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特表2024-519617生物における血小板減少症の発症の素因の診断方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-05-20
(54)【発明の名称】生物における血小板減少症の発症の素因の診断方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240513BHJP
   G01N 33/92 20060101ALI20240513BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20240513BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/92 Z
G01N33/53 B
G01N33/53 S
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023568246
(86)(22)【出願日】2022-05-05
(85)【翻訳文提出日】2024-01-05
(86)【国際出願番号】 EP2022062143
(87)【国際公開番号】W WO2022234011
(87)【国際公開日】2022-11-10
(31)【優先権主張番号】21172527.0
(32)【優先日】2021-05-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】518022178
【氏名又は名称】エバーハルト カール ウニヴェルジテート テュービンゲン メディツィニーシェ ファクルテート
【氏名又は名称原語表記】EBERHARD KARLS UNIVERSITAET TUEBINGEN MEDIZINISCHE FAKULTAET
【住所又は居所原語表記】Geschwister-Scholl-Platz,72074 Tuebingen Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】バクチョル,タマム
(72)【発明者】
【氏名】アルトハウス,カリーナ
(72)【発明者】
【氏名】ズラマル,ジャン
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA13
2G045AA25
2G045CA24
2G045CA26
2G045DA36
2G045DA61
2G045FA37
2G045FB03
(57)【要約】
本発明は、生物における血小板減少症の発症の素因の診断方法およびこの方法に関連する使用に関する。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物において血小板減少症を発症する素因を診断する方法であって、
1.診断を受ける生物の血清を提供する工程;
2.健康な参照生物の血小板を提供する工程;
3.工程(2)の血小板のうち、P-セレクチンとホスファチジルセリンを表面発現する血小板の割合(%)を測定して、Mpre値を求める工程;
4.工程(1)の血清の分取試料を、工程(2)の血小板の分取試料とインキュベートする工程;
5.工程(4)のインキュベーション後に、P-セレクチンとホスファチジルセリンを表面発現する血小板の割合(%)を測定して、Mpost値を求める工程;および
6.Mpost>Mpreの場合に、前記生物が血小板減少症を発症する素因を有すると診断する工程
を含む、方法。
【請求項2】
前記血小板減少症が、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記血小板減少症が、ワクチン起因性免疫性血小板減少症(VITT)である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記VITTが、抗SARS-CoV-2ワクチンに起因するものである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記抗SARS-CoV-2ワクチンが、ベクターを用いたワクチンであり、好ましくは、アデノウイルスを用いたベクターワクチン、またはアデノ随伴ウイルスを用いたベクターワクチンである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
工程(2)の血小板が洗浄血小板として提供される、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
工程(2)の血小板が多血小板血漿(PRP)として提供される、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
工程4において、前記血清と前記血小板からなるインキュベーション混合物に血小板第IV因子(PF4)が添加される、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
工程4において、前記血清と前記血小板からなるインキュベーション混合物にヘパリンが添加される、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記ヘパリンが低分子ヘパリン(LMWH)である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
工程3および/または工程5において、P-セレクチンとホスファチジルセリンを表面発現する前記血小板の割合(%)の測定が、フローサイトメトリー(FC)により行われる、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
工程6において、工程(4)のインキュベーション後の前記血小板のうち10%以上が、P-セレクチンとホスファチジルセリンを表面発現している場合に、前記素因を有すると診断される、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
生物において血小板減少症の罹患を診断する方法であって、
1.診断を受ける生物の血清を提供する工程;
2.健康な参照生物の血小板を提供する工程;
3.工程(2)の血小板のうち、P-セレクチンとホスファチジルセリンを表面発現する血小板の割合(%)を測定して、Mpre値を求める工程;
4.工程(1)の血清の分取試料を、工程(2)の血小板の分取試料とインキュベートする工程;
5.工程(4)のインキュベーション後に、P-セレクチンとホスファチジルセリンを表面発現する血小板の割合(%)を測定して、Mpost値を求める工程;および
6.Mpost>Mpreの場合に、前記生物が血小板減少症を発症する素因を有すると診断する工程
を含む、方法。
【請求項14】
生物における血小板減少症の発症の素因および/または血小板減少症の罹患の診断マーカーとしての、血小板の表面上のP-セレクチンとホスファチジルセリンの共局在の使用。
【請求項15】
前記血小板減少症が、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)および/またはワクチン起因性免疫性血小板減少症(VITT)である、請求項1に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物における血小板減少症の発症の素因または血小板減少症の罹患を診断する方法、およびこの方法に関連する使用に関する。
【0002】
本発明は、分子医学分野に関し、より具体的には、分子診断学分野に関し、好ましくは血小板減少症に関連する分子血液マーカーの診断に関する。
【背景技術】
【0003】
血小板減少症は、血液中の血小板(栓球という名称でも知られている)の数が異常に減少することを特徴する疾患である。血小板減少症は、集中治療患者において最もよく認められる凝固障害であり、内科患者の20%で認められ、外科患者の3分の1で認められる。
【0004】
正常なヒト血小板数は、血液1μlあたり150,000~450,000個である。この範囲外の数値であっても、必ずしも疾患であるとは限らない。救急処置が必要な血小板減少症の一般的な定義の1つとして、血液1μlあたりの血小板数が50,000個未満であることが挙げられる。血小板減少症は、血小板血症(原因が未知の場合)や血小板増加症(原因が既知の場合)のような、血液中の血小板数が異常に多くなる状態と対比することができる。
【0005】
ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)は、抗凝固剤である様々な形態のヘパリンの投与により引き起こされる血小板減少症である。HITは、血栓症すなわち血管の内部での血栓の異常な形成を起こしやすく、これは、トロンビンを活性化する微粒子が血小板から放出されて血栓症を起こすことによる。血栓症が同定された場合、この疾患は、ヘパリン起因性血小板減少症・血栓症(HITT)と呼ばれる。HITは、血小板を活性化する異常な抗体の形成によって引き起こされる。ヘパリンの投与を受けている人が新たに血栓症を発症したり、既存の血栓症が悪化したりした場合や、血小板数が減少した場合に、特定の血液検査によりHITを確認することができる。
