IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ エンデューロ ジェネティクス エーピーエスの特許一覧

<>
  • 特表-負荷依存性産生株 図1
  • 特表-負荷依存性産生株 図2
  • 特表-負荷依存性産生株 図3
  • 特表-負荷依存性産生株 図4
  • 特表-負荷依存性産生株 図5
  • 特表-負荷依存性産生株 図6
  • 特表-負荷依存性産生株 図7
  • 特表-負荷依存性産生株 図8
  • 特表-負荷依存性産生株 図9
  • 特表-負荷依存性産生株 図10
  • 特表-負荷依存性産生株 図11
  • 特表-負荷依存性産生株 図12
  • 特表-負荷依存性産生株 図13
  • 特表-負荷依存性産生株 図14
  • 特表-負荷依存性産生株 図15
  • 特表-負荷依存性産生株 図16
  • 特表-負荷依存性産生株 図17
  • 特表-負荷依存性産生株 図18
  • 特表-負荷依存性産生株 図19
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-08-29
(54)【発明の名称】負荷依存性産生株
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/21 20060101AFI20240822BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20240822BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20240822BHJP
   C12P 1/02 20060101ALI20240822BHJP
   C12P 1/04 20060101ALI20240822BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20240822BHJP
   C12P 21/08 20060101ALN20240822BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20240822BHJP
   C07K 14/195 20060101ALN20240822BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12N1/19
C12N1/15
C12P1/02 Z
C12P1/04 Z
C12P21/02 C
C12P21/08
C12N15/31
C07K14/195
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024508706
(86)(22)【出願日】2022-08-18
(85)【翻訳文提出日】2024-03-06
(86)【国際出願番号】 EP2022073110
(87)【国際公開番号】W WO2023021151
(87)【国際公開日】2023-02-23
(31)【優先権主張番号】21191995.6
(32)【優先日】2021-08-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】522293582
【氏名又は名称】エンデューロ ジェネティクス エーピーエス
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【弁理士】
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【弁理士】
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100202751
【弁理士】
【氏名又は名称】岩堀 明代
(74)【代理人】
【識別番号】100208580
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 玲奈
(74)【代理人】
【識別番号】100191086
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 香元
(72)【発明者】
【氏名】ルグビェア,ピーター
(72)【発明者】
【氏名】ファルケンベリ,クリストファー バッハ
(72)【発明者】
【氏名】キューン,ヨハネス
(72)【発明者】
【氏名】ムンク,クリスチアン
(72)【発明者】
【氏名】タープ ロジス,マーチン
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AC01
4B064AC13
4B064AC23
4B064AD01
4B064AD85
4B064AG01
4B064AG15
4B064AG16
4B064AG27
4B064CA02
4B064CA05
4B064CA06
4B064CA19
4B064CC24
4B064CE20
4B064DA01
4B064DA10
4B064DA16
4B064DA20
4B065AA01X
4B065AA01Y
4B065AA02X
4B065AA04X
4B065AA15X
4B065AA21X
4B065AA24X
4B065AA26X
4B065AA26Y
4B065AA30X
4B065AA41X
4B065AA58X
4B065AA58Y
4B065AA60X
4B065AA65X
4B065AA66X
4B065AA67X
4B065AA69X
4B065AA70X
4B065AA72X
4B065AA72Y
4B065AA73X
4B065AA76X
4B065AA77X
4B065AA79X
4B065AB01
4B065AC14
4B065AC20
4B065BA01
4B065CA02
4B065CA05
4B065CA10
4B065CA13
4B065CA24
4B065CA25
4B065CA27
4B065CA28
4B065CA31
4B065CA32
4B065CA33
4B065CA60
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA11
4H045EA50
4H045FA74
(57)【要約】
本発明は、産物の合成のための産生性微生物細胞を提供するが、該細胞は負荷依存性遺伝子回路をさらに含み、該回路の発現が、非産生性/低産生性エスケープ細胞の増殖を制限しながら、産物を合成する該細胞に選択的な増殖および/または生存上の利点を付与する。
【選択図】図17
【特許請求の範囲】
【請求項1】
産物を合成するように遺伝子操作した産生性微生物細胞であって、該微生物細胞が:
(a)第1の負荷感知性プロモーターに制御可能に連結された第1の必須遺伝子;
および
(b)第2の負荷感知性プロモーターに制御可能に連結された第2の必須遺伝子、
をさらに含み;
ここで該第1の負荷感知性プロモーターが該第1の必須遺伝子に対して異種であり;および該第2の負荷感知性プロモーターが該第2の必須遺伝子に対して異種であり;
ここで該産物の合成が、該細胞に負荷を課し;および
ここで該第1の負荷感知性プロモーターが誘導されていない場合の該第1の必須遺伝子の基底レベル発現と比較して、該負荷によって該第1の負荷感知性プロモーターが誘導された場合に、該第1の必須遺伝子の発現が上方制御され;および該第2の負荷感知性プロモーターが誘導されていない場合の該第2の必須遺伝子の基底レベル発現と比較して、該負荷によって該第2の負荷感知性プロモーターが誘導された場合に、該第2の必須遺伝子の発現が上方制御される、
微生物細胞。
【請求項2】
請求項1にしたがう産生性微生物細胞であって、ここで該細胞において該第1および第2の必須遺伝子がそれらの天然プロモーターに制御可能に連結されている場合に、該産物の合成によって課される該負荷が、対応する非産生性微生物細胞と比較して測定される≧5%、≧10%、≧15%、≧20%、≧25%、≧35%、および≧45%から選択される産生性微生物細胞の最大の対数増殖期増殖速度における減少割合(%)として測定される適応コストを有する、産生性微生物細胞。
【請求項3】
請求項1または2のいずれか1項にしたがう産生性微生物細胞であって、ここで該細胞が:
(i)エスケリキア属、ラクトバチルス属、ラクトコッカス属、コリネバクテリウム属、バチルス属、アセトバクター属、アシネトバクター属、シュードモナス属;プロピオニバクテリウム属、バクテロイデス属およびビフィドバクテリウム属から選択される属に属する細菌;または
(ii)サッカロマイセス属、クルイベロマイセス属、カンジダ属、ピキア属、コマガタエラ属、クリプトコッカス属、デバリオマイセス属、ハンセヌラ属、ヤロウィア属、ザイゴサッカロマイセス属およびシゾサッカロマイセス属から選択される属に属する酵母;または
(iii)ペニシリウム属、リゾプス属、フザリウム属、フシジウム属、ジベレラ属、ムコール属、モルティエレラ属、トリコデルマ属、サーモマイセス属、ストレプトマイセス属、およびアスペルギルス属から選択される糸状菌、
である、
産生性微生物細胞。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項にしたがう産生性微生物細胞であって、ここで該第1および第2の必須遺伝子が同一である、産生性微生物細胞。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項にしたがう産生性微生物細胞であって、ここで該第1および第2の負荷感知性プロモーターが異なる、産生性微生物細胞。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項にしたがう産生性微生物細胞であって、ここで該第1および/または第2の必須遺伝子が非条件付き必須遺伝子である、産生性微生物細胞。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項にしたがう産生性微生物細胞であって、ここで該第1および/または第2の必須遺伝子が合成RBSに制御可能に連結されており、該合成RBSの配列が該第1および/または第2の負荷感知性プロモーターの誘導にそれぞれ非依存性である第1および/または第2の必須遺伝子の翻訳強度を変更するように選択される、産生性微生物細胞。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項にしたがう産生性微生物細胞であって、ここで該第1および第2の負荷感知性プロモーターが:
(i)リボソームRNAプロモーター、
(ii)oxyRまたはその相同体によって上方制御されるプロモーター、
(iii)HAC1またはその相同体によって上方制御されるUPR要素を含むプロモーター、および
(iv)DNA損傷感知性プロモーター、
から選択される、産生性微生物細胞。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか1項にしたがう産生性微生物細胞であって、ここで該細胞が、該第1および第2の負荷感知性プロモーターに、それぞれ制御可能に連結されている該第1および第2の必須遺伝子を欠如する産生親微生物細胞と比較して、単一細胞からの細胞分裂に関して少なくとも25世代、30世代、35世代、40世代、45世代、50世代、60世代、70世代、80世代、90世代、または100世代後の産物収量が増加していることを特徴とする、産生性微生物細胞。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか1項にしたがう産生性微生物細胞であって、ここで該細胞が、該第1および第2の負荷感知性プロモーターに、それぞれ制御可能に連結されている該第1および第2の必須遺伝子を欠如する産生親微生物細胞と比較して、単一細胞からの細胞分裂に関して少なくとも50世代後の産物収量が少なくとも10、25、50、または80%増加していることを特徴とする、産生性微生物細胞。
【請求項11】
産物生合成の方法であって、該方法が:
(i)請求項1~10のいずれか1項にしたがう少なくとも1つの産生性微生物細胞を提供する工程、
(ii)該産物の生産を目的として、該少なくとも1つの細胞を基質含有培養培地に導入する工程、
(iii)該産物を回収する工程、
を含む、方法。
【請求項12】
請求項11にしたがう方法であって、該産物を単離する工程および/または該産物を、栄養組成物、医薬組成物、美容用組成物、界面活性剤組成物、滑沢剤組成物、または燃料組成物などの組成物に製剤化する工程をさらに含む、方法。
【請求項13】
請求項11または12にしたがう産物生合成の方法であって、ここで該産物が:
有機酸、テルペノイド、イソプレノイド、ポリケチド、アルコール、糖、ビタミン、アルデヒド、カルボン酸、脂肪酸、アミノ酸、ペプチド、酵素(アミラーゼ、リパーゼ、プロテアーゼ、バルナーゼ、β-ガラクトシダーゼ、結晶蛋白質、クチナーゼ、ペターゼ、ラッカーゼおよび炭水化物に作用する酵素(キシラナーゼ、リケニナーゼ、セルラーゼ、溶解性多糖モノオキシゲナーゼ、およびペクターゼなど)など)、治療用蛋白質およびその前駆体(ヒト成長ホルモン、インスリン、グルカゴン様ペプチド1、モノクローナル抗体およびポリクローナル抗体、単一断片抗体およびナノボディなど)、卵に天然に存在する蛋白質(オボアルブミンなど)、乳汁蛋白質(カゼイン、ラクトアドヘリン、ラクトフェリンなど)、分泌成分として分泌される免疫グロブリンAおよび免疫グロブリンGから選択される、方法。
【請求項14】
単一細胞から少なくとも50世代後に発生する産生性微生物細胞培養集団の産物収量を向上させるための、第1および第2の負荷感知性プロモーターにそれぞれ制御可能に連結されている第1および第2の必須遺伝子の用途であって;
ここで該第1の負荷感知性プロモーターが該第1の必須遺伝子に対して異種であり;および該第2の負荷感知性プロモーターが該第2の必須遺伝子に対して異種であり;
ここで該産物の合成が、該細胞に負荷を課し;および
ここで該第1の負荷感知性プロモーターが誘導されていない場合の該第1の必須遺伝子の基底レベル発現と比較して、該負荷によって該第1の負荷感知性プロモーターが誘導された場合に、該第1の必須遺伝子の発現が上方制御され、および該第2の負荷感知性プロモーターが誘導されていない場合の該第2の必須遺伝子の基底レベル発現と比較して、該負荷によって該第2の負荷感知性プロモーターが誘導された場合に、該第2の必須遺伝子の発現が上方制御される、
用途。
【請求項15】
請求項14にしたがう、該第1および第2の負荷感知性プロモーターにそれぞれ制御可能に連結されている該第1および第2の必須遺伝子の用途であって、ここで該第1および第2の負荷感知性プロモーターにそれぞれ制御可能に連結されている該第1および第2の必須遺伝子を欠如する産生親微生物細胞と比較して、単一細胞からの細胞分裂に関して少なくとも50世代後の産物収量が少なくとも10%、25%、50%、または80%増大する、用途。
【請求項16】
請求項1~10のいずれか1項にしたがう産生性微生物細胞の用途であって;
有機酸類、テルペノイド類、イソプレノイド類、ポリケチド類、アルコール類、糖類、ビタミン類、アルデヒド類、カルボン酸、脂肪酸類、アミノ酸類、ペプチド類、酵素類(アミラーゼ、リパーゼ、プロテアーゼ、バルナーゼ、β-ガラクトシダーゼ、結晶蛋白質、クチナーゼ、ペターゼ、ラッカーゼおよび炭水化物に作用する酵素(キシラナーゼ、リケニナーゼ、セルラーゼ類、溶解性多糖モノオキシゲナーゼ、およびペクターゼなど)など)、治療用蛋白質およびその前駆体(ヒト成長ホルモン、インスリン、グルカゴン様ペプチド1、モノクローナル抗体およびポリクローナル抗体、単一断片抗体など)、卵に天然に存在する蛋白質(オボアルブミンなど)、乳汁蛋白質(カゼイン、ラクトアドヘリン類、ラクトフェリンなど)、分泌成分として分泌される免疫グロブリンAおよび免疫グロブリンG、ナノボディなどの生合成産物を生産する、用途。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、産物の合成のための産生性微生物細胞を提供するが、該細胞は負荷依存性遺伝子回路をさらに含み、該回路の発現が、非産生性/低産生性エスケープ細胞の増殖を制限しながら、産物を合成する該細胞に選択的な増殖および/または生存上の利点を付与する。
【背景技術】
【0002】
世界において増大する化学的生産シェアは、細胞工場として機能するように遺伝子操作され、所定の分子の生合成にあわせて特別に作成された微生物に依存している。これらの細胞工場を用いる生産プロセスは、典型的には少数の産生性生物細胞のスターター培養から開始し、大型発酵タンク(最大で1,000,000Lの容積)で増殖と細胞数拡大の期間を経る。一部の設定では、所定分子の生産は、増殖期およびその後の期間(バッチ培養および流加培養)の2段階期間で進められる;またあるいは、生産が連続的な場合もある。ケモスタット発酵槽によって、一定希釈の発酵ブロス中で産生性生物を増殖させるので、新鮮栄養培地を補充すると同時に産物および細胞を培養物から流し出す。工業規模では、清浄なタンクで新規培養を開始する前の1~2か月間、そのような生産プロセスの操作を継続することがある。この産業において用いる発酵プロセスおよび設備は、広範な汎用低分子の生産および治療用蛋白質の両方で非常に類似しているため、これらのプロセスは似たような問題が起こりがちである。その他の用途では、細胞を培養する環境において商業的に有利な非天然分子を産生するように微生物細胞を工学的に改変することもある。
【0003】
限りある代謝資源を所定の分子の生合成に割り振るように工学的に改変した細胞工場は、天然にはない負荷を課されることになり、通常はそれを反映して増殖が遅くなる。この負荷は、産物分子を合成できない(非産生性または低産生性)細胞が選ばれる選択圧となるので、その生産が(例えば、ケモスタットによる)長期間の場合に特にこれが問題となるのである。そのような非産生性細胞は栄養素と酸素を消費し、場所を占領するため、工業発酵では非常に望ましくないものである。低産生性および非産生性の細胞はより速く増殖するので、産生性細胞と比較して選択上は大幅に有利である。増殖細胞培養物では、そのような適応度改善は、経時的に産生性細胞を大幅に駆逐することにつながり得る。この最適産生状態からの偏位によって、結果的に、発酵ブロスを廃棄し、新たに産生性生物を発酵タンクに補充するための栄養素は言うまでもなく、クリーニング、滅菌に資源を浪費することになるのである。そのような非産生性細胞は、元々の産生性生物細胞が多数回増殖分裂することによって起こる遺伝子変異に由来するものである。
【0004】
産生性生物細胞において、生産実施中に細胞の産物生成を低下させる遺伝的変異および非遺伝的適応の発生は不可避であるため、生産における非産生性細胞の増殖を排除する、または遅らせる方法が必要である。好ましくは、そのような排除法は、観察される産生状態からの偏位を防ぎ、それによって工業発酵の耐用期間を延ばすために充分有効である。
【0005】
本発明は、産生性細胞工場を構成する細胞に存在する非産生性細胞の増殖を経時的に遅延させ、それによって細胞工場の生産性を改善するなどを目的とし、細胞工場において適応上有利な非産生性細胞をいかにして排除するかという問題に対処するものである。
【発明の概要】
【0006】
本発明の第1の局面では、産物を合成するように遺伝子操作した産生性微生物細胞を提供するが、ここで該細胞は、以下をさらに含む:
・ 第1の負荷感知性プロモーターに制御可能に連結された第1の必須遺伝子;および
・ 第2の負荷感知性プロモーターに制御可能に連結された第2の必須遺伝子;
ここで該第1の負荷感知性プロモーターが該第1の必須遺伝子に対して異種であり;および該第2の負荷感知性プロモーターが該第2の必須遺伝子に対して異種であり;
ここで該産物の合成が、該細胞に負荷および/または適応コストを課し;
およびここで該第1の負荷感知性プロモーターが誘導されていない場合の該必須遺伝子の基底レベル発現と比較して、該負荷および/または適応コストによって該第1の負荷感知性プロモーターが誘導された場合に該第1の必須遺伝子の発現が上方制御され、および該第2の負荷感知性プロモーターが誘導されていない場合の該第2の必須遺伝子の基底レベル発現と比較して、該負荷および/または適応コストによって該第2の負荷感知性プロモーターが誘導された場合に該第2の必須遺伝子の発現が上方制御される。
【0007】
本発明の第2の局面では、以下の工程を含む産物生合成の方法を提供する:
・ 本発明の少なくとも1種類の産生性微生物細胞を提供する工程;
・ 該産物の生産を目的として、少なくとも1つの細胞を基質含有培養培地に導入する工程;
・ 該産物を回収する工程。
【0008】
本発明の第3の局面では、それぞれ、単一細胞から発生した少なくとも50世代以降の産生性微生物細胞の培養細胞集団における産物収量を高めるための、第1および第2の負荷感知性プロモーターに制御可能に連結された第1および第2の必須遺伝子の用途を提供するが;
ここで該第1の負荷感知性プロモーターが該第1の必須遺伝子に対して異種であり;および該第2の負荷感知性プロモーターが該第2の必須遺伝子に対して異種であり;
