(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-07-26
(54)【発明の名称】HAX1遺伝子を特異的な標的とする化合物および方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20240719BHJP
C12N 15/864 20060101ALI20240719BHJP
C12Q 1/6883 20180101ALI20240719BHJP
C12N 15/11 20060101ALI20240719BHJP
A61K 31/7105 20060101ALI20240719BHJP
A61P 35/02 20060101ALI20240719BHJP
A61P 7/00 20060101ALI20240719BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240719BHJP
【FI】
C12N15/09 110
C12N15/864 100Z
C12Q1/6883 Z ZNA
C12N15/11 Z
A61K31/7105
A61P35/02
A61P7/00
A61K48/00
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024506606
(86)(22)【出願日】2022-08-03
(85)【翻訳文提出日】2024-04-01
(86)【国際出願番号】 EP2022071868
(87)【国際公開番号】W WO2023012237
(87)【国際公開日】2023-02-09
(32)【優先日】2021-08-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】518022178
【氏名又は名称】エバーハルト カール ウニヴェルジテート テュービンゲン メディツィニーシェ ファクルテート
【氏名又は名称原語表記】EBERHARD KARLS UNIVERSITAET TUEBINGEN MEDIZINISCHE FAKULTAET
【住所又は居所原語表記】Geschwister-Scholl-Platz,72074 Tuebingen Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】スココヴァ,ジュリア
(72)【発明者】
【氏名】リッター,マルテ
(72)【発明者】
【氏名】ナスリ,マスード
【テーマコード(参考)】
4B063
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4B063QA19
4B063QQ02
4B063QQ12
4B063QQ43
4B063QR35
4C084AA13
4C084NA14
4C084ZA511
4C084ZA512
4C084ZB271
4C084ZB272
4C086AA01
4C086AA02
4C086AA03
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA51
4C086ZB27
(57)【要約】
本発明は、生物においてHCLS1関連タンパク質X-1をコードする遺伝子(HAX1遺伝子)を標的とする、「シングルガイドRNA」(sgRNA)分子および2種のsgRNA分子の組み合わせ;生物においてHAX1遺伝子の変異を修正するための「修復テンプレート核酸分子」;前記sgRNAまたは前記2種のsgRNA分子の組み合わせまたは前記修復テンプレート核酸分子を含むベクター;前記sgRNA分子または前記2種のsgRNA分子の組み合わせまたは前記修復テンプレート核酸分子を含む組成物;HAX1遺伝子をコードする遺伝物質を含む生体物質においてHAX1遺伝子を標的とするインビトロの方法;生物において疾患の予防、治療および/または検査を行う方法;ならびに細胞においてHAX1遺伝子の変異アレルを編集および/または修正する方法に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
疾患の予防、治療および/または検査において使用するための、生物においてHCLS1関連タンパク質X-1(HAX1遺伝子)をコードする遺伝子を標的とするシングルガイドRNA(sgRNA)分子であって、配列番号1~553からなる群から選択されるヌクレオチド配列を含む、sgRNA分子。
【請求項2】
2種のsgRNA分子の組み合わせであって、前記2種のsgRNA分子のそれぞれが請求項1に記載のsgRNA分子であり、PAMoutの位置関係で、HAX1遺伝子を含む核酸に結合するように構成されている、2種のsgRNA分子の組み合わせ。
【請求項3】
以下の表に記載の2種のsgRNA分子のうちの少なくとも1つが組み合わせられている、請求項1に記載の組み合わせ(C)。
【表1】
【請求項4】
疾患の予防、治療および/または検査において使用するための、生物におけるHAX1遺伝子の変異の修正用の修復テンプレート核酸分子であって、配列番号565に示されるヌクレオチド配列を含む、修復テンプレート核酸分子。
【請求項5】
前記疾患が、先天性好中球減少症であり、好ましくは重症先天性好中球減少症(CN/SCN)および/または周期性好中球減少症(CyN)である、請求項1に記載のsgRNA分子、請求項2および3に記載の組み合わせ、または請求項4に記載の修復テンプレート核酸分子。
【請求項6】
前記疾患が、骨髄異形成症候群(MDS)および/または骨髄性白血病(AML)である、請求項1に記載のsgRNA分子、請求項2および3に記載の組み合わせ、または請求項4に記載の修復テンプレート核酸分子。
【請求項7】
請求項1、5もしくは6に記載のsgRNA分子、請求項2、3、5もしくは6に記載の組み合わせ、および/または請求項4~6に記載の修復テンプレート核酸分子を含むベクター。
【請求項8】
組換えアデノ随伴ウイルスベクター(rAAV)であり、好ましくは組換えアデノ随伴ウイルスベクター血清型6(rAAV6)である、請求項7のベクター。
【請求項9】
請求項1、5もしくは6に記載のsgRNA分子、請求項2、3、5もしくは6に記載の組み合わせ、請求項4~6に記載の修復テンプレート核酸分子、および/または請求項7もしくは8に記載のベクターを含む組成物。
【請求項10】
CRISPR関連タンパク質9(Cas9)および/または該Cas9をコードするベクターをさらに含み、好ましくは化膿連鎖球菌由来のCas9(S.p. Cas9)、さらに好ましくはS.p. Cas9 V3、さらに好ましくはS.p. HiFi Cas9 V3、特に好ましくはCas9ニッカーゼをさらに含む、請求項7に記載の組成物。
【請求項11】
薬学的に許容される担体を含む医薬組成物である、請求項7または8に記載の組成物。
【請求項12】
HAX1遺伝子をコードする遺伝物質を含む生体物質中のHAX1遺伝子を標的とするインビトロの方法であって、
請求項1、5もしくは6に記載のsgRNA分子、請求項2、3、5もしくは6に記載の組み合わせ、請求項4~6に記載の修復テンプレート核酸分子、請求項7もしくは8に記載のベクター、および/または請求項9~11のいずれか1項に記載の組成物を生体物質に導入する工程を含み、好ましくは、CRISPR/Cas9技術を利用して編集が行われる、方法。
【請求項13】
前記生体物質が、造血幹細胞・前駆細胞(HSPC)を含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
生物において疾患の予防、治療および/または検査を行う方法であって、
請求項1、5もしくは6に記載のsgRNA分子、請求項2、3、5もしくは6に記載の組み合わせ、請求項4~6に記載の修復テンプレート核酸分子、請求項7もしくは8に記載のベクター、および/または請求項9~11のいずれか1項に記載の組成物を生体物質に導入することによって、生物のHAX1遺伝子を標的とする工程を含み、好ましくは、CRISPR/Cas9技術を利用して編集が行われる、方法。
【請求項15】
前記疾患が、先天性好中球減少症、好ましくは、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)、周期性好中球減少症(CyN);骨髄異形成症候群(MDS);および骨髄性白血病(AML)からなる群から選択される、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
細胞においてHAX1遺伝子の変異アレルを編集および/または修正する方法であって、
CRISPR関連タンパク質9(Cas9)または該Cas9をコードする配列と、
配列番号1~553からなる群から選択されるヌクレオチド配列を含むsgRNA分子、または
配列番号1~553からなる群から選択されるヌクレオチド配列をそれぞれ含む2種のsgRNA分子が、PAMoutの位置関係で、HAX1遺伝子を含む核酸に結合するように構成された2種のsgRNA分子の組み合わせと
を含む組成物を細胞に導入することによって、
前記Cas9と前記sgRNA分子からなる複合体により、前記HAX1遺伝子の変異アレルにおいて二本鎖切断を生じさせるか、または
前記Cas9と前記2種のsgRNA分子の組み合わせからなる複合体により、前記HAX1遺伝子の変異アレルにおいて2つの一本鎖切断を生じさせる工程
を含み、
好ましくは、前記HAX1遺伝子が、先天性好中球減少症、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)または周期性好中球減少症(CyN)に関連する変異を有しており、
前記細胞のHAX1遺伝子が、c.131insAのヌクレオチド位置に変異を有しており、
前記HAX1遺伝子の産物が、p.W44Xのアミノ酸位置に変異を有している、
方法。
【請求項17】
前記組成物が、配列番号565に示されるヌクレオチド配列を含む修復テンプレート核酸分子をさらに含み、該修復テンプレート核酸分子により、前記HAX1遺伝子の変異アレルが修復される、請求項16に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物においてHCLS1関連タンパク質X-1をコードする遺伝子(HAX1遺伝子)を標的とする、「シングルガイドRNA」(sgRNA)分子および2種のsgRNA分子の組み合わせ;生物においてHAX1遺伝子の変異を修正するための「修復テンプレート核酸分子」;前記sgRNAまたは前記2種のsgRNA分子の組み合わせまたは前記修復テンプレート核酸分子を含むベクター;前記sgRNA分子または前記2種のsgRNA分子の組み合わせまたは前記修復テンプレート核酸分子を含む組成物;HAX1遺伝子をコードする遺伝物質を含む生体物質においてHAX1遺伝子を標的とするインビトロの方法;生物において疾患の予防、治療および/または検査を行う方法;ならびに細胞においてHAX1遺伝子の変異アレルを編集および/または修正する方法に関する。
【0002】
本発明は、分子医学分野に関し、より具体的には、遺伝子工学応用分野に関し、好ましくは、疾患に関連する遺伝子を標的として対処することに関する。
【背景技術】
【0003】
好中球減少症は、血液および骨髄中の好中球濃度が異常に低下することを特徴とする疾患である。好中球は、循環白血球の大半を占め、血液中の細菌やその断片、免疫グロブリンに結合したウイルスを破壊することによって、感染症に対する主要な防御機能を発揮している。好中球減少症の患者は細菌感染症に罹患しやすく、迅速な治療を受けなければ、生命を脅かす状態になる危険性がある(好中球減少性敗血症)。好中球減少症は、急性(一過性)のものと慢性(長期性)のものがある。「好中球減少症」という用語は、「白血球減少症」(「白血球数の減少」)と同じ意味で使用されることがある。
【0004】
好中球減少症は、後天性と先天性に分けられる。先天性好中球減少症には主に2つの種類があり、重症先天性好中球減少症(CNまたはSCN)と周期性好中球減少症(CyN)がある。
【0005】
周期性好中球減少症は、正常値からゼロの範囲で好中球数が変動することを特徴とする。一方、重症先天性好中球減少症は、出生時の絶対好中球数(ANC)の大幅な減少(500個/ml)、骨髄中における前骨髄球/骨髄球の段階での骨髄造血の成熟の停止、および細菌感染症の早期発症を特徴とする。
【0006】
