(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-08-29
(54)【発明の名称】細胞の保存のための溶液
(51)【国際特許分類】
C12N 5/07 20100101AFI20240822BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240822BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20240822BHJP
C12M 1/26 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
C12N5/07
C12Q1/02
C12Q1/68
C12M1/26
【審査請求】未請求
【予備審査請求】有
(21)【出願番号】P 2024514631
(86)(22)【出願日】2022-09-05
(85)【翻訳文提出日】2024-04-22
(86)【国際出願番号】 EP2022074652
(87)【国際公開番号】W WO2023031467
(87)【国際公開日】2023-03-09
(32)【優先日】2021-09-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】524085156
【氏名又は名称】アナサイト ラボラトリーズ ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100152308
【氏名又は名称】中 正道
(74)【代理人】
【識別番号】100201558
【氏名又は名称】亀井 恵二郎
(72)【発明者】
【氏名】ギュンター、ハウケ ジーモン
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA09
4B029BB11
4B029DG08
4B029HA05
4B063QA01
4B063QA13
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QQ79
4B063QR32
4B063QR35
4B063QR48
4B063QR72
4B063QR77
4B063QS36
4B063QX01
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BD12
4B065BD13
4B065BD22
4B065BD25
4B065BD29
4B065BD32
4B065BD33
4B065BD39
4B065BD50
4B065CA46
(57)【要約】
本発明は、血液サンプルまたは他の体液中の、細胞培養物または組織サンプル中の細胞の保全または保存のための溶液に関する。該溶液は、細胞膜透過性プロトンキャリアを含有し、実質的にカオトロピック物質、アルコールおよび洗剤を含まない。さらに、本発明による溶液は、6未満の細胞の細胞内pHを産生するpH値を有する。そのような溶液は有利には、サンプル管、採血シリンジまたは採血管中で使用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞、好ましくは少なくとも1つの真核細胞の、特に血液サンプル若しくは別の体液中の腫瘍細胞および循環腫瘍細胞の、細胞培養物からの細胞のまたは組織サンプル中の細胞の保全または保存のための溶液であって、
それが、
a)細胞膜透過性プロトンキャリアを含有し、
b)実質的にカオトロピック物質、アルコールまたは洗剤を含まず、かつ
c)6未満の該細胞(単数)または細胞(複数)の細胞内pHを生じるpH値を有する
水溶液であることを特徴とする、溶液。
【請求項2】
プロトンキャリアが、C
2~C
5カルボン酸若しくはそのようなカルボン酸の混合物、またはプロトン化形態で膜透過性である他の酸から選択され、酸/塩基系として、好ましくは酢酸/酢酸塩系として存在し、酸性範囲のpH値を形成することを特徴とする、請求項1に記載の溶液。
【請求項3】
酸/塩基系が、1mMから100mM、好ましくは5mMから50mM、特に好ましくは10mMから20mMの濃度で存在することを特徴とする、請求項2に記載の溶液。
【請求項4】
酸/塩基系が、2から20倍濃縮物として、特に好ましくは5倍濃縮物として構成されていることを特徴とする、請求項3に記載の溶液。
【請求項5】
それが、細胞内pH値を調整するために、強酸、好ましくは塩酸または別の鉱酸をさらに含有することを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の溶液。
【請求項6】
細胞または他の生物学的物質と混合した後のそのpH値が、それぞれの場合において20℃で測定して、酸性pH、好ましくは4と6との間、特に好ましくは4.5と5.5との間、最も好ましくは5.3であることを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の溶液。
【請求項7】
それがさらに緩衝物質またはプロトンキャリアを含有することを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の溶液。
【請求項8】
溶液がイミダゾールまたは/およびDMSOを含有することを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の溶液。
【請求項9】
それが、好ましくは単糖若しくは二糖の群から選択される、少なくとも1つの糖、または/および好ましくはグリシン、アラニン、プロリン、セリン、スレオニン、グルタミン酸、アスパラギン酸を含む群から選択される、少なくとも1つのアミノ酸を含むことを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の溶液。
【請求項10】
前記1つ以上のアミノ酸が、合計でまたはそれぞれの場合において0.1Mから1Mの濃度で、好ましくは100mMから300mMの合計濃度で存在することを特徴とする、請求項9に記載の溶液。
【請求項11】
それがさらに、ホルムアルデヒド供与体の群からの保存活性成分、特にジアゾリジニル尿素またはイミダゾリジニル尿素を含有することを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の溶液。
【請求項12】
浸透圧が、1オスモルを超えず、好ましくは500ミリオスモル未満であり、特に保存される真核細胞(単数)または細胞(複数)について等張な環境を形成することを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の溶液。
【請求項13】
