IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ マックスプランク−ゲセルシャフト・ツール・フェーデルング・デル・ヴィッセンシャフテン・エー・ファウの特許一覧

特表2024-527285シードスピン軌道トルクを使用して磁性材料内の磁気モーメントを切り換える方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-07-24
(54)【発明の名称】シードスピン軌道トルクを使用して磁性材料内の磁気モーメントを切り換える方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 29/82 20060101AFI20240717BHJP
   H10B 61/00 20230101ALI20240717BHJP
   G06N 10/40 20220101ALI20240717BHJP
   G06N 3/06 20060101ALI20240717BHJP
【FI】
H01L29/82 Z
H10B61/00
G06N10/40
G06N3/06
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023579144
(86)(22)【出願日】2022-06-15
(85)【翻訳文提出日】2024-01-25
(86)【国際出願番号】 EP2022066318
(87)【国際公開番号】W WO2022268604
(87)【国際公開日】2022-12-29
(31)【優先権主張番号】21181124.5
(32)【優先日】2021-06-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】509289113
【氏名又は名称】マックスプランク-ゲセルシャフト・ツール・フェーデルング・デル・ヴィッセンシャフテン・エー・ファウ
(74)【代理人】
【識別番号】100127926
【弁理士】
【氏名又は名称】結田 純次
(74)【代理人】
【識別番号】100140132
【弁理士】
【氏名又は名称】竹林 則幸
(74)【代理人】
【識別番号】100216105
【弁理士】
【氏名又は名称】守安 智
(72)【発明者】
【氏名】スチュアート・エス・ピー・パーキン
(72)【発明者】
【氏名】バンビール・パル
(72)【発明者】
【氏名】ビノイ・クリシュナ・ハズラ
(72)【発明者】
【氏名】セフン・ヤン
【テーマコード(参考)】
4M119
5F092
【Fターム(参考)】
4M119AA20
4M119BB20
4M119CC05
4M119CC06
4M119CC10
4M119DD41
4M119EE02
4M119HH01
4M119KK04
5F092AA20
5F092AB06
5F092AC26
5F092AD25
5F092BD05
(57)【要約】
本発明は、磁性材料内の磁気モーメントを切り換える方法に関し、この方法は:a)- 磁性材料の層および- 磁性材料層の1つの表面に接触する金属の層を含むシステムを、磁性材料のブロッキング温度を少なくとも1~100K上回る温度に加熱し、したがって磁性材料層との境界面を形成する工程と、b)少なくともシステムが磁性材料のブロッキング温度を少なくとも1~100K上回る温度に加熱された時点で、電流パルス立ち下がり時間を有する電流パルスをシステムに印加し、それによって磁性材料層内にスピンテクスチャを生成する工程と、c)次いで電流パルス立ち下がり時間より速い冷却速度で、ブロッキング温度を下回る温度にシステムを冷却し、それによって磁性層内にスピンテクスチャを設定する工程とを含む。
【選択図】図3A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性材料内の磁気モーメントを切り換える方法であって:
a)磁性材料の層および
該磁性材料層の1つの表面に接触する金属の層
を含むシステムを加熱し、そのようにして磁性材料層との境界面を形成する工程と、
b)電流パルス立ち下がり時間を有する電流パルスをシステムに印加する工程であって、
システムは、磁性材料のブロッキング温度を少なくとも1~100K上回る温度に加熱され、
電流パルスは、少なくともシステムが磁性材料のブロッキング温度を少なくとも1~100K上回る温度に加熱された時点で印加され、それによって磁性材料層内にスピンテクスチャを生成する、工程と、
c)次いで電流パルス立ち下がり時間より速い冷却速度で、ブロッキング温度を下回る温度にシステムを冷却し、それによって磁性層内にスピンテクスチャを設定する工程とを含むことを特徴とする前記方法。
【請求項2】
磁性材料は、フェリ磁性材料、強磁性材料、通常のおよびキラル反強磁性(AF)材料からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
金属は:重金属元素または化合物、およびトポロジカル金属からなる群から選択される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
重金属は、スピン軌道相互作用を示す金属である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
金属は、W、Au、Ag、PtおよびPdからなる群から選択される、請求項3または4に記載の方法。
【請求項6】
システムは磁性層を含み、金属層は、約10nm×10nm~100nm×100nmまたは10nm×1μm~100nm×10μmの平面寸法を有する、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
磁性材料層は、少なくとも10nmの厚さを有する、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
金属層は、少なくとも3nmの厚さを有する、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
ブロッキング温度は、磁性材料の磁気秩序温度を10%~20%下回る温度である、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
加熱は、工程bで印加される電流によって行われる、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
方法、好ましくは工程b)は、磁場内で実行される、請求項1~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
磁場強度は、10~1000Oeである、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
スピントロニクス技術、好ましくは量子コンピューティングまたはニューロモルフィックコンピューティングの分野における、請求項1~12のいずれか1項に記載の方法の使用。
