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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-07-30
(54)【発明の名称】近赤外分光法の脳信号
(51)【国際特許分類】
   A61B 10/00 20060101AFI20240723BHJP
   G01N 21/359 20140101ALI20240723BHJP
【FI】
A61B10/00 E
A61B10/00 H
G01N21/359
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024503683
(86)(22)【出願日】2022-07-11
(85)【翻訳文提出日】2024-03-08
(86)【国際出願番号】 EP2022069275
(87)【国際公開番号】W WO2023001616
(87)【国際公開日】2023-01-26
(31)【優先権主張番号】21382675.3
(32)【優先日】2021-07-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(31)【優先権主張番号】21382733.0
(32)【優先日】2021-08-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.BLUETOOTH
(71)【出願人】
【識別番号】524024421
【氏名又は名称】ニューマンブレイン ソシエダッド リミターダ
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】イバニェス バジェステロス ホアキン
(72)【発明者】
【氏名】モリナ ロドリゲス セルヒオ
(72)【発明者】
【氏名】ベルモンテ マルティネス カルロス
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA01
2G059BB04
2G059BB08
2G059BB12
2G059BB13
2G059CC18
2G059EE01
2G059EE11
2G059FF04
2G059GG02
2G059GG03
2G059GG06
2G059HH01
2G059HH06
2G059KK01
2G059KK03
2G059MM01
(57)【要約】
被験者1における近赤外分光法(fNIRS)の脳信号SCSを取得する方法であって、被験者1の頭部の皮膚に近赤外エミッタ2、並びにそれぞれ近位及び遠位の近赤外検出器3を配置するステップと、被験者が安静状態のベースライン記録段階t中に、近赤外信号を記録するステップであって、記録した信号が、ベースライン深部信号BDS及びベースライン浅部信号BSSを含む、ステップと、所定のタスク周波数fにおけるベースライン深部信号の振幅とベースライン浅部信号の振幅との間のスケーリング係数Kを算出するステップと、刺激記録段階t中に被験者がタスク周波数における周期的脳刺激を受けている状態で、近赤外信号を記録するステップであって、記録した信号が、浅部信号SSS及び深部信号SDSを含む、ステップと、浅部信号にスケーリング係数を適用するステップと、タスク周波数fにおける深部信号とスケーリングされた浅部信号との間の差分としてタスク周波数における脳信号を算出するステップとを含む、方法。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者(1)における近赤外分光法(fNIRS)の脳信号(SCS)を取得する方法であって、
前記被験者(1)の頭部の皮膚に、近赤外エミッタ(2)並びにそれぞれ近位及び遠位の近赤外検出器(3)を配置するステップと、
前記被験者が安静状態のベースライン記録段階(t)中に、前記近位及び遠位の近赤外検出器(3)において前記近赤外エミッタ(2)から受信した近赤外信号をコンピュータ(20)によって記録するステップであって、記録した前記信号が、
遠位検出器(3b)によって受信したベースライン深部信号(BDS)と、
近位検出器(3a)によって受信したベースライン浅部信号(BSS)と、
を含む、ステップと、
所定のタスク周波数(f)における前記ベースライン深部信号(BDS)の振幅と前記ベースライン浅部信号(BSS)の振幅との間のスケーリング係数(K)を前記コンピュータ(20)によって算出するステップと、
刺激記録段階(t)中に、前記被験者が前記タスク周波数(f)における周期的脳刺激を受けている状態で、前記近位及び遠位の検出器(3)において前記近赤外エミッタ(2)から受信した近赤外信号を前記コンピュータ(20)によって記録するステップであって、記録した前記信号が、
前記近位検出器(3a)によって受信した浅部信号(SSS)と、
前記遠位検出器(3b)によって受信した深部信号(SDS)と、
を含む、ステップと、
前記浅部信号(SSS)にスケーリング係数(K)を適用することと、
前記タスク周波数(f)における前記深部信号(SDS)とスケーリングされた前記浅部信号(KSSS)との間の差分として前記タスク周波数(f)における前記脳信号(SCS)を算出することと、
を行うことによって、刺激中の前記タスク周波数(f)における前記脳信号(SCS)を前記コンピュータ(20)によって取得するステップと、
を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、
前記脳刺激が、知的又は認知的活動である、
ことを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法であって、
前記脳刺激が、視覚的、聴覚的、嗅覚的、味覚的、体性感覚的、又は運動活動である、
ことを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の方法であって、
刺激記録段階(t)中に前記タスク周波数(f)における前記脳信号(SCS)を前記コンピュータ(20)によって取得する前記ステップが、前記脳信号(SCS)の位相及び振幅を前記コンピュータ(20)によって取得するステップを含む、
ことを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法であって、
刺激中の前記脳信号(SCS)の位相及び振幅を前記コンピュータ(20)によって取得する前記ステップが、
前記タスク周波数(f)における刺激中の前記深部信号(SDS)に対応する深部信号フェーザ(XDS)を前記コンピュータ(20)によって決定するステップであって、前記深部信号フェーザ(XDS)が、
前記タスク周波数(f)における前記深部信号(SDS)と前記浅部信号(SSS)との間の位相差である位相(ΦDS)と、
