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特表2024-532057向上した強度及びモジュラスを有する炭素繊維、並びにその準備に関連する方法及び装置
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  • 特表-向上した強度及びモジュラスを有する炭素繊維、並びにその準備に関連する方法及び装置 図1
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  • 特表-向上した強度及びモジュラスを有する炭素繊維、並びにその準備に関連する方法及び装置 図4A
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-09-05
(54)【発明の名称】向上した強度及びモジュラスを有する炭素繊維、並びにその準備に関連する方法及び装置
(51)【国際特許分類】
   D01F 9/14 20060101AFI20240829BHJP
   D01F 9/22 20060101ALI20240829BHJP
   D01F 9/12 20060101ALI20240829BHJP
   D01F 6/18 20060101ALI20240829BHJP
【FI】
D01F9/14
D01F9/22
D01F9/12
D01F6/18 E
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024501525
(86)(22)【出願日】2022-08-19
(85)【翻訳文提出日】2024-02-07
(86)【国際出願番号】 US2022075199
(87)【国際公開番号】W WO2023023640
(87)【国際公開日】2023-02-23
(31)【優先権主張番号】63/235,529
(32)【優先日】2021-08-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】518143602
【氏名又は名称】ヘクセル コーポレイション
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ルミンスキ、アン
(72)【発明者】
【氏名】フェリン、ピーター
【テーマコード(参考)】
4L035
4L037
【Fターム(参考)】
4L035AA04
4L035BB04
4L035DD20
4L035FF01
4L037CS02
4L037CS03
4L037FA01
4L037FA06
4L037PA53
4L037PC05
4L037PC08
4L037PC09
4L037PC12
4L037PC13
4L037PC20
4L037PS02
4L037PS10
4L037PS16
4L037UA01
(57)【要約】
本発明は、高い引張強度を有する炭素繊維を対象とする。本発明はまた、炭素繊維を作製する方法及び装置を提供する。上記方法は、前駆体繊維を、酸化オーブン内の複数のパスを通す工程であって、初期のパスの間の延伸は、速度の上昇するローラーを用いて、最小限にする、若しくは全体的になくす、又は負にした後に、一連のパスの全体にわたる制御された延伸が続く工程を含む。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維の作製方法であって、
炭素繊維前駆体ポリマーを、酸化オーブン内を通して酸化された繊維を生成し、前記オーブンは、約175から300℃の間の温度の酸化性雰囲気を有する、工程であり、
(i)繊維を第1の複数のパスに付す工程であって、前記第1の複数のパスのそれぞれが0.5%以下である延伸率%を有する工程と、
(ii)繊維を第2の複数のパスに付す工程であって、前記第2の複数のパスのそれぞれが0.5%超である延伸率%を有する工程と
を含む工程、
を含む方法。
【請求項2】
前記第1の複数のパスのそれぞれにおける延伸率が、当該数値も含む、0から0.1%の間である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記第1の複数のパスのそれぞれにおける延伸率が0%である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記第1の複数のパスの少なくとも1つにおける延伸率が負である、請求項1から3までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記第1の複数のパスのそれぞれが同一の延伸率%を有する、請求項1から4までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記第2の複数のパスにおいて、次に続くパスのそれぞれが、直前のパスの%延伸率よりも大きい%延伸率を有する、請求項1から5までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記繊維が、パスの一部としての前記酸化オーブンから退出する、請求項1から6までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記繊維が、アクリロニトリル、メチルアクリレート、メタクリル酸、メタリルスルホン酸ナトリウム、及びイタコン酸からなる群から選択される1つ又は複数のコモノマーを含む、請求項1から7までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前駆体繊維が約0.6から1.53dpfの間のデニールを有する、請求項1から8までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記前駆体繊維が約0.6から0.8dpfの間のデニールを有する、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記前駆体繊維が約1.2から1.4dpfの間のデニールを有する、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