ここで該産物の産生が該細胞に負荷を与え;およびここで該第1の負荷感知性プロモーターが誘導されていない場合の該第1の必須遺伝子の基底レベル発現と比較して、該負荷によって該第1の負荷感知性プロモーターが誘導された場合に該第1の必須遺伝子の発現が上方制御され、および該第2の負荷感知性プロモーターが誘導されていない場合の該第2の必須遺伝子の基底レベル発現と比較して、該負荷によって該第2の負荷感知性プロモーターが誘導された場合に該第2の必須遺伝子の発現が上方制御される。
【0009】
本発明の第4の局面では、生合成産物を産生する本発明の産生性微生物細胞の用途を提供する。
【0010】
本発明のさらなる一局面においては、産物を合成するように遺伝子操作した産生性微生物細胞を提供するが、ここで該細胞は以下をさらに含む:
・ 負荷感知性プロモーターに制御可能に連結された必須遺伝子;
ここで該負荷感知性プロモーターは、該必須遺伝子に対して異種である;
ここで該産物の合成が、該細胞に負荷および/または適応コストを課し;
ここで該負荷感知性プロモーターが誘導されない場合の該必須遺伝子の基底レベル発現と比較して、該負荷および/または適応コストによって該負荷感知性プロモーターが誘導される場合に該必須遺伝子の発現が上方制御され;およびここで該産生性微生物細胞は、バチルス属、コリネバクテリウム属、およびアスペルギルス属から選択される属に属する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】親株大腸菌BL21(DE3)の細胞(灰色の線)ならびにその親株をhGH-GFP産生性プラスミドpEG34で形質転換して得られた細胞(黒い線;pEG34)についての増殖(光学密度OD630nmで測定した)を経時的に示すグラフである。各株について4重で培養し、hGH-GFP発現誘導条件下で増殖を測定した;誤差棒は平均値の標準誤差を示す(n=4)。
図2】親株大腸菌BL21(DE3)の細胞(黒い線)ならびに(図に示されるように)親株に由来する非産生性負荷依存性大腸菌株s5.0#3、s7.0#8、およびs9.0#8の細胞(ここで必須遺伝子folP-glmMは、それぞれ、pyccV、pycjX、およびpmutMによって制御される)の増殖(光学密度OD630nmで測定した)を経時的に示すグラフである。測定した増殖速度は、4重で培養した培養物(n=4)の平均値に基づくものである。
図3】hGH-GFP産生性プラスミドpEG34(黒い線)または対照プラスミドpEG0(灰色の線)のいずれかを含む負荷依存性株s9.0#8の細胞の増殖(光学密度OD630nmで測定した)を経時的に示すグラフである。各株について4重で培養し、hGH-GFP発現誘導条件下で増殖を測定した;誤差棒は平均値の標準誤差を示す(n=4)。
図4】親株大腸菌BL21(DE3)の細胞(黒い線)、および(図に示されるように)hGH-GFP産生性プラスミドpEG34を含み発現する3種類の負荷依存性株s5.0#3、s7.0#8、およびs9.0#8の細胞の(光学密度OD630nmで測定した)経時的増殖を示すグラフである。hGH-GFP発現誘導条件下で測定した増殖速度は、4重で培養した培養物(n=4)の平均値に基づくものである。
図5】必須遺伝子folP-glmMの発現を指令する負荷感知性プロモーターのそれぞれ、および4種類の変異RBSコード配列のうちの1種類を含むhGH-GFP産生株s3.6(pibpA)、s6.6(pgrpE)、s7.6(pycjX)、およびs10.6(pybbN)の培養物の第1および第6培養継代(シード1および6)において測定したGFP/OD値(Y軸)のヒストグラムである。対照として、非負荷依存性大腸菌株BEG34および親株大腸菌BL21(DE3)であるBEG0の培養物を含む。hGH-GFP発現誘導条件下で増殖させた培養物に対して測定を実施する。誤差棒は平均値の標準誤差を示す(n=4)。
図6】必須遺伝子folP-glmMの発現を指令する負荷感知性プロモーターのそれぞれ、および4種類の変異RBSコード配列のうちの1種類を含むhGH-GFP産生株s3.6#2(pibpA)、s6.6#6(pgrpE)、s7.6#8(pycjX)、およびs10.6#7(pybbN)の培養物の逐次培養継代(シード1~12)後に測定したGFP/OD値(Y軸)のヒストグラムである。対照として、非負荷依存性大腸菌株BEG34および親株大腸菌BL21(DE3)の培養物を含む。hGH-GFP発現誘導条件下で増殖させた培養物に対して測定を実施する。誤差棒は平均値の標準誤差を示す(n=3)。
図7】非負荷依存性hGH-GFP産生性大腸菌株BEG34および親株大腸菌BL21-DE3(BEG0)と比較した負荷依存性hGH-GFP産生株s3.6#2、s6.6#6、s7.6#8およびs10.6#7の増殖速度の尺度としてのOD/分のヒストグラムである。それぞれの株の増殖速度は、シード0においてhGH-GFP発現誘導条件下で7回反復測定した培養物に基づくものである;誤差棒は平均値の標準誤差を示す(n=7)。
図8】hGH-GFP産生株の培養物の逐次継代(シード1、4~9)後に測定した値から空のプラスミド対照であるBEG0-empty株の測定値を差し引いたGFP/OD値(Y軸)を示すグラフである。(A)~(C)に示す株:(A)s7.6#8(pycjX)、(B)s13.6#2(pfsxA)、および(C)s13.6#2evo(pfsxA)は、それぞれが必須遺伝子folP-glmM(灰色の線)、および非負荷依存性hGH-GFP産生性大腸菌株BEG34(黒い線)の発現を指令するそれぞれの負荷感知性プロモーターを含む。hGH-GFP発現誘導条件下で増殖させた培養物に対して測定を実施する。誤差棒は平均値の標準誤差を示す(n=5)。
図9】hGH-GFP産生株の培養物の逐次継代(シード1、4~9)後に測定した値から空のプラスミド対照であるBEG0-empty株の測定値を差し引いたGFP/OD値(Y軸)を示すグラフである。(A)および(B)に示す株:(A)s15.6.7(prrnB)および(B)s16.6.6(prrnE)は、それぞれが必須遺伝子folP-glmM(灰色の線)、および非負荷依存性hGH-GFP産生性大腸菌株BEG34(黒い線)の発現を指令するそれぞれの負荷感知性プロモーターを含む。hGH-GFP発現誘導条件下で増殖させた培養物に対して測定を実施する。誤差棒は平均値の標準誤差を示す(n=5)。
図10】hGH-GFP産生株s29.6#3の培養物の逐次継代(シード2~5、および7)後に測定し、対応する空のプラスミド対照であるBEG0株の測定値を差し引いた相対hGH-GFP産生値(Y軸)を示すグラフである。s29.6#3株は、非負荷依存性hGH-GFP産生性大腸菌株BEG34(灰色の点)と比較して、必須遺伝子folP-glmM(黒い正方形)の発現を指令する浸透圧ストレス感知性プロモーターppoxBを含む。逐次継代の7代目を72時間後に分析した。hGH-GFP発現誘導条件下で増殖させた培養物に対して測定を実施する。誤差棒は平均値の標準誤差を示す(s29.6#3についてはn=5、およびBEG34についてはn=8)。
図11】必須遺伝子folP-glmMの発現を指令する負荷感知性プロモーターpgrpEおよび4種類の変異RBSコード配列のうちの1種類を含むリソスタフィン産生株s6.4#5の培養物の分泌リソスタフィン産生速度尺度として、非負荷依存性リソスタフィン産生性大腸菌株BENDU5camと比較した、大腸菌培養物のODで正規化した分当たりの黄色ブドウ球菌(S.aureus)の溶菌速度を示すヒストグラムである。逐次継代(シード1および7)後にリソスタフィン発現誘導条件下で増殖させた培養物について該速度を測定した。誤差棒は平均値の標準誤差を示す(n=3)。
図12】逐次継代(シード2、5および6)後に測定した負荷依存性メバロン酸産生株s19.1#1(pcspD)およびs9.14(pmutM)の培養物が合成するメバロン酸の力価(g/L)であって、非負荷依存性メバロン酸産生性親大腸菌株BL21(DE3)-pMevTと比較したメバロン酸力価を示すグラフである。負荷感知性プロモーターpcspDおよびpmutMはそれぞれ、必須遺伝子folP-glmMの発現を指令する4種類の変異RBSコード配列のうちの1種類と組み合わせている。MevT発現誘導条件下で増殖させた培養物について測定を行う。誤差棒は平均値の標準誤差を示す(n=3)。
図13】AOX1プロモーターの制御下でhSAをコードするALB1遺伝子に対応するcDNAのゲノム組込コピーならびにkanMX選択遺伝子に制御可能に連結されたPDI1プロモーターを含むピキア酵母(Pichia pastoris)株EGS31培養物のヒト血清アルブミン(hSA)産生力価を示すバープロットである。培養物は、(750mg/mLのG418で依存性を活性化させた)選択条件または(依存性の活性化されていない)非選択条件のいずれかで増殖させた。「依存性が活性化されていない」培養のhSA力価を100%とし、「依存性が活性化された」培養の力価をその割合(%)で示す。
図14図14AおよびB。AOX1プロモーターの制御下でhSAをコードするALB1遺伝子に対応するcDNAのゲノム組込コピーならびに負荷応答性プロモーターFPR2、またはRPL3またはRPL6Aに制御可能に融合されたkanMX選択遺伝子をそれぞれ含むピキア酵母(Pichia pastoris)株EGS31の負荷依存性バージョンの培養物におけるヒト血清アルブミン(hSA)産生力価を示すバープロットであるである。約30回の細胞分裂の期間([A]シード1)、またはさらに10回の細胞分裂後に([B]シード2)、(依存性の活性化されていない)非選択条件または(150または750mg/mLのG418のいずれかで依存性を活性化させた)選択条件下で、培養物を増殖させた。平均hSA力価は、シード1「EGS31」培養物における力価の割合(%)を表す。誤差棒は平均値の標準誤差を示す(n=4)。
図15】長期培養における負荷依存性EGS340と親EGS84のIgA-GFP産生の比較である。必須iscU遺伝子オペロン(sufC-sufD-sufS-sufU-sufB)の転写を制御するIgA産生性負荷感知性perRプロモーターを用いた、枯草菌において生産を持続させる負荷依存性の実証である。24時間毎に500倍希釈のシードを新しい培地に移し30℃で逐次継代する実験によるEGS340とEGS84の比較である。点は平均値であり、誤差棒は標準誤差を示す(n=7)。
図16】長期培養におけるEGS343とEGS84の比較である。必須accC遺伝子オペロン(accB-accC-yhqY)の転写を制御するperRプロモーターを用いた、枯草菌において生産を持続させる負荷依存性の実証である。24時間毎に500倍希釈のシードを新しい培地に移し30℃で逐次継代する実験によるEGS343とEGS84のIgA-GFP産生性の比較である。点は平均値であり、誤差棒は標準誤差を示す(n=7)。
図17】枯草菌において、異なる必須遺伝子を同時に制御し、それにより異種蛋白質生産を持続させる目的での複数の負荷センサーの利用である。おおよそ75世代に対応する逐次5継代(500倍希釈のシード)後のIgA-GFP産生株の比較である。単一負荷センサー株EGS340は、iscU必須遺伝子オペロン(EGS340)の転写を制御するpperRを基盤とする負荷センサーのみを含む。accC必須遺伝子オペロンの転写が、それぞれpctsRを基盤とする負荷センサー(EGS460)、pdnaKを基盤とする負荷センサー(EGS462)、およびphrcAを基盤とする負荷センサー(EGS466)によっても制御される派生株に対してEGS340を比較した。バーは平均値を示し、誤差棒は標準誤差を示す(n=4)。
図18】非負荷依存性対照株EGS084および二重負荷依存性派生株EGS466(iscU必須遺伝子オペロンを制御するpperRおよびaccC必須遺伝子オペロンを制御するphrcAを基盤とする)の細胞培養おおよそ75世代後において、IgA特異的ELISAで測定した相対IgA-GFPレベルの比較である。
図19】増殖速度を制御する必須遺伝子に対するTISバリエーションの利用である。YPDで増殖させた親株(EGS621)および必須遺伝子CIA1(EGS1100、EGS1101、EGS1102、EGS1104)のTIS配列にバリエーションを有する株の増殖に関する2回反復実験。これらのピキア株は、4種類のTIS配列の相対強度に相関する増殖を示した。
【発明を実施するための形態】
【0012】
略語、用語および定義
負荷は、産生条件下で産物を産生中の微生物細胞(産物を合成するように遺伝子操作した細胞など)の細胞状態であって、特に、高レベルの効率的な産物の合成を示す細胞において、該産物の合成による適応コスト生じさせる細胞状態を指す。適応コストは、該負荷の定量可能な尺度であるが、これは、産物を合成できない親微生物細胞と比較して、同様の産生条件下で増殖させた場合に、産生条件下で産物の合成中に該細胞の最大対数増殖期増殖速度(増殖曲線にしたがって測定される)の減少割合(%)を測定することによって定量可能である。
【0013】
負荷感知性プロモーターは、該「負荷」によって誘導されるプロモーターを指すが、該負荷感知性プロモーターが誘導された場合に、目的産物を本質的に全く合成しないか、あるいは該産生性細胞よりも合成が少なくとも50%少ない該産生性微生物細胞の変異性誘導体と比較して、産生条件下で培養した産生性微生物細胞においては、該プロモーターに制御可能に連結された遺伝子の発現を上方制御可能である。そのような変異性誘導体としては、該産生細胞に由来する細胞の集団の長期培養後に単離される非産生性エスケープ変異体が挙げられる。負荷感知性プロモーターの非限定的な例(詳細については表2を参照のこと)としては:
大腸菌遺伝子htpG、ibpA、clpB、yccV、grpE、ycjX、ldhA、mutM、ybbN、prlC、groES、fxsA、htpX、rrnB、rrnE、cspD、katE、xthA、uspE、gadB、ahpC、katG、grxA、oxyS、poxB、trxC、およびその他のグラム陽性細菌およびグラム陰性細菌における上記の相同体のプロモーターが挙げられる;
サッカロマイセス・セレヴィシエの負荷感知性プロモーターの非限定的例としては、遺伝子KAR2、PDI1、SAA1、FPR2、RPL3、RPL6A、RPL28、OGG1、RAD51、RAD54のプロモーターが挙げられる;
枯草菌(Bacillus)の負荷感知性プロモーターの非限定的例としては、遺伝子groES、ctsR、dnaK、perR、hrcA、spx、sigB、yflTおよびそれらの相同体遺伝子のプロモーターが挙げられる;
コリネバクテリウムの負荷感知性プロモーターの非限定的例としては、遺伝子groES、kata、cplX、mutMおよびそれらの相同体遺伝子のプロモーターが挙げられる;
アスペルギルス(Aspergillus)の負荷感知性プロモーターの非限定的例としては、遺伝子bipA、clxAおよびそれらの相同体遺伝子のプロモーターが挙げられる。負荷感知性プロモーターは、負荷に対する応答を維持する限り、そのような天然のプロモーターのハイブリッド型、スクランブル型または短縮型であってもよい。
【0014】
負荷依存性微生物細胞は、該細胞の必須遺伝子に「制御可能に連結された」少なくとも1つの「負荷感知性プロモーター」を含む遺伝子回路を含むように工学的に改変した微生物細胞を指す。好ましくは、該細胞は、2種類の必須遺伝子、すなわち、第1の負荷感知性プロモーターに制御可能に連結された第1の必須遺伝子、およびに第2の負荷感知性プロモーター制御可能に連結された第2の必須遺伝子を含む遺伝子回路を有するが、ここで該第1の負荷感知性プロモーターは該第1の必須遺伝子に対して異種であり;および該第2の負荷感知性プロモーターは該第2の必須遺伝子に対して異種である。
【0015】
負荷依存性産生性微生物細胞は、所望の産物を合成するように遺伝子操作した微生物細胞を指すが、ここで該細胞は、上記で定義するような、該細胞の「必須遺伝子」に「制御可能に連結された」該少なくとも1種類、好ましくは2種類の「負荷感知性プロモーター」を含む遺伝子回路を含むようにさらに遺伝子操作されている。該所望の産物は、該工学的に改変した微生物細胞において核酸分子にコードされる蛋白質、または該細胞が発現する1種類以上の核酸分子によってコードされる異種経路の産物であってもよい。
【0016】
非負荷依存性産生性微生物細胞は、該負荷依存性産生性微生物細胞の[親」細胞であると見なされる。産物をコードする、または該産物の生合成代謝経路をコードする1種類以上の遺伝子を含み発現するが、本発明において開示されるような、必須遺伝子に制御可能に連結された該少なくとも1種類、好ましくは2種類の負荷感知性プロモーターを含む遺伝子回路を欠如する産生性微生物細胞である。それぞれがその天然のプロモーターに制御可能に連結されている、この非負荷依存性産生性微生物細胞中の該少なくとも1種類、好ましくは2種類の必須遺伝子。
【0017】
本発明の所望の産物としては、遺伝子操作産生性微生物細胞によって合成された場合に、該産生細胞に適応コスト(負荷)を課す産物が挙げられるが、これのみに限定されるものではない。そのような産物の非限定的な例としては、有機酸、テルペノイド、イソプレノイド、ポリケチド、アルコール、糖、ビタミン、アルデヒド、カルボン酸、脂肪酸、アミノ酸、ペプチド、酵素、治療用蛋白質およびその前駆体(ヒト成長ホルモン、インスリン、グルカゴン様ペプチド1、モノクローナルまたはポリクローナル抗体、単一断片抗体、およびナノボディなど)が挙げられる。例として、卵に天然に存在する蛋白質(オボアルブミンなど)、または乳汁に天然に存在する蛋白質(カゼイン、ラクトアドヘリン、α-ラクトフェリンなど)、分泌成分として分泌される免疫グロブリンAおよび免疫グロブリンGがさらに挙げられる。酵素の例としては、アミラーゼ、リパーゼ、プロテアーゼ、バルナーゼ、β-ガラクトシダーゼ、結晶蛋白質、クチナーゼ、ペターゼ、およびラッカーゼ、ならびに炭水化物に作用する酵素(キシラナーゼ、リケニナーゼ、セルラーゼ、溶解性多糖モノオキシゲナーゼ、およびペクターゼなど)が挙げられる。
【0018】
必須遺伝子(または必須遺伝子オペロン)は、下方制御された場合に、該産生条件下で産生性微生物細胞に増殖速度低下を起こさせる、産生性微生物細胞中の遺伝子を指す。好ましくは、これらの産生条件の栄養素組成とは無関係に、必須遺伝子は増殖に必須であり、細胞増殖を支持するそのような必須遺伝子の充分な発現は、該産生条件下で提供される特異的な阻害剤または栄養素の有無に依存することがないのである。標準的な実験室条件下における大腸菌の必須遺伝子の非限定的な例としては、folP-glmM、glmM、murI、asd、thyA、rpoD、nusG、rpsU、accD、degS、fldA、ftsN、hflB、lolA、mraY、mreD、murA、murB、murF、nadD、rplV、rpsGおよびそれらの相同体が挙げられる。枯草菌についての非限定的な例としては、iscUオペロン(sufC-sufD-sufS-sufU-sufB)、accCオペロン(accB-accC-yhqY)、glmM、ylaN、infA、dapAおよびそれらの相同体が挙げられる。サッカロマイセスについての非限定的な例としては、FOL1、MED7、RRP40、NOP8、PGI1、NEP1、URA3、LEU2、TRP1、HIS3およびそれらの相同体が挙げられる。アスペルギルスについての非限定的な例としては、ARG3、adeAおよびそれらの相同体が挙げられる。コリネバクテリウムについての非限定的な例としては、alr、glmM、およびそれらの相同体が挙げられる(例えば、好適な遺伝子は、細胞壁の構成成分を合成する酵素をコードする)。さらに、本発明に関して用いられる必須遺伝子は、好ましくは、産生株が発現する所望の産物をコードせず、また該産生株が発現する異種経路における所望の産物またはその中間体の合成を促進する蛋白質もコードしない。
【0019】
条件付き必須遺伝子は、抗生物質の添加や栄養素の除去などの必須条件下で該細胞を培養することにより、産生性微生物細胞の負荷依存性システムを[活性化」可能にするものである。
【0020】
必須遺伝子の基底発現レベルは、負荷依存性産生性微生物細胞において「負荷感知性プロモーター」が非誘導状態の、「負荷感知性プロモーター」に制御可能に連結された(上記で定義されるような)各「必須遺伝子」の転写レベルである。該必須遺伝子に制御可能に連結された負荷感知性プロモーターは、該プロモーターが該必須遺伝子の天然プロモーターではなく(該プロモーターが同一ゲノム内に存在するような場合であっても)、したがって本来、該必須遺伝子に制御可能に連結されているものではないという意味において、該必須遺伝子に関して異種なのである。必須遺伝子の基底(すなわち、非誘導状態)レベルの発現は、各必須遺伝子がその天然プロモーターに制御可能に連結されている対応する細胞の増殖速度に等しいレベル、またはその10%未満、20%未満、50%未満、90%未満または95%未満のレベルであり、産生条件下において(または対数増殖期において)細胞の増殖を支持するのに充分なレベルである。負荷感知性プロモーターが非活性化状態のそれらの細胞において、必須遺伝子の基底レベル発現による増殖速度低下は、非産生性細胞(例えば、産物産生中に発生する非産生性変異体)にとって選択的な不利益を構成する。
【0021】