前記タスク周波数(f)における前記深部信号(SDS)の振幅である振幅(ADS)と、
を有する、ステップと、
前記タスク周波数(f)における刺激中の前記浅部信号(SSS)に対応する浅部信号フェーザ(XSS)を前記コンピュータ(20)によって決定するステップであって、前記浅部信号フェーザ(XSS)が、
基準である位相(ΦSS)と、
前記スケーリング係数(K)によって乗算された、前記タスク周波数(f)における前記浅部信号(SSS)の振幅である振幅(ASS)と、
を有する、ステップと、
前記深部信号フェーザ(XDS)から前記浅部信号フェーザ(XDS)を減算することによって、脳信号フェーザ(XCS)を前記コンピュータ(20)によって決定するステップと、
前記タスク周波数(f)における推定された前記脳信号(SCS)の位相及び振幅を前記コンピュータ(20)によって算出するステップと、
を含む、
ことを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の方法であって、
前記タスク周波数(f)における前記深部信号(SDS)と前記浅部信号(SSS)との間の位相差が、前記深部信号(SDS)と前記浅部信号(SSS)との間の周波数領域における経験的伝達関数(TF)を前記コンピュータ(20)によって算出することと、前記タスク周波数(f)における前記伝達関数(TF)の引数を前記コンピュータ(20)によって算出することとを行うことによって取得される、
ことを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の方法であって、
前記タスク周波数(f)における前記基底深部信号(BDS)の振幅と前記基底浅部信号(BSS)の振幅との間のスケーリング係数(K)を前記コンピュータ(20)によって算出する前記ステップが、前記基底深部信号(BDS)と前記基底浅部信号(BSS)との間の複素周波数依存性の基底伝達関数(bTF)の近似を前記コンピュータ(20)によって算出するステップと、前記タスク周波数(f)における前記基底伝達関数(bTF)のゲインとして前記スケーリング係数(K)を前記コンピュータ(20)によって決定するステップとを含む、
ことを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載の方法であって、
前記タスク周波数(f)が、0.015Hzから0.07Hzまでの間の周波数である、
ことを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項8に記載の方法であって、
前記タスク周波数(f)が、0.025Hzから0.05Hzまでの間の周波数である、
ことを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項9に記載の方法であって、
前記タスク周波数(f)が、0.033Hzの周波数である、
ことを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項1から10のいずれか1項に記載の方法であって、
近赤外エミッタ並びにそれぞれ近位及び遠位の近赤外検出器の複数の群を有し、
前記方法が、群ごとに取得された前記浅部信号(SSS)及び前記深部信号(SDS)を前記コンピュータ(20)によって平均化するステップをさらに含む、
ことを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項1から11のいずれか1項に記載の方法であって、
前記刺激記録段階(t)中に前記コンピュータ(20)によって記録する前記ステップが、
前記被験者に刺激を行う半周期(T/2)と、
ベースラインの安静をとる半周期(T/2)と、
を交互に入れ替えるステップを含む、
ことを特徴とする方法。
【請求項13】
請求項12に記載の方法であって、
刺激を行う前記半周期とベースラインの安静をとる前記半周期とが、同じ持続時間を有する、
ことを特徴とする方法。
【請求項14】
被験者(1)における近赤外分光法(fNIRS)の脳信号(SCS)を取得するシステム(100)であって、
近赤外エミッタ(2)、並びにそれぞれ近位及び遠位の近赤外検出器(3)を備えるデバイスであって、被験者(1)の頭部の皮膚に近赤外エミッタ(2)、並びにそれぞれ近位及び遠位の近赤外検出器(3)を配置するように適合された、デバイス(10)と、
前記被験者が安静状態のベースライン記録段階(t)中に、前記近位及び遠位の近赤外検出器(3)において前記近赤外エミッタ(2)から受信した近赤外信号を記録するステップであって、記録した前記信号が、
遠位検出器(3b)によって受信したベースライン深部信号(BDS)と、
近位検出器(3a)によって受信したベースライン浅部信号(BSS)と、
を含む、ステップと、
所定のタスク周波数(f)における前記ベースライン深部信号(BDS)の振幅と前記ベースライン浅部信号(BSS)の振幅との間のスケーリング係数(K)を算出するステップと、
刺激記録段階(t)中に、前記被験者が前記タスク周波数(f)における周期的脳刺激を受けている状態で、前記近位及び遠位の検出器(3)において前記近赤外エミッタ(2)から受信した近赤外信号を記録するステップであって、記録した前記信号が、
前記近位検出器(3a)によって受信した浅部信号(SSS)と、
前記遠位検出器(3b)によって受信した深部信号(SDS)と、
を含む、ステップと、
前記浅部信号(SSS)に前記スケーリング係数(K)を適用することと、
前記タスク周波数(f)における前記深部信号(SDS)とスケーリングされた前記浅部信号(KSSS)との間の差分として前記タスク周波数(f)における前記脳信号(SCS)を算出することと、
を行うことによって、刺激中の前記タスク周波数(f)における前記脳信号(SCS)を取得するステップと、
を実行するための手段を備えたコンピュータ(20)と、
を備えることを特徴とするシステム(100)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定のタスク周波数において、周期的脳刺激を使用して被験者における近赤外分光法の脳信号を取得する方法に関し、脳信号は、身体の他の部位の干渉成分を含まないクリーンなものであるため、脳信号は、主に脳活動に対応するものとなっている。
【背景技術】
【0002】
