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特表2024-526842ヒト中脳神経前駆細胞を作製するための方法および組成物
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-07-19
(54)【発明の名称】ヒト中脳神経前駆細胞を作製するための方法および組成物
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0797 20100101AFI20240711BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20240711BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20240711BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20240711BHJP
【FI】
C12N5/0797
C12N5/10
C12N5/0735
C12N1/00 F
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024503375
(86)(22)【出願日】2022-05-19
(85)【翻訳文提出日】2024-03-04
(86)【国際出願番号】 US2022029979
(87)【国際公開番号】W WO2023003621
(87)【国際公開日】2023-01-26
(31)【優先権主張番号】63/223,139
(32)【優先日】2021-07-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】523373821
【氏名又は名称】トレイルヘッド バイオシステムズ インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100205707
【弁理士】
【氏名又は名称】小寺 秀紀
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【弁理士】
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100188433
【弁理士】
【氏名又は名称】梅村 幸輔
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【弁理士】
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【弁理士】
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100214396
【弁理士】
【氏名又は名称】塩田 真紀
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【弁理士】
【氏名又は名称】川本 和弥
(74)【代理人】
【識別番号】100221741
【弁理士】
【氏名又は名称】酒井 直子
(74)【代理人】
【識別番号】100114926
【弁理士】
【氏名又は名称】枝松 義恵
(72)【発明者】
【氏名】アミニ ヌーシン
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065AB01
4B065BA02
4B065BA25
4B065BB13
4B065BB19
4B065BB31
4B065BC41
4B065CA44
(57)【要約】
わずか6日間での中脳神経前駆細胞(中脳NPC)の作製を可能にする化学的に定義された培養培地を使用して、ヒト多能性幹細胞から、ヒトコミット中脳神経幹細胞(NSC)および中脳NPCを作製するための方法が提供される。中脳NPCは、成熟ドーパミン作動性ニューロンにさらに分化可能である。培養培地、単離された細胞集団、およびキットもまた提供される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、ヒトOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ 中脳神経前駆細胞(NPC)を作製する方法:
(a)コミット(committed)中脳神経幹細胞(NSC)を得るために、0~3日目に、ヒト多能性幹細胞を、外因的に添加される増殖因子を欠きかつWNT経路アゴニスト、SHH経路アゴニスト、BMP経路アンタゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、およびMEK経路アンタゴニストを含む培養培地中で培養する工程;ならびに
(b)培養6日目にヒトOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ 中脳NPCを得るために、4~6日目に、該コミット中脳NSCを、外因的に添加される増殖因子を欠きかつBMP経路アゴニスト、RA経路アゴニスト、LXR経路アゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、mTOR経路アンタゴニスト、およびTGFβ経路アンタゴニストを含む培養培地中で培養する工程。
【請求項2】
ヒト多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞(iPSC)である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
ヒト多能性幹細胞が、胚性幹細胞である、請求項1記載の方法。
【請求項4】
ヒト多能性幹細胞を、培養中に、ビトロネクチンコートプレートに付着させる、請求項1~3のいずれか一項記載の方法。
【請求項5】
WNT経路アゴニストが、CHIR99021、CHIR98014、SB 216763、SB 415286、LY2090314、3F8、A 1070722、AR-A 014418、BIO、AZD1080、WNT3A、およびこれらの組合せからなる群より選択される、請求項1~4のいずれか一項記載の方法。
【請求項6】
WNT経路アゴニストが、0.5~2.0μMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する、請求項5記載の方法。
【請求項7】
WNT経路アゴニストが、CHIR99021であり、工程(a)および(b)において1.1μMの濃度で培養培地中に存在する、請求項5記載の方法。
【請求項8】
SHH経路アゴニストが、プルモルファミン、GSA 10、SAG、およびこれらの組合せからなる群より選択される、請求項1~4のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
SHH経路アゴニストが、200~800nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する、請求項8記載の方法。
【請求項10】
SHH経路アゴニストが、プルモルファミンであり、550nMの濃度で培養培地中に存在する、請求項8記載の方法。
【請求項11】
BMP経路アンタゴニストが、LDN193189、DMH1、DMH2、ドルソモルフィン、K02288、LDN214117、LDN212854、フォリスタチン、ML347、ノギン、およびこれらの組合せからなる群より選択される、請求項1~4のいずれか一項記載の方法。
【請求項12】
BMP経路アンタゴニストが、100~500nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する、請求項11記載の方法。
【請求項13】
BMP経路アンタゴニストが、LDN193189であり、275nMの濃度で培養培地中に存在する、請求項11記載の方法。
【請求項14】
AKT経路アンタゴニストが、MK2206、GSK690693、ペリフォシン(KRX-0401)、イパタセルチブ(GDC-0068)、カピバセルチブ(AZD5363)、PF-04691502、AT 7867、トリシリビン(NSC154020)、ARQ751、ミランセルチブ(ab235550)、ボルッセルチブ(Borussertib)、セリセルチブ(Cerisertib)、およびこれらの組合せからなる群より選択される、請求項1~4のいずれか一項記載の方法。
【請求項15】
AKT経路アンタゴニストが、25~300nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する、請求項14記載の方法。
【請求項16】
AKT経路アンタゴニストが、MK2206であり、工程(a)では138nMの濃度および工程(b)では50nMの濃度で培養培地中に存在する、請求項14記載の方法。
【請求項17】
MEK経路アンタゴニストが、PD0325901、ビニメチニブ(MEK162)、コビメチニブ(XL518)、セルメチニブ、トラメチニブ(GSK1120212)、CI-1040(PD-184352)、レファメチニブ、ARRY-142886(AZD-6244)、PD98059、U0126、BI-847325、RO 5126766、およびこれらの組合せからなる群より選択される、請求項1~4のいずれか一項記載の方法。
【請求項18】
MEK経路アンタゴニストが、25~300nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する、請求項17記載の方法。
【請求項19】
MEK経路アンタゴニストが、PD0325901であり、110nMの濃度で培養培地中に存在する、請求項17記載の方法。
【請求項20】
BMP経路アゴニストが、BMP、sb4、ベントロモルフィン(ventromorphin)、およびこれらの組合せからなる群より選択される、請求項1~4のいずれか一項記載の方法。
【請求項21】
BMP経路アゴニストが、10~25ng/mlの範囲内の濃度で培養培地中に存在する、請求項20記載の方法。
【請求項22】
BMP経路アゴニストが、BMP7であり、15ng/mlの濃度で培養培地中に存在する、請求項20記載の方法。
【請求項23】
RA経路アゴニストが、TTNPB、AM 580、CD 1530、CD 2314、Ch 55、BMS 753、タザロテン、イソトレチノイン、AC 261066、レチノイン酸(RA)、Sr11237、アダパレン、EC23、9-cisレチノイン酸、13-cisレチノイン酸、4-オキソレチノイン酸、All-transレチノイン酸(ATRA)、およびこれらの組合せからなる群より選択される、請求項1~4のいずれか一項記載の方法。
【請求項24】
RA経路アゴニストが、10~100nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する、請求項23記載の方法。
【請求項25】
RA経路アゴニストが、TTNPBであり、50nMの濃度で培養培地中に存在する、請求項23記載の方法。
【請求項26】
LXR経路アゴニストが、GW3965、T0901317、DMHCA、AZ876、およびこれらの組合せからなる群より選択される、請求項1~4のいずれか一項記載の方法。
【請求項27】
LXR経路アゴニストが、250~750nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する、請求項26記載の方法。
【請求項28】
LXR経路アゴニストが、GW3965であり、500nMの濃度で培養培地中に存在する、請求項26記載の方法。
【請求項29】
mTOR経路アンタゴニストが、AZD3147、ラパマイシン、シロリムス、テムシロリムス、エベロリムス、リダフォロリムス、ウミロリムス、ゾタロリムス、トリン-1、トリン-2、ビスツセルチブ、MHY1485、AZD8055、およびこれらの組合せからなる群より選択される、請求項1~4のいずれか一項記載の方法。
