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特表2024-518864重水素化アラキドン酸による神経変性疾患の治療に対する患者の応答を評価するための方法
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  • 特表-重水素化アラキドン酸による神経変性疾患の治療に対する患者の応答を評価するための方法 図1
  • 特表-重水素化アラキドン酸による神経変性疾患の治療に対する患者の応答を評価するための方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-05-08
(54)【発明の名称】重水素化アラキドン酸による神経変性疾患の治療に対する患者の応答を評価するための方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20240426BHJP
   A61K 31/202 20060101ALI20240426BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20240426BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240426BHJP
【FI】
G01N33/50 D
A61K31/202
A61P25/28
A61P43/00 123
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023547577
(86)(22)【出願日】2022-02-04
(85)【翻訳文提出日】2023-09-12
(86)【国際出願番号】 US2022015368
(87)【国際公開番号】W WO2022170136
(87)【国際公開日】2022-08-11
(31)【優先権主張番号】17/169,271
(32)【優先日】2021-02-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】63/177,794
(32)【優先日】2021-04-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】17/391,909
(32)【優先日】2021-08-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】510247526
【氏名又は名称】レトロトップ、 インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】RETROTOPE, INC.
(71)【出願人】
【識別番号】523296520
【氏名又は名称】ピーター ミルナー
(71)【出願人】
【識別番号】523296531
【氏名又は名称】ミハイル セルゲービッチ シェピノフ
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(72)【発明者】
【氏名】ピーター ミルナー
(72)【発明者】
【氏名】ミハイル セルゲービッチ シェピノフ
【テーマコード(参考)】
2G045
4C206
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA02
2G045DA02
4C206AA01
4C206AA02
4C206DA05
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206NA15
4C206ZA15
(57)【要約】
神経変性疾患患者の治療期間の間の、罹患ニューロン中の重水素化多価不飽和脂肪酸の治療濃度の有無を評価するための診断方法が開示される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者の母集団のレポーター細胞中の重水素化アラキドン酸の濃度を決定する非侵襲的方法であって、前記濃度は、前記重水素化アラキドン酸で治療可能な神経変性疾患を罹患している患者集団における治療効果の発現に相関関係があり、以下のステップ:
a)重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグでの治療計画中に、第1の神経変性疾患を有する患者集団からデータを取得し、該データは治療開始後1または複数の時点での患者のレポーター細胞集団の重水素化アラキドン酸濃度を含み;
b)患者が治療結果を明白に発現した時点を評価し;
c)治療の開始から治療結果の発現までの平均時間、および各患者のレポーター細胞中の重水素化アラキドン酸の平均濃度を、各神経変性疾患に対する前記発現の時点において特定し;
d)前記患者のニューロンが、その疾患に対する重水素化アラキドン酸の最小限必要な治療濃度を有することを証明するものとして、前記患者のレポーター細胞集団における前記重水素化アラキドン酸の平均濃度を、前記神経変性疾患に対する最小限必要な治療結果の発現に要する平均時間と相関させ;
e)1または複数のさらなる神経変性疾患のためにステップa)~d)を繰り返し;
f)重水素化アラキドン酸の最小限必要な治療濃度および治療結果の発現に要する平均時間を、前記1つ以上の更なる神経変性疾患の各々について評価し;そして
g)1セットの神経変性疾患についての平均の最小限必要な治療濃度および前記治療結果の発現に要する平均時間を取得する
を含む方法。
【請求項2】
治療可能な神経変性疾患の治療中に重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグを含む組成物の投与に対する患者の応答を決定するための方法であって、以下のステップ:
治療結果がその疾患について明白に発現する時点であると予め規定された治療開始後の設定時点において、神経変性疾患に罹患している患者から赤血球の集団を取得し;
前記濃度が、重水素化アラキドン酸を含むアラキドン酸の量に対して相対的である、前記赤血球中の前記重水素化アラキドン酸の濃度を評価し;
治療結果が明白に発現する(エビデンスとなる)時点に関して、前記評価濃度を前記予め規定された濃度と比較し;
前記評価濃度が、治療可能な神経変性疾患の治療濃度であるかまたは治療濃度以下であるかを判定し;
前記判定に基づいて、前記重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグの前記患者への投与量を任意に変更する
を含む方法。
【請求項3】
レポーター細胞の検体が、治療開始後、約1箇月目に取得される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
レポーター細胞のさらなる検体が、その後1箇月目、その後3箇月目、半年に1回、または年1回の間隔で取得される、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記レポーター細胞が、赤血球、皮膚細胞、脂肪細胞、生検細胞、または上皮細胞である、請求項1、3または4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記重水素化アラキドン酸が、13,13-D2-アラキドン酸である、請求項2または5に記載の方法。
【請求項7】
前記重水素化アラキドン酸が、D4-アラキドン酸である、請求項2または5に記載の方法。
【請求項8】
前記重水素化アラキドン酸がD6-アラキドン酸であり、前記重水素化D6-アラキドン酸において、7,7,10,10,13,13位にある水素原子の少なくとも90%が重水素で置換されており、そして随意に非ビスアリル部位の残りの水素原子の35%までが重水素で置換されている、請求項2または5に記載の方法。
【請求項9】
治療可能な神経変性疾患の治療の間、重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグを含む組成物の投与に対する患者の応答を評価するための方法であって、次のステップ:
重水素化アラキドン酸を含むアラキドン酸の総存在量に相対した患者の赤血球中の重水素化アラキドン酸の濃度を評価し;
その濃度を、前記赤血球中の前記重水素化アラキドン酸について予め規定された最小限必要な治療濃度と比較し;
患者の赤血球が、前記決定された治療濃度未満である前記重水素化アラキドン酸の濃度を有する場合に、治療濃度以下であるとみなし、そして前記重水素化アラキドン酸の濃度が前記決定された治療濃度に等しいかまたはそれより大きい場合、前記重水素化アラキドン酸の治療濃度であるとみなし;そして
随意に、前記赤血球中の重水素化アラキドン酸の患者濃度が、治療濃度に到達したかまたは治療濃度を維持しているかを評価する必要に応じて、該方法を繰り返す
を含む方法。
【請求項10】
レポーター細胞の検体が、治療開始から約1箇月後に取得される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
レポーター細胞のさらなる検体が、その後1箇月目、その後3箇月目、半年に1回、または年1回の間隔で取得される、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
レポーター細胞が赤血球、皮膚細胞、脂肪細胞、生検細胞、または上皮細胞である、請求項9、10または11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記重水素化アラキドン酸が13,13-D2-アラキドン酸である、請求項9に記載の方法。
【請求項14】
前記重水素化アラキドン酸がD4-アラキドン酸である、請求項9に記載の方法。
【請求項15】
前記重水素化アラキドン酸がD6-アラキドン酸であり、前記重水素化D6-アラキドン酸において、7,7,10,10,13,13位にある水素原子の少なくとも90%が重水素で置換されており、そして随意に非ビスアリル部位の残りの水素原子の35%までが重水素により置換されている、請求項9に記載の方法。