神経血管連関原理に基づいて、機能的近赤外分光法(fNIRS:functional near-infrared spectroscopy)は、神経酸素消費によって引き起こされる血行動態変化を検出することを目的とする。NIRSは、非侵襲的な光学撮像技術であり、酸素化ヘモグロビン(HbO:oxygenated hemoglobin)及び脱酸素化ヘモグロビン(HbR:deoxygenated hemoglobin)における相対的な濃度変化を通して脳の(ほとんどの場合、皮質の)活動を測定するために広く使用されている(レビューについては、オブリグ(Obrig)及びビルリンガー(Villringer)、2003、ピンティー(Pinti)ら、2018を参照されたい)。
【0003】
fNIRS研究における主な課題は、神経血管連関による血行動態反応を、他の交絡成分から確実に探り当てることである(タクツィディズ(Tachtsidis)及びスコルクマン(Scholkmann)、2016)。脳活動によって引き起こされるfNIRSの変化は、本来、低振幅であり、残念ながら、大脳皮質に由来しない他の変動とも重複する。そのような変動としては、主に、(i)脳領域及び脳外領域の両方において検出可能な全身血行動態活動(バウーアーンファインド(Bauernfeind)、リエスネガー(Wriessnegger)、デーリー(Daly)、及びマラー・パッツ(Muller-Putz)、2014、ミナッティー(Minati)、クレス(Kress)、ビサニー(Visani)、メドフォッド(Medford)、及びクリッチリー(Critchley)、2011、タクツィディズ(Tachtsidis)ら、2009)、(ii)頭部全体にわたる表在組織層における局所的血流量変化(キリーリーナー(Kirilina)ら、2012)、並びに(iii)計装ノイズ及び他のアーチファクトが挙げられる。(単に自然発生したものとは言い難い)最初の2つは、認知的、感情的、又は物理的タスクによっても引き起こされ得る。信号のこれらの非皮質のタスク関連成分の変調が、関心のある脳活性化の動力学を模倣する場合、干渉及びノイズの重要な発生源となり得る(ナンブ(Nambu)ら、2017、ナーシー(Nasi)ら、2013、ジメオ モレー(Zimeo Morais)ら、2017)。このタスク関連成分の変調による影響は非常に大きく、タカハシ(Takahashi)ら(2011)が、タスク関連の皮膚血流量(SBF:skin blood flow)の変化によって、言語流暢性実験におけるNIRS信号の90%超について説明できることを示し、さらにミナッティー(Minati)ら(2011)が、動脈圧(ABP:arterial blood pressure)の変動の強い交絡効果を実証しているほどである。
【0004】
機能的反応の存在をより適切に推測するために、実験的プロトコルは、異なる反応(又は反応なし)が期待される対照条件を介在させて、刺激を十分な回数だけ繰り返すことによって統計力を増大させようと試みる。そのため、fNIRS実験は、しばしば、それぞれ、持続性又は一過性の反応の分析を望むかどうかに応じて、ブロック分けデザイン又は事象関連デザインを使用していた(ピンティー(Pinti)ら、2018)。事象デザインは、通常、順序がランダム化され、一定の又はジッターのある刺激間間隔によって分離された短時間刺激を使用する。ブロックデザインは、ある条件において十分に長い時間間隔で刺激を提示した後、異なる条件又は安静のための刺激間間隔を置くことによって、知的関与を維持しようと試みる(アーマーロー(Amaro)及びバーカー(Barker)、2006)。「持続性」反応と「一過性」反応との間の相互作用を調査するために、混合デザインを使用することもできる(ピータセン(Petersen)及びドゥービス(Dubis)、2012)。
【0005】
刺激提示方策に応じて、機能的な血行動態反応について推論を行い、それを交絡干渉から単離するために様々な分析法が開発されてきた(レビューについては、サングホー タック(Sungho Tak)及びイー(Ye)、2014を参照されたい)。古典的な平均化方策は、堅牢な結果が得られるが、t検定又はANOVAなどの通常の平均化ベースの統計検定では、fNIRS信号の形状又は経時変化の推測が可能ではないため、より強力な方法によって漸進的に置き換えられてきている。これらの方法としては、一般線形モデル(GLM:general linear model)フレームワーク(K.フリストン(Friston)、アシュバーナー(Ashburner)、カイベル(Kiebel)、及びニコルズ(Nichols)、2007、シュローター(Schroeter)、バチェラー(Bucheler)ら、2004)、主成分分析(PCA:principal component analysis)及び独立成分分析(ICA:independent component analysis)としてのデータドリブンアプローチ(コノー(Kohno)ら、2007、イヘング ジャング(Yiheng Zhang)、ブルックス(Brooks)、フラーンチェスキーニー(Franceschini)、及びボーアズ(Boas)、2005)、並びに動的状態空間モデリング(ダイアモンド(Diamond)ら、2006、コーレマイネン(Kolehmainen)、プリンス(Prince)、アリッジ(Arridge)、及びカイピオー(Kaipio)、2003)が挙げられる。GLMは、測定されたfNIRS信号が、期待される神経反応を反映する血行動態モデルにどれほどよく適合するかを定量化するために、最も広く採用されている統計的フレームワークの1つである。これは、fNIRSの良好な時間分解能を活用し、回帰モデル内の様々な共変量(例えば、生理的信号)を含むことを可能にする。その最も基本的な形態では、モデルは、血行動態反応関数(HRF:hemodynamic response function)を神経反応の仮説的な経時変化を符号化する刺激関数で畳み込むことによって取得される(コー(Koh)ら、2007、サングホー タック(Sungho Tak)及びイー(Ye)、2014)。したがって、GLMは、線形モデルを構築するために、特定のHRF(しばしばfMRI試験から取られる)と、他の妨害回帰子との組合せを必要とする仮説ドリブンアプローチであり、これは、タスクタイプ、脳領域、及び参加者の特異性によっては明確でない場合がある。さらに、GLMは、いくつかの統計的問題に起因してfNIRS信号に適用する際に特別な注意を要する(ハパート(Huppert)、2016、ハパート(Huppert)、ダイアモンド(Diamond)、フラーンチェスキーニー(Franceschini)、及びボーアズ(Boas)、2009、コー(Koh)ら2007)。対照的に、PCA法及びICA法は、それぞれ、直交性及び独立性という一般的な統計的仮定のみに依拠している。fNIS信号を構成する混合成分を分離することは有用であるが、それらのうちのどれがタスク関連であり、どれがタスク関連でないのかを明らかにするために追加の処理が必要となり、脳外反応と脳反応とが相関している場合には特に困難である(ズー(Zhou)、ソブチャック(Sobczak)、ムケー(McKay)、及びリトブスキー(Litovsky)、2020)。カルマンフィルタに主に基づく状態空間モデルは、fNIRS信号の時間変化する特性を記述し、HRFを推定するための複雑な血行動態モデルを構築することを可能にする。動的分析は、HRFのより良い推定を提供し、非定常信号をより適切に考慮するように思われるが、依然として、モデル仕様及び状態空間推定器における改善を必要としている。
