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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-08-06
(54)【発明の名称】鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240730BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240730BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240730BHJP
【FI】
C22C38/00 301U
C22C38/60
C21D9/46 F
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024532657
(86)(22)【出願日】2022-04-20
(85)【翻訳文提出日】2024-02-05
(86)【国際出願番号】 US2022025570
(87)【国際公開番号】W WO2023027778
(87)【国際公開日】2023-03-02
(31)【優先権主張番号】63/236,426
(32)【優先日】2021-08-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】524050121
【氏名又は名称】クレベランド―クリフス スチール プロパティーズ インコーポレーテッド
【氏名又は名称原語表記】CLEVELAND-CLIFFS STEEL PROPERTIES INC.
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】シン アマリンダー ギル
(72)【発明者】
【氏名】アーロン グラント トーマス
(72)【発明者】
【氏名】戸畑 潤也
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼城 重宏
(72)【発明者】
【氏名】田路 勇樹
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA06
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA11
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA16
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA26
4K037EA27
4K037EA29
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA34
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB05
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037EB12
4K037FA02
4K037FA03
4K037FC07
4K037FE01
4K037FE02
4K037FG01
4K037FJ06
4K037FK02
4K037FK03
4K037FK08
4K037FL01
4K037FM02
(57)【要約】
本発明の鋼板は、所定量のC、Si、Mn、Cu、P、S、Al、及びNを含有し、任意で、所定量のTi、B、Nb、Cr、V、Mo、Ni、As、Sb、Sn、Ta、Ca、Mg、Zn、Co、Zr、及びREMからなる群から選択される1種以上をさらに含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成と、体積率で、焼戻しマルテンサイト:90%以上、残留オーステナイト:1~7%、ベイニティックフェライト及びフレッシュマルテンサイトの片方又は両方:合計で3~9%、及びフェライト:0~5%を含み、前記残留オーステナイト中の炭素濃度が0.35%以上である組織と、1470~1650MPaの引張強度TSと、1100MPa以上の降伏強度YSと、を有する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.24~0.28%、
Si:0.40~0.80%、
Mn:2.30~2.70%、
Cu:0.010~1.000%、
P :0.001~0.100%、
S :0.0001~0.0200%、
Al:0.010~0.050%、及び
N :0.0010~0.0100%
を含有し、
任意で、
Ti :0.1000%以下、
B :0.01000%以下、
Nb :0.1000%以下、
Cr :1.00%以下、
V :0.100%以下、
Mo :0.500%以下、
Ni :0.500%以下、
As :0.500%以下、
Sb :0.200%以下、
Sn :0.200%以下、
Ta :0.100%以下、
Ca :0.0200%以下、
Mg :0.0200%以下、
Zn :0.0200%以下、
Co :0.0200%以下、
Zr :0.0200%以下、及び
REM:0.0200%以下
からなる群から選択される1種以上をさらに含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成と、
体積率で、
焼戻しマルテンサイト:90%以上、
残留オーステナイト:1~7%、
ベイニティックフェライト及びフレッシュマルテンサイトの片方又は両方:合計で3~9%、及び
フェライト:0~5%
を含み、前記残留オーステナイト中の炭素濃度が0.35%以上である組織と、
1470~1650MPaの引張強度TSと、
1100MPa以上の降伏強度YSと、
を有する鋼板。
【請求項2】
前記降伏強度YSが1200MPa以上である、請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
請求項1に記載の成分組成を有する非めっき鋼板を用意し、
前記鋼板を、850℃以上の加熱温度T1に加熱し、
前記鋼板を、前記加熱温度T1に10~1000秒保持し、
前記鋼板を、前記加熱温度T1から、130~170℃の冷却停止温度T2まで、
(i)前記加熱温度T1から550℃までの平均冷却速度:16℃/s以上、及び
