(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-07-12
(54)【発明の名称】炭素繊維の製造
(51)【国際特許分類】
D01F 9/22 20060101AFI20240705BHJP
D01F 6/18 20060101ALI20240705BHJP
【FI】
D01F9/22
D01F6/18 E
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024500471
(86)(22)【出願日】2022-07-08
(85)【翻訳文提出日】2024-03-07
(86)【国際出願番号】 AU2022050717
(87)【国際公開番号】W WO2023279169
(87)【国際公開日】2023-01-12
(32)【優先日】2021-07-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】AU
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】511095676
【氏名又は名称】ディーキン ユニバーシティ
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100196597
【氏名又は名称】横田 晃一
(72)【発明者】
【氏名】ヌンナ,スリニヴァス
(72)【発明者】
【氏名】バーレイ,ラッセル
(72)【発明者】
【氏名】ムロスチョク,イェンス
(72)【発明者】
【氏名】クレイトン,クラウディア
(72)【発明者】
【氏名】ナエベ,ミヌー
【テーマコード(参考)】
4L035
4L037
【Fターム(参考)】
4L035AA04
4L035BB03
4L035BB04
4L035BB11
4L037CS01
4L037CS02
4L037CS03
4L037FA01
4L037FA05
4L037PA53
4L037PA67
4L037PA68
4L037PA69
4L037PA70
4L037PC05
4L037PC08
4L037PS02
4L037PS11
4L037PS12
4L037UA09
(57)【要約】
炭素繊維の製造プロセスで使用する前駆体の任意のバッチから熱安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維前駆体を生成するための安定化条件を特定する方法は、炭素繊維の製造のコスト削減に有用である。トウ燃焼またはトウ破壊の形跡がないことを示し、0.5~0.7の範囲から選択される構造変換指数を有する、等温安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維のバッチを提供するステップと、提供された等温処理された前駆体繊維のバッチを炭化プロセスに供して、炭素繊維を製造するステップと、を含む炭素繊維を製造する方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維の製造プロセスで使用する前駆体の任意のバッチから熱安定化されたポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維前駆体を生成するための安定化条件を特定する方法であって、
(A)検討対象であるポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維の特定のバッチからの試料トウを熱安定化するステップであって、
(i)200℃~300℃から選択される第1の温度(T
x
1)で、30分以内の処理時間(P
z
1)の間、前記試料トウに単一の等温加熱処理を適用することによって、前記試料トウを第1のセットの安定化条件に供し、等温処理された前駆体試料トウを生成し、
(ii)トウ燃焼またはトウ破壊の形跡の有無について前記等温処理された前駆体試料トウを検査することにより、T
x
1およびP
z
1が前記試料トウに最適な安定化条件であるかどうかを評価し、当該形跡を確認した場合、T
x
1およびP
z
1が前記処理された前駆体試料トウに最適でないこと、ならびに生成された前記等温処理された前駆体試料トウが炭素繊維を製造するために必要な後の炭化ステップに耐えるには適していないこと、を示すステップを含み、
当該形跡が無い場合、前記方法はさらに
(B)前記等温処理された前駆体試料トウに関連する構造変換指数(SCI)を決定するステップであって、
前記等温処理された前駆体試料トウのフーリエ変換赤外分光(FTIR)スペクトルを得て、
以下の等式:
【数1】
(式中、
Abs(1595)は、C=N官能基に対応する1595cm
-1の波数における吸光度ピーク強度であり、
Abs(2243)は、C≡N官能基に関連する2243cm
-1の波数における吸光度ピーク強度である)
を使用して前記SCIを計算し、
SCIが0.5未満であると決定した場合、前記等温処理された前駆体試料トウが、炭素繊維を製造するための後の炭化処理ステップに耐えうるほど十分に熱安定化されていないことを示し、または
SCIが0.5~0.7であると決定した場合、前記等温処理された前駆体試料トウが、炭素繊維を製造するための後の炭化処理に耐えうるほど十分に安定化されていることを示す、ステップを含む、前記方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、SCIが0.5未満であると決定した場合、前記方法がさらに、
ポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維の同じバッチからの新たな試料トウに対してステップ(A)(i)および(A)(ii)を繰り返すステップを含み、繰り返されるステップ(A)(i)が、前記新たな試料トウを、T
x
2>T
x
1の温度で、任意選択的にP
z
2>P
z
1の処理時間、等温加熱することを含み、
繰り返されるステップ(A)(ii)において、前記等温処理された前駆体試料トウにおけるトウ燃焼および/またはトウ破壊の形跡を確認した場合、T
x
2および/またはP
z
2が後の炭化に関して前記新たな処理試料トウに最適ではないことを示し、
したがって、
繰り返されるステップ(A)(i)においてトウ燃焼および/またはトウ破壊の形跡が見つからなくなり、かつ
繰り返されるステップ(A)(ii)において0.5~0.7の範囲から選択される構造変換指数が確認されるまで
T
x
n+1>T
x
nの連続的により高い温度で、任意選択的にT
z
n+1>T
z
n+1の連続的により長い処理時間(nは、2、3、4、5、6等である)、前記バッチからのさらなる試料トウに段階的なステップ(A)(i)および(A)(ii)を繰り返すことが必要に応じて要求される、前記方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法であって、SCIが0.7超であると決定した場合、前記方法がさらに、
前記バッチからのさらなる試料トウを使用してステップ(A)(i)およびステップ(A)(ii)を繰り返し、繰り返されるステップ(A)(i)が、前記さらなる試料トウを、T
x
2<T
x
1の温度で、任意選択的にP
z
2<P
z
1の処理時間、等温加熱することを含み、
繰り返されるステップ(A)(ii)において、前記等温処理された前駆体試料トウにおけるトウ燃焼および/またはトウ破壊の形跡を確認した場合、前記T
x
2および/またはP
z
