(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-07-24
(54)【発明の名称】ウイルスワクチン
(51)【国際特許分類】
C12N 15/40 20060101AFI20240717BHJP
C12N 15/54 20060101ALI20240717BHJP
C12N 15/62 20060101ALI20240717BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20240717BHJP
C12N 15/50 20060101ALI20240717BHJP
C12N 15/861 20060101ALI20240717BHJP
A61K 39/00 20060101ALI20240717BHJP
A61P 31/14 20060101ALI20240717BHJP
A61P 31/12 20060101ALI20240717BHJP
A61K 35/76 20150101ALI20240717BHJP
【FI】
C12N15/40 ZNA
C12N15/54
C12N15/62 Z
C12N15/12
C12N15/50
C12N15/861 Z
A61K39/00 H
A61P31/14
A61P31/12
A61K35/76
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024525755
(86)(22)【出願日】2022-07-15
(85)【翻訳文提出日】2024-03-15
(86)【国際出願番号】 CA2022051107
(87)【国際公開番号】W WO2023283745
(87)【国際公開日】2023-01-19
(32)【優先日】2021-07-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】508155077
【氏名又は名称】マクマスター・ユニバーシティ
【氏名又は名称原語表記】MCMASTER UNIVERSITY
【住所又は居所原語表記】1280 MAIN STREET WEST,HAMILTON,ONTARIO L8S 4L8,CANADA
(71)【出願人】
【識別番号】505357317
【氏名又は名称】オタワ ホスピタル リサーチ インスティチュート
【住所又は居所原語表記】501 Smyth Box 511, Ottawa, Ontario K1H 8L6 Canada
(71)【出願人】
【識別番号】524022427
【氏名又は名称】ターンストーン バイオロジクス インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】TURNSTONE BIOLOGICS INC.
【住所又は居所原語表記】787 Bank Street, 2nd Floor, Ottawa, Ontario K1S 3V5 Canada
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】リッシュティー,ブライアン
(72)【発明者】
【氏名】イルコウ,キャロライナ
(72)【発明者】
【氏名】シン,ジョウ
(72)【発明者】
【氏名】ドロヴィッチ,マーナ
(72)【発明者】
【氏名】スマイル,フィオナ
(72)【発明者】
【氏名】スティーブンソン,カイル
【テーマコード(参考)】
4C085
4C087
【Fターム(参考)】
4C085AA03
4C085BB11
4C085DD62
4C085EE01
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC83
4C087CA12
4C087NA14
4C087ZB33
(57)【要約】
ウイルス表面糖タンパク質成分と、ウイルス核タンパク質成分と、ウイルスRNAポリメラーゼ成分とをコードする3価の導入遺伝子を提供する。さらに、本発明の3価の導入遺伝子を組み込んだワクチン、およびウイルス感染症からの保護を目的として哺乳動物にワクチン接種する方法を提供する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルスワクチンに使用するための3価の導入遺伝子であって、
i)細胞外に発現させるための表面糖タンパク質を繋ぎ止める役割を果たす膜貫通ドメインに連結されたウイルス表面糖タンパク質とシグナルペプチドとを含むウイルス表面糖タンパク質成分;
ii)ウイルスRNAと複合体を形成するか、ウイルスRNAと結合するウイルス核タンパク質成分;および
iii)ウイルスRNAポリメラーゼ成分
をコードする導入遺伝子。
【請求項2】
前記膜貫通ドメインが、ウイルスの膜貫通ドメインである、請求項1に記載の導入遺伝子。
【請求項3】
前記膜貫通ドメインが、細胞外小胞を標的とする、請求項1に記載の導入遺伝子。
【請求項4】
前記膜貫通ドメインが、CD63、CD9、CD81、CD82、LAMP2B、CdaA、VSVG、フニンウイルスの糖タンパク質、ラッサ熱ウイルスの糖タンパク質、リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス(LCMV)の糖タンパク質、SARS-CoV-2の糖タンパク質、タミアミウイルスの糖タンパク質、グアナリトウイルスの糖タンパク質、マチュポウイルスの糖タンパク質、サビアウイルスの糖タンパク質およびパラナウイルスの糖タンパク質からなる群から選択されるタンパク質に由来するものである、請求項1に記載の導入遺伝子。
【請求項5】
前記表面糖タンパク質成分が、第1のウイルスに由来するものであり、前記膜貫通ドメインが、第2のウイルスに由来するものである、請求項1に記載の導入遺伝子。
【請求項6】
前記RNAポリメラーゼ成分が、ウイルスRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)またはその保存領域を含む、請求項1に記載の導入遺伝子。
【請求項7】
前記表面糖タンパク質成分が、自己切断ペプチドが付加された核タンパク質とRNAポリメラーゼ成分に連結されている、請求項1に記載の導入遺伝子。
【請求項8】
前記自己切断ペプチドが2Aペプチドである、請求項7に記載の導入遺伝子。
【請求項9】
前記表面糖タンパク質成分、前記核タンパク質成分および前記RNAポリメラーゼ成分が、一本鎖プラスRNAウイルスに由来するものである、請求項1に記載の導入遺伝子。
【請求項10】
前記一本鎖プラスRNAウイルスがコロナウイルスである、請求項9に記載の導入遺伝子。
【請求項11】
前記表面糖タンパク質成分が、スパイクタンパク質またはその免疫原性断片を含む、請求項9または10に記載の導入遺伝子。
【請求項12】
前記表面糖タンパク質成分が、前記スパイクタンパク質の受容体結合ドメイン断片を含む、請求項11に記載の導入遺伝子。
【請求項13】
前記核タンパク質成分が、コロナウイルスの核タンパク質またはその免疫原性断片を含む、請求項9~12のいずれか1項に記載の導入遺伝子。
【請求項14】
請求項1~13のいずれか1項に記載の3価の導入遺伝子を含むワクチン。
【請求項15】
DNAワクチン、mRNAワクチンまたはウイルスベクターワクチンである、請求項14に記載のワクチン。
【請求項16】
ポックスウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、単純ヘルペスウイルスおよびサイトメガロウイルスから選択されるウイルスベクターを含むDNAウイルスベクターワクチンである、請求項14に記載のワクチン。
【請求項17】
水疱性口内炎ウイルス、レトロウイルス、レンチウイルス、センダイウイルス、麻疹由来ワクチン、ニューカッスル病ウイルス、アルファウイルスおよびフラビウイルスから選択されるウイルスベクターを含むRNAウイルスベクターワクチンである、請求項14に記載のワクチン。
【請求項18】
E1/E3領域が欠失した複製不能型アデノウイルスベクター。
【請求項19】
導入遺伝子を含み、該導入遺伝子がE1/E3欠失領域内に組み込まれている、請求項18に記載の複製不能型アデノウイルスベクター。
【請求項20】
前記導入遺伝子が、請求項1~13のいずれか1項に記載の3価の導入遺伝子である、請求項19に記載の複製不能型アデノウイルスベクター。
【請求項21】
配列番号7に示される配列を含む、請求項18~20のいずれか1項に記載の複製不能型アデノウイルスベクター。
【請求項22】
哺乳動物に対してウイルス感染症のワクチン接種を行う方法であって、請求項14~17のいずれか1項に記載のワクチンまたは請求項19~21のいずれか1項に記載のベクターで哺乳動物を処置することを含む、方法。
【請求項23】
アデノウイルスベクターワクチンとネブライザーの組み合わせを含むキット。
【請求項24】
請求項14~17のいずれか1項に記載のワクチンまたは請求項19~21のいずれか1項に記載のベクターとネブライザーの組み合わせを含むキット。
【請求項25】
哺乳動物に対してウイルス感染症のワクチン接種を行う方法であって、ネブライザーを用いて哺乳動物にアデノウイルスベクターワクチンを投与することを含む、方法。
【請求項26】
前記ワクチンが、請求項1~13のいずれか1項に記載の導入遺伝子を含む、請求項25に記載の方法。
【請求項27】
一本鎖プラスRNAウイルスに対して効果的なワクチンにおいて使用するための3価の導入遺伝子であって、
i)細胞外に発現させるための細胞外小胞を標的とし、かつ該細胞外小胞に表面糖タンパク質を繋ぎ止める役割を果たす膜貫通ドメインに連結されたウイルス表面糖タンパク質とシグナルペプチドとを含む第1のウイルス表面糖タンパク質成分;ならびに
ii)ウイルスRNAおよびウイルスRNAポリメラーゼ成分と複合体を形成するか、ウイルスRNAおよびウイルスRNAポリメラーゼ成分と結合するウイルス核タンパク質成分を含む第2のタンパク質
をコードしており、
第1の糖タンパク質成分と第2のタンパク質が自己切断ペプチドにより連結されている、導入遺伝子。
【請求項28】
前記RNAウイルスがコロナウイルスである、請求項27に記載の導入遺伝子。
【請求項29】
前記コロナウイルスがSARS-CoV2である、請求項28に記載の導入遺伝子。
【請求項30】
前記表面糖タンパク質成分が、スパイク糖タンパク質の受容体結合ドメインであり、前記膜貫通ドメインが、異種ウイルスの膜貫通ドメインである、請求項29に記載の導入遺伝子。
【請求項31】
請求項27~30のいずれか1項に記載の3価の導入遺伝子を含むワクチン。
【請求項32】
DNAワクチン、mRNAワクチンまたはウイルスベクターワクチンである、請求項31に記載のワクチン。
【請求項33】
DNAウイルスベクターワクチンである、請求項32に記載のワクチン。
【請求項34】
アデノウイルスワクチンである、請求項33に記載のワクチン。
【請求項35】