(ii)550℃から前記冷却停止温度T2までの平均冷却速度:150℃/s以下
の条件にて連続的に冷却し、
前記鋼板を、前記冷却停止温度T2に1.0~200.0秒保持し、
前記鋼板を、前記冷却停止温度T2から、280~350℃の焼戻温度T3まで、平均加熱速度:10℃/s以上で加熱し、
前記鋼板を、前記焼戻温度T3に10~1000秒保持し、
前記鋼板を50℃以下に冷却する
工程を含み、請求項1に記載の鋼板を製造する、鋼板の製造方法。
【請求項4】
50℃以下への前記冷却の後、前記鋼板に伸長率が0.1~1.0%の調質圧延を施す工程を含む、請求項3に記載の鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の相互参照】
【0001】
本願は、2021年8月24日に出願された「Steel Sheet and Method of Producing Same(鋼板及びその製造方法)」と題する米国仮出願第63/236,426号の優先権を主張する。当該仮出願の開示全体を、ここに参照のために取り込む。
【技術分野】
【0002】
本発明は、鋼板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0003】
車体を軽量化して、CO排出量削減と耐衝突性能向上を両立することを目的に、自動車用鋼板の高強度化が進行しており、新たな法規制の導入も相次いでいる。そのため、自動車を形成する主要な構造部品では、引張強度(TS)が1470MPa以上の高強度鋼板の適用事例が増加している。
【0004】
自動車に用いられる高強度鋼板には、優れた降伏強度(YS)及び引張強度(TS)が求められる。例えば、自動車のバンパー等の骨格部品では、衝突時における衝撃吸収性に優れることが求められるため、衝撃吸収性に相関のある降伏強度(YS)及び引張強度(TS)に優れる鋼板を用いることが好適である。
【0005】
また、自動車用鋼板は塗装をして使用されており、その塗装の前処理として、リン酸塩処理等の化成処理が施される。鋼板の化成処理中に薬品から侵入した水素による遅れ破壊が懸念されるため、自動車用鋼板は耐遅れ破壊特性に優れることが要求される。自動車部品への高強度鋼板の適用比率を増加させるには、これらの特性を総合的に満足することが要望されている。
【0006】
これらの要求に対し、種々の高強度鋼板が提案されている。例えば、特許文献1には、「成分組成が、質量%で、C:0.10%以上0.6%以下、Si:1.0%以上3.0%以下、Mn:2.5%超え10.0%以下、P:0.05%以下、S:0.02%以下、Al:0.01%以上1.5%以下、N:0.005%以下、Cu:0.05%以上0.50%以下を含有し、残部は鉄及び不可避的不純物からなり、Siを主体とする酸化物の鋼板表面被覆率が1%以下であり、鉄系酸化物の鋼板表面被覆率が40%以下であり、Cu/Cuが4.0以下(Cuは鋼板表層におけるCu濃度、Cuは母材におけるCu濃度)を満たし、引張強さが1180MPa以上である高強度冷延鋼板(請求項1)」が記載されており、この鋼板では、「鋼組織が、焼戻しマルテンサイト及び/又はベイナイトを合計体積率で40%以上100%以下、フェライトを体積率で0%以上60%以下、残留オーステナイトを体積率で2%以上30%以下(請求項2)」である。
【0007】
また、特許文献2には、「質量%で、C:0.06~0.25%、Si:0.6~2.5%、Mn:2.3~3.5%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、sol.Al:0.50%未満、N:0.015%未満を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成と、面積率でフェライト:6~80%、上部ベイナイト、フレッシュマルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、下部ベイナイト、残留γの1種もしくは2種以上からなる組織:20~94%、体積率で残留γ:7~20%を含み、粒子幅が0.18~0.60μm、粒子長さが1.7~7.0μm、アスペクト比が5~15である残留γUBの面積率:SγUBが0.2~5%であり、円相当粒子直径が1.5~15μm、アスペクト比が3以下のフレッシュマルテンサイトおよび/または円相当粒子直径が1.5~15μm、アスペクト比が3以下の残留γ粒子の合計面積率:SγBlockが3%以下(0%を含む)である鋼板(請求項1)」が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2017/141953号(US2019/040490A1)
【特許文献2】国際公開第2018/190416号(US2020/157647A1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1では、1180MPa以上の引張強度を有し、耐遅れ破壊特性およびリン酸塩処理性に優れる高強度鋼板を提供することを目的としている。しかしながら、特許文献1に記載では、衝突時における衝撃吸収性に相関のある降伏強度(YS)については考慮していない。また、耐遅れ破壊特性の評価は、研削加工を行った試験片を用いて行っており、せん断条件による耐遅れ破壊特性の変化を考慮していない。
【0010】
特許文献2では、780~1470MPa級の引張強度を有し、高い延性と優れた伸びフランジ成形性を有する鋼板を提供することを目的としている。しかしながら、特許文献2では、衝突時における衝撃吸収性に相関のある降伏強度(YS)及び耐遅れ破壊特性については考慮していない。
【0011】
そこで本発明は、上記課題に鑑み、高い降伏強度YS、高い引張強度TS、及び優れた耐遅れ破壊特性を有する鋼板と、その製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するべく、鋭意研究を重ね、以下のことを見出した。
【0013】
(1)焼戻しマルテンサイト量を90%以上とすることで、1470MPa以上のTSを実現できる。
【0014】
(2)焼戻しマルテンサイト量を90%以上、かつ、残留オーステナイト中の炭素濃度を0.35%以上とすることで、1100MPa以上のYSを実現できる。
【0015】
