(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-07-30
(54)【発明の名称】海洋生物付着抑制能を有する960MPa級超高強度鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240723BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240723BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20240723BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C22C38/58
C22C38/00 302Z
C21D8/02 A
C21D8/02 D
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024502629
(86)(22)【出願日】2022-10-10
(85)【翻訳文提出日】2024-01-16
(86)【国際出願番号】 CN2022124296
(87)【国際公開番号】W WO2023240850
(87)【国際公開日】2023-12-21
(31)【優先権主張番号】202210685312.5
(32)【優先日】2022-06-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】524021338
【氏名又は名称】鞍鋼集団北京研究院有限公司
【氏名又は名称原語表記】ANSTEEL BEIJING RESEARCH INSTITUTE CO., LTD.
(74)【代理人】
【識別番号】100125184
【氏名又は名称】二口 治
(74)【代理人】
【識別番号】100188488
【氏名又は名称】原谷 英之
(72)【発明者】
【氏名】リュウ、ウェンユェ
(72)【発明者】
【氏名】リ、ティアンイ
(72)【発明者】
【氏名】ス、シャンシャン
(72)【発明者】
【氏名】ワン、チュアンジュン
(72)【発明者】
【氏名】ザン、ヤン
(72)【発明者】
【氏名】ワン、チャオイ
(72)【発明者】
【氏名】アン、タオ
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA11
4K032AA15
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA22
4K032AA24
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032BA01
4K032CA02
4K032CA03
4K032CB02
4K032CC04
4K032CD06
4K032CF02
4K032CF03
(57)【要約】
本発明は、化学成分が、重量百分率で、C 0.03%~0.12%、Si 0.05%~0.20%、Mn 0.50%~2.00%、P≦0.015%、S≦0.005%、Cu 1.60%~3.00%、Cr 0.10%~1.00%、Ni 2.0%~6.0%、Mo 0.10%~1.00%、Nb≦0.10%、V≦0.10%、Ti≦0.02%、Al≦0.04%であり、残部がFeおよび不可避的不純物元素であることを特徴とする海洋生物付着抑制能を有する960MPa級超高強度鋼板に関する。本発明は、Sb、Snを使用せず、ホウ素元素を添加せず、Cu、Vを用いてマルテンサイトマトリックスに複合析出強化し、Cuに富むクラスターを用いてより優れた生物付着抑制能を達成し、船舶または海洋工学構造物の主要部位に使用される鋼の材料選択要件を満たすことができる。圧延後に二次加熱が不要となり、直接焼入れ工程を採用して生産するため、省エネルギーと生産効率の向上が図れる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学成分が、重量百分率で、C 0.03%~0.12%、Si 0.05%~0.20%、Mn 0.50%~2.00%、P≦0.015%、S≦0.005%、Cu 1.60%~3.00%、Cr 0.10%~1.00%、Ni 2.0%~6.0%、Mo 0.10%~1.00%、Nb≦0.10%、V≦0.10%、Ti≦0.02%、Al≦0.04%であり、残部がFeおよび不可避的不純物元素であることを特徴とする海洋生物付着抑制能を有する960MPa級超高強度鋼板。