【0006】
各実験法の長所及び短所にかかわらず、fNIS信号に寄与する表在層の参照を得るために、短距離記録を含めることは、すべてにとって利点となる(レビューについては、ファーンティーニー(Fantini)、フレドレック(Frederick)、及びササーロリー(Sassaroli)、2018、タクツィディズ(Tachtsidis)及びスコルクマン(Scholkmann)、2016、サングホー タック(Sungho Tak)及びイー(Ye)、2014を参照されたい)。多重距離測定は、実際の脳反応を単離するのに特に有効であると考えられる。しかしながら、例えば、信号源と検出器との間の距離の理想的な範囲、短チャネルの最適数、及び長チャネルに対するそれらの配置構成に関するいくつかの未解決の疑問は残る。理想的には、表面血行動態の異種混成の性質を示す証拠が増加している(ワイザー(Wyser)ら、2020)ため、各長チャネルは、少なくとも1つの近くの短チャネルとペアにされるべきである。残念ながら、そのようなペア測定の厳密な空間構成は、現在、今日最も一般的に使用されているNIRSデバイスでは可能ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許第11016567号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
したがって、本発明の目的は、長チャネル及び短チャネルへのアクセスのみを有する被験者において近赤外分光法の脳信号を取得する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、被験者における近赤外分光法の脳信号を取得する方法について説明する。本質的には、本方法は、被験者の頭部の皮膚に近赤外エミッタ、並びにそれぞれ近位及び遠位の近赤外検出器を配置するステップと、被験者が安静状態のベースライン記録段階中に、近位及び遠位の近赤外検出器において近赤外エミッタから受信した近赤外信号をコンピュータによって記録するステップであって、記録した信号が、遠位の近赤外検出器によって受信したベースライン深部信号と、近位の近赤外検出器によって受信したベースライン浅部信号とを含む、ステップと、所定のタスク周波数におけるベースライン深部信号の振幅とベースライン浅部信号の振幅との間のスケーリング係数をコンピュータによって算出するステップと、刺激記録段階中に被験者がタスク周波数における周期的脳刺激を受けている状態で、近位及び遠位の検出器において近赤外エミッタから受信した近赤外信号をコンピュータによって記録するステップであって、記録した信号が、遠位の近赤外検出器によって受信した深部信号と、近位の近赤外検出器によって受信した浅部信号とを含む、ステップとを含む。その後、本方法は、浅部信号にスケーリング係数を適用することと、タスク周波数における深部信号とスケーリングされた浅部信号との間の差分としてタスク周波数における脳信号を算出することとを行うことによって、刺激中のタスク周波数における脳信号をコンピュータによって取得するステップを含む。本方法のステップは、それに従ってプログラムされた、コンピュータ又はデータ処理装置によって実行することができる。コンピュータは、本方法のステップを実行するように簡便にプログラムされたソフトウェアを含む単一のコンピュータとすることができる。また、当業者に知られているように、組み込みデバイスもしくは分散型コンピュータシステム、又は他の既知のコンピュータの配置構成が、本方法を実行するために使用され得る。
【0010】
有利には、周期的認知タスクなど、所定のタスク周波数において周期的脳刺激を実行することは、fNIRS記録において測定可能な周期性の血行動態変動を誘導するため、周波数領域における有効な分析に対して好適な振動状態を生成することができる。そのため、前頭部に対して多重距離記録を実行しながら、特定の周波数において周期的ブロックデザイン内で暗算タスクを採用することができる。
【0011】
以前は、表面変動は、除去すべき厄介な交絡子と考えられるものに過ぎなかったが、本発明ではそうではなく、変動は価値のある情報、すなわち、fNIRSデータのより深い理解を得ることだけでなく、おそらくは同じくらい重要である、神経-内臓リンクの動力学全体をより厳密に評価することに対しても必須であることが判明し得る情報の運び手として見るため、所定のタスク周波数における周期的脳刺激中に深部信号及び浅部信号から脳信号を算出できるようになっている。
【0012】
タスク関連の覚醒メカニズムは、認知機能と自律神経調節との間の密な相互作用を必要とする(フォーテー(Forte)、ディー パスキャリズ(De Pascalis)ら、2019、フォーテー(Forte)、ファビアーリー(Favieri)ら、2019、ニーコーリーニー(Nicolini)ら、2014、セーヤー(Thayer)及びレーン(Lane)、2009、ワング(Wang)ら、2016)。したがって、自律神経調節は、実行脳領域における活動レベルに関連付けられると考えられ、これにより、環境需要に対する適応的反応が可能となる。反対に、自律神経不全は、特定の認知機能、具体的には、実行機能の劣化に関連している場合がある(フォーテー(Forte)、ディー パスキャリズ(De Pascalis)ら、2019、フォーテー(Forte)、ファビアーリー(Favieri)ら、2019)。このような脳外及び脳反応とタスク周波数との密接な協調は、大きな機能的価値を有し得る。生理的反応間の正しい連関は、適切な認知機能及び/又は心血管機能のサイン、並びにその崩壊のサイン、すなわち、認知低下及び/又は心血管疾患の潜在的な初期マーカーとなり得る。したがって、タスク周波数における脳信号、及びその脳外反応との関連性は、脳機能変化に関与する臨床的概念の中でもとりわけ、アルツハイマー病のような認知症、自閉症やADHDのような神経発達障害、及び自律神経不全の診断及び評価に有用となり得る。
【0013】
本発明の一実施形態によれば、脳刺激は、暗算タスクなどの、知的又は認知的活動であるため、近赤外分光法の脳信号は、知的又は認知的活動によって引き起こされる脳反応と一致する。
【0014】
