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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-07-17
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20240709BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20240709BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/36
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023580509
(86)(22)【出願日】2022-06-30
(85)【翻訳文提出日】2024-02-26
(86)【国際出願番号】 EP2022068049
(87)【国際公開番号】W WO2023275237
(87)【国際公開日】2023-01-05
(31)【優先権主張番号】21183417.1
(32)【優先日】2021-07-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.MATLAB
(71)【出願人】
【識別番号】506297474
【氏名又は名称】ヴァルター アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】マンス, トルステン
(72)【発明者】
【氏名】ヤンセン, ヴィーベケ
【テーマコード(参考)】
3C046
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF02
3C046FF03
3C046FF04
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF22
3C046FF23
3C046FF24
3C046FF25
4K030AA03
4K030AA09
4K030AA14
4K030AA17
4K030AA18
4K030BA02
4K030BA18
4K030BA36
4K030BA38
4K030BA43
4K030BB12
4K030CA03
4K030CA11
4K030FA10
4K030JA01
4K030JA10
4K030LA22
(57)【要約】
本発明は、基材および多層耐摩耗性硬質コーティングからなる被覆切削工具およびそれを製造するための方法に関し、硬質コーティングの層は、化学気相堆積(CVD)によって堆積され、交互のC型およびN型副層の多副層構造、ならびに3.0~5.5の範囲の組織係数TC(4 2 2)によって特徴付けられる全体的な繊維組織を有するTiCN層、酸素含有TiまたはTi+Al化合物結合層、および組織係数TC(0 0 12)>5によって特徴付けられる全体的な繊維組織を有する、結合層の上のα-Al層を含む。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材および多層耐摩耗性硬質コーティングからなる切屑形成金属加工のための被覆切削工具であって、
a)2μm~20μmの全厚を有するTiCN層であり、
TiCN層は、合計p個の交互のC型およびN型副層の多副層構造を有し、pが5~25、好ましくは5~12の範囲の偶数または奇数であり、
C型およびN型副層は、炭素および窒素の原子比に関して異なる化学量論を有し、C型TiCN副層が1.0≦C/N≦2.0の範囲のC/N比を有し、N型TiCN副層が0.5≦C/N<1.0の範囲のC/N比を有し、隣接するC型層およびN型層のC/N比の差が≧0.2であり、
TiCN層は、3.0~5.5の範囲の組織係数TC(4 2 2)によって特徴付けられる全体的な繊維組織を有し、TC(4 2 2)が、以下:
(式中、
I(h k l)=(h k l)反射のXRD強度
(h k l)=ICDDのPDFカード番号01-071-6059による標準粉末回折データの標準強度
n=7=計算に使用される反射の数であり、これにより使用される7つの(h k l)反射は:(1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 0)、(3 1 1)、(3 3 1)、(4 2 0)および(4 2 2)である)
の通り定義される、TiCN層、
b)全厚0.5μm~3μmの、TiCN層の上の単層または多副層酸素含有TiまたはTi+Al化合物結合層、
c)全厚2μm~15μmの、結合層の上のα-Al層であり、
α-Al層は、組織係数TC(0 0 12)>5によって特徴付けられる全体的な繊維組織を有し、TC(0 0 12)が、以下:
(式中、
I(h k l)=(h k l)反射のXRD強度
(h k l)=NIST標準粉末SRM676aで測定された標準強度
n=8=計算に使用される反射の数であり、これにより使用される8つの(h k l)反射は:(1 0 4)、(1 1 0)、(1 1 3)、(0 2 4)、(1 1 6)、(3 0 0)、(0 0 12)および(0 1 14)である)
の通り定義される、α-Al層を含み、
標準強度が、以下の値:
を有する、被覆切削工具。
【請求項2】
TiNまたはTiCの少なくとも1つの基層が、基材表面のすぐ上およびTiCN層の下に堆積され、基層が、0.3~1.5μm、または0.3~1.0μm、または0.3~0.7μmの範囲の厚さを有する、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
TiCN層が、3.5~5.5または4.0~5.3の範囲の組織係数TC(4 2 2)によって特徴付けられる全体的な繊維組織を有する、請求項1または2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
成長方向におけるTiCN層の多副層構造において、基層の上の第1の副層および結合層の下の最終副層がC型層である、請求項1から3のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
