(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-07-24
(54)【発明の名称】二つのグラフ間の類似度を測定する方法およびシステム
(51)【国際特許分類】
G06F 18/213 20230101AFI20240717BHJP
G06N 10/20 20220101ALI20240717BHJP
G06N 20/10 20190101ALI20240717BHJP
【FI】
G06F18/213
G06N10/20
G06N20/10
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024501152
(86)(22)【出願日】2022-07-07
(85)【翻訳文提出日】2024-03-01
(86)【国際出願番号】 EP2022069010
(87)【国際公開番号】W WO2023281029
(87)【国際公開日】2023-01-12
(32)【優先日】2021-07-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】524009989
【氏名又は名称】パスカル
【氏名又は名称原語表記】PASQAL
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100142608
【氏名又は名称】小林 由佳
(74)【代理人】
【識別番号】100155963
【氏名又は名称】金子 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100150566
【氏名又は名称】谷口 洋樹
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【氏名又は名称】中尾 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100220489
【氏名又は名称】笹沼 崇
(74)【代理人】
【識別番号】100225026
【氏名又は名称】古後 亜紀
(74)【代理人】
【識別番号】100230248
【氏名又は名称】杉本 圭二
(72)【発明者】
【氏名】アンリエ・ロワ
(72)【発明者】
【氏名】ヘンリー・ルイス・ポール
(72)【発明者】
【氏名】ダルヤック・コンスタンタン
(72)【発明者】
【氏名】ターベット・スリマン
(57)【要約】
【課題】グラフのノード数が多い場合でも、二つのグラフ間の類似度を測定し得る方法を提供する。
【解決手段】本方法は、二つのグラフのそれぞれについて特徴ベクトルを求める過程と、二つの前記特徴ベクトルを比較することにより、前記二つのグラフ間の類似度の推定値を算出する過程と、を備える。各グラフについて、特徴ベクトルを求める過程では、それぞれが少なくとも第1の基準状態と第1の励起状態に相当する準位を含む複数のエネルギー準位を有し、グラフをモデル化するように配置された原子からなる原子アレイを供給するステップと、前記原子が基準状態となるように準備するステップと、前記原子アレイに相互作用シーケンスを適用するステップと、励起状態にある原子を検出し、前記原子アレイの可観測量を算出するステップとを含むプロセスを複数回繰り返すことにより、複数の可観測量を得て、その数値分布に基づき、特徴ベクトルが計算される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
二つのグラフ(G1,G2)間の類似度(K)を測定する方法(30)であって、
前記二つのグラフ(G1,G2)のそれぞれについて特徴ベクトル(f1,f2)を決定する過程(10)と、
前記二つの前記特徴ベクトル(f1,f2)を比較することにより、前記二つのグラフ(G1,G2)間の類似度(K)の推定値を算出する過程(20)とを含み、
前記二つのグラフ(G1,G2)のそれぞれについて、前記特徴ベクトルを求める過程は、
・各原子(121)が前記グラフ(G1)のノード(111)に対応し、二つの原子間の相互作用(123)が前記グラフ(G1)のエッジ(113)に対応することにより、前記グラフ(G1)をモデル化するように配置された原子のアレイであって、
少なくとも第1の基準状態(a0)と、少なくとも第1の励起状態(a1)を含む複数の原子状態に相当する複数のエネルギー準位を各原子(121)が有する、原子アレイ(120)を
光トラップ技術により供給するステップと、
・前記アレイの前記原子が、前記少なくとも第1の基準状態(a0)にあるように準備するステップと、
・電磁波源を用いて、第1の励起時間(Tex1)の間、第1のエネルギー(E1)を有する少なくとも第1の電磁波パルス(EP1)を前記アレイに送り込むことにより、前記アレイの少なくとも1つの原子を前記少なくとも第1の基準状態(a0)から前記少なくとも第1の励起状態(a1)に励起するサブステップと、
さらに前記原子を第1の進化時間(T1)の間自由に進化させるサブステップとを含む、
相互作用シーケンス(137)を前記アレイに適用するステップと、
・光検出器によって、前記アレイにおいて、前記相互作用シーケンス(137)後に少なくとも、前記少なくとも第1の励起状態(a1)にある原子を検出することにより、前記原子アレイの可観測量(O1)の値を算出するステップと、
を含む、可反復測定プロセスを含み、
該可反復測定プロセスを複数回繰り返すことにより、前記可観測量(O1)の複数の数値を取得し、
処理部により、前記可観測量(O1)の前記複数の数値の分布から前記特徴ベクトル(f)の計算を行う、
方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法において、前記第1の進化時間(T1)を同一として、前記可反復測定プロセスを複数回繰り返す、方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法において、前記可反復測定プロセスを、前記第1の進化時間(T1)を変えて、複数回繰り返す、方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載の方法において、前記第1のエネルギー(E1)を、前記第1の励起時間(Tex1)の間で変化させる、方法。
【請求項5】
請求項1に記載の方法において、前記相互作用シーケンス(137)が、さらに、
前記原子を前記第1の進化時間(T1)のあいだ自由に進化させた後、第2の励起時間(Tex2)の間、第2のエネルギー(E2)を有する第2の電磁波パルス(EP2)を前記アレイに送り込むことにより、前記アレイの少なくとも1つの原子を前記少なくとも第1の基準状態(a0)から前記少なくとも第1の励起状態(a1)に励起するサブステップと、さらに、
第2の進化時間(T2)の間、前記原子を自由に進化させるサブステップと、
を含む、方法。
【請求項6】