【0006】
ヘパリンの投与を受けている人において血液検査により血小板数の減少が確認された場合や、さらにはヘパリンの投与を既に中止したにもかかわらず血液検査により血小板数の減少が確認された場合に、HITが疑われる。専門的なガイドラインでは、ヘパリンの投与を受けている人に対して、ヘパリンの投与期間中に、血小板数の測定を含む全血球算定を定期的に行うことが推奨されている。しかし、ヘパリンの投与期間中に血小板数が減少したすべての人がHITを発症しているとは限らない。血小板減少症の発症のタイミング、その重症度、新たな血栓症の発生および別の理由の存在のすべてによってHITの有無の可能性が決定される。
【0007】
HITの可能性の予測に一般に用いられているスコアとして、2003年に導入された「4Ts」スコアがある。4Tsスコアは0~8点で示され、4Tsスコアが0~3点の場合、HITの可能性は低い。4~5点の4Tsスコアは中確率を示し、6~8点の4Tsスコアは高確率を示す。高得点の患者は代替薬物での治療が必要である可能性があり、さらに高感度かつ特異的なHIT検査が行われる。低得点の患者は、HITを発症している可能性は極めて低いため、引き続きヘパリンを安全に投与できる。4Tsスコアの算出には手間がかかるため、毎日の診断ルーチンとして実施することは難しく、予後を示す数値としての信頼性は非常に低い。
【0008】
ワクチン起因性免疫性血栓性血小板減少症(VITT)は、ワクチン起因性血栓形成促進性免疫性血小板減少症(VIPIT)とも呼ばれ、オックスフォード大学とアストラゼネカ社が共同開発したCOVID-19ワクチン(AZD1222またはChAdOx1と呼ばれる)をCOVID-19パンデミック期間中に接種した人々のうち、ごく数人において初めて観察されたまれなタイプの血液凝固イベントである。その後、ジョンソン・エンド・ジョンソン社製のCOVID-19ワクチンでもVITTが報告され、安全性が再評価されるまでワクチンの使用が中止された。2021年4月にアストラゼネカ社と欧州医薬品庁(EMA)は、医療従事者に対してChAdOx1ワクチンに関する情報を更新し、血小板減少症を伴う血栓症の発症とワクチンの接種との間には因果関係があるという見解には「妥当性があると考えられる」こと、「そのような副作用は非常にまれ」であるが、一般人口における発症率を上回ることが報告された。さらに、2021年4月7日に欧州医薬品庁(EMA)は、血液凝固と血小板減少の併発に関する「妥当性のある説明」の1つとして、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)として知られている「ヘパリンで治療した患者に時折見られる状態とよく似た状態を引き起こす免疫応答」であるという見解を示した。
【0009】
ワクチン(例えばベクターワクチン)を直ちに接種すべき患者が、血栓症または血小板減少症を発症する傾向があることから、必要に応じて別のワクチンに切り換える必要があるということを、治療担当医師が事前に特定することができる方法は現在存在しない。
【0010】
このような状況下において、本発明は、生物において血小板減少症を発症する素因を診断し、かつ/または生物において血小板減少症の罹患を診断する新たな方法を提供することを目的としている。この方法は、当技術分野の方法の欠点を回避できるか、あるいは少なくとも当技術分野の方法と比べて欠点が少ない。より具体的には、それほど煩雑な方法ではなく、信頼性の高い再現可能な方法で結果を提供することができる方法が提供される。
【0011】
本発明は、このようなニーズやその他のニーズを満たすものである。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、生物において血小板減少症を発症する素因を診断する方法であって、
1.診断を受ける生物の血清を提供する工程;
2.健康な参照生物の血小板を提供する工程;
3.工程(2)の血小板のうち、P-セレクチンとホスファチジルセリンを表面発現する血小板の割合(%)を測定して、Mpre値を求める工程;
4.工程(1)の血清の分取試料を、工程(2)の血小板の分取試料とインキュベートする工程;
5.工程(4)のインキュベーション後に、P-セレクチンとホスファチジルセリンを表面発現する血小板の割合(%)を測定して、Mpost値を求める工程;および
6.Mpost>Mpreの場合に、前記生物が血小板減少症を発症する素因を有すると診断する工程
を含む方法を提供する。
【0013】
さらに、本発明は、生物において血小板減少症の罹患を診断する方法であって、
1.診断を受ける生物の血清を提供する工程;
2.健康な参照生物の血小板を提供する工程;
3.工程(2)の血小板のうち、P-セレクチンとホスファチジルセリンを表面発現する血小板の割合(%)を測定して、Mpre値を求める工程;
4.工程(1)の血清の分取試料を、工程(2)の血小板の分取試料とインキュベートする工程;
5.工程(4)のインキュベーション後に、P-セレクチンとホスファチジルセリンを表面発現する血小板の割合(%)を測定して、Mpost値を求める工程;および
6.Mpost>Mpreの場合に、前記生物が血小板減少症を発症する素因を有すると診断する工程
を含む方法を提供する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
驚くべきことに、本発明者らは、血小板の表面上のP-セレクチンとホスファチジルセリンの共局在または共発現が、生物における血小板減少症の発症の素因および/または血小板減少症の罹患を示す信頼性の高い診断マーカーであることを見出した。特に、本発明において見出された血小板の表面上のP-セレクチンとホスファチジルセリンの両方の発現は、血小板減少症の素因がある個体または血小板減少症に罹患している個体から得られた血清によって刺激されることが見出された。後者の驚くべき知見をきっかけに、本発明による方法を開発することができた。
【0015】
当技術分野では、このような現象は知られておらず、当業者にとって予想外のものであった。
【0016】
本発明による方法は、当技術分野で公知の方法とは異なり、容易に実施することができ、信頼性の高い結果を得ることができる。本発明の方法は、生物において血小板減少症を発症する素因または血小板減少症の罹患を診断できるだけでなく、まれに血小板減少症を誘発する疑いのあるワクチンの投与に関連したリスクを良好に評価することができる。このような素因が診断された場合には、治療担当医師は、このワクチンの投与を避けて、例えばmRNAワクチンなどの、血小板減少症を引き起こさないと考えられる別のワクチンや、少なくとも危険性プロファイルの少ない別のワクチンを選択することができる。
【0017】
本発明によれば、「生物」はあらゆる生物を含み、特に哺乳動物を含み、ヒトであることが好ましい。
【0018】
本発明によれば、「血液中の血清成分」または単に「血清」は、凝固に寄与しない血液流体と溶質成分を指す。血清は、凝固した血液試料を遠心分離した場合に上清として得られる血液の液状部分である。血清は、フィブリノゲンを含んでいない血漿として定義してもよい。血清は、血液凝固に利用されないあらゆるタンパク質;ならびにあらゆる電解質、抗体、抗原およびホルモンを含んでおり、外来性物質(例えば、薬物や微生物)を含んでいてもよい。血清は、白血球、赤血球、血小板、凝固因子のいずれも含んでいない。
【0019】
本発明によれば、「血小板」または「栓球」は、血液の構成成分であり、凝固因子とともに血管損傷による出血に反応して集塊を形成し、血液凝固を開始する。血小板には細胞核がない。血小板は、骨髄の巨核球に由来する細胞質の断片として発生し、その後、血液循環に入る。血液循環中の不活性血小板は、2~3μmの最大直径を有する両凸円盤状(レンズ形)構造である。
【0020】
本発明によれば、「P-セレクチン」すなわち「CD62」は、ヒトではSELP遺伝子によってコードされる1型膜貫通タンパク質である。P-セレクチンは、血管の内面を覆う活性化内皮細胞の表面上の細胞接着分子(CAM)および活性化血小板の表面上の細胞接着分子(CAM)として機能している。
【0021】
本発明によれば、「ホスファチジルセリン」(Ptd-L-SerまたはPSと略される)は、細胞膜の構成成分であるリン脂質を指す。ホスファチジルセリンは、細胞周期シグナル伝達において重要な役割を果たしており、特にアポトーシスに関連する重要な役割を果たしている。
【0022】
本発明によれば、「Mpre」は、検査を受ける個体から得た血清とインキュベートする前の、健常個体の血小板の割合(%)を示す指標であり、「Mpost」は、検査を受ける個体から得た血清とインキュベートした後の、健常個体の血小板の割合(%)を示す指標である。
