。例えば、イオンゲートが3つ以上の電極(例えば、後述のような平行なワイヤのセット)を含む場合、可変電圧ユニットを動作させて、3つ以上の電極間に動的な電位差を適用することは、3つ以上の電極内の交互する電極に反対の極性の電圧(好ましくは、大きさは等しいが反対の極性の電圧、例えば、+Vと-V)を適用することを含み得る。
【0066】
好ましくは、イオンゲートの少なくとも2つの電極は、イオン源と検出器との間を延びるパスに対して局所的に横方向である軸に沿って分布される。
【0067】
単純な構成では、イオンゲートは、イオン源と検出器との間を延びるパスに対して横方向(好ましくは垂直)である横軸に沿って異なる位置に分布された2つの電極(例えば、2つのプレート電極)を含むことができ、動的な電位差は、好ましくは、反対の極性の電圧(好ましくは、大きさは等しいが反対の極性の電圧、例えば、+Vと-V)を2つの電極に関して適用することによって、2つの電極間に適用され、すなわち、2つの電極の一方には第1の極性(例えば+V)の電圧が適用され、2つの電極のもう一方には第2の極性(例えば-V)の電圧が適用される。しかし、2つのプレート電極の単純な構成では、イオンゲートの有効長がはるかに大きくなるため、後述するようなBNイオンゲートよりも有用性は低い。
【0068】
好ましくは、イオンゲートは、イオン源と検出器との間を延びるパスに対して横方向(好ましくは垂直)である横軸に沿って異なる位置に分布された平行なワイヤのセットを含み、例えば、知られている「Bradbury Neilson」(または「BN」)イオンゲートの通りである。好ましくは、このようなイオンゲートの場合、動的な電位差は、平行なワイヤのセット内の隣接するワイヤの各対の間に適用され、好ましくは、反対の極性の電圧(好ましくは、大きさは等しいが反対の極性の電圧、例えば、+Vと-V)を平行なワイヤのセット内の交互のワイヤに適用することによって適用され、すなわち、平行なワイヤのセットの1つおきに、1つには第1の極性(例えば+V)の電圧が適用され、平行なワイヤのセットのうち他のものには第2の極性(例えば-V)の電圧が適用される。
【0069】
いくつかの例では、イオンゲートは、イオン源と検出器との間を延びるパスに対して横方向(好ましくは垂直)である第1の横軸に沿って異なる位置に分布された平行なワイヤの第1のセットと、イオン源と検出器との間を延びるパスに対して横方向(好ましくは直交)であり、第1の横軸に対しても横方向(好ましくは直交)である第2の横軸に沿って異なる位置に分布された平行なワイヤの第2のセットとを含むことができ、例えば、本明細書では「ダブルBNイオンゲート」と呼ばれる「Bradbury Neilson」ゲートの知られている変形例の通りである。好ましくは、このようなイオンゲートの場合、動的な電位差は、第1のセットおよび第2のセットのそれぞれの平行なワイヤの各セットにおける隣接するワイヤの各対の間に適用され、好ましくは、平行なワイヤの各セットにおける交互のワイヤに反対の極性の電圧(好ましくは、大きさは等しいが反対の極性の電圧、例えば+Vと-V)を適用することによって適用される。ここで、イオンは(ワイヤからの電場の)有効範囲内にいる間だけイオンゲートPDの効果を受けることに留意されたい。本発明者らのイオンゲートのようなワイヤ間隔0.5mmのインターリーブされたワイヤ(BN)イオンゲートでは、これはわずか1-2mmである。2つのイオンゲートを5mm離すことで、有効長は7-9mmとなる。そのため、実際には、ダブルBNイオンゲートは、有効長のこのわずかの増大のため、検出器で検出されるイオンの割合を制御する上で、シングルBNイオンゲートほど有効とまではいかない場合がある(有効長の増大が、質量精度がわずかに減少することを引き起こす可能性があるため)。シングルゲートは、より広い電圧範囲を利用可能にすることもできる。それにもかかわらず、本発明者は、本発明がシングルまたはダブルBNゲートのいずれでも良好に機能し、ダブルBNゲートは(イオンゲートがゲート閉状態の時に)よりシャープなイオンブランキングを達成するのに有用であることを見出した。そのため、最終的にシングルBNゲートとダブルBNゲートのどちらを使うかは、用途の要件に応じて変わる可能性がある。
【0070】
イオンゲートが平行なワイヤの1つ以上のセット(上記参照)を含む場合、当該/各セットにおけるワイヤは、50um以下、より好ましくは25um以下の厚さ(例えば直径)を有することができる。
【0071】
イオンゲートが平行なワイヤの1つ以上のセット(上記参照)を含む場合、当該/各セットにおける隣接するワイヤ同士の距離間隔は、1mm以下、より好ましくは500um以下を有することができる。
【0072】
実際には、ワイヤ間隔は(イオンの移動方向に短い有効長を作り出すために)合理的に実用的な範囲で小さくなるように選定され、ワイヤの厚さは、ワイヤとの衝突によるイオンの損失を低減するために合理的に可能な範囲で小さくする必要がある。最大透過率は、dをワイヤ直径、Dを間隔とすると、(1-d/D)として計算することができる。そのため、25umのワイヤを500umの間隔で使用した場合、最大透過率は0.95(95%)と計算することができる。
【0073】
好ましくは、複数の導電性ワイヤは、イオンがイオンゲートを通過する際にイオンを偏向させ、その偏向の大きさは、可変電圧ユニットによってイオンゲートに与えられる電圧の大きさに依存する。
【0074】
実施の観点から、検出器への到達時間の違いは、質量精度(ピーク位置による)および/または質量分解能(ピーク形状および/または幅による)に悪影響を与えるため、イオンゲートは、検出器に到達するイオンのスピード(飛行時間)および/または軌道に大きな影響を与えないように好ましくは構成される。イオンゲートは、イオンがイオンゲート内に物理的に存在する間、電場によってイオンのスピードに影響を及ぼすことが合理的に予想される。イオンゲートは、偏向しても依然検出器に到達するイオンの軸外軌道によって、イオンの到達時間に影響を与えることも合理的に予想される。高い質量分解能と質量精度が望まれる場合、上述のような小さな摂動でさえ、観測可能な(そして望ましくない)影響をもたらすことが予想される。
【0075】
BNイオンゲートは、2極(bipolar)でインターリーブされたワイヤ構造による電場の特性は、イオンの移動方向におけるイオンゲートの有効な物理的大きさが非常に小さいことを意味するため、伝統的にイオンブランキングに使用されてきた。イオンゲートは、イオン源からの距離に対するイオンゲートの有効長の相対的な大きさによって定義される固有の質量選択分解能限界を持っているため、BNイオンゲートの質量選択分解能は、特に高速高電圧パルスで使用されるとき、非常に高くなる可能性がある(例えば、本発明者らの特許GB2413213を参照)。