請求項5に記載の方法において、前記可反復測定プロセスを、第1の進化時間(T1)を同一とし、第2の進化時間(T2)を同一として、複数回繰り返す、方法。
【請求項7】
請求項5または6に記載の方法において、前記可反復測定プロセスを、第1の進化時間(T1)を変えて、かつ/または、第2の進化時間(T2)を変えて、複数回繰り返す、方法。
【請求項8】
請求項5から7のいずれか一項に記載の方法において、前記第1のエネルギー(E1)を前記第1の励起時間(Tex1)の間で変化させ、かつ/または、前記第2のエネルギー(E2)を前記第2の励起時間(Tex2)の間で変化させる、方法。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか一項に記載の方法において、前記特徴ベクトルの計算が、複数の前記第1の進化時間について、前記可観測量(O1)の前記複数の数値の分布のフーリエ変換からの確率分布の計算を含む、方法。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか一項に記載の方法において、前記原子アレイの前記可観測量(O1)が、前記少なくとも第1の励起状態にある原子の数、前記原子アレイのエネルギー、および前記原子アレイの原子間の相関度から選択される一つである、方法。
【請求項11】
請求項1から10のいずれか一項に記載の方法において、前記少なくとも第1の基準状態(a0)が超微細基底状態であり、前記少なくとも第1の励起状態(a1)がリュードベリ状態|a1>=|nS>(式中、nは約40~約90である)であり、前記電磁波パルスがレーザビームである、方法。
【請求項12】
請求項1から11のいずれか一項に記載の方法において、前記少なくとも第1の基準状態(a0)および前記少なくとも第1の励起状態(a1)が、それぞれ|0>=|nS>、|1>=|nP>(式中、nは約40~約90である)の二つの双極子結合リュードベリ状態であり、前記電磁波パルスがマイクロ波光である、方法。
【請求項13】
請求項1から12のいずれか一項に記載の方法(30)を実施するように構成されたシステムであって、
光トラップ技術を用いて所定の位置に配置される原子集団であって、前記配置がグラフをモデル化しており、前記アレイの各原子は、少なくとも第1の基準状態(a0)及び少なくとも第1の励起状態(a1)を含む複数の状態に相当する複数のエネルギー準位を示し、前記原子が前記少なくとも第1の基準状態で準備されている、原子集団と、
前記少なくとも第1の電磁波パルス(EP1)を生成して、前記アレイの少なくとも1つの原子を前記少なくとも第1の基準状態(a0)から前記少なくとも第1の励起状態(a1)に励起させるように構成された電磁波源と、
前記少なくとも第1の電磁波パルス(EP1)の後、前記少なくとも第1の基準状態(a0)または前記少なくとも第1の励起状態(a1)にある原子を検出するように構成された光検出器と、
前記第1の電磁波パルスを経て、前記原子が第1の進化時間のあいだ自由に進化した後、前記少なくとも第1の基準状態または前記少なくとも第1の励起状態で検出された前記原子に基づいて前記特徴ベクトルを計算するように構成された処理部と、
を備える、システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、二つのグラフ間の類似度を測定する方法およびシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
オブジェクト間の関係を含む多くの系は、グラフとして、すなわち、ノードおよびエッジの集合体として表現することができる。ここで各エッジは、二つのノードをそれぞれ接続するものである。このようなグラフでは、ノードが系内のオブジェクトを表し、エッジがオブジェクト間の関係を表す。
【0003】
例えば、コンピュータサイエンスでは、グラフは、通信ネットワークの表示に用いることができる。具体的には、ウェブサイトは、複数のノード及びエッジからなるグラフで表現することができ、各ノードがウェブページを表し、二つのノードを接続する各エッジは、そのペアの各ノードによって表される二つのウェブページ間のリンクを表す。別の例として、化学では、分子の化学構造をグラフとして表現することができ、その場合、各ノードは原子を表し、二つのノード間の各エッジは二つの原子間の化学結合を表す。
【0004】
一旦、系をグラフとして表現すると、グラフにグラフ変換、グラフ彩色、グラフ分解などの各種の方法で処理を施すことにより、その系に関する情報をさらに得ることができる。また、一旦、グラフとして表現されると、他の系のグラフとの類似度によって、系と系とを簡単に比較することができる。
【0005】
興味深いことに、二つのグラフの類似度が高いほど(すなわち、ノードとエッジの相対位置をほぼ変更せずに、一方のグラフを他方のグラフに変換することが可能であるほど)、それらのグラフが表現する系の間で多くの性質が共通することになる。特に、一方のグラフで表わされる系がかかえる問題のソリューションから、他方のグラフで表される系がかかえる同じ問題のソリューションを推測し得る可能性があり、逆もまた然りである。例えば、二つの分子を二つの類似したグラフで表し得る場合、片方の分子の反応性に関する知識から、他方の分子の反応性を予測できる可能性がある。
【0006】
数学的に、二つのグラフ間に同型性があれば、それらは「完全に類似している」ことになる。しかし、二つのグラフに同型性があるか否かを直接的手法(いわゆる「力づく」の方法)で計算した場合、グラフのノード数と共に指数関数的に所要時間が増え、非現実的な量の時間を要することになる。
【0007】
また、グラフ間の類似度を0~1の数値で定義し、それによって二つのグラフが互いにどれほど相似しているのを数値化することも知られている。つまり、一対のグラフにグラフ同型性がある(すなわち、該グラフ同士が「完全に類似している」)場合、それらの類似度は1となり、一対のグラフが完全に相似していない場合も、それらの類似度を数値化することができる。これは、例えば、それらのグラフを、参照グラフを基に、それが属する各カテゴリーに分類する上で有用である。
【0008】
これらの事情を背景に、二つのグラフ間に同型性があるか否かを判断するにあたって、直接的手法を用いずにグラフ間の類似度を推定する方法を発見することに関心が注がれている。これは、グラフカーネルと呼ばれるグラフ理論ツールを用いることで実現が可能である。VISHWANATHAN等の論文(非特許文献1)に開示されているように、グラフカーネルは、二つのグラフ間の類似度を推定する関数である。
【0009】