哺乳動物に対してウイルス感染症のワクチン接種を行う方法であって、請求項31~34のいずれか1項に記載のワクチンで哺乳動物を処置することを含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、概して、ウイルスワクチンとワクチン接種方法に関し、より具体的には、プラス鎖RNAウイルスなどのRNAウイルスに対するワクチンとワクチン接種方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスセンスRNA(+ssRNA)ウイルスは、すべての既知のウイルス属の3分の1以上を占めている。+ssRNAウイルスのゲノムはmRNA鎖に似ており、直接翻訳されて、転写と複製に必要なタンパク質を発現することができる。このタイプのウイルスは、侵入や複製などのウイルス感染に関与するあらゆる工程に宿主因子を利用している。恐らくより重要な点として、+ssRNAウイルスは宿主因子を強奪して、宿主の遺伝子発現と防御機構を調節することができる。
【0003】
プラスセンスRNAウイルスには、C型肝炎ウイルス、西ナイルウイルス、デングウイルス、MERSコロナウイルス、SARSコロナウイルス、SARS-CoV-2コロナウイルスなどの病原体と、これよりも臨床的に重症度の低い病原体として、風邪を引き起こすコロナウイルスやライノウイルスなどが含まれる。
【0004】
コロナウイルス感染症2019(COVID-19)は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)により引き起こされるヒトの疾患として分類されており、2019年12月末に中国の武漢市で初めて発生が確認された。その2か月後の2020年3月には、世界保健機関(WHO)は、この疾患の急激な増加をパンデミックであると表明した。2021年1月10日の時点で、世界中でWHOに報告された計88,120,981件の確認された症例のうち、1,914,378人がCOVID-19により死亡している。症例数や死亡数の急激な増加に伴い、国際的な医療団体および科学団体は、COVID-19による健康被害および経済的打撃を最小限に抑えるべく、かつてない難局に直面している。
【0005】
この問題の解決には、感染症の蔓延を最小限に抑えるため、特に、SARS-CoV-2やこのバリアントによる感染症およびこれらに関連するウイルス感染症による重篤な疾患および死亡を減らすため、効果的な予防的措置を講じることが極めて重要である。いくつかの種類のワクチンが開発され、現在使用されている。これらのワクチンの種類として、mRNAワクチンとアデノウイルスベースのワクチンがあり、これらはいずれもSARS-CoV-2のスパイクタンパク質をコードしている。これらのタイプのワクチンは、有効性が比較的高いことが示されているが、特定のSARS-CoV-2スパイクタンパク質の産生に基づいていることから、SARS-CoV-2バリアントに対する有効性は不確かであり、その他の関連するコロナウイルスに対する有効性についても疑念がある。
【0006】
したがって、プラスセンスRNAウイルスに対して幅広く使用可能な新規な広域スペクトルワクチンの開発が望まれている。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を踏まえ、3種のウイルス抗原と、表面糖タンパク質成分と、核タンパク質成分と、RNAポリメラーゼ成分とをコードする導入遺伝子を含む新規な3価ワクチンを開発した。
【0008】
したがって、本発明の一態様において、ウイルス表面糖タンパク質成分と、ウイルス核タンパク質成分と、ウイルスRNAポリメラーゼ成分とをコードする3価の導入遺伝子;該3価の導入遺伝子を含むワクチン;該ワクチンを用いて哺乳動物にワクチン接種を行う方法を提供する。
【0009】
本発明の別の一態様において、3価の導入遺伝子であって、
i)細胞外に発現させるための細胞外小胞を標的とし、かつ該細胞外小胞に表面糖タンパク質を繋ぎ止める役割を果たす膜貫通ドメインに連結されたウイルス表面糖タンパク質とシグナルペプチドとを含む第1のウイルス表面糖タンパク質成分;ならびに
ii)ウイルスRNAおよびウイルスRNAポリメラーゼ成分と複合体を形成するか、ウイルスRNAおよびウイルスRNAポリメラーゼ成分と結合するウイルス核タンパク質成分を含む第2のタンパク質
をコードしており、
第1の糖タンパク質成分と第2のタンパク質が自己切断ペプチドにより連結されていることを特徴とする3価の導入遺伝子を提供する。
【0010】
本発明の別の一態様において、コロナウイルスのスパイクタンパク質成分と核タンパク質成分とRNAポリメラーゼ成分をコードする3価の導入遺伝子を含むコロナウイルスワクチンを提供する。
【0011】
本発明のさらに別の一態様において、一本鎖RNAウイルスなどのウイルスによる感染症のワクチン接種を哺乳動物に行う方法であって、一本鎖RNAウイルスに由来する表面糖タンパク質成分と、ウイルス核タンパク質成分と、ウイルスRNAポリメラーゼ成分をコードする3価の導入遺伝子を含むワクチンで哺乳動物を処置することを含む方法を提供する。
【0012】
本発明のさらに別の態様において、E1/E3領域が欠失した複製不能型アデノウイルスベクター;アデノウイルスベクターワクチンとネブライザーの組み合わせを含むキット;および哺乳動物に対してウイルス感染症のワクチン接種を行う方法であって、ネブライザーを用いて哺乳動物にアデノウイルスベクターワクチンを投与することを含む方法を提供する。
【0013】
以下の図面を参照しながら、詳細な説明および具体例において、本発明の上記実施形態およびその他の実施形態について説明する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態によるワクチンに組み込まれる導入遺伝子の模式図である。
【0015】
【
図1B】本発明の一実施形態による発現された導入遺伝子のアミノ酸配列を示す。
【0016】
【
図2】A)
図1に示した導入遺伝子をそれぞれ有するチンパンジーアデノウイルスベクター(ChAd)またはヒトアデノウイルスベクター(huAd)を形質導入したヒト細胞における発現を示す。B)
図1に示した導入遺伝子をそれぞれ有する2種のアデノウイルスベクターの一方を様々なMOIで形質導入したヒト細胞における発現を示す。
【0017】
【
図3】A)ワクチン接種とSARS-CoV2ウイルスチャレンジのプロトコルを示し、治療マウスおよび未治療マウスにSARS-CoV2を感染させた後のB)体重減少とC)生存率をグラフに示す。
【0018】
【
図4】A)
図1に示した導入遺伝子を含むワクチンを接種したマウスにおけるスパイク成分に対する抗体の産生をグラフに示す。スパイク成分として、スパイクタンパク質の全長とスパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)を調査した。B)前記ワクチンを用いたインビトロでの血清中SARS-CoV2の中和を示す。
【0019】
【
図5】
図1に示した導入遺伝子を有するA)ChAdワクチンベクターまたはB)huAdワクチンベクターを用いてワクチン接種することによって、この導入遺伝子により発現された抗原のそれぞれに対してT細胞応答が誘導されたことを示す。
【0020】
【
図6】様々な2Aタンパク質のアミノ酸配列を示す。
【0021】
【
図7】
図2に示したChAdベクターを接種し、SARS-CoV2のバリアント株に感染させたマウスの治療の実験スキーマ(A)とその結果(B~J)を示す。
【0022】
【
図8】Aerogen Soloマイクロポンプネブライザーにおいて、様々な充填量の0.9N生理食塩水を噴霧乾燥するのに要した時間をグラフに示す。Aerogenコントロールユニットを用いて、実験台に設置したAerogen Soloネブライザーを連続的に作動させて、様々な充填量(0.2ml、0.5ml、1.0mlまたは2.0ml)の0.9N生理食塩水が完全にエアロゾル化するまでの時間を測定した。3種のAerogen Soloネブライザー(A、BまたはC)をそれぞれ試験して、4種の流体量の乾燥に要した時間を測定した。
【0023】
【
図9】ヒト男性対象とヒト女性対象の間で放出量(ED)を比較したグラフを示す。コントロールユニットを接続したAerogen Soloネブライザーとトレーサーとしての硫酸サルブタモールとを用いて放出量を測定した。データは、4人の男性および4人の女性の口腔で回収されたサルブタモールの割合(%)を示す。
【0024】
【
図10】サルブタモールとワクチン添加サルブタモールとを比較したエアロゾル液滴の空気力学的粒径分布(APSD)をグラフに示す。APSDは次世代インパクターを用いて測定した。データは、NGIステージごとの(コントロールとしての)サルブタモール量の平均値の分布と、ワクチンを添加したサルブタモール量の平均値の分布として示している。各NGIステージにおいて捕集されたサルブタモールの量は紫外分光法で測定した。
【0025】
【
図11】エアロゾル化したワクチンにおけるウイルス粒子の生存率をグラフに示す。Aeroneb(登録商標)マイクロポンプネブライザーにより発生させたエアロゾル液滴中の生きたAdHu5Ag85Aワクチンの推定量は、ウイルスプラーク形成単位(PFU)アッセイを用いて測定した。データは、2つの独立した実験の代表値として、噴霧化直前のワクチン試料中のPFUの平均値、およびバッファー中に回収されたエアロゾル中のPFUの平均値として示す。
【0026】
【
図12】複製欠損型組換えChAd68ベクターの構築を示した模式図である。A)ChAd68シャトルプラスミドとBACゲノムに組み込むためのDNAアセンブリに使用した断片を示す。隣接する断片同士のマッチするオーバーハングを同じ模様で示している。B)HEK293細胞に同時にトランスフェクションするための、線状化ChAd68シャトルプラスミドと線状化BACゲノムを示す。この2つのコンストラクトの間で約2.5kbのオーバーラップ部分において相同組換えが起こることによって、E1領域が導入遺伝子カセットで置換され、かつE3領域の一部が欠失した全長ChAd68ベクターが得られる。
【0027】
【
図13】本発明の一実施形態による、HCMVプロモーターを有するE1/E3欠失型チンパンジーアデノウイルス血清型68ゲノムのDNA配列を示す。
【0028】
【
図14】A)本発明の一実施形態によるアデノウイルスワクチンを利用したワクチン接種プロトコルの模式図を示す。B)ワクチン接種後に産生された血清中の抗スパイク抗体量および抗RBD抗体量を示す。C)血清抗体を用いたウイルスの中和の結果を示す。D)ワクチン接種後の肺におけるRBD特異的B細胞数を示す。E)ワクチン接種後の肺におけるCD8+T細胞数を示す。
【0029】
【
図15】A)本発明の一実施形態によるアデノウイルスワクチンを利用したワクチン接種と、これに続くSARS-CoV-2(ベータ株)の感染のプロトコルの模式図を示す。B)感染後における治療したマウスとコントロールマウスでの体重減少率(%)の比較を示す。C)感染後の肺におけるウイルス負荷を示す。D)感染後の脳におけるウイルス負荷を示す。