前記繊維が複数の酸化オーブン内に導入され、連続するオーブンのそれぞれが、先行の酸化オーブンと少なくとも同程度に高い温度である酸化性雰囲気を含む、請求項1から11までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記第1の複数のパスが、少なくとも2つのパスを含む、請求項1から12までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記第1の複数のパスが、少なくとも4つのパスを含む、請求項1から13までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記第2の複数のパスが、少なくとも4つのパスを含む、請求項1から14までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
前記第2の複数のパスが、少なくとも6つのパスを含む、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
酸化された炭素繊維を、約350から800℃の間の温度の低温炉内を通す工程と、次に、前記酸化された炭素繊維を、炭化炉内を通すことにより前記酸化された炭素繊維を炭化する工程と
をさらに含む、請求項1から16までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
前記炭化炉が約1150から2000℃の間の温度である、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記炭化炉が約1300から1500℃の間の温度である、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記低温炉が約300から900℃の間の温度である、請求項17から19までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項21】
前記低温炉が約400から800℃の間の温度である、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
表面処理工程と、前駆体繊維のサイジング工程とをさらに含む、請求項17から21までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項23】
前記酸化オーブンが約150から600℃の間の温度である、請求項1から22までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項24】
前記酸化オーブンが約175から300℃の間の温度である、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
前記酸化オーブンから退出する際、前記繊維が、前記酸化オーブン内に進入する前の前記繊維の当初の直径よりも0から50%の間で低い平均径を有する、請求項1から24までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項26】
前記繊維が、約1,000から50,000本の間の個々のフィラメントを有する繊維束を含む、請求項1から25までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項27】
前記繊維が、アイドラロールスキームを用いて同一の総延伸率で準備された繊維と比較して向上した引張強度及び/又は弾性率を有する、請求項1から26までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項28】
請求項1から27までのいずれか一項に記載の方法に従って準備された炭素繊維。
【請求項29】
前記炭素繊維が約4500MPaを超える引張強度を有する、請求項28に記載の炭素繊維。
【請求項30】
前記炭素繊維が約5500MPaを超える引張強度を有する、請求項28に記載の炭素繊維。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は、2021年8月20日に出願された米国仮特許出願第63/235,529号の利益を主張するものであり、その開示内容は、その全体において参照により本明細書に組み込まれる。
【0002】
本発明は、全体的に炭素繊維、より具体的には向上した強度及びモジュラスを有する炭素繊維、並びに炭素繊維の作製方法及び作製装置に関する。
【背景技術】
【0003】
炭素繊維は、それらの望ましい特性により、多種多様の構造応用及び産業において用いられてきた。例えば、炭素繊維は、高強度と高硬度とを兼ね備える構造部品に形成され得る一方で、物性が同等である金属部品よりも著しく軽い重量を有する。炭素繊維は、前駆体繊維を加熱し、酸化させ、炭化させて炭素分が90%以上である繊維を生成する多工程プロセスにおいて、紡糸ポリアクリロニトリル(PAN)繊維等の前駆体繊維を変換することにより製造することができる。得られた炭素繊維は、電気的用途及び摩擦用途でそれのみを使用する構造応用のための高強度複合材料に成形することができ、或いは、吸着剤、フィルター、又は他の用途における使用のためにさらに加工することができる。特に、炭素繊維が樹脂、セラミック、又は金属マトリックス中の補強材料として機能する複合材料が開発されてきた。
【0004】
自動車、航空宇宙、構造物、及び他の用途における現在の傾向としては、これまでよりも高い引張強度及びモジュラスを有する材料が求められ続けていた。ポリアクリロニトリル系炭素繊維は、この基本的な需要に見合う熱硬化性及び熱可塑性の両方の複合材における主要な補強材となった。これらは、重量軽減及び他の性能により、前世代型のものよりも燃料効率の高い、現代型の陸上輸送及び空中輸送並びに構造物を可能としてきた。
【0005】
しかし、さらなる性能の向上を可能とするための、より高強度且つ高硬度の材料の需要が依然存在する。高い強度及び高いモジュラスは、現在の最先端技術よりもさらに軽量で同等の強度を達成し得る複合材をもたらすことを可能とし、より燃料効率の高い機体又は車体を達成する。好ましくは材料の他の性質(例えば、コスト、密度)を変化させずに、より強度の高い繊維を作製することが可能になると、これらの構造体の設計においてパレート改善を可能とし得る。