実際に、グラフカーネルは、サポートベクターマシン(SVM)、クラスター解析、主成分分析(PCA)、回帰分析などの機械学習技術において、グラフとして表現された大量のデータを取り扱って様々なタスクを実行するために一般に利用されている。一例として、分類タスクを実行する場合、一連の参照分子群を、ある分子に対する反応性に関して、反応性分子と非反応性分子の2種類に分類することができる。その参照分子群の反応性が判明していれば、既知の分子の実際の反応性に関する実験上の知識から予期される分類と対比して、分類用カーネルを用いて参照分子がどう分類されるかを分析することにより、グラフカーネルの性能を検証することができる。
【0010】
より一般的に述べると、所定のグラフカーネルの性能をその正確性について評価するには、そのグラフカーネルを使用して既知の系を代表する参照グラフの複数のペア(「ベンチマークデータセット」と称する)に対する機械学習技術を適用し、得られた結果を、ベンチマークデータセットに関する完全な知識から得られている結果と比較すればよい。したがって、あるグラフカーネルが別のグラフカーネルよりも正確であるとは、前者のグラフカーネルのほうが、二つのグラフ間の類似度を推定するためにより適していることを意味する。
【0011】
特に、グラフカーネルを分類タスクに適用する場合、そのグラフカーネルの精度は、例えば、0~1の数値(あるいは、これに相当する0%~100%の百分率)のFスコアによって数値化することができる。データセットの例としては、例えばAIDS(エイズ)、ENZYMES(酵素)、FINGERPRINT(指紋)、PROTEINS(タンパク質)などがあるが、一般的に、カーネルのFスコアは、どのようなベンチマークデータセットを使用するのかに左右される。そのため、最も高いFスコア、特に、最も多くのベンチマークデータセットに対して適用できて、最も高いFスコアを示し得るグラフカーネルを発見することに関心が集まっている。
【0012】
一般的に、グラフカーネルとは、第1段階で二つのグラフの二つの特徴ベクトルを計算し、第2段階で該二つの特徴ベクトルに基づいてそれら二つのグラフの類似度を推定するプロセスである。特徴ベクトルとは、グラフの構造的特性を記述するオブジェクト(一般的には、数値のヒストグラム)である。つまり、特徴ベクトルは、グラフの特徴を表すとともに、そのグラフを他のグラフと比較するために用いることができる。上記の第1段階と第2段階は、別々の方法で実施してもよい。
【0013】
例えば、グラフカーネルの上記第1段階は、二つのグラフの各ノードに接続されたエッジの数を計数することによって二つの特徴ベクトルを計算することからなり得る。しかし、このような古典的なグラフカーネルでは、グラフ間の類似度について最適な推定値は得られず、全てのベンチマークデータセットに対し正確なものとはいえない。
【0014】
これに関連して、Verdon等(非特許文献2)とSzegedy(非特許文献3)は、各々、グラフ同型性の分類に適した量子ニューラルネットワークアルゴリズムや量子近似最適化アルゴリズムなどの量子アルゴリズムを開示している。
【0015】
このようなアルゴリズムは、アルゴリズムを一連の量子論理ゲートに分解して量子回路を形成するとともに量子プロセッサで実現してなるデジタルの処理手法に属する。しかしながら、このようなデジタルの処理手法は、グラフのノード数が増えることで実施が長時間化することが知られている。
【0016】
一方、Schuld等(非特許文献4)は、二つのグラフ間の類似度を分析するアナログの量子処理手法が提案されている。アナログの量子処理手法では、量子ハードウェアのダイナミクスによる所定のハミルトニアンの再現によって所定の問題の解がもたらされるように、量子ハードウェアのパラメータが調節される(例えば、アナログの量子処理手法とデジタルの量子処理手法の違いを記した非特許文献5等を参照のこと)。
【0017】
Schuld達の論文(非特許文献4)に開示された手法では、光ビームを発する光源、干渉計および光子検出器からなるガウシアンボソンサンプラとして知られる量子ハードウェアを用いて、グラフのマッピングを行う特徴ベクトルが構築される。これによって、この方法は、ある種のベンチマークデータセットに対し、古典的なグラフカーネルよりも優れた精度を示すグラフカーネルを提供している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】VISHWANATHAN, S. Vichy N., SCHRAUDOLPH, Nicol N., KONDOR, Risi, et al. “Graph kernels”. Journal of Machine Learning Research, 2010, vol. 11, p. 1201-1242
【非特許文献2】VERDON, Guillaume, MCCOURT, Trevor, LUZHNICA, Enxhell, et al. Quantum graph neural networks. arXiv preprint arXiv:1909.12264, 2019
【非特許文献3】SZEGEDY, Mario. What do QAOA energies reveal about graphs?. arXiv preprint arXiv:1912.12277, 2019
【非特許文献4】SCHULD, Maria, BRADLER, Kamil, ISRAEL, Robert, et al. “Measuring the similarity of graphs with a Gaussian boson sampler”. Physical Review A, 2020, vol. 101, no 3, p. 032314
【非特許文献5】HENRIET, Loic, BEGUIN, Lucas, SIGNOLES, Adrien, et al. Quantum computing with neutral atoms. Quantum, 2020, vol. 4, p. 327
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
しかしながら、上記で提案された量子ハードウェアは、所定のノード数を有するグラフに特化して設計されており、ノード数が異なる場合に対しては、容易に適用できない。しかも、干渉計のサイズは、グラフのノード数が増えるにつれて急激に増大するので、この配置構成は、ノード数の多い、例えばノードが10を超えるグラフには対応できない。また、上記のグラフカーネルの精度には、未だ改善の余地がある。
【0020】
そのため、ノード数が多いグラフを含め、様々なノード数のグラフに対処可能な、グラフ間の類似度を測定する別のアナログの量子処理手法が所望されている。
【課題を解決するための手段】
【0021】
以降、「からなる」や「備える」という用語は、「含む」や「有する」と同義(同じ意味)の、非限定的なオープン型の用語であり、明記されていない他の構成要素を排除しない。また、本開示で数値に言及しているときの「約」や「実質」といった用語の範囲は、該数値の80%~120%、好ましくは90%~110%の範囲と同義(同じ意味)とする。
