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特表2024-521453神経変性障害の処置における使用のためのアルカリホスファターゼ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-05-31
(54)【発明の名称】神経変性障害の処置における使用のためのアルカリホスファターゼ
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/16 20060101AFI20240524BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20240524BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240524BHJP
   A61K 38/46 20060101ALI20240524BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20240524BHJP
   A61P 25/16 20060101ALI20240524BHJP
   A61P 21/02 20060101ALI20240524BHJP
【FI】
C12N9/16 B
A61P25/00
A61P43/00 111
A61K38/46
A61P25/28
A61P25/16
A61P21/02
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023576187
(86)(22)【出願日】2022-06-08
(85)【翻訳文提出日】2024-02-02
(86)【国際出願番号】 EP2022065598
(87)【国際公開番号】W WO2022258712
(87)【国際公開日】2022-12-15
(31)【優先権主張番号】2028418
(32)【優先日】2021-06-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】NL
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】519244474
【氏名又は名称】アムリフ・ベーフェー
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】ロナルド・サケ・オースティング
(72)【発明者】
【氏名】ヒスキアス・ヘリット・カイゼル
(72)【発明者】
【氏名】ルディ・ブランツ
(72)【発明者】
【氏名】ヴィレム・サイネン
(72)【発明者】
【氏名】ヘルマン・ファイル
【テーマコード(参考)】
4C084
【Fターム(参考)】
4C084AA02
4C084BA01
4C084DC22
4C084MA52
4C084MA55
4C084MA65
4C084MA66
4C084NA14
4C084ZC41
(57)【要約】
本発明は、神経変性疾患、すなわち中枢神経系(CNS)の別々の領域のニューロン又はニューロン機能が徐々に喪失することによって特徴付けられる慢性進行性障害の一群の処置に関する。具体的には、本発明は、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体ガンマコアクチベーター1(PGC1)活性の低下によって引き起こされる神経変性障害に罹患しているか、又はそのリスクがある哺乳動物の処置又は予防における使用のためのアルカリホスファターゼ(AP)に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
健康な個体と比較したペルオキシソーム増殖因子活性化受容体ガンマコアクチベーター1(PGC1)活性の低下によって引き起こされる神経変性障害に罹患しているか、又はそのリスクがある哺乳動物の処置又は予防における使用のためのアルカリホスファターゼであって、前記処置が、前記哺乳動物に、PGC1活性の低下を防止することによって神経変性(neurodeg)を阻害する治療有効量のアルカリホスファターゼを投与することを含む、アルカリホスファターゼ。
【請求項2】
前記神経変性障害が、アルツハイマー病、フレイル関連障害、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、多発性硬化症及び脳卒中の結果としての神経変性、好ましくはパーキンソン病、アルツハイマー病又はフレイル関連障害からなる群から選択される、請求項1に記載の使用のためのアルカリホスファターゼ。
【請求項3】
前記PGC1活性の低下を防止することが、アルカリホスファターゼによってアデノシン一リン酸活性化タンパク質キナーゼ(AMPK)の活性化を増大して、抗ストレス応答を促進することを含む、請求項1又は2に記載の使用のためのアルカリホスファターゼ。
【請求項4】
前記治療有効量が、6~1350U/日/kg、好ましくは25~750U/日/kg、より好ましくは50~500U/日/kgのアルカリホスファターゼである、請求項1から3のいずれか一項に記載の使用のためのアルカリホスファターゼ。
【請求項5】
前記アルカリホスファターゼが、腸AP(IAP)、胎盤ALP(PALP)及び肝臓AP(LAP)、好ましくはIAP又はPALPからなる群から選択される組織特異的エクト-ホスファターゼである、請求項1から4のいずれか一項に記載の使用のためのアルカリホスファターゼ。
【請求項6】
前記処置が、静脈内、非経口又は経口投与、好ましくは経口投与を含む、請求項1から5のいずれか一項に記載の使用のためのアルカリホスファターゼ。
【請求項7】
前記アルカリホスファターゼが、組換えアルカリホスファターゼ、好ましくは組換え哺乳動物アルカリホスファターゼ、より好ましくはヒト組換えアルカリホスファターゼである、請求項1から6のいずれか一項に記載の使用のためのアルカリホスファターゼ。
【請求項8】
前記アルカリホスファターゼが、アルカリホスファターゼの生物学的活性フラグメント又は誘導体、合成アルカリホスファターゼ誘導体、及び機能的アルカリホスファターゼ活性を発揮する化学的-薬学的小分子、好ましくはアルカリホスファターゼの生物学的活性フラグメント又は誘導体からなる群から選択される1つ又は複数である、請求項1から7のいずれか一項に記載の使用のためのアルカリホスファターゼ。
【請求項9】
前記処置又は予防が、前記神経変性障害の発生を遅延させる、又はその進行を減弱する若しくは進行を防止することを含む、請求項1から8のいずれか一項に記載の使用のためのアルカリホスファターゼ。
【請求項10】
前記処置が、神経変性障害に罹患している哺乳動物の炎症応答を減弱することを含む、請求項1から9のいずれか一項に記載の使用のためのアルカリホスファターゼ。
【請求項11】
哺乳動物のPGC1活性の低下を防止することによって神経劣化を阻害するための方法であって、前記哺乳動物に、治療有効量の請求項1から10のいずれか一項に記載のアルカリホスファターゼを投与する工程を含む、方法。
【請求項12】
健康な個体と比較したPGC1活性の低下によって引き起こされる神経変性障害のリスクがある哺乳動物の予防のための医薬の調製のための、請求項1から10のいずれか一項に記載のアルカリホスファターゼの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
明細書
本発明は、神経変性疾患、すなわち中枢神経系(CNS)の別々の領域のニューロン又はニューロン機能が徐々に喪失することによって特徴付けられる慢性進行性障害の一群の処置に関する。具体的には、本発明は、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体ガンマコアクチベーター1(PGC1)活性の低下によって引き起こされる神経変性障害に罹患しているか、又はそのリスクがある哺乳動物の処置又は予防における使用のためのアルカリホスファターゼ(AP)に関する。
【背景技術】
【0002】