【請求項16】
治療可能な神経変性疾患を有する患者における重水素化13,13-D2-アラキドン酸の濃度が、患者のニューロンまたは脳脊髄液にアクセスすることなく、治療濃度であるかまたは治療濃度以下であるかを判定するための診断方法であって、以下のステップ:
13,13-D2-アラキドン酸またはそのエステルによる神経変性疾患の治療を受けている患者から血液検体を取得し;
赤血球(RBC)中の13,13-D2-アラキドン酸の濃度を決定し;
この濃度を、RBC中に存在する重水素化アラキドン酸を含むアラキドン酸の総量に基づいて、13,13-D2-アラキドン酸の最小治療濃度と比較して、患者がニューロン中に13,13-D2-アラキドン酸の治療濃度を有するかまたは治療濃度以下を有するかを判定する
を含む方法。
【請求項17】
前記13,13-D2-アラキドン酸の治療濃度が、所与の患者または患者のコホートの治療標的として、4%、5%、6%、7%、8%、9%、または10%に設定される、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
レポーター細胞の検体が、治療開始から約1箇月後に取得される、請求項16に記載の方法。
【請求項19】
レポーター細胞のさらなる検体が、その後1箇月目、その後3箇月目、半年に1回、または年1回の間隔で取得される、請求項16に記載の方法。
【請求項20】
治療可能な神経変性疾患を有する患者における重水素化D4-アラキドン酸の濃度が、患者のニューロンまたは脳脊髄液にアクセスすることなく、治療濃度であるかまたは治療濃度以下であるかを判定するための診断方法であって、以下のステップ:
D4-アラキドン酸またはそのエステルによる神経変性疾患の治療を受けている患者から血液検体を取得し;そして
赤血球(RBC)中のD4-アラキドン酸の濃度を決定し;そしてこの濃度を、前記RBC中の脂肪酸(D4-アラキドン酸を含む)の総量に基づいて、D4-アラキドン酸の少なくとも1%の最小治療濃度と比較し、前記患者がニューロン中にD4-アラキドン酸の治療濃度を有するかまたは治療濃度以下を有するかを判定する
を含む方法。
【請求項21】
前記D4-アラキドン酸の治療濃度が、所与の患者または患者のコホートの治療標的として2%、3%または5%に設定される、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
レポーター細胞の検体が、治療開始から約1箇月後に取得される、請求項20に記載の方法。
【請求項23】
レポーター細胞のさらなる検体が、その後1箇月、その後3箇月、半年に1回、または年1回の間隔で取得される、請求項20に記載の方法。
【請求項24】
治療可能な神経変性疾患を有する患者における重水素化D6-アラキドン酸の濃度が、患者のニューロンまたは脳脊髄液にアクセスすることなく、治療濃度であるかまたは治療濃度以下であるかを判定するための診断方法であって、以下のステップ:
D4-アラキドン酸またはそのエステルによる神経変性疾患の治療を受けている患者から血液検体を取得し;そして
赤血球(RBC)中のD6-アラキドン酸の濃度を決定し;そして、この濃度を、前記RBC中のアラキドン酸(重水素化アラキドン酸を含む)の総量に基づいて、D6-アラキドン酸の少なくとも0.5%の最小治療濃度と比較し、前記患者がニューロン中にD6-アラキドン酸の治療濃度を有するかまたは治療濃度以下を有するかを判定する
を含む方法。
【請求項25】
前記D6-アラキドン酸の治療濃度が、所与の患者または患者のコホートの治療標的として、1%、1.5%、2%、2.5%、または3%に設定される、請求項24に記載の方法。
【請求項26】
レポーター細胞の検体が、治療開始から約1箇月後に取得される、請求項24に記載の方法。
【請求項27】
レポーター細胞のさらなる検体が、その後1箇月目、その後3箇月目、半年に1回、または年1回の間隔で取得される、請求項24に記載の方法。
【請求項28】
前記重水素化アラキドン酸がD6-アラキドン酸であり、前記重水素化D6-アラキドン酸において、7,7,10,10,13,13位にある水素原子の少なくとも90%が重水素で置換されており、そして随意に非ビスアリル部位にある残りの水素原子の35%までが重水素で置換されている、請求項24に記載の方法。
【請求項29】
前記方法を実施するための診断材料、並びに赤血球細胞中の重水素化アラキドン酸の濃度を、ヒトの脳脊髄液の同濃度と相関させる相関表を含む、部品のキット。相関表に加えて、そのような診断材料は、かかる試験を実施すべき時点についての1つ以上の指示、そのような試験を遅らせることを示唆する要因等を含むことができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願への相互参照
本出願は、2021年2月5日に出願された米国特許出願第17/169,271号、2021年8月2日に出願された米国特許出願第17/391,909号および2021年4月21日に出願された米国仮特許出願第63/177,794号に対する優先権を主張し、それらの各出願は、参照によりその全体が本明細書に組み込まれる。
発明の分野
神経変性疾患患者の治療の間に、変性ニューロン中の重水素化多価不飽和脂肪酸の治療濃度(有効濃度)の有無を評価するための診断方法が開示される。
【背景技術】
【0002】
技術の現状
ニューロン中の多価不飽和脂肪酸(PUFA)の脂質自己酸化は、多数の神経変性疾患の病因に関連がある。この酸化的経路の中心は、アラキドン酸に見られる不安定なビスアリル水素原子の存在であり、アラキドン酸はニューロン中に優勢的に見られるPUFAである。
【0003】
細胞膜では、アラキドン酸が一緒に積層され、反応性酸素種(ROS)を含む酸化過程が、ビスアリル水素の抽出とPUFA中の酸化的反応性種の形成により、それらのPUFAの自動酸化の開始剤として作用する。次いで、第1のビスアリル部位での初期酸化が、細胞またはミトコンドリアの膜中のさらなるPUFAの連続酸化をもたらす。酸化過程は、第1のPUFA上のビスアリル部位にて水素の抽出を開始し、次の(第2の)PUFA、さらにその次のPUFAというように連続的方式で進行していく。ある時点で、酸化過程は、ニューロンの生存能力を損傷または破壊し、それが過剰量のROSの発生の原因となる病態の促進を引き起こす。
【0004】
これまでに、ニューロン中に見い出されるアラキドン酸の1つ以上のビスアリル酸部位の重水素化により、神経変性疾患の進行を減弱させることができることが開示されている。このような酸化過程に対する重水素-炭素結合の安定性は、水素-炭素結合のそれよりも有意に強力である(より安定している)。これは、炭素-重水素結合により、ビスアリル部位における酸化的分子種の生成が低減され、そのため自己酸化経路が阻害されることを意味する。次に、この経路の終結が、ニューロンの生残力を高め、その結果、疾患の進行を減弱させることになる。
【0005】
タウオパチー、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、乳児神経軸索性ジストロフィー(INAD)およびフリードライヒ運動失調症(FA)をはじめとする特定の神経変性疾患が、かかる治療に応答することが今日までの臨床研究により示されている。加えて、2~3例を挙げると、ROSを伴うミトコンドリア欠損症、アルツハイマー病、ハンチントン病、パーキンソン病、統合失調症および双極性障害をはじめとする、特定の他の神経変性疾患も、かかる治療に対して同様に応答することが、前臨床研究により証明されている。
【0006】
重水素化PUFAによるこれらの神経変性疾患の治療は、典型的には、活性重水素化PUFAまたはそのプロドラッグの投与によって行われる。例えば、神経変性疾患では、活性重水素化PUFAは、重水素化アラキドン酸である。しかしながら、重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグのいずれかを投与することによって、この疾患を治療することができる。一事例では、プロドラッグは、重水素化アラキドン酸のC1~C5アルキルエステルである。別の事例では、プロドラッグは、重水素化リノール酸またはそのC1~C5アルキルエステルである。これらのPUFAのいずれかのエステルの場合、それらは胃内に認められる条件によって容易にエステルが除去され、遊離酸またはその塩を提供する。重水素化リノール酸の場合、この化合物の一部が、重水素化アラキドン酸に酵素的に変換され、それにより患者に重水素化アラキドン酸源を提供する。
【0007】
この治療法は、臨床研究と動物モデルにおいて成功することが示されているが、所与の患者が自身のニューロン中に重水素化アラキドン酸の治療濃度を達成しているかまたは維持している(維持濃度を有している)かを判定する必要がある。かかる懸念事項は、合併症を制御することの様々な難しさから生じる。これらの事項には、以下のものが含まれる:
・アラキドン酸を含む細胞膜中に組み込まれたPUFAは、それらのターンオーバー(新陳代謝)速度〔いわゆる損傷したPUFAが除去されて新たなPUFAにより置換される速度を、プロスタグランジン、プロスタサイクリン(PGI2)、トロンボキサンA2(TxA2)、または一連のヒドロキシエイコサテトラエン酸(HETE)、エポキシエイコサトリエン酸(EET)およびジヒドロキシエイコサトリエン酸(DiHETE)並びに多数の他の分解産物へのバイオコンバージョン(微生物変換)の一部としての、細胞膜からのアラキドン酸分子の抽出(遊離)速度と組み合わせたもの〕により決定づけられる半減期を有する。
