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特表2024-529131脳腫瘍の治療におけるポリアミンの使用
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-08-01
(54)【発明の名称】脳腫瘍の治療におけるポリアミンの使用
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/132 20060101AFI20240725BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240725BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20240725BHJP
【FI】
A61K31/132
A61P35/00
A61P25/00
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024508501
(86)(22)【出願日】2022-08-10
(85)【翻訳文提出日】2024-04-08
(86)【国際出願番号】 GB2022052082
(87)【国際公開番号】W WO2023017262
(87)【国際公開日】2023-02-16
(31)【優先権主張番号】2111547.2
(32)【優先日】2021-08-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】500341551
【氏名又は名称】ケンブリッジ エンタープライズ リミティッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】弁理士法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】デュア、メリンダ ジェーン
(72)【発明者】
【氏名】バシュタノヴァ、ウリアナ
【テーマコード(参考)】
4C206
【Fターム(参考)】
4C206AA01
4C206AA02
4C206FA01
4C206MA01
4C206MA04
4C206MA85
4C206NA14
4C206ZA01
4C206ZB26
(57)【要約】
本発明は、脳腫瘍治療の分野に関する。本発明は、正常な脳の細胞外マトリックス(ECM)には強く結合できるが、腫瘍環境における細胞外マトリックス成分にはそれほど強く結合できない高濃度の細胞毒性薬剤を用いて、これらの組織における脳腫瘍細胞を死滅させる方法を提供する。上記細胞毒性薬剤は、ポリアミンであり、例えば、スペルミジンまたはプトレシンである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象における脳腫瘍内または脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を死滅させるインビボ方法であって、
(a)前記脳腫瘍内または前記脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を、細胞毒性薬剤を含む組成物と直接的に接触させる工程、を含み、
前記細胞毒性薬剤が、ポリアミンであり、
(i)ECMと結合した細胞毒性薬剤と、
(ii)遊離型の結合していない細胞毒性薬剤と、
の間の化学平衡が、正常な脳のECMにおいてはECM結合状態が優勢になり、腫瘍のECMにおいては遊離型の非結合状態が優勢になる、方法。
【請求項2】
脳腫瘍内または脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を死滅させるインビボ方法において使用するための細胞毒性薬剤であって、前記方法が、
(a)前記脳腫瘍内または前記脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を、前記細胞毒性薬剤を含む組成物と直接的に接触させる工程、を含み、
前記細胞毒性薬剤が、ポリアミンであり、
(i)ECMと結合した細胞毒性薬剤と、
(ii)遊離型の結合していない細胞毒性薬剤と、
の間の化学平衡が、正常な脳のECMにおいてはECM結合状態が優勢になり、腫瘍のECMにおいては遊離型の非結合状態が優勢になる、細胞毒性薬剤。
【請求項3】
脳腫瘍内または脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を死滅させる方法において使用するための組成物の製造における細胞毒性薬剤の使用であって、前記方法が、
(a)前記脳腫瘍内または前記脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を、前記細胞毒性薬剤を含む組成物と直接的に接触させる工程、を含み、
前記細胞毒性薬剤が、ポリアミンであり、
(i)ECMと結合した細胞毒性薬剤と、
(ii)遊離型の結合していない細胞毒性薬剤と、
の間の化学平衡が、正常な脳のECMにおいてはECM結合状態が優勢になり、腫瘍のECMにおいては遊離型の非結合状態が優勢になる、使用。
【請求項4】
前記細胞毒性薬剤が、ヒアルロン酸および/または脳の細胞外マトリックスプロテオグリカンに結合する(好ましくは、強く結合する)、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【請求項5】
前記ポリアミンは、細胞培地と混合した3重量%ヒアルロン酸中で試験したときに、EC50濃度が2倍以上上昇し、適用の瞬間から少なくとも4日間その状態が続くポリアミンである、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【請求項6】
前記ポリアミンは、PBS中の前記ポリアミンに関して細胞死をもたらすEC50濃度が3重量%ヒアルロン酸/PBS中の細胞にもたらす細胞死が20%未満(好ましくは、10%未満または5%未満)であるポリアミンである、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【請求項7】
前記ポリアミンは、前記EC50濃度が、(PBS中であってもよい)マトリゲル(登録商標)中で試験したときに、より低いか、同じであるか、または最大でも50%しか高くない、ポリアミンである、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【請求項8】
前記ポリアミンは、PBS中の前記ポリアミンに関して細胞死をもたらすEC50濃度が、(PBS中であってもよい)マトリゲル(登録商標)中の脳腫瘍細胞に少なくとも20%(好ましくは、少なくとも40%、少なくとも60%、または少なくとも80%)の細胞死をもたらすポリアミンである、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【請求項9】
前記ポリアミンが、以下の構造を含み、
NH2-[(CH2a-NH]-[(CH2b-NH]x-[(CH2c-NH]y-H
式中、a、b、およびcは、それぞれ独立して3、4、または5であり、xおよびyは、それぞれ独立して0または1である、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項10】
(a)前記ポリアミンが、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、もしくは10個のアミン基を有する;または、
(b)前記ポリアミンが、少なくとも2個の第1級アミン、最大2個の第2級アミン、または最大2個の第3級アミンを有する、
先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項11】
前記細胞毒性薬剤が、スペルミン、スペルミジン、ビス(ヘキサメチレン)トリアミン(BHMTA)、ポリアミドアミン(PAMAM、例えばPAMAM-g0)、サーモスペルミン、ポリ-L-リジン、ポリ-R-リジン、ポリ(アリルアミン)、ポリ(アリルアミン)塩酸塩、ポリ(エチレンイミン)、キトサンおよびキトサン誘導体、プトレシン、ならびにカダベリンからなる群から選択される、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項12】
前記細胞毒性薬剤が、スペルミン、プトレシン、カダベリン、1,3-ジアミノプロパン、またはスペルミジンであり、好ましくは、プトレシンまたはスペルミジンである、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【請求項13】
前記組成物中の前記細胞毒性薬剤の濃度が、100μM~50mMであり、好ましくは1~25mMである、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【請求項14】
前記脳腫瘍が、前記脳腫瘍直近の環境におけるECMのヒアルロン酸の割合が脳のECMの湿重量の3重量%以下である脳腫瘍である、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【請求項15】
前記脳腫瘍が、星細胞腫、脳幹部神経膠腫、毛様細胞性星細胞腫、上衣腫、原始神経外胚葉性腫瘍、小脳星細胞腫、大脳星細胞腫、神経膠腫、髄芽腫、神経芽腫、乏突起膠腫、松果体星細胞腫、下垂体腺腫、ならびに視覚路および視床下部神経膠腫からなる群から選択される、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【請求項16】
前記脳腫瘍が、多形膠芽腫(GBM)、神経膠腫、びまん性正中神経膠腫、混合性神経膠腫、星細胞腫、乏突起膠腫、髄芽腫、松果体部腫瘍、非定型奇形腫様ラブドイド腫瘍(AT/RT)、および原始神経外胚葉性腫瘍(PNETS)からなる群から選択される、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項17】