【0006】
しかしながら、強度及び/又はモジュラスを上昇させる多くの方法は、繊維に対して著しいトレードオフを伴う。例えば、ポリアクリロニトリルの炭素繊維への変換中における最終炭化温度の上昇が、得られる繊維のモジュラスを上昇させ得ることは当技術において知られている。しかし、一定の温度の後、さらに繊維の全体の引張強度も低下させる。また、繊維破損量を増加させることで、毛羽立ちを増大させる。
【0007】
最初の低速の酸化プロセスに続いて、多工程炭化プロセスによりポリアクリロニトリル(PAN)から変換される際の繊維の他の重要なパラメーター、特に張力量及び延伸量の制御は、最終繊維の最終引張モジュラス及び強度の著しい向上につながり得ることも当技術において公知である。特に、繊維を酸化オーブン内に搬送するロールと、繊維をオーブン外に搬送するロールとの間の速度差により付与される、酸化における延伸が重要である。炭素繊維のモジュラスは、紡糸後工程、酸化工程、炭化工程、又はそれらの組み合わせにおいて繊維を延伸させることにより向上し得ることは先行技術において従来から認識されていた。
【0008】
米国特許第4,609,540号は、酸化性雰囲気中で前駆体繊維に加える最適な延伸量を決定付ける方法を記載している。’540特許によれば、最適な延伸量は、%伸び率の張力に対するプロットから決定できる変曲点に対応し、また、この最適な伸び率がさらに繊維内の最大結晶配向度に概ね対応することである。この変曲点を超えると、’540特許は、さらなる延伸からの全ての利益が最小となり、「毛羽立ち」の進行、及び、ある場合には破損につながり得ることを教示している。
【0009】
米国特許第8,591,859号は、酸化性雰囲気中で前駆体繊維を延伸させる方法であって、酸化オーブン内を通る複数のパスにわたり引張荷重が均一に分散している方法を記載している。言い換えると、オーブン内を通る最終パスでのみ繊維を延伸させる代わりに、上記繊維はオーブン内を通るパスのそれぞれで延伸される。この参照は、酸化中に非常に高い延伸を目的として、変換中の繊維を様々な延伸量に付すことが引張強度のさらなる向上を可能とし得ることを教示している。
【0010】
繊維を顕著に損傷させることなく引張強度をよりさらに向上させることを可能とし得る張力原理のさらなる最適化には余地が残されている。米国特許第8,591,859号は、繊維を酸化中にさらに延伸させる場合に、より高強度及び高モジュラスが得られ得ることを示唆しているが、これは炭素繊維の単位長さあたりの全体質量を低減することにより、スループットにおいて著しい不利益を招くことがある。収率に影響を及ぼさずに強度を上昇させる方法が望まれるであろう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国特許第4,609,540号
【特許文献2】米国特許第8,591,859号
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Warner,S.B,Peebles,L.H.,Uhlmann,D.R.Oxidative Stabilization of Acrylic Fibers.III.Stabilization Dyanamics.(Report #9 NR356-534)Office of Naval Research
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
このように、高い引張強度の両方を有する炭素繊維、並びに上記炭素繊維を高い再現性で準備するために用いることができる方法及び装置の需要が存在する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、強度及びモジュラスの向上した炭素繊維、並びに上記炭素繊維を準備するために用いることができる方法及び装置を提供する。一つの実施例において、上記方法は、前駆体繊維を、酸化オーブン内を通す工程を含み、上記繊維は、引張荷重が酸化オーブン内を通る複数のパスにわたって分散する酸化性雰囲気中で制御された延伸に付される。結果として、繊維の全体の累積延伸率は、多数のパスに及び引張荷重の分散を可能とする延伸条件を選択することにより上昇し得る。複数のパスの間で引張荷重を分散させることは、上記繊維を、予期していた範囲よりも大きな範囲に延伸させることを可能とする。酸化中における上記繊維のこの制御された延伸は、例えば、配向性の向上、酸化の均一性、及び欠陥誘発性微結晶の成長の低下を助けることができ、次に、得られた炭素繊維の弾性率及び引張強度を向上させ得る。
【0015】
別の態様において、本発明は、酸化性雰囲気中で前駆体繊維を複数の制御された延伸パスに付すことを可能とする酸化オーブンを対象とする。一つの実施例において、上記酸化オーブンは、複数の駆動ロール及び複数のアイドラロールを含み、駆動ロール及びアイドラロールは協働して酸化オーブン内を通る繊維パスを規定する。一つの実施例において、上記駆動ロールは、酸化オーブン内を通る少なくとも2つ以上のパスの速度、及び或いは張力を独立して制御できるように、互いに独立して駆動し得る。いくつかの実施例において、上記アイドラロールは、繊維が酸化オーブン内を通って前進する際の繊維の張力の連続的なモニタリングを可能とするロードセル等の張力測定デバイスを含む。
【0016】
酸化工程の後、繊維を炭素繊維に変換する残りのプロセスは、従来の方法を利用して実施することができる。上記繊維は、酸化された繊維を、低温炉内及び高温炉内を通すことにより変換することができる。一つの実施例において、酸化中の繊維の制御された延伸は、それらが低温炉内を通る際に、例えば、5から40パーセントの間の量で繊維のさらなる延伸を可能とする。
【0017】
本発明に従って準備された炭素繊維は、1,000ksiの近傍、及びそれを超える引張強度を有していてもよい。一つの実施例において、本発明は、引張強度が少なくとも950ksiである炭素繊維を提供する。
【0018】
