(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-07-09
(54)【発明の名称】ELANE遺伝子のアレル特異的編集のための化合物および方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20240702BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20240702BHJP
A61P 7/00 20060101ALI20240702BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20240702BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240702BHJP
A61K 35/76 20150101ALI20240702BHJP
【FI】
C12N15/09 100
C12N15/63 Z ZNA
A61P7/00
A61K31/7088
A61K48/00
A61K35/76
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024500143
(86)(22)【出願日】2022-07-08
(85)【翻訳文提出日】2024-03-05
(86)【国際出願番号】 EP2022069149
(87)【国際公開番号】W WO2023281083
(87)【国際公開日】2023-01-12
(32)【優先日】2021-07-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】518022178
【氏名又は名称】エバーハルト カール ウニヴェルジテート テュービンゲン メディツィニーシェ ファクルテート
【氏名又は名称原語表記】EBERHARD KARLS UNIVERSITAET TUEBINGEN MEDIZINISCHE FAKULTAET
【住所又は居所原語表記】Geschwister-Scholl-Platz,72074 Tuebingen Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】スココヴァ,ジュリア
(72)【発明者】
【氏名】ナスリ,マスード
(72)【発明者】
【氏名】ミア,ペリハン
【テーマコード(参考)】
4C084
4C086
4C087
【Fターム(参考)】
4C084AA13
4C084NA13
4C084ZA51
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA51
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC83
4C087CA12
4C087NA14
4C087ZA51
(57)【要約】
本発明は、ELANE遺伝子のアレル特異的編集用の核酸分子、該核酸分子を含むベクター、前記核酸分子または前記ベクターを含む組成物、インビトロにおいて、ELANE遺伝子をコードする遺伝物質を含む生体物質中のELANE遺伝子をアレル特異的に編集する方法、ならびに生物において疾患の予防、治療および/または検査を行う方法に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1~5からなる群から選択されるヌクレオチド配列を含む、ELANE遺伝子のアレル特異的編集用の核酸分子。
【請求項2】
ELANE遺伝子の常染色体優性変異のアレル特異的編集用に構成されている、請求項1に記載の核酸分子。
【請求項3】
シングルガイドRNA(sgRNA)である、請求項1または2に記載の核酸分子。
【請求項4】
修復テンプレートである、請求項1または2に記載の核酸分子。
【請求項5】
疾患の予防、治療および/または検査において使用するための、請求項1~4のいずれか1項に記載の核酸分子。
【請求項6】
前記疾患が、先天性好中球減少症であり、好ましくは重症先天性好中球減少症(CN/SCN)および/または周期性好中球減少症(CyN)である、請求項6に記載の核酸分子。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の核酸分子を含むベクター。
【請求項8】
請求項1~6のいずれか1項に記載の核酸分子および/または請求項7に記載のベクターを含む組成物。
【請求項9】
CRISPR関連タンパク質9(Cas9)をコードするベクターをさらに含み、好ましくは黄色ブドウ球菌由来のCRISPR Cas9(SaCas9)をコードするベクターをさらに含み、さらに好ましくは、前記Cas9が、CAGプロモーターの制御下にある、請求項8に記載の組成物。
【請求項10】
薬学的に許容される担体を含む医薬組成物である、請求項8または9に記載の組成物。
【請求項11】
疾患の予防、治療および/または検査用であり、好ましくは先天性好中球減少症の予防、治療および/または検査用であり、さらに好ましくは重症先天性好中球減少症(CN/SCN)および/または周期性好中球減少症(CyN)の予防、治療および/または検査用である、請求項8~10のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項12】
インビトロにおいて、ELANE遺伝子をコードする遺伝物質を含む生体物質中のELANE遺伝子をアレル特異的に編集する方法であって、請求項1~6のいずれか1項に記載の核酸分子、請求項7に記載のベクターおよび/または請求項8~11のいずれか1項に記載の組成物を、前記生体物質に導入する工程を含み、好ましくは、前記編集が、CRISPR/Cas9技術を利用して行われる、方法。
【請求項13】
前記生体物質が、造血幹細胞・前駆細胞(HSPC)を含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