TiCN層の多副層構造において、各N型副層が、隣接するC型副層のそれぞれの50%未満、または40%未満、または30%未満の厚さを有する、請求項1から4のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
TiCN層の多副層構造において、各N型副層が少なくとも0.05μm、または少なくとも0.1μm、または少なくとも0.2μmの厚さを有する、請求項1から5のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
成長方向におけるTiCN層の多副層構造において、
- 第1のC型副層が2~15μmの範囲の厚さを有し、後続のC型副層が0.5~4μmの範囲の厚さを有するか、または
- すべてのC型副層が0.5~4μmの範囲の厚さを有する、請求項1から6のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
TiまたはTi+Al化合物結合層が、多副層構造およびTiCNOまたはTiAlCNOの全組成を有する、請求項1から7のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項9】
基材が、超硬合金、サーメット、セラミック、鋼または立方晶窒化ホウ素、好ましくは超硬合金からなる、請求項1から8のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項10】
硬質コーティングの層が化学気相堆積(CVD)によって堆積され、TiCNが600℃~900℃の範囲の反応温度のMT-CVDによって堆積されたMT-TiCN層であり、および/またはTiまたはTi+Al化合物結合層が900℃~1200℃の範囲の反応温度のHT-CVDにより堆積され、および/またはα-Al層が900℃~1200℃の範囲の反応温度のHT-CVDによって堆積される、請求項1から9のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項11】
ISO PまたはISO K鋼材の連続および断続切屑形成加工、好ましくは旋削作業のための、請求項1から10のいずれか一項に記載の被覆切削工具の使用。
【請求項12】
多層耐摩耗性硬質コーティングが化学気相堆積(CVD)によって基材上に堆積される、請求項1から10のいずれか一項に記載の被覆切削工具を製造するための方法であって、
- 少なくともTiCl、H、NおよびCHCN、ならびに任意選択でHClを含むプロセスガス組成物から、600℃~900℃の範囲の反応温度のMT-CVDにより、pが5~20の範囲の偶数または奇数である合計p個の交互のC型およびN型副層の多副層構造のTiCN層を2μm~20μmの全厚まで堆積させる工程であり、
C型およびN型副層が、炭素および窒素の原子比に関して異なる化学量論を有し、C型TiCN副層が1.0≦C/N≦2.0の範囲のC/N比を有し、N型TiCN副層が0.5≦C/N<1.0の範囲のC/N比を有し、隣接するC型層とN型層のC/N比の差が≧0.2であり、C/N比がプロセスガス組成物中のN/CHCNの比によって調整される、工程、
- 少なくともTiCl、H、N、CO、およびAlが存在する場合はAlCl、ならびに任意選択でCHおよび/またはHClを含むプロセスガス組成物から、熱HT-CVDまたはMT-CVDにより、TiCN層の上に単層または多副層酸素含有TiまたはTi+Al化合物結合層を0.5μm~3μmの全厚まで堆積させる工程、
- 900~1200℃の範囲の温度、30~150mbarの範囲の圧力、2~20分の時間、およびH、N、1~10vol.%のCOおよび1~20vol.%のCOを含む(からなる)ガス雰囲気中で、結合層に対して酸化工程を実施する工程、
- 900℃~1200℃の範囲の反応温度のHT-CVDにより、酸化工程で処理された結合層の上に全厚2μm~15μmのα-Al層を堆積させる工程
を含む、方法。
【請求項13】
少なくともTiCl、HおよびNを含むプロセスガス組成物から、熱HT-CVDまたはMT-CVDにより、基材表面のすぐ上にTiNまたはTiCの少なくとも1つの基層を0.3~1.5μmの範囲の基層厚さまで堆積させる工程を含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
TiまたはTi+Al化合物結合層が、多副層構造を得るための複数の後続の堆積工程によって堆積され、各堆積工程が900℃~1200℃の範囲の反応温度のHT-CVDによって実施される、請求項12または13に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材および多層耐摩耗性硬質コーティングからなる切屑形成金属加工のための被覆切削工具であって、硬質コーティングの層が化学気相堆積(CVD)によって堆積される、被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
金属加工に使用される一般的な切削工具は、超硬合金、サーメット、セラミック、鋼または立方晶窒化ホウ素などの基体、およびCVDまたはPVDによって堆積された単層または多層耐摩耗性硬質材料コーティングからなる。具体的には、一種の高性能切削工具は、超硬合金の基体(基材)、TiCまたはTiNの薄い基層、ほとんどの場合MT-TiCN(中温CVD)として堆積されるTiCNの層、続いてアルファ、カッパまたは混合アルファ+カッパAl層を含む。TiCN層とAl層との間にTi化合物またはTi+Al化合物結合層を設けることも公知であり、この結合層は、下地TiCN層からAl層に結晶学的特性を伝えるのに好適であってもよく、Al層の変態、組織および接着に影響を及ぼす可能性がある。例えば、TiまたはTi+Al化合物結合層の表面におけるある程度の酸化は、カッパ変態よりもアルファAlの形成を促進する可能性がある。例は、US7,172,807に見出すことができる。
【0003】