このように、本発明は、引張強度の向上した炭素繊維、並びに上記炭素繊維の作製方法及び作製装置を提供する。
【0019】
このように本発明を一般用語で記載しているため、ここで、添付の図面に対する言及を行うが、縮尺は必ずしも正しいものではない。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】PAN前駆体繊維が環化及び酸化を経てピリドン構造を形成する反応プロセスの図解である。
図2】本発明に従って使用され得る例示的な酸化オーブンの図解である。
図3】前駆体繊維を炭素繊維に変換するために使用され得るシステムの概略図である。
図4A】単一の駆動型ロールスキームを用いた酸化オーブンである。
図4B】本発明のパス単位で制御されたスキームを用いた酸化オーブンであり、複数のメンテナンスロールに続いて複数のストレッチャーロールを含む。図4A図4Bでは、それらを対象比較している。
図5図4A及び図4Bのそれぞれにおいて描写されたオーブンにより生じた、パス単位の延伸を示すグラフプロットである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、ここで、そのいくつかについて、添付の図面を参照しながら、これ以降でより詳細に記載されるが、全ての本発明の実施例が示されているわけではない。確かに、これらの発明は多くの別の形態と統合することができ、本明細書中で説明されている実施例に限定されると解釈されるべきでなく、むしろ、これらの実施例は、本開示が適用され得る法的な要件を満たし得るように提示されるべきである。全体を通して、同様の付番は同様の要素を指す。
【0022】
本明細書に開示されている各実施例は、開示されている他の実施例のそれぞれに適用可能であると理解される。本明細書に記載されている各種要素の全ての組み合わせ及び副組み合わせは、上記実施例の範囲内である。
【0023】
下記記載において、各種構成要素は、特定の値又はパラメーターを有する場合に特定され得る。しかし、これらの項目は例示的な実施例として提示される。確かに、上記例示的な実施例は、多くの比較可能なパラメーター、大きさ、範囲、及び/又は値が実装され得るため、本発明の各種態様及び概念を限定しない。さらに、用語「1つの(a)」、「1つの(an)」、及び「その(the)」は、量の限定を表すものではなく、むしろ参照されている項目の少なくとも1つの存在を表すものである。
【0024】
パラメーターの範囲が示される場合、全ての整数及びその範囲内の範囲、並びにそれらの10分の1及び100分の1も、実施例により提供されると理解される。例えば、「5から10%」は、5%、6%、7%、8%、9%、及び10%;5.0%、5.1%、5.2%....9.8%、9.9%、及び10.0%;5.00%、5.01%、5.02%....9.98%、9.99%、及び10.00%、並びに、例えば、6から9%、5.1%から9.9%、及び5.01%から9.99%を含む。同様に、リストが示される場合、特に言及されていない限り、そのリストのそれぞれの個々の要素、及びそのリストの構成要素の各々の組み合わせは、別個の実施例であると理解されることとなる。例えば、「1、2、3、4、及び5」は、数多くの実施例の間で、1;2;3;1及び2;3及び5;1、3、及び5;並びに1、2、4、及び5を包含する。
【0025】
一つの態様において、本発明は引張強度の向上した炭素繊維を対象とする。別の態様において、本発明は、炭素繊維の作製装置及び作製方法を対象とする。本発明の方法に従って準備された炭素繊維の引張強度は、6000MPa近傍、及びそれを超え得る。
【0026】
本明細書において使用されているとおり、数値又は範囲の文脈における「約(about)」は、引用若しくはクレームされた数値又は範囲の±10%を意味する。
【0027】
本発明のある実施例は、炭素繊維の作製方法であって、
炭素繊維前駆体ポリマーを、酸化オーブン内を通して酸化された繊維を生成し、上記オーブンは、約175から300℃の間の温度の酸化性雰囲気を有する、工程であり、
(i)繊維を第1の複数のパスに付す工程であって、上記第1の複数のパスのそれぞれが0.5%以下である延伸率%を有する工程と、
(ii)繊維を第2の複数のパスに付す工程であって、上記第2の複数のパスのそれぞれが0.5%超である延伸率%を有する工程と
を含む工程、
を含む方法である。
【0028】
ある実施例において、上記第1の複数のパスのそれぞれにおける延伸率は、当該数値も含む、0から0.1%の間である。ある実施例において、上記第1の複数のパスのそれぞれにおける延伸率は0%である。ある実施例において、上記第1の複数のパスの少なくとも1つにおける延伸率は負である。ある実施例において、上記第1の複数のパスのそれぞれが同一の延伸率%を有する。
【0029】
ある実施例において、上記第2の複数のパスにおいて、次に続くパスのそれぞれが、直前のパスの%延伸率よりも大きい%延伸率を有する。
【0030】
ある実施例において、上記繊維は、パスの一部としての酸化オーブンから退出する。
【0031】
ある実施例において、上記繊維は、アクリロニトリル、メチルアクリレート、メタクリル酸、メタリルスルホン酸ナトリウム、及びイタコン酸からなる群から選択される1つ又は複数のコモノマーを含む。
【0032】
ある実施例において、上記前駆体繊維は約0.6から1.53dpfの間のデニールを有する。ある実施例において、上記前駆体繊維は約0.6から0.8dpfの間のデニールを有する。ある実施例において、上記前駆体繊維は約1.2から1.4dpfの間のデニールを有する。
【0033】
ある実施例において、上記繊維は複数の酸化オーブン内に導入され、連続するオーブンのそれぞれは、先行の酸化オーブンと少なくとも同程度に高い温度である酸化性雰囲気を含む。
【0034】
ある実施例において、上記第1の複数のパスは、少なくとも2つのパスを含む。ある実施例において、上記第1の複数のパスは、少なくとも4つのパスを含む。ある実施例において、上記第2の複数のパスは、少なくとも4つのパスを含む。ある実施例において、上記第2の複数のパスは、少なくとも6つのパスを含む。
【0035】
