(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-08-16
(54)【発明の名称】低酸素トリガーの人工転写因子、転写制御システム及びその応用
(51)【国際特許分類】
C07K 14/00 20060101AFI20240808BHJP
C12N 15/867 20060101ALI20240808BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240808BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20240808BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20240808BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240808BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20240808BHJP
A61K 35/17 20150101ALI20240808BHJP
A61K 35/76 20150101ALI20240808BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240808BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20240808BHJP
A61K 38/16 20060101ALI20240808BHJP
C12N 5/0783 20100101ALN20240808BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20240808BHJP
【FI】
C07K14/00
C12N15/867 Z ZNA
C12N5/10
C12N15/09 Z
C12N15/63 100Z
A61P35/00
A61P9/10
A61K35/17
A61K35/76
A61K48/00
A61K31/7088
A61K38/16
C12N5/0783
C12N15/12
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024508507
(86)(22)【出願日】2021-12-27
(85)【翻訳文提出日】2024-04-05
(86)【国際出願番号】 CN2021141636
(87)【国際公開番号】W WO2023015822
(87)【国際公開日】2023-02-16
(31)【優先権主張番号】202110930268.5
(32)【優先日】2021-08-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】523476384
【氏名又は名称】上海▲シン▼湾生物科技有限公司
【氏名又は名称原語表記】SHANGHAI SINOBAY BIOTECHNOLOGY CO., LTD.
【住所又は居所原語表記】Building 6, No.518 Haoye Road, Jinshan District, Shanghai 201506, CHINA
(74)【代理人】
【識別番号】100197642
【氏名又は名称】南瀬 透
(74)【代理人】
【識別番号】100219483
【氏名又は名称】宇野 智也
(72)【発明者】
【氏名】徐建青
(72)【発明者】
【氏名】張曉燕
(72)【発明者】
【氏名】廖啓彬
(72)【発明者】
【氏名】丁相卿
【テーマコード(参考)】
4B065
4C084
4C086
4C087
4H045
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA24
4B065CA44
4C084AA01
4C084AA02
4C084AA07
4C084AA13
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA22
4C084BA23
4C084NA14
4C084ZA401
4C084ZB261
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA40
4C086ZB26
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB37
4C087BB65
4C087BC83
4C087CA12
4C087NA14
4C087ZA40
4C087ZB26
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045EA20
4H045FA74
(57)【要約】
低酸素トリガーの人工転写因子を提供し、低酸素トリガーの転写制御システムをさらに提供し、前記転写制御システムは、HATFをコードする核酸配列及びREを含み、前記低酸素トリガーの転写制御システムであって、前記低酸素トリガーの転写制御システムは、上流と下流とが接続された2つの転写制御エレメントを含み、そのうち前記上流転写制御エレメントは、HATFを制御するための低酸素トリガーの転写反応エレメント及びHATFをコードする核酸配列を含み、前記下流転写制御エレメントは、RE及び標的遺伝子を含み、人工転写因子HATFと認識エレメントRE連携制御標的遺伝子の増幅倍数は、百倍に達することができる。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
低酸素トリガーの人工転写因子HATFであって、
(1)SEQ ID NO:1に示される配列、
(2)SEQ ID NO:1に示される配列に比較して1つ又は複数のアミノ酸の置換、欠失又は付加を有する配列、又は
(3)SEQ ID NO:1に示される配列と、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも91%、少なくとも92%、少なくとも93%、少なくとも94%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%、又は100%の配列同一性を有する配列、
を含む、HATF。
【請求項2】
請求項1に記載のHATFをコードする核酸配列。
【請求項3】
請求項1に記載のHATFの認識エレメントREであって、前記REは、以下から選ばれるコア配列、
(1)SEQ ID NO:2に示される配列、又はその相補配列、
(2)ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でSEQ ID NO:2に示される配列とハイブリダイズする配列、
(3)SEQ ID NO:2に示される配列と、少なくとも85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、98.5%、99%又は99.5%の配列同一性を有する配列、又は
(4)1つ又は複数のヌクレオチドを欠失、置換、挿入又は付加することで、SEQ ID NO:2に示される配列を誘導体化して得られた配列、
を含み、
好ましくは、前記REは、前記コア配列の複数のコピー及び最小プロモーターを含み、より好ましくは、前記複数のコピーは、2個のコピー、3個のコピー、4個のコピー、5個のコピー、6個のコピー、7個のコピー、8個のコピー、9個のコピー又は10個のコピーであり、さらに好ましくは、前記認識エレメントREは、前記コア配列の5個又は6個のコピー及び最小プロモーターを含み、
よりさらに好ましくは、前記REは、以下から選ばれる配列、
(1)SEQ ID NO:3に示される配列、又はその相補配列、
(2)ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でSEQ ID NO:3に示される配列とハイブリダイズする配列、
(3)SEQ ID NO:3に示される配列と、少なくとも85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、98.5%、99%又は99.5%の配列同一性を有する配列、又は
(4)1つ又は複数のヌクレオチドを欠失、置換、挿入又は付加することで、SEQ ID NO:3に示される配列を誘導体化して得られた配列、
を含み、
最も好ましくは、前記REは、SEQ ID NO:3に示される、RE。
【請求項4】
低酸素トリガーの転写制御システムであって、前記転写制御システムは、請求項2に記載の核酸配列及び請求項3に記載のREを含み、
