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特表2024-524191量子古典的ハイブリッドコンピューティングシステムにおける加速分子動力学シミュレーション方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-07-05
(54)【発明の名称】量子古典的ハイブリッドコンピューティングシステムにおける加速分子動力学シミュレーション方法
(51)【国際特許分類】
   G06N 10/60 20220101AFI20240628BHJP
【FI】
G06N10/60
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023578783
(86)(22)【出願日】2022-06-17
(85)【翻訳文提出日】2024-02-13
(86)【国際出願番号】 US2022034082
(87)【国際公開番号】W WO2022271569
(87)【国際公開日】2022-12-29
(31)【優先権主張番号】63/214,200
(32)【優先日】2021-06-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】17/841,511
(32)【優先日】2022-06-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】520132894
【氏名又は名称】イオンキュー インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100165157
【弁理士】
【氏名又は名称】芝 哲央
(74)【代理人】
【識別番号】100205659
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 拓也
(74)【代理人】
【識別番号】100126000
【弁理士】
【氏名又は名称】岩池 満
(74)【代理人】
【識別番号】100185269
【弁理士】
【氏名又は名称】小菅 一弘
(72)【発明者】
【氏名】ニロウラ プラディープ
(72)【発明者】
【氏名】ナム ユンソン
(57)【要約】
古典的コンピュータと、システムコントローラと、量子プロセッサとを備えるハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムを使用して計算を実行する方法は、前記古典的コンピュータを使用して、シミュレーションされるべき分子動力学システムを識別するステップと、前記古典的コンピュータを使用して、エバルト総和法に基づいて、前記シミュレーションの一部として前記分子動力学システムの粒子に関連する複数のエネルギーを計算するステップであって、前記複数のエネルギーを計算するステップは、前記複数のエネルギーの計算を前記量子プロセッサに部分的にオフロードするステップを含む、ステップと、前記古典的コンピュータを使用して、計算された前記複数のエネルギーから決定された前記分子動力学システムの物理的挙動を出力するステップと、を含む。
【選択図】図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
古典的コンピュータと、システムコントローラと、量子プロセッサとを備えるハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムを使用して計算を実行する方法であって、
前記古典的コンピュータを使用して、シミュレーションされるべき分子動力学システムを識別するステップと、
前記古典的コンピュータを使用して、エバルト総和法に基づいて、前記シミュレーションの一部として前記分子動力学システムの粒子に関連する複数のエネルギーを計算するステップであって、前記複数のエネルギーを計算するステップは、前記複数のエネルギーの計算を前記量子プロセッサに部分的にオフロードするステップを含む、ステップと、
前記古典的コンピュータを使用して、計算された前記複数のエネルギーから決定された前記分子動力学システムの物理的挙動を出力するステップと、
を含む、方法。
【請求項2】
前記複数のエネルギーは、前記分子動力学システムの前記粒子の短距離粒子間相互作用エネルギー、自己エネルギー、及び長距離粒子間相互作用エネルギーを含み、
前記複数のエネルギーを計算するステップは、前記短距離粒子間相互作用エネルギー及び前記自己エネルギーを計算するステップをさらに含み、
前記複数のエネルギーを計算するステップで部分的にオフロードするステップは、前記システムコントローラ及び前記量子プロセッサによって、前記長距離粒子間相互作用エネルギーを計算するために使用される電子形状因子を計算するステップを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記短距離粒子間相互作用エネルギー、前記自己エネルギー及び前記長距離粒子間相互作用エネルギーの合計を計算するステップをさらに含み、
前記長距離粒子間相互作用エネルギーは、計算された前記電子形状因子に基づいて計算される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記量子プロセッサは、複数のキュービットから形成される第一のレジスタと、複数のキュービットから形成される第二のレジスタと、複数のキュービットから形成される第三のレジスタと、を備え、
前記量子プロセッサによって前記電子形状因子を計算するステップは、
前記システムコントローラによって、前記量子プロセッサを初期状態に設定するステップであって、前記初期状態において、前記第一のレジスタは、前記粒子のインデックスの等しい重ね合わせ状態にあり、前記第二のレジスタは、前記電子形状因子が計算される逆ベクトルを符号化し、前記第三のレジスタは、前記分子動力学システムの前記粒子の電荷及び位置を符号化するために電荷位置符号化状態にある、ステップと、
前記システムコントローラによって、前記第一のレジスタに基づいて、前記第三のレジスタを巡回シフト状態に変換するステップと、
前記システムコントローラによって、前記第二のレジスタに基づいて、前記第一のレジスタ及び前記第三のレジスタをフェーズド巡回シフト重ね合わせ状態に変換するステップと、
前記システムコントローラによって、前記第一のレジスタ及び前記第三のレジスタをフェーズド重ね合わせ状態に変換するステップと、
前記システムコントローラによって、前記第一のレジスタを前記粒子の前記インデックスの前記等しい重ね合わせ状態に変換するステップと、
前記システムコントローラによって、前記量子プロセッサの振幅を測定するステップと、
を含む、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記第三のレジスタを前記巡回シフト状態に変換するステップは、前記第一のレジスタに基づいて、前記第三のレジスタに巡回シフト操作を適用するステップを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記第一のレジスタ及び前記第三のレジスタをフェーズド重ね合わせ状態に変換するステップは、前記第一のレジスタに基づいて、前記巡回シフト操作の逆を前記第三のレジスタに適用するステップを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記第一のレジスタ及び前記第三のレジスタを前記フェーズド巡回シフト重ね合わせ状態に変換するステップは、前記第二のレジスタに基づいて、前記第三のレジスタの第一のブロックに対する位相キックバック操作を含む、請求項4に記載の方法。
【請求項8】
ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムであって、
複数のキュービットから形成される第一のレジスタと、複数のキュービットから形成される第二のレジスタと、複数のキュービットから形成される第三のレジスタと、を備え、各キュービットは、2つの超微細状態を有するトラップイオンを備える、量子プロセッサと
前記量子プロセッサ内のトラップイオンに供給されるレーザビームを放出するように構成された1つ以上のレーザと、
古典的コンピュータであって、
前記古典的コンピュータを使用して、シミュレーションされるべき分子動力学システムを識別するステップと、
前記古典的コンピュータを使用して、エバルト総和法に基づいて、前記シミュレーションの一部として前記分子動力学システムの粒子に関連する複数のエネルギーを計算するステップであって、前記複数のエネルギーを計算するステップは、前記複数のエネルギーの計算を前記量子プロセッサに部分的にオフロードするステップを含む、ステップと、
前記古典的コンピュータを使用して、計算された前記複数のエネルギーから決定された前記分子動力学システムの物理的挙動を出力するステップと、
を含む操作を実行するように構成された古典的コンピュータと、
制御プログラムを実行して、前記複数のエネルギーのオフロードされた計算に基づいて、前記量子プロセッサ上で操作を実行するように前記1つ以上のレーザを制御するように構成されたシステムコントローラと、
を備える、ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム。
【請求項9】
前記複数のエネルギーは、前記分子動力学システムの前記粒子の短距離粒子間相互作用エネルギー、自己エネルギー、及び長距離粒子間相互作用エネルギーを含み、
前記複数のエネルギーを計算するステップは、前記短距離粒子間相互作用エネルギー及び前記自己エネルギーを計算するステップをさらに含み、
