(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-08-29
(54)【発明の名称】ウイルス膜融合阻害剤を最適化する方法、および広域スペクトルの抗コロナウイルスリポペプチドとその応用
(51)【国際特許分類】
C07K 14/00 20060101AFI20240822BHJP
A61P 31/14 20060101ALI20240822BHJP
A61K 47/62 20170101ALI20240822BHJP
A61K 38/16 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
C07K14/00 ZNA
A61P31/14
A61K47/62
A61K38/16
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024508915
(86)(22)【出願日】2022-05-19
(85)【翻訳文提出日】2024-02-09
(86)【国際出願番号】 CN2022094001
(87)【国際公開番号】W WO2023155318
(87)【国際公開日】2023-08-24
(31)【優先権主張番号】202210156260.2
(32)【優先日】2022-02-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】524056363
【氏名又は名称】悦康薬業集団股分有限公司
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】何玉先
(72)【発明者】
【氏名】朱園美
(72)【発明者】
【氏名】種輝輝
(72)【発明者】
【氏名】劉念
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4C076CC35
4C076CC41
4C076EE41
4C076EE59
4C076FF63
4C084AA02
4C084AA07
4C084BA01
4C084NA14
4C084ZB33
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045BA41
4H045BA55
4H045BA56
4H045EA20
4H045FA10
(57)【要約】
本開示は、ウイルス膜融合阻害剤を最適化する方法、および広域スペクトルの抗コロナウイルスリポペプチドとその応用に関する。本開示は、化合物またはその薬学的に許容可能な塩またはその誘導体を提供し、前記化合物は、式(I)または式(II)で表され、X
1はアミノ末端保護基であり、X
2はポリペプチドであり、アミノ酸配列は(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであり、X
3は、リジンまたはシステインまたは2,3-ジアミノプロピオン酸またはオルニチンまたは2,4-ジアミノブタン酸または2,7-ジアミノヘプタン酸であり、X
4はX
3に修飾された親油性の化合物官能基であり、またはX
2のKに修飾された親油性の化合物官能基であり、X
5はカルボキシ末端保護基である。本開示の化合物は、性質が安定であり、コロナウイルスに起因する疾患を予防および治療するための薬物組成物の調製に用いられ、非常に効果的で広域スペクトルの新型コロナウイルス膜融合阻害剤であり、前記薬物組成物は、コロナウイルスに起因する疾患の予防および治療のために使用される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)または式(II)で表される化合物またはその薬学的に許容可能な塩またはその誘導体であって、
【化1】
式(I)および式(II)において、X
1はアミノ末端保護基であり、
式(I)および式(II)において、X
2はポリペプチドであり、アミノ酸配列は(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであり、nはEAAAK配列の繰り返し回数を表す5以下の自然数であり、
式(I)において、X
3は、リジンまたはシステインまたは2,3-ジアミノプロピオン酸(Dap)またはオルニチン(Orn)または2,4-ジアミノブタン酸(Dab)または2,7-ジアミノヘプタン酸(Dah)であり、
式(I)において、X
4はX
3に修飾された親油性の化合物官能基であり、
式(II)において、X
4はX
2のKに修飾された親油性の化合物官能基であり、
式(I)および式(II)において、X
5はカルボキシ末端保護基である、化合物またはその薬学的に許容可能な塩またはその誘導体。
【請求項2】
前記化合物は、式(I)で表される化合物であり、
そのうちX
1はアセチル基(Ac)であり、X
2はEAAAKであり、X
3はリジンであり、親油性の化合物はコレステロールコハク酸モノエステルであり、X
5はNH
2である、請求項1に記載の化合物またはその薬学的に許容可能な塩またはその誘導体。
【請求項3】
前記化合物は、式(I)で表される化合物であり、
そのうちX
1はアセチル基(Ac)であり、X
2はEAAAKであり、X
3はリジンであり、親油性の化合物は塩化ステアリルであり、X
5はNH
2である、請求項1に記載の化合物またはその薬学的に許容可能な塩またはその誘導体。
【請求項4】
下記(a1)~(a3)のいずれかの多量体であって、
(a1)請求項1~3のいずれか1項に記載の化合物で形成される多量体であり、
(a2)請求項1~3のいずれか1項に記載の薬学的に許容可能な塩で形成される多量体であり、
(a3)請求項1~3のいずれか1項に記載の誘導体で形成される多量体である、多量体。
【請求項5】
下記(b1)~(b4)のいずれかの応用であって、
(b1)コロナウイルス膜融合阻害剤の調製における応用であり、
(b2)コロナウイルスに起因する疾患を予防および/または治療するための薬物の調製における応用であり、
(b3)コロナウイルス膜融合阻害剤としての応用であり、
(b4)コロナウイルスに起因する疾患を予防および/または治療するための応用である、請求項1~3のいずれかに記載の化合物またはその薬学的に許容可能な塩またはその誘導体の応用。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか1項に記載の化合物またはその薬学的に許容可能な塩またはその誘導体を含む製品であって、
前記製品は、下記(c1)または(c2)の機能を果たし、
(c1)コロナウイルス膜融合阻害剤としての機能であり、
(c2)コロナウイルスに起因する疾患を予防および/または治療する機能である、製品。
【請求項7】
ウイルス膜融合阻害剤の抗ウイルス活性および/または安定性を増強する製品の調製におけるリンカーポリペプチドの応用であって、
前記リンカーポリペプチドのアミノ酸配列は(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであり、nは5以下の自然数である、応用。
【請求項8】
ウイルス膜融合阻害剤の抗ウイルス活性および/または安定性を増強する方法であって、
前記方法は、リンカーポリペプチドをウイルス膜融合阻害剤に連結するステップを含み、そのうち前記リンカーポリペプチドのアミノ酸配列は、(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであり、nは5以下の自然数である、方法。
【請求項9】
下記ステップ(d1)またはステップ(d2)を含む、改変されたウイルス膜融合阻害剤の調製方法であって、
(d1)アミノ酸配列が(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであるリンカーポリペプチドを連結アームとして用い、改変前のウイルス膜融合阻害剤とX
3(X
4)基を連結することによりリポペプチドを取得し、X
3(X
4)基において、X
4はX
3に修飾され、X
3はリジンまたはシステインまたは2,3-ジアミノプロピオン酸(Dap)またはオルニチン(Orn)または2,4-ジアミノ酪酸(Dab)または2,7-ジアミノヘプタン酸(Dah)であり、X
4は親油性の化合物官能基であり、nは5以下の自然数であり、
(d2)アミノ酸配列が(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであるリンカーポリペプチドを連結アームとして用い、改変前のウイルス膜融合阻害剤とX
4基を連結することによりリポペプチドを取得し、そのうちX
4は、親油性の化合物官能基であり、リンカーポリペプチドのKに修飾され、nは5以下の自然数であり、
前記リポペプチドは、改変後のウイルス膜融合阻害剤である、調製方法。
【請求項10】
下記(e1)または(e2)の改変されたウイルス膜融合阻害剤であって、
(e1)アミノ酸配列が(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであるリンカーポリペプチドを連結アームとして用い、改変前のウイルス膜融合阻害剤とX
3(X
4)基を連結することによりリポペプチドを取得し、X
3(X
4)基において、X
4はX
3に修飾され、X
3はリジンまたはシステインまたは2,3-ジアミノプロピオン酸(Dap)またはオルニチン(Orn)または2,4-ジアミノ酪酸(Dab)または2,7-ジアミノヘプタン酸(Dah)であり、X
4は親油性の化合物官能基であり、nは5以下の自然数であり、
(e2)アミノ酸配列が(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであるリンカーポリペプチドを連結アームとして用い、改変前のウイルス膜融合阻害剤とX
4基を連結することによりリポペプチドを取得し、そのうちX
4は、親油性の化合物官能基であり、リンカーポリペプチドのKに修飾され、nは5以下の自然数であり、
前記リポペプチドは、改変後のウイルス膜融合阻害剤である、改変されたウイルス膜融合阻害剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ウイルス膜融合阻害剤を最適化する方法、および広域スペクトルの抗コロナウイルスリポペプチドとその応用に関する。
【背景技術】
【0002】
膜融合は、極めて重要な生物学的現象であり、例えば受精卵の形成や細胞内小胞輸送などの生理的プロセスは膜融合によって達成される。エイズウイルス(HIV)、インフルエンザウイルス、肝炎ウイルス、エボラウイルス、ジカウイルス、サーズ(SARS)コロナウイルス、中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルス、そして現在人類の集団に猛威を振るっている新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)など、ヒトの健康に深刻な脅威をもたらす数多くのウイルスも膜融合によって宿主細胞に感染する。ウイルス膜融合は、HIVのエンベロープタンパク質のgp41サブユニットやコロナウイルスのスパイクSタンパク質のS2サブユニットなどのウイルス粒子表面に存在する融合タンパク質によって媒介される。融合タンパク質は、通常、配列構造において融合ペプチド(FP)、ヘプタペプチドリピートドメイン1(HR1)、ヘプタペプチドリピートドメイン2(HR2)および膜貫通領域(TM)などの重要な機能領域を含む。ウイルス膜融合の際、融合タンパク質は劇的なコンフォメーション変化を起こし、まずFPが露出して標的細胞膜に挿入され、続いてHR1が三量体らせんを形成し、HR2がHR1三量体によって形成された溝の中に逆方向に折り畳まれて典型的な六重らせん束構造(6-HB)となり、それによってウイルス膜と細胞膜を引き寄せて融合反応を引き起し、ウイルスの遺伝子物質が融合孔を通過して標的細胞内に入ることを可能にする。研究により、多くのウィルスHR1およびHR2領域に由来するポリペプチドが、融合前の状態にある融合タンパク質に競合的に結合して6-HB構造の形成を阻害する作用機序によって、ウイルス膜融合阻害剤として作用することが見出された。現在、HIV治療薬であるT20(エンフビルペプチド)は、米国で唯一FDAによって臨床使用が承認されているウィルス膜融合阻害薬であり、かかる標的をターゲットとした抗ウィルス薬の開発が日増しに重視されつつある。ポリペプチドの半減期と抗ウィルス活性を向上させるため、脂質化合物(例えば、脂肪酸とコレステロールなど)の修飾を利用したリポペプチド(lipopeptide)が近年のウィルス膜融合阻害薬の開発で注目を浴びている(非特許文献1)。
【0003】
コロナウイルス(CoV)は、エンベロープを持つ一本鎖のプラス鎖RNAウイルスであり、α、β、γとδの4つの属に分類される。現在ヒトに感染することが知られているCoVには、α属のHCoV-229EおよびHCoV-NL63、β属のHCoV-OC43、CoV-HKU1、SARS-CoV、MERS-CoVおよびSARS-CoV-2が含まれる。HCoV-229E、HCoV-NL63、HCoV-OC43およびCoV-HKU1は、一般的に流行している病原菌であり、通常は普通の風邪症状のみを引き起こし、成人の上気道感染症の約10%~30%を占めるが、それでも小児、高齢者、免疫不全患者において重篤な、あるいは致命的な病気を引き起こす可能性がある。一方、SARS-CoV、MERS-CoVおよびSARS-CoV-2は高病原性病原体に属し、高い致死率を伴う重篤な肺疾患を引き起こす。SARS-CoV-2はSARS-CoVおよびコウモリコロナウイルスSL-CoV-RaTG13とそれぞれ79.5%と96%の配列相同性を持ち、かつ同じ細胞受容体(ACE2)を使用し、SARS-CoV-2はSARS-CoVよりも高い伝播能力を持っている。2022年1月末までに、全世界で約3億6,000万件の累積新型コロナ確認症例(COVID-19)が報告され、そのうち560万例を超える患者が命を落とした(www.who.int)。SARS-CoV-2は、流行に伴いアルファ株(Alpha)、ベータ株(Beta)、ガンマ株(Gamma)、デルタ株(Delta)、オミクロン株(Omicron)など、特に懸念される変異株(VOC)を生み出し続けており、その結果、ワクチンや薬物の効力が低下したり、効かなくなったりすることが多い。そのため、効率的で且つ広域スペクトルのコロナウイルス阻害剤の開発が必要とされている。
【0004】
つまり、当分野では、異なる突然変異を含む多くの異なるタイプのコロナウイルスを阻害することができ、効率的で且つ広域スペクトルのコロナウイルス阻害剤の開発が期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Xue J, Chong H, Zhu Y, Zhang J, Tong L, Lu J, Chen T, Cong Z, Wei Q, He Y.2022. Efficient treatment and pre-exposure prophylaxis in rhesus macaques by an HIV fusion-inhibitory lipopeptide. Cell 185:131-144 e18.