好ましくは、前記低酸素トリガーの転写制御システムは、上流と下流とが接続されたの2つの転写制御ユニットを含み、ここで前記上流転写制御ユニットは、HATFを制御するための低酸素トリガーの転写反応エレメントHRTE及びHATFをコードする核酸配列を含み、前記下流転写制御ユニットは、RE及び標的遺伝子GOIを含む、転写制御システム。
【請求項5】
前記上流と下流とが接続された転写制御ユニットは、非線形に直列接続され、2つのベクターに位置し、
好ましくは、前記転写制御システムは、
HATF-HRTEとRE-GOI、
HATF-HRTEとGOI-RE、
HRTE-HATFとGOI-RE又は
HRTE-HATFとRE-GOIのいずれか1つに示される組み合わせ形式を有し、
又は前記上流と下流とが接続された転写制御ユニットは、線形に直列接続され、同一のベクターに位置し、
好ましくは、前記転写制御システムは、
HATF-HRTE-RE-GOI、
HATF-HRTE-GOI-RE、
HRTE-HRE-GOI、
HRTE-HATF-GOI-RE、
RE-GOI-HATF-HRTE、
RE-GOI-HRTE-HATF、
GOI-RE-HATF-HRTE又は
GOI-RE-HRTE-HATFのいずれか1つに示される組み合わせ形式を有する、請求項4に記載の低酸素トリガーの転写制御システム。
【請求項6】
前記HRTEは、低酸素誘導遺伝子の一部の配列から選ばれ、好ましくは、前記HRTEは、血管内皮増殖因子遺伝子、エリスロポエチン遺伝子、解糖系酵素遺伝子のフランキング領域から選ばれ、より好ましくは、前記HRTEのコア配列は、5’-(A/G)CGT(G/C)-3’であり、
好ましくは、前記HRTEは、以下から選ばれるコア配列、
(1)SEQ ID NO:4に示される配列、又はその相補配列、
(2)ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でSEQ ID NO:4に示される配列とハイブリダイズする配列、
(3)SEQ ID NO:4に示される配列と、少なくとも85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、98.5%、99%又は99.5%の配列同一性を有する配列、又は
(4)1つ又は複数のヌクレオチドを欠失、置換、挿入又は付加することで、SEQ ID NO:4に示される配列を誘導体化して得られた配列、
を含み、
好ましくは、前記HRTEは、前記コア配列の複数のコピー及び最小プロモーターを含み、より好ましくは、前記複数のコピーは、2個のコピー、3個のコピー、4個のコピー、5個のコピー、6個のコピー、7個のコピー、8個のコピー、9個のコピー又は10個のコピーであり、さらに好ましくは、前記HRTEは、前記コア配列の5個又は6個のコピー及び最小プロモーターを含み、
よりさらに好ましくは、前記HRTEは、以下から選ばれる配列、
(1)SEQ ID NO:5に示される配列、又はその相補配列、
(2)ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でSEQ ID NO:5に示される配列とハイブリダイズする配列、
(3)SEQ ID NO:5に示される配列と、少なくとも85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、98.5%、99%又は99.5%の配列同一性を有する配列、又は
(4)1つ又は複数のヌクレオチドを欠失、置換、挿入又は付加することで、SEQ ID NO:5に示される配列を誘導体化して得られた配列、
を含み、
最も好ましくは、前記HRTEは、SEQ ID NO:5に示される、請求項4又は5に記載の低酸素トリガーの転写制御システム。
【請求項7】
前記GOIは、
好ましくはGM-CSF、IFN-α/β/γ、IL-2、IL-3、IL-7、IL-12、IL-15、IL-21、IL-33、IL-35、IL-37、CCL4、CCL20、CXCL9、CXCL10、CXCL11、CXCL12、CXCL13、MIP-1α又はMIP-1βから選ばれるサイトカイン及びケモカイン、
好ましくはTNF-α、異なる抗原標的に対するT細胞アダプター、異なる抗原標的に対するキメラ抗原受容体、アポトーシス遺伝子、パイロトーシス遺伝子又は毒素から選ばれる細胞毒性分子、
好ましくは抗CD28抗体、抗4-1BB抗体、抗ICOS抗体、抗GITR抗体、抗OX40抗体又は抗CD27抗体から選ばれる異なる抗原標的に対する作動性抗体、
又は、好ましくはCTLA-4抗体、PD-1抗体、PD-L1抗体、LAG-3抗体又はTim3抗体から選ばれる異なる抗原標的に対する遮断性抗体、
又は上記任意の2種又は複数種の組み合わせから選ばれる1種又は複数種であり、
より好ましくは、対象とする抗原標的は、AXL、EGFR、MHC、CD24、CD47、FAP、CD147、HER-2、CD55、CD59、ROR1、ROR2、CD133、CD44v6、CD44v7、CD44v8、CD126、CD171、CEA、EpCAM、TAG72、IL-13Rα、EGFRvIII、GD2、GD3、FRα、PSCA、PSMA、GPC3、CAIX、Claudin18.2、VEGFR2、PD-L1、PD-L2、MSLN、MUC1、c-Met、FOLR1、B7-H3及びTrop2から選ばれる1種又は複数種であり、
好ましくは、前記GOIの発現カセットは、SEQ ID NO:6-8のいずれかに示されるアミノ酸配列を含む、請求項4~6のいずれか一項に記載の低酸素トリガーの転写制御システム。
【請求項8】
請求項4~7のいずれか一項に記載の低酸素トリガーの転写制御システムを含む核酸配列であって、
好ましくは、前記核酸配列は、SEQ ID NO:9に示される、核酸配列。
【請求項9】
請求項8に記載の核酸配列を含むベクターであって、
好ましくは、前記ベクターは、プラスミド、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、単純ヘルペスウイルスベクター、ダニ媒介性脳炎ウイルスベクター、ポリオウイルスベクター、ニューカッスルウイルスベクター、トランスポゾン又はその1種又は複数種の組み合わせから選ばれ、より好ましくは、前記ベクターは、レンチウイルスベクターである、ベクター。
【請求項10】
宿主細胞であって、前記宿主細胞は、前記請求項9に記載のベクターを含むか、又は前記宿主細胞の染色体に請求項8に記載の核酸分子が統合され、
前記宿主細胞は、好ましくは単離されたヒト由来細胞であり、より好ましくは胚性幹細胞、臍帯血由来幹細胞、誘導多能性幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、脂肪幹細胞、T細胞、NK細胞、NKT細胞又はマクロファージから選ばれ、さらに好ましくは、前記ヒト由来細胞は、遺伝子操作された免疫細胞であり、よりさらに好ましくは、前記遺伝子操作された免疫細胞は、T細胞、NK細胞、NKT細胞又はマクロファージであり、よりさらに好ましくは、前記遺伝子操作された免疫細胞は、T細胞であり、
最も好ましくは、前記遺伝子操作された免疫細胞は、
キメラ抗原受容体T細胞(CAR-T細胞)、
キメラ抗原受容体NK細胞(CAR-NK細胞)、
キメラ抗原受容体NKT細胞(CAR-NKT細胞)、
キメラ抗原受容体マクロファージ(CAR-mφ)、
T細胞受容体T細胞(TCR-T細胞)からなる群から選ばれる、宿主細胞。
【請求項11】
低酸素性疾患、虚血性疾患又はがんを治療するための医薬又は製剤の調製における、請求項1に記載の前記低酸素トリガーの人工転写因子HATF、請求項3に記載の認識エレメントRE、請求項4~7のいずれか一項に記載の低酸素トリガーの転写制御システム、請求項8に記載の核酸分子、請求項9に記載のベクター又は請求項10に記載の宿主細胞の用途であって、
好ましくは、前記がんは、固形腫瘍であり、
より好ましくは、前記固形腫瘍は、神経芽細胞腫、肺がん、乳がん、食道がん、胃がん、肝臓がん、子宮頸がん、卵巣がん、腎臓がん、膵臓がん、鼻咽頭がん、小腸がん、大腸がん、結腸直腸がん、膀胱がん、骨がん、前立腺がん、甲状腺がん又は脳がんから選ばれる1種又は複数種である、用途。
【請求項12】