【0022】
本開示の第1の態様は、二つのグラフ間の類似度を測定する方法に関する。その方法は、
前記二つのグラフのそれぞれについて特徴ベクトルを決定する過程と、
前記二つの特徴ベクトルを比較することにより、前記二つのグラフ間の相似度の推定値を算出する過程とを含む。
前記二つのグラフのそれぞれについて前記特徴ベクトルを求める過程は、次の各ステップを含む可反復測定プロセスを含む。
光トラップ技術を用いて、前記グラフをモデル化するように配置された原子のアレイ(原子アレイ)を供給するステップ。ここで、前記アレイの各原子は、前記グラフのノードに対応し、二つの前記原子間の相互作用の可能性が前記グラフのエッジに対応しており、前記アレイの各原子は、少なくとも第一の基準状態と、少なくとも第一の励起状態とを含む、複数の原子状態に対応する複数のエネルギー準位を有する。
前記アレイの前記原子を、前記少なくとも第1の基準状態となるよう準備するステップ。
前記アレイに相互作用シーケンスを適用するステップ。前記相互作用シーケンスは、電磁波源を用いて、第1の励起時間の間、第1のエネルギーを有する少なくとも第1の電磁波パルスを前記アレイに送り込むことにより、少なくとも1つの原子を前記少なくとも第1の基準状態から前記少なくとも第1の励起状態に励起するサブステップと、さらに該原子を、第1の進化時間の間、自由に進化させるサブステップとを含む。
光検出器によって前記アレイにおいて、前記相互作用シーケンス後に少なくとも、前記少なくとも第1の励起状態にある原子を少なくとも検出することにより、前記原子アレイの可観測量の値を算出するステップ。
さらに、上記可反復測定プロセスを複数回繰り返すことにより、前記可観測量の複数の数値が取得され、
処理部により、前記可観測量の前記複数の数値の分布から前記特徴ベクトルの計算がおこなわれる。
【0023】
第1の態様に係る方法によれば、原子アレイの量子状態の(時間の関数としての)進化によりグラフを符号化することができる。すなわち、所定の進化時間後にアレイの原子の量子状態を測定することで、該原子アレイの物理量(可観測量)の数値が求められ、この可観測量がグラフの特徴である。よって、この可観測量の値を複数測定することにより、グラフの特徴を表す特徴ベクトルを構築することができる。よって、この特徴ベクトルを、異なる二つのグラフについて算出すると、それら二つのグラフ間の類似度を測定することが可能となる。
【0024】
第1の態様に係る方法は、各種異なる形状に適合できる原子アレイからなる量子系に依拠しており、該原子アレイは、多様な数の原子を含むことができる。そのため、この方法は、多様な形状や、多様なノード数を有するグラフに対して、特にノード数が10を超え、さらには50を超えるグラフに関して、特徴ベクトルを提供することができる。この方法の演算時間の増加は、グラフのノード数の増加にともなう、多項式的な増加であるから、10000までのノードからなるグラフにも、この方法を適用することができる。この方法で主な制約となるのは、実施に用いられる原子アレイ内の原子数の最大値である。
【0025】
一般的に、グラフは、構造特性、すなわち、グラフのノードとエッジの配置により特徴付けられる。所定の方法において、グラフの構造特性をどれだけの量、特徴ベクトルに組み込むことができるかが、グラフから特徴ベクトルを算出する方法の、「表現性」とも称する。一般に、グラフから特徴ベクトルを計算する方法の表現性が高くなると、非常に多数の構造特性を有するグラフ間の類似度を推定する道を開くことができる。
【0026】
第1の態様に係る方法では、量子系を用いて特徴ベクトルを計算することにより、グラフの多数の構造特性を特徴ベクトルに組み込むことができるので、既存の方法よりも優れた表現性を提供することができる。
【0027】
第1の態様に係る方法は、グラフカーネル、特には、量子グラフカーネルと称することができる。
【0028】
グラフを表す原子アレイに依拠することにより、特徴ベクトル計算の表現性が向上していることから、第1の態様に係る方法を分類タスクに適用した場合、既存の方法よりも高い精度で、特にFスコアに関して、二つのグラフ間の類似度を測定することが可能となる。特に測定された類似度を用いれば、あるグラフと一以上の参照グラフの類似度に基づいて、そのグラフに関してより良好な予測を行うことができる。例えば、予測されるものは、既知の分子の反応性と対比した、分子の反応性であってもよい。
【0029】
また、第1の態様に係る方法は、多数のノード、特には、10を超えるノード、有利には、50を超えるノードを含むグラフ同士の比較に適用することができる。
【0030】
一つ以上の実施形態において、前記二つの特徴ベクトル間の比較法には、ジェンセン-シャノン距離(Jensen-Shannon distance)を算出する比較関数の使用を含む。
【0031】
検出に際しては、前記少なくとも第1の基準状態にある原子を検出するか、あるいは、前記少なくとも第1の励起状態にある原子を検出することができる。また、測定の信頼性を高めるために、少なくとも第1の基準状態にある原子と、少なくとも第1の励起状態にある原子の両方を検出することもできる。
【0032】
少なくとも第1の励起状態や、少なくとも第2の基準状態にある原子の検出から、多様な可観測量を算出することができる。
【0033】
一つ以上の実施形態において、原子アレイの可観測量は、少なくとも第1の励起状態にある原子の数、原子アレイのエネルギー、および原子アレイを構成する原子間の相関度から選択される一つである。
【0034】
一つ以上の実施形態において、前記可反復測定プロセスは、第1の進化時間を同じとして、複数回繰り返される。
【0035】
前記可反復測定プロセスを第1の進化時間が同一のままで繰り返すことにより、可観測量について、複数の数値を取得して確率分布を構成し、これを用いて特徴ベクトルを構築することができる。
【0036】
また、同一の進化時間で取得された可観測量のこれらの数値を平均することにより、「平均値」、すなわち、同じ進化時間についての、可観測量の統計的平均値を得ることもできる。
【0037】
一つ以上の実施形態において、前記可反復測定プロセスは、第1の進化時間を変えて、複数回繰り返される。
【0038】
前記可反復測定プロセスを、第1の進化時間を変えて、第1の進化時間を同一として繰り返すことにより、可観測量について複数の平均値を取得することができる。その平均値のそれぞれは、異なる第1の進化時間に対応している。このような可観測量の複数の平均値を用い、特徴ベクトルを形成するために好適な分布を得ることができる。
【0039】
一つ以上の実施形態において、前記特徴ベクトルは、前記可観測量の複数の平均値の分布に基づいて求められる。
【0040】
一つ以上の実施形態において、前記第1のエネルギーおよび前記第1の励起時間は、機械学習技術を利用して選択される。
【0041】
