(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-07-05
(54)【発明の名称】急性組織損傷の処置
(51)【国際特許分類】
A61K 31/132 20060101AFI20240628BHJP
A61P 1/16 20060101ALI20240628BHJP
A61P 1/00 20060101ALI20240628BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20240628BHJP
A61P 9/14 20060101ALI20240628BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20240628BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20240628BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20240628BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20240628BHJP
A61P 39/06 20060101ALI20240628BHJP
【FI】
A61K31/132
A61P1/16
A61P1/00
A61P9/00
A61P9/14
A61P11/00
A61P13/12
A61P25/00
A61P29/00
A61P39/06
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024501783
(86)(22)【出願日】2022-07-14
(85)【翻訳文提出日】2024-02-02
(86)【国際出願番号】 EP2022069810
(87)【国際公開番号】W WO2023285629
(87)【国際公開日】2023-01-19
(32)【優先日】2021-07-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】524014628
【氏名又は名称】オブビア ファーマシューティカルズ リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】ファール,ウィリアム
(72)【発明者】
【氏名】ゲーシュ,トルステン
(72)【発明者】
【氏名】ゲーシュ,ハンナ レベッカ
(72)【発明者】
【氏名】ゲーシュ,サラ リカルダ
【テーマコード(参考)】
4C206
【Fターム(参考)】
4C206AA01
4C206AA02
4C206JA52
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZA01
4C206ZA02
4C206ZA36
4C206ZA44
4C206ZA51
4C206ZA59
4C206ZA66
4C206ZA75
4C206ZA81
4C206ZB11
4C206ZC21
(57)【要約】
本発明は、被験体の組織中の炎症の処置における使用のための化合物PrC-210またはその薬学的に許容できる酸付加塩の使用に向けられている。この炎症は、急性組織損傷に起因するものである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体の組織中の炎症の処置における使用のための化合物PrC-210またはその薬学的に許容できる酸付加塩であって、
上記炎症は、急性組織損傷に起因するものである、
使用のための化合物またはその薬学的に許容できる酸付加塩。
【化1】
【請求項2】
急性損傷に侵された上記組織は、腎組織、肝組織、心組織、脳組織、脊椎組織、神経組織、四肢の血管組織、骨髄組織、腸管組織(空腸組織)および肺組織から選択される、
請求項1に記載の使用のための化合物。
【請求項3】
上記組織の炎症は、急性組織炎症である、
請求項1または2に記載の使用のための化合物。
【請求項4】
上記処置は、予防的療法である、
請求項1~3のいずれか1項に記載の使用のための化合物。
【請求項5】
上記急性組織損傷は、二次性組織損傷である、
請求項1に記載の使用のための化合物。
【請求項6】
上記急性組織損傷は、線維症へと進展するものである、
請求項1に記載の使用のための化合物。
【請求項7】
上記急性組織損傷は、被験体に移植された組織中のものである、