低酸素性疾患、虚血性疾患又はがんの治療方法であって、前記方法は、治療有効量の請求項1に記載の前記低酸素トリガーの人工転写因子HATF、請求項3に記載の認識エレメントRE、請求項4~7のいずれか一項に記載の低酸素トリガーの転写制御システム、請求項8に記載の核酸分子、請求項9に記載のベクター又は請求項10に記載の宿主細胞を必要とする被験者に投与することを含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物医薬技術分野に属し、具体的には、低酸素トリガーの人工転写因子に関するものであり、本発明は、前記低酸素トリガーの人工転写因子を含む低酸素トリガーの転写制御システム、及び低酸素性腫瘍治療におけるそれらの応用にさらに関する。
【背景技術】
【0002】
腫瘍の免疫細胞療法、例えばT細胞受容体修飾T細胞(T cell receptor T cells、TCR-T cells)及びキメラ抗原受容体T細胞(Chimeric antigen receptor T cells、CAR-T cells)は、臨床研究において良好な抗腫瘍効果を示す。しかしながら、臨床試験及び応用において、細胞療法の新たな問題が絶えない。緻密な固形腫瘍に進入しにくいことに加えて、一般的な有害反応は、腫瘍特異的抗原の欠乏によるオフターゲット効果、致命的な神経毒性、アレルギー反応などの副作用を含み、これらは、いずれも細胞で固形腫瘍を治療する臨床応用を制限している。そのため、正常組織の損傷を低減するために、制御可能な、腫瘍を精確に標的とする免疫細胞の治療方法をさらに開発する必要がある。
【0003】
研究によれば、固形腫瘍内の異常な血管構造に起因する血液供給不足及び腫瘍細胞の過剰増殖により、相対的に低酸素の腫瘍微小環境が造り出され、腫瘍組織内の酸素レベルが常に2%未満であるため、低酸素は、様々な固形腫瘍の1つの共有特徴であることを発見した。固形腫瘍の低酸素の微小環境に対して、低酸素シグナルによってTCR-T細胞、CAR-T細胞又は遺伝子操作されたT細胞を活性化する腫瘍殺傷技術を開発することにより、腫瘍治療の特異性の向上が期待される。
【0004】
従来の研究によれば、低酸素誘導因子-1α(Hypoxia-inducible factors 1-alpha、HIF-1α)の酸素依存性分解ドメイン(Oxygen-dependent degradation domain、ODD)をキメラ抗原受容体に融合させることにより、キメラ抗原受容体を通常の酸素環境において分解させるが、低酸素環境において富化させ、それによって腫瘍細胞を認識して殺傷することができることが示された。しかしながら、酸素依存性分解ドメインを融合させられたキメラ抗原受容体の低酸素性環境での誘導レベルは、依然として比較的低いレベルにあり、抗原の不均一性が比較的大きい腫瘍、特に腫瘍抗原低発現の固形腫瘍の制御に不利であり、また、現在のODDによって制御された低酸素感受性CAR-T細胞は、依然として比較的高いレベルのバックグラウンド漏洩があり、一定レベルの非低酸素依存性殺傷が生じ、安全性上の懸念がある。また、低酸素トリガーのプロモーターによって駆動されるCAR-T細胞は、一定の酸素濃度反応能力を備えているが、同様に比較的高いレベルのバックグラウンド漏洩が存在することによって、比較的高いレベルの非低酸素依存性殺傷が生じ、オンターゲットオフ腫瘍毒性(On-target off-tumor toxicity)が生じる可能性がある。
【0005】
そのため、より高感度で効率的な低酸素トリガーの人工転写因子をさらに開発する必要があり、それによってより安全で効果的な低酸素感受性の治療方法を研究開発し、細胞治療の安全性を向上させつつ、腫瘍の成長を効果的に制御することができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、従来技術の不足に対して、低酸素トリガーの転写制御システムを提供することである。本発明によって提供される低酸素トリガーの転写制御システムは、上流と下流が連鎖された2つの転写制御ユニットを含む。本発明は、前記低酸素トリガーの転写制御システムの用途をさらに提供する。本発明によって提供される転写制御システムは、低酸素に高度に敏感であるという目的を達成するために、連鎖された2つの転写制御ユニットから構成され、上流と下流の2段増幅を形成する。当該システムは、異なる標的遺伝子を携帯することによって、腫瘍治療薬の調製及び精度よい治療を実現することができる。従来技術と比較して、本発明の低酸素トリガーの転写制御システムは、低酸素下で効率的に誘導発現され、それによって低酸素トリガーの厳密性及び感受性を向上させる。また、本発明の転写制御システムを用いると、少量の転写因子で比較的高い標的遺伝子の発現を駆動し、低酸素に対するその感受性をさらに増幅させることができる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の目的は、次の技術的解決手段によって達成される。
一態様では、本発明は、低酸素トリガーの人工転写因子(Hypoxia-regulated Artificial Transcription Factor、HATF)を提供し、前記HATFは、
(1)SEQ ID NO:1に示される配列、
(2)SEQ ID NO:1に示される配列に比較して1つ又は複数のアミノ酸の置換、欠失又は付加を有する配列、又は
(3)SEQ ID NO:1に示される配列と、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも91%、少なくとも92%、少なくとも93%、少なくとも94%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、少なくとも99%、又は100%の配列同一性を有する配列を含む。
【0008】
別の態様では、本発明は、前記HATFをコードする核酸配列をさらに提供する。
【0009】
更なる一態様では、本発明は、前記HATFの認識エレメント(Responding Element、RE)を提供し、前記REは、以下から選ばれるコア配列、
(1)SEQ ID NO:2に示される配列、又はその相補配列、
(2)ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でSEQ ID NO:2に示される配列とハイブリダイズする配列、
(3)SEQ ID NO:2に示される配列と、少なくとも85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、98.5%、99%又は99.5%の配列同一性を有する配列、又は
(4)1つ又は複数のヌクレオチドを欠失、置換、挿入又は付加することで、SEQ ID NO:2に示される配列を誘導体化して得られた配列、
を含む。
【0010】
好ましくは、前記REは、前記コア配列の複数のコピー及び最小プロモーターを含み、より好ましくは、前記複数のコピーは、2個のコピー、3個のコピー、4個のコピー、5個のコピー、6個のコピー、7個のコピー、8個のコピー、9個のコピー又は10個のコピーであり、さらに好ましくは、前記認識エレメントREは、前記コア配列の5個又は6個のコピー及び最小プロモーターを含む。
【0011】
よりさらに好ましくは、前記REは、以下から選ばれる配列、
(1)SEQ ID NO:3に示される配列、又はその相補配列、
(2)ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でSEQ ID NO:3に示される配列とハイブリダイズする配列、
(3)SEQ ID NO:3に示される配列と、少なくとも85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、98.5%、99%又は99.5%の配列同一性を有する配列、又は
(4)1つ又は複数のヌクレオチドを欠失、置換、挿入又は付加することで、SEQ ID NO:3に示される配列を誘導体化して得られた配列、
を含む。
【0012】
最も好ましくは、前記REは、SEQ ID NO:3に示される。
【0013】
本発明によって提供されるHATFは、新規な人工転写因子であり、本発明の発明者は、当該HATFとそれにマッチングするREで共に制御した標的遺伝子の増幅倍数が百倍以上に達することができ、従来の人工転写因子及びその反応エレメントのアップレギュレーション倍数より遥かに大きいことを見出した。
【0014】
別の態様では、本発明は、低酸素トリガーの転写制御システムを提供し、前記転写制御システムは、HATFをコードする核酸配列及びREを含む。
【0015】
本発明に係る低酸素トリガーの転写制御システムによれば、前記低酸素トリガーの転写制御システムは、上流と下流とが接続された2つの転写制御ユニットを含み、ここで前記上流転写制御ユニットは、HATFを制御するための低酸素トリガーの転写反応エレメント(Hypoxia-regulated Transcription Element、HRTE)及びHATFをコードする核酸配列を含み、前記下流転写制御ユニットは、RE及び標的遺伝子(Gene of Interest、GOI)を含む。