前記脳腫瘍が多形膠芽腫(GBM)である、請求項16に記載の組成物、方法、または使用。
【請求項18】
前記細胞毒性薬剤の細胞毒性作用が脳腫瘍細胞に特異的でない、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【請求項19】
前記細胞毒性薬剤が、標的となる脳または脳腫瘍に特異的なターゲティング部分を追加的に含む、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【請求項20】
前記細胞毒性薬剤が、前記細胞毒性薬剤の拡散範囲を限定する部分(moiety)を追加的に含む、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【請求項21】
前記組成物が、
(i)脳腫瘍、
(ii)脳腫瘍の近傍、
(iii)脳腫瘍切除部位、および/または、
(iv)脳腫瘍切除部位の近傍、
のうちのすべてまたは一部における脳腫瘍細胞の一部または全部に適用される、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【請求項22】
前記組成物が、注射器を用いた注入、ゲルもしくは他の担体物質からの注入、噴霧、または塗布によって適用される、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【請求項23】
前記脳腫瘍が多形性膠芽腫であり、前記細胞毒性剤がスペルミジン、スペルミン、またはプトレシンである、先行する請求項のうちのいずれか一項に記載の方法、細胞毒性薬剤、または使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳腫瘍治療の分野に関する。本発明は、正常な脳の細胞外マトリックス(ECM)には強く結合できるが腫瘍環境における細胞外マトリックス成分にはそれほど強く結合できない高濃度の細胞毒性薬剤を用いて、脳腫瘍の脳腫瘍細胞を死滅させる方法を提供する。上記細胞毒性薬剤は、ポリアミンであり、例えば、スペルミジン(spermidine)またはプトレシン(putrescine)である。
【0002】
多形膠芽腫(GBM)に代表される脳がんは、特に治療が困難である[M. Monticelli et al., Clinical Neurol. Neurosurg. 170 (2018) 120-126]。有意な濃度で血液脳関門を通過できる抗がん薬はほとんどないため、原発性GBM腫瘍に対する現在の標準治療は腫瘍切除から始まる。GBM腫瘍辺縁はびまん性(diffuse nature)であるため、手術中にすべてのがん性細胞を除去することは不可能である。したがって、GBM腫瘍は、手術では治癒できず、手術後の元の部位での腫瘍の再増殖や脳の他領域への転移は避けられない。転移は、MRIで測定して元の腫瘍本体から2cm以内の脳領域への転移であることが最も一般的であるが、例えば反対側半球への転移など、より遠位への転移を含み得る。
【0003】
したがって、手術後の、または手術が妥当でない(not warranted)場合の、現在の標準治療は、原発腫瘍部位に2~3cmのマージンを合わせた照射野に対する放射線療法およびそれと併用される術後補助化学療法である。これらの療法は腫瘍の再発と転移を遅らせることを目的としているが、やはり治癒的ではない。Oronskyらによる、新たに診断されたGBM腫瘍のレビュー[B. Oronsky et al., Frontier in Oncology, 10 (2021) 574012]は、臨床的に意味のある(clinically-relevant)バイオマーカーの考察を含む、GBMの現在の標準治療の全体像を示している。
【0004】
放射線治療は、GBMの現在の標準治療に不可欠であるが、残念なことに、より長く生存する患者には、脳機能に長期的に深刻な影響を与える[Y.W. Lee et al., Biomol. Ther. 20 (2012) 357-370; C. Turnquist et al., Neuro-Oncology Advances, 2 (2020) vdaa057]。
【0005】
DNAアルキル化剤であるテモゾロミドは、GBMにおける現在の標準治療としての術後補助化学療法薬であり、放射線治療と併用される。現在はテモゾロミドほど一般的ではないが、DNAアルキル化ニトロソウレアであるロムスチン(CCNU)およびカルムスチン(BCNUまたはBiCNU)もGBM治療に使用される。カルムスチンは、腫瘍切除腔に留置されたギリアデル(Gliadel)(登録商標)ウェハーを介して送達することができる。ロムスチンは、単独で使用した場合、O6-メチルグアニンDNAメチルトランスフェラーゼ(MGMT)プロモーターがメチル化された患者において治療活性を示し[M. Weller, E. Le Rhun, Cancer Treatment Rev. 87 (2020) 102029]、多剤治療プログラム(プロカルバジンおよびビンクリスチンとの併用)の一部としても使用される。しかしながら、血液脳関門により、脳がん細胞に到達する化学療法薬の濃度は常に制限される。おそらくこのために、薬剤耐性がGBMにおいてよく見られる特徴となっている。したがって、腫瘍を最大限切除した後で放射線と化学療法とを併用するという積極的治療であるにもかかわらず、この標準治療ではGBM患者の生存期間中央値は診断からわずか14~16カ月であるのが現状である。
【0006】
ベバシズマブは、血管内皮増殖因子(VEGF)に対するモノクローナル抗体であり、腫瘍の血管新生を阻害することを目的としている[O.D. Arevalo et al., Frontiers in Neurology, 10 (2019)]。GBM腫瘍は高度の低酸素環境であり、腫瘍進行には新血管新生が不可欠である[B. Oronsky et al., Frontiers in Oncology, 10 (2021) 574012]。一次療法としてベバシズマブを用いた第III相試験では、無増悪生存期間中央値の延長が認められたが、全生存期間の延長は認められなかった。そのため、ベバシズマブは、一部の国で再発GBMにおける使用が認可されているが、一次療法としては認可されていない。ベバシズマブとロムスチンとの併用が再発GBM患者における無増悪生存期間中央値を延長し(+0.23カ月)かつ全生存期間中央値を延長する(+1.4カ月)ことが示された[Ren et al., Frontiers in Neurology, 11 (2021) 603947]が、これらは生存期間の大幅な延長ではない。
【0007】
GBM治療における別の最近の進歩は、オプチューン(Optune)(登録商標)装置により、頭皮に密着したキャップから印加される交流電場であるいわゆる腫瘍治療電場(Tumour Treatment Fields)を使用してがん細胞分裂を妨害するものである[D. Fabian et al., Cancers 11 (2019) 174]。米国食品医薬品局(FDA)は、2015年、オプチューン(登録商標)をGBMの一次治療においてテモゾロミドとの併用で補助療法として使用することを承認した。これは、第III相試験の中間結果で無増悪生存期間がテモゾロミド単独での16.6カ月に対してこの併用療法では19.6カ月であったことを受けたものであった。
【0008】
このように、GBMの治療選択肢は、特に他の固形がんと比較すると限られており、どのような治療を行っても、すべての症例において予後は不良である。集学的介入を行った場合であっても、最近の研究によると、患者の生存期間中央値は依然としてわずか14~16カ月であり、2年生存率は26~33%、5年生存率は5%である[M.R. Gilbert, J Clin Oncol. 31 (2013) 4085-91; B. Oronsky et al., Frontiers in Oncology, 10 (2021) 574012]。
【発明の概要】
【0009】
このように全生存期間が短いため、放射線療法による脳機能への副作用は患者および治療者に受け入れられている。なぜなら、ほとんどの患者はこうした長期的な影響が明らかになるほど長くは生きられないからである。しかしながら、GBM患者の長期生存が現実的な見通しとなれば、正常な脳組織への副作用を最小限に抑えたアプローチがかなり必要とされる。したがって、GBM患者の無増悪生存期間および全生存期間を延長するとともに患者の生活の質をより長期的に改善するための新しいアプローチに対し、臨床上の重要なアンメットニーズが存在する。
【0010】
脳転移(他の組織の腫瘍からのがん細胞の浸潤の結果として脳にできる二次性腫瘍)はがん患者の約15%に発生し、原発性乳がん、原発性肺がん、または原発性黒色腫の患者に特に多い。脳転移がんの腫瘍環境は原発性脳がんと多くの類似点があり、血液脳関門も同様に化学療法の治療選択肢を著しく制限する[A. Boire et al., Nature Cancer Rev. 20 (2020) 4 -11]。外科的切除で治癒することは稀であり、手術が検討されるのは脳病変が1つの患者のみである。全脳照射は、適用されるもう1つの主な治療法である。しかし、治療を受けたとしても、脳転移患者の生存期間中央値は6ヵ月未満である。したがって、原発性脳腫瘍だけでなく、転移性脳腫瘍に対する新しい治療戦略に対する非常に大きなアンメットニーズが存在する。
【0011】
本発明者らは、腫瘍の細胞外マトリックス(ECM)と正常な脳の細胞外マトリックス(ECM)との本質的な違いを利用して腫瘍細胞を選択的に死滅させることによってGBM腫瘍およびその他の脳がんならびに転移性脳疾患を含む脳腫瘍を治療する新しいアプローチを開発した。
【0012】