例えば、前記第1のエネルギーおよび前記第1の励起時間は、前記特徴ベクトルの表現性を向上するよう最適化される。また、前記第1のエネルギーおよび前記第1の励起時間は、第1の態様に係る方法を、分類タスクに用いるグラフカーネルに適用した際に得られるFスコアが向上するように最適化できる。
【0042】
一つ以上の実施形態において、前記第1のエネルギーは、前記第1の励起時間の間で変化する。
【0043】
一つ以上の実施形態において、前記相互作用シーケンスは、さらに、
前記原子を前記第1の進化時間のあいだ自由に進化させた後、第2の励起時間の間、第2のエネルギーを有する第2の電磁波パルスを前記アレイに送り込むことにより、前記アレイの少なくとも1つの原子を前記少なくとも第1の基準状態から前記少なくとも第1の励起状態に励起するステップと、さらには、
第2の進化時間の間、前記原子を自由に進化させるステップと、
を含む。
【0044】
このような実施形態は、グラフの特徴ベクトルをより優れた表現性で計算する方法を提供する。特に、この方法を用いて、より複雑なタスクに機械学習技術を実施するために適したグラフカーネルを形成することができる。
【0045】
一つ以上の実施形態において、前記可反復測定プロセスは、第1の進化時間を同一とし、第2の進化時間を同一として、複数回繰り返される。
【0046】
一つ以上の実施形態において、前記可反復測定プロセスは、第1の進化時間を変えて、かつ/または、第2の進化時間を変えて、複数回繰り返される。
【0047】
一つ以上の実施形態において、前記特徴ベクトルの計算は、複数の前記第1の進化時間に関する複数の前記可観測量の分布のフーリエ変換からの確率分布の計算を含む。
【0048】
一つ以上の実施形態では、前記少なくとも第1の基準状態が超微細基底状態であり、前記少なくとも第1の励起状態がリュードベリ状態|a1>=|nS>(式中、nは約40~約90である)であり、前記電磁波パルスがレーザビームである。
【0049】
一つ以上の実施形態では、前記少なくとも第1の基準状態および前記少なくとも第1の励起状態が、それぞれ|0>=|nS>、|1>=|nP>(式中、nは約40~約90である)の二つの双極子結合リュードベリ状態であり、前記電磁波パルスがマイクロ波光である。
【0050】
一つ以上の実施形態において、前記少なくとも第1の基準状態および前記少なくとも第1の励起状態は、前記原子アレイの前記可観測量の経時進化がイジングハミルトニアンまたはXYハミルトニアンに関係するように選択される。より正確には、これは、可観測量のこのような進化がイジングハミルトニアンまたはXYハミルトニアンに依存する関数であることを意味する。
【0051】
一つ以上の実施形態において、前記第1のエネルギー、前記第1の励起時間、前記第2のエネルギーおよび前記第2の励起時間は、機械学習技術を利用して選択される。
【0052】
例えば、前記第1のエネルギー、前記第1の励起時間、前記第2のエネルギーおよび前記第2の励起時間は、前記特徴ベクトルの表現性を高めるように最適化される。また、前記第1のエネルギー、前記第1の励起時間、前記第2のエネルギーおよび前記第2の励起時間は、分類タスクに用いるグラフカーネルに第1の態様に係る方法を適用した際に得られるFスコアを上げるように最適化できる。
【0053】
一つ以上の実施形態では、前記第1のエネルギーが前記第1の励起時間の間に変化し、かつ/または、前記第2のエネルギーが前記第2の励起時間の間に変化する。
【0054】
一つ以上の実施形態において、前記グラフにおける二つのノード間の少なくとも1つのエッジは重みを持つ。第1の態様に係る方法では、グラフにおける二つのノードを接続するエッジの重みが、これら二つのノードをモデル化した二つの原子間の相互作用の強さでモデル化される。
【0055】
一つ以上の実施形態において、前記グラフにおける少なくとも1つのノードは重みを持つ。第1の態様に係る方法では、グラフにおけるノードの重みは、重みを持つ該ノードをモデル化する原子に対し、特定のデチューニングを適用することによりモデル化される。したがって、異なる重みを持つ複数のノードからなるグラフは、異なるデチューニングを施した原子によってモデル化することができる。
【0056】
一つ以上の実施形態において、前記二つの特徴ベクトル間の比較には、ジェンセン-シャノン距離を算出する比較関数を用いることを含む。
【0057】
第2の態様において、本開示は、少なくとも1つのカテゴリーに属する既知のデータを基準として入力データを分類する方法に関する。この方法は、
前記入力データの入力グラフを準備する過程と、
既知のデータについての少なくとも1つの参照グラフを準備する過程と、
グラフ間の類似度を測定する第2の態様に係る方法により、前記入力グラフと前記少なくとも1つの参照グラフとの間の類似度の推定値を算出する過程と、
推定された類似度に基づいて、前記入力データを前記少なくとも1つのカテゴリーに関連付ける過程と、
を含む。
【0058】
第2の態様に係る方法によれば、前記入力グラフと複数の参照グラフとの間の類似度について、複数の推定値を算出することができる。次いで、複数の類似度の推定値を平均化することにより、類似度の平均値を得ることができる。各種異なる参照グラフとの類似度を平均化することにより、入力グラフを分類する方法の精度を向上することができる。
【0059】
第3の態様において、本開示は、第1の態様に係る方法を実施するように構成されたシステムに関する。このシステムは、
光トラップ技術を用いて所定の位置に配置される原子集団であって、前記配置がグラフをモデル化しており、前記アレイの各原子は、少なくとも第1の基準状態及び少なくとも第1の励起状態を含む複数の状態に相当する複数のエネルギー準位を有し、前記原子が前記少なくとも第1の基準状態で準備されている、原子集団と、
前記少なくとも第1の電磁波パルスを生成して、前記アレイの少なくとも1つの原子を前記少なくとも第1の基準状態から前記少なくとも第1の励起状態に励起させるように構成された電磁波源と、
前記少なくとも第1の電磁波パルスの後、前記少なくとも第1の基準状態または前記少なくとも第1の励起状態にある原子を検出するように構成された光検出器と、
前記第1の電磁波パルスを経て、前記原子が第1の進化時間のあいだ自由に進化した後、前記少なくとも第1の基準状態または前記少なくとも第1の励起状態で検出された前記原子に基づいて前記特徴ベクトルを計算するように構成された処理部と、
を備える。
【0060】
第3の態様に係るシステムでは、前記原子集団は、多様な数の原子と各種異なる原子配置からなる、各種異なる原子アレイに適合するよう、再構成することができる。したがって、第4の態様に係るシステムは、原子を捕捉するために使用される機器を変えることなく、多様なノード数を有する多様なグラフの、特徴ベクトルの計算に好適に利用できる。そのため、第3の態様に係るシステムは、従来技術のシステム、特に、所定の決まったノード数のグラフ用に設計された干渉計を含む量子系からなるシステムに比べて、進歩したシステムである。