ある実施例において、上記方法は、酸化された炭素繊維を、約350から800℃の間の温度の低温炉内を通す工程と、次に、酸化された炭素繊維を、炭化炉内を通すことにより酸化された炭素繊維を炭化する工程とをさらに含む。
【0036】
ある実施例において、上記炭化炉は、約1150から2000℃の間の温度である。ある実施例において、上記炭化炉は、約1200から2000℃の間の温度である。ある実施例において、上記炭化炉は、約1300から1500℃の間の温度である。
【0037】
ある実施例において、上記低温炉は、約300から900℃の間の温度である。ある実施例において、上記低温炉は、約400から800℃の間の温度である。
【0038】
ある実施例において、上記方法は、表面処理工程と、前駆体繊維のサイジング工程とをさらに含む。
【0039】
ある実施例において、上記酸化オーブンは約150から600℃の間の温度である。ある実施例において、上記酸化オーブンは、約175から300℃の間の温度である。
【0040】
ある実施例において、酸化オーブンから退出する際、繊維は、酸化オーブン内に進入する前の繊維の当初の直径よりも0から50%の間で低い平均径を有する。
【0041】
ある実施例において、上記繊維は、約1,000から50,000本の間の個々のフィラメントを有する繊維束を含む。
【0042】
ある実施例において、上記繊維は、アイドラロールスキームを用いて同一の総延伸率で準備された繊維と比較して向上した引張強度及び/又は弾性率を有する。ある実施例において、上記繊維は、アイドラロールスキームを用いて同一の総延伸率で準備された繊維よりも向上した引張強度及び弾性率を有する。ある実施例において、繊維の引張強度は、ASTM D-4018で説明されている手順に従って測定される。ある実施例において、繊維の弾性率は、ASTM D-4018で説明されている手順に従って測定される。
【0043】
ある実施例は、上記の実施例のいずれかに従って準備された炭素繊維である。
【0044】
ある実施例において、上記炭素繊維は約4500MPaを超える引張強度を有する。ある実施例において、上記炭素繊維は約5500MPaを超える引張強度を有する。
【0045】
下記で極めて詳細に考察されているとおり、本発明による炭素繊維は、ポリアクリロニトリル(PAN)を含む繊維等の前駆体繊維を、繊維が酸化性雰囲気中を通る2つ以上のパス内で制御可能に延伸される、酸化性雰囲気中を通る複数のパスに付すことにより準備することができる。酸化工程を完了した際の繊維は、低温炉及び高温炉等の1つ又は複数の追加の炉内を通して上記前駆体繊維の炭素繊維への変換を完了させてもよい。本発明の文脈において、用語「繊維」は、単一のフィラメント、又は、トウ(tow)と呼称されることもある、まとめて束ねられた複数のフィラメントを含む。トウ又は束は、約1,000から100,000本の個々のフィラメントを含んでもよい。
【0046】
本発明の文脈において、用語「前駆体繊維」は、十分に加熱した際の炭素含有量が質量で約90%以上、特に約95%以上である炭素繊維に変換され得るポリマー材料を含む繊維を指す。上記前駆体繊維は、アクリロニトリル(AN)のホモポリマー及びコポリマーの両方を含むことができ、メチルアクリレート(MA)、メタクリル酸(MAA)、メタリルスルホン酸ナトリウム、イタコン酸(IA)、臭化ビニル(VB)、イソブチルメタクリレート(IBMA)等のコポリマー、及びそれらの組み合わせを含んでいてもよい。一つの実施例において、上記前駆体繊維は、アクリロニトリルモノマーから主に形成されたポリアクリロニトリル(PAN)ポリマーを含む。
【0047】
実施例において、上記前駆体繊維は、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、塩化亜鉛溶液又はチオシアン酸ナトリウム溶液等の有機及び/又は無機溶媒中に前駆体ポリマーを溶媒和させて紡糸溶液を形成することによる溶融紡糸法により準備することができる。特定の実施例において、上記紡糸溶液は、約60:10:30の例示的な各重量比の水、アクリロニトリルポリマー及びチオシアン酸ナトリウムから形成される。そしてこの溶液を、揮発により濃縮し、濾過することで紡糸溶液を生成することができる。一つの実施例において、上記紡糸溶液は、アクリロニトリルポリマーを約15重量%含む。上記紡糸溶液は、乾式紡糸法、乾式/湿式紡糸法又は湿式紡糸法等の従来の紡糸法プロセスを用いる紡糸口金を通り抜けてポリアクリロニトリル前駆体を形成する。特定の実施例において、PAN前駆体繊維は、大量のフィラメントが紡糸溶液から形成されて紡糸口金から空気の隙間を通り抜ける、又は、紡糸口金とチオシアン酸ナトリウム水溶液等の凝固剤との間の他の隙間を通り抜ける、乾式/湿式紡糸法を用いて作製される。凝固浴から退出した後、紡糸されたフィラメントは洗浄される。いくつかの実施例において、上記紡糸されたフィラメントは、熱水及び水蒸気中でそれらの当初の長さの数倍にまで延伸させることができる。(例えば、参照により本明細書に組み込まれる、米国特許第4,452,860号を参照のこと。)さらには、上記ポリアクリロニトリル前駆体繊維をシラン化合物等のサイジング剤で処理して炭素繊維の製造中におけるその取り扱い性を向上させることができる。PAN前駆体繊維の準備方法の例は、その内容が参照により本明細書中に組み込まれる米国特許第5,066,433号において極めて詳細に考察されている。
【0048】
上記前駆体繊維は、約85から99重量%の間のアクリロニトリルと、約15から1%の間のメタクリル酸、アクリル酸、メチルアクリレート、及びメチルメタクリレート、及びそれらの組み合わせ等の他のモノマーから作製されるポリアクリロニトリル系繊維を含んでもよい。上記ポリアクリロニトリル前駆体繊維は、それぞれが1束あたり約3000から50,000本の間のフィラメント、特に1束あたり約3000から24,000本の間のフィラメントを含有する、束の形態である。上記フィラメントは、フィラメントの約0.50から1.50の間、特に約0.60から0.85の間の平均(mean)平均デニールを有してもよく、好ましくは各束における95%以上のフィラメントが±0.05dpf以内のデニールの差を有する。一つの実施例において、上記ポリアクリロニトリル出発材料は、平滑な表面、円形の断面、1グラムあたり約1.5から2.5デシリットルの間の固有粘度を有する。変換前のフィラメントの径は、約7.5から13.5μm、より通常には約8.5から10.5μmの範囲であってもよい。