【0030】
【
図16】A)本発明の一実施形態によるアデノウイルスワクチンを利用したワクチン接種と、これに続くSARS-CoV-2(デルタ株)の感染のプロトコルの模式図を示す。B)感染後における治療したマウスとコントロールマウスでの体重減少率(%)の比較を示す。C)感染後の肺におけるウイルス負荷を示す。
【0031】
【
図17】A)本発明の一実施形態によるアデノウイルスワクチンを利用したワクチン接種と、これに続くSARS-CoV-2(オミクロン株)の感染のプロトコルの模式図を示す。B)感染後における治療したマウスとコントロールマウスでの体重減少率(%)の比較を示す。C)感染後の肺におけるウイルス負荷を示す。
【発明を実施するための形態】
【0032】
一態様において、3価の導入遺伝子を含むワクチンが提供される。この導入遺伝子は、ウイルス表面糖タンパク質成分と、ウイルス核タンパク質成分と、ウイルスRNAポリメラーゼ成分とをコードする。一実施形態において、このワクチンは、RNAウイルスによる感染症(例えば、一本鎖プラスRNAウイルスによる感染症)などのウイルス感染症に対する保護に有用である。
【0033】
一本鎖プラス(+ss)RNAウイルスは、mRNAと同様の性質を持つことから、そのまま翻訳されてウイルスタンパク質を発現するRNAゲノムを含むウイルスである。+ssRNAウイルスは、ニドウイルス目、ティモウイルス目、ピコルナウイルス目という3つの目に分類され、これらには、約30のウイルス科が含まれ、特に、コロナウイルス科、ピコルナウイルス科、フラビウイルス科などが挙げられる。あらゆる+ssRNAウイルスは、ウイルスの感染性を担う表面糖タンパク質、ウイルスのRNAゲノムと結合する核タンパク質、RNA依存性RNAポリメラーゼなどをコードする。
【0034】
本発明の導入遺伝子は、ウイルスの感染性において一定の役割を果たしているウイルス表面糖タンパク質成分をコードし、すなわち、感染を受ける宿主細胞に結合して、これに融合するウイルス表面糖タンパク質をコードする。本発明の導入遺伝子内に組み込まれる表面糖タンパク質成分は、+ssRNAウイルスなどの標的ウイルスの表面糖タンパク質に由来するものであり、ワクチンが標的とするウイルスに応じて様々に異なる。例えば、コロナウイルスに対するワクチンでは、表面糖タンパク質はスパイク(S)糖タンパク質である。C型肝炎ウイルスに対するワクチンでは、表面糖タンパク質はE1タンパク質および/またはE2タンパク質である。フラビウイルスに対するワクチンでは、表面糖タンパク質はEタンパク質である。本発明の導入遺伝子に組み込まれる核酸として、標的ウイルス(第1の標的ウイルス)の表面糖タンパク質の全長またはその免疫原性部分もしくは断片をコードする核酸が組み込まれる。表面糖タンパク質の免疫原性部分は、免疫原性応答を惹起する部分であり、例えば、抗原を含む部分である。一実施形態において、糖タンパク質成分は、糖タンパク質の細胞外部分、その受容体結合ドメイン(例えば、宿主細胞に結合するドメイン)、もしくはこれらの免疫原性断片、またはこれらの領域全体もしくはその一部の組み合わせをコードする。
【0035】
当業者であれば十分に理解できるように、本発明の導入遺伝子には、通常、糖タンパク質成分のN末端側に、シグナル配列またはリーダー配列をコードする核酸がさらに組み込まれている。通常、リーダー配列は、約12~40個のアミノ酸を含み、翻訳されると、分泌される糖タンパク質を移送する役割を果たす。シグナルペプチドは、例えば、産生される糖タンパク質の天然のシグナルペプチド、異種シグナルペプチド、または天然のシグナルペプチドと異種シグナルペプチドのハイブリッドであってもよい。様々な種類のシグナルペプチドを利用して分泌タンパク質を産生させることができ、このようなシグナルペプチドとして、マウス免疫グロブリンのシグナルペプチド(IgSP、EMBLアクセッション番号:M13331)、その他の免疫グロブリン由来のリーダー配列、組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)、インスリン、水疱性口内炎ウイルスの糖タンパク質(VSVG)、IL-2、アルブミンおよびキモトリプシンが挙げられるが、これらに限定されない。例えば、組織プラスミノーゲン活性化因子プロペプチドに融合された免疫グロブリンシグナルペプチドを含むリーダー配列などのハイブリッドリーダー配列も開発されている。
【0036】
本発明の導入遺伝子の表面糖タンパク質成分をコードする核酸は、細胞外に発現される糖タンパク質の交通を担う膜貫通(TM)ドメインをコードする核酸に連結されている。本明細書において、「連結される」とは、表面糖タンパク質が膜貫通ドメインに結合されていることから、細胞外に発現される糖タンパク質の輸送が、膜貫通ドメインによって効果的に行われることを意味する。したがって、膜貫通ドメインは、細胞外に発現される糖タンパク質の交通と繋止を十分に行うことができ、かつ宿主の免疫応答に対して有害な作用を有していないドメインであればどのようなものであってもよい。例えば、膜貫通ドメインは、選択された糖タンパク質成分に存在する膜貫通ドメイン、異種膜貫通ドメイン、または機能的に同等なこれらのバリアントであってもよい。
【0037】
あるいは、膜貫通ドメインは、エクソソーム、マイクロベシクル、マクロベシクル、オンコソーム、小胞などの細胞外小胞(EV)に糖タンパク質成分を繋留または繋止することができるペプチドであってもよく、細胞外小胞は、血清学的応答を増強することが知られていることから、抗体の誘導を増強する。このような細胞外小胞指向性膜貫通ドメインは、ウイルス(例えばVSVG)に由来するものであってもよく、細胞に由来するもの(例えばCD63やLamp2b)であってもよい。膜貫通ドメインは、1回膜貫通ドメインであってもよく、細胞膜を複数回貫通するドメインであってもよく、例えば、細胞膜を4回貫通するドメイン(4回膜貫通ドメインすなわちテトラスパニン)であってもよい。上記と同様に、「細胞外小胞指向性テトラスパニン」は、細胞外小胞の膜への交通を担うテトラスパニンのサブセットを意味する。テトラスパニンは、10種類の多細胞真核生物のすべてで見られる膜タンパク質ファミリーであり、4回膜貫通型スーパーファミリー(TM4SF)タンパク質とも呼ばれる。テトラスパニンは、4本の膜貫通αヘリックスと2つの細胞外ドメインを有し、短い1つの細胞外ドメインすなわちループと、これよりも長い1つの細胞外ドメイン/ループを形成している。4本の膜貫通αヘリックスを有するタンパク質ファミリーは他にもいくつか存在するが、テトラスパニンは、保存されたアミノ酸配列により定義され、EC2ドメインに4個以上のシステイン残基を含み、そのうち2個が高度に保存された「CCG」モチーフに存在する。細胞外小胞の膜に特異的な指向性を示し、細胞外小胞の膜に豊富に見られ、1回膜貫通ドメインまたはテトラスパニンドメインを含むタンパク質の例を表1に示す。
【表1】
【0038】
本発明の導入遺伝子は、ウイルス核タンパク質成分をさらにコードし、すなわち、ウイルスRNAと複合体を形成するか、相互作用するか、結合するタンパク質をさらにコードする。核タンパク質またはヌクレオカプシドタンパク質は、ワクチンが標的とするウイルスに応じて様々に異なる。例えば、コロナウイルスを標的とする場合、核タンパク質(N)は、中心に位置するRNA結合領域によって分離されたRNA結合ドメインのN末端領域とC末端領域(NTD/CTD)を含み、これらの各領域はそれぞれ高度に保存されている。C型肝炎ウイルスまたはフラビウイルスを標的とする場合、核タンパク質はC(カプシド)タンパク質である。本発明の導入遺伝子に組み込まれる核タンパク質成分は、糖タンパク質成分が由来するウイルスと同じウイルスに由来するものであってもよく、このような核タンパク質成分を選択することによって、糖タンパク質成分が標的とするウイルス(第1の標的ウイルス)と同じウイルスを標的としてもよく;あるいは核タンパク質成分は、糖タンパク質成分が由来するウイルスとは異なる第2のウイルスに由来するものであってもよく、このような核タンパク質成分を選択することによって、この第2のウイルスを標的としてもよく、この第2のウイルスには、第1の標的ウイルスのバリアント、または第1の標的ウイルスと同じ科のウイルスもしくは異なる科のウイルスが含まれていてもよい。核タンパク質成分は、選択された全長核タンパク質またはその免疫原性断片をコードする核酸を含み、免疫原性断片としては、ヒトT細胞のエピトープを含む領域などが挙げられる。
【0039】
RNAポリメラーゼ成分は、+ssRNAウイルス(例えば、+ssRNAウイルスファミリー)に保存されているウイルスRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)に由来するものである。したがって、+ssRNAウイルスに保存されているRdRp領域をコードする核酸をRNAポリメラーゼ成分として選択することが好ましい。保存領域は、複数の単離物の配列アラインメントなどの、当技術分野で公知の技術を用いて容易に同定することができる。
【0040】
本発明の導入遺伝子の表面糖タンパク質成分は、自己切断ペプチドを介して該導入遺伝子の核タンパク質成分に連結してもよい。自己切断ペプチドは、例えば、リボソームスキッピングを誘導して、ペプチド結合の形成を阻止するペプチドであり、これによって、単一の3価の導入遺伝子から2つの別個のタンパク質が発現される。その結果、表面糖タンパク質の細胞外への発現が容易となり、核タンパク質成分とポリメラーゼ成分が細胞内に発現される。自己切断ペプチドの例として、P2A(ブタテシオウイルス1)、E2A(馬鼻炎Aウイルス)、F2A(口蹄疫ウイルス18)、T2A(thosea asigna virus 2A)などの2Aペプチドが挙げられるが、これらに限定されない。これらの自己切断ペプチドの配列を
図6に示している。当業者であれば十分理解しているように、様々な天然配列に由来する2Aペプチド配列に基づく配列であり、2Aペプチドの自己切断能を保持しているものであれば、本発明の導入遺伝子に使用してもよい。2Aペプチドは、効率を増強させるため、そのN末端に「GSG」リンカー(グリシン-セリン-グリシン)を含んでいてもよい。
【0041】
+ssRNAウイルス中でも、コロナウイルスが特に重要視される。コロナウイルスはエンベロープRNAウイルスであり、らせん対称型のヌクレオカプシドと、膜表面から突き出た棒状のスパイクとを有する。コロナウイルスのゲノムの大きさは、約26~32キロベースであり、大型のRNAウイルスの1種である。コロナウイルスには、アルファコロナウイルス、ベータコロナウイルス、ガンマコロナウイルス、デルタコロナウイルスという4つの属が含まれ、これらのうち、アルファコロナウイルスとベータコロナウイルスが哺乳動物に感染する。コロナウイルス(CoV)には、HCoV-229E、HCoV-HKU1、HCoV-NL63、HCoV-OC43などの風邪ウイルスが含まれ、SARS-CoVも含まれる。「SARS-CoV」は、重症急性呼吸器症候群を引き起こすコロナウイルスを指す。SARS-CoVの例として、SARS-CoV1、SARS-CoV2およびMERS-CoVが挙げられる。