【0023】
本発明の一実施形態において、「血小板減少症」は、脳静脈洞血栓症を含む血栓症を含み、本発明による方法を用いて、生物における血栓症の発症のリスクの判定、または実際に血栓症に罹患している生物の判定を行うことができる。
【0024】
本発明による方法の変法では、工程(3)と工程(5)において、P-セレクチンとホスファチジルセリンを表面発現する血小板の割合を測定する代わりに、血小板の表面上のP-セレクチンとホスファチジルセリンの量を測定する。
【0025】
本発明の一実施形態において、血小板減少症は、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)である。
【0026】
この手段によって、その素因を判定するための信頼性の高い簡便な方法が現在存在しない最も重要性の高い1種以上の血小板減少症の診断に本発明を適合させることができる。
【0027】
本発明の一実施形態において、血小板減少症は、ワクチン起因性免疫性血小板減少症(VITT)であり、抗SARS-CoV-2ワクチンに起因するVITTであることが好ましく、アデノウイルスを用いたベクターワクチンまたはアデノ随伴ウイルスを用いたベクターワクチンに起因するVITTであることがさらに好ましい。
【0028】
この手段によって、VITTの誘発が疑われているChAdOx1ワクチンなどのワクチンを投与する際に、血小板減少症の発症のリスクに関して医師が良好に判断を下すことが可能な予後予測方法に本発明を適合させることができる。
【0029】
別の一実施形態において、工程(2)の血小板は、洗浄血小板として提供される。
【0030】
この手段は、病原性抗体の検出感度などに関する本発明の方法の感度をさらに向上させることができるという利点がある。
【0031】
本発明によれば、「洗浄血小板」は、血漿、赤血球および白血球の大部分、好ましくは実質的にすべての血漿、赤血球および白血球が除去されて、生理食塩水または別の種類の保存溶液と置換された血小板を含むと解釈される。
【0032】
本発明のさらに別の一実施形態において、工程(2)の血小板は、多血小板血漿(PRP)として提供される。
【0033】
この手段は、血小板の洗浄という時間もコストもかかる工程を必要としないという利点がある。また、熟練の検査技師を必要とすることなく、ある程度の技術を持つ人員により、本発明の方法を実施することができる。
【0034】
本発明によれば、「多血小板血漿(PRP)」は、自家調整血漿としても知られており、自己輸血装置または専用の卓上装置を用いた血漿交換法により患者自身の全血から得られた多血小板血漿タンパク質の濃縮物である。分離原理は遠心力に基づいており、個々の血液成分の比重が異なることから、各血液成分を層状に遠心分離することによって、各血液成分を個別に回収することができる(血漿交換法)。全血は、赤血球、乏血小板血漿(PPP)および多血小板血漿(PRP)という成分に分離される。
【0035】
本発明の一実施形態では、工程4において、血清と血小板からなる前記インキュベーション混合物に血小板第IV因子(PF4)が添加される。別法として、または上記に加えて、工程4において、血清と血小板からなるインキュベーション混合物に、ヘパリン、好ましくは低分子ヘパリン(LMWH)が添加される。
【0036】
この手段は、本発明の方法の感度および/または特異度をさらに向上させることができるという利点がある。
【0037】
「血小板第IV因子(PF4)」は、CXCケモカインファミリーに属する小型サイトカインであり、ケモカイン(C-X-Cモチーフ)リガンド4(CXCL4)という名称でも知られている。このケモカインは、血小板の凝集の際に活性化血小板のα顆粒から放出され、ヘパリン様分子の効果を緩和することによって血液凝固を促進する。
【0038】
「ヘパリン」は、血栓症を起こす凝固を抑制する天然多糖類である。天然のヘパリンは、様々な長さの分子鎖からなり、様々な分子量を有する。幅広い分子量のヘパリンからなる医薬品グレードのヘパリンは、5000ダルトンの分子量のヘパリンから40,000ダルトンを超える分子量といった様々な分子量のヘパリン鎖で構成されている。これに対して、「低分子ヘパリン(LMWH)」は、短鎖多糖類のみで構成されている。低分子ヘパリンは、平均分子量が8000Da未満のヘパリン塩として定義され、全鎖の少なくとも60%が8000Da未満の分子量を有する。低分子ヘパリンは、重合ヘパリンの様々な分画法または解重合法によって得られる。
【0039】
本発明の一実施形態では、工程3および/または工程5において、P-セレクチンとホスファチジルセリンを表面発現する前記血小板の割合(%)は、フローサイトメトリー(FC)により測定される。
【0040】
この手段は、新たに見出された細胞表面マーカーの測定に十分に確立された方法を用いることができ、毎日の診断ルーチンにおいて容易に実施することができるという利点がある。
【0041】
本発明の一実施形態では、工程6において、工程(4)のインキュベーション後の前記血小板のうち10%以上が、P-セレクチンとホスファチジルセリンを表面発現している場合に、前記素因を有すると診断されるか、前記疾患に実際に罹患していることが診断される。
【0042】
この手段は、高い信頼性で簡便に診断を行うことが可能な特定の閾値を提供できるという利点がある。
【0043】
本発明の一実施形態では、P-セレクチンとホスファチジルセリンを表面発現する血小板の割合は、1%以上、2%以上、3%以上、4%以上、5%以上、6%以上、7%以上、8%以上または9%以上であってもよいが、10%以上であることが好ましい。本発明によれば、「10%以上」には、15%以上、20%以上、25%以上、30%以上、35%以上、40%以上、45%以上、50%以上、55%以上、60%以上、65%以上、70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上および100%以上が含まれる。
【0044】
本発明の別の主題は、生物における血小板減少症の発症の素因および/または血小板減少症の罹患の診断マーカーとしての、血小板の表面上のP-セレクチンとホスファチジルセリンの共局在の使用に関し、血小板減少症は、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)および/またはワクチン起因性免疫性血小板減少症(VITT)であることが好ましい。
【0045】
本発明による方法の特徴、特性、利点および実施形態は、本発明による使用にも適用される。
【0046】
前述の特徴および後述する特徴は、各実施形態において示した組み合わせでしか使用できないわけではなく、本発明の範囲から逸脱することなくその他の組み合わせや単独でも使用することができる。
【0047】
以下の実施形態を参照することにより本発明をさらに詳しく説明する。これらの実施形態では、本発明のさらなる特徴、特性および利点について述べている。また、以下の実施形態は例示のみを目的としたものであり、本発明の趣旨または範囲を限定するものではない。特定の実施形態で述べた特徴は、本発明の全般的な特徴であり、特定の実施形態に適用できるのみならず、単独でも適用でき、本発明のあらゆる実施形態に適用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
以下の実施例および図面を参照しながら、本発明をさらに詳細に記載および説明するが、本発明はこれらの実施例および図面に限定されない。
図1】抗体を介した血小板の活性化と凝固促進性血小板の産生を示す。改良した血小板活性化アッセイ(HIPA)でワクチン起因性免疫性血栓性血小板減少症(VITT)患者を調査した結果を示す。各ドットは、4人のドナーの中央値を示す。VITT患者は、バッファーのみの条件で、PF4/ヘパリン複合体により血小板の活性化が有意に増加したことが示されたが、この血小板の活性化は、高用量のヘパリンで抑制された(パネルA)。別の実験設定において、アネキシンV-FITC抗体染色とCD62p-APC抗体染色により、凝固促進性血小板(CD62P/ホスファチジルセリン(PS)陽性細胞)を分析した。グラフに示すように、PF4、0.2U/mlもしくは100U/mlのヘパリン、受容体結合ドメイン(RBD)またはChAdOx1 nCoV-19Aワクチンで血小板を処理した(パネルB)。様々な力価のVITT患者由来血清を用いたHIPAアッセイの結果を示す。希釈した血清(1:64以上の希釈倍率)は、PF4の存在下でのみ血小板を活性化したことには留意されたい(パネルC)。さらに、凝固促進性血小板の産生に対する様々な力価のVITT患者由来血清の効果を示す。希釈した血清(1:8以上の希釈倍率)は、PF4の存在下でのみ血小板を活性化したことには留意されたい(パネルC)。データは、コントロールと比較した増加倍率の測定値の平均値±標準偏差(SD)として示す(有意差なし、*p<0.05、**p<0.01、***p<0.001および****p<0.0001)。試験した血清の数は、各グラフに示している。点線は、健康なドナー由来の血清を試験して決定したカットオフ値を示す。