【0061】
一つ以上の実施形態において、前記電磁波源は、レーザまたは高周波発生装置である。
一つ以上の実施形態において、前記原子は、中性原子である。
【0062】
本発明のその他の利点及び特徴は、下記の図面により行う説明を参酌することで明らかになる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【
図1】本開示でグラフの特徴ベクトルを計算する方法を示す図である。
【
図2】グラフの特徴ベクトルを計算する方法の過程を示す図である。
【
図3】グラフの特徴ベクトルの計算方法の、レイヤ型(layered)相互作用シーケンスからなる過程を示す図である。
【
図4】本開示で二つのグラフ間の類似度を計算する方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0064】
図1は、本明細書でグラフG1の特徴ベクトルf(G1)を計算する方法の一例を示す図である。
この方法の第1のステップ11では、グラフG1をモデル化するように原子アレイが準備される。このステップ11では、前記アレイには、グラフG1のノード数に等しい数の原子が加えられている。原子アレイは、例えば、光トラップ技術を用いて所定の位置に安定化された、量子レジスタの中性原子であってもよい。原子の位置と原子間の距離は、それらの原子によって形成される構造が前記グラフのノードとエッジをモデル化するように選択される。具体的には、原子は、接続された二つのノードを表す二つの原子が例えば双極子相互作用等によって前記アレイ内で相互作用し得るようにアレイ内で配置される。
【0065】
一つ以上の実施形態において、モデル化対象となるグラフは、エッジが重みを持っており、そのエッジに相当する原子間の相互作用が、例えば原子間の相互作用の強さの違いなどによって、前記重みもモデル化している。
【0066】
一つ以上の実施形態において、モデル化対象の前記グラフは、ノードが重みを持つ。ノード間の相対的な重みは、例えば、重みを持つこれらのノードをモデル化する原子に相対的なデチューニングを施すことによって再現できる。
【0067】
実際に、既知の捕捉技術や再配置アルゴリズムを用いることで、原子を所定の位置に従って配置させることが可能である(BARREDO, Daniel, DE LESELEUC, Sylvain, LIENHARD, Vincent, et al. An atom-by-atom assembler of defect-free arbitrary two-dimensional atomic arrays. Science, 2016, vol. 354, no 6315, p. 1021-1023等を参照のこと)。具体的には、原子の位置は、例えば空間光変調器等によってアレイ内の光トラップの位置を変えることで変更することが可能である。このようなアレイにおいて、接続された二つの原子間の距離は約4~150マイクロメートルであってもよい。
【0068】
前記原子アレイを構成する原子は、複数の原子状態に相当する複数のエネルギー準位を有する。アレイの各原子は、基準状態(a0)及び励起状態(a1)を含む少なくとも二つの状態を有する。しかし、これらの原子は、複数の基準状態および/または複数の励起状態を示すものであってもよい。
【0069】
一つ以上の実施形態において、前記原子は、複数の縮退超微細準位(degenerate hyperfine level)を示す超微細構造を有するリュードベリ原子であり、該縮退は、静磁場を用いることで解くことができる。前記基準状態および前記励起状態は、前記超微細準位の中から選択することができる。
【0070】
第2のステップ13では、前記原子アレイの原子は、基準状態a0で準備される。これは、そのアレイの各原子が基準状態a0で準備されることを意味する。アレイの原子の基準状態a0は、基底状態であってもよい。しかしながら、リュードベリ状態などの、基底状態以外の状態であってもよい。縮退した超微細準位に相当する基準状態を用いる場合には、原子アレイに静磁気を外部から印加することで、縮退を解くことが可能であってもよい。
【0071】
ステップ13の後、前記原子アレイに、ステップ14およびステップ15を含む、相互作用シーケンスが適用される。
【0072】
ステップ14では、第1の励起時間Tex1の間、第1の電磁波パルスEP1が前記原子アレイに送り込まれることにより、原子の少なくとも1つが前記基準状態から所定の励起状態に励起される。
【0073】
前記原子を基準状態-励起状態間で励起させることができるように、電磁波パルスEP1の周波数は、基準状態のエネルギーと励起状態のエネルギーとのエネルギー差にほぼ等しいエネルギーに対応する周波数とされる。
【0074】
このような基準状態及び励起状態で構成される二つの状態間での原子の励起は、ラビ振動とも呼ばれる。ラビ振動の間は、前記アレイにおいて励起状態にある原子が見つかる確率は、第1の励起時間Tex1の関数として変動する。該変動の振幅及び周波数は、電磁波パルスのエネルギー及び電磁波パルスの振幅を含む複数のパラメータに依存する。実際に、該パラメータは、第1の励起時間の後、前記アレイの少なくとも1つの原子が励起状態となるように選択される。また、該パラメータは、第1の励起時間の後、アレイの少なくとも二つの又は3つ以上の原子が励起状態となるように選択できる。
【0075】
一般的に、第1の励起時間Tex1は、4ナノ秒~10マイクロ秒である。
【0076】
ステップ15では、パルスEP1が中断され、原子が第1の進化時間(T1)のあいだ自由に進化させられる。「自由に」とは、電磁波パルスが原子アレイに送り込まれなくなることを意味する。
【0077】
ステップ17では、アレイの原子の状態が測定される。この測定を基に、原子アレイにより構成される量子系の可観測量O1が決定される。
【0078】
可観測量の例としては、励起状態にある原子の総数、原子アレイのエネルギー、原子対の(原子対が同時に励起状態で検出されるか否かを数値で表した)相関関数などが挙げられ、より広義には、原子アレイからなる量子状態について測定可能な任意の物理量が挙げられる。
【0079】
実際、アレイの原子の状態を測定する際には、各原子が基準状態、励起状態のいずれかで検出される。これにより、アレイ内の原子の状態についてのリストを得ることができる。例えば、0と1のリスト、すなわち、ビット列を得ることができ、該ビット列の各要素は前記アレイの原子の状態に対応している(例えば、原子が基準状態にある場合は0となり、原子が励起状態にある場合は1となる)。
【0080】