【請求項30】
mTOR経路アンタゴニストが、10~30nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する、請求項29記載の方法。
【請求項31】
mTOR経路アンタゴニストが、AZD3147であり、15nMの濃度で培養培地中に存在する、請求項29記載の方法。
【請求項32】
TGFβ経路アンタゴニストが、A 83-01、SB-431542、GW788388、SB525334、TP0427736、RepSox、SD-208、およびこれらの組合せからなる群より選択される、請求項1~4のいずれか一項記載の方法。
【請求項33】
TGFβ経路アンタゴニストが、100~500nMの濃度で培養培地中に存在する、請求項32記載の方法。
【請求項34】
TGFβ経路アンタゴニストが、A 83-01であり、300nMの濃度で工程(b)における培養培地中に存在する、請求項32記載の方法。
【請求項35】
以下の工程を含む、ヒトOTX2+ LMX1A+ コミット中脳神経幹細胞(NSC)を作製する方法:
OTX2+ LMX1A+ コミット中脳NSCを培養3日目に得るために、0~3日目に、ヒト多能性幹細胞を、外因的に添加される増殖因子を欠きかつWNT経路アゴニスト、SHH経路アゴニスト、BMP経路アンタゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、およびMEK経路アンタゴニストを含む培養培地中で培養する工程。
【請求項36】
WNT経路アゴニスト、SHH経路アゴニスト、BMP経路アンタゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、およびMEK経路アンタゴニストを含みかつ外因的に添加される増殖因子を欠く、ヒトコミット中脳神経幹細胞を得るための培養培地。
【請求項37】
BMP経路アゴニスト、RA経路アゴニスト、LXR経路アゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、mTOR経路アンタゴニスト、およびTGFβ経路アンタゴニストを含みかつ外因的に添加される増殖因子を欠く、ヒト中脳神経前駆細胞を得るための培養培地。
【請求項38】
WNT経路アゴニスト、SHH経路アゴニスト、BMP経路アンタゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、およびMEK経路アンタゴニストを含みかつ外因的に添加される増殖因子を欠く培養培地中で培養された、ヒトOTX2+ LMX1A+ コミット中脳神経幹細胞
を含む、ヒトコミット中脳神経幹細胞の単離された細胞培養物。
【請求項39】
BMP経路アゴニスト、RA経路アゴニスト、LXR経路アゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、mTOR経路アンタゴニスト、およびTGFβ経路アンタゴニストを含みかつ外因的に添加される増殖因子を欠く培養培地中で培養された、ヒトOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ 中脳神経前駆細胞
を含む、ヒト中脳神経前駆細胞の単離された細胞培養物。
【請求項40】
請求項1~34のいずれか一項記載の方法によって作製された、ヒトOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ 中脳神経前駆細胞。
【請求項41】
OTX2、FOXA2、およびLMX1Aを発現しかつGBX2の発現を欠くヒト中脳神経前駆細胞(NPC)を含む組成物。
【請求項42】
少なくとも1×106個のOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ ヒト中脳神経前駆細胞(NPC)を含むヒト中脳NPCの単離された細胞集団であって、該細胞集団が、GBX2を発現する神経幹細胞を欠く、単離された細胞集団。
【請求項43】
ヒト中脳NPCが、ヒト中脳NPCによって発現される少なくとも1つのマーカーと結合する少なくとも1つの抗体によって結合される、請求項42記載の単離された細胞集団。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
本出願は、2021年7月19日付けで出願された米国特許仮出願第63/223,139号の優先権を主張するものであり、該仮出願の全内容は、参照により本明細書に組み入れられている。
【0002】
政府の許諾権利
本発明は、米国陸軍ACC-AGP-RTPにより授与された助成金番号:W911NF-17-3-0003のもとで政府支援によってなされた。米国政府は、本発明において一定の権利を有する。
【背景技術】
【0003】
発明の背景
パーキンソン病(PD)は、アルツハイマー病に次いで多い進行性神経変性疾患であり、黒質緻密部における中脳ドーパミン(mDA)ニューロンの変性を特徴とする。現在の治療は、典型的には、ドーパミンの前駆体であるレボドパ(L-ドパとしても知られる)の投与によってドーパミンのバイオアベイラビリティを高めることを目標とした薬理学的アプローチを採用している。しかしながら、レボドパによる長期治療の副作用が、PDのより後期のステージでのレボドパの使用に関する課題である。PD患者においてインビボで機能的ドーパミン作動性ニューロンを再構成させる能力は、ヒト胎児中脳組織を移植することによって最初に探索された(Lindvall et al. (2004) NeuroRx 1:383-393(非特許文献1)にて概説されている)。アウトカムは変動し、かつ、このアプローチでは胎児組織の入手可能性および使用に関する倫理的懸念が提起され、これにより、インビボでのドーパミン作動性ニューロンの再構成のための代替的アプローチがもたらされることとなった。
【0004】
胚性幹(ES)細胞株および人工多能性幹細胞(iPSC)を含む多能性幹細胞(PSC)が利用可能になったことによって、インビトロでのmDAニューロンの前駆体の作製の可能性が開かれた。発生の研究により、中脳ドーパミン作動性ニューロンは腹側中脳底板(mFP)に由来することが実証され、これは、マーカーFOXA2およびLMX1Aの共発現によって同定することができる。中脳底板前駆体を誘導するための初期分化プロトコールは、PSCにおけるソニックヘッジホッグ(SHH)および古典的WNTシグナル伝達の活性化、ならびにデュアルSMAD阻害(dual SMAD inhibition)およびFGF8活性化を必要とし、FOXA2およびLMX1Aを発現する前駆体を得るのに11日を要した(Kriks et al. (2011) Nature 480:547-551(非特許文献2))か、または、22日間のプロトコールのために、SHH、WNT、およびFGF8の活性化、ならびにレチノイン酸(RA)の添加を必要とした(Cooper et al. (2010) Mol. Cell. Neurosci. 45:258-266(非特許文献3))。ヒトiPSC由来胚様体をデュアルSMAD阻害に5日間曝露し、続いてSHHおよびFGF8を活性化させ、それによって16日間でmDA前駆体をもたらす、類似のプロトコールも報告されている(Hartfield et al. (2014) PLoS One 92:e87388(非特許文献4))。
【0005】
さらに最近では、ヒト多能性幹細胞からMBドーパミン作動性前駆体を得るためのさらなるプロトコールが報告された。例えば、Nolbrantらは、SHHおよびWNT活性化ならびにALK阻害に加えて、最初の11日間のN-2サプリメントへの、および、最後の5日間のB27サプリメントへの曝露を必要とする、16日間のプロトコールを報告した(Nolbrant et al. (2017) Nature Protocols 12:1962-1979(非特許文献5))。Preciousらは、FGFシグナル伝達を遮断するための2日間のMEK阻害の後、次いで3日間のSHHだけの活性化、ならびに5日目以降のSHHおよびFGF8の活性化を必要とするプロトコールを報告しており、これにより、7日目までにFOXA2+ LMX1A+ 前駆体をもたらした(Precious et al. (2020) Front. Neurosci. 14:312(非特許文献6))。Gartnerらは、(i)0~5日目にLDN193189およびSB431542、ならびに5~10日目にLDN193189のみを、(ii)2~13日目にCHIR99021を、ならびに(iii)1~7日目にSHHおよびプルモルファミンを補った培地中でのインキュベーションを必要とする、ゼノフリー、フィーダーフリーで化学的に定義されたプロトコールを報告した(Gartner et al. (2020) Star Protocols 1:100065(非特許文献7))。
【0006】
またヒトドーパミン作動性ニューロン前駆体は、hSSCの、RA、SB、VPA、およびフォルスコリンを補充した嗅神経鞘細胞条件培地(OECCM)中での4日間の培養の後の、SHH、FGF8A、およびTFGβ3を補充したOECCM中での培養を必要とするプロトコールを使用して、ヒト精原幹細胞(hSSC)から分化された(Yang et al. (2019) Stem Cell Res. Therap. 10:195(非特許文献8))。
【0007】
中脳神経前駆細胞を拡大するための方法(Fedele et al. (2017) Sci. Reports 7:6036(非特許文献9))、およびそのような前駆体を凍結保存する方法もまた、報告されている(Drummond et al. (2020) Front. Cell. Dev. Biol. 8:578907(非特許文献10))。
【0008】
多能性幹細胞を中脳ドーパミン作動性ニューロンの前駆体に分化させるためのプロトコールは、例えば、Arenas et al. (2015) Development 142:1918-1936(非特許文献11)およびWang et al. (2020) Cells 9:1489(非特許文献12)にて概説されている。
【0009】
したがって、ある程度進展してきたものの、ヒト多能性幹細胞から中脳神経前駆細胞を作製するための効率的かつ頑健な方法および組成物が依然として必要とされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Lindvall et al. (2004) NeuroRx 1:383-393
【非特許文献2】Kriks et al. (2011) Nature 480:547-551
【非特許文献3】Cooper et al. (2010) Mol. Cell. Neurosci. 45:258-266
【非特許文献4】Hartfield et al. (2014) PLoS One 92:e87388
【非特許文献5】Nolbrant et al. (2017) Nature Protocols 12:1962-1979
【非特許文献6】Precious et al. (2020) Front. Neurosci. 14:312
【非特許文献7】Gartner et al. (2020) Star Protocols 1:100065
【非特許文献8】Yang et al. (2019) Stem Cell Res. Therap. 10:195
【非特許文献9】Fedele et al. (2017) Sci. Reports 7:6036
【非特許文献10】Drummond et al. (2020) Front. Cell. Dev. Biol. 8:578907