前記複数のエネルギーを計算するステップで部分的にオフロードするステップは、前記システムコントローラ及び前記量子プロセッサによって、前記長距離粒子間相互作用エネルギーを計算するために使用される電子形状因子を計算するステップを含む、請求項8に記載のハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム。
【請求項10】
前記操作は、
前記短距離粒子間相互作用エネルギー、前記自己エネルギー及び前記長距離粒子間相互作用エネルギーの合計を計算するステップをさらに含み、
前記長距離粒子間相互作用エネルギーは、計算された前記電子形状因子に基づいて計算される、請求項9に記載のハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム。
【請求項11】
前記量子プロセッサによって前記電子形状因子を計算するステップは、
前記システムコントローラによって、前記量子プロセッサを初期状態に設定するステップであって、前記初期状態において、前記第一のレジスタは、前記粒子のインデックスの等しい重ね合わせ状態にあり、前記第二のレジスタは、前記電子形状因子が計算される逆ベクトルを符号化し、前記第三のレジスタは、前記分子動力学システムの前記粒子の電荷及び位置を符号化するために電荷位置符号化状態にある、ステップと、
前記システムコントローラによって、前記第一のレジスタに基づいて、前記第三のレジスタを巡回シフト状態に変換するステップと、
前記システムコントローラによって、前記第二のレジスタに基づいて、前記第一のレジスタ及び前記第三のレジスタをフェーズド巡回シフト重ね合わせ状態に変換するステップと、
前記システムコントローラによって、前記第一のレジスタ及び前記第三のレジスタをフェーズド重ね合わせ状態に変換するステップと、
前記システムコントローラによって、前記第一のレジスタを前記粒子の前記インデックスの前記等しい重ね合わせ状態に変換するステップと、
前記システムコントローラによって、前記量子プロセッサの振幅を測定するステップと、
を含む、請求項9に記載のハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム。
【請求項12】
前記第三のレジスタを前記巡回シフト状態に変換するステップは、前記第一のレジスタに基づいて、前記第三のレジスタに巡回シフト操作を適用するステップを含み、
前記第一のレジスタ及び前記第三のレジスタをフェーズド重ね合わせ状態に変換するステップは、前記第一のレジスタに基づいて、前記巡回シフト操作の逆を前記第三のレジスタに適用するステップを含む、請求項11に記載のハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム。
【請求項13】
前記第一のレジスタ及び前記第三のレジスタを前記フェーズド巡回シフト重ね合わせ状態に変換するステップは、前記第二のレジスタに基づいて、前記第三のレジスタの第一のブロックに対する位相キックバック操作を含む、請求項11に記載のハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム。
【請求項14】
ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムであって、
古典的コンピュータと、
複数のキュービットから形成される第一のレジスタと、複数のキュービットから形成される第二のレジスタと、複数のキュービットから形成される第三のレジスタと、を備え、各キュービットは、2つの超微細状態を有するトラップイオンを備える、量子プロセッサと、
その中に記憶されたいくつかの命令を有する不揮発性メモリであって、1つ以上のプロセッサによって実行されると、前記ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムに、
前記古典的コンピュータを使用して、シミュレーションされるべき分子動力学システムを識別するステップと、
前記古典的コンピュータを使用して、エバルト総和法に基づいて、前記シミュレーションの一部として前記分子動力学システムの粒子に関連する複数のエネルギーを計算するステップであって、前記複数のエネルギーを計算するステップは、前記複数のエネルギーの計算を前記量子プロセッサに部分的にオフロードするステップを含む、ステップと、
前記古典的コンピュータを使用して、計算された前記複数のエネルギーから決定された前記分子動力学システムの物理的挙動を出力するステップと、
を含む、操作を実行させる、不揮発性メモリと、
制御プログラムを実行して、前記複数のエネルギーのオフロードされた計算に基づいて、前記量子プロセッサ上で操作を実行するように前記1つ以上のレーザを制御するように構成されたシステムコントローラと、
を備える、ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム。
【請求項15】
前記複数のエネルギーは、前記分子動力学システムの前記粒子の短距離粒子間相互作用エネルギー、自己エネルギー、及び長距離粒子間相互作用エネルギーを含み、
前記複数のエネルギーを計算するステップは、前記短距離粒子間相互作用エネルギー及び前記自己エネルギーを計算するステップをさらに含み、
前記複数のエネルギーを計算するステップで部分的にオフロードするステップは、前記システムコントローラ及び前記量子プロセッサによって、前記長距離粒子間相互作用エネルギーを計算するために使用される電子形状因子を計算するステップを含む、請求項14に記載のハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム。
【請求項16】
前記操作は、
前記短距離粒子間相互作用エネルギー、前記自己エネルギー及び前記長距離粒子間相互作用エネルギーの合計を計算するステップをさらに含み、
前記長距離粒子間相互作用エネルギーは、計算された前記電子形状因子に基づいて計算される、請求項15に記載のハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム。
【請求項17】
前記量子プロセッサによって前記電子形状因子を計算するステップは、
前記システムコントローラによって、前記量子プロセッサを初期状態に設定するステップであって、前記初期状態において、前記第一のレジスタは、前記粒子のインデックスの等しい重ね合わせ状態にあり、前記第二のレジスタは、前記電子形状因子が計算される逆ベクトルを符号化し、前記第三のレジスタは、前記分子動力学システムの前記粒子の電荷及び位置を符号化するために電荷位置符号化状態にある、ステップと、
前記システムコントローラによって、前記第一のレジスタに基づいて、前記第三のレジスタを巡回シフト状態に変換するステップと、
前記システムコントローラによって、前記第二のレジスタに基づいて、前記第一のレジスタ及び前記第三のレジスタをフェーズド巡回シフト重ね合わせ状態に変換するステップと、
前記システムコントローラによって、前記第一のレジスタ及び前記第三のレジスタをフェーズド重ね合わせ状態に変換するステップと、
前記システムコントローラによって、前記第一のレジスタを前記粒子の前記インデックスの前記等しい重ね合わせ状態に変換するステップと、
前記システムコントローラによって、前記量子プロセッサの振幅を測定するステップと、
を含む、請求項15に記載のハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム。
【請求項18】
前記第三のレジスタを前記巡回シフト状態に変換するステップは、前記第一のレジスタに基づいて、前記第三のレジスタに巡回シフト操作を適用するステップを含む、請求項17に記載のハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム。
【請求項19】
前記第一のレジスタ及び前記第三のレジスタをフェーズド重ね合わせ状態に変換するステップは、前記第一のレジスタに基づいて、前記巡回シフト操作の逆を前記第三のレジスタに適用するステップを含む、請求項18に記載のハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム。
【請求項20】
前記第一のレジスタ及び前記第三のレジスタを前記フェーズド巡回シフト重ね合わせ状態に変換するステップは、前記第二のレジスタに基づいて、前記第三のレジスタの第一のブロックに対する位相キックバック操作を含む、請求項17に記載のハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(政府の権利)
本発明は、米国エネルギー省によって授与された契約番号第DESC0019040号の下で米国政府支援により行われた。米国政府は、本開示において一定の権利を有する。
【0002】
本開示は、概して、ハイブリッドコンピューティングシステムにおいて計算を実行する方法に関し、より具体的には、古典的コンピュータ及び量子コンピュータを含むハイブリッドコンピューティングシステムにおいて実行される分子動力学(MD)シミュレーションによって相互作用粒子を有する物理的システムのエネルギーを取得する方法に関し、この場合、量子コンピュータは、トラップイオンのグループに基づいて動作し、ハイブリッドコンピューティングシステムは、ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムと呼ぶことができる。
【背景技術】
【0003】
量子計算では、量子ビット又はキュービットは、古典的(デジタル)コンピュータにおける「0」及び「1」を表すビットに類似しており、計算又は計算プロセス中に、ほぼ完全に制御されて準備、操作、及び測定(読み出し)されることが要求される。キュービットの制御が不完全だと、計算プロセスで誤差が蓄積され得る誤差につながり、信頼性の高い計算を実行できる量子コンピュータのサイズが制限される。