ステップ17の後、ステップ11、13、14、15、17が複数回(N回)繰り返されて可観測量{O1_i}_(1≦i≦N)について複数の数値が得られる。そのため、本明細書では、ステップ11、13、14、15、17をまとめて、可反復測定プロセスと呼んでいる。該可反復測定プロセスが一巡すると、原子アレイの原子は破棄され、該可反復測定プロセスの反復を開始する際に、新たな原子アレイが供給される(ステップ11)。
【0081】
量子系(本例では、前記原子アレイ)の測定結果は確率的な性質を有するため、各原子について測定された状態は、可反復測定プロセスの各反復で異なる可能性がある。
【0082】
よって、可反復測定プロセスを、第1の進化時間T1を同一として、複数回繰り返してもよい。その結果、可観測量O1の複数の数値を取得して確率分布を構成することが可能となる。本願の出願人は、前記確率分布により、前記原子アレイでモデル化されたグラフG1の特徴ベクトルを直接形成できることを確認した。
【0083】
また、他の実施形態では、前記可反復測定プロセスが、第1の進化時間{T1_j}(1≦j≦M)を変えて、複数回繰り返される。
【0084】
本願の出願人は、この場合、それぞれの第1の進化時間T1ごとに前記可観測量{O1(T1)_i}_(1≦i≦N)の複数の数値を取得し、統計的平均を行うことにより、可観測量の平均値O1ave(T1)が得られることを確認した。
【0085】
よって、異なる第1の進化時間(T1_j)ごとに可観測量の平均値O1aveを計算することにより、異なる複数の第1の進化時間に対応した、可観測量の複数の平均値{O1ave(T1_j)}_(1≦j≦M)を得ることができる。
【0086】
出願人は、可観測量の複数の平均値を用いて確率分布を計算し、特徴ベクトルを形成し得ることを示した。
【0087】
具体的には、出願人は、複数の第1進化時間に関する可観測量の複数の平均値のフーリエ変換が確率分布を形成し、これを原子アレイでモデル化されたグラフ(G1)の特徴ベクトルとなし得ることを確認した。
【0088】
一つ以上の実施形態において、反復の総回数は、それぞれの第1の進化時間T1について、平均値を得るための所望の数N、および検討すべき異なる第1の進化時間の所望の数Mとの関係で選択される。具体的には、同じ第1の進化時間で可観測量の統計的平均を取るために、反復を数回行うことから、異なる第1の進化時間の数Mは反復の総回数Nよりも一般的に低くなる。
【0089】
図2は、本明細書に記載する方法で、入力グラフ(グラフG1)の特徴ベクトルf(G1)を計算する過程を示す概略図である。
【0090】
図2の例では、グラフG1は、(例えば、ソーシャルネットワーク、データベース等の)グラフ構造化データを表すグラフであり、(ノード111,115などの)4つのノードおよび(エッジ113などの)4つのエッジからなり、各エッジは4つのノードのうちの二つのノードを接続している。
【0091】
次に、グラフG1をモデル化するように原子のアレイ120が用意される。ここでアレイ120内の原子の配置は、グラフG1に対応している。具体的には、
図2の例では、原子121がグラフG1のノード111をモデル化しており、リンク123で表される原子121、125間の相互作用がグラフG1のエッジ113をモデル化している。
【0092】
アレイ120の原子は、基準状態a0に準備される。アレイの原子の基準状態a0は、基底状態であってもよい。しかしながら、リュードベリ状態などの、基底状態以外の状態であってもよい。
【0093】
図2には、原子アレイ120の例示的な可観測量(O1)の経時進化のプロット130も示されている。このような経時進化は、相互作用シーケンス137を構成する励起フェーズ131及び自由進化フェーズ133からなる二つのフェーズを経る。本明細書では、自由進化フェーズ133を進化フェーズとも称する。
【0094】
他の例では、相互作用シーケンス137が、複数の励起フェーズ131や複数の進化フェーズ133を含み得る。
【0095】
励起フェーズ131では、励起時間Tex1の間、エネルギーE1の電磁波パルスEP1が原子のアレイ120に印加される。このような電磁波パルスEP1により、前記原子について、一般的にラビ振動とも称される基準状態a0と所定の励起状態a1との間の振動を生じさせることができる。この振動の間、アレイを構成する各原子が、励起状態にあることが見つかる確率は、ラビ周波数と呼ばれる所定の周波数Ωで最大値と最小値の間を振動する。ラビ周波数は、とりわけ、原子が振動する二つの状態の組合せと、電磁波パルスEP1のエネルギーE1とに依存している。
【0096】
具体的には、励起時間Tex1およびエネルギーE1は、前記アレイにおいて基準状態a0から所定の励起状態a1に進化する原子が所定数になるように選択することが可能である。通常、本明細書に記載の方法で特徴ベクトルを計算するには、少なくとも1つの原子が基準状態から励起状態に励起すれば十分である。
【0097】
励起フェーズ131では、原子と電磁波パルスとの間の相互作用を表す相互作用ハミルトニアンによって原子の状態進化が主に引き起こされる一方で、原子のアレイの固有ハミルトニアンの影響は無視することができる。ここで、原子のアレイの固有ハミルトニアンとは、外部から電磁波パルスが該アレイに印加されていないときの原子のアレイの進化を表すハミルトニアンのことである。
【0098】
一般的に、電磁波パルスEP1のエネルギーは、基準状態a0のエネルギーと励起状態a1のエネルギーの差にほぼ等しい。このようなエネルギーの制約により、電磁波パルスの平均周波数も制約される。
【0099】
電磁波パルスEP1が中断されると、励起フェーズ131が終わって進化フェーズ133が始まり、相互作用時間T1の間、アレイ120の原子が自由に進化する。進化フェーズ133では、前記アレイの原子が基準状態a0と励起状態a1との間で進化し続けるが、このような進化は原子のアレイの固有ハミルトニアンで決まる。
【0100】
実際、このことは、進化フェーズ133の間、原子のアレイの可観測量O1は、原子のアレイの固有ハミルトニアンと特定の関係にある関数h(t)に従うこと、したがって、原子のアレイ120によってモデル化されるグラフG1と特定の関係にあることを示唆している。
【0101】
進化フェーズ133の後、アレイの原子の状態を測定する(135)ことにより、グラフG1に固有の可観測量O1の値を求めることができる。
【0102】
励起状態にある原子の総数、原子のアレイのエネルギー、原子対の(原子対が同時に前記励起状態で検出されるか否かを数値で表した)相関関数などの各種の可観測量を考慮することができる。
【0103】
本明細書に係る方法は、多様な種類の基準状態や励起状態を有する原子のアレイによって実施することができる。相互作用シーケンス137に含められる原子状態の選択に応じて、アレイの原子が経験する相互作用は異なったものとなり、結果として、ハミルトニアンも異なったものとなる。
【0104】
例えば、超微細基底状態を基準状態として選択し、リュードベリ状態(例えば、|1>=|nS>(式中、nは40~90である))を励起状態として選択してもよい。