請求項1~6のいずれか1項に記載の使用のための化合物。
【請求項8】
上記急性組織損傷は、移植施術中に生じたものである、
請求項1~7のいずれか1項に記載の使用のための化合物。
【請求項9】
上記急性組織損傷は、手術に起因するものである、
請求項1~6のいずれか1項に記載の使用のための化合物。
【請求項10】
上記急性組織損傷は、外傷に起因するものである、
請求項1~6のいずれか1項に記載の使用のための化合物。
【請求項11】
上記急性組織損傷は、熱傷または重大な創傷に起因するものである、
請求項1~6のいずれか1項に記載の使用のための化合物。
【請求項12】
上記急性組織損傷は、微生物感染またはウイルス感染に起因するものである、
請求項1~6のいずれか1項に記載の使用のための化合物。
【請求項13】
上記急性組織損傷は、脳卒中、心筋梗塞または肺塞栓症に起因するものである、
請求項1~6のいずれか1項に記載の使用のための化合物。
【請求項14】
上記急性組織損傷は、外傷性脳損傷、脊髄損傷、または四肢もしくは中枢器官の外傷性損傷に起因するものである、
請求項1~6のいずれか1項に記載の使用のための化合物。
【請求項15】
上記急性組織損傷は、虚血または虚血性再灌流傷害に起因するものである、
請求項1~6のいずれか1項に記載の使用のための化合物。
【請求項16】
上記組織の損傷が生じるより前に、上記組織の損傷が生じた時に、または上記組織の損傷が生じた後に、上記化合物PrC-210を全身投与する、
請求項1~6のいずれか1項に記載の使用のための化合物。
【請求項17】
上記使用は、急性損傷に由来する二次性損傷の予防における予防的療法である、
請求項1~16のいずれか1項に記載の使用のための化合物。
【請求項18】
上記線維症は、肺線維症、肝線維症、心線維症、腎線維症、縦隔線維症、後腹膜腔線維症、骨髄線維症、皮膚線維症、強皮症または全身性強皮症である、
請求項6に記載の使用のための化合物。
【請求項19】
臓器移植拒絶反応の予防における使用のための、化合物PrC-210またはその薬学的に許容できる酸付加塩。
【化2】
【請求項20】
上記使用は、移植臓器のドナーである被験体における使用である、
請求項19に記載の使用のための化合物。
【請求項21】
上記使用は、移植ドナーから移植臓器を受け取る被験体における使用である、
請求項19に記載の使用のための化合物。
【請求項22】
上記使用は、ドナーの臓器を輸送するための保存液における使用である、
請求項19に記載の使用のための化合物。
【請求項23】
急性放射線症障害候群(ARS)の処置における使用のための、化合物PrC-210。
【請求項24】
上記処置は、予防的処置である、
請求項23に記載の使用のための化合物。
【請求項25】
移植後の炎症関連臓器損傷の抑制における使用のための、化合物PrC-210またはその薬学的に許容できる酸付加塩。
【化3】
【請求項26】
被験体の組織における炎症を処置する方法であって、
上記炎症は、急性組織損傷に起因するものであり、
上記処置を必要とする被験体に、化合物PrC-210またはその薬学的に許容できる酸付加塩を投与することによる、
方法。
【化4】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験体の組織中の炎症の処置における使用のための化合物PrC-210またはその薬学的に許容できる酸付加塩の使用に向けられている。この炎症は、急性組織損傷に起因するものである。
【背景技術】
【0002】
世界では、末期腎不全により、毎年1200万人を超える死者が出ている。末期腎疾患患者に対して好ましい処置は、腎移植である。世界では、毎年9万症例を超える腎移植が行われている。
【0003】
移植のプロセスそのものにおいては、腎臓に顕著な細胞的・器官的損傷が加わることになる。これによって、臓器の短期的・長期的生存が妨げられている。同種移植において腎臓が被る主な損傷には、次の4つが挙げられる。(i)全身性ショックおよび虚血に由来する、ドナーから臓器を摘出する前または摘出時において活性酸素種(ROS)および活性窒素種(RNS)が惹起するダメージ。(ii)冷蔵保存時においてROSまたはRNSが惹起するダメージ(冷蔵虚血)。(iii)先天免疫応答および抗体関連型拒絶反応(ABMR)が原因の同種移植後の炎症に由来する、ROSが移植片に対して惹起するダメージ。(iv)移植臓器に対する短期的または長期的な免疫応答によるダメージ(Sellares et al, Am J Transplant 2012;12:388-399)。