【非特許文献2】Zhu Y, Yu D, Hu Y, Wu T, Chong H, He Y.2021. SARS-CoV-2-derived fusion inhibitor lipopeptides exhibit highly potent and broad-spectrum activity against divergent human coronaviruses. Signal Transduct Target Ther 6:294.
【非特許文献3】Yu D, Zhu Y, Yan H, Wu T, Chong H, He Y.2021. Pan-coronavirus fusion inhibitors possess potent inhibitory activity against HIV-1, HIV-2, and simian immunodeficiency virus. Emerg Microbes Infect 10:810-821.
【非特許文献4】Yu D, Zhu Y, Jiao T, Wu T, Xiao X, Qin B, Chong H, Lei X, Ren L, Cui S, Wang J, He Y.2021. Structure-based design and characterization of novel fusion-inhibitory lipopeptides against SARS-CoV-2 and emerging variants. Emerg Microbes Infect 10:1227-1240.
【非特許文献5】Zhu Y, Yu D, Yan H, Chong H, He Y.2020. Design of Potent Membrane Fusion Inhibitors against SARS-CoV-2, an Emerging Coronavirus with High Fusogenic Activity. J Virol 94:e00635-20.
【非特許文献6】Zhou J, Xu W, Liu Z, Wang C, Xia S, Lan Q, Cai Y, Su S, Pu J, Xing L, Xie Y, Lu L, Jiang S, Wang Q.2021. A highly potent and stable pan-coronavirus fusion inhibitor as a candidate prophylactic and therapeutic for COVID-19 and other coronavirus diseases. Acta Pharm Sin B doi:10.1016/j.apsb.2021.07.026.
【非特許文献7】Xia S, Liu M, Wang C, Xu W, Lan Q, Feng S, Qi F, Bao L, Du L, Liu S, Qin C, Sun F, Shi Z, Zhu Y, Jiang S, Lu L.2020. Inhibition of SARS-CoV-2 (previously 2019-nCoV) infection by a highly potent pan-coronavirus fusion inhibitor targeting its spike protein that harbors a high capacity to mediate membrane fusion. Cell Res 30:343-355.
【非特許文献8】de Vries RD, Schmitz KS, Bovier FT, Predella C, Khao J, Noack D, Haagmans BL, Herfst S, Stearns KN, Drew-Bear J, Biswas S, Rockx B, McGill G, Dorrello NV, Gellman SH, Alabi CA, de Swart RL, Moscona A, Porotto M.2021. Intranasal fusion inhibitory lipopeptide prevents direct-contact SARS-CoV-2 transmission in ferrets. Science 371:1379-1382.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示の科学研究チームは、ウイルス膜融合阻害薬の研究開発に取り組んでおり、SARS-CoV-2およびその突然変異株に対して比較的強い阻害活性を有し、リポペプチドベースの広域スペクトルを持つコロナウイルス膜融合阻害剤を設計することに至った(非特許文献2~5)。
【0007】
リポペプチドをベースとしたウイルス膜融合阻害剤の設計においては、通常、ポリペプチド配列と脂質部分(例えば、脂肪酸やコレステロールなど)の間に連結アームとして働くリンカーを組み込む必要がある。脂質部分の結合部位としてはウイルスまたは細胞膜が想定されるが、ポリペプチドが標的領域に集積されるため、脂質部分とポリペプチドの結合部位は異なる。ポリペプチドは構造上の剛性が強く、安定した二次構造を形成する傾向があり、ポリペプチドと脂質部分がそれぞれ適切なコンフォメーションを形成してそれぞれの結合部位に結合でき、同時にそれぞれの役割を十分に発揮しながらも立体障害などによる相互干渉を避ける観点から、ポリペプチドと脂質部分の間にはフレキシブルリンカー(flexiblelinker)を用いて連結することが多い。一般的なフレキシブルリンカーとしては、グリシン(G)とセリン(S)の組み合わせが挙げられ、例えば(GGGGS)nや(GSGSG)nなどが用いられ、nの大きさを変えることで構造ドメイン間の距離を拡大したり縮小したりすることができる。もう一つの一般的なフレキシブルリンカーとしては、低分子のポリエチレングリコール(PEG)nが挙げられ、そのうちnは2~24の範囲であることが多い。これまでに文献で報告されているコロナウイルス膜融合阻害剤として用いられるリポペプチドもフレキシブルリンカーを採用し、例えばIPB02V1~IPB02V5はすべてPEG8であり(非特許文献2)、IPB24~IPB27はそれぞれPEG4、PEG5、PEG8であり(非特許文献4)、EKL1CはGSGであり(非特許文献6)、EK1C4は直列に連結したGSGSGとPEG4であり(非特許文献7)、[SARSHRC-PEG4]2-cholはPEG4である(非特許文献8)。融合タンパク質の調製に使用される一般的な剛性リンカー(rigid linker)としては、α-ヘリックスを形成しうる(EAAAK)n配列が挙げられ、これは内部水素結合および密接に連結したペプチド鎖骨格を持ち、剛性で安定な配列である。もう一つのタイプの剛性リンカーとしては、Pro-rich配列(XP)nを持ち、そのうちXは任意のアミノ酸、好ましくはアラニン、リジンまたはグルタミン酸を割り当てることができ、(XP)n配列はらせん構造を持たないが、そのうちのプロリンが骨格の剛性を高め、構造ドメインを分離するのに有効である。
【0008】
現在調製されているリポペプチドベースのウイルス膜融合阻害剤において剛性リンカーを用いる前例がなく、本開示では、剛性リンカーとしてEAAAK配列を創意的に使用することにより広域スペクトルのコロナウイルス膜融合阻害剤であるリポペプチドを調製し、ポリペプチドに顕著ならせん構造を与えるとともに、阻害剤の抗ウイルス活性および安定性を著しく向上させた。
【0009】
本開示は、ウイルス膜融合阻害剤を最適化する方法、および広域スペクトルの抗コロナウイルスリポペプチドとその応答を独創的に提供する。
【0010】
本開示において、剛性リンカーEAAAKを持ち、式Iを有する化合物IPB29およびIPB30、特にIPB29が、当該リンカーを有しない化合物に比べて新型コロナウイルスを阻害する活性が少なくとも70倍増加し、PEGまたはGSGSGのようなフレキシブルリンカーを有する化合物に比べて阻害活性が約8倍増加することを初めて見出した。
【0011】
同時に、本発明者は、リポペプチドIPB29の活性の増加は、剛性リンカーEAAAKが当該リポペプチドのらせん含有量を著しく増加させ、同時に安定性を増加させることに起因することを見出した。また、このリポペプチドIPB29は、SARS-CoV-2およびそのさまざまな突然変異株、SARS-CoV、MERS-CoV、HCoV-229E、HCoV-OC43およびHCoV-NL63などのコロナウイルスを含むがこれらに限定されない、多くの異なるタイプの新型コロナウイルスを阻害することができる。
【0012】
具体的には、本開示では、ポリペプチド配列と脂質化合物との間の連結アームとしてα-ヘリックス構造を持つ剛性リンカーEAAAK配列を用いることにより、α-ヘリックス構造、安定性、および抗ウイルス活性が著しく向上したことを特徴とする新規化合物を調製した。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成すべく、本開示は、下記式(I)または下記式(II)で表される化合物またはその薬学的に許容可能な塩またはその誘導体を提供する。
【化1】
【0014】
式(I)および式(II)において、X1はアミノ末端保護基であり、
式(I)および式(II)において、X2はポリペプチドであり、アミノ酸配列は(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであり、nはEAAAK配列の繰り返し回数を表す5以下の自然数であり、
式(I)において、X3は、リジンまたはシステインまたは2,3-ジアミノプロピオン酸(Dap)またはオルニチン(Orn)または2,4-ジアミノブタン酸(Dab)または2,7-ジアミノヘプタン酸(Dah)であり、
式(I)において、X4はX3に修飾された親油性の化合物官能基であり、
式(II)において、X4はX2のKに修飾された親油性の化合物官能基であり、
式(I)および式(II)において、X5はカルボキシ末端保護基である。
【0015】
例示的に、X1は、アセチル基(Ac)、アミノ基(NH2)、マレオイル基、スクシニル基、tert-ブトキシカルボニル基またはベンジルオキシ基、或いは他の疎水性基または高分子担体基のうちいずれかである。
【0016】
例示的に、X5は、アミノ基(NH2)、カルボキシル基、ヒドロキシル基、アミド基またはtert-ブトキシカルボニル基、或いは他の疎水性基または高分子担体基のうちいずれかである。
【0017】