【0105】
基準状態及び励起状態をこのように選択すると、前記アレイの各原子は、イジングハミルトニアンと称される特定のハミルトニアンでダイナミクスが決まる2準位系として振る舞う。このような構成では、一般的に、基準状態と励起状態の間のエネルギーの差は、可視光領域の光子のエネルギーに相当する。つまり、励起フェーズ131で使用される電磁波パルスは、レーザビームまたは複数のレーザビーム(例えば、波長が約420nmと約1013nmの2本の対向伝搬ビーム等)になる。
【0106】
イジングハミルトニアンは、凝縮系物質における多くの問題に関与する関数である。例えば、物質科学では、量子磁石が超低温でどのように進化するのかを記述する関数である。興味深いことに、この関数は、計算上解くことが困難な問題に最適解を与え得ることから、多種多様な古典的用途にも使える。
【0107】
別の例として、基準状態|0>と励起状態|1>に、二つの双極子結合リュードベリ状態(例えば、|0>=|nS>と|1>=|nP>(式中、nは40~90である))を選択
してもよい。基準状態及び励起状態をこのように選択すると、前記アレイの各原子は、XYハミルトニアンと称される特定のハミルトニアンでダイナミクスが決まる2準位系として振る舞う。このような構成では、一般的に、基準状態と励起状態の間のエネルギーの差が、マイクロ波領域の光子のエネルギーに相当する。つまり、励起フェーズ131で使用される電磁波パルスは、高周波源で発生したマイクロ波放射になる。
【0108】
選択された前記基準状態や励起状態が縮退状態である場合には、縮退を解くために、静磁場を用いることができる。
【0109】
一般的に、別のハミルトニアンを選択するためには、別の組合せの状態を選べばよい。励起フェーズで使用される電磁波パルスのエネルギー(したがって、周波数)は、このような状態の組合せの特性に応じて選択される。
【0110】
基準状態や励起状態に何を選択するのかは、励起状態にある原子の数を求める方法にも影響し得る。例えば、リュードベリ状態の原子のみに感度を示す検出方法の場合、イジングハミルトニアンに相当する組み合わせの状態を用いることで、励起状態にある原子を直接測定することが可能である。しかし、XYハミルトニアンに相当するリュードベリ状態の組合せとした場合は、二つの状態のうちの一方の状態の原子をアレイから除外してアレイの残りの原子を計数し得るステップを追加で適用してもよい。
【0111】
図3は、レイヤ型相互作用シーケンス137を含む、特徴ベクトルの計算方法の一例を示す図である。
図2に示す方法と比べて、レイヤ型相互作用シーケンス137は、二つのレイヤ144、146を有する。各レイヤ144、146は、それぞれ励起フェーズ131、141および進化フェーズ133、143からなる。
【0112】
第2のレイヤ146の励起フェーズ141は、第2の励起時間Tex2の間、(エネルギーE2の)第2の電磁波パルスEP2を前記原子アレイに送り込むことにより、前記原子を基準状態a0と所定の励起状態a1との間で振動させる過程を含む。具体的には、第2の励起時間Tex2および第2のエネルギーE2は、前記アレイの少なくとも1つ又は二つ以上の原子が基準状態a0から所定の励起状態a1に進化するように選択される。この励起フェーズ141では、原子のアレイと第2の電磁波パルスEP2との間の相互作用を表す相互作用ハミルトニアンによって原子の状態進化が主に引き起こされる一方で、原子のアレイの固有ハミルトニアンの影響は無視することができる。
【0113】
第2のレイヤ146では、第1のレイヤ144と同様、励起フェーズ141が終わった後に進化フェーズ143が始まり、アレイの原子は、第2の進化時間T2の間、自由に進化する。
【0114】
第2のレイヤ146の後の過程は、各反復間で第2の進化時間T2を第1の進化時間T1と共に又は第1の進化時間T1はさしおいて変更できるという点を除き、先に
図1で説明した方法10と同様の過程となる。
【0115】
これにより、前記可反復測定プロセスの複数の反復後、第1および第2の進化時間{T1_i,T2_i}に関する可観測量{O1_i}の分布を得ることができる。反復回数は、対象となる第1、第2の進化時間{T1_i,T2_i}ごとに平均される所望の数および、第1、第2の進化時間の所望の変更数との関係で選択できる。
【0116】
図示しない他の例では、レイヤ型相互作用シーケンス137を多数のレイヤを有するものとし、例えば3レイヤや、10レイヤまでのレイヤを含むものとすることも可能である。レイヤ数を増やすことにより、本方法の表現性を高め、より優れた類似度推定を行うのに適した特徴ベクトルを提供することが可能となる。特に、本方法を分類タスクのグラフカーネルに用いた場合には、レイヤ数を多くすると、分類のグラフカーネルのFスコアを上げることができる。
【0117】
図4は、本明細書において、二つのグラフG1、G2間の類似度を測定する方法30を示す図である。
【0118】
方法30では、グラフG1についての第1の特徴ベクトルf(G1)が、
図1に示す方法10またはその任意の変形例を用いて計算されると共に、グラフG2についての第2の特徴ベクトルf(G2)も同様にして計算される。次に、これら二つの特徴ベクトルf(G1)、f(G2)を比較関数を用いて比較する(20)ことにより、二つのグラフG1、G2間の類似度K(G1,G2)の推定値が得られる。この方法30は、二つのグラフG1、G2間の類似度の推定を行うものであることから、グラフカーネルと称することができる。方法30は、量子系(原子アレイ120)を通して特徴ベクトルを計算することから、量子グラフカーネルと称することができる。
【0119】
方法30では、比較20の際に、例えば線形カーネル、放射基底関数(RBF)カーネル、ジェンセン-シャノン距離を計算する関数等の様々な関数を用いることができる。このような比較関数の名前には「カーネル」という文言が含まれている場合があるが、本明細書に係る方法30の「グラフカーネル」と混同されるべきでない。具体的には、このような比較関数の入力は特徴ベクトルであるのに対し、グラフカーネルの入力はグラフである。
【0120】
本発明をいくつかの実施形態との関連で説明したが、本開示に接した当業者であれば、ここで開示した発明の精神から逸脱しない別の実施形態が作られ得ることも理解できよう。そのため、本発明の範囲は、添付の特許請求の範囲によってのみ限定されるべきである。
【符号の説明】
【0121】
G1、G2 グラフ
f(G1)、f(G2) 特徴ベクトル
120 原子アレイ
121、125 原子
123 リンク
a0 基準状態
a1 励起状態
Tex1 第1の励起時間
Tex2 第2の励起時間
EP1、EP2 電磁波パルス
T1 第1の進化時間
T2 第2の進化時間
O1 可観測量
111、115 ノード
113 エッジ
【国際調査報告】