この選択性は、正常な脳のECMによって強く隔離される(sequestered)が、腫瘍のECMによっては弱くしか隔離されない薬物分子を発見することで達成された。この結果、正常な脳のECMにおける有効な遊離型(非結合型)薬物の濃度は細胞毒性を示さないほどに低くなる(EC50未満の薬物濃度)が、腫瘍環境においては、遊離型薬物濃度は細胞を死滅させるのに十分な高濃度(EC50を上回る濃度)になり得る。したがって、例えば外科的切除または腫瘍内注入の際に、非常に高濃度のこうした薬物を腫瘍に直接送達し、正常な脳組織への副作用は比較的少なくしながら腫瘍内の細胞を速やかに死滅させることができる。
【0013】
本発明者らが利用する正常な脳のECMと脳腫瘍のECMとの違いは2つある:すなわち、ECMの組成の違いと、2つの環境中の細胞容積に対するECM容積の違いである。
【0014】
正常な脳の細胞外マトリックスに最も大量に存在する単一成分は、ポリアニオンであるヒアルロン酸(乾燥重量で10重量%)であり、次いでプロテオグリカン(15重量%;(レクチカン(アグリカン、バーシカン、ニューロカン、およびブレビカン)およびその他(デコリン、ビグリカン、ホスファカン))である。これらのプロテオグリカンもまた、グリコサミノグリカンポリアニオンの翻訳後修飾により、必然的に負電荷を持つ。対照的に、脳腫瘍の細胞外環境は、フィブロネクチンおよびコラーゲンなどの疎水性タンパク質がより豊富である。
【0015】
本発明者らは、腫瘍のECMに比べて正常な脳のECMには負電荷を持つ高分子が比較的多く存在するため、正電荷を持つ薬物分子は正常な脳のECM成分に強く結合し、腫瘍のECMにはそれほど強く結合しないことを見出し、したがって、ECM組成に基づく所望の細胞死滅選択性を達成するための候補薬物分子は正電荷を持つ分子であることを見出した。
【0016】
さらに、脳腫瘍における細胞に対するECMの容積比は正常な脳組織におけるよりもはるかに低く、腫瘍は正常な脳組織と比較して細胞が密集した環境である。すなわち、脳腫瘍では正常な脳組織と比較して細胞間のECMが著しく少ない。このため、本発明者らは、腫瘍のECMが薬物に対する結合親和性を有する場合であっても、非結合の活性薬物の濃度は腫瘍環境中で高い濃度のままであり得ることを見出した。
【0017】
また、本発明者らは、正電荷を持つ薬物は、正常な脳の細胞外マトリックスにおいては、そのECM中に大量に存在するヒアルロン酸およびプロテオグリカンと強く結合するため、拡散が限定的であると推論した。対照的に、腫瘍のECMへの結合の相対的欠如は、腫瘍周辺および腫瘍内の細胞外領域では、電荷を持つ薬物分子の拡散が著しく容易であることを示唆した。したがって、正電荷を持つ薬物分子は、脳腫瘍に注射された場合、周囲の正常な脳のECMには比較的限られた距離しか浸出しないが、腫瘍環境ではより自由に拡散し、薬物をかなりの割合のがん細胞と接触させることが期待できる。
【0018】
本発明者らは、薬物分子上の高い正電荷を利用して細胞を死滅させることができることを理解する見識を有していた。より大きいポリカチオンは細胞形質膜に穴を開けることが知られているが、これはポリカチオンが膜のアニオン性リン脂質を隔離するためであるという仮説が立てられている。この作用は、例えば細胞内へのDNAの送達を補助するために使用される。ポリカチオン濃度が高くなると、ポリカチオンによる高レベルのリン脂質隔離が広範な膜損傷を引き起こすため、細胞死が起こる。より小さいポリカチオン、例えばスペルミンは、細胞形質膜を脱分極させることが知られており、これにより、水の侵入および細胞の溶解/断片化が起こる。どちらの作用も、効率的な細胞死滅メカニズムである。
【0019】
本発明者らは、ポリカチオンが細胞膜リン脂質に結合するよりも優先的に細胞外マトリックスに隔離されれば、このような細胞毒性のメカニズムが防止されるということを理解した。言い換えれば、本発明者らは、ECMおよび細胞膜リン脂質との薬物の結合の化学平衡が、正常な脳においてはECMとの結合が優勢になるが、腫瘍環境においてはリン脂質との結合が優勢になれば、薬物は、健康な組織ではなく腫瘍内の細胞を死滅させるために選択的に作用するということを理解した。
【0020】
ポリアミンはポリカチオンであり、いくつかのポリアミンが、十分な濃度で存在する場合、細胞毒性を示すことが知られている。例えば、PAMAMのようなポリアミンの細胞毒性は、前述のように、それらの正電荷がリン脂質を隔離することによって細胞膜を破壊するためであるという仮説が立てられている。
【0021】
一部のポリアミン薬は以前からがん治療における使用が示唆されていたが、それは、宿主組織への副作用をほとんど生じさせずに非常に迅速な細胞死を引き起こす目的で高濃度のポリアミン薬を直接送達する方法によるものではなかった。実際、当業者であれば、このような高用量は、注射される組織にかかわらず、宿主にとって致死的であると予想したであろう。
【0022】
しかしながら、本明細書では、ヒアルロン酸に富む環境においていくつかのポリアミンの高濃度毒性が抑制されることを示す。そのことは、正常な脳のECMにおいても同様にそれらの毒性が抑制されることを実証するものである。
【0023】
本発明には、以下を含むいくつかの利点がある。
(1)がん環境中のすべての細胞種を死滅させる能力。これは、他の治療戦略にとっては通常難題となる、不均一ながん細胞集団も含む。また、がん細胞ではないものの、しばしば腫瘍の進行に寄与する、がん関連線維芽細胞(CAF)およびミクログリアなどの他の細胞種も含み得る。
(2)本アプローチは特定のがん細胞突然変異に依存しないため、がん細胞の遺伝子型に現在の化学療法および放射線治療を混乱させるかなりの不均一性があることが知られているGBMにおいて特に有利である。
(3)本発明による(すなわち、細胞膜リン脂質を隔離することおよび/または細胞膜リン脂質に結合して細胞膜を脱分極させることによる)がん細胞を死滅させる方法は、薬剤耐性の影響を特に受けやすいとは考えられない。なぜなら、薬物は細胞を死滅させるために細胞内に入る必要がないためである。膜リン脂質の隔離と膜リン脂質への結合は、リン脂質と薬物との間の化学的結合の強さのみに依存する、薬物と細胞膜が近接していれば必然的に起こる物理的プロセスである。したがって、これらの薬物が既知の薬剤耐性経路に組み込まれる可能性は低い。
(4)本発明はまた、脳腫瘍のかなりの部分を除去するための腫瘍切除の代替方法として使用することもでき、従来の外科的選択肢よりも潜在的合併症が少なくかつストレス応答を引き起こしにくい。
【0024】
したがって、本発明の1つの目的は、正常な脳環境の細胞にはほとんど影響を与えずに脳腫瘍細胞を死滅させる方法を提供することである。特に、本発明の1つの目的は、脳腫瘍の切除後に残存しているかもしれないがん細胞を死滅させることである。
【0025】
脳の多形膠芽腫の外科的切除後3~6か月でほぼすべての患者において元の腫瘍部位で腫瘍が再増殖することが知られており、この腫瘍に由来する細胞はしばしば脳の他の部分にも浸潤する。したがって、本発明の1つの目的は、脳の多形膠芽腫において、また、他の腫瘍において、このような腫瘍の再増殖や浸潤を防止するための方法を提供することである。
【0026】
一実施形態において、本発明は、対象における脳腫瘍内または脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を死滅させるインビボ方法であって、
(a)上記脳腫瘍内または上記脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を、細胞毒性薬剤を含む組成物と接触させる工程、を含み、
上記細胞毒性薬剤が、
(i)ECMと結合した細胞毒性薬剤と、
(ii)遊離型の結合していない細胞毒性薬剤と、
の間の化学平衡が、正常な脳のECMにおいてはECM結合状態が優勢になり、腫瘍のECMにおいては遊離型の非結合状態が優勢になる細胞毒性薬剤である、方法を提供する。
【0027】
別の実施形態において、本発明は、脳腫瘍内または脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を死滅させるインビボ方法において使用するための細胞毒性薬剤であって、上記方法は、好ましくは、
(a)上記脳腫瘍内または上記脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を、上記細胞毒性薬剤を含む組成物と接触させる工程、を含み、
上記細胞毒性薬剤が、
(i)ECMと結合した細胞毒性薬剤と、
(ii)遊離型の結合していない細胞毒性薬剤と、
の間の化学平衡が、正常な脳のECMにおいてはECM結合状態が優勢になり、腫瘍のECMにおいては遊離型の非結合状態が優勢になる細胞毒性薬剤である、細胞毒性薬剤を提供する。
【0028】
さらに別の実施形態において、本発明は、脳腫瘍内または脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を死滅させる方法において使用するための医薬の製造における細胞毒性薬剤の使用であって、上記方法は、好ましくは、
(a)上記脳腫瘍内または上記脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を、細胞毒性薬剤を含む組成物と接触させる工程、を含み、
上記細胞毒性薬剤が、
(i)ECMと結合した細胞毒性薬剤と、
(ii)遊離型の結合していない細胞毒性薬剤と、
の間の化学平衡が、正常な脳のECMにおいてはECM結合状態が優勢になり、腫瘍のECMにおいては遊離型の非結合状態が優勢になる細胞毒性薬剤である、使用を提供する。
【0029】
さらに別の実施形態において、本発明は、対象における脳腫瘍内または脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を死滅させるインビボ方法であって、
