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特表2024-517710蝸牛に形質導入するためのアデノ随伴ウイルスベクター
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-04-23
(54)【発明の名称】蝸牛に形質導入するためのアデノ随伴ウイルスベクター
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/864 20060101AFI20240416BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20240416BHJP
   C12N 15/113 20100101ALI20240416BHJP
   C12N 15/35 20060101ALI20240416BHJP
   C12N 7/01 20060101ALI20240416BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20240416BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20240416BHJP
   A61P 27/16 20060101ALI20240416BHJP
   A61K 35/76 20150101ALI20240416BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALI20240416BHJP
   A61K 31/713 20060101ALI20240416BHJP
【FI】
C12N15/864 100Z
C12N15/09 110
C12N15/113 Z ZNA
C12N15/35
C12N7/01
C12N15/12
A61K48/00
A61P27/16
A61K35/76
A61K31/7105
A61K31/713
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023565854
(86)(22)【出願日】2022-04-27
(85)【翻訳文提出日】2023-12-04
(86)【国際出願番号】 US2022026518
(87)【国際公開番号】W WO2022232257
(87)【国際公開日】2022-11-03
(31)【優先権主張番号】63/180,394
(32)【優先日】2021-04-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
2.PYTHON
(71)【出願人】
【識別番号】301040958
【氏名又は名称】ザ・チルドレンズ・ホスピタル・オブ・フィラデルフィア
【氏名又は名称原語表記】THE CHILDREN’S HOSPITAL OF PHILADELPHIA
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100205707
【弁理士】
【氏名又は名称】小寺 秀紀
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【弁理士】
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100188433
【弁理士】
【氏名又は名称】梅村 幸輔
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【弁理士】
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【弁理士】
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100214396
【弁理士】
【氏名又は名称】塩田 真紀
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【弁理士】
【氏名又は名称】川本 和弥
(74)【代理人】
【識別番号】100221741
【弁理士】
【氏名又は名称】酒井 直子
(74)【代理人】
【識別番号】100114926
【弁理士】
【氏名又は名称】枝松 義恵
(72)【発明者】
【氏名】デービッドソン ビバリー
(72)【発明者】
【氏名】ラナム ポール
【テーマコード(参考)】
4B065
4C084
4C086
4C087
【Fターム(参考)】
4B065AA95X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA23
4B065CA24
4B065CA44
4C084AA13
4C084MA56
4C084NA14
4C084ZA34
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA56
4C086NA14
4C086ZA34
4C087AA01
4C087AA02
4C087AA03
4C087BC83
4C087CA09
4C087CA12
4C087MA56
4C087NA14
4C087ZA34
(57)【要約】
分子治療剤を対象の蝸牛に送達するための組成物および方法が本明細書において提供される。前記方法は、アデノ随伴ウイルス(AAV)を対象の脳脊髄液に投与する工程を含む。AAVは分子療法のための治療用トランスジーンをコードする。任意で、治療用トランスジーンは蝸牛特異的プロモーターに機能的に連結されてもよい。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
治療用トランスジーンを対象の蝸牛に送達するための方法であって、蝸牛の細胞において発現された時に聴覚障害または前庭障害を処置または予防する治療用トランスジーンをコードする改変されたアデノ随伴ウイルス(AAV)を、対象の脳脊髄液に投与する工程を含む、方法。
【請求項2】
治療用トランスジーンが蝸牛特異的プロモーターに機能的に連結されている、請求項1記載の方法。
【請求項3】
蝸牛特異的プロモーターが有毛細胞特異的プロモーターである、請求項2記載の方法。
【請求項4】
蝸牛特異的プロモーターが、GJB2プロモーターなどの支持細胞特異的プロモーターである、請求項2記載の方法。
【請求項5】
改変されたAAVが、改変されたキャプシドタンパク質を含む、請求項1~4のいずれか一項記載の方法。
【請求項6】
改変されたキャプシドタンパク質が標的化ペプチドを含み、標的化ペプチドの長さが3~10アミノ酸である、請求項1~5のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
改変されたAAVキャプシドタンパク質が、改変されたAAV1キャプシドタンパク質、改変されたAAV2キャプシドタンパク質、または改変されたAAV9キャプシドタンパク質である、請求項1~6のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
改変されたAAVキャプシドタンパク質がAAV1キャプシドタンパク質に由来し、標的化ペプチドがAAV1キャプシドタンパク質の残基590の後ろに挿入されている、請求項7記載の方法。
【請求項9】
標的化ペプチドがSEQ ID NO:150、151、および1~44より選択される、請求項8記載の方法。
【請求項10】
標的化ペプチドがSEQ ID NO:39、150、および151より選択される、請求項8記載の方法。
【請求項11】
標的化ペプチドがリンカー配列に隣接し、標的化ペプチドの両側にあるリンカー配列が2または3アミノ酸長である、請求項8~10のいずれか一項記載の方法。
【請求項12】
リンカー配列が標的化ペプチドのN末端側ではSSAであり、かつ標的化ペプチドのC末端側ではASである、請求項11記載の方法。
【請求項13】
改変されたAAVキャプシドタンパク質がAAV2キャプシドタンパク質に由来し、標的化ペプチドがAAV2キャプシドタンパク質の残基587の後ろに挿入されている、請求項7記載の方法。
【請求項14】
標的化ペプチドがSEQ ID NO:152、154、および45~100より選択される、請求項13記載の方法。
【請求項15】
標的化ペプチドがSEQ ID NO:84、152、および154より選択される、請求項13記載の方法。
【請求項16】
標的化ペプチドがリンカー配列に隣接し、標的化ペプチドの両側にあるリンカー配列が2または3アミノ酸長である、請求項13~15のいずれか一項記載の方法。
【請求項17】
リンカー配列が標的化ペプチドのN末端側ではAAAであり、かつ標的化ペプチドのC末端側ではAAである、請求項16記載の方法。
【請求項18】
改変されたAAVキャプシドタンパク質がAAV9キャプシドタンパク質に由来し、標的化ペプチドがAAV9キャプシドタンパク質の残基588の後ろに挿入されている、請求項7記載の方法。
【請求項19】
標的化ペプチドがSEQ ID NO:153、155、および101~149より選択される、請求項18記載の方法。
【請求項20】
標的化ペプチドがSEQ ID NO:153および155より選択される、請求項18記載の方法。
【請求項21】
標的化ペプチドがリンカー配列に隣接し、標的化ペプチドの両側にあるリンカー配列が2または3アミノ酸長である、請求項18~20のいずれか一項記載の方法。
【請求項22】
リンカー配列が標的化ペプチドのN末端側ではAAAであり、かつ標的化ペプチドのC末端側ではASである、請求項21記載の方法。
【請求項23】
標的化ペプチドの長さが7アミノ酸である、請求項6~22のいずれか一項記載の方法。
【請求項24】
治療用トランスジーンが、siRNA、shRNA、miRNA、ノンコーディングRNA、lncRNA、治療用タンパク質、またはCRISPRシステムである、請求項1~23のいずれか一項記載の方法。
【請求項25】
投与が、大槽、脳室内空間、脳室、くも膜下腔、および/またはくも膜下腔内空間への投与である、請求項1~24のいずれか一項記載の方法。
【請求項26】
治療用トランスジーンを内耳の細胞に送達する、請求項1~25のいずれか一項記載の方法。
【請求項27】
内耳にある細胞が、らせん神経節ニューロン、前庭有毛細胞、前庭神経節ニューロン、支持細胞、および血管条にある細胞からなる群より選択される、請求項26記載の方法。
【請求項28】
前記細胞が蝸牛または前庭系の有毛細胞である、請求項26記載の方法。
【請求項29】
前記細胞が蝸牛の内有毛細胞または蝸牛の外有毛細胞である、請求項28記載の方法。
【請求項30】
対象が聴覚障害を有し、分子治療剤が治療的有効量で送達される、請求項29記載の方法。
【請求項31】
対象に、有害な聴覚刺激に対する曝露のリスクがある、請求項29記載の方法。
【請求項32】
治療用トランスジーンが、内有毛細胞の少なくとも80%および/または外有毛細胞の少なくとも80%に送達される、請求項30または31記載の方法。
【請求項33】
投与が、難聴を逆転させるかまたは予防する、請求項30または31記載の方法。
【請求項34】
難聴が部分的な難聴または完全な聴覚消失である、請求項33記載の方法。
【請求項35】
前庭系の細胞が、卵形嚢の有毛細胞、または外側半規管膨大部にある細胞、または頂にある有毛細胞である、請求項28記載の方法。
【請求項36】
前記細胞が前庭系の細胞であり、対象が前庭系の障害を有し、トランスジーンが治療的有効量で送達される、請求項28記載の方法。
【請求項37】
対象において難聴を処置または予防する、請求項1~32のいずれか一項記載の方法。
【請求項38】
対象において遺伝性難聴を処置する、請求項1~32のいずれか一項記載の方法。
【請求項39】
対象における平衡障害または前庭機能障害を処置または予防する、請求項1~32のいずれか一項記載の方法。
【請求項40】
複数のウイルス粒子が投与される、請求項1~39のいずれか一項記載の方法。
【請求項41】
ウイルスが約1×106~約1×1018ベクターゲノム/キログラム(vg/kg)の用量で投与される、請求項40記載の方法。
【請求項42】
ウイルスが、患者1kgあたり約1×107~1×1017、約1×108~1×1016、約1×109~1×1015、約1×1010~1×1014、約1×1010~1×1013、約1×1010~1×1013、約1×1010~1×1011、約1×1011~1×1012、約1×1012~×1013、または約1×1013~1×1014vgの用量で投与される、請求項40記載の方法。
【請求項43】
対象がヒトである、請求項1~42のいずれか一項記載の方法。
【請求項44】
蝸牛特異的プロモーターに機能的に連結されている治療用トランスジーンを含む、改変されたアデノ随伴ウイルス(AAV)。
【請求項45】
治療用トランスジーンが聴覚障害または前庭障害を処置または予防する、請求項44記載の改変されたAAV。
【請求項46】
蝸牛特異的プロモーターが有毛細胞特異的プロモーターである、請求項44記載の改変されたAAV。
【請求項47】
蝸牛特異的プロモーターが、GJB2プロモーターなどの支持細胞特異的プロモーターである、請求項44記載の改変されたAAV。
【請求項48】
改変されたキャプシドタンパク質を含む、請求項44~47のいずれか一項記載の改変されたAAV。
【請求項49】
改変されたキャプシドタンパク質が標的化ペプチドを含み、標的化ペプチドの長さが3~10アミノ酸である、請求項48記載の改変されたAAV。
【請求項50】
改変されたAAVキャプシドタンパク質が、改変されたAAV1キャプシドタンパク質、改変されたAAV2キャプシドタンパク質、または改変されたAAV9キャプシドタンパク質である、請求項48または49記載の改変されたAAV。
【請求項51】
改変されたAAVキャプシドタンパク質がAAV1キャプシドタンパク質に由来し、標的化ペプチドがAAV1キャプシドタンパク質の残基590の後ろに挿入されている、請求項50記載の改変されたAAV。
【請求項52】
標的化ペプチドがSEQ ID NO:150、151、および1~44より選択される、請求項51記載の改変されたAAV。
【請求項53】
標的化ペプチドがSEQ ID NO:39、150、および151より選択される、請求項51記載の改変されたAAV。
【請求項54】
標的化ペプチドがリンカー配列に隣接し、標的化ペプチドの両側にあるリンカー配列が2または3アミノ酸長である、請求項51~53のいずれか一項記載の改変されたAAV。
【請求項55】
リンカー配列が標的化ペプチドのN末端側ではSSAであり、かつ標的化ペプチドのC末端側ではASである、請求項54記載の改変されたAAV。
【請求項56】
改変されたAAVキャプシドタンパク質がAAV2キャプシドタンパク質に由来し、標的化ペプチドがAAV2キャプシドタンパク質の残基587の後ろに挿入されている、請求項50記載の改変されたAAV。
【請求項57】
標的化ペプチドがSEQ ID NO:152、154、および45~100より選択される、請求項56記載の改変されたAAV。
【請求項58】
標的化ペプチドがSEQ ID NO:84、152、および154より選択される、請求項56記載の改変されたAAV。
【請求項59】
標的化ペプチドがリンカー配列に隣接し、標的化ペプチドの両側にあるリンカー配列が2または3アミノ酸長である、請求項56~58のいずれか一項記載の改変されたAAV。
【請求項60】
リンカー配列が標的化ペプチドのN末端側ではAAAであり、かつ標的化ペプチドのC末端側ではAAである、請求項59記載の改変されたAAV。
【請求項61】
改変されたAAVキャプシドタンパク質がAAV9キャプシドタンパク質に由来し、標的化ペプチドがAAV9キャプシドタンパク質の残基588の後ろに挿入されている、請求項50記載の改変されたAAV。
【請求項62】
標的化ペプチドがSEQ ID NO:153、155、および101~149より選択される、請求項61記載の改変されたAAV。
【請求項63】
標的化ペプチドがSEQ ID NO:153および155より選択される、請求項61記載の改変されたAAV。
【請求項64】
標的化ペプチドがリンカー配列に隣接し、標的化ペプチドの両側にあるリンカー配列が2または3アミノ酸長である、請求項61~63のいずれか一項記載の改変されたAAV。
【請求項65】
リンカー配列が標的化ペプチドのN末端側ではAAAであり、かつ標的化ペプチドのC末端側ではASである、請求項64記載の改変されたAAV。
【請求項66】
標的化ペプチドの長さが7アミノ酸である、請求項49~65のいずれか一項記載の改変されたAAV。
【請求項67】
請求項44~66のいずれか一項記載の改変されたAAVと、薬学的に許容される担体とを含む、薬学的組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の参照
本願は、2021年4月27日に出願された米国仮出願第63/180,394号の優先権の恩典を主張するものであり、その内容全体が参照により本明細書に組み入れられる。
【0002】
配列表への言及
本願はEFS-Webを介してASCIIフォーマットで提出されており、その全体が参照により本明細書に組み入れられる配列表を収録している。このASCIIコピーは2022年4月20日に作成され、CHOPP0048WO_ST25.txtと命名され、サイズが67,842バイトである。
【背景技術】
【0003】
背景
1.分野
本開示は概して医学およびウイルス学の分野に関する。さらに詳細には、本開示は、分子治療剤を蝸牛に送達するための組成物および方法に関する。
【0004】
2.関連技術の説明
内耳の蝸牛組織は、長い間、分子治療剤送達のために到達するのに最も難しい組織の1つと考えられてきた。蝸牛は、ヒトの体内で最も密度の高い骨である側頭骨の中に配置されている。蝸牛は、蝸牛の膜迷路と前庭系を両方とも収納する一連の曲がりくねった通路を占める。これらの膜組織は、3つの小さな開口:正円窓、卵円窓、および外リンパ管を除いて骨で囲まれている。正円窓および卵円窓の開口は、聴覚刺激が蝸牛外リンパ中でアブミ骨によって誘導される圧力波として伝達された時に、圧力入力と体液拡大とを容易にするのに用いられる膜によって保護されている。正円窓膜(RWM)の開口によって非閉鎖性の流入点が内耳に設けられている。研究者および臨床家は、この進入点を、蝸牛インプラントおよび遺伝子療法ベクターを含む治療剤の送達経路として利用してきた。
【0005】
遺伝子療法のための脂質およびウイルスベクター送達の状況において、このアプローチの多くのバリエーションの実現可能性を評価するために多くの研究がなされてきた。マウスおよびNHPにおいて多数のウイルスベクターがRWM流入点から蝸牛細胞タイプに形質導入する能力について評価されてきた。RWMへの穿刺を回避し、その代わりに、無傷の、または半分無傷の膜を横断してベクター粒子を拡散させることに頼る非侵襲的アプローチが試みられてきた。さらなる方法には、蝸牛に到達するために新しい穴を開ける管開窓術(canalostomy)および内耳開窓術(cochleostomy)が含まれる[1]。これらの方法を用いると、それぞれ、直接、半規管および蝸牛に穴があけられる。次いで、作り出された開口を通してベクターが送達される。ハイブリッドの方法も利用されてきた。例えば、体液の流入と流出とを活用して蝸牛全体にベクター粒子を分散させるRWM+管開窓術アプローチが開発されている[2]。上記のアプローチの全てが、多くの古典的AAVキャプシド血清型と、最近になって開発されたAAVキャプシド変種とを含む、幅広い種類のベクタータイプを用いて試みられている[3, 4]。
【0006】
AAVベクター送達の考えられる経路として外リンパ管には比較的小さな注目しか向けられてこなかった。外リンパ管に到達しにくいことはほぼ間違いなく、そのため、頭蓋内空間に到達することが必要とされる。さらに、CSFの体積は外リンパの体積よりもかなり多く、この空間を占めている脳がベクターを取り入れ、そのため、おそらく蝸牛に達するウイルス量が低減し、難聴よりも大きな安全性リスクが生じる。しかしながら、これらのリスクを、配慮の行き届いた治療設計によって緩和できれば、かつCSFに基づく送達によってロバストな蝸牛形質導入が可能になれば、CSF送達によって外科的リスクと、蝸牛組織への意図せぬ外科的損傷とが小さくなるかもしれない。モルモットの反対側に位置する耳にアデノウイルスベクターが投与された後に、CSFを介して遺伝子導入されることが初めて観察された[5]。この研究では、25μLのアデノウイルスベクターの全身送達が両方の蝸牛に形質導入すると見出された。しかしながら、形質導入は外リンパ管の開口に近い中皮細胞に限定された。
【0007】
分子的遺伝子療法ツールを蝸牛感覚細胞および支持細胞に送達するための非外傷非外科的方法が必要とされる。
【発明の概要】
【0008】
概要
両方の蝸牛において治療的有効量の感覚細胞および支持細胞に形質導入するための組成物および方法が本明細書において提供される。これらの組成物および方法は、複数のAAVベクターがCSFに導入された時に、蝸牛の全ての回転の全体にわたって内有毛細胞および支持細胞に両側に形質導入したという思いもよらない発見に基づいている。これらの驚くべき発見から、蝸牛へのロバストな遺伝子導入がCSFおよび外リンパ管を介して成し遂げることができると証明された。
【0009】
一態様では、治療用トランスジーンを対象の蝸牛に送達するための方法であって、治療用トランスジーンをコードする改変されたアデノ随伴ウイルス(AAV)を対象の脳脊髄液に投与する工程を含む、方法が本明細書において提供される。一部の局面では、治療用トランスジーンは蝸牛の細胞において発現された時に聴覚障害または前庭障害を処置または予防する。一部の局面では、改変されたAAVは、血清型AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、AAV9、AAV10、AAV11、またはAAV12の改変されたAAVである。
【0010】
一部の局面では、治療用トランスジーンはプロモーターに機能的に連結されている。一部の局面では、プロモーターは治療用トランスジーンと相同であり、言い換えると、プロモーターは、内因的に、関連する遺伝子に機能的に連結されているプロモーターでもよい。一部の局面では、プロモーターは、治療用トランスジーンに対して異種である。一部の局面では、プロモーターは蝸牛特異的プロモーターである。蝸牛特異的プロモーターは有毛細胞特異的プロモーターまたは支持細胞特異的プロモーター(例えば、GJB2プロモーター)でもよい。
【0011】
一部の局面では、改変されたAAVは、改変されたキャプシドタンパク質を含む。改変されたキャプシドタンパク質は、長さが3~10アミノ酸でもよい標的化ペプチドを含んでもよい。一部の局面では、標的化ペプチドの長さが7アミノ酸である。改変されたAAVキャプシドタンパク質は、改変されたAAV1キャプシドタンパク質、改変されたAAV2キャプシドタンパク質、または改変されたAAV9キャプシドタンパク質でもよい。