【非特許文献11】Arenas et al. (2015) Development 142:1918-1936
【非特許文献12】Wang et al. (2020) Cells 9:1489
【発明の概要】
【0011】
本開示は、わずか6日間の培養でOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ MB NPCの作製を可能にする化学的に定義された培養培地を使用して、多能性幹細胞から、ヒトコミット(committed)中脳(MB)神経幹細胞(NSC)および中脳神経前駆細胞(NPC)を作製する方法を提供する。該培養培地は、血清およびその他の外因的に添加される増殖因子を欠いており、かつ、中脳神経系列に沿った分化を促進させるように多能性幹細胞における特定のシグナル伝達経路活性を刺激するかまたは弱める低分子作用物質を含んでおり、これにより、細胞成熟および中脳神経前駆体関連バイオマーカーの発現をもたらす。本開示の方法は、培養培地中での低分子作用物質の使用が培養成分の厳密な制御を可能にしかつ、先行技術プロトコールと比べて分化時間を著しく短縮するという利点を有する。
【0012】
したがって、一局面では、本開示は、以下の工程を含む、ヒトOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ 中脳神経前駆細胞(NPC)を作製する方法に関する:
(a)コミット中脳神経幹細胞(NSC)を得るために、0~3日目に、ヒト多能性幹細胞を、外因的に添加される増殖因子を欠きかつWNT経路アゴニスト、SHH経路アゴニスト、BMP経路アンタゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、およびMEK経路アンタゴニストを含む培養培地中で培養する工程;ならびに
(b)培養6日目にヒトOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ 中脳NPCを得るために、4~6日目に、該コミット中脳NSCを、外因的に添加される増殖因子を欠きかつBMP経路アゴニスト、RA経路アゴニスト、LXR経路アゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、mTOR経路アンタゴニスト、およびTGFβ経路アンタゴニストを含む培養培地中で培養する工程。
【0013】
別の局面では、本開示は、以下の工程を含む、ヒトOTX2+ LMX1A+ コミット中脳神経幹細胞(NSC)を作製する方法に関する:
培養3日目にOTX2+ LMX1A+ コミット中脳NSCを得るために、0~3日目に、ヒト多能性幹細胞を、外因的に添加される増殖因子を欠きかつWNT経路アゴニスト、SHH経路アゴニスト、BMP経路アンタゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、およびMEK経路アンタゴニストを含む培養培地中で培養する工程。
【0014】
本開示の方法における使用に好適なアゴニストおよびアンタゴニスト剤ならびにそれらについての濃度の非限定的な例は、本明細書においてさらに詳しく記載される。
【0015】
一態様では、ヒト多能性幹細胞は、人工多能性幹細胞(iPSC)である。別の態様では、ヒト多能性幹細胞は、胚性幹細胞である。
【0016】
一態様では、ヒト多能性幹細胞を、培養中に、ビトロネクチンコートプレートに付着させる。
【0017】
別の局面では、本開示は、WNT経路アゴニスト、SHH経路アゴニスト、BMP経路アンタゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、およびMEK経路アンタゴニストを含みかつ外因的に添加される増殖因子を欠く、ヒトコミット中脳神経幹細胞を得るための培養培地に関する。
【0018】
別の局面では、本開示は、BMP経路アゴニスト、RA経路アゴニスト、LXR経路アゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、mTOR経路アンタゴニスト、およびTGFβ経路アンタゴニストを含みかつ外因的に添加される増殖因子を欠く、ヒト中脳神経前駆細胞を得るための培養培地に関する。
【0019】
別の局面では、本開示は、
WNT経路アゴニスト、SHH経路アゴニスト、BMP経路アンタゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、およびMEK経路アンタゴニストを含みかつ外因的に添加される増殖因子を欠く培養培地中で培養された、ヒトOTX2+ LMX1A+ コミット中脳神経幹細胞
を含む、ヒトコミット中脳神経幹細胞の単離された細胞培養物に関する。
【0020】
別の局面では、本開示は、
BMP経路アゴニスト、RA経路アゴニスト、LXR経路アゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、mTOR経路アンタゴニスト、およびTGFβ経路アンタゴニストを含みかつ外因的に添加される増殖因子を欠く培養培地中で培養された、ヒトOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ 中脳神経前駆細胞
を含む、ヒト中脳神経前駆細胞の単離された細胞培養物に関する。
【0021】
別の局面では、本開示は、本開示の方法によって作製されたヒトOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ 中脳神経前駆細胞に関する。
【0022】
別の局面では、本開示は、OTX2、FOXA2、およびLMX1Aを発現しかつGBX2の発現を欠くヒト中脳神経前駆細胞(NPC)を含む、組成物に関する。
【0023】
別の局面では、本開示は、少なくとも1×106個のOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ ヒト中脳神経前駆細胞(NPC)を含むヒト中脳NPCの単離された細胞集団であって、GBX2を発現する神経幹細胞を欠く、細胞集団に関する。一態様では、ヒト中脳NPCは、ヒト中脳NPCによって発現される少なくとも1つのマーカーと結合する少なくとも1つの抗体によって結合される。
【0024】
本発明の他の特徴および利点は、以下の詳細な説明および添付の特許請求の範囲から明らかとなるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】OTX2の最大発現について最適化された、13因子実験のHD-DoEモデルからの結果を示す。モデルの上段区分は、OTX2について最適化された場合の、予め選択された53個の遺伝子の発現レベルの予測を示す。モデルの下段区分は、このモデルにおいて試験されたエフェクター、およびOTX2の最大発現へのそれらの寄与度を示す。値の列は、該モデルの模倣のために必要な各エフェクター濃度を指す。
図2】FOXA2の最大発現について最適化された、13因子実験のHD-DoEモデルからの結果を示す。上段および下段区分は、図1について説明した通りである。この条件により、因子寄与度22.2のエフェクターであるプルモルファミンが、FOXA2の高発現のための重要な入力として強調される。
図3】13個の被験エフェクターの濃度に対する、OTX2、LMX1A、DMBX1、およびFOXA2遺伝子の発現レベルの動的プロファイルを示す。FOXA2の発現に対するプルモルファミン、CHIR99021、およびLDN193189の正の影響、ならびにこれらの因子寄与度を、エフェクターごとにプロットの勾配によって示している。
図4】13個の被験エフェクターの濃度に対する、OTX2、LMX1A、DMBX1、およびFOXA2遺伝子の発現レベルの動的プロファイルを示す。OTX2の発現に対するMK2206、PD0325901、LDN193189、およびCHIR99021の正の影響、ならびにこれらの因子寄与度を、エフェクターごとにプロットの勾配によって示している。
図5】分化の段階2のための配合を作製するために段階1の神経幹細胞に適用された、12因子実験のHD-DoEモデルからの結果を示す。このモデルは、LMX1Aの最大発現について最適化されている。この設定は、LMX1Aの発現におけるTTNPBの役割を強調しており、因子寄与度は19.5である。
図6】分化の段階2のための配合を作製するために段階1の神経幹細胞に適用された、12因子実験のHD-DoEモデルからの結果を示す。この設定は、FOXA2の発現に対するプルモルファミンおよびCHIR99021の正の役割が強調しており、それぞれ因子寄与度は、15.3および10.7である。
図7】12個の被験エフェクターの濃度に対する、LMX1A、FOXA2、およびGBX2遺伝子の発現レベルの動的プロファイルを示す。LMX1Aの発現に対するTTNPB、CHIR99021、およびGW3965の正の影響、ならびにFOXA2の発現に対するプルモルファミン、MK2206、およびGW3965の正の影響、ならびにこれらの因子寄与度を、エフェクターごとにプロットの勾配によって示している。
図8】分化の段階2のための配合を作製するために段階1の神経幹細胞に適用された、12因子実験のHD-DoEモデルからの結果を示す。この設定は、FOXA2の発現におけるBMP7およびMK2206の正の役割を強調しており、それぞれ因子寄与度は、13.7および14.2である。
図9】分化の段階2のための配合を作製するために段階1の神経幹細胞に適用された、12因子実験のHD-DoEモデルからの結果を示す。この設定は、LMX1Aの発現におけるMK2206の正の役割およびFGF8bの負の役割を強調しており、それぞれ因子寄与度は、12および16.9である。
図10】12個の被験エフェクターの濃度に対する、LMX1A、FOXA2、およびGBX2遺伝子の発現レベルの動的プロファイルを示す。FOXA2の発現に対するBMP7およびMK2206の正の影響、ならびにLMX1Aの発現に対するAZD 3147の正の影響、ならびにこれらの因子寄与度を、エフェクターごとにプロットの勾配によって示している。
図11A図11A~Bは、分化の段階1の配合で試験された、検証済みの5個のエフェクターの濃度に対する、OTX2、DMBX1、FOXA2、およびLMX1A遺伝子の発現レベルの動的プロファイルを示す。図11Aは、最終決定された5個すべてのエフェクターの存在下での、関心対象の遺伝子の発現レベルを示している。図11Bは、最終決定されたエフェクターのうちの1つが非存在であると同時にそれ以外が存在する場合の、関心対象の遺伝子の発現レベルを示している。
図11B図11Aの説明を参照のこと。
図12A図12A~Bは、分化の段階2の配合で試験された、検証済みの3個のエフェクター(TTNPB、A 83-01、およびGW3965)の濃度に対する、LMX1A、FOXA2、およびGBX2遺伝子の発現レベルの動的プロファイルを示す。図12Aは、最終決定された3個すべてのエフェクターの存在下での、関心対象の遺伝子の発現レベルを示している。図12Bは、最終決定されたエフェクターのうちの1つが非存在であると同時にそれ以外が存在する場合の、関心対象の遺伝子の発現レベルを示している。
図12B図12Aの説明を参照のこと。
図13A図13A~Bは、分化の段階2の配合で試験された、検証済みの3個のエフェクター(MK2206、AZD 3147、およびBMP7)の濃度に対する、LMX1A、FOXA2、およびGBX2遺伝子の発現レベルの動的プロファイルを示す。図13Aは、最終決定された3個すべてのエフェクターの存在下での、関心対象の遺伝子の発現レベルを示している。図13Bは、最終決定されたエフェクターのうちの1つが非存在であると同時にそれ以外が存在する場合の、関心対象の遺伝子の発現レベルを示している。
