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特表2024-529270水性ギ酸塩-重炭酸塩(炭酸水素塩)平衡に基づく水素貯蔵
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  • 特表-水性ギ酸塩-重炭酸塩(炭酸水素塩)平衡に基づく水素貯蔵 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-08-06
(54)【発明の名称】水性ギ酸塩-重炭酸塩(炭酸水素塩)平衡に基づく水素貯蔵
(51)【国際特許分類】
   C07C 51/377 20060101AFI20240730BHJP
   C01B 3/00 20060101ALI20240730BHJP
   B01J 31/24 20060101ALI20240730BHJP
   C07C 53/06 20060101ALI20240730BHJP
   H01M 8/0606 20160101ALI20240730BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20240730BHJP
【FI】
C07C51/377
C01B3/00 B
B01J31/24 M
C07C53/06
H01M8/0606
C07B61/00 300
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2023580534
(86)(22)【出願日】2022-07-01
(85)【翻訳文提出日】2024-02-06
(86)【国際出願番号】 HU2022050056
(87)【国際公開番号】W WO2023275578
(87)【国際公開日】2023-01-05
(31)【優先権主張番号】P2100254
(32)【優先日】2021-07-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】HU
(31)【優先権主張番号】P2200115
(32)【優先日】2022-04-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】HU
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】523487461
【氏名又は名称】ジオマックス プロジェクト ケイエフティー.
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ジョー、フェレンツ
(72)【発明者】
【氏名】パップ、ガーボル チャバ
(72)【発明者】
【氏名】エレク、ヤーノシュ
(72)【発明者】
【氏名】ホルバート、ヘンリエッタ
【テーマコード(参考)】
4G140
4G169
4H006
4H039
5H127
【Fターム(参考)】
4G140AA01
4G140AA26
4G140AA42
4G169AA06
4G169BA27A
4G169BA27B
4G169BC74A
4G169BC74B
4G169BE01A
4G169BE01B
4G169BE03A
4G169BE03B
4G169BE13A
4G169BE13B
4G169BE22A
4G169BE22B
4G169BE27A
4G169BE27B
4G169BE36A
4G169BE36B
4G169BE37A
4G169BE37B
4G169CB81
4H006AA02
4H006AC11
4H006AC46
4H006BA22
4H006BA43
4H006BB31
4H006BC10
4H006BC11
4H006BE20
4H006BS10
4H039CA99
4H039CB20
5H127BA02
5H127BA16
5H127BA23
(57)【要約】
本発明の主題は、水性反応系における炭酸水素塩の水素化のための方法であり、この方法は、二酸化炭素がガス空間内に存在する間に、炭酸水素塩、水素および触媒が互いに接触することを確実にする。プロセスのこの段階では、ギ酸塩が生成される。本発明の主題はまた、水性反応系におけるギ酸塩の接触分解および本発明による同じ反応系で生成された炭酸水素塩の水素化のための方法であり、反応物および反応生成物は、本発明による反応系を使用して可逆反応サイクルで形成され、この反応サイクルは必要な回数繰り返される。上述のギ酸塩分解プロセスでは、ギ酸塩と触媒とが接触し、その結果、CO副生成物を含まない水素ガスおよび炭酸水素塩が反応の生成物として生成される。本発明のさらなる主題は、本発明による方法に基づく水素貯蔵システム、好ましくは水素アキュムレータである。本発明のさらなる主題は、本発明による水素貯蔵システム、好ましくは、燃料電池(またはHを必要とする他の機器)の動作に必要な水素の貯蔵のため、および適切な場合には必要に応じてその放出のための水素アキュムレータの使用である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水性反応系における、好ましくは炭酸水素ナトリウム(NaHCO)、炭酸水素リチウム(LiHCO)、炭酸水素セシウム(CsHCO)および炭酸水素カリウム(KHCO)から選択される炭酸水素塩(HCO )の水素化、ならびにギ酸塩、好ましくはギ酸ナトリウム(HCOONa)、ギ酸リチウム(HCOOLi)、ギ酸セシウム(HCOOCs)およびギ酸カリウム(HCOOK)の群から選択されるギ酸塩の製造のための方法であって、
前記方法は、前記炭酸水素塩と触媒とを高温、好ましくは60~100℃、より好ましくは80℃で、1~1200バール、好ましくは10~100バールの圧力で互いに接触させることを含み;
前記触媒は、一般式[Ir(cod)(NHC)P]+nPを有する触媒であり、
式中、
Irは、イリジウムであり;
codは、1,5-シクロオクタジエンであり;
NHCは、N-複素環カルベン、好ましくは1-R-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、式中、RはC1-C6アルキルまたはベンジルであり;
nは、1~4の整数であり;および
およびPは、独立して、1,3,5-トリアザ-7-ホスファダマンタン(pta)、モノスルホン化トリフェニルホスフィン(mtppms)またはトリスルホン化トリフェニルホスフィン(mtppts)であり;
炭酸水素塩の前記水素化が、二酸化炭素がガス空間内に存在するように行われることを特徴とする、方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、使用される前記触媒が、以下:
a)式[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
b)式[Ir(bmim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、bmimは1-ブチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
c)式[Ir(hexmim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、hexmimは1-ヘキシル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
d)式[Ir(2mim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、2mimは1,3-ジメチル-イミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
e)式[Ir(Bnmim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、Bnmimは1-ベンジル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
f)式[Ir(emim)(cod)(mtppms]+ptaによる触媒[式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、ptaは1,3,5-トリアザ-7-ホスファダマンタンである];および
g)式[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtppmsによる触媒[式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンである]
から選択されることを特徴とする、方法。
【請求項3】
ギ酸塩、好ましくはギ酸ナトリウム(HCOONa)、ギ酸リチウム(HCOOLi)、ギ酸セシウム(HCOOCs)およびギ酸カリウム(HCOOK)から選択されるギ酸塩を水性反応系で分解し、CO副生成物を含まない水素ガス(H)を生成する方法、および同じ反応系で、得られた炭酸水素塩(HCO )、好ましくは炭酸水素ナトリウム(NaHCO)、炭酸水素リチウム(LiHCO)、炭酸水素セシウム(CsHCO)および炭酸水素カリウム(KHCO)の群から選択される炭酸水素塩を水性反応系で水素化し、したがって、ギ酸塩、好ましくはギ酸ナトリウム(HCOONa)、ギ酸リチウム(HCOOLi)、ギ酸セシウム(HCOOCs)およびギ酸カリウム(HCOOK)の群から選択されるギ酸塩を生成する方法であって;
