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特表2024-521597トラップイオン型量子コンピュータでの高速2キュービットゲート
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-06-04
(54)【発明の名称】トラップイオン型量子コンピュータでの高速2キュービットゲート
(51)【国際特許分類】
   G06N 10/20 20220101AFI20240528BHJP
【FI】
G06N10/20
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023515215
(86)(22)【出願日】2021-09-10
(85)【翻訳文提出日】2023-04-20
(86)【国際出願番号】 US2021049933
(87)【国際公開番号】W WO2022060639
(87)【国際公開日】2022-03-24
(31)【優先権主張番号】63/078,869
(32)【優先日】2020-09-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】17/464,595
(32)【優先日】2021-09-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】520132894
【氏名又は名称】イオンキュー インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100165157
【弁理士】
【氏名又は名称】芝 哲央
(74)【代理人】
【識別番号】100205659
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 拓也
(74)【代理人】
【識別番号】100126000
【弁理士】
【氏名又は名称】岩池 満
(74)【代理人】
【識別番号】100185269
【弁理士】
【氏名又は名称】小菅 一弘
(72)【発明者】
【氏名】ブルーメル レインホールド
(72)【発明者】
【氏名】グルゼシアク ニコデム
(72)【発明者】
【氏名】リー ミン
(72)【発明者】
【氏名】マクシモフ アンドリイ
(72)【発明者】
【氏名】ナム ユンソン
(57)【要約】
量子コンピュータにおいてトラップイオン間のもつれ操作を行うための方法は、量子コンピュータにおける2つのトラップイオン間のもつれ操作において許容される不忠実度の量を選択するステップと、ゲート操作条件及び選択された前記不忠実度の量に基づいて、前記2つのトラップイオンのそれぞれに印加されるパルスのパルス関数を計算するステップと、計算された前記パルス関数に基づいてパルスを生成するステップと、生成された前記パルスを前記2つのトラップイオンのそれぞれに印加して、前記2つのトラップイオン間のもつれ操作を実行するステップと、を含む。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子コンピュータにおいてトラップイオン間のもつれ操作を実行するための方法であって、
量子コンピュータにおける2つのトラップイオン間のもつれ操作において許容される不忠実度の量を選択するステップと、
ゲート操作条件及び選択された前記不忠実度の量に基づいて、前記2つのトラップイオンのそれぞれに印加されるパルスのパルス関数を計算するステップと、
計算された前記パルス関数に基づいてパルスを生成するステップと、
生成された前記パルスを前記2つのトラップイオンのそれぞれに印加して、前記2つのトラップイオン間の前記もつれ操作を実行するステップと、
を含む、方法。
【請求項2】
前記ゲート操作条件は、ゲート角条件及び位相空間条件を備える、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記パルス関数は、基底関数を用いて分解され、前記パルス関数を計算するステップは、前記基底関数の係数を計算するステップを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記基底関数の前記係数を計算するステップは、
前記パルス関数を有するパルスによって引き起こされる前記もつれ操作の不忠実度が、選択された前記不忠実度の量に等しくなるように、前記基底関数の前記係数を選択するステップ
を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記基底関数の前記係数を計算するステップは、
前記パルス関数を有するパルスによって引き起こされる前記もつれ操作が所定の閾値内で前記ゲート操作条件を満たす拡張解空間から、前記基底関数の前記係数を選択するステップ
を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記パルス関数を計算するステップは、さらに安定化条件に基づく、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記パルス関数を計算するステップは、さらに電力最適化条件に基づく、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
イオントラップ型量子コンピューティングシステムであって、
複数のキュービットを備える量子プロセッサであって、各キュービットが2つの超微細状態を有するトラップイオンを備える、量子プロセッサと、
レーザビームを発するように構成された1つ以上のレーザであって、前記レーザビームは前記量子プロセッサ内のトラップイオンに提供される、1つ以上のレーザと、
古典的コンピュータであって、
量子コンピュータにおける2つのトラップイオン間のもつれ操作において許容される不忠実度の量を選択するステップと、
ゲート操作条件及び選択された前記不忠実度の量に基づいて、前記2つのトラップイオンのそれぞれに印加されるパルスのパルス関数を計算するステップと、
計算された前記パルス関数に基づいて前記パルスを生成するステップと、
を含む操作を実行するように構成された、古典的コンピュータと、
制御プログラムを実行して、前記1つ以上のレーザを制御して前記量子プロセッサ上で操作を実行するように構成されたシステムコントローラであって、前記操作が、