(3)残留オーステナイト量を7%以下とし、かつ、ベイニティックフェライトとフレッシュマルテンサイトの合計量を9%以下とすることで、優れた耐遅れ破壊特性を実現できる。
【0016】
上記知見に基づき完成された本発明の要旨構成は、以下のとおりである。
【0017】
[1]質量%で、
C :0.24~0.28%、
Si:0.40~0.80%、
Mn:2.30~2.70%、
Cu:0.010~1.000%、
P :0.001~0.100%、
S :0.0001~0.0200%、
Al:0.010~0.050%、及び
N :0.0010~0.0100%
を含有し、
任意で、
Ti :0.1000%以下、
B :0.01000%以下、
Nb :0.1000%以下、
Cr :1.00%以下、
V :0.100%以下、
Mo :0.500%以下、
Ni :0.500%以下、
As :0.500%以下、
Sb :0.200%以下、
Sn :0.200%以下、
Ta :0.100%以下、
Ca :0.0200%以下、
Mg :0.0200%以下、
Zn :0.0200%以下、
Co :0.0200%以下、
Zr :0.0200%以下、及び
REM:0.0200%以下
からなる群から選択される1種以上をさらに含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成と、
体積率で、
焼戻しマルテンサイト:90%以上、
残留オーステナイト:1~7%、
ベイニティックフェライト及びフレッシュマルテンサイトの片方又は両方:合計で3~9%、及び
フェライト:0~5%
を含み、前記残留オーステナイト中の炭素濃度が0.35%以上である組織と、
1470~1650MPaの引張強度TSと、
1100MPa以上の降伏強度YSと、
を有する鋼板。
【0018】
[2]前記降伏強度YSが1200MPa以上である、上記[1]に記載の鋼板。
【0019】
[3]上記[1]に記載の成分組成を有する非めっき鋼板を用意し、
前記鋼板を、850℃以上の加熱温度T1に加熱し、
前記鋼板を、前記加熱温度T1に10~1000秒保持し、
前記鋼板を、前記加熱温度T1から、130~170℃の冷却停止温度T2まで、
(i)前記加熱温度T1から550℃までの平均冷却速度:16℃/s以上、及び
(ii)550℃から前記冷却停止温度T2までの平均冷却速度:150℃/s以下
の条件にて連続的に冷却し、
前記鋼板を、前記冷却停止温度T2に1~200秒保持し、
前記鋼板を、前記冷却停止温度T2から、280~350℃の焼戻温度T3まで、平均加熱速度:10℃/s以上で加熱し、
前記鋼板を、前記焼戻温度T3に10~1000秒保持し、
前記鋼板を50℃以下に冷却する
工程を含み、上記[1]に記載の鋼板を製造する、鋼板の製造方法。
【0020】
[4]50℃以下への前記冷却の後、前記鋼板に伸長率が0.1~1.0%の調質圧延を施す工程を含む、上記[3]に記載の鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明の鋼板は、高い降伏強度YS、高い引張強度TS、及び優れた耐遅れ破壊特性を有する。本発明の鋼板の製造方法によれば、高い降伏強度YS、高い引張強度TS、及び優れた耐遅れ破壊特性を有する鋼板を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の一実施形態による鋼板(高強度鋼板)は、所定の成分組成と、所定の組織と、所定の機械的特性と、有する。
【0023】
まず、本実施形態による鋼板の成分組成について説明する。なお、以下の説明において、鋼板の成分元素の含有量を表す「%」は、特に明記しない限り「質量%」を意味する。
【0024】
C:0.24%以上0.28%以下
Cは、鋼の重要な基本成分の1つであり、特に本発明では、残留オーステナイト中の炭素濃度及びTSに影響する重要な元素である。C量が0.24%未満では、(i)残留オーステナイト中の炭素濃度が低下して、YSが低下し、かつ、(ii)1470MPa以上のTSを実現することが困難になる。よって、C量は0.24%以上とし、好ましくは0.25%以上とする。他方で、C量が0.28%を超えると、鋼板の強度が上昇しすぎ、1650MPa以下のTSを実現することが困難になる。よって、C量は0.28%以下とし、好ましくは0.27%以下とする。
【0025】
Si:0.40%以上0.80%以下
Siは、鋼の重要な基本成分の1つであり、特に本発明では、残留オーステナイト量と、残留オーステナイト中の炭素濃度に影響する重要な元素である。Siが0.40%未満では、残留オーステナイト中の炭素濃度が低下して、YSが低下する。よって、Si量は0.40%以上とし、好ましくは0.50%以上とする。他方で、Si量が0.80%を超えると、残留オーステナイトの相分率が増加して、耐遅れ破壊特性が低下する。また、Si量の増加に伴ってリン酸塩処理性が低下することも知られている。よって、Si量は0.80%以下とし、好ましくは0.70%以下とする。
【0026】
Mn:2.30%以上2.70%以下
Mnは、鋼の重要な基本成分の1つであり、特に本発明では、焼戻しマルテンサイトの相分率、フェライトの相分率、及び耐遅れ破壊特性に影響する重要な元素である。Mn量が2.30%未満では、フェライトの相分率が増加し、1470MPa以上のTSを実現することが困難になる。よって、Mn量は2.30%以上とし、好ましくは2.40%以上とする。他方で、Mn量が2.70%を超えると、耐遅れ破壊特性が低下する。なお、Mn量の増加に伴ってリン酸塩処理性が低下することも知られている。よって、Mn量は2.70%以下とし、好ましくは2.60%以下とする。
【0027】
Cu:0.010%以上1.000%以下
Cuは、鋼の重要な基本成分の1つであり、特に本発明では、耐遅れ破壊特性に影響する重要な元素である。Cu量が0.010%未満では、耐遅れ破壊特性が低下する。よって、Cu量は0.010%以上とし、好ましくは0.050%以上とする。他方で、Cu量が1.000%を超えると、鋳造工程においてスラブが脆化して割れ易くなり、生産性が著しく低下する。また、Cu量の増加に伴ってリン酸塩処理性が低下することも知られている。よって、Cu量は1.000%以下とし、好ましくは0.900%以下とする。
【0028】
P:0.001%以上0.100%以下