反応物および反応生成物は、ギ酸塩分解ステップおよび重炭酸塩水素化ステップの前記反応系を使用し、以下に指定される範囲内の温度、圧力およびpHの値を選択することによって可逆反応サイクルで形成され、この反応サイクルは必要な回数繰り返され;
前記ギ酸塩分解ステップは、Arガス雰囲気中、高温、好ましくは60~100℃、好ましくは80℃で、好ましくは8を超えるpH、好ましくはpH=8.3±0.2で、前記ギ酸塩を水性反応系内で前記触媒と接触させることを含み;
前記炭酸水素塩の前記水素化ステップは、高温、好ましくは60~100℃、より好ましくは80℃で、1~1200バール、好ましくは10~100バールの圧力下で、前記炭酸水素塩と触媒とを互いに接触させることを含み;
前記触媒は、一般式[Ir(cod)(NHC)P]+nPを有する触媒であり、
式中、
Irはイリジウムであり;
codは1,5-シクロオクタジエンであり;
NHCは、N-複素環カルベン、好ましくは1-R-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、式中、RはC1-C6アルキルまたはベンジルであり;
nは、1~4の整数であり;および
およびPは、独立して、1,3,5-トリアザ-7-ホスファダマンタン(pta)、モノスルホン化トリフェニルホスフィン(mtppms)またはトリスルホン化トリフェニルホスフィン(mtppts)であり;
炭酸水素塩の前記水素化が、二酸化炭素がガス空間内に存在するように行われることを特徴とする、方法。
【請求項4】
請求項3に記載の方法であって、使用される前記触媒が、以下:
a)一般式[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
b)一般式[Ir(bmim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、bmimは1-ブチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
c)一般式[Ir(hexmim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、hexmimは1-ヘキシル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
d)一般式[Ir(2mim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、2mimは1,3-ジメチル-イミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
e)一般式[Ir(Bnmim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、Bnmimは1-ベンジル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
f)一般式[Ir(emim)(cod)(mtppms]+ptaによる触媒[式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、ptaは1,3,5-トリアザ-7-ホスファダマンタンである];および
g)一般式[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtppmsによる触媒[式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンである]
から選択されることを特徴とする、方法。
【請求項5】
水素貯蔵システムのための、請求項3に記載の方法の使用。
【請求項6】
水素電池である、請求項4に記載の水素貯蔵システム。
【請求項7】
燃料電池またはHを必要とする他の機器を動作させるために必要な水素を貯蔵するための、および場合により必要な程度まで放出するための、請求項5または6に記載の水素貯蔵システムの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の主題は、水性反応系における炭酸水素塩の水素化のための方法であり、この方法は、二酸化炭素がガス空間内に存在する間に、炭酸水素塩、水素および触媒を互いに接触させることを含む。プロセスのこの段階では、ギ酸塩が生成される。本発明の主題はまた、水性反応系におけるギ酸塩の接触分解および本発明による同じ反応系で生成された炭酸水素塩の水素化のための方法であり、反応物および反応生成物は、本発明による反応系を使用して可逆反応サイクルで形成され、この反応サイクルは必要な回数繰り返される。
【0002】
上述のギ酸塩分解プロセスでは、ギ酸塩と触媒とが接触し、その結果、COx副生成物を含まない水素ガスおよび炭酸水素塩が反応の生成物として生成される。本発明の主題はまた、本発明による方法に基づく水素貯蔵システム、好ましくは水素アキュムレータである。本発明の主題はまた、本発明による水素貯蔵システム、好ましくは燃料電池(またはHを必要とする他の装置)の動作に必要な水素を貯蔵するための、および場合により必要に応じてその放出のための、水素アキュムレータの使用である。
【背景技術】
【0003】
Hullらは、その刊行物(Nature chemistry,2012,4(5),383-388)[1]において、COおよびイリジウム触媒を使用する可逆的水素貯蔵システムを開示しており、これは、ほぼ周囲条件下で動作する。実証された系では、COはアルカリ性pHでギ酸塩/ギ酸に変換される。著者らは、溶解したCOがギ酸塩の生成に必須であり、重炭酸塩のみが使用された場合には非常に少量の生成物が形成されたと述べているが、彼らはさらに、そこで試験された触媒が重炭酸塩ではなくCOを還元することを示唆している。同時に彼らは、これらの知見または実施された実験を裏付ける数値データを提供しない。参考文献の刊行物の表1は、文献から引用された結果が得られた実験条件を示していないが、参考文献の刊行物の本文は、引用された刊行物で使用された条件(圧力、温度)が、論文の著者(Hullら)によって使用された参考文献の刊行物で使用された条件よりも強いことを示している。
【0004】
Jooらは、その刊行物(Chemical Communications 1999,971-972)[2]において、異なる触媒を用いた水性炭酸水素塩のギ酸塩への均一水素化を開示し、存在する二酸化炭素の効果を調査した。一方で、彼らは、[RhCl(mtppms)]触媒について、気相中のCOが高い反応速度に必須であることを見出した(しかしながら、その非存在下でははるかに遅い反応が依然として起こった)。一方、COは、[RuCl(mtppms)および[RuCl(pta)]触媒で行われる反応の速度を低下させることも見出された。結果として、重炭酸塩の水素化速度に対するCOの効果は、上記の2つの触媒のような明らかに非常に類似した組成および構造を有する触媒の場合であっても事前に予測することができず、したがって、速度上昇または低下効果は実験に基づいてのみ決定することができる。換言すれば、所与の触媒について、ガス空間内に存在するCOが重炭酸塩の水素化速度を増加または減少させることは当業者には明らかではない。
【0005】
Elekらの刊行物(Applied Catalysis A:General 2003,255,59-67)[3]では、5バールのCOを使用して一定のNaHCO濃度および(同じく一定の)6バールのH圧力で[RuCl(mtppms)錯体によって触媒されるNaHCO 水素化の速度は、COの非存在下よりも10%低かったことが開示されている。
【0006】
一般に、文献に収集された多数の結果を比較することは困難であり、使用された実験条件は著しく異なっていたと言える。これは、圧力、温度、反応時間の違いだけでなく、反応に用いられる物質の濃度や濃度比の違いを意味する。したがって、例えば、理論的にHCO およびCOの両方を水素化することができるという事実から出発して、いくつかの刊行物、例えばLaurenczyらの刊行物(Inorg.Chem.2000,39,5083-5088)[4]に記載されている実験中、合わせた溶解COおよびHCO 濃度(すなわち、溶液中の炭素質無機粒子の総濃度)は、特定の実験中、一定に保たれた。これは、例えば、CO効果を調べるために、CO圧力を増加させるとき、測定されたNaHCOの量を減少させなければならず、二酸化炭素ガス圧力を一定のHCO 濃度で増加させた場合よりもはるかに速いpHの低下(したがってギ酸塩濃度のより速い増加)をもたらしたという結果をもたらした。後者の実験的配置の例もある(実際、こちらの方がより一般的である)。
【0007】