生成された前記パルスを前記2つのトラップイオンのそれぞれに印加して、前記2つのトラップイオン間の前記もつれ操作を実行するステップと、
前記量子プロセッサ内のキュービット状態の母集団を測定するステップと、
を含む、システムコントローラと、
を備え、
前記古典的コンピュータは、前記量子プロセッサにおいて測定された前記キュービット状態の母集団を出力するようにさらに構成される、イオントラップ型量子コンピューティングシステム。
【請求項9】
前記ゲート操作条件は、ゲート角条件及び位相空間条件を備える、請求項8に記載のイオントラップ型量子コンピューティングシステム。
【請求項10】
前記パルス関数は、基底関数を用いて分解され、前記パルス関数を計算するステップは、前記基底関数の係数を計算するステップを含む、請求項8に記載のイオントラップ型量子コンピューティングシステム。
【請求項11】
前記基底関数の前記係数を計算するステップは、
前記パルス関数を有するパルスによって引き起こされるもつれ操作の不忠実度が、選択された前記不忠実度の量に等しくなるように、前記基底関数の前記係数を選択するステップ
を含む、請求項8に記載のイオントラップ型量子コンピューティングシステム。
【請求項12】
前記基底関数の前記係数を計算するステップは、
前記パルス関数を有するパルスによって引き起こされる前記もつれ操作が所定の閾値内で前記ゲート操作条件を満たす拡張解空間から、前記基底関数の前記係数を選択するステップ
を含む、請求項8に記載のイオントラップ型量子コンピューティングシステム。
【請求項13】
前記パルス関数を計算するステップは、さらに安定化条件に基づく、請求項8に記載のイオントラップ型量子コンピューティングシステム。
【請求項14】
前記パルス関数を計算するステップは、さらに電力最適化条件に基づく、請求項8に記載のイオントラップ型量子コンピューティングシステム。
【請求項15】
イオントラップ型量子コンピューティングシステムであって、
古典的コンピュータと、
複数のキュービットを備える量子プロセッサであって、各キュービットが2つの超微細状態を有するトラップイオンを備える、量子プロセッサと、
制御プログラムを実行して、1つ以上のレーザを制御し、前記量子プロセッサ上で操作を実行するように構成されたシステムコントローラと、
格納された多数の命令を有する不揮発性メモリと、
を備え、前記多数の命令は、1つ以上のプロセッサによって実行されると、前記イオントラップ型量子コンピューティングシステムに、
前記古典的コンピュータによって、量子コンピュータにおける2つのトラップイオン間のもつれ操作において許容される不忠実度の量を選択するステップと、
前記古典的コンピュータによって、ゲート操作条件及び選択された前記不忠実度の量に基づいて、前記2つのトラップイオンのそれぞれに印加されるパルスのパルス関数を計算するステップと、
前記古典的コンピュータによって、計算された前記パルス関数に基づいて前記パルスを生成するステップと、
前記システムコントローラによって、生成された前記パルスを前記2つのトラップイオンのそれぞれに印加して、前記2つのトラップイオン間で前記もつれ操作を実行するステップと、
前記システムコントローラによって、前記量子プロセッサのキュービット状態の母集団を測定するステップと、
前記古典的コンピュータによって、前記量子プロセッサの測定された前記キュービット状態の母集団を出力するステップと、
を含む操作を実行させる、イオントラップ型量子コンピューティングシステム。
【請求項16】
前記ゲート操作条件は、ゲート角条件及び位相空間条件を備える、請求項15に記載のイオントラップ型量子コンピューティングシステム。
【請求項17】
前記パルス関数は、基底関数を用いて分解され、前記パルス関数を計算するステップは、
前記パルス関数を有するパルスによって引き起こされる前記もつれ操作の不忠実度が、選択された前記不忠実度の量に等しくなるように、前記基底関数の係数を選択するステップ
を含む、請求項15に記載のイオントラップ型量子コンピューティングシステム。
【請求項18】
前記パルス関数は、基底関数を用いて分解され、前記パルス関数を計算するステップは、
前記パルス関数を有するパルスによって引き起こされる前記もつれ操作が所定の閾値内で前記ゲート操作条件を満たす拡張解空間から、前記基底関数の係数を選択するステップ
を含む、請求項15に記載のイオントラップ型量子コンピューティングシステム。
【請求項19】
前記パルス関数を計算するステップは、さらに安定化条件に基づく、請求項15に記載のイオントラップ型量子コンピューティングシステム。
【請求項20】
前記パルス関数を計算するステップは、さらに電力最適化条件に基づく、請求項15に記載のイオントラップ型量子コンピューティングシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、一般に、イオントラップ型量子コンピュータにおいてもつれゲートを生成する方法に関し、より具体的には、少量の不忠実度を注入して、2キュービットパルスに必要な電力を削減する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、普遍的にプログラム可能な市販の量子コンピュータで利用可能なものは少なく、実用的な量子コンピューティングに向けた新たな時代のための量子準備の競争が始まっている。コード解読から量子化学シミュレーションに至るまで、量子コンピュータのアプリケーション範囲は拡大し続けている。このような量子アプリケーションをプログラミングする場合、計算命令は、通常、1キュービット及び2キュービットの量子ゲートにコンパイルされる。イオントラップや超伝導アーキテクチャなどの主要な量子ハードウェアプラットフォームでは、これらの量子ゲートの基本型がよく知られている。物理的なハードウェアの実行レベルでは、2キュービットゲートは、1キュービットゲートよりも実装が比較的困難である。大雑把に言えば、忠実度とゲート持続時間の点で、1キュービットゲートは、2キュービットゲートに比べて1~2桁程度実装における要求度が低い。1キュービットゲートと2キュービットゲートについて、それぞれ忠実度が99.97%と99.3%であることが報告されている。
【0003】