P量が0.100%を超えると、旧オーステナイト粒界にPが偏析して粒界を脆化させるため、耐遅れ破壊特性が低下する。よって、P量は0.100%以下とし、好ましくは0.070%以下とし、より好ましくは0.050%以下とする。また、生産技術上の制約から、P量は典型的には0.001%以上とする。
【0029】
S:0.0001%以上0.0200%以下
S量が0.0200%を超えると、Sが硫化物として存在し、遅れ破壊の起点となり得る。よって、S量は0.0200%以下とし、好ましくは0.0100%以下とし、より好ましくは0.0050%以下とする。また、生産技術上の制約から、S量は典型的には0.0001%以上とする。
【0030】
Al:0.010%以上0.050%以下
Alは、鋼板の強度を高め、1470MPa以上のTSの実現を容易とする。よって、Al量は0.010%以上とする。ただし、Al量が0.050%を超えると、フェライト量が増加し、1470MPa以上のTSを実現することが困難になる。よって、Al量は0.050%以下とし、好ましくは0.040%以下とし、より好ましくは0.020%以下とする。
【0031】
N:0.0010%以上0.0100%以下
N量が0.0100%を超えると、鋳造工程においてスラブが脆化して割れ易くなり、生産性が著しく低下する。よって、N量は0.0100%以下とし、好ましくは0.0070%以下とし、より好ましくは0.0050%以下とする。また、生産技術上の制約から、N量は0.0010%以上とする。
【0032】
諸実施形態において、鋼板の成分組成は、Ti、B及びNbから選択される1種以上を以下の含有量の範囲で含む。
【0033】
Ti:0.1000%以下
Tiは、鋼板の強度を高め、1470MPa以上のTSの実現を容易とする。よって、Ti量は、好ましくは0.0010%以上とし、より好ましくは0.0050%以上とする。他方で、Ti量が0.1000%を超えると、鋳造工程においてスラブが脆化して割れ易くなり、生産性が著しく低下する。よって、Tiを添加する場合、Ti量は0.1000%以下とし、好ましくは0.0600%以下とする。
【0034】
B:0.01000%以下
Bは、冷却時のフェライトの生成を抑制し、1470MPa以上のTSの実現を容易とする。よって、B量は、好ましくは0.00010%以上とし、より好ましくは0.00100%以上とする。他方で、B量が0.01000%を超えると、鋳造工程においてスラブが脆化して割れ易くなり、生産性が著しく低下する。よって、Bを添加する場合、B量は0.01000%以下とし、好ましくは0.00500%以下とする。
【0035】
Nb:0.1000%以下
Nbは、鋼板の強度を高め、1470MPa以上のTSの実現を容易とし、かつ、Cと結合してNb系炭化物となり水素のトラップサイトとなることから耐遅れ破壊特性を改善する。よって、Nb量は、好ましくは0.0010%以上とし、より好ましくは0.0050%以上とする。他方で、Nb量が0.1000%を超えると、鋳造工程においてスラブが脆化して割れ易くなり、生産性が著しく低下する。よって、Nbを添加する場合、Nb量は0.1000%以下とし、好ましくは0.0600%以下とする。
【0036】
[Cu]+10×[Nb]:0.15以上2.00以下(好適条件)
本発明者らの調査の結果、[Cu]+10×[Nb]が0.15以上である場合、耐遅れ破壊特性が向上することが明らかになった。よって、[Cu]+10×[Nb]が0.15以上であることが好ましい。なお、[Cu]及び[Nb]は、それぞれ成分組成におけるCu量及びNb量(質量%)を意味する。他方で、Cu量とNb量(質量%)のそれぞれの上限から、[Cu]+10×[Nb]は2.00以下とすることが好ましい。
【0037】
諸実施形態において、鋼板の成分組成は、Cr、V、Mo、Ni、As、Sb、Sn、Ta、Ca、Mg、Zn、Co、Zr及びREMから選択される1種以上を以下の含有量の範囲で含む。
【0038】
Cr:1.00%以下
Crは、固溶強化元素としての役割のみならず、連続焼鈍時の冷却過程でオーステナイトを安定化し、フェライトの生成を抑制できることから、鋼板の強度を上昇させる。こうした効果を得るため、Cr量は、好ましくは0.01%以上とし、より好ましくは0.02%以上とする。他方で、Cr量が1.00%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成し、鋼の極限変形能を低下させる。よって、Crを添加する場合、Cr量は1.00%以下とし、好ましくは0.70%以下とする。
【0039】
V:0.100%以下
Vは、鋼板の強度を上昇させる。こうした効果を得るため、V量は、好ましくは0.001%以上とし、より好ましくは0.005%以上とする。他方で、V量が0.100%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成し、鋼の極限変形能を低下させる。よって、Vを添加する場合、V量は0.100%以下とし、好ましくは0.060%以下とする。
【0040】
Mo:0.500%以下
Moは、固溶強化元素としての役割のみならず、連続焼鈍時の冷却過程でオーステナイトを安定化し、フェライトの生成を抑制できることから、鋼板の強度を上昇させる。こうした効果を得るため、Mo量は、好ましくは0.010%以上とし、より好ましくは0.020%以上とする。他方で、Mo量が0.500%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成し、鋼の極限変形能を低下させる。よって、Moを添加する場合、Mo量は0.500%以下とし、好ましくは0.450%以下とする。
【0041】
Ni:0.500%以下
Niは、連続焼鈍時の冷却過程でオーステナイトを安定化し、フェライトの生成を抑制できることから、鋼板の強度を上昇させる。こうした効果を得るため、Ni量は、好ましくは0.010%以上とし、より好ましくは0.020%以上とする。他方で、Ni量が0.500%を超えると、鋳造工程においてスラブが脆化して割れ易くなり、生産性が著しく低下する。よって、Niを添加する場合、Ni量は0.500%以下とし、好ましくは0.450%以下とする。
【0042】
As:0.500%以下