それが錯化剤または凝固防止剤または阻害抗体を含有することを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の溶液。
【請求項14】
凝固防止剤が、MgSO
4、ダビガトラン、プラスミノーゲン活性化因子またはこれら物質の任意の混合物から選択されることを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の溶液。
【請求項15】
少なくとも1つの真核細胞、特に血液サンプル若しくは他の体液中の、腫瘍細胞および循環腫瘍細胞、または細胞培養物からの細胞または組織サンプル中の細胞を保全する、保存するまたは/および固定するための請求項1から14のいずれか一項に記載の溶液の使用であって、特に、該溶液が、該血液サンプル若しくは体液と混合される、該細胞培養物若しくは組織サンプルが、取り出し後に直接混合されるまたは/および該溶液が、サンプル管、採血管若しくは採血シリンジ中に提供され、該血液サンプル、体液、細胞培養物または組織サンプルが、この容器に添加され、ここで、該溶液が、好ましくは濃縮形態で提供されるかまたは添加される、使用。
【請求項16】
細胞(単数)または細胞(複数)が実質的に無傷のままであり、少なくとも1つの細胞からのRNAがトランスクリプトーム解析のために使用される、請求項15に記載の使用。
【請求項17】
細胞(単数)または細胞(複数)の少なくとも1つのマーカータンパク質の形態学的解析を使用して、少なくとも1つの細胞をトランスクリプトーム解析について適格とする、請求項15または16に記載の使用。
【請求項18】
インプット工程a)液体または組織中の細胞を請求項1から14のいずれか一項に記載の溶液と混合すること、およびアウトプット工程f)少なくとも1つの細胞のトランスクリプトームの分子解析を含む、請求項15から17のいずれか一項に記載の使用。
【請求項19】
b)形態学的または形態計測学的選択によるトランスクリプトーム解析のための少なくとも1つの細胞の適格性認定、c)凍結状態での該細胞の保管、d)2から8℃での該細胞の保管、e)個々の細胞を生じるための組織のプロテアーゼ消化から選択される1つ以上の中間工程を含む、請求項18に記載の使用。
【請求項20】
それらが請求項1から14のいずれか一項に記載の溶液を含有することを特徴とする、サンプル管、採血シリンジまたは採血管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は一般的に、血液サンプルの安定化に、特に血液サンプルまたは他の体液中の、細胞、最も注目すべきは循環腫瘍細胞の保存に関する。本発明は、特に、形態を保存しながら遺伝子発現状態、特にトランスクリプトームを安定化させ、それが、引き続くトランスクリプトームの分子解析を可能にするための、細胞の代謝の迅速で永続的な中断のための、保存溶液および使用に関する。さらに、本発明は、保存溶液の使用および本発明による溶液が提供されるサンプル管または採血管若しくは採血シリンジに関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
生体分子は、無傷の代謝する細胞において絶えまないターンオーバーに供されている。例えば環境条件または分化の段階または代謝に影響を有する他の状況に依存して、分子のこのターンオーバーは、新たな合成および分解を通して行われる。生体分子組成における変化は、細胞内で、特異的で、制御されかつ標的化された方法で起こる。細胞の外では、他方、生体分子は、非特異的で、制御されておらずかつランダムな分解に供される。細胞における分子の生物学的機能を理解するためには、同時に存在する他の生体分子との関連でその機能を理解することが極めて重要である。シングルセルトランスクリプトーム解析(RNASeq)は特に、最近、同じタイプの細胞が非常に異なる遺伝子発現パターンを示し得ることを明らかにした。特に、腫瘍細胞の解析は、固形腫瘍がその遺伝子発現において不均質であり得ることを示した。従って、個々の細胞のトランスクリプトームを解析することは、一般的な関心事である。
【0003】
細胞の遺伝子発現状態を解析することは、さまざまな事情により複雑である。これらは、多くの生体分子、特にRNAの、それらが細胞の外側に存在するときの不安定さを含む。しかしながら、それらを解析するまでの無傷の細胞の保管もまた、遺伝子発現にかなりの影響を有し得る。例えば、細胞培養物から取得される細胞を収穫の間4℃で一時的に保管し、培地および増殖因子を除去し、調製のための繰り返しの遠心分離によってかなりの温度変化を誘導するだけでなく、結果として細胞密度を変動させることは、一般的な慣行である。細胞密度が分化および細胞分裂にかなりの影響を有することは、知られている。同じことが、組織または腫瘍の取り出し後にもあてはまる。調製することは、栄養素の供給、酸素およびCO2の分圧および微小環境を変化させる。これは、変化した発現パターンの形態の細胞からの迅速な応答によって伴われ、これは、トランスクリプトームレベルで最も短時間で顕著である。従って、トランスクリプトームを可能な限りそれぞれの時点の状態で保存し、それを操作に関連する変化から保護することが重要である。
【0004】
トランスクリプトーム解析の困難さは、バイオバンクの例によって明らかになる。例えば、手術後にバイオバンキングに与えれるヒト腫瘍サンプルは通常、取り出し直後に10%ホルムアルデヒドで固定する。しかしながら、これは、実際の状態を解析するために重要である、トランスクリプトームが架橋されるという、かなりの不利を有する。これは、分子解析をかなりより困難にし、無傷の分子を単離することは、一般的にもはや可能でない。この理由で、新鮮なサンプルは通常、それらが適任のスタッフによってさらに加工され得るまで室温で保管する。さらなる加工は通常、一部を引き続く分子解析用に凍結させ、別の部分をホルムアルデヒド固定後に形態学的解析用に準備できているように保つために、サンプルを専門的に分割することによって行う。採取とさらなる加工との間の保管期間は、特定の状況下では数時間であり得、バイオバンクまたは保存サンプルの有効性についてかなりのリスクを保持する。さらに、分子解析のためのサンプルの引き続く解凍は、RNA分解プロセスの誘導につながり、そのようにしてトランスクリプトームにおける変化につながる。
【0005】
腫瘍生物学においては、腫瘍内の細胞の分子組成の大きな不均質性が、近年実証されてきた。これに関連しては、循環腫瘍細胞(CTC)は、これらの細胞の解析が、療法の選択肢を特定し、疾患および療法の経過をモニタリングすることを可能にするため、特に重要である。循環腫瘍細胞は、原発腫瘍から脱落した細胞である。それらは、リンパ系に存在し得るかまたは血流において循環するかのいずれかである。少なくともいくつかのタイプの循環腫瘍細胞では、それらが他の臓器または組織にコロニーを作り、新たな腫瘍または転移を形成するであろう可能性がある。がん関連死の大部分は、原発性腫瘍のためではなく、転移およびそれに由来する二次性腫瘍のためである。
