(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-05-08
(54)【発明の名称】FTIR分光測定により酵素加水分解を制御するための方法及び装置
(51)【国際特許分類】
C12P 1/00 20060101AFI20240426BHJP
G01N 21/3577 20140101ALI20240426BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20240426BHJP
C07G 11/00 20060101ALI20240426BHJP
C12N 9/24 20060101ALN20240426BHJP
【FI】
C12P1/00 A
G01N21/3577
C12M1/34 E
C07G11/00 A
C12N9/24
【審査請求】有
【予備審査請求】有
(21)【出願番号】P 2023562316
(86)(22)【出願日】2021-06-04
(85)【翻訳文提出日】2023-11-14
(86)【国際出願番号】 FI2021050417
(87)【国際公開番号】W WO2022254080
(87)【国際公開日】2022-12-08
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】518237451
【氏名又は名称】ユーピーエム‐キュンメネ コーポレイション
(74)【代理人】
【識別番号】110003694
【氏名又は名称】弁理士法人有我国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ニッシネン,ヴィルホ
(72)【発明者】
【氏名】ヴェントラ,メリ
(72)【発明者】
【氏名】タンパー,ユハ
(72)【発明者】
【氏名】トゥルネン,サミ
(72)【発明者】
【氏名】セッペ‐ラッシラ,ユハ
【テーマコード(参考)】
2G059
4B029
4B064
【Fターム(参考)】
2G059AA01
2G059BB04
2G059BB09
2G059CC12
2G059EE01
2G059FF04
2G059HH01
4B029AA27
4B029BB16
4B029FA12
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4B064AF11
4B064CA21
4B064CB07
4B064CC21
4B064DA16
(57)【要約】
バイオ由来化学製品の製造プロセスにおける酵素加水分解を制御するための方法が提供される。本方法は、少なくとも1つのプロセス流体に対して少なくとも1つのFTIR測定を実行すること、及び得られた結果に基づいて少なくとも1つのプロセスパラメータの値の制御を行うことを含む。前記結果は、それぞれのプロセス流体中の1種又は複数種の炭水化物の含有量を示す。プロセスパラメータの値の前記制御は、前記酵素加水分解におけるセルロース及びヘミセルロースのモノマー炭水化物への変換、及び前記酵素加水分解におけるモノマー炭水化物に対する可溶性リグニンの相対含有量のうちの少なくとも一方に影響を与えるために実行する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオ由来化学製品の製造プロセスにおける酵素加水分解を制御するための方法であって、
- 前記製造プロセスの少なくとも1つのプロセス流体に対して少なくとも1つのフーリエ変換赤外(以下、FTIR)測定を実行すること、及び
- 前記少なくとも1つのFTIR測定から得られた結果に基づいて、少なくとも1つのプロセスパラメータの値の制御を行うこと、を含み、
前記結果は、それぞれのプロセス流体中の1種又は複数種の炭水化物の含有量を示し、プロセスパラメータの値の前記制御は、前記酵素加水分解におけるセルロース及びヘミセルロースのモノマー炭水化物への変換、及び前記酵素加水分解におけるモノマー炭水化物に対する可溶性リグニンの相対含有量のうちの少なくとも一方に影響を与えるために実行する、方法。
【請求項2】
- 前記酵素加水分解が現在行われている酵素加水分解反応器の内容物に対してFTIR測定を実行すること、
を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
- 前記酵素加水分解反応器の内容物の試料を採取すること、及び
- 前記FTIR測定を実行するために前記試料をFTIR測定箇所に搬送すること、
を含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
- 前記酵素加水分解反応器のすぐ下流のプロセス流の内容物に対してFTIR測定を実行すること、
を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
- 製造プロセスは、前記酵素加水分解反応器の下流で液体から固体を分離するための分離工程を含み、
- 当該方法は、前記分離工程の液体出力に対してFTIR測定を実行することを含む、
請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
- 前記製造プロセスに沿って複数のサンプリング箇所から採取された試料を、時分割方式で共通のFTIR測定箇所に制御可能に搬送すること、及び
- 前記FTIR測定箇所において前記複数の試料のFTIR測定を順次実行すること、
を含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
プロセスパラメータの値の前記制御が、前記酵素加水分解への少なくとも1つの酵素の投与量を制御することを含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
プロセスパラメータの値の前記制御が、前記酵素加水分解反応器内での処理生成物の滞留時間を制御することを含む、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
- 前記酵素加水分解は、プロセスにおける連続する生成物バッチで行われ、
- プロセスパラメータの値の前記制御は、前記製造プロセスにおける後続の生成物バッチの準備における中間洗浄の効率を制御することを含む、
請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
- FTIR測定の前記結果は、複数の瞬間について、選択された波数におけるFTIR測定吸光度値のそれぞれの加重線形結合を計算し、計算された加重線形結合を、各瞬間におけるモノマー炭水化物の測定された濃度の指標として使用することによって取得する、