【0012】
一部の局面では、改変されたAAVキャプシドタンパク質はAAV1キャプシドタンパク質(例えば、SEQ ID NO:164)に由来し、標的化ペプチドはAAV1キャプシドタンパク質の残基590の後ろに挿入されている。一部の局面では、標的化ペプチドはリンカー配列に隣接し、標的化ペプチドの両側にあるリンカー配列は2または3アミノ酸長である。一部の局面では、リンカー配列は標的化ペプチドのN末端側ではSSAであり、かつ標的化ペプチドのC末端側ではASである。一部の局面では、改変されたAAV1キャプシドタンパク質は、SEQ ID NO:167に対して少なくとも95%同一の配列を有する。一部の局面では、標的化ペプチドは、図6に示したペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドは、SEQ ID NO:1-44、150、および151のペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドは、SEQ ID NO:39、150、および151のペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:39である。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:150である。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:151である。
【0013】
一部の局面では、改変されたAAVキャプシドタンパク質はAAV2キャプシドタンパク質(例えば、SEQ ID NO:165)に由来し、標的化ペプチドはAAV2キャプシドタンパク質の残基587の後ろに挿入されている。一部の局面では、標的化ペプチドはリンカー配列に隣接し、標的化ペプチドの両側にあるリンカー配列は2または3アミノ酸長である。一部の局面では、リンカー配列は標的化ペプチドのN末端側ではAAAであり、かつ標的化ペプチドのC末端側ではAAである。一部の局面では、改変されたAAV2キャプシドタンパク質は、SEQ ID NO:168に対して少なくとも95%同一の配列を有する。一部の局面では、標的化ペプチドは、図8に示したペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドは、SEQ ID NO:45-100、152、および154のペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドは、SEQ ID NO:84、152、および154のペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:84である。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:152である。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:154である。
【0014】
一部の局面では、改変されたAAVキャプシドタンパク質はAAV9キャプシドタンパク質(例えば、SEQ ID NO:166)に由来し、標的化ペプチドはAAV9キャプシドタンパク質の残基588の後ろに挿入されている。一部の局面では、標的化ペプチドはリンカー配列に隣接し、標的化ペプチドの両側にあるリンカー配列は2または3アミノ酸長である。一部の局面では、リンカー配列は標的化ペプチドのN末端側ではAAAであり、かつ標的化ペプチドのC末端側ではASである。一部の局面では、改変されたAAV9キャプシドタンパク質は、SEQ ID NO:169に対して少なくとも95%同一の配列を有する。一部の局面では、標的化ペプチドは、図10に示したペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドは、SEQ ID NO:101-149、153、および155のペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:153である。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:155である。
【0015】
ある特定の態様では、ウイルスベクターはアデノ随伴ウイルスベクター(AAV)である。ある特定の態様では、AAVはAAV1、AAV2、またはAAV9である。ある特定の局面では、標的化ペプチドはAAV1キャプシドの位置590、AAV2キャプシドの位置587、またはAAV9キャプシドの位置588に挿入される。例示的な改変されたAAV1キャプシドタンパク質において、位置590の後ろにSSAX7ASとして標的化ペプチド挿入があり、先頭のSSAおよび後方のASはリンカー配列であり、X7は標的化ペプチドを表す。例示的な改変されたAAV2キャプシドタンパク質配列において、位置587の後ろにAAAX7AAとして標的化ペプチド挿入があり、先頭のAAAおよび後方のAAはリンカー配列であり、X7は標的化ペプチドを表す。例示的な改変されたAAV9キャプシドタンパク質配列において、位置588の後ろにAAAX7ASとして標的化ペプチド挿入があり、先頭のAAAと後方のASはリンカー配列であり、X7は標的化ペプチドを表す。
【0016】
一部の局面では、治療用トランスジーンは、siRNA、shRNA、miRNA、ノンコーディングRNA、lncRNA、治療用タンパク質、またはCRISPRシステムをコードする。
【0017】
一部の局面では、投与は、大槽、脳室内空間、脳室、くも膜下腔、および/またはくも膜下腔内空間への投与である。一部の局面では、投与は脳室内送達経路を介した投与である。一部の局面では、送達は脳脊髄液への送達である。一部の局面では、蝸牛治療送達は、治療用粒子を、外リンパ管を通って、蝸牛の外リンパで満たされた前庭階および鼓室階に拡散させることで容易になる。一部の局面では、前記方法は治療用トランスジーンを内耳の細胞に送達する。一部の局面では、内耳の中にある細胞は、らせん神経節ニューロン、前庭有毛細胞、前庭神経節ニューロン、支持細胞、および血管条にある細胞からなる群より選択される。一部の局面では、前記細胞は蝸牛または前庭系の有毛細胞である。一部の局面では、前庭系の細胞は、卵形嚢の有毛細胞、または外側半規管膨大部にある細胞、または頂にある有毛細胞である。一部の局面では、前記細胞は蝸牛の内有毛細胞または蝸牛の外有毛細胞である。一部の局面では、治療用トランスジーンは内有毛細胞の少なくとも80%および/または外有毛細胞の少なくとも80%に送達される。
【0018】
一部の局面では、対象は聴覚障害を有し、治療用トランスジーンは治療的有効量で送達される。一部の局面では、対象には有害な聴覚刺激に対する曝露のリスクがある。一部の局面では、投与は難聴を逆転させるか、または予防する。一部の局面では、前記方法は対象において遺伝性難聴を処置する。一部の局面では、難聴は部分的な難聴または完全な聴覚消失である。
【0019】
一部の局面では、前記細胞は前庭系の細胞であり、対象は前庭系の障害を有し、トランスジーンは治療的有効量で送達される。一部の局面では、前記方法は対象において平衡障害または前庭機能障害を処置または予防する。
【0020】
一部の局面では、複数のウイルス粒子が投与される。ウイルスは約1×106~約1×1018ベクターゲノム/キログラム(vg/kg)の用量で投与される。一部の局面では、ウイルスは、/患者1kgあたり約1×107~1×1017、約1×108~1×1016、約1×109~1×1015、約1×1010~1×1014、約1×1010~1×1013、約1×1010~1×1013、約1×1010~1×1011、約1×1011~1×1012、約1×1012~×1013、または約1×1013~1×1014vgの用量で投与される。一部の局面では、対象はヒトである。
【0021】
一態様では、蝸牛特異的プロモーターに機能的に連結されている治療用トランスジーンを含む、改変されたアデノ随伴ウイルス(AAV)が本明細書において提供される。一部の局面では、AAVは、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、AAV9、AAV10、AAV11、またはAAV12である。一部の局面では、治療用トランスジーンは聴覚障害または前庭障害を処置または予防する。
【0022】
一部の局面では、治療用トランスジーンはプロモーターに機能的に連結されている。一部の局面では、プロモーターは治療用トランスジーンと相同であり、言い換えると、プロモーターは、内因的に、関連する遺伝子に機能的に連結されているプロモーターでもよい。一部の局面では、前記プロモーターは治療用トランスジーンに対して異種である。一部の局面では、前記プロモーターは蝸牛特異的プロモーターである。蝸牛特異的プロモーターは有毛細胞特異的プロモーターまたは支持細胞特異的プロモーター(例えば、GJB2プロモーター)でもよい。
【0023】
一部の局面では、改変されたAAVは、改変されたキャプシドタンパク質を含む。改変されたキャプシドタンパク質は、長さが3~10アミノ酸でもよい標的化ペプチドを含んでもよい。一部の局面では、標的化ペプチドの長さが7アミノ酸である。改変されたAAVキャプシドタンパク質は、改変されたAAV1キャプシドタンパク質、改変されたAAV2キャプシドタンパク質、または改変されたAAV9キャプシドタンパク質でもよい。
【0024】
一部の局面では、改変されたAAVキャプシドタンパク質はAAV1キャプシドタンパク質(例えば、SEQ ID NO:164)に由来し、標的化ペプチドは、AAV1キャプシドタンパク質の残基590の後ろに挿入されている。一部の局面では、標的化ペプチドはリンカー配列に隣接し、標的化ペプチドの両側にあるリンカー配列は2または3アミノ酸長である。一部の局面では、リンカー配列は標的化ペプチドのN末端側ではSSAであり、かつ標的化ペプチドのC末端側ではASである。一部の局面では、標的化ペプチドは、図6に示したペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドは、SEQ ID NO:1-44、150、および151のペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドは、SEQ ID NO:39、150、および151のペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:39である。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:150である。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:151である。
【0025】
一部の局面では、改変されたAAVキャプシドタンパク質はAAV2キャプシドタンパク質(例えば、SEQ ID NO:165)に由来し、標的化ペプチドは、AAV2キャプシドタンパク質の残基587の後ろに挿入されている。一部の局面では、標的化ペプチドはリンカー配列に隣接し、標的化ペプチドの両側にあるリンカー配列は2または3アミノ酸長である。一部の局面では、リンカー配列は標的化ペプチドのN末端側ではAAAであり、かつ標的化ペプチドのC末端側ではAAである。一部の局面では、標的化ペプチドは、図8に示したペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドは、SEQ ID NO:45-100、152、および154のペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドは、SEQ ID NO:84、152、および154のペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:84である。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:152である。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:154である。
【0026】
一部の局面では、改変されたAAVキャプシドタンパク質はAAV9キャプシドタンパク質(例えば、SEQ ID NO:166)に由来し、標的化ペプチドは、AAV9キャプシドタンパク質の残基588の後ろに挿入されている。一部の局面では、標的化ペプチドはリンカー配列に隣接し、標的化ペプチドの両側にあるリンカー配列は2または3アミノ酸長である。一部の局面では、リンカー配列は標的化ペプチドのN末端側ではAAAであり、かつ標的化ペプチドのC末端側ではASである。一部の局面では、標的化ペプチドは、図10に示したペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドは、SEQ ID NO:101-149、153、および155のペプチドのうちの1つである。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:153である。一部の局面では、標的化ペプチドはSEQ ID NO:155である。
【0027】
ある特定の態様では、前記ウイルスベクターはアデノ随伴ウイルスベクター(AAV)である。ある特定の態様では、AAVはAAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、AAV9、AAV10、AAV11、またはAAV12である。ある特定の局面では、標的化ペプチドは、AAV1キャプシドの位置590、AAV2キャプシドの位置587、またはAAV9キャプシドの位置588に挿入される。例示的な改変されたAAV1キャプシドタンパク質において、位置590の後ろにSSAX7ASとして標的化ペプチド挿入があり、先頭のSSAおよび後方のASはリンカー配列であり、X7は標的化ペプチドを表す。例示的な改変されたAAV2キャプシドタンパク質配列において、位置587の後ろにAAAX7AAとして標的化ペプチド挿入があり、先頭のAAAおよび後方のAAはリンカー配列であり、X7は標的化ペプチドを表す。例示的な改変されたAAV9キャプシドタンパク質配列において、位置588の後ろにAAAX7ASとして標的化ペプチド挿入があり、先頭のAAAおよび後方のASはリンカー配列であり、X7は標的化ペプチドを表す。
【0028】
一部の局面では、治療用トランスジーンは、siRNA、shRNA、miRNA、ノンコーディングRNA、lncRNA、治療用タンパク質、またはCRISPRシステムをコードする。
【0029】
一態様では、本態様のいずれか1つの改変されたAAVと、薬学的に許容される担体を含む薬学的組成物が本明細書において提供される。
【0030】
本発明の他の目的、特徴、および利点は以下の詳細な説明から明らかになる。しかしながら、本発明の好ましい態様が示されているものの、この詳細な説明から当業者には本発明の精神および範囲内の様々な変更および修正が明らかになるので、詳細な説明および具体的な実施例は例示としてのみ示されると理解されるはずである。
【図面の簡単な説明】
【0031】
以下の図面は本明細書の一部を形成し、本発明の特定の局面をさらに証明するために含まれる。本発明は、本明細書において提示される特定の態様の詳細な説明と組み合わせて、これらの図面の1つまたは複数を参照することによってさらによく理解され得る。
【0032】
図1】脳室内(ICV)AAV9を注射したアカゲザルの側頭骨。側頭骨を解剖し、蝸牛の頂回転を覆っている骨を取り外すと、形質導入された蝸牛有毛細胞と支持細胞から強い蛍光が出た。
図2】落射蛍光顕微鏡下で、ICV AAV9注射動物からアカゲザル蝸牛の全組織標本のタイル型画像を収集した。この標本は、頂回転から底回転(頂、中、および底)までの蝸牛の全長にわたるコルチ器官を示す。頂回転および中回転ではロバストな内有毛細胞および支持細胞の形質導入が観察されたのに対して、底では、まばらなIHC形質導入が観察された。AAV9を用いて形質導入された細胞は蝸牛の回転全体にわたって観察された。このことから、全ての周波数特定性領域がある程度まで標的化されることが示唆される。
図3】AAV2変種をICV注射した動物からのマウス側頭骨。この画像では、蝸牛の頂回転を覆っている骨は取り除かれている。形質導入された組織には、顔面神経、膝神経節(genticulate ganglion)および蝸牛の内有毛細胞および前庭神経が含まれる。
図4】マウス蝸牛の頂および底を横断した、AAV2変種をICV注射した後の内有毛細胞への形質導入の程度および特異性を示した解剖顕微鏡画像。
図5】脳室内(ICV)注射によって送達されたAAV2変種を用いて形質導入されたマウス蝸牛における内有毛細胞(IHC)への形質導入を示した画像。マウス蝸牛(アカゲザルよりも回転が1つ少ない)の頂および底を横断して、著しく強力かつ特異的なIHC形質導入が細胞に到達することが観察された。ここで、本発明者らは、頂および底からの蝸牛領域の代表的な画像を示す。形質導入は蝸牛の底から頂中央部までほぼ>90%であった。興味深いことに、かなり頂端側の先端部では、本発明者は、少ない形質導入を観察した。しかしながら、これは非常に小さな領域に限定された。このレベルの内有毛細胞への形質導入は治療に関連し、かつCSFへのICV脳注射からまったく予期しないものだった。
図6】図は、AAV定向進化(AAV directed evolution)実験からの結果を図示する。RWM+管開窓術アプローチによって送達される直接蝸牛注射によってバーコードAAV1変種のライブラリーを蝸牛に導入した。機能的キャプシドを濃縮するために複数回の注射を行った。ラウンド1は、1回目のインビボ濃縮後に得られたヒットを示す。ラウンド2(DNAおよびRNA)は、2回目のインビボ濃縮後に得られたヒットを示す。いくつかの配列が蝸牛組織および/または前庭組織において強力に濃縮された。蝸牛について示した配列は上から下にかけてSEQ ID NO:1-40である。前庭組織について示した配列は上から下にかけてSEQ ID NO:41、6、7、3、42、43、8、12、1、5、44、4、13、19、15-17、11、28、20、26、18、30、25、22、23、21、31、24、29、32、40、37、27、36、34、38、33、39、および35である。AAV1由来キャプシド候補の中から、キャプシド候補LGGSAAR(SEQ ID NO:39)が、蝸牛と、プールされた前庭組織との両方における、強力なDNA性能およびRNA性能のために選択された。
図7】蝸牛組織と前庭組織との間のDNAヒットおよびRNAヒットのAAV1キャプシド変種検出の相関関係。DNAキャプシドヒットは2つの組織間で強い相関関係があったのに対して、RNAヒットは変動し、高度に相関したキャプシドの数は少ない。
図8】図は、AAV定向進化実験からの結果を図示する。RWM+管開窓術アプローチによって送達される直接蝸牛注射によってバーコードAAV2変種のライブラリーを蝸牛に導入した。機能的キャプシドを濃縮するために複数回の注射を行った。ラウンド1は、1回目のインビボ濃縮後に得られたヒットを示す。ラウンド2(DNAおよびRNA)は、2回目のインビボ濃縮後に得られたヒットを示す。いくつかの配列が蝸牛組織および/または前庭組織において強力に濃縮された。蝸牛について示した配列は上から下にかけてSEQ ID NO:45-84である。前庭組織について示した配列は上から下にかけてSEQ ID NO:85、86、69、87-91、56、92、93、62、94、66、68、95、96、73、49、51、97-99、70、65、47、77、71、75、76、100、78、80、63、82、79、81、72、83、および84である。キャプシド候補KAGGSQG(SEQ ID NO:84)は、前庭組織における低いRNA性能にもかかわらず、蝸牛における強力なDNA性能およびRNA性能のために選択された。
図9】蝸牛組織と前庭組織との間のDNAヒットおよびRNAヒットのAAV2キャプシド変種検出の相関関係。DNAキャプシドヒットは2つの組織間で強い相関関係があったのに対して、RNAヒットは変動し、高度に相関したキャプシドの数は少ない。
図10】図は、AAV定向進化実験からの結果を図示する。RWM+管開窓術アプローチによって送達される直接蝸牛注射によってバーコードAAV9変種のライブラリーを蝸牛に導入した。機能的キャプシドを濃縮するために複数回の注射を行った。ラウンド1は、1回目のインビボ濃縮後に得られたヒットを示す。ラウンド2(DNAおよびRNA)は、2回目のインビボ濃縮後に得られたヒットを示す。いくつかの配列が蝸牛組織および/または前庭組織において強力に濃縮された。蝸牛について示した配列は上から下にかけてSEQ ID NO:101-140である。前庭組織について示した配列は上から下にかけてSEQ ID NO:110、141-143、117、105、144、145、129、146、147、109、130、115、114、148、111、128、113、104、121、131、102、120、149、126、127、122、125、123、124、134、133、135、132、137、136、および138-140である。限られた数の蛍光検証位置(8)しか利用できず、かつ他の判断基準も考慮されたので、AAV9からキャプシド候補は選択されなかった。
図11】蝸牛組織と前庭組織との間のDNAヒットおよびRNAヒットのAAV9キャプシド変種検出の相関関係。DNAキャプシドヒットは2つの組織間で強い相関関係があったのに対して、RNAヒットは変動し、高度に相関したキャプシドの数は少ない。
図12】ラウンド2 DNA UMIカウントの平均、およびインプットウイルスからのUMIカウントと比べたラウンド2 DNA UMIカウントの濃縮倍率の平均の順位。UMIカウントの平均、ならびにラウンド2インプットベクタープールから得られた%DNA UMIカウントと比べた%ラウンド2 DNA UMIカウントの濃縮倍率の順位から、さらなるキャプシド候補が選択された。上位の正規化されなかったヒット配列はAAV1についてはLGGSAAR(SEQ ID NO:39)であり、AAV2についてはKAGGSQG(SEQ ID NO:84)であった。上位の正規化されたヒットはAAV1についてはIDVGSAD(SEQ ID NO:150)およびFAAMGSL(SEQ ID NO:151)であり、AAV2についてはPPYAMVM(SEQ ID NO:152)であり、AAV9についてはSRGSGPS(SEQ ID NO:153)であった。
