(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-04-17
(54)【発明の名称】プリンタブル熱電材料用のインク組成物
(51)【国際特許分類】
H10N 10/852 20230101AFI20240410BHJP
H10N 10/01 20230101ALI20240410BHJP
【FI】
H10N10/852
H10N10/01
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023569754
(86)(22)【出願日】2022-05-05
(85)【翻訳文提出日】2023-11-09
(86)【国際出願番号】 EP2022062173
(87)【国際公開番号】W WO2022238233
(87)【国際公開日】2022-11-17
(32)【優先日】2021-05-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】511310524
【氏名又は名称】カールスルーエ インスティテュート フュア テクノロジ
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】マリック マド モファッサー
(72)【発明者】
【氏名】レンマー ウリ
(72)【発明者】
【氏名】レッシュ アンドレス
(72)【発明者】
【氏名】フランケ レオナルト
(57)【要約】
本発明は、インク組成物であって、熱電材料用前駆体材料と、Cu粉末、Se粉末および任意にS粉末の混合物を含む無機バインダー用前駆体材料と、有機溶媒と、有機バインダーとを含む、インク組成物に関する。本発明はまた、プリンタブル熱電材料用のCu-Se-S系インク組成物であって、Cu粉末、Se粉末およびS粉末の混合物を含む、インク組成物に関する。さらに本発明は、本発明のインクの印刷により得られるフレキシブルなプリンテッド熱電材料に関する。本発明はさらに、フレキシブルなプリンテッド熱電材料を備えた、高電力密度のフレキシブルなプリンテッド熱電発電体、熱流センサおよび熱電冷却体、ならびに特に大規模用途での該熱電発電体、熱流センサおよび熱電冷却体の使用にも関する。さらに本発明はまた、フレキシブルなプリンテッド熱電材料の製造方法に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
プリンタブル熱電材料用のインク組成物であって、前記インク組成物は、
熱電材料用前駆体材料と、
Cu粉末、Se粉末およびS粉末の混合物を含む無機バインダー用前駆体材料と、
有機バインダーと、
有機溶媒と
を含み、前記Cu粉末と、前記Se粉末および前記S粉末を合わせた総和とのモル比は、2:1であり、式(1-x)Se:xSとして表される前記Se粉末と前記S粉末とのモル比は、0≦x≦0.20の範囲にあり、
[(1-y)熱電材料:y無機バインダー]として表される前記熱電材料用前駆体材料と前記無機バインダー用前駆体材料との重量比は、0<y≦0.25の範囲にある、インク組成物。
【請求項2】
前記熱電材料用前駆体材料は、p型熱電材料用前駆体材料であり、好ましくは、TeとBiおよびSbを合わせた総和とのモル比が3:2であるBi-Sb-Te合金の粉末である、請求項1記載のインク組成物。
【請求項3】
前記p型熱電材料用前駆体材料は、TeとBiとSbとのモル比が3:0.5:1.5であるBi-Sb-Te合金の粉末である、請求項2記載のインク組成物。
【請求項4】
シリカ質もしくはアルミナ質材料、好ましくはヒュームドシリカおよび/または液体レオロジー分散添加剤から選択される少なくとも1つの添加剤をさらに含む、請求項1から4までのいずれか1項記載のインク組成物。
【請求項5】
前記Cu粉末、前記Se粉末および前記S粉末のそれぞれの粒径は、500μm以下である、請求項1から5までのいずれか1項記載のインク組成物。
【請求項6】
[(1-y)熱電材料:y無機バインダー]として表される前記熱電材料用前駆体材料と前記無機バインダー用前駆体材料との重量比は、0.05≦y≦0.10の範囲にある、請求項1から6までのいずれか1項記載のインク組成物。
【請求項7】
プリンタブル熱電材料用のCu-Se-S系インク組成物であって、前記インク組成物は、
Cu粉末、Se粉末およびS粉末の混合物と、
有機バインダーと、
有機溶媒と
を含み、前記Cu粉末と、前記Se粉末および前記S粉末を合わせた総和とのモル比は、2:1であり、式(1-x)Se:xSとして表される前記Se粉末と前記S粉末とのモル比は、0<x≦0.20の範囲にある、インク組成物。
【請求項8】
フレキシブルなプリンテッド熱電材料の製造方法であって、
- 請求項1から7までのいずれか1項記載のインク組成物を提供するステップと、
- 前記インク組成物を基材に印刷するステップと、
- 前記インク組成物を200℃~500℃の温度で少なくとも60秒間焼結させるステップと
を含む、方法。
【請求項9】
前記インク組成物を焼結させるステップを、前記インク組成物のフォトニックフラッシュ焼結により実施し、焼結後に印刷薄膜をプレスする、請求項8記載の方法。
【請求項10】
前記インク組成物を提供するステップは、前記熱電材料用前駆体材料、前記無機バインダー用前駆体材料、前記有機バインダーおよび前記有機溶媒の湿式ボールミル処理を含む、請求項8または9記載の方法。
【請求項11】
前記インク組成物を基材に印刷するステップを、スクリーン印刷、ドクターブレード塗工、エアブラシ塗装、インクジェット印刷および3D印刷からなる群から選択される少なくとも1つにより実施する、請求項8から10までのいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
請求項1から7までのいずれか1項記載のインク組成物を基材に印刷し、前記インク組成物を200℃~500℃の温度で少なくとも60秒間焼結させることによって得られるフレキシブルなプリンテッド熱電材料であって、前記プリンテッド熱電材料は、Cu
2-δS
xSe
1-x相を含み、ここで、0≦x≦0.20であり、かつ0≦δ≦0.15である、フレキシブルなプリンテッド熱電材料。
【請求項13】
10~250μmの厚さを有する、請求項12記載のフレキシブルなプリンテッド熱電材料。
【請求項14】
請求項12または13記載のプリンテッド熱電材料をp型脚として備えた、フレキシブルなプリンテッド熱電発電体。
【請求項15】
n型プリンタブル熱電材料用のAg-Se系インク組成物から製造されたn型脚をさらに備えた、請求項14記載のフレキシブルなプリンテッド熱電発電体。
【請求項16】
廃熱回収用途での、または体温を維持もしくは低下させるためのウェアラブル材料と一体化された状態での冷却用途での、請求項14または15記載のプリンテッド熱電発電体の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プリンタブル熱電材料用のインク組成物であって、熱電材料用前駆体材料と、Cu粉末、Se粉末および任意にS粉末の混合物を含む無機バインダー用前駆体材料と、有機溶媒と、有機バインダーとを含む、インク組成物に関する。本発明はまた、プリンタブル熱電材料用のCu-Se-S系インク組成物であって、Cu粉末、Se粉末およびS粉末の混合物と、有機溶媒と、有機バインダーとを含む、インク組成物に関する。さらに本発明は、本発明のインクの印刷により得られるフレキシブルなプリンテッド熱電材料に関する。本発明はさらに、フレキシブルなプリンテッド熱電材料を備えた、高電力密度のフレキシブルなプリンテッド熱電発電体、および特に大規模用途での該熱電発電体の使用に関する。さらに本発明はまた、フレキシブルなプリンテッド熱電材料の製造方法に関する。
【0002】