【請求項2】
降伏強度Rp0.2≧960MPa、引張強度≧980MPa、伸び≧12%、横方向における-40℃でのシャルピー衝撃強度≧70J、縦方向における-40℃でのシャルピー衝撃強度≧100J、12ヶ月の海洋生物付着率が15%以下であることを特徴とする請求項1に記載の海洋生物付着抑制能を有する960MPa級超高強度鋼板。
【請求項3】
製錬→連続鋳造→ビレット再加熱→高圧水によるスケール除去→再結晶域圧延→未再結晶域圧延→加速冷却→焼戻し熱処理の工程を有し、具体的なステップが以下の通りであることを特徴とする請求項1に記載の海洋生物付着抑制能を有する960MPa級超高強度鋼板の製造方法。
1)ビレット再加熱:加熱温度T
Fを1150℃~1250℃とし、炉内での合計時間t
Fを4~6hとする;
2)高圧水によるスケール除去:スケール除去効果を確実にし、スケール除去後の連続鋳造ビレットの温度T
s≧1120℃とする;
3)再結晶域圧延:第1段階の圧延となり、最終圧延温度T
Rf≧980℃、累積圧下率ε
R≧50%とする;
4)未再結晶域圧延:第2段階の圧延となり、圧延開始温度T
Fs≦920℃、最終圧延温度T
Ff≧860℃、累積圧下率ε
F≧60%とし、且つ未再結晶オーステナイトの高さを20μm以下とする;
5)加速冷却:鋼板の圧延を完了した後、直接室温までに急冷し、冷却開始温度T
Csを820~860℃とする;
6)焼戻し熱処理:水冷完了後の鋼板を焼戻し熱処理に供し、焼戻し温度T
Tを500~700℃の間に製御し、焼戻し保温時間t
Tを仕上鋼板の厚さhに応じてh*(1.5~3.5)minとし、Cu含有クラスターCu
100-x(Mn
2Ni
1Fe
1)
x(x=2~10)の体積分率V
fを0.5%以上とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超高強度構造用鋼製造の技術分野に関し、特に海洋生物付着抑制能を有する960MPa級超高強度鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
21世紀は海洋の世紀であり、海運の利便性と海洋の豊かな資源を最大限に活用するため、世界各国で船舶と海洋工学用材料の開発が盛んに行われている。これらの材料のうち、鉄鋼材料は主導的な地位を占めており、現在の主流鋼種の強度グレードが690MPaに達している。船舶と海洋工学で高いグレードの鋼材を用いることで、鋼材の肉厚を薄くすることができる。肉厚を薄くすることで、溶接難易度が下がり溶接効率が向上するとともに、軽量化により鋼構造物の重心が下方に移動し安全性が向上する。
【0003】
海洋上の船舶、ドリリングプラットフォーム、港湾の建物およびその他の海水に接する水中施設の表面は、海洋生物が付着しやすく、海洋生物によって汚損される。船舶の場合、海洋生物の付着により表面の摩擦抵抗が顕著に増加し、船舶の燃料消費量の増加や船速の低下につながる。また、海洋生物の付着により付着性腐食が発生し、鉄鋼材料の安全性や寿命に大きな脅威をもたらす。プラットフォームの場合、その移動が制限され、かつ陸上から離れるためメンテナンスが不便である。海洋生物による悪影響を解消するために、海洋生物汚損抑制能のある材料の開発が最適な技術的解決策である。
【0004】
現在、海洋生物付着抑制を達成し得る技術的解決策には、主にコーティング層、高分子複合材料、および、特定元素の組み合わせを添加した鉄鋼材料がある。