上記刊行物([2]~[4])の著者らは、COの存在下であっても、重炭酸塩の水素化の実際の基質がHCO アニオンであることを明確に述べている。これに関連して、化学変換において基質と考えられるものを定義することが必要である。本発明者らの意見では、基質は、化学変換が起こる出発物質の種類であり、反応の生成物中に変化した形態で現れる。反応中に様々な交換プロセスが起こる場合、これを決定することは必ずしも容易ではない。(反応物は、補助物質、例えばプロトン結合塩基などであってもよいので、基質および反応物は互いに100%同義ではない。)。COの存在下での重炭酸塩の水素化中、それ自体がギ酸塩に直接水素化される場合は、COは(も)基質となり得る。しかし、その役割がpH調整(酸性環境の形成)のみに限定される場合、それは単純な補助材料と考えられる。本発明の観点からは、これまで文献で公開されている測定結果は、疑問を解決するのに十分ではない。
【0008】
以下の考察は、J.N.Butler「Carbon Dioxide Equilibria and Their Applications」(Lewis Publishers,Chelsea,USA,1991)[5]およびX.Li et al.(Fluid Phase Equilibria 2018,458,253-263)[6]の研究に基づいており、そこで利用可能なデータを使用する。近似への言及は、計算において活性係数が1であると見なされ、例えばイオン強度の効果が考慮されなかったという事実を指す。
【0009】
ヘンリーの法則は、二酸化炭素の水への溶解に適用される:[[CO]=K×P(CO)、すなわち、二酸化炭素の圧力を増加させると、溶解(水和)COの濃度が直線的に増加する。溶解二酸化炭素の濃度がモル/リットル(M)単位で与えられ、気体二酸化炭素の圧力がatm(bar単位での良好な近似を有する)で与えられる場合、25℃の純水に対するヘンリー定数の値は、K=10-1,5=0,0316であり;35℃では、K=10-1,7=0,0200である。この値は温度の上昇と共に減少し、イオン強度によっても変化するが、これは以下の考慮事項に大きく影響しない。CO圧力が増加するにつれて、溶解CO濃度も増加し、25℃では、約0.0316M(1バール)、0.316M(10バール)、および3.16M(100バール)である。解離平衡HCO=HCO +Hの酸解離定数は、それぞれpKa1=6,35(25℃)および6.309(35℃)である。所与のpHについて、重炭酸アニオン濃度とCO圧力との間の関係は、以下の式によって与えることができる。
log[HCO ]=pKa1+pK+log P(CO)+pH
【0010】
したがって、式から読み取ることができるように、高圧下で溶解したCOの量が多いため、平衡重炭酸塩濃度も増加する。Butlerの言及した刊行物[5]に発表された測定データによれば、35℃、異なるP(CO)圧力下で、溶媒濃度m=1mol/kgのNaHCO溶液中で、以下の表に示す平衡pHが形成され(カラム2)、そこからカラム3の平衡HCO 濃度を計算することができる。
【表1】
【0011】
CO圧下に置かれた溶液は最初に1Mの濃度のNaHCOを含んでいたので(この温度および濃度において、重量モル濃度および容積モル濃度で表されるNaHCO溶液の濃度は実質的に同じである)、9.2バールCOの影響下での[HCO ]濃度の増加はわずか13%であり、20バールCO2でさえわずか83%である。また、重炭酸イオンの濃度は、CO圧力の増加と共に非線形に変化し、その10倍を超える増加(9.2バールから92.8バール)は、重炭酸塩濃度の2倍をわずかに超える増加しか伴わないことが分かる。この現象の理由は、溶解二酸化炭素から形成されたHCOおよびHCO が緩衝溶液を形成するためである。これらの考察から、接触水素化が基質に対して一次である場合、溶解CO自体が基質であるならば、水素化の初期速度はCOの圧力と共に直線的に変化するはずである。一方、水素化の基質が重炭酸アニオンである場合、CO2圧力を上昇させた後、反応速度をより低い程度まで上昇させる。いくつかの実験はこれを実際に示したが、異なる経験もある。例えば、COの圧力を上げると水素化速度が低下することはすでに述べた([2]および[3])。
【0012】
文献で公開されたデータによれば、平衡(すなわち、反応混合物中に実際に存在する)HCO 濃度はCO圧力下ではCOの非存在下よりもはるかに高くなり得るが、これは実験的に達成された最終ギ酸塩濃度にはほとんど反映されず、通常、測定されたHCO 濃度を超えないことは興味深い。しかしながら、場合によっては、COの存在下で、取り込まれた重炭酸塩の量(HCO )よりも多くのギ酸塩(具体的には、ギ酸、HCOH)の形成が検出され、その量が取り込まれた重炭酸塩の30~40%を超えることは稀であった。HCOHの形成は、重炭酸塩に加えて、またはその代わりに、溶解(水和)COの水素化としてのみ解釈することができる。純粋なHで達成される収率と比較して、所与の時間中に酸性媒体中に見られるより高いギ酸塩濃度が、ガス空間に添加されたCOまたは溶液中に既に存在するHCO のより高い水素化に起因するかどうかに関して論理的な疑問が生じる。換言すれば、どの基質が反応機構を好むか、すなわち、どの程度の割合の生成物が重炭酸塩に由来するか、またはどの程度の溶解COに由来するかに関して論理的な疑問が生じる。(もちろん、様々な触媒の場合、重炭酸塩および水和二酸化炭素の水素化の機構は、特に両方の基質が一緒に存在する場合、著しく異なり得る。)
【0013】
所与の条件下で、溶解したCO(または得られたHCO)とHCO との間で迅速な交換プロセスが起こる場合、状況は複雑である。その場合、炭酸水素塩に加えて、反応混合物に溶解した(水和)COも独立して反応するかどうか、または反応物が急速交換中に形成されたHCO のみであるかどうかを決定することはできない。文献報告のほとんどは、この可能性に注意さえも払っていない:最初に導入されたNaHCOが100%に反応しなかった場合、すなわち、形成されたギ酸塩のすべてが、水和COが水素と反応することなく、炭酸水素塩に由来した可能性がある場合でも、プロセスは「CO水素化」と見なされている。しかしながら、最初に導入されたHCOの100%がギ酸塩に変換される場合、これを超えるギ酸塩(ギ酸)の量は、もともと気相中にあったCOから必然的に形成される。無論、塩基性補助材料、例えばアミンの存在下では、気相中のCOも還元され、これは、水素化可能であることが知られている塩基との重炭酸塩(おそらく炭酸塩)を与えるためである。しかしながら、そのような場合、実験経験によれば、存在する塩基の量は、達成可能な最大ギ酸塩濃度を決定する。
【0014】
本発明の発明者らは、明確な答えのために、前の段落に示された交換プロセス、または-同位体標識を用いた-生成物として得られたギ酸塩中に形成された同位体比の検査が、主に質量分析法を用いて必要であると考えている。しかしながら、以下の所見は考慮に値する。
【0015】
a)上記で数回言及した刊行物[2]~[4]では、反応を高圧NMR管内で行い、続いて同位体標識されたNa重炭酸塩出発物質であるNaH13COを使用してHまたは13C NMR分光法を行った。反応中、Hおよび13C測定は、ギ酸塩濃度の経時的な増加を明確に示し、これは、ギ酸塩HCO プロトンシグナル強度の対応する内部標準(DSS)プロトンシグナル強度に対する比から定量的に決定された。これらのデータに基づいて、出発物質の転化率および最終ギ酸塩濃度を計算した。この方法では、検出されたギ酸塩が重炭酸塩または水和COから形成されたかどうかを区別することができない。
【0016】
他の場合(上述の刊行物[1]など)では、形成されたギ酸塩濃度は、酸性媒体での溶出を使用してHPLC測定によって決定した。後者の方法は、使用される溶離液中でギ酸塩もプロトン化されてギ酸として検出することができるので、ギ酸塩とギ酸とを区別しない。
【0017】
b)HCO アニオンは、水溶液中でCOなしで水素化することもできる。一方、HCO の非存在下で、すなわち、触媒のみを含有する水溶液がH/COガス混合物の下に置かれた場合、高圧および高温でさえ、無視できる量のギ酸しか形成されないことを知っていると(例えば、[1]を参照)、HCO は水和COよりもはるかに高い速度で水素化すると仮定することは明らかであるようである(すなわち、重炭酸塩は水素化のための基質である)。
【0018】
c)先に述べたように、塩基の存在下では、気相中に導入されたCOも水素化され、これは、塩基と共に、水素化可能であることが知られている重炭酸塩(おそらく炭酸塩)を与えるためである。しかしながら、そのような場合、実験経験によれば、存在する塩基(KOH、NaOH、ジメチルアミンなど)の量は、達成可能な最大ギ酸塩濃度を決定する。
【0019】
d)一部の触媒は、ギ酸(HCOH)を極めて高い速度で水素および二酸化炭素に分解する。無論、このプロセスは、ギ酸が主に解離しない酸性媒体中でのみ行われる。なぜならば、そうでなければギ酸アニオンの脱水素化であるからである。純粋に水溶液(すなわち、NaHCOの非存在下)では、反応CO+H=HCOHで形成されるギ酸の最終濃度が低いのは、触媒も生成物を分解し、バランスが出発物質の方向に強くシフトするという事実の結果でもあり得る。