【請求項14】
第2世代のMRAM技法、好ましくは熱支援切り換え(TAS)またはスピン伝達トルク(STT)における、請求項1~12のいずれか1項に記載の方法の使用。
【請求項15】
反強磁性記憶媒体における、請求項1~12のいずれか1項に記載の方法の使用。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
磁化の操作、具体的には電流誘起の操作は、たとえば量子コンピューティングまたはニューロモルフィックコンピューティングの分野において、新世代のスピントロニクス技術にとって極めて重要である。熱支援切り換え(TAS)およびスピン伝達トルク(STT)などの第2世代のMRAM技法が開発されている。具体的には、特に反強磁性材料によってビットを強磁性材料と同様に記憶することができるため、強磁性に対する代替として反強磁性記憶媒体が研究されてきた。0=上方への磁化、1=下方への磁化という通常の定義の代わりに、これらの状態はたとえば、0=垂直に交互のスピン配位および1=水平に交互のスピン配位とすることができる。反強磁性材料の主な利点は次の通りである。
- 正味外部磁化がゼロであることから、漂遊磁場によるデータを損傷する摂動の影響を受けないこと;
- 近くの粒子に影響を与えず、つまり反強磁性デバイス要素がその隣接要素を磁気的に妨害しないこと;
- 切り換え時間がはるかに短いこと(GHzの強磁性共鳴周波数と比べて、反強磁性共鳴周波数はTHzの範囲内である);
- 絶縁体、半導体、半金属、金属、および超電導体を含む広範囲の反強磁性材料が一般に利用可能であること。
【0002】
研究はまた、反強磁性スピントロニクスに対する情報の読み取りおよび書き込みの方法を対象とする。なぜなら反強磁性スピントロニクスの正味磁化はゼロであるため、従来の強磁性スピントロニクスと比べて情報の読み書きが難しいからである。現代のMRAMでは、電流によるより効率的かつ拡張可能な読み取りおよび書き込みが好まれるため、磁場による強磁性秩序の検出および操作はほぼ断念されてきた。いずれにしても磁場は非効果的であるため、磁場ではなく電流によって情報の読み取りおよび書き込みを行う方法が、反強磁性体においても調査されている。現在反強磁性体で調査されている書き込み方法は、スピンホール効果およびビシュコフ-ラシュバ効果からのスピン伝達トルクおよびスピン軌道トルクによるものである。いわゆるレーストラックメモリという別の設計では、強磁性ワイアの磁壁間の磁化方向で情報を符号化する。
【0003】
これらの最近の開発に関して、正味磁化がほぼゼロの反強磁性体(AF)は非常に魅力的である。ただし、AFデバイスの最大の可能性を利用するために依然として実現する必要のある重要な目標は、AFの磁性配位の設定および切り換えである。
【0004】
ほぼ補償された磁化を有する反強磁性およびフェリ磁性材料は、その独特の特性により技術的に重要であることが長く知られている(非特許文献1;非特許文献2)。最近、キラルスピンテクスチャが、特にゼロの磁化を有する場合でも異常ホール効果(AHE)が大きいことなど、強磁性体を思い出させる特性を示すことから、多くの注目を受けている。上述したように、AFのデバイスの可能性を実現するための重要な目標は、その磁性配位の設定および切り換えである。キラルAFにおけるスピンホール効果(SHE)の観察(非特許文献3)は、スピン流によってその磁性配位を切り換えることができることを示唆している。重金属内でSHEによって生成されるスピン流は、強磁性(FM)層の磁化を切り換えるために使用されてきた(非特許文献4;非特許文献5)が、これらのシステムにおけるスピン拡散長が短いため、1~3nm程度の薄い層しか切り換えることができない。
【0005】
特許文献1は、反強磁性メモリデバイスを動作させる方法を開示しており、この方法は、反強磁性メモリデバイスの反強磁性領域内で少なくとも1つの電流パルスを生成することを含む。この電流パルスまたは各電流パルスの有効部分は、250ピコ秒未満の持続時間を有し、その大きさは、反強磁性領域の少なくとも一部分内で磁気モーメントを切り換えるのに十分なほど強い互い違いのスピン軌道場を誘起するのに十分なほど大きい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】EP3474281A
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】R.A.Duine、K.-J.Lee、S.S.P.Parkin、M.D.Stiles、「Synthetic antiferromagnetic spintronics」、Nat.Phys.14、217-219(2018)
【非特許文献2】S.Parkin、S.-H.Yang、「Memory on the racetrack」、Nat.Nanotechnol.10、195-198(2015)
【非特許文献3】W.Zhangら、「Giant facet-dependent spin-orbit torque and spin Hall conductivity in the triangular antiferromagnet IrMn3」、Sci.Adv.2、e1600759(2016)
【非特許文献4】I.M.Mironら、「Perpendicular switching of a single ferromagnetic layer induced by in-plane current injection」、Nature 476、189-193(2011)
【非特許文献5】L.Liu、O.J.Lee、T.J.Gudmundsen、D.C.Ralph、R.A.Buhrman、「Current-Induced Switching of Perpendicularly Magnetized Magnetic Layers Using Spin Torque from the Spin Hall Effect」、Phys.Rev.Lett.109、096602(2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特にAFデバイスに関して、磁性配位の確実かつ再現可能な切り換えおよび設定、具体的には恒久的な設定が依然として問題である。さらに、知られている技法では、1~5nmの範囲内の厚さ(=有効厚さ)を有する反強磁性層しか切り換えることができない。したがって、上記の問題を解決することに加えて、本発明の目的はまた、AF層の有効厚さを少なくとも50nm、好ましくは少なくとも80nm、より好ましくは少なくとも100nmに増大させることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば、シードスピン軌道トルクの熱力学的プロセスを介して、場合により印加磁場下で、磁性材料の層を切り換えることができる。この切り換えプロセスでは、磁性材料がそのブロッキング温度を上回る温度に加熱されている間に、電流が金属層との境界面で磁性材料の磁性配位をシードする。磁性配位のこの切り換えは最初、界面シード層と呼ばれる磁性材料内の約1~5nmの深さのみで発生する。ただし、界面シード層は次いで、電流パルスの立ち下がり時間が冷却時間を下回らない限り、ブロッキング温度を下回る温度に冷えるため、少なくとも50nm、好ましくは少なくとも80nm、より好ましくは少なくとも100nmの厚さの範囲内で、磁性材料の層全体の結果として生じるスピンテクスチャを設定する。切り換えのための閾値電流密度は、層の厚さおよび場合により印加磁場に依存しないが、印加磁場は、結果として生じる磁区配位に強く影響する。