適応コストは、同様の産生条件下で増殖させた場合に、(i)該産生性微生物細胞が由来する親微生物細胞であって、該産物または該産物の生合成に関する代謝経路をコードする遺伝子の発現を欠く、あるいは発現不能である、のいずれかである親微生物細胞(またはその細胞培養物)の最大対数増殖期増殖速度(あるいは、(ii)該非負荷依存性産生性微生物細胞に由来するエスケープ細胞であって、該非負荷依存性産生性微生物細胞と比較して、該産物の50%未満しか産生しないエスケープ細胞の最大対数増殖期増殖速度)に対して、非負荷依存性産生性微生物細胞またはその細胞培養物(すなわち、少なくとも1種類、好ましくは2種類の必須遺伝子に制御可能に連結された負荷感知性プロモーターを欠如するが、産物をコードする、または該産物の生合成に関する代謝経路をコードする1種類以上の遺伝子を含み発現する)の最大対数増殖期増殖速度(増殖曲線にしたがって測定される)を比較することによって定量される。それぞれの細胞またはその細胞培養物の最大対数増殖期増殖速度は、該産物を産生させるためにそれぞれの細胞またはその細胞培養物を基質含有培養培地に投入した後の産生開始時に測定される。
【0022】
産生条件は、生産に用いる特定の培養条件を指し、該産生性微生物細胞による所望産物の生産のための培地および/または他の培養条件(例えば、温度、pH、撹拌、通気など)に関するものであり得る。
【0023】
リボソーム結合部位(RBS)、翻訳開始領域、または翻訳強度要素は、特定メッセンジャーRNAの翻訳強度を調節する5′非翻訳領域の遺伝子領域を指す。
【0024】
[I]負荷依存性産生性微生物細胞
本発明の第1の局面では、産物を合成するように遺伝子操作した産生性微生物細胞を提供するが、ここで該細胞は以下の(a)をさらに含む:
(a)負荷感知性プロモーターに制御可能に連結された必須遺伝子;
ここで該プロモーターは、該必須遺伝子に関して異種であり;
ここで該産物の産生は該細胞に負荷および/または適応コストを課し;
およびここで該負荷感知性プロモーターが誘導されない場合の該必須遺伝子の基底レベル発現と比較して、該負荷および/または適応コストにより該負荷感知性プロモーターが誘導された場合に、該必須遺伝子の発現が上方制御される。
本発明のさらなる一局面においては、産物を合成するように遺伝子操作した産生性微生物細胞は以下の(a)および(b)を含む:
(a)第1の負荷感知性プロモーターに制御可能に連結された第1の必須遺伝子;
および
(b)第2の負荷感知性プロモーターに制御可能に連結された第2の必須遺伝子;
ここで該第1の負荷感知性プロモーターは、該第1の必須遺伝子に関して異種であり、該第2の負荷感知性プロモーターは、該第2の必須遺伝子に関して異種であり;
ここで該産物の合成は、該細胞に負荷を課し;
および
ここで該第1の負荷感知性プロモーターが誘導されない場合の該第1の必須遺伝子の基底レベル発現と比較して、該負荷によって該第1の負荷感知性プロモーターが誘導された場合に、該第1の必須遺伝子の発現が上方制御され;
および
該第2の負荷感知性プロモーターが誘導されない場合の該第2の必須遺伝子の基底レベル発現と比較して、該負荷によって該第2の負荷感知性プロモーターが誘導された場合に、該第2の必須遺伝子の発現が上方制御される。
【0025】
一実施態様においては、該第1および第2の必須遺伝子は異なるものである。別の一実施態様においては、該第1および第2の必須遺伝子は同一である。特定の一実施態様においては、該第1および第2の必須遺伝子は同一であるが、該第1および第2の負荷感知性プロモーターは異なるものである。
【0026】
一実施態様においては、該第1および第2の負荷感知性プロモーターは異なるものである。別の一実施態様においては、第1および第2の負荷感知性プロモーターは同一である。特定の一実施態様においては、第1および第2の負荷感知性プロモーターは同一であるが、該第1および第2の必須遺伝子は異なるものである。
【0027】
一実施態様においては、該産生性微生物細胞は、負荷感知性プロモーターにそれぞれ制御可能に連結される3種類以上の必須遺伝子を含む。一実施態様においては、本発明は、産物を合成するように遺伝子操作した産生性微生物細胞を提供するが、該微生物細胞は該細胞内で必須遺伝子を制御する2種類、3種類、4種類、5種類、または6種類以上の負荷感知性プロモーターを含む。
【0028】
一実施態様においては、該微生物細胞は、負荷感知性プロモーターにそれぞれ制御可能に連結された3種類の必須遺伝子を含む。一実施態様においては、該微生物細胞は、負荷感知性プロモーターにそれぞれ制御可能に連結された4種類の必須遺伝子を含む。一実施態様においては、全負荷感知性プロモーターが異なるものである。別の一実施態様においては、該負荷感知性プロモーターの一部が同一であるが、それらは異なる必須遺伝子に連結されている。一実施態様においては、全必須遺伝子が異なるものである。別の一実施態様においては、必須遺伝子の一部が同一であるが、それらは異なる負荷感知性プロモーターに連結されている。
【0029】
産物を合成するように遺伝子操作した産生性微生物細胞は、該産物をコードする、または該産物の合成に関する代謝経路をコードする1種類以上の遺伝子を含む細胞であり、ここで任意選択的に該1種類以上の遺伝子は、構成的プロモーターまたは誘導性プロモーターに制御可能に連結されるのであってもよい。一実施態様においては、該産物をコードする、または該産物の合成に関する代謝経路をコードする1種類以上の遺伝子は組換え体であってもよい。
【0030】
一実施態様においては、本発明の産生性微生物細胞に課される該負荷および/または適応コストは、それぞれの細胞を本質的に同一産生条件下で培養した場合に、該産物をコードする、または該産物の合成に関する代謝経路をコードする遺伝子の発現を欠如する、または発現不能である親微生物細胞であって、該産生性微生物細胞が由来する親微生物細胞の最大対数増殖期増殖速度に対して、該産物をコードする、または該産物の合成に関する代謝経路をコードする1種類以上の遺伝子を含む(ただし、該少なくとも1種類、好ましくは2種類の必須遺伝子に制御可能に連結された負荷感知性プロモーターを欠如する)産生性微生物細胞の最大対数増殖期増殖速度と比較することによって定量される。該産生性微生物細胞に課される負荷および/または適応コストは、好ましくは、≧5%、≧10%、≧15%、≧20%、≧25%、≧35%、および≧45%から選択される定量した最大対数増殖期増殖速度の減少割合(%)に対応する。
【0031】
本発明の負荷依存性産生性微生物細胞は、細菌、酵母、および糸状菌などの任意の原核微生物または真核微生物であってもよい。
【0032】
一実施態様においては、本発明の産生性微生物細胞は原核生物である。好適な細菌の非網羅的リストとして以下のものが挙げられる:
エスケリキア属、乳酸桿菌属、乳酸連鎖球菌属、コリネバクテリウム属、バチルス属、アセトバクター属、アシネトバクター属、シュードモナス菌属;プロピオニバクテリウム属、バクテロイデス属およびビフィドバクテリウム属から選択される属に属する生物種。
【0033】
好ましい一実施態様においては、本発明は、産物を合成するように遺伝子操作した産生性微生物細胞を提供するが、ここで該細胞は、負荷感知性プロモーターに制御可能に連結された必須遺伝子を含み;ここで該産生性微生物細胞はバチルス属に属する。別の一実施態様においては、本発明の産生性微生物細胞は酵母または真菌などの真核生物である。特定の実施態様においては、該真核生物はサッカロマイセス属、コマガタエラ属またはアスペルギルス属に属する生物であり得る。
【0034】
好適な酵母の非網羅的リストとしては、以下のようなものが挙げられる:
サッカロマイセス属に属する酵母、例えば、S.cerevisiae、S.kluyveri、S.bayanus、S.exiguus、S.sevazzi、S.uvarum;
クルイベロマイセス属に属する酵母、例えば、K.lactis、K.marxianus var.marxianus、K.thermotolerans;
カンジダ属に属する酵母、例えば、C.utilis、C.tropicalis、C.albicans、C.lipolyticA、C.versatilis;
ピキア属に属する酵母、例えば、P.stipidis、P.pastoris、P.sorbitophila;
または
その他の酵母属、例えば、クリプトコッカス属、デバリオマイセス属、ハンセヌラ属、ヤロウィア属、ザイゴサッカロマイセス属またはシゾサッカロマイセス属に属する酵母。
【0035】
好適な糸状菌の非網羅的なリストとしては、以下のようなものが挙げられる:
ペニシリウム属、リゾプス属、フザリウム属、フシジウム属、ジベレラ属、ムコール属、モルティエレラ属、トリコデルマ属、サーモマイセス属、ストレプトマイセス属、およびアスペルギルス属に属する糸状菌。より具体的には、該糸状菌は、Fusarium oxysporum、A.niger、A.awamori、A.oryzae、およびA.nidulansから選択されるのであってもよい。
【0036】
本発明の産生性微生物細胞によって合成される産物は、増殖速度の低下に反映される該細胞への負荷および適応コストを負うものであり、そのような産物としては、アミノ酸類、有機酸類、テルペノイド類、イソプレノイド類、ポリケチド類、アルコール類、糖類、ビタミン類、アルデヒド類、カルボン酸、脂肪酸類、ペプチド類、酵素類、治療用蛋白質およびその前駆体(ヒト成長ホルモン、インスリン、グルカゴン様ペプチド1、モノクローナルおよびポリクローナル抗体、単一断片抗体およびナノボディなど)が挙げられる。さらなる例としては、卵に天然に存在する蛋白質(オボアルブミンなど)、または乳汁に天然に存在する蛋白質(カゼイン、ラクトアドヘリン類、α-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリン、オステオポンチン、ラクトフェリン、分泌成分として分泌される免疫グロブリンAおよび免疫グロブリンG)が挙げられる。酵素のさらなる例としては、アミラーゼ、リパーゼ、プロテアーゼ、バルナーゼ、β-ガラクトシダーゼ、結晶蛋白質、クチナーゼ、ペターゼ、およびラッカーゼ、ならびに炭水化物に作用する酵素(キシラナーゼ、リケニナーゼ、セルラーゼ類、溶解性多糖モノオキシゲナーゼ、およびペクターゼなど)が挙げられる。一実施態様においては、該産物は、本発明の産生性微生物細胞にとっては天然産物ではないので、該産生性微生物細胞が由来する親細胞はこの産物を産生しない。一実施態様においては、該産物をコードする、または該産物の合成に関する代謝経路をコードする該1種類以上の遺伝子は、本発明の産生性微生物細胞に関して異種であり、ここで該1種類以上の遺伝子は導入遺伝子であってもよい。
【0037】
[II]本発明の産生性微生物細胞の特徴
(II.i)適応コスト - 産生負荷
微生物細胞における、所望の産物の異種発現または所望の産物に至る経路の異種発現は、該細胞に負荷を与える。負荷はまた、例えば、突然変異誘発後に選択される微生物株の細胞において、天然産物の過剰産生によっても起こり得るものである。該負荷は、細胞の増殖をより緩徐にする適応コストと説明することもできる(実施例1;図1)。これは、一般的および/または産物特異的な代謝毒性、潜在的に有限の細胞資源および代謝産物の利用増加および/または枯渇が原因となることもあるが、微生物細胞は産生条件下で本発明の産物を生合成中にこれらを経験するのである。特に工業規模の発酵では、適応コストとより緩徐な増殖の組み合わせによって、発酵槽内の細胞集団に選択圧がかかり、遺伝的変異または非遺伝的変化で生じた非産生性細胞の蓄積によって経時的な産物収量低下を引き起こす(実施例2、図6のBEG34)。
【0038】
本発明において、産生性微生物細胞における、産物をコードする、または産物の生合成に関する代謝経路をコードする1種類以上の遺伝子の存在および発現は、適応コスト(負荷)を課すものである。
【0039】
産生性微生物細胞における産物産生の適応コストは、非負荷依存性産生性微生物細胞の増殖速度(すなわち、該必須遺伝子に制御可能に連結された少なくとも1種類、好ましくは2種類の負荷感知性プロモーターを欠如するが、該産物をコードする、または該産物の生合成に関する代謝経路をコードする1種類以上の遺伝子を含み発現する)を(i)または(ii)の細胞の増殖速度と比較することによって定量される:
(i)非負荷依存性産生性微生物細胞が由来する親微生物細胞であって、ここで該親微生物細胞が該産物をコードする遺伝子または該産物の生合成に関する代謝経路をコードする遺伝子を欠如する親微生物細胞;
または
(ii)非負荷依存性産生性微生物細胞に由来するエスケープ細胞であって、ここで該エスケープ細胞が、該非負荷依存性産生性微生物細胞と比較して、該産物の50%未満を産生するエスケープ細胞。該産生性微生物細胞における負荷および/または適応コストは、好ましくは、≧5%、≧10%、≧15%、≧20%、≧25%、≧35%、および≧45%、より好ましくは少なくとも5%から選択される、定量された増殖速度の低下割合(%)に対応する。
【0040】
好ましくは、相対増殖速度の定量は、本質的に同一条件下で培養したそれぞれの微生物細胞について最大対数増殖期増殖速度を測定することにより実施するが、これらの条件は、最終的に実施する大規模発酵の条件を厳密に模倣するように選択される。「増殖速度」という用語を用いる場合には、いずれも特異的増殖速度という用語を指している。
【0041】
(II.ii)必須遺伝子
本発明の産生性微生物細胞は、それぞれ発現することが細胞の増殖および/または生存にとって必要な少なくとも1種類、好ましくは2種類の蛋白質をコードする、少なくとも1種類、好ましくは2種類の必須遺伝子を含む。
【0042】
一実施態様においては、該産生性微生物細胞は、第1および第2の蛋白質(ここで該第1および第2の蛋白質は同一であってもよく、また異なるものであってもよい)をコードする第1および第2の必須遺伝子を含むが、ここで該第1および該第2の蛋白質の両方の発現がそれぞれ、細胞の増殖および/または生存にとって必要である。
【0043】
好ましくは、該少なくとも1種類、好ましくは2種類の必須遺伝子、およびその発現は、産生細胞による該所望の産物の産生低下を間接的に引き起こすものではない。さらに、本発明に関して用いる該必須遺伝子は、産生性微生物細胞において発現させる異種経路の所望の産物または中間体をコードするものではなく、またそれらの合成を引き起こすものでもない。
【0044】
該少なくとも1種類、好ましくは2種類の必須遺伝子は、好ましくは、該細胞を培養する増殖培地または増殖条件の組成にかかわらず、該遺伝子の発現が細胞の増殖および/または生存に必須の非条件付き必須遺伝子である。
【0045】
本発明の一実施態様においては、該産生細胞が大腸菌などの原核生物である場合には、該少なくとも1種類、好ましくは2種類の非条件付き必須遺伝子は、folP-glmM、glmM、murI、asd、thyA、usA、rpoD、nusG、rpsU、accD、degS、fldA、ftsN、hflB、lolA、mraY、mreD、murA、murB、murF、nadD、rplVおよびrpsGおよびそれらの相同体から選択される。
【0046】
本発明のさらなる一実施態様においては、該産生細胞が、枯草菌株などの原核生物である場合には、該少なくとも1種類、好ましくは2種類の非条件付き必須遺伝子は、iscUオペロン、accCオペロン、glmM、ylaN、infA、およびdapAおよびそれらの相同体から選択される。
【0047】
本発明の一実施態様においては、該産生細胞が、コリネバクテリウム株などの原核生物である場合には、該少なくとも1種類、好ましくは2種類の非条件付き必須遺伝子は、alr、glmMおよびそれらの相同体から選択される。
【0048】
本発明の一実施態様においては、該産生細胞が真核生物である場合には、非条件付き必須遺伝子は、サッカロマイセス・セレヴィシエのFOL1、MED7、RRP40、NOP8、PGI1、NEP1およびそれらの相同体から選択される。また、条件付き必須遺伝子は、サッカロマイセス・セレヴィシエのURA3、LEU2、TRP1、HIS3およびそれらの相同体から選択される。
【0049】
本発明の一実施態様においては、該産生細胞がアスペルギルスなどの糸状菌の場合には、該必須遺伝子は、ARG3、adeA、ERG10、PFS2およびTUB1およびそれらの相同体から選択される。
【0050】
本発明の一実施態様においては、該少なくとも1種類、好ましくは2種類の必須遺伝子は、栄養要求性増殖に必要な産物の合成、または抗生物質、特異的な毒素、プロ毒素などの増殖阻害物質に対する耐性に必要な蛋白質産物の合成を引き起こす条件付き必須遺伝子である。
【0051】
該少なくとも1種類、好ましくは2種類の必須遺伝子が条件付き必須である場合には、特定栄養素を含まない、あるいは増殖阻害剤を添加した増殖培地を用いるなどによって、産生細胞の増殖培地/増殖条件の組成(構成)を調整する必要がある。
【0052】
さらなる一実施態様においては、該産生細胞は、非条件付き必須遺伝子および条件付き必須遺伝子の組み合わせを含むのであってもよい。
【0053】
【表1】
【0054】
遺伝子の不可欠性は、それぞれの遺伝子がノックアウトされた細胞を作成することによって判定可能であるが、ここで非条件付き遺伝子ノックアウトは、増殖条件にかかわらず細胞生存率ゼロあるいは増殖不能をもたらす;他方、条件付き遺伝子ノックアウトは、培地組成/培養条件に依存して増殖不能あるいは細胞生存率ゼロをもたらす。
【0055】
好適な必須遺伝子は、アッセイする必須遺伝子の天然プロモーターを誘導可能プロモーター(L-アラビノース誘導性pBAD(大腸菌の場合)、キシロース誘導性pXYL(枯草菌またはバチルス・リケニフォルミスの場合)またはガラクトース誘導性pGAL(サッカロマイセス・セレヴィシエまたはピキア・パストリスの場合)、またはplac(大腸菌またはラクトバチルスの場合)またはpthiA(アスペルギルスの場合)など)と交換する試験アッセイを実施することによって同定することができる。そのような必須遺伝子アッセイにおいては、該誘導可能プロモーターを含む組込みDNA構築物は、標準的な方法を用いて宿主微生物細胞の染色体へ組込む。原核生物の場合には、該組込みDNAは、好ましくは、異なる速度で該必須遺伝子を翻訳する指令となるRBSカタログ(例えば、表3)を含むが、そのような異なる速度の翻訳指令は、異なるプロモーターの異なるベースライン発現レベル、ならびに必須遺伝子が対応する野生型特異的増殖速度での増殖を支持するために必要な異なるベースラインの発現レベルを構成するものである。組込みDNAの標的組込み後に、許容条件(温度または誘導物質濃度:>0.9%L-アラビノース、>0.8%キシロース、>1%IPTG、>2%ガラクトース)で添加を行ったプレートに、組込み細胞をプレートに播種する。次いで、誘導因子条件に対する細胞の合成上の依存性について細胞を、標準的な増殖曲線アッセイで試験し、好適な必須遺伝子を誘導因子依存性増殖速度が同定可能な遺伝子として同定することができる。誘導因子依存性増殖は、誘導条件の非存在下で5%超の増殖速度低下として観察され得る。好適な必須遺伝子は、産生関連培地中で最適誘導因子条件下における対数増殖期特異的増殖速度を5%未満低下させるという特徴を有する。
【0056】
必須遺伝子の同定方法については、「遺伝子の不可欠性:方法とプロトコル」、2015年1月[DOI 10.1007/978-1-4939-2398-4]に詳細な説明がある;当業者であれば、この方法によって、ある遺伝子が特定増殖条件下で微生物細胞増殖に必須か否かを判定することができる;また、上記の方法は、主にスクリーニングトランスポゾンタグ付加ライブラリーによってカンピロバクター・ジェジュニ;ストレプトコッカス・サングイニス;ポルフィロモナス・ジンジバリス;大腸菌;レプトスピラ;結核菌;緑膿菌;およびカンジダ・アルビカンスの必須遺伝子をマッピングおよび同定する方法を含む。さらに、上記の文書に記載される各種の「計算機ツール」によって、微生物全ゲノム配列および公知の多くの必須遺伝子の構造的特徴が広範に利用可能となり、当業者であれば、微生物ゲノムにおいて必須蛋白質をコードする遺伝子の直接的な予測および同定が容易に可能となるのである。したがって、必須遺伝子のデータベース、ならびに微生物細胞のゲノム中に存在する多数の必須遺伝子を、過度の負担なしに良好かつ再現性よく同定する、自由に利用可能な各種のオンラインツールおよびアルゴリズムの両方が、当業者に提供されるのである。出芽酵母(サッカロマイセス・セレヴィシエ)の必須遺伝子の82%は、別の生物の蛋白質に類似する必須蛋白質をコードし[Giaever Gら、2002]、このことは、1種類の微生物(例えば、酵母)において公知または同定された最も必須の遺伝子については、他の微生物にもその相同体が存在するので、目的微生物においても単純BLAST検索により同定可能であることを示唆することに留意されたい。
【0057】
(II.iii)負荷感知性プロモーター