神経変性疾患は、中枢神経系(CNS)の別々の領域のニューロンが徐々に喪失することによって特徴付けられる慢性進行性障害の一群であり、それには、例えば、アルツハイマー病(AD)、パーキンソン病(PD) 筋萎縮性側索硬化症(ALS)、多発性硬化症(MS)及び脳卒中後の神経変性が含まれる。本明細書では、年齢関連性症候群であるフレイル、及び神経学的劣化に関連する進行性障害も含まれる。フレイルは、疾患及び障害の併存疾患であり、身体がそれらの本来備わっている貯蔵を徐々に喪失し、一見したところ小さい事象、例えば軽度感染症又は投薬若しくは環境の変化によって引き金を引かれる、神経変性を含む健康の劇的で急激な変化に対して脆弱にさせる。フレイルは、老化過程に関するものであり、一般に、筋力低下及び疲労のような問題によって特徴付けられる。それらの進行性性質の根底にある機序は未知のままであるが、実質的な証拠により、様々な神経変性疾患に共通の炎症機序が記述されている。PDは、現在処置が存在していない神経変性疾患である。PDは、硬直及び振戦として周知の運動症状とは別に、骨形成の低下、筋肉量の低下、より高い腸透過性、腸内ディスバイオシスの悪化、より高い血液脳関門(BBB)透過性、空間記憶の低下、低悪性度炎症の増加、及びインスリン感受性の低下を含む、頻繁に生じる多数の併存疾患(その大部分はフレイルにも見られる)によって特徴付けられる。
【0003】
PDは、ADに次いで2番目に一般的な神経変性疾患であり、最も一般的な運動障害である。現在、60歳を上回る人口の約2%が影響を受けている。顕著な臨床的特色は、運動症状、例えば、動作緩慢、振戦、硬直、及び姿勢の不安定性、並びに非運動関連症状、例えば、嗅覚欠損、自律神経機能障害、うつ病、認知欠損、及び睡眠障害である。PDは、ADと同様、タンパク質症であり、ミスフォールドされたα-シヌクレインの蓄積及び凝集によって特徴付けられる。神経病理学的特徴は、レビー小体及びレビー神経突起と呼ばれるα-シヌクレインを含有している細胞内封入体、並びに中脳の黒質においてだけでなく他の脳領域におけるドーパミン作動性ニューロンの喪失である。ミクログリアの活性化、並びにアストログリア及びリンパ球浸潤の増大も生じるので、ドーパミン作動性ニューロンの喪失は、PDの唯一の神経病理学的変化ではない。PD患者の脳からの死後組織におけるアストログリア細胞の増加、及び異栄養性アストロサイトの数の増加も報告された。幾筋もの証拠により、ミクログリアを含む非神経細胞から誘導された炎症性メディエーターが、PDにおける神経細胞死(又は喪失)の進行をモジュレートすることが示唆されている。
【0004】
フレイル及びPDは、PGC/AMPK/Sirt経路の活性低下を共有している。この経路は、動物の始原的ストレス応答を統合し、老化に影響を及ぼし、フレイルのリスクを上昇させる。PGC/AMPK/Sirt抗ストレス経路は、非致死的レベルの環境による細胞ストレスによって作動する。ストレスの多い条件下では、ホメオスタシスの制御によってより多いエネルギーが消費されるので、大部分の環境ストレッサーは、最終的には細胞内のエネルギーレベル(AMP/ATP比)を低下させる。AMP/ATP比の低下は、AMPK酵素を活性化し、そのAMPKが様々な標的分子をリン酸化し、その結果、NAD/NADH比が上昇する。NAD/NADH比が上昇すると、サーチュイン(Sirt)と呼ばれるあるクラスのタンパク質の活性が誘発される。AMPK及びSirtがストレス下で共に活性化されると、PGC1複合体が活性化される。この複合体は、活性化された形態では、細胞の抗ストレス防御に関与するタンパク質をコードする遺伝子の転写を活性化する。これには、抗酸化酵素の形成、新しいミトコンドリアの形成、及び細胞間のギャップ結合のより密な閉鎖が含まれる。興味深いことに、これらのストレスが多い条件下では、脱共役タンパク質(UCP)も誘発される。これらは、細胞内のAMP/ATPレベルを更に低下させ、細胞が適切な抗ストレス反応によってストレスが多い事象と速やかに反応できるようにするポジティブフィードバック機序を提供する。
【0005】
更に、PD及びフレイルは、様々な一般的併存疾患を共有し、同じ生化学的経路に欠陥を示しており、このことは、この経路の調節解除がPDの病因においてある役割を演じることを示唆している。PDを引き起こすことへのPGC/AMPK/Sirt経路の活性低下の関与は、この特異的経路を活性化することが公知のレスベラトロールを使用する実験によって更に強化され、ここでレスベラトロールは、併存疾患に対して老化(すなわちフレイル)及びPDとは逆の効果を有する。PD又はフレイルに起因する併存疾患に対する効果は類似しているが、これらの効果は、運動又はレスベラトロールを用いる処置で見られた効果とは逆である。PGC/AMPK/Sirt経路の調節解除がPDに関与することを更に証明するために、PGC/AMPK/Sirt経路が低下した動物モデルを使用して、PDとの関連を研究した。自然発症高血圧ラット(SHラット)は、自然発症高血圧を有するWistar系ラット系統であり(Okamoto, 1963)、これらの動物は、PGC/AMPK/Sirt経路の活性の大幅な低下を示す。これらの動物はまた、すべてのPD関連併存疾患を示す。自然発症高血圧ラットは、血圧上昇に罹患しているだけなく、骨量低下、筋肉量低下、寿命の短縮、ミクロフローラの変化及びインスリン抵抗性にも罹患している。これらのすべてがフレイルにおいても生じ、このフレイルは、やはりPGC1経路に関連する。それらのラットは、PDが発症することがあっても、予測通り硬直又は振戦は示さないが、実際、それらの黒質におけるTh陽性細胞の50%低下を示し、この効果は運動によって対抗される。このことは、それらのラットが初期段階のPDに似た症候群に罹患していることを示唆している。これらのデータを合わせると、欠陥が生じたPGC/AMPK/Sirt経路は、PDを引き起こすこと、及びフレイルのリスクを上昇させることに関与することが示される。
【0006】
PDにおいて運動症状が現れるかなり前に、腸神経系が影響を受けており、疾患がそこから拡大するように見える。これらのニューロンは、腸細胞の層によって腸から機能的に分離されている、腸管腔の内容物に近い。この層が、PD患者において損傷を受けると、腸ニューロンは、LPSのような細菌毒素に曝露される。細菌毒素へのこの曝露は、パーキンソン病様患者がミクロフローラのディスバイオシスに罹患しており、その結果、より多くのグラム陰性菌が生じ、より多くのLPSが産生されるという事実によって、更に増強される。始原的PGC/AMPK/Sirt抗ストレス経路がPDにおけるのと同様に損傷を受ける場合、このことは、LPSがPGC1/AMPK/Sirt抗ストレス経路を更に阻害するので、パーキンソン病を引き起こすのに十分であり得る。加えて、Pink1ノックアウトマウスで実施した研究では、症状がないPink1ノックアウトマウスは、グラム陰性(LPS産生)細菌に感染した後、PD症状によって高度に苦しむようになったことを示した。機序的に、それらのマウスにより、これらの条件下ではドーパミン作動性ニューロンに対して特異的免疫反応が作動したことが示され、これらの細菌によって誘発されたパーキンソン病様症状がLドーパによって好転させられ得ることが示された。パーキンソン病様症状の発症についての腸内細菌への依存も、アルファ-シヌクレイン過剰発現動物について観察された。この証拠を合わせると、遺伝誘発型及び毒素誘発型の両方のPDが腸から開始し、腸細菌がPDの発症に強力に寄与することが示される。
【0007】
PDでは、PGC/AMPK/Sirt経路は、遺伝的変化又は外部毒素によって阻害される。この経路は、腸バリア機能を制御するので、これにより、細菌毒素への曝露が増大する。これらの変化は共に、体内の(炎症促進性)NFkB経路を活性化する。細菌毒素及びPGC/AMPK/Sirt経路の両方に共通の標的が、NFkB経路であり、細菌毒素はTLR受容体を活性化することによってNFkB経路を活性化し、一方、PGC/AMPK/Sirt経路はその活性を低下させる。PDでは、これにより、この経路の活性化の不均衡が生じ、体内に炎症促進性変化がもたらされ、そのことがおそらくはPDについて観察される神経学的損傷に寄与している。PDで生じている神経変性の治癒に関する研究において非常に重要なことは、薬物を投与することができる標的を見出すことである。NFkB又はPGC/AMPK/Sirt経路を薬物によって直接的に標的にすることは、両方の経路が患者の生理全体に深く埋め込まれており、有効で安全な範囲の活性を有する薬物の選択を難しくしているため困難である。したがって、PDの自然なバランスを回復させる自然なやり方が好ましい。