図2】血清中の抗COVID IgG抗体量および抗COVID IgA抗体量と、これらの抗体とHIT-EIAとの相関性を示す。VITT患者(パネルA)、ワクチン接種ボランティア(パネルB)およびCOVID-19患者(パネルC)における、スパイク三量体、RBD、S1、S2およびヌクレオカプシドに対する抗COVID IgG抗体値および抗COVID IgA抗体値のMFIを、ビーズを用いたLuminexアッセイにより定量した結果をグラフに示す。VITT患者およびワクチン接種ボランティアにおいて、抗PF4抗体量と抗COVID抗体の間に相関性は認められなかった(パネルD)。各印は個々の対象者を示し、グラフに試験した対象者の数を示している。
図3】健康な血小板へのIgGの結合を示す。パネルAは、抗ヒトグロブリン(AHG)の結合を示した代表的なフローサイトメトリーヒストグラムを示す。抗ヒトグロブリン(AHG)の結合は、健康なドナー(HC)由来の血小板をVITT患者由来の血清とインキュベートした後、バッファーまたは高濃度のヘパリン(100IU/mlのヘパリン)の存在下で測定した。別のパネルは、ワクチン接種ボランティア由来の血清(パネルB)またはCOVID-19患者由来の血清(パネルC)とインキュベートした後の健康な血小板へのIgG結合を示す(フローサイトメトリーで評価し、コントロールに対して補正した増加倍率として示す)。グラフに示すように、PF4、0.2U/mlもしくは100U/mLのヘパリン、受容体結合ドメイン(RBD)またはChAdOx1 nCoV-19Aワクチンで血小板を処理した(略称:ns:有意差なし;**p<0.01)。VITT患者において、SARS-CoV-2の受容体結合ドメイン(RBD)へのIgGの結合を試験し、EIAで評価した(バッファーコントロールに対する増加倍率として示す)。RBDの濃度の上昇に伴って、RBDへのIgGの結合が増加する傾向が認められた(パネルD)。VITT患者では、SARS-CoV-2 S2ドメインへのIgGの結合は認められなかった(パネルE)。各印は個々の対象者を示し、グラフに試験した対象者の数を示している。
図4】抗体を介した血小板の活性化と凝固促進性血小板の産生を示す。改良した血小板活性化アッセイ(HIPA)でワクチン起因性免疫性血栓性血小板減少症(VITT)患者を調査した結果を示す。各ドットは、4人のドナーの中央値を示す。VITT患者は、バッファーのみの条件で、PF4/ヘパリン複合体により血小板の活性化が有意に増加したことが示されたが、この血小板の活性化は、高用量のヘパリンで抑制された(パネルA)。別の実験設定において、アネキシンV-FITC抗体染色とCD62p-APC抗体染色により、凝固促進性血小板(CD62P/ホスファチジルセリン(PS)陽性細胞)を分析した。グラフに示すように、PF4、0.2U/mlもしくは100U/mlのヘパリン、受容体結合ドメイン(RBD)またはChAdOx1 nCoV-19Aワクチンで血小板を処理した(パネルB)。様々な力価のVITT患者由来血清を用いたHIPAアッセイの結果を示す。希釈した血清(1:64以上の希釈倍率)は、PF4の存在下でのみ血小板を活性化したことには留意されたい(パネルC)。さらに、凝固促進性血小板の産生に対する様々な力価のVITT患者由来血清の効果を示す。希釈した血清(1:8以上の希釈倍率)は、PF4の存在下でのみ血小板を活性化したことには留意されたい(パネルC)。データは、コントロールと比較した増加倍率の測定値の平均値±標準偏差(SD)として示す(有意差なし、*p<0.05、**p<0.01、***p<0.001および****p<0.0001)。試験した血清の数は、各グラフに示している。点線は、健康なドナー由来の血清を試験して決定したカットオフ値を示す。
図5】ヘパリン惹起血小板活性化アッセイ(HIPA)の結果を示す。PF4、0.2U/mlもしくは100U/mlヘパリン、RBDまたはChAdOx1 nCoV-19ワクチンの存在下または非存在下における改良した血小板活性化アッセイ(HIPA)の結果をグラフに示す。スパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)の存在下でのワクチン接種コントロールの1人を除いては、どの条件のどの対象者でも血小板の活性化は認められなかった(パネルA)。4人のドナーのうちの2人の1試料において、0.2U/mlのヘパリンの存在下で活性化の増強が示されたことを除いては、COVID-19患者でも類似した結果が認められた(*p<0.05、パネルB)。各印は個々の対象者を示し、グラフに試験した対象者の数を示している。
図6】凝固促進性血小板の代表的なドットプロットヒストグラムを示す。洗浄血小板(PLT)をVITT患者由来血清とインキュベートした。パネルI~VIIは、[I]バッファーの存在下での健常コントロール、[II]バッファーの存在下での症例No.8、[III]0.2U/mlのヘパリンの存在下での症例No.8、[IV]100U/mlのヘパリンの存在下での症例No.8、[V]IV.3抗体の存在下での症例No.8、[VI]静注用免疫グロブリン製剤(IVIG)の存在下での症例No.8、[VII]PF4の存在下での症例No.8、または[VIII]IV.3抗体+PF4の存在下での症例No.8の代表的なドットプロットを示す。
図7】ワクチン接種ボランティアとCOVID-19患者における凝固促進性血小板を示す。様々な実験設定におけるワクチン接種ボランティア由来の血清(パネルA)または抗PF4抗体を有するCOVID-19患者由来の血清(パネルB)の凝固促進性血小板(CD62P/ホスファチジルセリン(PS)陽性細胞)を示す。データは、コントロールと比較した増加倍率の測定値の平均値±標準偏差(SD)として示す(有意差なし、および*p<0.05)。点線は、健康なドナー由来の血清を試験して決定した増加倍率(FI)の平均値としてのカットオフ値を示す。各グラフに試験した血清の数を示している。
図8】別の実験設定において、血清と洗浄血小板をインキュベートした後の、凝固促進性血小板(CD62P/ホスファチジルセリン(PS)陽性細胞)を示す。アネキシンV-FITC抗体染色とCD62p-APC抗体染色で血小板を分析した。グラフに示すように、PF4、0.2U/mlもしくは100U/mlのヘパリンまたはモノクローナル抗体IV.3で血小板を処理した。データは、バッファーコントロールと比較した増加倍率の測定値の平均値±標準誤差(SEM)として示す。
図9】別の実験設定において、HIPAアッセイ陰性の血清と多血小板血漿(PRP)をインキュベートした後の、凝固促進性血小板(CD62P/ホスファチジルセリン(PS)陽性細胞)を示す。アネキシンV-FITC抗体染色とCD62p-APC抗体染色で血小板を分析した。グラフに示すように、PF4または0.2U/mlもしくは100U/mlのヘパリンで血小板を処理した。データは、バッファーコントロールと比較した増加倍率の測定値の平均値±標準誤差(SEM)として示す。
図10】血清中HIT抗体に起因する凝固促進性血小板の形成はヘパリンに依存する。各グラフに試験した患者血清の数を示している。破線は、凝固促進性血小板の形成の有無を判定するためのカットオフの予備値を示す。対応のないデータセットの群間の比較は、マン・ホイットニーのU検定を用いて行い、対応のあるデータセットの群間の比較は、対応のあるウィルコクソン検定を用いて行った。*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001および****P<0.0001。ns(有意差なし);CD62p:P-セレクチン;N:健常コントロールまたは患者の数;PS:ホスファチジルセリン。
図11】凝固促進性血小板は、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)であることが確認された患者の血清のみで誘導される。各グラフに試験した患者血清の数を示している。破線は、凝固促進性血小板の形成を判定するためのカットオフの予備値を示す。群間の比較は、対応のあるウィルコクソン検定を用いて行った。*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001および****P<0.0001。ns(有意差なし);CD62p:P-セレクチン;N:健常コントロールまたは患者の数;PS:ホスファチジルセリン。