上記のように、本発明の産生性微生物細胞はそれぞれ、細胞の増殖および/または生存に必要な少なくとも1種類、好ましくは2種類の蛋白質をコードする少なくとも1種類、好ましくは2種類の必須遺伝子に制御可能に連結された少なくとも1種類、好ましくは2種類の負荷感知性プロモーターを含む。負荷感知性プロモーターは、産物の産生または過剰産生による負荷および/または適応コストを課される産生性微生物細胞において、誘導されるものである。典型的には、微生物細胞による産物の産生の結果として細胞増殖速度の低下が起こり、それが産生の適応コストによるものであった場合に、負荷感知性プロモーターの誘導が起こるのである。重要なのは、本発明の該少なくとも1種類、好ましくは2種類の負荷感知性プロモーターの誘導が、産物自体によってではなく、産物の産生によって産生細胞が「負荷状態」になることで起こるということである。産生性微生物細胞の生産性増大を目的とした、該少なくとも1種類、好ましくは2種類の負荷感知性プロモーターおよび必須遺伝子の利用は、工学的に生産する該産物にはほとんど非依存性であるため、本発明によって課される負荷依存性は、広範な産生性微生物細胞利用を後押しするものである。
【0058】
該必須遺伝子が負荷感知性プロモーターに制御可能に連結されているので、該負荷感知性プロモーターを誘導した場合にのみ、その転写および発現のレベルが基底レベルを超えて増加するのである。好適な負荷感知性プロモーターは、非誘導状態の場合に、細胞の増殖および/または生存をかなり制限するまたは抑える該制御可能に連結された必須遺伝子の発現を基底レベルにするプロモーターである。必須遺伝子の基底レベル発現は、産生条件下(または対数増殖期)での細胞の増殖を支えるのに充分なレベルであって、該必須遺伝子がその天然のプロモーターに制御可能に連結されている対応する細胞の増殖速度に等しいレベルまたはその10%未満、20%未満、50%未満、90%未満、または95%未満のレベルである。負荷依存性細胞において、効率的産物合成の負荷による該負荷感知性プロモーター活性化が起こらず、その結果として増殖速度が低下することが、産物合成非存在下での選択上の不利を構成する場合には、必須遺伝子発現が上記のような基底レベルとなるのである。
【0059】
非誘導状態の負荷感知性プロモーターを含む細胞は、該必須遺伝子がその天然のプロモーターに制御可能に連結されている細胞よりもかなり遅く増殖するであろう(実施例1、図2)。対照的に、必須遺伝子に連結された負荷感知性プロモーターを含む産生性微生物細胞は、該産物を産生しない細胞と比較して、細胞が所望の産物を合成する場合に、増殖速度の大幅な増加を示す(実施例1、図3)。さらに、本発明の産生性微生物細胞は、産物を産生する固有の負荷にもかかわらず意外なことに、該産生性微生物細胞の由来する親微生物細胞であって、該産物または該産物の生合成に関する代謝経路をコードする遺伝子を欠如する親微生物細胞の増殖速度と変わらない初期増殖速度を達成し得る(実施例1、図4)。したがって、産生条件下では、本発明の産生性微生物細胞は、該産生性細胞のエスケープバリアントであって、該産物の合成を停止しそのためエスケープ速度の低下しているエスケープバリアントを上回る選択上の利点を有することになる。
【0060】
所望の産物の生産を増加させ、産生細胞が生産的である期間をさらに延長する目的で、2種類以上の負荷感知性プロモーターを好適に利用して、有益な細胞バリアントの増殖を促進するのであってもよい。産生性細胞を依存性にするために、2種類上の異なる負荷感知性プロモーターを用いることによって、同一の祖先開始細胞から経時的に発生し得る生産性のより低い(遺伝的/非遺伝的)細胞バリアントから、高生産性細胞バリアントをより一意的に差異化させることができる。例えば、環境因子(例えば、産生培養において外部ストレスに由来するもの)は、生産性のより低い細胞をある程度活性化して増殖可能にすることがある。
【0061】
必須遺伝子を制御する2種類上の負荷センサーを用いることによって、課された依存性に基づく選択レジームを指令する転写域(transcriptional space)をさらに調節することができる。これは、単一負荷バイオセンサーの負荷依存性応答が生産性低下の原因となる充分な増殖を許容することのある潜在的細胞エスケープモードを制限するために重要であり得る。
【0062】
表2は、潜在的負荷感知性プロモーターの非網羅的リストを提供する。
【0063】
一実施態様においては、該負荷感知性プロモーターは、該必須遺伝子に関して異種であるが、産生性微生物細胞に関して天然のプロモーターであってもよく、あるいは修飾天然プロモーターであってもよい。
【0064】
一実施態様においては、該プロモーターは天然のTF/シグマ因子結合部位を含む。好適な負荷感知性プロモーターは大腸菌のσ32レギュロンのプロモーターである;その理由は、一般的に蛋白質の過剰発現およびそれらの細胞内凝集に応答して上方制御されるからである。大腸菌σ32プロモーターの非網羅的リストは、本明細書の表2に含まれているが、さらなる好適なプロモーターにいてはNonakaら、2006の文献に記載がある。
【0065】
一実施態様においては、該負荷感知性プロモーターは、非栄養増殖性σ因子調節プロモーターである。好ましい一実施態様においては、該負荷感知性プロモーターは、σ32レギュロンを介して活性化され、大腸菌遺伝子htpG、ibpA、clpB、yccV、grpE、ycjX、ldhA、mutM、ybbN、prlC、groES、fxsA、およびhtpXのプロモーターから選択することができる。
【0066】
一実施態様においては、該負荷感知性プロモーターはmutM遺伝子のプロモーターである。mutMは、最も一般的な酸化ストレス誘導性DNA損傷の1つ(すなわち、グアニンが酸化されて7,8-ジヒドロ-8-オキソグアニン(8-オキソG)になる転化)の修復開始に働く、機能的に保存されたDNAグリコシラーゼをコードする(Jainら、2007)。
【0067】
その他の好適な負荷感知性プロモーターは、大腸菌遺伝子rrnB、rrnE、cspD、katE、xthA、uspE、gadB、ahpC、katG、grxA、oxyS、poxB、trxCのプロモーターから選択するのであってもよい。
【0068】
負荷感知性プロモーターとしてはまた、細胞の炭素栄養素状態および増殖期に関連するプロモーターが挙げられる。したがって、一実施態様においては、該負荷感知性プロモーターは、毒素遺伝子cspDのプロモーターであり、これは増殖速度低下および炭素飢餓によって活性化される(Uppalら、2014;YamanakaおよびInouye、1997);したがって、代謝産物の産生によって、負荷または適応コストが課せられる細胞において、識別的に上方制御されることが予想される。
【0069】
一実施態様においては、該負荷感知性プロモーターはリボソームRNAプロモーター、特に、rrnB遺伝子およびrrnE遺伝子のプロモーターであり、これらは、栄養供給に応答し、Fis蛋白質によって誘導され、また警告物質ppGppによって阻害される。Rrnプロモーター活性は、初期対数増殖期に観察される蛋白質高産生の細胞において誘導される(Nonakaら、2006)。
【0070】
一実施態様においては、該負荷感知性プロモーターは、代謝負荷および微生物の異種産生に関連する酸化ストレスに応答性のプロモーターである(DragositsおよびMattanovich、2013)。酸化ストレス応答性プロモーターとしては、酸化的損傷に応答した細胞の状態改善と保護に関連する複数の遺伝子を活性化する大腸菌OxyRによって制御されるプロモーターまたはその相同体(枯草菌のPerRなど)ならびに主に定常増殖期に蛋白質の過剰発現中に上方制御されるrpoS(σ)に属する遺伝子のプロモーターが挙げられる。
【0071】
枯草菌に関しては、好適な負荷感知性プロモーターは、例えば、groESのプロモーターを含むHrcA制御プロモーターから選択されるのであってもよい。その他の好適な負荷感知性プロモーターは、枯草菌(B.subtilis)の遺伝子ctsR、dnaK、perR、hrcA、spx、sigB、yflT、mutMのプロモーターから選択されるのであってもよい。
【0072】
コリネバクテリウムに関しては、そのような好適な負荷感知性プロモーターは、katA、cplX、mutMおよびgroESから選択されるのであってもよい。
【0073】
サッカロマイセスに関しては、好適な負荷感知性プロモーターは、遺伝子KAR2、PDI1、SAA1、FPR2、RPL3、RPL6A、RPL28、OGG1、RAD51、RAD54のプロモーターから選択されるのであってもよい。
【0074】
アスペルギルスに関しては、そのような好適な負荷感知性プロモーターは、bipA、PDI、clxA、ならびにサッカロマイセス・セレヴィシエのOGG1、RAD51およびRAD54の相同体から選択されるのであってもよい。
【0075】
【表2】
【0076】
該異なる負荷感知性プロモーター(例えば、表2)の誘導/活性化時における基底発現レベルおよび特異的応答曲線はそれぞれ異なり、そのことを、特異的な産生性微生物細胞およびその産物に(強度の点で)最も適合する負荷感知性プロモーターを選択する際に利用できる。
【0077】
目的の遺伝子がオペロンの一部のこともあり、その場合には、好ましくはオペロンの第1の遺伝子を関連するプロモーター配列の定義に用いる。
【0078】
産生中の産生性微生物細胞における負荷および/または適応コストによって誘導の起こる好適な負荷感知性プロモーターを、当業者に公知の公共データベース、例えば、大腸菌プロモーターについては、https://ecocyc.orgから選択することができる;枯草菌のプロモーター(コリネバクテリウムのプロモーターとしても機能する)およびそれらのそれぞれの同族原核生物については、https://bsubcyc.orgから選択することができる;サッカロマイセス・セレヴィシエのプロモーター、およびそれらの同族真菌については、https://yeastgenome.orgから選択することができる;また、https://aspergillusgenome.orgは、関連するアスペルギルス属菌種のゲノムデータベース(AspGD)である。
【0079】
好適な負荷感知性プロモーターはまた、試験アッセイにおいて検証することもできるが、この試験アッセイでは、候補負荷感知性プロモーターが、蛍光蛋白質(例えば、緑色蛍光蛋白質)をコードする遺伝子に制御可能に連結され、産物を合成するように遺伝子操作された産生性微生物細胞に組込まれ、また対応する非産生細胞(対照)にも組込まれているが、これらの細胞は、50~150細胞世代の産生培地における段階希釈培養実験後に単離したもの、または大規模発酵培養終了後に単離したものである。負荷感知性プロモーターは、非産生性細胞(対照)と比較して、産生性細胞において、蛍光蛋白質発現を制御可能に連結された候補負荷感知性プロモーターの転写を誘導するが、単離した対応する非産生細胞の活性と比較して、産生細胞では少なくとも5%、7.5%、10%、15%、25%、60%、150%、300%誘導転写が誘導されるのである。
【0080】
(II.iv)産生性微生物細胞に対する負荷感知性プロモーターのマッチング
産生性微生物細胞は、産物を産生する負荷または適応コストに応答して特定の遺伝子の発現を特徴とする転写状態を示すが、対応する非産生親細胞、あるいは産生発酵中において産生性微生物細胞から発生した非産生エスケープ細胞においては、その特定の遺伝子の発現は誘導されない。負荷または適応コストの生理的性質は、所定の産生性微生物細胞が合成する産物に依存するであろう;また、その発現が誘導される遺伝子の種類に反映されるであろう。所定の産物を産生する細胞において誘導される遺伝子プロモーターは、当該技術分野において周知の技術(例えば、トランスクリプトミクス;実施例7を参照のこと)によって同一性識別が可能である。誘導される遺伝子プロモーターの多くが表2に列挙されるものに関連または対応するので、これらは所定の産生性微生物細胞に適合する負荷感知性プロモーターを発見する出発点となるのである。目的の産生株において特異的上方制御が認められる遺伝子の5~15プロモーターを同定すれば、プロモーターの選択肢を広げることができる。本明細書の実施例に具体的に示されるように、必須遺伝子に制御可能に連結された負荷感知性プロモーターを、産物特異的に産生性微生物細胞に適合させることを目的として用いる該方法は、実験的に迅速であり、また簡単な実験室設備で実施可能である。
【0081】
(II.v)翻訳制御要素
必須遺伝子発現によって本発明の産生性微生物細胞の増殖を制御するには、基底レベルの必須遺伝子発現が増殖制限あるいは無増殖であることを支え、他方、高産生性細胞においては、該誘導される負荷感知性プロモーターが必須遺伝子を充分に発現させて、対数増殖期に測定した場合に、増殖速度の大幅な増加、好ましくは、本発明の負荷感知性プロモーターを欠く産生細胞の増殖速度に匹敵する増殖速度またはその低下が5%以下である増殖速度を支持するように、負荷感知性プロモーターの応答閾値および応答曲線ならびに該必須遺伝子の発現レベルを均衡化する必要がある。
【0082】
負荷感知性プロモーターの負荷応答を必須遺伝子の発現レベルに均衡化する好適なアプローチの1つは、必須遺伝子の翻訳強度を変更することである。細菌では、翻訳強度は、開始コドンの直接上流のシャイン=ダルガーノ配列/リボソーム結合部位(RBS)配列によって規定されるが、他方、真核細胞の翻訳開始領域では、翻訳開始部位(TIS)またはKozak要素を用いて翻訳強度を変更することができる。広範な翻訳強度を与える大腸菌のRBSを表3.1に示すが、さらなる例については文献(例えば、Bondeら、2016)に記載がある。当業者であれば、各負荷感知性プロモーターのリボソーム結合部位について4種類のバリアントを構築し、どのバリアントを用いれば選択必須遺伝子が細胞の増殖速度を有効に制御できるかを試験することにより、制御する必須遺伝子の翻訳強度を均衡化することができる(Rugbjergら、2018、PNAS)。Bacillus licheniformisまたはBacillus subtilisについての例示的なRBSを表3.2に示す。Pichiaに用いる例示的なTISを表3.3に示す。
【0083】
【表3】
【0084】
【表4】
【0085】
【表5】
【0086】
(II.vi)負荷感知性プロモーターおよび翻訳制御要素の工学的改変
選択される天然の負荷感知性プロモーターは、原核生物では、一般的に天然の制御ORFの-1~-300bp(上流)の領域に含まれており、また真核生物では、-1~-500bpの領域に含まれている。含まれることが必須であるコアプロモーターおよびそれらの調節部位(例えば、転写因子結合部位)の配列境界は、一般的で周知の事柄である(σ32に関してなど)(Nonakaら、2006)。選択プロモーター配列の制御特性の変化を避けるため、翻訳制御要素/RBSをプロモーターの下流に付加することもできる。
【0087】
(II.vii)産生レベルの改善
非産生性細胞と比較して初期増殖速度が上昇していることに加えて、本発明の産生性微生物細胞の意外な利点は、工学的に改変した負荷依存性を欠如する産生性微生物細胞と比較した場合に、産生性細胞では、多数回の細胞分裂にわたって大規模発酵中の生産性が大幅に改善されている(実施例2においてシミュレーションされる;図6)ことである。実施例2~5に示される産生性微生物細胞で合成される産物種の多様性からも分かるように、本発明の産生性微生物細胞において、負荷依存性によって付与された上記の意外な利点は、合成される産物の種類とは無関係に得られるのである。
【0088】
一実施態様においては、本発明の産生性微生物細胞は、単一細胞からの細胞分裂に関して少なくとも20世代、25世代、30世代、35世代、40世代、45世代、50世代、55世代、60世代、70世代、100世代、150世代、250世代または400世代後に、細胞分裂の世代数が同一である非負荷依存性産生細胞と比較して、産物収量が改善されていることを特徴とする。産物収量は単位基質当たりに産生される産物のモル数またはグラム数として測定される。
【0089】
一実施態様においては、単一細胞からの細胞分裂に関して少なくとも50世代後に、細胞分裂の世代数が同一である非負荷依存性産生細胞と比較して、産生レベルが少なくとも10%、25%、50%、または80%増加する。
【0090】
微生物細胞工場の工学的作成が実施される一般的な目的は、異種経路の維持および発現によって起こる公知の負荷を最小化することである。本発明は、細胞工場の収量を改善するための、経験に反する解決策を提供する;その理由は、この解決策が、一定の負荷または適応コストを課されながらも、微生物細胞の増殖および生存を、その細胞が産物を産生するということに依存させるものだからである。理論によって限定されるものではないが、本発明の産生性微生物細胞およびその子孫に対する選択圧であって、負荷状態の産物性細胞のみが増殖可能/生存可能である選択圧が、元々は遺伝的に同質であった細胞の出発集団の長期培養経過中に、高負荷細胞亜集団を漸次選択する役割を果たすと推測される。
【0091】
[III]負荷依存性産生微生物株の細胞を調製および同定する方法
本発明を実施する好ましい方法においては、以下の工程で負荷依存性産生微生物株を調製および同定する。負荷感知性プロモーターと必須遺伝子との間で最も良好に機能する関係を得るためには、選択必須遺伝子の制御に、異なる候補負荷感知性プロモーターを異なるRBSと共に調製および試験することが妥当であると考えられる。
【0092】
(III.i)特定の産生株における負荷感知性プロモーター候補の同定
表2に列挙する候補負荷感知性プロモーターを試験するのであってもよい。あるいは、対象とする特定の産生株において検出される固有の正に差異化する遺伝子転写物を同定するのであってもよく、そのプロモーターそれぞれが、候補負荷感知性プロモーターの供給源となるのである。好ましくは、産生微生物株(産生中)の転写物プロファイルを、対応する産生株に由来する遺伝的または非遺伝的エスケープ変異体バリアントの単離物と比較することによって、そのような差異化遺伝子転写物を同定するのであるが、そのようなエスケープ変異体バリアントは最大で50%低速の産生速度を有することを特徴とする。正に差異化する遺伝子転写物は、トランスクリプトミクスを利用することによって同定可能である;例えば、産生性微生物細胞から抽出した転写RNAのRNAシーケンシングを行い、非産生性/低産生性エスケープ変異体バリアントと比較することによって、同定可能である。同定したプロモーターは、所定の必須遺伝子と組み合わせて、産生性微生物細胞で試験することができる。
【0093】
少なくとも1種類、好ましくは2種類の負荷感知性プロモーターを同定する方法は実施例7に例示されているが、ここで試験のために選択した産生性微生物細胞において、該プロモーターは必須遺伝子に制御可能に連結されている。
【0094】
(III.ii)増殖制御プロセスへの負荷感知性プロモーターの導入
一般的候補の負荷感知性プロモーターのリスト(表2)から、または同定した特異的負荷感知性プロモーター(IIIiを参照のこと)から選択される該少なくとも1種類、好ましくは2種類のプロモーターについては、必須遺伝子にそれを制御可能に連結して、該産生性微生物細胞で試験を行う。該必須遺伝子の異なる翻訳強度は、同種必須遺伝子に異なるRBS配列を用いること、ならびに異なる必須遺伝子を試験することによって同時に試験することができる(Iiii節に記載の通り)。該必須遺伝子は、産生性微生物細胞に関して天然であってもよく、あるいは異種であってもよい。
【0095】
該必須遺伝子が天然遺伝子の場合には、例えば、突然変異または欠失によって、その天然の同種プロモーターを破壊する(すなわち、無機能にする)のであってもよく、次いで、(該必須遺伝子に関して異種である)負荷感知性プロモーターを、標的導入により該天然の必須遺伝子に制御可能に連結する。別の一実施態様においては、標的導入によって、該天然の必須遺伝子プロモーターを負荷感知性プロモーターに置換する。
【0096】
微生物において遺伝的配列を標的導入する好適な方法としては、細菌における組換え、例えば大腸菌におけるラムダレッド組換えが挙げられる;他方、酵母および糸状菌では、相同組み換えを用いることができる。両概念は、遺伝子置換効率増加を目的として、任意選択的にCRISPRと組み合わせて用いることができる。
【0097】
(III.iii)均衡化負荷感知性および増殖制御に関するスクリーニング
次いで、負荷感知性プロモーターが増殖調節性に必須遺伝子を制御するクローンを識別するために、必須遺伝子に制御可能に連結された挿入負荷感知性プロモーターを含む産生性微生物細胞クローンのスクリーニングを行った。例えば、そのような多数のクローン(例えば、8~96クローン)を、(例えば、産生遺伝子が誘導可能である産生微生物株を用いて)産物の産生を制御する条件下の増殖について、対応する非負荷依存性産生微生物株の細胞と比較する。
【0098】
両方株による産物合成が低い/皆無である条件下で細胞増殖を測定した場合に、好適な負荷依存性産生クローンは、非負荷依存性産生株よりも顕著に低い増殖速度、および好ましくは、少なくとも5%低速である増殖速度を示すものである(実施例1、図2)。対照的に、産生が高い/産生が行われる場合には、好適な負荷依存性産生クローンにおける必須遺伝子発現の上方制御は、対応する非負荷依存性産生株と比較して、増殖速度の差が顕著に減少している、または全く無くなっていることを意味する。
【0099】
(III.iv)中央代謝および産生代謝に撹乱が生じていないことの検証