出願番号201810949527.7の特許文献「耐食性・抗菌性・生物汚損抑制性の多機能金属ベース保護コーティング層の製造方法」では、化学反応により酸化グラフェン-OH官能基にナノ銀をその場で合成し、ボールミルにて金属-グラフェン-ナノ銀複合粉末を形成し、複合粉末をコールドスプレー技術によって保護コーティング層に堆積してその優れた耐食性、抗菌性および生物汚損抑制性を実現する。このコーティング層は、実質的に物理的な隔離であり、保護される材料の生物汚損抑制性を変えるものではない。一方、本発明の解決策は、特定組成のCuに富むナノクラスターにより生物汚損抑制能を実現し、環境を汚染しない。係る材料は、海洋環境における構造耐力材料として使用可能であり、構造と機能が統合された材料に属する。前記従来の材料は、構造材料として使用する可能性を備えない。
【0005】
出願番号201810281214.9の特許文献「生物付着防止用ナイロン銅複合材料およびその製造方法」では、銅成分、カップリング剤およびナイロンを用いてナイロンベースの高分子複合材料を製造し、銅成分の海水への溶出により海洋生物汚損防止の機能を果たす。その銅成分は、銅の化合物である。高分子材料は、強度が低いため構造部材として使えず、コーティング層のような材料であるが、コーティング層に比べて有毒な物質を含有せず、環境を汚染しない利点がある。出願番号201810607711.3の特許文献「長期にわたる海洋生物付着防止可能なナイロン銅複合材料およびその製造方法」では、金属銅粉末、カップリング剤、カルボキシメチルセルロースナトリウム粉末、ナイロン粉末を用いてナイロンベースの高分子材料を製造した。係る材料は、良好な生物付着防止性と良好な耐食性を備えるが、同様に、高分子材料であり、強度が低く、構造部材として使えない。一方、本発明の解決策は、上記2つの技術と比較して、高分子複合材料ではなく、海洋環境用構造鋼材料を提供し、材料において生物汚損防止機能を果たすものが特定組成のCuに富むナノクラスターであり、材料自体が生物汚損防止能を備えながら、強度が従来技術に記載される高分子材料よりも遥かに高い高強度の鉄鋼材料を実現できた。
【0006】
出願番号202011054693.3の特許文献「耐食性・生物付着抑制性のEH690鋼板およびその製造方法」では、2段階の制御圧延+調質の工程を採用して生産し、焼戻し後は加速した冷却速度を採用し、冷却速度を5~15℃/sとする。係る材料は、海洋環境腐食抑制能がSb(0.005%~0.3%)、Sn(0.005%~0.3%)の元素により得られ、Cu含有量が0.5%~1.5%であり、Cuにより微生物の生成・付着を効果的に抑制する。鋼板を熱処理する際に、薄いシート状に梱包してから加熱炉に入れる必要がある。前記技術では、Cu、Ni、Mo、Sb、Snの元素の相互作用により、その技術的目的を達成する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、Cuに富むクラスターを用いることでより優れた生物付着抑制能を達成し、船舶または海洋工学構造物の主要部位に使用される鋼の材料選択要件を満たす、海洋生物付着抑制能を有する960MPa級超高強度鋼板を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記の目的を達成するために、以下の手段を採用する。
海洋生物付着抑制能を有する960MPa級超高強度鋼板は、化学成分が、重量百分率で、C 0.03%~0.12%、Si 0.05%~0.20%、Mn 0.50%~2.00%、P≦0.015%、S≦0.005%、Cu 1.60%~3.00%、Cr 0.10%~1.00%、Ni 2.0%~6.0%、Mo 0.10%~1.00%、Nb≦0.10%、V≦0.10%、Ti≦0.02%、Al≦0.04%であり、残部がFeおよび不可避的不純物元素である。
【0009】
海洋生物付着抑制能を有する960MPa級超高強度鋼板は、降伏強度Rp0.2≧960MPa、引張強度≧980MPa、伸び≧12%、横方向における-40℃でのシャルピー衝撃強度≧70J、縦方向における-40℃でのシャルピー衝撃強度≧100J、12ヶ月の海洋生物付着率が15%以下である。
【0010】
主な合金元素の機能および範囲について、下記のように説明する。