請求項1~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記選択された波数が、温度補償のために選択された少なくとも1つの補償波数を含み、前記補償波数における吸光度が、前記選択された波数の他の波数における吸光度よりも前記モノマー炭水化物の濃度に対する感受性が低い、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
バイオ由来化学製品の製造プロセスにおける酵素加水分解を制御するための装置であって、
- 前記製造プロセスのプロセス流に対して酵素加水分解を行うための少なくとも1つの反応器と、
- プロセスにおける前記反応器の上流及び下流にある追加の処理装置と、
- 前記反応器又は前記追加の処理装置のいずれかに含まれるプロセス流体中の1種又は複数種の炭水化物の含有量を測定するように構成された少なくとも1つのフーリエ変換赤外(以下、FTIR)測定ステーションと、
- 前記少なくとも1つのFTIR測定ステーションから測定結果を受信するように接続されたプロセスコントローラと、
を含み、
前記プロセスコントローラは、前記酵素加水分解におけるセルロース及びヘミセルロースのモノマー炭水化物への変換、及び前記酵素加水分解におけるモノマー炭水化物に対する可溶性リグニンの相対含有量のうちの少なくとも一方に影響を与えるために、受信した測定結果に少なくとも部分的に基づいて、前記製造プロセスの少なくとも1つのプロセスパラメータの値の制御を行うように構成されている、装置。
【請求項13】
複数のFTIR測定ステーションを備え、各FTIR測定ステーションが、それぞれのプロセス流体中のそれぞれの炭水化物の含有量を測定するように構成されている、請求項12に記載の装置。
【請求項14】
共通のFTIR測定ステーションを備え、前記流体取り扱い手段が、前記製造プロセスに沿って複数のサンプリング箇所から採取された試料を、時分割方式で前記共通のFTIR測定箇所に制御可能に搬送するように構成される、請求項12に記載の装置。
【請求項15】
フーリエ変換赤外(以下、FTIR)測定から得られた結果に基づいてプロセスパラメータの値の制御を行うために、バイオ由来化学製品の製造プロセスの少なくとも1つのプロセス流体に対して行われるFTIR測定の使用であって、
前記結果は、それぞれのプロセス流体中の1種又は複数種の炭水化物の含有量を示し、プロセスパラメータの値の前記制御は、前記酵素加水分解におけるセルロース及びヘミセルロースのモノマー炭水化物への変換、及び/又は前記酵素加水分解におけるモノマー炭水化物に対する可溶性リグニンの相対含有量のうちの少なくとも一方に影響を与えるために実行する、使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、一般に、バイオ由来化学製品の工業規模の製造プロセスの制御に関する。特に、本開示は、プロセスのさまざまな部分における特定の測定方法の適用、及びそのような測定に基づいて行うことができる制御の決定に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオマスベースの化学物質の製造では、例えば木材粒子を主原料として使用することができる。バイオマスから糖へのプロセスでは、プロセスの後の工程の材料を準備するために、木材粒子又は他のバイオマスに対して、水、酸性触媒、及び/又は他の液体を用いた洗浄及び含浸などのさまざまな種類の前処理を施し、高温及び高圧にさらすことがある。後の工程では、例えば酵素加水分解を含むことがあり、酵素加水分解から糖類(炭水化物)をさらに他のプロセスに供給することができる。このような他のプロセスでは、例えばグリコールの生成を含むことがある。酵素加水分解工程では、その出力の一つとしてリグニンを生成することもある。
【0003】
既知の形式では、酵素加水分解工程の制御には多くの不確実性が伴う。このプロセスは、特定の公称の酵素の添加及び活性に合わせて設計することができるが、これらが所定の時間内に目標レベルのグルコース含有量を如何に正確に達成できるかは、例えば、材料フローの準備において、先行する前処理工程がどの程度成功したかに依存し得る。プロセスの期待される進行からの逸脱が検出された場合に、リアルタイムで(又は少なくともできるだけ早く)反応することができれば有利であろう。しかし、プロセスの各工程の現在のステータスをリアルタイムで正確に把握することは困難である。適用される測定方法はいずれも、工業環境の過酷な条件での長時間の動作に適用できる必要があり、そのため、通常は、実験室の条件で使用するために構築された機器を利用することが困難又は不可能になる。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0004】
第1の態様によれば、バイオ由来化学製品の製造プロセスにおける酵素加水分解を制御するための方法が提供される。この方法は、前記製造プロセスの少なくとも1つのプロセス流体に対して少なくとも1つのフーリエ変換赤外(FTIR)測定を実行すること、及び前記少なくとも1つのFTIR測定から得られた結果に基づいて少なくとも1つのプロセスパラメータの値の制御を行うことを含む。前記結果は、それぞれのプロセス流体中の1種又は複数種の炭水化物の含有量を示す。プロセスパラメータの値の前記制御は、前記酵素加水分解におけるセルロース及びヘミセルロースのモノマー炭水化物への変換、及び前記酵素加水分解におけるモノマー炭水化物に対する可溶性リグニンの相対含有量のうちの少なくとも一方に影響を与えるために実行する。
【0005】
本文に関連して、セルロースは、繊維、繊維粒子、セルロース、グルカン、オリゴマーグルコースの少なくとも1つ又はすべてを意味すると解釈される。本文に関連して、ヘミセルロースは、キシラン(グルクロノキシランやアラビノキシランなど)、キシロオリゴマー、他のヘミセルロース系オリゴマー糖類の少なくとも1つ又はすべてを意味すると解釈される。
【0006】
一実施形態によれば、本方法は、前記酵素加水分解が現在行われている酵素加水分解反応器の内容物に対してFTIR測定を実行することを含む。これにより、酵素加水分解反応の進行を本質的にリアルタイムで追跡できるという利点が得られる。
【0007】
一実施形態によれば、本方法は、前記酵素加水分解反応器の内容物の試料を採取すること、及び前記FTIR測定を行うためのFTIR測定箇所に前記試料を搬送することを含む。これにより、酵素加水分解反応器にFTIR測定機能を直接組み込む必要がないという利点が得られ、構造設計が簡素化され、FTIR測定装置のメンテナンスが容易になる。
【0008】
一実施形態によれば、本方法は、前記酵素加水分解反応器のすぐ下流のプロセス流の内容物に対してFTIR測定を実行することを含む。これにより、酵素加水分解反応がどの程度成功したかの正確な指標を取得できるという利点が得られる。