2が後の炭化に関して前記さらなる処理試料トウに最適ではないことを示し、
したがって、
繰り返されるステップ(A)(i)においてトウ燃焼および/またはトウ破壊の形跡が見つからなくなり、かつ
繰り返されるステップ(A)(ii)において0.5~0.7の範囲から選択される構造変換指数が確認されるまで
T
x
n+1<T
x
nの連続的により低い温度で、任意選択的にT
z
n+1<T
z
n+1の連続的により短い処理時間(nは、2、3、4、5、6等である)、追加の試料トウに段階的なステップ(A)(i)および(A)(ii)を繰り返すことが必要に応じて要求される、前記方法。
【請求項4】
ステップ(i)において、前記処理時間(P
z
1)が、25分未満、好ましくは15分未満である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
ステップ(i)において、前記処理時間(P
z
1)が、24分または12分である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項6】
前記構造変換指数が、0.60~0.65の範囲から選択される、請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
ステップ(i)において、前駆体繊維トウの前記試料に張力がかかっている、請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
ステップ(i)が、単一オーブン内で行われる、請求項1から7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
ステップ(i)が、空気の存在下で行われる、請求項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
ステップ(ii)が、視覚によりおよび/または顕微鏡を用いて行われる、請求項1から9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
請求項1から10のいずれか一項に記載の方法によって得られる熱安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維前駆体であって、トウ燃焼またはトウ破壊の形跡がなく、0.5~0.7、より好ましくは0.60~0.65の範囲から選択される構造変換指数を有する、熱安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維前駆体。
【請求項12】
請求項11に記載の熱安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維前駆体の、炭素繊維の製造における使用。
【請求項13】
炭素繊維を製造する方法であって、
トウ燃焼またはトウ破壊の形跡がないことを示し、0.5~0.7、より好ましくは0.60~0.65の範囲から選択される構造変換指数を有する、等温安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維のバッチを提供するステップと、
前記提供された等温処理された前駆体繊維のバッチを炭化プロセスに供して、炭素繊維を製造するステップと、を含む前記方法。
【請求項14】
炭素繊維を製造する方法であって、
ポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維のバッチを、請求項1から10のいずれか一項に記載の方法を前記前駆体繊維のバッチからの試料トウに適用することによって前記バッチに最適であると特定された、前記前駆体繊維のバッチのための前駆体安定化条件に供し、トウ燃焼またはトウ破壊の形跡がなく、0.60~0.65の範囲から選択される構造変換指数を有する等温処理された前駆体繊維のバッチを生成するステップと、
前記等温処理された前駆体繊維のバッチを炭化プロセスに供して、炭素繊維を製造するステップと、を含む前記方法。
【請求項15】
炭化プロセスが、最初の低温炭化ステップおよび後の高温炭化ステップを含む2段階プロセスを含む、請求項13または14に記載の方法。
【請求項16】
前記最初の低温炭化ステップが、前記等温処理された前駆体繊維を350~1000℃の間の温度に加熱することを含む、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記後の高温炭化ステップが、前記等温処理された前駆体繊維を900~2500℃の間の温度に加熱することを含む、請求項15または16に記載の方法。
【請求項18】
前記等温処理された前駆体繊維には張力がかかっている、請求項15から17のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
前記等温処理された前駆体繊維には、最大3000cN、または3000cN超の値の張力がかかっている、請求項15から18のいずれか一項に記載の方法。
【請求項20】
請求項14から19のいずれか一項に記載の方法により得られる、炭素繊維。
【請求項21】
自動車、航空宇宙、スポーツ、核技術、再生可能エネルギーの分野および/または化学工学分野での用途における、請求項20に記載の炭素繊維の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空気中でのPAN系炭素繊維前駆体の熱酸化安定化方法における改善であって、PAN系炭素繊維前駆体の安定化に必要な時間を短縮する改善に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、望ましい機械的特性を有する。炭素繊維は大まかに、超高弾性率(>500GPa)炭素繊維、高弾性率(>300GPa)炭素繊維、中弾性率(>200GPa)炭素繊維、低弾性率(100GPa)炭素繊維、および高強度(>4GPa)炭素繊維に分類され得る。
【0003】
炭素繊維はまた、最終熱処理温度に基づいて、I型(2,000℃での熱処理)、II型(1,500℃での熱処理)およびIII型(1,000℃での熱処理)に分類され得る。
【0004】
II型PAN炭素繊維は通常、高強度炭素繊維であるのに対して、高弾性率炭素繊維の多くはI型に属する。
炭素繊維の構造および特性は、PAN系前駆体に適用される熱安定化プロセス中の繊維構造の発達に強く依存する。さらに、このプロセス中の繊維の構造変化によって、繊維は難燃性となり、炭化中の高温に耐えることができる。したがって、熱安定化は、炭素繊維の製造において重要なステップであると考えられる。
【0005】
PAN系前駆体繊維から炭素繊維を製造するプロセスは、空気雰囲気での熱安定化/酸化、それに続く、高温炭化へと進行する最初の低温炭化を伴う炭化段階を含む多くの処理段階に前駆体繊維を供することを含む。
【0006】
これらの段階のうち、PAN系前駆体繊維の最初の熱安定化は、PAN系前駆体繊維が関わる炭素繊維の全製造プロセスにおいて重要なステップである。
PAN前駆体の熱安定化は、様々な発熱反応および高分子梯子型構造(
図1参照)の形成を伴う。高分子梯子型構造は最終的に、炭素繊維の製造プロセスの炭化段階において乱層グラファイト構造に変化する。
【0007】
熱安定化中、PAN系前駆体繊維は、環化、脱水素化および酸化等の反応の進行に起因して様々な構造変化をする(
図1参照)。環化反応により閉環構造が形成され、脱水素化反応によりH
2O(すなわち、水)およびH