【0008】
上述のことを考慮すると、当技術分野では、中枢神経系(CNS)の別々の領域のニューロンが徐々に喪失することによって特徴付けられる神経変性疾患の処置に対する必要性があり、より好ましくは、PD及び/又はフレイルの処置に対する必要性、並びに持続的且つ効率的な処置を提供する処置のための薬物を投与することができる標的を見出し、PD及び/又はフレイルにおいて、神経変性疾患、より好ましくはPD及び/又はフレイルの発生に関連するNFkB又はPGC/AMPK/Sirt経路に関して自然なバランスを回復させる必要性がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】YAO, Chen, et al.「LRRK2-mediated neurodegeneration and dysfunction of dopaminergic neurons in a Caenorhabditis elegans model of Parkinson's disease」、Neurobiology of disease、2010、40.1: 73~81
【非特許文献2】Leveille et al、2020、Molecular Metabolism 34、72~84
【非特許文献3】Yuan Luo et al. in Methods of Behavior Analysis in Neuroscience. 2nd edition、Chapter 16、「Caenorhabditis elegans Model for Initial Screening and Mechanistic Evaluation of Potential New Drugs for Aging and Alzheimer's Disease」
【非特許文献4】Bergmeyer H. U. (1974) Methods of Enzymatic Analysis、2nd edition、p496、Academic Press、New York
【非特許文献5】Waqar Ahmand et al. 2017、Molecular Neurobiology、54, 5427~5439
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の一目的は、他の目的の中でもとりわけ、当技術分野における上述の必要性に対処することである。本発明の目的は、他の目的の中でもとりわけ、添付の特許請求の範囲に概説される本発明によって満たされる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
具体的には、上述の目的は、他の目的の中でもとりわけ、本発明による第1の態様に従って、健康な個体と比較したペルオキシソーム増殖因子活性化受容体ガンマコアクチベーター1(PGC1)活性の低下によって引き起こされる神経変性障害に罹患しているか、又はそのリスクがある哺乳動物の処置又は予防における使用のためのアルカリホスファターゼであって、前記処置が、前記哺乳動物に、PGC1活性の低下を防止することによって神経変性又は神経劣化(neurodegradation)を阻害する治療有効量のアルカリホスファターゼを投与することを含む、アルカリホスファターゼによって満たされる。アルカリホスファターゼ(AP)の投与は、神経変性又は神経劣化の低減又は防止をもたらし、それによって、パーキンソン病、アルツハイマー病及びフレイルを含む神経変性障害を低減又は防止する。
【0012】
実験により、アルカリホスファターゼを用いる処置が、PD(遺伝的修飾によってパーキンソン病様にされた)に罹っている遺伝子導入線虫をドーパミン作動性神経変性から保護することが示される。YAO, Chen, et al.「LRRK2-mediated neurodegeneration and dysfunction of dopaminergic neurons in a Caenorhabditis elegans model of Parkinson's disease」、Neurobiology of disease、2010、40.1: 73~81によって記載されている通り、G2019S LRRK2線虫モデルを使用した。この動物モデルでは、線虫の自然LRRK遺伝子を除去し、ヒトにおいてパーキンソン病を引き起こすヒトG2019S LRRK2バリアントで置き換えた。加えて、本発明者らは、アルカリホスファターゼが、これらのパーキンソン病様線虫の寿命を延長することを示す。パーキンソン病を引き起こす変異に対するニューロンの感受性は、PGC/AMPK/Sirt経路に進化的に(evolutionary)保存されており、寿命に対するアルカリホスファターゼの効果は、関与する抗ストレスPGC/AMPK/Sirt経路が哺乳動物において進化的に保存された経路なので、進化的に保存されている。その効果は、以下の標的、AMP/ATP比、AMPK、NAD/NADH比、SIRT-1、PGC1、及び脱共役タンパク質UCPを含む。これらのすべての標的は、一緒に、ある一般的な細胞の抗ストレス応答を調節する。PGC1は、組織特異的方式で代謝経路及び生物学的過程を協調的に調節する転写コアクチベーターのファミリーを指す。PGC1ファミリーは、少なくともPGC1アルファ及びPGC1ベータを含む様々なファミリーメンバーからなり、それには更なるサブファミリーメンバーが含まれ、そのうちのPGC1アルファ4は一例であり得る。様々な臓器において、多くの場合、Leveille et al、2020、Molecular Metabolism 34、72~84によって既に記載されている通り、協奏的なやり方で様々な臓器の正確な代謝制御を可能にするために、異なるファミリーメンバー及びサブタイプが発現させられる。
【0013】
更に、遺伝子導入線虫CL2355におけるアルツハイマー病の記憶試験では、アルツハイマー病(AD)に対するAPの治療効果を試験した。この実験では、Yuan Luo et al. in Methods of Behavior Analysis in Neuroscience. 2nd edition、Chapter 16、「Caenorhabditis elegans Model for Initial Screening and Mechanistic Evaluation of Potential New Drugs for Aging and Alzheimer's Disease」によって既に記載されている通り、遺伝的に修飾された線虫系統(CL2355)を活用する。CL2355は、そのニューロンのすべてにおいてヒトAベータ(Aβ)を温度依存様式で発現し、すなわちAベータは、動物の成長温度が16℃から25℃の成長温度にシフトして初めて発現し始める。ヒトAベータの発現のせいで、これらの動物は、ニューロンにおけるAベータの発現及び記憶喪失にも関連付けられるヒトにおけるAD疾患の進行に相当する記憶機能障害を発症する。結果は、111、333及び1000IU/滴のAPを用いる線虫の処置が、緩衝液処置対照と比較して、CL2355動物の記憶を用量依存的に、統計的に有意に増大したことを示している。したがって、APを用いる処置は、記憶喪失に用量特異的方式で対抗する。
【0014】
PGC1による細胞の抗ストレス応答は、図4に示されている。小さいATP欠損(-)又はAMP過剰(+)が生じると、AMPKは活性化され、その結果、ミトコンドリアによるATP産生が増大する。より高度なATP欠陥では、CPT1がAMPKによって活性化され、保存された脂肪から放出される脂肪酸の脂質が燃焼する。ATP要件が高いままであり、CPT1が活性化されたままだと、細胞内でNAD/NADHレベルが上昇することになる。このパラメーターは、酸化(ストレス)状態の上昇を意味し、この状態はSirt1を活性化する。Sirt1はPGC1を脱アセチル化し、AMPKはPGC1をリン酸化し、PRMT1はPGC1をメチル化し、それによってPGC1は核内因子PPARデルタを動員するように活性化される。活性化されたPGC1及びPPARデルタは、代謝ストレス及び酸化還元ストレスからの細胞の保護に関与する遺伝子のプロモーター領域に結合し、それらの転写を増強し、AMP/ATP及び更なる抗ストレス応答に対するポジティブフィードバックループを提供する。この抗ストレス応答は、アルカリホスファターゼによって、AMP/ATP比を増大する(AMPKを活性化する)ことによって、及びLPSを解毒する(AMPK活性を阻害する)ことによって、活性化することができる。これにより、パーキンソン病を引き起こすのに重要な役割を演じているPGC1が、間接的に活性化される。