【0009】
一実施形態によれば、製造プロセスは、前記酵素加水分解反応器の下流で液体から固体を分離するための分離工程を含み、本方法は、前記分離工程の液体出力に対してFTIR測定を実行することを含む。これにより、FTIRの結果を、酵素加水分解反応に関する結論を下すためだけでなく、生成されたモノマー炭水化物の収集がどの程度うまく成功しているかを監視するためにも使用できるという利点が得られる。
【0010】
一実施形態によれば、本方法は、前記製造プロセスに沿って複数のサンプリング箇所から採取された試料を共通のFTIR測定箇所に時分割方式で制御可能に搬送すること、及び前記FTIR測定箇所で前記複数の試料のFTIR測定を順次実行することを含む。これにより、プロセスにおける複数の工程を監視すべくFTIR測定を実行するために、単一のFTIR測定装置を使用できるという利点が得られる。
【0011】
一実施形態によれば、プロセスパラメータの値の制御は、前記酵素加水分解への少なくとも1つの酵素の投与量を制御することを含む。これにより、比較的高価なプロセス化学物質の利用を最適化できるという利点が得られる。
【0012】
一実施形態によれば、プロセスパラメータの値の制御は、前記酵素加水分解反応器内での処理生成物の滞留時間を制御することを含む。これにより、プロセスの動作を比較的簡単な手段で制御できるという利点が得られる。
【0013】
一実施形態によれば、酵素加水分解は、プロセスにおいて連続する生成物バッチで行われる。その際、プロセスパラメータの値の制御は、前記製造プロセスにおける後続の生成物バッチの準備における中間洗浄の効率を制御することを含んでもよい。これにより、個々の状況に応じて適切な規模の対策を講じることにより、汚染による不利な影響を時間内に軽減できるという利点が得られる。
【0014】
一実施形態によれば、FTIR測定の結果は、複数の瞬間について、選択された波数におけるFTIR測定吸光度値のそれぞれの加重線形結合を計算し、計算された加重線形結合を、そのような各瞬間におけるモノマー炭水化物の測定濃度の指標として使用することによって得られる。これにより、FTIR測定に影響を与える多くの態様を考慮できるという利点が得られる。
【0015】
一実施形態によれば、前記選択された波数は、温度補償のために選択された少なくとも1つの補償波数を含む。前記補償波数における吸光度は、前記選択された波数の他の波数における吸光度よりも前記モノマー炭水化物の濃度に対する感受性が低い。これにより、追加の機器で温度を測定する必要がなく、温度によって引き起こされる不正確さを測定から低減できるという利点が得られる。
【0016】
第2の態様によれば、バイオ由来化学製品の製造プロセスにおける酵素加水分解を制御するための装置が提供される。この装置は、前記製造プロセスのプロセス流に対して酵素加水分解を行うための少なくとも1つの反応器、ならびにプロセスにおける前記反応器の上流及び下流の追加の処理装置を含む。本装置は、前記反応器又は前記追加の処理装置のいずれかに含まれるプロセス流体中の1種又は複数種の炭水化物の含有量を測定するように構成された少なくとも1つのフーリエ変換赤外(FTIR)測定ステーションを備える。本装置はまた、前記少なくとも1つのFTIR測定ステーションから測定結果を受信するように接続されたプロセスコントローラも備える。前記プロセスコントローラは、前記酵素加水分解におけるセルロース及びヘミセルロースのモノマー炭水化物への変換、及び/又は前記酵素加水分解におけるモノマー炭水化物に対する可溶性リグニンの相対含有量に影響を与えるために、受信した測定結果に少なくとも部分的に基づいて製造プロセスの少なくとも1つのプロセスパラメータの値の制御を行うように構成されている。
【0017】
一実施形態によれば、本装置は複数のFTIR測定ステーションを備え、各ステーションは、それぞれのプロセス流体中のそれぞれの炭水化物(1種又は複数種)の含有量を測定するように構成されている。これにより、任意の時点でプロセスのさまざまな工程からリアルタイムのFTIR測定データを取得できるという利点が得られる。
【0018】
一実施形態によれば、本装置は共通のFTIR測定ステーションを備え、そのため、前記流体取り扱い手段は、前記製造プロセスに沿って複数のサンプリング箇所から採取された試料を、時分割方式で前記共通のFTIR測定箇所に制御可能に搬送するように構成される。これにより、プロセスにおいて複数の工程を監視すべくFTIR測定を実行するために、単一のFTIR測定装置を使用できるという利点が得られる。
【0019】
第3の態様によれば、フーリエ変換赤外(FTIR)測定から得られた結果に基づいてプロセスパラメータの値の制御を行うために、バイオ由来化学製品の製造プロセスの少なくとも1つのプロセス流体に対して行われるFTIR測定の使用が提供される。前記結果は、それぞれのプロセス流体中の1種又は複数種の炭水化物の含有量を示す。プロセスパラメータの値の前記制御は、前記酵素加水分解におけるセルロース及びヘミセルロースのモノマー炭水化物への変換、及び/又は前記酵素加水分解におけるモノマー炭水化物に対する可溶性リグニンの相対含有量に影響を与えるために実行する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
添付の図面は、本発明のさらなる理解を与えるために含まれ、本明細書の一部を構成するものであり、本発明の実施形態を示し、本書とともに本発明の原理を説明するのに役立つ。
【
図1】バイオ由来化学製品の製造プロセスの高レベルのブロック図である。
【
図2】例示的な酵素加水分解プロセスのプロセス工程を示す。
【
図4】FTIR測定に対する試料の可能な多重化を示す。
【
図7】後の加水分解工程における汚染の影響を示す。
【
図9】一連のバッチにおける収量の低下の例を示す。
【
図13】FTIRベースの分析と実験室での測定の比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1は、木材からバイオ由来化学製品を製造する製造プロセスを概略的に示す。このプロセスは、木材取り扱い段階101、木材から糖への段階102、及び糖から化学物質への段階103に大別できる。木材は、硬木、軟木、及びそれらの組み合わせからなる群から選択してもよい。木材は、例えば、マツ、ポプラ、ブナ、ヤマナラシ、トウヒ、又はカバノキから得ることができる。木材はまた、これらの任意の組み合わせ又は混合であってもよい。木材は、固有の糖含有量が比較的高いため、広葉樹であることが好ましいが、他の種類の木材の使用も排除されない。
【0022】
木材取り扱い段階101は、主に樹皮剥き111やチッピング112などの機械的処理を含む。
【0023】