このような切削工具の性能および寿命は、様々なパラメータによって影響される。いくつかのパラメータは、被削材、意図する切削作業などの、所望の加工用途により多かれ少なかれ与えられる。しかし、切削工具それ自体、特にコーティング特性、ならびに異なる摩耗の種類に影響を与え、工具寿命および切削性能を高めるコーティングの異なる部分と層との間のバランスに関しては、依然として改善の可能性がある。
【0004】
発明の目的
本発明の目的は、特にISO PおよびISO K鋼用途のための、連続および断続切削における改善された耐摩耗性および耐酸化性、ならびに向上した刃線靭性を有する被覆切削工具を提供することである。
【発明の概要】
【0005】
この目的は、基材および多層耐摩耗性硬質コーティングからなる切屑形成金属加工用被覆切削工具であって、
a)2μm~20μmの全厚を有するTiCN層であり、
TiCN層が、合計p個の交互のC型およびN型副層の多副層構造を有し、pが5~25、好ましくは5~12の範囲の偶数または奇数であり、
C型およびN型副層が、炭素および窒素の原子比に関して異なる化学量論を有し、C型TiCN副層が1.0≦C/N≦2.0の範囲のC/N比を有し、N型TiCN副層が0.5≦C/N<1.0の範囲のC/N比を有し、隣接するC型層およびN型層のC/N比の差が≧0.2であり、
TiCN層が、3.0~5.5の範囲の組織係数TC(4 2 2)によって特徴付けられる全体的な繊維組織を有し、TC(4 2 2)が、以下:
(式中、
I(h k l)=(h k l)反射のXRD強度
(h k l)=ICDDのPDFカード番号01-071-6059による標準粉末回折データの標準強度
n=7=計算に使用される反射の数であり、これにより使用される7つの(h k l)反射は:(1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 0)、(3 1 1)、(3 3 1)、(4 2 0)および(4 2 2)である)
の通り定義される、TiCN層、
b)全厚0.5μm~3μmの、TiCN層の上の単層または多副層酸素含有TiまたはTi+Al化合物結合層、
c)全厚2μm~15μmの、結合層の上のα-Al層であり、
α-Al層が、組織係数TC(0 0 12)>5によって特徴付けられる全体的な繊維組織を有し、TC(0 0 12)が、以下:
(式中、
I(h k l)=(h k l)反射のXRD強度
(h k l)=NIST標準粉末SRM676aで測定された標準強度
n=8=計算に使用される反射の数であり、これにより使用される8つの(h k l)反射は:(1 0 4)、(1 1 0)、(1 1 3)、(0 2 4)、(1 1 6)、(3 0 0)、(0 0 12)および(0 1 14)である)
の通り定義される、α-Al層を含み、
標準強度が、以下の値:
を有する、被覆切削工具によって解決された。
【0006】
本明細書の以下では、用語「TiCN層の{2 1 1}組織」および「α-Al層の{0 0 1}組織」は、それぞれの結晶学的平面がランダム配向よりも頻繁に基材表面に対して平行に(層の成長方向に対して垂直に)配向している、多結晶層における好ましい結晶学的配向を意味する。好ましい結晶学的配向は、本明細書ではXRDによって決定され、それぞれ対応する(平行な)結晶学的{4 2 2}および{0 0 12}平面の組織係数、TiCN層のTC(4 2 2)、およびα-Al層のTC(0 0 12)によって表される。
【0007】
切削工具の特性および性能を改善する試みは、いくつかの側面を同時に考慮しなければならない。組織係数TC(0 0 12)>5によって表されるα-Al層の高い{0 0 1}組織の制御が、高い耐酸化性および耐クレーター摩耗性に重要であることが見出された。好ましくは、α-Al層の組織係数TC(0 0 12)は>6である。一方、耐逃げ面摩耗性は、コーティング層シーケンスのTiCN層の微細構造および組織によって強く影響されることが見出された。切削工具の性能および工具寿命に不可欠なもう1つの特徴は刃線靭性であるが、これは層接触面におけるコーティング層の接着によって制限される場合がある。低い接着は、破断、チッピングおよび/または剥離、したがって工具の早期破損につながる。本発明者らは、特定のコーティングシーケンスおよびコーティング層のそれぞれの特性により、改善された刃線靭性および逃げ面摩耗、ならびに改善された耐酸化性および耐クレーター摩耗性をもたらす新規被覆切削工具を見出した。
【0008】
本発明の被覆切削工具の最良の態様では、硬質コーティングの層は化学気相堆積(CVD)によって堆積され、多副層構造を有するTiCN層は、600℃~900℃の範囲の反応温度のMT-CVDによって堆積されたMT-TiCN層である。多結晶TiCN層は、柱状粒からなる。
【0009】
TiまたはTi+Al化合物結合層は、好ましくは900℃~1200℃の範囲の反応温度のHT-CVDによって堆積され、α-Al層も、好ましくは900℃~1200℃の範囲の反応温度のHT-CVDによって堆積される。
【0010】
Al層下のTiまたはTi+Al化合物層におけるある程度の酸化状態は、他の変態よりもアルファ変態の核生成およびその後の成長を促進することが公知であった。しかし、α-Al層の発達および組織のレベルは、Al層の堆積条件それ自体だけでなく、下地TiCN層の微細構造および結晶学的配向によってもある程度まで決定されることが見出された。したがって、TiCN層の制御は、その後のα-Al層の特性を制御するためにも不可欠である。
【0011】
本発明者らは、高い{2 1 1}組織を有する微細粒TiCN層が、高い{0 0 1}組織のα-Al層の制御された核生成および堆積、ならびにコーティングの高い耐逃げ面摩耗性を促進することを認識した。したがって、最初の試みでは、高い{0 0 1}組織のα-Al層および耐逃げ面摩耗性から生じる有利な特性を改善するために、TiCN層の可能な限り高い{2 1 1}組織が想定される。
【0012】
しかし、本発明者らにより、特にα-Al層とコーティングの下地結合層との間の接触面における接着が、TiCN層の微細構造および結晶学的配向によって強く影響されることが、多数の実験および分析によってさらに見出された。高い{0 0 1}組織のα-Al層および高い耐逃げ面摩耗性の利点を促進するTiCN層の高い{2 1 1}組織は、α-Al層と結合層との間の接触面における非常に弱い接着としばしば組み合わされ、特に工具の刃線で破断およびチッピング、したがって工具性能および工具寿命の損失をもたらすことが見出された。