2(すなわち、水素ガス)の形態で水素が離脱し、炭素原子間の二重結合の形成を補助する。最終的に、酸化反応により、高分子梯子型構造にC=O(カルボニル)官能基が形成される。全体として、これらの構造変化は、繊維密度を増加させ、PAN系前駆体繊維を、後の炭化処理ステップで適用される高温に対して熱安定性にする。
【0008】
安定化プロセスで生じる環化および酸化反応は、本来、発熱性である。したがって、温度、時間および張力等のプロセスパラメータのバランスが取れていないと、過度の加熱により処理上の障害(例えば、繊維トウの燃焼または破壊)が生じ得、その結果、追加コストをもたらす製造プロセス中の停止時間を発生させる。
【0009】
商用炭素繊維の製造プロセスの典型的な酸化プロセスにおいて、PAN系前駆体繊維の安定化は、連続プロセスにおいて、PAN系前駆体繊維を複数連続する安定化オーブン(典型的には4~8台もしくはそれ以上のオーブン)内で上昇温度勾配に曝露することによって徐々に行われる(
図2参照)。安定化オーブンは、昇温ステップに維持され、滞留時間およびトウ張力等のゾーンに特定の処理パラメータを利用して、PAN系前駆体繊維から、炭化処理に備えた熱的に安定な繊維へのスムーズで制御された構造変化を確実にする。
【0010】
しかしながら、繊維を安定化するのに通常必要とされる時間(すなわち、約50分)および関連するエネルギー消費を考慮すると、従来の多段階PAN系前駆体繊維安定化プロセスは、炭素繊維の製造に関連するコストが高い理由の1つである。したがって、安定化処理段階を深く理解し、炭素繊維のコスト削減の機会を特定することが、大量市場(自動車、航空宇宙の双方)、および再生可能エネルギー、構造物用途における炭素繊維の広範な使用を改善する鍵となる。
【0011】
PAN系炭素繊維の製造における現在の安定化処理が高価でエネルギー消費性であることを考慮すると、PAN系前駆体繊維安定化のための迅速でより費用対効果の良い方法の提供が、低コスト炭素繊維を生み出す重要な改善であり、鍵となるステップである。
【発明の概要】
【0012】
第1の態様において、本発明は、炭素繊維製造プロセスで使用する前駆体の任意のバッチから熱安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維前駆体を生成するための安定化条件を特定する方法であって、
(A)検討対象であるポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維の特定のバッチからの試料トウを熱安定化するステップであって、
(i)約200℃~約300℃から選択される第1の温度(Tx
1)で、30分以内の処理時間(Pz
1)、試料トウに単一の等温加熱処理を適用することによって、試料トウを第1のセットの安定化条件に供し、等温処理前駆体試料トウを生成し、
(ii)トウ燃焼またはトウ破壊の形跡の有無について等温処理前駆体試料トウを検査することにより、Tx
1およびPz
1が試料トウに最適な安定化条件であるかどうかを評価し、
そのような形跡を確認した場合、Tx
1およびPz
1が処理された前駆体試料トウに最適でないこと、ならびに生成された等温処理前駆体試料トウが炭素繊維を製造するのに必要な後の炭化ステップに耐えるには適していないことを示すステップと、
そのような形跡がない場合、安定化条件を特定する方法はさらに
(B)等温処理前駆体試料トウに関連する構造変換指数(SCI)を決定するステップであって、
等温処理前駆体試料トウのフーリエ変換赤外分光(FTIR)スペクトルを得て、
以下の等式:
【0013】
【0014】
(式中、
Abs(1595)は、C=N官能基に対応する1595cm-1の波数における吸光度ピーク強度であり、
Abs(2243)は、C≡N官能基に関連する2243cm-1の波数における吸光度ピーク強度である)
を使用してSCIを計算してSCIを決定するステップを含み、
SCIが0.5未満であると決定した場合、等温処理前駆体試料トウが、炭素繊維を製造するための後の炭化処理ステップに耐えるほど十分に熱安定化されていないことを示し、または
SCIが0.5~0.7であると決定した場合、等温処理前駆体試料トウが、炭素繊維を製造するための後の炭化処理に耐えるほど十分に安定化されていることを示す方法を提供する。
【0015】
「炭素繊維を製造する」との表現は、2つ以上の炭素繊維である「炭素繊維を製造する」こと、例えば、複数のトウが本明細書に記載の方法に供されることをも包含すると理解されたい。
【0016】
第2の態様において、本発明は、第1の態様の方法によって特定された前駆体安定化条件を含む炭素繊維の製造方法を提供する。
第3の態様において、本発明は、炭素繊維を製造する方法であって、
ポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維のバッチを、第1の態様の方法によって特定されたその前駆体繊維のバッチのための安定化条件に供し、等温処理された前駆体繊維のバッチを生成するステップと、
等温処理された前駆体繊維のバッチを炭化プロセスに供して、炭素繊維を製造するステップと、を含む方法を提供する。
【0017】
第4の態様において、本発明は、本発明の第2の態様または第3の態様の方法によって得ることができる、または得られた炭素繊維を提供する。
第5の態様において、本発明は、第4の態様の熱安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維前駆体の、炭素繊維の製造における使用を提供する。
【0018】
第6の態様において、本発明は、自動車、航空宇宙、スポーツ、核技術、再生可能エネルギーの分野および/または化学工学分野での用途における、第5の態様による炭素繊維の使用を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】熱安定化PAN繊維におけるラダーポリマー構造の発達について広く認められているメカニズムを示す図である(出典:Rahaman,M.S.A.、A.F.Ismail、およびA.Mustafa、A review of heat treatment on polyacrylonitrile fiber.Polymer Degradation and Stability、2007.92(8):1421~1432頁)。
【
図2】炭素繊維の研究規模での連続ラインの一例を示す図である(出典:Nunna,S.ら、A Pathway to Reduce Energy Consumption in the Thermal Stabilization Process of Carbon Fiber Production.Energies、2018.11:1145頁(1-10))。
【
図3】a)インハウスの前駆体繊維1、b)インハウスの前駆体繊維2(注:各温度ステップで24分の滞留時間を採用)、およびc)市販の前駆体繊維2(注:本試験で採用した滞留時間は12分)の、安定化温度と変換指数との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施形態を添付の図面を参照して例示のために説明する。
本発明は、空気雰囲気での炭素繊維前駆体の熱安定化/酸化、それに続く、不活性雰囲気、一般的にはN2中での高温炭化へと進行する最初の低温炭化を伴う炭化を含む処理段階に依存する、現在/従来のPAN系炭素繊維の製造方法よりも速く費用対効果の良いPAN系炭素繊維の改善された製造方法に関する。
【0021】