Asは、鋼板の強度を上昇させる。こうした効果を得るため、As量は、好ましくは0.001%以上とし、より好ましくは0.005%以上とする。他方で、As量が0.500%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成し、鋼の極限変形能を低下させる。よって、Asを添加する場合、As量は0.500%以下とし、好ましくは0.060%以下とする。
【0043】
Sb:0.200%以下
Sbは、表層軟化を抑制し、鋼板の強度を上昇させる。こうした効果を得るため、Sb量は、好ましくは0.001%以上とし、より好ましくは0.005%以上とする。他方で、Sb量が0.200%を超えると、鋳造工程においてスラブが脆化して割れ易くなり、生産性が著しく低下する。よって、Sbを添加する場合、Sb量は0.200%以下とし、好ましくは0.100%以下とする。
【0044】
Sn:0.200%以下
Snは、表層軟化を抑制し、鋼板の強度を上昇させる。こうした効果を得るため、Sn量は、好ましくは0.001%以上とし、より好ましくは0.005%以上とする。他方で、Sn量が0.200%を超えると、鋳造工程においてスラブが脆化して割れ易くなり、生産性が著しく低下する。よって、Snを添加する場合、Sn量は0.200%以下とし、好ましくは0.100%以下とする。
【0045】
Ta:0.100%以下
Taは、鋼板の強度を上昇させる。こうした効果を得るため、Ta量は、好ましくは0.001%以上とし、より好ましくは0.005%以上とする。他方で、Ta量が0.100%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成し、鋼の極限変形能を低下させる。よって、Taを添加する場合、Ta量は0.100%以下とし、好ましくは0.050%以下とする。
【0046】
Ca:0.0200%以下
Caは、脱酸に用いる元素であるとともに、硫化物の形状を球状化し、鋼板の極限変形能を向上して、耐遅れ破壊特性を向上するのに有効な元素である。こうした効果を得るため、Ca量は、好ましくは0.0001%以上とする。他方で、Ca量が0.0200%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成し、鋼の極限変形能を低下させる。よって、Caを添加する場合、Ca量は0.0200%以下とする。
【0047】
Mg:0.0200%以下
Mgは、脱酸に用いる元素であるとともに、硫化物の形状を球状化し、鋼板の極限変形能を向上して、耐遅れ破壊特性を向上するのに有効な元素である。こうした効果を得るため、Mg量は、好ましくは0.0001%以上とする。他方で、Mg量が0.0200%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成し、鋼の極限変形能を低下させる。よって、Mgを添加する場合、Mg量は0.0200%以下とする。
【0048】
Zn:0.0200%以下
Znは、介在物の形状を球状化し、鋼板の極限変形能を向上して、耐遅れ破壊特性を向上するのに有効な元素である。こうした効果を得るため、Zn量は、好ましくは0.0010%以上とする。他方で、Zn量が0.0200%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成し、鋼の極限変形能を低下させる。よって、Znを添加する場合、Zn量は0.0200%以下とする。
【0049】
Co:0.0200%以下
Coは、介在物の形状を球状化し、鋼板の極限変形能を向上して、耐遅れ破壊特性を向上するのに有効な元素である。こうした効果を得るため、Co量は、好ましくは0.0010%以上とする。他方で、Co量が0.0200%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成し、鋼の極限変形能を低下させる。よって、Coを添加する場合、Co量は0.0200%以下とする。
【0050】
Zr:0.0200%以下
Zrは、介在物の形状を球状化し、鋼板の極限変形能を向上して、耐遅れ破壊特性を向上するのに有効な元素である。こうした効果を得るため、Zr量は、好ましくは0.0010%以上とする。他方で、Zr量が0.0200%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成し、鋼の極限変形能を低下させる。よって、Zrを添加する場合、Zr量は0.0200%以下とする。
【0051】
REM:0.0200%以下
REM(Rare Earth Metal)は、介在物の形状を球状化し、鋼板の極限変形能を向上して、耐遅れ破壊特性を向上するのに有効な元素である。こうした効果を得るため、REM量は、好ましくは0.0010%以上とする。他方で、REM量が0.0200%を超えると、粗大な析出物や介在物が多量に生成し、鋼の極限変形能を低下させる。よって、REMを添加する場合、REM量は0.0200%以下とする。
【0052】
鋼板の成分組成において、上記元素以外の残部はFe及び不可避的不純物からなる。なお、上記任意元素について、含有量が好適な下限値より少ない場合には、本発明の効果を害さないため、上記任意元素を不可避的不純物として含むものとする。
【0053】
次に、本実施形態による鋼板の鋼組織について説明する。鋼組織は、主相としての焼戻しマルテンサイトと、所定量の残留オーステナイト、所定量のベイニティックフェライト及びフレッシュマルテンサイトの片方又は両方と、任意のフェライトと、を含む。
【0054】
焼戻しマルテンサイト:体積率で90%以上
焼戻しマルテンサイトを主相とすることは、1470MPa以上のTSを実現するのに有用である。TSを高くする観点から、焼戻しマルテンサイト量は90%以上とする必要があり、好ましくは92%以上とし、より好ましくは94%以上とする。
【0055】
ここで、焼戻しマルテンサイトの体積率の測定方法は、以下のとおりである。鋼板のL断面を研磨後、3体積%ナイタールで腐食する。L断面の板厚1/4位置(鋼板表面から深さ方向で板厚の1/4に相当する位置)を、SEMを用いて2000倍の倍率で10視野観察し、組織画像を得る。上記の組織画像において、焼戻しマルテンサイトは、内部が微細な凹凸を有し、かつ、内部に炭化物を有する組織である。10視野において焼戻しマルテンサイトの面積率を求め、その平均値を算出する。L断面に垂直な方向で焼戻しマルテンサイトの面積率はほぼ一定であるため、この平均値を「焼戻しマルテンサイトの体積率」とみなす。