【0004】
大規模な量子コンピュータを構築することが提案されている物理的システム又はキュービット技術のタイプの中には、電磁場によって真空中にトラップされ浮遊するイオン(すなわち、荷電原子)のグループがある。イオンは、超微細状態を内部に有し、超微細状態は、数GHz範囲の周波数で分離され、キュービットの計算状態(「キュービット状態」と呼ぶ)として使用することができる。これらの超微細状態は、レーザから提供される放射線を用いて制御することができ、本明細書では、レーザビームとの相互作用と呼ぶこともある。イオンは、このようなレーザとの相互作用を用いて、その運動基底状態付近まで冷却することができる。また、イオンを2つの超微細状態のうちの1つに高精度で光学的に励起し(キュービットの準備)、レーザビームによって2つの超微細状態の間で操作し(単一キュービットゲート操作)、共鳴レーザビームの適用時に蛍光によってその内部の超微細状態を検出する(キュービットの読み出し)ことができる。一対のイオンは、イオン間のクーロン相互作用から生じる、トラップイオンのグループの集合運動モードにイオンを結合させるレーザパルスを用いて、キュービット状態に依存する力によって制御可能にもつれる(2キュービットゲート操作)ことができる。一般に、もつれは、イオン(又は粒子)の対又はグループが生成、相互作用、又は空間的近接性を共有するときに発生し、そのため、イオンが大きな距離で隔てられていても、各イオンの量子状態を他のイオンの量子状態とは独立して記述できない。
【0005】
量子コンピュータは、物理的システムのシミュレーションを含む古典的コンピュータが行うことができるものと比較して、特定の計算タスクの性能を改善することが示されている。相互作用粒子Nの分子動力学(MD)シミュレーションでは、長距離相互作用を含む粒子間相互作用エネルギーを計算する。これによって、O(N)としてスケーリングする計算が複雑になるが(すなわち、シミュレーションにおける計算ステップの数)、その理由は、相互作用粒子の数Nが増加するからである。エバルト総和法(Ewald summation method)などの効率的な方法が使用されるときでさえ、長距離相互作用を計算する際の計算の複雑さは、O(N3/2)としてスケーリングされる。
【0006】
したがって、MDシミュレーション、特にエバルト総和法などのMDシミュレーションの効率的な方法における計算の複雑さを軽減する必要がある。
【発明の概要】
【0007】
本開示の実施形態は、古典的コンピュータと、システムコントローラと、量子プロセッサとを備えるハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムを使用して計算を実行する方法を提供する。前記方法は、前記古典的コンピュータを使用して、シミュレーションされるべき分子動力学システムを識別するステップと、前記古典的コンピュータを使用して、エバルト総和法に基づいて、前記シミュレーションの一部として前記分子動力学システムの粒子に関連する複数のエネルギーを計算するステップであって、前記複数のエネルギーを計算するステップは、前記複数のエネルギーの計算を前記量子プロセッサに部分的にオフロードするステップを含む、ステップと、前記古典的コンピュータを使用して、計算された前記複数のエネルギーから決定された前記分子動力学システムの物理的挙動を出力するステップと、を含む。
【0008】
本開示の実施形態は、ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムも提供する。前記ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムは、複数のキュービットから形成される第一のレジスタと、複数のキュービットから形成される第二のレジスタと、複数のキュービットから形成される第三のレジスタと、を備え、各キュービットは、2つの超微細状態を有するトラップイオンを備える、量子プロセッサと、前記量子プロセッサ内のトラップイオンに供給されるレーザビームを放出するように構成された1つ以上のレーザと、操作を実行するように構成された古典的コンピュータと、制御プログラムを実行して、前記複数のエネルギーのオフロードされた計算に基づいて、前記量子プロセッサ上で操作を実行するように前記1つ以上のレーザを制御するように構成されたシステムコントローラと、を含む。前記操作は、前記古典的コンピュータを使用して、シミュレーションされるべき分子動力学システムを識別するステップと、前記古典的コンピュータを使用して、エバルト総和法に基づいて、前記シミュレーションの一部として前記分子動力学システムの粒子に関連する複数のエネルギーを計算するステップであって、前記複数のエネルギーを計算するステップは、前記複数のエネルギーの計算を前記量子プロセッサに部分的にオフロードするステップを含む、ステップと、前記古典的コンピュータを使用して、計算された前記複数のエネルギーから決定された前記分子動力学システムの物理的挙動を出力するステップと、を含む。
【0009】
本開示の実施形態は、ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムをさらに提供する。前記ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムは、古典的コンピュータと、複数のキュービットから形成される第一のレジスタと、複数のキュービットから形成される第二のレジスタと、複数のキュービットから形成される第三のレジスタと、を備え、各キュービットは、2つの超微細状態を有するトラップイオンを備える、量子プロセッサと、その中に記憶されたいくつかの命令を有する不揮発性メモリであって、1つ以上のプロセッサによって実行されると、前記ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムに操作を実行させる、不揮発性メモリと、制御プログラムを実行して、前記複数のエネルギーのオフロードされた計算に基づいて、前記量子プロセッサ上で操作を実行するように前記1つ以上のレーザを制御するように構成されたシステムコントローラと、を含む。前記操作は、前記古典的コンピュータを使用して、シミュレーションされるべき分子動力学システムを識別するステップと、前記古典的コンピュータを使用して、エバルト総和法に基づいて、前記シミュレーションの一部として前記分子動力学システムの粒子に関連する複数のエネルギーを計算するステップであって、前記複数のエネルギーを計算するステップは、前記複数のエネルギーの計算を前記量子プロセッサに部分的にオフロードするステップを含む、ステップと、前記古典的コンピュータを使用して、計算された前記複数のエネルギーから決定された前記分子動力学システムの物理的挙動を出力するステップと、を含む。
【図面の簡単な説明】
【0010】
本開示の上記特徴を詳細に理解することができるように、上で簡単に要約された本開示のより具体的な記載は、実施形態を参照することによって説明することができ、そのいくつかを添付の図面に示す。しかしながら、添付の図面は、本開示の典型的な実施形態のみを例示しており、その範囲を限定すると見なされるべきではないことに留意されたい。なぜなら、本開示は、他の同等に有効な実施形態を認めることができるからである。
【0011】
図1】一実施形態に従うイオントラップ量子コンピューティングシステムの概略部分図である。
図2】一実施形態に従って、グループ内のイオンを閉じ込めるためのイオントラップの概略図を示す。
図3】一実施形態に従って、トラップイオンのグループ内の各イオンの概略エネルギー図を示す。
図4】ブロッホ球の表面上の点として表されるイオンのキュービット状態を示す。
図5図5A図5B、及び図5Cは、5つのトラップイオンのグループのいくつかの概略的な集合横運動モード構造を示す。
図6図6A及び図6Bは、一実施形態に従って、各イオンの運動側波帯スペクトル及び運動モードの概略図を示す。
図7】古典的コンピュータ及び量子プロセッサを備えるハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムを使用して計算を実行する方法700を示すフローチャートを示す。
図8】一実施形態に従って、分子動力学(MD)シミュレーションによって相互作用粒子を有するシステムのエネルギーを得る方法を示すフローチャートを示す。
【0012】
理解を容易にするために、可能な場合には、図に共通する同一の要素を示すために、同一の参照番号を使用する。図及び以下の説明では、X軸、Y軸、及びZ軸を含む直交座標系を使用する。図面の矢印で表される方向は、便宜上、正の方向であると想定される。いくつかの実施形態で開示された要素は、具体的な明記なく、他の実装で有益に利用されてもよいと考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書で説明する実施形態は、概して、ハイブリッドコンピューティングシステムにおいて計算を実行する方法に関し、より具体的には、古典的コンピュータ及び量子コンピュータを含むハイブリッドコンピューティングシステムにおいて実行される分子動力学(MD)シミュレーションによって、相互作用粒子を有する物理的システムのエネルギーを取得する方法に関し、この方法では、量子コンピュータは、トラップイオンのグループに基づいて動作し、ハイブリッドコンピューティングシステムは、ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムと呼ぶことができる。
【0014】