【0015】
ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体ガンマコアクチベーター1(PGC1)は、がん細胞におけるストレスセンサーとして作用し、栄養欠乏、運動、及び酸化的損傷によって活性化され得る。PGC1は、特異的転写因子と相互作用することによってミトコンドリア呼吸、反応性酸素種防御システム、及び脂肪酸代謝に影響を及ぼし、炭水化物及び脂質代謝の両方の調節に影響を及ぼす。PGC1は、AMPK活性化によって活性化される核内因子のうちの1つであり、(AMPKのように)抗ストレス生化学において重要な役割を演じる。PGC1は、代謝調節、酸化還元制御、及び炎症性経路をつなぐ必須の節として作用し、神経変性疾患、例えばPDのための興味深い治療標的である。AMPKは、細胞におけるPGC1の活性化に影響を及ぼすので、PDの処置のための間接的標的になる。パーキンソン病及び他の神経変性疾患は、PGC1核内因子の調節欠陥を有する。現在、PGC1の直接的なアクチベーターは存在していない。APは、AMPKの活性化及び調節によりPGC1を活性化するために使用され、すなわちAPによるPGC1活性化は間接的である。これにより、例えば、アデノシンキナーゼ及び他の生化学的経路によってAMP形成をモジュレートすることによって、PGC1の直接的な過剰活性化に対して身体自体を自然なやり方で保護することが可能になる。
【0016】
運動模倣薬(訓練する必要なしにヒト及び動物の持久力を改善することができる生物学的因子を含む)の作用機序は、同じ生化学的経路が、運動自体のようにこの運動模倣薬によって引き金を引かれること、及び同じ経路が、おそらくは健康寿命延長を達成するにも重要であることを示した。AMPK/Sirt/PGC1/PPAR複合体の活性化は、このことにおいて非常に重要であることが判明した。寿命の生化学及びパーキンソン病の生化学を比較することによって、PDは(フレイルのように)、PGC1活性の低下によって引き起こされる可能性が高いことが明らかになった。アルカリホスファターゼは、PGC1抗ストレス経路の活性化によりヒトのパーキンソン病における神経変性から保護し、ドーパミン作動性神経変性に対するアルカリホスファターゼの保護効果は、進化的に保存されている。このことは、PDにおける差次的発現遺伝子がPGC1によって大きく調節され、PGC1発現がPD患者においてより低く、老化(PD及びフレイル関連障害を増強する)が、PGC1の発現を低減し、運動(PD神経変性を阻害する)がPGC1を活性化し、動物におけるPGC1の低下がドーパミン作動性神経変性をもたらすという事実によって更に裏付けられる。例えばPDにおける神経変性は、PGC1不活化によって引き起こされ、細胞の抗ストレス応答の欠陥をもたらす。APは、細胞の抗ストレス応答を活性化し、それによって神経変性を低減する。
【発明を実施するための形態】
【0017】
好ましい実施形態に従って、本発明は、神経変性障害に罹患しているか、又はそのリスクがある哺乳動物の処置又は予防における使用のためのアルカリホスファターゼであって、神経変性障害が、アルツハイマー病(AD)、パーキンソン病(PD)、フレイル関連障害、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、多発性硬化症(MS)及び脳卒中の結果としての神経変性、好ましくはパーキンソン病、アルツハイマー病又はフレイル関連障害からなる群から選択される、アルカリホスファターゼに関する。APによって標的にされる神経変性疾患の例は、AD、ALS、脳卒中の結果としての神経変性、筋痛性脳脊髄炎である。脳内のADの病理学的特徴には、微小管結合タンパク質タウの過リン酸化形態によって生じた、アミロイド前駆体タンパク質(APP)及び細胞内神経原線維タングル(NFT)の凝集し切断された生成物を含む細胞外アミロイド斑が含まれる。ADにおける炎症応答の証拠には、分岐型(静止している)からアメーバ様(活性)へのミクログリア形態の変化、及び老人斑を取り囲むアストログリオーシス(アストロサイトの数、サイズ、及び運動性の増大によって顕在化する)が含まれる。ALSの神経変性の根底にある正確な病態生理学的機序は不透明なままであるが、一般的な病理学的特徴は、変性ニューロンにおけるユビキチン免疫反応性の細胞質内封入体の存在と、それに続く強い炎症応答である。CNS及び脊髄の病理学的患部には、顕著な神経炎症が容易に観察され得る。典型的に、ALSの炎症は、グリオーシス、並びに多数の活性化ミクログリア及びアストロサイトの蓄積によって特徴付けられる。MSは、CNSにおける炎症、脱髄、及び軸索変性によって、より具体的には脳及び脊髄白質の血管周辺へのリンパ球及び抗体産生形質細胞の浸潤、ミクログリア及びアストロサイトの増加、並びに脱髄によって特徴付けられる自己免疫疾患である。フレイルは、老化過程に関するものであり、身体がそれらの本来備わっている貯蔵を徐々に喪失し、一見したところ小さい事象、例えば軽度感染症又は投薬若しくは環境の変化によって引き金を引かれる、神経変性を含む健康の劇的で急激な変化に対して脆弱にさせる。フレイルは、一般に、筋力低下及び疲労のような問題によって特徴付けられる。
【0018】
好ましい実施形態に従って、本発明は、神経変性障害に罹患しているか、又はそのリスクがある哺乳動物、好ましくはヒトの処置又は予防における使用のためのアルカリホスファターゼであって、前記PGC1活性の低下を防止することが、アルカリホスファターゼによってアデノシン一リン酸活性化タンパク質キナーゼ(AMPK)の活性化を増大して、抗ストレス応答を促進することを含む、アルカリホスファターゼに関する。アルカリホスファターゼは、ストレスを受けた隣接細胞がATPを細胞環境に放出すると、AMP産生を誘発することによってAMPKを活性化する。このATPは、細胞外アルカリホスファターゼによってアデノシンに代謝される。結果的に、標的細胞は、アルカリホスファターゼによって形成されたアデノシンを取り込み、細胞内でそれをAMPにリン酸化し、それによってAMPKが活性化される。代替的に、アルカリホスファターゼによってATPから形成されたアデノシンは、標的細胞上のプリン作動性表面受容体を活性化し、それによってもAMPKが活性化される。更に、APはまた、標的細胞におけるAMPK活性を阻害する炎症促進性分子であるLPSを解毒する。
【0019】
好ましい実施形態に従って、本発明は、神経変性障害に罹患しているか、又はそのリスクがある哺乳動物の処置又は予防における使用のためのアルカリホスファターゼであって、前記治療有効量が、6~1350U/日/kg、好ましくは25~750U/日/kg、より好ましくは50~500U/日/kgのアルカリホスファターゼである、アルカリホスファターゼに関する。AP活性は、Bergmeyer H. U. (1974) Methods of Enzymatic Analysis、2nd edition、p496、Academic Press、New Yorkに開示されている通り、(グリシン)単位/mlで定義される。1単位は、25℃及びpH9.6(グリシン緩衝液)で1分当たり1μMのパラ-ニトロ-フェノールリン酸(PNPP)を変換することができる酵素の量である。APを用いる実験を線虫で実施し、その実験により、APは、未処置群との比較において1000Uで生涯期間を有意に延長することが示される。1000UのAPでの未処置線虫及び処置線虫の平均生涯期間は、それぞれ14.93+0.52日及び17.37+0.92日であることが見出された。AP用量を200Uに低下した場合、APの効果は、あまり顕著ではなかったがやはり観察された。これらの結果から、哺乳動物、より具体的にはヒトについて推定すると、APの予測治療有効量は、ヒト1人当たり1日につき500~100,000Uの間、好ましくは5000~30,000(平均体重約75kg)の間になり、又はヒトについてのAPの治療有効量は6.7~1333.3U/日/kg、好ましくは66,7~400U/日/kgになる。