重症先天性好中球減少症は、血液中の絶対好中球数測定値が非常に低いことと、骨髄穿刺液検査において骨髄系細胞の成熟停止を認めることにより診断することができる。重症先天性好中球減少症は、通常、生後すぐに診断されるが、周期性好中球減少症は、概して、様々な年齢で発症し、主な臨床症状は、反復性急性口腔疾患である。造血の悪性転換を除外し、細胞充実性を測定し、骨髄の成熟を評価し、正確な病因の徴候を検出するには、骨髄検査を要することが多い。現在、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)が疑われる場合は、細胞遺伝学的骨髄検査が極めて重要である。重症先天性好中球減少症(CN/SCN)および周期性好中球減少症(CyN)を評価する際には、抗好中球抗体アッセイ、免疫グロブリンアッセイ(Ig GAM)、リンパ球イムノフェノタイピング、膵臓マーカー(血清トリプシノーゲンおよび糞便エラスターゼ)ならびに脂溶性ビタミンレベル(ビタミンA、ビタミンEおよびビタミンD)も重要である。
【0007】
重症先天性好中球減少症に罹患している患者の一部では、HCLS1関連タンパク質X-1をコードする遺伝子(HAX1遺伝子)に変異が見られる。常染色体劣性HAX1変異を有する重症先天性好中球減少症患者(HAX1-CN/SCN)では、通常、骨髄中において前骨髄球/骨髄球の段階での顆粒球の成熟抑制が見られる。HAX1変異は、Kostmann症候群の患者を含む家族性重症先天性好中球減少症患者に高頻度に認められる。
【0008】
HAX1変異を有するCN/SCN患者の大多数は、機能喪失変異であるp.W44Xを有することから、リーディングフレームがシフトすることにより未成熟終止コドンが形成され、HAX1タンパク質が発現されなくなる。HAX1変異を有するCN/SCN患者のごく一部では、HAX1遺伝子のエクソン4~7が欠失しており、造血組織と神経組織において発現されるHAX1タンパク質の2種類のアイソフォームに影響を与え、重症好中球減少症に加えて、例えば、発達遅延、認知機能障害および/またはてんかんなどの神経学的異常を引き起こす。
【0009】
また、HAX1変異を有するCN/SCN患者では、骨髄異形成症候群(MDS)または急性骨髄性白血病(AML)を発症するリスクが高い。明らかなMDS/AMLを発症しているHAX1変異CN/SCN患者では、変異ELANE遺伝子を有するCN患者と同程度の頻度で、CSF3RとRUNX1の体細胞変異と21トリソミーの同時発生が検出された。
【0010】
現在、好中球減少症は、造血成長因子である顆粒球コロニー形成刺激因子(G-CSF)による治療が行われている。G-CSFは、好中球の産生を刺激し、そのアポトーシスを遅延させる。フィルグラスチムなどの組換えG-CSF因子製剤は、重症先天性好中球減少症や周期性好中球減少症などの様々な形態の好中球減少症患者に有効な場合がある。好中球の産生を誘導可能な用量は、患者ごとの状態に応じて大幅に変動する。現在、重症先天性好中球減少症患者の全体的な生存率は、80%を超えると推定されているが、重症先天性好中球減少症患者の10%は、いまだ重症細菌感染症や敗血症で死亡することがある。G-CSFを用いた治療によって敗血症による死亡を防ぐことには成功を収めているが、重症先天性好中球減少症患者においてG-CSFを用いた治療を長期間継続すると、遺伝性のHAX1変異またはELANE変異に起因する欠損型G-CSFRの下流のシグナル伝達に悪影響を与え、最終的には、白血病を誘発する形質転換を起こしたり、骨髄異形成症候群(MDS)を発症する。
【0011】
造血幹細胞移植(HSCT)は、G-CSF治療に応答性を示さない患者や、急性骨髄性白血病や骨髄異形成症候群(MDS)を発症した患者に行われる代替根治療法である。しかし、HSCTによる治療を受ける先天性好中球減少症患者は、真菌などによる感染合併症や移植片対宿主病を発症するリスクが高い。
【0012】
Morishima et al. (2014), Genetic correction of HAX1 in induced pluripotent stem cells from a patient with severe congenital neutropenia improves defective granulopoiesis, Haematologica 99(1), pp. 19-27では、レンチウイルスを用いてHAX1変異患者由来のiPS細胞にHAX1 cDNAを形質導入することによって、HAX1遺伝子欠損を修正できることが記載されている。
【0013】
Pittermann et al. (2017), Gene correction of HAX1 reversed Kostmann disease phenotype in patient-specific induced pluripotent stem cells, Blood Adv. 14, pp. 903-914では、未成熟骨髄系前駆細胞のHAX1W44Xナンセンス変異を実験的に修正するためにCRISPR/Cas9技術を使用することが記載されている。著者らによると、レンチウイルスによりHAX1を発現させても、顆粒球への分化は修復されなかった。
【0014】
Ritter et al. (2020), Efficient correction of HAX1 mutations in primary HSPCS of severe congenital neutropenia patients using CRISPR/Cas9 gene-editing, European Hematology Association (Abstract) (EP1479)には、HAX1変異を有するCN患者由来のCD34+初代骨髄単核細胞(HSPC)において、CRISPR/Cas9による遺伝子編集とrAAV6による相同組換え修復(HDR)用テンプレートの送達とを組み合わせて変異HAX1遺伝子に適用することが記載されている。しかし、この文献では、提唱された方法において特定の化合物を使用することは開示されていない。
【0015】
このような状況下、本発明は、HAX1遺伝子関連疾患の標的化された予防、治療および/または検査が可能な新たな化合物および方法を提供することを目的とする。さらに、特異的かつ標的化された方法で、HAX1遺伝子または変異HAX1遺伝子に対処することが可能な化合物を提供する。特に、HAX1遺伝子において高頻度に認められる変異に対処するための化合物を提供する。
【0016】
本発明は、このようなニーズやその他のニーズを満たすものである。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、疾患の予防、治療および/または検査において使用するための、生物においてHCLS1関連タンパク質X-1をコードする遺伝子(HAX1遺伝子)を標的とするシングルガイドRNA(sgRNA)分子であって、配列番号1~553からなる群から選択されるヌクレオチド配列を含む、sgRNA分子を提供する。
【0018】
また、本発明は、2種のsgRNA分子の組み合わせであって、前記2種のsgRNA分子のそれぞれが前記sgRNA分子であり、PAMoutの位置関係で、HAX1遺伝子を含む核酸に結合するように構成されている、2種のsgRNA分子の組み合わせに関する。
【0019】
さらに、本発明は、疾患の予防、治療および/または検査において使用するための、生物におけるHAX1遺伝子の変異の修正用の修復テンプレート核酸分子であって、配列番号565に示されるヌクレオチド配列を含む、修復テンプレート核酸分子を提供する。
【0020】
一実施形態において、本発明の根底にある目的は、配列番号1~565からなる群から選択されるヌクレオチド配列を含む核酸分子、好ましくは、配列番号1~554および556~565からなる群から選択されるヌクレオチド配列を含む核酸分子を提供することによって充足される。
【0021】
本発明者らは、本発明のsgRNA核酸分子を使用して、HAX1遺伝子(好ましくはその変異アレル)を特異的に編集できることを見出した。例えば、本発明の一実施形態において、配列番号552で示されるヌクレオチド配列を含むか、該ヌクレオチド配列からなるsgRNA分子は、ヒトHAX1遺伝子のエクソン2のp.W44X(c.131insA)変異を特異的な標的とするように構成される(p.W44X変異の詳細な説明:DNA=NC_000001.11:g. 154273412_154273413insA;RNA=NM_006118.4:c.130_131insA;タンパク質=NP_006109.2:p.(Trp44*))。HAX1タンパク質のこの変異において、44番目のアミノ酸位置のトリプトファンは、別のアミノ酸に置換されている。本発明者らの知見によれば、この変異は、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)などのHAX1遺伝子関連疾患に高頻度に見出すことができる。
【0022】
また、本発明者らは、関連するCas9酵素もしくはニッカーゼに結合するように構成され、かつ/または該関連する複数のCas9酵素もしくは該ニッカーゼをPAMoutの位置関係で、HAX1遺伝子を含む核酸に結合させるように構成された前述の2種のsgRNA分子の組み合わせを用いることによって、標的となるHAX1遺伝子を含む核酸、またはこの遺伝子をコードする核酸中の望ましくないインデルの数を最小限に低減できることを見出した。
【0023】
また、本発明者らは、本発明の修復テンプレート核酸分子を用いることによって、相同組換え修復(HDR)を介して、変異および/または編集されたHAX1遺伝子を修復または修正できることを見出した。例えば、この修復テンプレートは、前記sgRNA分子によってあらかじめ導入された切断部位に相同な配列を含むことから、細胞が備える修復機構用のマトリックスとして機能し、破壊および/または変異したHAX1遺伝子を合成することができる。このHAX1遺伝子は、エクソン2にp.W44X(c.131insA)変異を含むヒトHAX1遺伝子であることが好ましい。本発明の修復テンプレートを利用することによって、変異HAX1遺伝子は修復されて、変異していないHAX1遺伝子となる。前記修復テンプレート核酸分子は、HAX1変異と切断部位の間に5つのサイレント変異を含むことから、正しく編集されたアレルの再切断と不完全な相同組換え修復を防ぐことによって遺伝子編集効率を向上させている。したがって、本発明は、HAX1遺伝子関連疾患の原因療法を提供することができる。本発明の一実施形態において、前記修復テンプレート核酸は、一本鎖オリゴヌクレオチドDNA(ssODN)として提供および/または送達することができる。別の一実施形態において、前記修復テンプレート核酸は、組換えベクターに組み込んで提供することもでき、例えば、rAAVベクターもしくはrAAV6ベクター、またはインテグラーゼ欠損レンチウイルス(IDLV)ベクターに組み込んで提供することもできる。さらに別の一実施形態において、前記修復テンプレート核酸は、ナノ粒子に封入して提供および/または送達することができる。
【0024】
さらに、本発明者らは、変異HAX1タンパク質を発現する初代造血幹細胞・前駆細胞(HSPC)を含み、CRISPR/Cas9技術を利用した細胞実験系において本発明を利用することによって、65%を上回る修正効率でHAX1タンパク質を再発現させることができることを実証することができた。この技術では、HAX1遺伝子が修正されたHSPCにおいて、エクスビボにおける顆粒球分化も大幅に改善され、H2O2により誘導されるアポトーシスも大幅に減少している。
【0025】
本発明者らによるこの知見は驚くべきものであり、予想不能なものであった。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明によれば、「シングルガイドRNA(sgRNA)」すなわち「ガイドRNA」は、CRISPR複合体の構成要素であり、CRISPRエンドヌクレアーゼであるCas9をその標的(すなわち、HAX1遺伝子)に案内する役目を果たす。sgRNAは、相補的な標的DNA配列に結合する短い非コードリボ核酸(RNA)配列である。sgRNAは、DNA上の特定のHAX1遺伝子位置にCRISPRエンドヌクレアーゼ酵素であるCas9を案内し、その位置でCRISPRエンドヌクレアーゼ酵素であるCas9が二本鎖を切断する。
【0027】
本明細書において、「核酸分子」は、天然ヌクレオチドおよび/または化学修飾されたヌクレオチドが直線状に連結された一本鎖または二本鎖のデオキシリボ核酸(DNA)分子とリボ核酸(RNA)分子の両方を包含する。修飾ヌクレオチドは、例えば、2’OMe塩基を含み、この2'OMe塩基によって、安定性、作用強度、およびヌクレアーゼに対する耐性が増強されていることが好ましい。
【0028】
慣例として、本発明のすべてのヌクレオチド配列は、DNA配列として示されていると理解されるが、本発明のヌクレオチド配列にはRNA配列も含まれる。本明細書に記載のDNA配列に対応するRNA配列では、すべてのチミン(T, t)がウラシル(U, u)で置換されている。特に、sgRNA分子に関して述べる場合、このような置換が行われているが、そのDNA配列も本明細書に明示的に記載されている。これは、例えば、DNA配列として本明細書に記載されている配列番号164:AGAAGAAGAAGGGGGCTCATで示されるヌクレオチド配列が、AGAAGAAGAAGGGGGCUCAUで示されるRNAヌクレオチド配列を含むことを意味する。