生物において疾患を予防、治療および/または検査する方法であって、請求項1~6のいずれか1項に記載の核酸分子、請求項7に記載のベクターおよび/または請求項8~11のいずれか1項に記載の組成物を、生物に導入することによって該生物のELANE遺伝子をアレル特異的に編集する工程を含み、好ましくは、前記遺伝子編集がCRISPR/Cas9技術を利用して行われる、方法。
【請求項15】
前記疾患が、先天性好中球減少症であり、好ましくは重症先天性好中球減少症(CN/SCN)および/または周期性好中球減少症(CyN)である、請求項13に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ELANE遺伝子のアレル特異的編集用の核酸分子、該核酸分子を含むベクター、前記核酸分子または前記ベクターを含む組成物、インビトロにおいて、ELANE遺伝子をコードする遺伝物質を含む生体物質中のELANE遺伝子をアレル特異的に編集する方法、ならびに生物において疾患の予防、治療および/または検査を行う方法に関する。
【0002】
本発明は、分子医学分野に関し、より具体的には、遺伝子工学応用分野に関し、好ましくは、疾患に関連する遺伝子を標的としたノックダウンに関する。
【背景技術】
【0003】
遺伝性疾患は、ゲノムの1つ以上の異常によって引き起こされる健康上の問題である。遺伝性疾患は、単一遺伝子(モノジェニック)の変異もしくは複数の遺伝子(ポリジェニック)の変異、または染色体の異常によって引き起こされることがある。
【0004】
単一遺伝子疾患すなわちモノジェニック疾患は、変異した単一遺伝子によって引き起こされる。単一遺伝子疾患は、いくつかの形式で次の世代に継承される。一方で、ゲノムインプリンティングや片親性ダイソミーが遺伝パターンに影響を及ぼすことがある。単一遺伝子疾患は、劣性遺伝形式または優性遺伝形式に分類され、さらに常染色体性(すなわち非性染色体連鎖性)またはX連鎖性に分類することができる。一般には、簡便に、常染色体劣性の単一遺伝子疾患または常染色体優性の単一遺伝子疾患と呼ばれる。
【0005】
ヒトが常染色体劣性疾患に罹患するには、2コピーの遺伝子(すなわち、2つのアレル)が変異している必要がある。常染色体劣性疾患の罹患者は、通常、その常染色体劣性疾患に罹患していない両親を持つが、両親のそれぞれが変異した遺伝子を1コピーずつ持ち、これを遺伝的保因者と呼ぶ。一方で、ヒトが常染色体優性疾患に罹患するには、1コピーの変異遺伝子のみ(すなわち、1つのアレルのみ)が必要とされる。常染色体優性疾患の罹患者は、通常、両親の一方がその常染色体優性疾患に罹患している。場合によっては、非罹患者である健康な両親から、孤発性変異を起こした子供が生まれることがある。また、両親の一方が優性変異に対してモザイクであり、その子供がこの変異に対してヘテロ接合性であるという場合もある。優性遺伝疾患は、正常な遺伝子(機能性遺伝子または健康な遺伝子)に対して優性の遺伝子が関与する疾患である。したがって、優性遺伝性疾患では、特定の遺伝性疾患の症状の発症またはその寄与に、1コピーの異常遺伝子のみ(すなわち、1つのアレルのみ)が必要とされる。このような変異として、例えば、変化した遺伝子産物が新たな分子機能あるいは新たな遺伝子発現パターンを獲得するという機能獲得変異がある。
【0006】
好中球減少症は、血液および骨髄中の好中球濃度が異常に低下することを特徴とする疾患である。好中球は、循環白血球の大半を占め、血液中の細菌やその断片、免疫グロブリンに結合したウイルスを破壊することによって、感染症に対する主要な防御機能を発揮している。好中球減少症の患者は細菌感染症に罹患しやすく、迅速な治療を受けなければ、生命を脅かす状態になる危険性がある(好中球減少性敗血症)。好中球減少症は、急性(一過性)のものと慢性(長期性)のものがある。「好中球減少症」という用語は、「白血球減少症」(「白血球数の減少」)と同じ意味で使用されることがある。
【0007】
好中球減少症は、後天性と先天性に分けられる。先天性好中球減少症には主に2つの種類があり、重症先天性好中球減少症(CNまたはSCN)と周期性好中球減少症(CyN)がある。
【0008】
周期性好中球減少症は、正常値からゼロの範囲で好中球数が変動することを特徴とする。一方、重症先天性好中球減少症は、出生時の絶対好中球数(ANC)の大幅な減少(500個/ml)、骨髄中における前骨髄球/骨髄球の段階での骨髄造血の成熟の停止、および細菌感染症の早期発症を特徴とする。
【0009】
重症先天性好中球減少症は、血液中の絶対好中球数測定値が非常に低いことと、骨髄穿刺液検査において骨髄系細胞の成熟停止を認めることにより診断することができる。重症先天性好中球減少症は、通常、生後すぐに診断されるが、周期性好中球減少症は、概して、様々な年齢で発症し、主な臨床症状は、反復性急性口腔疾患である。造血の悪性転換を除外し、細胞充実性を測定し、骨髄の成熟を評価し、正確な病因の徴候を検出するには、骨髄検査を要することが多い。現在、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)が疑われる場合は、細胞遺伝学的骨髄検査が極めて重要である。重症先天性好中球減少症(CN/SCN)および周期性好中球減少症(CyN)を評価する際には、抗好中球抗体アッセイ、免疫グロブリンアッセイ(Ig GAM)、リンパ球イムノフェノタイピング、膵臓マーカー(血清トリプシノーゲンおよび糞便エラスターゼ)ならびに脂溶性ビタミンレベル(ビタミンA、ビタミンEおよびビタミンD)も重要である。
【0010】
重症先天性好中球減少症(CN/SCN)および周期性好中球減少症(CyN)はいずれも一般に常染色体優性疾患であり、いわゆる「好中球エラスターゼ遺伝子」(ELANE遺伝子)のヘテロ接合性変異によって引き起こされることが多い。しかし、常染色体劣性遺伝型の重症先天性好中球減少症の症例もあり、例えばHAX1変異がある。ELANE遺伝子は好中球エラスターゼをコードし、この好中球エラスターゼは、好中球細胞外トラップ(NET)(病原体と結合する線維ネットワーク)の機能に関与するセリンプロテアーゼである。いくつかの研究では、変異ELANE遺伝子産物が骨髄造血幹細胞の好中球への成熟を抑制して、好中球減少症を起こすことが示唆されている。これらの研究では、好中球エラスターゼの変異によって小胞体ストレス応答(UPR)が発生し、骨髄での好中球形成不全を起こすことが示されている。重症先天性好中球減少症(CN/SCN)や周期性好中球減少症(CyN)に加えて、肺気腫や気腫性変化などの別のELANE遺伝子関連疾患も当技術分野において知られている。