木材から糖への段階102は、木材から糖へのプロセスとも呼ばれ、木材の構造を破壊してC5糖類を除去するために、木材取り扱い段階101からの木材チップに対して含浸121、半加水分解122、及び水蒸気爆発123の処理を行う前処理部分を含む。含浸は、通常、酸性触媒を利用するプロセスの一部であるため、自己加水分解に依存するプロセスでは省略してもよい。主なプロセス流は酵素加水分解124へと続き、ここでの目的は、多糖類をC6モノマーに変換すること、本質的にはグルカンをグルコースに変換することである。リグニン及び他の残留固体は酵素加水分解後に除去され、得られたC6糖類は、糖から化学物質への段階103にさらに供給される。除去されたリグニンは、さらに他のプロセスで利用してもよい。
【0024】
糖から化学物質への段階103におけるその後の糖類の利用は、糖類(C5及び/又はC6炭水化物)の精製131や1つ又は複数の糖変換プロセス132などの工程を含んでもよい。糖変換プロセス132は、アルコールを生成する発酵やグリコールを生成する接触水素化処理などのプロセスを含んでもよい。
【0025】
図2は、
図1において酵素加水分解工程124と表されただけのプロセス部分に含まれ得る内容の例をより詳細に示す。前処理部から来るプロセス流は、水ベースのスラリーの形態を有する。プロセス流は、主にセルロースを含むが、少量のヘミセルロースも含んでいる。先行する前処理部の目的の1つは、ヘミセルロースとC5糖類を除去することであったが、一部は常に残る。酵素加水分解工程は、主にセルロースをモノマー炭水化物(C6炭水化物)に変換するように設計されているが、同時に残存するわずかな画分のヘミセルロースをそれぞれのモノマー炭水化物(C5炭水化物)に変換する役割も果たす。
【0026】
スラリーにはある程度のpH制御を行ってもよく、その後に、選択された酵素が添加される短い前加水分解201にスラリーを入れる。続く第1の加水分解工程202は、加水分解反応の条件及び進行を監視及び制御できるように、バッチで行うことが好ましい。
【0027】
第1の固液分離工程203からの濾液が、可溶性のC6炭水化物の一部をすでに取り出しているが、固体画分は再スラリー化204に送られ、さらに追加の(第2の)加水分解工程205に送られる。
【0028】
本書では、再スラリー化とは、通常は水又は水ベースの溶液を加えることによって、処理生成物をより流動的にする方法工程(及び対応する処理装置)を意味する。ここで説明するようなプロセスでは、分離された固体画分を扱いやすくするため、また、その後のさらなる固液分離工程において残っている可溶性化合物から固体画分をさらに洗浄するために、固液分離後にしばしば再スラリー化を用いる。
【0029】
第2の酵素加水分解工程205からの出力は、第2の固液分離工程206に送り、そこでC6炭水化物を含む液体画分と固体画分とを互いに分離する。固液分離と再スラリー化とを連続して行ってもよく、そのような連続の回数は変えることができる。分離されたリグニンが、最終分離工程から出てくる。
【0030】
C6炭水化物の効率的な生成にとって重要なのは、前加水分解201及び加水分解工程202及び205でのグルカンからの変換を成功させることである。加水分解の効率に影響を与える要因には、限定するものではないが以下の事項、すなわち、先行する前処理と半加水分解が所望の結果を達成した程度;酵素の選択と投与量;加水分解が起こるスラリーのpHと温度;反応期間中のスラリーの混合効率;有機酸やフランなどの化学阻害剤の存在可能性とその組成;微生物汚染の可能性とその性質;さらには、原材料の元の供給源の樹種やその他の性質が含まれる。このような多くの要因の影響は、少なくともある程度は予測して対処することができるが、変換がどのように進行しているかをリアルタイムで(又は、少なくともできるだけ短い遅延で)監視できることは非常に有利となる。ここでセルロースのC6炭水化物への変換について述べていることは、ヘミセルロースのC5炭水化物への変換にも当てはまる。すなわち、変換反応は適切に同様の方法で挙動するため、セルロースのC6炭水化物への変換を最適化するために取られる措置は、(少量の)ヘミセルロースのC5炭水化物への変換にも有利な効果があるであろう。
【0031】
上述のようなバイオ由来化学製品の製造プロセスから所望の最終生成物を首尾よく取得することをより適切に制御するために、酵素加水分解を制御するための新しい方法が開発された。
【0032】
本方法の一要素は、製造プロセスの少なくとも1つのプロセス流体に対して少なくとも1つのFTIR測定を実行することである。頭字語FTIRは、Fourier Transform InfraRedに由来しており、赤外波長領域の広帯域をカバーする放射ビームを試料に照射する分光測定方法を意味する。入射赤外線のどれだけが試料物質に吸収されるかを調べるために、一連の高解像度スペクトルデータが収集される。収集されたデータは、インターフェログラムとも呼ばれ、フーリエ変換の性質を持つ数学的処理が施される。その結果、試料内の赤外線のさまざまな波長の相対吸収を示すスペクトルが得られる。異なる化学物質は異なる種類の吸収を引き起こすため、計算されたスペクトルは、測定された試料の実際の化学組成の一種のスペクトルフィンガープリントになる。
【0033】
赤外領域では、NIR(近赤外を意味)など、化学的木材処理業界で知られている他の種類の分光測定もある。しかし、一般に固体試料を必要とし、主に試料内の固体成分を示す測定結果が得られるNIRとは異なり、FTIRは、流体試料の直接測定に適用でき、液相の化学成分を示す結果が得られる。一方、既知のFTIR測定方法は、流体試料内への侵入深さが比較的短い。酵素加水分解で遭遇するようなスラリーでは、侵入深さはゼロに近い。これは、入射放射線と測定試料の間の測定可能な相互作用が、最も外側の光学要素、通常はダイヤモンド結晶の外表面で(又は少なくともその非常に近くで)発生し、そこを通って放射線が試料に向かって送られるからである。
【0034】
ここに記載された酵素加水分解を制御する方法は、少なくともFTIR測定から得られた結果に基づいて、少なくとも1つのプロセスパラメータの値の制御を行うことを含む。測定は少なくとも1つのプロセス流体に対して実行するため、その結果はそれぞれのプロセス流体中の1種又は複数種の炭水化物の含有量を示す。一実施形態では、そのような炭水化物は、対象となる糖類として説明することができ、ここで、糖類という用語は、測定されたプロセス流体中の相対量によって、酵素加水分解がどのように進行するか又は成功したかについての推論を可能にする任意の単糖類又は多糖類を意味するために使用される。例えば、FTIR測定において対象となる炭水化物又は糖は、グルカン、その変換生成物グルコース;キシラン、その変換生成物キシロース;マンナン、その変換生成物マンノース;アラビノキシラン、その変換生成物アラビノース;ラクタム、その変換生成物ラクトーゼのうちのいずれかであってもよい。プロセスパラメータの値の制御は、酵素加水分解におけるセルロース及びヘミセルロースのモノマー炭水化物への変換(例えば、グルカンからグルコースへ、及び/又はキシランからキシロースへ)、及び/又は酵素加水分解におけるモノマー炭水化物に対する可溶性リグニンの相対含有量に影響を与えるために実行する。