例えば、レーザベースのゲートを有する現代のトラップイオン型量子コンピュータにおいて、単一キュービットゲートは、99.993%の忠実度を達成することが報告されている。これは、Mφlmer-Sφrensen(MS)法に従って実装された2キュービットゲートと比較することができ、99.9%の忠実度を達成することが報告されている。このように、量子コンピュータの実用性を飛躍的に高めるためには、2キュービットゲートの性能を向上させることが重要な課題となっている。そのため、実験パラメータのドリフトに対する優れたロバスト性や、より低い消費電力のパルス整形法など、様々な特徴を有するパルス整形法が考案されてきた。トラップイオン型量子コンピュータにおけるMφlmer-Sφrensen(MS)法では、電力に最適なパルス形状を得るための構築方法と、任意の程度の実験パラメータドリフトに対して安定化させるための系統的方法が報告されてきた。さらに、報告された結果には、MSゲートの厳密な実装に必要な電力に関するハードで数学的に厳密な下限も含まれている。
【0004】
しかしながら、量子ゲートの実装は、実際には不完全であることが予想され、したがって、量子ゲート構築方法における数学的厳密性は、実際に実装された量子ゲートには反映されない。したがって、必要な電力を削減し、計算上の要求がより少ないパルス整形を提供するために、数学的厳密性が緩和された量子ゲート構築のための手順に対するニーズがある。
【発明の概要】
【0005】
本開示の実施形態は、量子コンピュータにおいてトラップイオン間のもつれ操作を実行するための方法を含む。この方法は、量子コンピュータにおける2つのトラップイオン間のもつれ操作において許容される不忠実度の量を選択するステップと、ゲート操作条件及び選択された不忠実度の量に基づいて、2つのトラップイオンのそれぞれに印加されるパルスのパルス関数を計算するステップと、計算されたパルス関数に基づいてパルスを生成するステップと、生成されたパルスを2つのトラップイオンのそれぞれに印加して、2つのトラップイオン間のもつれ操作を実行するステップと、を含む。
【0006】
本開示の実施形態は、イオントラップ型量子コンピューティングシステムも含む。イオントラップ型量子コンピューティングシステムは、複数のキュービットを備える量子プロセッサであって、各キュービットが2つの超微細状態を有するトラップイオンを備える、量子プロセッサと、レーザビームを発するように構成された1つ以上のレーザであって、レーザビームが量子プロセッサ内のトラップイオンに提供される、1つ以上のレーザと、古典的コンピュータと、システムコントローラと、を含む。古典的コンピュータは、量子コンピュータにおける2つのトラップイオン間のもつれ操作において許容される不忠実度の量を選択するステップと、ゲート操作条件及び選択された不忠実度の量に基づいて、2つのトラップイオンのそれぞれに印加されるパルスのパルス関数を計算するステップと、計算されたパルス関数に基づいてパルスを生成するステップと、を含む操作を実行するように構成される。システムコントローラは、制御プログラムを実行して、1つ以上のレーザを制御して量子プロセッサ上で操作を実行するように構成され、操作は、生成されたパルスを2つのトラップイオンのそれぞれに印加して、2つのトラップイオン間のもつれ操作を実行するステップと、量子プロセッサ内のキュービット状態の母集団を測定するステップと、を含む。古典的コンピュータは、量子プロセッサにおいて測定されたキュービット状態の母集団を出力するようにさらに構成される。
【0007】
本開示の実施形態は、イオントラップ型量子コンピューティングシステムをさらに提供する。イオントラップ型量子コンピューティングシステムは、古典的コンピュータと、複数のキュービットを備える量子プロセッサであって、各キュービットが2つの超微細状態を有するトラップイオンを備える、量子プロセッサと、制御プログラムを実行して、1つ以上のレーザを制御し、量子プロセッサ上で操作を実行するように構成されたシステムコントローラと、格納された多数の命令を有する不揮発性メモリと、を含む。命令は、1つ以上のプロセッサによって実行されると、イオントラップ型量子コンピューティングシステムに、古典的コンピュータによって、量子コンピュータにおける2つのトラップイオン間のもつれ操作において許容される不忠実度の量を選択するステップと、古典的コンピュータによって、ゲート操作条件及び選択された不忠実度の量に基づいて、2つのトラップイオンのそれぞれに印加されるパルスのパルス関数を計算するステップと、古典的コンピュータによって、計算されたパルス関数に基づいてパルスを生成するステップと、システムコントローラによって、生成されたパルスを2つのトラップイオンのそれぞれに印加して、2つのトラップイオン間でもつれ操作を実行するステップと、システムコントローラによって、量子プロセッサのキュービット状態の母集団を測定するステップと、古典的コンピュータによって、量子プロセッサの測定されたキュービット状態の母集団を出力するステップと、を含む操作を実行させる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
本開示の上記特徴を詳細に理解できるように、上記で簡単に要約された本開示のより具体的な記載は、実施形態を参照することによって説明することができ、その実施形態の一部は、添付図面に示されている。しかしながら、添付図面は、本開示の典型的な実施形態のみを説明しており、その範囲を限定すると見なされるべきではないことに留意されたい。なぜなら、本開示は、他の同等に有効な実施形態を認めることができるからである。
【0009】
図1】一実施形態に従うイオントラップ型量子コンピュータの部分図である。
図2】一実施形態に従って、イオンをグループに閉じ込めるためのイオントラップの概略図を示す。
図3】一実施形態に従って、トラップイオンのグループ内の各イオンの概略エネルギー図を示す。
図4】一実施形態に従うゲート持続時間τの関数として、正確な振幅及び周波数変調(E-AMFM)法によって整形された電力最適化レーザパルスに必要な電力を示す。
図5A】一実施形態に従うキュービットペア(1,11)に対するレーザパルスの特性を示す。
図5B】一実施形態に従うキュービットペア(1,11)に対するレーザパルスの特性を示す。
図5C】一実施形態に従うキュービットペア(1,11)に対するレーザパルスの特性を示す。