【0011】
現在、好中球減少症は、造血成長因子である顆粒球コロニー形成刺激因子(G-CSF)による治療が行われている。G-CSFは、好中球の産生を刺激し、そのアポトーシスを遅延させる。フィルグラスチムなどの組換えG-CSF因子製剤は、重症先天性好中球減少症や周期性好中球減少症などの様々な形態の好中球減少症患者に有効な場合がある。好中球の産生を誘導可能な用量は、患者ごとの状態に応じて大幅に変動する。現在、重症先天性好中球減少症患者の全体的な生存率は、80%を超えると推定されているが、重症先天性好中球減少症患者の10%は、いまだ重症細菌感染症や敗血症で死亡することがある。G-CSFを用いた治療によって敗血症による死亡を防ぐことには成功を収めているが、重症先天性好中球減少症患者においてG-CSFを用いた治療を長期間継続すると、骨髄異形成症候群(MDS)や白血病が発症するリスクが高まることが判明した。
【0012】
造血幹細胞移植(HSCT)は、G-CSF治療に応答性を示さない患者や、急性骨髄性白血病や骨髄異形成症候群(MDS)を発症した患者に行われる代替根治療法である。しかし、HSCTによる治療を受ける先天性好中球減少症患者は、真菌などによる感染合併症や移植片対宿主病を発症するリスクが高い。
【0013】
WO2019/217294(A1)では、CRISPR/Cas9技術を利用して変異ELANE遺伝子の発現をノックアウトする方法が開示されている。しかし、前記文献に開示されている方法は、一塩基多型(SNP)の存在に依存した方法であり、SNPは、変異ELANE遺伝子の多くで認められるわけではなく、変異ELANE遺伝子を標的としたノックダウンには使用できないことが判明した。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
このような状況下、本発明は、ELANE遺伝子関連疾患の予防、治療および/または検査が可能な標的化された新たな方法または化合物を提供することを目的とする。さらに、アレル特異的な方法で変異ELANE遺伝子を治療することが可能な化合物を提供する。具体的には、稀にしか認められないELANE遺伝子多型ではなく、頻繁に認められ大半を占める白血病関連ELANE遺伝子変異またはG-CSF非応答性関連ELANE遺伝子変異を治療可能な化合物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記課題は、配列番号1~5からなる群から選択されるヌクレオチド配列を含む、ELANE遺伝子のアレル特異的編集用の核酸分子を提供することによって解決することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明者らは、本発明の核酸分子を使用して、ELANE遺伝子をアレル特異的に編集できることを見出した。例えば、配列番号1に示されるヌクレオチド配列を含む核酸分子または配列番号1に示されるヌクレオチド配列からなる核酸分子は、ヒトELANE遺伝子のエキソン2のc.170C>T変異を特異的な標的とするように構成されており、かつ/または配列番号4に示されるヌクレオチド配列を含む核酸分子または配列番号4に示されるヌクレオチド配列からなる核酸分子は、前記変異ELANE遺伝子の遺伝子産物のp.A57V変異を特異的な標的とするように構成されている。例えば、配列番号2に示されるヌクレオチド配列を含む核酸分子または配列番号2に示されるヌクレオチド配列からなる核酸分子は、ヒトELANE遺伝子のエキソン5のc.641G>T変異を特異的な標的とするように構成されており、かつ/または配列番号5に示されるヌクレオチド配列を含む核酸分子または配列番号5に示されるヌクレオチド配列からなる核酸分子は、前記変異ELANE遺伝子の遺伝子産物のp.G214V変異を特異的な標的とするように構成されている。本発明者らの知見によれば、これらの変異は両方とも、常染色体優性の重症先天性好中球減少症(CN/SCN)に見出されることが多い。本発明の核酸分子は特異的な構成であることから、変異していないELANE遺伝子を標的としない。したがって、本発明の核酸分子のこの特異的な構成によって、ELANE遺伝子をアレル特異的に編集することができる。
【0017】
この方法の有利な点として、ELANE遺伝子の変異した第1のアレルと変異していない第2のアレルが存在する場合、変異した第1のアレルのみを標的として、例えば、ノックダウンが行われるが、変異していない第2のアレルは機能性のELANE遺伝子産物を発現することができる。これによって、機能異常を有する変異したELANE遺伝子産物の発現が阻害または阻止される。その代わりに、機能性のELANE遺伝子産物のみが優位となる。これにより、修復テンプレートを使用することなく、優性変異の遺伝子修正が可能となる。
【0018】
本発明者らは、インビトロ系において、本発明の核酸分子(例えば、シングルガイドRNA(sgRNA)の形態の核酸分子)を使用してELANE遺伝子をノックダウンすることによって、先天性好中球減少症患者由来の造血幹細胞・前駆細胞(HSPC)の顆粒球への分化の低下を回復させることができることを実証できた。修復されて分化したHSPCは、本発明の核酸分子によるELANE遺伝子の編集を行わなかったHSPCと比較して、有意なROSの産生を示した。
【0019】