【0029】
本発明によれば、「HAX1遺伝子」は、「HCLS1関連タンパク質X-1」をコードする。HCLS1関連タンパク質X-1は、Srcファミリーチロシンキナーゼの基質であるHCLS1と結合することが知られているタンパク質である。HCLS1関連タンパク質X-1は、PKD2遺伝子産物とも相互作用し、PKD2遺伝子の変異は、常染色体優性多発性嚢胞腎と関連している。さらに、HCLS1関連タンパク質X-1は、F-アクチン結合タンパク質であるコルタクチンとも相互作用する。HCLS1関連タンパク質X-1のヒトバリアントは、遺伝子ID(Entrez): 10456;Enseml:ENSG00000143575;uniProt:O00165, Q5VYD6で特定される。
【0030】
本発明によれば、「標的とする」もしくは「ターゲティング」または「対処する」は、分子レベルでHAX1遺伝子と特異的かつ選択的に相互作用することを指す。一実施形態において、「標的とする」または「ターゲティング」には、「遺伝子編集」すなわち「ゲノム編集」の意味も含まれ、「遺伝子編集」すなわち「ゲノム編集」とは、生きた生物のゲノムにおいてDNAの挿入、欠失、修飾または置換を行う遺伝子工学技術の1種である。さらに、「標的とする」または「ターゲティング」は、HAX1遺伝子を修復または修正することを含み、好ましくは、変異HAX1遺伝子を修復または修正することを含む。
【0031】
本発明の文脈において、「遺伝子編集」は、例えば、生体細胞におけるHAX1遺伝子の改変を指す。したがって、本発明によれば、「遺伝子編集」は、HAX1遺伝子のダウンレギュレーション、ノックアウト(KO)、ノックダウンまたは修正を含み、好ましくは変異したHAX1遺伝子のダウンレギュレーション、ノックアウト(KO)、ノックダウンまたは修正を含む。本発明の一実施形態において、この遺伝子編集によって、変異したHAX1遺伝子の発現を標的としたノックダウンと、変異したHAX1遺伝子の発現の特異的な機能欠失が起こる。
【0032】
本発明によれば、「PAM」は、「プロトスペーサー隣接モチーフ」を意味し、すなわち、Cas9ヌクレアーゼにより標的とされるDNA配列のすぐ下流にある2~6塩基対のDNA配列を指す。「PAMout」の位置関係とは、2つのPAM配列が互いに外側を向いていることを意味する。
【0033】
本発明によれば、「インデル」は、生物のゲノムにおける塩基の挿入または欠失を指す用語である。
【0034】
本発明の2種のsgRNA分子の組み合わせに関して、当業者であれば、望ましくないインデルの数を最小限に低減するために、どのようにして2種のsgRNA分子を選択すればよいのかを完全に理解しているであろう。設計規則の詳細は、Yan et al. (2017), Applications of Cas9 nickases for genome engineering, Application Note, Genome Editing, Intergated DNA Technologies (IDT)およびTran et al. (2022), Precise CRISPR-Cas-mediated gene repair with minimal off-target and unintended on-target mutations in human hematopoietic stem cells, Sci. Adv. 8, eabm9106, 1-11に記載されている。以下で簡単に述べる。
1.2種のsgRNA分子は、2つのCas9ニッカーゼがDNAにPAMoutの位置関係で結合するように選択しなければならない。これは、2つのPAM配列が互いに外側を向くように配置されていなければならないことを意味する。
2.2種のsgRNA分子の組み合わせのうちの一方は、センスDNA鎖に結合し、もう一方はアンチセンスDNA鎖に結合しなければない。
3.一方の一本鎖切断と他方の一本鎖切断の間の距離は、(PAM-outの位置関係で)最短で20ヌクレオチド長から最長で500ヌクレオチド長までの範囲で様々に異なりうる。
【0035】
本発明によれば、「生物」は、HAX1遺伝子が組み込まれているあらゆる生物を含み、例えば、哺乳動物を含み、ヒトであることが好ましい。
【0036】
本発明の根底にある課題は、本明細書に記載に従って完全に達成することができる。
【0037】
本発明の2種のsgRNA分子の組み合わせの一実施形態において、以下の表に記載の2種のsgRNA分子のうちの少なくとも1つが組み合わされる。
【表1】
【0038】
本発明者らは、Cas9ニッカーゼに関連するsgRNA分子としての上記の例示的な13種の組み合わせの試験に成功を収め、これらの組み合わせを利用して、良好な結果を得ることができた。各組み合わせ(C1、C2、... C13)を示した上記の表は、中央の列に示した配列を含む第1のsgRNA分子が、右の列に示したヌクレオチド配列を含む第2のsgRNA分子と組み合わせられることを意味する。
【0039】
一実施形態において、本発明のsgRNA分子、該sgRNA分子の組み合わせおよび/または修復テンプレート核酸分子は、疾患の予防、治療および/または検査での使用のために構成されており、前記疾患は、HAX1遺伝子関連疾患であることが好ましく、先天性好中球減少症であることがさらに好ましく、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)および/または周期性好中球減少症(CyN)であることがさらに好ましい。
【0040】
この手段は、本発明を利用することによって、HAX1遺伝子関連疾患、特に重症先天性好中球減少症(CN/SCN)または周期性好中球減少症(CyN)に対して、その根本的な原因から対処できるだけでなく、肺気腫または気腫性変化に対しても、その根本的な原因から対処できるという利点がある。
【0041】
別の一実施形態において、前記疾患は、骨髄異形成症候群(MDS)および/または骨髄性白血病(AML)である。
【0042】
HAX1変異を有するCN/SCN患者では、骨髄異形成症候群(MDS)または急性骨髄性白血病(AML)が発症するリスクが高い。この実施形態に関して、本発明は、前記2種の疾患に効果的な治療をさらに提供する。
【0043】
本発明の別の主題は、本発明のsgRNA分子、該sgRNA分子の組み合わせ、および/または本発明の修復テンプレート核酸分子を含むベクターである。
【0044】
本発明によれば、「ベクター」は、核酸分子の複製および/または発現が可能な別の細胞に、sgRNAなどの核酸分子を人工的に運ぶ媒体として使用されるあらゆるDNA分子を含む。ウイルスベクターは、感染した細胞内にゲノムを効率的に輸送するウイルス特有の分子メカニズムを持つことを特徴とすることから、ウイルスベクターが特に好ましい。本発明の好ましい一実施形態において、ウイルスベクターは、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)であってもよく、それ以外のウイルスベクターであってもよい。
【0045】
本発明のsgRNA分子、該sgRNA分子の組み合わせ、および/または修復テンプレート核酸分子について述べた特徴、特性、利点および実施形態は、本発明のベクターにも適用される。
【0046】
本発明の一実施形態において、前記ベクターは、組換えアデノ随伴ベクター(rAAV)であり、組換えアデノ随伴ベクター血清型6(rAAV6)であることが好ましい。
【0047】
この手段では、そのようなベクターをCRISPR/Cas9技術で使用した場合に、特にCRISPR/Cas9の構成要素を広く行き渡らせることができることから、より優れた遺伝子編集が行えるという利点がある。
【0048】
また、本発明は、本発明のsgRNA分子、該sgRNA分子の組み合わせ、本発明の修復テンプレート核酸分子および/または本発明のベクターを含む組成物に関する。
【0049】
本発明の一実施形態において、前記組成物は、CRISPR関連タンパク質9(Cas9)および/または該Cas9をコードするベクターをさらに含み、前記Cas9は、化膿連鎖球菌由来のCas9(S.p. Cas9)であることが好ましく、S.p. Cas9 V3であることがさらに好ましく、S.p. HiFi Cas9 V3であることがさらに好ましく、Cas9ニッカ―ゼであることが特に好ましい。
【0050】
この手段では、CRISPR/Cas9技術を使用するための要件が確立される。Cas9(CRISPR関連タンパク質9;過去にはCas5、Csn1またはCsx12とも呼ばれていた)と呼ばれる160キロダルトンのタンパク質は、ポリヌクレオチド鎖内のホスホジエステル結合を切断する酵素であり、CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)複合体の構成要素である。したがって、Cas9は、標的核酸にエンドヌクレアーゼを案内するsgRNAに特異的に結合することができる。化膿連鎖球菌由来のCRISPR Cas9(S.p. Cas9)は、その特性が十分に評価されているCas9オーソログであり、遺伝子編集分野での使用が確立されている。S.p. Cas9 V3は、大腸菌株から精製された組換えエンドヌクレアーゼであり、核局在化配列(NLS)とC末端に6-Hisタグを含む。S.p. HiFi Cas9は、高いオンターゲット活性を保持したまま、オフターゲット効果が低減されていることから、特異性が改善したCas9バリアントである。したがって、S.p. HiFi Cas9は、オフターゲットイベントに感受性を示すが高い編集効率が要求される方法に理想的である。S.p. Cas9 V3およびS.p. HiFi Cas9は、Integrated DNA Technologies社(米国アイオワ州コーラルビル)から入手することができる。近年、黄色ブドウ球菌、Staphylococcus auricularis、カンピロバクター・ジェジュニまたは髄膜炎菌に由来するその他の小型Cas9も発見されており、これらの小型Cas9も同様に本発明に適している。
【0051】
本発明によれば、2種のsgRNA分子と使用する場合、または本発明の2種のsgRNA分子の組み合わせと使用する場合、Cas9ニッカーゼを使用することが好ましい。特に、spCas9 D10AニッカーゼV3などのD10Aニッカーゼが好ましい。
【0052】
本発明の別の一実施形態において、前記組成物は、薬学的に許容される担体を含む医薬組成物である。
【0053】
「医薬組成物」は、医療現場での動物および/またはヒトへの投与に適した組成物である。医薬組成物は、滅菌されていることが好ましく、GMPガイドラインに従って製造することが好ましい。
【0054】
「薬学的に許容される担体」または賦形剤は、当技術分野でよく知られており、例えば、ナノキャリア;ナノベクター;水や緩衝生理食塩水などの水溶液;またはグリコール、グリセロール、油(例えば、オリーブ油)、注射用有機エステルなどのその他の溶媒もしくはビヒクルが挙げられる。好ましい実施形態において、医薬組成物がヒトへの投与用である場合、例えば、非経口投与用である場合、前記水溶液はパイロジェンフリーであるか、実質的にパイロジェンフリーである。例えば、賦形剤は、薬剤を遅延放出することができる賦形剤、または1つ以上の細胞、組織もしくは臓器を選択的な標的とすることができる賦形剤を選択することができる。医薬組成物は、注射剤、錠剤、カプセル剤(スプリンクルカプセルおよびゼラチンカプセルを含む)、顆粒剤、散剤、シロップ剤、坐剤などの投与剤形であってもよい。医薬組成物は、外用投与に適した溶剤の形態であってもよい。別の形態として、医薬組成物は、吸入により投与可能なエアロゾル剤の形態であってもよい。
【0055】
「薬学的に許容される」とは、妥当な医学的判断の範囲内において、合理的なベネフィット/リスク比に相応して、過度の毒性、炎症、アレルギー反応またはその他の問題もしくは合併症を引き起こすことなく、ヒトおよび動物の組織との接触における使用に適した化合物、材料、組成物および/または剤形を指す。医薬製剤で使用される適切な医薬担体または賦形剤および医薬添加剤は、当技術分野でよく知られている参考書であるRemington-The Science and Practice of Pharmacy, 23rd edition, 2020および米国薬局方(USP/NF:United States Pharmacopeia and the National Formulary)に記載されている。当業者であれば、その他の情報源も利用することができる。