【0049】
酸化中、酸化安定化とも呼称されるが、上記PAN前駆体繊維は、酸化性雰囲気中で約150℃から600℃の間の温度で加熱されて上記PAN前駆体分子の環化及び酸化を引き起こす。この点に関し、図1は、PAN前駆体繊維の環化及び酸化のプロセスを段階的な手法で図示している。工程(A)において、PANのニトリル基は整列し始める。Xは、当技術において知られている任意の好適な重合開始剤であってもよい。工程(B)及び(C)において、上記ニトリル基は重合してポリナフチリジン環「はしご」構造を形成し、工程(D)において互変異性化を経て多環ジヒドロピリジンを形成する。工程(E)において、上記多環ジヒドロピリジンは酸化/脱水素化を経て安定化されたピリドン構造を形成する。
【0050】
酸化中、所定の前駆体が図1において図示された反応を引き起こす度合いは、通常、温度及びフィラメント径の関数である。これは、ある程度はフィラメント内への酸素拡散の影響のためであると考えられている。比較的低温(例えば、約240℃以下)及び/又は比較的小さなフィラメント径(例えば、約10ミクロン以下)でのフィラメントコア内への酸素拡散の速度は、フィラメント表面との酸素反応の速度に対して促進される。より高温及び/又はより大きなフィラメント径では、酸素は、拡散が可能である速度よりも速く反応する傾向があり、酸化された繊維のスキン層は、熱誘発反応のみが起こるコアの周りに形成される。上記酸化された表面層は、フィラメントコア内への酸素移動の拡散バリアとして作用すると考えられている。その存在は、得られた繊維においてスキン-コア間の差並びに構造的な不均一性及び化学的な不均一性の両方を招くため、望まれていない。例えば、酸化された繊維におけるスキン-コア間の差及び構造的不均一性は、外層のモジュラスを内層のモジュラスよりも高くすることにつながり得る。このモジュラス分布は、前駆体繊維の内層と外層との間の環化/酸化の進行における差により引き起こされる。環化/酸化の進行における差は、ある程度は前駆体繊維の外側部分の選択的な酸化による、繊維の内側部分への酸素浸透の低下に起因すると考えられており、それは繊維内への酸素拡散に対するバリアの形成をもたらす。
【0051】
図2を参照すると、前駆体繊維を制御可能に延伸するために使用され得る例示的な酸化オーブンが図示されており、概して参照番号20と示されている。上記酸化オーブンは、通常約150から600℃の間、特に約175から400℃の間、とりわけ約175から300℃の間である高温で維持される空気等の酸化性雰囲気を有する内部22を含む。一つの実施例において、前駆体繊維24は、これらのパスのそれぞれにおいて炭素繊維に加えられ得る張力が独立して制御され得る複数のパスにおけるオーブンの内部を通る。本発明の文脈において、用語「高温」は、PAN前駆体繊維の酸化を引き起こすには十分に高いが、繊維において繊維の構造不良、燃焼、溶融、又は破壊等の発生等の望まない効果を引き起こす程度に高くない温度を意味する。
【0052】
酸化オーブン20は、包括的に参照番号28として参照される複数のメンテナンスロール(28aから28d)、及び包括的に参照番号30として参照される複数のストレッチャーロール(30aから30h)を含む。メンテナンスロール28及びストレッチャーロール30のそれぞれは、その周りを通る繊維からの力によってのみ回転するアイドラロールとは対照的に、設定速度で駆動する駆動ロールとみなされる。前駆体繊維24はクリール等の源から供給され(図示せず)、駆動型の供給ロール26により前方へ引っ張られる。アイドラロール28のそれぞれは、対応する1つ又は複数の駆動ロール30と協働して酸化オーブン内を通る繊維パスを規定する。本発明の目的に関し、「パス(pass)」は、酸化オーブン内を通って移動する少なくともいくらかの繊維を含む繊維が、上流側の駆動ロールから下流側の駆動ロールへと移動した経路と定義される。このように定義されるパスは、アイドラロール、バー、又は他の上記デバイス(図示せず)の形態でたわみ点を含んでもよい。図示されている実施例において、繊維パスは、駆動ロールと、対応する駆動ロールとの間を移動する繊維の経路を指す。例えば、メンテナンスロール28bとメンテナンスロール28cとの間の繊維経路、又はメンテナンスロール28dとストレッチャーロール30aとの間の繊維経路は、それぞれ酸化オーブン内を通る単一の繊維パスを規定する。
【0053】
いくつかの実施例において、前駆体繊維24は、連続するパスの間で酸化オーブンから退出してもよい。この点に関し、図2は、メンテナンスロール28及びストレッチャーロール30が酸化オーブンの外部に配置されている実施例を図示している。連続するパスの間の酸化オーブンから上記繊維を退出させることを可能とすることは、PAN鎖を安定化させる間にいくらかの放出された発熱の放散を助け得るため、繊維が制御可能に延伸される。外部ロールはまた、上記繊維が熱い表面上に貼り付く傾向を低減することを助け得る。
【0054】
他の実施例において、メンテナンスロール、ストレッチャーロール、又はその両方は、酸化オーブン内部中に配置することができる。また、パスが互いに反対方向である必要はない。例えば、オーブン20内での十分な滞留時間を想定し、前駆体繊維24は、一連のメンテナンスロール28に続いて一連のストレッチャーロール30によりオーブン20を通る直線で駆動させてもよい。
【0055】