【0010】
したがって、本発明は、磁性材料内の磁気モーメントを切り換える方法に関し、この方法は:
a)
- 磁性材料の層および
- 磁性材料層の少なくとも1つの表面に接触する金属の層
を含むシステムを、磁性材料のブロッキング温度を少なくとも1~100K上回る温度に加熱し、したがって磁性材料層との境界面を形成する工程と、
b)少なくともシステムが磁性材料のブロッキング温度を少なくとも1~100K上回る温度に加熱された時点で、電流パルス立ち下がり時間を有する電流パルスをシステムに印加し、それによって磁性材料層内にスピンテクスチャを生成する工程と、
c)次いで電流パルス立ち下がり時間より速い冷却速度で、ブロッキング温度を下回る温度にシステムを冷却し、それによって磁性層内にスピンテクスチャを設定する工程とを含む。
【0011】
用語の定義
「磁性材料」とは、フェリ磁性および強磁性材料、ならびに通常のおよびキラル反強磁性(AF)材料を意味するが、常磁性および反磁性材料は除外する。
【0012】
「金属」とは、トポロジカル金属(たとえば、ディラック金属、ワイル半金属)を含むあらゆる金属元素または化合物を意味する。好ましい金属は、スピン軌道相互作用、好ましくは著しいスピン軌道相互作用が存在する金属である重金属であり、したがってこの金属の層により、電流または帯電した電子の流れをスピン流に変換することによって、スピン流を生成することができる。典型的には、金属が重ければ重いほど(原子質量Z)、スピン軌道相互作用は大きくなる。本発明で使用することができる重金属の例としては、たとえばW、Au、Ag、Pt、Pdなどが挙げられる。特にスピンホール効果(SHE)を含むいくつかの機構では、電流変換を行うことができ、長手方向の電流から、スピン偏極電子の純粋なスピン流(正味電荷を搬送しない)が生成される。この変換機構は、いわゆるスピンホール角(SHA)によって画成される効率(スピン流から電荷流)を有する。たとえば、白金のSHAは約0.20であり、WのSHAは約-0.30である。酸化Wの場合、SHAは約-0.50である。スピン流はキラルであり、これは、スピン流が電荷流に直交して流れ、この方向と電荷流の流れ方向との両方に直交する方向に、時計回りまたは反時計回りに偏極されることを意味する。絶対SHA値は、高ければ高いほど良好になる。いわゆるトポロジカル金属の場合、SHAは1をも超過すると言われており、1は電流内の各電子が1つのスピン偏極電子を生成することを意味する。
【0013】
「ブロッキング温度」は、磁性材料の磁気モーメントが熱的に励起されるが、隣接するモーメントは依然として交換相互作用によって互いに対してある程度配向されている温度である。ブロッキング温度より高い温度、たとえば反強磁性材料のネール温度および強磁性材料のキュリー温度である磁気秩序温度において、熱的励起は交換相互作用に打ち勝ち、したがって磁気モーメントがあらゆる方向にランダムに個々に回転する。ブロッキング温度を上回る温度で磁性材料に磁場が印加されたとき、この磁場は、十分に大きい場合、磁化を磁場方向に沿って位置合わせすることができるが、磁場がゼロに低減されたとき、磁化もまたゼロになり、ブロッキング温度を下回ると、磁化は典型的には、結晶の磁気異方性によって画成される特定の方向に対するゼロ磁場内でゼロ以外の値を有する。典型的には、ブロッキング温度は、結晶格子内の好ましい方向に沿ってモーメントを位置合わせする磁気異方性エネルギーに関連するものであり、磁気秩序温度とは容易に区別することができる温度である。ブロッキング温度と磁気秩序温度との温度差は磁気秩序温度の10~20%であり得、ブロッキング温度は磁気秩序温度より低い。この差が10%により近いか、それとも20%により近いかは、磁気異方性の起源に依存する。いずれにせよ、本発明の目的で、ブロッキング温度とは、磁性材料の磁気秩序温度を10%~20%、好ましくは12%~18%、より好ましくは約15%下回る温度である。単結晶材料の磁気秩序温度は、文献から見出すことができる。秩序温度が典型的には低減され、したがって本発明の目的でより少ない加熱が必要とされるとき、典型的には膜は、非常に薄いもの(厚さ1~2単位セル)でない限り、バルク材料に非常に類似した温度を示す。所与の薄膜の磁気秩序温度は、有限の磁気モーメントを有するサンプルから導出される任意の特性の温度に対する変動を測定することによって判定することができる。たとえば、この特性は、印加磁場内のサンプルの磁化とすることができ、これはSQUID磁力計または振動サンプル磁力計またはトルク磁力計などの磁力計を使用して測定することができる。この特性は、サンプルからの所与の直線偏光を有する光を反射し、この光に対する偏光の変化を測定することによって測定される磁気光学カー効果、または同様に、サンプルを通して光のビームを伝送することによって測定されるファラデー効果(基板が使用される所与の波長の光を通す場合)などの光学特性とすることもできる。別の特性は、異常ホール効果またはトポロジカルホール効果などの磁気輸送特性である。
【0014】
「磁区配位」および「スピンテクスチャ」:反強磁性材料は、個々の磁気モーメントが下にある結晶格子に対して異なる方向に沿って位置合わせできる磁区を示すことができる。たとえば、MnSnは六面構造を有し、磁気モーメントは、六角形の基底面内で配向されることを優先する。この平面内には、六方対称によって関連付けられた6つの等価な方向が存在し、したがって6つの等価な反強磁性磁区(=6つの磁区配位;図1a、図1b、または図1c参照)が存在することができる。磁気モーメントは、互いに対して異なる方法で配置することもできるが、常に磁気異方性エネルギーが最小になるように位置合わせされる。この状態をスピンテクスチャと呼ぶ。したがって、スピンテクスチャは、これらの別個の磁区の各々が分布される数および程度に対応する。SOTが印加されるとき、可能な磁区のうちの1つまたはそれ以上が優先されるように、SOTによってスピンテクスチャを再配向または設定することができる。これらのスピンテクスチャは、磁気異方性によって優先されるものと同じでなくてもよく、したがってSOTがオフにされたとき、これらのスピンテクスチャは弛緩して、異方性によって優先されるエネルギー的に最も近いものになることができる。したがって、SOTによって優先または分布される1つまたはそれ以上の磁区が存在することができるが、これらの分布は、SOTがオフに切り換えられたとき、磁気異方性エネルギーをむしろ最小にする磁区またはスピンテクスチャの分布を優先するように展開することができる。それにもかかわらず、SOTは、磁区の分布を変化させることができ、このようにして磁性膜またはナノ物体の全体的な磁性構造を再設定することができる。