【0056】
残留オーステナイト:体積率で1%以上7%以下
残留オーステナイト量が7%を超えると、耐遅れ破壊特性が低下する。残留オーステナイトによる耐遅れ破壊特性の低下の原因は、加工により残留オーステナイトが加工誘起マルテンサイト変態し、主相である焼戻しマルテンサイトに対して硬い組織となるためである。よって、残留オーステナイト量は7%以下とし、好ましくは6%以下とする。他方で、残留オーステナイト量は、冷却停止温度T2に依存し、冷却停止温度T2を130℃未満とすることは生産技術上の制約から困難である。よって、残留オーステナイト量は1%以上とし、好ましくは2%以上とする。
【0057】
ここで、残留オーステナイトの体積率の測定方法は、以下のとおりである。鋼板を表面から研磨して、板厚1/4位置の面を露出させる。かかる研磨の第1ステップでは、鋼板表面から、板厚1/4位置よりも0.1mmだけ前記表面に近い面までは、機械研磨を行う。その後、第2ステップで、化学研磨を行って鋼板を0.1mm減厚して、板厚1/4位置の面を露出させる。露出した板厚1/4位置の面について、X線回折装置でCoKα線を用いて、fcc鉄の{200}、{220}、{311}面、及び、bcc鉄の{200}、{211}、{220}面の回折ピークの積分強度を測定する。fcc鉄の3面とbcc鉄の3面の全組合せ(計9つ)について、積分強度比(fcc/(fcc+bcc))を求める。得られた9つの積分強度比の平均値を求めて、「残留オーステナイトの体積率」とする。
【0058】
ベイニティックフェライト及びフレッシュマルテンサイトの片方又は両方:体積率で合計3%以上9%以下
ベイニティックフェライトとフレッシュマルテンサイトの合計量が9%を超えると、耐遅れ破壊特性が低下する。ベイニティックフェライトとフレッシュマルテンサイトによる耐遅れ破壊特性の低下の原因は、どちらも主相である焼戻しマルテンサイトに対して硬度が異なる組織となるためである。よって、当該合計量は9%以下とし、好ましくは8%以下とし、より好ましくは5%以下とする。他方で、生産技術上の制約から、当該合計量は3%以上とする。
【0059】
ここで、ベイニティックフェライト及びフレッシュマルテンサイトの合計体積率の測定方法は、以下のとおりである。鋼板のL断面を研磨後、3体積%ナイタールで腐食する。L断面の板厚1/4位置(鋼板表面から深さ方向で板厚の1/4に相当する位置)を、SEMを用いて2000倍の倍率で10視野観察し、組織画像を得る。上記の組織画像において、ベイニティックフェライト、フレッシュマルテンサイト、及び残留オーステナイトは、内部が微細な凹凸を有し、かつ、内部に炭化物を有しない組織である。10視野において、これら3相の合計面積率を求め、その平均値を算出する。L断面に垂直な方向でこれら3相の合計面積率はほぼ一定であるため、この平均値を、これら3相の「合計体積率」とみなす。これら3相の合計体積率から、既述の方法で測定した残留オーステナイトの体積率を減することで、ベイニティックフェライト及びフレッシュマルテンサイトの合計体積率を求めることができる。
【0060】
フェライト:体積率で0%以上5%以下
フェライトは軟質な組織であるため、フェライト量が5%を超えると、1470MPa以上のTSを実現することが困難になる。よって、フェライト量は5%以下とし、好ましくは3%以下とし、より好ましくは2%以下とする。
【0061】
ここで、フェライトの体積率の測定方法は、以下のとおりである。鋼板のL断面を研磨後、3体積%ナイタールで腐食する。L断面の板厚1/4位置(鋼板表面から深さ方向で板厚の1/4に相当する位置)を、SEMを用いて2000倍の倍率で10視野観察し、組織画像を得る。上記の組織画像において、フェライトは、凹部で内部が平坦な組織である。10視野においてフェライトの面積率を求め、その平均値を算出する。L断面に垂直な方向でフェライトの面積率はほぼ一定であるため、この平均値を「フェライトの体積率」とみなす。
【0062】
残留オーステナイト中の炭素濃度:0.35%以上
残留オーステナイト中の炭素濃度が0.35%未満であると、鋼板の降伏の主要因が焼戻しマルテンサイトから残留オーステナイトに変化し、1100MPa以上のYSを実現することが困難になる。よって、残留オーステナイト中の炭素濃度は0.35%以上とし、好ましく0.40%以上とする。他方で、生産技術上の制約から、残留オーステナイト中の炭素濃度は1.00%以下とすることが好ましい。
【0063】
ここで、X線回折装置でCoKα線を用いた、残留オーステナイト中の炭素濃度の測定方法は、以下のとおりである。まず、オーステナイトの(220)面の回折ピークシフト量から式(1)により残留オーステナイトの格子定数aを算出し、得られた残留オーステナイトの格子定数aを式(2)に代入することにより、残留オーステナイト中の炭素濃度を算出した。
a=1.79021√2/sinθ ・・・(1)
a=3.578+0.00095[Mn]+0.022[N]+0.0006[Cr]+0.0031[Mo]+0.0051[Nb]+0.0039[Ti]+0.0056[Al]+0.033[C]・・・(2)
なお、
a:残留オーステナイトの格子定数(Å)
θ:(220)面の回折ピーク角度を2で除した値(rad)
[M]:残留オーステナイト中の元素Mの含有量(質量%)
である。すなわち、式(2)中の[C]が、残留オーステナイト中の炭素濃度である。ただし、本開示では、残留オーステナイト中のC以外の元素Mの含有量(質量%)は、鋼全体に占める含有量(質量%)とした。
【0064】
引張強度TS:1470MPa以上1650MPa以下
本実施形態の鋼板は、1470MPa以上1650MPa以下の引張強度TSを有する。
【0065】
降伏強度YS:1100MPa以上
本実施形態の鋼板は、1100MPa以上のYSを有し、好ましくは1150MPa以上のYSを有し、より好ましくは1200MPa以上のYSを有する。本実施形態の鋼板は、好ましくは1470MPa以下のYSを有する。
【0066】
降伏比YR:0.75以上(好適条件)
本実施形態の鋼板は、好ましくは0.75以上のYRを有し、より好ましくは0.80以上のYRを有する。本実施形態の鋼板は、好ましくは1.0以下のYRを有する。なお、YR=YS/TSである。