本発明者らのこの知見は驚くべきものであり、予想不能なものであった。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本明細書中において、「核酸分子」は、天然ヌクレオチドおよび/または化学修飾されたヌクレオチドが直線状に連結された一本鎖または二本鎖のデオキシリボ核酸(DNA)分子とリボ核酸(RNA)分子の両方を包含する。
【0021】
本発明によれば、ELANE遺伝子すなわち「好中球エラスターゼ遺伝子」(ヒトバリアント:遺伝子ID:1991、Ensembl:ENSG00000197561、Uni-ProtKB/Swiss-Prot:P08246)は、セリンプロテアーゼをコードし、好中球エラスターゼとも呼ばれる。好中球エラスターゼは、キモトリプシンと同じファミリーに属し、広範囲な基質特異性を有する。好中球エラスターゼは、炎症において好中球およびマクロファージにより分泌され、細菌と宿主組織を破壊する。
【0022】
本発明によれば、「遺伝子編集」すなわちゲノム編集は、生きた生物のゲノムにおいてDNAの挿入、欠失、修飾または置換を行う遺伝子工学技術の1種である。本発明の文脈において、「遺伝子編集」は、例えば、生体細胞におけるELANE遺伝子の改変を指す。したがって、本発明によれば、「遺伝子編集」は、ELANE遺伝子のノックアウト、ノックダウンまたは修正を含み、好ましくは変異したELANE遺伝子のノックアウト、ノックダウンまたは修正を含む。本発明によれば、「アレル特異的」は、ELANE遺伝子の変異アレルを特異的な標的として遺伝子編集が行われるが、変異していないアレルは遺伝子編集が行われないことを意味する。本発明の一実施形態において、この遺伝子編集によって、ELANE遺伝子の変異アレルの発現を標的としたノックダウンと、ELANE遺伝子の変異アレルの発現の特異的な機能欠失が起こる。したがって、本発明の遺伝子編集には、生体細胞においてELANE遺伝子のヘテロ接合性変異アレルを不活性化することが含まれ、すなわち、この生体細胞はさらにELANE遺伝子の変異していないアレルを少なくとも1つ含んでいる。
【0023】
本発明の根底にある課題は、この方法によって完全に解決することができた。
【0024】
本発明の一実施形態において、前記核酸分子は、ELANE遺伝子の常染色体優性変異のアレル特異的編集用に構成されている。
【0025】
この手段は、ELANE遺伝子関連疾患の大部分を特異的に治療できるという利点がある。例えば、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)患者におけるELANE遺伝子の変異は、常染色体優性に起こることが非常に多い。2つのアレルのうちの一方が変異することによって、変異していない別のアレルが存在していたとしても、疾患表現型となる。本発明によって、このような遺伝子構成を効果的に治療することができる。
【0026】
本発明の別の一実施形態において、前記核酸は、「シングルガイドRNA(sgRNA)」である。
【0027】
この手段は、CRISPR/Cas9法を利用して、本発明による核酸分子を使用するための必要条件であり、具体的には、この核酸分子は、(ヒトELANE遺伝子のエキソン2のc.170C>T変異またはこれに対応する遺伝子産物のp.A57V変異を治療するための)配列番号1のヌクレオチド配列を含むか、このヌクレオチド配列からなり、(ヒトELANE遺伝子のエキソン5のc.641G>T変異またはこれに対応する遺伝子産物のp.G214V変異を治療するための)配列番号2のヌクレオチド配列を含むか、このヌクレオチド配列からなる。
【0028】
本発明によれば、「シングルガイドRNA(sgRNA)」すなわちガイドRNAは、CRISPR複合体の構成要素であり、CRISPRエンドヌクレアーゼをその標的(例えば、ELANE遺伝子)に案内する役目を果たす。sgRNAは、相補的な標的DNA配列に結合する短い非コードリボ核酸(RNA)配列である。sgRNAは、CRISPRエンドヌクレアーゼ酵素に結合した後、対形成を介してDNA上の特定のELANE遺伝子位置にCRISPR複合体を案内し、その位置でCRISPRエンドヌクレアーゼが二本鎖を切断する。
【0029】
当業者であれば容易に理解できるように、前記位置に対応するDNA分子に含まれるチミン(t)は、RNA分子またはsgRNA分子のウラシル(u)によって置換される。これを配列番号1および配列番号2に当てはめた場合、これらに対応するsgRNA分子の配列は、それぞれ5’-UCAGGGUGACGCCGCAGAAG-3’(配列番号4)および5’-GGACGAAGGAGGCAAUUACG-3’(配列番号5)となる。
【0030】
本発明の別の一実施形態において、前記核酸分子は修復テンプレートである。
【0031】
この手段は、例えば、配列番号1、配列番号2、配列番号4および/または配列番号5のヌクレオチド配列を含むsgRNAまたはこれらのヌクレオチド配列からなるsgRNAを使用して、ELANE遺伝子の変異アレルをノックダウンできるだけでなく、例えば、配列番号3のヌクレオチド配列を含む核酸分子もしくはこの配列からなる核酸分子、またはこの配列を含む一本鎖オリゴヌクレオチドDNA(ssODN)もしくはこの配列からなるssODNをさらに使用して、ELANE遺伝子の変異アレルを修復できるという利点がある。配列番号3のヌクレオチド配列は、変異していないヒトELANE遺伝子のエキソン5に由来するものである。この手段によって、変異していない機能性のELANE遺伝子またはアレルの別のコピーを構築することができ、その結果、遺伝子産物の発現を増加させることができる。
【0032】
したがって、本発明の別の主題は、配列番号1~5からなる群から選択されるヌクレオチド配列を含む核酸分子である。
【0033】
別の一実施形態において、本発明の核酸分子は、疾患の予防、治療および/または検査での使用のために構成されており、前記疾患は、ELANE遺伝子関連疾患であることが好ましく、先天性好中球減少症であることがさらに好ましく、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)および/または周期性好中球減少症(CyN)であることがさらに好ましい。