図5D】一実施形態に従うキュービットペア(1,11)に対するレーザパルスの特性を示す。
図5E】一実施形態に従うキュービットペア(1,11)に対するレーザパルスの特性を示す。
【0010】
理解を容易にするために、可能な場合には、図に共通する同一の要素を示すために同一の参照番号を使用する。図及び以下の説明では、X軸、Y軸、及びZ軸を含む直交座標系を使用する。図面の矢印で表される方向は、便宜上、正の方向であると想定される。いくつかの実施形態で開示された要素は、具体的な明記なく、他の実装で有益に利用されてよいと考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書に記載される実施形態は、一般に、必要なパルス電力の節約を達成することができるように、量子コンピュータ計算プロセス中にイオン相互作用パルスを定義する際に数学的正確さの要件を除去する体系的方法を含むパルス整形技術に関連する。いくつかの実施形態では、現実的なトラップイオン型量子コンピュータの操作条件下で、パルス電力の節約は、1桁を超えることができる。電力節約をゲート持続時間とトレードオフすることにより、2キュービットゲートは、所与の電力バジェットに対して1桁高速化できる。このトレードオフには、さらなる利点、すなわち、実験パラメータのドリフトに対するゲートの自然なロバスト性を伴う。
【0012】
トラップイオンを使用して量子コンピューティングを実行できるシステム全体には、古典的コンピュータ、システムコントローラ、及び量子レジスタが含まれる。古典的コンピュータは、グラフィックス処理ユニット(GPU)などのユーザインターフェイスを使用して実行する量子アルゴリズムの選択、選択した量子アルゴリズムの一連のユニバーサル論理ゲートへのコンパイル、一連のユニバーサル論理ゲートを量子レジスタに適用するためのレーザパルスへの変換、中央処理ユニット(CPU)を使用してレーザパルスを最適化するパラメータの事前の計算などのサポート及びシステム制御タスクを実行する。量子アルゴリズムを分解して実行するタスクを実行するためのソフトウェアプログラムは、古典的コンピュータ内の不揮発性メモリに格納されている。量子レジスタには、様々なハードウェアと結合されたトラップイオンが含まれ、これらのハードウェアには、トラップイオンの内部超微細状態(キュービット状態)を操作するレーザや、トラップイオンの内部超微細状態(キュービット状態)を読み取る音響光学変調器が含まれる。システムコントローラは、古典的コンピュータから、量子レジスタで選択されたアルゴリズムの実行の開始時にパルスの事前計算されたパラメータを受け取り、量子レジスタで選択されたアルゴリズムを実行するために使用される全ての側面の制御に関連する様々なハードウェアを制御し、量子レジスタの読み取り値を返し、こうして、アルゴリズムの実行の最後に、量子コンピューティングの結果を古典的コンピュータに出力する。
【0013】
(一般的なハードウェア構成)
図1は、一実施形態に係るイオントラップ型量子コンピュータ100、又は単にシステム100の部分図である。システム100は、ハイブリッド量子古典コンピューティングシステムを表すことができる。システム100は、古典的(デジタル)コンピュータ102と、システムコントローラ104とを含む。図1に示すシステム100の他のコンポーネントは、量子プロセッサと関連しており、量子プロセッサは、Z軸に沿って延びるトラップイオン(すなわち、互いにほぼ等間隔に配置された円として示される5つ)の鎖106を含む。トラップイオンの鎖106内の各イオンは、核スピンI及び電子スピンsを有するイオンであり、核スピンIと電子スピンsとの差がゼロであるようになっており、例えば、正のイッテルビウムイオン171Yb、正のバリウムイオン133Ba、正のカドミウムイオン111Cd又は113Cdであり、これらの全ては、核スピン
【数1】
及び1/2超微細状態を有する。いくつかの実施形態では、トラップイオンの鎖106内の全てのイオンは、同じ種及び同位体(例えば、171Yb)である。いくつかの他の実施形態では、トラップイオンの鎖106は、1つ以上の種又は同位体を含む(例えば、いくつかのイオンは171Ybであり、いくつかの他のイオンは133Baである)。なおさらなる実施形態では、トラップイオンの鎖106は、同じ種の様々な同位体(例えば、Ybの異なる同位体、Baの異なる同位体)を含んでもよい。トラップイオンの鎖106内のイオンは、別々のレーザビームで個別に処理される。古典的コンピュータ102は、中央処理ユニット(CPU)、メモリ、及びサポート回路(又はI/O)(図示せず)を含む。メモリは、CPUに接続されており、読み取り専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)、フロッピーディスク、ハードディスク、又は任意の他の形式のデジタルストレージなどで、ローカル又はリモートで、すぐに利用できるメモリの1つ以上であってもよい。ソフトウェア命令、アルゴリズム、及びデータは、CPUに命令するためにコード化され、メモリ内に格納されてもよい。サポート回路(図示せず)も、従来の方法でプロセッサをサポートするためにCPUに接続されている。サポート回路は、従来のキャッシュ、電源、クロック回路、入力/出力回路、サブシステムなどを含んでもよい。
【0014】
例えば、開口数(NA)が0.37の対物レンズなどのイメージング対物レンズ108は、イオンからY軸に沿って蛍光を収集し、個々のイオンを測定するために、各イオンをマルチチャネル光電子増倍管(PMT)110にマッピングする。X軸に沿って提供される、レーザ112からの非共伝搬ラマンレーザビームは、イオンに対して操作を実行する。回折ビームスプリッタ114は、マルチチャネル音響光学変調器(AOM)118を使用して個別に切り替えられるラマンビーム116のアレイを作成する。AOM118は、ラマンレーザビーム116の放出を個別に制御することにより、個々のイオンに選択的に作用するように構成される。グローバルラマンレーザビーム120は、ラマンレーザビーム116と共伝搬せずに、異なる方向から一度にすべてのイオンを照射する。いくつかの実施形態では、単一のグローバルラマンレーザビーム120ではなく、個々のラマンレーザビーム(図示せず)のそれぞれを使用して個々のイオンをそれぞれ照射することができる。