図13B図13Aの説明を参照のこと。
図14】段階1処理終了時における、MB由来神経幹細胞の蛍光画像の写真を示す。細胞は、FOXA2、LMX1A、OTX2を含む中脳バイオマーカー、中脳-後脳境界のバイオマーカーであるPAX2、および初期ニューロンのバイオマーカーであるネスチン、および後脳バイオマーカーであるGBX2で染色した。この段階では、細胞は、FOXA2以外のすべてのマーカーについて陽性であった。
図15】段階2処理終了時のMB由来神経幹細胞の蛍光画像の写真を示す。細胞は、FOXA2、LMX1A、OTX2を含む中脳バイオマーカー、および後脳バイオマーカーGBX2で染色した。この段階では、細胞はすべての中脳バイオマーカーについて陽性であり、GBX2の非常に低い発現が観察された。
図16】6日間でhiPCから中脳神経前駆細胞を作製するための2段階培養プロトコールの概略図を示す。
図17図17A~Cは、3日後(段階1)および6日後(段階2)の、MB分化培地中で培養された細胞のRNA-seqデータを示す。図17Aは、段階1における、選択された遺伝子の差次的発現の棒グラフを示している。段階1の終了時に、幹細胞遺伝子NANOGおよびPOU5F1の発現レベルは低下した一方で、中脳領域の初期発生およびニューロンのアイデンティティーに関与する遺伝子の発現レベルは上昇した。図17Bは、段階2における、選択された遺伝子の差次的発現の棒グラフを示している。段階2終了時に、DDC、LMX1B、SOX6、およびEN1を含むMB前駆体遺伝子の発現レベルは上昇した。図17Cは、0日目におけるhiPSCの遺伝子プロファイルと比較した、6日目におけるMB神経前駆体の遺伝子プロファイルのヒートマップを示している。
【発明を実施するための形態】
【0026】
発明の詳細な説明
本明細書において、低分子ベースのアプローチを用いた、化学的に定義された培養条件下で、ヒト多能性幹細胞からの中脳神経前駆体の作製を可能にする方法論および組成物を説明する。本開示の方法は、3日間でOTX2+ LMX1A+ コミットMB神経幹細胞(NSC)が作製され、続いて培養6日目までにOTX2+ LMX1A+ FOX2A+ MB神経前駆細胞(NPC)が作製される、2段階プロトコールで、中脳神経前駆体を作製する。したがって、本開示は、化学的に定義された培養条件を使用する先行技術プロトコールよりも著しく短い時間でMB NPCの獲得を可能にするものである。
【0027】
実施例1に記載するように、遺伝子発現などの出力応答に対する複数のプロセス入力(例えば、低分子アゴニストまたはアンタゴニスト)を同時に試験するために、高次元実験計画法(High-Dimensional Design of Experiment;HD-DoE)アプローチを用いた。これらの実験によって、特定のシグナル伝達経路のアゴニストおよび/またはアンタゴニストを含む、コミット中脳多能性幹細胞および中脳前駆細胞を極めて短時間で作製するのに十分である化学的に定義された培養培地の同定が可能となった。実施例2に記載するように、最適化された培養培地を、個々のアゴニストまたはアンタゴニスト剤を除外することの影響を調べた因子重要度分析によって、さらに検証した。実施例3に記載するように、免疫組織化学によって、本分化プロトコールにより作製した細胞の表現型をさらに確認した。さらに、実施例4に記載するように、本分化プロトコールに従って培養された細胞のRNA-seq分析によって、MB前駆体遺伝子の発現も確認した。
【0028】
図16に、MB NSCおよびMB NPCを作製するための本開示の方法の態様を、概略的に図示する。
【0029】
本発明の様々な局面を、以下の小節においてさらに詳しく説明する。
【0030】
I.細胞
本開示の培養物において使用される出発細胞は、ヒト多能性幹細胞である。本明細書において使用される場合、「ヒト多能性幹細胞」(hPSCと略記される)という用語は、様々な異なる細胞型に分化する能力を有するヒト幹細胞を指す。本明細書において使用される「多能性」という用語は、3種すべての胚細胞層(内胚葉、中胚葉、および外胚葉)により特徴づけられる細胞型に分化する能力を異なる条件下で有する細胞を指す。例えばヌードマウスおよび奇形腫形成アッセイを使用して、多能性細胞を、主として、3つの胚葉すべてに分化する能力によって、特徴決定する。多能性は、胚性幹(ES)細胞マーカーの発現によっても証明することができるが、多能性についての好ましい試験は、3つの胚葉の各々の細胞に分化できる能力の実証である。
【0031】
ヒト多能性幹細胞には、例えば、人工多能性幹細胞(iPSC)および、ES細胞株などのヒト胚性幹細胞が含まれる。人工多能性幹細胞(iPSC)の非限定的な例としては、19-11-1、19-9-7、または6-9-9細胞(例えば、Yu, J. et al. (2009) Science 324:797-801に記載のような)が挙げられる。ヒト胚性幹細胞株の非限定的な例としては、ES03細胞(WiCell Research Institute)およびH9細胞(Thomson, J.A. et al. (1998) Science 282:1145-1147)が挙げられる。ヒト多能性幹細胞(PSC)は、PSCであると細胞を同定するために使用できる細胞性マーカーを発現する。多能性幹細胞マーカーの非限定的な例としては、TRA-1-60、TRA-1-81、TRA-2-54、SSEA1、SSEA3、SSEA4、CD9、CD24、OCT3、OCT4、NANOG、および/またはSOX2が挙げられる。本開示の、コミット中脳神経幹細胞および中脳神経前駆細胞を作製する方法は、出発多能性幹細胞集団を分化させる(成熟させる)ために使用されるので、様々な態様では、本開示の方法によって作製された、中脳にコミットした(midbrain-committed)神経細胞集団は、TRA-1-60、TRA-1-81、TRA-2-54、SSEA1、SSEA3、SSEA4、CD9、CD24、OCT3、OCT4、NANOG、および/またはSOX2からなる群より選択される1つまたは複数の幹細胞マーカーなどの、1つまたは複数の幹細胞マーカーの発現を欠いている。
【0032】
多能性幹細胞は、本明細書に記載したような、細胞性の分化を誘導する培養条件に供される。本明細書において使用される場合、「分化」という用語は、より原始的な段階から、特定の細胞系列へのコミットメントの表現型的特徴を典型的には示す、より成熟した(すなわち、より原始性でない)細胞へと向かう、細胞の発達を指す。
【0033】
本明細書において使用される場合、「神経幹細胞」とは、神経系列にコミットしているという点で多能性幹細胞よりもより分化しているが、神経系列に沿った様々な種類の細胞に分化できる能力を依然として有する、細胞を指す。
【0034】
本明細書において使用される場合、「神経前駆細胞」とは、神経幹細胞よりもより分化しており、かつ特定の種類の神経細胞にさらに分化することができる、細胞を指す。
【0035】
複数の態様では、細胞を、1つまたは複数のバイオマーカーの、例えば、神経前駆体または中脳領域にコミットした神経細胞の特定のバイオマーカーなどの発現に基づいて、同定および特徴付けすることができる。関心対象の細胞の特徴決定においてその発現を評価することができるバイオマーカーの非限定的な例としては、以下が挙げられる:中脳の位置決定および中脳-後脳境界の維持に関与する中脳マーカーであるOTX2(Vernay et al. (2005) J. Neurosci. 25:4856-4867);中脳ドーパミン作動性前駆体の生成および分化に関与するLMX1A(Yan et al. (2011) J. Neurosci. 31:12413-12425);発達の初期および後期において中脳ドーパミン作動性ニューロンの生成を調節するFOXA2(Ferri et al. (2007) Development 134:2761-2769);中脳においておよび前後脳(anterior hindbrain)において発現されるPAX2(Urbanek et al. (1997) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94:5703-5708);初期ニューロンのマーカーであるネスチン;増殖マーカーであるKI67;および後脳マーカーであるGBX2。
【0036】
本明細書において使用される場合、細胞による関心対象のバイオマーカーの極めて「低い」レベルの発現とは、バックグラウンドレベルを、最大で20%、より好ましくは、20%未満、15%未満、10%未満、または5%未満上回るレベルを指すことが意図される(ここでバックグラウンドレベルとは、例えば、細胞により発現されていないとみなされる陰性対照マーカーの発現レベルに対応する)。
【0037】
複数の態様では、本開示の方法によって作製される細胞は、コミット中脳(MB)神経幹細胞(NSC)である。本明細書において使用される場合、「コミット中脳神経幹細胞」または「コミットMB NSC」は、バイオマーカーOTX2およびLMX1Aを発現する幹細胞由来神経幹細胞を指す。一態様では、コミットしたMB NSCは、バイオマーカーFOXA2を発現しないかまたは低レベルしか発現しない。一態様では、コミットMB NSCは、バイオマーカーGBX2を発現しないかまたは低レベルしか発現しない。OTX2およびLMX1Aに加えて、コミットMB NSCはまた、PAX2、ネスチン、および/またはKI67を非限定的に含むさらなるバイオマーカーも発現し得る。
【0038】
複数の態様では、本開示の方法によって作製される細胞は、中脳神経前駆細胞であり、これは、コミットMB NSCよりもより分化した(より成熟した)細胞である。本明細書において使用される場合、「中脳神経前駆細胞」または「MB NPC」は、バイオマーカーOTX2、LMX1A、およびFOXA2を発現する幹細胞由来前駆細胞を指す。一態様では、MB NPCは、バイオマーカーGBX2を発現しないかまたは低レベルしか発現しない。OTX2、LMX1A、およびFOXA2に加えて、MB NPCは、PAX2、ネスチン、および/またはKI67を非限定的に含むさらなるバイオマーカーも発現し得る。
【0039】
本開示の方法によって作製されたコミットMB NSCおよびMB NPCをインビトロでさらに培養して、成熟したドーパミン作動性ニューロンを作製することができる。中脳神経前駆細胞を成熟したドーパミン作動性ニューロンに分化させるための方法は、当技術分野において十分に確立されており、該方法は、BDNF、GDNF、アスコルビン酸、DAPT、および/またはTGF-βを含有する培地中での該前駆細胞のさらなる培養を必要とするプロトコールを含む。
【0040】
II.培養培地成分
MB NSCまたはMB NPCを作製するための本開示の方法は、ヒト多能性幹細胞を、外因的に添加される増殖因子を欠きかつ細胞性のシグナル伝達経路の特定のアゴニストおよび/またはアンタゴニストを含む培養培地中で培養する工程を含む。
【0041】
実施例1に記載するように、WNT経路アゴニスト、SHH経路アゴニスト、BMP経路アンタゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、およびMEK経路アンタゴニストを含む培養培地は、OTX2を発現するMB NSCおよびLMX1Aを発現するMB NSCをわずか3日間で作製する(本明細書では本分化プロトコールの「段階1」と呼ぶ)のに十分であった。全体で6日間の2段階プロトコールについて、BMP経路アゴニスト、RA経路アゴニスト、LXR経路アゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、mTOR経路アンタゴニスト、およびTGF-β経路アンタゴニストを含む培養培地中におけるMB NSCのさらなる分化は、さらなる3日間でOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ MB NPCを作製する(本明細書では「段階2」と呼ぶ)のに十分なものであった。