【0006】
CTCの解析を可能にする診断法は、個別化されかつ効果的な治療法の選択に著しく貢献し得る。さらに、CTCを解析することは、これらの循環細胞が疾患の初期段階ですでに存在し検出し得ることが認識されてきたため、患者についての予後を初期段階で確立するのに役立ち得る。CTCの解析はまた、医薬品の効力を検査するためにも非常に重要である。
【0007】
しかしながら、CTCは、それぞれの体液中に非常に少ない量で存在するのみであり、また解析中の操作に対して敏感である。上述したように、無傷の代謝する細胞中の全ての生体分子はまた、絶えまないターンオーバーに供されている。さまざまな影響因子、例えば環境条件または分化の段階または代謝に影響を及ぼす他の状況に依存して、分子のこのターンオーバーは、新たな合成および分解を通して行われる。生体分子組成における変化は、細胞内で、特異的で、制御されかつ標的化された方法で起こる。細胞における分子の生物学的機能を理解するためには、同時に存在する他の生体分子との関連でそれぞれの機能を観察することが極めて重要である。これは、細胞の保存並びにそれらの代謝状態および形態学的状態の安定化を必要とする。
【0008】
CTCの存在は長い間知られてきたが、それらが腫瘍患者についての治療選択肢を改善するために研究の前面にきたのは、ほんの数年前である。血液を保存するいくつかの方法は、何十年もの間、世界的に標準であった。EDTA、クエン酸塩またはヘパリン添加剤は、血液の凝固を防ぎ、血液の成分を解析することを可能にする。しかしながら、CTCは、多くの正常な血液機能が、採血後、すなわちエクスビボでさえ無傷のままであるため、これらの添加剤の助けをもってしてもそれほどうまく安定化させることができない。例えば、免疫系が、反応してCTCを排除しようとするか、または化学療法によってすでに攻撃されたCTCは、壊死またはアポトーシスを受ける。
【0009】
血液サンプルの採取とそのさらなる加工との間の保管時間はまた、多くの時間であり得、かなりの追加のリスクをはらむ。CTCの発現状態は、温度および環境条件で変化し、それにCTCは反応して遺伝子発現を変化させる。これは、引き続く解析において分子イメージにおける望ましくない変化につながる。
【0010】
正常な血液細胞でさえ、保管に起因してかなりの変化に供されることもまた、知られている。他方、血液の保管は、特定の手順および時間が日常的な病院生活において規定されているため、診断ルーチンの一部である。保管に関連する変化は、血液細胞の発現状態における変化だけでなく、例えば、細胞の解析をより困難にするだけでなく、無効な解析をもたらし得もする(米国特許第7,863,012B2号も参照)、いわゆるデブリ、すなわち散らかっている細胞物質の凝集体を誘導する、細胞の一種の崩壊も含む。これは、細胞の完全性の保存だけでなく、長期間にわたる細胞の発現状態の保存もまた、CTCの解析にとって決定的に重要であることを示す。RNAの安定性は、トランスクリプトームが腫瘍生物学および療法の選択肢中への極めて重要な洞察を提供し得るため、特に重要である。
【0011】
「トランスクリプトームの分子解析」は、分子生物学的手法を使用する細胞RNAの解析を指す。これらは、例えば、分光学的定量、ノーザンハイブリダイゼーション、バイオチップのハイブリダイゼーションを有する若しくは有さない逆転写またはまたポリメラーゼ連鎖反応による個々の転写産物の増幅およびRNA-seq法(全RNA、mRNA、アンプリコンシークエンシング)を含む。そのような分子生物学的解析法は、一般的に知られており、本発明の対象ではない。本明細書において使用する「形態学的解析」は、天然の状況または天然の環境における単一のまたは複数の細胞の解析から細胞塊の解析までを意味し、大きさ、形状、粒度等を指す。本明細書において使用する用語「形態計測学的解析」は、個々のまたはいくつかの細胞の1つ以上の細胞特性の解析、例えば特定の細胞マーカーの発現の解析を意味する。
【0012】
先行技術
細胞の完全性を維持するさまざまな方法が、文献において提案されてきた。原則として、これらは、ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒドおよびグルタルアルデヒドなどの架橋剤に基づく(例えば欧州特許出願公開第0214613A2号、独国特許出願公開第4039716A1号)。米国特許第4,971,783A号は、組織を調製するプロセスを記載する。米国特許第5,976,829A号は、DNA/RNA解析にも適したホルムアルデヒドベースの固定剤を記載する。
【0013】
それに従ってメチロール誘導体が血液成分の固定を可能にする、別のアプローチが、引用文献において言及されている。メチロールはまた、化粧品業界において防腐剤として使用されている。正確な作用の機序は不明であるが、ホルムアルデヒドは、重要な役割を果たすように見える。しかしながら、これらの固定溶液の架橋性、特に核酸の架橋性は、細胞を分子レベルで解析することを困難にする。とりわけ米国特許第5976829A号は、アルデヒド、アルコール、キレート剤およびアミノ基を含有しない緩衝剤を含む固定剤によってこの課題を解決しようとする。
【0014】
科学分野においては、他の方法もまた、細胞または分子の固定のために用いられる。これらは、例えば、低温で凍結すること、形態学的状況を破壊しながら分子の安定化を可能にする、アルコールベースの固定剤(例えばメタノール、エタノール、グリコール)またはカオトロピック試薬(例えばイソチオシアネート)を使用することを含む。
【0015】
架橋することなしに組織を固定し、一方で同時にそれらの構造を保持するためのさまざまな溶液もまた、先行技術において利用可能である。欧州特許第2126542B1号、仏国特許出願公開第2852392A1号、国際公開第2013/131816A1号および国際公開第03/029783A1号は、有機溶媒を使用する組織固定のための混合物を記載する。形態学的状況を保持することなしに生体分子を安定化させるための溶液もまた、利用可能である。細胞および組織の保存のための非架橋法は通常、好ましくは強酸、例えばメタノール/氷酢酸の組合せと一緒の、アルコールまたはアセトンなどの有機溶液中でのインキュベーションによる脱水に基づく。核酸は、比較的うまく保護される。アセトン/氷酢酸は、比較するといくらかより穏やかに固定する。しかしながら、アルコールまたはアセトンでの固定の後の分子を、再水和なしに細胞レベルで解析することは、可能でない。核酸、特にRNAは、区画化の解消、すなわち再水和を通した細胞膜系(例えばリソソーム)への損傷のため、妨げられない分解にさらされる。