例示的に、前記親油性の化合物は、コレステロールコハク酸モノエステル、2-コレステリル酢酸、2-コレステリルプロピオン酸、3-コレステリルプロピオン酸、2-コレステリル酪酸、2-コレステリルイソ酪酸、3-コレステリル酪酸、3-コレステリルイソ酪酸、4-コレステリル酪酸、2-コレステリル吉草酸、2-コレステリルイソ吉草酸、3-コレステリル吉草酸、5-コレステリル吉草酸、2-コレステリルヘキサン酸、6-コレステリルヘキサン酸、2-コレステリルヘプタン酸、7-コレステリルヘプタン酸、2-コレステリルオクタン酸、8-コレステリルオクタン酸、コレステリルブロモアセテート、炭素数8~20の脂肪酸(例えば、オクタデカン酸)、ジヒドロ(ニューロ)スフィンゴシン、ビタミンEなどの脂質化合物である。
【0018】
例示的に、前記親油性の化合物は塩化ステアリルである。
【0019】
例示的に、前記化合物はリポペプチドIPB29である。リポペプチドIPB29は式(I)で表される化合物であり、X1はAcであり、X2はEAAAKであり、X3はリジンであり、親油性の化合物はコレステロールコハク酸モノエステルであり、X5はNH2である。
【0020】
例示的に、前記化合物はリポペプチドIPB30である。リポペプチドIPB30は式(I)で表される化合物であり、X1はAcであり、X2はEAAAKであり、X3はリジンであり、親油性の化合物は塩化ステアリルであり、X5はNH2である。
【0021】
そのうちEAAAKとは、(EAAAK)nにおけるnが1に等しい態様を指す。
【0022】
本開示は、さらに、下記(a1)または(a2)または(a3)の多量体を保護し、そのうち、
(a1)上記のいずれかに記載の化合物で形成される多量体であり、
(a2)上記のいずれかに記載の薬学的に許容可能な塩で形成される多量体であり、
(a3)上記のいずれかに記載の誘導体で形成される多量体である。
【0023】
本開示は、さらに、下記(b1)または(b2)または(b3)または(b4)の、上記のいずれかに記載の化合物またはその薬学的に許容可能な塩またはその誘導体の応用を保護し、そのうち、
(b1)コロナウイルス膜融合阻害剤の調製における応用であり、
(b2)コロナウイルスに起因する疾患を予防および/または治療するための薬物の調製における応用であり、
(b3)コロナウイルス膜融合阻害剤としての応用であり、
(b4)コロナウイルスに起因する疾患を予防および/または治療するための応用である。
【0024】
本開示は、さらに、上記のいずれかに記載の化合物またはその薬学的に許容可能な塩またはその誘導体を含む製品を保護し、前記製品は、下記(c1)または(c2)の機能を果たし、そのうち、
(c1)コロナウイルス膜融合阻害剤としての機能であり、
(c2)コロナウイルスに起因する疾患を予防および/または治療する機能である。
【0025】
本開示は、さらに、ウイルス膜融合阻害剤の抗ウイルス活性および/または安定性を増強する製品の調製におけるリンカーポリペプチドの応用を保護し、前記リンカーポリペプチドのアミノ酸配列は(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであり、nは5以下の自然数である。
【0026】
本開示は、さらに、ウイルス膜融合阻害剤の抗ウイルス活性および/または安定性を増強する方法を保護し、前記方法は、リンカーポリペプチドをウイルス膜融合阻害剤に連結するステップを含み、そのうち前記リンカーポリペプチドのアミノ酸配列は、(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであり、nは5以下の自然数である。
【0027】
本開示は、さらに、以下のステップ(d1)またはステップ(d2)を含む、改変されたウイルス膜融合阻害剤の調製方法を保護し、そのうち、
(d1)アミノ酸配列が(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであるリンカーポリペプチドを連結アームとして用い、改変前のウイルス膜融合阻害剤とX3(X4)基を連結することによりリポペプチドを取得し、X3(X4)基において、X4はX3に修飾され、X3はリジンまたはシステインまたは2,3-ジアミノプロピオン酸(Dap)またはオルニチン(Orn)または2,4-ジアミノ酪酸(Dab)または2,7-ジアミノヘプタン酸(Dah)であり、X4は親油性の化合物官能基であり、nは5以下の自然数であり、
(d2)アミノ酸配列が(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであるリンカーポリペプチドを連結アームとして用い、改変前のウイルス膜融合阻害剤とX4を連結することによりリポペプチドを取得し、そのうちX4は、親油性の化合物官能基であり、リンカーポリペプチドのKに修飾され、nは5以下の自然数であり、
前記リポペプチドは、いわゆる改変後のウイルス膜融合阻害剤である。
【0028】
本開示は、さらに、下記(e1)または(e2)の改変されたウイルス膜融合阻害剤を保護し、そのうち、
(e1)アミノ酸配列が(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであるリンカーポリペプチドを連結アームとして用い、改変前のウイルス膜融合阻害剤とX3(X4)基を連結することによりリポペプチドを取得し、X3(X4)基において、X4はX3に修飾され、X3はリジンまたはシステインまたは2,3-ジアミノプロピオン酸(Dap)またはオルニチン(Orn)または2,4-ジアミノ酪酸(Dab)または2,7-ジアミノヘプタン酸(Dah)であり、X4は親油性の化合物官能基であり、nは5以下の自然数であり、
(e2)アミノ酸配列が(EAAAK)nまたはA[(EAAAK)n]Aであるリンカーポリペプチドを連結アームとして用い、改変前のウイルス膜融合阻害剤とX4を連結することによりリポペプチドを取得し、そのうちX4は、親油性の化合物官能基であり、リンカーポリペプチドのKに修飾され、nは5以下の自然数であり、
前記リポペプチドは、いわゆる改変後のウイルス膜融合阻害剤である。
【0029】
本開示は、さらに、上記のいずれかに記載の化合物またはその薬学的に許容可能な塩または誘導体、または上記のいずれかに記載の多量体である医薬化合物を保護する。
【0030】
前記医薬化合物は、以下の(f1)または(f2)または(f3)または(f4)または(f5)または(f6)の用途に使用され、そのうち、
(f1)コロナウイルス膜融合阻害剤としての用途であり、
(f2)コロナウイルスに起因する疾患を予防および/または治療するための用途であり、
(f3)抗コロナウイルス用の用途であり、
(f4)コロナウイルスの細胞融合を阻害するための用途であり、
(f5)コロナウイルスが細胞に侵入するのを阻害するための用途であり、
(f6)コロナウイルスの複製を阻害するための用途である。
【0031】
本開示は、さらに、コロナウイルスが動物に感染するのを治療または/および予防する方法を保護し、前記方法は、前記医薬化合物を対象動物に投与することにより、コロナウイルスが動物に感染するのを阻害することを含む。
【0032】
上記のいずれかに記載のX2は、剛性リンカーである。
【0033】
上記のいずれかに記載のリンカーポリペプチドは、剛性リンカーポリペプチドである。
【0034】
上記のいずれかに記載のX2は、α-ヘリックス構造を有する剛性リンカーである。
【0035】
上記のいずれかに記載のリンカーポリペプチドは、α-ヘリックス構造を有する剛性リンカーポリペプチドである。
【0036】
上記のいずれかに記載のnは、1、2、3、4または5であってもよい。
【0037】
上記のいずれかに記載のX2は、連結アームとして機能し、α-へリックス構造を著しく増加させ、その結果、前記化合物またはその薬学的に許容可能な塩またはその誘導体の安定性および抗ウイルス活性を向上させることができる。
【0038】
上記のいずれかに記載のリンカーポリペプチドは、連結アームとして機能し、α-へリックス構造を著しく増加させ、その結果、ウイルス膜融合阻害剤の安定性および抗ウイルス活性を向上させることができる。
【0039】
X3がリジンである場合、脂質化合物はその側鎖のアミノ基を介して連結される。
【0040】
X3がシステインである場合、脂質化合物はその側鎖のスルフヒドリル基を介して連結される。
【0041】
X3がリジンである場合、好ましい親油性の化合物は、コレステロールコハク酸モノエステルであり、アミド化反応によってリジンの側鎖に連結される。
【0042】
X4がシステインである場合、好ましい親油性の化合物は、コレステリルブロモアセテートである。
【0043】
式(I)および式(II)において、アミノ酸の略号は、当分野で周知の意味を有し、例えば、Sはセリン、Vはバリン、Nはアスパラギン、Iはイソロイシン、Qはグルタミン、Kはリジン、Eはグルタミン酸、Dはアスパラギン酸、Rはアルギニン、Lはロイシン、Aはアラニン、Gはグリシン、Yはチロシン、Cはシステインなどである。
【0044】
前記アミノ酸は、L型アミノ酸であってもよい。
【0045】
ポリペプチドの生物学的利用能、安定性および/または抗ウイルス活性を向上させるために、ポリペプチドにおける1つまたは複数(例えば、2~5個、2~4個または2~3個)のアミノ酸を、D型コンホメーションを有するアミノ酸、人工的に修飾されたアミノ酸、自然界に存在する希少アミノ酸などで置き換えてもよい。
【0046】
D型アミノ酸とは、タンパク質を構成するL型アミノ酸に対応するアミノ酸を指す。
【0047】
人工的に修飾されたアミノ酸とは、メチル化やリン酸化などによって修飾されたンパク質を構成する一般的なL型アミノ酸を指す。
【0048】
自然界に存在する希少アミノ酸には、例えば5-ヒドロキシリジン、メチルヒスチジン、γ-アミノ酪酸、ホモセリンなど、タンパク質を構成する一般的ではないアミノ酸やタンパク質を構成しないアミノ酸が含まれる。
【0049】
本開示は、ウイルス膜融合阻害剤としてのリポペプチドを設計するための新規な方法を提供し、該方法または策略を使用して調製されたリポペプチド阻害剤は、著しく増加したらせん構造特徴および著しく増加した抗ウイルス活性を有する。該化合物によって形成される薬学的に許容可能な塩、溶媒和物、キレートまたは非共有結合複合体、該化合物をベースとする薬物前駆体、または上記形態の任意の混合物もまた、本開示の一部である。
【0050】
本開示は、本開示の化合物を含む、コロナウイルスに起因する疾患を予防および治療する方法を提供する。