【0042】
本明細書において使用される場合、細胞性のシグナル伝達経路の「アゴニスト」は、該細胞性のシグナル伝達経路を刺激する(上方制御する)作用物質を指すことが意図される。細胞性のシグナル伝達経路の刺激は、例えば、該シグナル伝達経路に関与する細胞表面受容体を活性化するアゴニストの使用によって、細胞外で開始することができる(例えば、アゴニストは受容体リガンドであってもよい)。追加的にまたは代替的に、細胞性のシグナル伝達の刺激は、例えば、シグナル伝達経路の成分(複数可)と細胞内で相互作用する低分子アゴニストの使用によって、細胞内で開始することができる。
【0043】
本明細書において使用される場合、細胞性のシグナル伝達経路の「アンタゴニスト」は、細胞性のシグナル伝達経路を阻害する(下方制御する)作用物質を指すことが意図される。細胞性のシグナル伝達経路の阻害は、例えば、該シグナル伝達経路に関与する細胞表面受容体を遮断するアンタゴニストの使用によって、細胞外で開始することができる。追加的にまたは代替的に、細胞性のシグナル伝達の阻害は、例えば、該シグナル伝達経路の成分と細胞内で相互作用する低分子アンタゴニストの使用によって、細胞内で開始することができる。
【0044】
本開示の方法において使用されるアゴニストおよびアンタゴニストは、当技術分野において公知であり、市販されている。これらは、所望のアウトカム、例えば関心対象の中脳マーカーを発現する中脳NSCおよび/または中脳NPCの作製、を達成するために有効な濃度で、培養培地中で使用される。好適なアゴニストおよびアンタゴニスト剤の非限定的な例ならびに有効濃度範囲は、下記にてさらに説明する。
【0045】
WNT経路のアゴニストには、古典的Wnt/β-カテニンシグナル伝達経路を刺激する(上方制御する)ことができる剤、分子、化合物、または物質が含まれ、該経路は、生物学的には、Frizzledファミリー受容体へのWnt-タンパク質リガンドの結合によって活性化される。一態様では、WNT経路アゴニストは、グリコーゲンシンターゼキナーゼ3(Gsk3)阻害剤である。一態様では、WNT経路アゴニストは、CHIR99021、CHIR98014、SB 216763、SB 415286、LY2090314、3F8、A 1070722、AR-A 014418、BIO、AZD1080、WNT3A、およびこれらの組合せからなる群より選択される。一態様では、WNT経路アゴニストは、0.3~3.0μM、0.5~2.0μM、0.75~1.5μM、または1.0~1.2μMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、WNT経路アゴニストは、CHIR99021である。一態様では、WNT経路アゴニストはCHIR99021であり、0.3~3.0μM、0.5~2.0μM、0.75~1.5μM、または1.0~1.2μMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、WNT経路アゴニストはCHIR99021であり、1.1μMの濃度で培養培地中に存在する。
【0046】
SHH(ソニックヘッジホッグ)経路のアゴニストには、SHH経路を介してシグナル伝達を刺激する(活性化する)ことができる剤、分子、化合物、または物質が含まれ、該経路は、生物学的には、Patched-1(PTCH1)受容体へのSHHの結合とスムーズンド(SMO)膜貫通型タンパク質を介した伝達とを必要とする。一態様では、SHH経路アゴニストは、プルモルファミン、GSA 10、SAG、およびこれらの組合せからなる群より選択される。一態様では、SHH経路アゴニストは、100~1000nM、200~800nM、250~750nM、または500~600nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、SHH経路アゴニストは、プルモルファミンである。一態様では、SHH経路アゴニストはプルモルファミンであり、100~1000nM、200~800nM、250~750nM、または500~600nMの濃度で培養培地中に存在する。一態様では、SHH経路アゴニストはプルモルファミンであり、550nMの濃度で培養培地中に存在する。
【0047】
BMP(骨形成タンパク質)経路のアンタゴニストには、BMPシグナル伝達経路を阻害する(下方制御する)ことができる剤、分子、化合物、または物質が含まれ、該経路は、生物学的には、アクチビン受容体様キナーゼ(ALK)(例えば、ALK2およびALK3を非限定的に含む、I型BMP受容体)であるBMP受容体へのBMPの結合によって活性化される。一態様では、BMP経路アンタゴニストは、LDN193189、DMH1、DMH2、ドルソモルフィン、K02288、LDN214117、LDN212854、フォリスタチン、ML347、ノギン、およびこれらの組合せからなる群より選択される。一態様では、BMP経路アンタゴニストは、100~500nM、100~400nM、150~350nM、または200~300nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、BMP経路アンタゴニストは、LDN193189である。一態様では、BMP経路アンタゴニストはLDN193189であり、100~500nM、100~400nM、150~350nM、または200~300nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、BMP経路アンタゴニストはLDN193189であり、275nMの濃度で培養培地中に存在する。
【0048】
AKT経路のアンタゴニストには、1つまたは複数のセリン/スレオニンキナーゼAKTファミリーメンバーのシグナル伝達経路を阻害する(下方制御する)ことができる剤、分子、化合物、または物質が含まれ、該経路は、AKT1(PKBまたはRacPKとも称される)、AKT2(PKBβまたはRacPK-βとも称される)、およびAKT 3(PKBγまたは胸腺腫ウイルス癌原遺伝子3とも称される)を含む。一態様では、AKT経路アンタゴニストは、MK2206、GSK690693、ペリフォシン(KRX-0401)、イパタセルチブ(GDC-0068)、カピバセルチブ(AZD5363)、PF-04691502、AT 7867、トリシリビン(NSC154020)、ARQ751、ミランセルチブ(ab235550)、ボルッセルチブ(Borussertib)、セリセルチブ(Cerisertib)、およびこれらの組合せからなる群より選択される。一態様では、AKT経路アンタゴニストは、25~300nM、50~250nM、75~200nM、または125~150nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、AKT経路アンタゴニストは、MK2206である。一態様では、AKT経路アンタゴニストはMK2206であり、25~300nM、50~250nM、75~200nM、または125~150nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、AKT経路アンタゴニストはMK2206であり、138nMの濃度で培養培地中に存在する。
【0049】
一態様では、工程(a)において培養培地中に存在するAKT経路アンタゴニストは、工程(b)において培養培地中に存在するAKT経路アンタゴニストと同じである。一態様では、工程(a)において培養培地中に存在するAKT経路アンタゴニストは、工程(b)において培養培地中に存在するAKT経路アンタゴニストとは異なるAKT経路アンタゴニストである。一態様では、工程(a)および工程(b)の両工程において培養培地中に存在するAKT経路アンタゴニストは、MK2206であり、例えば、両工程において培養培地中に、25~300nM、50~250nM、75~200nM、または125~150nMの範囲内の濃度で、例えば両工程において138nMで、存在する。
【0050】
MEK経路のアンタゴニストには、MAPK/ERK経路(Ras-Raf-MEK-ERK経路としても知られる)の1つまたは複数の成分のシグナル伝達経路を阻害する(下方制御する)ことができる剤、分子、化合物、または物質が含まれる。一態様では、MEK経路アンタゴニストは、PD0325901、ビニメチニブ(MEK162)、コビメチニブ(XL518)、セルメチニブ、トラメチニブ(GSK1120212)、CI-1040(PD-184352)、レファメチニブ、ARRY-142886(AZD-6244)、PD98059、U0126、BI-847325、RO 5126766、およびこれらの組合せからなる群より選択される。一態様では、MEK経路アンタゴニストは、25~300nM、50~250nM、75~200nM、または100~120nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、MEK経路アンタゴニストは、PD0325901である。一態様では、MEK経路アンタゴニストはPD0325901であり、25~300nM、50~250nM、75~200nM、または100~120nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、MEK経路アンタゴニストはPD0325901であり、110nMの濃度で培養培地中に存在する。
【0051】
RA経路のアゴニストには、all-transレチノイン酸および9-cisレチノイン酸の両方によって活性化されるレチノイン酸受容体(RAR)を刺激することができる剤、分子、化合物、または物質が含まれる。3つのRARである、RAR-アルファ、RAR-ベータ、およびRAR-ガンマが存在し、それぞれ、RARA、RARB、RARG遺伝子によってコードされている。レチノイン酸経路を活性化することができる様々なレチノイン酸アナログが合成されている。そのような化合物の非限定的な例としては、TTNPB(RAR-アルファ、ベータ、およびガンマのアゴニスト)、AM 580(RARアルファアゴニスト)、CD 1530(強力かつ選択的なRARガンマアゴニスト)、CD 2314(選択的RARベータアゴニスト)、Ch 55(強力なRARアゴニスト)、BMS 753(RARアルファ選択的アゴニスト)、タザロテン(受容体選択的レチノイド;RAR-ベータおよびガンマに結合する)、イソトレチノイン(レチノイン酸受容体に対する内在性アゴニスト;ニューロン分化のインデューサー)、およびAC 261066(RARβ2アゴニスト)が挙げられる。一部の態様では、RAシグナル伝達経路アゴニストは、i)レチノイド化合物、ii)レチノイドX受容体(RXR)アゴニスト、およびiii)25レチノイン酸受容体(RAR)アゴニストからなる群より選択される。特定の態様では、RA経路アゴニストは、レチノイン酸、Sr11237、アダパレン、EC23、9-cisレチノイン酸、13-cisレチノイン酸、4-オキソレチノイン酸、およびAll-transレチノイン酸(ATRA)からなる群より選択される。
【0052】