【0034】
この手段は、本発明を原因療法として使用して、ELANE遺伝子関連疾患、特に重症先天性好中球減少症(CN/SCN)または周期性好中球減少症(CyN)を治療できるだけでなく、肺気腫または気腫性変化も治療できるという利点がある。
【0035】
本発明の別の主題は、本発明の核酸分子を含むベクターに関する。
【0036】
本発明によれば、「ベクター」は、核酸分子の複製および/または発現が可能な別の細胞に、sgRNAなどの核酸分子を人工的に運ぶ媒体として使用されるあらゆるDNA分子を含む。ウイルスベクターは、感染した細胞内にゲノムを効率的に輸送するウイルス特有の分子メカニズムを持つことを特徴とすることから、ウイルスベクターが特に好ましい。本発明の好ましい一実施形態において、ウイルスベクターは、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)であってもよく、それ以外のウイルスベクターであってもよい。
【0037】
本発明の核酸分子について述べた特徴、特性、利点および実施形態は、本発明のベクターにも適用される。
【0038】
本発明の別の主題は、本発明の核酸分子および/またはベクターを含む組成物に関する。
【0039】
本発明の核酸分子およびベクターについて述べた特徴、特性、利点および実施形態は、本発明の組成物にも適用される。
【0040】
本発明の一実施形態において、前記組成物は、CRISPR関連タンパク質9(Cas9)をコードするベクターをさらに含み、黄色ブドウ球菌由来のCRISPR Cas9(SaCas9)をコードするベクターをさらに含むことが好ましい。
【0041】
この手段では、CRISPR/Cas9技術を使用するための要件が確立される。Cas9(CRISPR関連タンパク質9;過去にはCas5、Csn1またはCsx12とも呼ばれていた)と呼ばれる160キロダルトンのタンパク質は、ポリヌクレオチド鎖内のホスホジエステル結合を切断する酵素であり、CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)複合体の構成要素である。したがって、Cas9は、標的核酸にエンドヌクレアーゼを案内するsgRNAに特異的に結合することができる。黄色ブドウ球菌由来のCRISPR Cas9(SaCas9)は、小型のCas9オーソログであり、AAVのパッケージング容量の制約を克服してAAVにパッケージングすることができる。SaCas9による効果的な遺伝子ターゲティングは、成体ラットにおいて検証されている。近年、Staphylococcus auricularis、カンピロバクター・ジェジュニまたは髄膜炎菌に由来するその他の小型Cas9も発見されており、これらの小型Cas9も本発明に適している。
【0042】
本発明の組成物の一実施形態において、前記Cas9は、CAGプロモーターの制御下にある。
【0043】
CAGプロモーター(CMVエンハンサー/ニワトリβ-アクチンプロモーター)の誘導による発現は、その他のプロモーターよりも優れており、特に、長期的には一般的なシナプシンプロモーターよりも優れている。この態様は、長期間にわたる発現とモニタリングを必要とする神経変性疾患の治療、予防またはモデル化において重要である。CAGは、AAV.PHP.EBを使用した最近の研究においてプロモーターとして一般に好まれている。
【0044】
本発明の別の一実施形態において、前記組成物は、薬学的に許容される担体を含む医薬組成物である。
【0045】
「医薬組成物」は、医療現場での動物および/またはヒトへの投与に適した組成物である。医薬組成物は、滅菌されていることが好ましく、GMPガイドラインに従って製造することが好ましい。
【0046】
「薬学的に許容される担体」または賦形剤は、当技術分野でよく知られており、例えば、ナノキャリア;ナノベクター;水や緩衝生理食塩水などの水溶液;またはグリコール、グリセロール、油(例えば、オリーブ油)、注射用有機エステルなどのその他の溶媒もしくはビヒクルが挙げられる。好ましい実施形態において、医薬組成物がヒトへの投与用である場合、例えば、非経口投与用である場合、前記水溶液はパイロジェンフリーであるか、実質的にパイロジェンフリーである。例えば、賦形剤は、薬剤を遅延放出することができる賦形剤、または1つ以上の細胞、組織もしくは臓器を選択的な標的とすることができる賦形剤を選択することができる。医薬組成物は、注射剤、錠剤、カプセル剤(スプリンクルカプセルおよびゼラチンカプセルを含む)、顆粒剤、散剤、シロップ剤、坐剤などの投与剤形であってもよい。医薬組成物は、外用投与に適した溶剤の形態であってもよい。別の形態として、医薬組成物は、吸入により投与可能なエアロゾル剤の形態であってもよい。
【0047】
「薬学的に許容される」とは、妥当な医学的判断の範囲内において、合理的なベネフィット/リスク比に相応して、過度の毒性、炎症、アレルギー反応またはその他の問題もしくは合併症を引き起こすことなく、ヒトおよび動物の組織との接触における使用に適した化合物、材料、組成物および/または剤形を指す。医薬製剤で使用される適切な医薬担体または賦形剤および医薬添加剤は、当技術分野でよく知られている参考書であるRemington-The Science and Practice of Pharmacy, 23rd edition, 2020および米国薬局方(USP/NF:United States Pharmacopeia and the National Formulary)に記載されている。当業者であれば、その他の情報源も利用することができる。
【0048】
以下で説明する本発明の医薬組成物および方法は、治療を必要とする生物の治療に使用してもよい。特定の実施形態において、生物はヒトなどの哺乳類、またはその他の非ヒト哺乳類である。
【0049】