【0013】
この矛盾は、本発明により、本明細書で定義される多層耐摩耗性硬質コーティングによって解決することができ、ここでTiCN層は、明確に定義されたC/N比の5~25の特定数の交互のC型およびN型副層の多副層構造を有し、TiCN層は、3.0~5.5の指定範囲内の組織係数TC(4 2 2)によって表される{2 1 1}組織を有する。好ましくは、組織係数TC(4 2 2)は、3.5~5.5、または4.0~5.3である。
【0014】
一方では、TiCN層の組織係数TC(4 2 2)は、その後のα-Al層の成長および有利な特性を促進するのに十分に高い。他方では、TiCN層の組織係数TC(4 2 2)を制限することで、α-Al層と結合層との間の接着の問題が低減または回避されることが見出された。
【0015】
これらの特性を達成するために、主にC型TiCNからなる多副層TiCN層を堆積させることが有利であることが見出され、ここでC型TiCNの成長は、N型TiCN副層の堆積によって規則的に中断される。N型TiCNの副層によるC型TiCNの成長条件の中断は、本明細書で組織係数TC(4 2 2)によって表されるTiCN層の{2 1 1}組織を制御すると仮定され、見出されている。C型TiCNがTiCN層の{2 1 1}組織を促進するのに対し、N型TiCN副層の種類および数は、TiCN層の{2 1 1}組織の制限を制御および調整するのに好適である。N型層単層の堆積だけでは、ランダムな組織の結晶および/または非常に粗い粒などの欠点を伴うことが判明した。
【0016】
TiCN層の多副層構造において、N型副層が隣接するC型副層に比べて薄い場合、TiCN層の最良の特性および{2 1 1}組織の制御が達成されることが示されている。好ましくは、各N型副層は、隣接するC型副層のそれぞれの50%未満、または40%未満、または30%未満の厚さを有する。他方では、各N型副層は、少なくとも0.05μm、または少なくとも0.1μm、または少なくとも0.2μmの厚さを有するべきである。そうでなければ、TiCN多層の組織を制御するためのN型副層の効果が低すぎる。
【0017】
TiCN層の堆積中のC型副層とN型副層との間の変化は、堆積条件、特に反応ガス組成の変化によって制御される。C型およびN型副層の厚さは、それぞれのC型およびN型条件下での堆積時間によって制御される。異なるC型およびN型条件下での堆積速度は必然的に同じであってはならないが、単純な実験によって特定の条件下でのそれぞれの堆積速度を見出すことは、当業者の技能の範囲内であることが言及されるべきである。
【0018】
また、TiCN層の所望の特性を達成するために、交互のC型およびN型副層の数は、少なすぎても多すぎてもならないことが見出された。TiCN層の{2 1 1}組織を有益な組織係数TC(4 2 2)の範囲内に制御するには、5~25の交互のC型およびN型副層の数が有利であることが判明した。
【0019】
本発明によれば、C型TiCN副層は、1.0≦C/N≦2.0の範囲のC/N比を有し、N型TiCN副層は、0.5≦C/N<1.0の範囲のC/N比を有する。本発明の一実施形態では、C型TiCN副層は1.2≦C/N<1.5の範囲のC/N比を有し、N型TiCN副層は0.7<C/N<1.0の範囲のC/N比を有する。交互のN型TiCN副層の堆積によるC型TiCNの成長の中断の効果は、C型を中断するN型副層の数だけでなく、C/N比の調整およびC型副層とN型副層との間のC/N比の差によっても影響され得る。堆積プロセスでは、堆積層のC/N比は、堆積条件、主にNドナーとCドナーの比によって調整される。NおよびC供給源としてNおよびCHCNを含む反応ガス系では、C/N比は、これらの前駆体ガスの比によって調整される。
【0020】
本発明によれば、隣接するC型層とN型層のC/N比の差は≧0.2である。本発明の好ましい実施形態では、C型層とN型層のC/N比の差は、0.3~1.5、または0.4~1.0、または0.5~0.8の範囲内である。隣接するC型層とN型層のC/N比の差が小さすぎると、TiCN層の結晶学的特性を制御する所望の効果が弱すぎる。
【0021】
本発明の被覆切削工具の基材は、超硬合金、サーメット、セラミック、鋼または立方晶窒化ホウ素などの、金属切削工具に好適であることが当技術分野で公知の任意の種類のものであってもよく、それにより超硬合金が特に好適であり好ましい。
【0022】
本発明の被覆切削工具は、連続および断続切削、特にISO-PおよびISO-K鋼被削材用途における旋削作業で優れた耐摩耗性および耐酸化性、ならびに向上した刃線靭性を示すことが判明した。したがって、本発明は、ISO-PおよびISO-K鋼材の連続および断続切削のための本発明の被覆切削工具の使用を含む。
【0023】
本発明の被覆切削工具の好ましい実施形態では、TiNまたはTiCの少なくとも1つの基層は、基材表面のすぐ上およびTiCN層の下に堆積される。好適な基層は、0.3~1.5μm、または0.3~1.0μm、または0.3~0.7μmの範囲の厚さを有する。基層は、熱HT-CVDまたはMT-CVDによって堆積させることができる。
【0024】
基層は、基材へのTiCN層の接着を改善するのに好適である。また、基層は、HT-CVDアルミナ堆積時などのその後の高温処理において、基材からTiCNコーティング層、またその逆へのCoなどの成分の拡散を回避するか、または少なくとも低下させるバリア層としても機能することができる。
【0025】
本発明の被覆切削工具の好ましい実施形態では、成長方向におけるTiCN層の多副層構造において、基層の上の第1の副層はC型層である。別の好ましい実施形態では、基層の上の第1の副層と結合層の下の最終副層の両方がC型層である。
【0026】