【0076】
BNイオンゲート中の場は通常、イオンの移動方向と直交するはずであり、また、全てのイオンは同じ大きさの偏向を得るはずである。しかし実際には、イオンビームの大きさは有限であり、完全にコリメートされているわけではない(わずかに発散するか、または収束することがある)。場の厳密な影響は、入射角、ならびにイオンゲートのワイヤからのイオンの距離に依存する。また、イオンビームが隣接する対のワイヤを通過する部分(これらは交互の極性を持つため)では、偏向する方向が反対になる。単一の公称軌道を有するイオンビームは、イオンゲートの後ろでは、反対の軸外軌道を有する2つのイオンビームになる可能性がある。これらの理由から、BNイオンゲートは、デジタル(オン/オフ)イオンゲートとして使用されており、すなわち、この場合、典型的にはイオンブランキング目的で、イオンゲートは、(イオンが検出器に到達しないように)完全に閉じているか、(特定のm/z値のイオンが検出器に到達するように選択され得る)完全に開いているかのいずれかである。
【0077】
しかしながら、本発明者は驚くべきことに、質量分析計および(好ましくは、BNイオンゲートとして構成された)イオンゲートの適切な設計により、イオンゲートをアナログモードで動作させて、例えばピーク形状または分解能または精度の著しい劣化を引き起こす上述の影響を伴うことなく、検出器に到達するイオンの強度をm/zで動的に制御できることを見出した。実用的な観点から、本発明者は、検出器におけるエネルギーおよび/または軸外飛行時間の有効的に無視できる変化を導入するために、質量分析計のイオン源が十分にコリメートされたイオンビームを生成することができ、イオンゲートが十分に小さい軸外偏向を作り出す場合に、本発明による最良の結果が得られることを見出した。これはイオンゲートがBN設計の場合に、およびワイヤ間の電位差が低い状態でイオンゲートが動作するときに、最も容易に達成され、何故ならBN設計ではイオンの飛行方向におけるイオンゲートの相対的な大きさが非常に小さいからである。
【0078】
質量分析計は、電源を含むことができ、可変電圧ユニットは、電源によって提供される動作電圧を変調することによって、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に動的な電位差を適用するように構成される。
【0079】
あるいは、可変電圧ユニットは、出力電圧が変わる電源であってもよい。
【0080】
イオン源はMALDIイオン源であってもよい。
【0081】
本発明の第2の態様では、本発明の第1の態様によるTOF型質量分析計を動作させる方法が提供される。第2の態様の方法は、第1の態様を参照して説明したTOF型質量分析計を実現する、またはそれに対応する、あらゆる方法ステップを含むことができる。
【0082】
本発明の第2の態様による方法は、本発明の第1の態様で説明した、少なくとも1つのアクイジションサイクルを行うためにTOF型質量分析計を動作させる方法を含むことができる。
【0083】
本発明の第3の態様では、本発明の第1の態様によるTOF型質量分析計を提供するために、TOF型質量分析計を改変する方法が提供される。TOF型質量分析計は、(方法を行う前に):イオン源、検出器、制御ユニットを有することができる。方法は、任意選択で、イオンゲートおよび可変電圧ユニットを(例えば、これらのコンポーネントがTOF型質量分析計に既に含まれていなければ)TOF型質量分析計に追加することを含んでもよい。方法は、本発明の第1の態様によるTOF型質量分析計を制御するように質量分析計の制御ユニットを構成することを含むことができる。
【0084】
本発明の第3の態様による方法は、可変電圧ユニットをTOF型質量分析計内に設置することを含む。
【0085】
本発明は、説明した態様と好ましい特徴との組合せを含むが、このような組合せが明らかに許されないか、または明示的に回避される場合を除く。
【0086】
次に、本発明の原理を説明する実施形態および実験を、添付の図面を参照して考察する。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【
図1】(a)例示のリニアTOF型質量分析計および(b)例示のリフレクトロンTOF型質量分析計の図である。
【
図2】検出器に一定の動作電圧が適用された場合(実線)、およびGB2537148に教示されるように動的な電圧波形が適用された場合(破線)の、(a)検出器に適用された電圧と、(b)例示のアクイジションサイクル中に結果として得られた検出器の有効ゲインとの、比較の絵的表現図である。
【
図3(a)】本発明を実施することができる例示の飛行時間(「TOF」)型質量分析計200の図である。
【
図3(b)】
図3(a)の質量分析計のイオンゲートの電極間に適用された動的な電位差、およびイオン透過率と検出されたシグナル強度に対する結果的な効果の絵的表現図である。
【
図4(a)】平行プレートイオンゲートを通って移動するするイオンの比較のための概略図である。
【
図4(b)】BNゲートを通って移動するイオンの比較のための概略図である。
【
図4(c)(i)】イオンゲートが閉状態の時、イオンビームがイオンゲートによってどのように偏向させられ得るかの図である。
【
図4(c)(ii)】イオンゲートが中間状態の時、イオンビームがイオンゲートによってどのように偏向させられ得るかの図である。
【
図4(c)(iii)】イオンゲートが開状態の時、イオンビームがイオンゲートによってどのように偏向させられ得るかの図である。
【
図5】質量m1のイオンがイオンゲートによって偏向(「ブランク」)させられ、質量m2およびm3のイオンが偏向させられずに(「ブランクされずに」)イオンゲートを通過する場合の、イオンブランキングに使用されるBNゲートの動作の概略図である。
【
図6】質量m1とm3のイオンがイオンゲートによって偏向(「ブランク」)され、質量m2のイオンが偏向させられずに(「選択されて」)イオンゲートを通過する場合の、質量選択に使用されるBNゲートの動作の概略図である。
【
図7】
図3(a)のTOF型質量分析計で使用され得る、2つのBNゲートを組み込むイオンゲートおよび電源スキームの概略図である。
【
図8】MALDI TOF型質量分析計のモデルを使用して取得されたシミュレートされた飛行時間スペクトルの図である。
【
図9】MALDI TOF型質量分析計のモデルを使用して取得されたシミュレートされた飛行時間スペクトルの図である。
【
図10】MALDI TOF型質量分析計のモデルを使用して取得されたシミュレートされた飛行時間スペクトルの図である。
【
図11】MALDI TOF型質量分析計のモデルを使用して取得されたシミュレートされた飛行時間スペクトルの図である。
【