【0042】
SARS-CoV-2は、約30kbのエンベロープRNAウイルスであり、5’-UTRと、16個の非構造タンパク質(例えば、RNA依存性RNAポリメラーゼなど)をコードする2つのORFと、スパイクタンパク質(S)、エンベロープタンパク質(E)、膜タンパク質(M)およびヌクレオカプシドタンパク質(N)を含む構造タンパク質をコードする領域とを含む。本明細書において、SARS-CoV-2は、あらゆるSARS-CoV-2を含み、ゲノム配列が元のSARS-CoV-2とは異なるSARS-CoV-2バリアントも含まれ、このSARS-CoV-2バリアントは、コード領域もしくは非コード領域またはその両方に変異を含む。一実施形態において、SARS-CoV-2は、SARS-CoV-2参照配列(NCBI NC_045512)に本質的に一致するゲノム配列を有し、この29903残基のヌクレオチド配列において、21563~25384番目のリボヌクレオチド領域が、スパイク(S)タンパク質をコードしており、28274~29533番目のリボヌクレオチド領域が、核タンパク質(N)をコードしており、266~21555番目のリボヌクレオチド領域が、ポリメラーゼ(POL)をコードしている。
【0043】
コロナウイルスのスパイクタンパク質は、N末端に位置するシグナルペプチドと、S1サブユニットと、S2サブユニットを含み、S1サブユニットが受容体への結合を担い、S2サブユニットが膜融合を担う。S1サブユニットは、N末端ドメインと受容体結合ドメイン(RBD)で構成されており、S2サブユニットは、融合ペプチド(FP)、ヘプタペプチドリピート配列1(HR1)、ヘプタペプチドリピート配列2(HR2)、膜貫通(TM)ドメインおよび細胞質ドメインで構成されている。
【0044】
一実施形態において、本発明の導入遺伝子は、表面糖タンパク質成分として、全長スパイクタンパク質またはその免疫原性部分から選択されるコロナウイルススパイク成分をコードする核酸を含む。例えば、スパイク成分は、全長スパイクタンパク質、S1サブユニット、S1サブユニットのRBDのみ、もしくはS1サブユニットのRBDとN末端ドメインの一部、またはその免疫原性断片を含んでいてもよい。スパイク成分は、ワクチンが標的とするウイルスに応じて選択される。一実施形態において、スパイク成分は、SARS-CoV1やSARS-CoV2などのSARS-CoVに由来するもの、またはこれらのバリアント、例えば、SARS-CoV2のベータバリアント、デルタバリアント、オミクロンバリアントなどに由来するものである。一実施形態において、スパイク成分は、
図1Bに示すアミノ酸配列を有するS1サブユニットである。
【0045】
細胞外に発現されるスパイクタンパク質を輸送するため、本発明の導入遺伝子のスパイクタンパク質成分は、膜貫通(TM)ドメインに連結される。膜貫通ドメインは、細胞外に発現されるスパイクタンパク質の交通と繋止を十分に行うことができ、かつ宿主の免疫応答に対して有害な作用を有していないドメインであればどのようなものであってもよい。例えば、膜貫通ドメインは、天然のコロナウイルスのスパイクタンパク質の膜貫通ドメイン、または機能的に同等なそのバリアントであってもよい。あるいは、膜貫通ドメインは、前述したような、エクソソーム、マイクロベシクル、マクロベシクル、オンコソーム、小胞などの細胞外小胞(EV)にスパイクタンパク質成分を繋留または繋止することができるペプチドであってもよい。
【0046】
本発明の導入遺伝子のコロナウイルス核タンパク質成分は、全長核タンパク質またはその免疫原性断片をコードする核酸を含んでいてもよく、免疫原性断片としては、ヒトT細胞のエピトープを含む領域などが挙げられ、全長核タンパク質またはその免疫原性断片は、in silicoで同定してもよく、感染した個体を実験により分析して決定してもよい。一実施形態において、核タンパク質成分は、SARS-CoVの核タンパク質成分またはそのバリアントである。一実施形態において、核タンパク質成分は、
図1Bに示すアミノ酸配列を有する。
【0047】
本発明の導入遺伝子のコロナウイルスRNAポリメラーゼ成分は、全長ポリメラーゼまたはその免疫原性断片をコードする核酸を含んでいてもよく、免疫原性断片としては、ヒトT細胞のエピトープを含む領域などが挙げられる。一実施形態において、このRNAポリメラーゼ成分は、コロナウイルスにおいて高度に保存されているポリメラーゼ領域であり、特に、コウモリ由来のコロナウイルスにおいて高度に保存されているポリメラーゼ領域である。ポリメラーゼ成分は、SARS-CoV1やSARS-CoV2などのSARS-CoVまたはそのバリアントに由来するものであってもよい。一実施形態において、ポリメラーゼ成分は、
図1Bに示すアミノ酸配列を有する。
【0048】
本発明の導入遺伝子のスパイク成分は、前述したように、自己切断ペプチドを介して、該導入遺伝子の核タンパク質成分に連結されている。
【0049】
本発明の導入遺伝子は、十分に確立された方法を用いて構築され、例えば、mRNAワクチンやDNAワクチン、ウイルスベクターワクチンなどの核酸ベースのワクチンでの使用のために構築してもよい。
【0050】
DNAワクチンでの使用においては、本発明の導入遺伝子の糖タンパク質成分(例えば、コロナウイルスのスパイクタンパク質成分)のコード領域、核タンパク質成分のコード領域、およびRNAポリメラーゼ成分のコード領域を合成するか、その他の方法で(例えば、市販品として)入手し、前述したように、自己切断ペプチドをコードするDNAを、スパイクタンパク質成分のコード領域と核タンパク質/ポリメラーゼ成分のコード領域の間に挟んで、各コード領域同士を連結する。このワクチンコンストラクトには、導入遺伝子の発現を調節する適切なプロモーターが組み込まれ、その末端に転写終止配列(例えば、ポリ(A)付加配列)が組み込まれる。このワクチンコンストラクトへの組み込みに好適なプロモーターの例として、CMV、EF1a、CAG、PGK1、SV40、RSV、TRE、U6、UAS、Ubc、ヒトβ-アクチンおよびCAGが挙げられるが、これらに限定されない。このワクチンコンストラクトは、エンハンサーエレメントおよび/または転写トランス活性化因子をさらに組み込んで、これらのエレメントをORFの上流または下流に配置することにより、プロモーター活性を増強してもよい。
【0051】
次に、通常、DNA導入遺伝子コンストラクトを、投与に適するように構成する。導入遺伝子コンストラクトは、線状分子、共有結合で閉環した線状コンストラクト、またはミニサークルとして、投与用に製剤化してもよい。別の方法として、当技術分野でよく知られている技術を用いて、プラスミドやコスミドなどのベクターに導入遺伝子コンストラクトを組み込んだ後、投与用に製剤化してもよい。得られたDNAワクチンは、投与用に製剤化する。ワクチンは、ワクチンの免疫原性を増強するように構成された送達システムに組み込んでもよく、このような送達システムとして、例えば、生分解性高分子微粒子(例えば、キトサン、乳酸-グリコール酸コポリマー、ポリエチレンイミン、アミン官能化ポリメタクリル酸、カチオン性ポリ(β-アミノエステル)、ポロキサマー、もしくはポリビニルピロリドンポリマー)またはリポソームが挙げられる。ワクチンは、免疫原性を増強するためにアジュバントと組み合わせてもよく、このようなアジュバントとして、例えば、アルミニウム含有化合物やスクアレンなどの無機化合物;パラフィンなどの油;トキソイドなどの細菌産物;植物サポニン;IL-1、IL-2、IL-12などのサイトカイン;シトシン-リン酸-グアニン(CpG)モチーフを含むアジュバント;またはフロイントアジュバントなどのアジュバントの組み合わせが挙げられる。
【0052】
mRNAワクチンでの使用では、DNA導入遺伝子コンストラクトを前述のように作製し、当技術分野で公知の方法を利用して、このDNA導入遺伝子コンストラクトから前述のように作製した通常プラスミドDNA(pDNA)の形態のcDNA鋳型をインビトロ転写することによって、このDNA導入遺伝子コンストラクトからmRNAを合成する。cDNA鋳型の転写は、バクテリオファージRNAポリメラーゼなどのRNAポリメラーゼを用いて行う。安定性と効率的な翻訳のため、得られたmRNA鎖は、5’キャップと3’ポリ(A)テールを含み、コード領域を挟む5’非翻訳領域(UTR)と3’非翻訳領域(UTR)をさらに含む。次に、このmRNAワクチンを投与用に製剤化する。この点に関して、mRNAは、分解を阻止し、取り込みを増強し、かつ翻訳を促進する物質と複合体化してもよい。このようなアジュバントの例として、カチオン性ポリペプチド(例えば、プロタミン)、ナノエマルション、担体ペプチド、リポソーム、および免疫アクチベータータンパク質(例えば、CD70、CD40L、TLR)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0053】
また、本発明の導入遺伝子コンストラクトを投与するために、ウイルスベクターワクチンを利用してもよく、ウイルスベクターワクチンとして、DNAウイルスベクターとRNAウイルスベクターの両方が挙げられる。
【0054】
DNAウイルスベクターワクチンは、本発明のDNA導入遺伝子コンストラクトが、例えば、ウイルスプロモーターの制御下で発現可能に組み込まれるように構成される。ワクチンとしての使用に適切なDNAウイルスの例として、ワクシニアウイルスや組換えワクシニアウイルスなどのポックスウイルス;アデノウイルス;アデノ随伴ウイルス;単純ヘルペスウイルス;およびサイトメガロウイルスが挙げられるが、これらに限定されず、これらには様々な血清型も含まれ、複製能を持つウイルスと複製欠損性または複製不能型ウイルスの両方が含まれる。
【0055】
一実施形態において、複製不能型アデノウイルスを作製して、本発明の導入遺伝子コンストラクトの送達に使用する。本発明の導入遺伝子は、アデノウイルスから欠失させたE1/E3領域内に組み込まれる。
【0056】
RNAウイルスベクターワクチンも、本発明の導入遺伝子コンストラクト(例えばプラス鎖またはマイナス鎖)の適切な転写産物が、発現可能に組み込まれるように構成される。本発明の導入遺伝子を送達するためのワクチンとしての使用に適切なRNAウイルスの例として、水疱性口内炎ウイルス、レトロウイルス(例えばMoMLVなど)、レンチウイルス、センダイウイルス、麻疹由来ワクチン、ニューカッスル病ウイルス、アルファウイルス(例えばセムリキ森林ウイルスなど)もしくはフラビウイルス;またはRNAウイルスに基づくRNAレプリコン(すなわち、アルファウイルスやフラビウイルスなどに由来するRNAレプリコン)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0057】