【0004】
再灌流から6時間以内に、好中球およびマクロファージは同種移植片に侵入し、そこに存在する樹状細胞を刺激してケモカインを合成させる。これにより、Tリンパ球が活性化され、後天免疫細胞が動員される。これらの免疫細胞が近位尿細管上皮細胞に浸潤すると、好中球はミエロペルオキシダーゼを産生し、マクロファージはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)オキシダーゼを産生する。これにより、局所的にフリーラジカルが産生されるようになる。このような炎症プロセスによって、補体経路が活性化され、同種移植腎における細胞のリモデリングおよび溶解が促進される。
【0005】
ABMRは、移植片に対するアロ抗体が原因であることもあるし、de novoに産生されたドナー特異的抗体(dnDSA)が原因であることもあるし、これら両方が原因であることもある(Hidalgo et al, Am J Transplant 2009;9:2532-41)。
【0006】
同種移植腎における急性炎症反応(数分~数日)──これは慢性炎症反応(数日~数週間)へと遷移する──では、フリーラジカル(ROSおよびRNS)や炎症性のサイトカインおよびケモカインが連続的に産生されている。この反応は重篤かつ永続的なものとなり、長期的な腎不全を惹起することがある(Loupy et al; Nature Rev Nephrology; 2012;8:348-57)。
【0007】
同種移植腎における炎症および拒絶反応の病理発生に関与する細胞・分子・免疫経路をよく理解するために、本発明者らは、急性免疫応答、ABMRおよび腎喪失の臨床基準の大部分を再現したラットモデルを確立し特徴付けた(Huang et al; Am J Transplant. 2014;14:1061-1072)。このモデルを利用して、多数の新規な同種移植後における戦略を評価した。
【0008】
現在のところ、同種移植腎に対する急性および長期的な免疫応答の重篤度を低減するアプローチとして認知されているのは、次の2つである。i) 交差適合するドナーを見付ける機会を増やすこと。ii) 元来存在している同種移植腎に対する抗体を脱感作により除去すること(Stegall et al; Am J Transplant. 2006; 6:346-351)。
【発明の概要】
【0009】
本発明は、フリーラジカル捕捉剤である化合物PrC-210(3-(メチルアミノ)-2-(メチルアミノメチル)プロパン-1-チオール;Peebles et al; Radiat Res. 2012; 178: 57-68)の使用によって、免疫応答の重篤度が減少されられる(例えば、同種移植腎における細胞ダメージを低減できる)という知見に基づいている。PrC-210は、例えば新たに移植された同種移植腎において、直接的かつ継続的に、炎症遺伝子に関連する(および炎症を引き起こす)フリーラジカルを捕捉し、不活性化する。本発明のこの新規なアプローチによって、現存する2つの戦略は大いに発展するであろう。また、本発明そのものが、移植後の腎細胞における急性ダメージを低減する新たな戦略を生み出すかもしれない。
【0010】
PrC-210は、直接作用する小分子であるアミノチオールフリーラジカル捕捉剤の新しいファミリーのプロトタイプである。PrC-210による悪心、嘔吐、低血圧症の副作用は報告されていない(Soref et al;Int J Rad Onc Biol Phys. 2012; 82: e701-707)。
【0011】
齧歯類における腎移植を研究した2本の既報が示したところによると、(i)30時間の冷蔵保存後において(Verhoven et al Transplantation Direct. 2020;6:e578)と、(ii)移植時の再灌流傷害において(Bath et al;Transplantation Direct. 2019;5:e549-555)、PrC-210は、フリーラジカルによって誘導される腎臓へのダメージをバックグラウンドのレベルよりも抑制する。これにより、移植術において移植腎を傷害する2種類の本質的な要因が取り除かれる。また、PrC-210分子は、フリーラジカルによって誘導される様々な他の臓器環境への損傷を抑制することも示されている。このように、現在明らかになっているところによると、PrC-210は、フリーラジカルを副生する細胞関連型拒絶反応および抗体関連型拒絶反応のいずれのプロセスにおいても、引き起こされる酸化ストレスから同種移植片を保護できる。