【0020】
Laurenczyらによって既に言及された刊行物[4]に公開されたデータに基づいて、最終ギ酸塩濃度は有意な濃度データ(1.53Mおよび1.70M)を含むが、反応において、形成されたHCO の濃度は、使用された1~50バールCO圧力範囲で測定されたNaHCOまたはKHCO濃度を超えなかった。ギ酸塩が投入したKHCOの水素化のみによって形成されたと仮定すると、最大重炭酸塩転化率は85%であった。これらの観察は、H/CO混合物中に存在するCOが主に炭酸水素塩の水素化に対して速度論的効果を有することを明確に示している。この詳細はこれまでの研究では明らかにされていないが、溶解COの影響による重炭酸塩溶液のpHの低下は、触媒活性金属錯体粒子(ほぼ確実にヒドリド錯体)の形成に影響を及ぼし得る。しかしながら、上記の参照表1から分かるように、pH低下には限界がある。しかしながら、溶解CO2の直接自己水素化は、形成されるギ酸塩の量に大きく寄与しない。この意味で、これは水素化の反応物(基質)ではなく、反応物(複数可)の濃度を増加させると生成物の形成が促進されるとLe Chatelier-Braunの原理は適用することができない。Le Chatelier-Braunの原理が明確に定式化された熱力学的法則であることは周知であるが、所与の反応の速度論については何も述べていない。
【0021】
米国特許第4067958号は、一酸化炭素および他の成分を含有する燃料ガスから水素を製造する方法を開示している。燃料ガスは、対応するギ酸塩が形成されている間に、ナトリウムおよびカリウム炭酸塩および/または重炭酸塩を含有する水溶液を通過する。次いで、ギ酸塩溶液を触媒的に分解して、水素ならびに炭酸塩および/または重炭酸塩を生成する。また、引用された特許文献には、この手順を実行する装置が記載されている。使用される触媒は、アルカリに耐性の支持体上の遷移金属、それらの酸化物または硫化物であり得る。
【0022】
Laurenczyら(Inorg.Chem.Comm.2007,10,558-562)は、水性媒体中で二酸化炭素および重炭酸塩の水素化を触媒することができるRu(II)錯体、すなわち[RuCl(PTA)([9]aneS)]錯体(式中、PTAは1.3,5-トリアザ-7-ホスファダマンタンであり、[9]aneS3は1,4,7-トリチアシクロノナンである)を公開した。この刊行物では、触媒活性は非常に控えめであるが、以前の理論的および実際的な結果によって示唆された、反応中に現れる中間生成物の存在が明らかに証明されたと述べられている。
【0023】
米国特許出願公開第20120321550号において、Fukuzumiらは、水素貯蔵プロセス(Y.Himedaの以前の研究から開始する)で使用することができる単核遷移金属錯体(立体異性体を含む)を非常に詳細に開示している。それらの場合、水素はアルコールから生成され、次いで出発アルコールは、同様の触媒を用いた水素化によって形成されたアルデヒドから回収される。さらに、HCOOH/HCOO/CO/HCO バランスは、これらの系で首尾よく使用される。それらの場合、所与の系におけるpHもまた、配位子のpH感受性に関連して重要な問題である。ギ酸塩/炭酸水素塩サイクルは、参照特許文献に記載されている系において役割を果たすが、使用される触媒のファミリーは、本発明に開示されているものとは異なる構造を有し、N-複素環式(以下では時折NHC)カルベンまたはホスフィンのいずれも含有しない。
【0024】
Mahajanは、米国特許第6596423号明細書の遷移金属錯体によって触媒されるギ酸塩分解(ナトリウム、カリウム、リチウムおよびセシウムギ酸塩)における彼の実験を要約している。記載された手順に従って(80~150℃の範囲の温度で)反応を行うと、反応生成物は微量の一酸化炭素(50ppm未満)も含有する。特許文献は、イリジウムを含むいくつかの可能な錯体金属について言及している。可能な触媒は、遷移金属カルボニル錯体またはN-ドナー基を含有する配位子配位錯体(例えば、2,2’-ジピリジル基)であり得る。それはまた、水またはメタノールなどの反応媒体のためのいくつかの選択肢を提供する。
【0025】
独国特許出願公開第102006030449号には、可逆的水素貯蔵に適した装置が開示されている。装置の動作の基礎は、水素の結合およびその放出である。水素は、水溶液中の炭酸カリウムおよび/または重炭酸カリウムを、水素ガスおよびZnOまたはZnO/TiO触媒の存在下で電流によりギ酸カリウムに還元することによって結合される。水素は、白金またはパラジウム触媒を使用してギ酸カリウム、ギ酸またはそれらの混合物の水溶液から放出される。水素貯蔵および水素放出のために同じ触媒が使用されるわけではないことに留意されたい。
【0026】
特許出願番号US7939461は、水素形成を伴ってギ酸の分解を触媒する金属錯体を開示している。この出願はまた、ギ酸の分解中に生成された水素の貯蔵および回収を可能にする装置の理論的可能性を開示している。開示された金属錯体は、2つの遷移金属イオン(二核錯体)を含み、これらは同一であっても異なっていてもよい。この発明の説明において、イリジウムは、可能な金属原子の中に含まれる。置換または非置換形態の可能な配位子は、シクロペンタジエン、N原子含有複素環式芳香族化合物、例えばビピリジン、フェナントロリン、ビピリミジンである。与えられた例では、水溶性イリジウム-ルテニウム錯体の生成、ならびに様々な条件下(異なる温度およびpH)での水素および二酸化炭素の形成を伴うギ酸の分解が示されている。説明はまた、水素および二酸化炭素からのギ酸の形成を触媒する錯体(例えば、イリジウムを含む)を示す。参照特許文献に開示されている触媒は、本発明に開示されている錯体触媒とは異なる構造を有するので、例えばホスフィン配位子を含有しない。
【0027】
Bellerおよび彼の研究グループによる刊行物(Tetrahedron Lett.2009,50,1603-1606)では、Ru含有触媒を用いたギ酸からの水素生成が、有機塩基および無機塩を触媒系に添加することによってどのように影響され得るかが記載された。アミジン化合物の存在は水素生成を増加させ、最適な条件下で、ギ酸/アミン混合物から水素を効率的に生成できることが実証されている。触媒系は、[RuCl(benzene)]前駆体の場合、1,2-ビス-(ジフェニルホスフィノ)エタン(dppe)およびN,N-ジメチル-n-ヘキシルアミンの存在下で最も効果的であることが判明した。
【0028】
特許文献番号WO2012143372は、少なくとも1つの四座配位子を配位させた遷移金属錯体を含む触媒系を用いた選択的脱水によってギ酸から水素を生成することができるプロセスを提示している。イリジウムも可能な遷移金属の中で言及されているが、ルテニウム、コバルトおよび鉄が、この発明の開示された好ましい実施形態に含まれている。説明はホスフィン配位子に言及しているが、遷移金属のカルベン錯体は前駆体として言及されていない。
【0029】
Jooら[Angew.Chem.Int.Ed.2011,50,10433-10435(以下、自身の研究結果)]はまた、ギ酸塩/炭酸水素塩サイクルを使用する可能性を調査した。ここで説明する触媒は、Ru(II)-mtppms錯体であり、そこから反応中にRu-ギ酸塩二水素化物が形成され、これが分解を特異的に行う。適用温度で、Ru(II)-mtppms触媒の存在下でギ酸塩が分解する(CO排出なし)が、分解が完了した後、形成されたHCO および触媒溶液を比較的高い圧力Hで充填することによって初期ギ酸塩溶液を回収することができるので、ギ酸塩中のHの化学的貯蔵は1つの系内で達成された。サイクルを連続して数回完了することができた。ギ酸塩/炭酸水素塩サイクルは、刊行物に記載された系において役割を果たすが、触媒はRu(II)錯体であり、イリジウムまたは他の遷移金属の錯体は言及されておらず、配位子としてのNHCカルベンの使用は生じない。
【0030】
Himeda(Green Chem.2009,11,2018-2022)は、イリジウム触媒の存在下で水性媒体中のギ酸の分解を調査した。得られた水素は一酸化炭素を含まなかった。配位子として4,4’-ジヒドロキシ-2,2’-ビピリジンが存在した。この結果から、Ir-ビピリジル錯体は非常に活性な触媒であることがわかった。90℃では、触媒活性はTOF=14000 h-1であった。著者はまた、ギ酸の分解に対するギ酸塩の効果を調査した。彼は、この触媒がHCOOH/HCOO混合物の分解においても活性であることを見出した。さらに、理論原理レベルでは、形成されたCOの水溶液(HCO 溶液)を再水素化することができ、pHを下げることによってギ酸が再び形成されると予測した。また、起きている反応の機構を提案し、触媒活性中間体をIr-ヒドリドとして同定した。
【0031】
同様のIr触媒を使用して、Himedaらもまた、単一の系内でそのpHを変化させることによってギ酸の分解から形成されたCOの再水素化を解決した(Nature Chem.2012,4,383-388)。彼らが使用する触媒は、酸性pH範囲でギ酸の分解を(配位子のpH感受性を介して)触媒するが、アルカリ性溶液ではCOの還元が顕著になる。彼らの提案によれば、Hはギ酸塩溶液中に可逆的に貯蔵することができる。