図13図13A~C:強力な検出:インプット比を有する中間キャプシド候補の選択。図13A。この方法を用いて、AAV1からキャプシド候補は選択されなかった。図13B。この方法を用いて、AAV2由来候補AAKVAAP(SEQ ID NO:154)が選択された。図13C。この方法を用いて、AAV9由来候補RSGVGSA(SEQ ID NO:155)が選択された。
図14図14A~C:インビボ蛍光検証のために選択されたキャプシド候補。図14A。蛍光検証に進展させるために選択された全てのキャプシド候補(上から下にかけて:SEQ ID NO:39、84、および150-155)を、示された親血清型と、そのキャプシドを選択するのに使用した判断基準の説明と共に列挙した。図14B。非ヒト霊長類の片耳に1つ、別々に蛍光タグ化されたキャプシドの送達を容易にするために、キャプシドを2つの検証プールにグループ分けした。プール1ペプチド配列は上から下にかけて:SEQ ID NO:39、84、150、および152である。プール1 DNA配列は上から下にかけて:SEQ ID NO:156-159である。プール2ペプチド配列は上から下にかけて:SEQ ID NO:154、155、151、および153である。プール2 DNA配列は上から下にかけて:SEQ ID NO:160-163である。図14C。蛍光レポーター発現構築物を送達するためにキャプシド候補を個々に作製した。上記の検証プールを作り出すように、4つからなるグループでキャプシドをプールした。アカゲザルのそれぞれの内耳に蝸牛内注射を向けることによって1つの検証プールが送達される。注射して30日後に動物を屠殺し、組織学的評価のために蝸牛を採取する。
【発明を実施するための形態】
【0033】
詳細な説明
両方の蝸牛において治療に関連する数の感覚細胞および支持細胞に形質導入するにはCSFにAAVベクターをたった一回、脳室内注射するだけで十分であるという思いもよらない発見が本明細書において提供される。驚いたことに、蝸牛へのロバストな、かつ広範囲にわたる形質導入がアカゲザルにおいて観察された。AAV9がICV注射によってCSFに送達されると、蝸牛の全ての回転全体にわたって内有毛細胞および支持細胞に両側に形質導入した。マウスにICV送達された他のベクターは様々な細胞タイプ特異性を伴って同様の蝸牛形質導入能力を有することが見出された。マウスにICV送達されたAAV2由来キャプシド変種は内有毛細胞に対して高度の特異性をもつことが見出され、頂先端を除く全ての回転において、ほぼ完全なIHC形質導入をもたらした。これらの驚くべき発見から、CSFおよび外リンパ管を介して蝸牛へのロバストな遺伝子導入が成し遂げられることが明らかになった。成体アカゲザルにおける、この遺伝子導入の観察から、同様のICVに基づくアプローチがヒトでも成功する可能性が高いと示唆される。
【0034】
ある特定の態様では、AAVはAAV1、AAV2、またはAAV9である。例示的な野生型参照AAV1キャプシドタンパク質配列はSEQ ID NO:164に示される。例示的な野生型参照AAV2キャプシドタンパク質配列はSEQ ID NO:165に示される。例示的な野生型参照AAV9キャプシドタンパク質配列はSEQ ID NO:166に示される。ある特定の局面では、標的化ペプチドは、AAV1キャプシドの位置590、AAV2キャプシドの位置587、またはAAV9キャプシドの位置588に挿入される。例示的な改変されたAAV1キャプシドタンパク質配列は、位置590の後ろにSSAX7ASとして標的化ペプチド挿入を示す、SEQ ID NO:167に示され、先頭のSSAおよび後方のASはリンカー配列であり、X7は標的化ペプチドを表す。例示的な改変されたAAV2キャプシドタンパク質配列は、位置587の後ろにAAAX7AAとして標的化ペプチド挿入を示す、SEQ ID NO:168に示され、先頭のAAAおよび後方のAAはリンカー配列であり、X7は標的化ペプチドを表す。例示的な改変されたAAV9キャプシドタンパク質配列は、位置588の後ろにAAAX7ASとして標的化ペプチド挿入を示す、SEQ ID NO:169に示され、先頭のAAAおよび後方のASはリンカー配列であり、X7は標的化ペプチドを表す。
【0035】
I.アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター
アデノ随伴ウイルス(AAV)はパルボウイルス科の小さな非病原性ウイルスである。現在まで、非常に多くの血清学的に異なるAAVが特定されており、ヒトまたは霊長類から1ダース超が単離されている。AAVは、複製するのにヘルパーウイルスに依存する点で、この科の他のメンバーとは異なる。
【0036】
AAVゲノムは、宿主細胞ゲノムに組み込まれることなく染色体外の状態で存在し、広範な宿主域を有し、インビトロおよびインビボで分裂細胞と非分裂細胞の両方に形質導入し、形質導入された遺伝子の高レベルの発現を維持することができる。AAVウイルス粒子は熱安定性であり、溶媒、界面活性剤、pH変化、および温度に対して抵抗性であり、カラム精製することができる、および/またはCsCl勾配もしくは他の手段によって濃縮することができる。AAVゲノムは、プラス鎖またはマイナス鎖の一本鎖デオキシリボ核酸(ssDNA)を含む。AAVの約4.7kbゲノムは、プラス極性またはマイナス極性の一本鎖DNAの1つのセグメントからなる。ゲノムの末端は、ヘアピン構造に折り畳まれかつウイルスDNA複製起点として役立つ、短い逆位末端配列(ITR)である。
【0037】
AAV「ゲノム」とは、AAV粒子を形成するように最終的にパッケージングまたは封入される組換え核酸配列を指す。AAV粒子は、AAVキャプシドタンパク質によってパッケージングされたAAVゲノムを含むことが多い。組換えベクターを構築または製造するために組換えプラスミドが用いられる場合、AAVベクターゲノムは、組換えプラスミドのベクターゲノム配列に対応しない「プラスミド」部分を含まない。組換えプラスミドの非ベクターゲノム部分は「プラスミドバックボーン」と呼ばれ、これは、プラスミドの増殖および産生に必要とされるプロセスであるプラスミドのクローニングおよび増幅に重要であるが、それ自体はウイルス粒子にパッケージングも封入もされない。従って、AAVベクター「ゲノム」は、AAVキャプシドタンパク質によってパッケージングまたは封入される核酸を指す。
【0038】
AAVビリオン(粒子)は、AAVキャプシドを含む、直径が約25nmの、エンベロープのない正二十面体粒子である。AAV粒子は、3つの関連するキャプシドタンパク質VP1、VP2、およびVP3で構成される正二十面体対称を含み、VP1、VP2、およびVP3は一緒に相互作用してキャプシドを形成する。ほとんどの天然AAVのゲノムは、時として左ORFおよび右ORFと呼ばれる2つのオープンリーディングフレーム(ORF)を含有することが多い。右ORFはキャプシドタンパク質VP1、VP2、およびVP3をコードすることが多い。これらのタンパク質は、それぞれ、1:1:10の比で見出されることが多いが、多様な比で見出されることがあり、全てが右側ORFに由来する。VP1、VP2、およびVP3キャプシドタンパク質は選択的スプライシングの使用と希な開始コドンの点で互いに異なる。欠失分析から、選択的スプライシングされたメッセージから翻訳されるVP1の除去または変化によって感染性粒子の収率が低下することが分かっている。VP3コード領域内に変異があると一本鎖子孫DNAも感染性粒子も生じない。ある特定の態様では、AAV粒子ゲノムは、1つ、2つ、または3つ全てのVP1、VP2、およびVP3ポリペプチドをコードする。
【0039】
左ORFは、一本鎖子孫ゲノムの生成に加えて複製および転写の調節に関与する、非構造的なRepタンパク質、Rep40、Rep52、Rep68、およびRep78をコードすることが多い。Repタンパク質のうちの2つはヒト19番染色体のq腕の領域へのAAVゲノムの優先的な組込みと関連付けられている。Rep68/78はNTP結合活性ならびにDNAヘリカーゼ活性およびRNAヘリカーゼ活性を有することが示されている。一部のRepタンパク質は核局在化シグナルならびにいくつかの潜在的なリン酸化部位を有する。ある特定の態様では、AAV(例えば、rAAV)のゲノムはRepタンパク質の一部または全てをコードする。ある特定の態様では、AAV(例えば、rAAV)のゲノムはRepタンパク質をコードしない。ある特定の態様では、Repタンパク質の1つまたは複数はトランスで送達することができ、従って、ポリペプチドをコードする核酸を含むAAV粒子に含まれない。
【0040】
AAVゲノムの末端は、ウイルスDNA複製起点として役立つ、Tの形をしたヘアピン構造に折り畳まれる可能性を有する短い逆位末端配列(ITR)を含む。従って、AAVゲノムは、一本鎖ウイルスDNAゲノムに隣接する1つまたは複数の(例えば、一対の)ITR配列を含む。ITR配列の長さは、それぞれ約145塩基であることが多い。ITR領域内には、ITRの機能の中心だと考えられている2つのエレメント、GAGC反復モチーフおよび末端解離部位(terminal resolution site)(trs)が説明されている。ITRが直鎖またはヘアピンコンホメーションにある時に、反復モチーフはRepに結合することが示されている。この結合は、部位特異的および鎖特異的に起こるtrsにおける切断のためにRep68/78を配置すると考えられている。これらの2つのエレメントは複製における役割に加えてウイルス組込みの中心であるように見える。Rep結合部位と、隣接するtrsが19番染色体組込み遺伝子座の中に含まれている。これらのエレメントは遺伝子座特異的組込みに機能し、かつ必要なことが示されている。
【0041】
組換えウイルス、例えば、レンチウイルスまたはパルボウイルス(例えば、AAV)ベクターなどのベクターの修飾語として、ならびに組換え核酸配列および組換えポリペプチドなどの配列の修飾語として「組換え」という用語は、天然では普通、起こらないやり方で組成物が操作されている(すなわち、工学技術で作られている)ことを意味する。AAV、レトロウイルス、またはレンチウイルスベクターなどの組換えベクターの特定の例は、野生型ウイルスゲノムに通常、存在しない核酸配列がウイルスゲノム内に挿入されている組換えベクターであろう。組換え核酸配列の一例は、遺伝子がウイルスゲノムと通常結合している5’、3’、および/またはイントロン領域と共に、または伴わずに、核酸(例えば、遺伝子)が、ベクターにクローニングされた阻害性RNAをコードする組換え核酸配列であろう。「組換え」という用語は、常に、ウイルスベクターなどのベクターならびにポリヌクレオチドなどの配列に関して本明細書において用いられるとは限らないが、核酸配列、ポリヌクレオチド、トランスジーンなどを含む「組換え」型は、このような省略にもかかわらず、はっきりと含まれる。
【0042】
組換えウイルス「ベクター」は、分子的方法を用いて、ウイルスから野生型ゲノムの一部を除去し、核酸配列などの非天然核酸と交換することによってウイルスの野生型ゲノムから得られる。典型的に、例えば、AAVの場合、AAVゲノムの一方または両方の逆位末端配列(ITR)が組換えAAVベクターにおいて保持される。「組換え」ウイルスベクター(例えば、rAAV)はウイルス(例えば、AAV)ゲノムと区別される。なぜなら、ウイルスゲノムの一部が、ウイルスゲノム核酸に対して、トランスアクチベーターをコードする核酸または阻害性RNAをコードする核酸または治療用タンパク質をコードする核酸などの非天然配列と交換されているからである。従って、このような非天然核酸配列を組み込んでいることでウイルスベクターは「組換え」ベクターと定義され、AAVの場合、「組換え」ベクターは「rAAVベクター」と呼ばれることがある。
【0043】
ある特定の態様では、AAV(例えば、rAAV)は2つのITRを含む。ある特定の態様では、AAV(例えば、rAAV)は一対のITRを含む。ある特定の態様では、AAV(例えば、rAAV)は、少なくとも、機能または活性を有するポリペプチドをコードする核酸配列に隣接する(すなわち、それぞれの5’末端および3’末端にある)一対のITRを含む。
【0044】
AAVベクター(例えば、rAAVベクター)はパッケージングすることができ、エクスビボ、インビトロ、またはインビボで、後で細胞に感染(形質導入)する場合には本明細書中で「AAV粒子」と呼ばれる。組換えAAVベクターがAAV粒子に封入またはパッケージングされた場合、粒子は「rAAV粒子」と呼ばれることもある。ある特定の態様では、AAV粒子はrAAV粒子である。rAAV粒子はrAAVベクターまたはその一部を含むことが多い。rAAV粒子は1つまたは複数のrAAV粒子(例えば、複数のAAV粒子)でもよい。rAAV粒子は、典型的に、rAAVベクターゲノムを封入またはパッケージングするタンパク質(例えば、キャプシドタンパク質)を含む。rAAVベクターについての言及はrAAV粒子を参照するのにも使用できることに留意する。
【0045】
本明細書における方法または使用のために任意の適切なAAV粒子(例えば、rAAV粒子)を使用することができる。rAAV粒子および/またはその中に含まれるゲノムはAAVの任意の適切な血清型または株に由来してよい。rAAV粒子および/またはその中に含まれるゲノムはAAVの2つまたはそれ以上の血清型または株に由来してよい。従って、rAAVはAAVの任意の血清型または株のタンパク質および/もしくは核酸、またはその一部を含んでもよく、AAV粒子は哺乳動物細胞の感染および/または形質導入に適している。AAV血清型の非限定的な例には、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、AAV9、AAV10、AAV11、AAV12、AAV-rh74、AAV-rh10、およびAAV-2i8が含まれる。
【0046】
ある特定の態様では、複数のrAAV粒子は、同じ株もしくは血清型(またはサブグループもしくは変種)の粒子、あるいはそれに由来する粒子を含む。ある特定の態様では、複数のrAAV粒子は、2つまたはそれ以上の異なる(例えば、異なる血清型および/または株の)rAAV粒子の混合物を含む。
【0047】
本明細書で使用する「血清型」という用語は、他のAAV血清型と血清学的に異なるキャプシドを有するAAVを指すために用いられる相違である。血清学的特殊性(serologic distinctiveness)は、別のAAVと比較した時に、あるAAVに対する抗体間の交差反応性の欠如に基づいて決定される。このような交差反応性の違いは、通常、キャプシドタンパク質配列/抗原決定基の違いに起因する(例えば、AAV血清型のVP1、VP2、および/またはVP3配列の違いに起因する)。キャプシド変種を含むAAV変種が参照AAVまたは他のAAV血清型と血清学的な違いは無いという可能性があるのにもかかわらず、これらは参照または他のAAV血清型と比較して少なくとも1つのヌクレオチドまたはアミノ酸残基だけ異なる。
【0048】
ある特定の態様では、第1の血清型ゲノムに基づくrAAVベクターは、ベクターをパッケージングするキャプシドタンパク質の1つまたは複数の血清型に対応する。例えば、AAVベクターゲノムを含む1つまたは複数のAAV核酸(例えば、ITR)の血清型は、rAAV粒子を含むキャプシドの血清型に対応する。
【0049】
ある特定の態様では、rAAVベクターゲノムは、ベクターをパッケージングするAAVキャプシドタンパク質の1つまたは複数の血清型と異なるAAV(例えば、AAV2)血清型ゲノムに基づいていてもよい。例えば、rAAVベクターゲノムはAAV2由来核酸(例えば、ITR)を含んでもよく、その一方で、3つのキャプシドタンパク質の少なくとも1つまたは複数は、異なる血清型、例えば、AAV1、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、AAV9、AAV10、AAV11、AAV12、Rh10、Rh74、もしくはAAV-2i8血清型、またはその変種に由来する。
【0050】
ある特定の態様では、参照血清型に関連するrAAV粒子またはそのベクターゲノムは、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、AAV9、AAV10、AAV11、AAV12、Rh10、Rh74、またはAAV-2i8粒子のポリヌクレオチド、ポリペプチド、またはその部分配列に対して少なくとも60%またはそれ以上(例えば、65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、96%、97%、98%、99%、99.1%、99.2%、99.3%、99.4%、99.5%など)同一の配列を含むか、またはそれからなる、ポリヌクレオチド、ポリペプチド、またはその部分配列を有する。特定の態様では、参照血清型に関連するrAAV粒子またはそのベクターゲノムは、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、AAV9、AAV10、AAV11、AAV12、Rh10、Rh74、またはAAV-2i8血清型のキャプシドまたはITR配列に対して少なくとも60%またはそれ以上(例えば、65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、96%、97%、98%、99%、99.1%、99.2%、99.3%、99.4%、99.5%など)同一の配列を含むか、またはそれからなる、キャプシドまたはITR配列を有する。
【0051】
ある特定の態様では、本明細書における方法は、rAAV1、rAAV2、rAAV3、rAAV4、rAAV5、rAAV6、rAAV7、rAAV8、rAAV9、rAAV10、rAAV11、rAAV12、rRh10、rRh74、またはrAAV-2i8粒子の使用、投与、または送達を含む。
【0052】
ある特定の態様では、本明細書における方法は、rAAV2粒子の使用、投与、または送達を含む。ある特定の態様では、rAAV2粒子はAAV2キャプシドを含む。ある特定の態様では、rAAV2粒子は、天然の、または野生型AAV2粒子の対応するキャプシドタンパク質に対して少なくとも60%、65%、70%、75%、またはそれ以上同一の、例えば、80%、85%、85%、87%、88%、89%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%、99.1%、99.2%、99.3%、99.4%、99.5%などの、100%まで同一の1つまたは複数のキャプシドタンパク質(例えば、VP1、VP2、および/またはVP3)を含む。ある特定の態様では、rAAV2粒子は、天然の、または野生型AAV2粒子の対応するキャプシドタンパク質に対して少なくとも75%またはそれ以上同一の、例えば、80%、85%、86%、87%、88%、89%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%、99.1%、99.2%、99.3%、99.4%、99.5%などの、100%まで同一の、VP1、VP2、およびVP3キャプシドタンパク質を含む。ある特定の態様では、rAAV2粒子は、天然の、または野生型AAV2粒子の変種である。一部の局面では、AAV2変種の1つまたは複数のキャプシドタンパク質は、天然の、または野生型AAV2粒子のキャプシドタンパク質と比較して1、2、3、4、5、5~10、10~15、15~20、またはそれ以上のアミノ酸置換を有する。
【0053】
ある特定の態様では、rAAV9粒子はAAV9キャプシドを含む。ある特定の態様では、rAAV9粒子は、天然の、または野生型AAV9粒子の対応するキャプシドタンパク質に対して少なくとも60%、65%、70%、75%、またはそれ以上同一の、例えば、80%、85%、85%、87%、88%、89%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%、99.1%、99.2%、99.3%、99.4%、99.5%などの、100%まで同一の1つまたは複数のキャプシドタンパク質(例えば、VP1、VP2および/またはVP3)を含む。ある特定の態様では、rAAV9粒子は、天然の、または野生型AAV9粒子の対応するキャプシドタンパク質に対して少なくとも75%またはそれ以上同一の、例えば、80%、85%、86%、87%、88%、89%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%、99.1%、99.2%、99.3%、99.4%、99.5%などの、100%まで同一の、VP1、VP2、およびVP3キャプシドタンパク質を含む。ある特定の態様では、rAAV9粒子は、天然の、または野生型AAV9粒子の変種である。一部の局面では、AAV9変種の1つまたは複数のキャプシドタンパク質は、天然の、または野生型AAV9粒子のキャプシドタンパク質と比較して、1、2、3、4、5、5~10、10~15、15~20、またはそれ以上のアミノ酸置換を有する。
【0054】
ある特定の態様では、天然の、または野生型AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、AAV9、AAV10、AAV11、AAV12、AAV-rh74、AAV-rh10、またはAAV-2i8の対応するITRに対して少なくとも75%またはそれ以上同一の、例えば、80%、85%、85%、87%、88%、89%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%、99.1%、99.2%、99.3%、99.4%、99.5%などの、100%まで同一の、1つまたは2つのITR(例えば、一対のITR)が1つまたは複数の望ましいITR機能(例えば、DNA複製を可能にする、ヘアピンを形成する能力;宿主細胞ゲノムへのAAV DNAの組込み;および/または所望であればパッケージング)を保持している限り、rAAV粒子は、1つまたは2つのITR(例えば、一対のITR)を含む。
【0055】
ある特定の態様では、天然の、または野生型AAV2粒子の対応するITRに対して少なくとも75%またはそれ以上同一の、例えば、80%、85%、85%、87%、88%、89%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%、99.1%、99.2%、99.3%、99.4%、99.5%などの、100%まで同一の、1つまたは2つのITR(例えば、一対のITR)が1つまたは複数の望ましいITR機能(例えば、DNA複製を可能にする、ヘアピンを形成する能力;宿主細胞ゲノムへのAAV DNAの組込み;および/または所望であればパッケージング)を保持している限り、rAAV2粒子は、1つまたは2つのITR(例えば、一対のITR)を含む。
【0056】