【0016】
他の刊行物は、さまざまな機序を使用して細胞を固定するためのさらなる溶液を記載する。例えば、国際公開第2012/150479A1号において開示される対応する溶液は、ハロゲンシアノアセトアミドを含有し、米国特許出願公開第2015/0050689A1号は、反応してアルデヒド、特にホルムアルデヒドを放出するポリアミンおよび酸の組合せを記載する。
【0017】
実際には、生物学的調製物は通常、RNAを取得するために急速冷凍する。RNAを取得するためには、サンプルを次いで、凍結状態で強変性のまたはカオトロピックな条件下で溶解させる。このようにして単離したRNAはしばしば満足のいく品質であるが、部分集団の分子解析が実際には特に望ましいが、形態学的または形態計測学的解析による検査のために望まれる細胞(複数可)を適格とすることは、可能でない。しかしながら、凍結することの前のそのようなサブセットの形態学的なまたは形態計測学的な選択は、分子解析を困難にまたは不可能にする、発現状態を維持するための架橋ホルムアルデヒド固定を必要とする。細胞のサブセットを単離するための非架橋性の、脱水固定の代替法もまた、再水和状態における部分集団の引き続く選択がRNAの急速な分解につながるため、好ましくない。
【0018】
中国特許出願公開第202011616524号は、中性のまたは中性に近いpHの凝固防止剤および安定剤の複合混合物を使用する全血中のDNAの安定化を教示する。
【0019】
細胞および組織の非架橋性の固定についての先行技術による別の提案は、Hepesが媒介するグルタミン酸保護である(独国特許第10021390C2号)。ここでは、アミノ酸含有溶液が、長期保存としてのパラフィン包埋を脱水することにより組織を形態学的に保存するために提案されている。脱水固定は、アセトンを使用することによって比較的穏やかに行われるが、架橋の欠如のため組織における構造的な変化がある。加工は低温で行うが、該系は、トランスクリプトームを安定化させることにおいては比較的効果がない。
【0020】
Ringwaldら(Transfusion Medicine Reviews,20(2),2006)は、種々の塩および酸の混合物で血小板を安定化させる。特に、酢酸は、血小板代謝を輸血目的の保管中に中性pHで維持するために使用される。核を含まない「細胞」として、血小板は、転写的に不活性である。
【0021】
最近公開されたRNAseqトランスクリプトーム解析法においては、細胞を、水、メタノール、酢酸およびグリセロールの混合物(ACME)で固定する。この方法は、細胞の構造および形態を変化させ、使用するアルコール試薬が細胞からRNA分子およびタンパク質マーカーを放出するであろうことを、除外することができない。さらに、再水和は、RNA転写物が分解をもたらす。国際出願PCT/EP2015/061678号(国際公開第2015/181220A1号)の教示は、同様のアプローチに従う。
【0022】
形態学的関係を破壊しながらRNAを安定化させるための、さまざまなカオトロピック試薬が、市販されている(例えばRNAlater、Ambion;ProtectAll、Qiagen)。
【0023】
有機溶媒はないが重亜硫酸塩を使用する変形例が、米国特許第5,432,056A号に記載されている。ここでは、組織切片または他の薄層サンプルを固定するための重亜硫酸塩含有酸性系が、提案されている。米国特許第6,337,189B1号は順に、細胞学的調製物の非架橋性の固定のためのアルコールと組み合わせた尿素化合物を記載する。しかしながら、細胞の構造の形態学的な保存は、全てのこれらの方法において限定されている。
【0024】
そのような方法は、それらが、ルーチンの診断には適さない、細胞の完全性を破壊するまたは効果的な分子の安定化を保証しないのいずれかであるため、CTCの解析のための全血の保存には不適切である。
【0025】
しかしながら、米国特許第10,091,984B2号は、ホルムアルデヒドを放出する尿素化合物が、ホルムアルデヒドが同時にグリシンによって浚われるときに、CTCを形態学的に安定化させることができることを教示する。この開示がCTC分子の共有結合的修飾を前提としないとしても、ホルムアルデヒドの役割は、不明瞭である。
【0026】
先行技術は、後の時点で分子解析を行うために無傷の細胞のトランスクリプトームを現状で保持するための可能な溶液に関して限界を有する。特に、先行技術は、特定の細胞のトランスクリプトームの分子解析を実施することになるときに限界を有する:(A)架橋剤は、該剤の拡散速度に依存して比較的ゆっくりと発現状態を保存し、分子解析を複雑にする;(B)有機溶液による非架橋性の固定は、再水和を必要とし、制御されていない分子分解によってトランスクリプトームの変化を強いる;(C)カオトロピック試薬による細胞集合体の溶解は、個々の細胞の分化を可能にしない。理論的には、個々の細胞をカオトロピックな溶解は、可能である。しかしながら、単離がそれらの状況の破壊によって先行されるであろうし、それがトランスクリプトームにおける変化につながるであろう。
【0027】
従って、解決すべき課題は、培養物または組織の細胞における代謝を実験者によって決定される時点で中断することを、特に、現時点でトランスクリプトームを安定化させ、同時にRNAの制御されていない分解を防ぐために細胞および細胞の区画を無傷のままにしておくことを可能にする溶液を開発することであった。該溶液は、保存または細胞を適格とする形態学的若しくは形態計測学的解析の実施のために、時間遅延トランスクリプトーム解析を可能にすることを意図する。
【0028】
解決すべき課題はまた、ゲノム、トランスクリプトームおよびプロテオームの実際の状態の一時的な、高度に安定化された、非架橋性の保存を確実にするために、並びに分子の制御されていない分解を防ぐために、血液細胞における、特にCTCまたは他の体液の、代謝または生体分子のターンオーバーを中断し、一方で同時に細胞を形態的に無傷で保ち、血液の凝固を防ぐことを可能にする方法および適切な手段を開発することからなっていた。該課題に対する溶液は、CTCの単離のための時間遅延加工、およびCTCまたは他の細胞の分子解析および場合によっては形態学的解析の実施を可能にすべきである。
【発明の概要】
【0029】
前述の課題は、本発明によって解決される。本発明の第1の態様は、
a)膜透過性プロトンキャリアを含有すること、
b)カオトロピック物質、アルコールおよび洗剤を実質的に含まないこと、および
c)6未満の該細胞(単数)若しくは細胞(複数)の細胞内pHを産出するpH値を有すること