特に、本発明は、これまで遅い安定化時間を伴う現行の炭素繊維前駆体の熱安定化方法よりもはるかに速く費用対効果の良い、好適な炭素繊維前駆体の熱安定化(例えば酸化による)の改善された方法を提供する。
【0022】
関連する態様において、本発明は、利用可能なポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維の任意の特定のバッチに最適な熱安定化処理条件を特定するための手段を提供する。
【0023】
したがって、本発明は、炭素繊維を製造するための炭素繊維製造プロセスにおける後の炭化処理ステップで適用される温度に耐えうる、熱安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維前駆体を提供する方法をさらに提供する。
【0024】
本発明は、第1の態様の方法によって得られる熱安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維前駆体であって、トウ燃焼またはトウ破壊の形跡がなく、0.5~0.7、より好ましくは0.60~0.65の範囲から選択される構造変換指数を有する、熱安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維前駆体に及ぶ。
【0025】
本発明はさらに、炭素繊維を製造する方法に及び、その方法は、
トウ燃焼またはトウ破壊の形跡がないことを示し、0.5~0.7、より好ましくは0.60~0.65の範囲から選択される構造変換指数を有する、等温安定化されたポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維のバッチを提供するステップと、
提供された等温処理された前駆体繊維のバッチを炭化プロセスに供して、炭素繊維を製造するステップと、を含む。
【0026】
本発明は、炭素繊維を製造する方法に及び、その方法は、
ポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維のバッチを、第1の態様に記載の方法を前駆体繊維のバッチからの試料トウに適用することによって、そのバッチに最適であると特定された、その前駆体繊維のバッチのための前駆体安定化条件に供し、トウ燃焼またはトウ破壊の形跡がないことを示し、0.60~0.65の範囲から選択される構造変換指数を有する等温処理された前駆体繊維のバッチを生成するステップと、
等温処理された前駆体繊維のバッチを炭化プロセスに供して、炭素繊維を製造するステップと、を含む。
【0027】
ポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維の任意の所定のバッチの熱安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維前駆体は、任意の特定のPAN前駆体出発材料に適用され得る特別設計された、または「パーソナライズされた」熱安定化プロセスに供される。最適化された熱安定化ステップは、前駆体への単一の等温熱処理ステップの適用を含み、その処理は、検討対象のポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維の特定のバッチ用に特別に考案または特別設計されている。場合によっては、熱安定化ステップは、等温加熱ステップが適用される特定の時間を制御することをさらに含んでもよい。最適な熱安定化ステップはさらに、処理中にPAN前駆体繊維に特定の張力を印加することを含んでもよい。適切に熱安定化された場合、得られる等温処理された前駆体繊維は、炭素繊維を製造するための後の炭化ステップに最適化されている。
【0028】
望ましくは、ポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維は、新品のポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維である。ポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維は、アクリロニトリルモノマーのホモポリマー(立体規則性または分子量に関わらず)、アクリロニトリルモノマーを含むコポリマー、またはこれらの物質の少なくとも1種を含む組成物を包含する前駆体繊維に及ぶがこれらに限定されない。例えば、アクリロニトリル、メチルアクリレートおよびイタコン酸を含む前駆体は、本明細書において言及されるポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維の類に含まれる。
【0029】
本発明の重要な部分は、ポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維の任意の所定のバッチに対して行われる等温加熱処理ステップの最適なパラメータを特定することであり、これによって前駆体繊維は後の炭化ステップに適したものとなる。つまり、特定のポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維を、後の炭化ステップに耐えるより理想的な状態とするパラメータを意味する。特定される特に最適な等温熱処理パラメータは、ポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維の所定のバッチに特有である。実施形態によっては、適用される温度と共に、その温度での滞留時間および/または繊維張力も重要となり得る。本発明は、検討対象である前駆体繊維の特定のバッチからの試料(単一のトウまたは数本のトウ)に素早く都合よく適用され得る簡単な試験方法を提供する。最適な熱安定化を達成する観点からバッチからの試料が本明細書で規定される基準を満たす場合には、その試料が、炭素繊維を製造するための後の炭化ステップに対して最適化されていることを示す。
【0030】
本発明は、検討対象である前駆体繊維の特定のバッチからの試料(1つのトウまたは数本のトウ)に素早く好合よく適用され得る簡単な試験方法を提供する。最適な熱安定化を達成する観点からバッチからの試料が本明細書で規定される基準を満たす場合には、その試料が最適に安定化され、炭素繊維を製造するための後の炭化ステップに好適となっていることを示す。最初の試験は、実験用オーブン等で好都合に行われ得る。したがって、そのように特定された等温熱処理パラメータは、次いでより大規模(例えば、パイロットラインおよび/または商用製造ライン)で試験試料が由来する特定の前駆体バッチに適用され得ることになる。
【0031】
したがって、本発明は、炭素繊維製造プロセスで使用する前駆体の任意のバッチから熱安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維前駆体を生成するための安定化条件を特定する方法に関し、その方法は、
(A)検討対象であるポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維の特定のバッチからの試料トウを熱安定化するステップであって、
(i)約200℃~約300℃から選択される第1の温度(Tx
1)で、30分以内の処理時間(Pz
1)、試料トウに単一の等温加熱処理を適用することによって、試料トウを第1のセットの安定化条件に供し、等温処理前駆体試料トウを生成し、
(ii)トウ燃焼またはトウ破壊の形跡の有無について等温処理前駆体試料トウを検査することにより、Tx
1およびPz