本発明の技術分野は、総じて、特に大規模用途向けのプリンタブル熱電材料に関する。熱電(TE)とは、廃熱の回収による電気への変換、熱流検出(熱流センサ)およびシステムの局所温度の制御に使用可能な、可動素子のない単純な技術である。現在、消費エネルギーの約65%が熱として浪費されているため、熱電発電体(TEG)により廃熱を電気に変換することで、再生可能エネルギー分野を大きく押し上げることができる。熱流センサは、断熱システムからの放熱の検出に使用されている。またこれは、バッテリー用途やその他の電子素子において、システムからの放熱の監視やシステムの防爆といった安全対策にも採用されている。また、熱電冷却体(TEC)は、様々なシステム(例えば、マイクロエレクトロニック・デバイス、敏感な化学物質)の局所温度の維持に使用されてきた。従来のバルクTE材料とは異なり、高性能のプリンタブルTE材料は、低製造コスト、形状の多様性および高出力電力密度の2D/3Dデバイスを提供できる可能性がある。
【0003】
従来、熱電変換に関する研究の大半は、TE材料の設計と、その性能指数ZT=(S2σ/κ)・T(Sはゼーベック係数、σは電気伝導率、κは熱伝導率、Tは絶対温度を表す)の向上とに焦点が当てられてきた。ZT値が高いほど、TE材料の性能が優れていることを示す。しかし、費用対効果の高いTEデバイスの開発にはさほど注力されていない。ZT>1の高性能TE材料がすでに数多く開発されているにもかかわらず、製造工程で使用される材料の量が多いため、バルク材料を使用して低コストで高出力電力密度のTEデバイスを製造することは依然として困難である。また、このようなTEデバイスの製造は、多くの場合、複数の工程を必要とする精巧で時間のかかるプロセスに依存している。さらに、バルク材料製のTEデバイスは、総じて立方体またはその他の対称的な形状であるため、様々なシステムの非平面への組み込みが困難である。
【0004】
従来のTEデバイスに付随する制限を克服するために、印刷技術を導入することができる。高性能のプリンタブルTE材料は、大規模用途向けのTEデバイスを迅速に製造すべく、低製造コスト、形状の多様性および高出力電力密度のデバイスを提供できる可能性がある。しかし、良好な印刷適性を示しつつZT≧1であるプリンテッド材料を設計することは困難である。無機系プリンテッド材料のTEパラメータ、特にσがインク処理中に影響を受けることで、結果としてZTが低くなる。良好な印刷適性を示す有機系材料は知られているが、主にSが非常に低いため、低い性能を示す。また、効率的なプリンテッドTEデバイスの作製には、同程度の性能を有するn型およびp型プリンテッド材料が必要である。従来のTE材料の中で、バルクTEデバイスによく使用されているのは(SbBi)2Te3系材料である。また、(SbBi)2Te3系のn型およびp型バルクTE材料については、室温での高い性能を維持しつつ印刷可能とすることが広く目標とされてきた。残念なことに、バインダーや添加剤によって結晶粒界での電荷キャリア輸送が中断されると、全体的なZTが低下する。
【0005】
Bi0.4Sb1.6Te3粒子と溶融Teとの結合により、Sb2Te3系印刷薄膜において約1のZTが実現された。しかし、加工には印刷後の中間高圧処理が必要である。スクリーン印刷されたBi2Te3薄膜では、界面修飾によってZT=約0.2で3.63μWcm-1K-2のパワーファクター値が達成された。インクジェット印刷されたBi2Te3およびBi0.5Sb1.5Te3のフレキシブルなナノワイヤ薄膜では、印刷後のサーマルアニールによりそれぞれ1.80μWcm-1K-2および1.10μWcm-1K-2のパワーファクターが達成された。他の報告では、無加圧処理のp型Sb2Te3系薄膜において0.3および0.2のZT値が達成されている。また、Sb2Te3-ChaM溶液で構成される無機バインダーを用いたBi2Te3系のp型およびn型の塗布/3D印刷されたTE薄膜のZTが約1であることも報告されている。しかし、合成プロセスは複雑で、複数の工程を必要とする。さらなる欠点は、上記のプリンテッドTE材料がいずれもフレキシブル性に乏しいことである。
【0006】
このため、加圧処理を必要とせず、デバイス用途向けの高性能で環境的に安定したフレキシブルなプリンタブルTE材料は、依然として存在していない。これは主に、σが低いか、または印刷適性が低いためである。(SbBi)2Te3系のn型およびp型材料は、室温で良好なTE性能を示すことが知られているが、印刷適性は低い。さらに、インク処理中に抵抗率が上昇するため、印刷技術での使用が制限される。したがって、良好な印刷適性、高いパワーファクター(S2σ)および低い熱伝導率(κ)を有する、フレキシブルで環境的に安定した高効率の無機TE材料を開発することが課題となっていた。
【0007】
上記に鑑み、本発明の目的は、TE性能が向上し、高電力密度でありながら低コストであるフレキシブルなTEデバイスを再現性よく効率よく提供することができる、環境的に安定で高効率な無機系プリンタブルTE材料を提供することにある。
【0008】
本発明によれば、上記目的は、請求項1に記載の特徴を有するプリンタブル熱電材料用のインク組成物を提供することによって達成される。上記目的はさらに、請求項7に記載の特徴を有するプリンタブル熱電材料用のCu-Se-S系インク組成物を提供することによって達成される。上記目的はまた、請求項8に記載の特徴を有するフレキシブルなプリンテッド熱電材料の製造方法によって達成される。さらに、上記目的は、請求項12に記載の特徴を有するフレキシブルなプリンテッド熱電材料によって達成される。さらに、上記目的は、請求項14に記載の特徴を有するフレキシブルなプリンテッド熱電発電体および請求項16に記載の特徴を有するその使用を提供することによって達成される。本発明の好ましい実施形態は、従属請求項に記載されている。
【0009】
本発明は、無機バインダーを含むフレキシブルなプリンテッド熱電材料を製造するための新規の戦略に基づくものであり、該無機バインダーは、簡便な印刷-焼結プロセスを通じて非化学量論的β-Cu2-δSeによりTE材料の結晶粒の橋渡しをする。したがって、結晶粒界を含む従来の無機粉末系印刷薄膜とは異なり、本発明では、バインダーや添加剤による結晶粒界でのキャリア輸送の中断が最小限に抑えられ、その結果、高い有利な電気伝導率σが得られ、ひいてはTE性能が向上する。
【0010】
具体的には、本発明は、プリンタブル熱電材料用のインク組成物であって、該インク組成物は、熱電材料用前駆体材料と、Cu粉末、Se粉末およびS粉末の混合物を含む無機バインダー用前駆体材料と、有機バインダーと、有機溶媒とを含み、Cu粉末と、Se粉末およびS粉末を合わせた総和とのモル比は、2:1であり、式(1-x)Se:xSとして表されるSe粉末とS粉末とのモル比は、0≦x≦0.20の範囲にある、インク組成物を提供する。さらに、[(1-y)熱電材料:y無機バインダー]として表される熱電材料用前駆体材料と無機バインダー用前駆体材料との重量比は、0<y≦0.25の範囲にある。
【0011】
好ましくは、熱電材料用前駆体材料は、p型熱電材料用前駆体材料であり、好ましくは、TeとBiおよびSbを合わせた総和とのモル比が3:2であるBi-Sb-Te合金の粉末である。
【0012】
より好ましくは、熱電材料用前駆体材料は、Te粉末とBi粉末とSb粉末とのモル比が3:0.5:1.5であるBi-Sb-Te合金の粉末である。
【0013】
本発明によるインク組成物は、シリカ質もしくはシリカ質および/もしくはアルミナ質材料、好ましくはヒュームドシリカならびに/または液体レオロジー分散添加剤から選択される少なくとも1つの添加剤をさらに含むことができる。
【0014】
Cu粉末、Se粉末およびS粉末のそれぞれの粒径は、好ましくは500μm以下である。
【0015】