したがって、一態様では、RA経路アゴニストは、TTNPB、AM 580、CD 1530、CD 2314、Ch 55、BMS 753、タザロテン、イソトレチノイン、AC 261066、レチノイン酸(RA)、Sr11237、アダパレン、EC23、9-cisレチノイン酸、13-cisレチノイン酸、4-オキソレチノイン酸、およびAll-transレチノイン酸(ATRA)、またはこれらの組合せからなる群より選択される。一態様では、RA経路アゴニストは、5~500nM、25~250nM、10~100nM、または25~75nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、RA経路アゴニストは、TTNPBである。一態様では、RA経路アゴニストはTTNPBであり、5~500nM、25~250nM、10~100nM、または25~75nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、RA経路アゴニストはTTNPBであり、50nMの濃度で培養培地中に存在する。
【0053】
LXR(肝臓X受容体)経路のアゴニストには、LXR経路を介してシグナル伝達を刺激する(活性化する)ことができる剤、分子、化合物、または物質が含まれ、該経路は、生物学的には、LXRとレチノイドX受容体(RXR)とのヘテロ二量体化およびオキシステロールによる活性化を必要とする。一態様では、LXR経路アゴニストは、GW3965、T0901317、DMHCA、AZ876、およびこれらの組合せからなる群より選択される。一態様では、LXR経路アゴニストは、100~1000nM、200~800nM、250~750nM、または550~650nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、LXR経路アゴニストは、GW3965である。一態様では、LXR経路アゴニストはGW3965であり、100~1000nM、200~800nM、250~750nM、または550~650nMの濃度で培養培地中に存在する。一態様では、LXR経路アゴニストはGW3965であり、500nMの濃度で培養培地中に存在する。
【0054】
BMP(骨形成タンパク質)経路のアゴニストには、BMPシグナル伝達経路を刺激する(上方制御する)ことができる剤、分子、化合物、または物質が含まれ、該経路は、生物学的には、アクチビン受容体様キナーゼ(ALK)(例えば、ALK2およびALK3を非限定的に含む、I型BMP受容体)であるBMP受容体へのBMPの結合によって活性化される。一態様では、BMP経路アゴニストは、BMP、sb4、ベントロモルフィン(ventromorphin)(例えば、Genthe et al. (2017) ACS Chem. Biol. 12:2436-2447に記載)、およびこれらの組合せからなる群より選択される。一態様では、BMP経路アゴニストは、1~100ng/ml、5~50ng/ml、10~25ng/ml、または12.5~17.5ng/mlの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、BMP経路アゴニストは、BMP7である。一態様では、BMP経路アゴニストはBMP7であり、1~100ng/ml、5~50ng/ml、10~25ng/ml、または12.5~17.5ng/mlの濃度で培養培地中に存在する。一態様では、BMP経路アゴニストはBMP7であり、本方法の工程(b)(すなわち、段階2)において15ng/mlの濃度で培養培地中に存在する。
【0055】
TGFβ(トランスフォーミング増殖因子ベータ)経路のアンタゴニストには、セリン/スレオニンキナーゼ受容体のファミリーであるTGFβ受容体ファミリーメンバーを介してシグナル伝達を阻害する(下方制御する)ことができる剤、分子、化合物、または物質が含まれ、一態様では、これは、A 83-01、SB-431542、GW788388、SB525334、TP0427736、RepSox、SD-208、およびこれらの組合せからなる群より選択される。一態様では、TGFβ経路アンタゴニストは、100~500nM、200~400nM、250~350nM、または275~325nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、TGFβ経路アンタゴニストは、A 83-01である。一態様では、TGFβ経路アンタゴニストはA 83-01であり、100~500nM、200~400nM、250~350nM、または275~325nMの濃度で培養培地中に存在する。一態様では、TGFβ経路アンタゴニストはA 83-01であり、本方法の工程(b)(すなわち、段階2)において300nMの濃度で培養培地中に存在する。
【0056】
mTOR(哺乳類のラパマイシン標的(mammalian target of rapamycin))経路のアンタゴニストには、mTORを介してシグナル伝達を阻害する(下方制御する)ことができる剤、分子、化合物、または物質が含まれ、mTORは、PI3K関連キナーゼファミリーメンバーであり、mTORC1およびmTORC2複合体のコア成分である。一態様では、mTOR経路アンタゴニストは、AZD3147、ラパマイシン、シロリムス、テムシロリムス、エベロリムス、リダフォロリムス、ウミロリムス、ゾタロリムス、トリン-1、トリン-2、ビスツセルチブ、MHY1485、AZD8055、およびこれらの組合せからなる群より選択される。一態様では、mTOR経路アンタゴニストは、5~100nM、5~50nM、10~30nM、または10~20nMの範囲内の濃度で培養培地中に存在する。一態様では、mTOR経路アンタゴニストは、AZD3147である。一態様では、mTOR経路アンタゴニストはAZD3147であり、5~100nM、5~50nM、10~30nM、または10~20nMの濃度で培養培地中に存在する。一態様では、mTOR経路アンタゴニストはAZD3147であり、本方法の工程(b)(すなわち、段階2)において15nMの濃度で培養培地中に存在する。
【0057】
III.培養条件
化学的に定義された培養培地と上記小節IIにて説明した最適化培養培地とを組み合わせて、本開示のコミットMB NSCおよびMB NPCを作製する方法は、細胞培養のための当技術分野において確立されている標準的培養条件を利用する。例えば、細胞は、37℃でかつ5%O2および5%CO2条件下で培養することができる。細胞は、標準培養容器中または96ウェルプレートなどのプレート中で培養することができる。ある特定の態様では、出発多能性幹細胞は、ビトロネクチンなどの細胞外マトリックス材を好ましくはコートしたプレートに接着される。一態様では、幹細胞は、ビトロネクチンをコートした培養表面(例えば、ビトロネクチンをコートした96ウェルプレート)上で培養される。
【0058】
多能性幹細胞は、分化に先立って、市販の培地中で培養することができる。例えば、本分化プロトコールの開始に先立ち、幹細胞を、Essential 8 Flex培地(Thermo Fisher #A2858501)中で少なくとも1日間培養することができる。非限定的な例示的態様では、幹細胞は、ビトロネクチン(Thermo Fisher #A14700)をコートした96ウェルプレート上に150,000細胞/cm2の密度で継代され、分化に先立ちEssential 8 Flex培地中で1日間培養される。
【0059】
本分化プロトコールを開始するために、幹細胞が培養されている培地は、小節IIにて上述したような、シグナル伝達経路アゴニストおよび/またはアンタゴニストが補充されている基本分化培地に交換される。基本分化培地は、例えば、細胞生存率および成長を維持するために必要とされる付加的な標準的培養培地成分は補充されているが血清(該基本分化培地は無血清培地である)ならびにFGF2、PDGF、IGF、およびHGFなどの外因的に添加される他のいかなる増殖因子も含まない、市販のベースを含むことができる。非限定的な例示的態様では、基本分化培地は、1×IMDM(Thermo Fisher #12440046)、1×F12(Thermo Fisher #11765047)、1mg/mlのポリ(ビニルアルコール)(Sigma #p8136)、1%の化学的に定義された脂質濃縮物(Thermo Fisher #11905031)、450uMの1-チオグリセロール(Sigma #M6145)、0.7ug/mlのインスリン(Sigma #11376497001)、および15ug/mlのトランスフェリン(Sigma #10652202001)を含有する(図16に示した例示的な分化プロトコールにおいて使用したように、本明細書では「CDM2」培地とも呼ぶ)。
【0060】
培養培地は、典型的には、定期的に新鮮培地に交換される。例えば、一態様では、培地は、24時間ごとに交換される。
【0061】
コミットMB NSCおよびMB NPCを作製するために、幹細胞は、細胞性の分化とコミットMB NSCまたはMB NPC関連マーカーの発現とに十分な時間にわたり最適化培養培地中で培養される。実施例に記載するように、一方がMB NSCの作製のために最適化されもう一方がMB NPCの作製のために最適化された2段階法での多能性幹細胞の培養によって、(MB NSCをもたらす)第1の段階のための培養期間が0~3日目でありかつ(MB NPCをもたらす)第2の段階のための培養期間が4~6日目である、わずか6日間の培養でのMB NPCの産生がもたらされ得ることが発見された。
【0062】
したがって、本明細書では「工程(a)」または「段階1」とも呼ばれる、MB NSCを作製する本方法の第1の段階では、多能性幹細胞が、0~3日目に、または、0日目に開始し3日目まで継続して、または、72時間(3日間)にわたり、もしくは少なくとも60時間、もしくは少なくとも64時間、もしくは少なくとも68時間、もしくは少なくとも70時間、もしくは少なくとも72時間にわたり、または60時間にわたり、または64時間にわたり、または68時間にわたり、または70時間にわたり、または72時間にわたり、段階1に最適化された培養培地中で培養される。
【0063】
したがって、本明細書では「工程(b)」または「段階2」とも呼ばれる、MB NPCを作製する本方法の第2の段階では、工程(a)で作製されたMB NSCが、4~6日目に、または、4日目に開始し6日目まで継続して、または、4日目に開始し72時間(3日間)継続して、または、4日目に開始し、少なくとも60時間、もしくは少なくとも64時間、もしくは少なくとも68時間、もしくは少なくとも70時間、もしくは少なくとも72時間にわたり継続して、または、4日目に開始し、60時間にわたり、もしくは64時間にわたり、もしくは68時間にわたり、もしくは70時間にわたり、もしくは72時間にわたり継続して、段階2に最適化された培養培地中でさらに培養される。
【0064】
IV.使用
コミットMB NSCおよびMB NPCを作製するための本開示の方法および組成物によって、様々な用途についてのこれらの細胞集団の効率的かつロバストな利用が可能となる。例えば、本方法および組成物を、パーキンソン病などの神経疾患および障害の理解および潜在的治療の一助となるよう、ドーパミン作動性ニューロンへの分化を含む、中脳神経前駆体の開発および生物学の研究において使用することができる。例えば、本開示の方法を使用して作製されたコミットMB NSCおよび/またはMB NPCを、該細胞上に発現された表面マーカーに結合する作用物質を使用する当技術分野において確立された方法によって、さらに精製することができる。したがって、一態様では、本開示は、以下の工程を含む、コミット中脳神経幹細胞(コミットMB NSC)または中脳神経前駆細胞(MB NPC)を単離する方法を提供する:
本開示の方法によって作製されたMP NSCまたはMP NPCを、該MB NSCまたはMB NPCによって発現された細胞表面マーカーに結合する少なくとも1つの結合剤と接触させる工程;および
該結合剤に結合する細胞を単離して、それにより該MB NSCまたはMB NPCを単離する工程。
【0065】