【0067】
本発明の一実施形態による鋼板(高強度鋼板)の製造方法は、既述の成分組成を有する非めっき鋼板を用意し、当該鋼板に所定条件で焼鈍を行う。当該焼鈍は、具体的には、当該鋼板を所定の加熱温度T1に加熱し、当該鋼板をT1で所定時間t1だけ保持し、その後、当該鋼板を所定の冷却停止温度T2まで連続的に冷却し、当該鋼板をT2で所定時間t2だけ保持し、その後、当該鋼板を所定の焼戻温度T3まで加熱し、当該鋼板をT3で所定時間t3だけ保持し、その後、当該鋼板を50℃以下に冷却することを含む。この方法により、上記の成分組成、組織、及び機械的特性を有する鋼板を好適に製造することができる。
【0068】
本実施形態において、焼鈍に供される非めっき鋼板は冷延鋼板であることが好ましい。以下に、冷延鋼板の好適な製造工程を説明する。
【0069】
まず、既述の成分組成を有する鋼スラブを製造する。鋼スラブの製造方法は特に限定されず、転炉、電気炉等を用いた公知の溶製方法を採用できる。鋼スラブは、マクロ偏析を防止するため、連続鋳造法で製造するのが好ましい。
【0070】
続いて、鋼スラブを熱間圧延して、熱延鋼板を得る。鋼スラブを熱間圧延する方法としては、鋼スラブを加熱した後に圧延する方法、連続鋳造後に鋼スラブを加熱することなく直接圧延する方法、連続鋳造後に鋼スラブを短時間加熱して圧延する方法などが挙げられる。熱間圧延におけるスラブ加熱温度、スラブ均熱保持時間、仕上げ圧延温度、及び巻取温度は特に限定されないが、スラブ加熱温度は好ましくは1100℃以上1300℃以下であり、スラブ均熱保持時間は好ましくは30分以上250分以下であり、仕上げ圧延温度は好ましくはAr変態点以上であり、巻取温度は好ましくは350℃以上650℃以下である。
【0071】
続いて、熱延鋼板を酸洗する。酸洗は、鋼板表面の酸化物が除去されることで、最終製品の高強度鋼板における良好なリン酸塩処理性及びめっき品質の確保に寄与する。酸洗は、一回でも良いし、複数回に分けても良い。
【0072】
続いて、熱延鋼板を冷間圧延して、冷延鋼板を得る。酸洗後のまま冷間圧延を行ってもよいし、酸洗後に熱処理を行ってから冷間圧延を行ってもよい。冷間圧延における圧下率は特に限定しないが、好ましくは30%以上80%以下である。なお、圧延パスの回数、各パスの圧下率については、特に限定されることなく本発明の効果を得ることができる。冷延鋼板の厚さは特に限定されないが、好ましくは0.6mm以上2.0mm以下である。
【0073】
加熱温度T1:850℃以上
加熱温度T1が850℃未満であると、フェライトとオーステナイトの二相域での焼鈍処理になるため、焼鈍後にフェライト量が5%超えとなり、1470MPa以上のTSを実現することが困難になる。よって、加熱温度T1は850℃以上(オーステナイト化温度域)とし、好ましくは860℃以上とする。なお、加熱温度T1の上限は特に限定されないが、生産技術上の制約から、加熱温度T1は、好ましくは1000℃以下とする。
【0074】
加熱温度T1での保持時間t1:10秒以上1000秒以下
保持時間t1が10秒未満では、オーステナイト化が不十分となり、焼鈍後にフェライト量が5%超えとなり、1470MPa以上のTSを実現することが困難になる。よって、保持時間t1は10秒以上とし、好ましくは50秒以上とし、より好ましくは100秒以上とする。他方で、保持時間t1が1000秒を超えると、旧オーステナイト粒径が過剰に増大し、耐遅れ破壊特性が低下する。よって、保持時間t1は1000秒以下とし、好ましくは500秒以下とし、より好ましくは400秒以下とする。
【0075】
加熱温度T1から550℃までの平均冷却速度θ1:16℃/s以上
平均冷却速度θ1が16℃/s未満では、加熱温度T1から550℃までの温度域でベイナイト変態が生じ、ベイニティックフェライトとフレッシュマルテンサイトの合計量が9%以上となり、耐遅れ破壊特性が低下する。よって、平均冷却速度θ1は16℃/s以上とし、好ましくは20℃/s以上とする。平均冷却速度θ1の上限は特に限定されないが、生産技術上の制約から、平均冷却速度θ1は、好ましくは300℃/s以下とする。
【0076】
550℃から冷却停止温度T2までの平均冷却速度θ2:150℃/s以下
平均冷却速度θ2が150℃/sを超えると、冷却中にマルテンサイトから残留オーステナイトへの炭素分配が阻害され、残留オーステナイト中の炭素濃度が0.35%未満となり、その結果、鋼板の降伏の主要因が焼戻しマルテンサイトから残留オーステナイトに変化し、1100MPa以上のYSを実現することが困難になる。よって、平均冷却速度θ2は150℃/s以下とし、好ましくは120℃/s以下とし、より好ましくは100℃/s以下とする。平均冷却速度θ2の下限は特に限定しないが、生産技術上の制約から、平均冷却速度θ2は、好ましくは5℃/s以上とする。
【0077】
加熱温度T1から冷却停止温度T2までの連続冷却
一実施形態において、鋼板が加熱温度T1から冷却停止温度T2まで連続的に冷却されること、すなわち鋼板温度が漸減することが、1100MPa以上のYSを実現するために必要であることがわかった。例えば、加熱温度T1から冷却停止温度T2までの温度域にて1秒以上の等温保持を行うと、1100MPa以上のYSを実現することが困難となる。よって、加熱温度T1から冷却停止温度T2までの温度域にて1秒以上の等温保持は行わない。同様に、加熱温度T1から冷却停止温度T2までの温度域においての再加熱も行わない。
【0078】
冷却停止温度T2:130℃以上170℃以下
冷却停止温度T2が170℃を超えると、残留オーステナイト量が7%を超えるため、耐遅れ破壊特性が低下する。よって、冷却停止温度T2は170℃以下とし、好ましくは160℃以下とする。他方で、生産技術上の制約から、冷却停止温度T2は130℃以上とし、好ましくは140℃以上とする。
【0079】
冷却停止温度T2での保持時間t2:1.0秒以上200.0秒以下
保持時間t2が1.0秒未満では、マルテンサイト変態が不十分となり、残留オーステナイト量が7%を超えるため、耐遅れ破壊特性が低下する。よって、保持時間t2は1.0秒以上とし、好ましくは5.0秒以上とする。他方で、保持時間t2が200.0秒を超えると、炭化物の析出量が増加するため、残留オーステナイト中の炭素濃度が0.35%未満となり、その結果、鋼板の降伏の主要因が焼戻しマルテンサイトから残留オーステナイトに変化し、1100MPa以上のYSを実現することが困難になる。よって、保持時間t2は200.0秒以下とし、好ましくは150.0秒以下とする。