【0020】
好ましい実施形態に従って、本発明は、神経変性障害に罹患しているか、又はそのリスクがある哺乳動物の処置又は予防における使用のためのアルカリホスファターゼであって、腸AP(IAP)、胎盤ALP(PALP)及び肝臓AP(LAP)、好ましくはIAP又はPALPからなる群から選択される組織特異的エクト-ホスファターゼである、アルカリホスファターゼに関する。腸アルカリホスファターゼ(IAP)を使用して、PDを処置することができる。組織非特異的エクトホスファターゼもまた、本発明の処置における使用に好適であり得る。PDは、PGC/AMPK Sirt経路の活性低下で始まる。この経路の活性低下は、遺伝的原因を有することがあるが、毒素、例えばLPSもこの経路の活性を低下させる。PGC/AMPK/Sirt経路の低下を示すSHラットも、腸アルカリホスファターゼレベルの強力な低下を示す。オレイン酸及びクルクミンを含むPGC/AMPK/Sirt経路のアクチベーターは、腸内のIAP発現を増大する。IAPは、腸管ミクロフローラに対して顕著な効果を有しており、アルカリホスファターゼ活性の低下は、PDにおけるミクロフローラにディスバイオシスをもたらす。PDで観察される通り、PGC/AMPK/Sirt経路の活性の低下は、密着結合の下方調節をもたらす。腸では、これによりLPSを含む細菌性毒素への曝露が増大し、結果的に腸免疫系におけるTLR受容体の曝露によって免疫活性化がもたらされる。脳内では、これにより、炎症を引き起こす毒素及び循環免疫細胞に対する血液脳関門の透過性が増大する。細菌性毒素への神経組織の曝露の増大は、アルファシヌクレインの発現を増大する。この発現は、LPSによって誘発される血液脳関門の漏れやすさ、及びPDにおいて脳を標的にする免疫系の活性化を促進する。
【0021】
好ましい実施形態に従って、本発明は、神経変性障害に罹患しているか、又はそのリスクがある哺乳動物の処置又は予防における使用のためのアルカリホスファターゼであって、前記処置が、静脈内、非経口又は経口投与、好ましくは経口投与を含む、アルカリホスファターゼに関する。経口投与についてはIAPが好ましく、非経口使用についてはPALPがより好ましい。経口アルカリホスファターゼは、それを用いる処置が腸内の共生細菌の成長を促進し、腸バリアの閉鎖を促進し、LPS及びATPを含む様々な細菌性毒素を解毒するので、PDのための処置になり得る。結果的に、APは、腸内フローラを正常化し、腸内の漏れやすいギャップ接合点を閉じ、これらの変化によって及び迷走神経の遠心性神経終末を活性化することによって誘発された神経炎症を低減し、それによってPDの発生を防止することができる。経口投与されたIAPがPDの処置に使用できるという更なる観察により、本発明は裏付けられる。研究は、PDをもたらす適応免疫応答が、Th17細胞によって制御されることを示した。Th17細胞は、好適な炎症促進性腸ミクロフローラの存在下で初めて腸内で成熟し、この成熟は、腸内の管腔ATPに応じて変わる。IAPは、管腔ATPを急速に脱リン酸化するので、Th17細胞活性化も阻害することになる。したがって、経口投与されたIAPは、適応免疫の舵取りにおいて重要な要素を演じ、PDの発生を防止することができる。
【0022】
更に、上述で示された通り、PGC/AMPK/Sirt経路は、PDにおいて影響を受ける。この経路はまた、寿命の延長に関与している。本発明者らの結果は、IAPを線虫に投与すると、それらの生涯期間が有意に延長したことを示しており、そのことはIAPが腸内で作用するだけで全身のPGC/AMPK/Sirt経路を活性化することができることを示唆している。経口APは、PDの重要なリスク因子であることが公知のメタボリック症候群の症状を改善する。プロバイオティクスによって改変されたPD患者の腸内ミクロフローラは、PD症状、並びにインスリン感受性及び血漿トリグリセリドに対してプラスの効果を有することが示された。しかし、プロバイオティクスは、多くの場合、腸ミクロフローラに対する効果が限られている。APを用いる処置の効果は、持続的であり、正常なミクロフローラが回復される可能性が高いより自然なものなので好ましく、一方、プロバイオティクスの投与による処置の効果は、投与される細菌の正確な株又は株混合物に応じて変わる。
【0023】
好ましい実施形態に従って、本発明は、神経変性障害に罹患しているか、又はそのリスクがある哺乳動物の処置又は予防における使用のためのアルカリホスファターゼであって、組換えアルカリホスファターゼ、好ましくは組換え哺乳動物アルカリホスファターゼ、より好ましくはヒト組換えアルカリホスファターゼである、アルカリホスファターゼに関する。好ましくは、本発明の組成物において使用されるホスファターゼは、例えば、組換えヒトアルカリホスファターゼを含む本発明の組成物を使用するヒトの処置を支援することになると予見される治療介入と適合性がある。しかし、他の組合せ、例えば、非ヒト天然又は非ヒト組換え代替アルカリホスファターゼ、例えばウシ又はブタ腸から導出されたアルカリホスファターゼ等を含む本発明の組成物を使用するヒトの処置を使用することもできる。
【0024】
好ましい実施形態に従って、本発明は、神経変性障害に罹患しているか、又はそのリスクがある哺乳動物の処置又は予防における使用のためのアルカリホスファターゼであって、アルカリホスファターゼの生物学的活性フラグメント又は誘導体、合成アルカリホスファターゼ誘導体、及び機能的アルカリホスファターゼ活性を発揮する化学的-薬学的小分子、好ましくはアルカリホスファターゼの生物学的活性フラグメント又は誘導体からなる群から選択される1つ又は複数である、アルカリホスファターゼに関する。アルカリホスファターゼの生物学的活性フラグメント又は誘導体は、回復を可能にし、血液脳関門の機能的特性及び完全性、脳内リンパ系、並びに中枢神経系のミクログリア及びアストログリア系の機能的神経支援特性を保護する。
【0025】
好ましい実施形態に従って、本発明は、神経変性障害に罹患しているか、又はそのリスクがある哺乳動物の処置又は予防における使用のためのアルカリホスファターゼであって、前記処置又は予防が、前記神経変性障害の発生を遅延させる、又はその進行を減弱する若しくは進行を防止することを含む、アルカリホスファターゼに関する。急性発生神経変性障害(例えば、脳卒中)及び慢性神経変性障害(例えば、AD、PD、MS)には持続的炎症応答が存在する。これらの障害のそれぞれは、炎症応答の誘発のための疾患特異的機序によって区別される。その炎症誘発のための明確な経路及びこれらの過程が生じる特異的解剖学的位置は、各神経変性疾患の特異的病理学的特色の決定要因である可能性が高い。しかし、注目すべきことには、炎症が誘発されると、炎症応答の増幅、神経毒性、及び神経細胞死をもたらす機序には大幅な収束があるように見える。CNSにおける自然免疫細胞、例えばミクログリア及びアストロサイトの活性化は、神経炎症の共通成分のうちの1つである。罹患したCNSにおいては、損傷したニューロンと調節不全の過剰活性化ミクログリアとの相互作用により、制御されない長引く炎症を引き起こすひどい自己伝播サイクルが発生し、このサイクルが神経変性疾患の慢性進行を駆動する。
【0026】
好ましい実施形態に従って、本発明は、神経変性障害に罹患しているか、又はそのリスクがある哺乳動物の処置又は予防における使用のためのアルカリホスファターゼであって、前記処置が、神経変性障害に罹患している哺乳動物の炎症応答を減弱することを含む、アルカリホスファターゼに関する。多くの炎症状態において、APは、炎症機序を安全且つ効果的に標的にし、また、様々な神経変性障害の病変形成に寄与するものも、安全且つ効果的に標的にすることが示されている。神経変性障害は慢性疾患なので、それらの防止及び処置は、長期間治療を必要とし、高い安全性レベルに対応する要件が課される可能性が高い。APを用いて実施された臨床研究では、患者において有害な活性の徴候は観察されなかった。また、このタンパク質について免疫寛容である様々な動物種での反復用量毒性研究では、動物は、1日1回の高用量のAP静脈内注射に耐容性を示した。したがって、本発明者らは、APが、神経変性障害を有する患者において安全に適用できると予測する。