上述のように、多層TiCN層の主要な割合は、TiCN層の{2 1 1}組織を促進し、ひいてはα-Al層の{0 0 1}組織を促進する型であることが判明しているC型TiCNであり、一方でN型副層は、好ましくはTiCN層の{2 1 1}組織の発達を制御するために介在する。しかし、N型層が基層の上に第1の副層として堆積する場合、TiCN層の{2 1 1}組織の発達が少なくなり、結果としてα-Al層の{0 0 1}組織が少なくなったことが見出された。結合層の下の最終副層もC型層である場合、効果はさらに高められ、α-Al層の{0 0 1}組織のより良い制御が達成される。
【0027】
TiCN層の多副層構造に関して、本発明の被覆切削工具の2つの好ましい変形例がある。
【0028】
第1の変形例では、成長方向における第1のC型副層は比較的厚く、5~15μmの範囲の厚さを有し、後続のC型副層はより薄く、0.5~4μmの範囲の厚さを有し、さらに薄いN型副層がC型層の間に堆積される。この変形例では、第1の段階で、第1のより厚いC型副層が顕著な{2 1 1}組織を発達させ、後続の層のための一種のテンプレートを設定する。
【0029】
第2の変形例では、成長方向における各C型副層は0.5~4μmの範囲の厚さを有し、さらに薄いN型副層がC型層の間に堆積される。この変形例も非常に良好に機能し、TiCN層における交互のC型およびN型副層の数が上限範囲内にあり、TiCN層の全厚が高くなりすぎてはならない場合に特に好適である。
【0030】
本発明のコーティングの結合層は、0.5μm~3μmの全厚を有する、TiCN層の上に堆積された単層または多副層酸素含有TiまたはTi+Al化合物層である。好ましくは、結合層は、多副層構造およびTiCNOまたはTiAlCNOの全組成を有する。結合層のCVD堆積では、反応ガス組成に一酸化炭素COを添加することによって酸素を導入することができる。好ましい実施形態では、堆積した結合層は、後続のAl層の核生成および成長の前に、さらに酸化工程に供される。TiまたはTi+Al結合層内の酸素の存在および結合層表面の酸化は、α変態におけるAl層の成長を促進するのに好適である。
【0031】
本発明はまた、多層耐摩耗性硬質コーティングが化学気相堆積(CVD)によって基材上に堆積される、本明細書で定義される本発明の被覆切削工具を製造するための方法であって、
- 少なくともTiCl、H、NおよびCHCN、ならびに任意選択でHClを含むプロセスガス組成物から、600℃~900℃の範囲の反応温度のMT-CVDにより、pが5~20の範囲の偶数または奇数である合計p個の交互のC型およびN型副層の多副層構造のTiCN層を2μm~20μmの全厚まで堆積させる工程であり、
C型およびN型副層が、炭素および窒素の原子比に関して異なる化学量論を有し、C型TiCN副層が1.0≦C/N≦2.0の範囲のC/N比を有し、N型TiCN副層が0.5≦C/N<1.0の範囲のC/N比を有し、隣接するC型層とN型層のC/N比の差が≧0.2であり、C/N比がプロセスガス組成物中のN/CHCNの比によって調整される、工程、
- 少なくともTiCl、H、N、CO、およびAlが存在する場合はAlCl、ならびに任意選択でCHおよび/またはHClを含むプロセスガス組成物から、熱HT-CVDまたはMT-CVDにより、TiCN層の上に単層または多副層酸素含有TiまたはTi+Al化合物結合層を0.5μm~3μmの全厚まで堆積させる工程、
- 900~1200℃の範囲の温度、30~150mbarの範囲の圧力、2~20分の時間、およびH、N、1~10vol.%のCOおよび1~20vol.%のCOを含むまたはからなるガス雰囲気中で、結合層に対して酸化工程を実施する工程、
- 900℃~1200℃の範囲の反応温度のHT-CVDにより、酸化工程で処理された結合層の上に全厚2μm~15μmのα-Al層を堆積させる工程
を含む、方法を含む。
【0032】
好ましくは、方法は、少なくともTiCl、HおよびNを含むプロセスガス組成物から、熱HT-CVDまたはMT-CVDにより、基材表面のすぐ上にTiNまたはTiCの少なくとも1つの基層を0.3~1.5μmの範囲の基層厚さまで堆積させるさらなる工程を含む。
【0033】
TiまたはTi+Al化合物結合層は、好ましくは多副層構造を得るために複数の後続の堆積工程によって堆積され、各堆積工程は、900℃~1200℃の範囲の反応温度のHT-CVDによって実施される。本明細書の例では、結合層は5工程プロセスで堆積され、TiCN副層から開始し、酸素を層に取り込むために反応ガス中にCOを含むプロセス条件下での複数の工程、およびAlを層に取り込むためにAlClを含む工程が続く。結合層の全(全体)組成は、Ti+Al+C+N+Oである。結合層の堆積の後に、H、N、COおよびCOを含むガス雰囲気中900℃~1200℃の範囲、好ましくは約1000℃の高温での酸化工程が続く。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】異なるA接着分類(図1a:A=1;図1b:A=2;図1c:A=3)のコーティングの研磨されたキャロット研削面の光学顕微鏡写真(LOM)の例を示す図である。
図2】それぞれTiCN層の副層の数に対してプロットされ(図2a)、TiCN層の組織係数TC(4 2 2)に対してプロットされた(図2b)、被覆切削工具試料の本発明および比較例のAおよびZ接着の平均値を示す図である。
図3】12分の切削時間(図3a、3c、3e)および15分の切削時間(図3b、3d、3f)のクレーター摩耗試験(C45E鋼における旋削作業)後の、本発明試料(図3a、3b:4WAG51;図3c、3d:4WAG60)ならびに基準試料(図3e、3f:1246260)のクレーター摩耗の光学顕微鏡写真を示す図である。
図4】クレーター摩耗試験での3分間の各サイクル後の、図3に示される4WAG51、4WAG60および基準1246260の試料の逃げ面摩耗を示す図である。
図5】靭性試験における本発明試料4WAG51および4WAG55ならびに基準試料1246260の逃げ面摩耗を示す図であり、最大摩耗幅がサイクル数に対してプロットされ、工具寿命終了時の各試料の刃線損傷(ELD)が示されている(逃げ面のVBmax≧0.3mm)。