本発明の別の実施形態によれば、脳刺激は、視覚的、聴覚的、嗅覚的、味覚的、体性感覚的、又は運動活動であり得るため、近赤外分光法の脳信号は、対応する脳刺激によって引き起こされる脳反応と一致する。
【0015】
本発明の一実施形態によれば、刺激中のタスク周波数における脳信号を取得するステップは、脳信号の位相、すなわち、位相角、及び振幅をコンピュータによって取得するステップを含む。脳信号は、タスク周波数に等しい周波数を有することが期待されるため、脳信号を取得するのに必要とされる成分は、周波数が既知であるので、その振幅及び位相となる。したがって、タスク周波数においてフィルタリングされた、深部信号とスケーリングされた浅部信号との間の差分は、脳信号の位相、すなわち、位相角、及び振幅を提供する。
【0016】
本発明の一実施形態によれば、刺激中の脳信号の位相及び振幅をコンピュータによって取得するステップは、タスク周波数における刺激中の深部信号に対応する深部信号フェーザをコンピュータによって決定するステップであって、深部信号フェーザが、タスク周波数における深部信号と浅部信号との間の位相差である位相と、タスク周波数における浅部信号の振幅である振幅とを有する、ステップと、タスク周波数における刺激中の浅部信号に対応する浅部信号フェーザをコンピュータによって決定するステップであって、浅部信号フェーザが、基準位相(例えば、0°)と、スケーリング係数によって乗算された、タスク周波数における浅部信号の振幅とを有する、ステップと、深部信号フェーザから浅部信号フェーザを減算する、すなわち、それらの差分を算出することによって、脳信号フェーザをコンピュータによって決定するステップと、タスク周波数における推定された脳信号の位相及び振幅をコンピュータによって算出するステップとを含む。有利には、浅部信号及び深部信号の周波数の有意成分は、タスク周波数に等しい周波数であることが判明しているため、浅部信号及び深部信号から導出されたタスク周波数におけるフェーザを適切に結合することによって、脳信号を取得することができる。
【0017】
本発明の一実施形態によれば、タスク周波数における深部信号と浅部信号との間の位相差は、深部信号と浅部信号との周波数領域における経験的伝達関数をコンピュータによって算出することと、タスク周波数における伝達関数の引数をコンピュータによって算出することとを行うことにより取得されるため、経験的伝達関数を使用して、脳外反応と脳反応との間の時間的協調を取得することにより、機能的脳活動に対応する脳信号の位相をコンピュータによって推定することができる。
【0018】
本発明の一実施形態によれば、タスク周波数における基底深部信号の振幅と基底浅部信号の振幅との間のスケーリング係数をコンピュータによって算出するステップは、基底深部信号と基底浅部信号との間の複素周波数依存性の基底伝達関数の近似をコンピュータによって算出するステップと、タスク周波数における基底伝達関数のゲインとしてスケーリング係数をコンピュータによって決定するステップとを含むため、経験的伝達関数は、機能的脳活動のゲインをコンピュータによって推定するためにも使用することができ、これは、脳信号の取得に適用することができる。したがって、脳信号のゲイン又は振幅及び位相の両方が、深部信号及び浅部信号に適用された伝達関数を使用してコンピュータによって取得され得る。
【0019】
本発明の一実施形態によれば、タスク周波数は、0.015Hzから0.07Hzまでの間の周波数であるため、心臓の鼓動、呼吸、又はメイヤー動脈圧波によって引き起こされる振動など、身体の自然な振動は、脳信号に影響を及ぼさない。好ましくは、タスク周波数は、0.025Hzから0.05Hzまでの間の周波数とし、タスク周波数が、身体の既知の自然な振動から十分離れているようにする。より好ましくは、タスク周波数は、0.033Hzの周波数とし、対応する周期が、周期的脳刺激中の各周期の持続時間を計算するために容易に測定可能である、15秒となるようにする。
【0020】
関心領域によって群分けされた、近赤外エミッタ、並びにそれぞれ近位及び遠位の近赤外検出器の複数の群を有する、本発明の一実施形態によれば、本方法は、群ごとに取得された浅部信号及び深部信号をコンピュータによって平均化するステップをさらに含み、これにより、信号が平均化されて、関心領域ごとの信号対雑音比が低減されるようにする。
【0021】
本発明の一実施形態によれば、刺激中に記録するステップは、被験者に周期的知的タスクを刺激する半周期と、ベースラインの安静をとる半周期とを交互に入れ替えるステップを含み、タスク周波数が記録フェーズ中に維持され、タスク周波数における深部信号及び浅部信号の成分を促進することが可能となっている。したがって、刺激を行う半周期とベースラインの安静をとる半周期とが同じ持続時間を有することも期待される。
【0022】
被験者における近赤外分光法の脳信号を取得するシステムについても開示され、本システムは、近赤外エミッタ、並びにそれぞれ近位及び遠位の近赤外検出器を備えるデバイスであって、被験者の頭部の皮膚に近赤外エミッタ、並びにそれぞれ近位及び遠位の近赤外検出器を配置するように適合された、デバイスと、被験者が安静状態のベースライン記録段階中に、近位及び遠位の近赤外検出器において近赤外エミッタから受信した近赤外信号を記録するステップであって、記録した信号が、遠位検出器によって受信したベースライン深部信号と、近位検出器によって受信したベースライン浅部信号とを含む、ステップと、所定のタスク周波数におけるベースライン深部信号の振幅とベースライン浅部信号の振幅との間のスケーリング係数を算出するステップと、刺激記録段階中に被験者がタスク周波数における周期的脳刺激を受けている状態で、近位及び遠位の検出器において近赤外エミッタから受信した近赤外信号を記録するステップであって、記録した信号が、近位検出器によって受信した浅部信号と、遠位検出器によって受信した深部信号とを含む、ステップと、浅部信号にスケーリング係数を適用することと、タスク周波数における深部信号とスケーリングされた浅部信号との間の差分としてタスク周波数における脳信号を算出することとを行うことによって刺激中のタスク周波数における脳信号を取得するステップとを実行するための手段を備えたコンピュータとを備える。タスク周波数における深部信号とスケーリングされた浅部信号との間の差分は、タスク周波数における深部信号のフェーザとスケーリングされた浅部信号のフェーザとの差分としてコンピュータで算出することができるため、脳信号の位相及び振幅は、非侵襲的な方法でコンピュータによって算出可能となっている。
【0023】