を特徴とする、細胞、特に少なくとも1つの真核細胞並びに特に血液サンプル若しくは別の体液中の腫瘍細胞および循環腫瘍細胞、細胞培養物からの細胞または組織中の細胞を保存するための溶液である。
【0030】
さらに、本発明の別の態様は、特にゲノム、トランスクリプトームおよびプロテオームの分子解析のための、細胞、特に少なくとも1つの真核細胞、特に血液サンプル若しくは他の体液中の腫瘍細胞若しくは循環腫瘍細胞または細胞培養物からの細胞または組織中の細胞を、細胞の形態をほとんど保存しながら、保全し、保存しまたは/および固定するための、本発明の第1の態様によるそのような溶液の使用においてである。
【0031】
本発明の第3の態様は、本発明の第1の態様による溶液を含有するサンプル管、採血シリンジまたは採血管に関する。
【0032】
本発明の利点および詳細は、特許請求の範囲、以下の詳細な説明および実施態様から明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】
図1は、培養腫瘍細胞を添加し、24時間後にフローサイトメトリーによって検査した、実施態様例1に記載する、固定した血液を示す。腫瘍細胞集団は、明確に識別可能である。
【
図2】
図2は、例示的なシングルセル解析を示す。培養腫瘍細胞を、実施態様例1に記載する固定した血液に添加し、40時間後にEpCamに対する抗体で標識し、イメージストリームにおいてフローサイトメトリーによって検査した。細胞の形態は、保存されている(2a)。抗体による蛍光染色を2bに示し、形態および蛍光の重ね合わせを2cに示す。
【
図3】
図3は、実施態様2に記載する細胞の処理の後の電気泳動cDNA解析を使用した種々の細胞固定法の適用の後のトランスクリプトームの完全性の比較を示す。本発明による溶液で処理した細胞は、それらの発現状態において新鮮な、未処理細胞に似ている。
【発明を実施するための形態】
【0034】
発明の詳細な説明
無傷の細胞膜は、受動的なプロトン輸送については透過性でなく、細胞膜を横切るプロトン輸送は、高度に制御されている。本発明は、細胞内のpH値の突然のかつ迅速な変化(低下)が、分子の合成および分解のための細胞機械の機能の欠失につながり、酵素活性の不活性化を介して、細胞の区画化を邪魔することなしに代謝における停止につながるという知見に基づいている。本発明による溶液の不可欠な特性は従って、代謝プロセスを、pH値を低下させることによって非常に素早く停止させ、そのようにして、発現状態における環境に依存する変化を避けることである。
【0035】
本発明によれば、細胞内pHにおけるこの変化は、溶液中に含有される膜透過性プロトンキャリアによって達成される。プロトンキャリアは、適切な条件下でプロトン化された形態で、好ましくは受動的に、細胞膜を乗り越えることができ、細胞内でアニオンおよびプロトンに分解する分子であると理解される。適切な条件は、例えば、細胞を酸性範囲のpKを有するプロトンキャリアと酸性環境において混合することによって作り出される。プロトンキャリアのプロトン化された形態は、細胞膜を通過し、より高い細胞内pHのため細胞内で解離する。イオンとして、プロトンキャリアが細胞を離れることは、可能でなく、そのため、平衡状態では、細胞内pHは、細胞外pHによって決定される。
【0036】
さらに、本発明は、核酸の電荷をほとんど中和する。これは、特に、RNAの場合においては、水性環境からの部分的な沈殿に、およびそのようにして酵素的加水分解およびアルカリ加水分解の両方に対する安定化につながる。
【0037】
本発明との関連では、および特に細胞の形態の保存のためには、先行技術における多くの対応する保存溶液中に存在するカオトロピック物質が実質的に完全にないことがさらに不可欠である。過塩素酸ナトリウムなどの過塩素酸塩、チオシアン酸グアニジウムなどのチオシアン酸塩だけでなく、塩酸グアニジニウムおよびバリウム塩などのカオトロピック物質は、水中の秩序化した水素結合を溶解させ、水の構造を解体してエントロピーにおける増加を引き起こす物質である。それらは、生体分子の水和殻を邪魔し、それがそれらの変性におよび、適した濃度で存在する場合は、細胞の完全な溶解につながる。
【0038】
本発明との関連では、用語「実質的に完全にない」は、ある物質が細胞の形態学的な完全性を破壊しないような最大量でのみ存在し得ることを意味する。好ましい実施態様においては、本発明による溶液は、カオトロピック物質を完全に含まない。
【0039】
カオトロピック物質の不在に類似して、本発明による溶液はまた、アルコールおよび洗剤の実質的に完全な不在も特徴とする。好ましい実施態様においては、これらの物質はまた、本発明による溶液から完全に排除される。
【0040】
最後に、本発明による溶液はさらに、6未満の細胞(単数)または細胞(複数)の細胞内pHを産生するpH値を有することを特徴とする。
【0041】
有利なことには、膜透過性カルボン酸、特にC2からC5カルボン酸を、本発明との関連でプロトンキャリアとして使用する。すでに上述したように、本発明は、細胞、特に血液中の細胞の形態を保存しながらの代謝の迅速な停止を特徴とする。血液中の細胞は、細胞核を含有する全ての細胞であると理解される。この代謝停止はまた、本発明の作用の機序は、既知の架橋、脱水または変性による固定とは異なるが、以下では固定または保存とも呼ばれる。代謝停止は好ましくは、低いpHと組み合わせた溶解したカルボン酸によって達成される。カルボン酸のプロトン化された形態は、細胞膜を通過し、細胞の内部で解離する。しかしながら、プロトン化された形態で膜透過性である他の酸もまた、使用することができる。
【0042】
酸は好ましくは、カルボン酸緩衝系または酸/塩基系の形態で本発明による溶液中に存在し、これが、所望の酸性範囲のpHを形成し、安定化させる。これらの緩衝系は好ましくは、弱酸およびそれらの対応する塩基を含む。血液は、非常に高い緩衝能力を有する。本発明によれば、この緩衝能力は、混合物中で、特に細胞内で酸性環境を作り出し、それが順に、代謝活動をほとんど停止させるために、溶液中に含有される緩衝系で滴定される。本発明によれば、膜通過のための十分な量のプロトン化されたカルボン酸を提供し、同時に細胞内で十分なH+イオンを放出する緩衝系が、適切である。
【0043】
使用する試験物質に依存して、該試験物質の緩衝能力を排除するように細胞内pH値を調整するために、強酸を本発明による溶液にさらに添加することが、必要であり得る。特に塩酸または他の鉱酸が、適切な強酸である。しかしながら、これらの酸は、膜透過性ではなく、従って本発明との関連ではプロトンキャリアを表さない。
【0044】