・ヒトによって吸収されるPUFA(重水素化PUFAを含む)の量は、PUFAの総消費量に依存する。典型的には、ヒトの代謝は、消費されたPUFAの全量を吸収することはできず、PUFAの消費量が増加すると、吸収されるPUFAの百分率は減少する。重水素化PUFAは、消費されたPUFAの全量に含まれるので、吸収されないPUFAの百分率は、同じ率の吸収されない重水素化PUFAを含むはずである。したがって、消費された全PUFAの80%しか吸収されない場合、重水素化PUFAは80%しか吸収されない。さらに、吸収量はもちろん、個体間で変化する変数である。
・PUFAの吸収量はまた、そのような吸収がディフィシル菌(C. difficile)に関連する下痢などの消化問題により妨害されるかどうかにも左右される。かかる場合、消費されたPUFAを含む多くの栄養素は体内に吸収されず、単に「ウオッシュアウトする(洗い流される)」だけである。
・所与の個人でも、それらの治療食(diet)は停滞しない。したがって、PUFAの消費量は、時間と共に、吸収率に応じて変化しうる。
・最後に、重水素化PUFAの投与による患者のコンプライアンスの問題は、重水素化PUFAの吸収量に関する関連要因である。
【0008】
これらの懸念事項は、重水素化PUFA療法を受けている患者が、それらのニューロンにおける治療濃度(有効濃度)を達成および/または維持しているかどうかを判定するために全て評価されるべきである。
【0009】
ニューロンはアクセス不可能であり、臨床医は単純にこれらのニューロンの検体を抽出して濃度を評価することができないため、ニューロン中の重水素化アラキドン酸の濃度の評価はさらに複雑である。投与された重水素化アラキドン酸は、全細胞に全身的に取り込まれる。今日までのデータは、身体が身体の他の部分と比較して、より大きな部分の重水素化アラキドン酸をニューロンと髄液とに分流することを示唆している。したがって、皮膚細胞、赤血球などの代理細胞またはレポーター細胞における重水素化アラキドン酸の濃度が、必ずしも、ニューロン中または脳脊髄液中の重水素化アラキドン酸の濃度を表すわけではない。さらに、脳脊髄液を抽出するための脊椎穿刺は、相当量の時間(例えば、30分ほど)を必要とするので実現可能ではなく、数日または数週間持続する頭痛や背痛といった、患者に有意な不快感を生じさせうる。
【0010】
したがって、重水素化PUFAで治療可能な神経変性疾患を有する患者が、該患者のニューロン中に重水素化アラキドン酸の治療濃度を有するかまたは治療濃度以下を有するかを判定することができる、安全でかつ効果的な診断試験のニーズが継続して存在する。加えて、それは患者の代謝が重水素化アラキドン酸の適切な吸収の証拠となるかどうかを評価するのに役立つものである。
【発明の概要】
【0011】
概要
本明細書では、患者のニューロンまたは髄液にアクセスする必要なしに、重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグで治療可能な神経変性疾患について治療を受けている患者のニューロン中に、重水素化アラキドン酸の治療濃度が存在するか否かを評価するための診断試験が提供される。この試験は、一部は、全てが同一の重水素化アラキドン酸、そのエステルまたはそのプロドラッグを使用する、異なる治療可能な神経変性疾患を治療する別の異なる臨床研究から、再現性のある相関関係を規定することに基づいている。
【0012】
細胞に取り込まれる重水素化アラキドン酸の量は、経時的に漸増する。したがって、重水素化アラキドン酸の治療濃度は直ちには達成されない。むしろ、治療の開始と、患者ごとに変化し得る治療結果(アウトカム)の発現との間には遅延時間(タイムラグ)が存在する。神経変性疾患の治療の開始後のある1つの時点で、治療結果が達成されたかどうか、および治療効果が維持されているかどうかを判定するために、その治療に対する患者の物理的応答の1つ以上の評価が必要である。一実施形態では、そのような物理的評価は、患者のレポーター細胞の検体を取得することと組み合わされ、次いで、その検体が細胞内の重水素化アラキドン酸の濃度を決定するために利用される。あるいは、患者のレポーター細胞の検体は、規定間隔で取得される。まず、患者の治療結果が確認され、臨床医または統計学者は、その時点のレポーター細胞中の重水素化アラキドン酸の濃度を、治療上必要な最低濃度として相関させることができる。
【0013】
異なる神経変性疾患の臨床研究から治療濃度を評価したところ、そのデータは、それらの疾患の各々の治療結果のために提供される重水素化アラキドン酸の同等の治療濃度が存在するという結論を支持した。これらの疾患の各々は異なる病因を伴うので、重水素化アラキドン酸の同等の治療濃度が治療的である(治療効果がある)ことが見出されたことは、驚くべきことであった。
【0014】
したがって、一実施形態では、患者のニューロンまたは髄液のいずれにもアクセスする必要なく、重水素化アラキドン酸で治療可能な神経変性疾患患者のニューロン中の重水素化アラキドン酸の最小治療濃度を決定する方法が提供され、この方法は以下のステップを含む:
a)同一の重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグで各々治療可能な神経変性疾患の代表数のヒト臨床研究からデータを取得し、そのデータは、治療開始後1または複数の時点でのアクセス可能なレポーター細胞中の重水素化アラキドンの濃度を含み;
b)患者が治療結果(アウトカム)の発現の証拠を示す時点を評価し;
c)治療開始から治療結果の発現までの平均時間と、かかる発現時のレポーター細胞中の重水素化アラキドン酸の平均濃度とを、神経変性疾患ごとに同定し;
d)前記ニューロンがその疾患について重水素化アラキドン酸の最小限必要な治療濃度を有することの証拠を示すものとして、レポーター細胞集団中の重水素化アラキドン酸の平均濃度と、各神経変性疾患に対する最小限必要な治療結果の発現に要する平均時間とを相関させ、;
e)重水素化アラキドン酸の最小限必要な治療濃度および各神経変性疾患の治療結果の発現に要する平均時間が、他の神経変性疾患と同等であることを確認し;そして
f)前記(治療)同等性に基づいて、前記平均の最小限必要な治療濃度および前記治療結果の発現に要する平均時間を、他の神経変性疾患によるものとみなす。
【0015】
いくつかの実施形態では、重水素化アラキドン酸で治療可能な神経変性疾患を罹患している患者の母集団において、治療効果の発現に関して相関性がある患者集団のレポーター細胞中の重水素化アラキドン酸の濃度を決定するための非侵襲的方法が提供され、この方法は以下のステップを含む:
a)重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグによる治療計画中に第1の神経変性疾患を有する患者集団からデータを取得することであって、該データは、治療開始後の1または複数の時点での患者のレポーター細胞集団における重水素化アラキドン酸の濃度を含み;
b)患者が治療結果(アウトカム)の証拠を示す(発現する)時点を評価し;
c)治療開始から治療結果の発現までの平均時間と、各神経変性疾患についてかかる発現の時点での各患者のレポーター細胞中の重水素化アラキドン酸の平均濃度とを同定し;
d)患者のニューロンが前記神経変性疾患についての重水素化アラキドン酸の最小限必要な治療濃度を有することの証拠を示すものとして、前記患者のレポーター細胞集団における前記重水素化アラキドン酸の平均濃度を、前記神経変性疾患に対する最小限必要な治療結果の発現に要する平均時間と相関させ;
e)1または複数の更なる神経変性疾患のためにステップa)~d)を繰り返し;
f)重水素化アラキドン酸の最小限必要な治療濃度および治療結果の発現に要する平均時間を、前記1または複数の更なる神経変性疾患の各々について評価し;そして
g)1セットの神経変性疾患について最小限必要な平均治療濃度および前記治療結果の発現に要する平均時間を取得する。
【0016】
いくつかの実施形態では、治療可能な神経変性疾患の処置の間、重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグを含む組成物の投与に対する患者の応答を判定するための方法が提供され、この方法は次のステップを含む:
治療結果がその疾患についての証拠を示す(発現する)べき時点であると予め規定された治療の開始後の設定時点にて、神経変性疾患を罹患している前記患者から赤血球の細胞集団を採取し;
その時点で前記赤血球中の前記重水素化アラキドン酸の濃度を評価し、ここで該濃度は重水素化アラキドン酸を含むアラキドン酸の存在量に相対的であり;
治療結果が証拠を示す(発現する)時点に関して、前記評価濃度を予め規定された濃度と比較し;
前記評価濃度が、治療可能な神経変性疾患の治療濃度であるかまたは治療濃度以下であるかを判定し;
前記判定に基づいて、前記重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグの前記患者への投与量を随意に変更する。
【0017】
一実施形態において、重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグを用いて治療可能な神経変性疾患の治療を受けている患者が、治療効果の発現に到達したかまたは前記患者のニューロン中の前記重水素化アラキドン酸の治療濃度を維持しているかどうかを判定するための方法が提供され、この方法は次のステップを含む:
治療結果がその疾患について明白に発現する時点と、予め規定された治療開始後の設定時点において、神経変性疾患に罹患している前記患者からレポーター細胞の集団を取得し;
その時点における前記レポーター細胞中の前記重水素化アラキドン酸の濃度を評価し;
治療結果が明白に発現する時点に関して、前記評価濃度を前記所与の濃度と比較し;
前記評価濃度が、治療可能な神経変性疾患の治療濃度であるかまたは治療濃度以下であるかを判定し;