【0035】
可溶性リグニンの正確な測定値を得るために追加の方法工程が必要な場合、そのような追加の方法工程は、例えば波長205ナノメートルでの分光光度計の吸光度測定を含んでもよい。このような方法の詳細な例では、酵素加水分解後の溶液から10mlの試料を採取する。試料が濁っているか不透明な場合は、試料を高純度(蒸留又は脱イオン)水で希釈し、濾過する。吸光度は、UV分光光度計を使用して波長205nmで測定し、測定には1cmキュベットを使用する。吸収が0.7AUを超える場合、吸収が0.2~0.7AUの範囲になるまで試料を高純度水で希釈する。高純度の水をキュベットに入れ、ブランク試料又は参照として水試料を測定することによって、ゼロ値を測定する。結果を検証するために、試料の2つの並行測定を行う。この測定方法は、水溶液中の可溶性リグニンとブランク溶液(これは水)との間の吸収の差に基づいている。リグニン溶液のスペクトルからブランク溶液に由来するスペクトルを差し引くことにより、吸光度差を取得する。可溶性リグニンの量は、次の式を使用して計算できる。計算では、行われうる希釈が考慮される。結果は整数として報告され、単位はmg/lである。
【0036】
可溶性リグニンの量の計算(mg/l):
x=(A/a)×D
ここで、
A=吸光度
a=吸収係数0.110(l/mgcm)
D=希釈係数
【0037】
吸収係数110(l/gcm)(単位に注意)は、異なる木材種を含む試料の平均として使用される。
【0038】
酵素加水分解が意図したとおりに進行すると、スラリー中のリグニンの絶対量は一定のままであるが、変換が進むにつれてグルコースなどの単糖類の相対量が増加する。スラリーのpHが約5.5より小さいままである限り、非常に少量のリグニンのみが溶解できる。リグニンを液相に溶かすと、所望の最終生成物である糖の品質が低下するため、通常はそれを避けるべきである。この明細書の執筆時点で知られている酵素を使用した場合、酵素加水分解におけるスラリーの望ましいpH範囲は約4~5.5である。例えばpH=3など、さらに低いpH値は、微生物汚染の防止に役立つ可能性があるため、さらに望ましいであろう。ただし、スラリーのpH値が4より小さい場合に、記載されているプロセスで適切に機能する酵素を見つけるのは容易ではない。
【0039】
FTIR測定で使用する赤外線波数の有利な範囲は648~4000(1/cm)である。実験室で較正測定を実行することにより、例えば、測定試料中のグルコースなどの1種又は複数種の単糖類の相対濃度を示すFTIRスペクトル内の「署名特徴」を特定することが可能である。加えて、又は代わりに、グルカンなどの1種又は複数種の多糖類の相対(残余)濃度を計算することが可能である。加えて、又は代わりに、測定試料中のモノマー炭水化物に対する(可溶性)リグニンの相対含有量のみを示すFTIRスペクトルの特徴を特定することが可能である。可溶性リグニンの相対量は少ないが、それでも存在するため、FTIRスペクトルにおけるそのフィンガープリントを利用することができる。
【0040】
測定されたプロセス流体中の特定の成分とそれ自体を明確に関連付けることができないFTIRスペクトルの特徴であっても、重要な場合がある。すなわち、酵素加水分解が意図したとおりに進行するときに通常観察される、「標準」又は「通常」形式のFTIRスペクトルが存在することがある。波長のサブレンジでの予期せぬ吸収などの「謎」の特徴が現れた場合、及び/又は、FTIRスペクトル又はその一部にこれまで遭遇したことのない傾向の変化が観測された場合、通常は、酵素加水分解は現在、期待どおりに進行していないため、例えば、汚染の量を測定するとか、その他の観測又は修正措置を実行すべしという警告として受け取ることができる。
【0041】
図3は、FTIR測定に適したプロセス流体が現れ、結果としてFTIR測定により有用な情報を得ることができる、プロセスにおけるいくつかの場所を示す。
【0042】
プロセス工程として、酵素加水分解301は、バッチで、又は連続プロセスとして実行することができる。前者を想定すると、酵素加水分解を制御するための方法は、酵素加水分解301が現在行われている酵素加水分解反応器の内容物に対してFTIR測定302を実行することを含んでもよい。
【0043】
このようなFTIR測定302を実行するには、いくつかの代替手段が存在する。FTIR測定用の内蔵測定ヘッドを含むように、酵素加水分解反応器を構築することが可能である。反応器の現在の内容物をよく表す信頼できる結果を得るには、測定ヘッドの位置にて反応器に含まれるスラリーの十分な乱流が存在するように、このような内蔵測定ヘッドを配置することが適切である。このような測定ヘッドは、例えば、反応器の内壁から0~20cm、好ましくは1~5cmの距離だけ反応器内に突き出るようにしてもよい。反応器内に例えばピケットフェンス攪拌器などの混合装置がある場合、内蔵測定ヘッドの有利な位置は、攪拌器のブレード端が測定ヘッドに隣接して繰り返し掃引する場所であってもよい。測定ヘッドを凹部又は窪みに配置することは適切ではない。なぜなら、そのような形状が酵素加水分解反応器内に存在すると、それらの形状に含まれるスラリーの一部とスラリーの主要部分との混合が大幅に遅くなる傾向があるためである。酵素加水分解反応器内でのスラリーの混合が効率的でない場合、例えばさらに酵素やpH安定剤を追加することにより生じる変化が反応器全体に真に効果を及ぼすまでに、30分ほどかかり得ることが判明している。
【0044】
酵素加水分解反応器の内容物に対してFTIR測定302を実行する別の代替方法は、酵素加水分解反応器の内容物の試料を採取し、その試料を、FTIR測定を実行するためのFTIR測定箇所に搬送することを含む方法である。この代替方法は、プロセスのさまざまな部分から採取した試料を測定のために搬送できる集中型FTIR測定箇所がある場合に特に有利である。
【0045】
酵素加水分解反応器の内容物に対してFTIR測定を実行することにより、スラリーのバッチが反応器内に存在する間、加水分解反応の進行を連続的に、又は少なくとも繰り返し追跡できるという利点が得られる。
【0046】
バイオ由来化学製品の製造プロセスは、2つ又はそれより多い前加水分解工程及び酵素加水分解工程を含むことができるので(例えば、
図2の工程201、202、及び205を参照)、