必須遺伝子の転写制御または発現における変化は、産生遺伝子および中心炭素または窒素代謝の不必要な間接的撹乱であって、産物生成を低下させる間接的撹乱をもたらし、それによって負荷依存性産生性微生物細胞の負荷を低下させることがあり得る。そのようなクローンを除外するために、両方の株が産物を合成する条件下(すなわち、好適な負荷依存性産生クローンが、非負荷依存性産生株に等しい増殖速度または非負荷依存性産生株よりも低速な増殖速度を示すクローンである条件下)で細胞増殖を測定する(実施例2、図7に示されるように)。
【0100】
(III.v)増殖速度安定性のスクリーニング
細胞分裂について少なくとも20世代の培養によって、例えば、逐次継代を行い増殖速度を測定することによって、または大規模生産プロセスの各段階で試料採取することによって、上記の基準を満たすクローンを、産生模倣条件下で増殖速度安定性に関して試験する。好適な負荷依存性産生性微生物細胞は、非負荷依存性産生株よりも低速な増殖速度を経時的に維持する(例えば、実施例2、図7)。
【0101】
[IV]負荷依存性産生微生物株の細胞を用いて所望の産物を生産する方法
本発明の第2の局面は、所望の産物を生産する方法であって、以下の工程を含む方法に関する:
(a)少なくとも1種類の産物を合成するように遺伝子操作した産生性微生物細胞を提供する工程;
ここで該少なくとも1つの細胞は、少なくとも1種類、好ましくは2種類の負荷感知性プロモーターに、それぞれ制御可能に連結された少なくとも1種類、好ましくは2種類の必須遺伝子をさらに含み;
およびここで該プロモーターが該必須遺伝子に関して異種であり;
(b)該産物を生産するための基質を含む培地に、少なくとも1種類の遺伝子改変した微生物細胞を導入する工程;
(c)該培養によって合成される該産物を回収する工程;
ここで該産物の合成が、該少なくとも1つの細胞に負荷および/または適応コストを課し;
およびここで該少なくとも1種類、好ましくは2種類の負荷感知性プロモーターが、該負荷および/または適応コストによって誘導された場合に、該少なくとも1種類、好ましくは2種類の必須遺伝子の発現が、該少なくとも1種類、好ましくは2種類の必須遺伝子の基底レベル発現と比較して、上方制御され;
およびここで該少なくとも1つの産生細胞またはその子孫細胞における該産物合成の欠如が、該少なくとも1つの細胞の増殖速度を低下させる。
【0102】
該所望の産物を生産する方法は、該少なくとも1種類の産物を合成するように遺伝子操作した産生性微生物細胞の細胞培養物を提供する工程、および該産物の生産のための基質を含む培養培地に該少なくとも1種類の遺伝子改変した微生物細胞の細胞培養物を導入する工程を含んでいてもよい。該細胞が所望の産物を産生することを可能にし、増殖を助けるように該細胞を培地で培養する。培養時間は、所望の産物に応じて最適化するのであってもよい。
【0103】
該所望の産物を生産する方法は、該産物を単離する工程および/または該産物を組成物(栄養組成物、医薬組成物、化粧用組成物、界面活性剤組成物、滑沢剤組成物、または燃料組成物など)に製剤化する工程をさらに含むのであってもよい。
【0104】
[V]所望の産物を生産するための負荷依存性産生微生物株細胞の用途
本発明の第3の局面は、所望の産物を生産するための本発明の負荷依存性産生性微生物細胞の用途に関するが、ここで産物が細胞内または細胞外の環境に存在する場合であっても、該負荷依存性産生株またはその子孫細胞における産物合成の欠如が該株の増殖速度を低下させる。
【0105】
実施例
実施例1:組換えヒト成長ホルモンを産生する負荷依存性大腸菌株の工学的作成
(1.1)細胞工場による異種産生遺伝子の維持および発現は、その細胞に対する非天然負荷を構成する
親大腸菌BL21(DE3)細胞の増殖速度を、緑色蛍光蛋白質(GFP)に融合した組換えヒト成長ホルモン(hGH)をコードする遺伝子を含むプラスミドpEG34で形質転換した工学的改変誘導体と比較した。
【0106】
(1.1.1)材料と方法
宿主大腸菌株BL21(DE3)(エール大学の大腸菌ストックセンター)の細胞を処理してエレクトロコンピテント細胞とし、プラスミドpEG34を用いて標準的エレクトロポレーション法(1800V、25μF、200オーム、1mmのキュベット幅)によって形質転換してクロラムフェニコールを含むLB寒天プレートに播種した。
【0107】
【表6】
【0108】
96穴マイクロタイタープレートを用い、500μMのIPTGおよび30mg/Lのクロラムフェニコールを含む200μLの2xYT培地(16g/Lのトリプトン、5g/LのNaCl、10g/Lの酵母エキス)中で、37℃にてElx808プレートリーダー(Biotek)で高速水平振盪を行いながら、10分間毎にOD630を読み取り、単一コロニー形質転換細胞予備培養物の培養を行った。OD630の最初の読み取り値を用いて、OD630値からバックグラウンドを差し引いた。
【0109】
(1.1.2)結果
hGH-GFP発現プラスミドpEG34を含む大腸菌細胞は、由来する親大腸菌宿主細胞よりもゆっくりと増殖するが(図1)、このことは合成構築物の維持と発現に細胞リソースを割り当てた結果として、細胞に課された負荷または負担を示している。
【0110】
(1.2)負荷依存性細胞工場の工学的作成
親大腸菌宿主の負荷依存性株を遺伝子操作して、選択的な適応上の利点を細胞工場の産生性細胞に付与するように設計した遺伝子回路を組込んだ。具体的には、大腸菌BL21(DE3)染色体中の必須遺伝子オペロンfolP-glmMの天然のプロモーターを負荷感知性プロモーター(pmutM、pyccV、またはpycjX)で置換した。該遺伝子回路は、プロモーターと必須遺伝子の間にRBSをさらに含むものであった;ここでは、必須遺伝子の発現レベルを調節する目的で、異なる4種類のRBS(表3)を試験した。遺伝子回路を含む株の増殖速度を親宿主大腸菌株BL21(DE3)と比較した。
【0111】
(1.2.1)材料と方法
負荷感知性プロモーター:表5の特異的なプライマーを用い、また溶菌させた大腸菌BL21(DE3)細胞由来のゲノムDNAを鋳型に用いて、それぞれの遺伝子(表3を参照のこと)の直ぐ上流0.3kbの領域をPCRで増幅することにより、プロモーターpmutM、pyccV、またはpycjXを作成した。PCRミックス:10μlのMQ水、2μlの順方向のプライマー(10μM)、2μlの逆方向プライマー(10μM)、1μlのDNA鋳型、15μlのPhusion U MasterMix (Thermo Scientific)。PCR反応プロトコル:95℃で180秒間(1x); 95℃で20秒間、68~58℃(タッチダウン)で30秒間、72℃で60秒間(35x);72℃で300秒間(1x);15℃で放置。
【0112】
【表7】
【0113】
USERクローニングを用いて、正しい組換え産物の選択のために、folP遺伝子の直ぐ上流の221bpに同一の221bpの標的性配列ならびにkanR遺伝子を含む直鎖状1.5kbDNA断片に融合した増幅プロモーター領域を含む組込み配列を作成した。増幅プロモーター領域およびkanR-folP断片を等モル量で混合し、1μlの10xT4ライゲーション緩衝液(Thermo Scientific)および0.75μlのUSER酵素(New England Biolabs)を加えて、総反応容積を10μlに調整し、両者を融合した。USER反応液を37℃に30分間置いた。次いで、その反応液を室温に15分間置いた後、0.75μlのT4 DNAリガーゼ(Thermo Scientific)を加えて、室温で30分間のインキュベーションを行った。プロモーター、KanR耐性遺伝子、およびfolP標的性配列を含むそのような組込み配列の例としては、配列表の配列番号:140(s9_pmutM_folP)を挙げることができる。次いで、ライゲーションにより連結した産物を、以下のPCR反応プロトコルで、(表5の特異的プロモーターにしたがう)プライマー「rev」およびP493(表5)をおおよそ250ng/μlで用いて増幅した:98℃で180秒間(1x);85℃で20秒間、72~68℃(タッチダウン)で30秒間、72℃で60秒間(35x);72℃で5分間(1x);15℃で放置。プライマーオーバーハングによって、folP遺伝子座への直接組換えを標的とするfolPに同一の50bp標的性配列が得られた。
【0114】
負荷依存性プロモーターの染色体組込み:以下の方法で、大腸菌BL21(DE3)細胞のゲノムのfolP遺伝子の上流にプロモーターを組込んだ。pSIM5-tet(Koskiniemiら、2011)で予め形質転換し一晩培養したBL21(DE3)の培養物600μlを、テトラサイクリンを含む100mlの2xYT培地に加えた。この細胞を30℃で培養しOD600=0.20に達した時に、培養物を42℃の振盪バスに移して15分間置き、pSIM5-tet上の組換え酵素を発現させた。次いで、培養物を2×冷50ml遠沈管に移して4000gで10分間の遠心分離を行い、上清を捨てて残りの細胞沈殿物を20mlの氷冷10%グリセロールで洗浄した。次いで、部分的に再懸濁した細胞を4000gで6分間遠心分離し上清を捨てて、細胞沈殿物を20mlの氷冷10%グリセロールで洗浄した。部分的に再懸濁した細胞を4000gで6分間遠心分離し、495μlの氷冷10%グリセロールに各細胞沈殿物を慎重に再懸濁してプールした。それぞれが負荷感知性プロモーター組込み配列のうちの1種類を1μl(>250ng)含むエレクトロポレーションキュベットに、90μlの再懸濁細胞を加えた。以下の設定で細胞のエレクトロポレーションを行った:1800V、25μF、200オーム、1mmのキュベット幅。エレクトロポレーション直後のキュベットに900mlの2xYT培地を加えて、1.5mlのエッペンドルフチューブ中で細胞を37℃で1.5時間放置して回復させた。エレクトロポレーション処理した細胞の組換えの期間として、室温で一晩のインキュベートを行い、次いで、pSIM5-tetの回復を確実にするため50mg/Lのカナマイシンを含むLB寒天プレートに播種して37℃で一晩培養した。必須遺伝子の遺伝子座に正確に標的化が起こっているか否かを、プライマーP525およびP526を用いて検証した。一般的に、単一kanコロニーは、コロニー集団の平均サイズまたはそれよりも小さいサイズを有するものを選んだ。
【0115】
kanR選択コロニーのゲノムにおける負荷依存性プロモーターの組込みを、Taq DNAポリメラーゼおよびfolPプロモーター領域を標的とするプライマーを用いたコロニーPCRで検証した。さらに、選択コロニーにおけるRBSの識別を、サンガー配列決定法により行った。
【0116】
次いで、37℃で水平振盪しながら500mMのIPTGを含む200μlの2xYTで培養することにより、遺伝子回路を含む株の増殖速度を親宿主大腸菌株BL21(DE3)と比較した。
【0117】
(1.2.2)結果
選択した負荷依存性大腸菌株の増殖速度は、それらが由来する親大腸菌宿主と比較して様々な程度でより緩徐であった(図2;負荷依存性株s5.0#3、s7.0#8、およびs9.0#8の増殖を示すが、ここで必須遺伝子folP-glmMはそれぞれ負荷感知性プロモーターpyccV、pycjX、およびpmutMによって制御される)。細胞増殖は必須folP-glmM遺伝子の発現レベルに依存するので、非生産性の負荷依存性株におけるそれぞれの負荷感知性プロモーターによって指令される必須遺伝子の発現レベルは、野生型親株のレベルにおける増殖を支持するには不充分であると結論付けられる。
【0118】
これらの負荷依存性株に観察される増殖速度の低下は、負荷依存性遺伝子回路を含む細胞工場集団の培養中に自然に進化する非産生性細胞に課されるペナルティの尺度となる。選択したRBSの強度と組み合わせて負荷感知性プロモーターを選択することによって、このペナルティの度合いを判定した。ペナルティが大きければ大きいほど、培養中に自然に発生する低産生性または非産生性のバリアント(例えば、産生遺伝子の突然変異に起因する)の「ネガティブ選択」窓がより広くなるのである。
【0119】
(1.3)産生は負荷依存性細胞工場の増殖速度を増加させる
非産生の増殖ペナルティを課された負荷依存性大腸菌株(図2)を、生産的負荷依存性細胞の選択的な適応上の利点を示す宿主株として用いた。
【0120】
(1.3.1)材料と方法
作成した負荷依存性大腸菌株のうち最も緩徐な増殖クローン(s9.0#8;s5.0#3;およびs7.0#8)を処理してエレクトロコンピテントとし、それぞれ、pEG34またはpEG0(表4)を用いて、標準的エレクトロポレーション法(1800V、25μF、200オーム、1mmのキュベット幅)により形質転換して、クロラムフェニコールおよびカナマイシンを含むLB寒天プレートに播種した。クロラムフェニコールを含む2xYT培地で単一コロニー形質転換細胞を一晩培養し、次いでこれらを用いて200μLの2xYT培地(500μMのIPTG、クロラムフェニコール)を含む96穴マイクロタイタープレートに接種した;37℃にてElx808プレートリーダー(Biotek)で高速水平振盪を行い10分間毎にOD630を読み取りながら培養した。OD630の最初の読み取り値を用いて、OD630値からバックグラウンドを差し引いた。
【0121】
大腸菌株をそれぞれプラスミドpEG34またはpEG0(表4)で形質転換し、GFPに融合したhGH組換え蛋白質の合成を細胞に誘導した。誘導時の細胞増殖速度特性を測定した。
【0122】
(1.3.2)結果
folP-glmM必須遺伝子の発現を制御する負荷感知性プロモーターpmutMを含む負荷依存性株の大腸菌株s9.0#8は、親大腸菌株BL21(DE3)と比較して、試験した株のなかで最も緩徐な増殖を示した(図2)。対数増殖速度のこの低下は、空のプラスミドBEG0(図3)で形質転換した大腸菌株s9.0#8の細胞とは対照的に、大腸菌株s9.0#8の細胞において、pEG34プラスミドで形質転換しhGH-GFP組換え蛋白質の発現を誘導することによって無効となった。これは、大腸菌株s9.0#8の負荷感知性プロモーターpmutMが、hGH-GFP組換え蛋白質の合成が細胞にもたらす負荷または負担によって誘導されることを実証している。このことが次に、folP-glmM遺伝子の上方制御発現および対数増殖の増強を引き起こすのである。
【0123】
pEG34プラスミドを含む負荷依存性大腸菌株s5.0#3、s7.0#8、およびs9.0#8のそれぞれにおけるhGH-GFP合成は、対数増殖速度の低下を無効にするだけではなく、さらに、これらの株の増殖速度は、親大腸菌BL21(DE3)の増殖と同程度であった(図4)。
【0124】
まとめると、本実施例は、負荷依存性遺伝子回路を用いて、蛋白質または代謝産物の合成が負荷または負担を構成するのに充分高い細胞工場の細胞に選択的な適応上の利点を付与すること、およびこの負荷または負担が細胞中の必須遺伝子に制御可能に連結された負荷感知性プロモーターによって検出可能であることを実証するものである。対照的に、負荷依存性細胞工場の培養中に自然に発生する非産生性バリアント細胞(例えば、産生遺伝子の変異によって生ずる)には負の選択圧がかかることが多く、その理由は、その増殖が必須遺伝子の基底発現によって規定される速度まで緩徐化するからである。低下した増殖速度それ自体は、細胞工場におけるそのようなバリアント細胞の頻度増加を遅延させる程度に充分緩徐であり、それによって細胞工場の生産性低下を経時的に遅延させるのである。
【0125】
実施例2:ヒト成長ホルモンを産生する負荷依存性大腸菌株は、長期産生安定性の増強を示す
負荷感知性プロモーターは、hGH-GFP組換え蛋白質の細胞合成によって得られた細胞の負荷誘導状態を感知し、またそれによって活性化されるプロモーターであることが示される。一旦活性化されると、負荷感知性プロモーターは、非産生性細胞と比較した場合に、細胞に選択的な増殖上の利点を付与するのに充分なレベルに必須遺伝子folP-glmMの発現を上昇させることが示される。その同種負荷感知性プロモーターに応答する必須遺伝子発現のダイナミックレンジを最大化するため、負荷感知性プロモーターを異なる翻訳強度を付与するバリアントRBSコード配列(表3)とランダムに組み合わせる。
【0126】
負荷依存性遺伝子回路に用いる好適な負荷感知特性を有するプロモーターは、模擬大規模生産条件下で培養した以下の工学的改変産生株に例示されるように、ヒートショック、DNA損傷、酸化ストレスに応答性のプロモーター、ならびにrRNAプロモーターを含むことが示される。
【0127】
まず、負荷感知性プロモーターのそれぞれについて、ランダムバリアントRBSコード配列を含む多数のクローンを選択し、経時的に組換えhGH-GFPの合成を上昇させる/維持するそれらの相対的能力を実証する目的で、それらによるhGH-GFP合成を多数回の細胞分裂にわたって追跡した。
【0128】
(2.1)材料と方法
負荷感知性プロモーター:実施例1.2.1に記載される方法により、表6の特異的プロモーターを用いるPCRおよびUSERクローニングを実施して、プロモーターpyccV、pycjX、pibpA、pgrpE、pldhAおよびpybbN、ならびにそれらのそれぞれの組込み配列を作成した;他方、ライゲーションにより連結された産物については、「rev」(表6の特異的プロモーターに対する)およびP493(表5)のプライマーを用いて増幅した。
【0129】
【表8】
【0130】
負荷依存性プロモーターの染色体組込み:プロモーターのそれぞれを、大腸菌株BEG34(プラスミドpEG34を含む大腸菌BL21(DE3)に対応する)のゲノムにおいてfolP遺伝子の上流に、以下の方法で組込んだ。組換えプラスミドpSIM5-tetで予め形質転換した大腸菌株BEG34の細胞を調製し、実施例1.2.1に記載の方法で、エレクトロポレーションによりプロモーター組込み配列のそれぞれを用いて形質転換した。記載する組換えおよびpSIM5-tetの回復の工程の後に、同一プロモーター組込みではあるがランダムバリアントRBS配列(表6を参照のこと)を有する8クローンに対応する8コロニーを各プレートから選択した。次いで、プラスミドpEG34の維持のためにクロラムフェニコールを添加した200μlの2xYTを含む96穴プレートのウェルに各クローンを移した。96穴プレートの凍結を行う前に、2μlの各培養クローンを用い、実施例1.2.1に記載の方法で、プロモーター組込みをコロニーPCRにより検証した。
【0131】
短期hGH-GFP産生スクリーニングアッセイ:凍結96穴プレートを解凍し、クロラムフェニコールを添加した200μLの2xYTを含む新しい96穴プレートに、ピンレプリケーターを用いて細胞を移した。このプレートをブレスイージー密閉膜(Sigma-Aldrich)で密閉して、SynergyH1プレートリーダー(Biotek)上で754rpmの往復振盪を行いながら37℃で一晩(20時間)置いた;その20時間の間、各ウェルのOD(600nm)およびGFP蛍光(ex/em 485nm/528nm)を10分毎に測定した。次いで、一般的な卓上プレート振盪機上でプレートを室温にて4時間振盪した後、各ウェルから培養物を2μLずつ取り、クロラムフェニコールおよび0.5mMのIPTGを添加した200μLの2xYTを含む新しい96穴プレートに移した。その新しい96穴プレートも同様にブレスイージー密閉膜(Sigma-Aldrich)で密閉して、SynergyH1プレートリーダー(Biotek)上で754rpmの往復振盪を行いながら37℃で一晩(20時間)置いた;その20時間の間、各ウェルのODおよびGFP蛍光を600nmおよびex/em 485nm/528nmで10分毎に測定した。翌日、2μLの培養物を、クロラムフェニコールおよび0.5mMのIPTGを添加した200μの2xYTを含む新しい96穴プレートに移した。このようなプロセスを毎日反復して総計6日間実施した。
【0132】
長期hGH-GFP産生アッセイ(図6):各負荷依存性hGH-GFP産生株の単一選択コロニーを用いて、クロラムフェニコールおよび0.5mMのIPTGを添加した4mLの2xYTを含む15mLのGreiner培養チューブに接種した。その培養物を250rpmの振盪テーブルに置き37℃で23時間増殖させた。次いで、2μLの各培養物を2000倍希釈(細胞分裂がおおよそ11世代に対応する)して同一条件下で新しいGreiner培養チューブに播種した;この場合に、上記方法の工程を総計12シードについて反復した。各継代後に、培養物から200μLの試料を採取し、SynergyH1プレートリーダー(Biotek)でOD600およびGFP蛍光(ex/em 485nm/528nm)を測定することによりhGH-GFP合成を判定した。
【0133】
長期hGH-GFP産生アッセイ(図8):各負荷依存性hGH-GFP産生株に由来する単一選択コロニーを用いて、24穴深底プレート内のクロラムフェニコールおよび0.5mMのIPTGを含む1.8mLの2xYTに接種した。この培養物を200rpmの振盪テーブル上で30℃にて23時間増殖させた。次いで、2μLの各培養物を1000倍希釈(細胞分裂のおおよそ10世代に対応する)し、同一条件下で新しい深底ウェルプレートに播種した。この場合に、上記方法の工程を総計9シードについて反復した。各継代後に、培養物から200μLの試料を採取し、SynergyH1プレートリーダー(Biotek)でOD600およびGFP蛍光(ex/em 485nm/528nm)を測定することによりhGH-GFP合成を判定した。