図12】凝固促進性血小板の形成は、HIT IgG抗体と、この抗体の血小板FcγRIIA-(A)への結合によって起こる。各グラフに試験した患者血清の数を示している。破線は、凝固促進性血小板の形成の有無を判定するためのカットオフの予備値を示す。対応のないデータセットの群間の比較は、マン・ホイットニーのU検定を用いて行い、対応のあるデータセットの群間の比較は、対応のあるウィルコクソン検定を用いて行った。*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001および****P<0.0001。ns(有意差なし);CD62p:P-セレクチン;N:健常コントロールまたは患者の数;PS:ホスファチジルセリン。
【実施例
【0049】
1.序論
過去15ヶ月間でのCOVID-19感染症による罹患率と死亡率は相当なものになった。非常に短期間の間に、いくつかの種類のSARS-CoV-2ワクチンが世界中で認可され接種された。一方で、安全性シグナルが認められた。米国疾病対策予防センター(CDC)は、2021年3月初頭に、米国でmRNAワクチンを接種した人々の間で、26症例の静脈血栓塞栓症、20症例の血栓症および41症例の虚血性脳卒中が認められたことを報告した。有害事象の疑いに関する欧州データベースであるEudraVigilanceには、ChAdOx1 nCoV-19ワクチンを接種した人々において、3400万人あたり200症例を超える血栓症が報告された。欧州医薬品庁(EMA)は、報告された症例を調査し、ChAdOx1 nCoV-19ワクチンと、血栓事象およびこれに付随する血小板減少症との間に関連性があることを見出した。WHOとEMAは、ChAdOx1 nCoV-19ワクチン接種の利点が、血栓症や血小板減少症に関連するリスクを上回ると結論付けたが、いくつかの国では、ChAdOx1 nCoV-19ワクチンの使用制限が設けられた。脳静脈洞血栓症(CVST)および血小板減少症を呈する異常症例群は、ワクチン起因性免疫性血栓性血小板減少症(VITT)と呼ばれる。本発明者らは、VITTの病態生理に対する理解を深めるため、主にCVSTが疑われ、その他の血栓塞栓性合併症も認められる血小板減少症の8つの症例を調査した。本研究では、VITTに関連する新たな機構として、抗体を介した凝固促進性血小板が同定された。
【0050】
2.方法
研究コホートおよび臨床データの評価
血液試料を採取して、凝固パラメータを分析し、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)を除外した。ワクチン未接種の健康な献血ドナー(n=24)から得た血液試料を健常コントロールとして使用した(女性17人、平均年齢36.1±13.7歳)。テュービンゲン献血センターとウルム大学病院の同僚からも、ChAdOx1 nCoV-19ワクチンの1回目の接種の前後で血液試料を採取し、ワクチン接種コントロールとして使用した(n=41、女性29人、平均年齢37.3±10.9歳)。血液試料を採取した同僚のうち、血液学的異常を発症した人はいなかった。本研究の対象者にはいずれもChAdOx1 nCoV-19ワクチン(バキスゼブリア、アストラゼネカ社、英国ロンドン)を接種した。さらに、入院中にHIT抗体のEIA測定を連続して複数回行った29人のCOVID-19患者から得た血清も本研究に含めた(女性7人、平均年齢65.3±14.1歳)。ICU病棟に入院していたこれらのCOVID-19患者のうち、21人から得た臨床データは過去の研究で報告されている。
【0051】
患者および血清
実験は、2019年3月~2021年12月の間に本発明者らの検査室に回ってきたHIT患者由来の血清検体の残りを用いて行った。HITの診断は、現在のガイドライン(例えば、4T’sスコアが3点を上回る)に従って血液学分野の2人の専門医により個別に確認するとともに、IgG酵素免疫アッセイおよびヘパリン惹起血小板活性化(HIPA)試験における検査所見に基づいて確認した。さらに、テュービンゲン献血センターにおいて、書面での同意が得られた健康な献血ドナーから血清試料を採取した。血清試料を-80℃で保存した後、4℃で解凍してから実験操作を行った。抗体以外の血清成分による非特異的な影響を排除するため、すべての血清を56℃で30分間熱不活性化し、5000×gで5分間遠心分離した。得られた上清を本研究で使用した。
【0052】
COVID-19抗体を検出するための、ビーズを用いたマルチプレックスアッセイ
COVID-19抗体は、FLEXMAP 3D(登録商標)システム(ルミネックス社、米国オースティン)を用いてマルチプレックスアッセイ(NMI社、ドイツ、ロイトリンゲン)で測定した。各試験は、テュービンゲン献血センターで行った。Luminex FLEXMAP 3D(登録商標)システムとLuminex xPONENTソフトウェア4.3(設定:50件のイベント、ゲート:7,500~15,000、レポーターゲイン:標準PMT)を用いた1回の測定で4種類の結合抗体が検出された。
【0053】
抗PF4/ヘパリン抗体試験
製造業者の説明書に従って、市販のIgG酵素免疫アッセイ(EIA)を使用した(Hyphen Biomed社、フランス、ヌーヴィル・シュル・オワーズ)。製造業者の推奨に従って、光学密度(OD)が0.500以上であった場合に、試料が反応性を有すると見なした。過去の報告に従って、機能アッセイであるヘパリン惹起血小板凝集アッセイ(HIPA)を用いて、血清の血小板活性化能を試験した。簡潔に述べると、未分画ヘパリンの非存在下(バッファーのみ)または未分画ヘパリン(0.2IU/mLもしくは100IU/mL[Ratiopharm社、ドイツ、ウルム])の存在下において、4人の健康なドナーから得た洗浄血小板(wPLT)を用いて血清を試験した。球状スターラーバーを備えたマイクロタイターウェルで反応を実施し、約500毎分回転数(rpm)で攪拌した。各ウェルを、5分間(min)ごとに光学測定して濁度の低下を観察した。少なくとも2つのウェルの血小板懸濁液において、30分以内に混濁した状態から透明な状態になった場合に、血清が反応性を有する(陽性である)と見なした。観察時間は45分とした。各試験において、HIT患者由来の希釈した血清を弱陽性コントロールとして使用し、コラーゲン(5μg/mL)を強陽性コントロールとして使用し、健康なドナー由来の血清を陰性コントロールとして使用した。
【0054】
洗浄血小板の調製
前述したように、静脈血試料から新鮮な洗浄血小板(wPLT)を調製した。簡潔に述べると、健康なドナーから肘窩部静脈穿刺により、酸性デキストロースを含むバキュテイナ採血管(ベクトン・ディッキンソン社、英国プリマス)に新鮮全血を採取し、37℃で45分間静置した。遠心分離後(120×g、20分間、室温[RT]、ブレーキなし)、多血小板血漿(PRP)を穏やかに分離し、アピラーゼ(5μL/mL、シグマ アルドリッチ社、米国セントルイス)とあらかじめ加温したACD-A(333μL/mL、シグマ アルドリッチ社、米国セントルイス)を添加した。さらに遠心分離後(650×g、7分間、室温、ブレーキなし)、5mLの洗浄溶液(改良タイロードバッファー:重炭酸バッファー5mL、20%ウシ血清アルブミン、10%グルコース溶液[Braun社、ドイツ、メルズンゲン]、2.5U/mLアピラーゼ、1U/mLヒルジン[Pentapharm社、スイス、バーゼル]、pH6.3)に血小板ペレットを再懸濁し、37℃で15分間静置した。最終遠心分離後(650×g、7分間、室温、ブレーキなし)に、2mLの再懸濁バッファー(改良タイロードバッファー50mL、1mM MgCl2 0.5mL、2mM CaCl2 1mL、pH7.2)に洗浄血小板(wPLT)を再懸濁し、Cell-Dyn Ruby血液学的分析装置(アボット社、ドイツ、ヴィースバーデン)で測定し、洗浄血小板の数を300×103個/μLに調整した。
【0055】
免疫グロブリンGの調製
製造業者の推奨に従って市販のIgG精製キット(MelonTMゲルIgGスピン精製キット、サーモフィッシャーサイエンティフィック社、米国ウォルサム)を使用して、HIT患者血清とコントロール血清からIgG画分を単離した。簡潔に述べると、熱不活性化血清を精製バッファーで1:10に希釈し、キット専用のゲルIgG精製担体と10分間インキュベートし、これを4サイクル行った。10分間のインキュベーションの終了ごとに、10μmの孔径のフィルターチューブを通して5000×gで1分間遠心分離した。100kDaの孔径の遠心式フィルター(アミコンウルトラ4、メルクミリポア社、アイルランド、コーク)にフロースルーを回収し、遠心分離して(10~15分間、2000×g、4℃、ブレーキあり)、使用した血清試料の初期量まで濃縮した。NanoDrop One(VWR社、ドイツ、ブルッフザール)を用いて、340nmの波長で励起してIgG濃度を測定した。
【0056】
PF4抗体の血清学的評価
PF4への抗体の結合と、スパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(スパイク-RBD)への抗体の結合は、研究室で開発したEIAを用いて分析した。PF4(25μg/mL、ChromaTec社、ドイツ、グライフスヴァルト)またはスパイク-RBDドメイン(0~100μg/mL)を、マイクロタイタープレート(Nunc MaxiSorp、サーモフィッシャーサイエンティフィック社、米国マサチューセッツ州ウォルサム)に様々な濃度で固定した。