【0027】
好ましい実施形態に従って、本発明は、神経変性障害に罹患しているか、又はそのリスクがある哺乳動物の処置又は予防における使用のためのアルカリホスファターゼであって、前記処置又は予防が、IL-1、IL-4、IL-6、IL-10、IL-11、及びIL-13、好ましくはIL-11からなる群から選択される抗炎症性サイトカインの活性化を促進することを含む、アルカリホスファターゼに関する。非ニューロンミクログリア細胞は、単核白血球細胞と同様に、循環におけるマクロファージの免疫調節機能に類似の免疫調節機能を発揮し、炎症促進因子及び抗炎症因子によって活性化され、不活化される。LPS及び虚血誘発性炎症状態は、AP活性によって解消される。マウスBV2ミクログリア細胞での予備的インビトロ研究により、APが、抗炎症性M2マーカーサイトカインIL-10の発現の選択的増大から推定される通り(結果は示されず)、M2抗炎症性表現型の方を優先してATP刺激性ミクログリアの活性化プロファイルを歪めることが実証される。APは、炎症促進性M1マーカーサイトカインTNF-α、IL-6、及びIL-IβのmRNA発現レベルの低下に関しても、LPS刺激性ミクログリアのM1炎症促進性活性化を減弱する。
【0028】
更なる態様に従って、本発明は、哺乳動物のPGC1活性の低下を防止することによって神経劣化を阻害するための方法であって、前記哺乳動物に、治療有効量の上述で定義されているアルカリホスファターゼを投与する工程を含む、方法に関する。
【0029】
別の態様に従って、本発明は、健康な個体と比較したPGC1活性の低下によって引き起こされる神経変性障害のリスクがある哺乳動物の予防のための医薬の調製のための、本明細書で開示されるアルカリホスファターゼの使用に関する。
【0030】
本発明は、更に、以下の実施例及び図に詳述される。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】遺伝子導入LRRK2-G2019S線虫の生存曲線を示す。ヒトG2019S LRRK2変異を担持している線虫変異体の寿命は、外部から添加したアルカリホスファターゼの増大(200U(A)及び1000U(B)のAP)によって延長され得る。この観察に基づくと、寿命に対するアルカリホスファターゼの効果は、進化的に保存されているので、アルカリホスファターゼは、標準生存条件下で虫及び哺乳動物の生存期間を延長すると予測される(類似の経路、類似の機序)。
図2】1000U(A)又は200U(B)のAPの非存在及び存在下で成長させた遺伝子導入LRRK2-G2019S線虫における、成虫1、4、7、及び12日目のドーパミン作動性(DA)ニューロン生存パーセンテージ(無傷DAニューロン%)を経時的に示す。
図3】200UのAPの非存在下及び存在下で成長させた遺伝子導入LRRK2-G2019S線虫における、成虫1、4、及び7日目のGFPタグ付きDAニューロンの蛍光顕微鏡法を示す。
図4】PGC1による細胞の抗ストレス応答の調節を示す。楕円の中の調節因子は、細胞の転写ストレス応答に関与するものであり、PGC1はそのまさに中心にある。小さいATP欠損(-)又はAMP過剰(+)が生じると、AMPKは活性化され、その結果、ミトコンドリアによるATP産生が増大する。より高度なATP欠陥では、CPT1がAMPKによって活性化され、保存された脂肪から放出される脂肪酸の脂質が燃焼する。ATP要件が高いままであり、CPT1が活性化されたままだと、細胞内でNAD/NADHレベルが上昇することになる。このパラメーターは、酸化(ストレス)状態の上昇を意味し、この状態はSirt1を活性化する。Sirt1はPGC1を脱アセチル化し、AMPKはPGC1をリン酸化し、PRMT1はPGC1をメチル化し、それによってPGC1は核内因子PPARデルタを動員するように活性化される。活性化されたPGC1及びPPARデルタは、代謝ストレス及び酸化還元ストレスからの細胞の保護に関与する遺伝子のプロモーター領域に結合し、それらの転写を増強し、AMP/ATP及び更なる抗ストレス応答に対するポジティブフィードバックループを提供する。この抗ストレス応答は、アルカリホスファターゼによって、AMP/ATP比を増大する(AMPKを活性化する)ことによって、及びLPSを解毒する(AMPK活性を阻害する)ことによって、活性化することができる。これにより、パーキンソン病を引き起こすのに重要な役割を演じているPGC1が、間接的に活性化される。
図5】異なる用量のAP又はメトホルミン(陽性対照)を用いた処置後の、訓練された線虫CL2122(対照群)及びCL2355(アルツハイマー病モデル群)の記憶試験の結果を示す。記憶は、CL2122及びCL2355動物におけるそれぞれの処置を考慮して、走化性指数として表される。走化性指数は、記憶試験において決定される通り、ブタノンスポット内の動物の数から、エタノールスポット内の動物の数を引き、それを動物の総数で割ったものとして計算される(詳細については実施例2を参照されたい)。Aベータを発現している虫、すなわち重度の記憶喪失をもたらすヒトAベータを発現する虫であるCL2355の記憶は、ゼロに近かった。CL2122は、Aベータを発現せず、対照群として働く。APは、線虫CL2355の記憶の改善を考慮した用量応答を示す。111、333及び1000IU/滴のAPを用いる虫の処置は、緩衝液処置対照と比較して、CL2355動物の記憶を用量依存的に、統計的に有意に増大した。また、メトホルミン処置動物は、この試験において統計的に有意な記憶の増大を示した。
【実施例
【0032】
(実施例1)
遺伝子導入LRRK2-G2019S線虫の生涯期間及び神経変性に対するAPのインビボ効果
ここで、PDの動物モデルのドーパミン作動性ニューロンの保護におけるAPの効果について試験した。この研究では、遺伝子導入LRRK2-G2019S線虫を使用して、生涯期間及び神経変性に対するAPの効果を評定した。YAO, Chen, et al.「LRRK2-mediated neurodegeneration and dysfunction of dopaminergic neurons in a Caenorhabditis elegans model of Parkinson's disease」、Neurobiology of disease、2010、40.1: 73~81に記載されている通り、G2019S LRRK2線虫モデルを使用した。この動物モデルでは、線虫の自然LRRK遺伝子を除去し、ヒトにおいてパーキンソン病を引き起こすヒトG2019S LRRK2バリアントで置き換えた。線虫は、それぞれAMPK、Sirt1及びPGC1のオルソログ遺伝子であるAAK、Sir2.1及びMDT15/NHR49複合体を含む。AAK及びSir2.1(及び当然のことながらAMPK及びSirt1も)は、他のタンパク質の活性を変化させる酵素である。これにより、最終的には、細胞核において抗ストレス遺伝子のDNA転写の引き金を引くタンパク質複合体が活性化される。この遺伝子導入線虫を使用して、ドーパミン作動性ニューロンの生存に対するAPの効果を評定した。
【0033】
以下の実験を実施した。生涯期間実験を実施して、生菌叢で成長させた遺伝子導入LRRK2-G2019S線虫の生涯期間の延長についてAPの有効性を決定する。更に、神経変性実験は、生菌叢で成長させた遺伝子導入線虫の老化及びフレイル関連症状がある間の変性からのドーパミン作動性ニューロンの保護について、APの有効性を試験するものであった。その後、上述の2つの実験を反復して、遺伝子導入LRRK2-G2019S線虫の生涯期間の延長及び神経保護の両方に対するAPの効果を確認した。加えて、神経変性実験中、ドーパミン作動性ニューロンの顕微鏡画像を撮影した。
【0034】