【0134】
選択した株の増殖速度の測定:選択したh-hGH高産生株s3.6#2、s6.6#6、s7.6#8およびs10.6#7を、クロラムフェニコールおよびカナマイシンを含むLB寒天プレートに塗布した。BEG34およびBEG0株をクロラムフェニコール含有LB寒天プレートに塗布した。各プレートから7コロニーを用いて、クロラムフェニコールを含有する200μの2xYTを含む96穴プレートに接種した。このプレートはブレスイージー密閉膜(Sigma-Aldrich)で密閉した。SynergyH1プレートリーダー(Biotek)上で754rpmの往復振盪を行いながら37℃で一晩、それらの増殖を測定した。それぞれのウェルから2μlの試料を取り、クロラムフェニコールおよび0.5mMのIPTGを含有する200μの2xYTを含む新しい96穴プレートのウェルに移した。この96穴プレートをブレスイージー膜で密閉して、754rpmで往復振盪しながら37℃で20時間インキュベートし、Synergy H1プレートリーダーを用いて10分毎に増殖(OD600nm)を測定した。
【0135】
菌株のカタログ:
BEG34=pEG34を有する大腸菌BL21(DE3);
BEG0=空のプラスミドpEG0を保持する大腸菌BL21(DE3)
sX.Z#Y=負荷依存性プロモーターXの代わりとして置換した野生型folPプロモーターを有するpEG34を保持する大腸菌BL21(DE3);ここでXは表2のプロモーターIDを表す。#の後の番号Yは、縮重プライマー(表7)によって導入された4種類のRBSバリアントのプールから選択されるクローンを表す。Zは、それぞれ、hGH-GFP(0または6)、メバロン酸(1)、リソスタフィン(4)の産生遺伝子を表している。
【0136】
【表9】
【0137】
(2.2)結果
(2.2.1)短期hGH-GFPの生産性スクリーニング
ヒートショックプロモーター(pibpA、pgrpE、pycjX、およびpybbN)の群から選択される負荷感知性プロモーターを含み4種類のRBSコード配列バリアントのうちの1種類を有する4種類のhGH-GFP産生株の生産性を、模擬大規模生産条件下で以下の方法により試験した。上記の株を、シード当たり約6世代に対応する100倍の戻し希釈により、連続する6日間毎日、逐次継代した。6日目(シード6)までに、シード1およびシード6両方の非負荷依存性産生株BEG34と比較して、複数の株でhGH-GFP合成が上昇した。BEG34株と比較して、短期のhGH-GFP高生産性を有する株は、s3.6#2(pibpA)、s6.6#6(pgrpE)、s7.6#8(pycjX)、およびs10.6#7(pybbN)である(図5を参照のこと)。
【0138】
(2.2.2)長期hGH-GFPの生産性の向上
負荷依存性株s3.6#2、s6.6#6、s7.6#8、s10.6#7、ならびに非負荷依存性株BEG34および非産生性株BEG0のhGH-GFPの生産性を、模擬大規模発酵下で逐次継代により観察した。シード2後では、負荷依存性株s3.6#2、s6.6#6、s7.6#8、s10.6#7および非負荷依存性対照株BEG34はいずれも同等に、hGH-GFP合成に関して良好であった(図6)。しかし、さらに約20世代後になると(シード4)、対照株BEG34のhGH-GFPの生産性は大幅に低下し、シード6までにこの株は本質的に産生を停止した。意外なことに、負荷依存性株s7.6#8(folP-glmMを制御するpycjXを有する)は、シード2でのレベルの約50%の生産性を依然として保持していた。さらに、負荷依存性株s3.6#2(folP-glmMを制御するpibpAを有する)、s10.6#7(folP-glmMを制御するpybbNを有する)、およびs6.6#6(folP-glmMを制御するpgrpEを有する)は、非負荷依存性株BEG34と比較して、かなり良好な長期生産性をも示した。
【0139】
(2.2.3)負荷依存性株の増殖速度
hGH-GFP産生負荷依存性株s3.6#2、s6.6#6、s7.6#8およびs10.6#7の増殖速度は、非負荷依存性hGH-GFP産生株BEG34よりも速くはない。したがって、そのhGH-GFP産生レベルの経時的改善は、単に低い初期産生レベルによるものではなく、したがって本質的に負荷がより低いことによるものではない(図7)。
【0140】
(2.2.4)選択必須遺伝子に対する負荷依存性遺伝子回路の依存
必須遺伝子folP-glmMを制御するヒートショックプロモーターpfxsAを含むhGH-GFP産生性負荷依存性株(s13.6#2(fxsA))を、folP発現を消失させるフレームシフトfolPを含む変異性誘導体株であって、その増殖がglmM発現のみに依存性の株s13.6#2evo(fxsA)と比較した。folP発現の消失は2xYT複合培地において増殖速度の低下をもたらした(データ非提示)が、非負荷依存性hGH-GFP産生株BEG34と比較した場合に、負荷依存性株s13.6#2evo(fxsA)において株s7.6#8(pycjX)と同程度レベルの長期hGH-GFP産生安定性を増強するのには、必須遺伝子glmMのみで充分であることが示される(図8)。
【0141】
(2.2.5)負荷依存性遺伝子回路におけるリボソームRNAプロモーターの利用
ヒートショックプロモーターに加えて、prrnBおよびprrnEなどのリボソームRNAプロモーターは、細胞の負荷依存性状態を感知し、それに応答して、hGH-GFP産生株の長期生産性を高めるなど、必須遺伝子の発現を制御可能であることが示される。図9からわかるように、s15.6.7株(prrnB)およびs16.6.6株(prrnE)のhGH-GFP産生長期安定性は、細胞分裂の約110世代に対応する模擬大規模生産条件下においては、非負荷依存性hGH-GFP産生大腸菌株BEG34と比較して大幅に改善した。
【0142】
(2.2.6)負荷依存性遺伝子回路における酸化ストレス感知性プロモーターの利用
poxBなどの酸化ストレス感知プロモーターは、細胞の負荷依存性状態を感知し、それに応答して、hGH-GFP産生株の長期生産性を高めるなど、必須遺伝子の発現を制御可能であることが示される。図10らわかるように、s29.6#3株(ppoxB)のhGH-GFP産生における産生レベルおよび長期安定性の両方が、おおよそ90世代に対応する7回の逐次継代および最終シードの長時間培養の模擬大規模生産下においては、非負荷依存性hGH-GFP産生大腸菌株BEG34と比較して大幅に増加した。図10から分かるように、ppoxBに基づく負荷依存性遺伝子回路を用いた産生は、意外なことに、集団において非遺伝的高性能バリアントの富化を示唆する経時的な生産上昇をもたらした。
【0143】
まとめると、本実施例は、必須遺伝子folP-glmMの転写を大腸菌ヒートショック応答性プロモーター、酸化ストレス応答性プロモーターおよびDNA損傷応答性プロモーター、ならびにrRNAプロモーターのいずれか1種類に共役させることにより、負荷依存性が工学的改変大腸菌株において、GFPに融合したヒト成長ホルモンを合成する長期安定性および生産性を向上させることを示している。
【0144】
実施例3:リソスタフィンを産生する負荷依存性大腸菌株は長期産生安定性の増強を示す
リソスタフィンは、細胞溶解によって取得した黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)の細胞壁ペプチドグリカンのペンタグリシン連結架橋を切断する27kDaのエンドペプチダーゼである。この抗細菌性物質は、組換え技術により大腸菌で合成することができる。模擬大規模産生産条件下でリソスタフィンを産生する下記の負荷依存性大腸菌株によって示されるように、負荷感知性特性を有するプロモーターを含む負荷依存性遺伝子回路が、工学的に改変した大腸菌株などのリソスタフィン合成の産生安定性を増強することが示される。負荷感知性プロモーターを同種必須遺伝子の最適化翻訳強度を付与するRBS配列(表6)と組み合わせる株選択によって、負荷依存性産生株の生産性が最適化されることがさらに示される。これらの利点は、後述の負荷依存性株s6.4#5(pgrpE)によって例示されるが、この株ではリソスタフィン発現に起因する負荷または適応コストに対する依存性のため、生産性消失に対してより回復力を有することが示されるのである。
【0145】
(3.1)材料と方法
負荷感知性プロモーター:表6に示すpgrpE特異的プライマーを用いたPCRで、実施例1.2.1に記載の方法によりpgrpEプロモーターを増幅して、プロモーターpgrpEを含むプロモーター組込み配列を作成した。
【0146】
負荷依存性プロモーターの染色体組込み:大腸菌株BENDU5cam(リソスタフィン産生性プラスミドpENDU5camを含む大腸菌BL21(DE3)に対応する)のゲノムにおいて、grpEプロモーターを、以下の方法でfolP-glmM遺伝子の上流に組込んだ。予め組換えプラスミドのpSIM5-tetで形質転換した大腸菌株BENDU5camの細胞を調製し、pgrpEプロモーター組込み配列を用いて実施例1.2.1に記載の方法で、エレクトロポレーションにより形質転換した。記載する組換えおよびpSIM5-tetの回復の工程の後に、同一プロモーター組込みであるがランダムバリアントRBS配列(表6を参照のこと)を有するクローンに対応する5コロニーを選択した。次いで、プラスミドpENDU5camの維持のためにクロラムフェニコールを添加した4mLの2xYTを含む15mLのGreiner培養チューブに各クローンを移して培養した。凍結前に、2μlの各培養クローンを用い、実施例1.2.1に記載の方法で、プロモーターの組込みを検証した。
【0147】
リソスタフィン産生スクリーニング:スクリーニングアッセイを用いて、リソスタフィン生産性が最良である大腸菌株s6.4#5(pgrpE)を同定したが、そのアッセイでは、非負荷依存性産生株BENDU5camと比較して、RBSとpgrpEの他の3種類の潜在的組み合わせを、1000倍希釈(60世代に対応する)の6回の逐次継代にわたり96穴のフォーマットを用いてクロラムフェニコール含有2xYT中で培養した。15mLの培養チューブ中の30mg/Lクロラムフェニコールを含む3mLの2xYT培地において、上記の株を37℃で21時間増殖させた。150μLの培養物を50μlの50%グリセロールと混合し、96穴プレートにて-80℃で保存した。さらに、30μLの培養物を、クロラムフェニコールを添加した3mlの新鮮な2xYT培地に移して、同一条件でさらに21時間増殖させた。上記の継代を計5回反復したが、この際、継代毎に一晩培養した培養物の凍結保存物を作成した。
【0148】
リソスタフィン発現および検出アッセイ:5継代の全凍結ストックを含む96穴プレートを氷上で解凍した。各ウェルから20μLを、クロラムフェニコールを添加した180μLの2xYTを含む96穴プレートに移し、プレートリーダー上にて37℃で培養して、大部分のウェルがOD630=0.35に達するまで増殖させた;次いで、30mg/Lのクロラムフェニコールおよび20mMのIPTGを添加した10μlの2xYTを各ウェルに加えて、IPTGの最終濃度をリソスタフィン遺伝子発現誘導に充分な1mMとした。誘導を行った培養物を37℃で4時間増殖させ、次いで、プレートを4000RPMで10分間遠心分離し。100μlの上清を、一晩培養した100μlの黄色ブドウ球菌を含む新しい96穴プレートに添加した。プレートリーダーを用いて37℃にて10分間毎に2時間、各ウェル中の黄色ブドウ球菌の溶菌をOD630でモニターした。黄色ブドウ球菌のOD変化を、変化の起こる60分間の時間枠で割り算することにより、黄色ブドウ球菌の溶菌速度を定量した。その方程式を以下に示す:
【数1】
測定した速度をそれぞれの産生大腸菌培養物の最終的なOD630測定値で正規化することにより、特異的なリソスタフィン合成速度を決定した。
【0149】
(3.2)結果
grpEプロモーターおよび必須遺伝子folP-glmMの発現を制御する4種類のRBSコード配列バリアントのうちの1種類を有する負荷依存性リソスタフィン産生株を、模擬大規模生産条件下で培養した;模擬大規模生産条件は逐次継代によって達成した。図11から分かるように、非負荷依存性リソスタフィン産生BENDU5cam株に認められる産生の急激な低下と比較して、s6.4#5株(pgrpE)では、かなり高いリソスタフィン産生レベルが維持された。シード0におけるs6.4#5(pgrpE)およびBENDU5cam株の初期リソスタフィン産生速度は同一であったので、s6.4#5(pgrpE)におけるより軽微な産生速度低下は、リソスタフィン産生に由来する本質的により低い初期負荷に起因するものではない。
【0150】
まとめると、必須遺伝子folP-glmMの転写を大腸菌のヒートショックプロモーターpgrpEに共役させることによって、負荷依存性が、分泌リソスタフィンを合成するように工学的に改変した大腸菌における長期安定性および産生を向上させることが実証された。
【0151】
実施例4:メバロン酸を産生する負荷依存性大腸菌株は長期産生安定性の増強を示す
アセチル-CoAプールを介してグルコースをメバロン酸に転化する異種3段階酵素経路(Martinら、2003)を発現するプラスミドpMevTを大腸菌BL21(DE3)細胞に導入することによって、メバロン酸を合成するように工学的に改変した。負荷感知性特性を有し必須遺伝子の転写を制御するプロモーターを含む負荷依存性遺伝子回路は、模擬大規模生産条件下で、そのようなメバロン酸産生性大腸菌株の産生安定性を増強することが示される。負荷依存性産生株の生産性は、同種必須遺伝子の最適化翻訳強度を付与するRBSコード配列(表5)と組み合わせた負荷感知性プロモーターの株選択によってさらに最適化されることが示される。具体的には、folP-glmM転写を制御する負荷依存性プロモーターpcspD(酸化ストレスおよびグルコース飢餓感知性プロモーター)、またはpmutM(ヒートショック/DNA損傷感知性プロモーター)を含むメバロン酸産生株は、いずれもメバロン酸産生によって生ずる転写シグナルへの依存性のため、非負荷依存性株よりも生産性消失に対してより回復力を有することが示される。
【0152】
(4.1)材料と方法
負荷感知性プロモーター:実施例1.2.1に記載の方法で、表8に示されるpmutM特異的およびpcspD特異的なプライマーを用いたPCRによりpmutMプロモーターおよびpcspDプロモーターを増幅して、プロモーターpmutMおよびpcspDを含むプロモーター組込み配列を作成した。
【0153】
【表10】
【0154】
負荷依存性プロモーターの染色体組込み:リソスタフィン産生性プラスミドpMevTを含む大腸菌株BL21(DE3)pMevTの細胞において、以下の方法を用いて、ゲノムのfolP-glmM遺伝子上流にpmutMおよびpcspDを個別に組込んだ。組換えプラスミドのpSIM5-tetで予め形質転換した大腸菌株BL21(DE3)pMevTの細胞を調製し、プロモーター組込み配列のそれぞれを用いて実施例1.2.1に記載の方法で、エレクトロポレーションにより形質転換した。記載する組換えおよびpSIM5-tetの回復の工程の後に、同一プロモーター組込みであるがランダムバリアントRBS配列(表8を参照のこと)を有するクローンに対応する5コロニーを選択した。次いで、プラスミドpMevTの維持のためにクロラムフェニコールを添加した200μの2xYTを含む96穴プレートのウェルに各クローンを移して培養した。96穴プレートの凍結前に、2μlの各培養クローンを用い、実施例1.2.1に記載の方法で、プロモーターの組込みを検証した。
【0155】
メバロン酸産生スクリーニング:スクリーニングアッセイを用いて、メバロン酸生産性が最良の大腸菌株s19.1.1(pcspD)およびs9.1.4(pmutM)を同定した。その際、非負荷依存性産生大腸菌株BL21(DE3)pMevTと平行して、RBSとプロモーターの他の4種類の潜在的組み合わせを含む株を、1000倍希釈(60世代に対応する)の逐次6継代にわたり、以下の方法により96穴プレートで培養した。上記の株を、ブレスイージー密閉膜で密閉したマイクロタイタープレート中の30mg/Lのクロラムフェニコールおよび0.5mMのIPTGを含む200μLの2xYT培地で、水平振盪しながら37℃で21時間増殖させた。96穴プレートで150μLの培養物を50μlの50%グリセロールと混合して-80℃で保存した。さらに、2μlの10倍希釈培養物を、クロラムフェニコールおよび0.5mMのIPTGを添加した200μLの新鮮2xYT培地に移して、同一条件下でさらに21時間、増殖させた。上記と同様の継代を総計5回行い、各継代につき一晩培養した培養物から凍結保存物を作成した。
【0156】
メバロン酸合成および検出アッセイ:第2継代、第5継代および第6継代の凍結ストックを含む96穴プレートを氷上で解凍し、これらを用いて0.5mMのIPTGおよび30mg/Lのクロラムフェニコールを含む10mLの2xYTに接種して水平振盪(250rpm)しながら37℃で54時間培養した。各培養から300μLを分注して23μLの20%硫酸で処理し、激しく振盪した。次いで、13,000×gの遠心を2分間行い底に集めた。5mMの硫酸移動相(0.6mL/分)を用いた高速液体クロマトグラフィーUltimate3000のAminex HPX-87Hイオン排除カラム(300mm×7.8mm、Bio-Rad Laboratories)に50℃で上清(培地)試料を注入した。検出には屈折率検出器を用いた。同一条件下でインキュベートした非産生性大腸菌株の2xYT培地上清に溶解したメバロノラクトン(Sigma-Aldrich)を用いて、メバロン酸の標準曲線を作成した。
【0157】
(4.2)結果
プロモーターpcspDまたはpmutMおよび必須遺伝子folP-glmMの発現を制御する4種類のRBSコード配列バリアントのうちの1種類を有する負荷依存性メバロン酸産生株を、模擬大規模生産条件下で培養した;模擬大規模生産条件は逐次継代によって達成した。図12から分かるように、選択した負荷依存性株s19.1.1(pcspD)およびs9.1.4(pmutM)の両方が、非負荷依存性メバロン酸産生株BL21(DE3)pMevTに認められる急激な産生低下と比較して、かなり高いメバロン酸産生レベルを保持していた。各負荷依存性株の初期メバロン酸産生速度は、シード0における対照BL21(DE3)pMevT株と同一であったので、s19.1.1株(pcspD)およびs9.1.4株(pmutM)のより軽微な産生速度低下は、メバロン酸産生に由来する本質的により低い初期負荷に起因するものではない。
【0158】
まとめると、必須遺伝子folP-glmMの転写を大腸菌酸化ストレスおよびグルコース飢餓感知性プロモーターpcspD、ならびにヒートショック/DNA損傷感知性プロモーターpmutMに共役させることにより、負荷依存性が、メバロン酸を合成するように工学的に改変した大腸菌における長期安定性および産生を向上させることが実証された。
【0159】
実施例5:工学的に改変した組換え蛋白質産生の負荷に対して酵母細胞を依存性にする負荷センサーとしてのプロモーターの評価
【0160】
蛋白質または生合成経路の組換え体発現によって生じる細胞への負荷または負担を感知した後、必須遺伝子の発現を誘導することが可能なプロモーターを用いて、酵母での利用に合わせた負荷依存性遺伝子回路を作成することができる。候補プロモーターを評価する方法は、任意選択的に翻訳的に緑色蛍光蛋白質(GFP)に融合するのであってもよい組換えヒト血清アルブミン(hSA)またはインスリン前駆体(IP)を合成するように遺伝子操作した酵母細胞で例示される。
【0161】
候補負荷感知性プロモーターの活性に対して増殖を応答性にする目的で、標準的選択可能マーカーを用いて酵母細胞に形質導入する直鎖状DNA構築物の相同組換えを用いて、酵母サッカロマイセス・セレヴィシエにおける必須遺伝子の天然プロモーターを候補プロモーターに遺伝子置換する。一例として、候補プロモーターは、RNAポリメラーゼI(Laferteら、2006)、DNA損傷感知性プロモーター(例えば、pOGG1)、およびHAC1転写因子(Kimataら、2006)によって上方制御される変性蛋白質応答(UPR)プロモーターによって転写されるものなどのリボソームRNA遺伝子の上方制御プロモーターから選択されるのであってもよい。活性化した負荷感知性プロモーターが、非感知性プロモーターと比較して選択的な増殖上の利点を細胞に付与可能にするために、必須遺伝子の発現レベルを微調整する必要があるかもしれない。翻訳強度の範囲は、負荷感知性プロモーターと共に導入する翻訳開始領域を変えることによって工学的に調整できる。
【0162】
潜在的に異なる組み合わせの候補負荷感知性プロモーターを有するクローンを選択し、細胞分裂の30~100世代にわたって維持される蛋白質産生に関して評価した。
【0163】
(5.1)材料と方法
増殖培地:YPD培地は、1%酵母エキス、2%ペプトン、2%グルコースを含む。SC培地は、アミノ酸不含で硫酸アンモニウムを6.7g/Lの酵母ニトロゲンベースを含むが、ウラシルについては欠如する。
【0164】