【0051】
本開示は、さらに、本開示に係る化合物を含む、コロナウイルスに起因する疾患を予防および治療するための薬物組成物を提供する。好ましくは、前記薬物組成物は、コロナウイルスに起因する疾患を予防と治療するための用途に使用される。
【0052】
本開示で言うコロナウイルスには、実施例において具体化される種々のコロナウイルスが含まれるが、本開示ではこれらについて特に制限がない。例えば、SARS-CoV-2(SARS-CoV-2野生株およびその種々の突然変異株、前記野生株の全ゲノム配列についてはGenBank:MN908947.3を参照でき、前記突然変異株としては、アルファ株、ベータ株、ガンマ株、デルタ株、およびオミクロン株などであり得る)、SARS-CoV、MERS-CoV、および他のコロナウイルス(例えば、HCoV-229E、HCoV-OC43、およびHCoV-NL63など)が挙げられ、例えば、コウモリ由来のコロナウイルスやセンザンコウ由来のコロナウイルスなどである。
【0053】
前記化合物は、異なる光学異性体、ラセミ体および/またはそれらの混合物を含む。上記の場合において、光学活性を有する異性体のような単一のエナンチオマーまたはジアステレオマー異性体は、不斉合成法またはラセミ体分割法によって得ることができる。ラセミ体の分割は、分割用の試薬を用いた従来の再結晶化や、クロマトグラフィー法などのさまざまな方法で達成することができる。
【0054】
前記化合物は、二重結合を有する異なるシスおよび/またはトランス異性体を含む。
【0055】
化合物の誘導体は、化合物の溶媒和物、化合物の錯体、化合物のキレートまたは化合物の非共有結合複合体であってもよい。化合物の誘導体は、さらに、該化合物に基づく薬物前駆体(例えば、化合物のエステルまたはアミド誘導体)であってもよい。
【0056】
薬物の調製において、上記化合物の任意の形態の混合物を使用することができる。
【0057】
調製された薬物には、上記化合物の任意の形態の混合物を含むことができる。
【0058】
本開示の方法を用いて調製された改変後のウイルス膜融合阻害剤は、著しく増加したらせん構造の特徴を有し、その結果、抗ウイルス活性および/または安定性が著しく増加する。
【0059】
本開示のさらなる態様は、以下に詳細に記載され、或いはその一部が本開示の実施例において具体化される。以下において、別段の説明がない限り、本明細書で使用される異なる成分の量および反応条件は、いかなる場合においても「およそ」、「約」と解釈され得る。したがって、特に明記しない限り、下記および特許請求の範囲に引用される数値パラメータは、おおよそのパラメータであり、標準誤差の違いにより、それぞれの実験条件下で異なる数値パラメータが得られる場合がある。
【0060】
本明細書において、化合物の化学構造式と化学名の間に不一致や疑義がある場合、該化合物は化学構造式に則って正確に定義される。本明細書に記載の化合物は、1つまたは複数のキラル中心、および/または二重結合などの構造を含むことができ、二重結合の異性体(例えば、幾何異性体)、光学エナンチオマーまたはジアステレオマーを含む立体異性体も存在することができる。したがって、本明細書の記載範囲内の任意の化学構造は、一部または全体構造において上記のような構造を含むかどうかにかかわらず、該化合物のすべての可能なエナンチオマーおよびジアステレオマーを含み、また、単純ないずれか1種の立体異性体(例えば、単純な幾何異性体、単純なエナンチオマーまたは単純なジアステレオマー)およびこれらの異性体のいずれか1種の混合物を含む。これらのラセミ体および立体異性体の混合物は、当業者からすればキラル分離技術またはキラル分子合成法を用い、その構成成分のエナンチオマーまたは立体異性体にさらに分割することもできる。
【0061】
実際応用に際して、本開示の薬物は、コロナウイルス感染を治療および/または予防する目的で患者に直接投与するか、或いは適切な担体または賦形剤と混合して投与することができる。ここで、担体材料としては、水溶性担体材料(例えば、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、有機酸など)、難溶性担体材料(例えば、エチルセルロース、ステアリン酸コレステリル等)、腸溶性担体材料(例えば、セルロースフタレートアセテート、カルボキシメチルエチルセルロース等)が挙げられるが、本開示ではこれらについて特に制限がない。好ましくは、水溶性担体材料である。これらの材料を用いてさまざまな剤型を調製することができ、例えば、錠剤、カプセル、ドロップ錠剤、エアゾール剤、丸剤、散剤、溶液剤、懸濁剤、エマルション、顆粒剤、リポソーム、経皮吸収剤、経口錠剤、坐剤、凍結乾燥粉末剤などが挙げられるが、これらに限定されない。また、一般的な製剤、徐放剤、放出制御製剤、各種の微粒子送達システムであってもよい。単位剤形を錠剤にするために、当分野で周知のさまざまな担体を適宜使用することができる。担体としては、例えば、澱粉、デキストリン、硫酸カルシウム、乳糖、マンニトール、ショ糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、尿素、炭酸カルシウム、白土、微結晶セルロース、ケイ酸アルミニウムなどの希釈剤および吸収剤、水、グリセリン、ポリエチレングリコール、エタノール、プロパノール、澱粉スラリー、デキストリン、シロップ、蜂蜜、グルコース溶液、アカシア粘液、ゼラチン糊、カルボキシメチルセルロースナトリウム、シェラック、メチルセルロース、リン酸カリウム、ポリビニルピロリドンなどの湿潤剤および接着剤、乾燥澱粉、アルギン酸塩、寒天粉末、褐藻澱粉、炭酸水素ナトリウムおよびクエン酸、炭酸カルシウム、ポリオキシエチレン、ソルビトール脂肪酸エステル、ドデシルスルホン酸ナトリウム、メチルセルロース、エチルセルロースなどの崩壊剤、スクロース、トリステアリン酸グリセリド、ココアバター、水素添加油などの崩壊抑止剤、第四級アンモニウム塩、ドデシル硫酸ナトリウムなどの吸収促進剤、タルク、シリカ、コーンスターチ、ステアリン酸塩、ホウ酸、流動パラフィン、ポリエチレングリコールなどの潤滑剤などが挙げられる。錠剤は、さらに、糖衣錠剤、フィルムコーティング錠剤、腸溶錠剤、または二層および多層錠剤などのコーティング錠剤に製造することもできる。単位剤形を丸剤にするために、当分野で周知のさまざまな担体を適宜使用することができる。担体としては、例えば、ブドウ糖、乳糖、澱粉、カカオバター、水素化植物油、ポリビニルピロリドン、Gelucire、カオリン、タルクなどの希釈剤および吸収剤、アラビアゴム、トラガカント、ゼラチン、エタノール、蜂蜜、液糖、ライスペーストおよび小麦粉ペーストなどの接着剤、寒天粉末、乾燥澱粉、アルギン酸塩、ドデシルスルホン酸ナトリウム、メチルセルロース、エチルセルロースなどの崩壊剤などが挙げられる。単位剤形を坐剤にするために、当分野で周知のさまざまな担体を適宜使用することができる。担体としては、例えば、ポリエチレングリコール、レシチン、カカオバター、高級アルコール、高級アルコールのエステル、ゼラチン、半合成グリセリドなどが挙げられる。単位剤形を溶液剤、エマルション、凍結乾燥粉末剤および懸濁剤などの注射用製剤にするために、例えば水、エタノール、ポリエチレングリコール、1,3-プロパンジオール、エトキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシル化イソステアリルアルコール、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステルなど、当分野で慣用のすべての希釈剤を使用することができる。また、等張注射液を調製するために、注射剤に適切な量の塩化ナトリウム、グルコースまたはグリセリンを添加することができ、加えて従来の共溶媒、緩衝剤、pH調整剤などを添加することができる。また、実際需要に応じて、薬物製剤に着色剤、保存剤、香料、矯味剤、甘味剤または他の材料を適宜添加することもできる。上記の剤形を利用して皮下注射、静脈内注射、筋肉内注射および腹腔内注射などを含む注射、経直腸および経膣などの管腔内投与、経鼻などの呼吸器投与、および粘膜投与による投与を可能である。上記の投与経路において、注射、霧化吸入、鼻腔スプレーまたは点鼻投与が好ましい。
【0062】
本開示の薬物の投与量は、例えば予防または治療される疾患の特性および重篤度、患者または動物の性別、年齢、体重および個体応答、使用される特定の活性成分、投与経路および投与頻度など、多くの要因に依存する。上記の用量は、単回投与形態で投与してもよいし、数回に分けて、例えば2回、3回または4回に分けて投与してもよい。
【0063】
本開示の薬物は、コロナウイルス感染者の治療および予防のために直接単独で、または全体的な治療効果を向上させる目的で1種または2種以上の他の抗ウイルス薬物と組み合わせて使用することができる。これらの抗ウイルス剤としては、中和抗体、プロテアーゼ阻害剤、RNA依存的RNAポリメラーゼ(RdRp)阻害剤、ウイルス侵入阻害剤などが挙げられるが、これらに限定されない。上記の中和抗体は、アムバルビマブ(BRII-196)、ロムルセビマブ(BRII-198)、カシリビマブ(Casirivimab)、イデビマブ(Imdevimab)、ソロビマブ(Sotrovimab)、バムラニビマブ(Bamlanivimab)などから選ばれる1種または2種以上であってもよく、前記プロテアーゼ阻害剤は、パキシロビル(Paxlovid)、ダルナビル(darunavir)、ロピナビル/リトナビル(Lopinavir/Ritonavir)などから選ばれる1種または2種以上であってもよく、前記RdRp阻害剤は、モルヌピラビル(Molnupiravir)、ファビピラビル(Favipiravir)、レムデシビル(Remdesivir)、ソフォスブビル(Sofosbuvir)などから選ばれる1種または2種以上であってもよく、前記ウイルス侵入阻害剤は、アビドル(Arbidol)、ヒドロキシクロロキン(hydroxychloroquine)などから選ばれる1種または2種以上であってもよい。
【0064】
特定の患者について、特定の治療上有効な用量レベルは、治療対象の障害および該障害の重篤度、使用される特定の有効成分の活性、使用される特定の組成物、患者の年齢、体重、一般的な健康状態、性別および食事、使用される特定の有効成分の投与時期、投与経路および排泄速度、治療期間、使用される特定の有効成分と併用または同時に使用される薬物、および医療分野で周知の類似要因を含む種々の要因に基づいて決定される。有効成分の用量は、例えば、所望の治療効果を得るために必要なレベル以下の有効成分の投与量から開始し、所望の効果が得られるまで徐々に投与量を増加させるのが当技術分野における慣行である。