【0015】
「設定」とは、磁気モーメントの特定の個別の分布を有する磁区を生み出すことを意味する。本発明によるプロセスは、電流および磁場の異なる組合せを印加することによって、異なる分布を有する異なる磁区を生み出すことを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1-1】MnSnにおける6つの部分からなる磁気基底状態および磁場誘起切り換えの図である。(A)MnSn(空間群P6/mmcを有する六方晶系)内のMn原子(黒色の球)がカゴメ格子面を構成し、Sn原子(紫色の球)がカゴメ格子の各六角形の中心を占める。3つの中心Mn原子とそれに最も近いSn原子とを接続する青色の点線は、カゴメ面内の容易軸の方向を示す。(B)MnSnの6つの部分からなる縮退磁性配位に関連付けられた3Dエネルギー地形が概略的に示されており、ここでφおよびθは、それぞれカゴメ面内およびカゴメ面外の正味モーメントmの回転(緑色の矢印)を指す。(C)Mn三角形の6つのエネルギー縮退基底状態および中間励起状態が、φ方向に沿った2Dエネルギー地形とともに示されている(θ=0の場合)。この図の作成のために、本発明者らはハミルトニアンを最小にしており(1)、その結果、下に示されている6つの基底状態配位φ=30°、90°、150°、210°、270°、330°が得られる。これらの角度間で、本発明者らは、個々のモーメントの極角に対する配位を補間した。この結果、上に示すように、φ=0°、60°、120°、180°、240°、300°に対して6つの縮退エネルギー最大値が得られた。各三角形において結果として生じる基底状態の磁気モーメントm(緑色の矢印)は、6つの容易軸方向のうちのいずれかの方を向く。(D)標準的なホールバー形状内で1mAの印加電流によって300Kで測定された30nmのMnSn/8nmのWの2層サンプルの異常ホール抵抗が、図1Dの上図に示されている。磁場Bは、ホールバーの平面に直交する「z」軸に沿って印加され、電流は「x」軸に沿って印加される。(E)システムがφ=90°の磁区配位とφ=270°の磁区配位との間で切り換わる磁場誘起切り換えの概略図。(F)ΔRxyおよびHとサンプル温度との関係。
図1-2】図1-1の続き。
図1-3】図1-2の続き。
図2】MnSn内の電流誘起シードSOT切り換えの図である。(A)300Kで測定された30nmのMnSn/8nmのWの2層サンプルの電流誘起切り換え。(A)に示すデータは、正(青色)および負(赤色)の面内バイアス場B=±0.1Tに対応する。一定のバックグラウンド信号が、両方のデータセットから引かれた。(B)電流密度Jの存在下での磁性配位φ=150°、210°(青色および赤色)に対するバイアス場B=+0.1Tの存在下での電流誘起SOT切り換えの理論的な説明。(C)3つの異なる電流パルス長(τ)に対する300Kでの電流誘起切り換え。ここでは、書き込みおよび読み取りの両方に対して同じ電流パルスが使用された。(C)の挿入図は、(B)に定性的に一致するバックグラウンドを引いた切り換え挙動を示す(バックグラウンド減算プロセスは、SMの第3章を参照されたい)。(D)選択された書き込みτ約1ミリ秒に対する異なる温度での類似の切り換え実験。(E)電流パルス長および測定温度に対するJの依存性。(F)膜厚さに対する切り換え比(ξ)および臨界電流密度(J)の変動。
図3-1】シードスピン軌道トルク(SSOT)切り換え機構の図である。(A)SSOTの概略図。1つの可能な初期スピン配位が(I)に示されており、異なる2組の磁区(青色および緑色がφ=30°、150°に対応する)がどちらも、m=+0.5mによって特徴付けられる。(II)大きい電流密度が印加されたとき、磁区は熱的に変動する(様々なφ、赤色の磁区)。境界面における薄い領域内でのみ、磁区はSOTによってφ=0°または180°(暗灰色および淡灰色)に沿って配向され、SOTはその後、システムが冷めると層全体をシードする。最終的なスピン配位は(III)に示されており、φ=330°、210°(橙色および紫色)の磁区が分布される。(B)様々な長さの電圧パルスに対する切り換え比ξの依存性ならびに個々の立ち上がりおよび立ち下がり時間がBに示されている。(i)速い立ち下がり時間を伴うより狭いτおよび(ii)遅い立ち下がり時間を伴うより長いτの電圧パルスの存在下の切り換えが、上図に概略的に示されている。ここで、Tはブロッキング温度を表し、Sは、システムがいつTを上回るかを切り換えるために必要な臨界スピン流密度を指す。システムがTおよびSを下回るまで弛緩するために必要とされる時間は、それぞれ
【数1】
および
【数2】
によって示されている。遅い立ち下がり時間を伴うより長いτの場合(事例II)、
【数3】
であるため、システムはSの存在下でTを下回る温度まで冷め、したがってξは約40%である。速い立ち下がり時間を伴うより狭いτの場合(事例I)、
【数4】
であるため、システムはSの不在下でTを下回る温度まで冷め、したがってξは40%より非常に小さい。
図3-2】図3-1の続き。
図4-1】異なる面内バイアス場Bの存在下での電流誘起切り換えの図である。(A)電流誘起切り換え中のBに対するRxyの変動。Bに対するJ(B)およびΔRxy(C)の依存性。黒色(+B、-J)、赤色(+B、+J)、緑色(-B、-J)、および青色(-B、+J)は、それぞれ正および負のBに対する負および正の電流掃引を示す。詳細は、SMの第7章を確認されたい。(D、E)MnSnの磁気エネルギー地形。mがカゴメ面内に位置するとき(θ=0)、総エネルギー(E)は、φに応じて6重の縮退を示し、基底状態と励起状態との間のエネルギー間隙は大きい(DおよびEの事例c)。しかし、mがカゴメ面外で傾斜する場合(θ≠0)、基底状態と励起状態との間のエネルギー間隙は、θが増大するにつれて累進的に減少する(事例bおよびa)。これはランダムな磁区分布を優先し、切り換え中にΔRxyがより小さくなる。
図4-2】図4-1の続き。
図5-1】xz平面内の磁場配向に対する電流誘起切り換えの依存性の図である。(A)測定プロトコルの概略図。(B)xz平面内のψに応じたRxy。磁場誘起切り換えおよび電流誘起切り換えの組合せは、異なる値のψに対して青色および赤色のヒステリシス線によって示されている4つの別個の磁気状態を生み出す。(C)ψ=10°の場合の正のB(+0.1T)ヒステリシスループから負のB(-0.1T)ヒステリシスループへの切り換え。