染色体組込みおよびプロモーター構築物の検証:染色体組込み構築物は、天然に制御される遺伝子の上流300~600bpを含むであろう。プロモーター構築物の染色体組込みは、サッカロマイセス・セレヴィシエの形質転換および標準的エレクトロポレーション手段を用いる相同組み換えによって実施する。プロモーターが染色体に正しく組込まれたか否かについては、コロニーPCRを用いて検証した。
【0165】
長期培養および産生:各株の単一コロニーを24穴深底プレートに移して、250rpmおよび30℃にて、組換え蛋白質産生誘導条件下で1.8mLのYPD培地中で培養する。48時間の培養後に、同一条件下で1000倍の戻し希釈により細胞を新しい深底ウェルプレートに継代する。組換え蛋白質特異的アッセイ(例えば、GFP検出)を用いて、産生について試料を分析し、OD600で細胞密度をモニターする。
【0166】
選択株の増殖速度測定:個々の株の増殖速度を非負荷依存性産生株と比較する。96穴プレートをブレスイージー膜で密閉して、37℃にて754rpmで往復振盪しながらSynergy H1プレートリーダー上で20時間、増殖を測定する。OD600は10分毎に測定する。
【0167】
(5.2)結果
(5.2.1)HAC1上方制御プロモーター
任意選択的GFPに結合させたヒトインスリン前駆体またはヒト血清アルブミンを産生する組換え蛋白質産生性サッカロマイセス株において、天然の増殖制御性遺伝子(例えば、ピリミジン生合成に必須のオロチジン5’-リン酸脱炭酸酵素をコードする条件付き必須遺伝子URA3)の前に挿入した場合に、変性蛋白質応答(UPR)要素、例えば、KAR2(配列番号:91)、PDI1(配列番号:92)、SSA1(配列番号:93)またはFPR2(配列番号:94)を含むHAC1上方制御プロモーターは増殖制御に有用であることが示される。細胞分裂の60~80世代に対応する逐次継代による模擬長期生産下で、産生安定性を追跡する。増殖制御遺伝子(URA3)の転写を制御するHAC1上方制御プロモーターを含むサッカロマイセス株において、産生は対応する組換え蛋白質産生性サッカロマイセス親株よりも安定であると予想される。
【0168】
(5.3.2)RNAポリメラーゼI上方制御プロモーター
酵母においてRNAポリメラーゼIはリボソームRNA遺伝子を転写する。遺伝子RPL3(配列番号:95)、RPL6A(配列番号:96)およびRPL28(配列番号:97)のプロモーターなどのRNAポリメラーゼI上方制御プロモーターは、酵母必須遺伝子の増殖制御に有用である。潜在的にGFPに結合させるヒトインスリン前駆体またはヒト血清アルブミンを産生する組換え蛋白質過剰産生株において、そのような上方制御プロモーターを、天然の増殖制御性遺伝子(例えば、条件付きの必須遺伝子URA3)の前に挿入する。細胞分裂の60~80世代に対応する逐次継代による模擬長期生産で、産生安定性を実験的に追跡する。条件付き必須遺伝子URA3の転写を制御するRNAポリメラーゼI上方制御プロモーターを含むサッカロマイセス株においては、産生は、対応する組換え蛋白質産生性サッカロマイセス親株よりも安定であろう。
【0169】
(5.3.3)DNA損傷応答性プロモーター
異種発現による酵母のDNA損傷応答は、OGG1(配列番号:98)、RAD51(配列番号:99)およびRAD54(配列番号:100)を含むDNA修復システムの転写を広範に誘導する。OGG1、RAD51またはRAD54をコードする遺伝子のプロモーターは、必須遺伝子に制御可能に連結した場合には、本発明の酵母産生性細胞の増殖制御に有用である。任意選択的にGFPに融合した、ヒトインスリン前駆体またはヒト血清アルブミンを産生する酵母蛋白質産生株の細胞において、そのようなプロモーターを、天然の必須遺伝子(例えば、増殖制御遺伝子をコードするURA3)の前に挿入する。
【0170】
細胞分裂の60~80世代に対応する逐次継代による模擬長期生産下で、産生安定性を追跡する。pRAD51および/またはpRAD54上方制御必須遺伝子の株においては、産生はより安定であろう。
【0171】
まとめると、組換え蛋白質産生の負荷中に活性化したプロモーターまたはリボソームRNAプロモーター(表2)に関連するプロモーターから選択された負荷感知性プロモーターに必須遺伝子の転写を共役させることにより、ヒト血清アルブミンまたはインスリン前駆体産生を合成するように工学的に改変した出芽酵母細胞において、負荷依存性は長期安定性および産生を増強する。
【0172】
実施例6:長期産生安定性の増強を示すヒト血清アルブミン産生性の負荷依存性酵母株の例
酵母株に用いる負荷依存性システムは、以下の(1)~(3)をコードする遺伝子に由来するプロモーターを含む:
(1)サッカロマイセス・セレヴィシエおよびピキア・パストリスなどの酵母の変性蛋白質応答に属するシャペロニンをコードする蛋白質イソメラーゼPDI1であって、その存在量が、組換え蛋白質の過剰発現に応答して高頻度で上方制御される蛋白質イソメラーゼPDI1;
(2)RPL6A遺伝子およびRPL3遺伝子にコードされるリボソームサブユニット;
および
(3)DNA複製ストレス時に活性化されることが公知であるFPR2がコードするペプチジル-プロリルシス-トランスイソメラーゼ。ヒト血清アルブミンを発現分泌するように工学的に改変したピキア・パストリス株に、これらのプロモーターを基盤とする負荷依存性システムを導入した;その目的は、長期ヒト血清アルブミン(hSA)の産生安定性に対するそれらの効果を判定することであった。
【0173】
(6.1)材料と方法
ピキア・パストリス(Komagataella phaffii)株EGS31は、AOX1プロモーターの制御下でhSAをコードするALB1遺伝子のゲノム組込みcDNAバージョンによって、hSAを分泌するように工学的に改変したCBS7435株(NRRL-Y11430またはATCC76273)の誘導体である。
【0174】
株構築:負荷応答性プロモーターpPDI1、pFPR2、pRPL3およびpRPL6Aのいずれかに制御可能に連結されたkanMX条件付き選択性G418耐性遺伝子を含む構築物を遺伝子的に組込むことによって、EGS31株の負荷依存性型を作成した。750bp超の相同性アームに挟まれる直鎖状組込みDNA(それぞれ、配列N1~N3)でEGS31細胞を形質転換することによって、これらの負荷依存性構築物を、ピキア・パストリス株のKU70ゲノム遺伝子座に組込んだ。酢酸リチウムおよびジチオスレイトールで前処理した対数増殖細胞の形質転換は、標準的エレクトロポレーション処理を用いて実施した(WuおよびLetchworth、2004)。
【0175】
【表11】
【0176】
増殖培地:BMGYおよびBMMY液体培地(1L)は、以下のように調製した。10gの酵母エキスおよび20gのペプトンを700mLのHOに加え、磁気撹拌子を用いて撹拌し、次いでオートクレーブした。室温まで冷却した後、その溶液に以下を添加した:100mlの1Mリン酸カリウム緩衝液(pH6.0);100mlの13.4%(w/v)酵母ニトロゲンベース(アミノ酸を含まず、硫酸アンモニウムを含む);2mlの0.02%(w/v)ビオチン、およびBMGYの場合には、100mlの10%(v/v)グリセロールを加えた;またBMMYの場合には、100mLの5%(v/v)メタノールを加えた。
【0177】
培養:YPD(1%酵母エキス、2%ペプトン、2%D-グルコース)寒天プレートにEGS31および負荷依存性EGS31株を塗布し、30℃で一晩インキュベートした。単一コロニーを選択して2mLのBMGYで予備培養した;その際、50μg/mLのG418を負荷依存性株の培養物に添加して、300rpmで水平振盪しながら30℃で一晩培養した。発現培養物は、通気蓋を有する96穴深底プレート中で異なる濃度(0mg/mL、750mg/mL)のG418を含む500mLのBMMY培地に、1μLの予備培養を用いて播種し、「シード1」を作成した。
【0178】
培養物を(300rpmで水平振盪しながら)、30℃で72時間インキュベートした。次のシードを作成するために、通気蓋を有する96穴深底ウェルプレート中の異なる濃度(0mg/mL、750mg/mL)のG418を含む新しい500mLのBMMY培地に、さらに4回、増殖培養物を逐次継代した(500倍希釈)。各逐次継代時に、増殖培養物のグリセロールストック(20%グリセロール)を-80℃で保存した。
【0179】
分泌hSAの産生を定量するために、グリセロールストックからの定量培養物を、通気蓋を有する96穴深底ウェルプレート中の異なる濃度(0mg/mLおよび750mg/mL)のG418を含む500mLのBMMY培地で72時間再増殖させた。
【0180】
培養物を3000gで15分間遠心分離し、50mLの上清中の濃度を、hSA特異的ELISAキット(Abcamカタログ番号:ab179887: Human Albumin SimpleStep ELISA(登録商標)Kit)を用い製造元の指示にしたがって定量した。
【0181】
(6.2)結果
選択可能kanMX遺伝子に制御可能に連結されたゲノム組込み負荷依存性プロモーターPDI1を有する株は、G418を添加して株の負荷依存性システムを活性化した場合に、分泌hSAのより高い産生を示した(図13)。さらに、より高い選択(750mg/mLのG418)でおおよそ30細胞分裂後に試験した他の負荷依存性プロモーターのそれぞれについて、hSA産生に改善が認められた(図14A;シード1)。追加で約10細胞分裂さらに培養を行った場合には(図14B;シード2)、負荷依存性を活性化した(150~750mg/mLのG418)上記の株は、非負荷依存性対照および活性化負荷依存性を有していない株(0mg/mLのG418)と比較してhAS産生レベルの増加を示す。
【0182】
結論としては、例示の本発明の負荷依存性システムを含む酵母細胞培養物は、それらのそれぞれの負荷依存性システムを活性化する条件の下では、培養集団内に高生産性酵母バリアントの富化が起こると考えられる。hSA産生の増加は比較的短期の培養(30細胞分裂)後に検出可能となることもあるが、他方、高生産性酵母バリアントの富化は、伝統的培養では通常大幅な生産性低下を示す培養期間よりも長期の培養期間にわたって維持され、またさらには増強されたのである。
【0183】
実施例7:好適な負荷感知性プロモーター候補の同定
工学的に改変した異なる産生遺伝子および経路は、産生プロセスを示唆する異なる転写反応を誘起する。負荷センサーとして用いる好適なプロモーター候補を同定するため、以下の実験を実施した。
【0184】
方法:意図する発酵培地で対象とする遺伝子操作産生性微生物細胞を長期培養した培養物から、典型的な遺伝的エスケープ細胞を単離した。好適な遺伝的エスケープ細胞は、元々の遺伝子操作した産生細胞よりも少なくとも5%高い対数増殖期増殖速度および少なくとも30%低い産生速度または産物収量を有することを特徴とする。
【0185】
産生性細胞および対応するエスケープ細胞を、意図する発酵条件下、小規模化した条件下、または意図する発酵条件を模倣する振盪フラスコ条件下で培養した。産生性細胞の最高産生速度に対応する時点で、RNAシーケンシング用の試料を採取した。キットの製造元の指示にしたがい、Purelink RNA Miniキット(Thermo Fischer)を用いて全RNAを精製し、TruSeq Stranded mRNA kit(Illumina)を用いて調製した。読み取り配列をマップし、上記の株の参照ゲノムに対して分析した後、産生性細胞と対応するエスケープ細胞との間の識別的発現について分析を行った。
【0186】
結果:少なくとも1種類の単離した遺伝的エスケープ株と比較して、産生性生物において3倍超高い発現の識別的発現を示す遺伝子発現を起こさせるものとして、好適なプロモーターの候補を同定した。
【0187】
実施例8:IgA断片を産生する負荷依存性枯草菌株は、長期産生安定性の増強を示す
負荷感知性プロモーターは、C末端でGFPに融合したIgA断片(IgA-GFP)組換え蛋白質の細胞合成によって惹起された細胞内負荷誘導状態を感知しそれによって活性化し得るプロモーターであることが示される。活性化すると、負荷感知性プロモーターは、非産生性細胞と比較して、細胞に選択的な増殖上の利点を付与するのに充分なレベルまで、必須遺伝子(オペロン)iscUまたはaccCの発現を上昇させることが示される。必須遺伝子の同種負荷感知性プロモーターに応答する必須遺伝子発現のダイナミックレンジを最大化するため、その負荷感知性プロモーターに対して、異なる翻訳強度を付与するバリアントRBSコード配列(表3.2)をランダムに組み合わせた。
【0188】
負荷依存性遺伝子回路に用いる好適な負荷感知特性を有するプロモーターとしては、以下の模擬大規模生産条件下で培養した工学的改変産生株に具体的に示されるような、ヒートショックプロモーター、DNA損傷応答性プロモーター、および酸化ストレス応答性プロモーターが挙げられることを示す。
【0189】
(8.1)材料と方法
負荷感知性プロモーター:プロモーターPhrcAおよびPperR、ならびにそれらをそれぞれ標的必須遺伝子に組込む配列を、PCRおよびUSERクローニングにより作成して、組込みベクターを取得した(表10)。
【0190】
【表12】
【0191】
【表13】
【0192】
負荷依存性プロモーターの染色体組込み:候補負荷依存性株(表11)を作成するために、下記の方法で、IgA-GFP産生性EGS084株(amyE遺伝子座に挿入したpEG062の発現カセットを含む枯草菌KO7に対応する)のゲノムにおいてiscUまたはaccCのいずれかを含むオペロンの上流に、RBSバリアント(表3.2)に融合したプロモーターのそれぞれを有する組込みベクター(表10)を、相同組み換えによって組込んだ。以前に報告されているプロトコル(dx.doi.org/10.17504/protocols.io.bdmti46n)にしたがう標準的な枯草菌形質転換法によって、コンピテント細胞を調製し、pEG151~pEG166で形質転換した。スペクチノマイシン(200μg/mL)を添加したLB寒天プレートで形質転換細胞を選択し、プライマーE257/E258(iscU)またはE261/E262(accC)を用いたコロニーPCRで確認した。
【0193】
【表14】
【0194】
長期IgA-GFP産生アッセイ:カナマイシン(10μg/mL)を添加した500μL/ウェルのCal18-2培地(dx.doi.org/10.17504/protocols.io.bdmui46w)を含む96穴深底プレートに、各負荷依存性IgA-GFP産生株の単一選択コロニーを接種した。30℃/250RPMの水平振盪恒温器(Innova、2インチの強度)上で、培養物を24時間増殖させた。次いで、1μLの各培養を(逐次継代として)、同一培養条件下で新しい深底ウェルプレート中の新鮮な499μLのCal18-2培地(継代当たりおおよそ10世代対応する)に移した。上記方法の工程を総計13回反復実施した。各逐次継代時に、保存および追跡試験のために100μLの各株を等量の50%グリセロールと混ぜてストックした。各継代後にIgA-GFP発現の定量を目的として、上記の増殖条件でさらに24時間各培養物を増殖させた。2000gで5分間の遠心により、その培養物を底に集めてから、1容のPBSで2回洗浄した。20μLの培養試料を、96穴プレート中の180μlのPBSに加えて(10倍希釈)、Synergy H4プレートリーダー(Biotek)でOD600およびGFP蛍光(λex/λex=485nm/528nm)を測定することにより、細胞密度およびIgA-GFP産生を定量した。GFP非産生性枯草菌KO7株において測定した同様の値を減算した後のOD600値に対して正規化したGFPシグナルとして、各培養物の特定の産生レベルを定量した。
【0195】
(8.1)結果
500倍希釈の逐次5継代(おおよそ65細胞世代)にわたる長期培養後に、IgA-GFP産生を定量したところ、負荷依存性株においてIgA-GFP産生の改善が認められた(図15および図16)。
【0196】
上記の方法論に基づけば、他の産生株の転写負荷応答に適合する可能性のある他の候補負荷センサーを用いて、類似の負荷依存性株を作成することができる。それらの好適性は、上記考案の長期産生アッセイまたは例えば連続的小規模(例えば、400mL)産生培養物を用いて容易に評価することができる。
【0197】
実施例9:複数必須遺伝子を制御する負荷依存性は産生を改善する
本実施例では、所望の産物の産生を増加させ、産生細胞が生産的である期間をさらに延長することを目的として、異なる必須遺伝子を制御する2種類(および類推としてさらに多く)の負荷感知性プロモーター(オペロン)を単一産生細胞に導入する方法を示す。さらに、必須遺伝子を制御する2種類以上の負荷センサーを用いることによって、課された依存性に基づく選択レジームを対象とする転写域(transcriptional space)をさらに制御することができる。
【0198】
accC必須遺伝子オペロンの天然プロモーターを、それぞれ候補負荷センサーPctsR、PdnaKおよびPhrcAで置換することにより、負荷依存性IgA-GFP産生株EGS340(iscU必須遺伝子オペロンを制御するPhrcA)の遺伝的形質転換を行った。
【0199】
(9.1)材料と方法
負荷依存性プロモーターの染色体組込み:ベクターバックボーンについてはプライマーE372/E373を用い、pDG1662(Guerout-Fleuryら、1996)のクロラムフェニコール耐性マーカーについてはE374/E375を用いて、pEG159~pEG166中のスペクチノマイシン耐性マーカーをクロラムフェニコール耐性マーカーに置換しpEG204~pEG211(表10)を作成した。下に示す方法で、上記プロモーターのそれぞれを、EGS340株(iscU必須遺伝子オペロンを制御するPperRを含むEGS084に対応する)のゲノム中のaccCを含む必須遺伝子オペロンの上流に組込んだ。既報の方法(dx.doi.org/10.17504/protocols.io.bdmti46n)にしたがってコンピテント細胞を調製し、pEG204~pEG211で形質転換した。クロラムフェニコール(5μg/mL)を添加したLB寒天プレート上で形質転換細胞を選択し、プライマーE261/E262を用いたコロニーPCRで確認を行った。
【0200】
【表15】
【0201】
長期IgA-GFP産生アッセイ:96穴深底プレート中の500μL/ウェルでカナマイシン(10μg/mL)を添加したCal18-2培地(dx.doi.org/10.17504/protocols.io.bdmui46w)に、各負荷依存性IgA-GFP産生株の単一選択コロニーを接種した。30℃/250RPM水平振盪恒温器(Innova、2インチ強度)上で、この培養物を24時間増殖させた。次いで、1μLの各培養物を(逐次継代として)、同一培養条件下で新しい深底ウェルプレート中の499μLの新鮮Cal18-2培地(継代当たりおおよそ10世代に対応する)に移した。上記方法の工程を総計13回反復実施した。各逐次継代時に、保存および追跡試験のために100μLの各株を等量の50%グリセロールと混ぜてストックした。各継代後にIgA-GFP発現の定量を目的として、上記の増殖条件でさらに24時間各培養物を増殖させた。2000gで5分間の遠心により、その培養物を底に集めてから、1容のPBSで2回洗浄した。20μLの培養試料を、96穴プレート中の180μlのPBSに加えて(10倍希釈)、Synergy H4プレートリーダー(Biotek)でOD600およびGFP蛍光(λex/λex=485nm/528nm)を測定することにより、細胞密度およびIgA-GFP産生を定量した。GFP非産生性枯草菌KO7株において測定した同様の値を減算した後のOD600値に対して正規化したGFPシグナルとして、各培養物の特定の産生レベルを定量した。
【0202】
細胞破壊およびELISA:PBSで洗浄後に、2000gで5分間の遠心により上記培養物を底に集めた。沈殿を1容の溶解緩衝液(10mMのTris(pH7.5)、150mMのNaCl、500μMのEDTA)に再懸濁した;6000gで5分間の遠心により再び底に集めて、リゾチーム(10mg/mL)を含む1容の溶解緩衝液に再懸濁した。反応液を37℃で30分間インキュベートすることにより、細胞を破壊した。次いで、反応液を手短にボルテックスで混和してから、4℃にて12000gで30分間の遠心で底に集めた。AbcamのPig IgA ELISA Kit (ab190536)を用い、(発色性基質添加後に、各ウェルの600nmの吸光度を40秒毎に10分間読み取ることを除き)製造元のプロトコルにしたがって、上記の上清をELISAで測定した。元々の培養物のOD600に対する値の傾きとして、相対IgA濃度を算出した。
【0203】
(9.2)結果
単一負荷センサー株EGS340は、iscU必須遺伝子オペロン(EGS340)の転写を制御する、pperRを基盤とする負荷センサーのみを保持している。EGS340を、その派生株(accC必須遺伝子オペロンの転写もまた、それぞれpctsRを基盤とする負荷センサー(EGS460)、pdnaKを基盤とする負荷センサー(EGS462)、およびphrcAを基盤とする負荷センサー(EGS466)によって制御される)と比較する。おおよそ75細胞世代の長期培養後に、IgA-GFP産生を定量したところ、負荷依存性株においてIgA-GFP産生の改善が認められた(図17および図18)。