システムコントローラ(「RFコントローラ」とも呼ばれる)104は、AOM118を制御し、したがって、トラップイオンの鎖106内のトラップイオンに適用されるレーザパルスの強度、タイミング、及び位相を制御する。CPU122は、システムコントローラ104のプロセッサである。ROM124は、様々なプログラムを格納し、RAM126は、様々なプログラム及びデータの作業メモリである。ストレージユニット128は、ハードディスクドライブ(HDD)又はフラッシュメモリなどの不揮発性メモリを含み、電源が切られても様々なプログラムを格納する。CPU122、ROM124、RAM126、及びストレージユニット128は、バス130を介して相互接続されている。システムコントローラ104は、ROM122又はストレージユニット126に格納され、RAM124を作業領域として使用する制御プログラムを実行する。制御プログラムは、CPU122によって実行され得るプログラムコード(例えば、命令)を含むソフトウェアアプリケーションを含むが、それは、データを受信して、分析し、本明細書で説明されるイオントラップ型量子コンピューティングシステム100を実装及び操作するのに使用される方法及びハードウェアの任意のあらゆる側面を制御することに関連する様々な機能を実行するためである。
【0015】
図2は、一実施形態に係る、鎖106内にイオンを閉じ込めるイオントラップ200(パウルトラップ(Paul trap)とも呼ばれる)の概略図を示す。閉じ込め電位は、静的(DC)電圧と無線周波数(RF)電圧の両方によって印加される。静的(DC)電圧Vがエンドキャップ電極210及び212に印加されて、Z軸(「軸方向」、「長手方向」又は「第一の方向」とも呼ばれる)に沿ってイオンを閉じ込める。鎖106内のイオンは、イオン間のクーロン相互作用のために、軸方向にほぼ均等に分布している。いくつかの実施形態では、イオントラップ200は、Z軸に沿って延びる4つの双曲線形状の電極202、204、206、及び208を含む。
【0016】
操作中、(振幅VRF/2を有する)正弦波電圧Vは、対向する一対の電極202、204に印加され、正弦波電圧V(及び振幅VRF/2)から180°の位相シフトを有する正弦波電圧Vは、駆動周波数ωRFで対向する他対の電極206、208に印加されて、四重極電位を生成する。いくつかの実施形態では、正弦波電圧は、対向する一対の電極(例えば、202、204)のみに印加され、対向する他対の電極206、208は、接地される。四重極電位は、トラップイオンのそれぞれに対してZ軸(「半径方向」、「横方向」又は「第二の方向」とも呼ばれる)に垂直なX-Y平面に有効な閉じ込め力を生成し、その閉じ込め力は、RF電界が消失する鞍点(すなわち、軸方向(Z方向)の位置)からの距離に比例する。各イオンの半径方向(すなわち、X-Y平面の方向)の運動は、半径方向の鞍点に向かう復元力を伴う調和振動(経年運動と呼ばれる)として近似され、それぞればね定数kとkによってモデル化できる。いくつかの実施形態では、半径方向のばね定数は、四重極電位が半径方向に対称である場合に等しいものとしてモデル化される。しかしながら、望ましくない場合には、半径方向のイオンの運動は、物理的なトラップ構成のある程度の非対称性、電極の表面の不均一性による小さなDCパッチ電位などのために歪む場合があり、これら及び他の外部の歪みが原因となって、イオンは、鞍点から中心を外れる場合がある。
【0017】
図示されていないが、異なるタイプのトラップは、微細加工されたトラップチップであり、この場合、上記のものと同様のアプローチが、微細加工されたトラップチップの表面上の適所にイオン又は原子を保持するために、又は閉じ込めるために使用される。上述のラマンレーザビームなどのレーザビームは、表面のすぐ上に位置するイオン又は原子に適用できる。
【0018】
図3は、一実施形態に係る、トラップイオンの鎖106内の各イオンの概略エネルギー図300を示す。トラップイオンの鎖106内の各イオンは、核スピンI及び電子スピンsを有するイオンであり、核スピンIと電子スピンsとの差がゼロになるようになっている。一例では、各イオンは、核スピン
【数2】
及び1/2超微細状態を有する正のイッテルビウムイオン171Ybであってもよく、ω01/2π=12.642821GHzの周波数差(「キャリア周波数」と呼ばれる)に対応するエネルギー分割を有する。他の例では、各イオンは、全てが、核スピン
【数3】
及び1/2超微細状態を有する正のバリウムイオン133Ba、正のカドミウムイオン111Cd又は113Cdであってもよい。キュービットは、│0>と│1>で表される2つの超微細状態で形成され、超微細基底状態(すなわち、1/2超微細状態のうちの低エネルギー状態)が│0>を表すために選択される。以下、「超微細状態」、「内部超微細状態」及び「キュービット」という用語は、│0>と│1>を表すために交換可能に使用することがある。各イオンは、ドップラー冷却又は分解サイドバンド冷却などの既知のレーザ冷却方法で、フォノン励起なしで任意の運動モードpの運動基底状態│0>pの近くまで冷却し(すなわち、イオンの運動エネルギーが低下し得る)、次にキュービット状態を光ポンピングによって超微細基底状態│0>で準備することができる。
【0019】
各トラップイオンの個々のキュービット状態は、例えば、励起された1/2レベル(|e>で表される)を介して355ナノメートル(nm)のモードロックレーザ(mode-locked laser)によって操作してもよい。図3に示すように、レーザからのレーザビームは、ラマン構成で一対の非共伝搬レーザビーム(周波数ωを有する第一のレーザビーム及び周波数ωを有する第二のレーザビーム)に分割され、図3で説明するように、|0>と|e>の間の遷移周波数ω0eに関して、一光子遷移離調周波数Δ=ω-ω0eによって離調されてもよい。二光子遷移離調周波数δは、トラップイオンに第一及び第二のレーザビームによって提供されるエネルギー量の調整を含み、それらを組み合わせて使用すると、トラップイオンが超微細状態|0>と|1>との間で移動する。