炭素(C)について、Cは、鋼において鉄に次ぐ主要な元素であり、鋼材の強度、塑性、靭性および溶接性などの性能に直接影響を与えるものである。Cは、固溶強化や析出強化により鋼の強度を高めるのに大きな効果があるが、Cの含有量の増加が鋼の塑性、靭性および溶接性に悪影響を与える。このため、本発明では、Cの含有量範囲を0.03~0.12%とする。
【0011】
シリコン(Si)について、Siは、製鋼過程における重要な還元剤および脱酸素剤であり、フェライトおよびオーステナイトに溶かして鋼の硬度および強度を高めることができる。Siの含有量を増やすことで、Fe3Cの析出傾向を抑制することができる。Siの含有量が高すぎることは、マルテンサイト-オーステナイト島の形成に有利であり、鋼の塑性、靭性および溶接性を大幅に低下させる。このため、本発明では、Siの含有量範囲を0.05~0.20%とする。
【0012】
マンガン(Mn)について、Mnは、鋼の焼入れ性を高めることができ、鋼材の強度に有利であり;S(硫黄)による影響を解消し、鋼の熱間加工性を向上させることができる。Mnは、比較的安価であり且つFeと無限に固溶できるため、鋼材の強度を高めながら、塑性への影響が比較的小さい。よって、Mnは、鋼中の強化元素として広く使用されている。Mnの含有量が高すぎることは、連続鋳造ビレットの偏析を加速し、鋼板の縞状組織のグレードを増加させ、組織の均一性を低下させ、鋼材の耐ラメラテア性、塑性、低温靭性および溶接性に不利である。このため、本発明では、Mnの含有量範囲を0.50~2.00%とする。
【0013】
ニオブ(Nb)について、Nbは、最も主要なミクロ合金化元素の1つであり、部分的に固溶体に溶解し、固溶強化の機能を発揮し;炭化物、窒化物または酸化物微粒子の形で存在する場合、鋼の焼戻し安定性を高めることができ、二次硬化の作用を有する。微量のNbは、鋼の塑性や靭性へ影響を与えることなく、鋼の強度を高めることができる。結晶粒を微細化する作用を有することから、鋼の衝撃靭性を高め、その脆性転移温度を下げることができる。制御圧延工程において、Nbを固溶することで、鋼材の再結晶温度を大幅に上げ、鋼の圧延工程をより高い温度範囲で行うことができるので、鋼材の内部応力を軽減する。本発明では、Nbの含有量を0.10%以下とする。
【0014】
バナジウム(V)について、Vは、C、N、Oと非常に強い親和力を持ち、これらと対応の安定な化合物を形成する。Vは、鋼において主に炭化物の形で存在し、組織と結晶粒を微細化し、強度と靱性を高めて、溶接性を向上させ、過熱感受性を低下させる作用を有する。バナジウムは、焼入れ鋼の焼戻し安定性を高めることができるとともに、二次硬化効果をもたらし;調質鋼において主に鋼の強度と降伏比を高める。本発明では、Vの含有量を0.10%以下とする。
【0015】
チタン(Ti)について、Tiは、C、N、Oと非常に強い親和力を持ち、これらと対応の安定な化合物を形成し、最も主要なN固定元素の1つである。Ti含有析出相は、結合力が強く、安定しており、分解しにくいため、高温での鋼の結晶粒の成長傾向を抑制し、鋼の溶接性を向上させることができる。TiによりNやSを固定することは、鋼の強度と塑性を高めるのに有利である。Tiの含有量を増やすと、Ti含有析出相は粗大化し、性能に悪影響を及ぼす。本発明では、Tiの含有量を0.02%以下とする。
【0016】
銅(Cu)について、Cuは、鋼の強度と降伏比を高めながら、溶接性に悪影響を与えない。銅の含有量が一定量を超えると、固溶化処理および時効後に、時効強化作用が生じる。等温熱処理によりCu含有クラスターCu100-x(Mn2Ni1Fe1)x(x=2~10)が生成され、このクラスターは、強い生体不適合性を有し、海洋生物付着抑制能を向上させるのに有利である。Cuの含有量が1.6%未満では、銅に富むクラスターの析出を実現できず、ε-Cuとして存在し、その体積分率が0.5%以上である場合は、効果がより顕著となる。含有量が低い場合、その作用はニッケルと似ているが、より弱い。含有量が多くなると、熱変形加工に不利となり、熱変形加工時に固溶したCuは銅脆化現象の原因となる。本発明では、Cuの含有量範囲を1.60~3.00%とする。
【0017】