【0032】
ギ酸塩/炭酸水素塩サイクルは前述の2つの刊行物にも見られるが、使用される触媒はNHCカルベンもホスフィンも含有しないが、分解中、pHは酸性範囲にあり、すなわちギ酸が分解し(COも形成される)、pHが大幅に変化しない本発明者らの系とは対照的に、還元プロセスを開始するためにpHを上昇させなければならない。
【0033】
Nolanらは、米国特許第6774274号明細書において、[Ir(cod)(py)]PF(式中、codは1,5-シクロオクタジエンであり、pyおよびはピリジンを意味する)とLとの反応によって、またはNおよびL配位子と共に調製した、式[Ir(cod)(N)(L)]Xの錯体を開示している。オレフィンの水素化における前記触媒の使用も開示される。式[Ir(cod)(py)(SIMes)]PF(式中、SIMは、1,3-ジメシチル-4,5-ジヒドロ-イミダゾール-2-イリデンまたは関連するN-複素環カルベンである)による錯体の調製およびその主な特徴が実証されている。参照特許文献では、均一な触媒作用で広く普及しているホスフィン配位子の代替として求核型N-複素環式カルベンが言及されており、ホスフィン配位子の代わりにより好ましい立体的および/または電子的特性を有するN-複素環式カルベン配位子を使用すると、オレフィンの場合に有意な触媒性能の向上が達成され得るという一般的な実験経験を強調している。この特許文献は、NHCカルベンおよびホスフィン配位子の混合物を含有する触媒を開示しておらず、さらに、根本的に異なる技術的問題に対する解決策を提供する。
【0034】
Laurenczyらは、その刊行物(Angew.Chem.Int.Ed.2008,47,3966-3968)において、水溶性のインサイチュ生成触媒の存在下でギ酸水溶液からの水素発生に適した効率的で選択的な系を提示している。[Ru(II)(HO)](tos)]-錯体(式中、tosはトルイル-4-スルホネートを意味する)およびRuClを前駆体として使用し、メタ-トリスルホン化トリフェニルホスフィン(mtppts)を配位子として使用した。ギ酸ナトリウムを溶液に添加して触媒を活性化した。
【0035】
別の刊行物(ChemCatChem 2013)において、Laurenczyらは、Ruイオンを含有する水溶性触媒の存在下でのHCOOH/HCOO混合物の接触分解を調査し、錯体を形成する配位子は、1つまたは複数のトリメチルアンモニウム基で置換されたカチオン性トリアリールホスフィン誘導体であった。最適化実験も、最も有望な前駆体を用いて実施し、その間、とりわけ、pH、温度、触媒濃度および配位子/Ru比の影響を調査した。最適条件下で達成された触媒サイクル数は、TOF=1950 h-1であった。
【0036】
上記の刊行物では、触媒系はルテニウム系であり、様々なホスフィン配位子を含むが、可能な配位子としてNHCカルベンについては言及されていない。
【0037】
Laurenczyらによる特許文献WO2008047312は、一酸化炭素を発生させることなく、触媒法によってギ酸から水性媒体中で水素および二酸化炭素を生成することができる方法について言及している。触媒プロセスは、広い温度範囲および室温(T=25℃)で行われる。この特許文献はまた、遷移金属としてイリジウムに言及しており、その錯体は、調査されたプロセスにおける触媒として好適であり得るが、関連する実験結果は示されていない。この発明の好ましい実施形態では、イリジウムは含まれない。遷移金属錯体触媒の可能な配位子の中でも、ホスフィン、好ましくは芳香族ホスフィン、具体的にはmtpptsおよびmtppms配位子、ならびにカルベンが挙げられる。しかしながら、この文献は後者の具体例を与えていない。特許文献には、分解中に形成された二酸化炭素またはHCO 溶液が、ギ酸またはギ酸塩溶液に変換されることは記載されていない。
【0038】
Laurenczyらによる米国特許第8133464号明細書もまた、様々なギ酸/ギ酸塩混合物の水素および二酸化炭素への分解に関する。以前の特許(国際公開第2008047312号)と比較して、使用される触媒の範囲は広がっている。この特許文献は、組成物M(L)nとの錯体を開示しており、Mは好ましくはRuおよびRhであるが、Irであってもよい。配位子としてのLのいくつかの変形が特許請求されており、Lはスルホン化ホスフィンおよび/またはカルベンおよび/または親水性基およびそれらの組み合わせであり得る。しかしながら、この特許文献は、配位子として可能なカルベンの明確な範囲も提供していない。
【0039】
米国特許第10944119B2号は、水素の貯蔵および放出を可能にするプロセスを開示している。この文献は、水素の貯蔵および放出に関連して重炭酸塩-ギ酸塩サイクルについて言及しているが、水素の放出中、使用される遷移金属触媒(ルテニウム含有錯体)は有機溶媒または溶媒混合物に溶解され、得られた重炭酸塩は、触媒を含む有機溶液から分離された水相中に形成される。重炭酸塩の水素化については多くのことが明らかにされているので、この工程もギ酸塩の分解と同じ触媒系によって促進することができる。
【0040】
中国特許文献番号CN105283436Bは、触媒の存在下で水素ガスおよび二酸化炭素からギ酸を製造する方法を開示している。このプロセスは、極性溶媒(例えば、水またはDMSO)を含有し、塩基、炭酸塩、重炭酸塩またはギ酸塩が添加されていない酸性媒体中で行われる。
【0041】
米国特許文献US20150105571A1は、分子状水素およびコバルト錯体を含有する触媒系を使用して、二酸化炭素または重炭酸塩をギ酸誘導体(例えば、ギ酸塩、ギ酸エステルおよびホルムアミド)に変換する方法を開示している。
【0042】
最新技術に基づいて、様々な触媒による重炭酸塩の水素化に対するCOの効果は、加速または減速のいずれかであり得ることが確立され得、その程度は事前の知識に基づいて決定することができない。上記で要約された研究結果および経験に基づいて、本発明の発明者らは、CO水素化の実際の基質がHCO アニオンであると考えている。その濃度は、CO圧力と共に自然に増加するが、ヘンリーの法則が必要とするように(小さな圧力範囲でさえ)直線的ではない。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1】炭酸水素塩(HCO )の水素化がガス空間内の二酸化炭素(CO)の存在下で行われる、水素の貯蔵および放出に適した触媒サイクル。
図2】80℃の0.1M NaHCO溶液中のCO圧力の増加に伴うpHの変化。
図3】総体積100mlのバッチ反応器中で[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtppts触媒を使用した、適用したCO圧力に応じた触媒サイクル数(ターンオーバ数、以下:TON)の変化。
図4】総体積100mlのバッチ反応器中で[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtppts触媒を使用した、pHの関数としての触媒サイクル数(TON)値の変化。
図5】総体積600mlのバッチ反応器中で[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtppts触媒を使用した、適用したCO圧力の関数としての触媒サイクル数(TON)値の変化。
図6】総体積600mlのバッチ反応器中で[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtppts触媒を使用した、pHの関数としての触媒サイクル数(TON)値の変化。
図7】例4~7で得られた触媒サイクル数(TON)値の比較。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0044】
本発明によって解決される技術的課題は、燃料電池またはHを必要とする他の機器で使用することができる水素ガスの可逆的貯蔵に適した反応系であって、水性反応系でギ酸塩を分解することによってCO副生成物を含まない水素ガス(H)の製造を可能にする反応系、ならびに同じ触媒を使用して同じ反応系で製造された炭酸水素塩の水素化を提供することであり、その結果、炭酸水素塩の水素化ステップにおける触媒の活性は、炭酸水素塩の以前に知られている水素化プロセスにおける触媒の活性よりも大きい。
【0045】
本発明による発見
本発明者らの発明は、炭酸水素塩の水素化がガス空間内に存在する二酸化炭素を用いて水性反応系で行われる場合、本発明による触媒の活性は、純粋な水素を用いた水性反応系における炭酸水素塩の水素化の場合のように、使用される条件(適切に選択された圧力および温度)に応じて、最大6倍高くなるという驚くべき発見に基づく解決策によって上述の目的を達成する。
【課題を解決するための手段】
【0046】