図5-2】図5-1の続き。
【発明を実施するための形態】
【0017】
「シードスピン軌道トルク(SSOT)切り換え」とも呼ばれる本発明によるプロセスは、金属層との磁性層の境界面における磁区配位の設定を伴い、これは交換を介して層全体の磁区配位の後の設定をシードする。この機構は本質的に熱力学的であり、AF層の温度をその対応するブロッキング温度を上回る温度に上昇させ、次いで隣接する金属層からのスピン流によって提供されるSOTの存在下でAF層を冷却することを伴う。これに関して、この機構は、AF層と強磁性(FM)層との間の境界面における交換バイアス場の構成に類似していると考えられる。後者の場合、2層が磁場内でAFブロッキング温度を上回る温度から冷却されたとき、原子的に薄いAF/FM境界面にわたって磁化FM層によって提供される交換相互作用により、境界面においてAF磁区配位が設定され、これは次いで、AF層が冷却されるにつれてAF層全体をシードする(W.Zhangら、「Giant facet-dependent spin-orbit torque and spin Hall conductivity in the triangular antiferromagnet IrMn」、Sci.Adv.2、e1600759(2016);W.Zhu、L.Seve、R.Sears、B.Sinkovic、S.S.P.Parkin、「Field Cooling Induced Changes in the Antiferromagnetic Structure of NiO Films」、Phys.Rev.Lett.86、5389-5392(2001);J.M.Taylorら、「Epitaxial growth,structural characterization,and exchange bias of noncollinear antiferromagnetic MnIr thin films」、Phys.Rev.Mater.3、074409(2019))。本発明によるプロセスでは、金属層を流れる電流によって生成されるSOTが、FMによって提供される交換に類似した役割を担うと考えられる。
【0018】
それに応じて、シードSOT切り換え機構は、電流が金属層を通過することによってスピン流を生成し、スピン流が設定または再設定されるべき磁性層内へ拡散するという動作によって機能する。それによって、磁性層のうち金属層に隣接している部分、すなわちシード層にのみ作用するSOTが生成される。これは、典型的には本発明の磁性層の厚さより小さい短い距離内でスピン流が減極されるからである。磁性層および金属層を通過する同じ電流(または第2の電流、下記参照)が、ジュール抵抗加熱を介して熱を生成する。磁性層の温度がブロッキング温度を超過したとき、SOTによってシード層の磁化が設定され、シード層の磁化に続いて、磁性層の残り部分の磁化が交換によって行われる。層全体が熱的変動を受ける。しかし、磁性層の冷却速度と比べて十分に遅い速度で電流がオフにされた場合、サンプルが冷めている間にSOTは引き続き印加される。したがって、層全体が冷めて、シード層内でSOTによって設定された状態になる。SOTは電流の大きさに比例するが、加熱は電流の2乗に比例するため、この機構が可能になる。
【0019】
本発明の別の実施形態では、2つの電流を使用することができる。たとえば3端子(3T)形状の場合、加熱電流が加熱の目的で磁性層を垂直に通過することができ、より小さいSOT電流が、SOTを生み出す目的で金属層を通過することができる。この場合、加熱電流が印加され、次いで除去される間、SOT電流は活動状態のまま維持することができる。たとえば、加熱電流は、SOT電流の前に印加することができ、磁性材料がブロッキング温度を上回る温度に加熱された後、加熱電流を除去することができ、SOT電流は、磁性材料がブロッキング温度を下回る温度に冷めるまで引き続き印加される。
【0020】
本発明のさらなる実施形態では、外部磁場によってSOTのシード効果を支持することができる。所与の方向および大きさの磁場と、好ましくは膜の平面内の特定の方向に沿った電流とを組み合わせることで、磁性材料内の所望のスピンテクスチャの設定を支持することができる。
【0021】
本発明によるプロセスの第1の工程で、磁性材料の膜および金属膜の積層体が準備される。
【0022】
2つの膜の平面寸法は、好ましくは同一であるが、2つの膜のうちの一方が他方の膜の平面寸法より小さい平面寸法を有する他の積層設計も可能である。膜の典型的な平面寸法は、MRAM寸法からレーストラック寸法の範囲であり、これは約10nm×10nm~100nm×100nm(MRAM)から10nm×1μm~100nm×10μm(レーストラック)を意味する。
【0023】
磁性材料膜の厚さは、少なくとも10nm、好ましくは少なくとも20nm、より好ましくは少なくとも50nmである。
【0024】
金属膜の厚さは、典型的には、少なくとも3nm、好ましくは少なくとも5nm、より好ましくは少なくとも10nmである。
【0025】
個々の膜は、材料の種類に応じて様々な技法によって準備することができる。膜は、元素、合金、または均質な元素混合物から準備することができる。これらの膜は、化学溶液堆積(CSD)、スピン被覆、化学気相成長(CVD)、プラズマCVD、原子層堆積(ALD)、分子層堆積(MLD)、電子ビーム蒸発、分子ビームエピタキシ(MBE)、スパッタリング、パルスレーザ堆積、陰極アーク堆積(アークPVD)、または電気流体力学堆積などの製造技法を使用して、製造することができる。たとえば膜は、元素の(コ)スパッタリングによって、最終的に基板上に準備することができる。膜に所定の結晶配向を有する表面を提供することが所望される場合、成長予定の化合物と同一または類似の単位セル寸法を有する所望の結晶配向を示す対応する基板上でのエピタキシャル成長によって、(コ)スパッタリングを実行することができる。上記の方法はすべて、概して当技術分野では知られている。
【0026】
2つの膜の積層体は、好ましくは、2つの層を次々に連続して堆積させることによって現場で準備することができ、または所与の層組成物に使用することができる任意の他の知られている積層技法によって準備することができる。準備された膜積層体は、たとえば従来のフォトリソグラフィ技法を使用して、任意の所望の幾何形状にパターニングすることができる。パターニングされたデバイスには、たとえば従来のフォトリソグラフィおよびリフトオフプロセスを使用して、電気接点を取り付けることができる。
【0027】