(a)上記脳腫瘍内または上記脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を、細胞毒性薬剤を含む組成物と接触させる工程、を含み、
上記細胞毒性薬剤が、ヒアルロン酸および/または脳の細胞外マトリックスプロテオグリカンに強く結合する細胞毒性薬剤である、方法を提供する。
【0030】
さらに別の実施形態において、本発明は、脳腫瘍内または脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を死滅させるインビボ方法において使用するための細胞毒性薬剤であって、上記方法は、好ましくは、
(a)上記脳腫瘍内または上記脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を、細胞毒性薬剤を含む組成物と接触させる工程、を含み、
上記細胞毒性薬剤が、ヒアルロン酸および/または脳の細胞外マトリックスプロテオグリカンに強く結合する細胞毒性薬剤である、細胞毒性薬剤を提供する。
【0031】
さらに別の実施形態において、本発明は、脳腫瘍内または脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を死滅させる方法において使用するための医薬の製造における細胞毒性薬剤の使用であって、上記方法は、好ましくは、
(a)上記脳腫瘍内または上記脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を、細胞毒性薬剤を含む組成物と接触させる工程、を含み、
上記細胞毒性薬剤が、ヒアルロン酸および/または脳の細胞外マトリックスプロテオグリカンに強く結合する細胞毒性薬剤である、を提供する。
【0032】
上記接触は、直接的に接触させることが好ましい。上記細胞毒性薬剤は、ポリアミンであることが好ましい。
【0033】
本発明の方法は、インビボで、すなわち、ヒトまたは動物の体内で、実施される。上記対象は、哺乳動物であることが好ましく、ヒト、マウス、ラット、ウマ、ブタ、ウシ、ヒツジ、またはヤギであることがより好ましい。上記対象は、ヒトであることが最も好ましい。いくつかの実施形態では、上記対象は、ヒト以外の哺乳動物である。ヒトは、例えば、0~10歳、10~20歳、20~30歳、30~40歳、40~50歳、50~60歳、60~70歳、70~80歳、80~90歳、90~100歳、または100歳よりも高齢であり得る。
【0034】
上記脳腫瘍は、良性腫瘍であってもよく、前悪性腫瘍であってもよく、悪性腫瘍であってもよい。上記脳腫瘍は、原発性腫瘍であってもよく、二次性腫瘍であってもよい。上記脳腫瘍は、固形腫瘍であることが好ましい。上記脳腫瘍は、脳腫瘍細胞または脳がん細胞、および健康な脳組織内でのそれらの転移拡大を含む。上記脳腫瘍は、がん関連線維芽細胞およびミクログリアなどの免疫細胞を含んでもよい。
【0035】
いくつかの実施形態では、上記腫瘍は、その大きさまたは発がん性(例えば、浸潤性)が以前に低減されたものである。例えば、上記腫瘍は、以前に少なくとも部分的に切除(除去)されたものであってもよい。あるいは、またはさらに、上記腫瘍は、以前に別の抗腫瘍治療、例えば、化学療法、免疫療法、放射線療法、またはそれらの組み合わせで治療されたものであってもよい。
【0036】
正常な脳実質の細胞外マトリックス(ECM)は、ヒアルロン酸、プロテオグリカン(レクチカン(バーシカン、ニューロカン、およびブレビカン)およびその他(デコリン、ビグリカン、ホスファカン))、リンクタンパク質、ITIH2、およびテネイシン-R(より少量の他のテネイシンと共に)からなる。脳の血管周囲では、ECMは、繊維状糖タンパク質(最も大量に存在するのはフィブロネクチンとラミニン)と、基底膜タンパク質(主にはIV型コラーゲンとラミニンであり、プロテオグリカン、アグリン、およびパールカンも含む)とを含む。
【0037】
正常な脳の細胞外マトリックス全体の組成は、重量基準で、ヒアルロン酸が約10%:プロテオグリカン(多くの種類のプロテオグリカンを含む合計)が15%:IV型コラーゲンが乾燥重量で1%であり(K. Koh, J. Cha, J. Park, J. Choi, S.-G. Kang, P. Kim. Scientific Reports 8 (2018) 4608)、これらは、脳組織の70%が水であると仮定すると、新鮮重量でそれぞれ3%:4.5%:0.3%に相当する。
【0038】
したがって、正常な脳の細胞外マトリックスに最も大量に存在する単一成分は、負電荷を持つポリアニオンであるヒアルロン酸(湿重量で3%)であり、次いで、グルコサミノグリカンの翻訳後修飾によってやはり必然的に負電荷を持つプロテオグリカンである。したがって、このような成分は、ポリカチオン、例えばポリアミンによって容易に結合され得る。
【0039】
脳内のGBMおよび転移性腫瘍のECMは、典型的に、脳実質マトリックスよりも基底膜に関連したタンパク質を豊富に含む。それらのタンパク質は、すなわち、フィブロネクチン、IV型コラーゲン、およびいくつかの糖コラーゲン(glyco-collagens)、例えば、VI型、VII型コラーゲン、または、二次性腫瘍では、I型、II型、III型、V型コラーゲンおよびその他のマイナーコラーゲンのような、それらの腫瘍の起源に応じた他のコラーゲンである。マトリックスリンカータンパク質であるテネイシンRは、GBMではテネイシンCに置き換わり、あるいは、二次性脳腫瘍では完全に欠損している場合がある。一部の脳腫瘍では、がん由来のヒアルロン酸は、通常、脳のマトリックスよりも低分子量であって量も少なく、プロテオグリカンは、通常、アミノ糖化がはるかに少ない。また、脳腫瘍内の細胞に対するECMの相対容積は、正常な脳よりも顕著に小さい。つまり、正常な脳実質のECMと比べて、マトリックス結合性薬物分子を隔離するための細胞当たりのECMが少なく、それにより、この環境では、正常な脳のマトリックスと比べて、遊離型の結合していないポリカチオン性薬物分子の濃度が確実に高くなる。
【0040】
膠芽腫は、ヒアルロナーゼ(hyaluronase)(すなわち、ヒアルロン酸をより小さい分子単位に切断する酵素)を過剰発現させることが知られている。小さいヒアルロン酸単位は洗い流される可能性があるため、これにより、腫瘍周辺のヒアルロン酸量が減少し得る。そのため、上記腫瘍が多形膠芽腫(GBM)である実施形態では、ヒアルロン酸の割合は、脳のECMの湿重量中1%以下になり得る。
【0041】
GBM腫瘍の細胞外環境は、典型的には、電荷を持たない糖タンパク質、特にフィブロネクチンおよびコラーゲンを豊富に含む。
【0042】
本発明は、ECM結合型薬剤と遊離型の結合していない薬剤との間の化学平衡が、正常な脳のECMにおいてはECM結合状態が優勢になり、腫瘍のECMにおいては遊離型の非結合(活性薬物)状態が優勢になる細胞毒性薬剤を提供することによって、正常な脳のECMと腫瘍細胞を取り囲むECMとの組成および容積の違いを利用するものである。したがって、腫瘍と接触させる(例えば、腫瘍に注射される)細胞毒性薬剤または腫瘍切除部位に適用される細胞毒性薬剤のかなりの部分が、遊離型であり(すなわち、異常なECMと結合しておらず)、当該腫瘍内または当該腫瘍切除部位の腫瘍細胞を死滅させる。腫瘍の周囲の範囲を越えて存在する細胞毒性薬剤があれば、正常な脳のECMと接触することになり、したがってその細胞毒性薬剤の大部分が、正常な脳のECM中の大量のヒアルロン酸および他の負電荷を持つ分子と結合する。すなわち、ヒアルロン酸が大量に存在することと負電荷を持つECMヒアルロン酸と正電荷を持つ細胞毒性薬剤とが強く結合することとの組み合わせにより、化学平衡は確実に細胞毒性薬剤-ECM結合状態が強く優勢になる。結果として、細胞毒性薬剤は、基本的に腫瘍内または腫瘍切除部位の腫瘍細胞に対してのみ、細胞毒性作用を発揮することになる。腫瘍内または腫瘍切除部位においては、ヒアルロン酸および他の負電荷を持つECM分子(主にプロテオグリカン)の正味量が少ないために化学平衡が非結合(活性薬物)状態優勢になるためである。
【0043】
脳腫瘍は、脳腫瘍直近の環境の細胞外マトリックス(ECM)の組成によって特徴づけることができる。一実施形態において、上記脳腫瘍は、脳腫瘍直近の環境におけるECMのヒアルロン酸の割合が脳のECMの湿重量の3重量%以下である脳腫瘍である。例えば、上記脳腫瘍は、ヒアルロナーゼを発現している脳腫瘍であってもよい。あるいは、上記脳腫瘍は、細胞に対するECMの容積比が正常な脳組織の5分の1以下である脳腫瘍であってもよい。
【0044】
本明細書において、「脳腫瘍直近の環境」とは、脳腫瘍の表面から20mm未満である脳腫瘍周辺領域または脳腫瘍の浸潤の進行の範囲内にある脳腫瘍周辺領域におけるECMをいう。
【0045】
ヒアルロン酸(HA)含有量は、濃硫酸での加水分解後のウロン酸含有量を測定するか、腫瘍切片のヒアルロン酸を組織化学的に染色することによって調べることができる[Cowman et al., 2015. Front Immunol. 6: 261]。最も高感度で特異的で正確なHA含有量特定方法は、酵素結合吸着剤アッセイに基づく。
【0046】
がんは、腫瘍細胞が似ているために腫瘍の起源であると推定される細胞の種類によって分類される。このような種類には以下のものが含まれる。
(i)癌腫:上皮細胞に由来するがん。このグループには最も一般的ながんの多くが含まれ、乳房、前立腺、肺、膵臓、および結腸のほぼすべてのがんが含まれる。
(ii)肉腫:結合組織(すなわち、骨、軟骨、脂肪、神経)から生じるがんであり、それぞれ、骨髄外の間葉系細胞に由来する細胞から発生する。
(iii)胚細胞腫瘍:多能性細胞に由来するがんであり、ほとんどの場合、精巣や卵巣に発生する(それぞれ、精上皮腫および未分化胚細胞腫)。
(iv)芽腫:未熟な「前駆」細胞または胚組織に由来するがん。
【0047】