前記判定に基づいて、前記重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグの前記患者への投与量を随意に変更する。
【0018】
一実施形態では、この方法は、患者が治療濃度に到達したかまたは治療濃度を維持しているかを評価するために、後の時点で繰り返される。
【0019】
一実施形態では、レポーター細胞の検体は、治療開始から約1箇月後の設定時間において取得される。その後、任意の後続の検体は、その後1箇月目、その後3箇月目、半年に1回、または年1回などの間隔で取得することができる。
【0020】
一実施形態において、重水素化アラキドン酸は、D2-アラキドン酸、D4-アラキドン酸またはD6-アラキドン酸である。D2-アラキドン酸の非限定例は、7,7-D2-アラキドン酸、10,10-D2-アラキドン酸および13,13-D2-アラキドン酸を含む。D4-アラキドン酸の非限定例としては、7,7,10,10-アラキドン酸、7,7,13,13-D4-アラキドン酸、10,10,13,13-D4-アラキドン酸が挙げられる。D6-アラキドン酸(本明細書で定義される)は、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸を含む。好ましくは、重水素化アラキドン酸は、D2-アラキドン酸またはD6-アラキドン酸である。いくつかの実施形態では、D6-アラキドン酸は、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸と、7,7,10,10,13,13位の水素原子の少なくとも90%が重水素で置換されておりかつ重水素置換レベルがそれの天然存在量を上回る少なくとも1つの非ビスアリル位置を有する重水素化アラキドン酸を含む組成物の両者を包含する。一実施形態では、前記非ビスアリル位は、任意選択で、残りの水素原子の約35%まで、好ましくは約1~35%、より好ましくは約1~10%が重水素で置換されている。
【0021】
一実施形態では、レポーター細胞は、体内の任意のアクセス可能な細胞であり、好ましくは、患者に過度の痛みまたは不都合を生じさせることなく、容易にアクセス可能である。好適なレポーター細胞には、単なる例としてのみ、赤血球、皮膚細胞、脂肪細胞、生検細胞、尿中に見られるものを含む上皮細胞などが含まれる。一実施形態では、レポーター細胞は、好ましくは赤血球である。
【0022】
一実施形態では、治療可能な神経変性疾患の処置の間に、重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグを含む組成物の投与に対する患者の応答を判定するための方法が提供され、前記方法は以下のステップを含む:
治療結果が、その疾患について明白に発現する時点であると予め規定された治療開始後の設定時点で、神経変性疾患に罹患している患者から赤血球の集団を取得し;
その時点の前記赤血球中の前記重水素化アラキドン酸の濃度を評価し;
治療結果が明白に発現する時点に関して、前記評価濃度を予め規定された濃度と比較し;
前記評価濃度が、治療可能な神経変性疾患の治療濃度であるかまたは治療濃度以下であるかを判定し;そして
前記判定に基づいて、前記重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグの前記患者への投与量を任意に変更する。
【0023】
一実施形態では、治療可能な神経変性疾患の別個の臨床研究は、レポーター細胞として作用する赤血球中の、重水素化アラキドン酸を含むアラキドン酸の合計量に対比して約3%以上の重水素化13,13-D2-アラキドン酸の濃度が、それらの疾患における治療結果(治療効果)を達成するために必要とされる最低濃度に相関することを証明する。したがって、この濃度は、13,13-D2-アラキドン酸で治療可能なそれらの神経変性疾患において治療結果を達成するためのベースラインを確立し、そして変性ニューロン中の13,13-アラキドン酸濃度が、受療した疾患について治療を施すのに十分であることを証明する。
【0024】
一実施形態では、治療可能な神経変性疾患を有する患者において、重水素化13,13-D2-アラキドン酸の濃度が、その患者のニューロンまたは髄液にアクセスすることなく、治療濃度であるかまたは治療濃度以下であるかを判定するための診断試験を提供する。この試験は、次のステップを含む:
13,13-D2-アラキドン酸またはそのエステルによる神経変性疾患の治療を受けている患者から血液検体を取得し;
赤血球(RBC)中の13,13-D2-アラキドン酸の濃度を決定し;そして
前記RBC中の重水素化アラキドン酸を含むアラキドン酸の総量に基づいて、少なくとも3%の13,13-D2-アラキドン酸の最小治療濃度に対して前記濃度を比較し、前記患者がニューロン中にD2-アラキドン酸の治療濃度を有するかまたは治療濃度以下を有するかを判定する。
【0025】
一実施形態では、より高濃度の13,13-D2-アラキドン酸が、増強された治療結果を提供するものとして企図され、主治医は、かかる高濃度が、特定の患者または患者群に治療結果をもたらす目標濃度であるだろうと結論づけることができる。例えば、13,13-D2-アラキドン酸の濃度が、最小限必要な治療結果のベースラインであることを認識している所与の患者についての特定の治療目標として、13,13-D2-アラキドン酸の濃度を4%、5%、6%、7%、8%、9%またはさらに10%に設定することができる。担当医による目標濃度の増加は、患者の年齢および体重、患者の状態、疾患の進行などの要因、並びに臨床医に周知である他の要因に基づくことができる。
【0026】
残りのビスアリル部位の一方または両方の位置での重水素化が、脂質自己酸化に対するアラキドン酸の安定性を増加させることを認識すれば、上記のD2-アラキドン酸の最小限必要な治療濃度を、D4-アラキドン酸またはD6-アラキドン酸の最小治療濃度と相関させることができる。
【0027】
一実施形態では、患者のニューロンまたは脳脊髄液にアクセスすることなく、治療可能な神経変性疾患を有する患者における重水素化D4-アラキドン酸の濃度が、治療濃度であるかまたは治療濃度以下であるかを判定するための診断試験が提供され、この試験は以下のステップを含む:
D4-アラキドン酸またはそのエステルでの神経変性疾患の治療を受けている患者から血液検体を取得し;そして
赤血球(RBC)中のD4-アラキドン酸の濃度を決定し、その濃度を、重水素化アラキドン酸を含むアラキドン酸の総量に基づいて、D4-アラキドン酸の少なくとも1%の最小治療濃度と比較することで、前記患者がニューロン中にD4-アラキドン酸の治療濃度を有するかまたは治療濃度以下を有するかを判定する。
【0028】
一実施形態では、患者のニューロンまたは脳脊髄液にアクセスすることなく、治療可能な神経変性疾患を有する患者における重水素化D6-アラキドン酸の濃度が、治療濃度であるかまたは治療濃度以下であるかを判定するための診断試験が提供され、この試験は以下のステップを含む:
D4-アラキドン酸またはそのエステルでの神経変性疾患の治療を受けている患者から血液検体を取得し;そして
赤血球(RBC)中のD6-アラキドン酸の濃度を決定し、その濃度を、重水素化アラキドン酸を含むアラキドン酸の総量に基づいて、D6-アラキドン酸の少なくとも0.5%の最小治療濃度と比較することで、前記患者がニューロン中にD6-アラキドン酸の治療濃度を有するかまたは治療濃度以下を有するかを判定する。
【0029】
一実施形態では、D4-またはD6-アラキドン酸のいずれかのより高濃度が、増強された治療結果のために提供され、担当医は、増強された結果が目標濃度として設定された場合に、これらの濃度が、治療結果をもたらすための最小限必要な目標濃度であると結論付けることができる。例えば、D4-およびD6-アラキドン酸の濃度は以下の表1に記載のように設定することができ、ここでそれらの濃度は上記のとおり決定される:
【0030】
【表1】
【0031】
一実施形態では、前記方法を実施するための診断材料、並びに赤血球中の重水素化アラキドン酸の濃度をヒトの脳脊髄液のものに対して相関させる相関表を含む、部品のキットが提供される。相関表に加えて、前記診断材料は、かかる試験を実施すべき時点についての1または複数の指示、かかる試験を遅らせることを示唆する要因など、を含むことができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1図1は、成人患者における11,11-D2-リノール酸での治療開始後の指示時点における赤血球(RBC)中および髄液(SF)中の13,13-D2-アラキドン酸の百分率(%)を示すグラフである。
図2図2は、若年患者における11,11-D2-リノール酸での治療開始後の指示時点における赤血球(RBC)中および髄液(SF)中の13,13-D2-アラキドン酸の百分率(%)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
詳細な説明
患者が治療可能な神経変性疾患について治療を受けている該患者のニューロンにおいて、重水素化アラキドン酸の最小治療濃度を示すかどうかを判定するための診断方法または試験が提供される。治療可能な神経変性疾患について治療を受けている患者が、重水素化アラキドン酸の治療濃度に到達したかまたは治療濃度を維持しているかどうかを判定するための方法または試験も提供される。
【0034】
本発明をより詳細に説明する前に、まず、以下の用語を定義する。定義されていない用語は、文脈中で定義が与えられるか、またはそれらの医学的に許容可能な定義が与えられる。
【0035】
本明細書で使用される用語は、特定の実施形態を説明するためだけのものであり、本発明の限定を意図するものではない。本明細書で使用される場合、単数形「a」、「an」および「the」は、文脈がそうでないことを明確に示さない限り、複数形も含むことが意図される。
【0036】