特に、細胞、血液サンプルまたは別の体液若しくは組織サンプルと混合した後に、4と6との間のpHを有する混合物が取得されるように、プロトンキャリアを選択し、本発明による溶液のpHを調整する。当業者は、関心対象物であり得る細胞培養培地、血液サンプルまたは他の体液若しくは組織サンプルのpH値および緩衝能力に精通しているので、容易に適切な調整を行うことができ、従って、所望の混合比に従って溶液のpH値を予め設定することができる。解析する血液サンプルおよび保存溶液の通常の混合比もまた、当業者に知られており、例えば、クエン酸血については1:10である。混合比は、他の関心対象物についても適宜適合させることができ、一般的に同じ範囲である。
【0045】
本発明との関連では、酢酸を特に、カルボン酸として使用する。酢酸は次いで好ましくは、酢酸/酢酸塩系として本発明による溶液中に存在し、該溶液のpHは、いかなる場合においても6未満であるように調整する。さらに好ましい実施態様においては、本発明による溶液のpH値および緩衝能力は、サンプルと混合した後の結果として生じるpH値が6未満であるように選択する。しかしながら、特に、混合物のpH値は、2と6との間でさえあり、より好ましくは4.8と5.8との間および特に好ましくは5.0と5.5との間、または5.1と5.3との間である。そのpH値が6未満、好ましくは5.8未満および特に5.3以下である本発明による溶液は、この目的に特に適している。意図する混合比および保存する体液に依存して、本発明によるそのような溶液は、酸性範囲の、特に1と5との間のおよび好ましくは1.8と4.5との間の、および、例えば、1:5の比で血液と混合することを意図する場合は、好ましくは2と3との間のpH値を有する。pH値に関する情報は、本発明との関連では20℃の温度に関する。すでに上で説明したように、細胞内pH値はまた、細胞が存在する溶液のpH、および試験物質の緩衝能力に基づいて設定する。
【0046】
本発明のプロトンキャリアの酸/塩基系は通常、それが血液サンプルおよび他の水溶液による希釈に供される濃縮溶液であるかどうか、またはそれが単離された細胞に対して過剰に、例えば10倍量で添加されるすぐに使える溶液であるかどうかに依存して、1から300mMの濃度で存在する。本発明による溶液は、過度の希釈なしに血液を固定するために、(複数の)濃縮液として構成されている可能性を特徴とする。特に、プロトンキャリアの酸/塩基系およびその凝固防止剤成分が、上記のような所望の細胞内pHを達成するために、血液または別の体液の保存のために2から20倍、好ましくは5から10倍の濃縮液として構成されている本発明による溶液が、想像される。
【0047】
本発明の好ましい実施態様においては、酸/塩基系および好ましくは酢酸/酢酸塩系は、本発明による濃縮溶液中に、10mMから300mM、好ましくは25mMから200mMおよび特に好ましくは50mMから150mMである濃度で存在する。特にすぐに使える溶液については、他方、溶液が、酸/塩基系を1mMから100mM、好ましくは5mMから50mMおよび特に好ましくは10mMから20mMの濃度で含むことが好ましい。
【0048】
前述のまたは他のプロトンキャリアに加えて、本発明による溶液はまた、特に緩衝物質または従来の補助物質などの追加の物質を含み得る。特に、本発明による溶液は、イミダゾールおよび/またはジメチルスルホキシド(DMSO)を含有し得る。イミダゾールは、わずかに酸性のpKを有し、プロトン化のまたは非プロトン化の形態で細胞膜を横切り得る。イミダゾールは最初は、H+イオンの細胞内部への輸送を支援し得る。イミダゾールの適切な濃度は、例えば、50mMである。試験対象物の冷凍保管のために本発明による溶液を使用するためには、それは好ましくは、5から15%、特に好ましくは10%の最終濃度でDMSOを含有する。
【0049】
本発明との関連で保存溶液の成分として使用することができる他の適切なプロトンキャリアは、バリノマイシンまたはニゲリシンなどの環状ペプチドである。さらに、本発明による溶液は、さらなるイオン、特にCl-イオンを含有し得る。
【0050】
本発明による溶液はまた、保存に貢献する他の物質を含有し得る。例えば、β-メルカプトエタノールまたはジチオトレイトールまたは類似の試薬の添加はさらに、RNaseの活性を低下させ得る。他の酵素阻害剤、例えばホスファターゼ阻害剤の添加もまた、本発明による溶液の保存効果に前向きの影響を有し得ることも、当業者には自明である。
【0051】
さらなら好ましい実施態様においては、本発明による溶液はさらに、少なくとも1つのアミノ酸を含む。特に、これは、組織中でまたは細胞中で天然に生じるアミノ酸である。本発明の緩衝系は、アミノ酸の保護効果を利用する。この効果は特に、そのようなアミノ酸が合計でまたはそれぞれの場合において0.1Mから1Mの濃度で、好ましくは100mMから300mMの合計濃度で存在するときに、効果的である。好ましくは、アミノ酸は、グリシン、アラニン、プロリン、セリン、スレオニン、グルタミン酸およびアスパラギン酸を含む群からの1つ以上である。
【0052】
本発明のさらなる実施態様は、迅速なpH依存性固定の、ホルムアルデヒド供与体の群からの追加の保存活性成分との組合せである。そのような活性成分は、例えば、ジアゾリジニル尿素またはイミダゾリジニル尿素であり得る。
【0053】
好ましくは、本発明による溶液の組成はまた、浸透圧が1オスモルを超えないようなものである。好ましくは、溶液の浸透圧は、100ミリオスモル超500ミリオスモル未満、好ましくは250ミリオスモルと350ミリオスモルとの間である。溶液は特に好ましくは、保存する細胞(単数)若しくは細胞(複数)について等張であるかまたは等張な環境を形成する。
【0054】
本発明のいくつかの実施態様においては、本発明による溶液の製剤は、血液の凝固を完全には防がない。これらの凝固現象は、錯化剤、凝固防止剤または阻害抗体を添加することにより防ぐことができることが、当業者に知られている。本発明による溶液中のそのような錯化剤、凝固防止剤または抗体の存在は従って、本発明のさらなる好ましい実施態様をもたらす。好ましい実施態様においては、MgSO4、ダビガトランまたは/およびプラスミノーゲン活性化因子(t-PA)が、本発明による溶液中の凝固防止剤として存在する。
【0055】
本発明のさらなる態様は、好ましくは引き続くまたは時間遅延の分子解析を有する、細胞、特に少なくとも1つの真核細胞、特に血液サンプル若しくは他の体液中の腫瘍細胞および循環腫瘍細胞、細胞培養物からの細胞または組織中の細胞を保全する、保存するまたは/および固定するための本発明による溶液の使用である。
【0056】
本発明によるこの使用は、溶液を、血液サンプルまたは他の体液、対応する培地中の細胞培養物からの細胞と、または細胞を含有する組織と、好ましくは採取後直接混合することを特徴とする。