図12】MALDI TOF型質量分析計のモデルを使用して取得されたシミュレートされた飛行時間スペクトルの図である。
【
図13】MALDI TOF型質量分析計のモデルを使用して取得されたシミュレートされた飛行時間スペクトルの図である。
【
図14(a)】
図8-
図13に図示したシミュレーションから結果として得られた、BNゲートに適用された電圧に応じて伝送されたイオンのシミュレートされた割合の図である。
【
図14(b)】
図8-
図13に図示したシミュレーションから結果として得られた質量が600Daから2400Daの範囲のイオンについて、イオンゲートまでの飛行時間を描いたグラフである。
【
図15】
図8-
図13に示した結果を生成するために使用されたのと同じモデルを使用した、
図16のシミュレートされた飛行時間スペクトルを生成するためのシミュレートされたアクイジションサイクル中に、2つのBNゲートの平行ワイヤに適用される例示の電圧波形の図である。
【
図16】
図15の電圧波形から、結果として得られたシミュレートされた飛行時間スペクトルの図である。
【
図17】
図3(a)のTOF型質量分析計のイオンゲートのBNゲートの平行なワイヤに、イオンゲートへのイオンの飛行時間に応じて、シミュレートされたアクイジションサイクル中に適用される例示の電圧波形の図である。
【
図18】
図17の電圧波形から結果として得られたシミュレートされた飛行時間スペクトルの図である。
【
図19】市販のMALDI TOF-MS機器からの、BNゲートが(a)開状態、(b)中間状態、および(c)閉状態での、質量が1046Daから2465Daの範囲のイオンを含むペプチド試料の例示のスペクトルの図である。
【
図20】質量が1046Daから2465Daの範囲のイオンを含むペプチド試料について、BNゲートに適用される電圧に応じて検出されるイオンの割合について、市販のMALDI TOF-MS機器を用いた試験の結果を示すグラフである。
【
図21】質量が1046Daから1570Daの範囲のイオンを含むペプチド試料について、BNゲートに適用される電圧に応じて検出されるイオンの平均割合を図示する、市販のMALDI TOF-MS機器を用いた試験からのグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0088】
次に、本発明の態様および実施形態を、添付の図面を参照して考察する。さらなる態様および実施形態は、当業者には明らかとなろう。本文書で言及される全ての文書は、引用により本明細書に組み込まれる。
【0089】
図3(a)は、本発明を実施することができる例示の飛行時間(「TOF」)型質量分析計200を図示する。
【0090】
図3(a)のTOF型質量分析計200は、イオンゲート280、制御ユニット290、および可変電圧ユニット285が追加されている以外は、リフレクトロンTOF型質量分析計100’と同じである。同様の参照符号が、
図1(b)のリフレクトロンTOF型質量分析計100’に対応する参照符号で与えられており、特に断らない限り、さらに詳細に説明する必要はない。
【0091】
イオンゲート280は、質量分析の分野では、イオンブランキングおよび/または質量選択の目的で、よく知られている。
【0092】
図3(a)を参照すると、イオンゲートは、一般的にはフィールドフリードリフト領域230において、イオン源210と検出器250との間を延びるパス上に位置付けられる。
図3(a)に示される例では、このパスは、イオンミラー270を介してイオン源210と検出器250との間を延びる。従来、イオンゲート280のようなイオンゲートは、例えば、イオンブランキングおよび/またはイオン質量選択の目的で、イオンビームを横切って横方向の静電場を適用して、不要なイオンを検出器250から偏向させるために使用される。
【0093】
図4(a)は、
図3(a)のTOF型質量分析計200で使用され得る平行プレートイオンゲート280aを通って移動するイオンがとるパスを示す。
【0094】
一方のプレートには正電圧(+Vg)が適用され、第2のプレートには負電圧(-Vg)が適用され、このことにより、2つのプレート間に電位差を適用する。図示されるように、平行プレートイオンゲート280aを通過するイオンは、2つのプレート間の電場によって偏向させられる。
【0095】
平行プレートイオンゲート280aによってイオンパスから偏向させられる一価イオンの偏向角θは、θの値が小さい場合、式1によって与えることができる。ここで、Uはイオンのイオン運動エネルギー(eV単位)、V
gは平行プレートのそれぞれに適用される電圧の大きさ(2V
gの電位差に等しい)、dはプレートの対同士間の間隔、Lはイオンゲートの有効長である。
【数1】
【0096】
例えば、検出器で直径5mm、イオンゲートから500mm離れて直径10mmのアクティブエリアを持つ20keVイオンビームの場合、イオンビームが軸から7.5mmずれると、イオンビームは検出器を完全に外れることになる(例えば、後述の
図4(c)(i)に図示する通り)。有効長10mm、間隔10mmの2つの平行プレート電極から作られたイオンゲートの場合、イオンゲートに+/-300Vを適用する必要がある。
【0097】
このようなイオンゲートは、構造が単純という利点はあるが、実用上の欠点がいくつかある。これは主に、静電場がイオンゲートから電極間隔と同様の距離、この場合はイオンゲートから数mm、だけ広がるため、ゲートの有効長が大きく、その選択質量分解能が悪くなるためである。
【0098】
図4(b)は、
図3aのTOF型質量分析計200で使用され得るような、一般に「Bradbury Neilson」(「BN」イオンゲートまたは単に「BN」ゲートとも呼ばれ得る)と呼ばれる、インターリーブされたワイヤイオンゲート280bを通って移動するイオンが通るパスを示す。
【0099】
BNゲートは通常、間隔が狭く平行な細いワイヤのセットから形成される。反対極性の電圧がセット内の交互する電極に適用されて、隣接するワイヤの対同士に電位差が作られる。
【0100】
上記の平行プレートイオンゲート280aと同様に、イオンがBNゲート280bの平行なワイヤの対を通って移動するとき、イオンはワイヤ間に作られる電場によって通常のパスから偏向する。しかし、間隔がイオンビームの直径よりもはるかに小さいため、電場の極性がワイヤの対から次の対へと交互に変化すると、ビームの異なる部分が反対の方向に偏向する。この設計を用いる主な理由は、イオンゲートからの電場は2つの平行なプレートによる電場ほど広がらないため、イオンゲートの有効長がはるかに小さく、選択質量分解能をはるかに高くできるからである。ワイヤ電極の間隔に対する長さの比率は、やはり約1:1であるため、必要な電圧は平行プレート設計と同様である。
【0101】