本明細書で使用される場合、「任意選択の」または「随意に」という用語は、以下に説明される事象または状況が、発生しうるかまたは発生しえない場合を意味し、そしてその説明は、事象または状況が発生する場合と、それが発生しない場合とを含むことを意味する。
【0037】
本明細書で使用される場合、例えば温度、時間、量、濃度などの数値表示および範囲を含む他のそのような表示の前方に使用されたときの「約」という用語は、プラスマイナス(+/-)10%、5%、1%だけ変化し得る近似、またはこれらの間の任意の部分範囲もしくは部分値(sub-value)を示す。好ましくは、最小治療濃度に関して使用されるときの「約」という用語は、用量が±10%だけ変動し得ることを意味する。
【0038】
本明細書で使用される場合、「含んでいる」または「含む」という用語は、組成物および方法が、列挙された要素を含み、他を除外するものではないことを意味する。
【0039】
本明細書で使用される場合、組成物および方法を定義する際に使用される場合の「~から本質的に成る」という用語は、記載された目的のための組み合わせに対する任意の本質的な意義の他の要素を除外することを意味する。したがって、本明細書で定義される要素から本質的に成る組成物とは、特許請求される発明の基本的および新規な特徴に実質的に影響を与えない、他の材料またはステップを排除するものではない。
【0040】
本明細書で使用される場合、「~から成る」という用語は、他の成分および実質的な方法ステップの痕跡以上の要素を除外することを意味する。これらの移行句の各々によって定義される実施形態は、本発明の範囲内に含まれる。
【0041】
本明細書で使用される「リノール酸」という用語は、以下の式を有し、各水素原子における重水素の天然存在量を有する式を有する化合物、およびその薬学的に許容される塩を指す:
【化1】
リノール酸のエステルは、-OH基を-ORに置換することによって形成される。このようなエステルは、以下で定義される通りである。
【0042】
本明細書で使用される場合および文脈が他のことを示さない限り、「重水素化リノール酸またはそのエステル」という用語は、その11位に1つまたは2つの重水素原子を含むリノール酸またはエステル化合物を指す。この定義に包含される特定の化合物としては、例示としてのみであるが、11-D1-リノール酸、11,1l-D2-リノール酸、8,1l-D2-リノール酸、8,11,11-D3-リノール酸および8,8,11,1l-D4-リノール酸、並びにこれらの化合物のいずれか1つのエステルが挙げられる。ビスアリル位の追加の安定化は、単独でのまたは重水素化(もしくは三重水素化)と併用した、重同位体によるビスアリル炭素原子の1つ以上の置換も包含しうる。これは、重同位体との結合の安定化をもたらす同位体効果(IE)が、長年にわたり確立された化学理論および基本的な化学理論に対して付加的であるためである〔Westheimer、Chem. Rev. (1961) 61:265-273;Shchepinov、Rejunvenation Res、(2007)、10:47-59;Hill他、Free Radic. Biol. Med. (2012) 53:893-906;Andreyev他、Free Radic. Biol. Med. (2015) 82:63-72;Bigeleisen, J.、“The validity of the use of tracers to follow chemical reactions.” Science (1949) 110: 14-16〕。
【0043】
本明細書で使用される場合、アラキドン酸は、下記に記載のような番号付け方法を有する:
【化2】
ここで7位、10位および13位の各々は構造内部のビスアリル位である。
【0044】
本明細書で使用される場合および文脈が別のことを示さない限り、「重水素化アラキドン酸またはそのエステル」とは、ビスアリル位に少なくとも1つの重水素原子を有し、そして分子内の別の位置に随意に追加の重水素原子を有する場合がある、アラキドン酸またはエステル化合物を指す。このような重水素化アラキドン酸類は、7位、10位または13位のいずれかに重水素原子を有するモノ-ビスアリル型重水素化アラキドン酸を包含し、さらに該ビスアリル部位においてジ-、トリ-、テトラ-、ペンタ-、ヘキサ-重水素化されたもの、そして随意に重水素の天然存在量よりも大きいレベルで該ビスアリル部位以外の部位に重水素化を有するものを包含する。
【0045】
重水素化アラキドン酸という用語は、7,7-D2-アラキドン酸、10,10-D2-アラキドン酸、および13,13-D2-アラキドン酸を含む。D4-アラキドン酸という用語は、7,7,10,10-D4-アラキドン酸、7,7,13,13-D4-アラキドン酸、10,10,13,13-D4-アラキドン酸を含む。D6-アラキドン酸という用語は、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸、並びに7,7,10,10,13,13位の水素原子の少なくとも90%が重水素で置換されており、そして随意に非ビスアリル部位の残りの水素原子の35%までが重水素で置換されている、重水素化アラキドン酸を含む。
【0046】
本明細書で使用される「エステル」という用語は、C1~C6アルキルエステル、グリセロール(モノグリセリド、ジグリセリドおよびトリグリセリドを含む)などの重水素化リノール酸または重水素化アラキドン酸の任意の薬学的に許容されるエステル、ショ糖エステル、リン酸エステル等を意味する。使用される特定のエステルは、該エステルが薬学的に許容性(非毒性および生体適合性)であるならば、(いずれであるかは)重大ではない。
【0047】
本明細書で使用される場合、「重水素化アラキドン酸のプロドラッグ」という用語は、重水素化アラキドン酸のエステル、例えばC1~C5アルキルエステル、重水素化リノール酸のエステル、例えばC1~C5アルキルエステルなどを指す。重水素化アラキドン酸および重水素化リノール酸の両エステルは、投与後に胃腸管内で対応する酸/塩の形態に容易に変換される。投与された重水素化リノール酸の一部は、重水素化アラキドン酸に酵素的変換され、そのため、そのような重水素化アラキドン酸のプロドラッグとして作用する。一実施形態では、11,1l-D2-リノール酸は、13,13-D2-アラキドン酸に変換される。一実施形態では、8,8,11,1l-D4-リノール酸は、10,10,13,13-D4-アラキドン酸に変換される。
【0048】
「治療可能な神経変性疾患」または「重水素化アラキドン酸で治療可能な神経変性疾患」という用語は、特定の神経変性疾患が、重水素化アラキドン酸では治療できない神経変性疾患と比較して、重水素化アラキドン酸で治療可能であるものと認識されることを意味する。重水素化アラキドン酸で治療可能な神経変性疾患には、アルツハイマー病、軽度認知障害、前頭型認知症、筋萎縮性側索硬化症、多発性硬化症、フリードライヒ運動失調症、パーキンソン病、タウオパチー(PSPを含む)、およびハンチントン病が含まれる。一方、今日までのデータは、以下の疾患:テイ・サックス病(Tay-Sach病)、GPX-4欠損症、および神経細胞膜症を含む疾患が、重水素化アラキドン酸および/または他の重水素化多価不飽和脂肪酸で治療可能でないことを示唆している。
【0049】
本明細書中で使用する場合、疾患の「病因」という用語は、その疾患の原因を指す。「発病」または「病理(病変)」という用語は、その疾患に関連する発症、構造/機能的変化、および自然歴を指す。「自然歴」という用語は、治療の不在下での疾患の進行、または重水素化アラキドン酸もしくはそのプロドラッグを使用した治療の不在下における疾患の進行を意味する。
【0050】
本明細書で使用される「疾患の進行速度の減少」という用語は、疾患の進行速度が、患者の自然歴と比較して、治療の開始後に減衰されることを意味する。一実施形態では、ALSにおける疾患進行速度の低下は、ALSFRS-Rスコアを使用することにより、自然歴における疾患進行速度を決定し、そして再度、治療を開始してからその後の設定した期間(例えば6箇月)で終了するまでの区間の間、疾患進行速度を測定することによってALSFRS-Rスコアを決定する。その後、両方の速度が年換算され、疾患の進行速度の低下が、前後のALSFRS-Rスコアの間に少なくとも30%の変化率をもたらす。
【0051】
PSPについては、進行性核上麻痺評価尺度または統一パーキンソン病評価尺度を用いることにより、自然歴における疾患進行率を決定し、そして再度、治療を開始してからその後の設定時間の後(例えば、1箇月目、およびその後3箇月ごと)までの間隔の間に再びスコアを測定することを含む。その後、両方の速度が年換算され、疾患の進行速度の低下が、先のスコアと比較して後のスコアに少なくとも30%の変化率をもたらす。
【0052】
同様に、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病、フリードライヒ運動失調等における疾患進行速度を決定するために、類似の評価尺度(スケール)が存在する。
【0053】
本明細書で使用する場合、「最小限必要な治療結果」という用語は、重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグでの治療を受けている患者が、自然歴の間に決定された疾患進行速度に比較して、少なくとも約30%の疾患進行速度の減少率の証拠を示すことを意味する。
【0054】
本明細書で使用する「患者」という用語は、神経変性疾患に罹患しているヒト患者またはヒト患者のコホートを指す。複数の(2人以上の)患者が評価されるとき、それらの患者の疾患進行の平均が使用される。
【0055】