【0016】
ここで、前記HATFは、RNA転写レベル及びタンパク質翻訳レベルとの両方で低酸素によってトリガーされ、即ち、前記低酸素トリガーの人工転写因子は、通常の酸素下では発現されないか、又は低レベルで発現されるが、低酸素下では効率的に誘導発現され、それによって低酸素トリガーの厳密性及び感受性を向上させる。
【0017】
本発明に係る低酸素トリガーの転写制御システムによれば、前記上流と下流接続された転写制御ユニットは、非線形に直列接続され、2つのベクターに位置し、好ましくは、前記転写制御システムは、
HATF-HRTEとRE-GOI、
HATF-HRTEとGOI-RE、
HRTE-HATFとGOI-RE又は
HRTE-HATFとRE-GOIのいずれか1つに示される組み合わせ形式を有する。
【0018】
或いは、前記上流と下流とが接続された転写制御ユニットは、線形に直列接続され、同一のベクターに位置し、好ましくは、前記転写制御システムは、
HATF-HRTE-RE-GOI、
HATF-HRTE-GOI-RE、
HRTE-HRTE-GOI、
HRTE-HATF-GOI-RE、
RE-GOI-HATF-HRTE、
RE-GOI-HRTE-HATF、
GOI-RE-HATF-HRTE又は
GOI-RE-HRTE-HATFのいずれか1つに示される組み合わせ形式を有する。
【0019】
本発明に係る低酸素トリガーの転写制御システムによれば、前記HRTEは、血管内皮増殖因子遺伝子、エリスロポエチン遺伝子、解糖系酵素遺伝子などの低酸素誘導遺伝子のフランキング領域から選ばれ、そのコア配列は、5’-(A/G)CGT(G/C)-3’である。
【0020】
本発明に係る低酸素トリガーの転写制御システムによれば、前記HRTEは、以下から選ばれるコア配列、
(1)SEQ ID NO:4に示される配列、又はその相補配列、
(2)ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でSEQ ID NO:4に示される配列とハイブリダイズする配列、
(3)SEQ ID NO:4に示される配列と、少なくとも85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、98.5%、99%又は99.5%の配列同一性を有する配列、又は
(4)1つ又は複数のヌクレオチドを欠失、置換、挿入又は付加することで、SEQ ID NO:4に示される配列を誘導体化して得られた配列、を含む。
【0021】
好ましくは、前記HRTEは、前記コア配列の複数のコピー及び最小プロモーターを含み、より好ましくは、前記複数のコピーは、2個のコピー、3個のコピー、4個のコピー、5個のコピー、6個のコピー、7個のコピー、8個のコピー、9個のコピー又は10個のコピーであり、さらに好ましくは、前記HRTEは、前記コア配列の5個又は6個のコピー及び最小プロモーターを含む。
【0022】
よりさらに好ましくは、前記HRTEは、以下から選ばれる配列、
(1)SEQ ID NO:5に示される配列、又はその相補配列、
(2)ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でSEQ ID NO:5に示される配列とハイブリダイズする配列、
(3)SEQ ID NO:5に示される配列と、少なくとも85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、98.5%、99%又は99.5%の配列同一性を有する配列、又は
(4)1つ又は複数のヌクレオチドを欠失、置換、挿入又は付加することで、SEQ ID NO:5に示される配列を誘導体化して得られた配列、を含む。
【0023】
最も好ましくは、前記HRTEは、SEQ ID NO:5に示される。
【0024】
1つの具体的な実施形態では、本発明に係る人工転写因子HATFは、SEQ ID NO:1に示されるアミノ酸配列を有し、その認識エレメントREは、SEQ ID NO:3に示されるコア核酸配列を有し、それらが共に制御した標的遺伝子(赤色蛍光タンパクmCherry)の増幅倍数は、百倍に達することができ、従来の人工転写因子(GAL4)及びその反応エレメント(UAS)の10倍アップレギュレーションより遥かに優れている。
【0025】
本発明に係る低酸素トリガーの転写制御システムによれば、前記標的遺伝子GOIは、機能遺伝子であり、
好ましくは、前記GOIは、
例えばGM-CSF、IFN-α/β/γ、IL-2、IL-3、IL-7、IL-12、IL-15、IL-21、IL-33、IL-35、IL-37、CCL4、CCL20、CXCL9、CXCL10、CXCL11、CXCL12、CXCL13、MIP-1α、MIP-1βなどのサイトカイン及びケモカイン、
例えばTNF-α、異なる抗原標的に対するT細胞アダプター(Bispecific T-cell engager、BiTE)、異なる抗原標的に対するキメラ抗原受容体(Chimeric Antigen Receptor、CAR)、アポトーシス遺伝子、パイロトーシス遺伝子、毒素などの細胞毒性分子、又は
例えば抗CD28抗体、抗4-1BB抗体、抗ICOS抗体、抗GITR抗体、抗OX40抗体及び抗CD27抗体などの異なる抗原標的に対する作動性抗体、又はCTLA-4抗体、PD-1抗体、PD-L1抗体、LAG-3抗体及びTim3抗体などの異なる抗原標的に対する遮断性抗体、
又は上記任意の2種又は複数種の組み合わせから選ばれる1種又は複数種である。
【0026】
好ましくは、対象とする抗原標的は、異なる細胞膜に発現される広域汎用型標的であり、AXL、EGFR、MHC、CD24、CD47、FAP、CD147、HER-2、CD55、CD59、ROR1、ROR2、CD133、CD44v6、CD44v7、CD44v8、CD126、CD171、CEA、EpCAM、TAG72、IL-13Rα、EGFRvIII、GD2、GD3、FRα、PSCA、PSMA、GPC3、CAIX、Claudin18.2、VEGFR2、PD-L1、PD-L2、MSLN、MUC1、c-Met、FOLR1、B7-H3及びTrop2などを含むが、これらに限定されず、
好ましくは、前記GOIの発現カセットは、SEQ ID NO:6に示される赤色蛍光タンパクmCherry、SEQ ID NO:7に示される腫瘍抗原HER2に結合するキメラ抗原受容体(CAR)及びSEQ ID NO:8に示されるCD47/CD3の二重特異性T細胞アダプター(Bispecific T-cell engager、BiTE)を含むSEQ ID NO:6-8のいずれかに示されるアミノ酸配列を含む。
【0027】
本発明は、本発明に記載の低酸素トリガーの転写制御システムを含む核酸配列をさらに提供し、
好ましくは、前記核酸配列は、SEQ ID NO:9に示される。
【0028】
本発明は、前記核酸配列を含むベクターをさらに提供し、好ましくは、前記ベクターは、プラスミド、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、単純ヘルペスウイルスベクター、ダニ媒介性脳炎ウイルスベクター、ポリオウイルスベクター、ニューカッスルウイルスベクター、トランスポゾン又はその1種又は複数種の組み合わせから選ばれる。より好ましくは、前記ベクターは、レンチウイルスベクターである。
【0029】
本発明は、宿主細胞をさらに提供し、前記宿主細胞は、前記ベクターを含むか、又は前記宿主細胞の染色体に前記核酸分子が統合される。
【0030】
好ましくは、前記宿主細胞は、胚性幹細胞、臍帯血由来幹細胞、誘導多能性幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、脂肪幹細胞、T細胞、NK細胞、NKT細胞及びマクロファージを含む単離されたヒト由来細胞であり、より好ましくは、前記ヒト由来細胞は、遺伝子操作された免疫細胞であり、さらに好ましくは、前記遺伝子操作された免疫細胞は、T細胞、NK細胞、NKT細胞又はマクロファージであり、よりさらに好ましくは、前記遺伝子操作された免疫細胞は、T細胞である。
【0031】
最も好ましくは、前記遺伝子操作された免疫細胞は、
キメラ抗原受容体T細胞(CAR-T細胞)、
キメラ抗原受容体NK細胞(CAR-NK細胞)、
キメラ抗原受容体NKT細胞(CAR-NKT細胞)、