ある特定の態様では、天然の、または野生型AAV2粒子の対応するITRに対して少なくとも75%またはそれ以上同一の、例えば、80%、85%、85%、87%、88%、89%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%、99.1%、99.2%、99.3%、99.4%、99.5%などの、100%まで同一の、1つまたは2つのITR(例えば、一対のITR)が1つまたは複数の望ましいITR機能(例えば、DNA複製を可能にする、ヘアピンを形成する能力;宿主細胞ゲノムへのAAV DNAの組込み;および/または所望であればパッケージング)を保持している限り、rAAV9粒子は、1つまたは2つのITR(例えば、一対のITR)を含む。
【0057】
rAAV粒子は、任意の適切な数の「GAGC」反復を有するITRを含んでもよい。ある特定の態様では、AAV2粒子のITRは、1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つ、9つ、もしくは10の、またはそれ以上の「GAGC」反復を含む。ある特定の態様では、rAAV2粒子は、3つの「GAGC」反復を含むITRを含む。ある特定の態様では、rAAV2粒子は、4未満の「GAGC」反復を有するITRを含む。ある特定の態様では、rAAV2粒子は、4より多い「GAGC」反復を有するITRを含む。ある特定の態様では、rAAV2粒子のITRは、最初の2つの「GAGC」反復にある4番目のヌクレオチドがTではなくCであるRep結合部位を含む。
【0058】
rAAV粒子へのパッケージング/キャプシド形成のためにrAAVベクターに組み込むことができるDNAの例示的な適切な長さは約5キロベース(kb)またはそれ以下でもよい。特定の態様では、DNAの長さは、約5kb未満、約4.5kb未満、約4kb未満、約3.5kb未満、約3kb未満、または約2.5kb未満である。
【0059】
RNAiまたはポリペプチドの発現を誘導する核酸配列を含むrAAVベクターは、当技術分野において公知の適切な組換え法を用いて作製することができる(例えば、Sambrook et al., 1989を参照されたい)。組換えAAVベクターは、典型的には、形質導入能力のあるAAV粒子にパッケージングされ、AAVウイルスパッケージングシステムを用いて増殖される。形質導入能力のあるAAV粒子は哺乳動物細胞に結合および侵入し、その後に、核酸カーゴ(例えば、異種遺伝子)を細胞核に送達することができる。従って、形質導入能力のあるインタクトなrAAV粒子が哺乳動物細胞に形質導入するように構成されている。哺乳動物細胞に形質導入するように構成されているrAAV粒子は複製能力がないことが多く、自己複製するために、さらなるタンパク質機構を必要とする。従って、哺乳動物細胞に形質導入するように構成されているrAAV粒子は哺乳動物細胞に結合および侵入し、核酸を細胞に送達するように操作されており、送達用の核酸はrAAVゲノム中にある一対のAAV ITRの間に配置されていることが多い。
【0060】
形質導入能力のあるAAV粒子を産生するのに適した宿主細胞には、異種rAAVベクターのレシピエントとして使用することができるか、または使用されてきた、微生物、酵母細胞、昆虫細胞、および哺乳動物細胞が含まれるが、これに限定されない。適切なヒト細胞株に由来する細胞であるHEK293(例えば、American Type Culture Collectionを通じてアクセッション番号ATCC CRL1573で容易に入手することができる)を使用することができる。ある特定の態様では、アデノウイルス5型DNA断片で形質転換され、アデノウイルスE1aおよびE1b遺伝子を発現する改変されたヒト胎児由来腎臓細胞株(例えば、HEK293)が組換えAAV粒子を作製するのに用いられる。改変されたHEK293細胞株は容易にトランスフェクトされ、rAAV粒子を産生するための特に便利なプラットフォームを提供する。哺乳動物細胞に形質導入することができる高力価AAV粒子を作製する方法は当技術分野において公知である。例えば、AAV粒子は、Wright, 2008およびWright, 2009に示されるように作ることができる。
【0061】
ある特定の態様では、AAV発現ベクターのトランスフェクションの前に、またはそれと同時に宿主細胞をAAVヘルパー構築物でトランスフェクトすることによってAAVヘルパー機能が宿主細胞に導入される。従って、少なくとも、AAVrepおよび/またはcap遺伝子を一過的に発現させ、生産的なAAV形質導入に必要な欠けているAAV機能を補完するためにAAVヘルパー構築物が用いられる時もある。AAVヘルパー構築物はAAV ITRを欠いていることが多く、それ自身で複製もパッケージングもしない。これらの構築物は、プラスミド、ファージ、トランスポゾン、コスミド、ウイルス、またはビリオンの形をとってもよい。RepおよびCap発現産物を両方ともコードする一般的に用いられるプラスミドpAAV/AdおよびpIM29+45などの多数のAAVヘルパー構築物が説明されている。Repおよび/またはCap発現産物をコードする多数の他のベクターが公知である。
【0062】
「発現ベクター」とは、宿主細胞における発現に必要とされる必須の調節領域と共に遺伝子または核酸配列を含有する特殊化されたベクターである。発現ベクターは、少なくとも、細胞において増殖するための複製起点、および任意で、さらなるエレメント、例えば、異種核酸配列、発現制御エレメント(例えば、プロモーター、エンハンサー)、イントロン、ITR、およびポリアデニル化シグナルを含有してもよい。
【0063】
II.治療剤
一部の態様では、ウイルス遺伝子導入法を用いて哺乳動物細胞または標的組織に核酸を導入することができる。このような方法を用いて、培養中の細胞または宿主生物にある細胞に、阻害性RNA、ノンコーディングRNA、および/または治療用タンパク質をコードする核酸を投与することができる。
【0064】
A.阻害性RNA
「RNA干渉(RNAi)」は、siRNAによって開始される、配列特異的な転写後遺伝子サイレンシンのプロセスである。RNAi中に、siRNAは、標的mRNAの分解と、その結果として起きる、配列特異的な遺伝子発現阻害を誘導する。
【0065】
「阻害性RNA」、「RNAi」、「低分子干渉RNA」もしくは「短鎖干渉RNA」もしくは「siRNA」分子、「ショートヘアピンRNA」もしくは「shRNA」分子、または「miRNA」は、関心対象の核酸配列に標的化される、ヌクレオチドのRNA二重鎖である。本明細書で使用する「siRNA」という用語は、shRNAおよびmiRNAのサブセットを含む総称的な用語である。「RNA二重鎖」とは、RNA分子の2つの領域間での相補的対形成によって形成される構造を指す。siRNAの二重鎖部分のヌクレオチド配列が標的遺伝子のヌクレオチド配列に相補的であるため、siRNAは遺伝子に「標的化」される。ある特定の態様では、siRNAは、ハンチンチをコードする配列に標的化される。一部の態様では、siRNAの二重鎖の長さは30塩基対未満である。一部の態様では、二重鎖は29、28、27、26、25、24、23、22、21、20、19、18、17、16、15、14、13、12、11、または10塩基対長でもよい。一部の態様では、二重鎖の長さは19~25塩基対長である。ある特定の態様では、二重鎖の長さは19または21塩基対長である。siRNAのRNA二重鎖部分はヘアピン構造の一部でもよい。二重鎖部分に加えて、ヘアピン構造は、二重鎖を形成する2つの配列の間に配置されたループ部分を含有してもよい。ループは長さが異なってもよい。一部の態様では、ループは5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、または25ヌクレオチド長である。ある特定の態様では、ループは18ヌクレオチド長である。ヘアピン構造はまた3'および/または5'オーバーハング部分を含有してもよい。一部の態様では、オーバーハングは、0、1、2、3、4、または5ヌクレオチド長の3'および/または5'オーバーハングである。
【0066】
shRNAは、5'隣接領域、siRNA領域セグメント、ループ領域、3'siRNA領域、および3'隣接領域を含有するように設計されたステムループ構造で構成される。ほとんどのRNAi発現戦略では、強力なpolIIIベースのプロモーターによって動かされるショートヘアピンRNA(shRNA)を利用してきた。多くのshRNAがインビトロならびにインビボで標的配列の効果的なノックダウンを証明してきた。しかしながら、標的遺伝子の効果的なノックダウンを証明した一部のshRNAはインビボで毒性を有することも見出された。
【0067】
miRNAは、前駆体ステムループ転写物からプロセシングされた小さな細胞RNA(約22nt)である。関心対象の遺伝子に特異的なRNAi配列を含有するように公知のmiRNAステムループを改変することができる。miRNAは内因的に発現されるので、miRNA分子はshRNA分子よりも好ましい場合がある。従って、miRNA分子はdsRNA応答性インターフェロン経路を誘導する可能性が低く、shRNAよりも効率的にプロセシングされ、80%大きく効果的に発現停止させることが示されている。
【0068】
最近発見された代替アプローチは、RNAiベクターとしての人工miRNA(pri-miRNAスキャフォールドシャトリングsiRNA配列)の使用である。人工miRNAはより天然で内因性RNAi基質に似ており、Pol-II転写(例えば、RNAiの組織特異的発現を可能にする)およびポリシストロニック戦略(例えば、複数のsiRNA配列の送達を可能にする)を受け入れやすい。参照により組み入れられる米国特許第10,093,927号を参照されたい。
【0069】
「shRNA」の転写ユニットは、対になっていないヌクレオチドのループでつながったセンス配列とアンチセンス配列とで構成される。shRNAはエクスポーチン-5によって核から輸送され、細胞質内に入ったらDicerによってプロセシングされて機能的siRNAを生じる。「miRNA」ステムループは、典型的にさらに大きな一次転写物(pri-miRNA)の一部として発現される、対になっていないヌクレオチドのループでつながったセンス配列とアンチセンス配列とで構成され、Drosha-DGCR8複合体によって切除されて、プレmiRNAとして知られる中間体を生じる。その後、この中間体はエクスポーチン-5によって核から輸送され、細胞質内に入ったらDicerによってプロセシングされて機能的siRNAを生じる。本明細書で同義で使用する「人工miRNA」または「人工miRNAシャトルベクター」とは、効果的なDroshaプロセシングに必要なステムループ内の構造エレメントを保持しながら、DroshaおよびDicerプロセシングによって切除された二重鎖ステムループ(少なくとも約9~20ヌクレオチド)の領域が、標的遺伝子に対するsiRNA配列と交換されている1次miRNA転写物を指す。「人工」という用語は、隣接する配列(約35ヌクレオチド上流および約40ヌクレオチド下流)が、siRNAのマルチクローニングサイト内にある制限酵素部位から生じるという事実からきている。本明細書で使用する「miRNA」という用語は、天然miRNA配列ならびに人工的に作られたmiRNAシャトルベクターを両方ともを包含する。
【0070】
siRNAは核酸配列によってコードされてもよく、核酸配列はプロモーターも含んでもよい。核酸配列はまたポリアデニル化シグナルも含んでもよい。一部の態様では、ポリアデニル化シグナルは合成最小ポリアデニル化シグナルまたは6つのTの配列である。
【0071】
RNAiを設計する際には、siRNAの性質、サイレンシング効果の耐久性、および送達系の選択など、考慮に入れる必要があるいくつかの因子がある。RNAi効果を生じさせるために、生物に導入されるsiRNAは典型的にエキソン配列を含有する。さらに、RNAiプロセスは相同性に依存し、そのため、相同であるが、遺伝子特異的でない配列間の交差干渉の可能性を最小にしながら遺伝子特異性を最大にするように配列を注意深く選択しなければならない。好ましくは、siRNAは、siRNAの配列と、阻害しようとする遺伝子の配列との間で80%、85%、90%、95%、98%より大きな、またはさらには100%の同一性を示す。標的遺伝子に対して約80%より小さな同一性の配列は実質的に有効でない。従って、siRNAと、阻害しようとする遺伝子との間の相同性が大きければ大きいほど、関連しない遺伝子の発現が影響を受ける可能性が小さくなる。
【0072】
さらに、siRNAのサイズは重要な考慮すべき事項である。一部の態様では、本発明は、少なくとも約19~25ヌクレオチドを含みかつ遺伝子発現を調整することができるsiRNA分子に関する。本発明の文脈において、siRNAは、好ましくは、500、200、100、50、または25ヌクレオチド長より小さい。より好ましくは、siRNAは約19ヌクレオチド~約25ヌクレオチド長である。
【0073】
siRNA標的は、一般的に、ポリペプチドをコードする領域を含むポリヌクレオチド、あるいは複製、転写、または翻訳、もしくはそのポリペプチドの発現に重要な他のプロセスを調節するポリヌクレオチド領域、あるいはポリペプチドをコードする領域と、そのポリペプチドをコードする領域に機能的に連結された、発現を調節する領域を両方とも含むポリヌクレオチドを意味する。細胞において発現される任意の遺伝子を標的化することができる。好ましくは、標的遺伝子は、疾患にとって重要な、または研究対象として特に関心の高い細胞活性の進行に関与するか、またはこれに関連する遺伝子である。
【0074】
B.ノンコーディングRNA
cDNAクローニングプロジェクトおよびゲノムタイリングアレイにより証明されたようにヒトゲノムの90%超は転写されるが、タンパク質をコードしない。これらの転写産物はノンプロテインコーディングRNA(ncRNA)と呼ばれる。様々なncRNA転写物、例えば、リボソームRNA、トランスファーRNA、競合内因性RNA(competing endogenous RNA)(ceRNA)、低分子核内RNA(snRNA)、および核小体低分子RNA(snoRNA)が細胞機能に不可欠である。同様に、多数の短いncRNA、例えば、マイクロRNA(miRNA)、内因性の短鎖分子干渉RNA(siRNA)、PIWI相互作用RNA(piRNA)、および核小体低分子RNA(snoRNA)も真核細胞において重要な調節上の役割を果たすことが知られている。最近の研究から、細胞タイプ特異的発現を示し、かつ特定の細胞下区画に局在する長鎖ncRNA(lncRNA)転写物の一群が証明されている。lncRNAも細胞の発生および分化の間に重要な役割を果たすことが知られており、このことから、進化過程の間に選択されてきたという考えが裏付けられる。
【0075】
lncRNAは多くの異なる機能を有するように見える。多くの場合、lncRNAは、タンパク質の活性もしくは局在化の調節において役割を果たしているか、または細胞下構造の組織フレームワークとして役立っているように見える。他の場合では、lncRNAは複数の小型RNAを生じるようにプロセシングされるか、または他のRNAがプロセシングされるやり方を調整する可能性がある。公的な研究コンソーシアムGenCode(バージョン#27)によって作成された最新版のデータは、ヒトゲノムにある、ほぼ28,000の転写物を生じる16,000弱のlncRNAを登録している。他のデータベースを含めると40,000超のlncRNAが公知である。
【0076】
興味深いことに、lncRNAは特定のゲノム遺伝子座にある特定の標的タンパク質の発現に影響を及ぼし、タンパク質結合パートナーの活性を調整し、クロマチン修飾複合体を、その作用部位に方向づけることができ、かつ非常に多くの5'キャッピングされた小型RNAを生じるように転写後にプロセシングされる。エピジェネティック経路もlncRNAの発現差異を調節することができる。
【0077】
ますます多くの一連の証拠から、異常に発現されたlncRNAが正常な生理学的プロセスならびに複数の疾患状態において重要な役割を果たすことも示唆されている。lncRNAは、虚血、心臓病、アルツハイマー病、乾癬、および脊髄小脳失調症8型を含む様々な疾患において誤制御される。この誤制御はまた、乳癌、結腸癌、前立腺癌、肝細胞癌、および白血病などの様々なタイプの癌でも示されている。いくつかのlncRNA、例えば、gadd74およびlncRNA-RoR5はサイクリン、サイクリン依存性キナーゼ(CDK)、CDKインヒビター、およびp53などの細胞周期制御因子を調整し、従って、細胞周期進行に融通性とロバストネスのさらなる層をもたらす。さらに、一部のlncRNAは、セントロメアサテライトRNAなどの有糸分裂プロセスと関連付けられており、これはヒトおよびハエにおいて動原体形成に不可欠であり、従って有糸分裂中の染色体分離に重要である。別の核lncRNAであるMA-linclは、その隣接する遺伝子Pura、細胞増殖制御因子の発現を抑制するようにシスで機能することによってM期からの退出を調節する。
【0078】
lncRNAは、拡張されたオープンリーディングフレーム(ORF)を欠く、200ヌクレオチドより大きな(例えば、約200~約1200nt、約2500nt、またはそれ以上の)転写物として一般的に定義されるグループである。「ノンコーディングRNA」(ncRNA)という用語は、lncRNAならびに、例えば、約200nt未満、例えば、約30~200ntのそれより短い転写物を含む。
【0079】
従って、一部の態様では、ncRNAを、例えば、関心対象の特定の脳構造に送達すると、異所性のRNA発現レベルが直されるか、または疾患を引き起こすlncRNAのレベルが調整される。従って、一部の態様では、本発明はrAAVを提供し、ウイルスゲノムは治療用ノンコーディングRNA(ncRNA)をコードするように操作されている。一部の態様では、ncRNAは、約200ヌクレオチド(nt)長またはそれ以上の長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)である。一部の態様では、治療剤は、約25ntまたは約30nt~約200nt長のncRNAである。一部の態様では、lncRNAは約200nt~約1,200nt長である。一部の態様では、lncRNAは、約200nt~約1,100、約1,000、約900、約800、約700、約600、約500、約400、または約300nt長である。
【0080】
C. CRISPRシステム
遺伝子編集は、生細胞内にある標的遺伝子の改変を可能にする技術である。最近、CRISPR細菌免疫系を利用して遺伝子編集を要望に応じて行うことによって、科学者がゲノム編集に取り組むやり方が一変した。CRISPRシステムのCas9タンパク質はRNAガイドDNAエンドヌクレアーゼ(RNA guided DNA endonuclease)であり、そのガイドRNA配列を変えることで、比較的容易に新たな部位を標的とするように操作することができる。この発見によって、配列特異的な遺伝子編集が機能的に有効になった。
【0081】
一般的に、「CRISPRシステム」とは、CRISPR関連(「Cas」)遺伝子の発現に関与するか、またはその活性を誘導する転写物および他のエレメントをひとまとめに指しており、Cas遺伝子をコードする配列、tracr(トランス活性化CRISPR)配列(例えば、tracrRNAまたは活性のある部分的tracrRNA)、tracr-mate配列(内因性CRISPRシステムの文脈では、「ダイレクトリピート」およびtracrRNAによってプロセシングされた部分的なダイレクトリピートを包含する)、ガイド配列(内因性CRISPRシステムの文脈では「スペーサー」とも呼ばれる)、および/またはCRISPR遺伝子座に由来する他の配列および転写物を含む。
【0082】
CRISPR/CasヌクレアーゼまたはCRISPR/Casヌクレアーゼシステムは、DNAに配列特異的に結合するノンコーディングRNA分子(ガイド)RNAと、ヌクレアーゼ機能(例えば、2つのヌクレアーゼドメイン)を有するCasタンパク質(例えば、Cas9)とを含むことができる。CRISPRシステムの1つまたは複数のエレメントは、例えば、化膿性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)などの内因性CRISPRシステムを含む特定の生物に由来する、I型、II型、またはIII型CRISPRシステムに由来してもよい。
【0083】
CRISPRシステムは、本明細書において議論されるように、標的部位で二本鎖切断(DSB)を誘導し、その後に破壊することができる。他の態様では、「ニッカーゼ」とみなされるCas9変種は標的部位の1本鎖に切れ目を入れるのに用いられる。例えば、特異性を改善するために、対になったニッカーゼを使用することができ、ニックが同時に導入されると5'オーバーハングが導入されるように、それぞれのニッカーゼは一対の異なるgRNA標的化配列によって方向付けられる。他の態様では、触媒として不活性なCas9が、遺伝子発現に影響を及ぼすように転写リプレッサー(例えば、KRAB)またはアクチベーターなどの異種エフェクタードメインと融合される。または、触媒として不活性なCas9を含むCRISPRシステムは、リボソーム結合タンパク質と融合された転写リプレッサーまたはアクチベーターをさらに含む。
【0084】
一部の局面では、CasヌクレアーゼおよびgRNA(標的配列に特異的なcrRNAと一定のtracrRNAとの融合を含む)が細胞に導入される。一般的に、gRNAの5'末端にある標的部位は、相補的な塩基対合を用いてCasヌクレアーゼを標的部位、例えば、遺伝子に標的化する。標的部位は、プロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)配列、例えば、典型的にNGGまたはNAGのすぐ5'側の位置にあることに基づいて選択されてもよい。この点に関して、gRNAは、標的DNA配列に対応するようにガイドRNAの最初の20、19、18、17、16、15、14、14、12、11、または10ヌクレオチドを改変することによって望ましい配列に標的化される。一般的に、CRISPRシステムは、標的配列部位でCRISPR複合体の形成を促進するエレメントを特徴とする。典型的に、「標的配列」とは、一般的に、ガイド配列が相補性を有するように設計されている配列を指し、標的配列とガイド配列とのハイブリダイゼーションによってCRISPR複合体の形成が促進される。ハイブリダイゼーションを引き起こし、CRISPR複合体の形成を促進するのに十分な相補性があれば、完全な相補性が必ずしも必要とされるわけではない。
【0085】