【0057】
抗体を用いた凝固促進性血小板の評価
補体や非特異的な免疫複合体を介した血小板の活性化のような、非特異的な影響を排除するため、すべての血清を熱不活性化し(56℃で30分間)、5,000×gで高速遠心分離して上清を回収した。患者血清を用いた実験は、いずれも血清5μLと洗浄血小板(7.5×106個)25μLとを旋回振盪しながら室温で1.5時間インキュベートしてから実施した。グラフに示している場合、細胞懸濁液に、PF4(25μg/ml)、スパイクタンパク質(0~100μg/mL)またはワクチン(1:75(V:V))を加えてプレインキュベートした。次に、試料を1回洗浄し(7分間、650×g、室温、ブレーキなし)、リン酸緩衝生理食塩水75μL(PBS、Biochrom社、ドイツ、ベルリン)に穏やかに再懸濁した。次に、血小板をアネキシンV-FITCとCD62-APC(Immunotools社、ドイツ、フリーゾイテ)で染色し、フローサイトメトリー(FC)で直接分析した。洗浄血小板をイオノマイシン(5μM、室温で15分)またはTRAP-6(10μM、室温で30分)とインキュベートしたものを陽性コントロールとして使用した。試験結果は、並行して試験した健康なドナー血清とインキュベートした血小板と比較した際の、患者血清とインキュベートした後の血小板におけるPS/CD62p二重陽性イベントの割合の増加倍率として求めた。
【0058】
洗浄血小板と抗体を用いた凝固促進性血小板の評価
血清を使用する前に、すべての血清を56℃で30分間熱不活性化し、5,000×gで高速遠心分離した。上清を新しいチューブに回収した。凝固促進性血小板を測定するため、血清5μLと洗浄血小板(7.5×106個)25μLとを旋回振盪しながら室温で1時間インキュベートした。グラフに示している場合、細胞懸濁液にPF4(10μg/ml)またはヘパリン(0.2IU/mlもしくは100IU/ml)を加えてプレインキュベートした。次に、試料を1回洗浄し(7分間、650×g、室温、ブレーキなし)、リン酸緩衝生理食塩水75μL(PBS、Biochrom社、ドイツ、ベルリン)に穏やかに再懸濁した。次に、血小板をアネキシンV-FITCとCD62-APC(Immunotools社、ドイツ、フリーゾイテ)で染色し、フローサイトメトリー(FC)で直接分析した。試験結果は、ベースラインと比較した際の、患者血清とインキュベートした後の血小板におけるPS/CD62p二重陽性イベントの割合の増加倍率として求めた。
【0059】
多血小板血漿(PRP)における凝固促進性血小板の評価
PRP中の凝固促進性血小板を測定するため、前述と同様にして血清を調製した。PRPを調製するため、0.105M(3.2%)クエン酸ナトリウムを含むバキュテイナ採血管(BD社、英国プリマス)に健常者由来の静脈血を採取し、室温で20分間静置した。次に、遠心分離(20分間、120×g、室温)してPRPを調製し、自家乏血小板血漿(PPP[10分間、2000×g、室温])を加えて300×106個/mlの血小板数に調節した。血清5μLとPRP(11.25×106個)37.5μLを混合してPBSを加えて全量を50μlとし、旋回振盪しながら室温で1時間インキュベートした。グラフに示している場合、PRPにPF4(10μg/ml)またはヘパリン(0.2IU/mlもしくは100IU/ml)を加えてプレインキュベートした。次に、洗浄血小板について述べたのと同様に試料を処理し、フローサイトメトリー(FC)で分析した。試験結果は、ベースラインと比較した際の、患者血清とインキュベートした後の血小板におけるPS/CD62p二重陽性イベントの割合の増加倍率として求めた。
【0060】
血清/IgGを用いた血小板の処理
洗浄血小板(wPLT)/多血小板血漿(PRP)37.5μlに、1μlの10IUヘパリン(最終濃度:0.2IU)または1μlの5000IUヘパリン(最終濃度:100IU)と、5μLのHIT患者由来血清/IgGまたはコントロール血清/IgGとを添加した。各試料にPBSを加えて最終量を50μlとし、旋回振盪しながら室温で1時間インキュベートした。次に、137mM NaCl、1.25mM CaCl2および5.5mMグルコースを含むハンクス平衡塩類溶液(HBSS)[Carl-Roth社、ドイツ、カールスルーエ]に血小板懸濁液5μlを加えて最終量を100μLとし、抗CD62p-APC 1μL(BD社、米国サンノゼ)、アネキシン-FITC 1μL(Immunotools社、ドイツ、フリーゾイテ)または抗CD42a-PerCP 2μL(BD社、米国サンノゼ)を加えて、暗所、室温で30分間インキュベートした。トロンビン受容体活性化ペプチド(TRAP-6、[10μM、室温で30分間])またはイオノマイシン[5μM、室温で15分間](いずれもシグマ アルドリッチ社、米国セントルイス)で処理した血小板を陽性コントロールとして使用した。次に、血小板をHBSSに再懸濁して最終量を500μLとして、直ちにフローサイトメトリー([FC])で評価した(Navios、ベックマン・コールター社、米国ブレア)。
【0061】
HIT抗体誘導性凝固促進性血小板の形成機構の分析
HIT抗体の誘導により血小板が変化する機構を調べるため、FcγRIIA阻害モノクローナル抗体(moAb)である抗CD32(moAb IV.3;stemcellTM technologies社、カナダ、バンクーバー)またはモノクローナルアイソタイプコントロール([SC-2025]サンタクルーズバイオテクノロジー社、米国ダラス)を用いて洗浄血小板(wPLT)/多血小板血漿(PRP)75μLを室温で30分間前処理してから、HIT血清/IgGで処理した。
【0062】
倫理声明
本研究は、ヘルシンキ宣言に準じて行った。本研究に関連する手順を実施する前に、すべてのボランティア、VITT患者またはその親類から書面でのインフォームドコンセントを入手した。すべての試験は、ルーチン検査検体の残りを用いて行った。研究プロトコルは、テュービンゲン大学の施設内審査委員会による承認を受けたものであった(236/2021BO1)。ChAdOx1 nCoV-19ワクチンを接種した人々からの血清の採取および分析は、ウルム大学の倫理委員会による承認を受けたものであった(99/21)。
【0063】
統計分析
統計分析は、GraphPadプリズム(バージョン7.0(GraphPad社、米国ラ・ホーヤ)を用いて行った。FC測定は日内変動する可能性があり、データ解析にも偏りが生じる可能性があったため、同じ時点で並行して試験した2人の健康なドナーの結果に対して各試験結果を補正した(生データは補足データに記載している)。本明細書中のデータは、中央値(範囲)、平均値±標準偏差(SD)またはn(%)として示している。
【0064】
3.結果
VITT患者由来血清のIgG結合プロファイル
PF4/ヘパリン複合体に対するIgG抗体検出用EIAで測定したところ、すべての血清(8検体中8検体、100%)において高力価のPF4/ヘパリン抗体が検出された。興味深いことに、高濃度のヘパリンの存在下では、すべての血清の結合が抑制された(PF4/ヘパリン複合体に対するIgG抗体の平均光学密度[OD]:2.591±0.642(ヘパリンなし)と0.176±0.073(高濃度ヘパリンあり)の比較、p<0.0001、図1A)。VITT患者とワクチン接種コントロールのいずれでも、PF4/ヘパリン抗体と検出されたCOVID-19抗体の間に相関性は認められなかった(図2A~2D[I~IV])。ワクチン未接種コントロールでは、1人の対象者のみ(4%)においてPF4/ヘパリン抗体がEIAにより検出された(データ示さず)。
【0065】
次に、ChAdOx1 nCoV-19ワクチン接種後と重症SARS-CoV-2感染症に罹患中のPF4のセロコンバージョンについて調査した(図1B)。ワクチン接種健常者41人のうち4人(9.8%)と、重症COVID-19患者41人のうち4人(9.8%)において、14日以内にPF4がセロコンバージョンしてPF4/ヘパリン複合体に対するIgG抗体が産生されたことが見出された(図1B)。次に、フローサイトメトリー(FC)により血小板へのIgGの結合を試験した。試験試料である血小板へのIgGの結合の増加が観察された(健常コントロールと比較した平均蛍光強度の増加倍率[MFIの増加倍率(FI)]:健常コントロール1±1.10に対して4.39±1.15、p値=0.026、図1C図3A)。血小板へのIgGの結合は、高濃度のヘパリンによって抑制されたが(IgGの結合のMFIの増加倍率(FI):1.51±0.66、p値=0.016)、低濃度のヘパリンでは抑制されなかった(IgGの結合のMFIの増加倍率(FI):3.60±2.01、p値=0.688)。1人の血清のみが、PF4とChAdOx1 nCoV-19ワクチンの存在下で血小板への結合の増加を示した(症例No.4、図1C)。スパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(スパイク-RBD)は、VITT患者においてIgGの結合の有意な変化を誘導しなかった(図1C)。S2タンパク質を添加した場合でも、同様の結果が観察された(図1E)。PF4 IgG抗体を有するChAdOx1 nCoV-19ワクチン接種ボランティアから得た血清を試験した場合も、IgGの結合が観察された(図3B)。一方、PF4 IgG抗体を有する重症COVID-19患者では、IgGの結合の増加は認められなかった(図3C)。