一光子遷移離調周波数Δが二光子遷移離調周波数(単に「離調周波数」とも呼ばれる)δ=ω-ω-ω01(以下、±μで表され、μは正の値である)よりもはるかに大きい場合、それぞれ状態|0>と|e>の間、及び状態|1>と|e>の間でラビフロップが発生する単一光子ラビ周波数Ω0e(t)とΩ1e(t)(時間に依存し、第一と第二のレーザビームの振幅と位相によって決定される)、ならびに励起状態|e>からの自然放出率、2つの超微細状態|0>と|1>の間のラビフロップ(「キャリア遷移」と呼ばれる)は、二光子ラビ周波数Ω(t)で誘導される。二光子ラビ周波数Ω(t)は、Ω0eΩ1e/2Δに比例する強度(すなわち、振幅の絶対値)を有し、ここで、Ω0eとΩ1eは、それぞれ第一と第二のレーザビームによる単一光子ラビ周波数である。以下、キュービットの内部超微細状態(キュービット状態)を操作するためのラマン構成におけるこの非共伝搬レーザビームのセットは、「複合パルス」又は単に「パルス」と呼ばれてもよく、結果として生じる二光子ラビ周波数Ω(t)の時間依存パターンは、パルスの「振幅」又は単に「パルス」と呼ばれてもよく、それらは、以下で図示され、さらに説明される。離調周波数δ=ω-ω-ω01は、複合パルスの離調周波数又はパルスの離調周波数と呼ばれることがある。第一及び第二のレーザビームの振幅によって決定される二光子ラビ周波数Ω(t)の振幅は、複合パルスの「振幅」と呼ばれることがある。
【0020】
本明細書に提供される説明で使用される特定の原子種は、イオン化されたときに安定し、かつ明確に定義された2レベルエネルギー構造と、光学的にアクセス可能な励起状態とを有する原子種の一例にすぎないため、本開示によるイオントラップ型量子コンピュータの可能な構成、仕様などを限定することを意図するものではないことに留意されたい。例えば、他のイオン種は、アルカリ土類金属イオン(Be、Ca、Sr、Mg、及びBa)又は遷移金属イオン(Zn、Hg、Cd)を含む。
【0021】
(もつれゲート操作)
イオントラップ型量子コンピュータでは、イオン間のクーロン相互作用から生じる、トラップイオンの鎖106の運動モードが、トラップイオンの鎖106内の2キュービットイオン(i番目のイオンとj番目のイオン)間のもつれを仲介するデータバスとして機能し得、このもつれは、2つのイオン間でXXゲート操作を実行するために使用される。すなわち、2つのイオンのそれぞれが運動モードでもつれて、そのもつれを、当該技術分野で知られているように、運動側帯励起を使用することによって、2つのイオン間のもつれに移行させる。具体的には、2つのイオン(i番目のイオン及びj番目のイオン)の結合状態は、運動側波帯上の複合パルスからなるレーザパルスをゲート持続時間τにわたって2つのイオンに印加することによって変換され、ここで、レーザパルスは、結合状態の変換が意図したXXゲート操作に従うようにゲート持続時間τにわたって整形され(「ゲート角条件」と称する)、鎖106内の残りのトラップイオンの状態は、ゲート持続時間τを終了しても変化せず(「位相空間条件」と称する)残っている。以下では、ゲート角条件と位相空間条件とを合わせて「ゲート操作条件」と称する。このようなレーザパルスを整形する技術は、典型的には、ゲート持続時間τにわたるレーザパルスの振幅変調、周波数変調、又は位相変調に基づく。これらの技術の中で、正確かつ計算効率のよいパルス整形技術(本明細書では正確な振幅・周波数変調(E-AMFM)法と称する)が提案されており、この方法は、100%忠実に(すなわち、ゲート操作条件が正確に満たされる)正確なXXゲート操作を実行するレーザパルス整形を提供する。E-AMFM法は、運動モード周波数ドリフトΔωに関して所望の程度KまでXXゲート操作の忠実度をアクティブ安定化すること(以下、「安定化条件」と称する)、及びレーザパルスの電力最適化(「電力最適化条件」と称する)などの特徴をさらに提供できる。ゲート操作条件の数は、トラップイオンの鎖106のイオンの数が増加すること、及び/又は、アクティブ安定化の程度Kに等しいアクティブ安定化条件の数が増加することにつれて、増加することに留意されたい。したがって、トラップイオンの鎖106が長い(すなわち、鎖106内のイオンの数が多い)場合、及び/又はアクティブ安定化の程度Kが高い場合、レーザパルスは、正確なXXゲート操作を実行するためにより多くの条件を満たす必要があり、電力化最適パルス整形を選択する際の自由度(すなわち、振幅及び位相の可能値)を減らすように整形する必要がある。以下に説明する例では、同じレーザパルスがi番目のイオンとj番目のイオンの両方に印加される。しかしながら、いくつかの実施形態では、i番目のイオンとj番目のイオンとに異なるレーザパルスが印加される。
【0022】
以下、パルス整形法について、より詳細に説明する。まず、レーザパルスの振幅変調と離調度変調をそれぞれ振幅関数Ω(t)、離調度周波数関数μ(t)と呼ぶ。さらに、
【数4】
として定義されるレーザパルスのパルス関数g(t)を使用して、基底関数Q(t)(n=1,2,…,N)を用いて、
【数5】
のように分解することができる。ここで、Aは、基底関数Q(t)(n=1,2,…,N)に関連する制御パラメータである。後述の例では、基底関数Q(t)として正弦関数
【数6】
を使用する。しかしながら、基底関数Q(t)は、互いに直交する任意の関数であり得る。基底関数Q(t)の数Nは、収束を達成するために選ばれた十分に大きな数である。
【0023】
レーザパルスの印加による2つのキュービット(i番目とj番目のキュービット)の結合状態の変換は、以下のようにもつれ相互作用χijの観点から記述することができる。
【数7】
ここで、もつれ相互作用χijは、パルス関数g(t)の観点から、
【数8】
のように書くことができる。
【数9】
は、i番目のイオンと周波数ωを有するp番目の運動モードとの間の結合強度を定量化するラムディッケパラメータである。最大もつれゲートは、2キュービットの結合状態の変換に対応するもので、
【数10】
であり、
【数11】
を満たすときに達成される。
【0024】
上述の位相空間条件は、レーザパルスの送出によって運動モードが励起されることによって、初期位置から変位した鎖106内のトラップイオンが初期位置に戻ることを要求する。重ね合わせ状態│0>±│1>にある鎖106内のl番目のトラップイオンは、ゲート持続時間τの間にp番目の運動モードの励起により変位し、p番目の運動モードの位相空間の軌道
【数12】
(位置と運動量)を辿る。位相空間の軌道
【数13】