【0056】
本発明の医薬組成物および以下で説明する本発明の方法は、治療を必要とする生物の治療に使用してもよい。特定の実施形態において、前記生物は、ヒトなどの哺乳動物、またはその他の非ヒト哺乳動物である。
【0057】
一実施形態において、本発明の組成物は、疾患の予防、治療および/または検査での使用のために構成されており、前記疾患は、HAX1遺伝子関連疾患であることが好ましく、先天性好中球減少症であることがさらに好ましく、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)、周期性好中球減少症(CyN)、骨髄異形成症候群(MDS)および/または骨髄性白血病(AML)であることがさらに好ましい。
【0058】
本発明のsgRNA分子、該sgRNA分子の組み合わせ、本発明の修復テンプレート核酸分子および/または本発明のベクターについて述べた特徴、特性、利点および実施形態は、本発明の組成物にも適用される。
【0059】
本発明の別の主題は、HAX1遺伝子をコードする遺伝物質を含む生体物質中のHAX1遺伝子を標的とするインビトロの方法であって、本発明のsgRNA分子、本発明の修復テンプレート核酸分子、本発明のベクターおよび/または本発明の組成物を、生体物質に導入する工程を含む方法であり、好ましくは、前記編集がCRISPR/Cas9技術を利用して行われる方法である。
【0060】
本発明によれば、「HAX1遺伝子をコードする遺伝物質を含む生体物質」は、生体細胞、組織および生物の一部を含む。
【0061】
本発明の一実施形態において、前記生体物質は、造血幹細胞・前駆細胞(HSPC)を含む。
【0062】
この手段は、変異が病理学的に発現している生体物質においてHAX1遺伝子を標的とすることができるという利点がある。例えば、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)患者のHSPCは、顆粒球への分化が低下しているが、本発明者らの知見によれば、本発明の核酸分子により顆粒球への分化の低下を回復させることができる。
【0063】
本発明の別の主題は、生物において疾患の予防、治療および/または検査を行う方法であって、
本発明のsgRNA分子、本発明のsgRNA分子の組み合わせ、本発明の修復テンプレート核酸分子、本発明のベクターおよび/または本発明の組成物を生体物質に導入することによって、生物においてHAX1遺伝子の標的化または編集を行う工程を含み、
好ましくは、前記標的化または遺伝子編集がCRISPR/Cas9技術を利用して行われ、
前記疾患が、先天性好中球減少症、好ましくは、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)、周期性好中球減少症(CyN);骨髄異形成症候群(MDS);および骨髄性白血病(AML)からなる群から選択されることが好ましい、
方法に関する。
【0064】
さらに、本発明は、細胞においてHAX1遺伝子の変異アレルを編集および/または修正する方法であって、
CRISPR関連タンパク質9(Cas9)または該Cas9をコードする配列と、
配列番号1~553からなる群から選択されるヌクレオチド配列を含むsgRNA分子、または
配列番号1~553からなる群から選択されるヌクレオチド配列をそれぞれ含む2種のsgRNA分子が、PAMoutの位置関係で、HAX1遺伝子を含む核酸に結合するように構成された2種のsgRNA分子の組み合わせと
を含む組成物を細胞に導入することによって、
前記Cas9と前記sgRNA分子からなる複合体により、前記HAX1遺伝子の変異アレルにおいて二本鎖切断を生じさせるか、または
前記Cas9と前記2種のsgRNA分子の組み合わせからなる複合体により、前記HAX1遺伝子の変異アレルにおいて2つの一本鎖切断を生じさせる工程
を含み、
好ましくは、前記HAX1遺伝子が、先天性好中球減少症、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)または周期性好中球減少症(CyN)に関連する変異を有しており、
前記細胞のHAX1遺伝子が、c.131insAのヌクレオチド位置に変異を有しており、
前記HAX1遺伝子の産物が、p.W44Xのアミノ酸位置に変異を有している、
方法を提供する。
【0065】
前記2種のsgRNA分子の組み合わせを用いる変形例では、Cas9ニッカーゼを使用することが好ましい。前記2種のsgRNA分子は、該2種のsgRNA分子が、関連する複数のCas9ニッカーゼをPAMoutの位置関係で、変異HAX1遺伝子を含む核酸分子に結合させるように選択される。
【0066】
前記方法の一実施形態において、前記組成物は、配列番号565に示されるヌクレオチド配列を含む修復テンプレート核酸分子をさらに含み、該修復テンプレート核酸分子により、前記HAX1遺伝子の変異アレルが修復される。
【0067】
本発明は、本発明の前記方法により得られた組換え細胞を提供する。
【0068】
また、本発明は、インビトロまたはエクスビボにおいて、組換え細胞を含む組成物を調製する方法であって、
a)重症先天性好中球減少症(CN/SCN)、周期性好中球減少症(CyN)、骨髄異形成症候群(MDS)または急性骨髄性白血病(AML)に関連する変異HAX1遺伝子、好ましくは、前記HAX1遺伝子が、c.131insAのヌクレオチド位置に変異を有しており、かつ/または前記HAX1遺伝子の産物が、p.W44Xのアミノ酸位置に変異を有していることを特徴とするHAX1遺伝子を有する生物(好ましくはヒト)から得られた細胞からHSPCを単離または調製する工程、および
b)CRISPRヌクレアーゼまたは該CRISPRヌクレアーゼをコードする配列と、
前記CRISPRヌクレアーゼに結合するように構成されているか、もしくは前記CRISPRヌクレアーゼをPAMoutの位置関係で、前記変異HAX1遺伝子を含む核酸に結合させるように構成されており、かつ配列番号1~553からなる群から選択されるヌクレオチド配列を含むsgRNA分子または2種の前記sgRNA分子の組み合わせと
を含む組成物を工程(a)の細胞に導入することによって、
前記CRISPRヌクレアーゼと前記sgRNA分子または前記2種のsgRNA分子の組み合わせとからなる複合体により、1個以上の細胞の前記変異HAX1遺伝子において二本鎖切断または2つの一本鎖切断が生じて、1個以上の細胞の前記変異HAX1遺伝子が不活性化されることによって組換え細胞が得られる工程
を含み、
前記方法が、c)工程(b)の組換え細胞を拡大培養する工程をさらに含んでいてもよく、
前記組換え細胞が、生着可能であることから、生着後に子孫細胞を生じさせることができる、
方法を提供する。
【0069】
本発明による前記の方法の一実施形態において、前記組成物は、修復テンプレート核酸分子をさらに含み、該修復テンプレート核酸分子は、配列番号565に示されるヌクレオチド配列を含むことが好ましく、該修復テンプレート核酸分子により、前記HAX1遺伝子の変異アレルが修復される。
【0070】
本発明による前記方法の別の一実施形態において、前記方法は、d)対象の重症先天性好中球減少症(CN/SCN)、周期性好中球減少症(CyN)、骨髄異形成症候群(MDS)または急性骨髄性白血病(AML)を治療するために、工程(b)または工程(c)の細胞を前記生物に投与する工程をさらに含む。
【0071】
したがって、本発明は、重症先天性好中球減少症(CN/SCN)または周期性好中球減少症(CyN)に罹患した生物(好ましくはヒト)を治療する方法であって、治療有効量の前記組換え細胞を投与する工程を含む方法を提供する。
【0072】
本発明のsgRNA分子、該sgRNA分子の組み合わせ、修復テンプレート核酸分子、ベクターおよび組成物について述べた特徴、特性、利点および実施形態は、前述の本発明の方法にも適用される。
【0073】
前述の特徴および後述する特徴は、各実施形態において示した組み合わせでしか使用できないわけではなく、本発明の範囲から逸脱することなくその他の組み合わせや単独でも使用することができる。
【0074】
以下の実施形態を参照することにより本発明をさらに詳しく説明する。これらの実施形態では、本発明のさらなる特徴、特性および利点について述べている。また、以下の実施形態は例示のみを目的としたものであり、本発明の趣旨または範囲を限定するものではない。特定の実施形態で述べた特徴は、本発明の全般的な特徴であり、特定の実施形態に適用できるのみならず、単独でも適用でき、本発明のあらゆる実施形態に適用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
以下の実施例および図面を参照しながら、本発明をさらに詳細に記載および説明するが、本発明はこれらの実施例および図面に限定されない。
【
図1】健常ドナー由来HSPCにおける実験計画と遺伝子編集効率を示す。A)HAX1遺伝子、HAX1 cDNAおよびHAX1タンパク質の概略図を示す。先天性好中球減少症(CN)を引き起こすp.W44X変異を示した。B)アデノ随伴ウイルス血清型6のDNAドナーテンプレートと、HAX1遺伝子を標的とするsgRNAの設計を図示する。患者配列のサンガーシーケンシングのトレースにおいて、アデノシンを生じる変異を赤色で表示し、SNPを青色で表示している。遺伝子修正時に導入したサイレント変異をそれぞれの色で表示している。C)参照配列とアライメントした例示的な患者のトレースと修正テンプレートを示したシーケンシングトレースである。コンセンサス配列における参照配列との差異をピンク色で表示している。D)実験ワークフローの概略図を示す。この実験ワークフローは、HSPCの培養から開始し、エレクトロポレーションによりCRISPR/Cas9 RNPを送達し、AAV HDRテンプレートによる形質導入を行った後に、遺伝子解析と顆粒球の分化の評価を行う。E)遺伝子編集の72時間後および分化誘導の14日後における健常HSPCの遺伝子編集効率を示す(n=2)。*=p<0.05、**=p<0.01。
【
図2】in silicoでのオフターゲット予測を示す。A)ヒト19番染色体のゲノムに基づいて、4塩基までのミスマッチを持つオフターゲットの絶対数を示したsgRNA HDのオフターゲット予測である。さらに、標的とする変異から上流の30塩基対以内または下流の30塩基対以内において、その他のすべてのガイドRNA候補と比較した場合のオフターゲットの相対頻度を示す。積み上げ棒グラフは、ガイドRNAの各位置で観察されるミスマッチの頻度を示す。B)SNP rsとしてマッチする塩基を含むsgRNAのオフターゲットの比較を示す。この分析は、ヒト19番染色体のゲノムに基づいて行った。病因変異から30塩基対以内で二本鎖切断が誘導されるようにCas9を案内するsgRNA群に属するガイド同士を比較する。
【
図3】AAVS1 sgRNAのシーケンシングと遺伝子編集効率を示す。A)AAVS1座位に使用したガイドRNAの配列を示す。B)健常ドナーごとに各条件とすべての時点を別々に示した遺伝子編集効率を示す。遺伝子編集効率は、ICEアルゴリズムを用いたサンガーシーケンシングのトレースのデコンボリューションにより測定した。
【
図4】HAX1変異を有する先天性好中球減少症患者(HAX1-CN)を模倣するHAX1ノックアウト細胞の分化誘導を示す。A,B)エクスビボでの分化の14日目の顆粒球分化をフローサイトメトリーで分析し、分化マーカーの発現に基づいて、骨髄芽球(CD45
+CD34
DIM/-CD33
+CD66b
-)、前骨髄球(CD45
+CD34
DIM/-CD33
+/highCD66b
+CD11b
-/+)、後骨髄球(CD45
+CD34
-CD33
DIM/-CD66b
+CD11b
+CD16
-)および好中球(CD45
+CD34
-CD33
DIM/-CD66b
+CD11b
+CD16
+)に分類した生細胞の分布として示した。各健常ドナーを別々のグラフに示しており、インビトロで分化させた骨髄系細胞の分化の14日目の遺伝子編集効率も示している(n =2)。C)エクスビボで好中球に分化させた14日目の細胞から調製したサイトスピン標本を63倍の倍率で撮影した例示的な画像を示す。D,E)未熟骨髄系細胞、中間成熟骨髄系細胞、成熟好中球、マクロファージおよび死細胞の分布のパーセンテージを示す。
【