本明細書で使用する場合、本明細書に開示される化合物の「薬学的に許容される塩」という用語は、本発明の範囲内にあり、所望の薬理活性を保持しかつ生物学的に望ましくないものではない酸または塩基加塩を含む(例えば塩は、過度に毒性、アレルゲン性または刺激性でなく、生物利用性がある)。本発明の化合物は、例えばアミノ基などの塩基性基を有する場合、薬学的に許容される塩は、無機酸(例えば塩酸、ホウ酸、硝酸、硫酸、およびリン酸など)、有機酸(例えばアルギン酸、ギ酸、酢酸、安息香酸、グルコン酸、フマル酸、シュウ酸、酒石酸、乳酸、マレイン酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸、およびp-トルエンスルホン酸)または酸性アミノ酸(例えばアスパラギン酸およびグルタミン酸等)と共に形成することができる。本発明の化合物が酸性基、例えばカルボン酸基を有する場合、それは例えばアルカリ金属およびアルカリ土類金属などの金属(例えば、Na+、Li+、K+、Ca2+、Mg2+、Zn2+)、アンモニアまたは有機アミン(例えば、ジシクロヘキシルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ピリジン、ピコリン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン)または塩基性アミノ酸(例えば、アルギニン、リジンおよびオルニチン)と共に塩を形成することができる。かかる塩は、化合物の単離および精製中にその場で(in situ)調製することができ、または精製された化合物を遊離塩基または遊離酸形態でそれぞれ適切な酸または塩基と別々に反応させ、そうして形成された塩を単離することによって調製することができる。
【0056】
化合物
重水素化リノール酸またはそのエステルの患者に投与された部分が、脱エステル化酸またはその塩として生体内で重水素化アラキドン酸に変換され、そしてそのように変換された重水素化リノール酸の部分は、重水素化アラキドン酸のプロドラッグとして作用する。当技術分野で商業的に入手可能または既知である多数の重水素化リノール酸化合物が存在する。これらには、例としてのみ、11-D1-リノール酸、ll,11-D2-リノール酸、8,8,11,11-D4リノール酸(酵素的脱飽和伸長により10,10,13,13-D4-アラキドン酸を生じる)が含まれる。他の重水素化リノール酸は、米国特許第10,052,299号明細書(参照によりその全体が本明細書に組み込まれる)に記載されている。加えて、11-D1-リノール酸は、48108米国ミシガン州アナーバー(Ann Arbor)のケイマン・ケミカル・カンパニー(Cayman Chemical Company)から市販されている。
【0057】
重水素化リノール酸またはそのエステルに加えて、重水素化アラキドン酸を患者に投与することにより、そのプロドラッグに必要とされる酵素的変換をバイパスすることができる。かかる重水素化アラキドン酸としては、7,7-D2-アラキドン酸、10,10-D2-アラキドン酸、13,13-D2-アラキドン酸、7,7,10,10-D4-アラキドン酸、7,7,13,13-D4アラキドン酸、10,10,13,13-D4-アラキドン酸、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸が、Shchepinov他、Molecules、28(12):3331以下参照(2018)により開示されている。それは全体が参照により本明細書に組み込まれる。他の重水素化アラキドン酸化合物は当技術分野で知られている。
【0058】
さらに、重水素化アラキドン酸は米国特許第10,577,304号明細書に記載されたような触媒過程によって調製することができる(その特許は参考によりその全体が本明細書に組み込まれる)。これらのプロセスは、ビスアリル部位のところでの実質的に完全な重水素化を提供するが、一部の重水素化は非ビスアリル部位に起こり、そして大部分はモノアリル部位において起こる。一般に、3つのビスアリル型メチレン部位での重水素化は、6個の水素原子を、90%を超える効率で重水素に変換する。これは、重水素化アラキドン酸の集団中、6個のビスアリル水素原子が平均5.4個より多くの重水素原子を有することを意味する。また、アラキドン酸(エステル部分を除く)の総水素原子数の約35%以下が重水素で置換されている。アラキドン酸には32個の水素原子が存在するため、これらの化合物中の重水素の割合は約15%から多くて35%までの範囲である。定義された「重水素化アラキドン酸」という用語がD6アラキドン酸を指す場合、そのようなアラキドン酸は、ビスアリル部位のところに平均5.4個より多くのアラキドン酸を有し、そしてカルボン酸上にプロトンを含む非重水素化アラキドン酸に存在する水素原子の数に基づいて約15%から多くて35%までの重水素化の範囲を有するアラキドン酸を含むことが理解される。
【0059】
これらの重水素化脂肪酸のエステルは、当技術分野で周知の従来技術によって調製される。かかるエステルは、好ましくはC~Cアルキルアルコールから誘導される。
【0060】
方法論
重水素化リノール酸
本明細書に記載の方法のいくつかは、重水素化リノール酸またはそのエステルの酵素的変換を利用して、重水素化アラキドン酸を提供する。具体的には、個体により消費されたリノール酸またはそのエステルの一部分が生体内で(in vivo)アラキドン酸へと変換されることにより、リノール酸またはそのエステルの当該部分がアラキドン酸のプロドラッグとして作用することはよく知られている。
【0061】
一実施形態では、11,1l-D2-リノール酸またはそのエステルで処置された患者は、インビボで13,13-D2-アラキドン酸を生成するだろう。上記のように、赤血球中の13,13-D2-アラキドン酸の濃度は、その中に見出されるアラキドン酸+重水素化アラキドン酸の総数に基づいて少なくとも約3%に達する時、その濃度は治療的である(治療効果がある)とみなされる。
【0062】
一実施形態では、8,8,11,1l-D4-リノール酸またはそのエステルで処置された患者は、生体内(in vivo)で10,10,13,13-D4-アラキドン酸を生成するだろう。上記のように、赤血球中の10,10,13,13-D4-アラキドン酸の濃度は、その中に見出されるアラキドン酸+重水素化アラキドン酸の総数に基づいて少なくとも約1%に達する時、その濃度は治療的である(治療効果がある)とみなされる。
【0063】
一実施形態では、赤血球中のD6-アラキドン酸の濃度が、その中に見出されるアラキドン酸+重水素化アラキドン酸の総数に基づいて少なくとも約1%に達する時、その濃度は治療的である(治療効果がある)とみなされる。
【0064】
各疾患が別々の病因を有し、多くの場合には、別々の病理を有することを考慮すると、治療可能な神経変性疾患の各々が、それぞれの治療結果を果たすために最小限必要な治療必要濃度を達成するために同等の重水素化アラキドン酸の閾値を必要とすることは驚くべきことである。
【0065】
一実施形態において、重水素化リノール酸、例えばll,1l-D2-リノール酸は、開始用量(primer dose)および維持用量を含む投与計画で投与される。一実施形態では、開始用量は、11,1l-D2-リノール酸またはそのエステルの定期的投与を含む。一実施形態では、開始用量は、1日当たり少なくとも約7グラムのll,1l-D2-リノール酸またはそのエステルを含む。一実施形態では、例えば、前記11,11-D2-リノール酸の一部を13,13-D2-アラキドン酸に酵素的変換することにより生体内で(in vivo)13,13-D2-アラキドン酸の治療濃度を迅速に達成させるために、開始用量が少なくとも約30日間継続される。実施形態では、開始用量の完了後、維持用量が定期的に投与され、該維持用量は、11,1l-D2-リノール酸またはそのエステルを1日当たり少なくとも約3グラムである。
【0066】
重水素化アラキドン酸
本明細書に記載の方法のいくつかは、重水素化アラキドン酸またはそのエステルを利用する。かかる方法では、D2-アラキドン酸、D4-アラキドン酸またはD6-アラキドン酸を特定の重水素化アラキドン酸として用いることが好ましい。D6-アラキドン酸の場合、この方法は、上述のように触媒過程によって生成された重水素化を含む。いずれにしても、治療的である(治療効果がある)と判明した重水素化アラキドン酸の赤血球中濃度は、上記表1に記載されている。
【0067】
一実施形態において、重水素化アラキドン酸、例えば7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸は、開始用量および維持用量を含む投与計画(レジメン)で投与される。一実施形態では、開始用量は、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸またはそのエステルの定期的投与を含む。一実施形態では、開始用量は、1日当たり約0.5グラム~約5グラムの7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸またはそのエステルを含む。一実施形態では、開始用量は、インビボで7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸の治療濃度を迅速に達成するために、約24日間から約45日間継続される。一実施形態では、開始用量の完了後、維持用量が定期的に投与される。一実施形態では、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸またはそのエステルの1日当たり開始用量の約70%以下が(維持用量として)投与される。
特定の実施形態
[実施形態1]患者の母集団のレポーター細胞中の重水素化アラキドン酸の濃度を決定する非侵襲的方法であって、前記濃度は重水素化アラキドン酸で治療可能な神経変性疾患を罹患している患者集団における治療効果の発現に相関関係があり、以下のステップ:
a)重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグでの治療計画(レジメン)中に、第1の神経変性疾患患者集団からデータを取得し、該データは治療開始後1または複数の時点での患者のレポーター細胞集団中の重水素化アラキドン酸の濃度を含み;
b)患者が治療結果を明白に発現した(エビデンスを示した)時点を評価し;
c)各患者のレポーター細胞中の治療の開始から治療結果の発現までの平均時間、および各神経変性疾患の前記発現の時点での重水素化アラキドン酸の平均濃度を同定し;
d)前記患者ニューロンが、その疾患に対する重水素化アラキドン酸の最小限必要な治療濃度を有することを証明するものとして、前記患者のレポーター細胞集団における前記重水素化アラキドン酸の平均濃度を、前記神経変性疾患に対する最小限必要な治療結果の発現に要する平均時間と相関させ;
e)1または複数のさらなる神経変性疾患のためにステップa)~d)を繰り返し;
f)重水素化アラキドン酸の最小限必要な治療濃度および治療結果の発現に要する平均時間を、前記1つ以上の更なる神経変性疾患の各々について評価し;そして
g)1セットの神経変性疾患についての前記治療結果の発現に要する平均の最小限必要な治療濃度および平均時間を取得する
を含む方法。
[実施形態2]治療可能な神経変性疾患の治療中に重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグを含む組成物の投与に対する患者の応答を判定するための方法であって、以下のステップ:
治療結果がその疾患について明白に発現するであろう時点であると予め規定された治療開始後の設定時点において、神経変性疾患に罹患している患者から赤血球の集団を取得し;
前記赤血球中の前記重水素化アラキドン酸の濃度を評価し、ここで前記濃度は重水素化アラキドン酸を含むアラキドン酸の量に相対的であり;
治療結果が明白に発現する時点に関して、前記評価濃度を、前記予め規定された濃度と比較し;
前記評価濃度が、治療可能な神経変性疾患の治療濃度であるかまたは治療濃度以下であるかを判定し;
前記判定に基づいて、前記重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグの前記患者への投与量を任意に変更する
を含む方法。
[実施形態3]レポーター細胞の検体が、治療開始後、約1箇月目に取得される、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態4]レポーター細胞のさらなる検体が、その後1箇月目、その後3箇月目、その後半年に1回、またはその後年1回の間隔で取得される、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態5]レポーター細胞が、赤血球、皮膚細胞、脂肪細胞、生検細胞、または上皮細胞である、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態6]前記重水素化アラキドン酸が、13,13-D2-アラキドン酸である、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態7]前記重水素化アラキドン酸が、D4-アラキドン酸である、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態8]前記重水素化アラキドン酸がD6-アラキドン酸であり、前記重水素化D6-アラキドン酸において、7,7,10,10,13,13位にある水素原子の少なくとも90%が重水素で置換されており、かつ随意に非ビスアリル部位の残りの水素原子の35%までが重水素で置換されている、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態9]治療可能な神経変性疾患の治療の間、重水素化アラキドン酸またはそのプロドラッグを含む組成物の投与に対する患者の応答を評価するための方法であって、次のステップ:
重水素化アラキドン酸を含むアラキドン酸の総存在量に相対した患者の赤血球中の重水素化アラキドン酸の濃度を評価し;その濃度を、前記赤血球中の前記重水素化アラキドン酸について予め規定された最小限必要な治療濃度と比較し;
前記患者の赤血球が、前記規定された治療濃度未満である前記重水素化アラキドン酸の濃度を有する場合、治療濃度以下であるとみなし、そして前記重水素化アラキドン酸の濃度が前記規定された治療濃度に等しいかまたはそれより大きい場合、前記重水素化アラキドン酸の治療濃度であるとみなし;そして
随意に、前記赤血球中の重水素化アラキドン酸の患者濃度が、治療濃度に達したかまたは治療濃度を維持しているかどうかを評価する必要に応じて、該方法を繰り返す
を含む方法。
[実施形態10]レポーター細胞の検体が、治療の開始から約1箇月後に取得される、実施形態9。
[実施形態11]レポーター細胞のさらなる検体が、その後1箇月目、その後3箇月目、半年に1回、または年1回の間隔で取得される、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態12]レポーター細胞が赤血球、皮膚細胞、脂肪細胞、生検細胞、または上皮細胞である、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態13]前記重水素化アラキドン酸が13,13-D2-アラキドン酸である、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態14]前記重水素化アラキドン酸がD4-アラキドン酸である、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態15]前記重水素化アラキドン酸がD6-アラキドン酸であり、前記重水素化D6-アラキドン酸において7,7,10,10,13,13位にある水素原子の少なくとも90%が重水素で置換されており、かつ随意に非ビスアリル部位の残りの水素原子の35%までが重水素により置換されている、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態16]治療可能な神経変性疾患を有する患者における脳脊髄液中の重水素化13,13-D2-アラキドン酸の濃度が、患者のニューロンにアクセスすることなく、治療濃度であるかまたは治療濃度以下であるかを判定するための診断方法であって、以下のステップ:
13,13-D2-アラキドン酸またはそのエステルによる神経変性疾患の治療を受けている患者から血液検体を取得し;
赤血球(RBC)中の13,13-D2-アラキドン酸の濃度を決定し;
この濃度を、重水素化アラキドン酸を含むRBC中に存在するアラキドン酸の総量に基づいて、13,13-D2-アラキドン酸の最小治療濃度と比較し、患者がニューロン中に13,13-D2-アラキドン酸の治療濃度を有するかまたは治療濃度以下を有するかを判定する
を含む、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態17]13,13-D2-アラキドン酸の治療濃度が、所与の患者または患者のコホートの治療標的として、4%、5%、6%、7%、8%、9%、または10%に設定される、実施形態16。
[実施形態18]レポーター細胞の検体が、治療開始から約1箇月後に取得される、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態19]レポーター細胞のさらなる検体が、その後1箇月目、その後3箇月目、半年に1回、または年1回の間隔で取得される、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態20]治療可能な神経変性疾患を有する患者における重水素化D4-アラキドン酸の濃度が、患者のニューロンまたは脳脊髄液にアクセスすることなく、治療濃度であるかまたは治療濃度以下であるかを判定するための診断方法であって、以下のステップ:
D4-アラキドン酸またはそのエステルによる神経変性疾患の治療を受けている患者から血液検体を取得し;そして
赤血球(RBC)中のD4-アラキドン酸の濃度を決定し;そしてこの濃度を、前記RBC中の脂肪酸(D4-アラキドン酸を含む)の総量に基づいて、D4-アラキドン酸の少なくとも1%の最小治療濃度と比較し、前記患者がニューロン中にD4-アラキドン酸の治療濃度を有するかまたは治療濃度以下を有するかを判定する
を含む方法。
[実施形態21]前記D4-アラキドン酸の治療濃度が、所与の患者または患者のコホートの治療標的として2%、3%または5%に設定される、実施形態20。
[実施形態22]レポーター細胞の検体が、治療開始から約1箇月後に取得される、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態23]レポーター細胞のさらなる検体が、その後1箇月目、その後3箇月目、半年に1回、または年1回の間隔で取得される、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態24]治療可能な神経変性疾患を有する患者における重水素化D6-アラキドン酸の濃度が、患者のニューロンまたは脳脊髄液にアクセスすることなく、治療濃度であるかまたは治療濃度以下であるかを判定するための診断方法であって、以下のステップ:
D4-アラキドン酸またはそのエステルによる神経変性疾患の治療を受けている患者から血液検体を取得し;そして
赤血球(RBC)中のD6-アラキドン酸の濃度を決定し;そして、この濃度を、前記RBC中のアラキドン酸(重水素化アラキドン酸を含む)の総量に基づいて、D6-アラキドン酸の少なくとも0.5%の最小治療濃度と比較し、前記患者がニューロン中にD6-アラキドン酸の治療濃度を有するかまたは治療濃度以下を有するかを判定する