本発明によれば、[(1-y)熱電材料:y無機バインダー]として表される熱電材料用前駆体材料と無機バインダー用前駆体材料との重量比は、好ましくは0.01≦y≦0.20の範囲にあり、さらに好ましくは0.05≦y≦0.10の範囲にある。
【0016】
本発明はさらに、プリンタブル熱電材料用のCu-Se-S系インク組成物であって、該インク組成物は、Cu粉末、Se粉末およびS粉末の混合物と、有機バインダーと、有機溶媒とを含み、Cu粉末と、Se粉末およびS粉末を合わせた総和とのモル比は、2:1であり、式(1-x)Se:xSとして表されるSe粉末とS粉末とのモル比は、0<x≦0.20の範囲にある、インク組成物を提供する。
【0017】
さらに本発明は、フレキシブルなプリンテッド熱電材料の製造方法であって、
- 本発明によるインク組成物を提供するステップと、
- 該インク組成物を基材に印刷するステップと、
- 該インク組成物を200℃~500℃の温度で少なくとも60秒間焼結させるステップと
を含む、方法を提供する。
【0018】
インク組成物を焼結させるステップは、インク組成物のフォトニックフラッシュ焼結により実施することができ、次いで、焼結後に、印刷薄膜をプレスする。
【0019】
好ましくは、インク組成物を提供するステップは、熱電材料用前駆体材料、無機バインダー用前駆体材料、有機バインダーおよび有機溶媒の湿式ボールミル処理を含む。
【0020】
インク組成物を基材に印刷するステップは、好ましくは、スクリーン印刷、ドクターブレード塗工、エアブラシ塗装、インクジェット印刷および3D印刷からなる群から選択される少なくとも1つにより実施される。
【0021】
さらなる一態様において、本発明は、本発明によるインク組成物を基材に印刷し、該インク組成物を200℃~500℃の温度で焼結させることによって得られるフレキシブルなプリンテッド熱電(TE)材料であって、プリンテッド熱電材料は、Cu2-δSxSe1-x相を含み、ここで、0≦x≦0.20であり、かつ0≦δ≦0.15である、材料を提供する。
【0022】
フレキシブルなプリンテッド熱電材料は、好ましくは10~250μmの厚さを有する。
【0023】
本発明はさらに、前述のフレキシブルなプリンテッド熱電材料をp型脚として備えた、フレキシブルなプリンテッド熱電発電体(プリントTEG)を提供する。
【0024】
好ましい一実施形態によれば、フレキシブルなプリンテッドTEGは、n型プリンタブル熱電材料用のAg-Se系インク組成物から製造されたn型脚をさらに備える。
【0025】
前述のフレキシブルなプリンテッドTEGは、熱流センサ用途、廃熱回収用途、または体温を維持もしくは低下させるためのウェアラブル材料と一体化された状態での冷却用途で使用することができる。
【0026】
本発明によれば、簡便な印刷-焼結プロセスを通じて非化学量論的β-Cu2-δSe系無機バインダー(IB)を用いてTE材料の結晶粒の橋渡しをすることにより、室温での性能指数が高い2D/3DプリンタブルTE材料が開発された。特に、本発明は、複雑な多段プロセスを必要としない、プリンタブルTE材料の非常に容易かつ迅速な製造方法を提供する。さらに、プリンタブルTE材料は、再現性が高く、提供されたプリンテッド材料は、環境的に安定である。結果として得られるフレキシブルなプリンテッドTE材料は、驚くべきことに、室温で非常に高いTEパワーファクターおよびZTを有する。本発明のTE材料をp型脚に使用することで、非常に高い最大出力電力密度を示すフレキシブルなプリンテッドTE発電体を製造することができる。
【0027】
次に、本発明につき、好ましい実施形態を含めて添付の図面とともにさらに詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】(a)y=0、y=0.10およびy=1での薄膜(1-y)BST-(y)IBの室温でのXRDパターン。(b)室温でのy=1での薄膜のXRDパターンおよびリートベルト精密化結果。(c)β-Cu
2-δSe相でのCu原子およびSe原子の電子密度分布の[001]方向に沿った各面におけるフーリエマップ。(d)y=1での薄膜の温度依存性のXRDパターン。
【
図2】(a)623Kおよび703Kで焼結させた実施例1の印刷薄膜の組成依存性のゼーベック係数。実施例1の印刷薄膜の(b)温度依存性のホール係数(R
H)、(c)ホールキャリア濃度(η
H)、および(d)ホールキャリア移動度(μ
H)。
【
図3】実施例1の薄膜の300~400Kの温度での熱電パラメータである(a)S、(b)σおよび(c)κの変化。(d)実施例1のすべての薄膜の温度依存性のパワーファクターS
2σ。
【
図5】各ΔTで動作中の電流によるプリントTEGの(a)出力電圧および(b)出力電力の変化。(c)プリントTEGのΔT依存性の開回路電圧(Voc)および最大電力出力(P
max)。
【
図6】実施例2の(a)x=0および(b)x=0.1でのCu
2Se
1-xS
x薄膜のXRD回折パターンおよびリートベルト精密化結果。
【
図7】(a)実施例2のスクリーン印刷された薄膜を指で曲げたもの。(b)無応力時の薄膜の抵抗R
0および曲げサイクルによる薄膜の抵抗の変化。(c)折り曲げ時および弛緩時の薄膜の抵抗。
【
図8】(a)実施例2の0≦x≦0.20の各組成でのボールミル処理時間によるゼーベック係数Sの変化。各ボールミル処理時間でのx=0.10の印刷薄膜の温度依存性の輸送パラメータである(b)電気伝導率σ、(c)ホールキャリア濃度p
Hおよび(d)ホールキャリア移動度μ
H。
【
図9】実施例2のx=0および0.10の印刷薄膜の温度依存性のTEパラメータである(a)ゼーベック係数S、(b)電気伝導率σ、(c)熱伝導率κ、(d)パワーファクターS
2σおよび(e)性能指数ZT。
【
図10】各ΔTで動作中の電流による実施例2のフレックスTEGの(a)出力電圧および(b)出力電力の変化。(c)プリントTEGのΔT依存性の開回路電圧(Voc)および最大電力出力(Pmax)。(d)各ΔTでの熱電対1つ当たりのゼーベック係数。
【
図11】フラッシュ焼結させた(a)p型0.9(Bi
0.5Sb
1.5Te
3)-0.1(IB)および(b)n型0.9(Bi
2(SeTe)
3)-0.1(IB)の印刷薄膜。インクを、湿式ボールプロセスにより調製した。
【0029】
上述したように、本発明は、無機バインダーを含むフレキシブルなプリンテッド熱電材料を製造するための新規の戦略に基づくものであり、該無機バインダーが簡便な印刷-焼結プロセスを通じて非化学量論的β-Cu2-δSeによりTE材料の結晶粒の橋渡しをすることで、結晶粒界でのキャリア輸送の中断が回避される。本発明によれば、熱電材料用前駆体材料と、Cu粉末、Se粉末および任意にS粉末の混合物を含む無機バインダー用前駆体材料と、有機バインダーと、有機溶媒とを含むインク組成物が、プリンタブルTE材料の製造に使用される。Cu粉末と、Se粉末およびS粉末を合わせた総和とのモル比は、2:1である。さらに、式(1-x)Se:xSとして表されるSe粉末とS粉末とのモル比は、0≦x≦0.20の範囲にある。[(1-y)熱電材料:y無機バインダー]として表される熱電材料用前駆体材料と無機バインダー用前駆体材料との重量比が0<y≦0.25の範囲となるように、熱電材料用前駆体材料および無機バインダー用前駆体材料の量が調整される。
【0030】
すなわち、S粉末は、必ずしも無機バインダー用前駆体材料に含有させる必要はなく、任意元素として含有させることができ、式(1-x)Se:xSとして表されるSe粉末とS粉末とのモル比は、0≦x≦0.20の範囲にある。換言すれば、本発明は、無機バインダー用前駆体材料がCu粉末とSe粉末との混合物からなり、Cu粉末とSe粉末とのモル比が2:1であるという実施形態を含む。
【0031】