【発明の効果】
【0065】
本開示の発明者は、剛性リンカーEAAAKを有する式(I)の化合物IPB29およびIPB30、特にIPB29が、該リンカーを有しない化合物に比べて新型コロナウイルスを阻害する活性を少なくとも70倍向上させ、フレキシブルリンカー(例えば、PEGまたはGSGSG)を有する化合物に比べて阻害活性を約8倍向上させることを初めて見出した。
【0066】
同時に、本開示の発明者は、リポペプチドIPB29の活性の増加は、剛性リンカーEAAAKが該リポペプチドのらせん含有量を著しく増加させ、同時に安定性を向上させることに起因することを見出した。さらに、このようなリポペプチドIPB29は、多くの異なるタイプの新型コロナウイルスを阻害することができる。
【0067】
本開示の化合物は、性質が安定であり、コロナウイルスに起因する疾患を予防および治療するための薬物組成物の調製に用いられ、非常に効果的で広域スペクトルの新型コロナウイルス膜融合阻害剤であり、前記薬物組成物は、コロナウイルスに起因する疾患の予防および治療のために使用される。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【
図1】ウイルス膜融合阻害剤としてのリポペプチドのα-ヘリックス含有量(左図)および熱安定性(右図)を示す。
【
図2】ウイルス膜融合阻害剤としてのリポペプチド-標的配列ポリペプチド複合体のα-ヘリックス含有量(左図)および熱安定性(右図)を示す。
【
図3】293T/ACE2細胞(左図)またはHuh-7細胞(右図)へのSARS-CoV-2の感染に対するリポペプチドの阻害活性を示す。
【
図4】293T/ACE2細胞へのさまざまなSARS-CoV-2突然変異株の感染に対するリポペプチドの阻害活性を示す。
【
図5】Huh-7細胞へのさまざまなSARS-CoV-2突然変異株の感染に対するリポペプチドの阻害活性を示す。
【
図6】他のコロナウイルスに対するリポペプチドの阻害活性を示す。
【
図7】リポペプチドのインビトロ細胞毒性試験を示す図である。
【
図8】リポペプチドIBP24およびIPB29の安定性解析を示す図である。
【
図9】SARS-CoV-2のSタンパク質を介した細胞膜融合に対する新規リポペプチドの阻害効果を示し、左図の標的細胞は、293T/ACE2細胞であり、右図の標的細胞は、Huh-7細胞である。
【発明を実施するための形態】
【0069】
本開示の科学研究チームは、長期に渡ってウイルス膜融合阻害薬の研究開発に取り組んでおり、その成果として、SARS-CoV-2およびその突然変異株に対して比較的強い阻害活性を有する、リポペプチドベースの広域スペクトルのコロナウイルス膜融合阻害剤を設計することに至った(非特許文献2~5)。
【0070】
リポペプチドをベースとするウイルス膜融合阻害剤の設計おいては、通常、ポリペプチド配列と脂質部分(例えば、脂肪酸やコレステロールなど)の間に連結アームとしてリンカーを組み込む必要がある。脂質部分の予想される結合部位はウイルスまたは細胞膜であり、一方でポリペプチドが標的領域に凝集されるため、脂質部分とポリペプチドの結合部位は異なる。ポリペプチドは安定な二次構造を形成する傾向があり、強い構造的剛性を持つため、通常、ポリペプチドと脂質部分の間にはフレキシブルリンカー(flexible linker)を用いて連結され、ポリペプチドと脂質部分がそれぞれ適切なコンフォメーションを形成し、それぞれの結合部位に結合できるようにする。同時に、それぞれの役割を十分に発揮しながらも、立体障害などによる相互作用を避けている。一般的なフレキシブルリンカーとしては、例えば、(GGGGS)n或いは(GSGSG)nなどのグリシン(G)とセリン(S)の組み合わせが挙げられ、nの大きさを変えることで構造ドメイン間の距離を広げたり縮めたりすることができ、もう一つの一般的なフレキシブルリンカーは、低分子ポリエチレングリコール(PEG)nであり、そのうちnは2~24の範囲であることが多い。これまでに文献で報告されているコロナウイルス膜融合阻害剤であるリポペプチドもフレキシブルリンカーを使用しており、例えばIBP02V1~IBP02V5ではいずれもPEG8(非特許文献2)を用い、IPB24~IPB27ではそれぞれPEG4、PEG5、PEG6およびPEG8を用い(非特許文献4)、EKL1CではGSGを用い(非特許文献6)、EK1C4ではGSGSGとPEG4を直列に連結したものを用い(非特許文献7)、[SARSHRC-PEG4]2-cholではPEG4を用いる(非特許文献8)ことが挙げられる。融合タンパク質の調製に使用される一般的な剛性リンカー(rigid linker)は、α-ヘリックスを形成することができる(EAAAK)n配列を有し、内部水素結合および密接に連結されたペプチド鎖骨格を持つため、剛性で且つ安定な配列であり、別のタイプの剛性リンカーにはPro-rich配列(XP)nを有し、そのうちXは任意のアミノ酸であり、好ましくはアラニン、リジンまたはグルタミン酸であり、(XP)n配列はらせん構造を持たないが、プロリンが骨格の剛性を高め、構造ドメインを効果的に分離することができる。
【0071】
以下では、具体的な実施形態を参照しながら本開示をより詳細に説明するが、これらの実施例は、本開示を説明することのみを目的とし、本開示の範囲を限定するものではない。以下に提供される実施例は、当業者による更なる改良のための指針として機能することができ、いかなる態様においても本開示を制限するものではない。当業者は、本明細書の内容を参照した上で、関連のパラメータを適宜変更して本開示の技術案を達成することができる。当業者にとっては、類似の置き換えや変更がすべて自明なことであり、かかる置き換えや変更がすべて本開示の範囲内に含まれる点にも特に留意されたい。また、本開示の方法は、好適な実施例によって説明されており、当業者であれば、本開示の内容、趣旨および範囲から逸脱しない前提で本明細書に記載の化合物および調製方法を変形し、或いは適切な変更および組み合わせを行うことによって、本開示の技術案を実施および適用することができる。
【0072】
下記の実施例における実験方法は、特段の説明がない限り、いずれも慣用の常法であり、当分野の文献に記載された技術または条件に従い、または製品仕様書に従って行われる。下記の実施例で使用される材料や試薬などは、特段の説明がない限り、いずれも市販ルートで入手することができる。
【0073】
実施例1:リポペプチドの調製
リポペプチドとしてリポペプチドIPB29、リポペプチドIPB30、リポペプチドIPB20、リポペプチドIPB24、リポペプチドIPB28をそれぞれ調製した。そのうち、リポペプチドIPB29およびリポペプチドIPB30には、いずれもEAAAK(配列番号4)剛性リンカーを有する。リポペプチドIPB29およびリポペプチドIPB30のアミノ酸部分を配列番号1に示す。
配列番号1:SVVNIQKEIDRLNEVAKNLNESLIDLQELGKYEQYIKEAAAKK。
【0074】
そのうち、リポペプチドIPB20(ただし、連結アームとしてリンカーを持たない)、リポペプチドIPB24(連結アームとしてフレキシブルリンカーPEG4は、Fmoc-NH-PEG4-CH2CH2COOHを合成原料として得られる)、およびIPB28(連結アームとしてフレキシブルリンカーGSGSG(配列番号5)を持つ)は、いずれも対照物であった。
【0075】
リポペプチドIPB29およびリポペプチドIPB30は、ともに以下の一般式を満たす。
【化2】
【0076】
リポペプチドIPB29において、X1はアミノ末端保護基Acであり、X2はEAAAK剛性リンカーであり、X3はリジン残基であり、X4は、X3に修飾されたコレステロールコハク酸モノエステル基であり、X5はカルボキシ末端保護基NH2ある。リポペプチドIPB30において、X1はアミノ末端保護基Acであり、X2はEAAAK剛性リンカーであり、X3はリジン残基であり、X4は、X3に修飾された塩化ステアリル基であり、X5はカルボキシ末端保護基NH2ある。
【0077】
5つのリポペプチドの配列構造を表1に示す。5つのリポペプチドにおいて、Acはアセチル基を表し、NH2はアミノ基を表し、EAAAKは、アミノ酸配列がEAAAKである短いペプチドを表す。5つのリポペプチド間の構造上の違いを表2に示す。
【0078】
【0079】
【0080】
1)調製に必要な化学試薬
化学試薬としては、例えば、さまざまなFmocアミノ酸、N,N’-ジイソプロピルカルボジイミド(DIC)、1-ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ピペリジン(PIPE)、ニンヒドリン、無水酢酸(Ac2O)、N,N’-ジイソプロピルエチルアミン(DIEA)、ヒドラジン水和物、コレステロールコハク酸モノエステル、塩化ステアリル、トリフルオロ酢酸(TFA)、エタンジチオール(EDT)、チオアニソール(TA)、トリイソプロピルシラン(TIPS)、フェノール、N-フルオレニルメチルオキシカルボニル-テトラポリエチレングリコール-カルボン酸(Fmoc-NH-PEG4-CH2CH2COOH)などは、いずれもメジャーな化学試薬メーカーから購入し、使用前にさらなる精製を行っていないものである。
【0081】
ポリペプチド合成に使用される保護基付きのアミノ酸(以下、「保護アミノ酸」とも称する)原料としては、Fmoc-Lys(Dde)-OH、Fmoc-Lys(Boc)-OH、Fmoc-Gly-OH、Fmoc-Ala-OH、Fmoc-Ser(tBu)-OH、Fmoc-Glu(OtBu)-OH、Fmoc-Ile-OH、Fmoc-Tyr(tBu)-OH、Fmoc-Gln(Trt)-OH、Fmoc-Gly-OH、Fmoc-Leu-OH、Fmoc-Asp(OtBu)-OH、Fmoc-Ser(tBu)-OH、Fmoc-Asn(Trt)-OH、Fmoc-Val-OH、Fmoc-Arg(Pbf)-OHが含まれる。そのうち略語の定義は、周知の通りであり、Fmocは9-フルオレニルメトキシカルボニルであり、Ddeは1-(4,4-ジメチル-2,6-ジオキソシクロヘキセニル)エチルであり、Bocはtert-ブトキシカルボニルであり、tBuはtert-ブチルであり、OtBuはtert-ブトキシであり、Trtはトリチルであり、Pbfは(2,3-ジヒドロ-2,2,4,6,7-ペンタメチルベンゾフラン-5-イル)スルホニルである。