標的配列は、任意のポリヌクレオチド、例えば、DNAまたはRNAポリヌクレオチドを含んでもよい。標的配列は細胞の核または細胞質の中に、例えば、細胞の細胞小器官内に位置してもよい。一般的に、標的配列を含む標的遺伝子座への組換えのために使用され得る配列またはテンプレートは、「エディティングテンプレート」または「エディティングポリヌクレオチド」または「エディティング配列」と呼ばれる。一部の局面では、外因性テンプレートポリヌクレオチドはエディティングテンプレートと呼ばれることがある。一部の局面では、組換えは相同組換えである。
【0086】
典型的に、内因性CRISPRシステムの文脈において、(標的配列とハイブリダイズし、1つまたは複数のCasタンパク質と複合体を形成したガイド配列を含む)CRISPR複合体が形成すると、標的配列中に、または標的配列の近くで(例えば、標的配列から1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、20、50の、もしくはそれ以上の塩基対の範囲内で)一方の鎖または両方の鎖が切断される。tracr配列はまた、野生型tracr配列の全てまたは一部(例えば、野生型tracr配列の約20、26、32、45、48、54、63、67、85、もしくはそれ以上の、または約20、26、32、45、48、54、63、67、85、もしくはそれ以上より長いヌクレオチド)を含んでもよく、これからなってもよく、例えば、少なくともtracr配列の一部に沿って、ガイド配列に機能的に連結されているtracr mate配列の全てまたは一部とハイブリダイズすることによって、CRISPR複合体の一部を形成してもよい。tracr配列は、ハイブリダイズし、CRISPR複合体の形成に関与するためにtracr mate配列に対して十分な相補性、例えば、最適にアラインメントされた時にtracr mate配列の長さに沿って少なくとも50%、60%、70%、80%、90%、95%、または99%の配列相補性を有する。
【0087】
CRISPRシステムのエレメントの発現によって1つまたは複数の標的部位においてCRISPR複合体の形成が誘導されるように、CRISPRシステムの1つまたは複数のエレメントの発現を動かす1つまたは複数のベクターを細胞に導入することができる。成分はまたタンパク質および/またはRNAとして細胞に送達することもできる。例えば、Cas酵素、tracr-mate配列に連結されたガイド配列、およびtracr配列を、それぞれ別々のベクター上で別々の調節エレメントに機能的に連結することができる。Cas酵素は、キメラ標的遺伝子ミニ遺伝子として、またはキメラミニ遺伝子トランスアクチベーターの標的遺伝子として、本明細書において開示されるように、調節された選択的スプライシング事象の制御下にある標的遺伝子でもよい。gRNAは構成的プロモーターの制御下にあってもよい。
【0088】
または、同じ、または異なる調節エレメントから発現されるエレメントの2つ以上が1つのベクターの中で組み合わされてもよく、1つまたは複数のさらなるベクターが、第1のベクターに含まれないCRISPRシステムの任意の成分を提供してもよい。ベクターは、制限エンドヌクレアーゼ認識配列(「クローニングサイト」とも呼ばれる)などの1つまたは複数の挿入部位を含んでもよい。一部の態様では、1つまたは複数の挿入部位は、1つまたは複数のベクターの1つまたは複数の配列エレメントの上流および/または下流に配置される。複数の異なるガイド配列が使用される場合、細胞内の複数の、異なる、対応する標的配列にCRISPR活性を標的化するために単一の発現構築物が使用されてもよい。
【0089】
ベクターは、CRISPR酵素、例えば、Casタンパク質をコードする酵素コード配列に機能的に連結されている調節エレメントを含んでもよい。Casタンパク質の非限定的な例には、Cas1、Cas1B、Cas2、Cas3、Cas4、Cas5、Cas6、Cas7、Cas8、Cas9(Csn1およびCsx12とも知られる)、Cas10、Csy1、Csy2、Csy3、Cse1、Cse2、Csc1、Csc2、Csa5、Csn2、Csm2、Csm3、Csm4、Csm5、Csm6、Cmr1、Cmr3、Cmr4、Cmr5、Cmr6、Csb1、Csb2、Csb3、Csx17、Csx14、Csx10、Csx16、CsaX、Csx3、Csx1、Csx15、Csfl、Csf2、Csf3、Csf4、そのホモログ、またはその改変されたバージョンが含まれる。これらの酵素は公知である。例えば、S.ピオゲネス(S.pyogenes)Cas9タンパク質のアミノ酸配列はSwissProtデータベース中にアクセッション番号Q99ZW2で見出され得る。
【0090】
CRISPR酵素はCas9(例えば、S.ピオゲネスまたはS.ニューモニア(S.pneumonia)に由来する)でもよい。CRISPR酵素は、例えば、標的配列の場所で、標的配列内および/または標的配列の相補鎖内で一方の鎖または両方の鎖の切断を誘導することができる。ベクターは、変異されたCRISPR酵素が、標的配列を含有する標的ポリヌクレオチドの一方の鎖または両方の鎖を切断する能力を欠くような、対応する野生型酵素に対して変異されたCRISPR酵素をコードしてもよい。例えば、S.ピオゲネスに由来するCas9のRuvC I触媒ドメインにおけるアスパラギン酸からアラニンへの置換(D10A)によって、Cas9は両鎖を切断するヌクレアーゼからニッカーゼ(一本鎖を切断する)に変換される。一部の態様では、Cas9ニッカーゼは、ガイド配列、例えば、DNA標的のセンス鎖およびアンチセンス鎖を標的とする2つのガイド配列と組み合わせて使用され得る。この組み合わせにより、両鎖に切れ目を入れ、NHEJまたはHDRを誘導するのに使用することが可能になる。
【0091】
一部の態様では、CRISPR酵素をコードする酵素コード配列は、真核細胞などの特定の細胞における発現のためにコドン最適化されている。真核細胞は、特定の生物、例えば、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、または非ヒト霊長類を含むが、これに限定されない哺乳動物の真核細胞でもよく、それらに由来する真核細胞でもよい。一般的に、コドン最適化とは、関心対象の宿主細胞における発現強化のために、天然アミノ酸配列を維持しながら、天然配列の少なくとも1つのコドンを、その宿主細胞の遺伝子において、より頻繁に用いられる、または最も頻繁に用いられるコドンと交換することによって核酸配列を改変するプロセスを指す。様々な種が、特定のアミノ酸のある特定のコドンについて特定のバイアスを示す。コドンバイアス(生物間でのコドン使用頻度の差)はメッセンジャーRNA(mRNA)の翻訳効率と相関することが多く、その結果として、メッセンジャーRNA(mRNA)の翻訳効率は、特に、翻訳されているコドンの特性および特定のトランスファーRNA(tRNA)分子の利用可能性に左右されると考えられている。細胞における、選択されるtRNAの優勢は、一般的に、ペプチド合成において最も頻繁に用いられるコドンの反映である。従って、コドン最適化に基づいて所定の生物において最適に遺伝子発現するように遺伝子を合わせることができる。
【0092】
一般的に、ガイド配列は、標的配列とハイブリダイズし、CRISPR複合体の配列特異的結合を標的配列に方向づけるように標的ポリヌクレオチド配列と十分な相補性を有する任意のポリヌクレオチド配列である。一部の態様では、適切なアラインメントアルゴリズムを用いて最適にアラインメントされた時、ガイド配列と、その対応する標的配列との間の相補性の程度は約50%、60%、75%、80%、85%、90%、95%、97.5%、99%、またはそれ以上であるか、約50%、60%、75%、80%、85%、90%、95%、97.5%、99%、またはそれ以上より大きい。
【0093】
最適アラインメントは、配列をアラインメントするための任意の適切なアルゴリズムを用いて確かめることができる。この非限定的な例には、Smith-Watermanアルゴリズム、Needleman-Wunschアルゴリズム、Burrows-Wheeler Transformに基づくアルゴリズム(例えば、Burrows Wheeler Aligner)、Clustal W、Clustal X、BLAT、Novoalign(Novocraft Technologies, ELAND(Illumina, San Diego, Calif.)、SOAP(soap.genomics.org.cnから入手可能)、およびMaq (maq.sourceforge.netから入手可能)が含まれる。
【0094】
CRISPR酵素は、1つまたは複数の異種タンパク質ドメインを含む融合タンパク質の一部でもよい。CRISPR酵素融合タンパク質は、任意のさらなるタンパク質配列、任意で、任意の2つのドメインの間にリンカー配列を含んでもよい。CRISPR酵素と融合され得るタンパク質ドメインの例には、エピトープタグ、レポーター遺伝子配列、ならびに以下の活性:メチラーゼ活性、デメチラーゼ活性、転写活性化活性、転写抑制活性、転写終止因子(transcription release factor)活性、ヒストン修飾活性、RNA切断活性、および核酸結合活性の1つまたは複数を有するタンパク質ドメインが含まれるが、それに限定されるわけではない。エピトープタグの非限定的な例には、ヒスチジン(His)タグ、V5タグ、FLAGタグ、インフルエンザ血球凝集素(HA)タグ、Mycタグ、VSV-Gタグ、およびチオレドキシン(Trx)タグが含まれる。レポーター遺伝子の例には、グルタチオン-5-トランスフェラーゼ(GST)、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)βガラクトシダーゼ、β-グルクロニダーゼ、ルシフェラーゼ、緑色蛍光タンパク質(GFP)、HcRed、DsRed、シアン蛍光タンパク質(CFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)、および青色蛍光タンパク質(BFP)を含む自己蛍光タンパク質が含まれるが、これに限定されない。CRISPR酵素は、マルトース結合タンパク質(MBP)、S-タグ、Lex A DNA結合ドメイン(DBD)融合、GAL4A DNA結合ドメイン融合、および単純ヘルペスウイルス(HSV)BP16タンパク質融合を含むが、これに限定されない、DNA分子に結合するか、または他の細胞分子に結合するタンパク質またはタンパク質断片をコードする遺伝子配列と融合されてもよい。CRISPR酵素を含む融合タンパク質の一部を形成し得る、さらなるドメインは、参照により本明細書に組み入れられるUS20110059502に記載されている。
【0095】
D.治療用タンパク質
一部の態様は、組換えタンパク質およびポリペプチドの発現に関する。このようなタンパク質は、耳保護タンパク質、例えば、抗アポトーシスタンパク質、抗オキシダント酵素(例えば、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)ファミリーに属するもの)、神経栄養/神経保護因子、抗炎症性タンパク質、または前庭系における有毛細胞再生を促進するタンパク質でもよい。治療用タンパク質は、Birc1a(NAIP)、Birc2(c-IAP1/HIAP-2)、Birc3(cIAP-2/HIAP-1)、Birc4(XIAP)、Birc5(サバイビン)、Birc6(アポロン(apollon))、Birc7(リビン(livin))、Birc8(TsIAP);Bcl-2ファミリーのメンバー:Bcl-2、Bcl-XL、Bcl-w、Mcl-1、Bcl-2L10、BFL-1;Jun相互作用タンパク質(JIP)、JIP-1、JIP-2、JIP-3、JIP-4として知られるc-JunN末端キナーゼ(JNK)の内因性インヒビター;SOD1、SOD2;カタラーゼ;ペルオキシレドキシン-1、ペルオキシレドキシン-2、グルタチオンプレオキシダーゼ(preoxidase)1(Gpx1)、Gpx2、Gpx3、またはGpx4;NGF、BDNF、CNTF、GDNF、増殖/分化因子-15(GDF-15)、エリスロポエチンまたは血管内皮増殖因子(VEGF);インターロイキン-10(IL-10);グルタチオンS-トランスフェラーゼ、アネキシン-1(ANXA1)、NF-κBインヒビター(IκB);USH1、USH1G(別名SANS)、CIB2(calcium and integrin binding protein 2)、ATOH-1、ACTG1、ATP2B2、CDH23(カドヘリン23)、CLDN14、CLRN1、COCH、COL11A2、DFNA5、DFNB31、DFNB59、ESPN、EYA4、GJB2、GJB3、GJB6、KCNQ4、LHFPL5、MT-RNR1、MT-TS1、MYO1A、MYO6、MYO7A(ミオシン7a)、MYO15A、OTOF、PCDH15(プロトカドヘリン15)、PDZD7、POU3F4、SLC26A4、STRC、TECTA、TMC1、TMC2、TMIE、TMPRSS3、TRIOBP、USH1C、VLGR1、WFS1、ACTG1、ADCY1、ATOFfl、ATP6V1B1、BDNF、BDP1、BSND、DATSPER2、CABP2、CD164、CDC14A、CDH23、CEACAM16、CHD7、CCDC50、CIB2、CLDN14、CLIC5、CLPP、CLRNl、COCH、COL2A1、COL4A3、COL4A4、COL4A5、COL9A1、COL9A2、COL11A1、COL11A2、CRYM、DCDC2、DFNA5、DFNB31、DFNB59、DIAPH1、EDN3、EDNRB、ELMOD3、EMOD3、EPS8、EPS8L2、ESPN、ESRRB、EYA1、EYA4、FAM65B、FOXI1、GIPC3、GJB2、GJB3、GJB6、GPR98、GRHL2、GPSM2、GRXCR1、GRXCR2、HARS2、HGF、HOMER2、HSD17B4、ILDR1、KARS、KCNE1、KCNJ10、KCNQ1、KCNQ4、KITLG、LARS2、LHFPL5、LOXHD1、LRTOMT、MARVELD2、MCM2、MET、MIR183、MIRN96、MITF、MSRB3、MT-RNR1、MT-TS1、MYH14、MYH9、MY015A、MYOIA、MY03A、MY06、MY07A、NARS2、NDP、NF2、NT3、OSBPL2、OTOA、OTOF、OTOG、OTOGL、P2RX2、PAX3、PCDH15、PDZD7、PJVK、PNPT1、POLR1D、POLR1C、POU3F4、POU4F3、PRPS1、PTPRQ、RDX、S1PR2、SANS、SEMA3E、SERPINB6、SLC17A8、SLC22A4、SLC26A4、SLC26A5、SIX1、SIX5、SMAC/DIABLO、SNAI2、SOX10、STRC、SYNE4、TBC1D24、TCOF1、TECTA、TIMM8A、TJP2、TNC、TMC1、TMC2、TMIE、TMEM132E、TMPRSS3、TRPN、TRIOBP、TSPEAR、USH1C、USH1G、USH2A、USH2D、VLGRl、WFS1、WHRN、またはXIAPでもよい。さらなる例示的な治療用タンパク質および関連する状態を表Aに列挙した。
【0096】
【表A】
C:蝸牛-聴覚障害
V:前庭系障害
【0097】
さらなる状態および関連する遺伝子欠陥は当技術分野において説明されている。例えば、Kemperman et al., J R Soc Med. 2002 Apr; 95(4): 171-177; Gazquez and Lopez-Escamez, Curr Genomics. 2011 Sep; 12(6): 443-450; Duan et al., Gene Therapy (2004) 11:S51-S56を参照されたい。
【0098】
従って、本願が「改変されたタンパク質」または「改変されたポリペプチド」の機能または活性について言及している時に、これは、例えば、改変されていないタンパク質またはポリペプチドと比べて、さらなる利点を有するタンパク質またはポリペプチドを含むと当業者に理解されるだろう。「改変されたタンパク質」に関する態様は「改変されたポリペプチド」について実施されることがあり、逆もまた同じであると特に意図される。
【0099】
組換えタンパク質はアミノ酸の欠失および/または置換を有することがある。従って、欠失のあるタンパク質、置換のあるタンパク質、および欠失と置換のあるタンパク質は、改変されたタンパク質である。一部の態様では、これらのタンパク質は、挿入または付加されたアミノ酸、例えば、融合タンパク質またはリンカーを有するタンパク質をさらに含むことがある。「改変された欠失タンパク質」は天然タンパク質の1つまたは複数の残基を欠いているが、天然タンパク質の特異性および/または活性を有することがある。「改変された欠失タンパク質」はまた免疫原性または抗原性が低下していることがある。改変された欠失タンパク質の一例は、少なくとも1つの抗原性領域、すなわち、特定の生物、例えば、改変されたタンパク質が投与される生物において抗原性になることが確かめられたタンパク質領域からアミノ酸残基が欠失されたものである。
【0100】
置換変種または交換変種は、典型的には、タンパク質内の1つまたは複数の部位での、あるアミノ酸から別のアミノ酸への交換を含有し、ポリペプチドの1つまたは複数の特性、特に、そのエフェクター機能および/またはバイオアベイラビリティを調整するように設計されることがある。置換は保存的置換でもよく、すなわち、あるアミノ酸が、類似する形状または電荷のアミノ酸と交換され、置換は保存的置換でなくてもよい。保存的置換は当技術分野において周知であり、例えば、アラニン→セリン;アルギニン→リジン;アスパラギン→グルタミンまたはヒスチジン;アスパラギン酸→グルタミン酸;システイン→セリン;グルタミン→アスパラギン;グルタミン酸→アスパラギン酸;グリシン→プロリン;ヒスチジン→アスパラギンまたはグルタミン;イソロイシン→ロイシンまたはバリン;ロイシン→バリンまたはイソロイシン;リジン→アルギニン;メチオニン→ロイシンまたはイソロイシン;フェニルアラニン→チロシン、ロイシン、またはメチオニン;セリン→スレオニン;スレオニン→セリン;トリプトファン→チロシン;チロシン→トリプトファンまたはフェニルアラニン;およびバリン→イソロイシンまたはロイシンの交換を含む。
【0101】
欠失または置換に加えて、改変されたタンパク質は残基の挿入を有することがあり、残基の挿入は、典型的には、ポリペプチドへの少なくとも1つの残基の付加を伴う。これは、標的化ペプチドまたはポリペプチドの挿入を含んでもよく、単に、1個の残基の挿入を含んでもよい。融合タンパク質と呼ばれる末端付加を下記で議論する。
【0102】
「生物学的に機能する等価物」という用語は当技術分野においてよく理解されており、さらに本明細書において詳細に定義される。従って、タンパク質の生物学的活性が維持されるのであれば、対照ポリペプチドのアミノ酸と同一の、または機能的に等価な、約70%~約80%のアミノ酸を有する配列、または約81%~約90%のアミノ酸を有する配列、または約91%~約99%のアミノ酸を有する配列さえ含まれる。組換えタンパク質は、ある特定の局面では、その天然対応物に生物学的に機能的に等価なものでもよい。
【0103】
アミノ酸配列および核酸配列は、タンパク質発現と関係がある生物学的タンパク質活性の維持を含む、上記で示した判断基準を満たす限り、さらなる残基、例えば、さらなるN末端アミノ酸もしくはC末端アミノ酸または5'配列もしくは3'配列を含んでもよいが、依然として、本明細書において開示される配列の1つに本質的に示されるようなものであることも理解される。末端配列の付加は、特に、例えば、コード領域の5'部分もしくは3'部分に隣接する様々な非コード配列を含み得るか、または様々な内部配列、すなわち、遺伝子の内部にあることが知られているイントロンを含み得る核酸配列に適用される。
【0104】
本明細書で使用する、タンパク質またはペプチドは、一般的に、遺伝子から翻訳される、約200アミノ酸超から完全長配列までのタンパク質;約100アミノ酸超のポリペプチド;および/または約3~約100アミノ酸のペプチドを指すが、これに限定されない。便宜的に、「タンパク質」、「ポリペプチド」、および「ペプチドという用語は本明細書中で同義で用いられる。
【0105】
本明細書で使用する「アミノ酸残基」は、当技術分野において公知の任意の天然アミノ酸、任意のアミノ酸誘導体、または任意のアミノ酸模倣物を指す。ある特定の態様では、タンパク質またはペプチドの残基は連続しており、アミノ酸残基配列を非アミノ酸は中断しない。他の態様では、この配列は1つまたは複数の非アミノ酸部分を含むことがある。特定の態様では、タンパク質またはペプチドの残基の配列は1つまたは複数の非アミノ酸部分によって中断されることがある。
【0106】
従って、「タンパク質またはペプチド」という用語は、天然のタンパク質に見出される20種類の一般アミノ酸のうちの少なくとも1つ、または少なくとも1つの修飾アミノ酸もしくは珍しいアミノ酸を含むアミノ酸配列を含む。
【0107】
本発明のある特定の態様は融合タンパク質に関する。これらの分子は、治療用タンパク質のN末端またはC末端が異種ドメインに連結されていてもよい。例えば、融合はまた、異種宿主でのタンパク質の組換え発現を可能にするために他の種に由来するリーダー配列も使用することがある。別の有用な融合には、タンパク質アフィニティタグ、例えば、血清アルブミンアフィニティタグもしくは6つのヒスチジン残基、または免疫学的に活性なドメイン、例えば、抗体エピトープ、好ましくは、融合タンパク質精製を容易にするために切断可能な抗体エピトープの付加が含まれる。非限定的なアフィニティタグには、ポリヒスチジン、キチン結合タンパク質(CBP)、マルトース結合タンパク質(MBP)、およびグルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)が含まれる。
【0108】
融合タンパク質を作製する方法は当業者に周知である。このようなタンパク質は、例えば、完全融合タンパク質の新規合成によって、または異種ドメインをコードするDNA配列を取り付け、その後にインタクトな融合タンパク質を発現させることによって産生することができる。
【0109】
親タンパク質の機能活性を回復する融合タンパク質の産生は、直列に接続されているポリペプチド間でスプライスされるペプチドリンカーをコードする架橋DNAセグメントを用いて遺伝子をつなげることによって容易になる場合がある。リンカーは、結果として生じる融合タンパク質の正しいフォールディングを可能にするのに十分な長さのリンカーであろう。
【0110】