【0066】
抗PF4抗体の結合に対するスパイク-RBDの効果
研究室で開発したEIAを実施したところ、VITT患者由来の血清は、健常コントロール由来の血清と比較してPF4に対して強力な結合を示した(PF4に対するIgG抗体のOD:VITT患者1.03±0.04に対して健常コントロール0.110±0.002、p値<0.0001、図1C)。一方、VITT患者由来の血清は、スパイク-RBDに対してわずかに結合することが示されたが、有意差は認められなかった(図3D)。最も重要な点として、PF4の存在下において、RBDの濃度が6.5μg/mLを上回った場合にIgGの結合が減少した(図1D)。しかし、VITT患者由来の血清は、PF4の存在下でもPF4の非存在下でも、S2タンパク質に対して有意な結合を示さなかった(図1Eおよび図3E)。
【0067】
ヘパリン惹起血小板凝集(HIPA)アッセイにおける血小板の活性化
患者血清の血小板活性化能を調べるため、ヘパリン惹起血小板凝集(HIPA)アッセイにいくつかの改良を加えて使用した。I)バッファー、II)0.2IU/mL 低分子ヘパリン(LMWH)、III)100IU/mL 未分画ヘパリン(UFH)、IV)Fcγ受容体IIa(FcγRIIA)阻害モノクローナル抗体(mAb IV.3)、VI)30mg/mL静注用免疫グロブリン製剤(IVIG)、VII)25μg/mL PF4、VIII)50μg/mLスパイク-RBD、IX)PF4/スパイク-RBD複合体、X)PF4+RBDまたはXI)ChAdOx1 nCoV-19ワクチン(XII)の存在下において、患者血清と洗浄血小板をインキュベートした。PF4を添加した条件とRBDを添加した条件は、高濃度ヘパリン(100IU/mL UFH)の存在下でも再度実験を行った。8人のVITT患者の全員において、バッファーの存在下で血小板の活性化が観察された(血小板凝集までの時間の中央値:5分、5~10分間(min)、図4A)。これに対して、血栓塞栓性合併症の臨床的徴候がなく、副作用もなかった抗PF4抗体を有するワクチン接種ボランティアの血清では、血小板の活性化は観察されなかった(図5A)。さらに、PF4/ヘパリンEIAが陽性であった重症COVID-19患者由来の血清のうちの1つの試料のみが、HIPAアッセイにおいて血小板の活性化を示した(図5B)。興味深いことに、この反応は、低分子ヘパリンの存在下で低くなった(凝集までの時間の中央値:5分、5~10分(凝集なし)に対して30分、5→45分に延長した、図4A)。いずれの反応も、高用量のヘパリンで抑制された(p値=0.008、図4A)。PF4の存在下において、VITT患者の血清は、強力な血小板活性化を示した(凝集までの時間の中央値:5分、5~5分、図4A)。最も重要な点として、FcγRIIaを遮断するmAb IV.3または高用量のIgGによって、血小板の活性化が完全に抑制された(>45分、凝集なし、図4A)。また、PF4/RBD複合体を加えても、有意な変化は認められなかった。低濃度で低分子ヘパリン(LMWH)を加えて3つの血清を試験したところ、抗体を介した血小板の活性化が抑制された。VITT患者の血清を希釈したころ、PF4への特異的結合が観察されたが、バッファーの存在下では反応は認められなかった(図4C)。
【0068】
VITT患者血清によるPF4依存性の凝固促進性表現型の誘導
VITTにおける凝固調節異常の機構を調べるため、バッファー、ヘパリン、mAb IV.3、静注用免疫グロブリン製剤(IVIG)、PF4、PF4+IVIG、PF4+RBD、スパイク-RBDタンパク質またはChAdOx1 nCoV-19ワクチンの存在下で、健康なドナーから調製した洗浄血小板とVITT患者血清をインキュベートした。フローサイトメトリー分析を行ったところ、VITT患者由来血清が、CD62p/PS陽性率の分布を顕著に変化させることが明らかになった(CD62p/PS陽性血小板の増加倍率(FI):VITT患者由来血清22.94±6.14とコントロール0.90±0.63の比較、p=0.009、図4B図6)。これに対して、ワクチン接種コントロール由来の血清と洗浄血小板をインキュベートしても、CD62p/PS陽性血小板集団への影響はほぼ認められなかった(図7A)。興味深いことに、VITT患者における凝固促進性血小板の産生は、0.2IU/mLの低分子ヘパリン(LMWH)の添加により減少し(CD62p/PS陽性血小板の増加倍率(FI):13.32±11.50、p=0.016、図4B)、高濃度の未分画ヘパリン(UFH)の添加により完全に抑制された(CD62p/PS陽性血小板の増加倍率(FI):1.92±0.96、p= 0.008、図4B図6)。さらに、これらの反応は、mAb IV.3によるFcγRIIAの阻害によっても抑制され、高濃度のIgGによっても抑制された(mAb IV.3を添加した場合のCD62p/PS陽性血小板の増加倍率(FI):1.04±0.22、p= 0.031;高濃度のIgGを添加した場合のCD62p/PS陽性血小板の増加倍率(FI):7.88±5.56、p= 0.031、図4B)。PF4の存在下でも凝固促進性血小板の有意な増加は観察されず(CD62p/PS陽性血小板の増加倍率(FI):37.07±23.73、p=0.078)、スパイク-RBDのみの存在下でも凝固促進性血小板の有意な増加は観察されなかった(CD62p/PS陽性血小板の増加倍率(FI):22.02±17.09、p=0.195)。重症COVID-19患者由来の血清とインキュベートした後に、凝固促進性血小板の産生の増加が観察されたが、抗PF4抗体を有するワクチン接種ボランティア由来の血清を用いて試験を行っても、有意な変化は観察されなかった(図7A~B)。
【0069】
抗体を活性化する血小板の標的抗原を同定するため、様々な力価のVITT患者由来血清を用いてHIPA試験とFACS試験を再度行った。興味深いことに、PF4の存在下でのみ、希釈した血清(1:64以上の希釈倍率)によって血小板が活性化され、凝固促進性表現型を誘導することができた(図4Cおよび図4D)。
【0070】
ヘパリン起因性血小板減少症における凝固促進性血小板
グラフに示すように、バッファー、ヘパリン、PF4またはIV.3抗体の存在下において、患者由来血清を、健康なドナーから調製した洗浄血小板(図8)またはPRP(図9)とともにインキュベートした。0.2IU/mLの低分子ヘパリン(LMWH)によって凝固促進性血小板が強力に産生されたが、高濃度の未分画ヘパリン(UFH)の添加によって凝固促進性血小板の産生が完全に抑制された。PF4の存在下でも凝固促進性血小板の増加が観察されたが、この凝固促進性血小板の増加は、Fcγ受容体IIA阻害モノクローナル抗体IV.3によって抑制された(図8)。さらに、HIPA陰性患者由来の血清を、健常ボランティア由来のPRPとインキュベートした(図8)。0.2IU/mlヘパリン(低分子ヘパリン(LMWH))で処理した場合に、PF4の存在下において凝固促進性表現型の強力な増加が観察された。
【0071】
したがって、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)は、凝固促進性血小板に関連していることが示された。さらに、HITの予測バイオマーカーとしてPF4を用いることができる。PF4を使用することによって、PRPを利用したフローサイトメトリーアッセイの感度を向上させることができる。また、高濃度のヘパリンまたはモノクローナル抗体(IV.3)を使用することによって、これらのアッセイの特異度を向上させることができる。
【0072】
ヘパリンに依存した、血清中HIT抗体に起因する凝固促進性血小板の形成