分子動力学(MD)シミュレーションによって相互作用粒子を有する物理的システムの粒子間相互作用エネルギーを得ることができるハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムは、古典的コンピュータ、システムコントローラ、及び量子プロセッサを含んでもよい。本明細書で使用される場合、「量子コンピュータ」及び「量子プロセッサ」という用語は、量子計算を実行するハードウェア/ソフトウェア構成要素を指すために交換可能に使用されることがある。ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムは、ユーザインターフェースの使用によってシミュレーションされる相互作用粒子のグループを含む物理的システムを選択することと、古典的コンピュータによって物理的システムの粒子間相互作用エネルギーの一部を計算することとを含む支援タスクと、一連の論理ゲートをレーザパルスに変換し、それらを量子プロセッサに印加し、測定を実行して、システムコントローラによって物理的システムの粒子間相互作用エネルギーの残りの部分を推定することを含むシステム制御タスクと、古典的コンピュータによって物理的システムの粒子間相互作用エネルギーを合計することを含む更なる支援タスクと、を実行する。これらのタスクを実行するためのソフトウェアプログラムは、古典的コンピュータ内の不揮発性メモリに記憶される。
【0015】
量子プロセッサは、異なるキュービット技術から作製することができる。一例では、イオントラップ技術の場合、量子プロセッサは、様々なハードウェアと結合されるトラップイオンを含み、その様々なハードウェアには、トラップイオンの内部超微細状態(キュービット状態)を操作するためのレーザ、及びトラップイオンの内部超微細状態(キュービット状態)を読み出すための光電子増倍管(PMT)又は他のタイプの撮像デバイスが含まれる。システムコントローラは、古典的コンピュータから量子プロセッサを制御するための命令を受信し、量子プロセッサを制御するための命令を実行するのに使用される任意の全ての態様を制御することに関連する様々なハードウェアを制御する。システムコントローラは、また、量子プロセッサの読み出し、したがって、量子プロセッサによって実行される計算の結果の出力を古典的コンピュータに返す。
【0016】
本明細書に記載の方法及びシステムは、分子動力学を含むがこれに限定されない複雑な物理的システムなどの複雑なシステムのコンピュータシミュレーションを実行するために、ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム内で量子プロセッサによって実行されるコンピュータシミュレーションルーチンを含む。本明細書に記載される方法は、従来のコンピュータシミュレーション方法を上回る改善を含む。
【0017】
(一般的なハードウェア構成)
図1は、一実施形態に係るイオントラップ量子コンピューティングシステム100、又は単にシステム100の概略部分図である。システム100は、ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムを表すことができる。システム100は、古典的(デジタル)コンピュータ102と、システムコントローラ104とを備える。図1に示されるシステム100の他のコンポーネントは、Z軸に沿って延びるトラップイオン(すなわち、互いにほぼ等間隔の円として示される5つのトラップイオン)のグループ106を含む、量子プロセッサと関連付けられる。トラップイオンのグループ106内の各イオンは、核スピンIと電子スピンSとの差がゼロであるように核スピンI及び電子スピンSを有するイオン、例えば、正のイッテルビウムイオン171Yb、正のバリウムイオン133Ba、正のカドミウムイオン111Cd又は113Cdであり、これらの全ては、核スピンI=1/2及び1/2超微細状態を有する。いくつかの実施形態では、トラップイオンのグループ106内の全てのイオンは、同じ種及び同位体(例えば、171Yb)である。いくつかの他の実施形態では、トラップイオンのグループ106は、1つ以上の種又は同位体を含む(例えば、いくつかのイオンは171Ybであり、いくつかの他のイオンは133Baである)。なおさらなる実施形態では、トラップイオンのグループ106は、同じ種の様々な同位体(例えば、Ybの異なる同位体、Baの異なる同位体)を含んでもよい。トラップイオンのグループ106内のイオンは、別々のレーザビームで個別に処理される。古典的コンピュータ102は、中央処理ユニット(CPU)、メモリ、及びサポート回路(又はI/O)(図示せず)を含む。メモリは、CPUに接続されており、読み取り専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)、フロッピーディスク、ハードディスク、又は任意の他の形式のデジタルストレージなどで、ローカル又はリモートで、すぐに利用できるメモリの1つ以上であってもよい。ソフトウェア命令、アルゴリズム、及びデータは、CPUに命令するためにコード化され、メモリ内に記憶されてもよい。サポート回路(図示せず)も、従来の方法でプロセッサをサポートするためにCPUに接続されている。サポート回路は、従来のキャッシュ、電源、クロック回路、入力/出力回路、サブシステムなどを含んでもよい。
【0018】
例えば、開口数(NA)が0.37の対物レンズなどのイメージング対物レンズ108は、イオンからY軸に沿って蛍光を収集し、個々のイオンを測定するために、各イオンをマルチチャネル光電子増倍管(PMT)110(又はいくつかの他のイメージングデバイス)にマッピングする。レーザ112からのラマンレーザビームは、X軸に沿って提供され、イオンに対して操作を実行する。回折ビームスプリッタ114は、マルチチャネル音響光学変調器(AOM)118を使用して個別に切り替えられるラマンレーザビーム116のアレイを作成する。AOM118は、ラマンレーザビーム116の照射を個別に制御することによって個々のイオンに選択的に作用するように構成される。グローバルラマンレーザビーム120は、ラマンレーザビーム116と非共伝搬であり、異なる方向から全てのイオンを一度に照射する。いくつかの実施形態では、単一のグローバルラマンレーザビーム120ではなく、個々のラマンレーザビーム(図示せず)は、各々が個々のイオンを照射するために使用することができる。システムコントローラ(「RFコントローラ」とも呼ばれる)104は、AOM118を制御し、したがって強度、タイミング、及びレーザパルスの位相を制御して、トラップイオンのグループ106内のトラップイオンに適用される。CPU122は、システムコントローラ104のプロセッサである。ROM124は、様々なプログラムを記憶し、RAM126は、様々なプログラム及びデータの作業メモリである。記憶ユニット128は、ハードディスクドライブ(HDD)又はフラッシュメモリなどの不揮発性メモリを含み、電源が切られても様々なプログラムを記憶する。CPU122、ROM124、RAM126、及び記憶ユニット128は、バス130を介して相互接続されている。システムコントローラ104は、ROM124又は記憶ユニット128に記憶され、RAM126を作業領域として使用する制御プログラムを実行する。制御プログラムは、データの受信及び分析、ならびに本明細書で説明されたイオントラップ量子コンピューティングシステム100を実装及び操作するのに使用される方法及びハードウェアの任意及び全ての態様の制御に関連する様々な機能を実行するために、CPU122によって実行することができるプログラムコードを含むソフトウェアアプリケーションを含む。
【0019】
図2は、一実施形態に係る、グループ106内にイオンを閉じ込めるイオントラップ200(ポールトラップとも呼ばれる)の概略図を示す。閉じ込め電位は、静的(DC)電圧と無線周波数(RF)電圧の両方によって印加される。静的(DC)電圧VSがエンドキャップ電極210及び212に印加されて、Z軸(「軸方向」又は「長手方向」とも呼ばれる)に沿ってイオンを閉じ込める。グループ106内のイオンは、イオン間のクーロン相互作用のために、軸方向にほぼ均等に分布している。いくつかの実施形態では、イオントラップ200は、Z軸に沿って延びる4つの双曲線形状の電極202、204、206、及び208を含む。
【0020】
操作中、(振幅VRF/2を有する)正弦波電圧Vは、対向する一対の電極202、204に印加され、正弦波電圧Vから180°の位相シフト(及び振幅VRF/2)を有する正弦波電圧Vは、駆動周波数ωRFで対向する他対の電極206、208に印加されて、四重極電位を生成する。いくつかの実施形態では、正弦波電圧は、対向する一対の電極202、204のみに印加され、対向する他対の電極206、208は、接地される。四重極電位は、トラップイオンのそれぞれに対してZ軸に垂直なX-Y平面(「半径方向」又は「横方向」とも呼ばれる)に有効な閉じ込め力を生成し、その閉じ込め力は、RF電界が消失する鞍点(すなわち、軸方向(Z方向)の位置)からの距離に比例する。各イオンの半径方向(すなわち、X-Y平面の方向)の運動は、半径方向の鞍点に向かう復元力を伴う調和振動(経年運動と呼ばれる)として近似され、以下でより詳細に論じるように、それぞればね定数kとkによってモデル化できる。いくつかの実施形態では、半径方向のばね定数は、四重極電位が半径方向に対称である場合に、等しいものとしてモデル化される。しかしながら、望ましくない場合には、半径方向のイオンの運動は、物理的なトラップ構成のある程度の非対称性、電極の表面の不均一性による小さなDCパッチ電位などのために歪む場合があり、これら及び他の外部の歪みの原因により、イオンは、鞍点から中心を外れる場合がある。