後述の実施例でさらに詳細に説明するように、インク組成物中の熱電材料用前駆体材料と無機バインダー用前駆体材料との重量比が上記範囲内であれば、結果として得られるプリンテッドTE材料が、優れたパワーファクター(S2σ)のみならず優れた熱電性能指数(ZT)をも有することが見出された。これは、無機バインダーの量が上記範囲内であれば、非化学量論的β-Cu2-δSeによりTE材料の結晶粒の橋渡しが生じることで、結晶粒界でのキャリア輸送の中断が回避されるためである。一方で、無機バインダーの量がy>0.25の場合には、β-Cu2-δSe相によってパーコレーション経路が形成され、β-Cu2-δSe相によって熱輸送現象が支配される。
【0032】
特定の一実施形態では、無機バインダーの量は、高い温度依存性パワーファクターS2σおよび高い性能指数ZTの観点から、0.05≦y≦0.10である。
【0033】
本発明のインクに配合されている熱電材料用前駆体材料は特に限定されず、p型またはn型の任意の無機材料を好適に適応させることができる。適切な材料の例としては、0≦z≦2のBizSb2-zTe3、n型Bi2(TeSe)3、n/p型ハーフホイスラー合金、およびn/p型スクッテルダイトが挙げられる。好ましい一実施形態では、熱電材料用前駆体材料は、p型熱電材料用前駆体材料である。
【0034】
総じて、本発明のインクにおける熱電材料用前駆体材料は、無機n型またはp型材料の粉末を含む。熱電材料用前駆体材料は、熱電材料の粉末であってもよいし、本発明によるインク組成物の処理に際して熱電材料を形成する元素の粉末を含んでもよい。
【0035】
特に、TE材料が0≦z≦2のp型BizSb2-zTe3である場合、本発明のインクに含まれる熱電材料用前駆体材料は、TeとBiおよびSbを合わせた総和とのモル比が3:2であるBi-Sb-Te合金の粉末である。好ましい一実施形態では、熱電材料は、p型Bi0.5Sb1.5Te3であり、対応する前駆体材料は、TeとBiとSbとのモル比が3:0.5:1.5であるBi-Sb-Te合金の粉末である。
【0036】
上述したように、本発明のインクに配合されている無機バインダーは、硫黄を含むことができる。驚くべきことに、SeをSで置換することにより、フレキシブルなプリンテッド材料のTE性能を著しく向上させることができることが見出された。さらに、後述の実施例に示すように、Cu-Se-S系材料を用いることにより得られたTE材料のフレキシブル性および曲げ特性は、大幅に向上する。
【0037】
このため、本発明は、プリンタブル熱電材料用のCu-Se-S系インク組成物であって、該インク組成物は、Cu粉末、Se粉末およびS粉末の混合物を含み、Cu粉末と、Se粉末およびS粉末を合わせた総和とのモル比は、2:1であり、式(1-x)Se:xSとして表されるSe粉末とS粉末とのモル比は、0<x≦0.20の範囲にある、インク組成物をも対象とする。
【0038】
上記で概説したように、本発明によるインク組成物は、有機溶媒および有機バインダー、好ましくはポリビニルピロリドン(PVP)をさらに含み、シリカ質もしくはアルミナ質材料、好ましくはヒュームドシリカならびに/または液体レオロジー分散添加剤、好ましくはBYK430から選択される少なくとも1つの添加剤を含むことができる。
【0039】
有機バインダーは、本発明のインク組成物に造膜添加剤として配合されている。適切なバインダーは、有機溶媒に易溶であり、例えば室温での耐擦傷性薄膜の形成を可能にする。さらに、バインダーは、乾燥薄膜に良好な安定性を付与するとともに、表面に視認可能なクラックが生じないことを保証する必要がある。
【0040】
適切な有機バインダーは、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン(ABS)、ポリカーボネート(PC)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリビニルピロリドン(PVP)もしくはポリスチレン系樹脂、または対応するそれらのコポリマーである。好ましくは、有機バインダーは、ポリビニルピロリドン(PVP)である。
【0041】
有機バインダーは、約10,000~5,000,000g/mol、好ましくは約10,000~1,000,000g/mol、より好ましくは約20,000~100,000g/molの重量平均分子量Mwを有することができる。
【0042】
有機バインダーは、総じて市販されており、有機バインダーの重量平均分子量Mwは、製造業者のデータで規定された値を指す。これらのデータが入手できない場合、バインダーとして使用される有機バインダーの重量平均分子量Mwは、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により、一般的に使用される標準物質、すなわち当業者に公知のポリスチレンまたはポリエチレングリコール/オキシド(PEG/PEO)で規格化して決定される。
【0043】
本発明の特に好ましい一実施形態によれば、有機バインダーは、約10,000~5,000,000g/mol、好ましくは約10,000~1,000,000g/mol、より好ましくは約20,000~100,000g/molの重量平均分子量Mwを有するポリビニルピロリドン(PVP)である。
【0044】
本発明のインクに配合可能な適切な有機溶媒は、少なくとも100℃の沸点を有し、有機バインダーが可溶である有機溶媒である。好ましくは、有機溶媒は、トルエン、エチルベンゼン、クロロベンゼン、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、N,N-ジメチルホルムアミド、シクロヘキサノール、シクロヘキサノンおよびそれらの混合物からなる群から選択することができる。特に好ましい一実施形態では、有機溶媒は、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)である。
【0045】
有機溶媒における有機バインダーの混合比は特に限定されず、単に、特定の溶媒への有機バインダーの溶解度および/またはインクの所望の粘度に依存する。好ましい実施形態では、有機バインダーと有機溶媒との重量比は、これに限定されるものではないが、0.1:99.9~10:90である。
【0046】
また、熱電材料用前駆体材料および無機バインダー用前駆体材料の粉末と、有機バインダーを含む溶媒との混合比も特に限定されない。総じて、前駆体材料と、有機バインダーおよび有機溶媒の総重量との重量比は、0.01:1~0.5:1の範囲にある。
【0047】
本発明の好ましい一実施形態によれば、Cu粉末、Se粉末およびS粉末を含む無機バインダー用前駆体材料と、有機バインダーおよび有機溶媒の総重量との重量比は、0.5:1~5:1、より好ましくは1:1~3:1の範囲にある。
【0048】
上述したように、本発明によるインク組成物は、例えばインクの粘度および密度を制御するための1つ以上の添加剤をさらに含むことができる。好ましくは、本発明によるインク組成物は、シリカ質もしくはアルミナ質材料および/または液体レオロジー分散添加剤から選択される少なくとも1つの添加剤をさらに含む。最も好ましくは、インク組成物は、ヒュームドシリカおよびBYK430を含む。当然のことながら、得られるTE材料の他の特性を調整するために、インク組成物に他の添加剤を配合してもよい。
【0049】
添加剤の量は、インク組成物の総重量に対して0.001~5.0重量%の範囲とすることができる。
【0050】
さらに、無機バインダー用前駆体材料に配合されているCu粉末、Se粉末およびS粉末のそれぞれの粒径は特に限定されず、TE材料の所望の用途および/または市販の入手可能性に応じて選択することができる。総じて、適切なCu粉末、Se粉末およびS粉末は、500μm以下の粒径を有する。好ましくは、Cu粉末、Se粉末およびS粉末の粒径は、150μm以下、より好ましくは10.0μm以下、さらにより好ましくは1.0μm以下、最も好ましくは500nm以下である。