本明細書に詳述する3価の導入遺伝子を含む本発明のワクチンは、RNAウイルス(例えば、+ssRNAウイルス、例えばコロナウイルスなど)による感染症などのウイルス感染症のワクチン接種を哺乳動物に行う方法において使用される。ワクチンは治療有効量で哺乳動物に投与され、すなわち、哺乳動物において免疫応答を誘導するのに十分な量で投与され、通常、プライム投与を行った後にブースト投与を行う。当業者であれば十分に理解できるように、免疫応答の誘導に必要な量は、例えば、ワクチンに含まれる特定の導入遺伝子/抗原、ワクチンの送達に使用されるベクター、治療を受ける哺乳動物、例えば、生物種、年齢、体格などの様々な要因に応じて変動する。この点に関して、例えば、約106~108pfuの用量のアデノウイルスベクターをプライム投与としてマウスに投与し、約2~16週間後に、好ましくは約4~12週間以内に、約106~108pfuの用量のアデノウイルスベクターをブースト投与として投与すると、免疫応答の誘導に十分な量となる。通常、これに相当する量であれば、ヒトへの投与により免疫応答を得るのに十分である。
【0058】
本発明のワクチンは、いくつかの投与可能な経路のいずれか1つを介して、コロナウイルス感染症などのウイルス感染症の予防を目的として哺乳動物に投与され、投与可能な経路としては、静脈内投与、筋肉内投与、鼻腔内投与などの非経口投与、または吸入が挙げられるが、これらに限定されない。核酸ベースのワクチンでは、エレクトロポレーションによる投与や遺伝子銃技術の使用などのその他の技術を利用してもよい。プライムワクチンとブーストワクチンは、同じ種類のワクチンであってもよく、異なる種類のワクチンであってもよく(例えば、プライムワクチンとブーストワクチンの両方が、核酸ベースのワクチンであってもよく、プライムワクチンとブーストワクチンの両方が、ウイルスベクターワクチンであってもよく、プライムワクチンが核酸ベースのワクチンであり、ブーストワクチンがウイルスベクターであってもよく、またはその逆であってもよく)、プライムワクチンとブーストワクチンは、同じ投与経路または異なる投与経路で投与してもよい。当業者であれば十分に理解できるように、ワクチンとアジュバントは、適切な担体、例えば、生理食塩水またはその他の適切な緩衝液に加えて投与される。本明細書において、「哺乳動物」は、ヒトと非ヒト哺乳動物の両方を意味する。
【0059】
一実施形態において、本明細書に記載の3価の導入遺伝子を含む本発明のワクチンは、コロナウイルス感染症などの+ssRNAウイルスによる呼吸器感染症の治療に適するように構成され、呼吸粘膜を直接標的にできるように鼻腔内投与または吸入投与用に製剤化すると有利である。ワクチンは、生理食塩水またはその他の適切な緩衝液中に添加したウイルスベクターワクチンとして提供され、口腔から吸入または鼻腔用スプレー剤を介して吸入できるように、噴霧化して液体エアロゾルを形成させることが好ましい。一実施形態において、ワクチンは、例えばhuAdやChAdなどを用いたアデノウイルスベクターワクチンである。別の一実施形態において、ワクチンは、投与を補助するネブライザーと組み合わせたキットの形態で提供してもよい。
【0060】
上記の投与方法、例えば、鼻腔内投与や吸入を介した投与方法を利用することによって、ワクチンを呼吸粘膜に効率的に送達して、コロナウイルスなどのウイルスによる呼吸器感染症の標的臓器である肺内の免疫記憶を誘導する。この方法によって、低用量のワクチンを使用して効果的な保護を達成することができる。さらに、鼻腔内投与または吸入を利用することによって、望ましくないと見なされることが多い針を用いたワクチン投与を回避することができ、鋭利な感染性廃棄物の発生を防ぐことができる。
【0061】
本発明の別の一態様において、概して、アデノウイルスベクターワクチンを送達する方法であって、例えば、ネブライザーを用いて、鼻腔内投与または吸入投与を行うことを含む方法が提供される。この方法は、その他の経路を介した送達と比べて大幅に低減された用量を用いて効果的に肺にワクチンを送達でき、その他の投与方法の欠点を回避できることが判明している。
【0062】
ウイルス表面糖タンパク質と、ウイルス核タンパク質とウイルスRNA依存性RNAポリメラーゼ成分とを発現する3価の導入遺伝子を含む本発明のワクチンは、広域スペクトルワクチンを提供する。有利な点として、本発明のワクチンを投与することによって、第1の標的ウイルスを標的とするスパイクタンパク質などのウイルス糖タンパク質に基づいて、例えば+ssRNAウイルス(例えばコロナウイルス)などのRNAウイルスである特定の第1の標的に対する免疫応答を誘導することでき、かつ本発明のワクチンは、核タンパク質成分とポリメラーゼ成分がさらに含まれていることから、第1の標的ウイルスのバリアントなどの第1の標的ウイルスに関連するウイルス、または異なる種類のRNAウイルス(例えば+ssRNAウイルス)である第2の標的ウイルスに対しても効果的な免疫応答を促進するように設計されている。この点に関して、SARS-CoV2バリアントの核タンパク質成分およびポリメラーゼ成分は高度に保存されていることに注目されたい。したがって、SARS-CoV2株を標的とする糖タンパク質成分と、SARS-CoV2株を標的とする核タンパク質成分およびポリメラーゼ成分とを含む本発明の3価の導入遺伝子は、標的株だけでなく、そのバリアントに対しても効果的である。したがって、本発明のワクチンは、標的コロナウイルス(例えばSARS-CoV)だけでなく、時間の経過とともに発生しうるバリアントなどの関連するコロナウイルスに対しても保護効果を提供するように設計されている。
【0063】
以下の具体的な実施例を参照しながら本発明の実施形態を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されない。
【実施例】
【0064】
実施例1-3価の導入遺伝子
図1Aに示す3価の導入遺伝子を、確立された方法により作製した。この導入遺伝子には、ヒトtPAシグナル配列/プロペプチド(aa 1~32)、SARS-CoV-2スパイクタンパク質のS1領域(aa 47~716)、水疱性口内炎ウイルスの糖タンパク質(VSV G)の膜貫通ドメイン(aa 443~511)、自己切断ペプチドであるブタテシオウイルスのP2A(GSGATNFSLLKQAGDVEENPGP(配列番号1)で示される配列を有する)、全長SARS-CoV-2核タンパク質(aa 1~419)、およびこれに融合されたSARS-CoV-2ポリメラーゼの高度に保存された部分(aa 4673~4742)が含まれていた。この発現カセットからは、約86kDaの膜結合型スパイクS1抗原と、約56kDaの細胞内核タンパク質/POL融合タンパク質が発現される。この発現カセットのアミノ酸配列を
図1Bに示す。
【0065】
前記導入遺伝子を、当技術分野で確立されたプロトコルにより、複製不能型ヒトアデノウイルスベクターhuAd5と複製不能型チンパンジーアデノウイルスベクターChAdにそれぞれ組み込んだ。
【0066】
実施例2-複製不能型ChAdベクターの作製
複製不能型チンパンジーアデノウイルス68(ChAd68)ベクターは、Abbinkら(Journal of virology, Mar 2018, 92(6), e01924-17)により報告されている別のアデノウイルスベクター用に過去に開発された方法に基づく「2プラスミドシステム」により作製した。使用したシャトルプラスミドは、左側の末端逆位反復配列(ITR)からpIX配列およびpIVa2配列までの領域において、E1を欠失させ、導入遺伝子の発現カセットで置換したものである。このカセットは、ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)のプロモーターと、導入遺伝子のコード配列のスワップを容易にするための制限酵素部位と、シミアンウイルス40(SV40)のポリアデニル化シグナルとで構成されていた。E3を部分的に欠失させたpIXの上流から右側のITRまでのゲノムの残りの部分は、細菌人工染色体(BAC)にクローニングした。シャトルプラスミドとBACゲノムの間で約2.5kbのオーバーラップ領域が存在することから、これらの2つのコンストラクトを、E1領域を補完する細胞株(例えばHEK293など)に同時にトランスフェクトした場合に相同組換えが起こり、欠失させたE1と部分的に欠失させたE3の代わりに、導入遺伝子カセットが組み込まれたChAd68ゲノム全体を得ることができる。シャトルプラスミドとBACゲノムの迅速なクローニングを促すため、Abbinkら(2018)により報告されているDNAアセンブリを利用した。この方法を利用することによって、制限消化を必要とすることなく、1つの反応において、約20~60ヌクレオチドのオーバーラップを含む複数のDNA断片を、それらに隣接する断片と連結することが可能となる。
図12は、ChAdベクターの作製に使用したこの方法の模式図である。
【0067】
DNAアセンブリを用いて、シャトルプラスミドを構築するため、隣接する断片同士で必要とされるオーバーラップ配列が得られるようにプライマーを設計したPCRにより、4つのDNA断片を作製した。Phusion hot start II high fidelity DNA polymerase(サーモフィッシャー社)を使用することにより、意図しない変異が起こるリスクを低減した。プラスミド骨格断片は、pUC57ベースのプラスミドから得た。E1の代わりに高感度緑色蛍光タンパク質(eGFP)導入遺伝子カセットを含む断片は、合成DNA鋳型を用いてPCR増幅した。他の2つの断片は、野生型ChAd68(ATCC VR-594TM)から抽出したゲノムDNAから増幅した。得られた各PCR産物をアガロース電気泳動ゲルから抽出し、エラーを起こすことなく各断片のシームレスで効率的なライゲーションが可能なNEBuilder HiFi DNA assembly 2xマスターミックス(New England BioLab社)を用いてアセンブルしてシャトルベクターを構築した。次に、アセンブルしたコンストラクトで、NEB 10-betaケミカルコンピテント大腸菌(New England BioLab社)を形質転換し、連結部の制限消化とPCRによって、コロニーを連続的にスクリーニングし、アセンブリに成功したコロニーを選択した。最後に、サンガーシーケンスを実施して、選択したクローンに望ましくない変異がないことを確認した。
【0068】