1.水性反応系における、好ましくは炭酸水素ナトリウム(NaHCO)、炭酸水素リチウム(LiHCO)、炭酸水素セシウム(CsHCO)および炭酸水素カリウム(KHCO)から選択される炭酸水素塩(HCO )の水素化、ならびにギ酸塩、好ましくはギ酸ナトリウム(HCOONa)、ギ酸リチウム(HCOOLi)、ギ酸セシウム(HCOOCs)およびギ酸カリウム(HCOOK)の群から選択されるギ酸塩の製造のための方法であって、
前記方法は、前記炭酸水素塩と触媒とを高温、好ましくは60~100℃、より好ましくは80℃で、1~1200バール、好ましくは10~100バールの圧力で互いに接触させることを含み;
触媒は、一般式[Ir(cod)(NHC)P]+nPを有する触媒であり、
式中、
Irは、イリジウムであり;
codは、1,5-シクロオクタジエンであり;
NHCは、N-複素環カルベン、好ましくは1-R-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、式中、RはC1-C6アルキルまたはベンジルであり;
nは、1~4の整数であり;および
およびPは、独立して、1,3,5-トリアザ-7-ホスファダマンタン(pta)、モノスルホン化トリフェニルホスフィン(mtppms)またはトリスルホン化トリフェニルホスフィン(mtppts)であり;
炭酸水素塩の水素化は、二酸化炭素がガス空間内に存在するように行われる、方法。
【0047】
2.ポイント1に記載の方法であって、使用される触媒が、以下:
a)式[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
b)式[Ir(bmim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、bmimは1-ブチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
c)式[Ir(hexmim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、hexmimは1-ヘキシル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
d)式[Ir(2mim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、2mimは1,3-ジメチル-イミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
e)式[Ir(Bnmim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、Bnmimは1-ベンジル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
f)式[Ir(emim)(cod)(mtppms]+ptaによる触媒[式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、ptaは1,3,5-トリアザ-7-ホスファダマンタンである];および
g)式[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtppmsによる触媒[式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンである]から選択される、方法。
【0048】
3.ギ酸塩、好ましくはギ酸ナトリウム(HCOONa)、ギ酸リチウム(HCOOLi)、ギ酸セシウム(HCOOCs)およびギ酸カリウム(HCOOK)から選択されるギ酸塩を水性反応系で分解し、CO副生成物を含まない水素ガス(H)を生成する方法、および同じ反応系で、得られた炭酸水素塩(HCO )、好ましくは炭酸水素ナトリウム(NaHCO)、炭酸水素リチウム(LiHCO)、炭酸水素セシウム(CsHCO)および炭酸水素カリウム(KHCO)の群から選択される炭酸水素塩を水性反応系で水素化し、したがって、ギ酸塩、好ましくはギ酸ナトリウム(HCOONa)、ギ酸リチウム(HCOOLi)、ギ酸セシウム(HCOOCs)およびギ酸カリウム(HCOOK)の群から選択されるギ酸塩を生成する方法であって;
反応物および反応生成物は、ギ酸塩分解ステップおよび重炭酸塩水素化ステップの反応系を使用し、以下に指定される範囲内の温度、圧力およびpHの値を選択することによって可逆反応サイクルで形成され、この反応サイクルは必要な回数繰り返され;
ギ酸塩分解ステップは、Arガス雰囲気中、高温、好ましくは60~100℃、好ましくは80℃で、好ましくは8を超えるpH、好ましくはpH=8.3±0.2で、ギ酸塩を水性反応系内で触媒と接触させることを含み;
炭酸水素塩の水素化ステップは、高温、好ましくは60~100℃、より好ましくは80℃で、1~1200バール、好ましくは10~100バールの圧力下で、炭酸水素塩と触媒とを互いに接触させることを含み;
触媒は、一般式[Ir(cod)(NHC)P]+nPを有する触媒であり、
式中、
Irはイリジウムであり;
codは1,5-シクロオクタジエンであり;
NHCは、N-複素環カルベン、好ましくは1-R-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、式中、RはC1-C6アルキルまたはベンジルであり;
nは、1~4の整数であり;および
およびPは、独立して、1,3,5-トリアザ-7-ホスファダマンタン(pta)、モノスルホン化トリフェニルホスフィン(mtppms)またはトリスルホン化トリフェニルホスフィン(mtppts)を意味し;
これにより、炭酸水素塩の水素化は、二酸化炭素がガス空間内に存在するように行われる、方法。
【0049】
4.ポイント3に記載の方法であって、使用される触媒が、以下:
a)一般式[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンを意味し、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
b)一般式[Ir(bmim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、bmimは1-ブチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、tppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、tpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
c)一般式[Ir(hexmim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、hexmimは1-ヘキシル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
d)一般式[Ir(2mim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、2mimは1,3-ジメチル-イミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
e)一般式[Ir(Bnmim)(cod)(mtppms]+mtpptsによる触媒[式中、Bnmimは1-ベンジル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである];
f)一般式[Ir(emim)(cod)(mtppms]+ptaによる触媒[式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、ptaは1,3,5-トリアザ-7-ホスファダマンタンである];および
g)一般式[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtppmsによる触媒[式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンである]から選択される、方法。
【0050】
5.水素貯蔵システムのための、ポイント3に記載の方法の使用。
【0051】
6.水素電池である、ポイント4に記載の水素貯蔵システム。
【0052】
7.燃料電池またはHを必要とする他の機器を動作させるために必要な水素を貯蔵するための、および場合により必要な程度まで放出するための、ポイント5または6に記載の水素貯蔵システムの使用。
【発明を実施するための形態】
【0053】
本発明者らの研究の過程で、本発明者らは、触媒の存在下での水性反応系における炭酸水素塩(HCO )の水素化のためのプロセスを開発し、このプロセスは、二酸化炭素がガス空間中に存在するように、上述の炭酸水素塩、水素および触媒を互いに接触させることを含み、したがってギ酸塩(HCOO)が生成される。
【0054】
本発明者らの研究の過程で、本発明者らは、二酸化炭素がガス空間内に存在するように水性反応系における炭酸水素塩の水素化が行われる場合、本発明による触媒の活性は、適用される圧力および温度に応じて、純粋な水素を用いた水性反応系における炭酸水素塩の水素化の場合よりも最大6倍高くなるという驚くべき発見に到達した。