1が試料トウに最適な安定化条件であるかどうかを評価し、
そのような形跡を確認した場合、Tx
1およびPz
1が処理前駆体試料トウに最適でないこと、ならびに生成された等温処理前駆体試料トウが炭素繊維を製造するために必要な後の炭化ステップに耐えるには適していないことを示す、ステップと、
そのような形跡がない場合、前記方法はさらに
(B)等温処理前駆体試料トウに関連する構造変換指数(SCI)を決定するステップであって、
等温処理前駆体試料トウのフーリエ変換赤外分光(FTIR)スペクトルを得て、以下の等式:
【0032】
【0033】
(式中、
Abs(1595)は、C=N官能基に対応する1595cm-1の波数における吸光度ピーク強度であり、
Abs(2243)は、C≡N官能基に関連する2243cm-1の波数における吸光度ピーク強度である)
を使用してSCIを計算し、
SCIが0.5未満であると決定した場合、等温処理前駆体試料トウが、炭素繊維を製造するための後の炭化処理ステップに耐えうるほど十分に熱安定化されていないことを示し、または、
SCIが0.5~0.7であると決定した場合、等温処理前駆体試料トウが、炭素繊維を製造するための後の炭化処理に耐えうるほど十分に安定化されていることを示す、
ステップと、
を含む、方法に関する。
【0034】
上記方法は、検討対象であるポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維の特定のバッチに適用され得ることが理解されるであろう。典型的には、ポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維におけるバッチ間の変動は、炭素繊維の製造における熱安定化処理に適用可能な理想的なパラメータのセットがないことを意味する。
【0035】
トウ燃焼の形跡は、燃焼、炭化、ブリスタリング、膨張、および/または前駆体材料の新品の初期状態と比較した他の形態の劣化の1以上の状態の視覚による(少なくとも肉眼による)観察を意味することが、当業者に理解されるであろう。
【0036】
トウ破壊の形跡は、破壊、破砕、裂け、ほつれ、陥没、湾曲、皺形成、および/または前駆体材料の新品の初期状態と比較した他の形態の機械的劣化の1以上の状態の視覚による(少なくとも肉眼による)観察を意味することが、当業者に理解されるであろう。
【0037】
等温処理前駆体試料が、上記(i)および(ii)の特定の安定化条件に供された後にトウ燃焼および/またはトウ破壊の形跡を示す場合、その適用された特定の安定化条件が、得られた安定化処理された前駆体繊維が炭素繊維を製造するための次の炭化ステップに安全に供され得ることを確実にするような好適な条件ではない(すなわち最適な条件ではない)ことを示す。得られた試料トウが後の炭化ステップに十分ではない場合、異なる安定化条件を考察し、検討対象である特定のバッチから採取した別の試料に適用する必要があることは明らかである。
【0038】
好ましくは、SCIが0.5未満であると決定された場合、上記方法はさらに、
ポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維の同じバッチからの新たな試料トウに対してステップ(A)(i)および(A)(ii)を繰り返すステップをさらに含み、繰り返されるステップ(A)(i)は、新たな試料トウを、Tx
2>Tx
1の温度で、任意選択的にPz
2>Pz
1の処理時間、等温加熱することを含み、
繰り返されるステップ(A)(ii)において、等温処理前駆体試料トウにおけるトウ燃焼および/またはトウ破壊の形跡の特定は、Tx
2および/またはPz
2が後の炭化に関して新たな処理済み試料トウに最適ではないことを示し、
したがって、
繰り返されるステップ(A)(i)においてトウ燃焼および/またはトウ破壊の形跡が見つからなくなり、かつ
繰り返されるステップ(A)(ii)において0.5~0.7の範囲から選択される構造変換指数が確認されるまで
Tx
n+1>Tx
nの連続的により高い温度で、任意選択的にTz
n+1>Tz
n+1の連続的により長い処理時間(nは、2、3、4、5、6等である)、バッチからのさらなる試料トウに段階的なステップ(A)(i)および(A)(ii)を繰り返すことが必要に応じて要求される。
【0039】
0.5~0.7の範囲の構造変換指数は、処理前駆体試料が、炭素繊維を製造するための後の炭化処理ステップに耐えうるほど十分に安定化されていることを示すことが理解されるであろう。トウ破壊または燃焼をもたらさず、かつ、構造変換指数が0.5~0.7の範囲となる安定化条件は、次いで、本明細書で規定される炭素繊維を製造するためのバッチプロセスにおいて利用され得る。
【0040】
同様に、SCIが0.7超であると決定された場合、上記方法はさらに、
バッチからのさらなる試料トウを使用してステップ(A)(i)およびステップ(A)(ii)を繰り返すステップを含み、繰り返されるステップ(A)(i)は、さらなる試料トウを、Tx
2<Tx
1の温度で、任意選択的にPz
2<Pz
1の処理時間、等温加熱することを含み、
繰り返されるステップ(A)(ii)において、等温処理前駆体試料トウにおけるトウ燃焼および/またはトウ破壊の形跡を確認した場合、Tx
2および/またはPz
2が後の炭化に関してさらなる処理試料トウに最適ではないことを示し、
したがって、
繰り返されるステップ(A)(i)においてトウ燃焼および/またはトウ破壊の形跡が見つからなくなり、かつ
繰り返されるステップ(A)(ii)において0.5~0.7の範囲から選択される構造変換指数が確認されるまで
Tx
n+1<Tx
nの連続的により低い温度で、任意選択的にTz
n+1<Tz
n+1の連続的により短い処理時間(nは、2、3、4、5、6等である)、追加の試料トウに段階的なステップ(A)(i)および(A)(ii)を繰り返すことが必要に応じて要求される。
【0041】
0.5~0.7の範囲の構造変換指数は、処理された前駆体試料が、炭素繊維を製造するための後の炭化処理ステップに耐えうるほど十分に安定化されていることを示すことが理解されるであろう。トウ破壊または燃焼をもたらさず、かつ、構造変換指数が0.5~0.7の範囲となる安定化条件は、次いで、本明細書で規定される炭素繊維を製造するためのバッチプロセスにおいて利用され得る。
【0042】
いくつかの実施形態において、安定化ステップにおける温度の上限は、300℃、299℃、298℃、297℃、296℃、295℃、294℃、293℃、292℃、291℃、290℃、289℃、288℃、287℃、286℃、285℃、284℃、283℃、282℃、281℃、280℃、279℃、278℃、277℃、276℃、275℃、274℃、273℃、272℃、271℃、270℃、269℃、268℃、267℃、266℃、265℃、264℃、263℃、262℃、261℃、260℃、259℃、258℃、257℃、256℃、255℃、254℃、253℃、252℃、251℃、または250℃から選択され得る。
【0043】
適切には、ステップ(A)(i)において、処理時間(Pz
1)は、約30分以内、好ましくは約15分未満である。望ましくは、ステップ(A)(i)において、処理時間(Pz
1)は、約24分または約12分である。「約」は、±0.25分を意味する。
【0044】
いくつかの実施形態において、安定化ステップにおける処理または滞留時間の上限は、29分、28分、27分、26分、25分、24分、23分、23分、21分、20分、19分、18分、17分、16分、15分、14分、13分、12分、11分、10分、9分、8分、7分、6分、5分、4分、3分、2分または1分から選択され得る。