トランスジーンの発現はトランスジーンの天然プロモーター(すなわち、トランスジェニックコード配列と一緒に天然で見出されるプロモーター)によって誘導されてもよく、トランスジーンの発現は異種プロモーター(例えば、CMVプロモーター、Espinプロモーター、PCDH15プロモーター、PTPRQプロモーター、およびTMHS(LHFPL5)プロモーター)によって誘導されてもよい。例えば、任意の本明細書に記載のトランスジーンを、その天然プロモーターと共に使用することができる。または、任意の本明細書に記載のトランスジーンを異種プロモーターと共に使用することができる。本明細書で使用する異種プロモーターとは、その配列の発現を天然で誘導しない(すなわち、天然で、その配列と共に見出されない)プロモーターを指す。本明細書において示される任意のトランスジーンの発現を誘導するのに使用することができる代表的な異種プロモーターには、例えば、CMVプロモーター、CBAプロモーター、CASIプロモーター、Pプロモーター、およびEF-1プロモーター、α9ニコチン性受容体プロモーター、プレスチン(prestin)プロモーター、Gfilプロモーター、およびVglut3プロモーターが含まれる。さらに、上記のトランスジーンの1つの発現を天然で誘導するプロモーター(例えば、KCNQ4プロモーター、Myo7aプロモーター、Myo6プロモーター、またはAtohlプロモーター)を、トランスジーンの発現を誘導するための異種プロモーターとして使用することができる。他の態様では、前記プロモーターは、Espinプロモーター、PCDH15プロモーター、PTPRQプロモーター、およびTMHS(LHFPL5)プロモーターである。
【0111】
III.処置および投与の方法
ウイルスベクターは、一部の局面では、(インビボで)患者に直接投与されてもよく、またはインビトロもしくはエクスビボで細胞を処理し、次いで、患者に投与するのに使用することができる。特に、内耳の細胞においてトランスジーンの発現を誘導するための方法が本明細書において提供される。一部の態様では、前記細胞は蝸牛または前庭系の有毛細胞である。一部の態様では、前記細胞は蝸牛の内有毛細胞または蝸牛の外有毛細胞である。これらの態様の一部において、対象は聴覚障害を有し、トランスジーンは治療的有効量で送達される。一部の態様では、AAVベクターは内耳の細胞の少なくとも約70%に形質導入する。AVVは、少なくとも約70%、80%、90%、95%、またはそれ以上の効率で、さらには100%の効率と大きく内有毛細胞および外有毛細胞を標的とする。一部の態様では、前記細胞は、前庭系の細胞、例えば、卵形嚢の有毛細胞、または外側半規管膨大部にある細胞、または頂にある有毛細胞である。一部の態様では、前記細胞は前庭系の細胞であり、対象は前庭系の障害を有し、トランスジーンは治療的有効量で送達される。
【0112】
蝸牛には2つのタイプの有毛細胞がある。内有毛細胞(IHC)は、音の振動の機械的刺激を、I型らせん神経節ニューロンによって脳に伝達される神経信号に変換する。外有毛細胞(OHC)は、十分に明らかにされていないII型ニューロンにしかつながっていない。これらの主な機能は、音によって生じる振動を周波数特異的に60デシベル(dB)と大きく増幅することであり、周波数の区別に不可欠である(音声認識において重要である)。有毛細胞機能に影響を及ぼすことが知られている、ほとんどの聴覚消失遺伝子は両方の細胞タイプにおいて発現しており、そのため、一般的に、有用な遺伝子療法戦略はIHCとOHCを両方とも標的としなければならない。前庭系、例えば、半規管(水平、前、および後)または2つの耳石器(球形嚢および卵形嚢)にある有毛細胞を含む細胞は、我々の平衡感覚に、および眼球運動を調和させるのに不可欠である。これらの細胞は遺伝性難聴において冒されていることが多く、そのため、遺伝子療法は、これらも標的としなければならない。
【0113】
「ベクター」という用語は、小さなキャリア核酸分子、プラスミド、ウイルス(例えば、AAVベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター)、または核酸の挿入もしくは組み込みによって操作することができる他のビヒクルを指す。ウイルスベクターなどのベクターは、その中にある核酸配列が転写され、もし核酸配列がタンパク質をコードしていれば、その後に細胞によって翻訳されるように、核酸配列を細胞に導入/移入するのに使用することができる。
【0114】
これらの組成物は、難聴または前庭機能不全に関連する状態を処置するのに使用することができ、状態は遺伝子欠陥によって引き起こされるか、または遺伝子療法によって寛解される。従って、一部の態様では、本明細書に記載の方法は、表Aにある対応する配列表を用いて、表Aに列挙した状態を、処置を必要とする対象において処置するのに用いられる。例には、ある特定の種類のアッシャー症候群(失明および一部の種類では前庭機能不全に関連する聴覚消失)が含まれる。
【0115】
一例では、難聴は老人性難聴である。別の例では、難聴は高周波数難聴である。高音域難聴は2kHz以上で起こる。さらに別の例では、難聴は、聴器毒性、雑音によって誘発される難聴、内耳のウイルス感染、自己免疫性内耳疾患、遺伝的難聴、内耳気圧障害;身体的外傷、もしくは外科的外傷;または炎症によるものである。聴器毒性は、癌に罹患している対象のシスプラチン処置に起因する。一例では、遺伝性難聴は、アッシャーI症候群、アッシャーII症候群、またはアッシャーIII症候群である。一例では、平衡障害は、高齢の対象において起こる。別の例では、前庭機能障害は前庭器官の変性の結果である。前庭器官の再生は、聴器毒性、内耳のウイルス感染、自己免疫性内耳疾患、遺伝的前庭喪失、内耳気圧障害;または身体的外傷、もしくは外科的外傷によるものである。
【0116】
例えば、遺伝子に基づく難聴は、蝸牛インプラント以外の治療選択肢がほとんどない重大な問題である。遺伝性聴覚問題は1つの遺伝子欠陥に起因することが多い。言語修得前難聴は1/500の乳児で診断され、このうち約50%が遺伝的病因を有する。アッシャー症候群は、それぞれが多数の異なる遺伝子のいずれかにある変異によって引き起こされ得る多数の異なる臨床サブタイプと関連付けられ、早期の幼児期難聴の3~6%の原因である。全ての遺伝的難聴の1~2%と見積もられている優勢な遺伝子欠陥の1つがTMC1遺伝子に生じる。アッシャー症候群は症状の重篤度に従って3つの臨床サブタイプ(USH-1、-2、および-3)に分類される。USH1は最も重度の形態である。USH1に冒された患者は、先天両側性重度感音性難聴(congenital bilateral profound sensorineural hearing loss)、前庭反応消失(vestibular areflexia)、および思春期前網膜色素変性症(網膜の杆体および錐体機能の進行性、両側性、対称性の変性)に罹患する。蝸牛インプラントが取り付けられていない限り、個体は典型的に言語能力を発達しない。現在、アッシャー患者に対する生物学的処置は存在しないが、欠損遺伝子の野生型を早期に再導入することで疾患の逆転が可能になるかもしれない。
【0117】
アッシャー症候群の最も重篤な種類であるUSH1は、6つの遺伝子:USH1、MY07A(ミオシン7a)、USH1C(ハルモニン(harmonin))、CDH23(カドヘリン23)、PCDH15(プロトカドヘリン15)、SANS(sans; USHIGとも知られる)、およびCIB2(calcium and integrin binding protein 2)における欠陥に関連する。これらの遺伝子は、内耳における毛束(hair bundle)形態形成に関与し、インタラクトームの一部であるタンパク質をコードする(例えば、Mathur & Yang, 2015, Biochim. Biophys. Acta, 1852:406-20を参照されたい)。ハルモニンはUSH1インタラクトームの中心に存在し、他のUsher1タンパク質に結合する。そのPDZ(PSD-5995/Dlg/ZO-l)相互作用ドメインのためにハルモニンはスキャフォールディングタンパク質として機能すると提唱されてきた。インビトロ結合研究から、他の全ての公知のUSH1タンパク質はハルモニンのPDZドメインに結合し、同様に、USH2タンパク質のうちの2つ、アシェリン(usherin)およびVLGRlも結合することが分かっている。USHI C遺伝子は28のエキソンからなり、タンパク質のドメイン組成に応じて3つの異なるサブクラス(a、b、およびc)にグループ分けされるハルモニンの10種類の選択的スプライス形態をコードする。3つのアイソフォームは、PDZタンパク質間相互作用ドメイン、コイルドコイル(CC)ドメイン、およびプロリン-セリン-スレオニン(PST)リッチドメインの数の点で異なる。USH1タンパク質は、多数の細胞外連結で相互に接続した何百もの不動毛で構成される機械感覚毛束にある有毛細胞の頂端に局在する。カドヘリン23およびプロトカドヘリン15は、Usher遺伝子(それぞれ、USHI DおよびUSH1 E)の産物であり、不動毛の遠位端に位置する先端部連結を形成する。ハルモニン-bはCDH23、PCDH15、F-アクチン、およびそれ自体と結合する。ハルモニン-bは、有毛細胞にある先端部連結の挿入点近くにある不動毛の先端に見出され、ここで、有毛細胞における伝達および順応において機能的な役割を果たすと考えられている。ハルモニン-bは出生後の初期段階に発現されるが、その発現は、蝸牛と前庭の両方で、およそ生後30日目(P30)に減少する。ハルモニン-aもカドヘリン23に結合し、不動毛に見出される。最近の報告から、シナプスにおけるハルモニン-aのさらなる役割が明らかになり、シナプスにおいてハルモニン-aはCavl.3 Ca2+チャンネルと結合してユビキチン依存性経路を介してチャンネルの利用可能性を制限する。
【0118】
アッシャー症候群のいくつかのマウスモデルが過去10年にわたって特定または操作されており、このうちの7つがハルモニンに影響を及ぼす。これらのうち、たった1つのモデル、Ushlc c.216G>Aモデルが、ヒトアッシャー症候群を特徴付ける聴覚欠陥と網膜欠陥を両方とも再現する。Ushlc c.216G>Aは、フランス-アカディアUSHI C患者コホートにおいて見出されるものと類似する点変異により、全ての従来のハルモニンアイソフォームの発現に影響を及ぼすノックインマウスモデルである。この変異によって、Ushlc遺伝子のエキソン3の末端に隠れたスプライス部位が導入される。この隠れたスプライス部位の使用によって、35bp欠失のあるフレームシフトした転写物が生じ、PDZ、PST、およびCCドメインを欠く著しく切断されたタンパク質が翻訳される。ホモ接合性C.216AAノックインマウスは1月齢で重度難聴に罹患するのに対して、ヘテロ接合性C.216GAマウスは異常表現型を全く呈しない。C.21 AAマウスにおける蝸牛組織学は、P30の中回転および底回転において無秩序な毛束、異常な細胞列、および内有毛細胞と外有毛細胞の喪失を示す。
【0119】
TMC1では聴覚消失を引き起こす40を超える異なる変異が特定されている。これらは35の劣性変異と5つの優性変異とにさらに分けられる。劣性変異ほほとんどが重度の先天性難聴(例えば、DFNB7/11)を引き起こすが、いくつかは遅発型の中程度から重度の難聴を引き起こす。優性変異の全てが、10代半ばで発症する進行性難聴(例えば、DFNA36)を引き起こす。特に、本明細書に記載のAnc80キャプシドタンパク質を含むAAVベクターを用いて、非変異(例えば、野生型)TMC1配列またはTMC2配列を送達し、それによって、難聴(例えば、さらなる難聴)を予防する、および/または聴覚機能を回復することができる。
【0120】
蝸牛への治療的遺伝子導入は、加齢性難聴および環境により誘発される難聴から遺伝型聴覚消失に及ぶ現行の標準治療をさらにより良いものにするとみなされてきた。300を超える遺伝子座が遺伝性難聴と関連付けられており、70を超える原因遺伝子が述べられている(Parker & Bitner-Glindzicz, 2015, Arch. Dis. Childhood, 100:271-8)。これらのアプローチにおける治療上の成功は、蝸牛のコルチ器官(OC)にある関連する治療細胞標的への外因性遺伝子構築物の安全かつ効率的な送達に大きく頼る。OCは、2種類の感覚有毛細胞:音によって運ばれる機械的情報を、ニューロン構造に伝達される電気信号に変換するIHCと、複雑な聴覚機能に必要なプロセスである蝸牛応答を増幅および調整するのに役立つOHCとを含む。内耳にある他の潜在的な標的には、らせん神経節ニューロン、隣接する蓋膜の維持に重要な、らせん板縁の円柱細胞、または保護機能を有し、初期の新生児段階まで有毛細胞に分化転換するように誘発することができる支持細胞、が含まれる。
【0121】
本明細書で使用する、内耳細胞とは、内有毛細胞(IHC)、外有毛細胞(OHC)、らせん神経節ニューロン、血管条、前庭有毛細胞、前庭神経節ニューロン、および支持細胞を指すが、それに限定されるわけではない。支持細胞とは、興奮性でない、耳にある細胞、例えば、有毛細胞でもニューロンでもない細胞を指す。支持細胞の一例はシュワン細胞である。
【0122】
本明細書に記載の方法または使用によって、任意の適切な細胞または哺乳動物を投与または処置することができる。典型的に、本明細書に記載の方法を必要とする哺乳動物は、疾患状態に関連する異常な、または異所性のタンパク質を有するか、または発現すると疑われる。または、哺乳動物レシピエントは、遺伝子置換療法を受け入れる状態を有してもよい。本明細書で使用する「遺伝子置換療法」とは、インサイチューで、治療剤をコードする外因性遺伝物質をレシピエントに投与し、その後で、投与された遺伝物質を発現させることを指す。従って、「遺伝子置換療法を受け入れる状態」という句は、状態、例えば、遺伝病(すなわち、1つまたは複数の遺伝子欠陥に起因する疾患状態)および後天性の病態(すなわち、先天性の欠陥に起因しない病理学的状態)を包含する。従って、本明細書で使用する「治療剤」という用語は、哺乳動物レシピエントに対して有益な効果を有する任意の薬剤または材料を指す。従って、「治療剤」は、核酸またはタンパク質成分を有する治療分子および予防分子の両方を包含する。
【0123】
哺乳動物の非限定的な例には、ヒト、非ヒト霊長類(例えば、類人猿、ギボン、チンパンジー、オランウータン、サル、マカクなど)、家畜(domestic animal)(例えば、イヌおよびネコ)、家畜(farm animal)(例えば、ウマ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、ブタ)、ならびに実験動物(例えば、マウス、ラット、ウサギ、モルモット)が含まれる。ある特定の態様では、哺乳動物はヒトである。ある特定の態様では、哺乳動物は、非げっ歯類哺乳動物(例えば、ヒト、ブタ、ヤギ、ヒツジ、ウマ、イヌなど)である。ある特定の態様では、非げっ歯類哺乳動物はヒトである。哺乳動物は任意の年齢でよく、任意の発達段階でよい(例えば、成人、10代、小児、乳児、または子宮内の哺乳動物)。哺乳動物は雄でもよく雌でもよい。ある特定の態様では、哺乳動物は、動物疾患モデル、例えば、疾患状態に関連する異常な、もしくは異所性のタンパク質を有するか、もしくは発現する動物モデル、または疾患状態を引き起こす、不十分なタンパク質発現を有する動物モデルでもよい。
【0124】
本明細書に記載の方法または組成物によって処置される哺乳動物(対象)には成人(18歳以上)および小児(18歳未満)が含まれる。成人には老人が含まれる。代表的な成人は50歳以上である。小児の年齢は1~2歳、または2~4歳、4~6歳、6~18歳、8~10歳、10~12歳、12~15歳、および15~18歳である。小児には乳児も含まれる。乳児は典型的には1~12月齢である。
【0125】
ある特定の態様では、方法は、本明細書において示されたように、複数のウイルス粒子を哺乳動物に投与する工程を含み、神経変性疾患などの疾患状態の1つまたは複数の症状の重篤度、頻度、進行、または発症時間が減らされるか、低減されるか、阻止されるか、阻害されるか、または遅延される。ある特定の態様では、方法は、神経変性疾患などの疾患状態の有害な症状を処置するために、複数のウイルス粒子を哺乳動物に投与する工程を含む。ある特定の態様では、方法は、神経変性疾患などの疾患状態を安定化するために、遅延するために、またはその悪化もしくは進行を阻止するために、あるいはその有害な症状を逆転させるために、複数のウイルス粒子を哺乳動物に投与する工程を含む。
【0126】
ある特定の態様では、方法は、本明細書において示されたように、複数のウイルス粒子を哺乳動物の中枢神経系またはその一部に投与する工程を含み、神経変性疾患などの疾患状態の1つまたは複数の症状の重篤度、頻度、進行、または発症時間が減らされるか、低減されるか、阻止されるか、阻害されるか、または少なくとも約5~約10日、約10~約25日、約25~約50日、もしくは約50~約100日遅延される。
【0127】
一部の態様では、トランスジーンを含有するか、または1つもしくは複数のセットの異なるウイルス粒子を含有する治療的有効な数のウイルス粒子を含む組成物を送達することができ、セットにある各粒子は同じタイプのトランスジーンを含有してもよいが、それぞれのセットの粒子は、本明細書に記載のように他のセットと異なるタイプのトランスジーンを含有する。
【0128】
本発明に従う製剤は、実質内、脳内、脳室内(intravetricular cerebral)(ICV)、くも膜下腔内(例えば、IT-腰椎、IT-胸部、IT-大槽)投与、ならびにCNSおよび/またはCSFに直接的または間接的に注射するための他の任意の技法および経路を含むが、これに限定されない様々な技法および経路を介してCNS送達のために使用することができる。
【0129】
一部の態様では、製剤は、処置を必要とする対象の脳脊髄液(CSF)に投与することによってCNSに送達される。一部の態様では、CSFにウイルス粒子を送達するためにくも膜下腔内送達が用いられる。本明細書で使用する、くも膜下腔内投与(くも膜下腔内注射とも呼ばれる)とは、脊柱管(脊髄を取り囲むくも膜下腔内空間)への注射を指す。頭蓋穿孔を通じた側脳室注射または大槽穿刺もしくは腰椎穿刺などを含むが、それに限定されるわけではない様々な技法が使用され得る。例示的な方法は、Lazorthes et al. Advances in Drug Delivery Systems and Applications in Neurosurgery, 143-192、およびOmaya et al., Cancer Drug Delivery, 1: 169-179に記載されており、これらの内容は参照により本明細書に組み入れられる。
【0130】
本発明によれば、ウイルス粒子を、脊柱管を取り囲む任意の領域に注射することができる。一部の態様では、ウイルス粒子は腰椎部もしくは大槽に注射されるか、または脳室空間に脳室内注射される。本明細書で使用する「腰椎領域」または「腰椎部位」という用語は、第3腰椎と第4腰椎(下背)の間にある部位、より包括的には脊椎のL2-S1領域を指す。典型的に、腰椎領域または腰椎(lumber)部位を介したくも膜下腔内注射は「腰椎IT送達」または「腰椎IT投与」とも呼ばれる。「大槽」という用語は、頭蓋と脊椎の上部の間にある開口部を通る、小脳を取り囲み、かつ小脳の下にある空間を指す。典型的に、大槽を通る、くも膜下腔内注射は「大槽送達」とも呼ばれる。「脳室」という用語は、脊髄の中心管と連続している脳内の空洞を指す。従って、くも膜下腔内送達は中心管への任意の注入を含む。典型的に、脳室空洞を通る注射は脳室内(ICV)送達と呼ばれる。
【0131】
本発明に従う、くも膜下腔内送達のために様々な装置が使用され得る。一部の態様では、くも膜下腔内投与のための装置は、流体アクセスポート(例えば、注射ポート);流体アクセスポートと流体連通している第1のフローオリフィスと、脊髄に挿入するように構成されている第2のフローオリフィスとを有する中空の本体(例えば、カテーテル);および脊髄への中空の本体の挿入を固定するための固定機構を備える。様々な態様では、流体アクセスポートはリザーバを備える。一部の態様では、流体アクセスポートは機械式ポンプ(例えば、注入ポンプ)を備える。一部の態様では、移植されたカテーテルはリザーバ(例えば、ボーラス送達用)または注入ポンプのいずれかに接続される。流体アクセスポートは移植されてもよく、外付けでもよい。
【0132】
一部の態様では、くも膜下腔内投与は腰椎穿刺(すなわち、スローボーラス)によって行われてもよく、ポート-カテーテル送達システム(すなわち、注入またはボーラス)を介して行われてもよい。一部の態様では、カテーテルは、腰椎の椎弓板の間に挿入され、先端は包膜空間を上って望ましいレベル(一般的にL3~L4)まで通される。
【0133】
くも膜下腔内投与に適した単一用量体積は典型的に少量である。典型的に、本発明に従う、くも膜下腔内送達はCSFの組成の平衡ならびに対象の頭蓋内圧力を維持する。一部の態様では、くも膜下腔内送達は、対象からのCSFの対応する除去なしで行われる。一部の態様では、適切な単一用量体積は、例えば、約10ml、8ml、6ml、5ml、4ml、3ml、2ml、1.5ml、1ml、または0.5mlより少なくてもよい。一部の態様では、適切な単一用量体積は、約0.5~5ml、0.5~4ml、0.5~3ml、0.5~2ml、0.5~1ml、1~3ml、1~5ml、1.5~3ml、1~4ml、または0.5~1.5mlでもよい。一部の態様では、本発明に従う、くも膜下腔内送達は、最初に、望ましい量のCSFを除去する工程を伴う。一部の態様では、IT投与前に約10ml未満(例えば、約9ml、8ml、7ml、6ml、5ml、4ml、3ml、2ml、1mlより少ない)のCSFが最初に除去される。これらの場合、適切な単一用量体積は、例えば、約3ml、4ml、5ml、6ml、7ml、8ml、9ml、10ml、15ml、または20mlより多くてもよい。
【0134】
治療用組成物のくも膜下腔内投与を引き起こすために様々な他の装置が使用され得る。例えば、望ましい酵素を含有する製剤は、髄膜癌腫症用の薬物を、くも膜下腔内投与するのに一般的に用いられるOmmayaリザーバを用いて与えられ得る(Lancet 2: 983-84, 1963)。より具体的に言えば、この方法では、前角に形成された穴を通じて脳室チューブが挿入され、頭皮下に設置されたOmmayaリザーバに接続され、リザーバは、リザーバに注入された、交換されている特定の酵素を、くも膜下腔内送達するために皮下穿刺される。治療用組成物または製剤を個体にくも膜下腔内送達するための他の装置は、参照により本明細書に組み入れられる米国特許第6,217,552号に記載されている。または、ウイルス粒子は、例えば、単回注射または連続注入によって、くも膜下腔内に与えられてもよい。投薬処置は単一用量投与の形をとってもよく、複数用量の形をとってもよいことが理解されるはずである。
【0135】