図6】本発明のTiCN層の試料の層成長方向における線A-Bに沿ったTEM(図5a)およびEDXSラインスキャン(図5b)の例を示す図である。TEM像では、より厚いC型副層(明色)が6つの薄いN型副層(暗色)によって中断される。EDXSラインスキャンは、線A-Bの約4μmの長さにわたる%単位のTi、CおよびNの濃度を示す。この試料では、EDXSによって決定して、C型副層の平均C/N比は約1.42であり、n型副層の平均C/N比は約0.85であった。C/N比の結果は、EELSラインスキャンによって確認することができた。
【発明を実施するための形態】
【0035】
定義および方法
MT-TiCN
「MT-TICN」という用語は、本明細書で使用される場合、TiCNが中温CVD(MT-CVD)によって堆積されることを意味し、これにより高温CVD(HT-CVD)によって堆積される材料が区別される。
【0036】
X線回折(XRD)測定
X線回折測定は、CuKα線およびPIXcel 1D RTMS検出器を使用したPanalytical CubiX3回折計で行った。X線管は、45kVおよび40mAでラインフォーカスで操作した。測定は、Bragg-Brentanoジオメトリで行った。一次ビーム側には、0.04radのSollerスリット、0.5°の固定発散スリット、および1°の散乱防止スリットを使用した。X線ビームが試料のコーティング面上にスピルオーバーするのを避けるために、幅1.6mmのビームマスクを挿入した。二次側には、8mmの固定散乱防止スリット、0.04radのSollerスリット、および厚さ20μmのNiKβフィルターを使用した。19°≦2θ≦130°の角度範囲内で、0.0158°刻みおよびおよそ0.2秒の計数時間で対称θ-2θスキャンを行った。
【0037】
データ分析は、Cu-Kαストリッピング(Rachinger法)およびバックグラウンド除去を行った後、測定した2θスキャンに疑似フォークトプロファイルをフィッティングすることにより、Matlabベースのピークフィッティング手順を使用して行った。本明細書におけるピーク強度は、ピーク面積強度である。バルク材料における天然の浸透深さとは対照的に、層の限られた厚さを考慮する薄膜吸収(TF)補正をすべての試料に適用した。さらに、それぞれの目的の層の上に堆積された層に対して吸収補正(Abs)を適用した。薄膜(TF)補正および吸収(Abs)補正に適用した式は当業者に公知であり、以下に示される:
【0038】
それぞれ、薄膜補正の式(ITF corr)において、Sは目的の層の厚さであり、吸収補正の式(IAbs corr)において、Sは吸収最上層の厚さである。「μ」は、それぞれの層材料の線吸収係数であり、μ(α-Al)=0.01258μm-1およびμ(TiCN)=0.08150μm-1である。(Birkholz、Thin Film Annalysis by X-ray Scattering、2006、Wiley-VCH、ISBN 3-527-31052-5、第5.5.3章、211~215頁も参照されたい)。
【0039】
結合層はTiCNコーティングに比べて薄く、同じ結晶構造、および同様の化学組成を有するため、両層の重なった干渉ピークは、分離することまたは信頼性の高いデコンボリューションを行うことができない。そのため、TiCNコーティングを覆う結合層については、それぞれ別個の吸収補正および薄膜補正は行わなかった。代わりに、これらは1つの層として扱われる。
【0040】
組織係数 TC(h k l)
「繊維組織」という用語は、気相堆積によって生成される多結晶薄膜に関連して一般的に使用される場合、一組の幾何学的に等価な結晶学的平面{h k l}が基材表面に対して優先的に平行に配向していることが見出されるという点で、成長した粒がランダム配向と比較して優先的に結晶学的に配向していることを説明する。
【0041】
好ましい成長、すなわち一組の幾何学的に等価な結晶学的平面{h k l}が基材に対して優先的に平行に配向していることが見出されていることを表す手段は、それぞれの試料で測定された規定の組のXRD反射に基づいて、Harrisによって提案された式を使用して計算される組織係数TC(h k l)である(Harris,G.B.、Philosophical Magazine Series 7、43/336、1952、113~123頁)。Harrisの式によると、測定されたピーク強度I(h k l)は、それぞれのlCDDのPDFカードから取得された、または標準基準粉末で測定された相対標準強度I(h k l)と相関する。
【0042】
結晶性材料の層の組織係数TC(h k l)>1は、少なくともHarrisの式で使用されるXRD反射と比較して、結晶性材料の粒が、ランダムな分配よりも頻繁に、その{h k l}結晶学的平面が基材表面に平行な状態で配向していることを示す。本明細書における組織係数TC(h k l)の計算では、測定されたピーク強度I(h k l)は、上記のように補正された正味のピーク面積強度を意味する。
【0043】
TiCNには、ICDDのPDFカード番号01-071-6059を適用し、計算に以下の(h k l)反射を使用した(n=7):
【0044】
α-Alでは、認定NIST(アメリカ国立標準技術研究所)標準粉末SRM676aを用いて、上記のように測定することによって標準ピーク面積強度I(h k l)を得た。計算には以下の(h k l)反射を使用した(n=8):
【0045】
走査電子顕微鏡(SEM)
SEM分析のために、インサートを断面で切断し、ホルダーに取り付け、i)Struers Piano220ディスクと水で6分間研削し、ii)9μmのMD-Largo Diamond懸濁液で3分間研磨し、iii)3μmのMD-Dac Diamond懸濁液で3:40分間研磨し、iv)1μmのMD-Nap Diamond懸濁液で2分間研磨し、v)OP-Sコロイダルシリカ懸濁液で少なくとも12分間研磨/エッチング(コロイダルシリカの平均粒径=0.04μm)することによって処理した。SEM検査前に、検体を超音波洗浄した。SEM画像は、30μmのアパーチャー、2.5kVの加速電圧、および5mmの作動距離を使用して、Zeiss Supra 40 VP電界放出形走査電子顕微鏡を用いて取得した。