【0045】
好ましくは、構造変換指数は、約0.60~約0.65の範囲から選択される。「約」は、±0.05分を意味する。
いくつかの実施形態において、ステップ(A)(i)において、前駆体繊維トウの試料には張力がかかっている。
【0046】
いくつかの実施形態において、上記プロセスの1以上の段階において、繊維には最大3500cNまたは最大3000の値の張力がかかっている。いくつかの実施形態において、張力は、25~3000cN、好ましくは50~2700cNから選択され得る。等温安定化ステップに好適な張力の例として、最大3000または最大2000cN、好ましくは200~1750cNの範囲が挙げられる。いくつかの実施形態において、200、300、400、500、600、700、800、900、1000、1100、1200、1300、1400、1500または1600のトウ張力が特に好ましい。等温安定化ステップに特に好適な張力は、200、1100および1600cNである。しかしながら、いくつかの実施形態において、等温処理された前駆体繊維には、少なくとも3000cNの値の張力がかかっている。
【0047】
好ましくは、ステップ(A)(i)は、単一オーブン内で行われる。
好適には、ステップ(A)(i)は、空気、より好ましくは酸素の存在下で行われる。
好ましくは、ステップ(A)(ii)は、視覚によりおよび/または顕微鏡を用いて行われる。
【0048】
本発明はさらに、熱安定化のための特定された最適化パラメータを使用する本発明の方法によって得ることができる、または得られる熱安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維前駆体に及ぶ。
【0049】
本発明はまた、(本明細書に記載の方法で特定されたパラメータを使用した熱安定化から得られる)本発明の熱安定化ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維前駆体の、炭素繊維の製造における使用に関する。
【0050】
本発明はさらに、炭素繊維を製造する方法に及び、その方法は、
ポリアクリロニトリル(PAN)系前駆体繊維のバッチを、第1の態様による方法で特定されたその前駆体繊維のバッチのための安定化条件に供し、等温処理された前駆体繊維のバッチを生成するステップと、
等温処理された前駆体繊維のバッチを炭化プロセスに供して、炭素繊維を製造するステップと、を含む。
【0051】
最初のプロセスは、実験用オーブン等で都合よく行われ得る。したがって、ステップは次いでより大規模(例えば、パイロットラインおよび/または商用製造ライン)に適用され得ることになる。
【0052】
適切には、炭化プロセスは、最初の低温炭化ステップおよび後の高温炭化ステップを含む2段階プロセスを含む。
適切には、最初の低温炭化ステップは、処理された前駆体繊維を、400℃~1000℃、好ましくは425℃~900℃、より好ましくは450℃~850℃の1以上の低炭化温度まで加熱することを含む。適切には、2つ以上、好ましくは少なくとも3つの温度が選択され、安定化された繊維は、全ての選択された温度を包含しつつ、全滞留時間、処理される。例えば、最初の低温炭化ステップは、これらの範囲からの温度の3つのゾーン、例えば450℃-650℃-850℃を、例えば約3分~約8分の範囲の全滞留時間適用することを含み得る。「約」は、±0.05分、すなわち±3秒を意味する。
【0053】
望ましくは、最初の低温炭化ステップは、好適な炉内で、必要とされる低炭化温度の1以上で、3分~約8分の範囲の全滞在時間、加熱することを含む。特に好ましい滞留時間は、約3.6~約7.2分の範囲である。いくつかの実施形態においては、低温炉での滞留時間は約3.6、約5.4、または約7.2分が特に好ましい。「約」は、±0.05分、すなわち±3秒を意味する。
【0054】
望ましくは、後の高温炭化ステップは、炭素繊維特性の最終要件に基づいて、等温処理された前駆体繊維を少なくとも1000℃の温度まで加熱することを含む。望ましくは、後の高温炭化ステップは、等温処理された前駆体繊維を1000℃~1600℃、好ましくは1100℃~1500℃、より好ましくは1250℃~1450℃の温度まで加熱することを含む。適切には、少なくとも2つの温度が選択され、安定化された繊維は、全ての選択した温度を包含しつつ、滞留時間処理される。
【0055】
望ましくは、高温炭化ステップは、適切な炉内で、必要とされる高炭化温度の1以上で、例えば1分~約6分の範囲の全滞留時間、加熱することを含む。特に好ましい滞留時間は、2~5分の範囲である。いくつかの実施形態においては、高温炉内での約2.4、約3.6、および約4.8分の滞留時間が特に好ましい。「約」は、±0.05分、すなわち±3秒を意味する。
【0056】
いくつかの好ましい実施形態において、高温炭化ステップは、例えば1200℃~1400℃または1200℃~1450℃の範囲からの2つの温度ゾーンを、約1分~約5分の範囲の全滞留時間、適用することを含み得る。「約」は、±0.05分、すなわち±3秒を意味する。
【0057】
いくつかの実施形態においては、上記プロセスの1以上のステップにおいて、繊維には最大3500cNの値の張力がかかっている。いくつかの実施形態においては、張力は、25~3000cN、好ましくは50~2700cNから選択され得る。
【0058】
第1段階の低温炭化ステップに好適な張力の例として、好ましくは最大1500cN、好ましくは50~1300cNの範囲が挙げられる。等温安定化ステップに特に好適な張力は、55、60、350、550および1200cNである。
【0059】
第2段階の高温炭化ステップに好適な張力の例として、好ましくは最大3000cN、好ましくは75~2750cNの範囲が挙げられる。等温安定化ステップに特に好適な張力は、280、2300および2700cNである。
【0060】
好ましくは、等温処理された前駆体繊維には、特に、より大規模に行われる方法(例えば、パイロットラインおよび/または商用製造ライン)において、張力がかかっている。
本発明の一態様は、PAN前駆体から炭素繊維を迅速に製造する方法の開発に重点を置き、本発明の方法の結果、本発明の製造方法はオーブン数の削減および/または安定化オーブン内での滞留時間の短縮を伴い、大幅なコスト削減および/または設置面積の削減をもたらす。
【0061】
本発明は、典型的な炭素繊維製造プロセスの安定化/酸化ステップにおいて適用されるプロセスパラメータ、特に温度、とりわけ、温度と曝露時間との組合せに関して、PAN系前駆体の構造変換応答に加えて様々なPAN系前駆体繊維の熱耐性を調査した結果、開発された。
【0062】
本明細書に記載の本発明の方法を適用することにより、典型的な炭素繊維製造プロセスと比較して、本明細書に記載の改善された炭素製造方法を使用して、著しい効率およびコスト削減が達成され得ることが突き止められた。例えば、新たに設計される炭素繊維製造プラントにおけるオーブンの投資コストは、最大1/X倍まで削減され得る。ここでXは、従来のプロセスにおいて使用されるオーブンの数(典型的には4~8)である。さらに、本明細書に記載の方法は既存の機器に適用され得るため、上記方法を利用することにより生産速度を極めて大幅に上昇し得、したがってプラント全体の生産性を大幅に高める。
【0063】