線虫成長培地及び寒天プレートを以下の通り調製する。寒天溶液を、撹拌棒及び撹拌プレートを使用してNaCl3g、寒天17g、及びペプトン2.5gを再蒸留水975mlに溶解させることによって作製した。寒天溶液を、液体サイクルで、蒸留水500mlと共にディスペンサーチューブを用いて121℃で30分間、オートクレーブ処理した。寒天溶液を75℃に冷却すると同時に、撹拌プレート上で撹拌した。滅菌技術を使用して、1M MgSO41ml、1M CaCl21ml、5mg/mlのコレステロール1ml、及び1M KPO41mlを寒天溶液に添加した。35mmプレートについては、FUdR(75μM原液)1mlも寒天溶液に添加した。35mmプレートについて、FUdR及び寒天溶液4mlを各プレートに分注し、FUdR+プレートを提供した。60mmプレートについては、寒天溶液8mlを各プレートに分注した。プレートを室温で2日間保存し、70%EtOHで滅菌したプラスチックトレイによって覆って、寒天を完全に凝固させた。
【0035】
大腸菌OP50溶液を、滅菌ピペットチップを使用し、菌叢にわたってピペットチップを擦過することによって、予め播種しておいた寒天プレートから大腸菌OP50を採取することによって調製した。ピペットチップを1リットルのLBブロス中、37℃で一晩インキュベートした。大腸菌溶液を、寒天プレートへの播種まで、4℃の冷却室内で保存した。大腸菌OP50溶液を使用して、50μ1を35mmプレート上にピペッティングし、150μlを60mmプレート上にピペッティングすることによってプレートに播種した。播種したプレートを、菌叢が発育するまで70%EtOHで滅菌したプラスチックトレイによって覆って、室温で保存した。大腸菌叢を含む播種したプレートを、使用するまで4℃の冷却室内で保存した。
【0036】
アルカリホスファターゼ(AP)溶液を、20mM Tris(pH7.8)と5mM MgCl2及び0.1mM ZnCl2からなる緩衝液(AP緩衝液)にAPを溶解させ、その結果、1ml当たり50,000単位の濃度にすることによって調製した。溶液を100ulの一定分量に分け、4℃で保存した。
【0037】
いずれかのアッセイの開始前に、遺伝子導入LRRK2-G2019S線虫の齢を同調させて(age-synchronized)、アルカリ漂白後に卵からの発育を惹起させ、線虫試料の齢を適合させた。これを行うために、漂白溶液10μ1(5M NaOH25μl、8%漂白剤100μl、及び再蒸留水375μ1)を、菌叢から離れた60mmプレート上にピペット注入した。L4段階の線虫15匹を飼育集団から選択し、滅菌白金線を使用して60mmプレート上の漂白溶液に入れた。すべての卵が放出されるまで、更なる漂白溶液を、プレートから蒸発した溶液として添加した。この手順を、同じ60mmプレート上の第2のスポットで反復した。卵を2日間置いて孵化させ、成長させ、孵化した線虫30匹を、各アッセイの開始時に35mmの各FUdR+プレートに移動させた。
【0038】
35mmのFUdR+プレートを、4μlのAP(200U)溶液処置、20μlのAP(1000U)溶液処置、及び対照群に分けた。処置群プレートは、それらのそれぞれの体積のAP溶液をプレートの菌叢上にピペッティングした直後に線虫を移動させることによって処理した。プレートを傾けることによって溶液を菌叢にわたって広げ、溶液が菌叢全体をコーティングするようにした。別々の対照群を、各治療群と並べて維持し、同日にスコア化し、移動させた。すべてのプレートを、溶液を施与した後、線虫を移動させる前に15分間乾燥させた。
【0039】
生涯期間アッセイ
各試験は、AP20μl又はAP4μlのいずれかの3つの処置プレート、及び3つの対照プレートからなっていた。線虫を、産卵が停止するまで毎日スコア化し、移動させた。線虫を1~3日ごとにスコア化し、産卵が停止した後2~4日ごとに移動させた。線虫を、滅菌白金線を用いる軽い接触に応答して運動しなかった場合には死滅したものとしてスコア化し、又は生存しているが寒天の下に閉じ込められる等で移動させられない、若しくは異常な原因、例えば線虫の体内での孵化により死滅したように見える場合は打ち切った。これは、残った虫がいなくなるまで継続した。
【0040】
この研究では、遺伝子導入LRRK2-G2019S線虫の2つの独立な群を、200U又は1000UのAPのいずれかで処置した。結果に基づいて、1000UのAP(図1A)又は200UのAP(図IB)の非存在及び存在下で成長させた遺伝子導入LRRK2-G2019S線虫の生存曲線を得た。それにより、APが1000Uで生涯期間を有意に延長することが確認された。未処置線虫及び1000UのAPで処置した線虫の平均生涯期間は、それぞれ14.93+0.52日及び17.37+0.92日であることが見出される。AP用量が200Uよりも低かった場合、APの効果は顕著に低下した。未処置線虫及び200UのAPで処置した線虫の平均生涯期間は、それぞれ14.34+0.50日及び14.64+0.38日であることが見出される。
【0041】
AP活性は、Bergmeyer H. U. (1974) Methods of Enzymatic Analysis、2nd edition、p496、Academic Press、New Yorkに開示されている通り、(グリシン)単位/mlで定義される。これらの結果から、哺乳動物、より具体的にはヒトで推定すると、APの予測治療有効量は、ヒト1人当たり1日につき500~100,000Uの間、好ましくは5000~30,000(平均体重約75kg)の間になり、又はヒトについてのAPの治療有効量は6.7~1333.3U/日/kg、好ましくは66,7~400U/日/kgになる。
【0042】
神経変性アッセイ
各試験は、AP20μl又はAP4μlのいずれかの4つの処置プレート、及び4つの対照プレートを用いて始めた。生存している線虫を、産卵が停止するまで毎日移動させ、その後は2~4日ごとに移動させた。各群から代表の虫10匹の生存ドーパミン作動性(DA)ニューロンの数を、実験の1日目又は2日目に、及びその後異なる4日から試料を採取するまで3~4日ごとに、蛍光(florescence)顕微鏡を使用してカウントした。最終日に生存している虫が10匹未満であった場合、生存している虫をスコア化し、その10匹のうちの残余は、死滅し、生存ニューロンを含有していないものとして印した。ニューロンをスコア化するために、粘着性プラスチック結合強化リングを、顕微鏡ガラススライドの表面に粘着させた。1倍の封入液(mounting solution)(10倍原液:水に溶解させた1%トリカイン10mg及び0.1%テトラミゾール1mg)2μl、及び再蒸留水4μlを、ガラススライド上の粘着性プラスチックリングの中心にピペット注入した。処置群の試料からの線虫10匹を、スライド上の溶液に移動させた。カバースリップをスライド上に置き、封入液で線虫を固定化したら、カバースリップを、スーパーグルーを使用してスライドに接着させた。5分以内に封入液で線虫が固定化しなかったら、更なる封入液2μlを添加した。線虫がうまく固定化されるまで、更なる封入液を5分ごとに添加した。
【0043】
生存している虫のGFPタグ付きドーパミン作動性ニューロンを、蛍光顕微鏡下で観察した。蛍光顕微鏡を使用して、健康なDAニューロンの数をカウントした。欠損し、健康でないニューロンの数も記録した。細胞体が縮んでいるように見えた場合、又は軸索が破壊される若しくはビーズ状になった場合、ニューロンは健康でないとみなした。これを対照試料についても同様に反復した。ドーパミン作動性ニューロンを、細胞体の欠損及び縮み又は神経突起の破壊のいずれかに起因する変性の徴候についてスコア化した。無傷のままのニューロンの数を、各群の線虫の齢に対してプロットした(図2)。
【0044】
200U(図2A)又は1000U(図2B)のAPのいずれかを用いて処置した遺伝子導入LRRK2-G2019S線虫の2つの独立な群により、APが、200U及び1000Uの両方で齢依存性変性からドーパミン作動性ニューロンを保護することが示された。APは、200UのAPで成虫4日目(p<0.001)及び7日目(p<0.001)、並びに1000UのAPで成虫7日目(p<0.001)に測定されたドーパミン作動性ニューロンの生存を有意に増強した。生後7日目に(ヒトの約50歳に相当する)、ドーパミン作動性ニューロンの約50%が、これらの変異体線虫動物において損傷しており、これは、線虫におけるパーキンソン病の早期発症に相当し、パーキンソン病患者に見られる状況に相当する。
【0045】
上述で示したDAニューロンカウントと合致して、APは、LRRK2-G2019S線虫のDAニューロンにおけるGFPシグナルの齢依存性減少を減弱したが、このことは、APの処置後にDAニューロン生存が増強されたことを示している。成虫1、4、及び7日目に200UのAPで処置したLRRK2-G2019S線虫におけるDAニューロンの代表的画像を、図3に示した。