キメラ抗原受容体マクロファージ(CAR-mφ)、
T細胞受容体T細胞(TCR-T細胞)からなる群から選ばれる。
【0032】
1つの好ましい実施形態では、前記遺伝子操作された免疫細胞は、CAR-T細胞であり、前記CAR-T細胞は、前記ベクターを介して本発明の低酸素トリガーの転写制御システムをトランスフェクション又は形質導入することによって、低酸素環境下で赤色蛍光タンパクmCherry、キメラ抗原受容体又は二重特異性T細胞アダプターを誘導発現する。
【0033】
本発明は、前記低酸素トリガーの転写制御システムを含む、遺伝子操作された細胞の調製方法をさらに提供し、前記方法は、本発明の低酸素トリガーの転写制御システムを含むベクターを宿主細胞内に導入して前記遺伝子操作された細胞を得るステップを含む。
【0034】
1つの好ましい実施形態では、前記導入は、同時、相前後、又は順次導入を含む。
【0035】
本発明は、低酸素性疾患、虚血性疾患又はがんを治療するための医薬又は製剤の調製における、前記低酸素トリガーの人工転写因子HATF、前記HATFの認識エレメントRE、前記低酸素トリガーの転写制御システム、前記核酸分子、前記ベクター、前記宿主細胞の用途をさらに提供する。
【0036】
好ましくは、前記がんは、固形腫瘍であり、より好ましくは、前記固形腫瘍は、神経芽細胞腫、肺がん、乳がん、食道がん、胃がん、肝臓がん、子宮頸がん、卵巣がん、腎臓がん、膵臓がん、鼻咽頭がん、小腸がん、大腸がん、結腸直腸がん、膀胱がん、骨がん、前立腺がん、甲状腺がん又は脳がんから選ばれる1種又は複数種である。
【0037】
低酸素性疾患、虚血性疾患又はがんの治療方法であって、前記方法は、治療有効量の低酸素トリガーの人工転写因子HATF、前記HATFの認識エレメントRE、前記低酸素トリガーの転写制御システム、前記核酸分子、前記ベクター、宿主細胞、ベクターと細胞との組み合わせ、又は上記と他の治療薬及び技術との組み合わせ(PD-1抗体、PD-L1抗体、CTLA-4抗体、TIGIT抗体、Tim-3抗体、LAG-3抗体が含まれるが、これらに限定されない)を必要とする被験者に投与することを含む。
【0038】
本発明は、低酸素トリガーの人工制御因子及びそれを含む転写制御システムを提供し、本発明は、固形腫瘍などの低酸素性疾患治療における応用、特に固形腫瘍のCAR-T細胞治療における応用をさらに提供する。
【発明の効果】
【0039】
本発明は、従来技術に比べて以下の効果を有する。
1.本発明の人工転写因子HATFと認識エレメントREとが共に制御した標的遺伝子の増幅倍数は、百倍に達することができ、従来の人工転写因子(GAL4)及びその反応エレメント(UAS)の10倍アップレギュレーションより遥かに優れている。
2.本発明の人工転写因子HATFは、RNA転写とタンパク質翻訳との両方で酸素によって制御され、通常の酸素環境では効率的に分解されるが、低酸素環境下では効率的に誘導発現され、当該システムの低酸素トリガーの厳密性及び感受性を保証する。
3.本発明の人工転写因子HATFは、それにマッチングする認識エレメントREに特異的に結合し、標的遺伝子の効率的な転写と発現を開始することができ、それによって低酸素環境における標的送達を実現し、全身投与による重篤な毒副作用を避けることができる。
4.本発明に記載の低酸素トリガーの転写制御システムにおける、標的遺伝子によりコードされるタンパク質は、低酸素トリガーの機能ドメインでいかなる修飾もなされておらず、標的遺伝子によりコードされるタンパク質機能が妨害されないことを確保し、その最大の活性を発揮させることができる。
【0040】
本発明の範囲内において、本発明の上記各技術的特徴と以下の(例えば実施例)において具体的に説明される各技術的特徴は、互いに組み合わせてもよく、それによって新しい又は好ましい技術案を構成することを理解されたい。紙面の都合上、ここでは説明を省略する。
【図面の簡単な説明】
【0041】
以下、図面と結び付けて本発明の実施形態を詳細に説明し、ここで、
【
図1】低酸素によってトリガーされない従来のHER2 CAR(
図1a)と、2ユニット形態の低酸素トリガーの転写制御システム(
図1b~c)と、1ユニット形態の低酸素転写制御システム(
図1d~f)とを携帯するレンチウイルス発現プラスミドマップを示す。ここで、2ユニット形態の低酸素トリガーの転写制御システムは、2つのレンチウイルス発現プラスミドによって提供されるHATF及びHRTE、並びにRE及びGOIから構成され、1ユニット形態の低酸素トリガーの転写制御システムは、1つのレンチウイルス発現プラスミドによって提供されるHATF、HRTE、RE及びGOIから構成される。GOIは、それぞれ赤色蛍光タンパクmCherry(
図1d)、キメラ抗原受容体(CAR)(
図1e)又は二重特異性T細胞アダプター(BiTE)(
図1f)をコードし、ここで、mCherryは指示作用を有し、CAR及びBiTEは、腫瘍免疫治療に使用可能である。
【
図2】本発明のHATFとそれにマッチングするREとが共に制御した赤色蛍光タンパクmCherryの増幅倍数が百倍以上に達し、従来の人工転写因子(GAL4-VP64)ベクター及びその反応エレメント(GAL4 UAS)の10倍アップレギュレーションより遥かに優れていることを示す。
図2aは、トランスフェクション48h後の標的遺伝子(mCherry)の発現のフローサイトメトリーグラフである。
図2bと
図2cは、それぞれトランスフェクション48h後のmCherryの発現陽性率と蛍光強度がいずれも明らかに向上し、しかも本発明のHATFとそれにマッチングするREエレメントは、バックグラウンド漏洩においても、標的誘導レベルにおいても、いずれも従来の人工転写因子及びそれにマッチングする反応エレメントより顕著に優れていることを示す。
【
図3】
図1のレンチウイルス発現プラスミドで調製されたレンチウイルス発現ベクターが陽性のプライマリT細胞を形質導入したことを示し、通常の酸素環境下では極めて低いレベルのmCherry発現しか検出できないが、低酸素条件下ではmCherryの発現を効果的に誘導する。また、ダブルウイルスベクターで導入された2ユニット形態の低酸素トリガーの転写制御システムの低酸素誘導レベルは、モノウイルスベクターで導入された1ユニット形態の低酸素トリガーの転写制御システムより遥かに低い。
【
図4】低酸素トリガーの転写制御システムによりエンジニアリングT細胞(低酸素感受性HER2 CAR-T細胞)と従来のHER2 CAR-T細胞の異なる酸素濃度でのCAR誘導発現レベルを示す。フローサイトメトリー結果に示すように、低酸素感受性HER2 CAR-T細胞は良好な低酸素誘導特性を持ち、生理的低酸素(1%O
2)条件下で、HER2 CARの発現量が顕著に増え、HRTE2 CAR低酸素誘導発現レベルが現在よく使われているHER2 CAR-T細胞のHER2 CAR発現レベルと同程度である。
【
図5】低酸素トリガーの転写制御システムによって制御されるHER2 CAR-T細胞(低酸素感受性HER2 CAR-T細胞)は低酸素環境下でHER2抗原によって発現されるSKOV3とNCI-H292腫瘍細胞を選択的に殺傷するが、従来のHER2 CAR-T細胞の細胞殺傷は選択性がなく、通常の酸素と低酸素環境下での腫瘍細胞殺傷効率に差がないことを示す。
【
図6】ヒト由来HER2標的抗原のヒト化マウスモデル上で、低酸素トリガーの転写制御システムによって制御されるHER2 CAR-T細胞(低酸素感受性HER2 CAR-T細胞)のインビボ安全性を評価することを示す。対照HER2 CAR-T細胞のみはマウス体重の進行的な低下、死亡率の増加及び肝機能障害を引き起こし、しかも大量のT細胞活性化関連サイトカインが血液中に放出されるが、低酸素感受性HER2 CAR-T細胞は上記の毒副作用を引き起こさない。
【
図7】低酸素トリガーの転写制御システムに制御されるHER2 CAR-T細胞(低酸素感受性HER2 CAR-T細胞)が卵巣がん(SKOV3)と肺がんNCI-H292)の成長を効果的に制御できることを示す。
【
図8】低酸素トリガーの転写制御システムが二重特異性T細胞アダプタータンパク質の発現を制御することを示す。即ち通常の酸素環境下での低酸素感受性人工転写因子は発現されず、低酸素環境下で誘導発現された人工転写因子は異なるコピー数の人工転写因子認識エレメントと組み合ってCD47/CD3二重特異性T細胞アダプタータンパク質の発現を駆動することができることを示す。
【
図9】低酸素トリガーの転写制御システムにより制御されるBiTE-T細胞(低酸素感受性BiTE-T細胞)が、低酸素環境下でSKOV3及びNCI-H292腫瘍細胞を選択的に殺傷できることを示す。