炭素繊維製造の従来の方法とは異なり、本明細書に記載の改善された熱安定化ステップに基づく本発明の改善された方法は、場合によっては12分という短さで安定化プロセスを完了するのに1台のオーブンのみを必要とする。効率は、炭化プロセスステップの前にPANから安定化(酸化)PANへの要求される構造変換を迅速に達成するために、安定化段階でのバランスの良いプロセスパラメータを使用することに起因する。
【0064】
この方法の実施様式に応じて、資本投資を大幅に低減すること、または生産能力を高めることのいずれか、もしくはその両方が可能であり、いずれの場合も炭素繊維の全体的生産コストを削減する。
【0065】
[好ましい実施形態の説明]
従来、PAN系前駆体繊維の安定化中に生じる発熱反応のため、安定化中に生じる繊維トウ破壊または燃焼を防止するためには、200℃~300℃の温度での複数の温度ステップに前駆体繊維を曝露することにより適用される昇温勾配の形式で、前駆体繊維を緩やかで制御された熱安定化に供することが必要であった。
【0066】
驚くべきことに、本発明者らは、PAN系前駆体繊維を、単一の安定化ゾーンで都合よく達成され得る等温熱プロセスに曝露することによって、PAN系前駆体繊維から所望の高分子梯子型構造への十分な構造変換をもたらす迅速な熱安定化が達成され得ることを見出した。予想外にも、PAN系前駆体繊維の迅速な構造変換は、繊維トウを燃焼または損傷することなく達成される。迅速な熱安定化は、特別設計された加熱様式をPAN系前駆体繊維の特定のバッチまたは形態に適用することによって達成される。採用する特別設計された熱安定化様式は、使用する任意の特定の前駆体に特有であり、炭化前に必要な構造変換を生じる繊維の固有の能力とともに、目的とする特定の前駆体の熱耐性の理解を深めることによって熱処理前に決定される。
【0067】
有利には、迅速な安定化戦略は、約30分未満の所定の滞留時間で、任意の所定の繊維前駆体の最大許容熱の適用を含む。「約」は、±0.05分を意味する。
予想外にも、この戦略は、前駆体繊維の熱安定化(酸化)を最適な程度まで迅速に促進し、これによって安定化(酸化)された繊維は、炭化プロセスを介した安定化された前駆体繊維から炭素繊維への変換に必要なその後の極めて高い温度に耐えうることが判明した。
【0068】
前駆体の劣化なしに最大限可能な熱の迅速な適用によって安定化が影響され得るという発見は、全ての従来の方法およびPAN系前駆体繊維安定化方法の理解のいずれにも反する。
【実施例】
【0069】
[実験および結果]
任意のバッチまたは種類のPAN前駆体繊維の熱耐性は、張力下にない前駆体繊維の個々の試料トウを、繊維が一定の速度で1台の安定化オーブンで一般的に経験する滞留時間(例えば連続ラインにおける約24分のオーブン滞留時間)に対応する滞在時間、例えば実験用オーブン内で、様々な等温温度に曝露することによって確立され得る。その後、前駆体は視覚により検査され、特定の試験条件への曝露のためにトウ破壊またはトウの燃焼が生じたか否か決定する。張力のかかっていない繊維前駆体が適用可能な試験に合格するのであれば、繊維への張力の印加が同じパラメータの適用後の結果に悪影響を及ぼさないことが判明した。
【0070】
[実施例1]
手順の概要
新品の前駆体繊維トウの試料を、約200℃で24分間、等温加熱することを含む第1のセットの安定化条件で処理し、その後、繊維燃焼またはトウ破壊を視覚により検査した。
【0071】
繊維燃焼またはトウ破壊の兆候が見られない場合、次のステップにおいて、同じ前駆体バッチからの新品の前駆体トウの別の試料を、第1のステップで適用された温度より高い温度で24分間等温処理する。第2のセットの安定化条件下でその繊維に、繊維燃焼またはトウ破壊が生じたかどうかさらなる観察を行う。
【0072】
繊維トウが特定の温度で燃焼することが決定されるまで、この手順を検討対象である同じ前駆体バッチからのトウの後続の試料に対して継続する。燃焼が生じる温度は、材料固有の熱耐性上限として定義される。
【0073】
新たな試料前駆体繊維が燃焼することなく曝露され得る最大温度を得た後、連続製造ラインにおける最初のゾーンの温度を設定することができる。
FTIRにより繊維の構造変換に関して行った評価に基づいて、次の炭化段階の温度要件が決定され得る。繊維が十分に/最適に熱安定化されたら、まず低温炉内で350~1000℃の範囲の様々な温度ステップで、その後、高温炉内で900~2500℃の範囲または炭素繊維を製造したい場合は2500℃以上での様々な温度ステップで炭化され得る。
【0074】
本発明者らは、安定化前駆体がその後の炭化プロセスにおいて適用される温度に耐えうる程度まで繊維の熱安定化を迅速に促進するためには、迅速な安定化戦略が、現行の方法より短い時間、前駆体の熱上限で最大熱を適用すべきであることを見出した。
【0075】
[実施例2]
I型前駆体
例として、本研究において、A社からのI型前駆体を使用して本方法を評価した。興味深いことに、前駆体からの試料トウの熱耐性は非常に高く、実験用オーブン内での約280℃オーダーの温度であっても、燃焼およびトウ破壊の痕跡は観察されないことが分かった。この観察により、最初の試験として、約1950cNの平均張力で約24分の全滞留時間の熱安定化プロセス用に、約270℃および約295℃に維持された2つのオーブンのみを使用した。この場合、各オーブン内での滞留時間は、等温温度で12分である。プロセスラインにおけるオーブンの導入速度および排出ローラ速度を変えることによって、任意の所望の張力を印加できることが理解されるであろう。
【0076】
しかしながら、このように安定化された繊維を炭化した後(表1中の条件参照)、製造された炭素繊維は脆弱で引張特性が低かった。これは、I型前駆体繊維が過度に安定化され、または安定化が足りずに炭素繊維への適正および/または完全な変換が妨げられるためであると考えられる。全体的に、本発明者らは、第1のオーブン内で用いられる極めて高い温度は、繊維前駆体における構造変換が迅速であったことを意味すると考え、繊維は過度に安定化されたと考えられる。
【0077】
したがって、第1のオーブン温度を約265℃に下げ、追加の試料トウに対しこのプロセスを繰り返したが、2つのオーブンの代わりにオーブンは1つだけ使用した。前駆体繊維試料トウを、約12~24分の範囲の様々な時間、熱安定化条件に供した。
【0078】
興味深いことに、12分という非常に短い処理時間であっても(ライン速度に応じた従来の50~90分の安定化プロセスと比較して)、最終的に炭化された炭素繊維の特性は大幅に改善した(表1の採用した条件および結果を参照)。
【0079】
[実施例3]
迅速な安定化方法を確立するための一般的な例示的ステップ
新品の前駆体繊維トウの試料を、約200℃~約300℃の範囲内で選択される温度(例えば、約235℃±1%)で、約30分以内の時間(例えば、(i)約24分以内、または期間(i)が最適ではない場合(ii)約12分以内)(検討している前駆体繊維による)、等温処理した。「約」は、±0.05分を意味する。
【0080】
熱安定化処理ステップの後、トウの処理された前駆体繊維を、繊維燃焼またはトウ破壊の形跡、および各試料トウにおける繊維の熱処理後の構造変換の程度についてその後検査した。
【0081】