【0012】
したがって、本発明のある態様は、被験体の組織中の炎症の予防または治療における使用のための、化合物PrC-210(下記式)またはその薬学的に許容できる塩である。この炎症は、急性損傷に起因するものである。
【化1】
【0013】
本発明のある態様は、被験体の組織中の炎症を予防または治療する医薬の製造のための、化合物PrC-210(下記式)またはその薬学的に許容できる塩である。この炎症は、急性損傷に起因するものである。
【化2】
【0014】
本発明のある態様は、急性損傷に侵された組織における炎症を予防または治療する方法である。この方法は、被験体に化合物PrC-210またはその薬学的に許容できる酸付加塩を投与する工程を有する。
【化3】
【0015】
本発明のある態様は、臓器移植拒絶反応の予防における使用のための、化合物PrC-210またはその薬学的に許容できる酸付加塩である。
【化4】
【0016】
本発明のある態様は、急性放射線症障害候群(ARS)の処置における使用のための、化合物PrC-210である。
【0017】
本発明のある態様は、被験体の組織中の炎症を処置する方法である。この炎症は、急性組織損傷に起因するものである。この方法は、化合物PrC-210またはその薬学的に許容できる酸付加塩を、処置を必要とする被験体に投与することによる。
【化5】
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】腎臓手術およびPrC-210投与時を表す実験のスキームである。BNラットの腎臓をLEWラットに移植した。LT:左、RT:右、MTD:最大耐量、IP:腹腔内。
【
図2】(A)BNラットから摘出したBN腎臓の組織像である。(B~D)LEWラットに移植してから20時間後のBN腎臓の組織像である。対照の腎臓(B、C)は、移植前に、室温のUW溶液で洗浄した。PrC-210を用いた腎臓(D)は、移植前に、30mMのPrC-210を含んでいる室温のUW溶液で洗浄した。また、レシピエントであるLEWラットには、移植後8時間の間に3回、PrC-210を腹腔内から全身投与した。パネルBの赤矢印は、尿細管炎の病理像を示している。パネルCの黄色矢印は、病理的な尿細管周囲毛細血管炎の病理像を示している。パネルEは、尿細管炎および尿細管周囲毛細血管炎の重篤度スコアの合計を表す。各群とも、3つの腎臓におけるスコアの合計である。
【
図3】(A~C)移植から20時間後における腎臓の組織像である。パネルA~Cの各群の腎臓から、尿細管のサンプル像をランダムに撮像した。次に、Image Jを利用して、H/E染色像(
図3のパネルA~Cなど)を解析した。閾値を超えてピンク色または青色であるピクセルを計数して、その比率を計算し、プロットした。これにより、腎臓への白血球の浸潤を推定した。
【
図4】BN腎臓をLEWラットに移植してから20時間後における、PrC-210の投与による腎機能への影響を表す。「20Hr」は、PrC-210を投与していないラットである。「20Hr+PrC-210」は、移植後20時間以内に、PrC-210を3回腹腔内注射したラットである。その後、レシピエントラットを安楽死させて、血清を採取した。p値を示す。
【
図5】移植後の腎臓におけるカスパーゼ活性を表す。腎臓上清により活性化されたカスパーゼ3およびカスパーゼ7の活性を、酵素的に測定した。反応時間は60分間であった。
【
図6】BN腎臓をLEWラットに移植してから20時間後における、PrC-210の投与による血清および腎臓ホモジネート中のサイトカインレベルへの影響を表す。TIMP-1、TNFαおよびMIP-3A/CCL20のレベルをELISA分析により決定した。p値を示す。
【
図7-1】腎移植後に生じる臓器の損傷の抑制に関して、PrC-210の有効性を要約した模式図である。各群3つずつの臓器を検討した。
【
図8】ICRマウスの血漿中カスパーゼ1の抑制に関して、PrC-210の有効性を要約した模式図である。致死量である8.68Gyの放射線を照射する前または後においてPrC-210を投与した。
【