は、l番目のトラップイオンに印加されるレーザパルスの振幅関数Ω(t)及び離調関数μ(t)によって決定される。したがって、N個のトラップイオンの鎖の場合、P個の運動モード(p=1,2,…,P,P=N)の全てに対して、条件
【数14】
(すなわち、軌道
【数15】
が閉じている)を課す必要がある。
【0025】
運動モード周波数ドリフトΔωに関する次数Kの安定化条件は、
【数16】
のように記述することができる。
【0026】
あるいは、位相空間条件と次数Kの安定化条件は、
【数17】
のように、一緒に記述することもできる。
【0027】
これらの条件は、行列形式で、
【数18】
のように記述することができる。ここで、
【数19】
は、i番目とj番目のイオンに同じパルスが印加されていると仮定すると、
【数20】
として定義される。同様の行列形式は、i番目とj番目のイオンに異なるパルスが印加された場合も得られる。
【0028】
ゲート角条件は、レーザパルスによってi番目とj番目のイオン間に生じるもつれ相互作用χijが望ましい値θijを有することである。最大もつれを有するXXゲート操作は、
【数21】
で実行できる。
【0029】
ゲート操作に本質的な誤差を生じさせる可能性のある速度・帯域制限のあるハードウェアを含む実用的なトラップイオン型量子計算システムに実装する場合、E-AMFM法で整形したレーザパルスでさえ、正確なXXゲート操作を100%の忠実度で実行することはできない。したがって、わずかな不忠実度を許容するXXゲート操作を実行するように整形されたレーザパルスは、実際に実装されるXXゲートの忠実度に与える影響は無視できる。そこで、本明細書で説明する実施形態では、後述するように、不正確な振幅・周波数変調(I-AMFM)法と呼ばれるパルス整形技術(以下、「高速ゲート法」とも称する)により、100%よりわずかに低い忠実度でXXゲート操作を実行するレーザパルス整形法を提供する。I-AMFM高速ゲート法は、E-AMFM法の場合と同様に計算効率が高く、運動モード周波数ドリフトΔωに関して所望の程度KまでXXゲート操作の忠実度をアクティブ安定化し、レーザパルスの必要電力を最適化するなどの同じ追加機能を提供している。
【0030】
(高速ゲート法)
実用的な量子計算システムにおいて、XXゲート操作でわずかな不忠実度は、避けられない。したがって、100%よりわずかに少ない忠実度でXXゲート操作を実行するように整形されたレーザパルスは、実用的に実施されるXXゲート操作の顕著な悪化をもたらさないが、ゲート操作条件を緩和すると、レーザパルスに必要な電力を大幅に削減することになり得る。したがって、本明細書で説明する高速ゲート法では、XXゲート操作を実行するために2つのイオンに印加するレーザパルスを整形する際に、無視できる程度の不忠実度、例えば、実用的な量子計算システムの固有欠陥と同等かそれ以下の量の不忠実度fが導入される。この不忠実度fの導入は、ゲート操作の条件を緩和することに相当する。レーザパルスの整形では、ごくわずかな量の不忠実度が導入されるだけで、必要な電力は、大幅に削減できる。XXゲートを実行するために必要な電力を削減することによって節約される電力は,より短いゲート持続時間τでXXゲートを実行することとトレードオフできる(すなわち,XXゲートをより速く実行することができる)。XXゲートを実行するために必要な電力を削減することによって節約される電力は、代替又は追加として、より優れたキュービット接続性(すなわち、XXゲートは、トラップイオンの長い鎖に実装することができる)又はロバスト性などの他の望ましい機能とトレードオフすることができる。
【0031】
高速ゲート法の一実施形態(以下、「F行列プロトコル」と称する)において、パルス関数g(t)を有するパルスにより実行されるXXゲート操作の不定性fは、行列形式で
【数22】
と書くことができる。ここで、
【数23】
はAのN制御パラメータベクトル(安定化条件を満たすベクトルの空間から取られる)、Fは
【数24】
として定義されるFnmのN×N係数行列であり、係数Cnpに関しては、
【数25】
である。
【0032】
行列Fはスペクトル分解されてもよいので、制御パラメータAを、展開係数Bで絶対値が最小となる行列Fの固有値φ(l=1,2,…,Lcut)に対応するLcut個の固有ベクトルの集合
【数26】
の線形重畳として選ぶことにより不忠実度fを系統的に制御してもよい。ここで、Lcut<Nである。
【0033】
展開係数Bは、ゲート角条件
【数27】
を要求して決定され、Wは、行列要素を
【数28】
有する行列Kであり、これは、安定化条件を満足する空間に投影されたもので、
【数29】
である。
【0034】
次に、パルスに必要な電力を最小化する電力最適係数
【数30】
は、最大係数の固有値を有するSの固有ベクトルを選択することによって計算してもよい。
【0035】
高速ゲート法の別の実施形態(以下、「近似プロトコル」と称する)では、制御パラメータAは、小さな閾値Z>0よりも絶対値が小さい行列Γ=MMの固有ベクトルの集合の線形重畳として選ばれるが、それに対して、E-AMFM法ではZ=0である。このように、閾値Zを調整することにより、行列Γの追加の固有ベクトルを拡張解空間で許容して、制御パラメータAを決定し、制御パラメータAでパルス関数g(t)を有するパルスによるもつれ操作が所定の閾値内でゲート操作条件を満足させる。
【0036】
(E-AMFM法とI-AMFM高速ゲート法によるパルス整形の例)
E-AMFM法は、反復計算や非線形近似を必要とせず、計算上効率的に100%の忠実度で正確なXXゲート操作を実行するためのレーザパルス整形を提供する。このような電力最適化パルス整形は、ゲート操作条件とアクティブ安定化条件が所与のゲート持続時間τにわたって正確に満たされるように設計することができる。電力最適化レーザパルスに最適で必要な電力は、ゲート持続時間τにほぼ反比例する。
【0037】
図4は、E-AMFM法によって整形された例示的な電力最適化レーザパルスに必要な電力を示す。この例では、トラップイオンの鎖106は、5μmの距離で等間隔に配置された15個のトラップイオンを含む。図4において、縦軸は、電力最適化レーザパルスの二乗平均平方根ラビ周波数
【数31】