本明細書で提供される説明に対する補足として、また、本発明の特性をより理解しやすくすることを目的として、本明細書は、例示のためであり限定ではない、以下に表す図面のセットが付属する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】所定のタスク周波数のための脳刺激の一例を示す図である。
図2】被験者の頭部の皮膚へのエミッタ並びにそれぞれ近位及び遠位の検出器の配置の一例を示す図である。
図3図2のエミッタと検出器との間の浅部及び深部チャネルを示す概略図である。
図4図1の脳刺激のベースライン及び刺激記録フェーズ中の所定のタスク周波数における浅部及び深部チャネルのフィルタリングされた信号の記録を示す図である。
図5a図4のベースライン記録段階中の浅部及び深部チャネルのフィルタリングされた信号間の伝達関数のゲインを示す図である。
図5b図4の刺激記録段階中の浅部及び深部チャネルのフィルタリングされた信号間の伝達関数の位相を示す図である。
図6a】刺激記録段階中の図4の浅部信号及び深部信号の平均化された周期を示す図である。
図6b図6aのスケーリングされた浅部信号及び深部信号を示す図である。
図6c図6bのスケーリングされた浅部信号と深部信号との間の差分として取得された脳信号を示す図である。
図7】フェーザを使用してスケーリングされた浅部信号と深部信号との間の差分として脳信号を取得することを示す図である。
図8】被験者の頭部の皮膚へのエミッタ並びにそれぞれ近位及び遠位の検出器の配置の別の例を示す図である。
図9図8のエミッタと検出器との間の浅部及び深部チャネルを示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図1は、本方法のステップを実行するように適合されたデバイス10及びコンピュータ20を備えたシステム100を通して、本発明の方法を使用して被験者1における近赤外分光法fNIRSの脳信号SCSを取得するために使用され得る、所定のタスク周波数fにおける周期的脳刺激の一例を示す。
【0026】
脳刺激は、知的又は認知的活動であるため、対応する取得された脳信号SCSは、この知的又は認知的活動に関連する。図1は、同じ持続時間の暗算の半周期T/2と、休止の半周期T/2とを交互に入れ替える、すなわち、活性化-安静の規則的な反復の、知的努力の周期的パターンとして設計されたブロックプロトコルに基づく、所与のタスク周波数fにおける周期的脳刺激を示す。この背後にある思想は、被験者1に対するある種の反応と、それに続く基底レベルへの回帰のサイクルの形態の周期性の血行動態変化を誘導しようとするものである。このようにして、そのような振動パターンは、従来の分光法によって分析されてもよい。この周期的脳刺激はまた、コンピュータにプログラムすることもできる。
【0027】
図1に示すように、周期的脳刺激は、(i)ベースライン記録段階tとしての安静条件における300秒のベースライン、(ii)刺激記録段階tとしての300秒の暗算タスク、及び(iii)リラックス状態における300秒の回復の3つの連続する無停止記録に編成される。この場合、刺激記録段階tは、30秒の周期Tを有する10個の連続的な30秒試行からなる。各試行は、15秒の暗算の半周期T/2から開始し、15秒のリラックス休止の半周期T/2が続く。暗算を実行するために、参加者に、できるだけ速く(100から199までの間の)3桁の数字から(5から9までの間の)小さな数字を繰り返し減算することを求めた。参加者の目から80cm離れた21.5インチの表示モニタに、各試行においてランダムに選定された両数字を提示した。その後、(パフォーマンスのスコア付けを行うこと、及び参加者が注意を払っていることを確実にすることを可能にするために)参加者に暗算の最終結果を口頭で知らせることを促す、「結果は?」という問いを5秒間提示することによって休止が開始し、その後、落ち着くような画像を提示して、その間、参加者にリラックスするように指示した。暗算の開始を通知するために、減算オペランドを提示する2秒前にコンピュータスクリーンの中央に固視十字を表示した。さらに、刺激記録段階t中に、演算を行う量や精度ではなく、知的努力を行うことの重要性を度々強調した。
【0028】
この場合、30秒周期の暗算試行は、0.033Hzのタスク周波数fに対応している。この周波数は、ABP(0.08~0.12Hz)や非常に遅い内皮活動(0.01~0.02Hz)などの周知の自然変動と重複しないように選定した。さらに、知的努力の15秒の持続時間は、典型的な血行動態反応の持続時間に適合し、次の15秒の休止は、ベースラインレベルへの回帰を可能にし、連続的な血行動態反応間の重複を最小限に抑えるための最適な事象間間隔となる。ただし、例えば、0.015Hzから0.07Hzまでの間の周波数など、他のタスク周波数fも想定され、好ましくは、0.025Hzから0.05Hzまでの間の周波数も使用され得る。
【0029】
この場合、周期的脳刺激は、暗算タスク、すなわち、知的又は認知的活動であるため、取得すべき脳信号SCSは、そのような知的又は認知的活動に対する被験者1の反応となる。ただし、他の実施形態では、脳刺激は、被験者1の反応として取得すべき脳信号SCSに応じて、視覚的、聴覚的、嗅覚的、味覚的、体性感覚的、もしくは運動活動、又はさらに他の活動となり得る。
【0030】
図2に示すように、被験者1における近赤外分光法(fNIRS)の脳信号SCSを取得するために、システム100のデバイス10に搭載された、近赤外エミッタ2、並びにそれぞれ近位検出器3a及び遠位検出器3bである2つの検出器3が、被験者1の頭部の皮膚の上、典型的には、前頭極領域に配置される。これにより、所定のタスク周波数fにおける周期的脳刺激中に被験者1における近赤外分光法(fNIRS)の脳信号SCSを取得することが可能となる。
【0031】
近位検出器3aは、遠位検出器3bよりもエミッタ2の近くに配置される。例えば、近位検出器3aは、エミッタ2から14mmの場所に配置され、遠位検出器3bは、エミッタ2から32mmの場所に配置される。当然ながら、デバイス10では、様々なエミッタ2及び検出器3の他の配置構成も可能であり、以下で説明するのと同様の方法で、被験者1における近赤外分光法の脳信号SCSを取得するためにそれらを使用することができる。
【0032】
エミッタ2及び検出器3の波長は、脳刺激によって引き起こされる差分を検出するように適合される。例えば、740及び850nmの近赤外波長は、酸素化ヘモグロビン(HbO)及び脱酸素化ヘモグロビン(HbR)の濃度における相対的変化を検出するのに好適となり、その結果、取得された脳信号は、出射及び受信した波長の吸光度に比例する。
【0033】