脳および神経系のがんとしては、星細胞腫、脳幹部神経膠腫、毛様細胞性星細胞腫、上衣腫、原始神経外胚葉性腫瘍、小脳星細胞腫、大脳星細胞腫、神経膠腫、髄芽腫、神経芽腫、乏突起膠腫、松果体星細胞腫、下垂体腺腫、ならびに視覚路および視床下部神経膠腫が挙げられる。
【0048】
特に好ましい一実施形態において、上記脳腫瘍は、原発性脳がんであり、好ましくは、多形膠芽腫(GBM)、神経膠腫、びまん性正中神経膠腫、混合性神経膠腫、星細胞腫、乏突起膠腫、髄芽腫、松果体部腫瘍、非定型奇形腫様ラブドイド腫瘍(AT/RT)、および原始神経外胚葉性腫瘍(PNET)からなる群から選択される。最も好ましくは、上記脳腫瘍は多形膠芽腫(GBM)である。
【0049】
さらなる特に好ましい実施形態では、上記腫瘍は、脳に転移した任意の起源の二次性腫瘍である。
【0050】
細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)は、脳腫瘍内の腫瘍細胞(好ましくは脳腫瘍細胞)または腫瘍切除部位の残存腫瘍細胞を死滅させることが可能でなければならない。細胞毒性薬剤(単独)の作用は、腫瘍細胞を死滅させるか、または腫瘍細胞にアポトーシス細胞溶解もしくはネクローシスを誘導することができる。細胞毒性薬剤は、それ自体で、すなわち追加のがん細胞死滅用部分(cancer-cell killing moiety)なしで、腫瘍細胞(好ましくは脳腫瘍細胞)を死滅させることができるものである。
【0051】
いくつかの実施形態では、細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)は、細胞の形質膜を脱分極させることによって細胞を死滅させることができるものである。これは、水の侵入および細胞の溶解/断片化を引き起こす。
【0052】
好ましくは、細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)は、脳腫瘍細胞と共に脳腫瘍由来でない腫瘍細胞も死滅させることができるものである。すなわち、細胞毒性薬剤による死滅作用は脳腫瘍に特異的ではない。好ましくは、細胞毒性薬剤は、がん細胞の遺伝子型または表現型とは無関係に、がん細胞を死滅させることができる。
【0053】
細胞毒性薬剤の腫瘍細胞死滅能力の判定は、細胞を光顕微鏡で検査し、光顕微鏡で細胞構造が見えなくなるまでの完全な細胞溶解、または細胞の腫脹と破裂、またはアポトーシス構造への細胞の断片化、または結合剤(DNA結合色素など)の浸透を可能にする膜の完全性の喪失、または細胞内における生体染色剤(トリパンブルーもしくはプレストブルーなど)の蓄積、または細胞外におけるアポトーシスマーカーまたはネクロシスマーカーの出現が認められるかどうかを調べることによって、行うことができる。尚、これらは蛍光/発光/免疫化学的手段によって検出可能である。
【0054】
指定された条件下(例えば細胞培養培地)で指定された曝露時間後に基線(薬剤なし)と最大効果との中間の応答(この場合は、指定された細胞株の細胞死)を誘導する細胞毒性薬剤濃度であるEC50の測定については、例えば、J.L. Seabaugh, Pharmaceut. Statist. 10 (2011) 128-134に記載されており、より重要なレビューがM. Niepel et al., Curr. Protoc. Chem. Biol. 9 (2017) 55-74に記載されている。
【0055】
例えば、細胞毒性薬剤のEC50は、PBS溶液中に懸濁させたU87細胞を用いて、30~90分間(例えば、60分間)のインキュベーション中に測定することができる。細胞死は、トリパンブルー溶液で試験することができ、生細胞数/死細胞数は、ノイバウエル改良型血球計算盤計数チャンバー(Neubauer Improved Haemocytometer Counting Chamber)(Hawksley社)でカウントすることができる。
【0056】
いくつかの実施形態では、細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)は、ヒアルロン酸および/または脳の細胞外マトリックスプロテオグリカンと強く結合する。ヒアルロン酸との細胞毒性薬剤の結合の有効性は、上記アッセイで細胞に対して毒性があると判定されたのと同等の濃度の薬剤を3重量%ヒアルロン酸ゲル(またはそれ以上の重量%のヒアルロン酸ゲル)に混合した後、このヒアルロン酸-細胞毒性薬剤ゲルに細胞を混合することにより、測定することができる。
【0057】
本明細書において、「ヒアルロン酸および/または脳の細胞外マトリックスプロテオグリカンと強く結合する」とは、細胞毒性薬剤のEC50濃度(例えば、PBS中でのU87細胞毒性アッセイ(例えば、トリパンブルーアッセイで生細胞数/死細胞数を測定)から得たもの)が、細胞培地を混合した3重量%ヒアルロン酸中で試験したときに、2倍以上高くなり、適用の瞬間から少なくとも3日間その状態が続くことを意味する。
【0058】
また、本明細書において、「ヒアルロン酸および/または脳の細胞外マトリックスプロテオグリカンと強く結合する」とは、PBS中の細胞毒性薬剤に関して(50%)細胞死をもたらすEC50濃度が3重量%ヒアルロン酸中の細胞にもたらす細胞死が20%未満(好ましくは10%未満または5%未満)であることも意味する。
【0059】
いくつかの好ましい実施形態では、細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)は、脳腫瘍のECMに強く表れる脳のECM成分とは強く結合しないものである。脳腫瘍において、これらは主に基底膜の成分、例えばフィブロネクチンおよびコラーゲン(例えばIV型コラーゲン)である。
【0060】
脳腫瘍のECMに強く表れる脳のECM成分との細胞毒性薬剤の結合の有効性は、細胞毒性薬剤を標準の基底膜材料、例えばマトリゲル(Matrigel)(登録商標)と混合することによって測定することができる。EC50値(例えば、PBS中でのU87細胞毒性アッセイ(例えば、トリパンブルーアッセイを用いて生細胞/死細胞を定量)から得られた値)が、マトリゲル(登録商標)または他の標準基底膜材料中で試験したときに、より低い場合、または同じである場合、または最大でも50%しか高くない場合、細胞毒性薬剤は、脳腫瘍のECMに強く表れる脳のECM成分と強く結合しない。
【0061】
マトリゲル(登録商標)マトリックス(コーニング(Corning)(登録商標)社製)は、ラミニン(主成分)、IV型コラーゲン、ヘパリン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン/ニドゲン、およびいくつかの増殖因子を含む細胞外マトリックスタンパク質に富む腫瘍であるEngelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫から抽出された可溶化基底膜調製品である。
【0062】
本明細書において、「脳腫瘍のECMに強く表れる脳のECM成分と強く結合しない」とは、PBS中の細胞毒性薬剤に関して(50%)細胞死をもたらすEC50濃度がマトリゲル(登録商標)中の脳腫瘍細胞に少なくとも20%(好ましくは少なくとも40%、少なくとも60%、または少なくとも80%)の細胞死をもたらすことも意味する。
【0063】
正常な脳のECMは、10%のヒアルロン酸と15%のプロテオグリカン(乾燥重量)とを含み、これらの化合物はどちらも負電荷を持っている。よって、ポリカチオンは、正常な脳のECMには強く結合するが、腫瘍のECM環境中の電荷を持たない(糖)タンパク質には中程度にしか結合しない。
【0064】
したがって、一実施形態において、上記細胞毒性薬剤はポリカチオンである。好適なポリカチオンとしては、例えば、ポリアミン、正電荷を持つナノ粒子、および、ポリアミンを含むポリカチオンで官能化されたナノ粒子が挙げられる。
【0065】
好ましい一実施形態では、上記細胞毒性薬剤は、ポリアミン、すなわち2個以上のアミノ基を有する有機化合物である。本発明で用いられるポリアミンは、細胞毒性を有するポリアミンである。いくつかのポリアミンが細胞毒性を有することが知られている。PAMAMのようなポリアミンの細胞毒性は、その正電荷が細胞膜から負電荷を持つリン脂質を隔離し、それにより腫瘍細胞の細胞膜を破壊することに起因するという仮説が立てられている。低濃度のポリアミンでは、この作用は、細胞のトランスフェクションまたは細胞による例えば色素分子の取込みを支援するために、生物学者によって利用されてきた。高濃度では、細胞膜の破壊が激しく、細胞死を引き起こす。
【0066】
いくつかの実施形態では、上記ポリアミンはアルキルポリアミンである。いくつかの実施形態では、上記ポリアミンは、2~10個(例えば、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、または10個)のアミン基を有する。好ましくは、上記ポリアミンは、脳腫瘍細胞に対して毒性を示す濃度で水溶性である。
【0067】
いくつかの実施形態では、上記ポリアミンは下記の構造を有する:
NH2-[(CH2a-NH]-[(CH2b-NH]x-[(CH2c-NH]y-H
式中、a、b、およびcは、それぞれ独立して3、4、または5であり、xおよびyは、それぞれ独立して0または1である。
【0068】
いくつかの実施形態では、上記ポリアミンは、1個、2個、3個、または4個のアミノ基を有し、例えば、少なくとも2個の第1級アミン、最大2個の第2級アミン、または最大2個の第3級アミンを有する。上記ポリアミンは、ポリアミドアミン(PAMAM)、例えばPAMAM-g0を含んでもよい。
【0069】
好ましくは、上記ポリアミンは、スペルミン(spermine)、スペルミジン、ビス(ヘキサメチレン)トリアミン(BHMTA)、ポリアミドアミン(PAMAM、例えばPAMAM-g0)、サーモスペルミン、ポリ-L-リジン、ポリ-R-リジン、ポリ(アリルアミン)、ポリ(アリルアミン)塩酸塩、ポリ(エチレンイミン)、キトサンおよびキトサン誘導体、プトレシン、ならびにカダベリン(cadaverine)からなる群から選択される。