【
図10】静脈注射と腫瘍内注射された、低酸素トリガーの転写制御システムにより制御されるBiTE-T細胞(低酸素感受性BiTE-T細胞)がいずれも腫瘍の成長を効果的に抑制できることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0042】
以下の実施例は、本発明を説明するためのものに過ぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【0043】
以下の実施例の実験方法は、特に断らない限り、いずれも当分野の通常実験方法である。以下の実施例で使用される実験材料は、特に断らない限り、通常の生化学試薬の販売会社から購入したものであり、ここで、
DMEM培地、RPMI1640培地は、いずれもCorning社から購入し、リンパ球培地X-VIVO 15はLonza社から購入した。
T細胞増殖培地の調製方法は、中国特許CN201910163391.1を参照し、それは基本培地及びサイトカインからなり、基本培地はリンパ球培地X-VIVO 15であり、サイトカイン 5ng/mL IL-7、10ng/mL IL-15及び30ng/mL IL-21を追加的に添加した。ここで、サイトカインIL-7及びIL-15は、R&D社から購入し、IL-21は、近岸蛋白質科技有限公司から購入した。
ウシ胎児血清は、BI社から購入した。
TurboFectトランスフェクションキットはThermo Fisher Scientific社から購入した。
Lenti-Xレンチウイルス濃縮試薬は、Takara社から購入した。
遺伝子の合成は、上海捷瑞生物工程有限公司から購入した。
ブランクレンチウイルス発現プラスミド(pXW-EF1α-MCS-P2A-EGFP及びpXW-EF1α-MCS)におけるパッキングプラスミドpsPAX2とエンベローププラスミドPMD2.Gは、Addgene社から購入し、pSV1.0-EGFP-ATR-RE、pSV1.0-EGFP-GAL4UAS、pSV1.0-HATF、pSV1.0-Tat及びpSV1.0-GAL4-VP64は、いずれも上海▲シン▼湾生物科技有限公司から購入した。
Stable3化学的コンピテント細胞は、上海唯地生物技術有限公司から購入した。
エンドトキシンフリープラスミドミニプレップキットとエンドトキシンフリープラスミドミディプレップキットは、それぞれOMEGA社及びMacherey Nagel社から購入した。
ルシフェラーゼ基質は、プロメガバイオテクノロジー有限公司から購入した。
HEK293T細胞、A549肺がん細胞、SKOV3卵巣がん細胞及びNCI-H292肺がん細胞は、米国ATCCから購入した。ホタルルシフェラーゼ遺伝子を安定的に統合したSKOV3-luc及びNCI-H292-lucは、当社により改造した。
重症複合免疫不全マウス(B-NDG)は、百奥賽図江蘇遺伝子生物技術有限公司から購入した。
ヒト由来HER2遺伝子とホタルルシフェラーゼの複製欠損型5型アデノウイルス(HER2-Luc-Ad)は、Genechem社から購入した。
【0044】
実施例1 レンチウイルス発現プラスミドの構築
上海捷瑞生物工程有限公司によってSEQ ID NOs:2-5及び9に示される核酸配列は合成され、ブランクレンチウイルス発現プラスミド(pXW-EF1α-MCS-P2A-EGFPとpXW-EF1α-MCS)にクローニングされることで、下記の組換えレンチウイルス発現プラスミドを得た。
pXW-EF1α-HER2 CAR-P2A-EGFP、
pXW-EF1α-BFP-HATF-HRTE、
pXW-EF1α-GFP-RE-mCherry、
pXW-EF1α-GFP-HATF-HRTE-RE-mCherry、
pXW-EF1α-GFP-HATF-HRTE-RE-CAR、
pXW-EF1α-GFP-HATF-HRTE-RE-BiTE
プラスミドプロファイルは
図1に示すとおりである。
【0045】
実施例2 レンチウイルスのパッキング、濃縮及び力価測定
2.1 レンチウイルスのパッキング
HEK293T細胞処理:トランスフェクション前24時間、対数増殖期にあるHEK293T細胞を収集し、それを10cm細胞シャーレに接種し(6×106~8×106個細胞)、細胞を10mLの完全DMEM培地にて成長させ、37℃、5%CO2細胞インキュベータに置いて18~24時間培養し、細胞密度が70~90%に達するとプラスミドトランスフェクションを行うことができる。
HEK293T細胞トランスフェクション:15mL遠心分離管に1mL基本DMEM培地を加え、質量比がレンチウイルス発現プラスミド:パッキングプラスミド:エンベローププラスミド=1:3:1となるようにトランスフェクション混合液を調製し、プラスミドの総量は合計15μg/皿であった。プラスミド量(μg):トランスフェクション試薬(μL)=1:2の割合でTurboFectトランスフェクション試薬30μLを入れ、室温で15~20minインキュベートした後、HEK293T細胞を敷いたシャーレに入れ、37℃、5%CO2細胞インキュベータに置いて48時間培養を続けた後、ウイルス上澄みを収集し、1000×g、4℃で10min遠心分離し、チューブ底の沈殿を捨ててウイルス上澄みを収集した。
【0046】
2.2 レンチウイルスの濃縮
0.45μmフィルターを用いて遠心分離で収集されたウイルス上澄みをさらに濾過し、ウイルス上澄みの1/3体積のLenti-Xレンチウイルス濃縮試薬を加え、数回転倒混和し、4℃で一晩インキュベートし、2000×g、4℃で45min遠心分離すると、遠心分離管の底部に白色沈殿が視認されることができ、それは濃縮後のウイルス粒子であった。上澄みを慎重に捨て、元ウイルス上澄みの1/50~1/100体積のブランクRPMI1640培地で白色沈殿を再懸濁し、分注して-80℃で凍結保存して使用に備えた。
【0047】
2.3 レンチウイルス力価測定
Jurkat T細胞を1×105個/ウェルで96ウェルUベースプレートに接種し、収集したレンチウイルス濃縮液を10倍で漸増希釈した。100μLのウイルス希釈液を相応なウェルに加え、感染促進試薬である硫酸プロタミンを加えて濃度を10μg/mLに調整し、1000×g、32℃で90min遠心分離して感染させ、一晩培養した後、新鮮なRPMI1640完全培地に交換し、48時間培養し続け、フローサイトメーターで蛍光陽性細胞の割合を検出した。ウイルス力価は以下の式で計算される。
ウイルス力価(TU/mL)=1×105×蛍光陽性細胞割合/100×1000×相応な希釈倍数。
【0048】
実施例3 遺伝子操作されたT細胞の調製
以下の通りに記載される濃縮により得られたレンチウイルスベクター:
LV-EF1α-HER2 CAR-P2A-EGFP、
LV-EF1α-BFP-HATF-HRTE、
LV-EF1α-GFP-RE-mCherry、
LV-EF1α-GFP-HATF-HRTE-RE-mCherry、
LV-EF1α-GFP-HATF-HRTE-RE-CAR、
LV-EF1α-GFP-HATF-HRTE-RE-BiTEをMOI=3の割合で、1×106個の予め活性化された末梢血単核細胞を敷いた48ウェル平底プレートに加え、感染促進試薬である硫酸プロタミンを添加し、使用濃度を10μg/mLに調整し、1000×g、32℃での遠心分離で90min感染させ、一晩培養した後、新鮮なT細胞増殖培地に交換して培養し続けた。2~3日毎に新鮮なT細胞増殖培地を添加し、細胞密度を0.5×106~2×106個細胞/mLに調整した。感染後6~7日後、T細胞を活性化させた免疫磁気ビーズを除去し、遺伝子操作されたT細胞を引き続き培養、増幅し、細胞が休止した後(磁気ビーズ除去後9~14日)に後の機能実験が可能になった。
【0049】
実施例4 遺伝子操作されたA549細胞の調製
濃縮により得られた2~6個のコピー数のREを含有するレンチウイルスベクターLV-EF1α-GFP-HATF-HRTE-RE-BiTE(MOI=3)を、隔日に3×105個のA549細胞を敷いた6ウェルの平底プレートに加え、感染促進試薬であるポリブレンを添加し、使用濃度を10μg/mLに調整し、一晩培養した後、新鮮な完全培地R10(RPMI1640+10%FBS+1%PS)に交換して培養し続けた。細胞を80%カバレージまで成長させた後、拡大培養を行って使用に備えた。
【0050】
実施例5 本発明の低酸素トリガーの人工転写因子の転写誘導レベル
本発明のHATFが従来のGAL4-VP64人工転写因子よりもより優れたな外来遺伝子発現誘導能力を有することを検証するために、HEK293T細胞にプラスミドトランスフェクション実験を行った。HEK293T細胞を5×10