図3は、エミッタ2と近位検出器3aとの間に確立された浅部チャネルSS、及びエミッタ2と遠位検出器3bとの間に確立された深部チャネルDSの表現を示す。エミッタ2は、関心波長、この場合、850nmの波長を出射する発光ダイオードとすることができ、検出器3は、関心波長を受信し、対応する電気信号を生成するように適合された、オプトードとしても知られる、フォトダイオード又はフォトトランジスタとすることができ、生成された電気信号は、例えば、ワイヤレスに送信され、システム100のコンピュータ20によって処理される。
【0034】
図4図7は、酸素化ヘモグロビン(HbO)において検出された変化に基づいてコンピュータ20によって脳信号SCSを検出する方法に関するが、脱酸素化ヘモグロビン(HbR)、さらにはトータルヘモグロビン(HbT:total hemoglobin)、又はHbO及びHbRによって引き起こされる吸光度が同じになる804~805nmの等吸収点など、他の波長の他の成分において検出された変化に基づく他の脳信号が使用されてもよい。したがって、対応する脳信号を取得するために検出すべき成分の違いに応じて、他の波長が必要に応じて出射又は受信され得る。
【0035】
図4は、コンピュータ20によって記録した、被験者が安静状態にあるベースライン記録段階t及び刺激記録段階t中の浅部チャネルSS及び深部チャネルDSからの信号の記録の一例を示す。前述したように、刺激記録段階tは、被験者1に知的タスクを刺激する半周期T/2と、被験者1が知的タスクから回復するベースラインの安静をとる半周期T/2とを交互に入れ替えることを含み、刺激を行う半周期T/2とベースラインの安静をとる半周期T/2とが同じ持続時間を有する。有利には、刺激を行う半周期T/2と、ベースラインの安静をとる半周期T/2とを組み合わせることにより、所定のタスク周波数fにおける周期的脳刺激が誘導される。
【0036】
図4に示す信号は、タスク周波数f前後となるようにコンピュータ20によって適合及びフィルタリングされており、同じタスク周波数fにおける信号の成分が取得されるようになっている。この場合、各検出器3の生光学データを光学密度に変換した後、拡張ベール-ランベルトの法則を介して酸素化ヘモグロビン(HbO)及び脱酸素化ヘモグロビン(HbR)の相対濃度変化に変換した。この場合、例示のために、酸素化ヘモグロビン(HbO)の相対濃度のみを示す。データは、この場合、0.015Hzのフィルタ幅を有するゼロ位相フィルタを使用して、タスク周波数f前後となるように、コンピュータ20によってデジタルでバンドフィルタリングを行ったが、遅延を発生させたり、そのような遅延を補償したりすることなく、タスク周波数f前後の信号を取得するために他のフィルタリング及びフィルタ幅を使用することもできる。
【0037】
図4を見ると分かるように、被験者が安静状態のベースライン記録段階t中に、近位及び遠位の近赤外検出器3において近赤外エミッタ2から受信したタスク周波数fにおける近赤外信号をコンピュータ20によって記録しており、記録した信号は、遠位の近赤外検出器によって受信したベースライン深部信号BDSと、近位の近赤外検出器によって受信したベースライン浅部信号BSSとを含んでいた。
【0038】
刺激記録段階t中、図1のパターンに従って被験者がタスク周波数fにおける周期的脳刺激を受けている状態で、近位及び遠位の近赤外検出器3において近赤外エミッタ2から受信したタスク周波数fにおける近赤外信号をコンピュータ20によって記録しており、記録した信号は、近位検出器3aによって受信した浅部信号SSSと、遠位検出器3bによって受信した深部信号SDSとを含んでいた。
【0039】
fNIRS信号は、機能的活動による大脳皮質に由来せず、表在組織における血流量変化、並びに異なる時間スケールであっても表在層及び脳組織自体の両方に存在する全身生理機能の変化に由来する交絡的な血行動態が支配的となる。この問題に対処するための有効な方策は、多重距離測定の使用である。分離距離の短い記録が、脳外変化に対してのみ感受性があり、分離距離の長い記録が、脳外及び脳活動の両方に感受性があると仮定すれば、深部信号から浅部成分が除去される。
【0040】
したがって、タスク周波数fにおいて、脳信号SCSを取得するために、深部信号SDSから浅部信号SSSに存在する浅部成分を除去することは、以下の線形結合によって表される。
CS=SDS-(KSSS
【0041】
タスク周波数fにおけるこれらの信号は、正弦波であると考えられるため、それらの振幅及び位相のみが異なる。
【0042】
スケーリング係数Kは、タスク周波数fにおけるベースライン深部信号BDSとベースライン浅部信号BSSとの間の振幅の比としてコンピュータ20によって算出することができる。他にも、ベースライン深部信号BDSとベースライン浅部信号BSSとの間の平均ピークツーピーク比やベースライン深部信号BDSとベースライン浅部信号BSSとの二乗平均平方根の測定値間の比など、ベースライン深部信号BDSの振幅とベースライン浅部信号BSSの振幅との比としてこのスケーリング係数Kをコンピュータによって算出する複数の方法が知られている。
【0043】
また、伝達関数モデルは、脳血管の自己調節能の動力学を調査するための一般的なアプローチとなってきており(クラーセン(Claassen)ら、2015、バン・ビーク(Van Beek)、クラーセン(Claassen)、リカート(Rikkert)、及びジャンセン(Jansen)、2008)、fNIRS信号から全身生理機能のノイズを除去するためにも使用されているため(バウーアーンファインド(Bauernfeind)、ボック(Bock)、リエスネガー(Wriessnegger)、及びマラー・パッツ(Muller-Putz)、2013、フロリーアン(Florian)及びプファーツケラー(Pfurtscheller)、1997)、スケーリング係数Kを算出するためにコンピュータ20によって伝達関数方策を使用することもできる。浅部信号SSSが、タスク周波数f前後における関心周波数範囲のエネルギーを有し、準周期振動を含むと仮定すると、以下のように、実験的なfNIRSデータから伝達関数H(f)を近似することができる(ジャング(Zhang)ら、1998)。
【0044】
【数1】
【0045】
時系列ペアの場合、浅部信号SSS及び深部信号SDSは、タスク周波数fにおける伝達関数の近似を取得するために使用される、それぞれ入力及び出力信号である。複素数値の結果から、入力と出力との間のμMにおける相対的変化を表すスケーリング係数Kに対応する大きさ(ゲイン)と、それらの時間的連関(位相差又はタイムラグ)を伝える位相とを取得した。ゲインを報告するために、コンピュータ20によって、データをスケーリング係数Kとなるパーセント値に変換した。これにより、スケーリング係数Kは、「ベースライン」中、すなわち、ベースライン記録段階t中のfにおける基底伝達関数bTFのゲイン値であると考えることができ、これは、有意な脳信号SCSの成分が寄与していないときに深部信号SDSに存在する浅部信号SSSの大きさの割合を表す。