図4(c)(i)-(iii)は、イオンゲートが(i)閉状態、(ii)中間状態、および(iii)開状態の時、イオンビームが平行プレートイオンゲートによってどのように偏向させられ得るかを図示している。理論に束縛されることを望むものではないが、本発明者は、適切なm/z範囲のイオンは、イオンゲートによって同じ程度だけ偏向し、どのイオンが検出器のアクティブエリアに当たるか(そして、どのイオンが検出器のアクティブエリアを外れるか)は、イオンビーム中のイオンの位置、およびイオンゲートに適用される電位差の強さによって決定されると考えている。ここで示すように、ゲート開電位差は、全てのイオンが検出器のアクティブエリアに当たるように選定されることが好ましく(
図4(c)(iii));ゲート閉電位差は、実質的にどのイオンも検出器のアクティブエリアに当たらないように選択されることが好ましい(
図4(c)(i))。中間状態では、平行プレートイオンゲートの電極間に適用される電位差は、イオンの全てではなく一部が検出器のアクティブエリアに到達するようにイオンビームを偏向させるように選定されることが好ましい(
図4(c)(ii))。
【0102】
ここでは図示していないものの、BNイオンゲートも同様の働きをすることが想定されているが、BNイオンゲートにゼロ以外の電位差が適用されると、イオンビームは
図4(b)に示すように2つに分割される。したがって、BNイオンゲートの場合:ゲート開電位差は、全てのイオンが検出器のアクティブエリアに当たるように、好ましくは0Vまたは十分に低い電位差であり;ゲート閉電位差は、非ゼロ電位差によって作られたイオンビームが両方とも検出器のアクティブエリアから外れるように、好ましくは十分に大きい非ゼロ電位差である。中間状態において、平行プレートイオンゲートの電極間に適用される電位差は、好ましくはゲート開電位差とゲート閉電位差との間であり、これにより、2つのビーム中のイオンの全てではなく一部が検出器のアクティブエリアに到達する。
【0103】
図5は、イオンブランキング用のBNイオンゲートの一般的な使用を図示している。質量m1、m2、およびm3のイオンがイオン源から放出され、BNゲートに向かって移動する。第1の時間(t1)において、反対の極性電圧がBNゲートの交互するワイヤに適用されて、横方向の静電場を作り、このことはイオンゲートが「閉」または「オン」になることを意味する。第2の時間(t2)において、BNゲートを通過する質量m1のイオンは、静電場との相互作用により偏向する。これらのイオンは検出器に到達しない(これらのイオンは「ブランキング」される)。第3の時間(t3)において、BNゲートのワイヤに電圧はもはや適用されなくなり、このことはBNゲートが「開」または「オフ」になることを意味する。第4の時間(t4)において、質量m2とm3のイオンは、偏向させられずにBNゲートを通過している。この例では、m1<m2<m3、またt1<t2<t3<t4である。
【0104】
図6は、質量選択(またはゲーティング)のためのBNゲートの別の一般的な使用を図示している。質量m1、m2、およびm3のイオンがイオン源から放出され、BNゲートに向かって移動する。第1の時間(t1)において、反対の極性電圧がBNゲートの交互するワイヤに適用されて、横方向の静電場を作り、このことはBNゲートが「閉」または「オン」になることを意味する。第2の時間(t2)において、BNゲートを通過する質量m1のイオンは、静電場との相互作用により通常から偏向させられ、検出器に到達しない。第3の時間(t3)において、BNゲートのワイヤに電圧はもはや適用されなくなり、このことはBNゲートが「開」または「オフ」になることを意味する。質量m2のイオンは偏向させられることなくBNゲートを通過し、検出器へと進む。第4の時間(t4)において、BNゲートの交互するワイヤに反対の極性電圧を適用することによってゲートがオンに戻り、質量m3のイオンは、作られた静電場との相互作用によって通常から偏向させられる。このことは、質量m2のイオンのみがイオンゲートを通過し、検出器で検出されることを意味する。イオンゲートのこのタイプの操作(「質量選択」)は、当技術では通常、TOF MS/MS実験においてフラグメンテーションのための親イオンを選択するために使用される。この例では、m1<m2<m3、またt1<t2<t3<t4である。
【0105】
図5および
図6に図示するイオンブランキングと質量選択は、イオンゲートが「オン」か「オフ」のいずれかであることを意味し、事実上デジタルである。イオンゲートがオンになると、実質的に全てのイオンが、通常のパスから偏向させられる。イオンゲートがオフになると、実質的に全てのイオンが、偏向させられずにイオンゲートを通過する。
【0106】
本発明によると、イオンゲート280は、イオンゲートが、イオンゲートを通過するイオンの全てではなく一部が検出器に到達するのを妨げる中間状態となるように、アクイジション中にイオンゲートに動的な電圧波形を適用することによって、本発明者が「中間」、「非デジタル」または「アナログ」モードと呼ぶような状態で動作され得る。
【0107】
図4(a)に示すイオンゲート280aのような平行プレートイオンゲート、および
図4(b)に示すBNゲート280bのようなBNゲートの両方とも、このような動作に適している場合がある。実際には、BNゲートは有効長(静電場がイオンゲートから延びる距離)がより短く、動作電圧がより低いため、平行プレートイオンゲートよりも好まれる。
【0108】
イオンゲート280のようなイオンゲートは、イオンゲート電極間に適用される電位差を、完全オン(「ゲート閉」)の値または完全オフ(「ゲート開」)の値の間の値に設定することによって、「中間」状態にすることができる。偏向に関する式1と、
図4(a)に示した単純な平行プレートイオンゲートに関連して上記で与えた例示の値から、イオンビームが5mm偏向した場合、その半分は依然検出器にヒットし、半分のイオンが検出されることになる(例えば、
図4(c)(ii)に図示される通り)。これは、イオンゲートプレートに+/-200Vが適用されたときに起こる。+/-100Vでは、イオンビーム全てが検出器にヒットする。したがって、電位差を+/-200Vの範囲にわたり調節することにより、イオンゲートの有効透過率を0%-100%で調節することができる。
【0109】
ここで
図3(a)に戻って参照すると、本発明のいくつかの例では、制御ユニット290は、TOF型質量分析計200を制御して、少なくとも1つのアクイジションサイクルを行うように構成され、少なくとも1つのアクイジションサイクルは:
イオン源210を動作させて、複数の質量/電荷(m/z)値を有するイオンを生成し放出し、その結果、異なるm/z値を有するイオンがイオン源210と検出器250との間を延びるパスを辿って異なる時間に検出器に到達すること;