BACゲノムは、より大型のインサートを収容できるようにいくつかの変更を加えてNEBuilder HiFi DNA assemblyを用いることによって、同様の方法で構築した。アセンブリ反応は、制限酵素消化により作製したBAC骨格断片と、ChAd68ゲノムDNAから増幅した約5.3~7.5kbの5つのPCR断片とで構成されている。E3領域の1,388個のヌクレオチドを欠失させることによって、4つのコード配列(CR1-alpha1、gk19k、CR1-beta1およびCR1-gamma1)を破壊したが、このE3領域の欠失は、欠失させる配列を挟んで隣接する2つのゲノム断片を連結することによって行った。アセンブルした産物を用いて、TransforMax EPI300 electrocompetent E.coli(Lucigen社)を形質転換させた。制限消化とPCRによりコロニーを選択し、選択したクローンの配列を次世代シーケンシングで確認した。
図13に、アデノウイルスベクターChAd68の配列を示す。
【0069】
複製不能型huAd5ベクターも同様の方法で作製した。
【0070】
実施例1で述べた導入遺伝子(すなわち3価のSARS-CoV2導入遺伝子)などの導入遺伝子は、コード配列の5’末端のPacI部位またはEcoRI部位と、コード配列の3’末端のClaI部位またはXbaI部位とを利用することによって、ChAd68シャトルプラスミドに容易にサブクローニングできた。この目的の遺伝子を含むシャトルプラスミドとBACゲノムを各骨格内で制限消化することによって線状化し、精製して、HEK293細胞に同時にトランスフェクトすることによって再連結させ、導入遺伝子を含む所望のChAd68ベクターを得た。
【0071】
実施例3
3価のSARS-CoV2導入遺伝子をそれぞれ有する複製不能型ChAdワクチンベクターまたは複製不能型huAd5ワクチンベクターをヒトA549細胞に形質導入した。全細胞溶解物を回収し、ウエスタンブロットを行った。S1/VSVG融合タンパク質、N/P融合タンパク質または細胞内GAPDHに特異的な抗体を用いて、ブロットを検出した。
図2Aに示すように、形質導入細胞によってS1/VSVG融合タンパク質とN/P融合タンパク質とが別々に発現された。
【0072】
3価のSARS-CoV2導入遺伝子をそれぞれ有する2種の複製不能型ChAdクローン(WまたはT)の一方を様々なMOIでヒトA549細胞に形質導入した。全細胞溶解物を回収し、ウエスタンブロットを行った。S1/VSVG融合タンパク質、N/P融合タンパク質または細胞内GAPDHに特異的な抗体を用いて、ブロットを検出した。
図2Bに示すように、形質導入細胞によってS1/VSVG融合タンパク質とN/P融合タンパク質とが別々に発現された。
【0073】
実施例4
図3Aに示すプロトコルを用いて、3価のSARS-CoV2導入遺伝子をそれぞれ発現するChAdワクチンベクターもしくはhuAd5ワクチンベクターまたはその両方を、プライムブースト治療法(Ad5-ChAdまたはChAd-Ad5)によりBALB/cマウスにワクチン接種し、SARS-CoV-2によるウイルスチャレンジを行った。投与した各ワクチンベクターの用量は、5×10
7PFUとした。
【0074】
ChAd-Ad5治療群では、感染から約4日後に試験開始時の体重の約90%まで体重が減少したが、それ以外の治療群では、感染後8日間にわたり試験開始時の体重の少なくとも95%が維持されていた(
図3B)。
【0075】
図3Cに示すように、生存率はAd5治療群で100%であったが、ChAd-Ad5群では若干低く約80%であった。
【0076】
実施例5
3価のSARS-CoV2導入遺伝子を発現するChAdワクチンベクター、または3価のSARS-CoV2導入遺伝子を発現するhuAd5ワクチンベクターを用いて、前述と同様にしてBALB/cマウスにワクチン接種を行った。ワクチン接種の2週間後、4週間後および8週間後に、ELISAによりスパイク特異的抗体またはRBD特異的抗体を検出した(
図4A)。SARS-CoV2ウイルス血清の中和をインビトロで行った。
図4Bに結果を示す。
【0077】
実施例6
3価のSARS-CoV2導入遺伝子を発現するChAdワクチンベクター(Tri:ChAd)、または3価のSARS-CoV2導入遺伝子を発現するhuAd5ワクチンベクターを用いて、鼻腔内(吸入)経路によりBALB/cマウスにワクチン接種を行った。4週間後に、気管支肺胞洗浄(BAL)により肺から免疫細胞を回収し、S1タンパク質とNタンパク質とポリメラーゼ(POL)の3種のSARS-CoV2抗原をカバーするオーバーラップペプチドライブラリーで刺激することによって、特異的なT細胞応答を評価した。
図5Aおよび
図5Bに示すように、2種ベクターはいずれも、ワクチン接種したマウスの肺において、3種の抗原のそれぞれに特異的なCD8+T細胞を誘導した。
【0078】
実施例7-3価の導入遺伝子を用いたワクチン接種のSARS-CoV2バリアントに対する効果
1×10
7PFUのTri:ChAdベクターまたはこれと同等の空ベクター(ChAd:EV)を、動物(K18-hACE2トランスジェニックマウス、1群あたりN=10)の鼻腔内に単回投与して免疫した。免疫処置の4週間後に、1×10
5PFUのSARS-CoV-2の祖先株(武漢株)(B.1.1.7またはB.1.351)をマウスに鼻腔内感染させた。感染の4日後に、1つのマウスコホート(N=5)を屠殺し、肺および脳におけるウイルス力価を調べた(
図7A参照)。残りのマウスの体重減少と生存率をモニターした。
【0079】
図7は、SARS-CoV-2祖先株を鼻腔内感染させた後の体重の減少(B)と生存率(C)を示す。マウスのモニターは、人道的なエンドポイント(20%の体重減少または神経学的症状の発生)に達するまで、または実験的エンドポイント(感染の14日後)まで行った。図に示すように、導入遺伝子ベクターによるワクチン接種は、実験期間を通して、体重減少と生存の維持に効果的であった。感染の4日後に全肺ホモジネートを用いたプラークアッセイにより測定した肺のウイルス力価からは、導入遺伝子をワクチン接種したマウスにおいてウイルス負荷が実質的に認められないことが示された。
【0080】
さらに、SARS-CoV2バリアントB.1.1.7またはSARS-CoV2バリアントB.1.351を感染させた後のワクチン接種マウスの体重減少と生存率をモニターした。上記と同様の結果が得られたことから(体重減少のデータを
図7Eおよび
図7Gに示し、生存率のデータを
図7Fおよび
図7Hに示す)、3価の導入遺伝子のワクチン接種は、SARS-CoV2バリアントに対しても効果的であることが示された。B.1.1.7株またはB.1.351株を感染させたマウスにおける肺のウイルス力価は、全肺ホモジネートを用いてプラークアッセイを行うことにより測定した(
図7I)。B.1.1.7株またはB.1.351株を感染させたマウスにおける脳のウイルス力価は、脳ホモジネートを用いてプラークアッセイを行うことにより測定した(
図7J)。これら2種の株はいずれも、ワクチン接種したマウスにおいて実質的にウイルス負荷を示さなかった。
【0081】
実施例8
6~8週齢の雌性BALB/cマウスに、Tri:ChAdベクター(1×107PFU)を筋肉内(i.m.)または鼻腔内(i.n.)に単回投与して免疫し、免疫処置の8週間後に屠殺した。
【0082】
筋肉内投与または鼻腔内投与により免疫したマウスから得た血清を用いて、抗スパイク結合抗体または抗RBD結合抗体の有無をELISAで評価した。抗体量はエンドポイント力価として提示している。スパイクタンパク質およびRBDタンパク質は、SARS-CoV-2 Wuhan-Hu-1株に基づいて合成した(1群あたりn=5匹のマウス)。
図14Bに示すように、呼吸器粘膜へのワクチン接種(鼻腔内)により、血清抗体量が増加した。
【0083】
次に、SARS-CoV-2 Wuhan-Hu-1株に対して筋肉内投与または鼻腔内投与により免疫したマウスから得た血清中和抗体を用いて、VERO-E6細胞を利用した生ウイルス中和アッセイを行った。中和は、非感染コントロールウェルまたは感染コントロールウェルに対する相対中和率(%)として示した(1群あたりn=6匹のマウス)。
図14Cに示すように、鼻腔内投与により免疫したマウスから得た抗体は、抗体産生量が増加したことから、より効果的な中和を示した。
【0084】
RBDテトラマーを利用したフローサイトメトリーによって、筋肉内投与または鼻腔内投与により免疫したマウスの肺から、クラススイッチしたRBD特異的IgG1+B細胞の絶対数を定量した(1群あたりn=3匹のマウス)。さらに、フローサイトメトリーによって、筋肉内投与または鼻腔内投与により免疫したマウスの肺から組織局在メモリーCD8+T細胞(CD44、CD103、CD69およびCD49aの共発現によって定義した)の絶対数を定量した(1群あたりn=3匹のマウス)。
図14Dおよび
図14Eにそれぞれ示すように、鼻腔内投与により免疫したマウスの肺におけるB細胞数およびT細胞数はいずれも、筋肉内投与により免疫したマウスよりも多かった。
【0085】
したがって、呼吸器粘膜へのワクチン接種によって、堅牢かつ持続的な獲得免疫が誘導される。
【0086】
実施例9
6~8週齢の雌性ヘミ接合型K18-hACE2マウス(6.Cg-Tg(K18-ACE2)2Prlmn/J、株番号:034860、RRID:IMSR_JAX:034860、ジャクソン・ラボラトリー社)に、Tri:ChAdベクター(1×107PFU)を鼻腔内投与(i.n.)により単回投与して免疫した後、致死量のSARS-CoV-2ベータB.1.351バリアント(1×105PFU)を鼻腔内感染させた。感染の4日後に、1つのマウスサブセットを屠殺し、肺および脳におけるウイルス力価を測定した。残りのサブセットのマウスの体重減少を計14日間モニターした。
【0087】
鼻腔内投与によりTri:ChAdベクターをワクチン接種したマウスと、コントロールマウス(PBS)(1群あたりn=5匹のマウス)に、SARS-CoV-2ベータB.1.351バリアントを鼻腔内感染させ、体重減少を測定した。
図15Bに示すように、ワクチン接種したマウスは、ワクチン接種をしていないコントロールマウスと比べて、体重減少をほとんど示さないか、体重減少を全く示さなかった。
【0088】
鼻腔内投与によりTri:ChAdベクターをワクチン接種したマウスまたはコントロール(PBS)マウスにおいて、SARS-CoV-2ベータB.1.351バリアントを感染させた4日後に、VERO-E6細胞を利用したアッセイによって、肺および脳におけるウイルス力価を測定し、細胞変性効果の有無を評価した(1群あたりn=5匹のマウス)。
図15Cおよび
図15Dに示すように、ワクチン接種したマウスの肺および脳において、ウイルス負荷はほとんど検出できないか、ウイルス負荷は全く検出可能できなかった。
【0089】
したがって、Tri:ChAdなどの3価のアデノウイルス導入遺伝子は、免疫回避性のSARS-CoV-2バリアント(ベータバリアント)による致命的感染症からの保護に効果的である。
【0090】
実施例10