【0046】
TEM分析用試料調製
TEM用試料の調製は、ガリウム液体金属イオン源を装備した複合機FIB/SEM装置Zeiss Crossbeam 540電界放出形走査電子顕微鏡を使用して表面から薄い断面片を切り出し、試料を十分な電子透過性に至るまで薄くするin-situリフトアウト技術によって作製した。
【0047】
分析透過電子顕微鏡(TEM)調査(STEM-EDXS)
走査透過電子顕微鏡(STEM)イメージングとエネルギー分散型X線分光法(EDXS)による元素マッピングの組合せは、一次電子エネルギー200keVおよび電子電流1nAでFEI Tecnai Osiris顕微鏡を用いて行い、顕微鏡には、高輝度電界放出形電子銃および4つのシリコンドリフト検出器(FEI Super-X EDXシステム)が装備されている。
【0048】
STEM-EDXSマッピングを、C型層およびN型層それぞれの副層厚さの決定に使用した。得られた元素分布の定量的ラインプロファイルにより、交互のC型層およびN型層の積層の高い均質性および再現性が示される。C/N比は、Matlabを使用したラインプロファイルフィッティングによって決定した。
【0049】
電子エネルギー損失分光法(EELS)
電子エネルギー損失分光法(EELS)は、300kVでFEI Titan 80-300顕微鏡を用い、GIF Tridiem 865 ER型のGatanイメージングエネルギーフィルターによって行った。EELSラインプロファイル分析はSTEMモードで行った。C/N比の正確な定量化のために、高空間分解能のEELS分析を適用した。これらの測定により、STEM EDXS分析からのデータが確証される。
【0050】
キャロット研削/ボールクレータリング
キャロット研削を使用してコーティングの厚さおよび接着を評価した。インサートをボールクレータリング装置の傾斜した磁気ホルダー上に置いた。3μmの水性ダイヤモンド懸濁液(Struers、DP-Lubricant Green)を滴下して濡らし、>500rpmで駆動シャフトによって駆動させた回転する30mmの鋼ボールにより、コーティングおよび基材材料で球状キャロットを研削した。研削プロセスは、基材材料のキャロット径がおよそ600~1100μmに達した時点で停止した。キャロットの形状を考慮した厚さ測定を、光学顕微鏡(LOM)を使用して専用ソフトウェアによって行った。
【0051】
A接着およびZ接着
「A接着」は、α-Al層の結合層に対する接着を定義し、「Z接着」は、結合層内、すなわち結合層の個々の副層間の内部接着を定義する。AおよびZ接着は、研磨されたキャロット研削面のLOM観察によって評価し、1.0(=完全接着)~3.0(=接着なし)の尺度で目視分類した。
【0052】
層/副層の接触面におけるAおよびZ接着の基準は以下の通りである:
AまたはZ=1:接触面でブレイクアウトが観察されないか、または無視できる。接触面ラインは無傷である。
AまたはZ=2:接触面で軽微なブレイクアウトを観察することができ、接触面ライン全体の約51~80%は劣化していない。
AまたはZ=3:接触面で大きなブレイクアウトまたは連続的な剥離を観察することができ、キャロットの接触面ラインの50~100%が劣化している。
【0053】
図1a、1bおよび1cは、A接着の例を示す(図1a:A=1;図1b:A=2;図1c:A=3)。
【0054】
CVDコーティング
本明細書におけるすべてのCVDコーティングは、内部反応器高さ1580mm、内部反応器直径500mm、および内容積およそ300リットルの工業用サイズのBernex BPX530L型ラジアルフローCVDコーティングチャンバーで調製した。反応ガスを、中央ガス入口パイプから反応器にフィードし、入口パイプに沿って分配された開口部から反応ゾーンに導入し、基材体上に実質的に放射状のガス流を供給した。
【0055】
多数の切削工具インサート基材(最大約15.000のオーダーのインサート)が、反応器内の様々なトレイレベルに、反応ガス出口開口部から半径方向に異なる距離で配置され得ることに留意されたい。したがって、全ガス流、ガス速度、および堆積反応の種類によって、反応ガス組成、したがって同じ反応器内の異なる基材位置での反応性が変化する場合があり、同じ公称反応条件下で同じ堆積操作内で、コーティングされた基材のコーティング厚さおよび他の製品パラメータが変化する場合がある。これは、当業者に周知の現象である。しかし、本発明のコーティング特性を達成するために、全ガス流、ガス速度、堆積時間などの調整などの当技術分野で公知の調整により、このような変動を低減または克服することは、当業者の理解の範囲内である。
【0056】
特に指示されない場合、本明細書の例では、反応器はほぼその全容量までインサートが充填され、それにより調査される試料インサートは、中央入口パイプからのトレイ上の3つの異なる半径位置(位置:中央(C)、中間(M)、周辺(P))、および反応器の高さ内の6つの異なるトレイレベルに配置された。トレイ上の残りの位置は、反応器内でのフルスケールの堆積条件および容積使用量を可能な限り厳密にシミュレートするために、「スクラップ」インサートが充填された。
【0057】
特に指示されない場合、本明細書の例では、層厚、組織係数、AおよびZ接着などの試料について示された測定値は、上述のように反応器内の18の様々な位置から採取された18個の試料の平均を表す。
【0058】
ブラスト
堆積されたコーティングのブラストを実行する場合は、インサートのすくい面で行った。乾式ブラスト(「TS」)は、直径70~120μmのZrO丸型媒体、ブラスト圧力5bar(インジェクタープレッサー=1.8bar)、およびブラスト距離90mmで実施した。湿式ブラスト(「TT」)は、水中20vol%のAlのブラスタースラリー(F240マイクログリット)、ブラスト圧力2.8~3.8bar(インジェクタープレッサー=1.~2.0bar)、ブラスト角度75°、ブラスト距離94.5mmで実施した。
【0059】
クレーター摩耗試験
被覆切削工具は、以下の切削データを使用してC45E鋼で試験した:
切削速度v:270m/分
切削送り、f:0.32mm/回転
切削深さ、a:2.5mm