【0051】
粒径の下限は特に制限されないが、特にインクジェット印刷可能なインクの場合、Cu粉末、Se粉末およびS粉末は、好ましくは少なくとも10nm、より好ましくは少なくとも100nmの粒径を有する。Cu粉末、Se粉末およびS粉末の粒径の上限は、各粉末の最大粒径を意味し、これは、一般には製造業者のデータにより規定されているか、または特に小さな粒子についてはレーザー回折分析によって測定可能であるか、または大きな粒子についてはふるい分析によって測定可能である。
【0052】
熱電材料用前駆体材料も粉末状である場合、それぞれの粉末の粒径は、150μm以下、好ましくは10.0μm以下、より好ましくは1.0μm以下、最も好ましくは500nm以下であってよい。粒径の下限は特に制限されない。特にインクジェット印刷可能なインクの場合、粉末は、少なくとも10nm、より好ましくは少なくとも100nmの粒径を有することができる。粒径の上限は、各粉末の最大粒径を意味し、これは、一般には製造業者のデータにより規定されているか、または特に小さな粒子についてはレーザー回折分析によって測定可能であるか、または大きな粒子についてはふるい分析によって測定可能である。
【0053】
本発明によるインク組成物は、従来の混合手順によって調製することができる。例えば、これに限定されるものではないが、インク組成物は、特定の重量比での、Cu粉末、Se粉末およびS粉末の混合物を含む無機バインダー用前駆体材料、熱電材料用前駆体材料、有機溶媒、有機バインダーおよび任意の添加剤を、マグネチックスターラーを用いて混合することによって調製することができる。当然のことながら、粒径を小さくし、前述の成分の均質な混合物を得るために、他の混合装置を採用してもよい。混合は、室温(RT)、すなわち約20℃で行ってもよいし、より高い温度で行ってもよい。通常は、少なくとも5分間撹拌した後に、前駆体材料の均質な混合物が得られる。
【0054】
好ましい一実施形態では、インクの調製は、有機溶媒および有機バインダーの存在下で熱電材料用前駆体材料および無機バインダー用前駆体材料に湿式ボールミル処理を施すことにより実施することができる。驚くべきことに、湿式ボールミル処理が施されたインクから調製されたプリンテッド熱電材料は、フレキシブル性の著しい向上を示すことが見出された。
【0055】
その後、フレキシブルなプリンテッドTE材料を製造するために、インク組成物を基材に印刷して、好ましくはインク組成物の薄膜を形成する。その後、本発明によれば、好ましくは薄膜の形態であるインク組成物を、200℃~500℃の温度で少なくとも60秒間焼結させる。
【0056】
印刷薄膜を提供するために、基材へのインク組成物のコーティングが可能な当該技術分野で公知の任意の方法を採用することができる。好ましくは、スクリーン印刷法、ドクターブレード塗工法、エアブラシ塗装法またはインクジェット印刷法を適用することにより、印刷薄膜が形成される。これらの方法は、通常、インク組成物の2次元(2D)層を提供する。しかし、本発明は2次元薄膜に限定されるものではなく、インク組成物を3次元(3D)印刷技術に使用することもできる。
【0057】
基材は特に限定されず、ガラス基材などの一般的に使用される基材や、フレキシブル集積回路用の基材を使用することができる。しかし、好ましくは、基材はフレキシブルであり、薄いポリエチレンナフタレート(PEN)またはポリエチレンテレフタレート(PET)薄膜が最も好ましい。
【0058】
インク組成物を基材に印刷した後、好ましくは薄膜の形態である印刷したインク組成物を200℃~500℃の温度で焼結させることで無機バインダー用前駆体材料を反応させ、所望の熱電材料/無機バインダー複合材を形成する。約200℃の温度で単体のCu、SeおよびSが反応し始め、約350℃でCuによるSeおよびSの熱刺激解離吸着によってCu2(SxSe1-x)相が形成されることが判明した。
【0059】
本発明によれば、焼結時間は特に限定されず、焼結温度に依存する。総じて、焼結温度が高く、焼結時間が短いほど、TE性能が高くなることが見出された。焼結のステップは、少なくとも60秒間行われる。焼結時間の上限は、好ましくは20分以下である。
【0060】
焼結は、真空下またはAr、N2などの不活性雰囲気下で行うことができる。さらに、焼結は1回で行ってもよいし、複数回行ってもよい。
【0061】
本発明によれば、酸化を低減させるために、インク組成物の薄膜を、焼結中に、例えば印刷可能なメチルセルロース溶液または任意の他の適切なポリマー溶液で被覆することもできる。
【0062】
特定の一実施形態では、フレキシブルなプリンテッド熱電材料の製造方法は、TE材料用前駆体材料、Cu粉末およびSe粉末を含む無機バインダー用前駆体材料、有機溶媒ならびに有機バインダーの湿式ボールミル処理によってインク組成物を提供するステップと、該インク組成物をフレキシブルな基材に印刷するステップと、該インク組成物をフォトニックフラッシュ焼結により焼結させるステップと、プリンテッドTE材料をプレスするステップとを含む。この特定の実施形態では、TE材料は、好ましくはBi0.5Sb1.5Te3であり、したがってTE材料用前駆体は、TeとBiとSbとのモル比が3:0.5:1.5であるBi-Sb-Te合金の粉末を含む。この特定の製造方法により、フレキシブルなプリンテッド熱電材料は、得られたプリンテッドTE材料のフレキシブル性をさらに向上させることができる。しかし、プレスステップは必ずしも本発明の製造方法に含まれるものではなく、任意のプレスステップなしでも良好な特性を有するフレキシブルなプリンテッドTE材料が得られることに留意すべきである。FulseForge光硬化システム(NOVACENTRIX)を用いた例示的なフォトニックフラッシュ焼結(パルス)条件は、以下のとおりである:
バンク電圧:320V
エンベロープ:5000μs
μパルス:35
デューティサイクル:50%
推定到達温度:400~500℃
【0063】
ただし、パラメータは、使用する材料や基材に応じて適切に変更および適合させることができる。
【0064】
上述したように、本発明による方法によって得られるフレキシブルなプリンテッドTE材料は、非化学量論的β-Cu2-δSxSe1-x相を含み、ここで、0≦x≦0.20であり、かつ0≦δ≦0.15である。好ましい一実施形態では、オフストイキオメトリは、0.02≦δ≦0.10、より好ましくは0.03≦δ≦0.10である。本発明のインクに配合されている無機バインダー用前駆体材料の組成によっては、β-Cu2-δSxSe1-x相に硫黄が含まれる場合がある。この相がTE材料の結晶粒を橋渡しするため、結晶粒界を含む従来の無機粉末系印刷薄膜とは異なり、バインダーや添加剤による結晶粒界でのキャリア輸送の中断が最小限に抑えられ、その結果、高い有利な電気伝導率σが得られ、ひいてはTE性能が向上する。
【0065】
したがって、本発明は、例えば200μVK-1を超える非常に高いゼーベック係数(S)を有するとともに、室温でさらに1500μWm-1K-2を超える優れたTEパワーファクターを有する、高性能のプリンテッドTE材料を提供する。さらに、以下の実施例でより詳細に説明されるように、1.5を超える非常に高い性能指数が実現された。
【0066】
本発明によれば、マイクロメートルスケールのフレキシブルなプリンテッドTE材料を提供することが可能である。好ましい一実施形態によれば、フレキシブルなプリンテッドTE材料の厚さは、10~250μmの範囲にある。
【0067】