図5】HAX1-CN患者由来のHSPCにおける遺伝子編集効率を示す。A)エレクトロポレーションの72時間後およびエクスビボでの分化誘導の14日後に、ICEアルゴリズムによるサンガー配列のデコンボリューション解析により測定したHAX1-CN HSPCでの遺伝子編集効率を示す(n=5)。B)本研究において遺伝子修正を行った5人の患者すべてのHSPCのサンガーシーケンシングのトレースを示す。赤色の矢印は、HAX1遺伝子においてHAX1タンパク質の欠失の原因となる終止コドンを生じるアデノシンを示す。緑色の矢印は、HDRテンプレートにより導入されたサイレント変異を示す。青色の矢印は、p.W44X変異を有するすべての患者が保有するSNP rs13796(dbSNP build 150)を示す。C)ウエスタンブロット法によるタンパク質の発現分析によって、遺伝子編集後にHCLS1関連タンパク質X-1が発現されたことが示された。この分析を行う前に、細胞を好中球へと分化させた。この分析は、2人の別個の患者に対して行った。
【
図6】遺伝子修正した細胞のエクスビボでの分化の評価を示す。A)遺伝子編集したAAVS1対照細胞と遺伝子修正したHAX1細胞の増殖を、液体培養の1日目から14日目まで、各日に計数した細胞数の倍率変化として示した。統計的差異はスチューデントのt検定により評価した(n=5)。B)分化の14日目における分化したHSPCのサイトスピン標本をライトギムザ染色した代表的な画像を示す。各患者から得た細胞と各条件を示す(n=5)。インビトロで分化誘導した14日後の細胞の組成の差異を、ライトギムザ染色したサイトスピン標本において計数されたすべての細胞に対する割合として示した。C)エクスビボで分化誘導した14日後の顆粒球の分化をフローサイトメトリーで分析し、分化マーカーの発現に基づいて、骨髄芽球(CD45
+CD34
DIM/-CD33
+CD66b
-)、前骨髄球(CD45
+CD34
DIM/-CD33
+/highCD66b
+CD11b
-/+)、後骨髄球(CD45
+CD34
-CD33
DIM/-CD66b
+CD11b
+CD16
-)および好中球(CD45
+CD34
-CD33
DIM/-CD66b
+CD11b
+CD16
+)に分類した生細胞の分布として示した。*=p<0.05、**=p<0.01。
【
図7】HAX1-CN患者からエクスビボで作製した好中球の機能性を示す。A)HAX1変異を有する患者由来の対照編集細胞と遺伝子修正細胞における酸化ストレスによるアポトーシスの誘導を示す(n=3)。アポトーシスは、カスパーゼ3/7で切断される緑色蛍光を誘導することによって検出し、ライブセルイメージングで測定する。各患者のデータは、患者1人につき3回の技術的反復の平均誤差で個別に示している。B)分化誘導した細胞のpHrodo Green E. coli Bioparticlesに対する食作用をライブセルイメージングで測定した。食作用は、修正された分化細胞と対照分化細胞の間での数値差として、緑色蛍光細胞の数を示している。エラーバーは、反復実験の標準誤差を示す。C)好中球細胞外トラップ(NETs)の形成は、ライブセルイメージングでのDNA染色で測定した。緑色面積は、実験開始時の位相像の面積に対して正規化し、非刺激細胞とPMAで刺激した細胞の間の倍率変化として結果を示している。D)インビトロで誘導した骨髄系細胞のROS産生能力は、非刺激骨髄系細胞とf-MLPで刺激した骨髄系細胞の間の倍率変化として示した。ROS産生量は、ROS-Gloキット(プロメガ社)を用いて発光により測定する(n=2)。
【
図8】E. coli Bioparticlesに対する食作用の生細胞分析を示す。A)2人の患者に由来するエクスビボで形成させた好中球のpHrodo Green E. coli Bioparticlesに対する食作用を示す。位相像の面積に対して正規化した緑色オブジェクトの面積として、対照編集細胞と遺伝子修正細胞の3回の技術的反復測定の平均値と標準誤差を患者ごとに示す。
【
図9】好中球細胞外トラップ(NETs)の産生の生細胞分析を示す。A)PMAで刺激した分化細胞によるNETsの産生は、底部で測定した位相像オブジェクトの面積の合計(μm
2/ウェル)として、患者ごとに示している。平衡状態に達する24時間までの測定結果を示している。実験は2人のドナーについて行い、1人のドナーにつき各条件を三連で試験した。B)PMAで刺激した細胞とプラセボで処理した細胞の間の違いを示す。エラーバーは、各時点の標準誤差を示す(n= 2)。
【
図10】分化誘導した細胞の走化性の生細胞分析を示す。A)分化誘導した細胞の走化性は、患者ごとにウェルの底部で測定した位相像オブジェクトの面積の合計(μm
2/ウェル)として示している。平衡状態に達する6時間までの測定結果を示している。化学誘引物質として、50nMのfMLPを使用した。実験は4人のドナーについて行い、1人のドナーにつき各条件を三連で試験した。
【
図11】遺伝毒性の調査を示す。A)細胞内で測定されるGUIDE-Seq分析により、健常ドナーのHSPCにおいて見出されたオフターゲット部位を図示する(n=2)。B,C)健常ドナーのHSPCにおいて、CAST-Seqにより検出されたオンターゲット部位の大きな欠失と、オンターゲット部位とオフターゲット部位の間の転座を示す(n=3)。結果は、各部位を定量した棒グラフとして示すとともに、転座の染色体位置を示したcircosプロットとして示す。
【
図12】iPSCにおけるHAX1遺伝子の修正を示す。A)遺伝子修正したクローンであるFA_L5 corrおよびSS_C8 corrと比較した未編集のクローンであるFA_L5およびSS_C8のサンガーシーケンシングのトレースを示す。グアニン塩基を灰色で表示し、シトシン塩基を青色で表示し、チミン塩基を赤色で表示し、アデニン塩基を緑色で表示し、欠失した塩基をオレンジ色で表示し、修正過程で参照配列から変化した残基をピンク色で表示している。B)iPSCから好中球に分化させた14日目のフローサイトメトリー分析を示す。スチューデントのt検定により評価した**=p<0.01、*= p<0.05を示す。
【
図13】iPSCにおける遺伝子治療のモデル化を示す。A)iPSCから好中球に分化させた14日目の細胞を、サイトカインを添加したメチルセルロース培地に播種して培養して2つの独立した実験を行ったところ、CFU-GMコロニーとCFU-Gコロニーの形成が有意にレスキューされた。これと同時に、2人のHAX1-CN患者由来のiPSCから得た2種の遺伝子修正iPSCクローンにおいて、遺伝子修正された細胞は、CFU-Mコロニーの有意な減少を示した。B)iPSCから好中球に分化させた28日目にフローサイトメトリーで評価したところ、HAX1遺伝子が修正されたことによって、好中球分化マーカーであるCD15とCD16の共発現が増加した。C)分化の28日目のサイトスピン標本をライトギムザ染色した代表的な画像を示す。D)分化の14日目の浮遊細胞をRNA-seq解析で分析したところ、特殊顆粒、ゼラチナーゼ顆粒および分泌小胞から有意な差次的発現遺伝子が示されたヒートマップを示す。
【
図14】望ましくないインデルを最小限に低減する方法を示す。A)ニッカーゼとガイドRNAの組み合わせと、HAX1遺伝子内のp.W44X変異の周辺の位置を図示する。B)DECODRを利用したデコンボリューション解析によって測定し、すべてのアレルに対するパーセンテージとして示した、2種のガイドとニッカーゼの組み合わせ(c)による編集効率を示す。実験は、健常ドナー(HD)由来HSPCにおいて生物学的反復を3回として行った。C)意図しないインデルの減少の指標としての、非相同末端結合(NHEJ)に対する相同組換え修復(HDR)の比率を示す。
【実施例】
【0076】
1.序説
CRISPR/Cas9遺伝子編集プラットホームは、近年の改善により、かつてない効率でヒト細胞(HSPCなど)のゲノムを正確に編集することが可能となり、幅広い分野のトランスレーショナル研究室において利用されるようになっている。CRISPR/Cas9は、病因遺伝子をノックアウトしたり、リーディングフレームを復元したり、遺伝子の全長をノックインしたりするのに優れたツールであることに加え、疾患の原因となる単一のヌクレオチドや一連のヌクレオチドを特異的に変化させたり、挿入したり、欠失させたりすることにも利用することができる。CRISPR/Cas9を用いたHSPCでの意図的な塩基の編集は、Cas9を用いて二本鎖切断を導入し、これにより生じた切断部位に相同な相同組換え修復(HDR)テンプレートでこの切断部位を修復することにより相同組換え修復を誘導することによって行われる。組換えアデノ随伴ウイルス血清型6(rAAV6)により送達される修復テンプレートとCRISPR/Cas9の組み合わせを用いた相同組換え修復は、自家細胞を利用した遺伝性骨髄不全症候群のエクスビボ遺伝子治療において非常に効率が高く、再現可能であることが証明されている。また、この治療方法を利用した鎌状赤血球症の初めての臨床試験がFDAにより最近承認されている。本願では、CRISPR/Cas9を利用して、健常ドナーから得たHSPCのHAX1遺伝子のエクソン2にインデルを導入することによって、先天性好中球減少症の表現型によく似た顆粒球分化の阻害をエクスビボで誘導できたことを示している。この先天性好中球減少症の表現型は、rAAV6により送達されるHAX1 HDR修復テンプレートで修正することが可能であった。このモデルに基づいて、HAX1遺伝子のp.W44X変異(c.131insA)を修正するためのエクスビボ遺伝子治療方法を構築し、先天性好中球減少症患者から得た細胞の顆粒球分化を回復させることができた。HAX1遺伝子のp.W44X変異は、HAX1変異を有する先天性好中球減少症(HAX1-CN)患者において高頻度に報告されていることから、本発明者らによるこの方法は、この患者群に対して幅広い適用を提供できると考えられる。
【0077】
2.
材料と方法
HAX1ゲノム配列のクローニング
Hot Start Phusion II(サーモフィッシャーサイエンティフィック社、#F549L)とHAX1 AAVテンプレートプライマー(補足資料の表1)を用いて、3009bpのゲノムDNA断片を増幅した。リン酸化プライマーphos-HAX1-AAV HDR(表1)を用いたネステッドPCR法によって、最初のPCR産物から2406bpの断片を得た。EcoRV(NEB社、#R0195S)とBglII(サーモフィッシャーサイエンティフィック社、#D0083)でpAAV-CMVプラスミド(タカラ社、#6234)を酵素消化してCMV発現カセットを除去し、T4 DNAポリメラーゼ(サーモフィッシャーサイエンティフィック社、#EP0061)で突出末端を平滑化してから、両端のITRの間に上記で得られたPCR産物をクローニングした。平滑末端クローニングは、T4 DNAリガーゼ(サーモフィッシャーサイエンティフィック社、#EL0014)を用いて行った。ライゲーション後、ATP依存性DNase(Lucigene社、E3101K)でプラスミドを処理した。次に、新たに作製されたこのプラスミドでStellar細胞(タカラ社、#636763)を形質転換した。クローンを選択し、サンガーシーケンシングプライマーを用いてインサートの全長をシーケンスした。部位特異的変異導入キット(アジレント社、#200521)を用いて、翻訳されるタンパク質配列に変化は生じないが、修正されたアレルにおいてCas9による二本鎖切断の誘導が抑制される5種類のサイレント変異を導入した(
図1B、
図1C)。全長シーケンスを行ったこのプラスミド(AAV-HAX1-HDR-p.R50)を使用して、AAV粒子を作製した。
【0078】
組換えアデノ随伴ウイルスの作製
Bak et al. (2018), CRISPR/Cas9 genome editing in human hematopoietic stem cells. Nature Protocols 13(2), pp. 358-376の記載に従って、またはVigene Biosciences社に委託して、アデノ随伴ウイルスを作製した。簡単に述べると、ポリエチレンイミン(PEI)を用いて、AAV-HAX1-HDR-p.R50プラスミドとpDGM6プラスミド(Addgene社、#110660)をHEK293T細胞(70~90%の密度)に形質導入した。48時間後に、6.25mM EDTAを培地に加えて、形質導入細胞を回収した。ドライアイス・エタノール浴での凍結と37℃での解凍を繰り返すことによって、回収した細胞を溶解した後、ベンゾナーゼ(Biovision社、#7680)で消化した。溶解した細胞を遠心分離して残渣を除去した。イオジキサノールを用いた密度勾配超遠心分離を行って、上清からウイルス粒子を精製した。ウイルス粒子を含むバンドを回収して一晩透析し、リアルタイムPCR(タカラ社、#6233)で力価を測定した。
【0079】
sgRNAとHAX1修正テンプレートの設計