【0021】
図示されていないが、異なるタイプのトラップは微細加工されたトラップチップであり、上記のものと同様のアプローチが、微細加工されたトラップチップの表面上の場所にイオン又は原子を保持又は閉じ込めるために使用される。上記のラマンレーザビームなどのレーザビームが、表面のすぐ上にあるようなイオン又は原子に印加され得る。
【0022】
図3は、一実施形態に係る、トラップイオンのグループ106内の各イオンの概略エネルギー図300を示す。トラップイオンのグループ106内の各イオンは、核スピンIと電子スピンSとの差がゼロになるように、核スピンI及び電子スピンSを有するイオンである。一例では、各イオンは、正のイッテルビウムイオン171Ybであってもよく、ω01/2π=12.642821GHzの周波数差(「キャリア周波数」と呼ばれる)に対応するエネルギー分割を有する核スピンI=1/2及び1/2超微細状態(すなわち、2つの電子状態)を有する。他の例では、各イオンは、正のバリウムイオン133Ba、正のカドミウムイオン111Cd又は113Cdであってもよく、その全てが、核スピンI=1/2及び1/2超微細状態を有する。キュービットは、│0>と│1>で表される2つの超微細状態で形成され、超微細基底状態(すなわち、1/2超微細状態のうちの低エネルギー状態)が│0>を表すために選択される。以下、「超微細状態」、「内部超微細状態」及び「キュービット」という用語は、│0>と│1>を表すために交換可能に使用されることがある。各イオンは、ドップラー冷却又は分解側波帯冷却などの既知のレーザ冷却方法で、フォノン励起なし(すなわち、nph=0)で任意の運動モードmの運動基底状態│0>の近くまで冷却し(すなわち、イオンの運動エネルギーが低下することができる)、次にキュービット状態が光ポンピングによって超微細基底状態│0>で準備することができる。ここで、│0>は、トラップイオンの個々のキュービット状態を表し、下付き文字mが付いた│0>は、トラップイオンのグループ106の運動モードmの運動基底状態を表す。
【0023】
各トラップイオンの個々のキュービット状態は、例えば、励起された1/2レベル(|e>で表される)を介して355ナノメートル(nm)のモードロックレーザ(mode-locked laser)によって操作することができる。図3に示すように、レーザからのレーザビームは、ラマン構成で一対の非共伝搬レーザビーム(周波数ωを有する第一のレーザビーム及び周波数ωを有する第二のレーザビーム)に分割され、図3で説明するように、|0>と|e>の間の遷移周波数ω0eに関して、一光子遷移離調周波数Δ=ω-ω0eによって離調され得る。二光子遷移離調周波数δは、トラップイオンに第一及び第二のレーザビームによって提供されるエネルギー量の調整を含み、それらを組み合わせて使用すると、トラップイオンが超微細状態|0>と|1>との間で移動する。一光子遷移離調周波数Δが二光子遷移離調周波数(単に「離調周波数」とも呼ばれる)δ=ω-ω-ω01(以下、±μで表され、μは正の値である)よりもはるかに大きい場合、それぞれ状態|0>と|e>の間、及び状態|1>と|e>の間でラビフロップが発生する単一光子ラビ周波数Ω0e(t)とΩ1e(t)(時間に依存し、第一と第二のレーザビームの振幅と位相によって決定される)、ならびに励起状態|e>からの自然放出率、2つの超微細状態│0>と│1>の間のラビフロップ(「キャリア遷移」と呼ばれる)は、二光子ラビ周波数Ω(t)で誘導される。二光子ラビ周波数Ω(t)は、Ω0eΩ1e/2Δに比例する強度(すなわち、振幅の絶対値)を有し、ここで、Ω0eとΩ1eは、それぞれ第一と第二のレーザビームによる単一光子ラビ周波数である。以下、キュービットの内部超微細状態(キュービット状態)を操作するためのラマン構成におけるこの非共伝搬レーザビームのセットは、「複合パルス」又は単に「パルス」と呼ばれることがあり、結果として生じる二光子ラビ周波数Ω(t)の時間依存パターンは、パルスの「振幅」又は単に「パルス」と呼ばれることがあり、それらは、以下で図示され、さらに説明される。離調周波数δ=ω-ω-ω01は、複合パルスの離調周波数又はパルスの離調周波数と呼ばれることがある。第一及び第二のレーザビームの振幅によって決定される二光子ラビ周波数Ω(t)の振幅は、複合パルスの「振幅」と呼ばれることがある。
【0024】
本明細書に提供される説明で使用される特定の原子種は、イオン化されたときに安定し、かつ明確に定義された2レベルエネルギー構造と、光学的にアクセス可能な励起状態とを有する原子種の一例にすぎないため、本開示によるイオントラップ量子コンピュータの可能な構成、仕様などを限定することを意図するものではないことに留意されたい。例えば、他のイオン種には、アルカリ土類金属イオン(Be、Ca、Sr、Mg、及びBa)又は遷移金属イオン(Zn、Hg、Cd)が含まれる。
【0025】
図4は、方位角φ及び極性角θを有するブロッホ球400の表面上の点として表されるイオンのキュービット状態を視覚化するのを助けるために提供される。上記のように、複合パルスを適用すると、キュービット状態│0>(ブロッホ球の北極として表される)と│1>(ブロッホ球の南極として表される)との間でラビフロップが発生する。複合パルスの持続時間と振幅を調整すると、キュービット状態を│0>から│1>に(すなわち、ブロッホ球の北極から南極へ)反転させるか、あるいはキュービット状態│1>から│0>に(すなわち、ブロッホ球の南極から北極に)反転させる。複合パルスのこの適用は、「πパルス」と呼ばれる。さらに、複合パルスの持続時間と振幅を調整することにより、キュービット状態│0>を、2つのキュービット状態│0>と│1>が加算され、同位相で均等に重み付けされた重ね合わせ状態│0>+│1>(重ね合わせ状態の正規化係数は、便宜上、以下省略される)に変換することができ、また、キュービット状態│1>を、2つのキュービット状態│0>と│1>が加算され、均等に重み付けされているが、位相がずれる重ね合わせ状態│0>-│1>に変換することができる。複合パルスのこの適用は、「π/2パルス」と呼ばれる。より一般的には、加算されて均等に重み付けされた2つのキュービット状態│0>と│1>の重ね合わせは、ブロッホ球の赤道上にある点によって表される。例えば、重ね合わせ状態│0>±│1>は、方位角φがそれぞれゼロとπである赤道上の点に対応する。方位角φの赤道上の点に対応する重ね合わせ状態は、│0>+eiφ│1>(例えば、φ=±π/2の場合は│0>±i│1>である)として表される。赤道上の2点間の変換(すなわち、ブロッホ球のZ軸の周りの回転)は、複合パルスの位相をシフトすることで実装できる。
【0026】
(もつれ形成)
図5A図5B、及び図5Cは、例えば、5つのトラップイオンのグループ106のいくつかの概略的な集合横運動モード構造(単に「運動モード構造」とも呼ばれる)を示す。ここで、エンドキャップ電極210及び212に印加された静的電圧Vによる閉じ込め電位は、半径方向の閉じ込め電位と比較して弱い。トラップイオンのグループ106の横方向の集合運動モードは、イオントラップ200によって生成された閉じ込め電位とトラップイオン間のクーロン相互作用との組み合わせによって決定される。トラップイオンは、集合横方向運動(「集合横運動モード」、「集合運動モード」、又は単に「運動モード」と呼ばれる)を起こし、各モードには、それに関連する異なるエネルギー(又は同等に、周波数)がある。以下では、エネルギーがm番目に低い運動モードを│nphと呼び、ここで、nphは、運動モードの運動量子の数(エネルギー励起の単位で、フォノンと呼ばれる)を表し、所定の横方向の運動モードの数Mは、グループ106内のトラップイオンの数に等しい。図5A図5Cは、グループ106内に配置された5つのトラップイオンによって経験され得る異なるタイプの集合横運動モードの例を概略的に示す。図5Aは、最も高いエネルギーを有する一般的な運動モード│nphの概略図であり、ここで、Mは、運動モードの数である。一般的な運動モード│n>では、全てのイオンは、横方向に同位相で振動する。図5Bは、2番目に高いエネルギーを有する傾斜運動モード│nphM-1の概略図である。傾斜運動モードでは、両端のイオンは、横方向に位相がずれて(すなわち、反対方向に)移動する。図5Cは、傾斜運動モード│nphM-1よりもエネルギーが低く、イオンがより複雑なモードパターンで移動する高次運動モード│nphM-3の概略図である。
【0027】
上記特定の構成は、本開示によるイオンを閉じ込めるトラップのいくつかの可能な例のうちの1つに過ぎず、本開示による可能な構成、仕様などを限定するものではないことに留意されたい。例えば、電極の形状は、上記双曲線電極に限定されない。他の例では、調和振動として半径方向にイオンの運動を引き起こす実効電界を生成するトラップは、複数の電極層が積層され、対角線上にある2つの電極にRF電圧が印加される多層トラップであってもよく、又は全ての電極がチップ上の単一平面に配置されている表面トラップであってもよい。さらに、トラップは、複数のセグメントに分割することができ、その隣接する対が1つ以上のイオンを往復させてリンクすることも、又は光子相互接続によって結合することもできる。トラップは、また、上記のものなどの、微細加工されたイオントラップチップ上に互いに近接して配置された個々のトラップ領域のアレイであってもよい。いくつかの実施形態では、四重極電位は、上記RF成分に加えて、空間的に変化するDC成分を有する。
【0028】