クロム(Cr)について、Crは、鋼の焼入れ性を高めることができかつ二次硬化作用を有しており、鋼を脆化させることなく鋼の強度、硬度および耐摩耗性を高めることができるが、伸び率および断面収縮率を低下させることがある。Crは、調質組織における主な役割が、焼入れ性を高めて、焼入れ・焼戻し後の鋼に良好な総合的な機械的特性を持たせることである。Crの添加量が多すぎると、Cr含有炭化物は、焼戻しや溶接熱サイクル工程において、元のオーステナイト粒界に析出し、凝集・成長し、鋼板の低温靭性や溶接性を著しく損なう。本発明では、Crの含有量範囲を0.10~1.00%とする。
【0018】
ニッケル(Ni)について、Niは、オーステナイトを安定化させ、焼入れ性を高める作用を有する。鋼に一定量のNiを添加することで、強度、靭性、耐食性を高め、延性脆性転移温度を下げることができる。Ni含有鋼は、通常過熱しにくいため、高温での結晶粒の成長を防ぎ、微細な結晶粒組織を維持することができる。しかしながら、コスト要因を考慮して、本発明では、Niの含有量範囲を2.0~6.0%とし、好ましくはNiの含有量をCuの含有量の2倍とする。
【0019】
モリブデン(Mo)について、Moは、鋼において焼入れ性および熱間強度を高め、焼戻し脆性を防止することができる。Moは、調質鋼において、大きな断面の鋼部材の焼入れ深さを増加させ、鋼の耐焼戻し性または焼戻し安定性を高めることができるため、鋼部材をより高い温度で焼戻すことができる。これにより、より効果的に残留応力を除去し(または低減させ)、塑性を高める。Moの添加は、V元素が固溶状態から析出状態に転換するのに有利である。V元素の固溶強化効果は、その析出強化効果よりも著しく低いため、(V、Mo)C型炭化物の生成は、V元素の利用効果を大幅に向上させることができる。本発明では、Moの含有量範囲を0.10~1.00%とする。
【0020】
アルミニウム(Al)について、Alは、脱酸素剤または合金化元素として鋼に加えられるものであり、アルミニウムの脱酸素能がシリコンやマンガンよりも遥かに高い。アルミニウムは、鋼において主な作用が結晶粒を微細化し、鋼中の窒素を固定することで、鋼の衝撃靭性を著しく高めて、冷間脆性の傾向および時効の傾向を軽減することである。また、アルミニウムは、鋼の耐食性を高めることができ、特にモリブデン、銅、シリコン、クロム等の元素と組み合わせて使用する場合、効果がより良好となる。アルミニウムの欠点は、鋼の熱間加工性、溶接性および切削加工性に影響を与えることである。本発明では、Alの含有量範囲を0.04%以下とする。
【0021】
リン(P)について、Pは、鉱石から鋼に持ち込まれるものであり、Sと同様に有害な元素の1つである。Pは、鋼材の強度や硬度を高めることができるが、塑性や衝撃靭性の著しい低下を引き起こし、特に低温では鋼材を著しく脆化させる。Pの含有量が多いほど、冷間脆性が大きくなる。Pを低いレベルになるまで除去すると、製鋼のコストが著しく増加する。本発明では、Pの含有量範囲を0.015%以下とする。
【0022】
硫黄(S)について、Sは、製鋼用の鉱石や燃料コークスに由来するものであり、鋼に最も一般的な有害元素の1つであり、鋼の延性、靭性、溶接性、耐食性に不利である。SがFeSの形態で鋼に存在すると、熱間加工時に「熱間脆化」を引き起こすおそれがある。本発明では、Sの含有量範囲を0.005%以下とする。
【0023】
海洋生物付着抑制能を有する960MPa級超高強度鋼板の製造方法は、製錬→連続鋳造→ビレット再加熱→高圧水によるスケール除去→再結晶域圧延→未再結晶域圧延→加速冷却→焼戻し熱処理の工程を有し、具体的なステップが以下の通りである。
1)ビレット再加熱:加熱温度TFを1150℃~1250℃とし、炉内での合計時間tFを4~6hとする;
2)高圧水によるスケール除去:スケール除去効果を確実にし、スケール除去後の連続鋳造ビレットの温度Ts≧1120℃とする;
3)再結晶域圧延:第1段階の圧延となり、最終圧延温度TRf≧980℃、累積圧下率εR≧50%とする;