【0082】
2)ペプチド樹脂の合成
Rink Amide MBHA樹脂をキャリア樹脂とし、脱Fmoc保護およびカップリング反応により、順次ポリペプチドのアミノ酸配列に対応する保護アミノ酸とカップリングさせてペプチド樹脂を調製した。
【0083】
2-1)主鎖の第1保護アミノ酸の連結
第1保護アミノ酸であるFmoc-Lys(Dde)-OHを0.3mmol、HOBtを0.3mmol取って適量のDMFで溶解し、さらに、DICを0.3mmol取って振とうしながら保護アミノ酸のDMF溶液にゆっくりと加え、室温環境で5分間振とう反応させることで活性化された保護アミノ酸溶液を取得し、後の使用に備える。
【0084】
Rink Amide MBHA樹脂(0.35mmol/g*0.3g)を0.1mmol取り、25%のPIPE/DMF溶液(体積比)で20分間(2回)脱保護し、洗浄、ろ過して脱Fmoc樹脂を得た。
【0085】
活性化された第1保護アミノ酸溶液をFmoc除去済の樹脂に加え、60分間カップリング反応を行い、ろ過、洗浄して第1保護アミノ酸Fmoc-Lys(Dde)を含む樹脂を得た。
【0086】
2-2)主鎖の他の保護アミノ酸の連結
上記主鎖の第1保護アミノ酸を連結する場合と同様にして、ポリペプチドに対応する他の保護アミノ酸を順次連結し、主鎖のアミノ酸を含む樹脂を得た。最後に、0.3mmolのAc2Oおよび6mmolのDIEAを用いてN末端をアセチル化することによりブロックし、主鎖の合成を完成した。上記反応の各ステップが終了すると、Kaiserテストにより反応をコントロールし、個別のアミノ酸の縮合反応が不完全である場合、目的のペプチドが得られるまで縮合反応を繰り返した。
【0087】
2-3)側鎖の連結
(ア)C末端リジン側鎖のDde保護基は、樹脂をできるだけ少量の2%のヒドラジン水和物/DMF溶液(体積比)で処理する(10分間、2回)ことにより除去し、ろ過、洗浄して脱Ddeの樹脂を得た。
【0088】
(イ)ポリペプチドのコレステロール修飾は、以下の通り行われた。つまり、コレステロールコハク酸モノエステル0.3mmolとHOBt0.3mmolを取り、適量のDMFで溶解し、さらに、DICを0.3mmol取ってコレステロールコハク酸モノエステルとHOBtを含む溶液にゆっくりと加え、室温環境下で5分間振とう反応させた。調製されたコレステリルコハク酸モノエステル、HOBtおよびDICを含む溶液を、ステップ(ア)で得られた脱Ddeの樹脂に加え、60分間カップリング反応を行い、ろ過、洗浄、乾燥してペプチド樹脂を得た。
【0089】
(ウ)ポリペプチドのステアリル化は、以下の通り行われた。つまり、0.3mmolの塩化ステアリルと0.6mmolのDIEAを適量のDMFに溶解し、ステップ(ア)で得られた脱Ddeの樹脂にゆっくりと加え、室温環境下で60分間振とう反応させ、ろ過、洗浄、乾燥してペプチド樹脂を得た。
【0090】
3)粗品の調製
上記ペプチド樹脂に切断試薬(切断試薬15mL/樹脂g)を加え、均一に混合した後、30℃で3時間振とう反応させ、樹脂から目的ポリペプチドを切断し、側鎖の保護基を除去した。反応混合物のろ液を集め、樹脂をさらに少量のTFA/DCMで3回洗浄し、ろ液を合わせた後、無水エーテルを加えて沈殿させ、遠心分離した。ろ過ケーキを冷たい無水エーテルで2回洗浄し、減圧乾燥して得られた灰白色粉末がリポペプチド粗品であった。
【0091】
切断試薬の組成としては、トリフルオロ酢酸:1,2-エタンジチオール:チオアニソール:フェノール:H2O:トリイソプロピルシランが体積比で68.5:10:10:5:3.5:1であった。
【0092】
4)純品の調製
上記リポペプチド粗品を取り、水/アセトニトリルを加えて撹拌して溶解し、遠心分離して不溶物を除去し、後の使用に備える。精製は逆相高速液体クロマトグラフィーを用いて行われた。クロマトグラフィーカラムはAgela C18(10μm、100Å、50×250mm)を用い、移動相は移動相A(0.05%のTFAと2%のアセトニトリルの水溶液)と移動相B(90%のアセトニトリル/水溶液)で構成され、移動相の流速は25mL/分間であり、紫外線検出波長は220nmであった。粗品溶液をカラムに注入し、グラジエント溶出を行い、対応する精製成分を収集し、直接凍結乾燥して溶媒を除去し、ふんわり状態のポリペプチドのトリフルオロ酢酸塩純品を得た。
【0093】
ポリペプチドのトリフルオロ酢酸塩純品を水とアセトニトリルで再溶解し、大量の陰イオン交換樹脂(酢酸塩の形態)を添加し、3時間撹拌した。ろ過し、水/アセトニトリルの混合溶媒でイオン交換樹脂を洗い流した後、ろ液を合わせて凍結乾燥し、ふんわり状態のポリペプチドの酢酸塩純品(すなわち、表1に示すリポペプチド)を得た。
【0094】
表1に示すリポペプチドの化学構造は、MALDI-TOF質量分析によって特定し、その純度は、分析用高速液体クロマトグラフィー(Agela C18-4.6×250mm、流速1mL/分間)を用いて測定した。その結果、合成されたリポペプチドの純度はいずれも95%を超えた。
【0095】
実施例2:リポペプチドの構造特性およびその標的配列との相互作用解析
試験用リポペプチドの二次構造(α-ヘリックス)および熱安定性、並びに試験用リポペプチドと標的配列ミメティックポリペプチドとの相互作用は、本発明者が発表した論文(非特許文献4および非特許文献5)を参考に、円偏光二色性(CD)技術を用いて測定した。標的配列ミメティックポリペプチドN52は、SARS-CoV-2スパイクタンパク質のS2サブユニットのHR1配列に由来し、N52の配列構造は、以下の通りである。
Ac-FNGIGVTQNVLYENQKLIANQFNSAIGKIQDSLSSTASALGKLQDVVNQNAQ-NH2(N52に含まれるアミノ酸配列は、配列番号6に示す)
【0096】
試験用リポペプチドは、実施例1で調製されたリポペプチドIPB29、リポペプチドIPB30、リポペプチドIPB20、リポペプチドIPB24またはリポペプチドIPB28であり、試験用複合体は、試験用リポペプチドとN52との混合物であった。
【0097】
1)リン酸塩緩衝液(PBS、pH7.2)を用いて、試験用リポペプチド(または試験用複合体)を10μMの溶液(試験用複合体の場合、10μMとは、試験用リポペプチドとN52両方の濃度が10μMであることを意味する)に調製し、37℃の水浴中に30分間放置した。
【0098】
2)ステップ1で得られた溶液を対応するキュベットに移し、Jasco分光偏光計(型番J-815)を用いて195~270nmの波長範囲における溶液のモル楕円率[θ]λの変化状況を走査した。典型的なα-ヘリックス構造は、208nmと222nmに最大の負のピークを持つことがあり、スペクトル値を補正するためにPBSブランクを差し引き、計算ではα-ヘリックス含有量100%の基準として-33000degree.cm2.dmol-1のピーク値を用い、波長222nmにおける溶液のモル楕円率からα-ヘリックス含有量の百分率を算出した。
【0099】
3)ステップ1で得られた溶液を熱安定性検出キュベットに入れ、CD温度制御モジュールを調整して、温度による溶液[θ]222の変化状況を速度2℃/分間、20~98℃で走査した。融解グラフは平滑化され、Originソフトウェアを用いて熱解離転移の中点温度値(Tm)を計算し、らせん熱安定性の具合を反映した。
【0100】
試験用リポペプチドのCD結果を
図1に示す。フレキシブルまたは剛性リンカーを含まないIPB20のα-ヘリックス含有量は51%であり、フレキシブルリンカーを導入したIPB24およびIPB28のα-ヘリックス含有量はそれぞれ19%および20%であり、フレキシブルリンカーの導入がリポペプチド全体の回転自由度を高め、リポペプチド全体の分子エントロピーを増加させ、ポリペプチドの二次構造の安定化に不利であることが示された。剛性リンカーを導入したIPB29およびIPB30のα-ヘリックス含有量はそれぞれ74%および62%であり、EAAAK配列の導入がリポペプチドのヘリックス構造を著しく増加させることが示され、これは、EAAAKリンカーにおけるE-K塩橋がポリペプチドのα-ヘリックス二次構造中の塩橋と共役してその二次構造を安定させ、同時にAのほうがGに比べてα-ヘリックス構造を形成しやすいためと考えられる。自身のα-ヘリックス含有量が比較的に高いリポペプチドは、ポリペプチド部分の標的への結合エントロピーを効果的に減少させ、結合定数を増加させ、活性を向上させることができる。また、比較的安定な二次構造は、ポリペプチド抗体内でのプロテアーゼ加水分解を促進し、生体内での安定性を向上させ、抗ウイルス活性にも寄与する。
【0101】
試験用複合体のCD結果を
図2に示す。各リポペプチドは、標的配列ミメティックポリペプチドと相互作用して典型的なαらせん構造を持つ複合体を形成することができ、そのうちIPB20-N52複合体、IPB24-N52複合体およびIPB28-N52複合体のα-ヘリックス含有量は、それぞれ66%、48%および37%であり、IPB29-N52複合体およびIPB30-N52複合体のα-ヘリックス含有量は、それぞれ68%および53%であった(
図2の左図)。IPB20-N52複合体、IPB24-N52複合体およびIPB28-N52複合体のTm値は、それぞれ90℃、90℃および89℃であり、IPB29-N52複合体およびIPB30-N52複合体のTm値は、それぞれ86℃および78℃であった(
図2の右図)。このことから、EAAAKリンカーを導入したリポペプチドが細胞膜やウイルス膜への結合能力を高めると同時に、標的への特異的且つ安定的な結合を維持することができることがわかる。
【0102】
実施例3:新型コロナウイルスSARS-CoV-2およびその変異体に対するリポペプチドの阻害効果
293T/ACE2細胞またはHuh-7細胞を試験用細胞とし、293T細胞は、アメリカ培養細胞系統保存機関の製品(ATCC、カタログ番号CRL-3216)であり、Huh-7細胞は、国家実験細胞資源共有サービスプラットフォームの製品であり、293T/ACE2細胞は、非特許文献2に記載されている。
【0103】
1)新型コロナウイルスSARS-CoV-2に対するリポペプチドの阻害効果
試験用リポペプチドは、実施例1で調製したリポペプチドIPB29、リポペプチドIPB30、リポペプチドIPB20、リポペプチドIPB24またはリポペプチドIPB28であった。
【0104】
1-1)SARS-CoV-2偽ウイルスの調製