本発明の組成物の一実施形態において、本発明の組成物は、疾患の予防用、治療用および/または検査用に構成されており、前記疾患は、ELANE遺伝子関連疾患であることが好ましく、先天性好中球減少症であることがさらに好ましく、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)および/または周期性好中球減少症(CyN)であることがさらに好ましい。
【0050】
本発明の別の主題は、インビトロにおいて、ELANE遺伝子をコードする遺伝物質を含む生体物質中のELANE遺伝子をアレル特異的に編集する方法であって、本発明の核酸分子、ベクターおよび/または組成物を、前記生体物質に導入する工程を含み、好ましくは、前記編集が、CRISPR/Cas9技術を利用して行われる方法に関する。
【0051】
本発明によれば、「ELANE遺伝子をコードする遺伝物質を含む生体物質」は、生体細胞、組織および生物の一部を含む。
【0052】
本発明の一実施形態において、前記生体物質は、造血幹細胞・前駆細胞(HSPC)を含む。
【0053】
この手段は、変異が病理学的に発現している生体物質においてELANE遺伝子を編集することができるという利点がある。例えば、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)患者のHSPCは、顆粒球への分化が低下しているが、本発明者らの知見によれば、本発明の核酸分子により顆粒球への分化の低下を回復させることができる。
【0054】
本発明の別の主題は、生物(例えば、動物やヒト)において疾患を予防、治療および/または検査する方法であって、本発明の核酸分子、ベクターおよび/または組成物を、生物に導入することによって該生物のELANE遺伝子をアレル特異的に編集する工程を含み、好ましくは、前記遺伝子編集がCRISPR/Cas9技術を利用して行われる方法に関する。
【0055】
本発明は、細胞内の好中球エラスターゼ遺伝子(ELANE遺伝子)の変異アレルを不活性化する方法であって、
好ましくは、前記ELANE遺伝子が、先天性好中球減少症、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)または周期性好中球減少症(CyN)に関連する変異を有し、
前記細胞内のELANE遺伝子が、c.170C>T(エキソン2)およびc.641G>T(エキソン5)から選択される1つ以上のヌクレオチド位置において変異しており、かつ/または前記細胞のELANE遺伝子産物が、p.A57Vおよびp.G214Vから選択される1つ以上のアミノ酸位置において変異しており、
前記方法が、
CRISPRヌクレアーゼまたは該CRISPRヌクレアーゼをコードする配列と、配列番号1、配列番号2、配列番号4または配列番号5に示されるヌクレオチド配列を含む第1のRNA分子とを含む組成物を前記細胞に導入することによって、前記CRISPRヌクレアーゼと第1のRNA分子の複合体が、前記ELANE遺伝子の変異アレルを二本鎖切断する工程
を含む方法を提供する。
【0056】
本発明の前記方法の一実施形態において、配列番号3のヌクレオチド配列を含む一本鎖オリゴヌクレオチドDNA(ssODN)が前記細胞にさらに導入される。
【0057】
本発明は、本発明の前記方法により得られた組換え細胞を提供する。
【0058】
本発明は、インビトロまたはエクスビボにおいて、組換え細胞を含む組成物を調製する方法であって、
a)重症先天性好中球減少症(CN/SCN)もしくは周期性好中球減少症(CyN)に関連するELANE遺伝子変異を有し、かつ/または重症先天性好中球減少症もしくは周期性好中球減少症に罹患している生物(好ましくはヒト)から得られた細胞からHSPCを単離または提供する工程、
b)CRISPRヌクレアーゼまたは該CRISPRヌクレアーゼをコードする配列と、配列番号1、配列番号2、配列番号4または配列番号5に示されるヌクレオチド配列を含む第1のRNA分子とを含む組成物を工程(a)の細胞に導入することによって、前記CRISPRヌクレアーゼと第1のRNA分子の複合体が、1個以上の細胞において前記ELANE遺伝子の変異アレルを二本鎖切断して前記ELANE遺伝子の変異アレルを不活性化することにより、組換え細胞が得られる工程
を含み、
前記細胞内のELANE遺伝子が、c.170C>T(エキソン2)およびc.641G>T(エキソン5)から選択される1つ以上のヌクレオチド位置において変異しており、かつ/または前記生物のELANE遺伝子産物が、p.A57Vおよびp.G214Vから選択される1つ以上のアミノ酸位置において変異していることを特徴とし、
前記方法が、
c)工程(b)の組換え細胞を増殖培養する工程
を含んでいてもよく、
前記組換え細胞の生着が可能であり、生着後に子孫細胞を産生することができる、
方法を提供する。
【0059】
本発明の前記方法の一実施形態において、配列番号3のヌクレオチド配列を含む一本鎖オリゴヌクレオチドDNA(ssODN)が前記細胞にさらに導入される。
【0060】
本発明の前記方法の別の一実施形態において、前記方法は、d)前記対象の重症先天性好中球減少症または周期性好中球減少症を治療するために、工程(b)または工程(c)の細胞を前記生物に投与する工程をさらに含む。
【0061】
したがって、本発明は、重症先天性好中球減少症または周期性好中球減少症に罹患した生物(好ましくはヒト)を治療する方法であって、治療有効量の前記組換え細胞を投与する工程を含む方法を提供する。
【0062】
本発明の核酸分子、ベクターおよび組成物について述べた特徴、特性、利点および実施形態は、前述の本発明の方法にも適用される。
【0063】
前述の特徴および後述する特徴は、各実施形態において示した組み合わせでしか使用できないわけではなく、本発明の範囲から逸脱することなくその他の組み合わせや単独でも使用することができる。
【0064】
以下の実施形態を参照することにより本発明をさらに詳しく説明する。これらの実施形態では、本発明のさらなる特徴、特性および利点について述べている。また、以下の実施形態は例示のみを目的としたものであり、本発明の趣旨または範囲を限定するものではない。特定の実施形態で述べた特徴は、本発明の全般的な特徴であり、特定の実施形態に適用できるのみならず、単独でも適用でき、本発明のあらゆる実施形態に適用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