HAX1遺伝子に特異的なシングルガイドRNA(sgRNA)(1番染色体に切断部位を含む[GCTGAGGACTATGGAACCTT(HAX1遺伝子エクソン2;配列番号553)、+154273431:-154273432;表1]、NM_006118.4 エクソン2、244 bp;NP_006109.2 p.R50)を選択した。本研究において使用したすべてのHAX1-CN患者由来の細胞は、本発明のsgRNAの結合部位にSNP rs13796(dbSNP build 150)を有していた。例示的な実験において、このSNPを含む切断部位を認識する患者特異的sgRNAを利用した(GCTGAGGGCTATGGAACCTT(sgHAX1.PS-SNP;配列番号552;表1)。セーフハーバー部位であるAAVS1領域を標的とするsgRNAは、過去の研究に基づいて選択した(19番染色体に切断部位を含む[CTCCCTCCCAGGATCCTCTC(AAVS1;配列番号554、+55115580:-55115581;表1])。化学修飾したsgRNAは、IDT社から入手した。
【0080】
CRISPR/Cas9 RNPの送達とAAVによる形質導入
HSPCを2~4日間増殖させた後、Amaxa 4D Nucleofector(ロンザ社、#AAF-1002X)とP3初代細胞用キット(#V4XP-3024)を用いて、CA-137プログラムを利用することによって、sgRNA(sgHAX1.PS-SNP;配列番号552)とsp.Cas9 V3(IDT社、#1081059)をエレクトロポレーションにより送達した。エレクトロポレーションを行ってから1時間以内に、修復テンプレートベクター(配列番号565)または対照AAVをMOI=100,000でHSPCに形質導入し、さらに48時間培養した。
【0081】
遺伝子編集の分析
遺伝子編集効率は、エレクトロポレーションと形質導入を行ってから72時間後と、分化誘導を行ってから14日目に測定した。QuickExtract solution(Lucigen社、#QE09050)を用いて、ゲノムDNAを抽出した。Hot Start Phusion II(サーモフィッシャーサイエンティフィック社、#F549L)とHAX1 AAVテンプレートプライマー(表2)を用いて、3007bpのゲノムDNA断片を増幅し、サンガーシーケンシングにより配列を決定した。AAVS1座位での対照遺伝子編集は、655bpの断片を増幅することによって測定した(AAVS1プライマー1;表2)。遺伝子編集効率は、ICE synthegoを用いて、サンガーシーケンシングのトレースから計算した。HAX1座位は、修復テンプレートの外側のプライマーで増幅することによって、ゲノム配列のみを検出した。
【0082】
HSPCの単離と培養
骨髄生検試料からCD34+造血幹細胞・前駆細胞(HSPC)を単離した。簡単に述べると、フィコール濃度勾配遠心分離(GEヘルスケア社、#17-1440-03)により単核細胞を回収し、磁気ビーズ(ミルテニー社、#130-046-703)を用いてCD34+細胞を精製した。CD34+細胞は、20ng/mlインターロイキン3(IL-3)、50ng/ml幹細胞因子(SCF)、20ng/mlインターロイキン6(IL-6)、20ng/mlトロンボポエチン(TPO)、50ng/ml FMS様チロシンキナーゼ3リガンド(Flt-3L)、2mM L-グルタミン、100U/mlペニシリンおよび0.1mg/mlストレプトアビジンを添加したStemSpan SFEM II中で、2.5×105~5×105個/mlの密度で培養した。
【0083】
エクスビボにおける好中球分化の分析
遺伝子編集した細胞は、10% FCS、2mM L-グルタミン、5ng/ml SCF、5ng/ml IL-3、5ng/ml GM-CSF、1ng/ml G-CSF、100U/mlペニシリンおよび0.1mg/mlストレプトアビジンを添加したRPMI 1640 Glutamax中で5×105個/mlの密度で培養することによって好中球へと分化させた。培地の半量を一日おきに交換した。7日後に、細胞を計数し、遠心分離し、10% FCS、2mM L-グルタミン酸、1ng/ml G-CSF、100U/mlペニシリンおよび0.1mg/mlストレプトアビジンを添加したRPMI 1640 Glutamax中に播種した。細胞を同じ密度で再播種し、14日目まで培地交換の頻度は同じまま維持した。
【0084】
細胞形態分析
100μlのPBSに懸濁した1×104個の細胞を、250rpmで3分間遠心分離することによって、顕微鏡用のガラススライドに塗抹してサイトスピン標本を作製した。空気乾燥させた後、メイグリュンワルド・ギムザ溶液でスライドを染色した。ニコン社製Eclipse TS100を用いて、63倍で細胞の形態を評価し、スライド1枚あたり100個の細胞を計数した。
【0085】
骨髄系細胞/顆粒球系細胞の細胞表面マーカーの分析
分化誘導した細胞を、抗CD45抗体(Biolegend社、BV510 #304036)、抗CD11b抗体(Biolegend社、APC-Cy7 #301322)、抗CD66b抗体(Biolegend社、FITC #305104)、抗CD16抗体(BDバイオサイエンス社、APC #561248)、抗CD33抗体(Biolegend社、BV421 #303416)、抗CD34抗体(BDバイオサイエンス社、PECy-7 #128618)および生/死細胞除去試薬(BDバイオサイエンス社、7AAD #559925)で染色した。細胞は、0.5% BSAを添加したPBS(FACSバッファー)中で最終量100μlにてインキュベートし、各抗体は、最終濃度1:50で使用した。20分間インキュベーション後、FACSバッファー1mlで細胞を2回洗浄し、BD FACSCanto IIで分析した。DIVAソフトウェアでデータを収集し、FlowJo 10でデータ分析を行った。
【0086】
ライブセルイメージングを用いたアポトーシスの分析
96ウェルプレートを0.001%ポリ-L-リシン(メルク社、#A-005-C)でコーティングした。0.5% BSAを添加したフェノールレッド非含有RPMI(GIBCO社、#11835105)に、1×104個/ウェルの密度で細胞を播種した。カスパーゼ3/7緑色アポトーシスアッセイ試薬(ザルトリウス社、#4440)を最終濃度5μMで各ウェルに添加した。2mM H2O2(メルク社、#H1009)または溶媒対照としてのPBSで細胞を刺激した。IncuCyte S3ライブセル解析システムにおいて、細胞の位相差像と緑色蛍光を10倍の倍率で30分ごとに撮影した。
【0087】
生細胞の食作用の測定
エクスビボでの分化の14日目に、0.5% BSAを添加したフェノールレッド非含有RPMIを入れた96ウェルプレートに、細胞を104個/ウェルの密度で播種した。製造業者の推奨に従って、Green E. coli Bioparticles(IncuCyte pHrodo、Essen Bioscience社、#4616)を1ウェルあたり10μg加えた。IncuCyte S3ライブセル解析システムの緑色チャンネルにおいて、各ウェルの画像を10倍の倍率で30分ごとに取得した。製造業者の推奨に従って、IncuCyteの基本ソフトウェアを用いて画像を分析した。
【0088】
NETosis形成の定量分析
ポリ-L-リシンでコーティングした96ウェルプレートに、エクスビボで分化させた細胞を2×104個/ウェルの密度で播種した。250nMの最終濃度のIncuCyte(登録商標) Cytotox Green Dye(Incucyte #4633)と0.5% BSAを添加したフェノールレッド非含有RPMI中で細胞を培養した。0.5μMホルボール-12-ミリスタート-13-アセタート(PMA)を添加してNETosisを誘導した。IncuCyte S3ライブセル解析システムにおいて、細胞を20倍の倍率で30分ごとに分析した。製造業者の推奨に従って、IncuCyte基本ソフトウェアを用いてデータ分析を行った。
【0089】
fMLPで刺激後のROS産生
50nM N-ホルミルメチオニン-ロイシル-フェニルアラニン(fMLP)(メルク社、#47729)で刺激して、製造業者の推奨に従って(プロメガ社、#G8820)ROSの測定を実施し、GloMax-Multidetectionマイクロプレートリーダー(プロメガ社)で測定した。
【0090】
GUIDE-Seq
簡単に述べると、RNPとdsODNをHSPCにエレクトロポレーションした。エレクトロポレーションの4日後に製造業者の推奨に従って、QIAamp DNA Miniキット(QIAGEN社、#51304)を用いてDNAを単離した。ライブラリーの調製とデータ分析は、Palaniによって報告されているプロトコルに従って行った。イルミナ社製NovaSeq 6000において、アンプリコンの長さを150bpとしてペアエンドモードでシーケンシングを行った。
【0091】
CAST-Seq
簡単に述べると、HSPCにRNPをエレクトロポレーションした。エレクトロポレーションの4日後に、製造業者の推奨に従ってQIAamp DNA Miniキットを用いてDNAを単離した。CAST-seqアッセイのライブラリー調製、シーケンシングおよびデータ分析は、Turchianoらによる過去の報告に従って行った。
【0092】
Nano-OTS
sgRNA HAX1-PSのNano-OTSは、Hoijerらによる過去の報告に従って行った。簡単に述べると、Monarch HMW DNA抽出キット(NEB社、#T3050)を用いて、患者の骨髄単核細胞から高分子量DNAを単離した。Megaruptor 3(Diagenode社、#B06010003)を用いて、平均長20,000bpにDNAを断片化した。Blue PippinとHigh Pass Plusカセット(Sage science社、#BPlus10)を用いて、断片化DNAから目的のサイズの断片を選択した。選択したDNA断片を脱リン酸化した後、spCas9 HiFi V3(IDT社)とsgRNA HAX1-PSからなるRNPを添加してインキュベートした。37℃で15分間消化後、シーケンシング用プライマーのライゲーションを行った。最終試料をMinIonフローセル(R10.4、 Oxford Nanopore社、#FLO-MIN112)にロードし、シーケンスした。シーケンシングデータは、Hoijerらによるパイプラインに従って分析した。
【0093】
iPSCの分化
HAX1-CN患者から作製したiPSCの骨髄系細胞への分化を評価するため、30日間を超える期間で造血細胞と成熟骨髄系細胞を作製可能な、Lachmannらによって開発されたインビトロでの胚様体を利用したiPSCの分化誘導方法にわずかに変更を加えた。bFGF(塩基性線維芽細胞成長因子)とROCK(Rhoキナーゼ)阻害剤を含むAPEL無血清分化培地を入れた丸底96ウェルプレートに、1個ずつに分離したiPSC(胚様体1個あたり20,000個)を播種して遠心分離することによって胚様体を形成させ、培養1日目にBMP4(骨形成タンパク質4)を添加して中胚葉への分化を誘導した。さらに、造血細胞への分化を誘導するため、培養4日目に、VEGF(血管内皮細胞成長因子)、SCF(幹細胞因子)およびインターロイキン3(IL-3)を添加したAPEL培地を入れたマトリゲルコーティング6ウェルプレートに胚様体を播種した(10個/ウェル)。3日後に、サイトカインをIL-3とG-CSFに交換することによって、好中球への分化誘導を開始した。
【0094】
RNA-Seq解析
HAX1-CN患者において顆粒球への成熟の抑制に必要とされる重要なシグナル伝達経路を同定するため、遺伝的背景が同一の(isogenic)様々なiPSCから分化させたHSPCのトランスクリプトームのプロファイル解析を行った。専門家が集うコミュニティにより監修されたバイオインフォマティクスパイプラインのフレームワークであるnf-core RNAseqパイプラインを利用して、各試料の遺伝子レベルでのカウントマトリックスを抽出した。DESeq2 Rパッケージを用いてカウントデータの差分解析を行って、差次的発現遺伝子(DEG)を得た。
【0095】
CRISPR/Cas9ニッカーゼRNPの送達とAAVによる形質導入
HSPCを2~4日間増殖させた後、Amaxa 4D Nucleofector(ロンザ社、#AAF-1002X)とP3初代細胞用キット(#V4XP-3024)を用いて、CA-137プログラムを利用することによって、sgRNAとsp.Cas9 D10AニッカーゼV3(IDT社、#1081063)をエレクトロポレーションによりHSPCに送達した。エレクトロポレーションを行ってから1時間以内に、修復テンプレートベクターまたは対照AAVをMOI=100,000でHSPCに形質導入した。次に、前述のように細胞をさらに48時間培養した。
【0096】
統計分析
統計分析は、GraphPad Prism 7ソフトウェアを用いて行った。別段の記載がない限り、対応のない両側スチューデントのt検定を用いて統計学的有意差を検定した。
3.