【0080】
冷却停止温度T2から焼戻温度T3までの平均加熱速度θ3:10℃/s以上
平均加熱速度θ3が10℃/s未満の場合、炭化物の析出量が増加するため、残留オーステナイト中の炭素濃度が0.35%未満となり、その結果、鋼板の降伏の主要因が焼戻しマルテンサイトから残留オーステナイトに変化し、1100MPa以上のYSを実現することが困難になる。また、平均加熱速度θ3が10℃/s未満の場合、ベイナイト変態が生じ、ベイニティックフェライトとフレッシュマルテンサイトの合計量が9%以上となり、耐遅れ破壊特性が低下する。よって、平均加熱速度θ3は10℃/s以上とし、好ましくは15℃/s以上とする。平均加熱速度θ3の上限は特に限定しないが、生産技術上の制約から、平均冷却速度θ3は、好ましくは200℃/s以下とする。
【0081】
焼戻温度T3:280℃以上350℃以下
焼戻温度T3が350℃を超えると、マルテンサイトの焼戻が過度に進行し、1470MPa以上のTSを実現することが困難になる。よって、焼戻温度T3は350℃以下とし、好ましくは340℃以下とする。他方で、焼戻温度T3が280℃未満の場合、マルテンサイトからオーステナイトへの炭素分配が不十分となり、残留オーステナイト中の炭素濃度が0.35%未満となり、その結果、鋼板の降伏の主要因が焼戻しマルテンサイトから残留オーステナイトに変化し、1100MPa以上のYSを実現することが困難になる。よって、焼戻温度T3は280℃以上とし、好ましくは290℃以上とする。
【0082】
焼戻温度T3での保持時間t3:10秒以上1000秒以下
保持時間t3が10s未満では、焼戻温度T3でのベイナイト変態が進行せず、残留オーステナイト量が7%を超えるため、耐遅れ破壊特性が低下する。よって、保持時間t3は10秒以上とし、好ましくは50秒以上とし、より好ましくは100秒以上とする。他方で、保持時間t3が1000秒を超えると、マルテンサイトの焼戻が過度に進行し、1470MPa以上のTSを実現することが困難になる。よって、保持時間t3は1000秒以下とし、好ましくは800秒以下とし、より好ましくは600秒以下とする。
【0083】
鋼板を50℃以下に冷却する
鋼板を焼戻温度T3に保持した後は、鋼板を50℃以下、好ましくは室温程度に冷却する。この冷却の方法及び条件は、特に限定されない。
【0084】
諸実施形態では、その後、鋼板に伸長率0.1%以上の調質圧延を施す。これにより、炭素濃度が低い残留オーステナイトが加工誘起マルテンサイト変態するため、残留オーステナイト中の炭素濃度が増加し、YSが向上する。よって、調質圧延を施す場合は、伸長率を0.1%以上とすることが好ましい。伸長率の上限は特に限定されないが、伸長率が高すぎてもYS向上の効果が飽和する。また、製造設備上の制約の観点から、伸長率は1.0%以下とすることが好ましい。
【実施例
【0085】
表1に示す成分組成(残部はFe及び不可避的不純物)を有する鋼を転炉にて溶製し、連続鋳造法にてスラブとした。
【0086】
【表1】
【0087】
次いで、得られたスラブを加熱して、熱間圧延後に酸洗処理を施した後、冷間圧延を施して、冷延鋼板を得た。次いで、表2に示す条件で冷延鋼板を焼鈍し、その後室温に冷却して、高強度鋼板を得た。なお、一部の比較例では、加熱温度T1から冷却停止温度T2までの間で、表2に記載の中間保持温度で、表2に記載の中間保持時間だけ保持した。一部の発明例では、鋼板を室温まで冷却後、表2の「SKP」欄に示す伸長率で鋼板に調質圧延を施した。
【0088】
【表2】
【0089】
以上のようにして得られた各例の高強度鋼板について、既述の方法に従って、焼戻しマルテンサイトの体積率、残留オーステナイトの体積率、ベイニティックフェライトとフレッシュマルテンサイトの合計体積率、フェライトの体積率、及び残留オーステナイト中の炭素濃度を求めた。結果を表3に示す。
【0090】
【表3】
【0091】
また、各例の高強度鋼板を、以下の引張試験及び耐遅れ破壊特性の評価に供した。
【0092】
[引張試験]
圧延方向に垂直な方向が試験片の長手となるように、各例の高強度鋼板からJIS5号試験片(標点距離50mm、平行部幅25mm)を採取し、JIS Z 2241に従って引張試験を実施した。クロスヘッド速度が1.67×10-1mm/sの条件で引張試験を行い、YS及びTSを測定した。なお、本発明では、TSは1470MPa以上1650MPa以下を合格と判断した。YSは1100MPa未満のものを「×」、1100MPa以上1200MPa未満のものを「○」、1200MPa以上のものを「◎」と評価し、YSが1100MPa以上のものを優れていると判断した。また、YS及びTSから降伏比YSを計算し、表3に示した。
【0093】
[耐遅れ破壊特性の評価]
耐遅れ破壊特性評価は浸漬試験にて行った。圧延方向に垂直な方向を長手として、各例の高強度鋼板を30m×110mmにせん断し、ボルトを通す穴を空けることで試験片を作製した。せん断時のレーキ角は0°と統一し、せん断クリアランスは5、10、15、20、25、30、35%と変化させた。先端の曲率半径10mmの90°V曲げポンチ及びダイスで試験片を曲げ加工後、ボルトにより試験片頂点部に1000MPaの応力を負荷した。応力が負荷された状態の試験片を25℃、pH3の塩酸中に100時間浸漬した。割れが生じないせん断クリアランス範囲が10%未満のものを「×」、10%以上15%未満のものを「○」、割れが生じないせん断クリアランス範囲が15%以上のものを「◎」と評価した。割れが生じないせん断クリアランス範囲が10%以上のものを耐遅れ破壊特性に優れることとした。
【0094】
表3から明らかなとおり、本発明例では、TSが1470MPa以上1650MPa以下、YSが1100MPa以上、かつ、耐遅れ破壊特性に優れている。一方、比較例では、TS、YS、及び耐遅れ破壊特性のいずれか一つ以上が劣っている。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明の高強度鋼板は、自動車用部品等の構造部材として好適に用いることができ、車体軽量化による燃費向上に寄与する。
【国際調査報告】