図9】ICRマウスの脳におけるカスパーゼ8の抑制に関して、PrC-210の有効性を要約した模式図である。致死量である8.68Gyの放射線を照射する前にPrC-210を投与した。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の一態様において、化合物PrC-210は、急性損傷が生じる前または生じた後において、本明細書に記載の通りに使用するためのものである。
【0020】
他の態様において、化合物PrC-210は、急性損傷に侵された組織での炎症の発生の予防における使用のためのものである。
【0021】
本発明の他の態様において、急性損傷に侵された組織は、腎組織、肝組織、心組織、脳・脊椎もしくは神経組織、四肢の血管、骨髄組織、腸管組織および肺組織から選択される。
【0022】
本発明の他の態様において、本明細書に記載の組織の炎症は、急性組織炎症である。
【0023】
本発明の他の態様において、本明細書に記載の急性組織炎症は、急性外傷性事象によって惹起されるものであってもよい。
【0024】
本発明の他の態様において、本明細書に記載の急性組織損傷は、二次性組織損傷である。
【0025】
本発明の他の態様において、本明細書に記載の急性組織損傷は、線維症である。したがって、本発明の一態様は、急性組織損傷に起因する線維症の予防または治療における使用のための化合物PrC-210である。
【0026】
本発明の他の態様において、本明細書に記載の急性組織損傷は、被験体に移植された組織に存在している。
【0027】
本発明の他の態様において、本明細書に記載の急性組織損傷は、移植施術中に生じたものである。
【0028】
本発明の他の態様において、本明細書に記載の急性組織損傷は、手術に起因するものである。
【0029】
本発明の他の態様において、本明細書に記載の急性組織損傷は、外傷に起因するものである。
【0030】
本発明の他の態様において、本明細書に記載の急性組織損傷は、熱傷または重大な創傷に起因するものである。
【0031】
本発明の他の態様において、本明細書に記載の急性組織損傷は、微生物感染またはウイルス感染に起因するものである。
【0032】
本発明の他の態様において、本明細書に記載の急性組織損傷は、脳卒中、心筋梗塞または肺塞栓症に起因するものである。
【0033】
本発明の他の態様において、本明細書に記載の急性組織損傷は、外傷性脳損傷、脊髄損傷、または四肢もしくは中枢器官の外傷性損傷に起因するものである。
【0034】
本発明の他の態様において、本明細書に記載の急性組織損傷は、放射線に起因するものである。例えば、急性組織損傷は、急性放射線症障害候群(ARS)に起因するものである。
【0035】
本発明の他の態様において、本明細書に記載の急性組織損傷は、虚血または虚血性再灌流傷害に起因するものである。
【0036】
本発明の他の態様においては、本明細書に記載の組織損傷が生じるよりも前に、生じた時に、または生じた後に、化合物PrC-210を全身投与する。
【0037】
本発明の他の態様においては、急性損傷に起因する二次性損傷の予防において、当該急性損傷の前または後に、予防目的で化合物PrC-210を使用する。
【0038】
本発明の他の態様において、化合物PrC-210は、線維症(肺線維症、肝線維症、心線維症、腎線維症など)における使用のためのものである。
【0039】
本発明の他の態様において、化合物PrC-210は、臓器移植拒絶反応の予防において、移植臓器を提供するドナーに対して、本明細書に記載の通りに使用するためのものである。
【0040】
本発明の他の態様において、化合物PrC-210は、ドナーの臓器を輸送するための保存液に対して、本明細書に記載の通りに使用するためのものである。
【0041】
本発明の他の態様において、化合物PrC-210は、移植ドナーから移植臓器を受け取る被験体における使用のためのものである。
【0042】
本発明の他の態様において、化合物PrC-210は、移植後の炎症に関連する臓器損傷の抑制における使用のためのものである。
【0043】
本発明によれば、上述の処置によって、曝露された組織における組織ダメージの組織学的スコアが低減される。曝露された組織は、腎組織、骨髄組織、脳・脊髄組織、心組織、筋組織、神経組織、空腸組織および肺組織から選択してもよい。
【0044】
さらに本発明によれば、処置によって、炎症マーカーのレベルが低減される。マーカーは、血清中のTNFα、NOS2、血清中のアルブミンα、損傷組織への単核細胞の浸潤、および定住樹状細胞におけるケモカイン合成から選択してもよい。
【0045】