ストレッチャーロール30は、ストレッチャーロール30のそれぞれのパスの間に延伸及び張力を与えるように、連続してより高速で駆動する。パスの間で加えられる延伸量又は張力量は、パスの間の延伸量を制御するように独立して制御することができる。例えば、ストレッチャーロール30bは、ストレッチャーロール30aが駆動する速度(小さな%延伸率を生み出す)と大きく相違しない速度で駆動させることができるが、比較して言えば、ストレッチャーロール30hは、ストレッチャーロール30gが駆動する速度(より大きな%延伸率を生み出す)とより大きく相違する速度で駆動させることができる。ストレッチャーロール30のそれぞれで速度を独立して制御することは、各パスの%延伸率を独立して制御することを可能とする。結果として、連続するストレッチャーロール30は、酸化オーブン内を通る複数の繊維パスにわたって張力又はひずみ速度を分散させるために使用され得る。一つの実施例において、上記繊維は、1分あたりパス1本あたり約10%以下のひずみ速度に暴露される。
【0056】
一つの実施例において、メンテナンスロール28及び/又はストレッチャーロール30は、それぞれ別個にロールを駆動させるためのモーターを有するメカニカルコミュニケーションに存在する。通常、駆動ロールは、独立したモーターによりそれぞれ別個にギア駆動してロールが駆動する速度に及ぶ、向上した制御をもたらし、結果として上記繊維に対して加えられる張力量に及ぶ向上した制御をもたらし得る。いくつかの実施例において、チェーン駆動も使用することができるが、ロール間で生じ得る速度のばらつきのため、これは通常あまり望まれない。
【0057】
メンテナンスロール及びストレッチャーロールの量は、得られる炭素繊維の所望の特性に基づいて選択してもよい。一つの実施例において、酸化オーブンは、メンテナンスロールを2から20個、及びストレッチャーロールを2から20個含んでもよい。他の実施例において、酸化オーブンは、2組から12組の協働するアイドラロールと駆動ロールを含んでもよい。いくつかの実施例において、入り口1つあたり1を超えるロールを有するアセンブリ、又は異なる寸法のロールを有する構成を使用して上記繊維と上記ロールとの間の接触角を上昇させることで、上記繊維の延伸中の滑りを低減又は取り除くことを補助することができる。例えば、互いに近接した1組のロールは、繊維の滑りを低減することができる繊維経路においてS形状を規定し得る。
【0058】
いくつかの実施例において、ロール28又はロール30のどのロールも、各パスの張力を連続的にモニターすることを可能とするロードセル等の張力測定デバイスを含んでもよい。測定された張力はその後、駆動ロールの互いに対する速度を調節することにより、所定のパスにおいて前駆体繊維に加えられた張力を別個に制御するために使用してもよい。
【0059】
所定のパスにおける延伸率は、方程式1:
%延伸率=100(V/V-1) (1)
を用いて、連続する駆動ロールの搬出速度(V)と搬入速度(V)との間の差から算出される。例えば、50%延伸率は、相対速度比(搬出/搬入)=1.50である場合に達成され得る。延伸率は、V/V比=1.50となるまでVに対するVを上昇させること、Vに対するVを低下させること、又は両方の速度を同時に変動させることにより調節することができる。留意すべき点として、50%延伸率は、1.50の延伸比に対応する。本発明の文脈において、50%延伸率は「1.5X」と呼称され、「2X」延伸は繊維の当初の長さ(1X)と比較した100%延伸率を意味する。「3X」延伸は、当初の長さ(すなわち、当初の長さの3倍)の200%延伸率を表す。
【0060】
所定のパスにおける「総」延伸率又は「累積」延伸率は、方程式2:
%延伸率=100(V/V-1) (2)
を用いて、問題となっている駆動型ロールの搬出速度(V)と、酸化前の初期のロールの搬入速度(V)との間の差から算出することができる。このように、所定のスキームにおける総延伸率の決定において、Vは、最後のロール(V)の搬出速度に基づくものであり得る。
【0061】
実施例において、「負の(negative)」延伸率は、メンテナンスロール28の間の1つ又は複数のパスで与えられる。そのような場合において、搬出速度は搬入速度よりも小さく、言い換えると、後続の駆動ロールの速度は、先行の駆動ロールに対して降下することがあるが、それはそのパスにおいて張力の降下をもたらす。ある場合には、酸化中の繊維の収縮を可能とするために張力の降下を用いることができる。上述のとおり、反応性の環境における延伸は、制御された延伸の結果として得られるロックインの(lock-in)機械構造的利点を助け得る。「負の延伸率(negative stretch)」は、「収縮」(すなわち、-3%延伸率は3%収縮率である)と呼称されることもある。結果として、いくつかの実施例において、まず上記繊維の特性を制御された延伸により高めることができ、その後上記繊維は、延伸プロセスによりもたらされる利点を失うことなく収縮することを可能とする。これは、フィラメントデニールの回復又は先行の延伸で失われた単位長さあたりの重量の増加を可能とし得る。
【0062】
例えば、所定のパスの搬出速度が搬入速度の99%である場合、%延伸率は、100x(0.99-1)、又は-1%に等しくなり得る。パスが、延伸率%が、例えば「0.5%以下、」であると表現される場合、これは負の延伸率%を含むと理解される。
【0063】
酸化オーブンから退出する際の繊維24は、1つ又は複数の追加の酸化オーブン、中間の炉、又は炭化炉へ下流に進めることができる。この点に関し、図3は、前駆体繊維の炭素繊維への変換に使用できるシステム及びプロセスの概略図である。示されているとおり、前駆体繊維24は、供給ロール40を経由して供給される。或いは上記前駆体繊維は、クリールを用いて単一の束にまとめられた複数の前駆体束から供給されるものであってもよい。そして上記前駆体繊維は、制御された延伸に付される1つ又は複数の酸化オーブン20内を通り抜ける。
【0064】
いくつかの実施例において、上記システムは、連続するオーブンが、通常少なくとも先行の酸化オーブンの温度と同様に高い温度で維持されている複数の酸化オーブンを含んでもよい。いくつかの実施例において、それぞれの連続酸化オーブンは、最初の酸化オーブンと同様に、複数のメンテナンスロールに続いて速度の上昇する複数のストレッチャーロールを独立して有していてもよい。上記システムが温度グラデーションの上昇する複数の酸化オーブンを含む場合、連続するオーブンの温度は通常、先行のオーブンの温度よりも約1℃から50℃の間で高く、より通常には、5℃から20℃の間で高い。いくつかの実施例において、温度勾配は、オーブン内の異なる加熱ゾーンを用いて、単一の酸化オーブンで設定することができる。他の実施例において、上記酸化プロセスは、酸素濃度が大気の酸素濃度よりも高い、又はリーンな環境で実施できる。さらに他の実施例において、酸化加工工程は、非酸化性ガス処理で開始又はそれを挿入することができ、或いは各種安定化促進剤、流路パターンの配列、及び他の当技術において知られている方法の追加により高めることができる。