検出器250を動作させて、検出器250に到達する異なるm/z値を有するイオンを表す出力電流を生成すること;
可変電圧ユニット285を動作させて、アクイジションサイクル中にイオンゲート280の電極間に動的な電位差を適用し、その結果、電極間に適用される電位差の大きさがアクイジションサイクル内で変わること;
を含み、
動的な電位差は、当該/各アクイジションサイクル内で;
第1のm/z値を有するイオンがイオンゲート280を通過している第1の時間に、イオンゲート280がゲート閉状態にあるように、可変電圧285ユニットによってイオンゲート280の電極間にゲート閉電位差が適用され;
第2のm/z値を有するイオンがイオンゲート280を通過している、第1の時間より後の第2の時間に、イオンゲート280が中間状態にあるように、可変電圧ユニット285によってイオンゲート280の電極間に中間電位差が適用され;
中間状態にあるイオンゲート280は、イオンゲートを通過するイオンの全てではなく一部が検出器250に到達するのを妨げられるように、イオンゲート280を通過するイオンを偏向させ;および、
第3のm/z値を有するイオンがイオンゲート280を通過している、第2の時間より後の第3の時間に、イオンゲート280がゲート開状態にあるように、可変電圧ユニット285によってイオンゲート280の電極間にゲート開電位差が適用される
ように構成される。
【0110】
この特定の例では、動的な電圧波形は、イオンゲート280の少なくとも2つの電極間に適用される電位差を、電位差が第1の電位差から第2の電位差まで、および第2の電位差から第3の電位差まで連続的に変化するように、変えるように構成される。
【0111】
「ゲート開」、「ゲート閉」、および「中間」の電圧/状態については、すでに上記で詳述したので、この考察はここで繰り返す必要はない。
【0112】
これらの特性を呈する動的な電位差、および検出器250に到達するイオンの割合に対する動的な電位差の効果(「イオン透過率」)を
図3(b)に示す。
【0113】
図3(b)に示すように、イオンゲート280の電極間に適用される電位差は、ゲート閉電位差から、様々な中間電位差、ゲート開電位差へと滑らかに変化し、これがイオン透過率における対応する変化を引き起こす。
【0114】
このようにして、TOF型質量分析計の使用のために構成されているm/z値の範囲では、検出器に到達するイオンの強度は、その質量での有効ゲインに一致する。上述のように構成された制御ユニット290を用いると、イオン透過率は、低質量イオンがイオンゲートを通過するため低い値から始まり、高質量イオンがイオンゲートを通過するにつれて徐々に増大する。このようにして、低質量イオンは高質量イオンと同様の強度で検出され、検出器を飽和させることはない。換言すれば、検出器に到達するイオンの量は、好ましくは、検出器250のゲイン特性を補償するように、またはそうでなければ、例えばGB2537148で考察されるような動的ゲイン法と比較して良好なレスポンススピードで所望の方法でm/zピークの相対強度を調節するように、m/z値に応じて制御することができる。
【0115】
図7は、
図3(a)のTOF型質量分析計200で使用され得るイオンゲート380に可変電圧を適用するための可変電圧ユニット385を示す。
【0116】
図7のイオンゲート380は、好ましくは20mm未満、より好ましくは10mm未満であり、この場合は5mmである小さな距離だけ離れた2つのBNゲート380a、380bを組み込む。このタイプのイオンゲート設計は、最速のスイッチングと組み合わされた最高のブランキング比をもたらす。典型的な寸法は、500um離間された直径20umのワイヤであり、直径6mmの開口部がある。これらは、50nsからの幅と立ち上がり時間10nsを有する500Vパルスで動作させることができる。これらにより、500FWHMを超える選択分解能を達成することができる(すなわち、1000Daの公称m/zで2Daのウィンドウ)。各BNゲートは、平行な導電性ワイヤのセットを備える。第1のBNゲート380aの複数の導電性ワイヤは、イオンビームのパスに対して直交する方向に延び、第2のBNゲート380bの複数の導電性ワイヤは、第1のBNゲートの導電ワイヤおよびイオンビームのパスの両方に対して直交して延びる。ここで、可変電圧ユニット385は、各BNゲート380a、380bの2つごとのワイヤに正極性(+V)の電圧を適用し、各BNゲート380a、380bの残りのワイヤに負極性(-V)の電圧を適用するように構成される。正極性電圧(+V)の大きさは、負極性電圧(-V)の大きさと同じである。
【0117】
本明細書で前述したように、ダブルBNゲートは、シングルBNゲートよりも優れたイオンブランキングを作り出すが、本発明により検出器によって検出されるイオンの割合を制御する上で、シングルBNイオンゲートほど効果的ではないかもしれない。シングルゲートは、より広い電圧範囲を利用可能にすることもできる。そのため、最終的にシングルBNゲートとダブルBNゲートのどちらを使うかは、用途の要件によって変わる可能性がある。したがって、シングルBNゲートかダブルBNゲートかの選択は、用途の要件に応じて変わってもよい。
【0118】
したがって、当業者は、本明細書の開示から、イオンゲート380が、ここに示すような2つのBNゲートではなく、ただ1つのBNゲートだけを含むことも可能であることを理解するであろう。
【0119】
図8-
図13は、MALDI TOF型質量分析計のイオン軌道シミュレーションモデルを使用して作られた、シミュレートされた飛行時間スペクトルである。このモデルは、
図3(a)に示すTOF型質量分析計200に対応するコンポーネントを含む市販の機器(Shimazdu Corp製MALDI-7090)の特徴的な寸法および電圧の全てを組み込んでおり、この機器については、
図7に示すように、2つのBNゲート380a、380bを含むイオンゲート380によって実現されるイオンゲート280、ならびに制御ユニット290および可変電圧ユニット285を含む。このモデルには遅延引き出し(pulsed extraction)MALDIイオン源が含まれ、実際の機器のものを表す初期速度と空間分布を持つことが知られている(値は長年にわたるMALDI TOF-MSとTOF-MS/MSイオン光学系の開発で確立されたものである)。各m/z値について、各シミュレーションのアクイジション中にMALDIイオン源から500個のイオンが放出された。アナライザは、フィールドフリー領域とカーブドフィールドリフレクトロン(CFR)で構成される。
【0120】
図8-