6~8週齢の雌性ヘミ接合型K18-hACE2マウスに、Tri:ChAdベクター(1×107PFU)を鼻腔内投与(i.n.)により単回投与して免疫した後、SARS-CoV-2デルタB.1.672バリアント(1×105PFU)を鼻腔内感染させた。感染の4日後に、1つのマウスサブセットを屠殺し、肺および脳におけるウイルス力価を測定した。残りのサブセットのマウスの体重減少を計14日間モニターした。
【0091】
鼻腔内投与によりTri:ChAdベクターをワクチン接種したマウスと、コントロールマウス(PBS)(1群あたりn=5匹のマウス)に、SARS-CoV-2デルタB.1.672バリアントを鼻腔内感染させ、体重減少を測定した。
図16Bに示すように、ワクチン接種したマウスは、ワクチン接種をしていないコントロールマウスと比べて、体重減少が非常に少なく、感染後約5~6日以内に標準体重を取り戻した。
【0092】
鼻腔内投与によりTri:ChAdベクターをワクチン接種したマウスまたはコントロール(PBS)マウスにおいて、SARS-CoV-2デルタB.1.672バリアントを感染させた4日後に、VERO-E6細胞を利用したアッセイによって、肺におけるウイルス力価を測定し、細胞変性効果の有無を評価した(1群あたりn=5匹のマウス)。
図16Cに示すように、ワクチン接種したマウスの肺において、ウイルス負荷はほとんど検出できないか、ウイルス負荷は全く検出可能できなかった。
【0093】
したがって、Tri:ChAdなどの3価のアデノウイルス導入遺伝子は、免疫回避性のSARS-CoV-2バリアント(デルタバリアント)による致命的感染症からの保護に効果的である。
【0094】
実施例11
6~8週齢の雌性ヘミ接合型K18-hACE2マウスに、Tri:ChAdベクター(1×107PFU)を鼻腔内投与(i.n.)により単回投与して免疫した後、SARS-CoV-2オミクロンBA.1バリアント(1×105PFU)を鼻腔内感染させた。感染の4日後に、1つのマウスサブセットを屠殺し、肺および脳におけるウイルス力価を測定した。残りのサブセットのマウスの体重減少を計14日間モニターした。
【0095】
鼻腔内投与によりTri:ChAdベクターをワクチン接種したマウスと、コントロールマウス(PBS)(1群あたりn=5匹のマウス)に、SARS-CoV-2オミクロンBA.1バリアントを鼻腔内感染させ、体重減少を測定した。
図17Bに示すように、ワクチン接種したマウスは、ワクチン接種をしていないコントロールマウスと比べて、体重減少をほとんど示さなかった。
【0096】
鼻腔内投与によりTri:ChAdベクターをワクチン接種したマウスまたはコントロール(PBS)マウスにおいて、SARS-CoV-2オミクロンBA.1バリアントを感染させた4日後に、VERO-E6細胞を利用したアッセイによって、肺におけるウイルス力価を測定し、細胞変性効果の有無を評価した(1群あたりn=5匹のマウス)。
図17Cに示すように、ワクチン接種したマウスの肺において、ウイルス負荷はほとんど検出できないか、ウイルス負荷は全く検出可能できなかった。
【0097】
したがって、Tri:ChAdなどの3価のアデノウイルス導入遺伝子は、免疫回避性のSARS-CoV-2バリアント(オミクロンバリアント)による感染症からの保護に効果的である。
【0098】
実施例12
ヒトにおいて効果的な呼吸器粘膜免疫処置を行うことを目的として、吸入エアロゾルを介したアデノウイルスベクターワクチンの肺への送達に、AeroNeb(登録商標) Soloネブライザーシステムが適しているかどうかを調べた。
【0099】
方法
AdHu5Ag85Aワクチンを用いた際のAeroneb Soloネブライザーシステムのエアロゾル性能を標準的な操作により調べた。NGIカスケードインパクターを15Lpmで操作して、充填量(FV)、送達時間、標準的なフィルターに捕集された口腔から吸入可能なエアロゾルワクチンの放出量(ED)およびエアロゾル液滴の大きさの特性を測定した。NGIカスケードインパクター内とフィルター上のワクチンの有無はPCRで判定した。ワクチン微粒子を含む生理食塩水液滴のトレーサーとして硫酸サルブタモールを使用した。肺内でのワクチン液滴の局所的な堆積は、エアロゾル担体(サルブタモール)の粒径を指標として推定した。口腔から吸入可能なワクチンの用量の指標は、放出量(ED)から予測した。肺に堆積すると推定されたエアロゾル含有ワクチンの量は、放出量と粒径統計値を組み合わせて計算した。エアロゾル化したワクチンの生存率は、プラーク形成アッセイにより測定した。
【0100】
PBSまたは0.9N生理食塩水中の硫酸サルブタモールの検量線は、実験日ごとに設定した。適切な石英キュベットに試料を入れ、紫外可視分光法(Genesys 10S、サーモフィッシャーサイエンティフィック社、米国マサチューセッツ州)によりλ=276nmで吸光度を測定した。Aerogenコントロールユニットを用いて、実験台に設置したAerogen Soloを連続的に作動させて、様々な流体充填量(0.2ml、0.5ml、1.0mlまたは2.0ml)の0.9N生理食塩水が完全にエアロゾル化するまでの時間を測定した。ネブライザーの出口においてエアロゾルが視認できなくなった時点で即座にコントロールユニットの電源を切り、時間を記録した。3種のAerogen Soloネブライザーをそれぞれ試験して、上記の4種の流体量の乾燥に要した時間を測定した。選択した流体量には測定再現性があり、さらに、測定された時間は、将来的な臨床試験において対象がワクチンを吸入可能な時間であると見られた。この実験で選択した流体量を後続のすべての実験で使用した。
【0101】
放出量(ED)の測定
硫酸サルブタモール(SS)を含むPBSをエアロゾル担体として用いて、口腔に送達されたエアロゾルワクチン量(ED)を測定した。硫酸サルブタモールをAdHu5Ag85Aワクチン(McMaster Immunology Research CentreのRobert E.F. Vector研究室で調製したもの)と混合し、0.9N滅菌生理食塩水で希釈した。この溶液0.5mlをAeroneb Solo マイクロポンプネブライザーに充填し、噴霧乾燥した。放出量を測定するため、以下の4つの実験を設定した。すなわち、i)Aerogenコントロールユニットを用いてネブライザーを連続的に作動させる実験;ii)Copley社製Dosage Unit Sampling Apparatus(DUSA)(Copley Scientific社、英国)を15L/minの一定流量で作動させて、アブソリュートフィルター上に薬物を捕集する実験;iii)Copley社製呼吸シミュレーター(BS1000、Copley Scientific社、英国)を、15bpm、1:1のI/E比およびVt=500mlの呼吸パターン設定で用いることにより、Aerogenネブライザーを「呼吸」させて薬物を乾燥させる実験;およびiv)8人の健常者ボランティア(男性4人、女性4人)において、口腔に配置したアブソリュートフィルターを通してAerogen Soloのみからサルブタモールエアロゾルを吸入させたインビトロ/エクスビボ実験を行った。いずれの方法でも、PALLフィルターまたはMSPフィルターから硫酸サルブタモールを回収し、紫外分光法によりλ=276nmで硫酸サルブタモール量を検出した。各実験測定において噴霧乾燥に要した時間も記録した。
【0102】
空気力学的粒径分布(APSD)
15L/分の一定の校正流量(TSI Flowmeter 4000シリーズ)で作動させた次世代インパクター(NGI、MSP Corp社、ミネソタ州)で空気力学的粒径分布(APSD)を測定した。15Lpmで作動させた複数のNGIステージの実効カットオフ径(ECD)は、14.1~0.98μmの範囲であった。NGIの標準的な入口を介して、NGIとAerogen Soloネブライザー回路とを接続した。Aerogenコントロールユニットを介してネブライザーを作動させ、乾燥するまでNGIでエアロゾルを捕集した。次に、NGIを分解し、研究室の標準操作手順(SOP)に従って、カップに捕集された薬物を処理した。硫酸サルブタモールを含む生理食塩水を用いたコントロールとしての粒径分級を行った。次に、ワクチンを硫酸サルブタモールに加え、粒径分級を繰り返し行って、エアロゾルの収率と粒径分布に変化があるかどうかを調べた。生理食塩水中の硫酸サルブタモールは、紫外分光法によりλ=276nmで測定することによって、NGIステージ上で検出した。各NGIステージのカップと最終ステージのフィルターに堆積したワクチンの量は、qPCR分析により測定した。空気力学的粒径分布の統計量として、空気動力学的質量中央粒径(MMAD)、幾何標準偏差(GSD)および吸入性画分(RF(%)<5.39μm、RF(%)<2.08~5.39μm、RF(%)<2.08μm)を求め、肺内の領域分布を推定した。
【0103】
肺に堆積したサルブタモールの吸入用量(RD)は、放出量(ED)の測定値と、NGIによる空気力学的粒径分布から得た吸入性画分(RF)から、以下の式により推定した。
RD=ED×RF(%)
この計算を用いて、肺内に吸入されたワクチンの領域分布を推定した。
【0104】
NGIおよびフィルター上のアデノウイルスの定量のためのqPCR
試験試料を2mLのeasyMag溶解バッファー(ビオメリュー社、ケベック州サン・ローラン)に入れ、抽出するまで-80℃で保存した。easyMagのオフボード溶解法を用いて試料を抽出し、最終量が50μLになるように溶出した。次に、RotorGene Q(キアゲン社、オンタリオ州トロント)において、キアゲン社製QuantiTectプローブキットとプライマーとコンセンサスプローブを用いて、定量リアルタイムアデノウイルスPCRを行うことにより、抽出した試料5μlまたは10分の1量を試験した。このPCRアッセイは、アデノウイルスのヘキソン遺伝子の103bpの保存領域を標的とし、増幅サイクルを45回として実施し、5×103~5×108コピー/mLの範囲の線形ダイナミックレンジを有する。
【0105】
ウイルスプラーク形成アッセイによるエアロゾル液滴中でのウイルス粒子の生存率の測定