SARS-CoV-2のSタンパク質を発現するプラスミドは、pCoV2-Sと名付け、該プラスミドは、非特許文献5の材料と方法部分の「Single-cycle infection assay」の「a plasmid expressing the S protein of SARS-CoV-2」に記載されている。HIV骨格プラスミドであるpNL4-3.luc.REは、米国国立衛生研究所のエイズ試薬および参照プログラム(カタログ番号3418)によって提供される。
【0105】
293T細胞にpCoV2-SとpNL4-3.luc.REを1:1で共導入し、37℃、5%のCO2細胞培養インキュベータで48時間培養した後、SARS-CoV-2偽ウイルスを含む上澄み液を回収し、ろ過して-80℃で保存し、後の使用に備える。
【0106】
調製されたSARS-CoV-2偽ウイルスは、非特許文献2の「SARS-CoV-2 pseudovirus(SARS-CoV-2PV、以下では 「SARS-CoV-2WT」とも称する)」である。
【0107】
1-2)SARS-CoV-2に対するリポペプチドの阻害効果
(ア)脱イオン水で試験用リポペプチドを溶解し、濃度を測定した後、試験用リポペプチドをDMEM培地で開始濃度に希釈し、96ウェル細胞培養プレートで3倍希釈し、最終的に1ウェルあたり50μLのリポペプチド溶液を含むようにした。9つの希釈度を設け、各希釈度につき3つの平行ウェルを設け、さらに、DMEM培地(1ウェルあたり50μL)を加えた対照ウェルを設けた。
【0108】
(イ)ステップ(ア)が終わると、ステップ(ア)で調製した偽ウイルスを1ウェルあたり50μL(ウイルス量:500TCID50)ずつ加え、室温で30分間インキュベートした。
【0109】
(ウ)予め培養した試験用細胞を濃度が10×104細胞/mLの細胞懸濁液に調整し、DEAE-デキストランを加えて濃度が15μg/mLになるようにした後、ステップ(イ)で得られた96ウェルプレート(100μL/ウェル)に加え、37℃、5%のCO2細胞インキュベータで48時間培養した。
【0110】
(エ)ステップ(ウ)が終わると、上澄み液を捨て、30μL/ウェルの量で細胞溶解液を加え、室温で15分間溶解した後、ルシフェラーゼ基質(Promega社製)を加え、マイクロプレート化学発光検出器により相対蛍光単位(RLU)を測定し、阻害率グラフおよび薬物の半数阻害濃度(IC50)を算出して図を作成した。
【0111】
結果を
図3に示す。293T/ACE2細胞へのSARS-CoV-2感染を阻害するIPB20、IPB24、IPB28、IPB29とIPB30のIC
50値は、それぞれ63.85nM、5.51nM、6.91nM、0.57nMおよび4.19nMであり、Huh-7細胞へのSARS-CoV-2感染を阻害するIPB20、IPB24、IPB28、IBP29およびIPB30のIC
50値は、それぞれ39nM、2.43nM、2.88nM、0.53nMおよび2.77nMであった。IPB29およびIPB20は、IPB29に剛性リンカーEAAAKを含み、IPB20に剛性またはフレキシブルリンカーがない点に相違があり、IPB29は、IPB20に比べて293T/ACE2細胞における抗ウィルス活性が約112倍に向上し、Huh-7細胞における抗ウィルス活性が約74倍に向上した。IPB29およびIPB24は、IPB29に剛性リンカーEAAAKを含み、IPB24にフレキシブルリンカーPEG
4含む点に相違があり、IPB29は、IPB24に比べて293T/ACE2細胞における抗ウイルス活性が約10倍向上し、Huh-7細胞における抗ウイルス活性が約5倍向上した。IPB29およびIPB28は、IPB29に剛体リンカーEAAAKを含み、IPB28にフレキシブルリンカーGSGSGを含む点に相違があり、IPB29は、IPB28に比べて293T/ACE2細胞における抗ウイルス活性が約12倍向上し、Huh-7細胞における抗ウイルス活性が約5倍向上した。実験結果により、IPB29およびIPB30のSARS-CoV-2に対する阻害活性から示されたように、EAAAKリンカーがリポペプチドの阻害剤としての阻害活性を著しく向上させることが判明された。
【0112】
2)新型コロナウイルスSARS-CoV-2の突然変異体に対するリポペプチドの阻害効果
試験用リポペプチドは、実施例1で調製したリポペプチドIPB29、リポペプチドIPB30、リポペプチドIPB24またはリポペプチドIPB28であった。
【0113】
2-1)SARS-CoV-2の突然変異体の偽ウイルスの作製
新型コロナウイルスSARS-CoV-2の突然変異体の偽ウイルスをそれぞれ作製し、かかる突然変異体として、具体的には
図4に示された通りである。方法はステップ1-1)を参照されたく、SARS-CoV-2のSタンパク質を発現するプラスミドを、SARS-CoV-2の突然変異体(1点突然変異または代表的な流行株)のSタンパク質を発現するプラスミドに置き換る点が異なるだけであった。作製したSARS-CoV-2のD614G突然変異体の偽ウイルスは、いわゆる非特許文献2の「D614G PV」である。
【0114】
2-2)SARS-CoV-2の突然変異体に対するリポペプチドの阻害効果
ステップ1-2)と同様にして阻害効果を測定し、293T/ACE2細胞を試験用細胞とする場合の測定結果を
図4に示す。293T/ACE2細胞において、Delta株を阻害するIPB24、IPB28、IPB29およびIPB30のIC
50値は、それぞれ4.94nM、6.30nM、0.79nMおよび3.57nMであり、IPB24、IPB28およびIPB30のIC
50値は、それぞれIPB29の約6倍、8倍および4倍であった。293T/ACE2細胞において、Omicron株を阻害するIPB24、IPB28、IPB29およびIPB30のIC
50値は、それぞれ4.51nM、4.51nM、0.47nMおよび1.78nMであり、IPB24、IPB28およびIPB30のIC
50値は、それぞれIPB29の約10倍、10倍および4倍であった。
【0115】
Huh-7細胞を試験用細胞とする場合の結果を
図5に示す。Huh-7細胞において、Delta株感染を阻害するIPB24、IPB28、IPB29およびIPB30のIC
50値は、それぞれ3.46nM、4.34nM、0.56nMおよび2.17nMであり、IPB24、IPB28およびIPB30のIC
50値は、それぞれIPB29の約6倍、8倍および4倍であった。Huh-7細胞において、Omicron株感染を阻害するIPB24、IPB28、IPB29およびIPB30のIC
50値は、それぞれ2.56nM、2.46nM、0.46nMおよび1.46nMであり、IPB24、IPB28およびIPB30のIC
50値は、それぞれIPB29の約6倍、5倍および3倍であった。
【0116】
これらの結果から、ウイルス膜融合阻害剤として、新規リポペプチド(例えば、IPB29およびIPB30)が各種のSARS-CoV-2の突然変異体(突然変異株)に対して良好な阻害活性を示すことが判明された。
【0117】
実施例4:他のコロナウイルスに対するリポペプチドの阻害効果
試験用リポペプチドは、実施例1で調製したリポペプチドIPB29、リポペプチドIPB30、リポペプチドIPB24またはリポペプチドIPB28であり、試験用細胞は、293T/ACE2細胞またはHuh-7細胞であった。
【0118】
4-1)他のコロナウイルス偽ウイルスの調製
コウモリ由来のコロナウイルス(bat RaTG13)、センザンコウ由来のコロナウイルス(PCoV-GDまたはPCoV-GX)、SARS-CoV、MERS-CoV、HCoV-NL63およびHCoV-229Eなど、その他の各種コロナウイルス偽ウイルスをそれぞれ調製した。
【0119】
方法としては、実施例3のステップ1-1)を参照されたく、SARS-CoV-2のSタンパク質を発現するプラスミドを、他のコロナウイルスのSタンパク質を発現するプラスミドに置き換える点が異なるだけであった。調製したSARS-CoV偽ウイルスは、いわゆる非特許文献2の「SARS-CoV PV」であり、調製したMERS-CoV偽ウイルスは、いわゆる非特許文献2の「MERS-CoV PV」であり、調製したHCoV-NL63偽ウイルスは、いわゆる非特許文献2の「HCoV-NL63 PV」であり、調製したHCoV-229E偽ウイルスは、いわゆる非特許文献2の「HCoV-229E PV」であった。
【0120】
4-2)他のコロナウイルスに対するリポペプチドの阻害効果
実施例3のステップ1-2)と同様にして阻害活性を測定し、測定結果を
図6に示す。測定結果から、新規リポペプチドが上記7種類のウイルスの感染を効果的に阻害できることが判明された。293T/ACE2細胞において、bat RaTG13株、PCoV-GD株およびPCoV-GX株の感染を阻害するIPB24、IPB28およびIPB30のIC
50は、それぞれIPB29の約4倍、6倍と5倍に達した。Huh-7細胞において、SARS-CoV株、MERS-CoV株、HCoV-NL63株およびHCoV-229E株の感染を阻害するIPB24、IPB28およびIPB30のIC
50値は、最高でそれぞれIPB29の約11倍、7倍、9倍および7倍に達した。この結果から、リポペプチドIPB29およびIPB30、特にIPB29が他のコロナウイルスに対して強い阻害効果を示すことが分かり、IPB29は、他のリポペプチドに比べてSARS-CoV-2と密接に関連するSARS-CoV、PCoV-GDおよびPCoV-GXに対して依然として最強の阻害活性を示すことが判明された。
【0121】
実施例5:リポペプチドのインビトロ細胞傷害性および治療指数の分析
試験用リポペプチドは、実施例1で調製したリポペプチドIPB29、リポペプチドIPB30、リポペプチドIPB24またはリポペプチドIPB28であり、試験用細胞は、293T/ACE2細胞またはHuh-7細胞であった。
【0122】
試験用リポペプチドのインビトロ細胞毒性試験は、CCK-8細胞増殖/毒性試験キット(Abbkine社製、品番KTC011001)を用いて行い、具体的には、以下の手順に従って行った。つまり、1)96ウェル細胞培養プレートにおいて、試験用リポペプチドを3倍勾配で希釈し、最終的に、各ウェルに100μLのリポペプチド溶液を加え、1希釈度あたり3つの平行ウェルで9つの希釈度を設け、さらに、DMEM培地(1ウェルあたり100μL)を加えた対照ウェルを設けた。2)10×104細胞/mLの試験用細胞懸濁液を、ステップ1)で得られた96ウェル細胞培養プレートに100μL/ウェルの量で加え、37℃、5%のCO2の条件下で48時間培養した。3)ステップ2)が終わると、各ウェルにCCK-8溶液を20μL添加し、プレートをインキュベータでさらに2時間インキュベートした後、マイクロプレートリーダーを用いて450nmにおける吸光度(OD450)を測定した。GraphPad Prismソフトウェアを用いて阻害率グラフを作成し、薬物の半数細胞毒性濃度(CC50)を算出した。