本発明の一態様では、ウイルス粒子は対象の脳への側脳室注射によって投与される。注射は、例えば、対象の頭蓋に作られた頭蓋穿孔を通じてなされてもよい。別の態様では、ウイルス粒子および/または他の薬学的製剤は、外科的に挿入されたシャントを通じて対象の脳室に投与される。例えば、注射は、より大きな側脳室になされてもよい。一部の態様では、より小さな第3脳室および第4脳室への注射もなされてもよい。さらに別の態様では、本発明において用いられる薬学的組成物は大槽、または対象の腰椎部位への注射によって投与される。
【0136】
IV.薬学的組成物
本明細書で使用する「薬学的に許容される」および「生理学的に許容される」という用語は、投与、インビボ送達、または接触の1つまたは複数の経路に適した、生物学的に許容される組成物、製剤、液体、もしくは固体、またはその混合物を意味する。「薬学的に許容される」または「生理学的に許容される」組成物は、生物学的に望ましくないことはない、または他の点で望ましくないことはない材料であり、例えば、この材料は、実質的な望ましくない生物学的効果を引き起こすことなく対象に投与され得る。このような組成物、「薬学的に許容される」および「生理学的に許容される」製剤および組成物は無菌でもよい。このような薬学的な製剤および組成物は、例えば、ウイルス粒子を対象に投与する際に使用され得る。
【0137】
このような製剤および組成物は、薬学的投与またはインビボ接触もしくは送達と適合する、溶媒(水性または非水性)、溶液(水性または非水性)、エマルジョン(例えば、水中油型または油中水型)、懸濁液、シロップ、エリキシル剤、分散液および懸濁液の培地、コーティング、等張剤ならびに吸収促進剤または遅延剤を含む。水性のおよび非水性の溶媒、溶液、および懸濁液は懸濁剤および増粘剤を含んでもよい。補助的な活性化合物(例えば、防腐剤、抗菌剤、抗ウイルス剤、および抗真菌剤)も製剤および組成物に組み入れることができる。
【0138】
薬学的組成物は、典型的に、薬学的に許容される賦形剤を含有する。このような賦形剤には、それ自体では、組成物が与えられている個体に有害な抗体の産生を誘導せず、過度の毒性なく投与され得る任意の薬学的薬剤が含まれる。薬学的に許容される賦形剤には、ソルビトール、Tween80、ならびに液体、例えば、水、食塩水、グリセロール、およびエタノールが含まれるが、これに限定されない。薬学的に許容される塩、例えば、鉱酸の塩、例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、リン酸塩、硫酸塩など;および有機酸の塩、例えば、酢酸塩、プロピオン酸塩、マロン酸塩、安息香酸塩などが、その中に含まれてもよい。さらに、このようなビヒクルに、補助的な物質、例えば、界面活性剤、湿潤剤または乳化剤、pH緩衝化物質などが存在してもよい。
【0139】
薬学的組成物は、本明細書において示されるように、または当業者に公知のように特定の投与経路または送達経路と適合するように処方することができる。従って、薬学的組成物は、様々な経路による投与または送達に適した担体、希釈剤、または賦形剤を含む。
【0140】
ウイルス粒子の注射または注入に適した薬学的形態には、滅菌した注射用もしくは注入用の溶液もしくは分散液の即時調製に合わせられた、任意で、リポソームの中にカプセル化された、滅菌した水溶液もしくは分散液が含まれ得る。全ての場合において、最終的な形態は無菌の液体であり、製造、使用、および保管の条件下で安定していなければならない。液体担体またはビヒクルは、例えば、水、エタノール、ポリオール(例えば、グリセロール、プロピレングリコール、液体ポリエチレングリコールなど)、植物油、無毒のグリセリルエステル、およびその適切な混合物を含む、溶媒または液体分散媒でもよい。例えば、リポソームを形成することによって、分散液の場合には必要な粒子サイズを維持することによって、または界面活性剤を用いることによって、適当な流動性を維持することができる。等張性薬剤、例えば、糖、緩衝液、または塩(例えば、塩化ナトリウム)を含めることができる。注射用組成物の長期吸収は、組成物中に、吸収遅延剤、例えば、モノステアリン酸アルミニウムおよびゼラチンを使用することによって可能になる。
【0141】
ウイルス粒子の溶液または懸濁液は、任意で、以下の成分:滅菌した希釈剤、例えば、注射用水、食塩水、例えば、リン酸緩衝食塩水(PBS)、人工CSF、界面活性剤、不揮発性油、ポリオール(例えば、グリセロール、プロピレングリコール、および液体ポリエチレングリコールなど)、グリセリン、または他の合成溶媒;抗菌剤および抗真菌剤、例えば、パラベン、クロロブタノール、フェノール、アスコルビン酸など;抗酸化物質、例えば、アスコルビン酸または重亜硫酸ナトリウム;キレート剤、例えば、エチレンジアミン四酢酸;緩衝液、例えば、酢酸塩、クエン酸塩、またはリン酸塩、および張性を調整するための薬剤、例えば、塩化ナトリウムまたはデキストロースの1つまたは複数を含んでもよい。
【0142】
本発明の組成物、方法、および使用に適した薬学的な製剤、組成物、および送達系は当技術分野において公知である(例えば、Remington: The Science and Practice of Pharmacy (2003) 20th ed., Mack Publishing Co., Easton, PA; Remington’s Pharmaceutical Sciences (1990) 18th ed., Mack Publishing Co., Easton, PA; The Merck Index (1996) 12th ed., Merck Publishing Group, Whitehouse, NJ; Pharmaceutical Principles of Solid Dosage Forms (1993), Technonic Publishing Co., Inc., Lancaster, Pa.; Ansel and Stoklosa, Pharmaceutical Calculations (2001) 11th ed., Lippincott Williams & Wilkins, Baltimore, MD;およびPoznansky et al., Drug Delivery Systems (1980), R. L. Juliano, ed., Oxford, N.Y., pp. 253-315を参照されたい)。
【0143】
ウイルス粒子およびその組成物は投与の容易さおよび投与量の均一性のために単位剤形の形で処方されてもよい。本明細書で使用する単位剤形とは、処置しようとする個体に対する単位投与量として適した物理的に別個の単位を指す。それぞれの単位は、必要とされる薬学的担体と共同して、望ましい治療効果を生じるように計算された予め決められた量の活性化合物を含有する。単位剤形は、望ましい効果を生じるのに必要だと考えられるウイルス粒子の数に左右される。必要な量は単一用量で処方されてもよく、複数の投与量単位で処方されてもよい。用量は、任意で抗炎症剤と組み合わされて適切なウイルス粒子濃度に調整され、使用のために包装されてもよい。
【0144】
一態様では、薬学的組成物は、治療的有効量、すなわち、問題になっている疾患状態の症状もしくは副作用を低減するか、もしくは寛解させるのに十分な量、または望ましい利益を付与するのに十分な量を提供するのに十分な遺伝物質を含む。
【0145】
本明細書で使用する「単位剤形」とは、単位投与量として、処置しようとする対象に適した物理的に別個の単位を指す。各単位は、1つまたは複数の用量において投与される時に、望ましい効果(例えば、予防効果または治療効果)を生じるように計算された予め決められた量を、任意で、薬学的担体(賦形剤、希釈剤、ビヒクル、または充填剤)と共同して含有する。単位剤形は、例えば、アンプルおよびバイアルの中にあってもよく、アンプルおよびバイアルは、液体組成物を含んでもよく、フリーズドライまたは凍結乾燥された状態で組成物を含んでもよい。例えば、滅菌した液体担体が、インビボでの投与前または送達前に添加されてもよい。個々の単位剤形がマルチドーズキットまたは容器に入れられてもよい。従って、例えば、ウイルス粒子およびその薬学的組成物は、投与の容易さおよび投与量の均一性のために1個または複数の単位剤形の形で包装されてもよい。
【0146】
ウイルス粒子を含有する製剤は典型的に有効量を含有し、有効量は当業者によって容易に決定される。ウイルス粒子は、典型的には、組成物の約1%~約95%(w/w)、または適切であればさらに多くてもよい。投与しようとする量は、処置が考慮されている哺乳動物またはヒト対象の年齢、体重、および身体状態などの要因に左右される。有効な投与量は、用量反応曲線を定める日常的な試験によって当業者によって定めることができる。
【0147】
V.定義
「ポリヌクレオチド」、「核酸」、および「トランスジーン」という用語は、全種類の核酸、デオキシリボ核酸(DNA)およびリボ核酸(RNA)を含むオリゴヌクレオチド、ならびにその重合体を指すために本明細書において同義で用いられる。ポリヌクレオチドには、ゲノムDNA、cDNAおよびアンチセンスDNA、およびスプライスされた、もしくはスプライスされていないmRNA、rRNA、tRNAおよび阻害性DNAもしくはRNA(RNAi、例えば、低分子またはショートヘアピン(sh)RNA、マイクロRNA(miRNA)、低分子もしくは短鎖干渉(si)RNA、トランススプライシングRNA、またはアンチセンスRNA)が含まれる。ポリヌクレオチドには、天然の、合成の、および意図的に改変された、または変えられたポリヌクレオチド(例えば、変種核酸)が含まれ得る。ポリヌクレオチドは、一本鎖、二本鎖、または三重鎖、直鎖または環状でもよく、任意の適切な長さでもよい。ポリヌクレオチドについて議論する際に、特定のポリヌクレオチドの配列または構造が、配列を5'から3'方向に示す慣習に従って本明細書中で説明されることがある。
【0148】
ポリペプチドをコードする核酸は、ポリペプチドをコードするオープンリーディングフレームを含むことが多い。特に定めのない限り、特定の核酸配列は縮重コドン置換も含む。
【0149】
核酸は、オープンリーディングフレームに機能的に連結されている1つまたは複数の発現制御エレメントまたは調節エレメントを含んでもよく、1つまたは複数の調節エレメントは、哺乳動物細胞におけるオープンリーディングフレームによってコードされるポリペプチドの転写および翻訳を誘導するように構成されている。発現制御/調節エレメントの非限定的な例には、転写開始配列(例えば、プロモーター、エンハンサー、TATAボックスなど)、翻訳開始配列、mRNA安定性配列、ポリA配列、分泌配列などが含まれる。発現制御/調節エレメントは任意の適切な生物のゲノムから入手することができる。
【0150】
「プロモーター」とは、RNAポリメラーゼと正しい転写に必要な他の因子とを認識することによって、コード配列の発現を誘導および/または制御する、通常はコード配列の上流(5')にあるヌクレオチド配列を指す。polIIプロモーターは、TATAボックスと、任意で、転写開始点を指定するのに役立つ他の配列で構成される短いDNA配列である最小プロモーターとを含み、これに、発現制御のために調節エレメントが付加される。1型polIIIプロモーターは、転写開始点の下流に3つのシス作用配列エレメント:a)5'配列エレメント(Aブロック);b)中間配列エレメント(Iブロック);c)3'配列エレメント(Cブロック)を含む。2型polIIIプロモーターは、転写開始点の下流に2つの必須のシス作用配列エレメント:a)Aボックス(5'配列エレメント);およびb)Bボックス(3'配列エレメント)を含む。3型polIIIプロモーターは、転写開始点の上流に、いくつかのシス作用プロモーターエレメント、例えば、従来のTATAボックス、近位配列エレメント(PSE)、および遠位配列エレメント(DSE)を含む。
【0151】
「エンハンサー」とは、転写活性を刺激することができるDNA配列であり、かつプロモーターの生得的なエレメントでもよく、または発現のレベルもしくは組織特異性を強化する異種エレメントでもよい。「エンハンサー」はどちらの方向(5’->3’または3’->5’)にも働くことができ、かつプロモーターの上流または下流のいずれに配置された時でも機能できることがある。
【0152】
プロモーターおよび/またはエンハンサーはその全体が天然遺伝子に由来してもよく、天然で見出される異なるエレメントに由来する異なるエレメントで構成されてもよく、さらには合成DNAセグメントで構成されてもよい。プロモーターまたはエンハンサーは、刺激、生理学的状態、または発達状態に応答して転写開始の有効性を調整/制御するタンパク質因子の結合に関与するDNA配列を含んでもよい。
【0153】
プロモーターの非限定的な例には、SV40初期プロモーター、マウス乳癌ウイルスLTRプロモーター;アデノウイルス主要後期プロモーター(Ad MLP);単純ヘルペスウイルス(HSV)プロモーター、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター、例えば、CMV最初期プロモーター領域(CMVIE)、ラウス肉腫ウイルス(RSV)プロモーター、polIIプロモーター、polIIIプロモーター、合成プロモーター、ハイブリッドプロモーターなどが含まれる。さらに、非ウイルス遺伝子、例えば、マウスメタロチオネイン遺伝子に由来する配列も本明細書において用いられる。例示的な構成的なプロモーターには、ある特定の構成的な機能または「ハウスキーピング」機能をコードする以下の遺伝子のプロモーター:ヒポキサンチンホスホリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)、ジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)、アデノシンデアミナーゼ、ホスホグリセロールキナーゼ(PGK)、ピルビン酸キナーゼ、ホスホグリセロールムターゼ、アクチンプロモーター、U6、および当業者に公知の他の構成的プロモーターが含まれる。さらに、多くのウイルスプロモーターが真核細胞において構成的に機能する。これらには、特に、SV40の初期および後期プロモーター;モロニー白血病ウイルスおよび他のレトロウイルスの長い末端反復(LTR);ならびに単純ヘルペスウイルスのチミジンキナーゼプロモーターが含まれる。従って、上記の任意の構成的プロモーターを用いて異種遺伝子インサートの転写を制御することができる。
【0154】
「トランスジーン」は、好都合に、意図される、または細胞もしくは生物に導入されている核酸配列/ポリヌクレオチドを指すために本明細書において用いられる。トランスジーンは、阻害性RNAまたはポリペプチドまたはタンパク質をコードする任意の核酸、例えば、遺伝子を含み、一般的に、天然AAVゲノム配列に対して異種である。
【0155】
「形質導入する」という用語は、ベクター(例えば、ウイルス粒子)によって細胞または宿主生物に核酸配列を導入することを指す。従って、ウイルス粒子による細胞へのトランスジーンの導入は細胞への「形質導入」と呼ばれることがある。トランスジーンは、形質導入された細胞のゲノム核酸に組み込まれてもよく、組み込まれなくてもよい。導入されたトランスジーンがレシピエント細胞または生物の核酸(ゲノムDNA)に組み込まれたなら、その細胞または生物の中で安定して維持することができ、かつレシピエント細胞または生物の子孫細胞または子孫生物にさらに受け継がれるか、または遺伝される。最後に、導入されたトランスジーンはレシピエント細胞または宿主生物の中で染色体外に存在してもよく、一時的にしか存在しなくてもよい。従って、「形質導入された細胞」は、形質導入を介してトランスジーンが導入された細胞である。従って、「形質導入された」細胞は、トランスジーンが導入されている細胞、またはその子孫である。形質導入された細胞を増殖することができ、トランスジーンを転写することができ、コードされている阻害性RNAまたはタンパク質を発現させることができる。遺伝子療法の使用および方法の場合、形質導入された細胞は哺乳動物の中にあってもよい。
【0156】
誘導性プロモーターの制御下にあるトランスジーンは誘導剤の存在下でしか発現されないか、誘導剤の存在下で大きく発現される(例えば、メタロチオネインプロモーターの制御下にある転写は、ある特定の金属イオンの存在下で大きく増える)。誘導性プロモーターには、誘導性因子が結合した時に転写を刺激する応答エレメント(RE)が含まれる。例えば、血清因子、ステロイドホルモン、レチノイン酸、およびサイクリックAMPに対するREがある。誘導性応答を得るために、特定のREを含むプロモーターを選択することができ、場合によっては、REそのものが、異なるプロモーターに取り付けられ、それによって誘導性が組換え遺伝子に付与され得る。従って、適切なプロモーター(構成的対誘導性;強い対弱い)を選択することによって、遺伝的に改変された細胞においてポリペプチドの存在および発現レベルを両方とも制御することができる。ポリペプチドをコードする遺伝子が誘導性プロモーターの制御下にあれば、インサイチューでのポリペプチド送達は、インサイチューで、遺伝的に改変された細胞を、ポリペプチド転写を行う条件に曝露することによって、例えば、薬剤の転写を制御する誘導性プロモーターの特定の誘導物質を腹腔内注射することによって誘発される。例えば、メタロチオネインプロモーターの制御下にある遺伝子によってコードされるポリペプチドの、遺伝的に改変された細胞によるインサイチュー発現は、インサイチューで、遺伝的に改変された細胞を、適切な(すなわち、誘導性)金属イオンを含有する溶液と接触させることによって増強される。
【0157】
核酸/トランスジーンは、別の核酸配列と機能的な関係に置かれている時に「機能的に連結」されている。RNAiもしくはポリペプチドをコードする核酸/トランスジーン、またはポリペプチドの発現を誘導する核酸には、コードされているポリペプチドの転写を制御するために、誘導性プロモーターまたは組織特異的プロモーターが含まれてもよい。発現制御エレメントに機能的に連結されている核酸はまた発現カセットとも呼ばれることがある。
【0158】
ある特定の態様では、本明細書に記載の方法および使用において細胞タイプ特異的プロモーターまたは誘導性プロモーター、エンハンサーなどが用いられる。細胞タイプ特異的プロモーターの非限定的な例には、TMC1、TMC2、エスピン、PCDH15、PTPRQ、TMHS(LHFPL5)、MYO1Aからの遺伝子から単離されたものが含まれる。誘導性プロモーターの非限定的な例には、エクジソン、テトラサイクリン、低酸素、およびIFNに対するDNA応答エレメントが含まれる。
【0159】
ある特定の態様では、発現制御エレメントはCMVエンハンサーを含む。ある特定の態様では、発現制御エレメントはβアクチンプロモーターを含む。ある特定の態様では、発現制御エレメントはニワトリβアクチンプロモーターを含む。ある特定の態様では、発現制御エレメントはCMVエンハンサーおよびニワトリβアクチンプロモーターを含む。
【0160】
本明細書で使用する「改変する」または「変種」という用語およびその文法上の語尾変化は、核酸、ポリペプチド、またはその部分配列が参照配列から逸脱していることを意味する。従って、改変された配列および変種配列は、参照配列と実質的に同じであるか、より大きいか、またはより小さい発現、活性、または機能を有してもよいが、少なくとも、参照配列の部分的な活性または機能を保持する。特定のタイプの変種は変異タンパク質であり、変異タンパク質とは、変異、例えば、ミスセンス変異またはナンセンス変異を有する遺伝子によってコードされるタンパク質を指す。
【0161】
「核酸」または「ポリヌクレオチド」変種とは、野生型と比較して遺伝的に変えられている改変された配列を指す。この配列は、コードされているタンパク質配列の変化なく遺伝的に改変されてもよい。または、この配列は変種タンパク質をコードするように遺伝的に改変されてもよい。核酸またはポリヌクレオチド変種はまた、野生型タンパク質配列などの参照配列に対して少なくとも部分的な配列同一性を依然として保持しているタンパク質をコードするようにコドン改変されており、変種タンパク質をコードするようにもコドン改変されている組み合わせの配列も指すことがある。例えば、このような核酸変種の一部のコドンは、それによってコードされているタンパク質のアミノ酸の変化なく変えられ、核酸変種の一部のコドンは変えられ、その結果として、それによってコードされているタンパク質のアミノ酸が変えられる。
【0162】
「タンパク質」および「ポリペプチド」という用語は本明細書において同義で用いられる。ポリペプチドがある程度の機能または活性を保持している限り、本明細書において開示される「核酸」または「ポリヌクレオチド」または「トランスジーン」によってコードされる「ポリペプチド」は、天然野生型および機能的多型タンパク質、その機能的部分配列(断片)、ならびにその配列変種と同様に部分長または完全長の天然配列を含む。従って、本発明の方法および使用において、核酸配列によってコードされる、このようなポリペプチドは、欠陥のある内因性タンパク質、または処置される哺乳動物において活性、機能、もしくは発現が不十分であるか、欠損しているか、もしくは存在しない内因性タンパク質と同一である必要はない。
【0163】
改変の非限定的な例には、1つまたは複数のヌクレオチド置換またはアミノ酸置換(例えば、約1~約3、約3~約5、約5~約10、約10~約15、約15~約20、約20~約25、約25~約30、約30~約40、約40~約50、約50~約100、約100~約150、約150~約200、約200~約250、約250~約500、約500~約750、約750~約1000、またはそれ以上のヌクレオチドまたは残基)が含まれる。
【0164】
アミノ酸改変の一例は保存的アミノ酸置換または欠失である。特定の態様では、改変された配列または変種配列は、改変されていない配列(例えば、野生型配列)の機能または活性の少なくとも一部を保持する。
【0165】
アミノ酸改変の別の例は、ウイルス粒子のキャプシドタンパク質に導入された標的化ペプチドである。組換えウイルスベクターを中枢神経系に、例えば、別々の脳領域に標的化するペプチドが特定されている。
【0166】
そのように改変された組換えウイルスは、別のタイプの組織(例えば、肝臓組織)よりも、あるタイプの組織(例えば、CNS組織)に優先的に結合し得る。ある特定の態様では、改変されたキャプシドタンパク質を有する組換えウイルスは、比較可能な、改変されていないキャプシドタンパク質よりも高いレベルで結合することで脳血管上皮組織を「標的」とし得る。例えば、改変されたキャプシドタンパク質を有する組換えウイルスは、改変されていない組換えウイルスよりも50%~100%高いレベルで脳血管上皮組織に結合し得る。
【0167】