図13は、飛行時間(約45.5μs-90.5μsの範囲)をx軸に、(各ピークで放出された500個のイオンのうち)検出されたイオンの数をy軸にとったスペクトルである。したがって、各スペクトルは、m/z値に応じて検出されたイオンの数を表示する。各スペクトルには、質量が200Da刻みで600Daから2400Daの範囲の一価イオンを表すピークがある。
【0121】
図8は、シミュレートされたアクイジション中、2つのBNゲートのワイヤに電圧が適用されなかった場合のシミュレートされた飛行時間スペクトルを示しており、これは上述のイオンゲートの「ゲート開」状態に対応する。イオンの透過率は部分的に質量に依存するため、また実際のイオン源における初期イオン速度と空間分布のパラメータの変動をエミュレートするために、これらに統計を適用しているため、ピークは全て厳密に同じ強度ではない。このスペクトルは、例えば試料濃度、および質量に伴って変化する検出器ゲインによる初期イオン収率の変動などの効果を補正するために使用される。したがって、検出器をヒットするイオンの割合に対するイオンゲートの効果を、機器性能の他の側面から分離することが可能である。
【0122】
図9-
図13は、
図8を作り出すために使用したのと同じモデルを使用したシミュレートされた飛行時間スペクトルであるが、質量が1600Daから2400Daの範囲のイオンについては、2つのBNゲートのワイヤに電圧を適用せず(イオンゲートの「ゲート開」状態に対応する)、質量が600Daから1600Daの範囲のイオンについては、2つのBNゲートの交互するワイヤに静電圧を適用した。
図9、
図10、
図11、
図12、および
図13のシミュレーションスペクトルを生成するために、質量が600Daから1600Daの範囲のイオンに対して、2つのBNゲートのワイヤにそれぞれ+/-100V、+/-70V、+/-60V、+/-40V、+/-30Vの静電圧を適用した。
【0123】
図9-
図13からわかり得るように、質量が600Daから1600Daのイオンの場合、2つのBNゲートの透過率(検出器に到達し検出された、イオン源で生成されたイオンのパーセンテージ)は、2つのBNゲートのワイヤに200V(+/-100V)の電位差が適用されたときの約5%から、2つのBNゲートのワイヤに60V(+/-30V)の電位差が適用された場合の約70-80%まで増大する。BNゲートによるイオンの偏向により、質量範囲600Da-1600Daのイオンの全てではなく一部がこれらの状態で検出器に到達していることは明らかであるため、これらはイオンゲートの中間状態の例である。
【0124】
図14(a)は、
図8-
図13に図示したシミュレーションから結果として得られた質量が600Daから1600Daの範囲のイオンについて、2つのBNゲートの交互するワイヤに適用される電圧に応じて伝送されおよび検出されたイオンのシミュレートされた割合を示すグラフである。
【0125】
図14(b)は、
図8-
図13に図示したシミュレーションから結果として得られたm/z値が600Daから2400Daの範囲のイオンについて、イオンゲートまでの飛行時間を示す。
【0126】
当業者であれば、本明細書の開示に基づいて容易に理解するように、m/z値に応じて検出器250に到達するイオンの量を制御する動的な電位差を与えるように構成された動的な電圧波形は、
図14(a)および
図14(b)に示す情報に基づいて構築され得る。当業者であれば、本明細書の開示に基づき、実用的な機器について
図14(a)および
図14(b)に対応する情報を容易に収集することができる。
【0127】
図15は、
図8-
図13に示した結果を生成するために使用されたのと同じモデルを使用した、
図16のシミュレートされた飛行時間スペクトルを生成するためのシミュレートされたアクイジションサイクル中に、2つのBNゲートの平行ワイヤに適用される例示の電圧波形を図示している。
【0128】
図16は、x軸にイオンの飛行時間、y軸に検出されたイオンの数を表示している。ピークは、質量が200Da刻みで600Daから2400Daの範囲の一価イオンを表す。
【0129】
図15と
図16の例では、ゲート電圧は、600Daイオンがイオンゲートに到達する11usまでは100Vに設定され、2400Daイオンがイオンゲートに到達すると、さらなる11usでゼロになるようにランプダウンし、これによりイオン透過率は5%未満から100%になり、強度質量プロファイルは
図14(a)の透過率曲線を反映する。その結果、
図16に示すように、イオンの強度は1000Daから2000Daまでランプアップし、検出器250でのイオン強度を制御するために、イオンゲートが様々な中間状態で使用されたことを明確に実証している。
【0130】
図17は、
図8-
図13に示した結果を生成するために使用されたのと同じモデルを使用した、
図18のシミュレートされた飛行時間スペクトルを生成するためのシミュレートされたアクイジションサイクル中に、2つのBNゲートの平行ワイヤに適用される例示の電圧波形を図示している。
【0131】
図18は、x軸にイオンの飛行時間、y軸に検出されたイオンの数を表示している。ピークは、質量が200Da刻みで600Daから2400Daの範囲の一価イオンを表す。
【0132】
図17と
図18の例では、+/-100Vで開始する代わりに、イオンゲート電圧は透過率が約10%の70Vで開始し、透過率が約90%の20Vまでランプダウンし、強度は600Daから1800Daまでランプアップする。この場合、引き続いてイオンゲート電圧をゼロに設定しない限り、イオン透過率は100%に達しないことに留意されたい。
【0133】
図19は、機器をブランキングモードで動作させ、イオンゲート280の中間状態を得るようにBNゲートに供給される電力を手動で調節したときに、
図8-
図18に示すデータを生成するようにシミュレートされた市販のMALDI-TOF機器(Shimazdu製MALDI-7090)からの、質量が1046Daから2465Daの範囲のイオンを含むペプチド試料のスペクトルを示す実験(すなわち、非シミュレート)データの例である。
【0134】
図19に示すデータを得るために、質量が1046Daから2465Daの範囲のペプチドの混合物を含むMALDI試料を分析し、BNゲートは1600Daまでの質量をブランクするように設定した。このことは、イオンゲートの通常の動作では、1600m/zを下回るイオンはブランクされ、検出器での強度は実質的にゼロとなることを意味する。1600m/zを上回るイオンは、イオンゲートがスイッチオフされるとそれを通過し、検出器での強度は実質的に100%になる。結果として得られたスペクトルを、(a)BNゲート開状態、(c)BNゲート閉状態、および(b)BNゲートの中間状態について示す。
【0135】
イオンゲートに適用される電圧は、アクイジションの間に変わり、0Vピークに対する各質量イオンの透過率が、