イオントラップ量子コンピュータでは、運動モードは、2つのキュービット間のもつれを仲介するデータバスとして機能することができ、このもつれは、XXゲート操作を実行するために使用される。つまり、2つのキュービットのそれぞれが運動モードともつれて、そして、以下に説明するように、もつれは、運動側波帯励起を使用することによって、2つのキュービット間のもつれに転送される。図6A及び図6Bは、一実施形態に係る、周波数ωを有する運動モード│nphでのグループ106内のイオンの運動側波帯スペクトルの図を概略的に示す。図6Bに示すように、複合パルスの離調周波数がゼロの場合(すなわち、第一と第二のレーザビーム間の周波数差がキャリア周波数に調整される場合、δ=ω-ω-ω01=0)、キュービット状態│0>と│1>の間で単純なラビフロップ(キャリア遷移)が発生する。複合パルスの離調周波数が正の場合(すなわち、第一と第二のレーザビーム間の周波数差が、キャリア周波数よりも高く調整されている場合、δ=ω-ω-ω01=μ>0)、青側波帯と呼ばれる)、組み合わされたキュービット運動状態│0>│nphと│1>│nph+1>の間でラビフロップが発生する(すなわち、キュービット状態│0>が│1>に反転する場合、│nphで表されるnフォノン励起を伴うm番目の運動モードから│nph+1>で表される(nph+1)フォノン励起を伴うm番目の運動モードへの遷移が発生する)。複合パルスの離調周波数が負の場合(すなわち、第一と第二のレーザビーム間の周波数差が、運動モード│nphの周波数ωによってキャリア周波数よりも低く調整されている場合、δ=ω-ω-ω01=-μ<0、赤側波帯と呼ばれる)、組み合わされたキュービット運動状態│0>│nphと│1>│nph-1>の間のラビフロップが発生する(すなわち、キュービット状態│0>から│1>に反転する場合、運動モード│nphから、フォノン励起が1つ少ない運動モード│nph-1>への遷移が発生する)。キュービットに適用された青側波帯のπ/2パルスは、組み合わされたキュービット運動状態│0>│nphを、│0>│nphと│1>│nph+1>の重ね合わせに変換する。キュービットに適用された赤側波帯のπ/2パルスは、組み合わされたキュービット運動状態│0>│nphを、│0>│nphと│1>│nph-1>の重ね合わせに変換する。二光子ラビ周波数Ω(t)が離調周波数δ=ω-ω-ω01=±μと比較して小さい場合、青側波帯遷移又は赤側波帯遷移を選択的に駆動することができる。したがって、キュービットは、π/2パルスなどの適切なタイプのパルスを適用することにより、所望の運動モードでもつれることができ、その後、別のキュービットともつれることができ、2つのキュービット間のもつれをもたらす。このもつれが、イオントラップ量子コンピュータでXXゲート操作を実行するために、必要である。
【0029】
上記のように、組み合わされたキュービット運動状態の変換を制御及び/又は指示することにより、2つのキュービット(i番目及びj番目のキュービット)に対してXXゲート操作を実行することができる。一般に、(最大もつれを有する)XXゲート操作は、2キュービット状態|0>|0>、|0>|1>、|1>|0>及び|1>|1>をそれぞれ次のように変換する。
【数1】
例えば、2つのキュービット(i番目とj番目のキュービット)が両方とも最初に超微細基底状態|0>(|0>|0>で表される)にあり、その後、青側波帯のπ/2パルスがi番目のキュービットに適用される場合、i番目のキュービットと運動モード|0>|nph>mの組み合わせ状態は、|0>|nphと|1>|nph+1>の重ね合わせに変換されるため、2つのキュービットと運動モードの組み合わせ状態は、|0>|0>|nphと|1>|0>|nph+1>の重ね合わせに変換される。赤側波帯のπ/2パルスがj番目のキュービットに適用される場合、j番目のキュービットと運動モード|0>|nphの組み合わせ状態は、|0>|nphと|1>|nph-1>の重ね合わせに変換されるため、組み合わせ状態|0>|n+1>は、|0>|nph+1>と|1>|nphの重ね合わせに変換される。
【0030】
したがって、i番目のキュービットに青側波帯のπ/2パルスを適用し、j番目のキュービットに赤側波帯のπ/2パルスを適用すると、2つのキュービットと運動モード|0>|0>|nphの組み合わせ状態を|0>|0>|nphと|1>|1>|nphの重ね合わせに変換することができ、2つのキュービットは、今やもつれ状態にある。当業者にとって明らかであるように、フォノン励起の初期数nphとは異なる数(すなわち、|1>|0>|nph+1>と|0>|1>|nph-1>)のフォノン励起を有する運動モードともつれる2キュービット状態は、十分に複雑なパルスシーケンスによって除去できるため、XXゲート操作後の2つのキュービットと運動モードの組み合わせ状態は、m番目の運動モードでのフォノン励起の初期数nphがXXゲート操作の終了時に変化しないので、もつれが解消された(disentangled)と考えてもよい。したがって、XXゲート操作の前後のキュービット状態は、一般に、運動モードを含まずに、以下で説明する。
【0031】
より一般的には、側波帯の複合パルスを持続時間τ(「ゲート持続時間」と呼ばれる)にわたって適用することによって変換され、振幅Ω(i)及びΩ(j)と離調周波数μを有するi番目とj番目のキュービットの組み合わせ状態は、もつれ相互作用χ(i,j)(τ)の観点から次のように記述することができる。
【数2】
ここで、
【数3】
であり、
【数4】
は、i番目のイオンと、周波数ωを有するm番目の運動モードとの間の結合強度を定量化するラムディッケパラメータであり、Mは運動モードの数(グループ106内のイオンの数Nに等しい)である。
【0032】
上記の2つのキュービット間のもつれ相互作用を使用して、XXゲート操作を実行できる。XXゲート操作(XXゲート)は、単一キュービット操作(Rゲート)とともに、所望の計算プロセスを実行するように構成された量子コンピュータを構築するために使用できるユニバーサルゲート{R、XX}のセットを形成する。任意の量子アルゴリズムを分解することができる論理ゲートのいくつかの既知のセットの中で、一般に{R,XX}として示される論理ゲートのセットは、本明細書に記載のトラップイオンの量子コンピューティングシステムに固有である。ここで、Rゲートは、トラップイオンの個々のキュービット状態の操作に対応し、XXゲート(「もつれゲート」とも言う)は、2つのトラップイオンのもつれの操作に対応する。
【0033】
i番目とj番目のキュービット間でXXゲート操作を実行するには、条件χ(i,j)(τ)=θ(i,j)(0<θ(i,j)≦π/8)を満たすパルス(すなわち、もつれ相互作用χ(i,j)(τ)が所望の値θ(i,j)を有することで、もつれ相互作用がゼロでない条件と呼ばれる)が構築され、i番目とj番目のキュービットに適用される。上記のi番目とj番目のキュービットの結合状態の変換は、θ(i,j)=π/8のときに最大のもつれを伴うXXゲート操作に対応する。i番目とj番目のキュービットに適用されるパルスの振幅Ω(i)(t)とΩ(j)(t)は、i番目とj番目のキュービットのゼロ以外の調整可能なもつれを保証するように調整でき、i番目とj番目のキュービットで所望のXXゲート操作を実行する制御パラメータである。
【0034】
(ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム)
ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムでは、量子コンピュータは、概して、古典的コンピュータが実行できる範囲を超えて、特定の計算タスクを加速することが可能であり得るドメイン特有のアクセラレータとして使用されることができる。上述のように、「量子コンピュータ」及び「量子プロセッサ」という用語は、互換的に使用することができる。そのような計算タスクの例には、短距離及び長距離相互作用を介して互いに力を及ぼす粒子を有する物理的システムの分子動力学(MD)シミュレーションにおけるエバルト総和が含まれる。そのような物理的システムの例には、イオン流体、DNA鎖、タンパク質、(ポリ)電解質溶液、コロイド、又は部分電荷を有する分子モデルが含まれる。そのような物理的システムの動力学は、物理的システムのエネルギー特性によって決定付けられ、物理的システムのエネルギーへの主な寄与は、粒子間の長距離相互作用(例えば、クーロン相互作用)に由来する。
【0035】
MDシミュレーションでは、シミュレーションに基づいて分析されるバルク材料は、典型的には、N個の相互作用粒子の有限系(「プリミティブセル」と呼ばれる)が周期的な境界条件を課して複製される無限システムとしてモデル化される。N個の相互作用粒子は、互いに長距離相互作用(例えば、クーロン相互作用)を有してもよい。長距離相互作用を短縮することは、粒子間相互作用エネルギーを計算する際に非物理的アーチファクトを導入することが広く受け入れられている。したがって、粒子間相互作用エネルギーの計算は、N個の相互作用粒子間の全ての対の長距離相互作用の総和を必要とし、長距離相互作用が直接総和される場合、O(N)としての計算の複雑さの増加をもたらす。エバルト総和法は、O(N3/2)としての計算の複雑さの増加を伴う長距離相互作用による粒子間相互作用エネルギーの効率的な計算を可能にし、長距離相互作用を有する粒子の群を効率的にシミュレーションするための標準的な方法となっている。
【0036】
本明細書で説明する実施形態では、「量子強化エバルト(QEE)総和法」と呼ばれる、ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムによるエバルト総和法を使用してMDシミュレーションを実行する方法が提供される。QEE総和法は、従来のエバルト総和法O(N3/2)と比較して、O(N5/4(logN))の全体的な計算の複雑さを有する。
【0037】