本発明は、処置によって、上昇して活性化したカスパーゼ(カスパーゼ1、カスパーゼ3/7、カスパーゼ8など)のレベルを、生理学的レベルまで減少または正常化させることにも関連している。
【0046】
本発明は、処置によって、(i)MIP-3a/CCL20のレベルを上方制御すること、(ii)T細胞(とりわけTREG細胞)を調節して活性化させること、および(iii)メタロプロテイナーゼ1組織阻害因子(TIMP-1)のレベルを低下させることのうち、いずれか1つ以上にも関連している。
【0047】
本発明によれば、急性炎症が軽減される。
【0048】
本発明はまた、炎症関連細胞死を正常化させる。
【0049】
本発明はまた、二次性の組織ダメージおよび線維症を軽減する。
【0050】
本発明によれば、処置すべき組織とは被験体に移植された組織であり、損傷は移植に関連している。損傷は、急性照射または原子力事象に起因するものである。被験体は、組織損傷に起因する手術を受けている。被験体は、組織損傷に起因する外傷を負っている。被験体は、組織損傷に起因する熱傷または重大な創傷を負っている。組織損傷は、微生物感染またはウイルス感染に起因している。組織損傷は、脳卒中、心筋梗塞または肺塞栓症に起因している。組織損傷は、外傷性脳損傷、脊髄損傷または四肢もしくは中枢器官の外傷性損傷に起因している。あるいは、組織損傷は、虚血または虚血性再灌流傷害に起因している。
【0051】
本発明の一態様においては、本明細書に記載の化合物PrC-210を、急性放射線症障害候群(ARS)の処置のために使用する。本明細書に記載の化合物PrC-210を、急性放射線症障害候群(ARS)の予防のために使用してもよい。例えば、本明細書に記載の化合物PrC-210を、放射線療法を受ける予定の被験体に投与してもよい。つまり、放射線療法を受けるに先立って、化合物PrC-210を被験体に投与してもよい。
【0052】
本発明は、効果的なタイミングにおいて、化合物の有効量を全身投与することに関連しうる。このタイミングは、組織損傷を引き起こすダメージイベントの前、ダメージイベントの最中またはダメージイベントの後でありうる。一態様においては、化合物を予防投与することにより、組織を保護する。
【0053】
本明細書において、用語「組織中の炎症」とは、組織の損傷または感染に対する、局所的な免疫反応、血管反応または炎症細胞反応に起因する炎症を意味する。
【0054】
本明細書において、用語「組織」とは、類似した種類の専門化細胞による構造を意味する。組織は、多細胞生物の体内において固有の機能を発揮する(結合組織、上皮組織、筋組織、神経組織など)。上皮組織は、身体の表面および内腔に位置しており、身体を脱水や機械的ダメージから保護している。結合組織は、別々に分かれた組織および臓器を連結し結合している。結合組織は、少数の細胞から構成されており、結合組織の細胞が分泌したマトリクスに埋まっている。筋組織は、体内の機能(消化、呼吸、排尿など)の制御に関与している。筋組織はまた、体外の機能(身体部分の移動など)の制御にも関与している。神経組織は、様々な刺激による体内および体外の機能を調整している。
【0055】
本明細書において、用語「急性損傷に起因する炎症」とは、身体への急性のダメージに起因する炎症を意味する。この炎症は、外傷や物理的ダメージを受けた人体のあらゆる臓器において生じうる。
【0056】
本明細書において、用語「臓器」とは、人体の任意の臓器を意味する。一例として、腎臓、骨髄、空腸(小腸)、結腸、肺、肝臓、脳が挙げられる。
【0057】
本明細書において、用語「臓器組織」とは、人体の任意の臓器組織を意味する。一例として、腎組織、骨髄組織、空腸(小腸)組織、結腸組織、肺組織、肝組織、脳組織が挙げられる。
【0058】
本明細書において、用語「二次性組織損傷」とは、細胞および組織における破壊的・自己増殖的な生物学的変化を意味する。最初の損傷(一次性損傷)から数時間~数日間を経過すると、細胞または組織は機能障害に陥るか、または死に至る。多くの場合、最初の損傷は機械的な損傷である。
【0059】
本明細書において、用語「線維症」とは、損傷またはダメージに繰返し反応することにより、繊維状の結合組織が発生することを意味する。線維症は、自然な治癒の過程で生じるものは結合組織沈着と称されることがあり、病理的プロセスの過程で生じるものは過剰組織沈着と称されることがある。損傷への反応において線維症が生じると、用語「瘢痕」が用いられる。人体における線維症の例としては、肺線維症、肝線維症(肝硬変)、心線維症(心臓線維症)、縦隔線維症、後腹膜腔線維症、骨髄線維症、皮膚線維症、強皮症、全身性強皮症が挙げられる。