【0123】
図7に示すように、IBP24、IBP28、IBP29、IBP30の4つのリポペプチドの293T/ACE2細胞に対するCC
50は、それぞれ14.36μM、12.28μM、23.94μM、45.46μMであり、Huh-7細胞に対するCC
50値はそれぞれ15.02μM、15.97μM、22.75μMおよび44.43μMであった。このことから、IPB29およびIPB30、特に塩化ステアリル基で修飾されたIPB30は、細胞毒性が比較的低いことが判明された。
【0124】
CC50/IC50分析(IC50データは実施例3で得られたもの)から、4つのポリペプチドがいずれも非常に高い選択的治療指数(TI)を有することが確認できた。例えば、293T/ACE2細胞へのOmicron突然変異株の感染に対する阻害活性は、IPB24、IPB28、IPB29およびIPB30でそれぞれ約3184、2723、50936および25539という高いTI値を示し、IPB29のTI値は、IPB24、IPB28およびIPB30のそれぞれ約16倍、19倍および2倍であった。また、Huh-7細胞へのOmicron突然変異株の感染に対する阻害活性は、IPB24、IPB28、IPB29およびIPB30でそれぞれ約5867、6492、49457および30432という高いTI値を示し、IPB29のTI値は、IPB24、IPB28およびIPB30のそれぞれ約8倍、8倍および1.6倍であった。このことから、IPB29およびIPB30は、IPB24およびIPB28に比べて高い治療指数を持ち、ドラッガビリティがより高いことが判明された。
【0125】
実施例6:リポペプチド阻害剤の安定性研究
本実施例において、本発明者らは、代表的なリポペプチドであるIPB24およびIPB29の安定性を、プロテアーゼによる消化処理、肝ミクロソームによる消化処理、ヒト血清とのインキュベーション、37℃での長期間放置を含むさまざまな角度から比較解析した。ここで、実施例1で調製したリポペプチドIPB29、リポペプチドIPB24を試験用リポペプチドとし、実施例3のステップ1と同様にして(試験用細胞:293T/ACE2細胞)リポペプチドの抗ウイルス活性を測定した。
【0126】
1)プロテアーゼの消化
試験用プロテアーゼとしてプロテイナーゼK、トリプシンおよびα-キモトリプシンを用い、プロテイナーゼK、トリプシン、およびα-キモトリプシンは、Sigma-Aldrich社製であり、製品番号がそれぞれP2308、T4799、およびC4129であった。
【0127】
試験用リポペプチドおよび試験用プロテアーゼを、終濃度がそれぞれ2mg/mLおよび0.1mg/mLとなるように混合し、37℃でそれぞれ0、30、60、120または180分間インキュベートした後、リポペプチドの抗ウイルス活性を測定した。
【0128】
2)肝臓ミクロソームの消化
第I相代謝安定性試験キットのヒト肝臓ミクロソーム(混合)試薬は、北京匯智泰康医薬技術有限会社から購入し、商品番号が0111A1.03であり、実験方法はメーカーから提供された説明書に従って行った。まず、キット添付のA液10μL、B液2μL、0.1MのPBS緩衝液28μLを均一に混合し、37℃で5分間プレインキュベートした後、40μL/チューブの量で分注し、37℃水浴中で加温してプレインキュベーション液を調製し、後の使用に備えた。0.1MのPBS緩衝液154μL、肝ミクロソーム5μLおよび濃度4mMの試験用リポペプチド溶液1μLを混合し、次いでプレインキュベーション液40μLを加え、直ちに37℃水浴に入れてインキュベートし、時間を計測した。異なるインキュベーション時間を設定し、インキュベーション系に予め冷やしたアセトニトリル200μLを加えて反応を停止させ、リポペプチドの抗ウイルス活性を測定した。
【0129】
3)ヒト血清安定性実験
20%のヒト血清と終濃度150μMの試験用リポペプチドを混合し、37℃で0、5、30、60、120または180分間インキュベートした後、リポペプチドの抗ウイルス活性を測定した。
【0130】
4)温度安定性実験
濃度300μMの試験用リポペプチド水溶液を、37℃で異なる時間放置した後、その抗ウイルス活性の変化を測定した。
【0131】
5)結果の分析
実験結果を
図8に示す。プロテイナーゼK、トリプシンまたはα-キモトリプシンで処理したIPB24およびIPB29の抗ウイルス活性は、未処理のリポペプチド(すなわち、インキュベーション時間0の処理群)と比較して有意な変化を示さず、単一酵素消化がリポペプチドの安定性に及ぼす影響は限定的であることが示唆された。一方、293T/ACE2細胞へのSARS-CoV-2の感染に対するIPB24の阻害活性は、ヒト肝ミクロソームで72時間および96時間処理することによって明らかに低下し、そのIC
50値がそれぞれ約8倍および約14倍上昇したが、IPB29の抗ウイルス活性への影響は限定的であった。肝臓ミクロソームにはほとんどのI相酵素が含まれており、中でもCYP450を主成分とするミクロソーム混合機能オキシダーゼ系が最も重要であり、IPB24の活性に影響を及ぼす成分については、さらに深く研究する必要がある。
【0132】
IPB24およびIPB29は、20%のヒト血清の処理に対してより感受性が高く、特にIPB24は5分間のインキュベーションで抗ウイルス活性が約24倍低下し、IPB24の抗ウイルス活性は、30、60、120および180分間のインキュベーションでそれぞれ約32、36、37および42倍低下した。その一方で、IPB29は、ヒト血清に対して耐性が明らかに高く、上記の5分間から180分間までの各時点で、抗ウイルス活性はそれぞれ約4、10、12、13および13倍低下した。
【0133】
37℃でそれぞれ3、7、14、21および28日間放置したIPB24の抗ウィルス活性は、時間の推移につれて徐々に低下し、特に28日後には5倍以上に低下した。対照的に、IPB29の抗ウイルス活性は、同じ放置条件下で変化しないか、或いは遥かに小さかった。より長期間にわたるリポペプチドの温度安定性については、さらなる研究が必要である。
【0134】
結論として、IPB29はIPB24に比べて安定性が大きく向上し、安定性において明らかな優位性を示し、EAAAK配列を持つIPB29らせん状リポペプチドのより優れたドラッガビリティをさらに裏付けるものであった。
【0135】
実施例7:SARS-CoV-2のSタンパク質を介した細胞-細胞膜融合に対する新規リポペプチドの阻害効果
実施例1で調製したリポペプチドIPB29、リポペプチドIPB30、リポペプチドIPB20を試験用リポペプチドとし、試験用細胞は、293T/ACE2細胞、Huh-7細胞であった。
【0136】
新規リポペプチド阻害剤の抗SARS-CoV-2活性をさらに評価するために、本開示においてDSPシステムに基づく細胞-細胞融合阻害実験を実施し、具体的な方法としては、非特許文献4および5の「Cell-cell fusion assay」部分の記載を参照することができ、手順は次の通りであった。
【0137】
1)293Tエフェクター細胞懸濁液(1.5×104個/100μL/ウェル)を96ウェルプレートに加え、同時に293T/ACE2またはHuh-7標的細胞懸濁液(1.5×105個細胞/mL)を10cmの細胞培養用ディッシュに加え、37℃、5%のCO2条件下で培養した。
【0138】
2)16時間かけて培養した後、pCoV2-SプラスミドおよびpDSP1-7プラスミドを293Tエフェクター細胞に共導入し、同時にpDSP8-11プラスミドを293T/ACE2またはHuh-7標的細胞に導入し、細胞を培養し続けた。
【0139】
3)24時間後、ポリペプチドを96ウェルプレートにおいて3倍勾配で希釈し、各濃度につき3つの平行ウェルで9つの希釈勾配を設けた。希釈したポリペプチドをエフェクター細胞に加え、37℃、5%のCO2細胞培養インキュベータで1時間インキュベートした。
【0140】
4)DMEM完全培地を予め加温し、EnduRenライブセル基質(Promega社製)を1:4000の割合で加えた後、得られた培地を用いて遠心回収した293T/ACE2またはHuh-7標的細胞を再懸濁させ、細胞濃度を3×105/mLに調整して37℃、5%のCO2で30分間インキュベートした。
【0141】
5)293T/ACE2またはHuh7標的細胞を100μL/ウェルの量で293Tエフェクター細胞に加え、エフェクター細胞と標的細胞が十分に接触するように400g、1分間遠心した後、混合した細胞を2時間培養した。
【0142】
6)ルシフェラーゼ活性(RLU)をマイクロプレート光度計で読み取り、阻害率とIC50を算出した。
【0143】
図9に示すように、標的細胞が293T/ACE2である場合(左図)、SARS-CoV-2のSタンパク質を介した細胞-細胞膜融合を阻害するIPB20、IPB29およびIPB30のIC
50は、それぞれ3.65nM、0.2nMおよび0.44nMであり、標的細胞がHuh-7である場合(右図)、SARS-CoV-2のSタンパク質を介した細胞-細胞膜融合を阻害するIPB20、IPB29およびIPB30のIC
50は、それぞれ4.01nM、0.31nMおよび0.45nMであった。これらの実験結果により、新型膜融合阻害剤であるIPB29およびIPB30がSARS-CoV-2のS蛋白を介した細胞-細胞融合に対して比較的に強い阻害活性を示すことが確認できた。
【0144】
以上では、本開示を詳細に説明した。当業者であれば、本開示の趣旨や範囲から逸脱しない前提で且つ不要な実験を行うことなく、等価なパラメータ、濃度および条件下において比較的広い範囲で本開示を実施することができる。本開示において特定の実施例が示されているが、本開示に対してさらなる改良がなされ得ることが理解されるべきである。つまり、本開示の原理に従って、本願は、本願の開示範囲外であり且つ当分野で周知の従来技術でなされた変更を含む、本開示に対する任意の変更、使用または改良を含むことが意図される。いくつかの本質的な特徴の適用は、以下に添付の特許請求の範囲内で実施され得る。
【配列表】
【国際調査報告】