以下の実施例および図面を参照しながら、本発明をさらに詳細に記載および説明するが、本発明はこれらの実施例および図面に限定されない。
【
図1】アレル特異的ノックアウトにより、p.A57V変異ELANE遺伝子を有する先天性好中球減少症(CN)患者の顆粒球生成をレスキューできることを示す。(A)アレル特異的遺伝子ノックアウトとアレル特異的遺伝子修正のプロセスを示した実験スキームを示す。変異ELANE遺伝子を有するCN患者由来HSPCをインビトロで増殖させ、アレル特異的Hifi Cas9 RNPをエレクトロポレーションした。アレル特異的遺伝子修正では、一本鎖DNA修復テンプレート(ssODN)をさらに使用した。3日後、細胞を液体培地に播種し、好中球に分化させた。14日目に、フローサイトメトリーと形態解析により好中球への分化を評価した。(B)液体培養による分化誘導の14日目に、変異ELANE遺伝子を有するCN患者と健康な対照におけるV57特異的RNPによる遺伝子修飾効率を分析した。(C)表面マーカーの発現を調査したフローサイトメトリーにより、ELANE V57ノックアウトCD34
+細胞の顆粒球への分化を評価した。(D)分化誘導の14日後に、サイトスピンで塗抹し、ライトギムザ染色した細胞の代表的な画像を示す。(E)非標的RNPまたは変異特異的RNPをヌクレオフェクションした変異ELANE遺伝子を有するCN患者由来HSPCのコロニー形成単位(CFU)アッセイの結果を示す。CFU培養の14日後にコロニーを計数した。(F)変異特異的KO細胞からCFU-Gコロニーをピックして、サンガーシーケンスにより分析した。(G)液体培養により分化誘導した好中球をfMLPで処理してROS産生能を調査した。
【
図2】p.G214V変異を有するELANE遺伝子を持つCN患者のアレル特異的な遺伝子修正によって、未編集対照細胞と比較して、顆粒球への分化が改善されたことを示す。(A)p.G214V変異を有するELANE遺伝子を持つCN患者由来HSPCに、非標的RNPを単独でヌクレオフェクションするか、またはV214特異的RNPとssODN修正テンプレートをヌクレオフェクションし、液体培養して分化させた。表面マーカーの発現を14日後に調査した。(B)分化誘導の14日後における細胞のサイトスピン塗抹標本の代表的なライトギムザ染色画像を示す。(C)p.G214V変異遺伝子のアレル特異的遺伝子編集効率を、サンガーシーケンスと配列トレース分解アルゴリズム(TIDE)により評価したところ、インデルが64%の割合で生じたことが判明した。相同組換え修復率(HDR)は約36%である。ICEアルゴリズムの適合度を評価するためR
2を計算し、R
2>0.9であれば信頼性のある予測値であると見なした。
【実施例】
【0066】
1.アレル特異的設計方法および変異ELANE遺伝子を標的とするsgRNAの検証
ELANE遺伝子の変異を選択的な標的とするアレル特異的シングルガイドRNA(sgRNA)を作製した(表1)。CCTopウェブサイトを利用して、ELANE遺伝子の変異アレルをノックアウトをするためのp.A57V変異特異的sgRNA(切断部位:chr19[+852,969:-852,969]、NM_001972.3 エキソン2、161bp;NP_001963.1 p.F54)を設計し、Integrated DNA technologies(IDT)社に委託して化学修飾したsgRNAとして合成した。また、CCTopウェブサイトを利用して、ELANE遺伝子の変異アレルを選択的な標的としたp.G214V変異特異的sgRNA(切断部位:chr19[+856,001:-856,001]、NM_001972.3 エキソン5、641 bp;NP_001963.1 p.V214)を設計し、Integrated DNA technologies(IDT)社に委託して化学修飾したsgRNAとして合成した。
【0067】
V57 sgRNAと組換えHiFi-Cas9タンパク質をインキュベートして、CRISPR/Cas9-gRNA RNP複合体を作製した。ELANE遺伝子の変異エキソン2を標的とするV57 sgRNAを選択し、このV57 sgRNAにより終止コドン変異を導入して、変異アレルから転写されたELANE mRNAの最初の翻訳時に、変異したELANE mRNAのみにおいて、終止コドン変異またはフレームシフト変異に起因するナンセンス変異依存mRNA分解(NMD)を誘導した。このような終止コドン変異の導入とNMDは、先天性好中球減少症(CN)患者および重症先天性好中球減少症(SCN)患者の顆粒球生成障害を回復させることができるという仮説が立てられている(
図1A)。V57 sgRNAのアレル選択性を評価するため、HiFi Cas9-V57 sgRNAからなるRNP複合体を、p.A57V変異を有するCN/SCN患者由来のHSPCまたは健康な対照HSPCにエレクトロポレーションした。エレクトロポレーションの96時間後にサンガーシーケンスを行ったところ、V57 sgRNAが変異アレルに対して高い選択性のオンターゲットな活性を有することが示された。一方、健常対照HSPCでは、V57変異特異的sgRNAによる二本鎖切断(DSB)は導入されず(
図1B)、このことからも、V57 sgRNAのアレル特異性が立証された。
【0068】
【0069】
CRISPR/Cas9に基づくこのアレル特異的設計方法が、幅広い範囲のELANE変異に対しても応用可能かどうかをさらに評価するため、ELANE遺伝子のエキソン5におけるp.G214V変異に対するsgRNAを設計し、V214 sgRNAと命名した(切断部位:chr19[+856,002:-856,002])。HiFi Cas9-V214 sgRNA複合体と一本鎖オリゴヌクレオチドDNA(ssODN)修復テンプレート(表1)を、p.G214V変異を有するCN/SCN患者由来HSPCにエレクトロポレーションした。サンガーシーケンス分析を行ったところ、R214 sgRNAが変異アレルに対して高い選択性を有することが示された。一方、健常対照HSPCでは、R214変異特異的sgRNAによる二本鎖切断(DSB)の導入は認められなかった(