図20によって示される。質量が1800Da、2093Da、および2465Daのイオンを表すピークはイオンゲートの影響を受けなかった。しかし、質量が1046Da、1296Da、および1570Daのイオンを表すピークの強度は、イオンゲートに適用された電圧によって変わり、イオンゲートに200V(+/-100V)の電位差を適用したときの透過率は5%未満、イオンゲートに100V(+/-50V)の電位差を適用したときの透過率は100%であった。
【0136】
図20から、市販の機器を用いてイオンゲートをアナログモードで動作させたときのイオンの実験的な透過率特性は、シミュレートされたイオンゲートのシミュレートされた透過率特性と類似していることが実証された。
【0137】
図21は、質量が1046Daから1570Daの範囲のイオンを含むペプチド試料について、イオンゲート280に適用される電圧に応じて検出されたイオンの平均割合について図示した、
図20と同様の方法で得られたグラフである。
【0138】
前述の説明、または以下の特許請求の範囲、または添付の図面に開示された特徴は、それらの特定の形態で、または開示された機能を行うための手段、または開示された結果を得るための方法もしくはプロセスの観点から、適宜表現されており、別個に、またはそのような特徴の任意の組合せで、それらの多様な形態で本発明を実現するために利用することができる。
【0139】
本発明を上述した例示的な実施形態と併せて説明したが、本開示が与えられれば多くの等価な修正形態および変形形態が当業者には明らかであろう。したがって、上述の本発明の例示の実施形態は、例示的であって限定的なものではないと考えられる。本発明の思想および範囲から逸脱することなく、説明した実施形態に様々な変更がなされてもよい。
【0140】
疑念を避けるために、本明細書で与えられるいずれの理論的説明も読者の理解を改善する目的で提供されるものである。本発明者らは、これらの理論的説明のいずれにも拘束されることを望むものではない。
【0141】
本明細書で使用されるあらゆるセクション見出しは、整理の目的のみに使用されるものであり、記載される主題を限定するものとして解釈されるものではない。
【0142】
後に続く特許請求の範囲を含め、本明細書全体を通して、文脈上別段必要とされない限り、「含む(comprise)」および「含む(include)」という語、ならびに「含む(comprises)」、「含んでいる(comprising)」、および「含んでいる(including)」などの変形は、記載された整数もしくはステップまたは整数もしくはステップの群を含むことを意味するが、他の整数もしくはステップまたは整数もしくはステップの群を排除することを意味しないと理解されたい。
【0143】
本明細書および添付の特許請求の範囲で用いられる場合、文脈が明確にそうではないと述べない限り、単数形「1つ(a)」、「1つ(an)」、および「その(the)」は、複数形の指示対象を含むことにも留意しなければならない。本明細書では、ある特定の「約」の値から、および/または別の特定の「約」の値までの範囲を表すことがある。このような範囲が表現される場合、別の実施形態では、ある特定の値から、および/または他の特定の値までが含まれる。同様に、値が近似値として表現される場合、先行詞「約」の使用により、特定の値が別の実施形態を形成することが理解されよう。数値に関する「約」という用語は任意選択的であり、例えば+/-10%を意味する。
【手続補正書】
【提出日】2023-12-20
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
飛行時間(「TOF」)型質量分析計であって、
イオン源と、
検出器と、
イオン源と検出器との間を延びるパスに位置付けられたイオンゲートと、
可変電圧ユニットと、
制御ユニットと
を有し、
制御ユニットが、TOF型質量分析計を制御して、少なくとも1つのアクイジションサイクルを行うように構成され、少なくとも1つのアクイジションサイクルが、
イオン源を動作させて、複数の質量/電荷(m/z)値を有するイオンを生成し放出し、その結果、異なるm/z値を有するイオンがイオン源と検出器との間を延びるパスを辿って異なる時間に検出器に到達すること、
検出器を動作させて、検出器に到達する異なるm/z値を有するイオンを表す出力電流を生成すること、
可変電圧ユニットを動作させて、アクイジションサイクル中にイオンゲートの少なくとも2つの電極間に動的な電位差を適用し、その結果、少なくとも2つの電極間に適用される電位差の大きさがアクイジションサイクル内で変わること
を含み、
動的な電位差が、当該/各アクイジションサイクル内で、
第1のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している第1の時間に、イオンゲートが第1の状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に第1の電位差が適用され、および、
第2のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している、第1の時間より後の第2の時間に、イオンゲートが第2の状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に第2の電位差が適用される
ように構成され、
イオンゲートの第1の状態および第2の状態のうちの少なくとも1つが、イオンゲートを通過するイオンの全てではなく一部が検出器に到達するのを妨げられるように、イオンゲートがイオンゲートを通過するイオンを偏向させる中間状態である、TOF型質量分析計。
【請求項2】
動的な電圧波形が、当該/各アクイジションサイクル内で、
1つ以上の所定のゲート閉m/z値を有するイオンがイオンゲートを通過しているとき、イオンゲートが1つ以上の所定のゲート閉時間にゲート閉状態にあるように、ゲート閉電位差が、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用され、イオンゲートが、ゲート閉状態にあるとき、イオン源から放出されイオンゲートを通過するイオンの実質的に全てが検出器に到達するのを妨げる
ように構成される、請求項1に記載のTOF型質量分析計。
【請求項3】
動的な電圧波形が、当該/各アクイジションサイクル内で、
1つ以上の所定のゲート開m/z値を有するイオンがイオンゲートを通過しているとき、イオンゲートが1つ以上の所定のゲート開時間にゲート開状態にあるように、ゲート開電位差が、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用され、イオンゲートが、ゲート開状態にあるとき、イオン源から放出されイオンゲートを通過する実質的にどのイオンも検出器に到達するのを妨げない