【0055】
上記に基づいて、本発明者らの発明の第1の態様は、ガス空間内の二酸化炭素の存在下での水性反応系における炭酸水素塩(HCO )、好ましくは炭酸水素ナトリウム(NaHCO)、炭酸水素リチウム(LiHCO)、炭酸水素セシウム(CsHCO)または炭酸水素カリウム(KHCO)の水素化、ならびにギ酸塩、好ましくはギ酸ナトリウム(HCOONa)、ギ酸リチウム(HCOOLi)、ギ酸セシウム(HCOOCs)またはギ酸カリウム(HCOOK)の製造のための方法であって、炭酸水素および触媒を高温、好ましくは60~100℃、より好ましくは80℃で、1~1200バール、好ましくは10~100バールの圧力で互いに接触させる方法を提供することである。
【0056】
本発明の一実施形態では、前記炭酸水素塩と触媒との接触中にガス空間内に存在するCOの量は、p(CO)>0バールおよびp(CO)≦50バールである。
【0057】
上述の触媒は、一般式[Ir(cod)(NHC)P]+nPの触媒であり、これは、水性反応系におけるギ酸塩の分解、およびCO副生成物を含まない水素ガス(H)の生成、または炭酸水素塩(HCO )の水素化に適しており、式中、Irはイリジウムであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、NHCはN-複素環カルベン、好ましくは1-R-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、式中、RはC1-C6アルキルまたはベンジルであり、PおよびPは互いに独立して1,3,5-トリアザ-7-ホスファダマンタン(pta)、モノスルホン化トリフェニルホスフィン(mtppms)またはトリスルホン化トリフェニルホスフィン(mtppts)であり、nは1~4の整数である。
【0058】
本発明による重炭酸塩のギ酸塩への接触水素化およびギ酸塩の重炭酸塩への接触分解が、上述の工程が同じ反応系内で、水性媒体中で、水溶性触媒の存在下で行われるように組み合わせられる場合、すなわち、反応物および反応生成物が可逆反応サイクルで形成される場合、本発明者らは水素貯蔵システムを作製することができる。
【0059】
上記に基づいて、本発明者らの発明のさらなる態様は、水性反応系中でギ酸塩、好ましくはギ酸ナトリウム(HCOONa)、ギ酸リチウム(HCOOLi)、ギ酸セシウム(HCOOCs)またはギ酸カリウム(HCOOK)を分解する方法、およびCO副生成物を含まない水素ガス(H)を生成する方法、および同じ反応系中で生成された炭酸水素塩(HCO )、好ましくは炭酸水素ナトリウム(NaHCO)、炭酸水素リチウム(LiHCO)、炭酸水素セシウム(CsHCO)または炭酸水素カリウム(KHCO)を、ガス空間内の二酸化炭素の存在下で水性反応系中で水素化して、ギ酸塩、好ましくはギ酸ナトリウム(HCOONa)、ギ酸リチウム(HCOOLi)、ギ酸セシウム(HCOOCs)またはギ酸カリウム(HCOOK)を生成する方法を提供することであり、本発明によるギ酸塩の分解および炭酸水素塩の水素化のためのプロセスの反応系を使用し、以下に示す範囲内の温度、圧力およびpHなどの反応条件を選択することによって、反応物および反応生成物が可逆反応サイクルで形成され、この反応サイクルは必要な回数繰り返される。
【0060】
上述のプロセスにおいて、ギ酸塩分解ステップは、ギ酸塩、好ましくはギ酸ナトリウム(HCOONa)、ギ酸リチウム(HCOOLi)、ギ酸セシウム(HCOOCs)またはギ酸カリウム(HCOOK)を、Arガス雰囲気中、高温、好ましくは60~100℃、好ましくは80℃、好ましくは8を超えるpH、好ましくはpH=8.3±0.2で、水性反応系中で触媒と接触させることによって行われる。
【0061】
本発明のさらなる態様は、本発明で上述した構成要素を含む水素貯蔵システムである。本発明による水素貯蔵システムは、好ましくは水素アキュムレータである。
【0062】
本発明の別の態様は、燃料電池(またはHを必要とする他の機器)の動作に必要な水素を貯蔵し、適用可能な場合、必要に応じてそれを放出するための本発明による水素貯蔵システムの使用である。
【0063】
以下では、本発明者らの発明をよりよく理解するために例を用いて説明するが、本発明者らは、本発明の限定として解釈することを意図していない。
【0064】

例1:CO圧力の関数としてのNaHCO溶液中のpHの変化を調べる。
本発明者らは、80℃の温度での0.1M NaHCO溶液中のpHの変化を、適用されたCO圧力の関数として調べた(Xiaolu Li,Cheng Peng,John P.Crawshaw,Geoffrey C.Maitland,J.P.Martin Trusler,Fluid Phase Equilibria,2018,458,253-263)。
【0065】
CO圧力の関数としてのpHの変化を図2に見ることができ、この図から、CO圧力が増加するにつれて溶液のpHが酸性方向にシフトするが、変化は直線的ではなく、少量の二酸化炭素であってもかなりの程度の酸性化を引き起こすことを明確に読み取ることができる。本発明者らが使用した最も高いCO圧力(50バール)を使用することによって、pHは実質的に8.2から5.7に低下すると結論付けることができる。
【0066】
例2:[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtppts触媒の活性に対するCOの効果の調査。
試験した触媒の一般式は[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtpptsであり、式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリプルスルホン化トリフェニルホスフィンである。
【0067】
反応混合物:100.0mLの恒温バッチ反応器(Parr Instruments製の100mLのSeries 5500 HP Compact Reactor)において:
-20.0ml溶液体積、
-80℃、
-[Ir]=0,0005mol/dm
-[mtppms]=[Ir]、
-[mtppts]=0,001mol/dm
-[HCONa]=0,1mol/dm
-p(H)=50バール、
-p(CO)=0~50バールの範囲で変化、
反応時間=1時間。
【0068】
要約すると、本発明者らは、(使用した反応条件下で)CO圧力を0~50バールの間で変化させることによって、達成されるTON値が121から213に増加することを見出し、これは反応速度のほぼ2倍の増加を意味する。COを使用せずに1時間の反応時間後に得られた溶液中のギ酸塩濃度は、[HCO =60.5mMであり、50バールCO雰囲気[HCO 50=106.5mMである。これにより、合計2.13mmolのHCO が50バールのCOの雰囲気中で形成され、これは最初に測定された重炭酸塩の量(2mmol)よりもわずか6.5%多い。得られた測定結果を図3に示す。
【0069】
図3のデータから、本発明者らは、例1に提示された図2のデータ(CO2圧力の増加に伴うpHの変化)を使用して、pHの関数としての触媒サイクル数の変化を決定した。得られた結果を図4に示す。
【0070】
例3:[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtppts触媒の活性に対するCOの効果の調査。
反応混合物:600.0mlの恒温バッチ反応器(Parr Instruments製の600mlのSeries 5500 HP Compact Reactor)において:
-200,0ml溶液体積、
-80℃、
-[Ir]=0,00005mol/dm
-[mtppms]=[Ir]、
-[mtppts]=0,0001mol/dm
-[HCONa]=0,1mol/dm
-p(H)=50バール、
-p(CO)=0~50バールの範囲で変化、
反応時間=1時間。
【0071】
要約すると、本発明者らは、(使用した反応条件下で)CO圧力を0~50バールの間で変化させることによって、達成されるTON値が260から576に増加することを見出し、これは速度の2倍超の増加を意味する。COを使用せずに1時間の反応時間後に得られた溶液中のギ酸塩濃度は、HCO =13.0mMであり、50バールCO雰囲気[HCO 50=28.8mMである。言い換えれば、得られたギ酸塩濃度は、いずれの場合も、測定された重炭酸塩濃度(100.0mM)に接近せず、重炭酸塩変換(変換)の最大程度は28.8%である。得られた測定結果を図5に示す。
【0072】
図5のデータから、本発明者らは、例1で述べた図2のデータ(CO圧力の増加に伴うpHの変化)を使用して、pHの関数としての触媒サイクル数の変化を決定した。得られた結果を図6に示す。
【0073】
例4:触媒[Ir(bmim)(cod)(mtppms]+mtpptsの活性に対するCOの効果の調査。