結果
sgRNA、プライマーおよび修復テンプレート
【表2】
【表3】
【表4】
【0097】
CRISPR/Cas9遺伝子編集を用いて、細胞選択を行うことなくHAX1遺伝子のp.W44X変異を修正するためのエクスビボ遺伝子治療方法
HAX1遺伝子のp.W44X変異(c.131insA)を修正するためのエクスビボ遺伝子治療方法を構築した(
図1A)。この遺伝子修正を行うため、化学修飾したsgRNA(sgHAX1.PS-SNP;配列番号552)とCas9ヌクレアーゼを用いて、HSPC内のHAX1遺伝子の変異部位の近傍に二本鎖切断を導入した。このカスタム合成したガイドRNAは、野生型タンパク質配列のp.R50のアミノ酸位置のコドンの内部に切断を誘導するものである。次に、rAAV6を用いて、設計した相同組換え修復(HDR)テンプレート(配列番号565)を送達する。このHDRテンプレートは、HAX1変異と切断部位の間に5つのサイレント変異を含むことから、正しく編集されたアレルの再切断と不完全な相同組換え修復を防ぐことによって遺伝子編集効率を向上させている(
図1B、
図1C)。開発したこの方法は、ガイドRNAが変異の下流の位置を標的として、HAX1-CNを引き起こす終止コドンの原因となるアデノシンを欠失させることから、細胞の選択を行う必要がない(
図1B、
図1C)。終止コドンが、インデルに起因する新たなタンパク質合成を阻止することから、望ましくないインデルはサイレントのまま維持される。この方法は、遺伝子発現のタイミングとスプライシングが維持されるHAX1遺伝子のin situ修正を起こす。
【0098】
健常者由来HSPCにおけるCRISPR/Cas9を利用したHAX1のノックアウト:HAX1-CNの新規インビトロモデル
HAX1変異を有する先天性好中球減少症(HAX1-CN)は稀な疾患であることから、このような患者から初代細胞を得ることは難しいため、薬物の試験または遺伝子治療の開発を行うために好適なモデルを開発することは、臨床への移行に重要な一歩である。Cas9を用いた遺伝子編集によりHAX1遺伝子のエクソン2を編集することによって、健常HSPCにおいてHAX1-CN表現型を誘導でき、さらに、Cas9と修復テンプレートを組み合わせることによって、遺伝子編集されたHSPCにおいてこの表現型をレスキューできると推測した。これを踏まえ、本発明のエクスビボ遺伝子治療方法を試験するために、まず、健常ドナー(HD)に由来するHAX1ノックアウト(KO)HSPCを作製した。このHAX1 KO HSPCを作製するため、CRISPORを利用して、HAX1遺伝子のエクソン2を標的とするsgRNA(HAX1 Ex 2;配列番号553)をいくつか設計した(Concordet J-P, Haeussler M. (2018), CRISPOR: intuitive guide selection for CRISPR/Cas9 genome editing experiments and screens. Nucleic Acids Research 46(W1): W242-W5)。さらに、CRISPRitzを用いて、変異部位から30塩基対以内のすべてのガイド候補からオフターゲット活性が最も低いsgRNAを選択した(Cancellieri et al. (2019), CRISPRitz: rapid, high-throughput and variant-aware in silico off-target site identification for CRISPR genome editing. Bioinformatics 2019; 36(7): 2001-8.)(
図2A)。本発明者らの研究室で過去にスクリーニングしたすべてのHAX1-CN患者および本研究で利用したすべての患者は、一塩基多型(SNP)rs13796を有していた(dbSNP build 150)。これを踏まえて、その位置に対応する塩基を有するsgRNA(sgHAX1.PS-SNP;配列番号552)を設計した(
図1B、
図1Cおよび
図2B;表2)。
【0099】
CRISPR/Cas9を利用してHSPCにおいてHAX1 KOを確立できたことから、健常ドナー由来のHSPCにおいてHAX1遺伝子編集方法をさらに試験した(
図1D)。二本鎖切断に依らない修復テンプレートによる相同組換えを制御するため、AAVS1セーフハーバー座位(HD AAVS1対照)を標的として、修正テンプレート(配列番号565)を含むrAAV6で細胞の形質導入を行った(
図3A)。HAX1を標的とするsgRNA(sgHAX1.PS-SNP)をHSPCにエレクトロポレーションし、HAX1 HDRテンプレートを含む対照rAAV6で形質導入するか(HD HAX1修正)、またはHDRテンプレートを含まない対照rAAV6で形質導入した(HD HAX1 KO)。形質導入の72時間後に、サンガーシーケンシングのトレースとICEウェブツール(Analysis SP. ICE Analysis. 2019(2020年9月29日にアクセス))を用いて遺伝子編集効率を測定した。全体の編集効率(TE)は、HD AAVS1対照細胞では82.0%(±1.41%)となり、HD HAX1 KO細胞では86.0%(±5.66%)となり、遺伝子修正されたHD HAX1細胞では88.5%(±0.71%)となった(
図1E)。HD HAX1 KO細胞におけるノックアウト(KO)頻度は80.0%(±4.24%)となり、遺伝子修正されたHD HAX1細胞におけるノックイン(KI)頻度は33.5%(±6.36%)となった(
図1E)。
【0100】
次に、遺伝子編集したCD34
+HSPCをエクスビボで分化させることによって、この方法の効率を評価した。HD AAVS1対照細胞における全体の編集効率は、エクスビボでの分化の14日間にわたり、80.3%(±0.99%)で一定に維持された。一方、分化誘導の14日後のHD HAX1 KO細胞では、全体の編集効率が71.5%(±0.7%、p=0.0693)に低下し、ノックアウト効率も55.0%(±5.66%、p=0.037)に低下した。HD HAX1修正群では、分化誘導の14日後に全体の編集効率が76.5%(±0.71%、p=0.0035)に有意に低下したが、ノックイン効率は29.5%(±4.95%、p=0.556)というわずかな低下に留まったことから、HAX1 KO細胞よりも遺伝子修正されたHAX1細胞においてクローンの利点が示されていた(
図1E)。
【0101】
分化させた細胞の分布をフローサイトメトリーで調べたところ、HD HAX1 KO細胞群では、骨髄芽球と前骨髄球からなる未熟骨髄系細胞が増加していることが観察された。これと同時に、HD HAX1 KO細胞群では、HD AAVS1対照群と比べて後骨髄球と成熟好中球の数が減少していた(
図4A、
図4B)。HD HAX1 KO細胞において観察されたこれらの変化は、遺伝子修正されたHAX1細胞において、野生型レベルまで回復した(
図4A、
図4B)。さらに、ライトギムザ染色したサイトスピン標本の形態分析により細胞の分化を評価した。この形態分析では、HAX1遺伝子のノックアウト(KO)により顆粒球の分化が阻害されて未熟顆粒球または中間成熟顆粒球の数が増加したが、遺伝子修正されたHD HAX1群では、顆粒球の分化が野生型と同程度まで回復したことが確認された(
図4C~E)。これらの知見から、p.R50Xのアミノ酸位置でHAX1遺伝子のエクソン2をノックアウトすることによって、HAX1-CNで見られるp.W44X変異をモデル化できることが示された。さらに、これらの結果から、この変異を修正できることが示され、したがって、先天性好中球減少症(CN)の表現型をレスキューが可能であることが示され、このことから、この方法をHAX1-CN患者の遺伝子治療として利用できる可能性が示唆された。
【0102】
HAX1-CN患者のHSPCにおけるHAX1変異の効率的な修正
健常者由来のHSPCを用いた研究において得られた知見を確認するため、HAX1遺伝子にp.W44X変異を有する5人のCN患者から得た初代HSPCにおいて、前述のHAX1遺伝子編集方法をさらに試験した(
図5A、
図5B)。AAVS1座位を標的としたsgRNAで遺伝子編集した後、HAX1-HDRテンプレートで形質導入した対照群(CN AAVS1対照群)では、HSPCにおける全体の編集効率は76.74%(±17.07%)となった。一方、sgRNA HAX1.PS-SNP(配列番号552)で遺伝子編集した後、HAX1-HDRテンプレート(配列番号565)で形質導入した群(CN HAX1修正群)では、全体の編集効率が84.4%(±4.2%)となり、ノックイン効率は65.8%(±7.12%)となった(
図5A)。遺伝子編集細胞をエクスビボで好中球に分化させた後のCN AAVS1対照群における全体の編集効率は、73.3%(±15.47%)で一定に維持され、CN HAX1修正群でも83.4%(±7.37%)に一定に維持された。一方、修正されたアレルの頻度は、絶対量として10%~75.8%(±7.918%)増加した。HAX1遺伝子の編集によってHAX1タンパク質の発現が回復したことを確認するため、分化させた遺伝子編集細胞のウエスタンブロット分析を行ったところ、CN HAX1修正細胞においてHAX1タンパク質が検出されたが、CN AAVS1細胞ではHAX1タンパク質の発現は検出されなかった(
図5C)。
【0103】
HAX1-CN患者由来の遺伝子編集したHSPCにおけるインビトロでの顆粒球分化の改善
先天性好中球減少症の表現型をレスキューするのに十分な編集効率であったのかどうかを評価するため、遺伝子編集した細胞のエクスビボにおける好中球への分化を調査した。遺伝子修正したHSPCは、対照の遺伝子編集細胞と比べて平均で2倍の数の細胞を生じたことが観察された。培養の1日目と比較して、CN AAVS1対照細胞の数は平均で2.78倍(±1.04)に増加し、CN HAX1修正HSPCは、この対照細胞よりも有意に高い5.6倍(±2.82、p = 0.0424)の増加を示した(
図6A)。分化させた細胞のサイトスピン標本のライトギムザ染色による形態分析を行ったところ、CN HAX1修正細胞では、CN AAVS1対照群と比較して成熟顆粒球の割合が有意に増加し(p= 0.005)、これに伴って、未熟骨髄系細胞とアポトーシス細胞の量が減少したことが判明した(
図6B、
図6C)。また、顆粒球の分化のフローサイトメトリー分析を行ったところ、成熟好中球は2.5倍の有意な増加を示し(p=0.008)、前骨髄球は有意な1.5倍の減少を示した(p=0.012)(
図6D)。これらのデータから、CN患者由来のHSPCにおいて、CRISPR/Cas9を利用してHAX1変異を修正したことによって、顆粒球生成の成熟抑制をインビトロで修正することができたことが示された。
【0104】
HAX1変異の修正による内在性ストレスからのCN HSPCの保護
本発明者らは、HAX1-CN HSPCは酸化ストレスに対する感受性が増加していることを最近報告している。HAX1変異の修正とHAX1タンパク質の発現の回復によって、酸化ストレスからHSPCを保護することができるのかどうかを調査するため、H
2O
2で誘導したカスパーゼ3/7の活性化のライブセルイメージングを行った。CN患者由来のHAX1修正HSPCをエクスビボで分化させた細胞では、CN患者由来のAAVS1対照細胞と比べて、H
2O
2で誘発されたアポトーシスが大幅に減少したことが検出された(
図7A)。
【0105】
さらに、CN患者のHAX1変異を修正した後に分化させた細胞の顆粒球の機能的特徴を調査した。2人のHAX1-CN患者由来のCN HAX1修正顆粒球は、CN AAVS1対照細胞と比べて、E. coli Bioparticlesに対して増強した食作用を示したことが観察された(
図7Bおよび
図8A)。さらに、CN HAX1修正細胞から産生された分化細胞は、ホルボールミリスタートアセタート(PMA)で刺激すると、分化させたCN AAVS対照細胞と比べて、好中球細胞外トラップ(NETs)の産生が増強されることが示された(
図7C、
図9Aおよび
図9B)。CN HAX1修正細胞では、走化性も大幅に増加していた(
図10A)。活性酸素種(ROS)に依存したルシフェリンの活性化を検出する発光アッセイを用いて、N-ホルミルメチオニン-ロイシル-フェニルアラニン(fMLP)で刺激した後の細胞によるROSの産生を測定した。fMLPで刺激後に対照細胞において産生されたROSの量は、CN AAVS1対照試料よりもCN HAX1修正細胞の方が高かった(
図8B)。しかし、対照細胞とfMLP活性化細胞の間でのROS産生の倍率変化は、CN AAVS1対照細胞とCN HAX1修正細胞の間で差はないことが観察された(
図7D)。結論として、HAX1遺伝子のエクソン2を修正することによって、CN AAVS1対照編集細胞と比べて、H