本明細書で説明される例示的な実施形態は、本開示によるハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムのいくつかの可能な例にすぎず、本開示によるハイブリッド量子古典的コンピュータシステムの可能な構成、仕様などを限定しないことに留意されたい。例えば、本開示によるハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムは、巡回シフト操作及び位相キックバック操作が計算の複雑さに寄与し、量子プロセッサの使用によって加速され得る、他のタイプのコンピュータシミュレーション又は画像/信号処理に適用され得る。
【0038】
本明細書では、古典的物理学の法則に従って進化するN個の相互作用古典的粒子と見なされる。各粒子は、シミュレーション中の任意の時点で明確に定義された位置及び運動量を有する。
【0039】
ペアワイズ相互作用、例えばクーロン相互作用に起因する粒子間相互作用エネルギーUcoulの合計は、
【数5】
によって与えられ、ここで、i及びjは、エッジ長Lの立方体形状のプリミティブセルにおける粒子インデックス(i=0,1,2,…,N-1,j=0,1,2,…,N-1)を表し、
【数6】
は、それぞれの粒子jの位置を表し、q及びqは、それぞれの粒子i及びjの電荷を表し、t=(t,t,t)は、各複製プリミティブセルについての整数インデックスのベクトルを示す。
【0040】
エバルト総和法では、プリミティブセル内の位置rにおける電荷分布ρ(r)、例えば、N個の電荷の和(それぞれディラックのデルタ関数δ(r-r(j))で記述される):
【数7】
は、スクリーニングされた電荷分布ρ(r)(すなわち、各点電荷は不鮮明である)と相殺電荷分布ρ(r)との合計で置き換えられ、スクリーニングされた電荷分布ρ(r)を補償し、
【数8】
によって与えられ、ここで、
【数9】
であり、スクリーニング関数は、Wα(r-r(j))である。スクリーニング関数Wα(r-r(j))は、例えば、ガウススクリーン関数であってもよい。
【数10】
ここで、パラメータα>0は、スクリーニングの幅を定義する。スクリーニングされた電荷分布ρ(r)は、パラメータαよりも離れている点電荷間の相互作用(すなわち、スクリーニングされた電荷分布ρ(r)による粒子間相互作用は、短距離である)をスクリーニングし、その後、スクリーニングされた電荷分布ρ(r)による粒子間相互作用エネルギーの計算において急速な収束をもたらす。スクリーニングされた電荷分布ρ(r)による粒子間相互作用エネルギーへの寄与と(元の)電荷分布ρ(r)の寄与との間の差を補償するために、点電荷と同じ電荷符号を有する相殺電荷分布ρ(r):
【数11】
を加算する。相殺電荷分布ρ(r)による粒子間相互作用は、長距離であり、相殺電荷分布ρ(r)による粒子間相互作用エネルギーへの寄与は、典型的には逆空間で計算される。
【0041】
したがって、粒子間相互作用エネルギーUcoulは、スクリーニングされた電荷分布ρ(r)に起因する短距離粒子間相互作用エネルギーUshort
【数12】
と、長距離粒子間相互作用エネルギーUlong
【数13】
と、自己エネルギーUself
【数14】
と、の合計である。
【0042】
長距離相互作用エネルギーUlongでは、電荷密度のフーリエ変換
【数15】
は、当技術分野でよく知られており、結晶学の文脈において「構造因子S(k)」とも呼ばれる電気形状因子である。逆ベクトルkは、k=(k,k,k)=(2πn)/L,(2πn)/L,(2πn)/L)として定義され、ここで、n、n、及びnは、整数であり、Kは、最大のkである。考慮されるべき最大k、すなわちKは、典型的には、シミュレーションが所望の上限誤差δの範囲内で正確であることを確実にするように選択される。
【0043】
長距離相互作用エネルギーUlongにおける電気形状因子
【数16】
の計算は、フーリエ変換を含み、長距離粒子間相互作用エネルギーUlongの計算における速度制限因子であることが知られている。QEE法では、電気形状因子
【数17】
の計算は、量子プロセッサにオフロードされ、以下で論じるように、全体的な計算の複雑さを改善する。
【0044】
図7は、古典的コンピュータと量子プロセッサとを備えるハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムを使用して1つ以上の計算を実行する方法700を示すフローチャートを示す。
【0045】
ブロック702において、古典的コンピュータ102によって、シミュレーションされるべき分子動力学システム、例えば、相互作用する粒子のグループが、例えば、古典的コンピュータ102のグラフィックス処理ユニット(GPU)などのユーザインターフェースの使用によって識別されるか、又は古典的コンピュータ102のメモリから検索され、分子動力学システムに関する情報は、古典的コンピュータ102のメモリから取り出される。
【0046】
具体的には、プリミティブセルのサイズ(例えば、エッジ長L、L、及びL)、プリミティブセル内の相互作用粒子の数N、プリミティブセル内のN個の相互作用粒子の位置r(j)(j=0,1,…,N-1)、プリミティブセル内の位置rにおける電荷分布ρ(r)、N個の相互作用粒子間の粒子間相互作用のタイプ(例えば、クーロン相互作用)、スクリーニング関数Wα(r-r(j))、及び電荷qの位置r(j)を符号化するためのキュービットの数Γ、位置r(j)を離散化する際の所望の上限誤差ε(例えば、エッジ長L、L、及びLをそれぞれm、m、及びm有限長に離散化する)が選択され、古典的コンピュータ102のメモリに保存される。
【0047】
ブロック704では、古典的コンピュータ102によって、分子動力学システムの粒子に関連する複数のエネルギーが、エバルト総和法に基づいて、シミュレーションの一部として計算される。複数のエネルギーの計算は、ブロック706のプロセスにおいて実行されるように、量子プロセッサに部分的にオフロードされる。具体的には、短距離粒子間相互作用エネルギーUshort及び自己エネルギーUselfは、当技術分野で公知の従来の計算方法によって計算される。ブロック706において、逆ベクトルkに対する長距離粒子間相互作用エネルギーUlongにおける電子形状因子
【数18】
は、量子プロセッサによって計算される。
【0048】
ブロック706では、システムコントローラ104及び量子プロセッサによって、ブロック704で選択された逆ベクトルkに対する電子形状因子
【数19】
が、以下でさらに論じられるように計算される。電子形状因子
【数20】
の計算は、十分に多くの逆ベクトルkについての電子形状因子
【数21】
が計算されるまで繰り返される。
【0049】
ブロック708では、古典的コンピュータ102によって、粒子間相互作用エネルギーUcoul=Ushort+Ulong-Uselfの合計が計算される。具体的には、長距離粒子間相互作用エネルギーUlongは、ブロック706の結果に基づいて計算され、粒子間相互作用エネルギーの合計は、ブロック704において古典的コンピュータ102によって計算された短距離粒子間相互作用エネルギーUshortと、自己エネルギーUselfとを加算することによって計算される。長距離粒子間相互作用エネルギーUlongは、電気形状因子
【数22】

【数23】
として使用して、古典的コンピュータ102によって計算することができる。
【0050】
ブロック710では、古典的コンピュータ102によって、分子動力学システムの物理的挙動が、ブロック708で計算された粒子間相互作用エネルギーから決定される。具体的には、古典的コンピュータ102によって、粒子間相互作用エネルギーUcoul=Ushort+Ulong-Uselfの計算された合計が、古典的コンピュータ102のグラフィックス処理ユニット(GPU)などのユーザインターフェースに出力され、及び/又は古典的コンピュータ102のメモリに保存される。例えば、粒子間相互作用エネルギーの計算された合計は、GPUに結合されたディスプレイ上の表に、又は粒子のグラフィック表現として表すことができる。
【0051】
図8は、上記ブロック706に示すような分子動力学(MD)シミュレーションの一部として分子動力学システムの粒子に関連する複数のエネルギーを計算する方法800を示すフローチャートである。この例では、量子プロセッサは、トラップイオンのグループ106に基づき、トラップイオンの各々の2つの超微細状態がキュービットを形成する。したがって、トラップイオンは、量子プロセッサ又は量子コンピュータの計算コアを提供するキュービットを形成する。
【0052】
ブロック802において、システムコントローラ104によって、量子プロセッサ(すなわち、イオンのグループ106)は、初期重ね合わせ状態|ψ>=|ψ>index|k>|ψ>dataに設定される。
【0053】
粒子インデックスj(=0,1,2,…,N-1)を符号化するための
【数24】
個のキュービットから形成される第一のレジスタ(以下、「インデックスレジスタ」とも呼ぶ)は、粒子インデックス
【数25】
の等しい重ね合わせ状態で用意される。粒子インデックス│ψ>indexの等しい重ね合わせ状態は、状態│0>で、例えば、超微細基底状態│0>で、準備されるインデックスレジスタの
【数26】
個のキュービットのそれぞれに、アダマール演算Hを適用することによって、例えば、トラップイオンを用いた例示的な量子コンピュータにおける光ポンピングによって設定することができる。アダマール演算Hは、各キュービットを│0>から重ね合わせ状態
【数27】
に、及び│1>から別の重ね合わせ状態
【数28】
に変換し、これは、単一キュービット操作の適切な組み合わせを適用することによって実装されてもよい。