図3に示される工程301は、これらのいずれか、最も有利には酵素加水分解工程202又は205のいずれか又は両方であってもよいことに留意されたい。換言すれば、酵素加水分解反応器の内容物に対してFTIR測定を実行することは、プロセスにおける酵素加水分解反応器のいずれか、又はこれらの任意の組み合わせの内容物に対して測定を実行することを意味し得る。
【0047】
図3の参照番号303は、FTIR測定302の追加又は代替として、本方法が酵素加水分解反応器のすぐ下流のプロセス流の内容物に対してFTIR測定を実行することをどのように含むことができるかを示す。このような測定により、加水分解工程が完了すると、即時にその成果を示す結果が取得できるという利点が得られる。上記と同様に、酵素加水分解反応器の内容物に対してFTIR測定を実行することは、プロセスにおける酵素加水分解反応器のいずれかのすぐ下流又はこれら反応器の任意の組み合わせにおけるプロセス流の内容物に対して測定を実行することを意味し得る。
【0048】
図3の参照番号305は、FTIR測定302及び303の追加又は代替として、本方法が酵素加水分解反応器の下流の分離工程304の液体出力に対してFTIR測定を実行することをどのように含むことができるかを示す。分離工程304は、液体から固体を分離する目的を有する。
【0049】
プロセスが
図2の一般的な構成を有している場合、第1及び第2の固液分離工程203及び206があり、それらからC6炭水化物をプロセス出力として収集する。加えて、さらなる固液分離工程があってもよく、それから液体画分をプロセスの初期の工程(例えば、工程201又は工程204)に循環させて戻してもよい。参照番号305のようなFTIR測定は、プロセス全体のどこに分離工程304が配置されるか、またその目的が何であるかに応じて、若干異なる目的を有する。
図2の第1又は第2工程203又は206のいずれかの結果が測定される場合、その目的は、できるだけ多くのC6炭水化物が確実に得られるようにすることである。一方、後続の分離工程のいずれかの結果が測定される場合、その目的は、液体画分に残されるC6炭水化物を確実にできるだけ少なくすることである。そうでなければ、前の工程は、失敗したか、少なくともプロセスの出力に所望のC6炭水化物を向ける上で少なくとも最適ではなかったであろう。
【0050】
上で説明したFTIR測定はいずれも、プロセスにおける対応する箇所に設置された専用のFTIR測定デバイスを使用して実行してもよい。このような分散測定戦略により、プロセスの任意の箇所でFTIR測定を連続的にするか又は少なくとも自由に設定したときに行うことができ、及び/又はプロセスにおける異なる工程でいくつかのFTIR測定を並行して実行できるという利点が得られる。
図4は、代替アプローチを示し、この代替アプローチでは、本方法が、製造プロセスに沿った複数のサンプリング箇所から採取された試料を時分割方式で共通のFTIR測定箇所401に制御可能に搬送することを含む。そのような複数の試料のFTIR測定402は、FTIR測定箇所401で順次に実行することができる。
【0051】
図4に導管及びバルブとともに概略的に示されているように、各サンプリング箇所からFTIR測定箇所401への制御可能な流体接続部がある。フラッシング接続部403及び404は、次の試料が入ってくる前にFTIR測定箇所401から前の試料の残りを確実に除去できるようにするために設けられている。制御可能な流体接続部は手動で操作することができ、及び/又はサンプリング及び測定シーケンスを制御できる自動制御システムがあってもよい。
【0052】
図4のアプローチ、すなわち共通の測定箇所に試料を制御可能に搬送することにより、必要なFTIR測定装置が1つだけ(又は少なくとも少数のFTIR測定装置)で済むという利点が得られる。これにより、測定システムの入手及び設置のコストが削減され、メンテナンスと較正が簡素化されるという利点が得られる。
【0053】
上記では、バイオ由来化学製品の製造プロセスの制御には、少なくとも1つのFTIR測定から得られた結果に少なくとも部分的に基づいて、少なくとも1つのプロセスパラメータの値の制御を行うことが含まれることを概説した。一実施形態によれば、そのような制御は、プロセスにおける1つ又は複数の酵素加水分解工程への少なくとも1つの酵素の投与量を制御することを含む。
【0054】
図5は、酵素(又は酵素の組み合わせ)の添加又は活性が加水分解反応の進行にどのように影響し得るのかの一例を示す。横軸は酵素加水分解反応器内のスラリーのバッチの滞留時間を表し、縦軸はスラリーのグルコース含有量を表す。加水分解反応では、グルコース含有量が比較的急速に増加し始めるが、反応が平衡状態に近づくにつれて増加が鈍化するか、あるいは横ばいになるのが一般的である。グルコース含有量の増加率、及び達成できる最終レベルは、両方とも酵素(又は酵素の組み合わせ)の添加又は活性に依存し得る。酵素は比較的高価なので、過剰に使用することは適切ではない。一方、添加が少なすぎると、グルコースの収率が最適以下になる。スラリーのバッチ内のグルコース含有量の変化を監視できるFTIR測定がある場合、これは、酵素をさらに追加する必要があるかどうか、又は現在処理されているバッチに対し酵素の組み合わせの正確な組成を調整する必要があるかどうかを決定するのに役立ち得る。
【0055】
ただし、酵素の添加又は活性について決定するために、酵素加水分解反応器の実際の内容物を対象としたFTIR測定を行う必要はない。換言すれば、酵素の投与量の制御は、
図3に示すFTIR測定302に基づく必要はない。例えば
図3の303又は305などのFTIR測定を用いて、前のバッチから得られた結果に基づいて、後続のバッチに関して同様の決定を行うことができる。
【0056】
加えて、又は代わりに、プロセスパラメータの値の制御は、酵素加水分解における処理生成物の滞留時間を制御することを含んでもよい。酵素の添加又は活性の制御と同様に、滞留時間に関する決定は、反応器内でFTIR測定(測定302など)が行われる場合は現在のバッチに関係する可能性があり、及び/又は反応器の下流で1つ又は複数のFTIR測定(測定303及び305など)が行われる場合は後続のバッチに関係する可能性がある。
【0057】
図6及び
図7は、スラリー中の微生物汚染がグルコース含有量の進行にどのように影響し得るかを示す例を示す。
図6は、グルコース含有量の指標を与えるFTIR測定が、個々の酵素加水分解工程における汚染をどのように示し得るかを示す。
図7は、対応する測定が、プロセスにおける第1の酵素加水分解工程の下流の第2の酵素加水分解工程における汚染をどのように示し得るかを示す。微生物汚染は、通常、加水分解によってすでに得られたグルコースを望ましくない微生物が消費し始めるという影響を及ぼす。これは、