4個/ウェルで48ウェルプレートに敷き、翌日の細胞接着後、トランスフェクションを行った。単一トランスフェクション群では、0.25μg反応エレメントプラスミドpSV1.0-EGFP-ATR-RE又はpSV1.0-EGFP-GAL4UASのみをトランスフェクションし、実験群では、0.25μgのpSV1.0-EGFP-REプラスミド及びpSV1.0-HATF又はpSV1.0-Tat、又は0.25μgのpSV1.0-EGFP-GAL4UASプラスミド及びpSV1.0-GAL4-VP64をトランスフェクションし、プラスミド量(μg):トランスフェクション試薬(μL)=1:2の割合でTurboFectトランスフェクション試薬を加え、室温で15~20minインキュベートした後、細胞培養プレートに加え、37℃、5%CO
2細胞インキュベータに置いて48h培養した後、標的遺伝子mCherryの発現状況をフローサイトメトリーにより検出した。
結果は、
図2に示すとおりであり、REトランスフェクション群では、標的遺伝子mCherryの発現陽性率はわずか3.90%であり、HATF誘導後のmCherry陽性率は93.3%と高く、さらにTatを添加した場合、陽性率は96.9%と高かったが、GAL4UASトランスフェクション群では、標的遺伝子mCherryの発現陽性率は11.4%であり、GAL4-VP64誘導後のmCherry陽性率は70.9%であった(
図2a)。HATF誘導の場合、陽性率は、反応エレメント対照群の22.7倍であり(
図2b)、蛍光強度は、反応エレメント対照群の110倍であり(
図2c)、Tatを加えた場合、さらに誘導レベルを向上させ、陽性率及び蛍光強度の誘導倍数は、それぞれ23.6倍及び347倍に向上し、従来のGAL4-VP64誘導の場合、陽性率は、反応エレメント対照群の5.7倍であり(
図2b)、蛍光強度は、反応エレメント対照群の15倍のみであり(
図2c)、本発明において構築されたHATF人工転写因子は、バックグラウンド漏洩レベルにおいても、標的遺伝子の誘導能力においても、従来のGAL4-VP64人工転写因子より優れていることが示された。
【0051】
実施例6 低酸素感受性転写制御システムによる蛍光タンパク質の発現の制御
実施例1のレンチウイルス発現プラスミド、実施例2のレンチウイルスベクターの調製方法及び実施例3に記載の方法を用いて、EF1α-GFP-RE-mCherry、EF1α-BFP-HATF-HRTEとEF1α-GFP-RE-mCherry及びEF1α-GFP-HATF-HRTE-RE-mCherry遺伝子を統合した3種の異なるT細胞を調製し、それぞれRE-mCherry反応エレメント、2ユニット形態の低酸素感受性転写制御システム(二重ベクター共感染)及び1ユニット形態の低酸素感受性転写制御システム(単一ベクター感染)とした。上記の3種の遺伝子操作されたT細胞を通常の酸素条件(21%O
2)と低酸素条件(1%O
2)に置いて24h培養し、培養終了後に細胞を収集してFACS buffer(2%FBSの1×PBS)で1回溶出し、500×gで5min遠心分離し、終了後、300μL FACS bufferで再懸濁して均一に混合し、さらにフローサイトメーターを用いて赤色蛍光タンパクmCherryの発現を検出した。
結果は、
図3に示すとおりである。
図3のフローサイトメトリー結果から、本発明の1ユニット形態の低酸素感受性転写制御システムは、通常の酸素環境下でのバックグラウンド漏洩が3.05%と低く、低酸素環境下で高レベルの赤色蛍光タンパクmCherryを誘導発現し、陽性率が91.4%に増え、平均蛍光強度(Mean fluorescence intensity、MFI)が1480と高かったことが分かった。興味深いことに、ダブルウイルスベクター共感染によって得られた2ユニット形態の低酸素感受性転写制御システムの低酸素誘導レベルは、単一ウイルスベクターの感染によって得られた1ユニット形態の低酸素感受性転写制御システムに比べて遥かに低く、mCherry陽性率と蛍光強度が、わずか31.8%と86.6であり、1ユニット形態の低酸素誘導陽性率と平均蛍光強度の34.8%と5.85%のみであり、1ユニット形態の低酸素感受性転写制御システムを携帯する単一ベクターの低酸素誘導効果が最善であることと、バックグラウンド漏洩と低酸素誘導レベルが、いずれも現在報告されている二重ベクターのバイナリ転写増幅システムよりも顕著に優れていたことを示唆している。
【0052】
実施例7 低酸素感受性転写制御システムによるキメラ抗原受容体の発現の制御
実施例1のレンチウイルス発現プラスミド、実施例2のレンチウイルスベクターの調製方法及び実施例3に記載の方法を用いて、EF1α-HER2 CAR-P2A-EGFP及びEF1α-GFP-HATF-HRTE-RE-CAR遺伝子を携帯する2種のエンジニアリングT細胞を調製し、それぞれHER2 CAR-T細胞(陽性対照)及び低酸素感受性HER2 CAR-T細胞と命名した。上記の2種の遺伝子操作されたT細胞をそれぞれ通常の酸素条件(21%O
2)又は低酸素条件(1%O
2)で24h培養し、終了後に細胞を収集しFACS bufferで1回溶出し、2μg/mLのフローサイトメトリー抗体PE-anti-DYKDDDDKを加え、室温で20min遮光インキュベートし、終了後、FACS bufferで2回溶出し、300μL FACS bufferで再懸濁して均一に混合し、そしてフローサイトメーターでHER2 CAR分子の発現を検出した。
結果は、
図4に示すとおりであり、フローサイトメトリー結果からに示されているように、通常の酸素と低酸素条件下でHER2 CAR-T細胞(陽性対照)はいずれもHER2 CAR分子を高発現させたが、低酸素感受性HER2 CAR-T細胞は通常の酸素条件下でHER2 CAR分子を低発現させ(10.8%)、低酸素条件下でHER2 CAR分子の発現をアップレギュレーションし(62.6%)、CAR陽性率と平均蛍光強度がそれぞれ6倍及び235倍向上し、現在報告されている低酸素感受性CAR-T細胞の誘導効果より遥かに優れていた(Juillerat A,Marechal A,Filhol JM,et al. An oxygen sensitive self-decision making engineered CAR T-cell[J]. Sci Rep. 2017,7:39833、Liao Q,He H,Mao Y,et al. Engineering T cells with hypoxia-inducible chimeric antigen receptor (HiCAR) for selective tumor killing. Biomark Res. 2020,8(1):56)。
【0053】
実施例8 低酸素感受性転写制御システムによるキメラ抗原受容体T細胞の腫瘍細胞殺傷の制御
腫瘍細胞殺傷効率は、ルシフェラーゼに基づく細胞殺傷検出法(Luciferase-based cytotoxicity assay)により評価した。まず、1×10
4個のSKOV3-Luc(ホタルルシフェラーゼ遺伝子で修飾されたヒト卵巣がん細胞)又はNCI-H292-Luc(ホタルルシフェラーゼ遺伝子で修飾されたヒト肺がん細胞)を96ウェルの平底ブラックプレートに接種し、ウェルあたり100μLの培地に入れ、37℃、5%CO
2細胞インキュベータに置いて18h培養した。翌日、エフェクター細胞:標的細胞が1:2、1:1及び2:1の割合で、実施例6の遺伝子操作されたT細胞及び同時に培養された形質転換されていないT細胞を、標的細胞を含有するウェルに加え、それぞれ通常の酸素条件(21%O
2)又は低酸素条件(1%O
2)で24h培養し、共培養終了後、GloMax(登録商標)96マイクロプレート発光検出器を用いて標的細胞のルシフェラーゼ活性値を検出した。
細胞殺傷率の計算式は以下のとおりである。
細胞殺傷率(%)=(形質導入されていないT細胞群のルシフェラーゼ活性値-実験群のルシフェラーゼ活性値)/形質導入されていないT細胞群のルシフェラーゼ活性値×100
結果は、
図5に示すとおりであり、HER2 CAR-T細胞(陽性対照)は、通常の酸素条件においても、低酸素条件においてもSKOV3及びNCI-H292腫瘍細胞を効果的に殺傷でき、選択的殺傷特性がなかった。低酸素感受性HER2 CAR-T細胞は、通常の酸素条件下での腫瘍殺傷活性が比較的低く、エフェクター細胞:標的細胞が2:1となる場合の殺傷率が、10.33%(SKOV3)と13.33%(NCI-H292)であり、低酸素環境下では、SKOV3腫瘍細胞(67.67%)とNCI-H292腫瘍細胞(93.33%)を選択的に効率的に殺傷でき、腫瘍細胞の殺傷活性が6倍向上した。