図2A)。
【0070】
これらの結果から、アレル特異的CRISPR/Cas9を用いた遺伝子編集を、ELANE遺伝子に関連する先天性好中球減少症に適用できることが確認された。
【0071】
2.変異ELANE遺伝子を有する先天性好中球減少症(CN)患者および重症先天性好中球減少症(SCN)患者に由来するHSPCにおけるELANEノックアウトによる顆粒球分化の低下の回復
ELANE遺伝子に関連するCN/SCNを治療可能であるかどうかに関して、アレル特異的なELANEのノックアウトの臨床適用性をさらに評価するため、p.A57V変異を有するELANE遺伝子を持つCN/SCN患者由来の初代骨髄CD34
+HSPCを、V57 sgRNAを用いたCRISPR/Cas9 RNPで遺伝子編集し、インビトロで好中球へと分化させた。V57 sgRNAとHiFi-Cas9タンパク質から構築した複合体をヒトCD34
+HSPCにエレクトロポレーションすることによって、CD34
+HSPCのアレル特異的なELANE遺伝子のノックアウトを行った。CD15
+CD11b
+CD45
+細胞の割合、CD16
+CD11b
+CD45
+細胞の割合およびCD15
+CD16
+CD45
+細胞の割合(
図1C)を評価し、液体培養によりインビトロで顆粒球を分化誘導した14日目に形成された成熟顆粒球のサイトスピン塗抹標本による形態学的検査(
図1D)を行ったところ、アレル特異的なELANE遺伝子のノックアウトにより顆粒球への分化が増加することが分かった。さらに、アレル特異的ノックアウトを行ったCN/SCN患者由来CD34
+細胞のコロニー形成単位(CFU)アッセイを行ったところ、ヒトゲノム中に標的を持たないsgRNAとHiFi-Cas9から構築した複合体をエレクトロポレーションした非標的RNP MOCK処理CN/SC患者由来HSPCから分化させたCD34
+細胞と比較して、CFU-Gコロニー数が増加したが、CFU-Mコロニー数は減少したことが示された(
図1E)。これらのデータから、アレル特異的なELANE遺伝子のノックアウトによって、CN/SCNにおける顆粒球への分化が回復することが示唆された。CFUアッセイからCFU-Gコロニーをピックし、ELANE遺伝子のエキソン2のサンガーシーケンスを行って、遺伝子編集結果のジェノタイピングを実施した。アレル特異的にELANE遺伝子がノックアウトされたHSPCからは、66.67%のCFU-Gが形成されたが、自然に修復されたHSPCでは13.33%のCFU-Gしか形成されず、20%が未編集であった(
図1F)。
【0072】
3.ELANE KO HSPCから形成された好中球によるインビトロ活性化後のROS産生は変化しない
アレル特異的にELANE遺伝子がノックアウトされたHSPCから形成された好中球を14日間液体培養して、インビトロでの活性化をさらに評価した。アレル特異的にELANE遺伝子がノックアウトされた好中球をfMLPで活性化して、H
2O
2レベル(ROS)を評価した。アレル特異的にノックアウトされた好中球からは、fMLPで活性化後に非常に有意なROSの産生が検出されたが、非標的RNP MOCK好中球は、fMLPで活性化しても有意な応答は認められなかった(
図1G)。
【0073】
4.p.G214V変異ELANE遺伝子を有する先天性好中球減少症(CN)患者および重症先天性好中球減少症(SCN)患者に由来するHSPCにおけるELANEの修正による顆粒球分化の低下の回復
アレル特異的なELANEの修正を評価するため、p.G214V変異を有するELANE遺伝子を持つCN/SCN患者由来の初代骨髄CD34
+HSPCを、V214 sgRNAを用いたCRISPR/Cas9 RNPで遺伝子修正し、インビトロで好中球へと分化させた。V214 sgRNAとHiFi-Cas9タンパク質から構築した複合体を、修復テンプレートとしてのssODNとともにヒトCD34
+HSPCにエレクトロポレーションすることによって、CD34
+HSPCのアレル特異的なELANE遺伝子の修正を行った。一方、健常対照HSPCでは、V214変異特異的sgRNAによる二本鎖切断(DSB)の導入は認められなかった(
図2A)。CD45
+CD15
+CD11b
+細胞の割合、CD45
+CD11b
+CD16
+細胞の割合およびCD45
+CD15
+CD16
+細胞の割合を評価したところ(
図2B)、アレル特異的なELANE遺伝子の修正によって顆粒球への分化が増加したことが判明した。また、インビトロにおいて顆粒球を分化誘導した14日目に形成された成熟顆粒球のサイトスピン塗抹標本による形態学的検査を行ったところ、ELANE遺伝子が修正された細胞では、対照細胞と比較して好中球数が増加したことが示された(
図2C)。これらのデータから、アレル特異的なELANE遺伝子の修正によって、CN/SCNにおける顆粒球への分化が回復することが示された。さらに、サンガーシーケンスを行うことによりアレル特異的な変異修正の結果を評価し、ICEアルゴリズムによりトレースを分析したところ、インデル効率が64%であり、相同組換え修復率(HDR)が36%であることが明らかになった(
図2D)。
【0074】
5.結論
驚くべきことに、本発明の核酸分子、具体的には、配列番号1、配列番号2、配列番号4および/または配列番号5に示されるヌクレオチド配列を含む核酸分子を使用することによって、アレル特異的な方法でELANE遺伝子を編集できることを実証することができた。このようなELANE遺伝子のアレル特異的な編集は、例えば、本発明の核酸分子をsgRNAとして構成することによって、CRISPR/Cas9技術を利用して行うことができる。
【配列表】
【国際調査報告】