治療用量(0.2IU)のヘパリンまたは治療用量よりも高い用量(100IU)のヘパリンの存在下において、健常者由来の洗浄血小板(wPLT)を、特性が詳しく評価されたHIT患者の血清または健常コントロール(HC)の血清とインキュベートした(図10)。35人の患者のうち15人の血清(43%)においてCD62p/PS陽性血小板の形成の有意な増加が誘導され、健常コントロール(HC)血清とともにインキュベートした血小板ではこのような変化は全く認められなかった(割合の平均値[平均%]±SEM:患者血清44.99±6.26と健常コントロール1±0の比較、p値=0.0001)。最も重要な点として、HIT患者の血清により誘導された凝固促進性血小板表現型は、治療用量よりも高い用量のヘパリン(100IUのヘパリン)の存在下で完全に阻害されたことから、HIT特異的ヘパリン/PF4抗体複合体が、ヘパリン濃度の増加により破壊されたことが示された(平均%±SEM:HIT患者血清による凝固促進性血小板表現型44.99±6.26と高用量ヘパリンの存在下での凝固促進性血小板表現型1.18±0.28の比較、p値=0.0001)。興味深いことに、36人の患者のうち5人の血清(14%)は、バッファー条件下でも顕著な量の凝固促進性血小板を誘導した。これらの患者血清は、治療濃度のヘパリン(0.2IU)の存在下において凝固促進性血小板の形成を誘導可能であったが、治療用量よりも高い用量のヘパリンの存在下では凝固促進性血小板の形成が抑制され、このことから、これらの患者血清試料が血小板活性化因子(例えばトロンビン)で汚染されていた可能性があり、これによって、バッファー条件下で凝固促進性血小板が形成されたと考えられる。
【0073】
HITが確認された患者の血清のみで誘導される凝固促進性血小板
臨床的意義の高い観察結果から、興味深いことに、HIT陰性(HIT neg.、[EIA-HIPA-])であった患者のサブグループや、特異的なヘパリン/PF4抗体のみが血清中に認められHIPA検査が陰性(EIA-IgG pos.、[EIA+HIPA-])であった患者のサブグループでは凝固促進性血小板への変化が検出されなかったことから、血清起因性の凝固促進性血小板の形成効果は、HITが確認された患者(HIT pos.、[EIA+HIPA+])のみに限定的に認められることが示された(図11)。この知見から、臨床検査によりHITが確認された患者、すなわち、特異的な抗ヘパリン/PF4抗体を有し、かつHIPA検査が陽性である患者のみにおいて、凝固促進性血小板の形成が誘導されることが示された。
【0074】
HIT IgG抗体と、この抗体の血小板FcγRIIAへの結合により誘導される凝固促進性血小板の形成
A)HIT血清に起因する凝固促進性血小板形成効果が、特異的なヘパリン/PF4 HIT抗体によって誘導され、その他の非特異的な活性化経路では誘導されないことを確認するため、選択したHIT血清からIgG画分を調製し、健常者由来の多血小板血漿とインキュベートした。三重染色と、これに続くFC分析から、血清で観察された結果と同様に、HIT IgG画分は、治療用量(0.2IU)のヘパリンの存在下で凝固促進性血小板を誘導することが明らかになったが、このような変化は、健常コントロール(HC)由来のIgGとインキュベートした血小板や、治療用量よりも高い用量(100IU)のヘパリンの存在下では観察されなかった(図12A)。HIT抗体起因性の凝固促進性血小板の形成が、特異的な血小板FcγRIIAシグナル伝達機構によって誘導され、その他の活性化経路では誘導されないことを確認するため、多血小板血漿を特異的なモノクローナル阻害抗体IV.3とプレインキュベートしてから、HIT IgG抗体とインキュベートした(図12B)。
【0075】
4.考察
SARS-CoV-2ワクチンの接種後にまれに血栓が発症するという事例の報告が増加していることから、世間の注目が集まり、このような望ましくない反応の原因が不明であったことから、SARS-CoV-2ワクチンの安全性に関する懸念が起こった。いわゆるワクチン起因性免疫性血栓性血小板減少症(VITT)と呼ばれるこの現象の病態生理を理解するため、8人の患者から得た血清を分析した。これらの患者の大半は若年層で、急性の非定型血栓症を示した患者コホートに概して一致し、一般人口の血栓症では極めてまれな症状である脳静脈洞血栓症が主に認められた(ただし、脳静脈洞血栓症が認められない症例もあった)。すべての症例は、ChAdOx1 nCoV-19ワクチンの接種後の6~20日以内に症状を示したことから、ワクチン接種と症状の間での時間的関係性が示された。これらの症例での主な知見として、血小板減少症、Dダイマーの上昇およびフィブリノゲンの低下が認められたとともに、凝固促進性の血小板表現型を誘導しうる高力価の抗PF4 IgG抗体が認められた。
【0076】
VITT症例の集中的な臨床検査調査によって、病因性抗体の血清学的プロファイルを同定することができた。ワクチン接種ボランティアの小さなコホートでは、1回目のワクチン接種後14日以内に、そのうちの約10%において、PF4/ポリアニオン複合体に対するIgG抗体が産生され、これらのボランティアは過去100日間にヘパリンの暴露を受けていなかった。これらのボランティアから得られた血清中のPF4へのIgGの結合およびVITT患者血清中のPF4へのIgGの結合は、ヘパリンによって抑制することができ、高濃度のスパイク-RBDタンパク質によっても抑制できることが認められた。これらのデータから、この抗体は、負に荷電した構造により誘導される可能性のあるPF4の構造変化に特異的であることが示唆される。ChAdOx1 nCoV-19ワクチンの存在下では、血小板への有意なIgGの結合は観察されなかったことには留意されたい。これらを踏まえると、ベクター(pCDNA4)が、ワクチン接種した人でのPF4の高いセロコンバージョン率の原因である可能性は非常に低い。本願の作成中に、ごく最近の2件の報告において同様のデータが先に報告されている。これらの2件での知見に加え、本発明者らの研究によって、VITT患者由来の血清が凝固促進性血小板を直接誘導することが示されたことから、VITT患者において認められる血栓事象の潜在的な機構が示唆された。
【0077】
本発明者らのデータから、VITT患者において抗PF4 IgG抗体が凝固促進性血小板の産生を増加させることが示された。しかし、インビボの血栓塞栓性合併症を誘発するその他の補助的な因子の可能性を除外することはできなかった。
【0078】
本発明者らによる本研究の結果、潜在的な治療戦略に関する知見を深めることもできた。まず、インビトロでのVITT患者血清に反応した凝固促進性血小板(CD62p/PS陽性)の割合の増加は、VITTにおける中心的な病理機構を示していると見られる。さらに、本発明者らのデータから、アルガトロバンやダナパロイドなどの、ヘパリン以外の治療を用いる血液凝固阻止が、VITTにおける静脈洞血栓症(CVST)の治療または予防に安全であることも示されている。
【0079】
本発明者らによる本研究では、サルアデノウイルスを含む唯一のSARS-CoV-2ワクチンであるChAdOx1 nCoV-19ワクチン接種後のVITTに関しても報告している。アデノウイルス遺伝子からなる治療用ベクターの静脈内投与は、血小板に摂動を与えることが報告されているが、ワクチンの有害事象として見出される血小板減少症にどのように関連するのかは不明である。
【0080】
さらに、VITTにおいて観察される臨床的特徴と臨床検査学的特徴は、例外的なものであり、極めてまれである。したがって、極めて重要な保護効果を付与するCOVID-19ワクチン接種の有用性は、COVID-19による顕著な健康リスクを上回ると考えるべきである。このまれな合併症についてさらに理解が深まり、効果的な治療を利用できるようになれば、ChAdOx1 nCoV-19ワクチンのリスク・ベネフィット比がさらに再考される可能性がある。
【0081】
5.結論
ChAdOx1 nCoV-19ワクチン接種後のVITTの発生率は非常に低いが、その死亡率は高い(本発明者らが観察した症例において37%であった)。世界的なワクチン接種キャンペーンが現在展開されており、多くの人々がワクチンを接種することから、この副作用を発症する人の数も増加することが予想され、VITTの病態生理をより詳しく理解することの重要性が強調される。本研究では、VITT患者の免疫学所見および病理学的所見を提示している。さらに、VITTの発症機序における抗体を介した血小板活性化の寄与についても示している。
【0082】
以上を踏まえて、本発明者らは、対象者における血小板減少症および/もしくは血栓症の発症の素因または血小板減少症および/もしくは血栓症の実際の罹患を簡便かつ確実に調べることができる方法を初めて開発した。
図1-1】
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図2-1】
図2-2】
図2-3】
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図4-2】
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図6
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図8
図9
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【国際調査報告】