【0046】
議論
実験は、遺伝子導入線虫の生涯期間が、1000UのAPの添加によって延長することを示しており、このことは、APが健康的な老化を促進し、PDの線虫モデルにおいてフレイル関連障害を低減するという知見を裏付ける。これらのデータは、APを使用して抗ストレス生化学を活性化することができ、それによって、寿命及び抗ストレス経路も調節され、したがって神経保護が生じるはずであるという知見を裏付けるものである。更に、実験は、APが、遺伝子導入LRRK2-G2019S線虫において、齢依存性変性からドーパミン作動性ニューロンを保護することを示している。このインビボ効果は、200U/プレート及び1000U/プレートの両方で統計的に有意であった。同じ神経変性モデルにおけるドーパミン作動性ニューロンに対するAPの保護効果は、このPDの線虫モデルにおいて有効であることが初期に報告された薬物(GW5074、ソラフェニブ及びAdoCbl)の保護効果に相当するか又はそれよりも良好である。これらの結果により、パーキンソン病のモデルである遺伝子導入LRRK2-G2019S線虫における生涯期間及び神経変性に対するAPの有益な効果が確認された。1000UのAPは、生涯期間を延長することが示され、一方、200U及び1000UのAPは、遺伝子導入LRRK2-G2019S線虫において生じるドーパミン作動性神経変性から救うことが示された。生涯期間の延長には、高用量のAPが必要であると思われるが、一方、神経保護効果は相対的により低用量で検出され得る。
【0047】
(実施例2)
遺伝子導入CL2355線虫におけるアルツハイマー病記憶試験に対するAPのインビボ効果
更なる実験において、アルツハイマー病(AD)に対するAPの治療効果を試験した。この実験では、Yuan Luo et al. in Methods of Behavior Analysis in Neuroscience. 2nd edition、Chapter 16、「Caenorhabditis elegans Model for Initial Screening and Mechanistic Evaluation of Potential New Drugs for Aging and Alzheimer's Disease」によって既に記載されている通り、遺伝的に修飾された線虫系統(CL2355)を活用する。CL2355は、そのニューロンのすべてにおいてヒトAベータ(Aβ)を温度依存様式で発現し、すなわちAベータは、動物の成長温度が16℃から25℃の成長温度にシフトして初めて発現し始める。ヒトAベータの発現のせいで、これらの動物は、ニューロンにおけるAベータの発現及び記憶喪失にも関連付けられる、ヒトにおけるAD疾患の進行に相当する記憶機能障害を発症する。線虫系統CL2122を、対照系統として使用する。この系統は、CL2355と同じ遺伝的背景を有するが、温度がシフトするとAベータを全く発現しない。
【0048】
CL2355線虫動物におけるAベータ誘発性記憶喪失に対するアルカリホスファターゼ(AP)の効果を決定する。AMPKアクチベーターであり、Aベータを発現するCL2355動物の記憶を増強することが公知であるメトホルミンを、Waqar Ahmand et al. 2017、Molecular Neurobiology、54, 5427~5439によって開示されている通り、陽性対照として使用した。試験化合物、AP又はメトホルミンのいずれかを用いる処置の後、動物を1時間飢餓させる。その後、動物を訓練するために、ブタノンの存在下(訓練条件)又は非存在下(訓練されていない)で、通常のNGM寒天プレート上に1時間置く。この時間の後、動物を再び1時間飢餓させ、記憶保持について試験するために用意する。
【0049】
試験化合物のための曝露プレートの調製
動物を試験化合物に曝露するために使用することになるNGM寒天プレートを、記憶試験を実施する4日前に調製し、4℃で暗所に保存した。試験化合物含有プレートを調製するために、直径10cmの各NGMプレートに、10滴の3倍濃縮標準OP50細菌培養物50ulをピペット注入した。これらの液滴が乾燥した後、試験化合物を添加した。
【0050】
陰性対照を投与するために、緩衝液20ulを使用してAPを溶解させた。緩衝液は、20mMのTris緩衝液と5mMのMgCl23及び0.1mMのZnCl2からなる。APを、111、333及び1000IUのAPに対応する、AP溶液(50,000IU/ml)2.2、6.6及び20ulの3つの異なる用量レベルで試験した。メトホルミンを、1.5mM水溶液2.5ulの溶液で投与した。
【0051】
試験化合物への線虫の曝露
L4段階で同調させた動物(16℃で成長させた)約1000匹を、前述の通り、試験化合物を含むプレート上に動物をピペッティングすることによって、試験化合物に16℃で24時間曝露した。これらの24時間の後に、動物を未使用のプレート及び試験化合物上に置き、25℃で更に24時間インキュベートし、下記の通り記憶保持試験を実施することによって記憶保持を決定した。
【0052】
記憶保持試験、走化性指数
記憶試験のためのNGM寒天プレートを調製するために、2滴の1Mのナトリウムアジド1ulを、直径10cmの寒天プレート上に、プレートの中央に互いに約6cm離してピペット注入する。アジドの存在は、これらのスポットに近づいた動物を麻痺させる。その後、アジド液滴の一方の上に、エタノール1ulをピペット注入する。他方のアジド液滴の上に、エタノール中10%ブタノン溶解液1ulを注入する。ここで、記憶試験のために使用することになるプレートが用意される。
【0053】
その後、試験されることになる約300匹の虫を起点に放出し、すなわちプレートの中間をとって寒天プレートの下縁又は上縁に、ナトリウムアジド液滴(ブタノール又はエタノールのいずれかを含む)のそれぞれから約4.5cm離して落として、虫を放出する。餌がブタノンで印されたことを虫が記憶していた場合、虫はブタノン液滴の方に向かうが、そこにはアジドが存在するのでそこで動けなくなる。虫が記憶していない場合、ブタノン液滴に向かったのと類似の数の動物が、エタノール液滴の方に向かうことになる。このことは、動物がブタノンで訓練されていない場合にも生じる。ブタノン及びエタノールを含むプレートを1時間探索させた後、記憶を走化性指数によって定量化する。走化性指数は、ブタノンスポット内の動物の数から、エタノールスポット内の動物の数を引き、それを動物の総数で割ったものとして計算される。図5は記憶試験の結果を示しており、CL2122及びCL2355動物におけるそれぞれの処置を考慮して、記憶を走化性指数として表す。
【0054】
結論
実施された対照実験は、メトホルミン及びAPが、訓練されたCL2122動物の正常な走化性指数も、訓練されていないCL2122動物の正常な走化性指数も上昇しないことを示している。このことは、対照動物の正常な記憶が、いずれの処置によっても影響を受けなかったことを示す。CL2355では、走化性指数は、ブタノンで訓練された動物についてはゼロに近かった。このことは、これらの動物の記憶がほぼ完全に喪失したことを示す。111、333及び1000IU/滴のAPを用いる虫の処置は、緩衝液処置対照と比較して、CL2355動物の記憶を用量依存的に、統計的に有意に増大した。また、メトホルミン処置動物は、この試験において記憶の統計的に有意な増大を示した。したがって、APを用いる処置は、記憶喪失に用量特異的方式で対抗する。記憶喪失に対抗するAPの効果は、神経変性に対して作用することが公知のメトホルミンの効果よりもいくらか低い。この差異は、虫が48時間以内にメトホルミンを吸収し、一方、APはそうではなく数分程度で排出されることになるという事実に起因する可能性が高い。試験物質(AP又はメトホルミン)を用いた処置の後、学習過程及び記憶試験部分の全体を、これらの試験物質がない状態で行う。この試験時間は約3時間であり、この期間中に、メトホルミンは体内に吸収される可能性が高いので、より長時間持続することができ、APと比較してより長時間持続する保護効果をもたらすことができる。
図1
図2
図3
図4
図5
【国際調査報告】