【0057】
分子解析は、細胞中に存在する任意の物質または物質の群、特にゲノム、トランスクリプトームおよびプロテオームに関連し得る。好ましくは、トランスクリプトーム解析は、本発明による溶液での処理の後、少なくとも1つの細胞に対する分子解析として行う。
【0058】
本発明の特別の特徴は、特有の特徴に基づいてほとんど無傷の細胞を適格とし、分子解析を行うためにこの適格性認定を使用する可能性である。好ましくは、本発明による溶液で処理した種々の細胞の混合物を、マーカーについて解析する。好ましくは、これは、形態学的マーカー(例えばフローサイトメトリーにおけるFSC/SSCによって解析される)または形態計測学的マーカー(例えば表面タンパク質に結合するための標識抗体)である。それにより、混合物は、2つ、3つまたはそれ以上の種々の細胞集団からなり得る。好ましくは、このマーカーは、細胞成分、特に好ましくはトランスクリプトームの解析のために、少なくとも1つの細胞を適格とするために使用する。
【0059】
組織消化のための少なくとも1つの酵素を、個々の細胞を組織構造から放出するために本発明による溶液に添加することが、好ましくあり得る。好ましくは、少なくとも1つの酵素は、コラゲナーゼ、ディスパーゼ、またはそれらの組合せである。
【0060】
本発明による溶液で処理した少なくとも1つの細胞を保管することが、好ましくあり得る。それを2~8℃で保管することが、好ましくあり得る。あるいは、この保管を凍結状態で行うことが、好ましくあり得る。
【0061】
本発明による使用は好ましくは少なくとも:インプット工程a)使用に適した溶液での細胞または組織の処理、およびアウトプット工程f)少なくとも1つの細胞のトランスクリプトームの分子解析、を含む。
【0062】
好ましくは、該使用は、検査下の対象物および検査の目的に依存して、インプット工程とアウトプット工程との間で個別にまたは組み合わせて行うことができるさらなる工程、すなわち、工程b)形態学的または形態計測学的選択によるトランスクリプトーム解析のための少なくとも1つの細胞の適格性認定、c)凍結状態での細胞の保管、d)2~8℃での細胞の保管、e)個々の細胞を生じるための組織のプロテアーゼ消化、の1つ以上を含む。
【0063】
本発明の使用のこれらの態様との関連では、溶液を、前々から採血シリンジなどの、サンプル管または採血管若しくはシリンジまたは別の適切な容器中で提供することが、特に有利である。特に、これは、体液を、採取後に本発明による溶液と直接混合することを可能にし、そのため、例えば酵素活性に起因する、解析の歪曲を妨げることができる。本発明による溶液を含有する対応するサンプル管または採血管若しくはシリンジまたは他の反応容器もまた、本発明のさらなる対象物を表す。
【0064】
この点については、本発明による溶液を、サンプルの強い希釈を避けるために、濃縮形態で提示することが、再度特に好ましい。溶液をサンプル管等中で提供することの代替として、混合することはまた、血液サンプルまたは体液を採取した直後に行うことができる。
【0065】
本発明による溶液を含有するサンプル管、採血管またはシリンジおよび他の容器は、本発明による使用との関連で使用することができる。しかしながら、本発明による溶液自体のように、これらの対象物はまた、細胞を含まないDNA/RNAの解析などの、他の方法を行うことにも適している。そのような目的のための使用もまた、本発明によって包含される。
【0066】
本発明による溶液について上記した全ての説明はまた、本発明によるこの溶液の使用並びに本発明による溶液を含有する前もって作製した試験管または採血管にも当てはまるものとする。
【実施例】
【0067】
以下の実施例は、図面と関連して、本発明をさらに説明する。
【0068】
実施例1
この実施態様例においては、以下の組成を有する本発明による溶液を使用した:
この例においては、本発明による溶液は、以下のように構成される:
23mMグルコース、53mMイミダゾール、11mM Hepes、5mMアスパラギン酸、40mMグルタミン酸、12mMプロリン、24mMセリン、3.5mMスレオニン、32mMアラニン、56mMグリシン、10mM MgSO4、0.09%アジ化ナトリウム、150mM酢酸、HCl添加pH2.2
【0069】
溶液は、20℃の温度で2.2のpHを有する。
【0070】
2mLのこの溶液を、採血シリンジ中に置いた。このようにして調製したシリンジを使用して、8mLの血液を試験対象から採取し、同時に本発明による混合物を調製する。このようにして固定した血液を、引き続き混合物を、例えば24時間以内に、顕微鏡解析またはフローサイトメトリー解析によってCTCの存在について解析するために、4℃から20℃で保管することができる。存在し得る任意のCTCはまた、例えば抗体に対する表面マーカーの親和性を介して、直接単離することもできる。
【0071】
実施例2
細胞培養物からのHEK293細胞を、基材からトリプシン溶液を使用して剥離し、収穫した。細胞をlive/dead色素とインキュベートし、引き続き生細胞を単離した。細胞を次いで、過剰の種々の溶液、すなわちFACS緩衝液、(シース液、BDBiosciences)、本発明による溶液、4%パラホルムアルデヒドPFA溶液、3%グリオキサール溶液、DSP溶液(ジチオ-ビス(スクシンイミジルプロピオネート、可逆的架橋剤)またはACME溶液(ACetic-MEthanol:13:3:2:2の比の水、メタノール、氷酢酸、グリセロール)中で、さらなる解析まで4℃で5時間インキュベートした。細胞を次いで溶解させ、mRNAを単離した。比較のため、新鮮な細胞を、収穫後直接溶解させた。
【0072】
この例においては、本発明による溶液は、以下のように構成される:
23mMグルコース、53mMイミダゾール、11mM Hepes、5mMアスパラギン酸、40mMグルタミン酸、12mMプロリン、24mMセリン、3.5mMスレオニン、32mMアラニン、56mMグリシン、0.09%アジ化ナトリウム、酢酸(15mM)添加pH5.3。
【0073】
逆転写により、異なって処理をした細胞の全細胞mRNAについてのcDNAを、生成させ、配列決定した。
【0074】
種々のサンプルについてのcDNAの比較は、本発明による溶液中で保管した細胞の極めて高いcDNAの完全性が観察されるが、一方で他の保管溶液または緩衝液については細胞トランスクリプトームの明らかに好ましくない保存が確かにされることを示した。
図3は、結果をグラフ形式で示し、最も高いピークを有するcDNAプロファイルは、新たに収穫した細胞についての結果を表す。2番目に高いピークを有するcDNAプロファイルは、本発明による溶液を表し、新鮮な細胞のcDNAプロファイルと非常に類似しており、比較すると最も類似しているが、一方で、他の溶液のプロファイルは、新鮮な細胞のプロファイルからは非常に強く逸脱しているか、または全く似ていない。