本発明によるTE材料をp型脚に使用することにより、フレキシブルなプリンテッドTE発電体を提供することができる。したがって、本発明はさらに、フレキシブルなプリンテッド熱電材料をp型脚として備えた、フレキシブルなプリンテッド熱電発電体(プリントTEG)に関する。特に、本発明によるプリントTEGは、フレキシブルなプリンテッドTE材料をp型脚として使用した数個ないし1000個を上回る熱電対を備えることができる。
【0068】
好ましい一実施形態によれば、プリントTEGは、n型Bi2(TeSe)3系熱電インクまたはn型プリンタブル熱電材料用のAg-Se系インク組成物から製造されたn型脚を備える。このようなAg-Se系インク組成物は、EP 19198306.3に記載されている。
【0069】
本発明によるフレキシブルなプリンテッドTE材料は、その高いTE性能、再現性および安定性により、高電力密度のフレキシブルなプリントTEGの商業用途で使用することができる。フレキシブルなプリントTEGは、産業用途の廃熱回収デバイス、地熱エネルギー、車両、体熱ハーベスタ、および熱流センサのような自律センサシステムのエネルギーハーベスティングにおいて、多様な用途を有することができる。廃熱回収用途の他に、フレキシブルなプリンテッドデバイスは、冷却用途にも使用することができる。特に、本発明によるプリントTEGは、体温を維持または低下させるために、ヘルメットや衣服などのウェアラブル材料と一体化させることができる。
【0070】
本発明につき以下の実施例でさらに説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0071】
実施例
材料:
以下の実施例では、以下の材料を使用した。p型BST(Bi0.5Sb1.5Te3)のインゴット(ビーズ、微量金属ベースで99.99%、Sigma-Aldrich)、銅粉末(球状)(10~25μm、98%、Sigma-Aldrich)、Se粉末(100メッシュ、微量金属ベースで>99.5%、Sigma Aldrich)、硫黄粉末(Sigma-Aldrich)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)(脱水、99.5%、Sigma-Aldrich)、ポリビニルピロリドン(PVP)(平均Mw40000、Sigma Aldrich)、ヒュームドシリカ(Evonik)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、およびカプトン(Kapton)基材。
【0072】
特性評価法:
印刷薄膜の結晶学的分析および相分析を、ブラッグ・ブレンターノ型のLynxeye XE検出器およびAnton Paar HTK1200加熱チャンバを備えたBRUKER D8回折計でのCu-Kα線を用いたX線回折法により行った。形態学的および微細構造分析を、二次電子顕微鏡(SEM、FEI XL30S、PHILIPS)で行った。元素分析を、電子プローブマイクロアナライザ(EPMA、JOEL)を用いて行った。印刷薄膜の厚さを、白色光干渉計(WLI)に基づくBRUKER3D顕微鏡で測定した。ガラス基材上の薄膜の室温(RT)での輸送パラメータを、ホール測定セットアップ(Linseis HCS 10)を用いて決定した。ホール測定技術(Linseis HCS 10)を用いて、温度依存性の輸送パラメータである電気伝導率(σ)、ホール係数(RH)、ホール移動度(μH)、キャリア濃度(ηH)および電荷キャリアの種類を決定した。50MPaの圧力で冷間プレスした後、703Kにて真空中で10分間焼結させることにより(1-y)BST-(y)無機バインダーインクで製造した10mmのディスクの温度依存性のバルク熱伝導率(κ)を、Netzsch LFA-427を用いて測定した。印刷薄膜のRTでのゼーベック係数Sおよび300~373Kの温度範囲における温度依存性のゼーベック係数Sを、実験測定誤差が約10%となるように特注したセットアップを用いて測定した。ゼーベック測定セットアップでは、温度差を発生させる近接した2つの温度制御銅ブロックを使用する。2つのブロックをまたぐように試料を配置し、2つの温度センサを試料に押し当てて試料の両側で温度を測定する。これら2つのチップの間でゼーベック電圧を測定して、熱測定と電気測定とが試料の同じ位置で行われるようにする。Linseis薄膜分析(TFA)システムを用いて、印刷薄膜の熱伝導率(κ)を測定した。
【0073】
実施例1:非化学量論的β-Cu2-δSe系無機バインダー(IB)を含む、室温での性能指数が高いp型Bi0.5Sb1.5Te3(BST)系プリンタブルTE材料
まず、Cu-Se系無機バインダーを調製するために、粉末の単体(CuおよびSe)を化学量論比ではかり入れた。次に、これらの粉末と有機溶媒-PVP溶液(有機溶媒NMP:バインダー(PVP)=93:7)とヒュームドシリカとを、60:40:0.5の割合で混合した。得られた混合物を、1000rpmで12時間撹拌した。p型Bi0.5Sb1.5Te3(BST)を乳鉢および乳棒で20分間粉砕して、100μm未満のサイズの粉末とした。得られた粉末とCu-Se系無機バインダー(IB)とを(1-y)BST:(y)IB(y=0~100)の各比率で混合し、その形態学的および物理的特性を評価することによって性能を最適化した。その後、この混合物に20重量%の有機溶媒-PVP溶液をさらに加える。その後、最終混合物を室温で1000rpmにて2時間撹拌した。
【0074】
調製したインクを、ドクターブレード塗工技術を用いて各基材(ガラスおよびカプトン)に塗布/印刷した。最後に、厚さ約150~200μmの印刷薄膜を、真空オーブン中で703Kにて10分間焼結させ、350K以下に冷えてから取り出した。
【0075】
結晶学的および微細構造分析
703Kで焼結させた印刷薄膜であるy=0、y=0.10およびy=1での(1-y)BST-(y)IBの結晶構造を、室温でのXRD分析によって得た(
図1参照)。y=0での薄膜のXRDパターンは、元のp型Bi
0.5Sb
1.5Te
3材料のパターンに相当する。y=0.05での薄膜のXRDパターンは、主要なp型Bi
0.5Sb
1.5Te
3相とともにβ-Cu
2-δSe相が形成されていることを示している。純粋な無機バインダー薄膜(y=1)のRTでのXRDパターンは、少量の過剰のCuを伴う非化学量論的な立方晶系β-Cu
2-δSe相が顕著であることを示している。しかし、過剰量のCuはわずかであることが判明した(<1体積%)。
【0076】
Cu
2Se相の形成温度を調べるために、y=1での印刷薄膜の温度依存XRD分析を298~673Kで行った(
図1d参照)。y=1での薄膜は、室温では未反応のCuとSeとの混合物であることが判明した。473K以上の温度で単体のCuおよびSeが反応し始め、623KでCuによるSeの熱刺激解離吸着によってCu
2Se相が形成されることが判明した。
【0077】
その結果、0<y≦0.20での印刷薄膜では、BST TE結晶粒が高導電性のCu
2Se相によって結合されることで、結晶粒界での界面抵抗が最小化される。室温でのCu
2Se相の詳細な結晶構造を得るために、FULLPROFプログラムを用いてy=1での薄膜のXRDパターンのリートベルト精密化を行った。結晶構造および精密化結果を、
図1(b)に示す。
【0078】
リートベルト精密化分析から、y=1での薄膜は、空間群Fm-3mに属する主要な非化学量論的な立方晶系β-Cu2-δSe相に相当し、過剰なCuは1体積%未満であることが判明した。ノンストイキオメトリ「δ」は、0.03~0.04の範囲にあることが判明した。総じて、Cu2Seは、室温で複雑な構造を有するα-Cu2Se相であることが判明したが、ノンストイキオメトリによって、立方晶系β-Cu2-δSe相の形成が生じ得る。
【0079】