【0204】
上記の方法論に基づけば、他の産生株の転写負荷応答に適合する可能性のある他の候補負荷センサーを用いて、類似の負荷依存性株を容易に作成することができる。それらの好適性は、上記考案の長期産生アッセイまたは連続的小規模(例えば、400mL)産生培養物を用いて容易に評価することができる。
【0205】
実施例10:好適な負荷感知性プロモーターを同定する別法
本実施例では、特定産生株における長期異種産生性の持続を目的として、負荷依存性に用いる好適な候補負荷感知性プロモーターを同定する。
【0206】
上記の方法は、デノボディスカバリー(RNAシーケンシング)に関する任意選択的トラック1、および推定負荷感知性プロモーターの確認(q-PCR)に関するトラック2に分けられる。
【0207】
トラック1では、RNAシーケンシングを用いて、(例えば、温度、撹拌、産物/副産物/基質濃度/増殖期について)典型的な産生条件下で産生性生物におけるコード遺伝子の転写活性を、同一の典型的な産生条件下の単離非産生性/低産生性生物の転写活性と比較する。単離非産生性/低産生性生物の培養物は、任意選択的に、産生性生物の対応する培養物において、所定の時間に概ね認められる濃度となるように、産物を添加するのであってもよい。非産生性/低産生性単離物は典型的には(好ましい)50~100回超の分裂培養後に単離可能であるが、1種類または複数種類の主要な異種産生遺伝子を遺伝的に不活性化することにより、遺伝子操作で好適な単離株を作成することもまた可能である。
【0208】
RNAシーケンシングは、好ましくは、当該技術分野において公知の標準的方法にしたがうイルミナショートリードシーケンシングを用いて、好ましくは少なくとも3回繰り返して実施する。
【0209】
差別化遺伝子発現についての標準的な生物情報学的分析を用いて(例えば、edgeRワークフロー(DOI:10.18129/B9.bioc.edgeR)を含める)、同一の典型的産生条件下の非産生性/低産生性培養と比較して、高産生培養物において少なくとも5~10倍上方制御される遺伝子から好適な候補負荷感知性プロモーターを同定する。この方法論を用いて候補負荷感知性プロモーターを同定することにより、(単純に産生ストレスと比較して)産物生成の負荷によって選択的に活性化するプロモーターを検出することが可能である。
【0210】
次に、トラック2では、試料のq-PCRを用いて、(トラック1または他のリストに由来する)推定負荷感知性プロモーターを確認するが、その際には、同様に1種類の非産生性/低産生性生物を、(例えば、温度、撹拌、産物/副産物/基質濃度/増殖期について)同一の典型的な産生条件下の高産生単離物と比較する。同一の典型的産生条件下の非産生性/低産生性培養と比較して、高産生培養物において少なくとも5~10倍上方制御される遺伝子から好適な候補負荷感知性プロモーターを同定する。
【0211】
実施例11:複数の必須遺伝子を制御する負荷依存性は、大腸菌における組換えヒト成長ホルモンの産生を改善する
第2の必須遺伝子の転写を制御する、例えば、該リストから選択され上記のようにスクリーニングされた付加的な異なる1種類の負荷感知性プロモーターの組込みによって、負荷依存性大腸菌株s7.6#8の長期産生安定性が改善された。
【0212】
(11.1)材料と方法
標準的なエレクトロポレーションを用いてs7.6#8の単一コロニーをpKD46などの組換えプラスミドで形質転換した。組換えを用いて、異なるRBS(表3.1)に融合した候補負荷感知性プロモーター(表2)を、必須遺伝子murIまたは類似の必須遺伝子の直接上流の染色体中に組込み、組込み構築物に存在するスペクチノマイシン耐性遺伝子を用いて選択を行った。
【0213】
上記の組換えおよび組換えプラスミドの回復の工程後に、同一プロモーター組込みを有するが、ランダムバリアントのRBS配列を含むクローンに対応する5コロニーを選択した。次いで、プラスミドpMevTの維持のためにクロラムフェニコールを添加した200μの2xYTを含む穴96プレートに各クローンを移して培養した。96穴プレートの凍結前に、2μlの各培養クローンを用いて、実施例1.2.1に記載の方法で、プロモーターの組込みを検証した。
【0214】
(11.2)結果
得られた異なるクローンを長期産生安定性について、200倍希釈の逐次継代で評価した。おおよそ75細胞世代の長期培養後に、IgA-GFP産生を定量したところ、新規株では、単一負荷制御必須遺伝子のみを有する単一負荷依存性株と比較してIgA-GFP産生の改善が認められた。
【0215】
実施例12:TIS配列バリエーションを有する必須遺伝子CIA1の発現調整は、ピキア・パストリス株において応答性増殖を示す
本実施例では、必須遺伝子のTIS(翻訳開始部位)配列のバリエーションによる増殖制御を示す。必須遺伝子の翻訳強度はTIS配列のバリエーションよって異なり、そのようなTIS配列のバリエーションは、真核生物において、必須遺伝子の発現レベルに対する負荷感知性プロモーターの負荷応答性を漸増的に調べる目的で利用することができる;そのようなTIS配列におけるバリエーションは、原核生物におけるリボソーム結合部位の利用の場合と類似したものである。
【0216】
(12.1)材料と方法
TIS(翻訳開始部位)配列のバリエーションを有する負荷応答性プロモーター:強度を増大させる異なるTIS配列を有するプロモーターPgsh2(ピキア・パストリス相同体CDSであるchr1-4_0496のプロモーター)のバリエーションおよびcia1(ピキア・パストリス相同体CDS:chr1-3_0207)必須遺伝子組込み配列を作成した;その作成は、組込み断片(表14)を生成するPCRおよびUSERクローニングによって行った。
【0217】
【表16】
【0218】
TIS配列バリエーションを有する負荷応答性プロモーターの染色体組込み:IgAL-NanoLuc産生EGS621株において、必須遺伝子cia1を調整発現する株を作成するため、cia1のCDSの上流の相同組み換えにより、以下の方法で、TIS配列バリエーションを有するプロモーターPgsh2を含む組込み断片(表14)の組込みを行った。標準的ピキア形質転換法(WuおよびLetchworth 2018)にしたがって、エレクトロコンピテント細胞を調製し、組込み断片INT1、INT3、INT5、およびINT9で形質転換した。Zeocin(登録商標)(50μg/mL)を添加したYPD寒天プレートで形質転換体を選択し、プライマーE521(配列番号:237)およびE627(配列番号:238)を用いたコロニーPCRで確認を行った。
【0219】
【表17】
【0220】
ピキアTIS配列増殖応答アッセイ:親株EGS621およびTIS配列バリアントEGS1100、EGS1101、EGS1102、およびEGS1104の単一コロニーをそれぞれ、30μLのMilliQ HOで希釈した。5μLの希釈コロニーを95μLのYPD培地に接種して予備培養物を調製した。EGS621コロニーにG418(50μg/mL)を添加し、残りのコロニーにはZeocin(登録商標)(50μg/mL)を添加した。予備培養物を300RPMで振盪しなら30℃一晩増殖させた。次いで、一晩予備培養物を、適切な抗生物質を添加したYPD培地で1000倍に希釈した。96穴培養プレート中の適切な抗生物質を添加した99μLのYPDに、1μLの希釈培養物を接種して、ブレスイージー(登録商標)密閉膜(Sigma-Aldrich;ドイツ、ダルムシュタット)で密閉した。上記の96穴プレートをSynergy4プレートリーダー(BioTek、Vermont、USA)上に置き、以下の設定を用いて培養物を増殖させた:30℃、高速振盪速度、および10分毎のOD600の測定を48時間。
【0221】
(12.2)結果
全株の増殖差を示す(図19を参照のこと)。天然のプロモーターPcia1を有する親株(EGS621)は、最速増殖を示した。cia1のCDSの直ぐ上流に組込まれたPgsh2プロモーターのTIS配列バリエーションを有する株(EGS1100、EGS1101、EGS1102、およびEGS1104)は、それらの相対TIS強度に合致する増殖を示す。最強のTIS配列であるTIS9を有する株(EGS1104)は、親株(EGS621)よりもわずかに遅い増殖を示したが、TIS株(EGS1100、EGS1101、EGS1102、およびEGS1104)間では最速増殖であった。最も弱いTIS配列を有する株TIS1(EGS1100)は、全株中で最も緩徐な増殖を示した。TIS3(EGS1101)株およびTIS5(EGS1102)株は、4種類のTIS配列中の相対強度に合致する増殖を示した。
【0222】
まとめると、ピキア株の増殖が、cia1 CDSの直ぐ上流に組込まれたPgsh2のTIS配列強度に応答性であることが実証され、このことは、cia1がピキア株の増殖にとって必須な遺伝子であることの裏付けとなる。
【0223】
実施例13:アスペルギルス・オリゼの産生株への負荷依存性の導入
本発明の負荷依存性システムはまた、真菌などの他の真核生物に導入するのであってもよい。本明細書では、アスペルギルス・オリゼ産生株への負荷依存性導入の例を説明する。
【0224】
(13.1)負荷感知性プロモーター要素
負荷感知性プロモーターの例としては、bipA(例えば、配列番号。189)、clxA(例えば、配列番号:190)、およびagsA(例えば、配列番号:239)の遺伝子相同体のプロモーター配列(開始コドンの750bp上流)が挙げられる。負荷依存性アスペルギルス・オリゼ産生株を作成するために、ERG10(例えば、配列番号:240)、PFS2(例えば、配列番号:242)またはTUB1(例えば、配列番号:244)相同体などの必須遺伝子の前に負荷プロモーターを組込む。必須遺伝子の発現を調整するために、表3.3に示すような4種類の異なるバリアントの翻訳開始配列(TIS)ライブラリーと共に負荷感知性プロモーターを組込む。これらのバリアントでは、プロモーター配列の最後の6ヌクレオチド、すなわち、開始コドンに対して-6~-1が置換されている。負荷依存性組込み断片の例を表16に示す。
【0225】
【表18】
【0226】
(13.2)負荷感知性組込み構築物の作成
天然の必須遺伝子プロモ-ターを負荷感知性プロモーターに置換するために、必須遺伝子を標的とする3種類のDNA断片を、標準的な分子クローニングによって調製する。各必須遺伝子開始コドン上流および下流おおよそ1.5kbpの領域(それぞれ、ERG10、PFS、およびTUB1)を、アスペルギルス・オリゼRIB40のゲノムDNAから増幅する。次いで、bipA、clxA、およびagsAの開始コドンの直ぐ上流の750bpプロモーター領域を、それぞれアスペルギルス・オリゼゲノムDNAから同様に増幅する。最後に、選択マーカー(例えば、amdSまたはpyrG)を含む合成遺伝子断片を取得する。例えば、ギブソンアセンブリ技術を用いて、全断片をアセンブルする。PCRを用いて、アセンブリ反応物から、全長ノックアウト構築物を増幅する。
【0227】
Christensenら、1988などの標準プロトコルにしたがって、アスペルギルス・オリゼのプロトプラストを調製し、負荷感知性組込み構築物で形質転換して適切な培地で選択する。
【0228】
形質転換株および負荷感知性プロモーター要素を含まない参照産生株の胞子を接種した10mlのYPM培地(2g/lの酵母エキス、2g/lのペプトン、および2%のマルトース)を含む振盪フラスコを用いて、発現アッセイを実施する;30℃、200 rpmで4日間インキュベートした後、産物のサンプリングを行う。
【0229】
流加発酵でさらなるアッセイも実施する:タンク培地(24g/Lのスクロース、10g/Lの酵母エキス、5g/Lの(NHSO、2g/LのMgSO-7HO、2g/LのKSO、1g/Lのクエン酸、2g/LのKHPO、0.5ml/Lの微量金属溶液)、温度34℃、通気1vvm、およびpHは10%のNHOHを用いて6.0に調整する。負荷感知性組込み構築物を含む形質転換株および参照株のシード培養物(振盪フラスコ(20g/Lのグリセロール、18g/Lの酵母エキス)中、30℃および250rpmで1日間、予備増殖した胞子)を、培地に接種する。pH>6.4であれば、3.33g/L/hの速度で原料供給(400g/Lのマルトースシロップ、1g/Lのクエン酸)を開始する。酸素圧が低くなり過ぎ(<20%)ないように撹拌速度を制御する。

参考文献

Bonde, M. T., Pedersen, M., Klausen, M. S., Jensen, S. I., Wulff, T., Harrison, S., et al. (2016). Predictable tuning of protein expression in bacteria. Nat. Methods 13. doi:10.1038/nmeth.3727.
Christensen, T., Woeldike, H., Boel, E. et al. (1988) High Level Expression of Recombinant Genes in Aspergillus Oryzae. Nat Biotechnol 6, 1419-1422. doi.org/10.1038/nbt1288-1419
Falkenberg et al (2022). Protein expression in Bacillus subtilis. Oct 27, 2022. Website: protocols.io. dx.doi.org/10.17504/protocols.io.bdmti46n
Giaever G et al., Nature. 2002 Jul 25;418(6896):387-91. DOI: 10.1038/nature00935
Jain, R., Kumar, P. & Varshney, U. A distinct role of formamidopyrimidine DNA glycosylase (MutM) in down-regulation of accumulation of G, C mutations and protection against oxidative stress in mycobacteria. DNA Repair (Amst). 6, 1774-1785 (2007).
Guerout-Fleury AM, Frandson N, Stragier P. 1996. Plasmids for ectopic integration in Bacillus subtilis. Gene 180:57-61
Koskiniemi, S., Pranting, M., Gullberg, E., Nasvall, J., & Andersson, D. I. (2011). Activation of cryptic aminoglycoside resistance in Salmonella enterica. Molecular Microbiology, Vol. 80, pp. 1464-1478. https://doi.org/10.1111/j.1365-2958.2011.07657.x
Kimata, Y., Ishiwata-Kimata, Y., Yamada, S., and Kohno, K. (2006). Yeast unfolded protein response pathway regulates expression of genes for anti-oxidative stress and for cell surface proteins. Genes to Cells 11, 59-69. doi:10.1111/j.1365-2443.2005.00921.x.
Laferte, A., Favry, E., Sentenac, A., Riva, M., Carles, C., and Chedin, S. (2006). The transcriptional activity of RNA polymerase I is a key determinant for the level of all ribosome components. Genes Dev. 20, 2030-2040. doi:10.1101/gad.386106.
Maeda, M., Shimada, T., and Ishihama, A. (2015). Strength and Regulation of Seven rRNA Promoters in Escherichia coli. PLoS One 10, 1-19. doi:10.1371/journal.pone.0144697.
Nonaka, G., Blankschien, M., Herman, C., Gross, C. a, and Rhodius, V. a (2006). Regulon and promoter analysis of the E. coli heat-shock factor, sigma32, reveals a multifaceted cellular response to heat stress. Genes Dev. 20, 1776-89. doi:10.1101/gad.1428206.
Pitera, D. J., Paddon, C. J., Newman, J. D., and Keasling, J. D. (2007). Balancing a heterologous mevalonate pathway for improved isoprenoid production in Escherichia coli. Metab. Eng. 9, 193-207. doi:10.1016/j.ymben.2006.11.002.
Rugbjerg, P., Sarup-Lytzen, K., Nagy, M., and Sommer, M. O. A. (2018). Synthetic addiction extends the productive life time of engineered Escherichia coli populations. Proc. Natl. Acad. Sci. 115, 2347-2352. doi:10.1073/pnas.1718622115.
Wu, S. and Letchworth, G.J. (2004) High efficiency transformation by electroporation of Pichia pastoris pretreated with lithium acetate and dithiothreitol. Biotechniques 36, 152-154
Wu an Letchworth (2018) High efficiency transformation by electroporation of Pichia pastoris pretreated with lithium acetate and dithiothreitol. BIOTECHNIQUESVOL. 36, NO. 1DRUG DISCOVERY AND GENOMIC TECHNOLOGIES. doi.org/10.2144/04361DD02.
Yoon, S. H., Han, M. J., Lee, S. Y., Jeong, K. J., and Yoo, J. S. (2003). Combined transcriptome and proteome analysis of Escherichia coli during high cell density culture. Biotechnol. Bioeng. 81, 753-767. doi:10.1002/bit.10626.
Uppal, S., Shetty, D. M., & Jawali, N. (2014). Cyclic AMP receptor protein regulates cspd, a bacterial toxin gene, in Escherichia coli. Journal of Bacteriology, 196(8), 1569-1577. https://doi.org/10.1128/JB.01476-13
Yamanaka, K., & Inouye, M. (1997). Growth-phase-dependent expression of cspD, encoding a member of the CspA family in Escherichia coli. Journal of Bacteriology, 179(16), 5126-5130. https://doi.org/10.1128/jb.179.16.5126-5130.1997
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
【配列表】
2024531241000001.app
【手続補正書】
【提出日】2024-05-16
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】配列表
【補正方法】追加
【補正の内容】
【配列表】
2024531241000001.xml
【国際調査報告】