一態様では、結合剤は抗体であり、例えば、細胞表面マーカーに結合するモノクローナル抗体(mAb)である。該抗体に結合する細胞は、蛍光活性化細胞選別(FACS)および磁気活性化細胞選別(MACS)を非限定的に含む、当技術分野において公知の方法によって単離することができる。
【0066】
中脳ドーパミン作動性神経系列の前駆体もまた、パーキンソン病を非限定的に含む、神経疾患および障害を有する対象への該細胞の送達を介した該疾患または障害の治療における使用が企図される。
【0067】
V.組成物
他の局面では、本開示は、培養培地および細胞培養物を含む、コミットMB NSCおよびMB NPCを作製する方法に関連した組成物、ならびに単離された前駆細胞および細胞集団を提供する。
【0068】
一局面では、本開示は、WNT経路アゴニスト、SHH経路アゴニスト、BMP経路アンタゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、およびMEK経路アンタゴニストを含みかつ外因的に添加される増殖因子を欠く、ヒトコミット中脳神経幹細胞を得るための培養培地を提供する。
【0069】
別の局面では、本開示は、BMP経路アゴニスト、RA経路アゴニスト、LXR経路アゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、mTOR経路アンタゴニスト、およびTGF-β経路アンタゴニストを含みかつ外因的に添加される増殖因子を欠く、ヒト中脳神経前駆細胞を得るための培養培地を提供する。
【0070】
別の局面では、本開示は、ヒトコミット中脳神経幹細胞の単離された細胞培養物を提供し、該培養物は、WNT経路アゴニスト、SHH経路アゴニスト、BMP経路アンタゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、およびMEK経路アンタゴニストを含みかつ外因的に添加される増殖因子を欠く培養培地中で培養された、ヒトOTX2+ LMX1A+ コミット中脳神経幹細胞を含む。
【0071】
別の局面では、本開示は、ヒト中脳神経前駆細胞の単離された細胞培養物を提供し、該培養物は、BMP経路アゴニスト、RA経路アゴニスト、LXR経路アゴニスト、AKT経路アンタゴニスト、mTOR経路アンタゴニスト、およびTGF-β経路アンタゴニストを含みかつ外因的に添加される増殖因子を欠く培養培地中で培養された、ヒトOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ 中脳神経前駆細胞を含む。
【0072】
別の局面では、本開示は、本開示の方法によって作製された、ヒトOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ 中脳神経前駆細胞を提供する。一態様では、本開示はヒト中脳神経前駆細胞(NPC)を含む組成物に関し、該ヒト中脳NPCは、OTX2、FOXA2、およびLMX1Aを発現しかつ、GBX2を発現しないかまたは極めて低レベルのGBX2を発現する。一態様では、本開示は、少なくとも1×106個のOTX2+ FOXA2+ LMX1A+ ヒト中脳神経前駆細胞(NPC)を含むヒト中脳NPCの単離された細胞集団に関し、該細胞集団は、GBX2発現神経幹細胞を欠く。単離された細胞集団の一態様では、ヒト中脳NPCは、ヒト中脳NPCによって発現される少なくとも1つのマーカーと結合する少なくとも1つの抗体によって結合される。
【0073】
本発明を、以下の実施例によってさらに例証する。これらは、さらなる限定として解釈されるべきではない。本出願全体を通して引用された図面ならびにすべての参考文献、特許、および公開された特許出願の内容は、参照により本明細書に明確に組み入れられる。
【実施例
【0074】
実施例1:FOXA2およびLMX1Aを発現する幹細胞由来中脳神経前駆体の作製のための培養プロトコール開発
本実施例では、ヒト多能性幹細胞を6日間の培養後にFOXA2およびLMX1Aを発現する前駆体へと導くことができる、中脳由来神経前駆体の作製のための2段階培養プロトコールを開発した。これらの細胞は、成熟したドーパミン作動性ニューロンにさらに分化可能である。
【0075】
本実施例では、Bukys et al. (2020) Iscience 23:101346に既述の高次元実験計画法(HD-DoE)の方法を利用する。該方法は、コンピューター化設計幾何学を用いて複数のプロセス入力を同時に試験し、深層エフェクター/応答空間の数学的モデル化を提供する。該方法によって、例えば細胞分化の際などの複雑なプロセスを制御する組合せシグナル伝達入力を見出すことが可能になる。これは、複数の有望な重要プロセスパラメーターを試験することを可能にする、なぜなら、そのようなパラメーターは遺伝子発現などの出力応答に影響を及ぼすからである。遺伝子発現は例えばヒト細胞の表現型の顕著な特徴をもたらすため、該方法を適用して、どのシグナル伝達経路が細胞運命を制御するのかを同定および理解することができる。この実施例では、中脳神経前駆体に発現される遺伝子を多能性幹細胞状態から直接誘導するための条件を見出すことを目的として、HD-DOE法を適用した。
【0076】
各段階についての配合を開発するために、予め選択された53個の遺伝子2セットの発現に対する3日間の処理の後の、複数のシグナル伝達経路のアゴニストおよびアンタゴニスト(本明細書では「エフェクター」と呼ぶ)の影響を調べ、モデル化した。これらのエフェクターは、幹細胞を特定の運命に段階的に分化させる際に一般的に使用される低分子またはタンパク質である。試験のためのエフェクターの選択は、発達中の脳の中脳領域における神経誘導および神経前駆体への幹細胞の分化に関する最新の文献に基づいた。
【0077】
エフェクターを試験するために、ある濃度範囲において、48以上の様々な組合せのエフェクターに対する細胞の応答を評価することができる少なくとも8個の因子を用いる実験を設計した。モデルを分析するために、本発明者らは、OTX2、DMBX1、FOXA2、LMX1Aを含む中脳領域において発現される遺伝子の発現、ならびに後脳マーカーであるGBX2の非存在に注目した。遺伝子発現レベルに対する各エフェクターの影響は、モデル化の間にエフェクターごとに算出された因子寄与度と呼ぶパラメーターによって定義した。
【0078】
分化の段階1の配合を特定するために、細胞を様々なエフェクターで3日間処理し、細胞の遺伝子発現をモデル化した。OTX2の12760.1での最大発現について最適化した場合、1つのモデルが特に、DMBX1、LMX1A、およびOTX2の上方制御ならびにGBX2の下方制御に対して有望な結果を示した。このモデルは、LDN193189、PD173074、BLU9931、プルモルファミン、SC79、MK2206、ZM336372、PD0325901、CHIR99021、XAV939、UCLA-gp130、トファシチニブ、およびGO 6983を含む13個の因子からなった。エフェクターのうちの4個、すなわちAKTシグナル伝達経路のアンタゴニストであるMK2206、MEKシグナル伝達経路のアンタゴニストであるPD0325901、WNTシグナル伝達経路のアゴニストであるCHIR99021、およびBMPシグナル伝達経路のアンタゴニストであるLDN193189が、関心対象の遺伝子の発現に対する有意な正の影響を有しており、それぞれ因子寄与度は、22.3、18.1、13.5、および11.9であった(図1)。
【0079】
FOXA2が、OTX2の最適化により上方制御されなかったことから、本発明者らは、次に、FOXA2の1581での最大発現についてモデルを最適化した。FOXA2の発現に対する有意な正の効果を有する3個のエフェクターが特定され、これにはLDN193189、CHIR99021、およびプルモルファミンが含まれ、それぞれ因子寄与度は、13.6、15.6、および22.2であった(図2)。LDN193189およびCHIR99021は、どちらの最適化設定にも共通しており、プルモルファミン以外の残りの因子は、因子寄与度が10未満である。したがって、本発明者らは、元の4個のエフェクターにプルモルファミンを追加する影響に注目した。
【0080】
この評価は、OTX2、DMBX1、LMX1A、およびFOXA2の発現に注目したモデルの動的プロファイル分析によって行った(図3)。プルモルファミンは、先の設定ではOTX2、DMBX1、およびLMX1Aの発現に対する正の影響を有さなかったことから、本発明者らは、当該遺伝子の発現レベルの低下を予想したが、これらの発現レベルは先の条件とほぼ同じに留まり、DMBX1、LMX1A、およびOTX2についてそれぞれ3000、450、および11000であったことが観察された(図4)。
【0081】
プロトコールの段階1(中脳にコミットした神経幹細胞を作製する)について検証されたエフェクターを、以下の表1にまとめる。
【0082】
(表1)プロトコールの段階1において検証されたエフェクター
【0083】
段階2において中脳にコミットした神経幹細胞の神経前駆細胞への分化をさらに導くために、本発明者らは、さらなるHD-DoE実験を実施した。本発明者らは、これによって、さらなる遺伝子調節モデルを得、これを分化プロトコールの調製のために使用した。この根拠は、段階1処理の終了後のさらなる3日間における、中脳神経前駆細胞に向けた細胞の分化の開始に注目した、12因子によるHD-DoE実験であった。ここでは、本発明者らは、GBX2の発現が低い~ゼロの神経前駆細胞でのLMX1AおよびFOXA2の発現に注目した。LMX1Aは、該モデルにおいて、有意な高い発現レベルを有し、値は47888であった。したがって、本発明者らは、正の因子を特定するために、この遺伝子に対する最適化設定を用いた。この実験における因子には、SC79、MK2206、ZM336372、PD0325901、CHIR99021、A 83-01、TTNPB、AGN193109、GW3965、SR9243、プルモルファミン、およびGSI-XXを含めた。LMX1Aについて最適化した場合、RAシグナル伝達経路の低分子アゴニストであるTTNPBなる1つの因子が、有意な正の影響を有し、因子寄与度は19.5であった。CHIR99021、SC79、およびGW3965もまた正の影響を有したが、これらの因子寄与度は10未満であり(それぞれ、8.3、7.3、および5.4)、AGN193109の正の因子寄与度は<1であった(図5)。
【0084】
同じ実験を、FOXA2の33193での最大発現について最適化した場合、FOXA2の発現に対する有意な正の影響を有する3つのエフェクターが特定され、これにはTTNPB、A 83-01、およびプルモルファミンが含まれ、因子寄与度は10.7、6.7、および15.3であった(図6)。
【0085】
段階1の実験モデルと同様に、該分析もまた、プルモルファミンが、FOXA2発現レベルに対する正の効果およびLMX1A発現レベルに対する負の効果を有し、因子寄与度が26.2であったことを示した。該モデルもまた、A 83-01およびCHIR99021について同じ傾向を示し、それぞれFOXA2およびLMX1Aに対してのみ正の影響を有した。したがって、本発明者らは、LMX1AおよびFOXA2遺伝子両方の最適化発現およびGBX2の最小発現のための配合を調整するために、動的プロファイル分析を用いた(図7)。プルモルファミンの添加なしでも、FOXA2の発現レベルは5000であったことが観察され、したがって、このエフェクターを含めることは必須ではないが、FOXA2の発現を改善することができる。動的プロファイルプロットに基づくと、CHIR99021は、たとえLMX1Aに対する正の効果を有していたとしても、GBX2の発現レベルも上昇させかつFOXA2の相対的な発現も低下させるとも結論づけられ、したがって、この因子は最終的な配合では排除した。A 83-01は、FOXA2およびLMX1Aに対する逆の効果を有するもう1つの因子であり、これが、最終的な配合に含まれた。動的プロファイル分析によって、中程度の濃度(300nM)でのA 83-01の添加が、FOXA2の発現を改善しかつGBX2のレベルをほぼ0まで低下させるのに役立ち得ることが示された。