【手続補正書】
【提出日】2024-01-12
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1つの真核細胞の、特に血液サンプル若しくは別の体液中の
、腫瘍細胞および循環腫瘍細胞の、
または細胞培養物からの細胞のまたは組織サンプル中の細胞の
、保全
、保存
または固定のための溶液
の使用であって、
それが、
a)細
胞透過性プロトンキャリアを含有し、
ここで、該プロトンキャリアは、C
2
~C
5
カルボン酸若しくはそのようなカルボン酸の混合物、またはプロトン化形態で膜透過性である他の酸から選択され、酸/塩基系として存在し、酸性範囲のpH値を形成し、
b)
該細胞の形態学的完全性を破壊するような量の、カオトロピック物質、アルコールまたは洗剤を含まず、
c)該細胞の形態学的完全性を維持し、かつ
d)6未満の該細
胞の細胞内pHを生じるpH値を有する
水溶液であることを特徴とする、
使用。
【請求項2】
酸/塩基系
が溶液中に存在することを特徴とする、請求項1に記載の
使用。
【請求項3】
酸/塩基系が、1mMから100mM、好ましくは5mMから50mM、特に好ましくは10mMから20mMの濃度で存在することを特徴とする、請求項
1または2に記載の
使用。
【請求項4】
酸/塩基系が、2から20倍濃縮物として、特に好ましくは5倍濃縮物として構成されていることを特徴とする、請求項3に記載の
使用。
【請求項5】
溶液が、細胞内pH値を調整するために、強酸、好ましくは塩酸または別の鉱酸をさらに含有することを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の
使用。
【請求項6】
細胞または他の生物学的物質と混合した後の
溶液のpH値が、それぞれの場合において20℃で測定して、酸性pH、好ましくは4と6との間、特に好ましくは4.5と5.5との間、最も好ましくは5.3であることを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の
使用。
【請求項7】
溶液がさらに緩衝物質またはプロトンキャリアを含有することを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の
使用。
【請求項8】
溶液がイミダゾールまたは/およびDMSOを含有することを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の
使用。
【請求項9】
溶液が、好ましくは単糖若しくは二糖の群から選択される、少なくとも1つの糖、または/および好ましくはグリシン、アラニン、プロリン、セリン、スレオニン、グルタミン酸、アスパラギン酸を含む群から選択される、少なくとも1つのアミノ酸を含むことを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の
使用。
【請求項10】
前記1つ以上のアミノ酸が、合計でまたはそれぞれの場合において0.1Mから1Mの濃度で、好ましくは100mMから300mMの合計濃度で存在することを特徴とする、請求項9に記載の
使用。
【請求項11】
溶液がさらに、ホルムアルデヒド供与体の群からの保存活性成分、特にジアゾリジニル尿素またはイミダゾリジニル尿素を含有することを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の
使用。
【請求項12】
溶液の浸透圧が、1オスモルを超えず、好ましくは500ミリオスモル未満であり、特に保存される真核細胞(単数)または細胞(複数)について等張な環境を形成することを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の
使用。
【請求項13】
溶液が錯化剤または凝固防止剤または阻害抗体を含有することを特徴とする、先行する請求項のいずれか一項に記載の
使用。
【請求項14】
凝固防止剤が、MgSO4、ダビガトラン、プラスミノーゲン活性化因子またはこれら物質の任意の混合物から選択されることを特徴とする
、請求項
13に記載の
使用。
【請求項15】
溶液が
、血液サンプル若しくは体液と混合される
、細胞培養物若しくは組織サンプルが、取り出し後に直接混合されるまたは/およ
び溶液が、サンプル管、採血管若しくは採血シリンジ中に提供され
、血液サンプル、体液、細胞培養物または組織サンプルが、この容器に添加され、ここで、該溶液が、好ましくは濃縮形態で提供されるかまたは添加される、
請求項1から14のいずれか一項に記載の溶液の使用。
【請求項16】
細胞(単数)または細胞(複数)が実質的に無傷のままであり、少なくとも1つの細胞からのRNAがトランスクリプトーム解析のために使用される、請求項
1から15
のいずれか一項に記載の使用。
【請求項17】
細胞(単数)または細胞(複数)の少なくとも1つのマーカータンパク質の形態学的解析を使用して、少なくとも1つの細胞をトランスクリプトーム解析について適格とする、請求項
1から16
のいずれか一項に記載の使用。
【請求項18】
インプット工程a)液体または組織中の細胞を請求項1から14のいずれか一項に記載の溶液と混合すること、およびアウトプット工程f)少なくとも1つの細胞のトランスクリプトームの分子解析を含む、請求項
1から17のいずれか一項に記載の使用。
【請求項19】
b)形態学的または形態計測学的選択によるトランスクリプトーム解析のための少なくとも1つの細胞の適格性認定、c)凍結状態での該細胞の保管、d)2から8℃での該細胞の保管、e)個々の細胞を生じるための組織のプロテアーゼ消化から選択される1つ以上の中間工程を含む、請求項18に記載の使用。
【請求項20】
少なくとも1つの真核細胞の、特に血液サンプル若しくは別の体液中の、腫瘍細胞および循環腫瘍細胞の、または細胞培養物からの細胞のまたは組織サンプル中の細胞の、保全、保存または固定のための溶液が、
a)細胞透過性プロトンキャリアを含有し(ここで、該プロトンキャリアは、C
2
~C
5
カルボン酸若しくはそのようなカルボン酸の混合物、またはプロトン化形態で膜透過性である他の酸から選択され、酸/塩基系として存在し、酸性範囲のpH値を形成する)、
b)細胞の形態学的完全性を破壊するような量の、カオトロピック物質、アルコールまたは洗剤を含まず、
c)細胞の形態学的完全性を維持し、かつ
d)6未満の細胞の細胞内pHを生じる6未満のpH値を有する、
該溶液を含有することを特徴とする、サンプル管、採血シリンジまたは採血管。
【国際調査報告】