【0060】
肺線維症は、長期間にわたる結核または肺炎への感染に起因することがある。この疾患は、炭塵などの職業的な危険物への曝露や、遺伝的な嚢胞性線維症に起因することもある。
【0061】
肝線維症または肝硬変とは、肝組織を置換した瘢痕組織および小結節を表し、肝機能を破壊する。この疾患は、アルコール依存症、脂肪肝、B型肝炎またはC型肝炎に起因することが多い。
【0062】
心線維症または心臓線維症とは、心筋梗塞によるダメージを受けた心臓の領域であり、線維症に進行する場合がある。
【0063】
縦隔線維症とは、リンパ節の石灰化線維症を特徴とする線維症である。これにより、起動または血管が閉塞されることがある。
【0064】
後腹膜腔線維症とは、腹膜後腔の軟組織の線維症である。腹膜後腔には、大動脈、腎臓およびその他多数の構造体が含まれている。
【0065】
骨髄線維症とは、骨髄の瘢痕である。これにより、骨髄における正常な血液細胞の産生が阻害される。
【0066】
皮膚線維症とは、損傷への反応において皮膚に形成された瘢痕組織であり、ケロイドとも称される。
【0067】
強皮症または全身性強皮症とは、結合組織の自己免疫疾患である。この疾患では、最初は皮膚が侵されるが、他の臓器(腎臓、心臓、肺など)にも及ぶことがある。
【0068】
用語「急性放射線症障害候群(ARS)」とは、短期間に多量の電離放射線に曝露されたことに起因する一連の健康への影響であり、放射線宿酔または放射線中毒とも称される。放射線中毒の例としては、原子力事象に起因する放射線が挙げられる。
【0069】
本明細書において、用語「移植された組織」または「移植臓器」とは、被験体(ドナー)から摘出され、組織または臓器を必要とする患者に移植された組織または臓器を意味する。
【0070】
本明細書において、用語「同種移植片」とは、同種の遺伝的に異なる個体間における組織(または臓器)の外科的移植を意味する。
【0071】
本明細書において、用語「予防的療法」とは、本明細書に記載の組織中の炎症を予防するために、化合物PrC-210またはその薬学的に許容できる酸付加塩を使用することを意味する。この用語には、本明細書に記載の線維症の予防も含まれる。この用語には、移植ドナーから臓器を移植された被験体における、移植臓器の拒絶反応の予防も含まれる。
【0072】
本明細書において、用語「移植後の炎症関連臓器損傷の抑制」とは、ドナーから臓器を移植された患者における、臓器の炎症を防止または軽減するために化合物PrC-210を使用することを意味する。
【0073】
本明細書において、用語「化合物PrC-210」とは、下記の化合物またはその薬学的に許容できる酸付加塩を表す。この化合物およびその製造方法は、特に、米国特許第7,314,959号に開示されている。
【化6】
【実施例】
【0074】
〔実施例1〕
同種移植された臓器における炎症に起因するダメージの抑制に対するPrC-210の有効性を検討するために、同種移植を施したラットの腎移植モデルを使用した。このモデルでは、移植時における虚血・再灌流の大部分が抑制されており、腎臓の同種移植による三次的な炎症のみが生じる。この実験では、ドナーであるBrown株(BN)から、レシピエントであるLewis株(LEW)へと腎臓を移植した(
図1)。移植の前後にPrC-210を投与して、LEWラットへのBN腎臓の移植に伴う何らかの炎症関連ダメージを抑制する保護効果があるかどうかを検討した。PrC-210を含んでいるUW溶液でBNラットの腎臓を洗浄し、その後すぐに、同系のレシピエントであるLEWラットへと移植した。虚血は実質的に生じなかった。腎移植直後および腎移植から8時間後に、レシピエントラットにPrC-210を全身投与した。投与量は、移植腎におけるフリーラジカルを連続的に除去するのに充分な量とした。移植から20時間後、移植腎および血漿を採取して、PrC-210による(i)炎症性副生成物の抑制能と、(ii)腎臓の保護能とを測定した。
【0075】
〔実施例2〕
移植から20時間後における、移植したBN腎臓の組織像を示す(