【数29】
【0054】
第二のレジスタ(以下、「逆ベクトルレジスタ」と呼ぶ)は、ブロック704で選択された逆ベクトルkを符号化するためのO(Γ)個のキュービットで形成される。逆ベクトルレジスタは、単一キュービット操作の適切な組み合わせによって、全て状態│0>で準備される逆ベクトルレジスタのO(Γ)個のキュービットに設定することができる。
【0055】
第三のレジスタ(以下、「データレジスタ」とも呼ぶ)は、O(NΓ)個のキュービットで構成され、電荷位置符号化状態
【数30】
に設定され、十分に高密度のグリッドに離散化したエッジ長L,L,及びLを有するプリミティブセル内の電荷qと粒子j(=0,1,2,…,N-1)の位置
【数31】
とを符号化する。粒子j(=0,1,2,…,N-1)に対するレジスタ│r(j)>の各ブロックは、3つのサブレジスタ
【数32】
のテンソル積であり、3つのサブレジスタは、それぞれm、m、及びmのキュービットで形成される。システムコントローラ104は、古典的コンピュータ102の(古典的)メモリ又は量子プロセッサの(キュービットで形成された)量子メモリのいずれかから位置
【数33】
及び電荷qを取り出し、位置
【数34】
及び電荷qをデータレジスタに符号化する。電荷位置符号化状態│φ>dataは、状態│0>で用意されたデータレジスタのO(NΓ)個のキュービットに対して、単一キュービット操作と2キュービット操作の適切な組み合わせを適用することで設定できる。
【0056】
ブロック804において、システムコントローラ104によって、電荷位置符号化状態|ψ>dataのデータレジスタは、インデックスレジスタ│ν>に基づいて、巡回シフト状態
【数35】
に変換される。この操作は、巡回シフト操作Sと呼ばれ、粒子インデックスの等しい重ね合わせ状態|ψ>indexのインデックスレジスタと、電荷位置符号化状態のデータレジスタ|ψ>dataとをサイクリックシフト重ね合わせ状態
【数36】
に変換する。
【数37】
【0057】
巡回シフト操作Sは、システムコントローラ104によってインデックスレジスタ及びデータレジスタ内のキュービットに単一キュービットゲート演算と2キュービットゲート演算との組み合わせを適用することによって実施することができる。
【0058】
ブロック806において、システムコントローラ104によって、巡回シフト重ね合わせ状態|ΨCS>におけるインデックスレジスタ及びデータレジスタは、逆ベクトルレジスタ│k>に基づいて、フェーズド巡回シフト重ね合わせ状態(phased cyclic shifted superposition state)|ΨPCS(k)に変換される。位相キックバック操作と呼ばれるこの変換によって、電子形状因子
【数38】
を計算するのに必要な位相eik・rが抽出される。この位相キックバック操作は、演算器D及び逆フーリエ変換の組み合わせとして、m個のキュービット|l>(l=0,1,…,M-1)から形成される補助レジスタを用いて、実現することができる。算術演算子Dは、逆ベクトルkと補助レジスタ内の位置rとのドット積を計算する。
【数39】
逆フーリエ変換の適用時に、│0>の状態で準備された全てのキュービットを有する補助レジスタは、
【数40】
の状態になり、式中、M=2である。算術演算子D及び逆フーリエ変換の適用により、k及びrを符号化するレジスタと補助レジスタとの結合状態│k>r>0>は、
【数41】
に変換され、ここで、位相eik・rが抽出される。その後、補助レジスタは、フーリエ変換の適用によってインデックスレジスタ及びデータレジスタから、もつれが解消される。算術演算子Dは、インデックス、データ、及び補助レジスタに対する単一キュービット操作及び2キュービット操作の適切な組み合わせによって実装されてもよい。逆フーリエ変換は、補助キュービットに対する単一キュービット操作及び2キュービット操作の適切な組み合わせによって実装されてもよい。本明細書で説明する例では、電荷qは、-1又は+1のいずれかであり、したがって、位相
【数42】
は、qに等しい。この位相は、システムコントローラ104による単一キュービットゲート操作の組み合わせであるZ軸回りのπパルス(操作Zと呼ぶ)により実現できる。電荷qが-1又は+1以外の値をとるとき、適切な単一キュービットゲート操作の組み合わせがデータレジスタに適用され、電荷qがデータレジスタからデータレジスタの振幅に取り出される。
【0059】
したがって、巡回シフト重ね合わせ状態│ΨCS>におけるデータレジスタの第一のブロック(すなわち、j=0)に適用される位相キックバック操作は、巡回シフト重ね合わせ状態│ΨCS>をフェーズド巡回シフト重ね合わせ状態│ΨPCS(k)に変換する。
【数43】
【0060】
ブロック808において、システムコントローラ104によって、フェーズド巡回シフト重ね合わせ状態│ΨPCS>>(k)におけるインデックスレジスタ及びデータレジスタは、位相重ね合わせ状態│Ψ>>(k)に変換される。
【数44】
ここで、データレジスタは、位置
【数45】
及び電荷qを符号化するために戻って来た。この変換は、巡回シフト操作Sの逆に相当し、システムコントローラ104による単一キュービットゲート操作と2キュービットゲート操作の組み合わせをインデックスレジスタとデータレジスタに適用することで実現できる。
【0061】
ブロック810において、システムコントローラ104によって、フェーズド重ね合わせ状態|Ψ(k)は、最終的な重ね合わせ状態|Ψ(k)に変換される。
【数46】
式中、p.νは、p及びνのバイナリ表現のビットごとの内積を示す。
【0062】
この変換は、インデックスレジスタ内の各キュービットにアダマール演算Hを適用することによって実行することができる。
【0063】
ブロック814において、システムコントローラ104によって、最終的な重ね合わせ状態│Ψ>>(k)の振幅A(k)が、状態│0>K>│0>において、
【数47】
として測定される。これは、長距離粒子間相互作用エネルギーUlongに含まれるkについての電気形状因子
【数48】
に比例する。
【0064】
ブロック816において、測定された振幅A(k)は、古典的コンピュータ102に返される。古典的コンピュータ102によって、測定された振幅A(k)のモジュラス二乗|A(k)|が計算され、長距離粒子間相互作用エネルギーUlongを計算する目的で記録されるように変換される。十分に多くの逆ベクトルkについて測定された振幅A(k)の2乗|A(k)|が計算されていない場合、プロセスは、ブロック802に戻り、別の逆ベクトルkを計算する。方法800によって十分に多くの逆ベクトルkに対する振幅A(k),|A(k)|の計算が完了すると、プロセスは、方法700のブロック708に進む。
【0065】
考慮されるべきkの最大、すなわちKは、典型的には、シミュレーションが所望の上限誤差δの範囲内に正確であることを確実にするように選択される。MDシミュレーションにおける所望の上限誤差δに関してKを最適化すると、操作の数は、古典的なエバルト総和において、O(N3/2)としてスケーリングされる。量子古典的ハイブリッドアプローチでは、所望の上限誤差δに関してKを最適化するとき、操作の数は、三次元(3D)システムに関してO(N5/4(logN))としてスケーリングされる。
【0066】
本明細書に記載される分子動力学(MD)シミュレーションによって相互作用する粒子を有するシステムのエネルギーを得る方法は、古典的な計算方法よりも、エバルト総和法の計算において、量子プロセッサを使用することによって、計算の複雑さを改善する。
【0067】
上述の特定の例示的な実施形態は、本開示によるハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムのいくつかの可能な例にすぎず、本開示によるハイブリッド量子古典的コンピューティングシステムの可能な構成、仕様などを限定するものではないことに留意されたい。例えば、本明細書で説明される方法は、より良好な量子コンピュータを設計するのを助けるために、量子コンピュータ内のトラップイオンのシミュレーションなどの他のシミュレーション問題に適用してもよい。さらに、ハイブリッド量子古典的コンピューティングシステム内の量子プロセッサは、上記のトラップイオンのグループに限定されない。例えば、量子プロセッサは、キュービット(磁束キュービットと呼ばれる)として機能する多数のジョセフソン接合によって中断された超伝導金属のマイクロメートルサイズのループを含む超伝導回路であってもよい。接合パラメータは、外部磁束が印加されたときに永久電流が継続的に流れるように、製造中に設計される。整数の磁束量子のみが各ループを通過できるため、時計回り又は反時計回りの永久電流がループに発生して、ループに印加される非整数の外部磁束を補償(遮蔽又は増強)する。時計回り及び反時計回りの永久電流に対応する2つの状態は、エネルギーが最も低い状態であり、相対量子位相のみが異なる。より高いエネルギー状態は、はるかに大きな永久電流に対応するため、最も低い2つの固有状態からエネルギー的に十分に分離される。2つの最も低い固有状態は、キュービット状態|0>及び|1>を表すために使用される。各キュービットデバイスの個々のキュービット状態は、一連のマイクロ波パルスの印加によって操作され得、その周波数及び持続時間は、適切に調整される。
【0068】
上記は、特定の実施形態を対象としているが、他のさらなる実施形態は、その基本的な範囲から逸脱することなく考案することができ、その範囲は、以下の特許請求の範囲によって決定される。
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図6
図7
図8
【国際調査報告】