を含む、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態25]前記D6-アラキドン酸の治療濃度が、所与の患者または患者のコホートの治療標的として、1%、1.5%、2%、2.5%、または3%に設定される、実施形態24。
[実施形態26]レポーター細胞の検体が、治療開始から約1箇月後に取得される、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態27]レポーター細胞のさらなる検体が、その後1箇月目、その後3箇月目、半年に1回、または年1回の間隔で取得される、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態28]前記重水素化アラキドン酸がD6-アラキドン酸であり、前記重水素化D6-アラキドン酸において、7,7,10,10,13,13位にある水素原子の少なくとも90%が重水素で置換されており、そして随意に非ビスアリル部位にある残りの水素原子の35%までが重水素で置換されている、上記のいずれかの実施形態。
[実施形態29]前記方法を実施するための診断材料、並びに赤血球細胞中の重水素化アラキドン酸の濃度を、ヒトの脳脊髄液の同濃度と相関させる相関表を含む、部品のキットに組み込まれた上記のいずれかの実施形態。相関表に加えて、そのような診断材料は、かかる試験を実施すべき時点についての1つ以上の指示、そのような試験を遅らせることを示唆する要因等を含むことができる。
【実施例
【0068】
本発明は、以下の実施例を参照することによって更に理解され、これは、本発明の純粋に例示であることが意図される。本発明は、例示的な実施形態による範囲に限定されず、本発明の単一の態様の例示として意図されている。機能的に等価である任意の方法は、本発明の範囲内である。本明細書に記載されたものに加えて、本発明の様々な修正は、前述の説明および添付の図面から当業者に明らかになるであろう。そのような修正は、添付の特許請求の範囲の範囲内に入る。これらの実施例では、以下の用語が本明細書で使用され、以下の意味を有する。定義されていない場合には、略語はその従来の医学的意味を有する。
D2-AA = 13,13-D2-アラキドン酸
AA = アラキドン酸
ALSFRS-R = 改正ALS機能評価尺度
BID = 1日2回
CNS = 中枢神経系
D2-LA = 11,11-D2-リノール酸
LA = リノール酸
PK = 薬物動態
PSP = 進行性核上性麻痺
RBC = 赤血球
SAE = 重篤な有害事象
SF = 脳脊髄液
TID = 1日3回
%重水素化AA = 分析対象の細胞中に存在するアラキドン酸(重水素化アラキドン酸を含む)の総量に基づいた重水素化アラキドン酸の百分率(%)。
【0069】
実施例1-単一患者のRBC中および髄液/ニューロン中のAA濃度の決定
この例では、SF中D2-AAおよびRBC中D2-AAの2つの濃度の間に1:1の相関があるかどうかを判定するために、D2-AA対D2-LAの相対量に基づいて、SF中およびRBC中のD2-AAの相対濃度を決定する。具体的には、患者に約6箇月の期間にわたって、9グラムの1日量のD2-LAエチルエステルを連続的に投与した。血液およびSFの周期的検体を採取し、RBC中およびSF中の両方のD2-LAおよびD2-AAの両濃度を測定した。全ての場合において、D2-AAは、消化管内のリノール酸エチルエステルの脱アシル化に続いて、生体内で(in vivo)D2-LAからD2-AAへの変換によって得られた。
【表2】
表中の結果は、脳脊髄液中のD2-AA濃度が、アラキドン酸+重水素化アラキドン酸の量に基づいて既に8%であることを示している。
【0070】
次に、表3は、同一患者について3箇月および6箇月目のRBC中のD2-LAおよびD2-AAの濃度を示す。
【表3】
ここで、3箇月目のRBC中のD2-AA濃度は、6箇月目に比べて有意に小さく、経時的なD2-AAの漸増を証明していることに注目されたい。さらに、D2-LA対D2-AAの比は、3箇月目の2.9:1から6箇月目の2.1:1へと変化している。
【0071】
1日当たりのD2-AAのバイオ生産量を制限するD2-LAの変換に基づいて、D2-AAの量が経時的に漸増方式で増加していくので、D2-AAはかなり線形の増加速度を取ることができる。これは図1に示され、図中、3箇月目と6箇月目のD2-AA濃度によって実線が定められ、次いで治療の開始(0箇月)へと外挿される。この線形関係から、RBC中の1箇月目におけるD2-AAの値が推定される。SF中の1箇月目の量も同様に提供される(白抜きの円)。
【0072】
上記および図1に基づいて、1箇月目のRBC中のD2-AAの量が、SF中のD2-AAの量の8%に比較して、約3パーセント(%)であることが分かる。従って、このデータは、体内での濃度が、AA(D2-AAを含む)を、RBCおよび同じく他のレポーター細胞と比較して、SF(ひいてはニューロン)中へとより多く分流することを示唆している。
【0073】
実施例2:14人の患者コホートにおけるRBC中および髄液/ニューロン中のAA濃度の決定
この実施例も、RBC中のD2-AAの濃度を決定する。具体的には、14人の患者コホートに、3グラムの1日量のD2-LAエチルエステルを1箇月間、続いて2グラムのD2-LAエチルエステルを残りの6箇月間にわたり投与した。1人を除く全ての小児について3箇月目に血液検体を採集し、全ての小児について6箇月目に血液検体を採取した。RBC中のD2-AA濃度を測定した。全ての症例において、D2-AAは、消化管内のリノール酸のエチルエステルの脱アシル化に続いて、生体内(in vivo)でのD2-LAからD2-AAへの変換によって得られた。
【0074】
3箇月目に、RBC中のD2-AAの平均濃度は12%(最低6.8%、最高16.8%)であった。6箇月目に、RBC中のD2-AAの平均濃度は16.7%(最低12.0%、最高26.1%)であると測定された。図2はこれらの結果を表し、体内でのD2-AA蓄積の線形関係を呈している。図2には、実施例1で求めた髄液中のD2-AAの1箇月目のデータが含まれている。
【0075】
図1および図2からわかるように、それらの図は実質的に同じであり、実施例1におけるD2-LAの成人患者への投与と実施例2の小児への投与が、D2-LAからD2-AAへの変換を最大化したことを強力に示唆している。このデータはさらに、一旦最大化されれば、経時的に生成されるD2-AAの量が再現性を有するものであることを示唆している。
【0076】
実施例3:ALSにおける治療濃度の確証
ALS患者を、一定期間にわたってD2-LAで処置した。患者には、D2-LAの異なる投与量および異なる投与期間を提供した。評価された全ての患者に、治療の開始前に、患者自身の自然歴のALSFRS-R分析を行った。
【0077】
上記患者からの血液検体を、それらのRBC中のD2-AA濃度について評価した。10人の患者におけるPKサンプリングは、RBC中3.1%±2.0の平均D2-AA濃度を与えた。また、治療終了時の患者ごとの機能スコア(ALSFRS-R結果)を、治療開始時の自然歴スコアと比較した。この比較に基づいて、治療前の年間-14.2±4.4の年率から、治療期間の間に-7.6±1.4へと変化し、すなわち46%減少であった(p=0.07、傾きの被験者内変化率についての両側t検定)。
【0078】
この試験の結果は、RBC中に認められるアラキドン酸+重水素化アラキドン酸の総量に基づき、約3%のRBC中D2-AA濃度を明示しており、その濃度は、RBC中のD2-AA濃度が少なくとも約3%であるときに疾患の進行速度を減弱させるという治療的利益(ベネフィット)を提供する治療濃度である(治療効果がある)と見なされる。
【0079】
実施例4:PSPにおける治療濃度の確証
PSP(タウオパチーの一例)の可能性が高いと診断された3人の患者は、28項目の進行性核上性麻痺評価尺度(PSPRS)[19]および統一パーキンソン病評価尺度(UPDRS)を使用して、ベースライン評価を行った。次いで、D2-Lin(2.88gのBID;5.76gの総1日量)で処置し、病態進行について観察した。治療期間中、上記2つの評価尺度のスコアを3箇月ごとに決定した。薬物動態(PK)サンプリングを月3回実施した。これらの被分析物は、(D2-LA)およびその中心活性代謝産物であるD2-AAの血漿濃度およびRBC膜濃度を含んだ。
【0080】
3人の患者は男性2名(年齢66歳、73歳)、女性1名(年齢74歳)であり、その各々が男性2人についてそれぞれ6年間および3年間にわたり、女性1人について2年間にわたり、前処置症候群を有していた。ベースラインPSPRSは、男性2人についてそれぞれ17および12であり、女性1人のそれは13であった。ベースラインUPDRSは、男性2人についてそれぞれ44および36であり、女性1人のそれは21であった。
【0081】
治療3箇月後、PSPRSの傾きは、0.91得点/月の歴スコア低下から0.16得点/月の低下平均(±0.23SEM)へと変化した。UPDRSの傾きは、0.95得点/月の予測増加から0.28得点/月のスコア平均増加へと変化した(±0.41SEM)。
【0082】
3箇月目に、以下のデータを収集した。
【表4】
【0083】
12箇月目、以下のデータを収集した。
【表5】
【0084】
2番目の男性患者(患者2)は、患者の治療結果をさらに強化するために、最初の1年目の処置後の用量を増加させた(2.88gのTID;8.64gの総1日用量)。
【0085】
上記結果は、治療効果(アウトカム)を得るために、赤血球中約3%の13,13-D2-AA対(AA+13,13-D2)のパーセント比が必要であったことを証明した。このデータは、赤血球中約5%の13,13-D2-AA対(AA+13,13-D2-AA)のパーセント比が好ましく、6%または8%がより好ましいことをさらに証明した。
図1
図2
【国際調査報告】