【0070】
より好ましくは、上記細胞毒性薬剤は、1,3-ジアミノプロパン(diaminopropane)、プトレシン、カダベリン、スペルミジン、スペルミン、サーモスペルミン、またはビス(ヘキサメチレン)トリアミン(BHMTA)である。
【0071】
最も好ましくは、上記細胞毒性薬剤は、スペルミンもしくはスペルミジンまたはそれらの誘導体であるか、あるいは、スペルミジンまたはプトレシンである。
【0072】
いくつかの実施形態では、上記細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)は、標的となる脳または脳腫瘍に特異的なターゲティング部分(targeting moiety)を追加的に含む。この脳ターゲティング部分は、細胞毒性薬剤が脳内に保持されるのを助けるものであってもよい。例えば、上記ターゲティング部分は、脳腫瘍細胞上のエピトープに特異的に結合する抗体であってもよい。
【0073】
いくつかの実施形態では、細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)は、当該細胞毒性薬剤の拡散範囲を限定する部分(moiety)を追加的に含む。これは、細胞毒性薬剤の分子量を増加させることによって実現でき、例えば、1つ以上のポリエチレングリコール(PEG)鎖を付加すること(PEG化)、または、1つ以上のグリカン部分(moieties)、例えばヒアルロン酸もしくはキトサン鎖を、グリカンの酸化(例えば、ヨウ化ナトリウムとの反応による)とその後の酸化グリカン鎖と適切なポリアミンとの反応を介して付加することによって、実現できる。
【0074】
上記細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)を含む組成物は、1つ以上の追加の製薬上許容可能な希釈剤、賦形剤、または担体を追加的に含んでもよい。上記組成物は、1つ以上の本明細書で定義する細胞毒性薬剤を含み得る。例えば、上記組成物は、1種、2種、3種、または4種の本明細書で定義する細胞毒性薬剤を含み得る。上記組成物はまた、1つ以上の他の活性成分、例えば、抗がん剤またはがん細胞死滅用部分を含んでもよい。例えば、上記組成物は、緩衝剤、界面活性剤(detergent)、グルタチオン代謝阻害剤(例えば、ブチオニンスルホキシミン)、アミンオキシダーゼ阻害剤、プロテイナーゼ阻害剤、メタロプロテアーゼ阻害剤、ヒアルロナーゼ阻害剤、オスモライト(例えば、NaCl、マンニトールなど)、および粘度調整剤からなる群から選択される1つ以上の成分を追加的に含んでいてもよい。
【0075】
いくつかの実施形態では、上記組成物は、追加のがん細胞死滅用部分を含まない(すなわち、上記細胞毒性薬剤は、脳腫瘍細胞だけを死滅させることができる)。いくつかの実施形態では、上記組成物は、追加の抗がん剤を含まない(すなわち、上記細胞毒性薬剤は、脳腫瘍細胞だけを死滅させることができる)。
【0076】
上記組成物は、有効量の上記細胞毒性薬剤(または細胞毒性試薬)を含むことが好ましい。本明細書において、用語「有効量」とは、腫瘍内または腫瘍切除部位のすべての脳腫瘍細胞または実質的にすべて(例えば、細胞毒性薬剤を含まないコントロールと比較して、少なくとも70%、80%、90%、または95%)の脳腫瘍細胞を死滅させるのに十分な量をいう。各細胞毒性薬剤の有効量は、当業者によって容易に決定され得る。
【0077】
上記組成物中の細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)の構造および/または濃度は、
(i)ECMと結合した細胞毒性薬剤と、
(ii)遊離型の結合していない細胞毒性薬剤と、
の間の化学平衡が、正常な脳のECMにおいてはECM結合状態が優勢になり、腫瘍のECMにおいては遊離型の非結合状態が優勢になるように選択される。
【0078】
上記組成物中の細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)の濃度は、好ましくは、100μM~50mMであり、例えば、100μM~1mM、1mM~10mM、または10mM~50mMである。いくつかの実施形態では、上記組成物中の細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)の濃度は、1~50mMまたは1~25mMであり、例えば、1~5mM、5~10mM、10~15mM、15~20mM、20~25mM、25~30mM、30~35mM、35~40mM、40~45mM、または45~50mMである。いくつかの実施形態では、細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)の濃度は、4~25mMである。いくつかの実施形態では、細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)の濃度は、6~15mM、1~12mM、4~12mM、または2~10mMである。
【0079】
スペルミジンは高濃度で脳腫瘍細胞に対して毒性を示す。高濃度のスペルミジンが脳に注射された場合、脳の正常な(健康な)領域はスペルミジンの毒性から保護される。なぜなら、スペルミジンがこれらの領域のヒアルロン酸および他のポリアニオンと結合するからである。脳腫瘍の低ヒアルロン酸環境では、スペルミジンはその毒性作用を発揮し、脳腫瘍細胞を死滅させる。本発明の組成物中のスペルミジンの濃度は、好ましくは1mM~50mMである。
【0080】
特に好ましいポリアミンとそれらの濃度を下記の表に示す。
【表1】
【0081】
上記の表の各ポリアミンの構造および濃度は、とりわけ、
(i)ECMと結合した細胞毒性薬剤と、
(ii)遊離型の結合していない細胞毒性薬剤と、
の間の化学平衡が、正常な脳のECMにおいてはECM結合状態が優勢になり、腫瘍のECM(好ましくは、腫瘍はGBM腫瘍である)においては遊離型の非結合状態が優勢になるようにするものである。
【0082】
細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)は、脳腫瘍内または脳腫瘍切除部位のすべてまたは実質的にすべての脳腫瘍細胞と接触するのに十分な量で直接的に接触させる(すなわち、直接的に塗布する)。細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)は、まず、脳腫瘍内または脳腫瘍切除部位のすべてまたは実質的にすべての露出した脳腫瘍細胞と接触し得、その後、腫瘍環境内で拡散して腫瘍内のすべての脳腫瘍細胞と接触し得る。
【0083】
細胞毒性薬剤を含む組成物の量は、例えば、50μL~150mLであり、例えば、50μL~100μL、100μL~500μL、500μL~1mL、1mL~5mL、5mL~10mL、10mL~50mL、または50mL~150mLであり得る。より具体的には、直径1.5cmの脳腫瘍には約15mlが使用され得、半径3cmの脳腫瘍には約115mLが使用され得る。
【0084】
工程(a)は、脳腫瘍内または脳腫瘍切除部位の脳腫瘍細胞を、細胞毒性薬剤(例えばポリアミン)を含む組成物と接触させる(好ましくは、直接的に接触させる)ことをいう。
【0085】
上記組成物は、
(i)脳腫瘍、
(ii)脳腫瘍の近傍、
(iii)脳腫瘍切除部位、および/または、
(iv)脳腫瘍切除部位の近傍、
のうちのすべてまたは一部における脳腫瘍細胞の一部または全部に適用することができる。
【0086】
上記組成物は、上記の一部または全部に直接適用してもよく、間接的に適用してもよい。例えば、インサイチュで直接的に組成物を適用してもよい。例えば、注射器を用いた注入、ゲルもしくは他の担体物質からの注入、噴霧、または塗布によって組成物を適用してもよい。あるいは、間接的に組成物を適用してもよい。例えば、腫瘍または腫瘍切除部位の近傍(例えば、腫瘍または腫瘍切除部位の任意の表面から1~50mm)に組成物を適用してもよく、ここで、組成物は、腫瘍または腫瘍辺縁または腫瘍切除部位に拡散する。
【0087】
上記組成物は、腫瘍の全部または一部を除去(切除)するための手術工程前、手術工程中、または手術工程後に適用するのが好ましい。腫瘍切除部位にはまだ脳腫瘍細胞が含まれている可能性がある。いくつかの実施形態では、上記組成物を、腫瘍の全部または一部を除去するための手術工程前に適用する。この場合、上記組成物は、対象に全身投与され得、ここで、薬剤は当該腫瘍に特異的なターゲティング部分を含む。
【0088】
いくつかの実施形態では、上記組成物を、腫瘍の全部または一部を除去(切除)するための手術工程前に適用する。この場合、上記組成物は、腫瘍の全部もしくは一部および/または腫瘍の近傍の全部もしくは一部に直接適用され得る。
【0089】
いくつかの実施形態では、上記組成物を、腫瘍の全部または一部を除去(切除)するための手術工程中に1回以上適用する。この場合、上記組成物は、腫瘍の全部もしくは一部または腫瘍の近傍の全部もしくは一部または元の腫瘍の部位に直接適用され得る。
【0090】
いくつかの実施形態では、上記組成物を、腫瘍の全部または一部を除去するための手術工程後に適用する。この場合、上記組成物は、元の腫瘍の部位の全部もしくは一部または元の腫瘍の部位の近傍の全部もしくは一部に直接適用され得る。
【0091】
あるいは、またはさらに、上記組成物は、腫瘍の除去後に対象に全身投与され得、ここで、薬剤は、除去される腫瘍に特異的なターゲティング部分を含む。
【0092】
好ましくは、上記組成物は、腫瘍の除去後に腫瘍腔に局所投与される。
【0093】
本発明の特に好ましい実施形態では、上記脳腫瘍は多形膠芽腫であり、上記細胞毒性薬剤はポリアミン、例えばスペルミジンまたはスペルミンである。最も好ましくは、腫瘍の全部または一部を切除した後、細胞毒性薬剤を元の腫瘍の部位に直接塗布する。