検査で繊維燃焼の兆候がない場合、前駆体が熱安定化されていることを示す。次いで試料はさらなる分析に供され、熱処理された繊維に関して所望の高分子梯子構造への構造変換の程度を検討する。構造変換の程度は、等温処理された繊維に対して行われるフーリエ変換赤外分光(FTIR)試験から得られる少なくとも1つの試料スペクトルを使用して、構造変換指数(等式1)を計算することによって評価される。例えば、FTIR試験は、本明細書において、ゲルマニウム結晶を備えたBruker Lumos FTIRを使用して、ATRモードで行われる。試料のFTIRスペクトルは、4cm-1の分解能で600~4000cm-1の間の波数で収集される。各スペクトルデータは、64の同時スキャン(co-added scans)の平均であり、各試料の構造変換データは、繊維トウ試料上の3つの異なる位置から得られたデータの平均である。
【0082】
一般に、空気中で熱安定化されたPAN系前駆体繊維に関して、0.5~0.7の間、より好ましくは0.60~0.65の構造変換指数が、安定化された前駆体を炭素繊維に変換するために必要な後の炭化プロセスに供するのに好適な安定化された前駆体繊維に関連することが判明している。本発明者らは、検査した構造変換指数が提案する範囲内に収まる場合、処理された前駆体繊維は炭素繊維を製造するための次のステップにおいて安全に炭化され得ることを見出した。
【0083】
構造変換指数(反応進行度としても知られる)は、以下の式:
【0084】
【0085】
(式中、「Abs(1595)」は、C=N官能基に関連する1595cm-1の波数におけるFTIR吸光度ピーク強度であり、「Abs(2243)」は、C≡N官能基に関連する2243cm-1の波数におけるFTIR吸光度ピーク強度である)
に従って計算される。
【0086】
構造変換指数が提案する範囲から外れる場合、処理された前駆体繊維が炭化に適していないこと、および適用された等温処理条件が問題となっている特定の前駆体に最適ではないことを示す。換言すれば、等温処理条件はPAN系前駆体繊維に有害であった。
【0087】
適合しない構造変換指数が観察される場合、検討対象であるバッチからの新品の前駆体トウの新たな試料を使用して、等温処理ステップを繰り返す。例えば、新たな試料を、(i)24分または(ii)12分以内、最初の等温処理ステップにおいて適用された温度より若干高い温度(例えば、約240℃)で等温処理する。この後に、上述のように、新たなPAN系前駆体繊維の構造および物理的状態および構造変化の程度を検査する。いくつかの実施形態においては、上記若干高い温度は、試験した直前の温度より5℃、4℃、3℃、2℃、1℃、または0.5℃高くてもよい。前に適用された温度と比較したより高い温度の差の大きさは、その結果がどれ位所望のSCIに近いかに依存する。SCI範囲の上限または下限の20%以内のSCI結果のためには、所望のSCIがSCI範囲のより低い上限または下限の1%以内であり、温度のより小さな増加が適用される場合に必要とされる大きさと比べて、より高い温度へのより大きな変化が適用され得る。
【0088】
この手順は、安定化オーブン内での燃焼または破壊のない要求される構造変換を達成する等温処理されたPAN系前駆体繊維をもたらす条件が特定されるまで継続される。十分な構造変換が生じず(適合しない構造変換指数によって示されるように)、繊維が所定の温度で燃焼する場合、上記手順は、同じ温度で再び適用され得るが、前に適用された滞留時間より短い滞留時間が採用される。
【0089】
この作業の最後に、処理された繊維を後の炭化ステップに進めることを可能にする必要な構造変換度を達成するために、任意の所定のPAN系前駆体繊維が安定化段階の最初のゾーン内で曝露され得る最適温度および任意選択的な滞留時間を特定することが可能である。いくつかの実施形態においては、好ましい開始滞留時間は24分である。より短い滞留時間は、24分の滞留時間を採用して燃焼または破壊の形跡がない、またはSCIが適合する場合にのみ適用される。いくつかの場合においては、滞留時間は、12分という短さであってもよい。
【0090】
市販のPAN系前駆体繊維は市場で入手可能である。インハウス使用のみのために、他の専用のPAN系前駆体繊維が開発されている。しかしながら、それぞれの前駆体が異なる化学組成および特性を有しており、同じ条件下でそれぞれが異なる熱挙動を示す。したがって、任意の所定のPAN系前駆体繊維が等温安定化ステップにおいて曝露され得る最大温度および/または滞留時間は、前駆体間で大きく変動し得、本明細書に記載の方法を用いて、選択したPAN前駆体の熱耐性の理解を深めることによって定義されるべきである。任意の特定の繊維前駆体を温度および滞留時間の許容度に関してスクリーニングする本発明のスクリーニング方法の適用に基づいて熱耐性が探究されるため、使用する前駆体の正確な組成そのものは、特定の前駆体に最適な安定化条件の決定における因子ではない。
【0091】
本明細書に記載の改善されたPAN系前駆体繊維等温安定化方法は、4つの異なるPAN系前駆体繊維を使用して検証されており、そのうち2つは市販のPAN系前駆体繊維であり、2つはインハウス開発されたPAN系前駆体繊維である。2つのインハウスの前駆体繊維組成物の詳細は、表の最後の2行に記載されている。
【0092】
例として、安定化温度と構造変換指数との相関を、
図3に示す。
[結果]
表1に示されるように、試験をした全てのPAN系繊維前駆体が、本明細書に記載の方法を使用して特定された最適処理条件下で等温処理されると、必要な構造変換指数を達成することが判明した。
【0093】
一般に、表1に示される試験をしたPAN系繊維前駆体の最適条件は、単一の安定化段階において適用される、約12分または約24分(「約」は±0.05分を意味する)のいずれかの滞留時間での約260℃~約270℃の間(「約」は±1%を意味する)の等温安定化温度(前駆体の種類に依存する)を含んでいた。
【0094】
本明細書に記載の提案された迅速な熱安定化プロトコルを採用して4つの前駆体のそれぞれの試料トウの繊維のための最適安定化条件を得た後、続いて各前駆体の種類の熱安定化された繊維を炭化し、表に開示された条件下での炭素繊維の製造に成功した。得られた炭素繊維の特性を表1に示す。
【0095】
本発明の方法に供された前駆体の全ての場合において炭素繊維の製造に成功したが、市販の前駆体1から製造された炭素繊維の機械的特性は、他の炭素繊維と比較して大幅に高い特性を示した。
【0096】
本研究から製造された多くの炭素繊維の特性は、ほぼT300市販繊維に近いことに留意すべきである。好ましい炭素繊維の特性は、自動車における使用に要求される特性を超える。
【0097】
市販の前駆体1は、繊維が後の炭化ステップ中の高温に十分耐えうるほど熱的に安定であることを確実にするために、まず空気雰囲気中、約1600cNの張力下、265℃で12分間安定化された。処理された前駆体繊維の構造変換指数はFTIR技術を使用して評価され、0.55であることが判明した。
【0098】
その後、安定化された繊維を、各ゾーンは450、650および850℃に維持された3つの温度ゾーンを有する低温炉内において約550cNの張力で約3.6分の全滞留時間の第1の炭化段階で処理する。
【0099】
後に、これらの繊維を、1200および1400℃に維持された2つの温度ゾーンを有する高温炉内でさらに炭化する。このさらなる炭化段階で適用された全滞留時間および張力は、それぞれ2.4分および約2300℃である。
【0100】
市販の前駆体1から開始する上記の研究は、3.68GPaの引張強度、223.7GPaの引張弾性率および1.77の%伸びを有する望ましい炭素繊維をもたらした。
【0101】
【国際調査報告】