ように構成される、請求項1または2に記載のTOF型質量分析計。
【請求項4】
動的な電圧波形が、当該/各アクイジションサイクル内で、
1つ以上の所定のゲート閉m/z値を有するイオンがイオンゲートを通過しているとき、イオンゲートが1つ以上の所定のゲート閉時間にゲート閉状態にあるように、ゲート閉電位差が、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用され、イオンゲートが、ゲート閉状態にあるとき、イオン源から放出されイオンゲートを通過するイオンの実質的に全てが検出器に到達するのを妨げる
ように構成され、
中間電位差の大きさが、ゲート開電位差の大きさとゲート閉電位差の大きさとの間である、請求項
3に記載のTOF型質量分析計。
【請求項5】
動的な電圧波形が、当該/各アクイジションサイクル内で、
1つ以上の所定のゲート閉m/z値を有するイオンがイオンゲートを通過しているとき、イオンゲートが1つ以上の所定のゲート閉時間にゲート閉状態にあるように、ゲート閉電位差が、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用され、イオンゲートが、ゲート閉状態にあるとき、イオン源から放出されイオンゲートを通過するイオンの実質的に全てが検出器に到達するのを妨げる
ように構成され、
ゲート開電位差の大きさとゲート閉電位差の大きさとの間の差の大きさが、1000V以下である、請求項
3に記載のTOF型質量分析計。
【請求項6】
動的な電圧波形が、当該/各アクイジションサイクル内で、
1つ以上の所定のゲート閉m/z値を有するイオンがイオンゲートを通過しているとき、イオンゲートが1つ以上の所定のゲート閉時間にゲート閉状態にあるように、ゲート閉電位差が、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用され、イオンゲートが、ゲート閉状態にあるとき、イオン源から放出されイオンゲートを通過するイオンの実質的に全てが検出器に到達するのを妨げる
ように構成され、
動的な電圧波形が、当該/各アクイジションサイクル内で、
1つ以上の所定のゲート開m/z値を有するイオンがイオンゲートを通過しているとき、イオンゲートが1つ以上の所定のゲート開時間にゲート開状態にあるように、ゲート開電位差が、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用され、イオンゲートが、ゲート開状態にあるとき、イオン源から放出されイオンゲートを通過する実質的にどのイオンも検出器に到達するのを妨げない
ように構成され、
ゲート開電位差の大きさとゲート閉電位差の大きさとの間の差の大きさが、1000V以下である、請求項4に記載のTOF型質量分析計。
【請求項7】
動的な電位差が、当該/各アクイジションサイクル内で、イオンゲートが、アクイジションサイクル中の異なる時間に異なる中間状態に置かれて、各中間状態が、イオンゲートを通過する異なる割合のイオンが検出器に到達することを妨げるように構成され、可変電圧ユニットが、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に異なる中間電位差を適用することによって、各中間状態が得られる、請求項1
または2に記載のTOF型質量分析計。
【請求項8】
動的な電圧波形が、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用される電位差を、電位差が連続的に変化するように、変えるように構成される、請求項1
または2に記載のTOF型質量分析計。
【請求項9】
第1の電位差の大きさが、第2の電位差の大きさよりも大きい、請求項1
または2に記載のTOF型質量分析計。
【請求項10】
第1の電位差の大きさが、第2の電位差の大きさよりも小さい、請求項1
または2に記載のTOF型質量分析計。
【請求項11】
動的な電圧波形が、イオンゲートの少なくとも2つの電極間に適用される電位差を、電位差が当該/各アクイジションサイクル内で時間とともに大きさが徐々に減少するように、変えるように構成される、請求項1
または2に記載のTOF型質量分析計。
【請求項12】
イオンゲートが、イオン源と検出器との間を延びるパスに対して横方向である横軸に沿って異なる位置に分布された平行なワイヤのセットを含む、請求項1
または2に記載のTOF型質量分析計。
【請求項13】
セット中のワイヤの厚さが50um以下であり、当該/各セット中の隣接するワイヤ同士の距離間隔が1mm以下である、請求項
12に記載のTOF型質量分析計。
【請求項14】
イオン源がMALDIイオン源である、請求項1
または2に記載のTOF型質量分析計。
【請求項15】
請求項1
または2に記載のTOF型質量分析計を動作させる方法であって、方法が、制御ユニットがTOF型質量分析計を制御して、少なくとも1つのアクイジションサイクルを行うことを含み、少なくとも1つのアクイジションサイクルが、
イオン源を動作させて、複数の質量/電荷(m/z)値を有するイオンを生成し放出し、その結果、異なるm/z値を有するイオンがイオン源と検出器との間を延びるパスを辿って異なる時間に検出器に到達すること、
検出器を動作させて、検出器に到達する異なるm/z値を有するイオンを表す出力電流を生成すること、
可変電圧ユニットを動作させて、アクイジションサイクル中にイオンゲートの少なくとも2つの電極間に動的な電位差を適用し、その結果、少なくとも2つの電極間に適用される電位差の大きさがアクイジションサイクル内で変わること
を含み、
動的な電位差が、当該/各アクイジションサイクル内で、
第1のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している第1の時間に、イオンゲートが第1の状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に第1の電位差が適用され、および、
第2のm/z値を有するイオンがイオンゲートを通過している、第1の時間より後の第2の時間に、イオンゲートが第2の状態にあるように、可変電圧ユニットによってイオンゲートの少なくとも2つの電極間に第2の電位差が適用される
ように構成される、方法。
【請求項16】
請求項1
または2に記載の質量分析計を提供するようにTOF型質量分析計を改変する方法であって、
方法を行うことに先立って、TOF型質量分析計が、
イオン源、
検出器、
制御ユニット
を含み、方法が、
任意選択で、イオンゲートおよび可変電圧ユニットをTOF型質量分析計に追加すること、
請求項1
または2に従ってTOF型質量分析計を制御するように質量分析計の制御ユニットを構成すること
を含む、方法。
【国際調査報告】