【0094】
好ましくは、上記方法の各工程は、指定された順序で実施される。
【0095】
本明細書に記載された各文献の開示内容は、参照によりその全体が本明細書に具体的に組み込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0096】
図1】選択された直鎖状ポリアミンの神経上皮由来がん細胞株に対する急性毒性の比較を示す。U87細胞を24ウェルプレートにプレーティングし、液体培地中で50%コンフルエントになるまで約3日間増殖させた。ポリアミンと共に60分間インキュベートした後、CellToxGreen(Promega社)蛍光により細胞死をアッセイし、溶解緩衝液中のコントロールに対して正規化した。EC50は、6mM(カダベリン)から13~14mM(スペルミジン)までばらつきがあった。(B)10mMスペルミンおよび20mMスペルミンとのインキュベーション後60分以内に細胞の断片化をもたらす重度の膜破壊により細胞死が発生したことを示す、U87細胞懸濁液の明視野像を示す(倍率5倍、視野:2500μm×1800μm)。その他のポリアミンについても同様の効果が認められた。
図2A】プロテオミクスにより、神経上皮がん細胞と健康な脳との間でバルク細胞外マトリックス組成に顕著な違いがあることが示された。(A)U87細胞をペトリ皿にプレーティングし、液体培地中で、マトリックスが剥がれ始めるまで約21日間増殖させた後、回収した。
図2B】(B)新鮮な子牛の脳を肉屋から購入し、血管と小脳の大部分を除去した。液体窒素中で粉砕してから、全タンパク質をTCAでペレット化した。TCAをアセトンによって除去し、タンパク質を9M尿素に溶解させた。尿素可溶性タンパク質を、1次元SDS電気泳動で分離し、LC MS/MSで同定した。
図3A】マトリックスポリアニオンによるポリアミン毒性の中和をインビトロでアッセイした。U87細胞をスフェロイド当たりの細胞数が5000個になるように懸濁させ、非接着プレートの培地中で7~10日間増殖させ、ポリアミンと予め24時間混合した2%HAゲルに播種した。(A)スフェロイドをゲルに播種してから2日目に撮影した代表的な顕微鏡画像を示す(倍率5倍、視野:1800μm×2500μm)。
図3B】(B)1日目、2日目、および3日目に4つの独立したスフェロイドの中心から4方向への浸潤距離を測定することによって求めた浸潤面積を示す。標準誤差はすべてのポイントに示しているが、見えない場合もある。
図3Bcont図3Bに同じ。
図4A】インビトロHAは、ポリアミンの注射点から離れた位置にある細胞をポリアミンの毒性から保護する。24ウェルプレートで、3%HAゲル中で、接着細胞を40~50%コンフルエントに達するまで増殖させた。非毒性蛍光色素であるCellToxGreen(Promega社)をゲルに予め混合しておいた。30μLのポリアミン(全ゲル容積の20分の1)をウェルの6時の位置に注射した。CellToxGreenは、細胞膜が損傷した死細胞にのみ浸透し、それらのDNAと結合して緑色の蛍光を発した。すなわち、蛍光強度の増加によって細胞死を定量化した。蛍光リーダーFLUOstar(BMG Labtech社、ドイツ)のウェルスキャン機能を用いて、細胞を7日間モニターした。(A)ポリアミンの注射点と注射点付近の細胞の運命とを示すウェルの図と、44枚の走査パッチを寄せ合わせたウェルの代表的画像とを示す。パッチの蛍光強度が高いほど、死細胞の数が多い。
図4B】(B)ウェルの2つの対向する領域における死細胞蛍光の比を示す。比=[注射点に近接する22枚のパッチにおける蛍光強度]/[注射点に対向する22枚のパッチにおける蛍光強度]。蛍光強度は、濃度点ごとに、4つの独立したウェルの平均値として求めた。標準誤差は強度値の15%を超えなかった。
図4Bcont図4Bに同じ。
図4C】(C)スペルミンとの2日間のインキュベーション後、死細胞と生細胞の境界が形成され(左の写真)、丸い細胞は死細胞であって、トリパンブルーで濃く染色され(中央の写真)、細長い細胞は生細胞であって、半透明であった(右の写真)。倍率5倍、視野:2500μm×1800μm。
図5】NCr nu/nuマウスの、脳へのポリアミン単回注射後の体重増加および生存率を示す。0日目に各群6匹に無作為に割り付け、1日目に4mMおよび10mMの3種類のポリアミン(プトレシン、スペルミジン、およびカダベリン)を10μL注射した。マウスの体重、生存率、および行動を14日間モニターした。急性毒性を示したのは10mMカダベリンのみであり、その他のポリアミンおよび濃度は安全であり、マウスの行動または体重増加に影響しなかった。
【実施例
【0097】
本発明を以下の実施例によってさらに説明する。以下の実施例では、特に明記しない限り、「部」および「パーセント」は重量基準であり、「度」は摂氏である。これらの実施例は、本発明の好ましい実施形態を示すものではあるが、例示のためにのみ提示されていることが理解されるべきである。上記の説明およびこれらの実施例から、当業者は、本発明の本質的特徴を確認することができ、本発明の趣旨および範囲から逸脱することなく、本発明をさまざまな使用法および条件に適合させるために、本発明をさまざまに変更および変形することが可能である。そのため、当業者には、本明細書中に図示し説明したものに加えて、本発明のさまざまな変形例が、前述の説明から明らかであろう。このような変形例もまた、添付の特許請求の範囲の範囲内に含まれることが意図されている。
【0098】
実施例1:高濃度のポリアミンは培地中の細胞に対して細胞毒性を示す。
まず、培地中に懸濁させた脳がん細胞に対する種々のポリアミンの細胞毒性を試験し、位相差光学顕微鏡を用いて、膜破壊によって細胞死が起こったことを確認した。神経上皮由来浸潤がん細胞株であるU87細胞を、10%ウシ胎児血清を含む完全MEM培地にプレーティングし、インキュベートしたときの、U87細胞に対するポリアミンの毒性を試験した。図1は、使用した濃度において、試験したすべてのポリアミンが強い毒性を示し、重度の細胞形質膜破壊を引き起こしたことを示している。
【0099】
実施例2:正常な脳と脳腫瘍の細胞外マトリックスには著しい違いがある。
プロテオミクス研究により、神経上皮由来浸潤がん細胞株が、グリコサミノグリカン(GAG)修飾を欠くタンパク質、すなわちポリアニオン修飾を欠くタンパク質を主成分とするが、テネイシン-C、VI型コラーゲン、およびフィブロネクチンなどの糖タンパク質を主に含むマトリックスを産生したことが示された。対照的に、脳の細胞外マトリックスは、バーシカン、ブレビカン、ニューロカン、HAPLIN1、2、および4などの、プロテオグリカンからなっていた。すなわちGAGに富んでいた。これまでの研究で、遊離ポリアニオンであるヒアルロン酸(HA)の脳内濃度はおよそ3%w/wであることが示されている。
【0100】
詳細には、U87細胞をペトリ皿にプレーティングし、液体培地中で、細胞が産生したマトリックスがペトリ皿から剥がれ始めるまで約21日間増殖させた。その後、このECMを脳腫瘍のECMのモデルとして回収した。正常な脳のECMのモデルとして、新鮮な子牛の脳を肉屋から購入し、血管と小脳の大部分を除去した。液体窒素中で粉砕してから、インビトロ試料およびエクスビボ試料の両方について、全タンパク質をTCAでペレット化した。TCAをアセトンによって除去し、タンパク質を9M尿素に溶解させた。尿素可溶性タンパク質を、1次元SDS電気泳動で分離し、LC MS/MSで同定した。
【0101】
得られたプロテオミクスデータを図2に示す。得られたデータは正常な脳と脳腫瘍のECMの組成に顕著な違いがあることを示している。したがって、正常な脳のマトリックスには強く結合し、脳腫瘍のECMにははるかに弱く結合する薬物を開発し、それにより、正常な脳組織にはほとんど副作用なく、高濃度の遊離型活性薬物が腫瘍内に存在するようにすることが実現可能である。
【0102】
実施例3:正常な脳のマトリックスのモデルは、ポリアミンがマトリックスに強く結合すると、高濃度のポリアミンによる細胞毒性を抑制する。
ポリアミンが(正常な)脳のECMのポリアニオン(ヒアルロン酸、GAG)と結合する強さは、ポリアミンの毒性を脳細胞ではなくがん細胞に標的化する決定的因子である。結合が強い場合、ポリアミンは、細胞外ポリアニオンに取り囲まれた細胞膜に到達する前に中和される。結合が弱い場合、十分な濃度のポリアミンであれば、細胞がポリアニオンに取り囲まれていても、細胞を死滅させ得る。種々のポリアミンの結合強度を試験するために、3次元中和アッセイを開発した。すなわち、神経上皮がんスフェロイド(U87細胞株)からの浸潤を、インビトロで、種々のポリアミンを予め混合した2重量%HAゲル中でモニターした。スフェロイドからの浸潤は細胞の生存を示し、したがって、インビボで脳のポリアニオンに対するポリアミンの結合が強いことが予測された。インビトロでHAに対するポリアミンの結合が弱いことは、浸潤がないこと、すなわち細胞への毒作用によって現れ、したがって、インビボで脳のポリアニオンに対するポリアミンの結合が弱いことが予測された。
【0103】
浸潤を示さなかったスフェロイドは、プレストブルー代謝色素によって代謝活性をさらに試験したところ、完全に代謝的に不活性であったため、おそらく死んでいることが分かった。スフェロイドからの細胞の広がりには明らかな違いが観察され、HAへの結合力は、スペルミジンが最も強く(スフェロイドからの浸潤がポリアミンの影響を受けなかった)、スペルミンが最も弱かった(浸潤が強く抑制された)。
【0104】