2O
2により誘発されるアポトーシスへの耐性が増強されており、貪食能が向上しており、NETsの産生と走化性が増強している機能性の成熟好中球を産生させることができた。
【0106】
使用するガイドRNAに有利な遺伝毒性プロファイル
オフターゲット部位または転座部位である可能性のある部位を特定するため、3つの独立した方法を実施した。これらの実験を行うため、健常HSPC(n=2)において、細胞内で測定を行うGUIDE-Seq法を採用した。3つの潜在的なオフターゲット部位と、1つの遺伝子間領域と、2つのイントロンが見つかった(
図11A)。オンターゲット部位とオフターゲット部位の間の大きなオンターゲット欠失と転座の検出可能なCAST-Seqアッセイを用いたところ、ヒットの大半が、大きなオンターゲット欠失であることが検出された。オンターゲット部位とオフターゲット部位の間に9つの転座がさらに見つかった(
図11B、
図11C)。さらに、2人のHAX1-CN患者から単離したDNA上の潜在的なオフターゲット部位をNano-OTSによりスクリーニングした(データ示さず)。その結果、がん遺伝子やがん抑制遺伝子において潜在的なオフターゲット部位は見つからなかった。オフターゲット部位の大部分は、遺伝子間部位またはイントロンの位置にある。Nano-OTSでは、タンパク質のコード遺伝子においてオフターゲット部位は低い頻度でしか見つからず、これらの遺伝子は、悪性腫瘍疾患や血液疾患に関連するものではなかった。
【0107】
iPSCにおけるHAX1 p.W44Xの修正のモデル化および分化に対する効果
本発明者らにより確立されたiPSCモデルを用いて、HAX1-CN患者に由来する2種の独立したiPSC細胞株においてHAX1遺伝子のp.W44X変異を100%の効率で修正することができた(
図12A)。iPSCに由来するCD34
+細胞のコロニー形成単位アッセイを行ったところ(
図12B)、CFU-GコロニーとCFU-GMコロニーの形成がレスキューされたことが示された。CFU-Mコロニーの形成を正規化した(
図13A)。また、p.W44Xの遺伝子修正によって、インビトロにおけるiPSCからの好中球の産生がレスキューされた(
図13B、
図13C)。さらに、分化14日目の細胞のRNA-Seq解析を行ったところ、特殊顆粒、ゼラチナーゼ顆粒、細胞表面マーカーおよび分泌小胞に必須の複数の遺伝子がレスキューされたことが明らかになった(
図13D)。
【0108】
ダブルニッカーゼ法による望ましくないインデルの最小限化
望ましくないインデルの数を最小限に低減するため、D10A Cas9ニッカーゼを併用したsgRNAの様々な組み合わせ(C)を試験した(
図14Aおよび表4)。このニッカーゼとsgRNAの組み合わせは、いずれも望ましくないインデルの数を減少させた。ノックイン効率を維持したまま、HDR/NHEJ比を最も効率的に増加させた組み合わせはC2であった(
図15B、
図15C)。C5~C11までの組み合わせによりインデルが、5%未満またはゼロに減少したが、全体の編集効率も低下した。したがって、最も最適な組み合わせはC2である。
【表5】
【0109】
4.考察
本明細書において、本発明者らは、先天性好中球減少症(CN)患者由来の初代HSPCにおいて、CRISPR/Cas9を利用して常染色体性劣性のHAX1変異を修正できたことを初めて報告した。高い修正効率が達成され、エクスビボで遺伝子修正した細胞において顆粒球の分化が大幅に改善されたことが観察されたことから、HAX1タンパク質の発現と機能が所望のように回復された。常染色体性劣性疾患では、1つの変異アレルの修正のみで足りる。タンパク質の発現の欠損を引き起こす機能喪失変異(HAX1変異)では、非相同末端結合(NHEJ)の副産物として病的な切断型タンパク質が導入される確率は極めて低い。本発明者らによる方法では、望ましくないインデルは終止コドンの下流に位置することから翻訳されることはない。相同組換え修復(HDR)に基づく変異修正を用いたHAX1-CN用の本発明の遺伝子治療方法は、効率が高く、安全であることから、エクスビボの遺伝子治療として臨床応用に完全に適していると考えられる。
【0110】
CRISPR/Cas9は、HAX1-CNには本来見られない新たなミスセンス、インフレーム変異または大きな欠失を導入する可能性がある。このような新たなHAX1変異が、顆粒球の生成と白血病の誘発においてどのような役割を担うのかということについては、評価を行う必要がある。遺伝子編集した細胞では、このような変異は検出されず、それと同時に、顆粒球分化の改善とH2O2誘導性アポトーシスに対する耐性の改善とが観察されたことから、このような変異が発生する頻度は無視できるほど低く、本発明の方法によるプロセスに影響を与えないと推測した。CRISPR/Cas9を利用した編集により導入された新たなミスセンスHAX1変異またはフレームシフトHAX1変異の長期的な作用は、長期的なHSC(LT-HSC)培養を用いたエクスビボ実験と、免疫不全NSGマウスへのHSPCの生着を用いたインビボ実験において評価すべきである。
【0111】
遺伝性遺伝子変異の修正のための、より一般的な別の遺伝子編集方法は、野生型cDNAの全長を導入することにより、変異したcDNAの転写開始部位を破壊することに基づく。しかし、この方法は、変異HAX1の発現の回復には適しておらず、その理由として、変異HAX1では、様々な成熟血液細胞の亜型において少なくとも8種類のHAX1アイソフォームが特異的に発現されており、これらのHAX1アイソフォームの機能はいまだ解明されていないことが挙げられる。これらの8種類のHAX1アイソフォームのうち、数種類は、特定のがんに寄与することが既に知られている。HAX1のリーディングフレームを回復させる代わりに、野生型HAX1 cDNAの全長を導入することによって、選択的スプライシングにより生成されるこれらのHAX1バリアントを発現させることができる。全長アイソフォームを排他的に発現させることによって、特定のHAX1アイソフォームに依存する特定の細胞機能が損なわれたり、標的細胞の悪性転換が促進または発生したりする可能性がある。レンチウイルスベクターによりHAX1の異所性発現を試験した2種類のiPSC研究では一貫しない結果が得られたことから、HAX1アイソフォームの重要性が支持された。
【0112】
本発明者らは、AAVによる形質導入を利用して、HAX1の相同組換え修復テンプレートを細胞内に送達した。この方法は、HSPCの遺伝子を編集して、遺伝子を修正した細胞を自家移植した鎌状赤血球貧血の臨床試験において既に使用されており、広範囲な研究が行われている。AAVを利用した送達は、HSPCの自然免疫系を惹起することなく、相同組換え修復テンプレートを送達する方法として比較的安全かつ現在最も効率的な方法であるが、AAV微粒子に対する望ましくない細胞応答および細胞内応答を誘導する可能性がある。別の方法として、組換え核酸や、ナノ粒子または細胞外小胞(EV)に基づく細胞輸送などのその他の核酸送達方法を使用してもよい。さらに、血液悪性腫瘍を発症するリスクが既に高い患者に対しては、二本鎖切断を介した編集方法によりp53欠損HSCを選択する態様を考慮に入れることが極めて重要である場合がある。この態様では、クローン性を向上させ、かつp53を介したDNA損傷反応とゲノム編集におけるHSCの自然免疫応答とを抑制することができるという最新技術を、本発明者らの方法に適用することもできる。あるいは、遺伝子編集やその他の方法のような、二本鎖切断に依存せずに病原性アデノシンを欠失させることができる遺伝子編集方法は、精密化によりさらに幅広い利用が可能となれば、良好な選択肢になる可能性もある。
【0113】
根治療法を提供するには、遺伝子編集された多能性の長期HSC(LT-HSC)が必要である。LT-HSCは、遺伝子治療後の長期的な多系統造血の再構築に極めて重要である。主要な障壁としては、LT-HSCの増殖速度が遅いことがあり、増殖速度は、CRISPR/Cas9で遺伝子編集後の相同組換え修復に極めて重要な必要条件である。LT-HSCを標的としたCRISPR/Cas9として、いくつかの方法が提唱されている。そのうちの1つは、細胞内経路(例えば、p53経路)の一時的な阻害によって、G0~G1細胞周期で細胞を維持する方法である。このような細胞周期の一時的な誘導は、効率的な遺伝子編集を可能にする。これと同時に、短期HSCまたは分化決定がさらに進んだ前駆細胞を、例えば、骨髄微小環境またはフィードバック液性応答などの特定の刺激下で、LT-HSCに再分化させることができるかどうかということは、科学的な考察が必要である。さらに、遺伝子編集された造血細胞は、変異が修正された後であればその適合性がさらに良好となり、未修正細胞と比べて、生存率および増殖の点で利点がある。HSCに指向性を持つ血清型のAAVまたは(LT-HSCに理想的な)ナノ粒子を用いたCRISPR/Cas9複合体のインビボの送達は、現在科学的に調査が行われている。しかし、最適なインビボ送達を行うためには、細胞の種類に特異的なAAV血清型、さらには細胞の分化段階に特異的なAAV血清型や、免疫学的な障壁を克服する方法を解明する必要がある。先天性好中球減少症患者は、最適なG-CSF用量が調節されるまで重度細菌感染症に罹患することが多いことから、先天性好中球減少症患者がCas9に対して既に獲得免疫を獲得しているのかどうかという判断は重要な課題として残されたままである。したがって、先天性好中球減少症患者は、健常者よりもCas9に対して高い免疫を既に持つ可能性があると推測することもできる。
【0114】
さらに、好中球減少症表現型の修正に必要な、遺伝子編集の最低限の効果的な治療閾値を見積もり、かつHAX1-CN患者の白血病性形質転換を予防することが重要である。これは、遺伝子編集細胞の異種移植を用いた動物モデルにおいて、遺伝子編集細胞と対照編集細胞を様々な比率で試験することによって行うことができると考えられるが、この方法が最適というわけではない。別の方法として、HAX1-CN患者由来の初代HSPCを異種移植したインビボでの顆粒球の分化を、健常ドナー由来HSPCに対して様々な比率でNSGマウスにおいて評価すべきである。この試験によって、骨髄および末梢血での顆粒球の生理的濃度を維持するのに十分な最適な量の遺伝子編集を見積もってもよい。
【0115】
さらに、HAX1-CNは前白血病疾患であり、白血病に関連する体細胞遺伝子変異を有する前悪性HSCクローンまたは悪性HSCクローンが若年齢の患者体内で既に生じている可能性があることから、遺伝子治療において患者の年齢は極めて重要である。遺伝子編集後にHSCの白血病性形質転換が起こる可能性を回避するため、例えば、白血病関連遺伝子変異の広範囲なパネルのウルトラディープシーケンシングを用いて、患者の骨髄を評価する必要がある。これによって、白血病性形質転換を起こすリスクが増加している可能性のある既に形質転換したHSCが遺伝子操作される可能性を低減することができる。その一方で、先天性好中球減少症を発症する変異が遺伝子編集により修正された後では、G-CSFによる治療が必要とされないことから、白血病を発症する確率は著しく低下する。高用量のG-CSFに暴露されることが今後ないとしても、CSF3R遺伝子および/またはRUNX1遺伝子に変異を獲得したHSCが依然としてクローン性を持つかどうかを調査する必要がある。
【0116】
本発明者らによるプラットホームは、インビトロまたはインビボにおけるHAX1関連先天性好中球減少症のモデル化にも使用することができる。HAX1の発現の不在下でのその下流の顆粒球生成の欠損の根本的な機構はほとんど分かっていない。HAX1欠損症マウスモデルは存在せず(Hax1-/-マウスは正常な好中球数を有する)、下流の調査に利用可能な、HAX1-CN患者由来の初代HSPCはわずかな数しか得られない。本明細書では、インビトロにおいて、健常ドナー由来のHSPCにHAX1の切断を導入することによって、顆粒球分化を低下させることができることが実証された。したがって、健常ドナー由来のHSPCを用いたCRISPR/Cas9によるHAX1-CNのモデル化を下流の分析に用いることによって、顆粒球生成と白血病誘発の機構に関する理解を深めることができると考えられる。
【0117】
6.結論
本発明のsgRNAおよび/または修復テンプレート核酸分子を用いることによって、特異的な方法で、HAX1遺伝子の標的化または修正を行うことができるという目覚ましい結果を実証することができた。この標的化または修正は、CRIPSR/Cas9技術を用いて実現することができる。したがって、本明細書で提供した方法は、先天性好中球減少症や、この疾患から進展する骨髄異形成症候群(MDS)および/または骨髄性白血病(AML)の原因療法のための有望なツールとなる。
【配列表】
【国際調査報告】