2層積層膜は次いで、磁性材料のブロッキング温度を上回る温度に加熱される。好ましくは、2層積層膜は、磁性材料の秩序温度を上回る温度に加熱される。熱伝導、熱対流、熱放射、および/または相変化によるエネルギーの伝達など、当技術分野では知られている任意の手段によって、加熱に影響を与えることができる。本発明のプロセスでは、SOTを生成するためにいずれにせよ電流の流れが伴うため、ジュール抵抗加熱を介して積層膜を加熱するために電流が使用されることが好ましい。この加熱電流は、磁性層をシードするために使用されるものと同じ電流とすることができる(以下参照)が、切り換え電流とは異なる流路を有する追加の電流であってもよい(以下参照)。電流流路は、典型的には、電極間の距離によって設定および画成される。
【0028】
磁性材料内に所望の磁気モーメントをシードするために、電流(切り換え電流)は、金属層を一方向に通過し、したがってその所望の方向のスピン流(SOT)を生成し、スピン流は設定または再設定されるべき磁性層内へ拡散する。典型的には、電流の流れ方向は、生成されたスピン流に直交する。モーメントの磁気秩序を設定または再設定するために、磁性材料の温度は、切り換え電流が金属層を通過する時点において、好ましくはブロッキング温度を上回るべきであり、より好ましくは磁気秩序温度(キュリーまたはネール温度)以上とするべきである。最も好ましくは、温度は、ブロッキング温度を少なくとも1~100K上回る。電流は、好ましくは、電流パルス立ち上がり時間、場合により電流パルス保持時間、および電流パルス立ち下がり時間を有する電流パルスの形で印加される。切り換え電流が生成される限り、電流パルス立ち上がり時間および保持時間は重要ではないが、電流パルス立ち下がり時間は重要である(以下参照)。
【0029】
温度がブロッキング温度を少なくとも1~100K上回った後、積層膜は、電流パルス立ち下がり時間より大きい(速い)冷却速度でブロッキング温度を下回る温度に冷却され、それによって磁性層内にスピンテクスチャを設定する。電流パルス立ち下がり時間とは、電流が切り換え電流レベルからゼロに低減されるときに経過した時間である。したがって、積層体、したがって磁性層がそのブロッキング温度を通過して冷却されている間に、スピン流は維持されることが重要である。積層膜の冷却は、典型的には、加熱手段、たとえば加熱電流をオフに切り換えることによって実行される。こうして切り換え電流の「減衰」を遅延させることは、切り換え電流が唯一の加熱源であった場合、すなわち追加の加熱源が印加されない場合も機能する。SOTは電流の大きさに比例するが、加熱は電流の2乗に比例する。したがって、加熱はスピン流より速く「減衰」するため、この機構が可能になる。
【0030】
電流パルス立ち下がり時間は、好ましくは、少なくともブロッキング温度の近傍で磁性材料の冷却速度を超過し、これはブロッキング温度を約20K、好ましくは15K、より好ましくは約10K上回り、好ましくは下回ることも意味する。用いられる材料の膜が非常に薄いため、磁気秩序温度またはブロッキング温度を上回る温度からほぼ室温(約23℃)(好ましくは、ブロッキング温度を下回る温度に対応する)への冷却は、典型的には10~20ナノ秒しか要さず、したがって磁気モーメントの恒久的な切り換えを実現するために材料の加熱が停止されるとき、電流パルス立ち下がり時間は、20ナノ秒より大きく、好ましくは30ナノ秒より大きく、より好ましくは50ナノ秒より大きくなければならない。当然ながら、磁性材料の冷却速度が10~20ナノ秒より速い場合、より短い電流パルス立ち下がり時間を使用することもできる。
【0031】
磁性材料の電流密度は、好ましくは、10~1010A・cm-2、好ましくは10~10A・cm-2、より好ましくは約1・10~3・10A・cm-2の範囲内である。
【0032】
SOTのシード効果は、外部磁場によって支持することができる。所与の方向および大きさの磁場と、切り換え電流とを組み合わせることで、磁性材料内の所望のスピンテクスチャの設定を支持することができる。好ましくは、磁場の方向は、容易軸(のうちの1つ)に沿った膜の平面内の特定の方向に沿っている。好ましい磁場強度は、10~1000Oe、より好ましくは10~500Oe、最も好ましくは10~100Oeである。
【0033】
発明の効果
今日現在、特にAFデバイスに関して、磁性配位の確実かつ再現可能な切り換えおよび設定、具体的には恒久的な設定が依然として問題である。さらに、知られている技法では、1~5nmの範囲内の厚さ(=有効厚さ)を有する反強磁性層しか切り換えることができない。
【0034】
本発明は、磁性材料の磁性配位の確実かつ再現可能な切り換えおよび設定、具体的には恒久的な設定を提供し、それに応じてたとえば量子コンピューティングまたはニューロモルフィックコンピューティングの分野において、新世代のスピントロニクス技術の利点を提供する。磁性材料の有効厚さを少なくとも50nm、好ましくは少なくとも80nm、より好ましくは少なくとも100nmに増大させることによって、熱支援切り換え(TAS)およびスピン伝達トルク(STT)などの第2世代のMRAM技法が商業的に可能になる。具体的には、本発明は、反強磁性記憶媒体の信頼性を大幅に改善することができるため、これらの媒体にとって重要である。
【0035】
以下、本発明について例として示す。
【実施例
【0036】
磁性材料:キラル反強磁性体MnSn
金属:タングステン(W)
3ミリトルのアルゴン圧力および200℃の基板温度でマグネトロンのコスパッタリングを使用し、それに続いて15分間にわたって350℃の現場でのアニーリングを使用することによって、重金属層ありおよび重金属層なしのMnSnの薄膜を、Al
【数5】
基板上に成長させる。次いで、その上に8nmのW層および3nmのTaN(酸化保護)の2層を室温でスパッタリングする。これらの膜は、X線回折(XRD)によって特徴付けられ、サンプル表面の優先的な
【数6】
配向を有する膜の顕著なテクスチャを示した。1mAの小さい電流によって室温で2層サンプル(Al/30nmのMnSn/8nmのW/3nmのTaN)において測定されたホール抵抗が、図1Dに示されている。大きい異常ホール抵抗が電子バンドの逆格子空間ベリー曲率から生じることが分かる。
【0037】
厚さt=30nmを有する2層膜
室温で、磁場(B)がz軸(図1Dの上図)に沿って正の値と負の値との間で掃引されるとき、異常ホール抵抗Rxyは±50mΩで切り換わり、保磁力は約1テスラである(図1D)。これは、2つの状態間のmの磁場誘起切り換えに対応し、φ=90°(+z方向)およびφ=270°(-z方向)によって特徴付けられる(図1E)。これらのモーメントは、測定されたホール輸送のxy平面(図1Dの上図参照)に直交するため、以下の実験のすべてと比べて、この幾何形状に対して可能な限り最も大きいホール信号が見出される。以下、±50mΩの信号が基準点として使用される。さらに、約420Kの磁気秩序温度に近い400Kの最大測定温度に到達するまで、温度が増大するにつれて、Rxyが減少することが観察される(図1F)(SMの第1章参照)。
【0038】
電流誘起切り換え