(平均パルス電力)をサイクル毎秒で示し、横軸は、ゲート持続時間τをマイクロ秒(μs)単位で示す。15個のトラップイオンの鎖における異なるペアのイオンで、運動モード周波数ドリフトΔωに関してアクティブ安定化の異なる程度Kを有する場合を示している。プロット402、404、及び406は、(互いに隣接する)15個のトラップイオンの鎖の端にある2つのイオン(ペア(1,2)と呼ばれる)間で正確なXXゲート操作を実行するためにE-AMFM法によって提供される電力最適化レーザパルスの平均電力を示し、それぞれアクティブ安定化なし、程度K=2のアクティブ安定化、及び程度K=4のアクティブ安定化を有するものである。プロット408、410、及び412は、15個のトラップイオンの鎖の端から4番目と10番目のイオン(ペア(4、10)と呼ばれる)の間で正確なXXゲート操作を実行するためにE-AMFM法によって提供される電力最適化レーザパルスの平均電力を示し、それぞれアクティブ安定化なし、K=2のアクティブ安定化、及びK=4のアクティブ安定化を有するものである。プロット414、416、及び418は、15個のトラップイオンの鎖の端から1番目と11番目のイオン(ペア(1、11)と呼ばれる)の間で正確なXXゲート操作を実行するためにE-AMFM法によって提供される電力最適化レーザパルスの平均電力を示し、それぞれアクティブ安定化なし、K=2のアクティブ安定化、及びK=4のアクティブ安定化を有するものである。見て分かるように、最適化されたレーザパルスの平均電力は、ゲート持続時間τが短くなるにつれて、急峻な崖状の遷移を示しながら急激に増加している。このような急峻な崖状の遷移は、異なるペアのイオンについてゲート持続時間τの実質的に同じ値で観察され、アクティブ安定化の程度Kが増加するにつれてゲート持続時間τの高い値に向かって移動する。例えば、アクティブ安定化されていないペア(1、2)、(4、10)、及び(1、11)のそれぞれのプロット402、408、414は、約80μsで急峻な崖状の遷移を示し、K=2のアクティブ安定化のペア(1、2)、(4、10)、及び(1、11)のそれぞれのプロット404、410、416は、約200μsで急峻な崖状の遷移を示し、K=4のアクティブ安定化のペア(1,2)、(4,10)、(1,11)のそれぞれのプロット406,412,418は、約300μsで急峻な崖状の遷移を示す。これらの傾向は、ゲート操作条件の数(鎖の中のイオンの数と等しい、すなわち15)はイオンのペアが異なっても変わらないが、アクティブ安定化の程度Kが大きくなるにつれてアクティブ安定化条件の数が増えることに起因する。したがって、レーザパルスが満たすべき条件の数を減らすことは、レーザパルスに必要な電力の削減につながると期待される。さらに、レーザパルスが満たすべき条件の数を減らすことによる電力要件の低減は、アクティブ安定化の程度Kが異なる図4のプロットの差からわかるように、著しいことがある。
【0038】
図5A及び図5Bは、N(基底関数Q(t)の数)=323、N-Lcut=9、及びゲート持続時間をτ=150μsまでとして、F行列プロトコルに従って高速ゲート法によって計算された例示的なパルスの振幅関数Ω(t)502及び離調関数μ(t)504をそれぞれ示している。もつれゲート操作に使用される運動モード周波数ωp506も、図5Bに示されている。振幅関数Ω(t)と離調関数μ(t)は、
【数32】
に従ってパルス関数g(t)を分解することによって得られ、振幅関数Ω(t)[図5A]と周波数関数μ(t)[図5B]が正確に一意に決定される。図5A及び図5Bに示す振幅関数Ω(t)502及び離調関数μ(t)504は、良好に機能するので、したがって、ハードウェアサポート変調の能力で実装することができる。図5Cは、N-Lcutの関数として計算された不忠実度508を示す。Lcutが減少するにつれて、不忠実度508は急速に減少し、ちょうどN-Lcut≧9で10-4未満になる。これは、今日行われている現代的な実験で見られる許容可能な不忠実度の量と一致し、トラップイオンの自然放出率にほぼ対応する。これは、行列Fの多数の固有ベクトル
【数33】
が実際に使用されて、忠実度における限界価格(marginal price)で電力要件をさらに最小化できることを示している。
【0039】
図5Dは、F行列プロトコル及び近似プロトコルに従ってE-AMFM法、I-AMFM高速ゲート法によって整形された、例示的な電力最適化レーザパルス510、512、及び514に必要な電力(すなわち、512は、2つの近接した曲線からなり、2つのI-AMFMプロトコルがほぼ同一の結果をもたらすことを示す)と、ゲート持続時間τの関数として、それぞれに必要な電力の下限を示す。I-AMFM高速ゲート法による必要な電力は、ゲート持続時間
【数34】
に対して電力優位性を提供し始め、15個のイオン鎖のキュービットペア(1,11)に対してゲート持続時間
【数35】
において必要な電力を5分の1に節約できることが観察された。
【0040】
図5Eは、安定度K=2,4,6を有するE-AMFM法、及び安定度K=2,4,6を有する近似プロトコルによるI-AMFM高速ゲート法によってそれぞれ整形された、例示的な電力最適化レーザパルス516,518,520,522,524,526に必要な電力をゲート持続時間τの関数として示している。その結果、安定度K=6、ゲート持続時間τ=250μsでは、1桁を超える15分の1の電力削減が可能であることが分かった。
【0041】
本明細書に記載の実施形態では、もつれゲート操作における少量の不忠実度を整形パルスによって実装することを可能にし、結果として得られる整形パルスを実装するために必要な電力を削減するパルス整形法が説明される。必要な電力の削減は、現実的なトラップイオン型量子コンピュータの操作条件下で最大1桁以上になる可能性もある。電力節約をゲート持続時間とトレードオフすることにより、2キュービットゲートは、所与の電力バジェットに対して1桁高速化できる。このトレードオフには、さらなる利点、すなわち、実験パラメータのドリフトに対するゲートの自然なロバスト性を伴う。
【0042】
上記は特定の実施形態を対象としているが、他のさらなる実施形態は、その基本的な範囲から逸脱することなく考案することができ、その範囲は、以下の特許請求の範囲によって決定される。
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図5D
図5E
【国際調査報告】