ウイルスプラーク形成単位(PFU)アッセイを行う前日に、293細胞をT150フラスコから60mmの培養ディッシュに小分けし、5mlのMEM F-11培養培地(10%FBS、1%P/S、1%HEPES)中で80%コンフルエントまで培養した。PFUアッセイを行うため、液体ワクチン0.5mlを連続して4回(20秒、20秒、20秒および60秒)噴霧化し、10mlのPBS++(0.01%CaCl2と0.01%MgCl2を含む1×PBS)を入れて密封した50mlファルコンチューブにエアロゾルを回収した。PBS++バッファーを入れた24ウェルプレートにおいて、回収したエアロゾルウイルス試料の段階希釈系列を作製した。陽性コントロールとして、噴霧化の前にネブライザーのリザーバーから直接回収した試料を105倍、5×105倍および106倍希釈したものを使用した。また、連続的に噴霧したエアロゾル試料は、2分間の時間枠で回収し、102倍、103倍および104倍に希釈した。293細胞を培養した60mmのディッシュから培養培地を除去し、段階希釈した試料をディッシュ1枚あたり200μl添加して、細胞に感染させた。各試料につき、二連のディッシュを設けた。次に、5%CO2インキュベーターにおいて細胞を37℃で45分間インキュベートした。インキュベーションしている間に、2×MEMF11培地(10%FBSと、各2%のL-グルタミン、P/SおよびHEPESを含む)を44℃で加温し、電子レンジで1%アガロースを融解し、ウォーターバス中でアガロースを44℃に冷却した後、1%アガロースとMEMF11培地を等量で混合することによってMEMF11-アガロースオーバーレイを調製した(ディッシュ1枚あたり10ml)。生物学的安全キャビネット内において、各ディッシュ内のアガロースを室温で凝固させた。次に、5%CO2インキュベーターにおいて各ディッシュを37℃でインキュベートし、5日目、7日目および10日目に、ウイルスプラークを数えた。
【0106】
結果
0.5mlという充填量(FV)は、生理食塩水中のワクチンを完全に送達するための充填量として合理的であった。約2分間の安静時呼吸により0.5mlのワクチンを対象に吸入させた。口腔から吸入可能なワクチンの放出量は、ネブライザーに充填した用量の約50%であった。ワクチンを含むサルブタモールエアロゾルの微粒子画分から、5.39μm未満の直径の液滴に85%のワクチン含有サルブタモールエアロゾルが含まれていたことが示された。したがって、口腔から吸入可能であり、肺に堆積したエアロゾルの量は、42.5%だった。ネブライザーにより形成されたエアロゾル液滴から推定したワクチンの生存率は、17.4%であった。したがって、本研究から、このような方法で形成されたエアロゾルワクチンは、ヒトの喉頭下部の気道に効率的に堆積させることができることが示された。
【0107】
最適な試料充填量と噴霧化時間
まず、Aerogenコントロールユニットを用いて、Aerogen Soloに流体として充填した0.2~2.0mlの0.9N生理食塩水が完全にエアロゾル化するまでに要する時間を測定した。3種類のネブライザーを用いて各充填量を3回試験した。0.50mlの充填量(FV)では、その他の充填量と比べて、ネブライザーリザーバー内の生理食塩水の全量を67.8±3.7秒で送達することができ(
図8)、この噴霧化時間は、ヒト対象がネブライザー回路から快適に吸入し続けることができる時間として理にかなった時間であると見られた。0.50mlの流体を完全にエアロゾル化するのに要したこの噴霧化時間は、再現性が高かった(CV=5.44%)(
図8)。この結果を踏まえて、Aerogen Soloネブライザーを用いた以降のすべてのインビトロ測定において、0.5mlの充填量を選択した。
【0108】
健常者に対するエアロゾル吸入時間
ヒト対象に対するエアロゾル吸入時間を決定するため、まず、Aerogenコントロールユニットを用いて測定した0.5mlの充填量の噴霧化時間と、Dose Unit Sampling Apparatus(DUSA)を151Lpmの一定流量で用いて測定した0.5mlの充填量の噴霧化時間と、Aerogen Soloネブライザーに接続したVt=500ml、15bpmの呼吸シミュレーターを用いて測定した0.5mlの充填量の噴霧化時間とを比較した。DUSAを用いて15Lpmの一定流量で0.5mlの生理食塩水を噴霧して測定した噴霧化時間と、Aerogen送達システムに接続した呼吸シミュレーターを用いて0.5mlの生理食塩水を噴霧して測定した噴霧化時間は、よく似ており、ぞれぞれ71.5±7.12秒および70.5±2.60秒であった(表2)。
【表2】
【0109】
0.5mlの充填量のAerogen Soloネブライザーからエアロゾルの吸入の完了までに要する時間は、ヒトの安静時呼吸のばらつきによる影響を受ける可能性があったため、計8人の健常者対象(男性4人および女性4人)を募集して吸入時間を測定した。この測定を実施するため、Aerogen Soloネブライザーとフィルターを備えたコントロールユニットとを用いて、鼻をクリップでつまんだヒト対象において、エアロゾル化された0.5mlの生理食塩水の吸入の完了に要する吸入時間を測定した。安静時呼吸を用いてAerogen Soloネブライザーを完全に空にするまでに要した時間は、一定流量でAerogen Soloネブライザーを作動させた場合と比べて約70秒延長し、149.3±8.0秒となった(表2)。
【0110】
放出量
噴霧化プロセスと送達システム内において材料の喪失があることが予想されたため、ワクチンの初期充填量のうち口腔から吸入可能な割合を調べることが重要であった。この測定は、前述のDUSA、呼吸シミュレーターまたはヒト対象において、AdHu5Ag85Aワクチンの非存在下または存在下で、トレーサーとして硫酸サルブタモールを含む0.5mlの充填バッファーを用いて行った。ワクチンの非存在下では、口腔に配置されたフィルターから回収されたサルブタモール量の平均値は、DUSAでは41.8%であり、呼吸シミュレーターでは44.7%であった(表3A)。8人のヒト対象での、口腔に配置されたフィルターから回収されたサルブタモール量の平均値は、平均で64%であり(表3A)、男女間で放出量の回収率に有意差は見られなかった(
図9)。サルブタモールにワクチンを添加したことによって放出量がわずかに増加し、DUSAでの放出量は54.50%であり、呼吸シミュレーターでの放出量は48.8%であった(表3B)。これらの結果から、ヒトの口腔から吸入可能なエアロゾルワクチンの放出量は、ネブライザーに充填した量の約50%であることが判明した。
【表3】
【0111】
エアロゾル液滴の粒度分布
エアロゾル液滴の空気力学的粒径分布(APSD)を測定するため、15L/分の一定の校正流量で作動させた次世代インパクターを用いた。まず、コントロールとして、Aerogen Soloネブライザーから発生させた硫酸サルブタモールのエアロゾルのAPSDを測定し、Aerogen Soloネブライザー内の硫酸サルブタモールにワクチンを添加して、Aerogen Soloネブライザーから発生させたエアロゾルのAPSDを測定した。全体として、サルブタモールエアロゾルの粒径統計値は、ワクチンを添加した場合とワクチンを添加していない場合とで同じであり(p>0.099、表4)、Aerogene Soloネブライザーから発生させたエアロゾルの大きさの特性は、吸入に十分に適した範囲内であることが分かった。このエアロゾルの吸入性画分(RF)の85%は、5.39μm未満の大きさの液滴を含むことが判明したことから(表4;
図10)、喉頭より下方の組織に多く堆積することが証明された。エアロゾルの残りの約15%は、口腔咽頭(口腔および咽頭)に堆積すると推定された(表4)。5.39μm未満の吸入性画分(RF)(%)を放出量に適用したところ、口腔から吸入可能であり、肺に堆積したエアロゾル化ワクチンの推定量は、42.5%(0.85×0.50=0.425)であると計算された。
【表4】
【0112】
エアロゾル中のウイルス粒子の生存率
本研究で使用したAerogen Solo振動メッシュネブライザーは、高い周波数で振動する圧電素子を利用したオリフィスプレートを用いた設計で作動することから(22)、ウイルスベクターワクチンの生存率が噴霧化プロセスにより低下する可能性がある。ウイルスプラーク形成単位(PFU)アッセイを用いて、バッファー中に回収したエアロゾル化ワクチン液滴中のウイルス粒子の生存率を測定し、噴霧化前のネブライザーリザーバー内の試料中のウイルス粒子の生存率と比較した。噴霧化前に、充填した液体ワクチン試料中に存在するウイルス粒子は、平均で合計32.75×10
6PFUであり、これと比較して、すべての回収したエアロゾル試料中に存在するウイルス粒子は、平均で5.7×10
6PFUであった(
図11)。この結果から、噴霧化後のウイルス粒子の生存率は、約18%であることが示された。
【0113】
考察
エアロゾルによる免疫処置は、非経口経路と比べていくつかの利点がある。免疫学的には、病原体特異的に組織局在性の獲得免疫応答を誘導することができるという優れた能力以外にも、広範囲な呼吸器病原体に対して、訓練された自然免疫を担う気道マクロファージの自然免疫記憶を長期継続させることができる(16, 23)。本研究では、AeroNeb Soloマイクロポンプネブライザーを使用したヒトでの吸入用途用のエアロゾル化AdHu5ベクターワクチンの製造に関して十分な特性評価を行った。本研究では、ワクチンの充填量、安静時呼吸時の送達時間、口腔への放出量、エアロゾルの粒径およびワクチンの生存率を確立した。これらの技術的パラメータから、最初に充填したワクチンの42%が口腔から吸入可能であること、エアロゾル液滴の85%は5.39μm未満の直径を有すること、喉頭より下方の主要なヒト呼吸気道に堆積させやすいこと、およびエアロゾル化されたワクチンの約20%は、生存を維持しているか、感染性を維持していることが分かった。したがって、本研究のデータから、ヒトにおいて効果的な呼吸器粘膜免疫処置を行うことを目的として、吸入エアロゾルを介したアデノウイルスベクターワクチンの肺への送達にAeroNeb Soloネブライザーシステムが適していることが支持された。
【0114】
ヒト用のエアロゾルワクチンの送達方法の開発に際しては、送達装置の選択、充填量および送達時間、放出量、粒径ならびにワクチンの生存率を考慮に入れることが重要である。このようなパラメータによって、安全性、ワクチンの充填用量、気道への生物活性ワクチンの効率的な送達、およびワクチン接種者の間での一貫性が決まることから、これらのパラメータを考慮に入れることは、臨床用のエアロゾルワクチンの開発に極めて重要である。一方で、これらの技術的パラメータは、使用する装置、ワクチンの特性および処方、ならびに標的宿主に応じて大きく変動する可能性がある。このような理由から、麻疹ワクチンもしくはMVAワクチンを評価した臨床試験からの情報や、アデノウイルスワクチンを試験した非ヒト霊長類試験からの情報を、ヒトでのアデノウイルスワクチンの使用にそのまま当てはめることはできない。この点に関して、本研究は、前述の十分に特性評価された技術的パラメータに従って、ウイルスベースのワクチンをヒト気道に送達できたことを初めて示したものである。
【0115】
以上をまとめると、本研究によって、単一患者に使用される市販のネブライザーシステムを用いて、吸入されたエアロゾルを介して組換えAdHu5ベクターワクチンをヒト気道に効果的に送達するための重要な一連の技術的パラメータを定義することができた。この技術は、McMaster大学において進行中の第1b相エアロゾルTBワクチン試験において現在使用されている。
【配列表】
【手続補正書】
【提出日】2024-05-20
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】配列表
【補正方法】変更
【補正の内容】
【配列表】
【国際調査報告】