0.1秒の長い電圧パルスを使用した上記の膜の電流誘起切り換えが、最大±8Vの大きさで小さいバイアス磁場Bとともに、xとして画成される電流方向に沿って印加されることが、図1Dの上図に示されている。結果として生じるサンプルの磁気状態は、1mAの小さい読み取り電流で書き込みパルスの終了から約0.5秒後にRxyを測定することによって精査される。図2Aに示すように、電流に平行な成分を有する磁場の存在下で、膜の磁気状態のヒステリシス電流誘起切り換えを示す明白な証拠が見られる。図2Aに、正(青色)および負(赤色)のB=100mTに対するデータが示されている。本説明全体にわたって、同じ色コードが使用されることに留意されたい。電流を掃引することから測定されたRxy=±20mΩの最大値(図2A)は、磁場誘起切り換え実験(図1D)で見られたものより大幅に小さい。さらに、Rxyの変化は、Bの大きさの影響を非常に受けやすく、Rxyの最大の変化はB=100mTで見られた。電流切り換え比ξは、小さい測定電流の存在下で、電流によって生じるRxyの変化と、磁場(B)から見られる変化との比として定義される。金属層なしで準備された類似のサンプルでは、電流誘起切り換えは見られないことに留意されたい。
【0039】
xyの磁場誘起変化と電流誘起変化との差は、様々な磁気状態(図1C参照)を使用して相殺することができる。電流切り換えの場合、電流がxに沿って印加されるとき、WのSHEにより、偏極s//±yを有するスピン流をMnSn層内へ、すなわち電流の符号に応じてφ=0°またはφ=180°に沿って注入する。電流密度が十分に大きい場合、注入されたスピン流は、これらの2つの不安定な配位(図1Cのエネルギー最大値参照)に沿って、すべての磁性配位を配向する。図2Bに示すように、原子論的シミュレーションを使用して、磁気状態のこの変化を計算することができる。準安定状態は、厳密には注入されたスピン配向φ=0°およびφ=180°に到達しないが、電流密度およびBに応じてこれらの値に接近する。B×sの方向(zに対する符号)により、φがこれらの飽和値よりわずかに小さいかそれとも大きいかが決まる。電流がオフにされたとき、次いでシステムは、B×sの符号に応じて最も近いエネルギー最小値に弛緩する。これは、電流方向(したがってs)を逆にすることによって、磁性配位がφ=330°から30°へまたはφ=210°から150°へ切り換えられ、逆も同様であり(B方向に応じる)、それによってホール電圧の符号を変化させることを意味する。どちらの準安定状態でも、これはm=±0.5|m|の予測正味モーメントの配位間の切り換えに対応する。したがって、理論的に可能な限り最も高いホール信号は、磁場切り換え実験のホール信号の2分の1、すなわちここでは約±25mΩである。
【0040】
非常に重要な点は、このモデル(図2B)で計算される切り換え電流密度(J)が、実験的に測定されたJ図2A)と比べてはるかに高いことである。Jのこの矛盾は、モデル計算がパラメータの特定の選択に強く依拠している場合でも、純粋なSOT機構は実際の切り換え機構を相殺するのに十分でなく、したがって定量的に正確でない可能性があることを示唆している。このジレンマの解決を助けるために、追加の切り換え実験が実行され、同時の書き込みおよび読み取りに単一の電流パルスが使用され、したがって書き込みプロセス中のシステムの状態が精査された(上記で論じた測定のように熱的弛緩後の状態ではない)。図2Cは、電流の強度が±60mA間で掃引されるときに、3つの異なる電流パルス長に対して室温で記録されたRxyの変動を示す。ここで、いずれの場合も、切り換えのための臨界電流密度Jに到達するまで、Rxyは電流が増大するにつれて急速に変化する。バックグラウンド(切り換えが存在しないゼロ磁場データから判定される)を引いた後、電流に対するRxyの依存性(図2Cの挿入図)は、図2Bのシミュレートされた曲線に密接に類似している。SOTがほぼm=0に対応するφ=0°またはφ=180°に沿ってmを配向するため、電流がJを上回るとRxyはゼロになる。切り換えに不可欠なサンプルの加熱に起因する電流パルス長が増大するにつれて、Jはわずかに減少する。さらに、図2Dに示すように、実験がより高い温度で実施されるときは、より小さい値のJが必要とされる。電圧パルス長に対する温度に応じたJの依存性が、図2Eに要約されている。書き込みパルス印加中のサンプル温度を推定するために、小さいDC電流(すなわち、ジュール加熱なし)を使用して、温度に対する長手方向抵抗の依存性を測定した。すべての電流パルス長に対して、Jにおけるサンプルの長手方向の抵抗率は、磁気遷移温度(420K)に近いサンプル温度に対応することが見出された。
【0041】
MnSnのスピン拡散長は、1nm未満であると報告されており(30)、これはここで使用されるMnSn薄膜の厚さよりはるかに小さく、それによって純粋なSOT機構はありえないものとなる。実際には、図2Fに示すように、厚さ100nmのMnSn膜でも切り換えることができ、さらにJは厚さに依存しない(厚さが20~100nmで変動する場合)ことが見出された。見出された別の重要な点は、30nm~80nmの厚さに対してξがほぼ一定であることである。100nmおよび20nmの薄膜に対するξの減少は、その粗度がより大きいことに起因すると考えることができる。
【0042】
上記で報告された知見に基づいて、図3Aに概略的に示すように、シードスピン軌道トルク(SSOT)の新しい機構が提案される。デバイスの3つの状態が示されており、これらは大きい負および正の電流パルスが印加された後に設定される状態(それぞれ事例Iおよび事例III)、ならびに大きい正の電流の印加中の励起状態(事例II)に対応する。電流は、いわゆるブロッキング温度(T)を上回る温度にデバイスを加熱し、したがって所与のAF磁区配位を維持するのに十分な磁気異方性が存在しなくなる。これらの磁区は熱的に不安定であり、すべての磁区配位が熱力学的に分布される。ブロッキング温度はネール温度を下回ることに留意されたい。W層内のSHEからのスピン流は、MnSn/W境界面(事例IIの灰色の領域)で薄い領域内のAF磁区の配向(λ)を設定し、したがって電流がオフに切り換えられた後、この境界領域は、AF層のバルクの磁区配位をシードする(事例IIの赤色の領域)。SOTが効果的であるのに対して、この機構は、デバイスがTを通過して冷める場合にしか効果的でないことが明らかである。したがって、電流パルスの立ち下がり時間が重要である。電流パルス立ち下がり時間が短すぎる場合、これは当てはまらないはずである(図3B参照)。電流に対する加熱の二次依存性とは、サンプル温度が電流に対してSOTより強い依存性を有することを意味する。
【0043】