δ=0.03のノンストイキオメトリは、立方晶系β-Cu2Se相への構造相転移を引き起こすことが知られている。したがって、本実施例では、Cu2-δSeにおいてノンストイキオメトリδが観測されたため、立方晶系β-Cu2Se相が形成される。β-Cu2-δSe相の単位格子の格子定数を算出したところ、a=0.576(2)nmである。β-Cu2-δSe結晶格子中のSe原子は、面心立方配置のワイコフ位置4a(0,0,0)を占めていることが判明し、無秩序なCu原子が、2つの異なるワイコフ位置8c(1/4,1/4,1/4)および32f(x,x,x)に位置している。
【0080】
図1(c)に、[001]方向に沿ったz/c=0、z/c=0.25およびz/c=0.5の面におけるβ-Cu
2-δSeの単位格子内の電子密度分布のフーリエマップを示す。z/c=0の面におけるSe原子の電子密度分布は、頂点および中心4a(0,0,0)の位置に集中していることが見て取れる。同様に、z/c=0.25およびz/c=0.5の面における原子の電子密度分布のフーリエマップから、Cu原子およびSe原子の位置は、8c(1/4,1/4,1/4)および4a(0,0,0)の位置に存在し得る。703Kで焼結させたy=0.10での印刷薄膜のモルフォロジーを白色光干渉計で分析したところ、均質であることが判明した。
【0081】
印刷薄膜の熱電性能
623Kおよび703Kで焼結させたCu-Se系無機バインダーIBの含有量を変化させた印刷薄膜の組成依存性のゼーベック係数を調べ、最適な組成および焼結温度を特定した(
図2(a)参照)。20重量%未満のIBを含む薄膜は、100μVK
-1を超えるゼーベック係数Sを示し、元の化合物を除き、適度に高い電気伝導率を示すことが判明した。20重量%を超えるIBを含む薄膜の低いゼーベック係数Sは、Cu
2Se相のパーコレーション経路の形成を示している。
【0082】
そこで、ガラス基材上の、無機バインダーIBが20重量%未満である印刷薄膜と、IBが100重量%である薄膜とについて、温度依存性の詳細な熱伝導特性を300K~400Kの温度範囲で調べた。ホール係数(R
H)から算出したホールキャリア濃度(η
H)およびホールキャリア移動度(μ
H)の温度による変化を、
図2(c)および(d)に示す。印刷薄膜の室温での輸送パラメータを、表1に示す。Cu
2Se相の形成量が増加し、そのそれぞれのキャリア濃度が高くなるため、薄膜中の無機バインダーの含有量が増加するにつれてη
Hは増加する。η
Hは、2×10
19cm
-3~5×10
20cm
-3の範囲にあることが判明した。
【0083】
【0084】
温度によるηHの変化は、y=1での薄膜を除き、すべての薄膜でわずかであることが判明した。おそらく、Cuイオンがより無秩序になり、それによってy=1での薄膜のイオン伝導性が向上し、高温でのキャリア濃度全体が増加したものと思われる。一方で、μHは、y=0.05の場合には、最初は約47cm2V-1s-1まで増加し、無機バインダーIBの含有量が増加するにつれて減少する。y=0を除くすべての薄膜について、μHは、温度依存性のηHと一致する無秩序なCuイオンの生成により、温度の上昇とともに減少する。
【0085】
y=0、y=0.10およびy=1での薄膜(1-y)BST-(y)IBの300K~400Kの範囲における温度依存性のTEパラメータを、
図3に示す。ゼーベック係数値Sの符号は、すべての薄膜について正であることが判明し、これは、大部分の電荷キャリアがp型であることを示しており、y=0での元の薄膜は、全温度範囲にわたって最も高いゼーベック係数値Sを示し、室温で約240μVK
-1の最大値を示している。ゼーベック係数Sは、温度の上昇とともに増加し、すべてのBST系薄膜について約360Kで最大値に達している(
図3(a)参照)。
【0086】
y=0での元の薄膜は、半導体的挙動を示す。しかし、電気伝導率σは、無機印刷薄膜では室温で400Scm
-1を超えることが判明し、無機バインダーIBを含む薄膜ではキャリア移動度が低下するため、温度の上昇とともに低下する(
図3(b)参照)。薄膜の金属的挙動は、無機バインダーを含むすべての薄膜の電荷輸送が、パーコレーション閾値以下でも高導電性β-Cu
2Se相によって支配されていることを示している。すべての薄膜の熱伝導率κは、温度の上昇とともにわずかに低下し、そのバルク値の熱伝導率κと比較して低いと推定される。低いκ値は、主に薄膜の密度が低いこと(理論密度の60%未満)、および残りの有機バインダーおよび添加剤の存在下で熱伝導が低減することに起因する。y=0では約0.30Wm
-1K
-1の最低κが認められ、これはRTでの無機バインダーの含有量が増加するにつれて増加し、y=1での試料では約0.65Wm
-1K
-1の最大値に達する(
図3(c)参照)。熱伝導率κに対する格子の寄与は、y=0での薄膜で顕著であり、電子輸送による寄与は無視できるほど小さい。熱伝導率κに対する電子の寄与の顕著さは、組成物中の無機バインダーの含有量が増加するにつれて増加し、全熱伝導率を増加させることが判明した。Sおよびσを用いて算出されたすべての薄膜の温度依存性パワーファクターS
2σを、
図3(d)に示す。y=0.05では室温で約18μWcm
-1K
-2の最高のパワーファクター値が認められ、y=0.10では360Kで約20μWcm
-1K
-2の最大値に達する。
【0087】
しかし、無機バインダーの含有量が5~10重量%である組成物は、パワーファクターの改善を示し得ることがわかった。すべての薄膜のパワーファクター値および熱伝導率値から、温度依存性の性能指数ZTを推定した(
図4参照)。ZTは、すべての薄膜で温度の上昇とともに増加することが判明した。y=0.05での薄膜は、室温で約1.2の高いZTを示し、これは温度の上昇とともに増加する。y=0.05およびy=0.10での薄膜では、T>350Kの温度で1.5を超える最大ZTが得られており、これは、無加圧処理のプリンテッドTE薄膜としては非常に高い値を示している。
【0088】
プリンテッド熱電発電体(プリントTEG)の性能
まず、プリントTEGのp型脚を作製するために、無機バインダーIBを10重量%含む調製した印刷用インクを用いて、カプトン基材に約4cm×0.5cmのサイズの薄膜を4枚印刷する。カプトン基材をエメリー紙で擦って表面を粗くし、薄膜の密着性を高めた。その後、これらの薄膜を703Kで10分間焼結させた。これらの薄膜を銀インクで電気的に直列に、熱的に並列に結合させてTE発電体(プリントTEG)を作製した。デバイス電流を0~500μA、温度差ΔTを10~40Kで変化させた最大電力点追従法によりプリントTEGの特性評価を行った。プリントTEGの出力電圧を、KEITHLEYソース測定ユニット2601Bで測定した。その際、プリントTEGの一方の片面を測定セットアップの高温ユニットに熱的に結合させ、デバイスの他方の片面を通常の環境に曝した。電流を変化させた場合のプリントTEGの性能を、
図5に示す。プリントTEGのΔT=40Kで、開回路電圧14mV、最大電力出力1.7μWが達成される。
【0089】
実施例2:大面積デバイス用途向けのフレキシブルなCu2Se系無機プリンテッド熱電薄膜
TEインクおよび薄膜の合成:
SをドープしたCu2Se1-xSx系プリンタブルTE材料を、ボールミル処理を用いて0≦x≦0.2に調製した。まず、粉末の単体Cu、SeおよびSを化学量論比ではかり入れる。次に、これらの単体を、有機バインダーとしてのPVPと溶媒としてのNMPとを6:94の割合で含む有機溶媒30重量%と混合した。この混合物を、10mmサイズのジルコニア製ボールの入った容量120mlのジルコニア製ジャーに入れた。ボールと混合物との重量比は、10:1であった。次に、この混合物を、Fritsch Planetary Mill PULVERISETTE 5 premium lineを用いた湿式ミル処理プロセスで粉砕した。各組成物を、10分~300分の各ミル処理時間にわたって200rpmでミル処理した。得られたインクを基材に印刷し、真空オーブン中で623Kにて10分間焼結させた。焼結薄膜を、373K以下に冷えてから真空オーブンから取り出した。