図6の中央のグラフと
図7の分岐グラフのうち中央のグラフに示されているように、グルコース含有量の増加が本来よりも遅いことを意味し得る。微生物汚染が深刻な場合は、
図6及び
図7の一番下のグラフに示されているように、グルコース含有量が低下し始める可能性さえある。
【0058】
FTIR測定により微生物(又は化学的)汚染に関する指標が得られる場合、結果として行われるプロセスパラメータの値の制御には、製造プロセスにおける後続の生成物バッチの準備における中間洗浄の効率を制御することを含めてもよい。処理装置のこのような中間洗浄を意味するために、定置洗浄という用語又は対応する頭字語CIPが、しばしば使用される。
【0059】
望ましくないが依然として発生することがあるスラリー中の化学成分には、少なくともフルフラール、カルボン酸、乳酸、酢酸、及びエタノールが含まれる。さらに、その発生を予測するのは難しいが、1つ又は複数のFTIR測定で異常なスペクトル特徴として検出可能になる化学成分が存在することがある。プロセスパラメータの値の制御には、例えば、そのような望ましくない化学成分が過剰に含まれていることが判明した場合に、バッチを拒否するか、少なくともその後の処理を短縮するよう指示することを含んでもよい。
【0060】
図8及び
図9は、バッチの酵素加水分解が完了した後にのみ利用可能となるFTIR測定(
図3のFTIR測定303又は305など)を意思決定プロセスがどのように利用できるかの例を示す。
図8は、得られたグルコース含有量がバッチごとにランダムな変動を示す様子を示し、一方、
図9では、得られたグルコース含有量がますます低くなるという憂慮すべき減少傾向がある。
図8の場合、プロセスパラメータ値に変化がなかった場合、変動の根本原因は、例えば、原材料の変動及び/又はバイオ由来化学製品の製造プロセスにおける先行工程の成功の程度の変動である可能性がある。変動に関する情報は、製造プロセスのより前の工程にフィードバックしてもよく、そこで変動する可能性のある態様についての既知の情報と関連付けて、場合によっては是正措置を取ることもできる。
図9の場合、憂慮すべき傾向の背後にある明白な理由の1つは、やはり微生物汚染である。なぜなら、少なくともバッチ間で十分な洗浄が行われていない場合、微生物の集団は増殖し続け、ますます不利な結果を引き起こすのが一般的だからである。
図9のような結果が得られたならば、例えば、次のバッチを受け入れる前に、反応器のより徹底的な洗浄を行うという決定をしてもよい。
【0061】
本方法は、FTIR測定に基づいてプロセスパラメータ値に関する決定を行う際に人工知能を利用することを含んでもよい。プロセスの意思決定を行うコントローラが、以前に使用されたプロセスパラメータの値と対応するFTIR測定結果とに関するデータを収集し、人間の知性だけでは認識するのが困難又は不可能な傾向及び相互関係について決定を下すようにしてもよい。人工知能を利用するように構成されたそのような意思決定コントローラは、さらに発展し、初期の基本的な制御アルゴリズムから外挿して、将来処理されるバッチの利用可能な各FTIR測定結果を最適に満たすプロセスパラメータに関する決定を下し得る。
【0062】
上記では、主に方法の観点から説明してきた。装置の観点から、バイオ由来化学製品の製造プロセスにおける酵素加水分解を制御するための装置が提供される。この装置は、前記製造プロセスのプロセス流に対して酵素加水分解を行うための少なくとも1つの反応器を含む。反応器は、プロセス流が通過する容器又は大きなパイプの一般的な外観を有するようにしてもよい。バッチ式プロセスでは、処理生成物の連続したバッチがそれぞれ反応容器内に一定の反応時間保持され、一方、連続式プロセスでは、処理生成物がパイプ状の反応器を通ってゆっくりと流れ、反応器に沿って酵素加水分解が起こるようにできる。
【0063】
本装置は、反応器の上流及び下流に追加の処理装置を含み、ここで「上流」及び「下流」は、プロセスにおける処理生成物の一般的な流れ方向によって定義される。このような追加の処理装置は、例えば、チャネル、パイプ、ポンプ、コンベヤ、さらなる反応器、デカンタ及び濾過装置、混合装置などを含むことができる。追加の処理装置のいくつかが反応器の上流及び下流に位置するとは、反応器の直前又は直後を意味するものではなく、その間に他の装置が存在してもよい。
【0064】
本装置は、反応器又は追加の処理装置のいずれかに含まれるプロセス流体中の1種又は複数種の炭水化物の含有量を測定するように構成された少なくとも1つのFTIR測定ステーションを備える。このようなFTIR測定ステーションは、通常、プローブ又は測定ヘッドと、プローブへの及びプローブからの赤外線を方向付けるための光学機器と、赤外線を生成及び検出し、生の測定データを次のような形式に変換できる電子処理手段とを備える。該形式とは、(少なくとも1つの)FTIR測定ステーションから測定結果を受信するために接続されたプロセスコントローラによって使用可能かつ理解可能なスペクトル情報を構成できる形式である。
【0065】
プロセスコントローラは、受信した測定結果に少なくとも部分的に基づいて、製造プロセスの少なくとも1つのプロセスパラメータの値の制御を行うように構成されている。このようなパラメータ値の制御の目的は、酵素加水分解における、セルロース及びヘミセルロースのモノマー炭水化物への変換及び/又はモノマー炭水化物に対する可溶性リグニンの相対含有量に影響を与えることである。
【0066】
FTIR測定用のハードウェアを構成する1つの可能性は、装置が複数のFTIR測定ステーションを備えて、各々がそれぞれのプロセス流体中のそれぞれの炭水化物(1種又は複数種)の含有量を測定するように構成することである。別の可能性は、装置が共通のFTIR測定ステーションを備えて、流体取り扱い手段が、前記製造プロセスに沿って複数のサンプリング箇所から採取された試料を時分割方式で前記共通のFTIR測定箇所に制御可能に搬送するように構成することである。これら2つの可能性の使用については、方法の観点から前に詳しく説明した。
【0067】
図10~13は、酵素加水分解中のスラリーのグルコース含有量を決定するためのFTIR測定の適用可能性を示す。これらのグラフを作成するために、5つの測定系列A~Eで測定を行った。これらA~Eのそれぞれは、前処理されたプロセス材料(
図1の前処理部分に関して上記で説明した種類の前処理プロセスの結果)のバッチを酵素加水分解にかけることを含んでいた。測定系列A、B、及びCは単一工程の酵素加水分解を受けたバッチから作成し、測定系列D~Eは連続した2工程の酵素加水分解を受けたバッチから作成した。後者のうち、測定系列Dは第1工程中の測定結果を、測定系列Eは第2工程中の測定結果をそれぞれ示す。ここでは、測定系列が時間軸上で互いに続くようにグラフで表示されているが、これは結果をグラフで表示するための単なる方法である。上記の測定系列D~Eの2工程の性質を除いて、個々の測定系列は互いに独立している。