【0054】
実施例9 低酸素感受性CAR-T細胞のインビボ安全性
組換えアデノウイルス(HER2-Ad)を1×PBSで目標用量8×10
9TU/mLに希釈した。
125μL HER2-Adを1mLのシリンジで腹腔内注射し、7日後に小動物用生体イメージャーを用いてルシフェラーゼの発現を検出し、陽性マウスを選択してからランダムに群分けし、HER2 CAR-T細胞注入群13匹のマウスを除き、残りの各群には4匹のマウスを選択して後続の実験に用いた。
5×10
6個のHER2 CAR-T細胞、低酸素感受性HER2 CAR-T細胞及び対照細胞を静脈再注入し、2~3日おきにマウスの体重を秤量し、眼窩静脈から採血して血清サイトカインを測定し、及びマウスの健康状態を観察した。
結果は、
図6に示すとおりであり、コントロールのHER2 CAR-T細胞は、マウスの体重の進行的な低下(
図6a)、死亡率の増加(
図6b)を引き起こし、また、肝機能の障害によりアラニン・アミノトランスフェラーゼ(ALT)が大量に血液中に放出され(
図6c)、且つT細胞活性化関連サイトカインが大量に血液中に放出された(
図6d)が、低酸素感受性HER2 CAR-T細胞は上記の毒副作用を引き起こさず、これは、オンターゲットオフ腫瘍毒性(On-target off-tumor toxicity)を引き起こさないことが示唆された。
【0055】
実施例10 低酸素感受性CAR-T細胞のインビボ抗腫瘍作用
1日前に無菌アイソレーターで飼育されたB-NDGマウスに対して背部局所除毛を行い、除毛については除毛クリームや動物用シェーバーを用いて、腫瘍細胞接種部位の皮膚を露出させればよい。
左手でマウスを固定し、即ち、左手でマウスの頭部、頸部及び背部皮膚を同時に把持し、その背部を左に向けて、背部右側の毛剃り部位を十分に露出させた後、右手でアルコール綿球を用いて消毒処理を行った。1mLのインスリンシリンジで予め用意したSKOV3又はNCI-H292腫瘍細胞をブローして均一に混合させた後、125μL細胞懸濁液(5×10
6個の腫瘍細胞)を吸い取り、針を針先と皮膚とが30°~40°の角度となるようにマウスの皮下に斜めに刺し、細胞が漏れないように細胞懸濁液をゆっくり注入した。125μLの細胞懸濁液の注射が完了したあと、2~3秒間針を刺したままにしておき迅速に抜き出し、注射部位の皮下に小さくてはっきりと見える膨らみが見られた。
細胞接種後、2~3日おきにマウスの腫瘍形成状況及び健康状態を観察し、腫瘍形成後、ノギスでベースライン腫瘍体積を測定し、後続の実験を行った。
5×10
6個の低酸素感受性HER2 CAR-T細胞と対照細胞を静脈再注入し、2~3日おきに腫瘍のサイズを測定し、ノギスで腫瘍の長径と短径をそれぞれ測定し、腫瘍体積の計算式は体積=(長径×短径
2)/2とした。
結果は、
図7に示すとおりであり、低酸素感受性転写制御システムによって制御されたHER2 CAR-T細胞(低酸素感受性HER2 CAR-T細胞)は、SKOV3(卵巣がん)及びNCI-H292(肺がん)の成長を効果的に抑制することができ、細胞再注入35日目の腫瘍抑制率が100%及び78.5%と高かった。
【0056】
実施例11 低酸素トリガーのCD47/CD3二重特異性T細胞アダプタータンパク質の発現
実施例4の遺伝子操作されたA549細胞を1日前に12ウェル平底プレートに敷いて、ウェルあたり3×10
5個の細胞とし、総体積は1mLであった。
翌日、平底プレートを通常の酸素条件(21%O
2)又は低酸素条件(1%O
2)で24h培養し、終了後に細胞を収集し、1×BSで再懸濁し、4×SDS Loading Bufferを加えて1×に希釈した後、十分にブローして均一に混合させ、サンプルをポットに入れ、電磁調理器で10min加熱して煮沸し、タンパク質を十分に変性させた。
目的タンパク質の低酸素感受性人工転写因子の分子量(72.5kD)とBiTEの分子量(54.7kD)に基づいて、濃度が10%の上層と下層のSDS-PAGEゲルを調製し、サンプルをSDS-PAGEゲルにて2h電気泳動で分離させ、次いで湿式転換法によりサンプルをゲルから予めメタノールで活性化されたPVDF膜に転移させた。
タンパク質マーカーの指示に基づいて、目的タンパク質と参照タンパク質を含むPVDF膜を切り取って5%脱脂粉乳ブロッキング液に置き、シェーカーにて室温で少なくとも1hインキュベートしブロッキングした。
ブロッキングされたPVDF膜を取り出し、一次抗体の希釈率が1:1000のマウス抗Hisタグ一次抗体希釈液に置き、シェーカーにて4℃で一晩静置した。
一次抗体希釈液を回収し、-20℃で凍結保存して使用に備えた。PVDF膜を取り出してPBSTでシェーカーにて8min/回で3回振とう溶出し、溶出終了後、二次抗体の希釈率が1:3000の相応なヤギ抗マウスIgG-HRP二次抗体希釈液を加え、二シェーカーにて室温で1hインキュベートした。
PVDF膜を取り出した後、PBSTで3回溶出し、発色後に露光させた。
結果は、
図8に示すとおりであり、
図8は、ウェスタンブロッティング検出の露光結果であり、通常の酸素条件下では低酸素感受性人工転写因子及び下流標的遺伝子CD47/CD3-BiTEをほとんど発現しなかったが、低酸素環境下では低酸素感受性人工転写因子を誘導発現し、及び下流標的遺伝子CD47/CD3-BiTEの発現を開始することができる。また、2~6個のコピーのコア配列が直列に重複することは、低酸素感受性転写制御システムの制御活性に影響を与えず、いずれも通常の酸素環境での分解、低酸素環境下での目的タンパク質の効率的な誘導発現を実現できる。
【0057】
実施例12 低酸素感受性転写制御システムによるCD47/CD3-BiTE-T細胞の腫瘍細胞殺傷の制御
腫瘍細胞殺傷効率検出方法及び殺傷効率計算方法は、実施例7と同じである。まず、1×10
4個のSKOV3-Luc(ルシフェラーゼ遺伝子で修飾されたヒト卵巣がん細胞)又はNCI-H292-Luc(ルシフェラーゼ遺伝子で修飾されたヒト肺がん細胞)を96ウェルの平底ブラックプレートに接種し、ウェルあたり100μLの培地に入れ、37℃、5%CO
2細胞インキュベータに置いて18h培養した。翌日、エフェクター細胞:標的細胞=1:2、1:1、2:1の割合で、実施例8の低酸素感受性CD47/CD3-BiTE-T細胞及び同時に培養された形質導入されていないT細胞を、標的細胞を含むウェルに加え、それぞれ通常の酸素条件(21%O
2)又は低酸素条件(1%O
2)で20時間培養し、共培養終了後、GloMax(登録商標)96マイクロプレート発光検出器を用いて標的細胞のルシフェラーゼ活性値を検出した。
結果は、
図9に示すとおりであり、低酸素感受性CD47/CD3-BiTE-T細胞は、通常の酸素条件下での腫瘍殺傷活性が比較的低く、エフェクター細胞:標的細胞=2:1の場合、それぞれ2.67%(SKOV3)と3.33%(NCI-H292)であり、低酸素環境下では、SKOV3細胞(78.67%)及びNCI-H292細胞(97.67%)を選択的に殺傷でき、殺傷活性が約30倍増えた。
【0058】
実施例13 低酸素感受性CD47/CD3-BiTE-T細胞のインビボ抗腫瘍作用
まず、5×10
6個のNCI-H292-Luc(ホタルルシフェラーゼ遺伝子で修飾されたヒト肺がん細胞)をB-NDGマウスの背部右側皮下に接種し、各匹に125μLの腫瘍細胞懸濁液を注射し、腫瘍接種後6日目に、静脈又は腫瘍内に実施例3で調製した低酸素感受性BiTE-T細胞及び同時期に培養された形質導入されていないT細胞を注射し、各匹の担癌マウスに5×10
6個の陽性細胞を再注入した。腫瘍細胞の接種後、ノギスを用いて腫瘍の長径と短径を測って腫瘍体積を計算し、腫瘍体積の計算式は以下のとおりであり、腫瘍体積=(長径×短径
2)/2であった。
結果は、
図10に示すとおりであり、静脈再注入及び腫瘍内注射した低酸素感受性CD47/CD3-BiTE-T細胞は、いずれも肺がんの成長を効果的に制御することができ、形質導入されていないT細胞の治療群に対して、細胞再注入後一か月の腫瘍抑制率が、それぞれ52.35%(静脈再注入)と78.69%(腫瘍内注射)であった。
【0059】
上記実施例は、例示的なものであり、本発明を限定するものであると理解すべきではなく、当業者であれば、本発明の範囲内で上記実施例に対して変更、修正、置換及び変形を行うことができる。
【配列表】
【国際調査報告】