インサート様式:WNMG080412
(切削流体なし)
【0060】
1つの切削工具につき1つの切刃を評価した。クレーター摩耗の分析では、光学顕微鏡を使用して、露出した基材の面積を測定した。流動する切屑によって形成された摩耗クレーターが副切刃を突き破り/到達したとき、工具の寿命に達したとみなした。各切削工具の摩耗は、3分間の切削後に光学顕微鏡で評価した。その後、工具寿命の基準に達するまで、3分間操作するごとに測定しながら切削プロセスを継続した。クレーター摩耗の他に、逃げ面摩耗も観察した。
【0061】
靭性試験 - 刃線損傷(ELD)
被覆切削工具(ブラストまたは非ブラスト)は、以下の切削データを使用してC45E鋼での間欠旋削作業で試験した:
切削速度v:200m/分
切削送り、f:0.2mm/回転
切削深さ、a:2.64mm
インサート様式:WNMG080412
【0062】
被削材はC45Eからなっていた。この種の試験における間欠切削プロセスは、工具寿命にとって重要であることが示されている。70%の刃線損傷(ELD)(基準#1)、または0.3mmの逃げ面摩耗VBmax(基準#2)に達したかもしくは超えたかのいずれか早い方が発生した場合に、工具寿命の終了に達したと仮定した。水混和性金属作動流体を使用した。
【実施例
【0063】
基材
本実施例では、切削インサート形状ISO型CNMA120412およびWNMG080412である超硬合金の基材を使用した。超硬合金の組成は、WC86.11wt.%、Co5.48wt.%、TaC3.52wt.%、TiC2.12wt.%、NbC2.33wt.%、および他の炭化物0.44wt.%であった。基材は、基材表面から約20μmのCo結合剤濃縮表面ゾーンを有する。
【0064】
CVD堆積では、2つの異なる形状CNMA120412およびWNMG080412のインサートを、CVD反応器内の同じ半径およびトレイレベル位置で、形状CNMA120412の少なくとも1つのインサートと形状WNMG080412の1つのインサートを隣り合わせに配置することにより、同じ条件下での同じ堆積操作でコーティングした。CNMA120408インサートは、形状がより単純で表面が平坦であり、したがって取り扱いが容易であるため、コーティング分析および測定(AおよびZ接着分析を含む)に使用され、一方で鋼加工用の一般的な旋削工具インサート形状であるWNMG080412インサートは、切削試験に使用された。
【0065】
堆積
本明細書の例の堆積におけるコーティングシーケンスは以下であった:TiN基層/TiCNコーティング(MT-TiCN)/TiAlCNO結合層/α-Al層。α-Al層を堆積する前に、結合層に酸化工程を施した。本明細書で調製したすべての本発明および比較例では、TiN基層、TiAlCNO結合層、酸化工程およびα-Al層は、例が単層または多層TiCNコーティングの変形に関して比較可能になるように、それぞれ同じプロセス条件下で堆積させ、実施した。
【0066】
本発明および比較試料の層の堆積のためのプロセスパラメータを表1に示し、TiCNコーティングシーケンスを表3に示す。基準試料1246260の層の堆積のプロセス工程およびパラメータを表2に示す。試料(上述のように反応器内に分配された、それぞれ18個の本発明および比較試料の平均)で測定したパラメータを表4に示す。
【0067】
TiN基層は、厚さ約0.3~0.5μmであった。TiAlCNO結合層は、厚さ約1.0~1.5μmであった。α-Al層は、厚さ約5.5~6.5μmであった。TiCNコーティングの厚さは、厚さ約7.5~11.0μmの範囲であった。
【0068】
結合層は、5つのコーティング工程BL-aからB-eで堆積された多副層構造からなっていた。α-Alの堆積は、工程1および工程2の2工程で実施した。
【0069】
接着分析
本発明および比較試料(表3および表4参照)のAおよびZ接着の平均値を決定し、多層の数(図2a;#-ML)およびTiCN層の組織係数TC(4 2 2)(図2b)に対してそれぞれプロットした。図2aおよび図2bの破線枠内には、TiCN-CおよびTiCN-Dを使用した単層試料(#-ML=1)が印されている。結果は、#-MLおよびTC(4 2 2)は、単層試料であっても、Z接着にほとんど影響を及ぼさないことを示す。しかし、#-MLに対するA接着の強い負の線形依存性、およびTC(4 2 2)に対するA接着の強い正の線形依存性が観察された。いずれの単層試料も、非常に弱いA接着を示す。本発明のTiCN層の#-MLおよびTC(4 2 2)範囲内の多副層試料は、改善されたA接着、および同時に改善された切削特性を示す。
【0070】
靭性試験
基準試料(1246260)ならびに2つの本発明試料(4WAG51および4WAG55)で刃線靭性試験を実施した。各試料は、上述のように「TS+TT」=乾式ブラストおよびその後の湿式ブラストで後処理した。すべての試料は、70%の刃線損傷(ELD)(工具寿命の終了基準#1)に達する前に、0.3mm(工具寿命の終了基準#2)長の逃げ面摩耗VBmaxに達するか、またはそれを超えた。したがって、逃げ面摩耗による工具寿命の終了後に、各試料についてELDを決定した。結果を以下の表5および図5に示す。
【0071】
クレーター摩耗
本発明試料4WAG51および4WAG60ならびに基準試料1246260を、それぞれ12分間および15分間、上述のクレーター摩耗試験(C45E鋼の旋削作業)に供した。図3は、本発明試料の観察された(LOM)摩耗を示す。(図3a=4WAG51、12分;3b=4WAG51、15分、3c=4WAG60、12分;3d=4WAG60、15分;3e=1246260、12分;3f=1246260、15分)。結果は、12分後の本発明試料と基準試料のクレーター摩耗は同程度であったが、15分後の本発明試料の摩耗は依然として許容可能であったのに対し、基準試料の切刃ならびにすくい面および逃げ面はほぼ完全に破壊されたことを示す。図4は、クレーター摩耗試験における3分間の各サイクル後の試料の逃げ面摩耗を示す。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【国際調査報告】