4)未再結晶域圧延:第2段階の圧延となり、圧延開始温度TFs≦920℃、最終圧延温度TFf≧860℃、累積圧下率εF≧60%とし、且つ未再結晶オーステナイトの高さを20μm以下とする;
5)加速冷却:鋼板の圧延を完了した後、直接室温までに急冷し、冷却開始温度TCsを820~860℃とする;
6)焼戻し熱処理:水冷完了後の鋼板を焼戻し熱処理に供し、焼戻し温度TTを500~700℃の間に製御し、焼戻し保温時間tTを仕上鋼板の厚さhに応じてh*(1.5~3.5)minとし、Cu含有クラスターCu100-x(Mn2Ni1Fe1)x(x=2~10)の体積分率Vfを0.5%以上とする。
【0024】
本発明では、Cu、V等の元素による複合析出強化を採用し、連続鋳造ビレットの加熱温度を1150~1250℃の間、炉内での合計時間を4~6hの間に制御することで、合金元素の析出相がオーステナイトへ十分に再溶解することを確保し、その後の制御圧延工程において再結晶抑制、固溶強化、析出強化、結晶粒微細化などの有益な効果を十分に発揮させ、最終的な組織構造を得るための成分および温度上の準備をしておく。選択した温度と時間の範囲より低いと、固溶が不十分となり、最終的な鋼板強度に影響を及ぼし、選択した時間と温度の範囲より高いと、連続鋳造ビレットの元のオーステナイト結晶粒が粗大化になりやすく、鋼板靭性の制御に不利である。
【0025】
連続鋳造ビレットを炉内から取り出した後、鋼板の圧延表面の品質を確保するために、まず高圧水によるスケール除去を行う。スケール除去後、温度を1120℃より低くすると、圧延段階での圧延負荷が増加する。
2段階の圧延を行う。第1段階の圧延は、オーステナイト再結晶温度域での圧延であり、980℃の前に圧延を完了させるのは、部分再結晶温度域に入って結晶粒のサイズが不均一になることを避けるためである。高い温度域で圧延を完了させることで、圧延部材の変形条件が良好となり、パス圧下量が向上する。第1段階の累積圧下率を50%以上とするのは、第2段階で圧延した初期の等軸オーステナイト結晶粒が十分に微細化することを確保するためである。この時のオーステナイト結晶粒のサイズは、オーステナイトの初期高さとなる。
【0026】
第2段階の圧延は、未再結晶域での圧延であり、圧延温度域を860~920℃とする。温度が920℃より高いと、圧延部材は、部分再結晶域に入って結晶粒が不均一になるおそれがある。一方、温度が860℃より低いと、その後の直接加速冷却に必要な開始温度を確保することが困難となる。第2段階の累積圧下率を50%以上とするのは、再結晶オーステナイト結晶粒を十分に扁平化させるためである。これは、その後の組織変態、組織微細化および性能制御に有利である。特に十分に扁平化されたオーステナイト結晶粒は、内部に多数の転位(dislocation)を有し、Cu含有クラスターCu100-x(Mn2Ni1Fe1)x(x=2~10)などの固体相転移の形成に有利な条件を提供する。
【0027】
鋼板の圧延を完了した後、鋼板がマルテンサイト組織に変態するように、820~860℃の温度から直接室温までに急冷する。
鋼板の加速冷却を完了した後、焼戻し熱処理を行う。焼戻し保温温度が700℃よりも高くなることは、鋼板の強度を著しく低下させ、鋼板の最終的な強度と靭性のバランスに不利である。この場合、Cu含有クラスターCu100-x(Mn2Ni1Fe1)x(x=2~10)は、平衡含有量が比較的低く且つ成長しやすいため、クラスターの点密度が減少し、海洋生物付着を抑制するのに不利である。一方、500℃よりも低くなると、焼入れマルテンサイトの焼戻しが不十分となり、低温靭性に不利であり、且つCu含有クラスターCu100-x(Mn2Ni1Fe1)x(x=2~10)の含有量を達成するのにより長い保持時間を要する。焼戻し保温時間が長すぎると強度が低下し、焼戻し保温時間が短く過ぎると靭性が足りないため、加熱係数を1.5~3.5min/mmとする。
【発明の効果】
【0028】
本発明は、従来技術に比べて、下記の有益な効果を奏する。
1)本発明は、Sb、Snを使用せず、ホウ素元素を添加せず、Cu、Vを用いてマルテンサイトマトリックスに複合析出強化し、Cuに富むクラスターを用いてより優れた生物付着抑制能を達成し、船舶または海洋工学構造物の主要部位に使用される鋼の材料選択要件を満たすことができる。