【0086】
中脳分化プロトコールで通常使用されているFGF8のような追加の因子をさらに試験するために、本発明者らは、LDN193189、BMP7、A 83-01、アクチビンA、タキニブ、PD0325901、MK2206、FGF8b、AZD3147、MHY1485、GSI-XX、およびYhhu 3792からなる、別の12因子実験を実行した。先の実験と同様に、hiPSCを、段階1培地で3日間処理し、次いで、因子を組み合わせた96種の条件で、さらに3日間処理した。このモデルをFOXA2の最大発現について最適化した場合、因子寄与度13.7のBMP7および14.2のMK2206が、その発現に対して最も大きく影響し、因子寄与度10.9のAZD 3147がこれに続いた。Yhhu 3792およびタキニブもまた正の影響を有したが、因子寄与度は10未満であった。驚くべきことに、FGF8が負の影響を有し、因子寄与度は12.8であった(図8)。
【0087】
このモデルをLMX1Aの最大発現についても最適化させ、因子寄与度12のMK2206が最も高い正の影響を有した。AZD 3147、GSI-XX、アクチビンAおよびタキニブもまたその発現に対して正の影響を有したが、因子寄与度は10未満であった(図9)。このモデルでは、Yhhu 3792がLMX1Aの発現に対して負の影響を有し、因子寄与度は11.7であったことが示され、これは、FOXA2条件の逆である。もう1つの違いは、LMX1Aに対して負の影響を有するBMP7であった。しかしながら、その因子寄与度は10未満である。したがって、FOXA2およびLMX1A両方の発現について、因子間の交互作用の効果および最適条件を評価するために、本発明者らは動的プロファイル分析を用いた(図10)。
【0088】
動的プロファイル分析を用いて、本発明者らは、GSI-XX、アクチビンA、およびタキニブを、これらがFOXA2およびLMX1A両方の発現のレベルに大幅な正の変化をもたらさなかったことから、排除した。Yhhu 3792もまた、LMX1Aに対する負の効果およびGBX2に対する正の効果を相当に有したことから、排除した。BMP7およびAZD 3147は、それぞれFOXA2およびLMX1Aに対して著しい正の影響を有した一方で、残りの遺伝子の発現を低下させておらず、したがって、これらを最終的な配合に含めた。またMK2206はLMX1Aのレベルを低下させたものの、FOXA2およびGBX2に対する所望の影響を有することが示され、したがってこれを、中程度のレベルで最終的な配合に含めた。
【0089】
プロトコールの段階2(中脳由来神経前駆細胞を作製する)について検証されたエフェクターを、以下の表2にまとめる。
【0090】
(表2)プロトコールの段階2において検証されたエフェクター
【0091】
両モデルを考慮して、OTX2、FOXA2、およびLMX1Aの強固なかつ上昇した発現にそれ自体が関連するような神経前駆細胞のアイデンティティーを有する中脳領域への細胞の分化を最大化する条件には、以下のエフェクター入力を含めた:TTNPB、BMP7、A 83-01、GW3965、AZD 3147、およびMK2206。
【0092】
段階1および段階2プロトコールに対する、個々の検証された各エフェクターの重要度を、実施例2に記載するようにさらに評価した。
【0093】
実施例2:幹細胞由来中脳神経前駆体を誘導する培養条件の因子重要度分析
検証された各因子の排除の影響を評価するために、本発明者らは、動的プロファイル分析を用いて、最終決定された各因子の非存在下かつ残りは存在する状況で関心対象の遺伝子の発現レベルを比較した。関心対象の遺伝子の発現レベルは、所望のアウトカムが到達可能であるかどうかを明らかにするので、この因子重要度分析によって、各入力エフェクターの重要度の程度が明らかにされた。
【0094】
段階1配合では、5個の最終決定因子のそれぞれを除外する一方で残り4個の因子を存在させて、OTX2、DMBX1、FOXA2、およびLMX1Aの発現レベルを、5個すべての因子の存在下でのレベルと比較して評価した(図11A~B)。MK2206を除外した場合、OTX2およびDMBX1の値はそれぞれ12000および3000から9500および1500に低下したが、FOXA2およびLMX1Aは同じ値に留まった。PD0325901の非存在により、DMBX1の発現の低下がもたらされこれは900に達したが、FOXA2およびLMX1Aの発現は600および300から700および500に上昇した。LDN193189非存在下では、DMBX1の発現レベルは上昇したが、OTX2、FOXA2、およびLMX1Aの値は低下した。CHIR99021を除外した後は関心対象のすべての遺伝子の値が低下し、このことは、段階1配合におけるその重要性をさらに証明し、かつ、予想された通り、プルモルファミンの非存在は、FOXA2の低減をもたらした一方で、これはその他の遺伝子には有益であった。
【0095】
段階2配合では、6個の最終決定因子のそれぞれを除外する一方で残り5個の因子を存在させて、FOXA2、LMX1A、およびGBX2の発現レベルを、すべての因子の存在下でのレベルと比較して評価した。第1の実験モデルによると、TTNPBの非存在によって、GBX2発現の上昇がもたらされ、一方で、FOXA2およびLMX1Aの値は、それぞれ10,000から0に、30,000から15,000に、激的に低下した。A 83-01の非存在によって、FOXA2の発現は10,000から7000に低下したが、予想された通り、LMX1Aの値は30,000から40,000に上昇した。GW3965の削除によって、LMX1Aの値は30,000から10,000に激的に低下し、FOXA2の値は17,000まで上昇した(図12A~B)。第2の実験モデルによると、BMP7およびMK2206の非存在はいずれも、FOXA2のレベルを低下させた一方でLMX1Aの値を上昇させ、主要エフェクターとしてのBMP7の非存在は、FOXA2の発現0をもたらした。AZD 3147の非存在は、LMX1Aのレベルを4000から2000に低下させた一方で、FOXA2の値に対する効果はほとんど有さず(図13A~B)、したがって、これらの因子を最終的な配合に加えた。
【0096】
実施例3:FOXA2およびLMX1Aを発現する幹細胞由来中脳神経前駆体の免疫細胞化学的検証
実施例1に記載したように開発された培養プロトコールをさらに検証するために、細胞を段階1および段階2の分化培地で処理し、各段階の終了時に免疫細胞化学を使用して中脳領域および神経前駆体のバイオマーカーの発現を評価した。被験バイオマーカーには、中脳の位置決定および中脳-後脳境界の維持に関与する中脳マーカーであるOTX2(Vernay et al. (2005) J. Neurosci. 25:4856-4867)、中脳ドーパミン作動性前駆体の生成および分化に関与するLMX1A(Yan et al. (2011) J. Neurosci. 31:12413-12425)、発生の初期および後期において中脳ドーパミン作動性ニューロンの生成を調節するFOXA2(Ferri et al. (2007) Development 134:2761-2769)、中脳および前後脳において発現されるPAX2(Urbanek et al. (1997) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94:5703-5708)、初期ニューロンのマーカーであるネスチン、増殖マーカーであるKI67、および後脳マーカーであるGBX2を含めた。
【0097】
免疫細胞化学画像により、段階1培地での処理の終了までに、90%を超える細胞においてOTX2およびLMX1Aの発現が確認された。GBX2の幾分かの発現が観察されたのと同様、マーカーPAX2、ネスチン、およびKI67も一部の細胞において観察された。しかしながら、FOXA2は発現されなかった(図14)。段階2培地での処理後、本発明者らは、LMX1AおよびOTX2の発現が維持された一方でFOXA2の発現が有意に増加し、90%を超える細胞においてFOXA2が検出されたことを、観察した。またGBX2発現は、段階2の終了までにほとんど消失していた(図15)。分化の段階2の終了までにOTX2、LMX1A、およびFOXA2が検出され、一方でGBX2が検出されなかったことによって、6日間の処理後にヒト人工多能性幹細胞を中脳神経前駆体に分化させる段階1および段階2のための配合が確かめられた。
【0098】
実施例4:LMX1AおよびFOXA2を発現する幹細胞由来中脳神経前駆体のRNA-seq検証
RNA配列決定を、候補配合での培養細胞の遺伝子プロファイルを得るために用いた。ヒトiPSCを、段階1および段階2培地中で合計6日間培養し、各段階終了時に、作製された細胞のRNAを配列決定した。図17は、0日目、3日目、および6日目における3回の反復実験における、発生中の脳の中脳領域(OTX2、DMBX1、FOXA2、LMX1A)、初期神経のアイデンティティー(ネスチン、SOX1、SOX2、ビメンチン)、および幹細胞状態(NANOG、POU5F1)を表す選択した遺伝子の正規化された発現レベルを示す。図17Aおよび図17Bに示すように、幹細胞遺伝子のレベルは神経前駆体において低下した一方で、中脳領域に由来するニューロンの遺伝子のレベルは増加しており、このことは、hiPSCの中脳のアイデンティティーを有する神経系列への分化を実証するものである。図17Aは、段階0と比較した、段階1培地による3日間の処理後の、19個の選択された遺伝子の倍率変化を示しており、FOXA2、LMX1A、およびSOX1は、hiPSCと比較して最も高い正の差次的発現レベルを有する(それぞれ、10.6、9.5、および9.1)。幹細胞遺伝子NANOGおよびPOU5F1、ならびにまた後脳遺伝子GBX2は、最も低いレベルである(それぞれ-8.7、-3.5、および-3.8)。図17Bは、hiPSCと比較した、段階1および段階2培地で処理した細胞の21個の選択された遺伝子の倍率変化を示す。FOXA2、SOX1、およびDDCは、11.3、10、および7.7での最も高い正の差次的発現を有する。段階1と同様に、NANOG、POUF51、およびGBX2で最も低い差次的発現が観察された。0日目におけるhiPSCおよび6日目におけるMB神経前駆体の18個の選択された遺伝子の倍率変更した(scaled)遺伝子プロファイルのヒートマップ(図17C)は、DDC、LMX1A/B、SOX6、NEUROG2、FOXA2およびEN1を含む中脳前駆体遺伝子の発現を示しており、これらの発現は、段階1および段階2培地での処理後に増加した。グリア細胞において発現される遺伝子GFAPの発現レベルもまた観察され、6日間の分化の間、同じままであり、これは、培養物が主にニューロン性であることを示している。このデータは、細胞を中脳ニューロンのアイデンティティーへと誘導する際の段階的な分化培地としての段階1および段階2配合の能力を実証するものである。
【0099】
均等物
当業者であれば、慣用の実験法程度を使用して、本明細書に記載された本発明の特定の態様の多くの均等物を認識するかまたは確認することができるであろう。そのような均等物は、添付の特許請求の範囲によって包含されることが意図される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11A
図11B
図12A
図12B
図13A
図13B
図14
図15
図16
図17
【国際調査報告】