図2のパネルA~D)。UW溶液のみで処置した組織では、尿細管炎および尿細管周囲毛細血管炎のBanffスコアが明らかに上昇していた(赤色および黄色の矢印)。病理スコアの合計をパネルEに示す。BN腎臓をPrC-210含有UW溶液で灌流し、さらに移植後においてPrC-210を腹腔内に全身投与すると、腎臓における炎症性病理が明らかに抑制された(
図2のパネルD)。このとき、尿細管炎および尿細管周囲毛細血管炎のBanffスコアは、対照BN群(0Hr)と同程度にまで抑制されていた(
図2のパネルE)。
【0076】
〔実施例3〕
UW溶液のみで洗浄したBN腎臓の組織像(20Hr)では、BNラットから摘出した直後の対照BN腎臓(0Hr)と比較して、尿細管刷子縁上皮の厚さが顕著に薄くなっていた(
図3のパネルA~B)。UW溶液での灌流および腹腔内注射によりPrC-210を投与されたBN腎臓の組織像では、尿細管の刷子縁の完全性が明らかに維持されていた(
図3のパネルC)。
【0077】
盲検化した同じ組織切片について、単核白血球の浸潤を検討した。UW溶液のみで洗浄してから20時間後のBN腎臓では、青色の核の数が有意に増加していた(青色のピクセルで記録した)。これは、単核白血球の浸潤を反映している。一方、PrC-210で洗浄・処置したBN腎臓は、未処置のBN腎臓と比較して、単核の浸潤が有意に抑制されていた(p=0.011)。このとき、炎症性浸潤のスコアは、対照群(0Hr)と統計的に同じであった。
【0078】
〔実施例4〕
血清クレアチニンおよび血清BUNを測定し、同種移植から20時間後におけるBN腎臓の機能を評価した(
図4)。PrC-210の投与により、腎臓のダメージマーカーであるクレアチンおよびBUNが有意に減少した(それぞれ、p=0.032およびp=0.046)。
【0079】
〔実施例5〕
PrC-210で処置していないBN同種移植腎では、移植から20時間後において、腎ホモジネートにおける活性化されたカスパーゼのレベルが顕著に減少していた(
図5)。PrC-210含有UW溶液で灌流したBN腎臓を、PrC-210を全身投与したLewisラットに移植した系においては、活性化されたカスパーゼの活性は、対照群(0Hr)の腎臓と同程度であった。この結果は、虚血を伴わない腎移植後における腎臓へのダメージが低減されていることを表す。
【0080】
〔実施例6〕
0時間後の対照群および20時間後の未処置群との腎臓ホモジネート上清をスクリーニングして、移植から20時間後における炎症関連のサイトカインおよびケモカインの発現レベルの変化を検出した。スクリーニングには、Proteome Profiler 29 cytokine arrayを使用した。
図6にある2つのマイクロアレイの埋込み図に示すように、TIMP-1、TNFαおよびMIP-3a/CCL20に変化が見られた。次に、それぞれELISAプレートを利用して、腎臓ホモジネートおよび血清における変化を定量した。この実験では、PrC-210で処置したラットも検討対象に含めた。移植から20時間後において、TIMP-1およびTNFαのレベルは、いずれも上昇していた。一方、PrC-210の存在下では、いずれのレベルも低下していた(
図6のパネルA~C)。20時間後において、MIP-3a/CCL20のレベルは上昇していたが、PrC-210で処置したラットにおいては有意に上昇していた(
図6のパネルD)。
【0081】
図7に、腎移植後に生じる臓器の損傷の抑制に関して、PrC-210の有効性を要約した。各群3つずつの臓器を検討した。
【0082】
〔実施例7〕
図8は、致死量の放射線を照射された後における血漿中のカスパーゼ1が、PrC-210処置により、6日間にわたり抑制される様子を表している。この結果は、長期間にわたりインフラマソームが阻害されていることを支持する。カスパーゼ1は、好中球細胞における急性炎症の中心的な活性化因子である。カスパーゼ1は、T細胞および単球を動員し、アポトーシスを活性化させる。
【0083】
〔実施例8〕
急性損傷(放射線照射など)後の脳におけるカスパーゼ8の阻害は、TNFαの活性の低下と、脳におけるTRL受容体およびFAS受容体の上方制御とによって支持されている(
図9)。これら3種類のバイオマーカーは、急性損傷(放射線照射、外傷性脳損傷など)の後に上方制御され、これにより、カスパーゼ8が上方制御されるようになる。このことは、小膠細胞の活性化などの炎症が、PrC-210の投与により正常化することを支持している。カスパーゼ8の影響は、6日間以上継続する。このことは、PrC-210が長期間にわたり炎症を阻害することを支持している。
【国際調査報告】