2)熱処理の等温過程で形成されるCu含有クラスターCu100-x(Mn2Ni1Fe1)x(x=2~10)は、海洋生物付着を抑制する鍵となり、組成設計では、比較的高いMnとNiの含有量を採用し且つNiとFeの含有量をCuの含有量よりも高くして高い熱力学的駆動力を持たせ、クラスターの形成を促進する。
3)圧延後に二次加熱が不要となり、直接焼入れ工程を採用して生産するため、省エネルギーと生産効率の向上が図れる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施例に基いて本発明の実施例における技術的手段を明確かつ完全に説明するが、これらの実施例が本発明の実施例のすべてではなく一部にすぎないことは明らかである。本発明の実施例に基づいて創造的な努力なしに当業者によって得られる他の実施例は、いずれも本発明の保護範囲に含まれる。
海洋生物付着抑制能を有する960MPa級超高強度鋼板は、化学成分が、重量百分率で、C 0.03%~0.12%、Si 0.05%~0.20%、Mn 0.50%~2.00%、P≦0.015%、S≦0.005%、Cu 1.60%~3.00%、Cr 0.10%~1.00%、Ni 2.0%~6.0%、Mo 0.10%~1.00%、Nb≦0.10%、V≦0.10%、Ti≦0.02%、Al≦0.04%であり、残部がFeおよび不可避的不純物元素である。
【0030】
海洋生物付着抑制能を有する960MPa級超高強度鋼板の製造方法は、製鋼、精錬、鋳造、圧延、冷却および熱処理の工程を含み、具体的なステップが以下の通りである。
1)製鋼および連続鋳造:溶鋼の製錬工程では、鋼板の組成要求に従って各元素の含有量を厳密に制御し;製錬工程は、溶銑前処理→転炉製錬→炉外精錬であり;連続鋳造工程では、全工程保護鋳造をし、電磁撹拌、軽圧下および重圧下のうちの1種または複数種を行い、ビレットの内部・外部の品質を厳密に制御する。
2)ビレット再加熱:加熱温度TFを1150℃~1250℃とし、炉内での合計時間tFを4~6hとする;
3)高圧水によるスケール除去:スケール除去効果を確実にし、スケール除去後の連続鋳造ビレットの温度Ts≧1120℃とする;
4)再結晶域圧延:第1段階の圧延となり、最終圧延温度TRf≧980℃、累積圧下率εR≧50%とする;
5)未再結晶域圧延:第2段階の圧延となり、圧延開始温度TFs≦920℃、最終圧延温度TFf≧860℃、累積圧下率εF≧60%とし、且つ未再結晶オーステナイトの高さを20μm以下とする;
6)加速冷却:鋼板の圧延を完了した後、直接室温までに急冷し、冷却開始温度TCsを820~860℃とする;
7)焼戻し熱処理:水冷完了後の鋼板を焼戻し熱処理に供し、焼戻し温度TTを500~700℃の間に製御し、焼戻し保温時間tTを仕上鋼板の厚さhに応じてh*(1.5~3.5)minとし、Cu含有クラスターCu100-x(Mn2Ni1Fe1)x(x=2~10)の体積分率Vfを0.5%以上とする。
【実施例】
【0031】
表1は本発明の実施例における鋼材の化学成分を示す。
【表1】
【0032】
表2は本発明の実施例における鋼の圧延および熱処理プロセスパラメータを示す。
【表2】
【0033】
表3は本発明の実施例における鋼の機械的特性を示す。
【表3】
【0034】
表1、表2および表3のデータから、本発明に係る技術的手段により製造した鋼板は、降伏強度≧965MPa、引張強度≧1005MPa、伸び≧15%、-40℃でのシャルピー衝撃エネルギー≧70Jであり、優れた強度と靭性のバランス、および海洋生物付着抑制能を有しており、プロセスウィンドウの全範囲における鋼板の性能変動が小さいことが分かる。
【0035】
本発明の実施例を示したが、本発明の原理および趣旨を逸脱しない範囲でこれらの実施例に対してさまざまな変更、修正、置換および変形を行うことができること、並びに、本発明の範囲が添付の特許請求の範囲およびその均等物によって限定されることは、当業者が理解すべきである。
【国際調査報告】