試験した触媒の一般式は[[Ir(bmim)(cod)(mtppms]+mtpptsであり、式中、bmimは1-ブチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである。
【0074】
反応混合物:100.0および600.0mlの恒温バッチ反応器(Parr Instruments製の100および600mlのSeries 5500 HP Compact Reactor)において:
-20,0および200,0ml溶液体積、
-80℃、
-[Ir]=0,0005mol/dmおよび0,00005mol/dm
-[mtppms]=[Ir]、
-[mtppts]=0,001mol/dmおよび0,0001mol/dm
-[HCONa]=0,1mol/dm
-p(H)=50バール、
-p(CO)=0または50バール
反応時間=1時間。
【表2】
【0075】
要約すると、本発明者らは、(使用した反応条件下で)COの圧力を0から50バールに変更することによって、達成されるTON値が144から212および368から808に増加することを見出したが、この場合においても、これはCOの効果によるものであり、反応速度の有意な増加を意味する。
【0076】
例5:[Ir(hexmim)(cod)(mtppms]+mtppts触媒の活性に対するCOの効果の調査。
調査した触媒の一般式は[Ir(hexmim)(cod)(mtppms]+mtpptsであり、式中、hexmimは1-ヘキシル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである。
【0077】
反応混合物:100.0および600.0mlの恒温バッチ反応器(Parr Instruments製の100および600mlのSeries 5500 HP Compact Reactor)において:
-20,0および200,0ml溶液体積、
-80℃、
-[Ir]=0,0005mol/dmおよび0,00005mol/dm
-[mtppms]=[Ir]、
-[mtppts]=0,001mol/dmおよび0,0001mol/dm
-[HCONa]=0,1mol/dm
-p(H)=50バール、
-p(CO)=0または50バール
反応時間=1時間。
【表3】
【0078】
要約すると、本発明者らは、(使用した反応条件下で)CO圧力を0から50バールに変更することによって、達成されるTON値が134から204および285から522に増加することを見出したが、この場合においても、これはCOの効果によるものであり、反応速度の有意な増加を意味する。
【0079】
例6:触媒[Ir(2mim)(cod)(mtppms]+mtpptsの活性に対するCOの効果の調査。
試験した触媒の一般式は[Ir(2mim)(cod)(mtppms]+mtpptsであり、式中、2mimは1,3-ジメチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである。
【0080】
反応混合物:100.0および600.0mlの恒温バッチ反応器(Parr Instruments製の100および600mlのSeries 5500 HP Compact Reactor)において:
-20,0および200,0ml溶液体積、
-80℃、
-[Ir]=0,0005mol/dmおよび0,00005mol/dm
-[mtppms]=[Ir]、
-[mtppts]=0,001mol/dmおよび0,0001mol/dm
-[HCONa]=0,1mol/dm
-p(H)=50バール、
-p(CO)=0または50バール
反応時間=1時間。
【表4】
【0081】
要約すると、本発明者らは、(使用した反応条件下で)CO圧力を0から50バールに変更することによって、達成されるTON値が158から256および228から786に増加することを見出したが、この場合においても、これはCOの効果は反応速度の有意な増加を意味する。
【0082】
例7:触媒[Ir(Bnmim)(cod)(mtppms]+mtpptsの活性に対するCOの効果の調査。
試験した触媒の一般式は[Ir(Bnmim)(cod)(mtppms]+mtpptsであり、式中、Bnmimは1-ベンジル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、mtpptsはトリスルホン化トリフェニルホスフィンである。
【0083】
反応混合物:100.0および600.0mlの恒温バッチ反応器(Parr Instruments製の100および600mlのSeries 5500 HP Compact Reactor)において:
-20,0および200,0ml溶液体積、
-80℃、
-[Ir]=0,0005mol/dmおよび0,00005mol/dm
-[mtppms]=[Ir]、
-[mtppts]=0,001mol/dmおよび0,0001mol/dm
-[HCONa]=0,1mol/dm
-p(H)=50バール、
-p(CO)=0または50バール
反応時間=1時間。
【表5】
【0084】
要約すると、本発明者らは、(使用した反応条件下で)CO圧力を0から50バールに変更することによって、達成されるTON値が121から262および361から1119に増加することを見出したが、この場合においても、これはCOの効果は反応速度の有意な増加を意味する。
【0085】
例8:[Ir(emim)(cod)(mtppms]+pta触媒の活性に対するCOの効果の調査。
試験した触媒の一般式は[Ir(emim)(cod)(mtppms]+ptaであり、式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンであり、ptaは1,3,5-トリアザ-7-ホスファダマンタンである。
【0086】
反応混合物:100.0および600.0mlの恒温バッチ反応器(Parr Instruments製の100および600mlのSeries 5500 HP Compact Reactor)において:
-20,0および200,0ml溶液体積、
-80℃、
-[Ir]=0,0005mol/dmおよび0,00005mol/dm
-[mtppms]=[Ir]、
-[pta]=0,001mol/dmおよび0,0001mol/dm
-[HCONa]=0,1mol/dm
-p(H)=50バール、
-p(CO)=0または50バール
反応時間=1時間。
【表6】
【0087】
要約すると、本発明者らは、(使用した反応条件下で)CO圧力を0から50バールに変更することによって、達成されるTON値が67から108および260から1084に増加することを見出したが、この場合においても、これはCOの効果によるものであり、反応速度の有意な増加を意味する。
【0088】
例9:[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtppms触媒の活性に対するCOの効果の調査。
試験した触媒の一般式は、[Ir(emim)(cod)(mtppms]+mtppmsであり、式中、emimは1-エチル-3-メチルイミダゾール-2-イリデンであり、codは1,5-シクロオクタジエンであり、mtppmsはモノスルホン化トリフェニルホスフィンである。
【0089】
反応混合物:100.0および600.0mlの恒温バッチ反応器(Parr Instruments製の100および600mlのSeries 5500 HP Compact Reactor)において:
-20,0および200,0ml溶液体積、
-80℃、
-[Ir]=0,0005mol/dmおよび0,00005mol/dm
-[mtppms]=0,0015mol/dmおよび0,00015mol/dm
-[HCONa]=0,1mol/dm
-p(H)=50バール、
-p(CO)=0または50バール
反応時間=1時間。
【表7】
【0090】
要約すると、本発明者らは、(適用した反応条件下で)CO圧力を0から50バールに変更することによって、達成されるTON値が263から320および325から2050に増加することを見出したが、この場合においても、これはCOの効果によるものであり、速度の有意な増加を意味する。
【0091】
図7は、例4~9に提示された結果の視覚的提示を提供する。結果は、カルベン配位子とホスフィン配位子を変更した場合の両方において、COの存在下(所与の条件下)で、重炭酸塩の水素化速度が数倍(2~6倍)増加することを証明できることを明確に証明している。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明の主題である炭酸水素塩の水素化のためのプロセスは、再生可能エネルギー源を提供する機会を提供し、その基礎は、水性反応系におけるギ酸塩の接触分解およびCO副生成物を含まない水素ガスの生成のためのプロセス、ならびにガス空間内の二酸化炭素の存在下で水性反応系において同じ反応系で生成された炭酸水素塩の接触水素化のためのプロセスであり、したがって対応するギ酸塩を生成する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【国際調査報告】