詳細には、細胞増殖をサポートするために10%ウシ胎児血清を含む完全MEM培地と混合した2重量%ヒアルロン酸とポリアミンを混合して所望のポリアミン濃度とし、得られたヒアルロン酸/ポリアミンゲルを24ウェルプレートにプレーティングした。各ウェルに、U87 GBM細胞の3次元腫瘍スフェロイドを1つ配置した。周囲のヒアルロン酸に富むマトリックスへの浸潤を数日間にわたって撮像し、腫瘍スフェロイドの中心から4つの直交する方向への最大浸潤距離を測定することによって浸潤面積を求め、ヒアルロン酸マトリックスにポリアミンを含まないコントロールと比較した。
【0105】
その結果、培地中のスペルミジンとプトレシンについて観察された細胞毒性は、ヒアルロン酸に富むマトリックス中の細胞に対してはほとんど完全に抑制されることが分かった。対照的に、スペルミン、BHMTA、カダベリンの濃度が約4mMを超えると、ヒアルロン酸に富むマトリックス中で細胞毒性作用を示し、このことは、これらのポリアミンが、ポリアミン濃度>4mMでは、細胞膜に対する破壊的影響を緩和できるほど十分にはヒアルロン酸と結合しないことを示唆している。
【0106】
実施例4:ポリアミン注射による、正常な脳のマトリックスのモデル中の細胞に対するポリアミンの識別的細胞毒性
脳がんが発生するとき、それは正常な脳のマトリックスのポリアニオン(ヒアルロン酸およびGAG)に富む環境内で起こり、腫瘍近傍のマトリックスは、分解され、浮腫によって希釈されるが、腫瘍自体は、正常な脳とは非常に異なる組成を有する新しい特殊なマトリックスを合成する(実施例2参照)。脳腫瘍にポリアミンを直接注射すると、注射した付近の細胞だけを排除でき、注射点から離れた細胞には影響を与えないこと、すなわち、実施例3に示したようにインビボでは健康な脳細胞はポリアニオンに富む脳のECMによって保護されることを、インビトロで実証するために、2次元スキャニング細胞毒性アッセイを開発した。まず、神経上皮由来がん細胞株(U87)をプレーティングし、細胞がウェルの底に接着するまで1日放置し、その後、ポリアニオンに富む正常な脳のECMのモデルとしてのHAゲルで覆った。次に、ポリアミンを各ウェルの6時の位置に注射した(図4参照)。注射点の近傍では細胞が死滅すると予想された。なぜなら、初期ポリアミン濃度がこの領域で最大であり、かつ、この領域のHAゲルはキャリア溶媒(PBS)によって希釈されていたからである。しかしながら、注射点から離れた細胞は、希釈されていないHAに囲まれたままであり、ポリアミンがHAゲルを通って拡散する際にHAゲルがポリアミンを隔離すると予想された。但し、ポリアミンがHAに強く結合することと、有効ポリアミン濃度をEC50値未満に低下させるために十分なポリアミンと結合するのに十分なHAが存在する(すなわち、HAが希釈されていない)ことが条件である。したがって、注射点からより遠く離れた細胞は、ポリアミンがHAゲルに強く結合したままである限り、ポリアミンから保護されると予想された。膜の完全性が損なわれた細胞のDNAと結合する生死判定色素(mortality dye)の蛍光を調べるためにウェルの底をスキャンすることにより、細胞死のイメージングをウェル全体にわたって行った。
【0107】
遠くの細胞のHAによる保護のレベルはポリアミンの種類によって異なることが分かった(プトレシンが最も高く、カダベリンが最も低かった;図4)が、常にある程度保護されており、少なくとも2日間から最長で7日間(実験終了)は、注射点から離れた位置での細胞死が、注射点付近と比べてはるかに低かった。HA枯渇液体培地では、細胞死(コントロール)は、注射後最初の1時間以外はウェル内に均一に分布していた。
【0108】
詳細には、10%ウシ胎児血清を含む完全MEM培地を用いた24ウェルプレートで、U87膠芽腫細胞を、コンフルエントな細胞の層が各ウェルの底を覆うまで増殖させた(図4)。その後、各ウェルの底に接着した細胞の層を残して、この液体培地を除去した。次に、これらの細胞を、細胞増殖を支援するための10%ウシ胎児血清を含む完全MEM培地とCellTox(商標)Green Dye(Promega社)とを混合した3重量%ヒアルロン酸ハイドロゲル(成人の脳に含まれるヒアルロン酸の重量%に相当)で覆った。このヒアルロン酸+タンパク質ゲルは、ヒトの脳の細胞外マトリックスのモデルとなる。CellToxGreenは、非毒性分子であり、死細胞のみに入ることができ、そこでDNAと結合して緑色蛍光を発する。したがって、CellToxGreenにより、本発明者らは、緑色蛍光をモニタリングすることによって、このアッセイにおいて細胞死を経時的に追跡することができた。
【0109】
さまざまな濃度のポリアミン30μLを各ウェルの6時の位置に注射し、各ウェル内の死細胞量を時間の関数としてマッピングした。具体的には、各ウェルを44枚の一致する連続タイルとしてマッピングし(図4A)、タイル内の細胞死をそのタイルからの正味の緑色蛍光強度としてアッセイした。予想通り、各ウェルの6時の位置に近いタイルは、1回目の測定時点(24時間)から高いレベルの細胞死を示し、実験終了(144時間)まで細胞死のレベルが上昇し続けた。対照的に、各ウェルの12時の位置の周辺のタイル、すなわちウェルのスペルミンを注射した側とは反対側のタイルにおける細胞死の程度は、144時間後でも、ポリアミン注射部位周辺のタイルの2分の1~7分の1であった。
【0110】
本発明者らが実施例3において2重量%ヒアルロン酸中で非毒性であることを見出した4~12mMのスペルミジン濃度(図4B)は、各ウェルプレートのスペルミジン注射部位に近いU87細胞に対して強い毒性を示すことが分かり、細胞は急速に(スペルミジン濃度4~12mMの場合、48~72時間)死滅した。しかしながら、各ウェルプレートの反対側の細胞は、少なくとも7日間は生存していた(図4)。これらの結果は、スペルミジンが、注射された場所の周辺ではGBM細胞に対して高い細胞毒性を維持するが、遊離型スペルミジンの拡散速度および局所濃度は、遊離型スペルミジンがヒアルロン酸と結合することによって強く制限されることを示唆している。これら2つの作用の組み合わせにより、各ウェルの12時の位置の周辺の局所スペルミジン濃度は、細胞死を引き起こすのに十分な細胞損傷を生じさせるほど高い値に達することはない。
【0111】
トリパンブルー染色後に位相差顕微鏡でウェルプレートを調べたところ、生細胞(細長い形態(morphology)、染色後半透明)と死細胞(丸い形態、染色後濃青色)との間に明瞭な境界が形成されていることが明らかになった(図4C)。このような境界は、死細胞マッピングの本発明者らの解釈と一致する。
【0112】
また、4~6mMのスペルミン濃度は、注射点に近い細胞には毒性を示したが、注射点からほんの数ミリメートル離れた位置にある細胞には良性であったことが分かった(図4B)。10mMスペルミンでも、ヒアルロン酸に富む環境中の細胞に対する毒性は、培地中の同じ種類の細胞と比較して、3分の1であった。実施例3と比較してここでのスペルミンの毒性が減少したことは、本実施例で用いたヒアルロン酸濃度(3重量%)が実施例3(2重量%)よりも高いことで説明でき、ポリアミンの細胞毒性が細胞外マトリックスによるポリアミンの隔離が可能な程度に依存することを確認するものであった。
【0113】
実施例5:インビボでの脳組織に対するポリアミンの細胞毒性
ポリアミンのインビボ安全性を試験し、脳機能における影響を評価するために、NCr nu/nuマウスの脳への10μLの単回注射をモデルとして選択した。マウスの脳における10μLという量は、ヒトの脳における直径3cmの腫瘍と良好に相関する。これは、例えば神経膠芽腫の初期診断で典型的な大きさである。したがって、注射した量はヒト脳腫瘍への注射が必要とされ得る量と同様である。プトレシン、スペルミジン、およびカダベリンの3種のポリアミンを試験に選択した。各ポリアミンは2種類の濃度で試験した。最低濃度の4mMは、インビトロアッセイに基づいて安全であると予想され、最高濃度の10mMは、少なくともカダベリンに関して、ある程度の毒性を示すと予想された。すべてのポリアミンは、4mMの濃度で、HA枯渇培地中ではいくらかの毒性を示したが(図1)、HAへの結合強度が比較的高く(図3)、HAゲル中で遠くの細胞は長期的に保護された(図4)。すべてのポリアミンは、10mMの濃度で、著しい毒性を示し、試験したポリアミンのEC50値は、特定のポリアミンに応じて6mM~15mMの間であった(図1)。本発明者らのインビトロ研究(実施例4、図4参照)では、プトレシンおよびスペルミジンの注射から遠い位置のHAゲル中の細胞は、4mMと10mMの両方のポリアミン濃度でポリアミンの毒性作用から保護されたが、10mMカダベリン注射からは保護されなかった。したがって、本発明者らは、カダベリンはインビボにおいて高濃度(10mM)で毒性を示すが、プトレシンやスペルミジンはそうではない、と予想した。本インビボ実験では、10mMカダベリンが急性毒性を有することが確認された。すなわち、6匹中3匹が注射後30分で死亡し、さらに2匹が24時間以内に死亡した。生き残ったのは1匹だけで、3日目に18%の体重減少が記録された後、完全に回復し、すぐに体重が増加した。プトレシンもスペルミジンも、いずれの濃度でも急性毒性を示さなかった。4mMカダベリンも安全であった。
【0114】
ポリアミンを投与したマウスについて、長期にわたり、奇異な行動や臨床観察が記録されなかったため、ポリアミン注射が脳機能にとって安全であることが分かった。いずれの濃度のポリアミンも、投与したマウスの数は、本発明者らのインビトロ研究(図3および図4)から予想されたように強い毒性を示した10mMカダベリン以外は、ポリアミンが、脳のマトリックス中のHAによって十分に中和され得るため、マウスの成長および行動に長期的に影響を及ぼさないと結論づけるのに十分な数であった。したがって、本発明者らのインビトロ実験(実施例3および実施例4)は、「実際の脳」の状況への良好なレベルの予測と置き換え(translation)を示している。
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図3Bcont
図4A
図4B
図4Bcont
図4C
図5
【国際調査報告】