「核酸断片」とは、所定の核酸分子の一部である。大多数の生物にあるデオキシリボ核酸(DNA)は遺伝物質であるのに対して、リボ核酸(RNA)は、DNAに含まれる情報をタンパク質に移すことに関与する。開示されるヌクレオチド配列の断片および変種、ならびにそれによってコードされるタンパク質または部分的な長さのタンパク質も本発明に包含される。「断片」または「部分」とは、ポリペプチドまたはタンパク質をコードする完全長の、または完全長より短いヌクレオチド配列、あるいはポリペプチドまたはタンパク質の完全長の、または完全長より短いアミノ酸配列を意味する。ある特定の態様では、断片または部分は生物学的に機能する(すなわち、野生型の活性または機能の5%、10%、15%、20%、25%、30%、35%、40%、45%、50%、55%、60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、99%、または100%を保持する)。
【0168】
分子の「変種」は、天然分子の配列に実質的に類似する配列である。ヌクレオチド配列の場合、変種は、遺伝暗号縮重のために、天然タンパク質の同一のアミノ酸配列をコードする配列を含む。天然の対立遺伝子変種、例えば、これらの変種は、分子的生物学技法を用いることで、例えば、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)およびハイブリダイゼーション法を用いて特定することができる。変種ヌクレオチド配列はまた、天然タンパク質をコードする、例えば、部位特異的変異誘発を用いることで作成されたヌクレオチド配列などの合成により得られたヌクレオチド配列、ならびにアミノ酸置換を有するポリペプチドをコードするヌクレオチド配列も含む。一般的に、本発明のヌクレオチド配列変種は、天然(内因性)ヌクレオチド配列に対して少なくとも40%、50%、60%から70%、例えば、71%、72%、73%、74%、75%、76%、77%、78%から79%、一般的に少なくとも80%、例えば、81%~84%、少なくとも85%、例えば、86%、87%、88%、89%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%から98%までの配列同一性を有する。ある特定の態様では、変種は生物学的に機能する(すなわち、野生型の活性または機能の5%、10%、15%、20%、25%、30%、35%、40%、45%、50%、55%、60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、99%、または100%を保持する)。
【0169】
特定の核酸配列の「保存的バリエーション」とは、同一の、または本質的に同一のアミノ酸配列をコードする核酸配列を指す。遺伝暗号縮重のために、多数の機能的に同一の核酸が任意の所定のポリペプチドをコードする。例えば、コドンCGT、CGC、CGA、CGG、AGA、およびAGGは全てアミノ酸アルギニンをコードする。従って、コドンによってアルギニンが指定されている全ての位置で、コードされているタンパク質を変えることなく、このコドンを、説明されたどの対応するコドンにも変えることができる。このような核酸バリエーションは、「保存的に改変されたバリエーション」の一種である「サイレントバリエーション」である。ポリペプチドをコードする、本明細書に記載の全ての核酸配列はまた、別段の定めがある場合を除き、可能性のある全てのサイレントバリエーションも表す。当業者は、標準的な技法によって核酸中の各コドン(通常、メチオニンの唯一のコドンであるATGを除く)を改変して機能的に同一の分子を生じることができることを認める。従って、ポリペプチドをコードする核酸の、それぞれの「サイレントバリエーション」が、それぞれの説明された配列において暗に意味される。
【0170】
ポリヌクレオチド配列の「実質的同一性」という用語は、ポリヌクレオチドが、標準パラメータを用いて記述されたアラインメントプログラムの1つを用いて、参照配列と比較して少なくとも70%、71%、72%、73%、74%、75%、76%、77%、78%、もしくは79%、または少なくとも80%、81%、82%、83%、84%、85%、86%、87%、88%、もしくは89%、または少なくとも90%、91%、92%、93%、もしくは94%の、またはさらには少なくとも95%、96%、97%、98%、もしくは99%の配列同一性を有する配列を含むことを意味する。当業者は、コドン縮重、アミノ酸類似性、読み枠の位置決めなどを考慮に入れることによって、2つのヌクレオチド配列によってコードされるタンパク質の対応する同一性を決定するように、これらの値を適切に調整できることを認める。これらの目的で、アミノ酸配列の実質的同一性は、通常、少なくとも70%、少なくとも80%、90%、またはさらには少なくとも95%の配列同一性を意味する。
【0171】
ポリペプチドの文脈において「実質的同一性」という用語は、ポリペプチドが、指定された比較ウィンドウにわたって参照配列に対して少なくとも70%、71%、72%、73%、74%、75%、76%、77%、78%、もしくは79%、または80%、81%、82%、83%、84%、85%、86%、87%、88%、もしくは89%、または少なくとも90%、91%、92%、93%、もしくは94%、またはさらには95%、96%、97%、98%、もしくは99%の配列同一性を有する配列を含むことを示す。2つのポリペプチド配列が同一であるということは、あるポリペプチドが、第2のポリペプチドに対して作られた抗体と免疫学的に反応することを示している。従って、例えば、2つのポリペプチドが保存的置換の点だけ異なる場合、あるポリペプチドは第2のポリペプチドと同一である。
【0172】
「機械感覚」とは機械的刺激に対する応答を意味する。機械的刺激からニューロン信号への変換の例の触覚、聴覚、および平衡。機械感覚入力は、「メカノトランスダクション」と呼ばれるプロセスを介して機械的刺激への応答に変換される。
【0173】
「疾患」とは、細胞、組織、または臓器の正常機能を傷つけるか、または妨害する任意の状態または障害を意味する。疾患の例には、例えば、対象の内耳において発現される、機械感覚伝達において機能するタンパク質の機能喪失を特徴とする遺伝的障害が含まれる。別の態様では、疾患は、アッシャー症候群(例えば、USH1)または加齢性難聴である。一態様では、疾患は、遺伝子欠陥、例えば、TMC1、TMC2、MY07A、USCH1C、CDH23、PCDH15、SANS、CIB2、USH2A、VLGR1、WHKN、CLRN1、PDZD7、USH1C(例えば、ハルモニン-a、b、またはc)における欠陥に関連する聴覚障害である。
【0174】
「処置する」および「処置」という用語は治療的処置と予防的または防止的措置を両方とも指し、この目的は、望ましくない生理学的変化または障害、例えば、障害の発達、進行、または悪化を予防すること、阻害すること、低減すること、または減少させることである。本発明の目的で有益なまたは望ましい臨床結果には、検出可能でも検出不可能でも、症状の軽減、疾患の程度の減少、疾患の症状または副作用の安定化(すなわち、悪化も進行もない)、疾患進行の遅延または減速、疾患状態の寛解または緩和、および軽快(部分的または全面的)が含まれるが、これに限定されない。「処置」はまた、処置を受けていない場合の期待生存率と比較して生存期間を延ばすことも意味することがある。処置を必要とする人には、状態または障害に既に罹患している人、および(例えば、遺伝子アッセイによって確かめられるように)病気にかかりやすい人が含まれる。
【0175】
本明細書で使用する「本質的に含まない」とは指定された成分の観点からいうと、指定された成分がどれも、意図を持って組成物に処方されていない、および/または単に汚染物質としてしか、もしくは微量にしか存在しないことを意味するために本明細書において用いられる。従って、組成物の意図されない汚染に起因する、指定された成分の総量は0.05%よりかなり少なく、好ましくは0.01%より少ない。指定された成分の量を標準的な分析方法を用いて検出できない組成物が最も好ましい。
【0176】
本明細書で使用する「1つの(a)」または「1つの(an)」とは1つまたは複数を意味することがある。本明細書中の特許請求の範囲において使用する場合、「含む(comprising)」という単語と共に用いられる時には「1つの(a)」または「1つの(an)」という単語は1つまたは複数を意味することがある。
【0177】
特許請求の範囲における「または」という用語の使用は、選択肢だけを指すか、または選択肢が互いに相容れないことを指すと明示されていない限り「および/または」を意味するために用いられるが、この開示は、選択肢だけと、「および/または」を指す定義とを裏付ける。本明細書で使用する「別の」は少なくとも第2の、またはそれ以上を意味することがある。
【0178】
本願全体を通して「約」という用語は、ある値が、装置の固有のばらつき、この値を求めるために用いられている方法の固有のばらつき、研究対象間に存在するばらつき、または述べられた値の10%内にある値を含むことを示すために用いられる。
【0179】
VI.キット
本発明は、包装材料と、その中にある1種類または複数種の成分とを備えるキットを提供する。キットは、典型的に、成分の説明を含むラベルまたは添付文書、またはインビトロ、インビボ、もしくはエクスビボで、その中にある成分を使用するための説明書を備える。キットは、このような成分、例えば、核酸、組換えベクター、および/またはウイルス粒子のコレクションを備えてもよい。
【0180】
キットとは、キットの1種類または複数種の成分を収容する物理的構造を指す。包装材料は成分を無菌で維持することができ、このような目的で一般的に用いられる材料(例えば、紙、段ボール(corrugated fiber)、ガラス、プラスチック、箔、アンプル、バイアル、チューブなど)で作ることができる。
【0181】
ラベルまたは添付文書は、その中にある1種類または複数種の成分の識別情報、用量、作用機構、薬物動態学、および薬物動力学を含む活性成分の臨床薬理学を収めてもよい。ラベルまたは添付文書は、製造業者を識別する情報、ロット番号、製造場所および製造日、有効期限日を収めてもよい。ラベルまたは添付文書は、製造業者情報を識別する情報、ロット番号、製造業者の場所および日付を収めてもよい。ラベルまたは添付文書は、キットの成分が使用され得る疾患に関する情報を収めてもよい。ラベルまたは添付文書は、方法、使用、または処置プロトコールもしくは治療レジメンにおいてキットの成分の1つまたは複数を使用するための臨床家または対象に対する説明書を備えてもよい。説明書は、投薬量、頻度または期間、および本明細書に記載の方法、使用、処置プロトコールまたは予防レジメンもしくは治療レジメンのいずれかを実施するための説明書を備えてもよい。
【0182】
ラベルまたは添付文書は、成分が提供し得る任意の利益、例えば、予防的利益または治療的利益に関する情報を収めてもよい。ラベルまたは添付文書は、潜在的な有害な副作用、合併症、または反応に関する情報、例えば、特定の組成物を使用するのに適さないと想定される状況に関する、対象または臨床家に対する警告を収めてもよい。対象が、前記組成物と適合しない可能性がある1種類または複数種の他の薬を飲むか、服用する予定があるか、または現在、服用している時にも、あるいは対象が、前記組成物と適合しないと想定される別の処置プロトコールまたは治療レジメンを有するか、受ける予定があるか、または現在、受けている時にも、有害な副作用または合併症は起こることがあり、従って、説明書は、このような不適合に関する情報を収めている場合がある。
【0183】
ラベルまたは添付文書は、成分、キット、もしくは包装材料(例えば、箱)とは別の、またはこれらに貼られた、あるいはキットの成分を含むアンプル、チューブ、またはバイアルに取り付けられた「印刷物」、例えば、紙またはボール紙を含む。ラベルまたは添付文書は、さらに、コンピュータ可読媒体、例えば、バーコード付きの印刷されたラベル、ディスク、光ディスク、例えば、CD-もしくはDVD-ROM/RAM、DVD、MP3、または電気的記憶媒体、例えば、RAMおよびROMもしくはこれらのハイブリッド、例えば、磁気/光学記憶媒体、FLASHメモリ、ハイブリッド、ならびにメモリ型カードを備えてもよい。
【実施例
【0184】
VII.実施例
以下の実施例は、本発明の好ましい態様を証明するために含まれる。以下の実施例に開示される技法は、本発明者が発見した技法が本発明の実施において十分に機能することを示し、従って、本発明を実施するための好ましい態様を構成すると考えられると当業者に理解されるはずである。しかしながら、本開示を考慮すれば、本発明の精神および範囲から逸脱することなく、開示された特定の態様において多くの変更を加えることができ、それでもなお、類似または同様の結果を得ることができると当業者に理解されるはずである。
【0185】
実施例1-蝸牛へのAAVベクターの送達
遺伝子療法は難聴および聴覚消失と戦うための強力なツールであるが、その臨床実施は、側頭骨の解剖学的構造、遺伝的病変の高度な多様性、ならびに無数の蝸牛感覚細胞タイプおよび支持細胞タイプによって妨げられている。Anc80L65およびAAV2を含む、効率的な有毛細胞への形質導入が可能なアデノ随伴ウイルス(AAV)キャプシドが特定されたので、いくつかの種類の遺伝的難聴に対する蝸牛遺伝子療法が臨床での実現に近づいてきた。しかしながら、蝸牛支持細胞のレベルで聴覚に影響を及ぼす遺伝的病変については、様々な向性特性を有するさらなるベクターが必要とされる。この必要性に対処するために、本発明者らは、現在かつ将来の蝸牛遺伝子療法設計の要件を満たすことができる多様な形質導入特性をもつAAVキャプシド変種ライブラリーを特定するために非ヒト霊長類(NHP)蝸牛においてAAV定向進化スクリーニングを行った。
【0186】
ペプチド改変AAVライブラリーが、AAV1、AAV2、およびAAV9へのランダムペプチド挿入によって、それぞれ、AAV1キャプシドの位置590へのランダム配列挿入、AAV2キャプシドの位置587へのランダム配列挿入、およびAAV9キャプシドの位置588へのランダム配列挿入によって作製された。AAVキャプシドライブラリー(3E11vg)を同じRWM+LCF法によって蝸牛に直接送達する蝸牛特異的AAV濃縮研究を実施した。eGFP発現構築物を、CAGプロモーターによって動かされるAAVにパッケージングした。2ラウンドのインビボ濃縮の過程を通じて4つの蝸牛(2匹のNHP)にAAVキャプシドライブラリーを注射した。
【0187】
それぞれの濃縮ラウンドでNGSアンプリコンシークエンシングライブラリーを作製し、シークエンシングデータを用いて、それぞれのキャプシド配置の濃縮を追跡した。最初に、脳室内(ICV)注射によってAAVキャプシドライブラリーをNHP脳に送達した。この実験では、AAV9によるNHP蝸牛有毛細胞および支持細胞への顕著な、かつ予想外の形質導入が観察された。ICV注射後の蝸牛細胞への、この予想外の形質導入は、おそらく、外リンパ管を介したCSFと外リンパとの流体接続に起因する。
【0188】
ラウンドごとに濃縮ヒートマップを作成した。これらは、ベースライン(ラウンド0)時の、ならびにアカゲザルにインビボで継代したラウンド1およびラウンド2の後の、示されたバーコードの濃縮を図示する。これらを作成するために、それぞれの組織およびラウンド組み合わせのfastq結果ファイルを、DNAレベルで観察されたユニークなバーコード構成を抽出および定量するように設計されたカスタムPythonスクリプトを用いて処理した。カスタムRスクリプトを用いて、それぞれの試料に存在するバーコードのパーセントを計算し、DNAバーコードをアミノ酸バーコードに変換した。図6は、AAV1由来ライブラリーで処置した試料に対応する。図8は、AAV2由来ライブラリーで処置した試料に対応する。図10は、AAV9由来ライブラリーで処置した試料に対応する。
【0189】
野生型AAVベクターおよび改変AAVベクターはアカゲザルの蝸牛に首尾良く送達された。AAVベクターは蝸牛内有毛細胞、ならびに血管条の細胞を含む支持細胞の集まり、およびらせん神経節ニューロンに形質導入することができる。蝸牛AAV濃縮からのシークエンシング結果から濃縮キャプシド変種の集まりが明らかになり、これらに対して、小さなライブラリーと蛍光に基づく検証が継続している。
【0190】
実施例2-CSFを介した蝸牛への治療送達
蝸牛治療送達を容易にする非侵襲的かつ非外科的な方法が必要とされている。本明細書において、本発明者らは、アカゲザルとマウスにおいてCSFを通してAAVをICV送達することでロバストな蝸牛送達が成し遂げられたことを報告する。このCSFに基づく蝸牛治療送達方法は、治療用粒子を、脳にあるCSFの非閉塞性流体接続である外リンパ管を通して、蝸牛の外リンパで満たされた前庭階および鼓室階に拡散させることで容易になる。この知見は、臨床の場でヒト用蝸牛治療剤を送達するCSF経路の使用への扉を開く。
【0191】
臨床の場では、蝸牛形質導入用のAAVまたは他の治療剤を腰椎穿刺を介してCSFに送達することが有利な場合がある。これは、数分で完了する非外科的外来処置である。
【0192】
臨床の場では、蝸牛形質導入用のAAVまたは他の治療剤を脳室内(ICV)注射を介してCSFに送達することが有利な場合がある。この処置のために、頭蓋に穴があけられ、脳室空間をねらって注射針が正確に挿入される。この処置は腰椎穿刺よりも侵襲的であるが、一部の中耳外科的アプローチよりも非侵襲的である。
【0193】
臨床の場では、蝸牛形質導入用のAAVまたは他の治療剤を、CSF空間に到達し、蝸牛へのAAVキャプシドまたは他の治療剤の拡散を容易にする他の方法を介してCSFに送達することが有利な場合がある。
【0194】
臨床の場では、蝸牛形質導入用のAAVまたは他の治療剤を、CSF空間に到達し、蝸牛へのAAVキャプシドまたは他の治療剤の拡散を容易にする大槽内または一般的なくも膜下腔内を介してCSFに送達することが有利な場合がある。
【0195】
実施例3-蝸牛直接注射後のAAV進化
連続したインビボキャプシドライブラリー進化ラウンドにわたってAAVキャプシド候補の濃縮を評価するために、それぞれのキャプシドバーコードからのUMIパーセント寄与をヒートマップとして視覚化した(図6図8、および図10)。それぞれのヒートマップにおいて、左から右にかけて、示されたカラムは、ラウンド1から抽出したDNA、ラウンド2から抽出したDNA、およびラウンド2から抽出したRNAである。示されたキャプシド候補のパーセント寄与はカラム1(ラウンド1 DNA)からカラム2(ラウンド2 DNA)にかけて増加していることが分かる。ラウンド2のRNA試料(カラム3)における高レベルのキャプシドの検出は、上位ランクのラウンド2 DNAキャプシド候補の中で変動した。DNA性能とRNA性能は両方ともキャプシド候補形質導入特性の有益な指標であり、そのため、ラウンド2 DNAカテゴリーとRNAカテゴリーの両方において性能が良かった検証用キャプシド候補を選択するように注意が払われた。AAV1由来キャプシド候補の中から、キャプシド候補LGGSAAR(SEQ ID NO:39)が、蝸牛と、プールされた前庭組織の両方における強力なDNA性能およびRNA性能のために選択された(図6)。キャプシド候補KAGGSQG(SEQ ID NO:84)は、前庭組織における低いRNA性能にもかかわらず、蝸牛における強力なDNA性能およびRNA性能のために選択された(図8)。限られた数の蛍光検証位置(8)しか利用できず、他の判断基準も考慮されたので、AAV9からキャプシド候補は選択されなかった(図10)。
【0196】
UMIカウントの平均、ならびにラウンド2インプットベクタープールから得られた%DNA UMIカウントと比べた%ラウンド2 DNA UMIカウントの濃縮倍率の順位から、さらなるキャプシド候補が選択された(図12)。
【0197】
好ましいラウンド2検出:ラウンド2インプット比を有する、さらなるキャプシド候補を選択するために、散布図法を用いて全てのキャプシド候補の分布を視覚化した。一般的に、ラウンド2インプットキャプシドライブラリーに非常に豊富にある候補は、未加工のUMIカウントによってラウンド2出力ライブラリーにおいて最も多く検出される傾向がある。正規化後に、最も多く濃縮されるキャプシドは、ラウンド2インプットキャプシドライブラリーにおいて非常に少なく検出されるキャプシドになる傾向もある。少ないが、最少ではないラウンド2インプットレベルを有し、ロバストに濃縮もされた、いくつかの候補も選択された。この目的のために、散布図分布から有望な外れ値の候補が特定された。この方法を用いて、AAV1からキャプシド候補は選択されなかった(図13A)。しかしながら、この方法を用いて、AAV2由来候補AAKVAAP(SEQ ID NO:154)(図13B)およびAAV9由来候補RSGVGSA(SEQ ID NO:155)(図13C)が選択された。
【0198】
図14Aに、蛍光検証に進展させるために選択された全てのキャプシド候補を、示された親血清型と、そのキャプシドを選択するのに使用した判断基準の説明と共に列挙した。非ヒト霊長類の片耳に1つ、別々に蛍光タグ化されたキャプシドの送達を容易にするために、キャプシドを2つの検証プールにグループ分けした(図14B)。蛍光レポーター発現構築物を送達するためにキャプシド候補を個々に作製した。検証プールを作り出すために4つからなるグループでキャプシドをプールした。1つの検証プールが、アカゲザルのそれぞれの耳への直接的な蝸牛内注射によって送達される。注射して30日後に動物を屠殺し、組織学的評価のために蝸牛を採取する(図14C)。
【0199】
本明細書において開示および請求された方法は全て、本開示を考慮すれば過度の実験なく作製および実施することができる。本発明の組成物および方法が好ましい態様に関して説明されたが、本発明の概念、精神、および範囲から逸脱することなく、本明細書に記載の方法ならびに本明細書に記載の方法の工程または工程の順序に変更を加えることができることは当業者に明らかである。さらに具体的には、本明細書に記載の薬剤の代わりに、化学的および生理学的に関連している、ある特定の薬剤を使用することができ、それと同時に、同一の結果または類似の結果が得られることは明らかである。当業者に明らかな、このような類似の代用および変更は全て、添付の特許請求の範囲により定義される本発明の精神、範囲、および概念の範囲内だと考えられる。
【0200】
参考文献
以下の参考文献は、例示的な手順の詳細または本明細書に記載のものを補足する他の詳細を示す程度まで、参照により本明細書に特に組み入れられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
【配列表】
2024517710000001.app
【国際調査報告】