【0046】
したがって、タスク周波数fにおける基底深部信号BDSの振幅と基底浅部信号BSSの振幅との間のスケーリング係数Kを算出するステップ中、図5aに示すように、基底深部信号BDSと基底浅部信号BSSとの間の複素周波数依存性の基底伝達関数bTFの近似をコンピュータ20によって計算して、タスク周波数fにおける基底伝達関数bTFのゲインとしてスケーリング係数Kを決定することができる。
【0047】
タスク周波数fにおける深部信号SDSと浅部信号SSSとの間の位相差は、当業者によって知られているように、タスク周波数fにおいてフィルタリングされた深部信号SDSと浅部信号SSSとの間の遅延をコンピュータ20で決定することによって取得することができる。ただし、この位相差は、刺激記録段階t中に深部信号SDSと浅部信号SSSとの間の周波数領域における経験的伝達関数TFをコンピュータ20によって算出することと、図5bに示すタスク周波数fにおける伝達関数TFの引数をコンピュータ20で算出することとを行うことによっても取得され得る。これにより、脳信号SCSを算出するために使用されるスケーリング係数K及び位相差が、取得される。
【0048】
図6aは、深部信号SDSの周期と浅部信号SSSの周期との平均化された周期を示し、図6bは、コンピュータ20によって浅部信号SSSにスケーリング係数Kが適用され、したがって、その振幅が低減された図6aの信号を示す。
【0049】
前述した、脳信号SCSを取得するための深部信号SDSと浅部信号SSSとの間の線形結合が与えられると、タスク周波数fにおける脳信号SCSは、タスク周波数fにおける深部信号SDSとスケーリングされた浅部信号KSSSとの間の位相及び振幅の差分としてコンピュータ20によって算出することができ、これにより、図6cに示す脳信号SCSが取得される。
【0050】
有利には、深部信号SDS及び浅部信号SSSは、タスク周波数fの周波数を有する正弦波信号であるため、深部信号SDS及び浅部信号SSSは、それらの対応する正弦波信号の振幅及び位相を有する深部信号フェーザXDS及び浅部信号フェーザXSSに対応するそれぞれのフェーザベクトルとして表すことができ、上で示した線形結合も、以下に示すフェーザの線形結合として表すことができる。
CS=SDS-(KSSS
CScos(2πft+ΦCS)=ADScos(2πft+ΦDS)-KASScos(2πft+ΦSS
【0051】
【数2】
CS=XSD-KXSS
【0052】
浅部信号の位相ΦSSと深部信号の位相ΦDSとの間の位相の1つは、基準位相、典型的には0度の基準位相となることが期待される。この場合、0度の基準位相は、浅部信号ΦSSの位相に割り当てられる。
【0053】
このように、深部信号SDSとスケーリングされた浅部信号KSSSとの間の位相及び振幅における差分は、タスク周波数fにおける脳信号SCSの振幅及び位相に対応する振幅及び位相を有する脳信号フェーザXCSを取得するために、図7に図で表すように深部信号フェーザXDS-浅部信号フェーザXSSのフェーザの減算としてコンピュータ20によって直接算出することができる。
【0054】
したがって、刺激中に脳信号SCSの位相及び振幅を取得するステップは、タスク周波数fにおける刺激中の深部信号SDSに対応する深部信号フェーザXDSをコンピュータ20によって決定するステップであって、深部信号フェーザXDSが、タスク周波数fにおける深部信号SDSと浅部信号SSSとの間の位相差を位相として有し、タスク周波数fにおける深部信号SDSの振幅を振幅として有する、ステップと、タスク周波数fにおける刺激中の浅部信号SSSに対応する浅部信号フェーザXSSを決定するステップであって、浅部信号フェーザXSSが、0度の基準位相を有し、スケーリング係数Kによって乗算された、タスク周波数fにおける浅部信号SSSの振幅を振幅として有する、ステップとを含む。当然ながら、代替として、0度の基準位相は、深部信号フェーザXDSの位相とすることができ、又は、位相差のみが関連するため、基準位相は、任意の既知の位相であってもよい。
【0055】
次いで、タスク周波数fにおける推定された脳信号SCSの位相及び振幅は、図7に図で表すように、深部信号フェーザXDSから浅部信号フェーザXSSを直接減算することで脳信号フェーザXCSを決定することにより、コンピュータ20によって算出され得る。
【0056】
上記では、1つのエミッタ2、並びに1つずつの近位検出器3a及び遠位検出器3bの群のみを使用したが、80×20mmの長方形格子を形成する4つのエミッタ2及び10個の検出器3を採用する、Newmanbrain、S.L.、のBrainspy28など、他のマルチチャネルでワイヤレスの連続波NIRSデバイス10を使用することもできる。この場合、各エミッタ2は、波長740nm及び850nmの2つの発光ダイオード(LED:light-emitting-diode)を収容している。図8に示し、図9により詳細に示すように、厳密なスイッチングサイクルを通して、デバイス10は、異なる分離距離のオプトードのペアを組み合わせて、それぞれ14mm及び32mmである信号源と検出器との間の距離に対応する、16個の短チャネル又は浅部チャネルSS、及び12個の長チャネル又は深部チャネルDSを提供する。さらに、デバイス10は、周囲光の寄与を測定及び補正することができ、頭部の動きを考慮するために、3軸加速度計も組み込み得ることが期待される。データは、10Hzのサンプリングレートにおいてコンピュータ20に(例えば、Bluetoothを介して)ワイヤレスで送信することができ、このコンピュータ20は、データを処理して近赤外分光法fNIRSの脳信号SCSを取得するステップを実行する。
【0057】
図8に示すように、NIRSプローブは、国際10-5法に従ってAFpzを中心として前頭部に適用することができ、前頭前皮質(PFC:prefrontal cortex)の前頭極エリアを主にカバーする。オプトードは、皮膚血流量、したがって、その血行動態干渉を低減するために、プローブが固く保持されると、皮膚を押圧する中間凸レンズを通して皮膚に接触することが期待される。
【0058】
有利には、関心領域によって群分けされた、近赤外エミッタ並びにそれぞれ近位及び遠位の近赤外検出器の複数の群を有することによって、領域ごとに取得された浅部信号及び深部信号を平均化することができ、関心領域ごとの信号対雑音比を改善し、関心領域ごとにより良好な脳信号SCSを取得できるようになる。
図1
図2
図3
図4
図5a
図5b
図6a
図6b
図6c
図7
図8
図9
【国際調査報告】