【0090】
構造、形態学的および機械的特性評価
Cu
2Se
1-xS
x薄膜の構造および相分析を、焼結後にXRDを用いて室温で行った(
図6(a)および
図6(b)参照)。x=0およびx=0.10で、623Kで焼結させた印刷薄膜のXRDパターンは、RTで立方晶系β-Cu
2-δSe相が形成されていることを示している。また、未反応のCuがわずかに薄膜中に存在することも判明した。Cu
2Se相の結晶構造およびS置換によるその変化を分析するために、FULLPROFプログラムを用いて、x=0およびx=0.10での薄膜のRTでのXRDパターンのリートベルト精密化を行った。元のCu
2Se薄膜のXRDパターンのリートベルト精密化から、空間群
【数1】
に属する主要な非化学量論的な立方晶系β-Cu
2-δSe相に、未反応のCuが約1体積%含まれていることが判明した。複雑な構造を有するα-Cu
2Se相は、室温では一般的に知られている相である。しかし、Cu
2Se相のノンストイキオメトリによって、立方晶系β-Cu
2Se相の形成が引き起こされる。ノンストイキオメトリ「δ」は、x=0および0.1では0.04~0.1の範囲にあると推定され、これが立方晶系β-Cu
2Se相の形成につながる。x=0およびx=0.10での双方のβ-Cu
2Se相薄膜の格子定数は、類似しており、a=0.57(6)nm~0.57(8)nmの範囲にあることが判明した。β-Cu
2-δSe
1-xS
x結晶格子のCu原子は、2つの離れたワイコフ位置8c(1/4,1/4,1/4)および32f(x,x,x)に位置している。さらに、(Se,S)原子は、面心立方配置のワイコフ位置4a(0,0,0)を占める。(Se,S)原子およびCu原子の位置は、[001]方向に沿ったz/c=0.25の面におけるβ-Cu
2-δSe
0.9S
0.1の立方晶系単位格子内の電子密度分布のフーリエマップの4a(0,0,0)および8c(1/4,1/4,1/4)にて視覚化できる(
図6(b)の挿入図参照)。
【0091】
x=0.10でのCu
2Se
1-xS
x薄膜の機械的フレキシブル性を確認するために、薄膜を複数回曲げながら抵抗(R
o)の変化を調べた(
図7(b)および
図7(c)参照)。薄膜を90°まで繰り返し曲げても、内部抵抗(△R×100/R
o)に大きな変化は見られなかった。薄膜の抵抗は、100回の曲げサイクルで24Ωから35Ωに増加し、△R×100/R
oは、100回の曲げサイクル後に30%未満になることが判明した(
図7(b)参照)。曲げ伸ばし条件下での曲げサイクルに伴う薄膜の抵抗を、
図7(c)に示す。
【0092】
x=0での元の印刷薄膜のゼーベック係数は、室温で約20μVK-1と低いことが判明した。Seを20原子%まで等電子Sで置換することにより、ゼーベック係数を40μVK-1を超える値にまで2倍に増加させることができ、同時にキャリア濃度値は、元の薄膜の1022cm-3のオーダーの値から、Sドープ薄膜の1021cm-3のオーダーの値まで減少する。
【0093】
Se原子の4p準位およびS原子の3p準位は、類似したエネルギー状態にあり、バンド収束につながる。その結果、有効質量が増加し、キャリア移動度が低下し、これによりゼーベック係数値の増加が生じる。x=0では約7cm2V-1s-1であったキャリア移動度が、x>0の薄膜では5cm2V-1s-1未満に低下することが判明した。
【0094】
材料のゼーベック係数は、インクの調製中に行われたボールミル処理によって影響を受ける。ドーピングが10%以下の場合は、ほとんど変化が認められない。ゼーベック係数は、ミル処理時間とともに減少し始め、ミル処理を30分間行った後の最適値55μVK-1から、ミル処理を5時間行った場合は40μVK-1に減少する。しかし、この傾向は、ドーピングの増加とともに変化する。20%のSを用いた場合、ゼーベック係数は、ミル処理時間とともに初期減衰した後、さらにミル処理を行うと再び上昇し始める。しかし、ゼーベック係数の最大値は、ボールミル処理を30分間行った後に、ドーピングレベル10%以下で達成することができる。
【0095】
ホール測定により、電気伝導率は温度に比例して変化することが判明した。これは、温度が上昇すると、化合物中を流れる電荷キャリアの数も増加するためである。10%のドーピングで30分間ミル処理を行ったインクを分析したところ、
図8(b)に示すように、温度が298Kから363Kに上昇すると、電気伝導率が顕著に22%増加することが判明した。SをドープしたCu
2Seは、温度とともに半導体の特性を示すため、キャリア濃度は増加しているものと考えられる。
図8(c)から、ホールキャリア濃度が予想されたパターンに従っていることは明らかである。一方で、高温での電荷キャリアのエネルギーの増加により衝突回数が増加し、これによりキャリアの移動度が低下する。ただし、
図8(d)に示すCu
2Seの実験試料では、キャリア移動度の変化はほとんど観察されない。
【0096】
元のプリンテッドCu
2Seおよび10原子%のSをドープしたCu
2Seの温度依存性のTE性能を、
図9に示す。ゼーベック係数は、温度に強く影響されない。300K~375Kの範囲からは、ゼーベック係数の大きな変化はほとんど認められない。純粋なCu
2Seの電気伝導率は、温度に反比例して変化するが、これにSをドープするとその逆の変化が見られる(
図5(b)参照)。
図5(c)は、温度の上昇に伴う熱伝導率の増加変化が最小限であることを示している。全体として、温度を操作してもほとんど偏差のない安定した熱電特性が認められる。その結果、
図5(d)および
図5(e)に示すように、パワーファクターおよびZT値も、調査した温度範囲でほとんど変化しない。室温では、250μWcm
-1K
-2のパワーファクター値および0.15のZT値が達成される。性能指数ZTは、375Kで0.21に増加することが判明した。
【0097】
図10を参照すると、SをドープしたプリンテッドCu
2Seがp型脚として使用され、プリンテッドAg
2Seがn型材料として使用された4脚TEデバイス(フレックスTEG)の性能が測定されている。
図10(a)に示すV-I曲線は、安定した線形関係を示している。最大電力0.35μWは、ホットエンドとコールドエンドとの温度差が45K、開回路電圧Vocが12mVの場合に達成される。
図6(c)から、温度が変化した場合、電力出力と開回路電圧との間に線形比例関係があることが見て取れる。
図10(d)に見られるように、熱電対のゼーベック係数は、5Kの低い温度差でピーク値190μVK
-1が達成されたが、140μVK
-1付近で安定した値を示す。
【0098】
上記で実証したように、簡便な印刷-焼結プロセスを通じて非化学量論的β-Cu2-δSe系無機バインダー(IB)を用いてTE結晶粒の橋渡しをすることにより、室温での性能指数が高い2D/3DプリンタブルTE材料が開発された。p型Bi0.5Sb1.5Te3(BST)プリンテッド材料では、室温で200μVK-1を超えるゼーベック係数(S)および1500μWm-1K-2を超える非常に高いTEパワーファクターが得られる。そのバルク値と同等のZT>1.5という高い性能指数が、約0.4~0.5W/m・Kの低い熱伝導率(κ)と組み合わせて達成される。p型脚としての10重量%のIBと、n型脚としての銀とを含む、調製されたプリンタブル材料を使用して、4つの熱電対のプリンテッドTE発電体(プリントTEG)を作製した。このプリントTEGでは、ΔT=40Kで14mVの開回路電圧および1.7μWの最大電力出力が達成される。
【国際調査報告】