【0068】
個々のFTIR測定により、関係する波数範囲内の各波数の吸光度値が得られる。これらの吸光度の値を波数(又は波長)軸上にプロットすると、瞬間的なFTIRスペクトルが得られる。加水分解反応を進行させながらFTIR測定を繰り返して実行することで、波数ごとの吸光度値の時系列を蓄積することができる。
【0069】
図10は、FTIR測定デバイスが測定した各測定系列A~Eにおける波数1040(1/cm)での吸光度値の時系列を示す。波数1040での吸光度は、グルコース含有量と比較的よく相関していることが判明している。
図10は、各測定系列の終わりに向けて波数1040での吸光度が一般的に増加する傾向を示していることにより、この発見を裏付けている。
【0070】
図11は、FTIR測定デバイスが測定した各測定系列A~Eにおける波数1052(1/cm)での吸光度値の時系列を示す。波数1040と同様に、波数1052における吸光度も、グルコース含有量と比較的よく相関していることが判明している。
図11は、各測定系列の終わりに向けて波数1052での吸光度が一般的に増加する傾向を示していることにより、この発見を裏付けている。
【0071】
FTIR測定における温度補償に適用できる波数が648~4000(1/cm)の範囲内にいくつかあることが判明した。例えば、FTIRで測定された3224(1/cm)での吸光度は、酵素加水分解中に生じる化学組成の変化の影響を比較的受けない。その代わりに、3224(1/cm)での吸光度がスラリーの温度の関数として変化することが判明している。
図12は、FTIR測定デバイスが測定した各測定系列A~Eにおける波数3224(1/cm)での吸光度値の時系列を示す。
【0072】
同様に、温度依存性の変化は化学組成を示す波数にも現れることが予想できるため、温度による生じる不正確さを軽減するために、3224(1/cm)(及び/又はこの目的に適切であることが判明した他の波数)で測定された吸光度を使用することができる。このような軽減の基本原理は、個々のFTIRスペクトルごとに、温度を示す波数での吸光度値に基づいて補正係数を計算し、その補正係数を、化学組成を示す波数にて測定された吸光度値に加算することを含む。
【0073】
上で説明した種類の発見により、計算モデルを構築することが可能になる。該計算モデルでは、選択した波数に対するFTIR測定の吸光度値を使用してスラリー中のグルコース含有量の指標を生成することができる。このような計算モデルの一般的な形式の例は次のとおりである。
【0074】
【数1】
ここで、C
gluc(t)は、時間tにおけるグルコースの濃度であり、
α
iは、最初の総和のi番目の項に対する定数の重みであり、
A
i(t)は、i番目の波数にて測定された吸光度値であり、
Nは、FTIR測定がグルコース含有量への顕著な依存性を示す波数の総数であり、
β
jは、2番目の総和のj番目の項の定数の重みであり、
A
j(t)は、j番目の波数にて測定された吸光度値であり、
Mは、FTIR測定が温度のみへの依存性を示す波数の総数であり、
Γは、定数である。
【0075】
換言すれば、上記の式は、グルコース含有量を調べるために使用されるすべての波数に重みαiを与え、温度変化を補償するために使用されるすべての波数に重みβjを与える計算を表している。式の右側の最初の項は、グルコース含有量を示すN個の波数すべての重み付き寄与の総和を表す。式の右側の2番目の項は、温度を示すM個の波数すべての重み付き寄与を考慮した温度補償を表す。
【0076】
図13は、スラリーのバッチを酵素加水分解にかけた比較を示す。その進行は、波数範囲648~4000(1/cm)でのFTIR測定を繰り返して監視した。グルコース含有量は、パラメータ値N=2、M=1、Γ=49779、α
1=11120653、α
2=-9320009、及びβ
1=162864を用い上記の式を使用することにより、時間の関数として計算した。最初の総和に寄与する2つの波数は1040(1/cm)(i=1)と1052(1/cm)(i=2)で、2番目の総和に寄与する唯一の波数は3224(1/cm)(j=1)であった。時間tの各瞬間について、式から得られた値を黒い点としてプロットした。FTIR測定と同時に、スラリーの試料を採取し、そのグルコース含有量を実験室の方法で測定した。灰色の曲線は、実験室での測定値に対する滑らかな曲線の最適な数学的適合を表す。
【0077】
図13は、黒い点の「雲」と灰色の曲線が比較的よく一致していることを示す。これは、比較的粗い計算モデルであっても、FTIR測定からスラリーのグルコース含有量を比較的正確に決定することができることを証明している。計算モデルは、数値NとMを増やすことによって、より良くすることができる。すなわち、FTIRで測定された吸光度が化学組成又は温度のいずれかを示す波数を見つけ、適切な重みα
iとβ
jを定義することによって、計算モデルをより良くすることができる。最後に述べた方法は、統計的又は計量化学的方法により、すなわち、計算結果を実験室での測定値と比較し、例えば最小二乗和の意味で最も一致する重み値を選択することによって行うことができる。
【0078】
図13における興味深い部分が、測定系列AとBの間の遷移付近(箇所1301を参照)と、測定系列Bの持続時間の約3分の1の次箇所1302とに見られる。
図10と
図11では、対応する時点を示す垂直の破線と一点鎖線の間で、1040(1/cm)及び1052(1/cm)にて測定された吸光度は、最初の測定系列Aがまだ続いているように、短い低下の後に増加し続けている。しかし、
図12は、どのように箇所1301において3224(1/cm)での測定吸光度に顕著な一時的な増加が起こり、その後、前記垂直の破線と一点鎖線との間で減少が起こっているかを示す。換言すれば、プロセス温度は、測定系列AとBの間の遷移箇所1301で急激に変化し、その後連続的に変化している。温度が低下すると、1040(1/cm)及び1052(1/cm)での吸光度は増加するが、3224(1/cm)での吸光度は減少する。
図13に見られるように、3224(1/cm)(及び/又は化学組成に依存しない温度の優れた指標となる他の波数)での吸光度を使用して温度ベースの不正確さを補正すると、FTIR測定を使用して酵素加水分解中のグルコース含有量を決定する際に大幅な改善が得られる。
【0079】
技術の進歩に伴い、本発明の基本的な考え方がさまざまな方法で実現できることは、当業者には明らかである。したがって、本発明及びその実施形態は、上述の例に限定されるものではなく、特許請求の範囲内で変更することができる。
【国際調査報告】