この仮説を確認するために、変動する長さならびに個別の立ち上がりおよび立ち下がり時間の電流パルスによる詳細な電流誘起切り換え測定を実施した(図3B)。2つのタイプの電流パルスを使用し、第1に、750ピコ秒の立ち下がり時間でパルス長を20ナノ秒から100ナノ秒へ変動させ、第2に、約20ナノ秒の立ち下がり時間でパルス長を12μ秒から100ミリ秒へ変動させた。後者の事例では、システムは、パルス長にかかわらず、常に同じξ約40%を示す。対照的に、第1の事例では、非常に高い電圧が使用されたときでも(サンプルが壊れるまで)、ξは40%より非常に小さい。この挙動は、短いパルス長によってサンプルの加熱が少ないこと、および/またはサンプルが十分に冷却される前にSOTがオフに切り換えられたときのシード層内の磁区配位の熱的変動による可能性がある。有限要素モデリングを使用したデバイス温度の一時的な展開を推定した。印加電流密度が十分に大きいとき、サンプルの温度は約100ナノ秒以内にネール温度を容易に超過し、したがって第1の機構はありえないことが見出された。しかし、電流が突然オフにされた場合、サンプルが有意に冷めるための時間は、約10~20ナノ秒である。したがって、SSOTの仮説と一貫して、電流パルスの立ち下がり時間が短いとき、層全体のAF磁区配位の設定をシードするためにスピン流が除去されるときにはシード層がまだ熱すぎるため、不完全な切り換えが得られる。
【0044】
好ましくはAF、より好ましくはキラルAFに対する電流誘起切り換えはまた、バイアス磁場の存在下で実施することができる。この場合、切り換えは、ここに詳細に示すように、磁場の大きさおよび方向に大きく依存する。図4Aに、Rxyのバイアス場の依存性が示されており、異なる磁場に対する対応するJおよびホール抵抗(ΔRxy)の変化が、それぞれ図4Bおよび図4Cに示されている。Jは、Bに対する依存性を有しておらず、Bが±1T間で変動するときも一定のままであることが見出された。他方では、ΔRxyは、Bに対して興味深い非単調な依存性を示す(図4C)。ゼロに近いバイアス場の場合、ΔRxyは無視できるほど小さい。しかし、Bが増大するにつれて、ΔRxyも、
【数7】
に近い最大値に到達するまで増大し、この値を超えると減少する。Bに対するJおよびΔRxyのこれらの変動は、電流誘起の熱励起状態の結果である。JおよびΔRxyのこれらの依存性は、Bが増大するにつれてJが逆に単調に減少し(トルクのような減衰がBによって補完されるため)、ΔRxyがBに依存せず一定のままであるFMのSOT切り換えとは対照的であることに留意されたい。
【0045】
切り換え中、印加電流がJを超過したとき、偏極s//±yを有するWからのスピン流は、
【数8】
に沿ってMnSnの正味モーメントmと位置合わせされ(図2B)、ここでΔφは、先に説明したように、B×sに比例する。B=0の場合、Δφはゼロであり、したがってmは厳密にφ=180°(または0°)に沿って位置合わせされる。この場合、電流がオフにされたとき、システムは、等しい確率で、φ=180°(または0°)状態から2つの安定した配位、φ=150°および210°(または30°および330°)のいずれかに弛緩する(SMの第9章参照)。したがって、B=0における切り換えは非決定論的になり、その結果、ΔRxyはゼロに近づく。しかし、有限のBの印加により、Δφは有限になる。mはカゴメ面からわずかに傾斜して、別のトルクm×s(B×sによって決まる)を生成し、それによりmはカゴメ面内でわずかに回転する。その結果、励起状態においてmはここで、B×sの符号に応じて、φ=180°(または0°)から角度±Δφだけ傾斜する。このシナリオでは、電流がオフにされたとき、φ=180+Δφ(または0-Δφ)の状態は、m=-0.5|m|によって、φ=210°(または330°)に切り換わる可能性がより高くなり、φ=180-Δφ(または0+Δφ)の状態は、m=+0.5|m|によって、φ=150°(または30°)に切り換わる可能性がより高くなる。したがって、有限のΔφは、システムが決定論的切り換えを実現するのを支援する。Bの大きさが増大するにつれて、Δφもより大きくなり、したがって決定論的切り換えの確率もより大きくなり、それによって
【数9】
に到達するまで、ΔRxyも増大する。
【0046】
【数10】
を超えると、別の作用が関連してくる。
【0047】
【数11】
を超えるΔRxyの減少は、yz(カゴメ)平面から磁気容易軸を離れる磁気モーメントの傾斜によるエネルギー地形(図1B)から定性的に理解することができる。図4Dおよび図4Eに概略的に示すように、mがカゴメ面から傾斜すると、φに対するエネルギー地形はより平坦になる。これは、異なる磁区間の熱的変動が増幅され、ΔRxyを実質上減少させることを意味する。
【0048】
ここまで、磁場Bがφ=±90°に沿って配向される磁場切り換え機構、およびカゴメ面(B)に直交する磁場が切り換え中にバイアスΔφを提供するSSOT切り換えという2つの別個の切り換え機構について論じてきた。次に、両方の作用の組合せについて調査した。xに対して角度ψでxz平面内に±100mTの磁場を印加した(図5A)。非常に興味深いことに、図5Bに示すように、ここでは4つの別個のRxy状態が存在し、その大きさはψの影響を非常に受けやすいことが見出された。ψ=0°において、Rxy=±20mΩが測定され、これは±xに沿って配向されたBに関して先に論じたものと同じ値である。Bがxから離れて傾斜させられた後、図5Bに青色および赤色で示すように、Rxyに対して±Bに対応する2つの分岐が存在することが観察された。各分岐に沿って各ψに対して、サンプルを2つの別個のRxy状態間で電流によってヒステリシスに切り換えることができ、その差はψが増大するにつれて減少する。これらの状態の平均値は、ψがゼロから離れて変動するにつれて、ゼロから上方(青色)および下方(赤色)へシフトする。Rxyもまた、磁場が逆にされたとき、ただし臨界電流を超過した場合のみ、赤色から青色のヒステリシス曲線へ切り換えることができる。特に、ψ=90°の場合、これらの分岐の各々におけるRxyの最大値は、純粋な磁場切り換えで得られる値、すなわち±50mΩ(図1D参照)に接近する。しかしここでは、純粋な磁場切り換えに必要とされる1Tと比べて、ちょうど100mTの磁場が必要とされる。この差は、電流によって提供される加熱によって引き起こされる。ψ=90°の場合、電流によって提供されるSOTは切り換えに影響を与えず、したがってシード層を提供することができないことに留意されたい。それでもなお、SOTはサンプルを加熱し、磁場(φ=±90°に沿ったB)はMnSn層全体にわたってバイアスを提供する。要するに、磁場切り換え機構もまた、好ましい形で電流誘起加熱によって強く影響される。最後に、図5Cは、ψ=10°の場合に、B=±0.1Tの存在下で電流パルスを印加することによって、これら4つの状態にアクセスすることができる方法を示す。4つの別個のRxy状態が存在し、比較的小さい磁場によって強く影響される電流誘起切り換え機構によってアクセスすることができる。これら4つの状態は、4つの個々の磁気位相ではなく、図1Bおよび図1Cに示す6つのエネルギー的に好ましい状態の異なる比に対応する。
図1-1】
図1-2】
図1-3】
図2
図3-1】
図3-2】
図4-1】
図4-2】
図5-1】
図5-2】
【国際調査報告】