【0065】
酸化オーブン内又はオーブン内を通り抜けた後、延伸され、安定化され、酸化された繊維は、その後、タール除去炉とも呼称される低温炉42内を通り、次に、炭化炉とも呼称される高温炉44を通り抜ける。上記低温炉及び高温炉は、窒素等の不活性ガスを含有する。低温炉内の安定化された繊維の温度は、約300℃から900℃の間、そしてより通常には、350℃から800℃の間、又は350℃及び750℃の間の範囲である。ある実施例において、上記温度は、低温炉42の別の部分のあらゆる箇所で異なる。ある実施例において、低温炉42の温度は、繊維の搬入(図の下部)の方が繊維の搬出(図の上部)よりも低い。
【0066】
低温炉42は、炭化を受けている、通過する安定化された繊維に由来する揮発性生成物が排除される。低温炉42を退出した後、上記繊維はその後、高温炉44内でさらに高い温度、例えば約1150℃から2000℃の間、特に1250℃から1600℃の間又は1250℃から1500℃の間に暴露される。好ましい実施例では、高温炉44は約1300から1500℃の間である。ある実施例において、高温炉44炉内の温度は変動する。ある実施例において、上記繊維は、単一のパスにおいて複数の温度に暴露され得る。
【0067】
上記低温炉及び高温炉を通る移動中、繊維の退出時のその長さが約0.1から40%の間、例えば0.1から30%の間、特に約0.1から24%の間で、上記低温炉内への進入時の長さよりも長くなるように、上記繊維をさらなる延伸に付してもよい。いくつかの実施例において、上記低温炉及び高温炉内を通る移動の間、繊維の退出時のその長さが約0.1から8%の間、例えば0.1から5%の間、特に約0.1から3%の間で、上記低温炉内への進入時の長さよりも短くなるように、上記繊維を収縮に付してもよい。炭化の完了後、炭化された繊維はその後、黒鉛化、表面処理、及び/又はサイジングを含む1つ又は複数の追加の処理に付してもよい。温度が黒鉛化は、2000℃を超える1つ又は複数の不活性ガス炉における熱処理を指す。表面処理は、上記繊維が1つ又は複数の電気化学浴を通り抜けるアノード酸化を含む。表面処理は、繊維-マトリックスの層間せん断強度又はショートビームせん断強度評価等の試験により反映されるとおり、繊維のマトリックス樹脂への密着性の向上、つまりコンポジット特性を補助し得る。サイジングは通常、繊維をその使用の間、損傷から保護するために表面被覆又はフィルムを形成する水分散性材料を含有する浴に通すことを含む。複合材用途において、上記水分散性材料は通常、複合材製造をターゲットとしたマトリックス樹脂との相溶性がある。
【0068】
所定のパスにおける所望の延伸量、各パスの長さ、酸化オーブンにおけるパスの数、及び酸化オーブン内での繊維の滞留時間は、前駆体繊維の組成及び炭素繊維の所望の特性に依存する。一つの実施例において、上記前駆体繊維は、酸化オーブン内を通るパスの合計を約2から40の間、特に酸化オーブン内を通るパスを約2から15の間、例えば4から12の間とすることができる。いくつかの実施例において、各パスの長さは、1.22mから12.19m(4から40フィート)の間の範囲であり得る。一般的に、各パスにおける酸化オーブン内の滞留時間は約0.1から20分の間、例えば約1から12分の間又は2から10分の間である。
【0069】
一つの実施例において、強度の向上した炭素繊維は、上記前駆体を、多数のパスで酸化オーブン内を通すことにより準備することができ、少なくとも2つ以上のパスにおける前駆体繊維の張力は約100から1,000mg/denの間である。ある実施例において、所定のパスにおいて繊維の付される%延伸率の最大量は、ひずみ速度がパス1本あたり約10%/分以下、特に約5%/分未満となるように選択される。所定のパスにおいて所定の繊維に対して加える%延伸率の量を決定付ける方法は、下記で極めて詳細に考察されている。制御された延伸を通じて達成された機械特性の利点は、初期の径、デニール、又は前駆体繊維の化学組成により制限されない。
【0070】
一つの実施例において、向上した引張強度を有する炭素繊維は、約1.5dpf以下、特に0.8dpf未満のフィラメントデニールを有する前駆体繊維を、0から100%の間、特に5から60%の間の累積%延伸率に付すことにより準備することができる。さらに別の実施例において、上記前駆体繊維は、0から70%の間、より通常には、15から60%の間の累積%延伸率に付される。他の実施例において、上記前駆体繊維は、酸化工程の前の繊維の当初の直径と比較して、繊維の直径の減少率が20から70%となる複数の制御された延伸に付される。さらに他の実施例において、上記前駆体繊維は、直径の減少率が25から50%の間、特に、30から45%の間である。一つの実施例において、本発明に従って準備された炭素繊維は、4500MPaを超える、特に5000MPa、5100MPa、5200MPa、5300MPa、5400MPa、5500MPa、5600MPa、5700MPa、5800MPa、5900MPa、6000MPa、6100MPa、6200MPa、6300MPa、6400MPa、又は6500MPaを超える引張強度を有していてもよい。
【0071】
本明細書で言及される全ての刊行物、特許、及び特許出願は、個々の刊行物、特許、又は特許出願は、参照によりその全体が組み込まれることが具体的且つ個別に示される場合と同じ程度まで、参照によりその全体が組み込まれる。ただし、組み込まれる資料が本明細書の明示的な開示と矛盾する範囲を除き、その場合は本開示の言語が支配する。
【実施例
【0072】
酸化中に繊維を一定の範囲に延伸することは、得られた炭素繊維の引張強度を向上させると理解される。しかし、全ての延伸は同等ではない。PAN繊維の初期加熱は上記繊維にかかるエントロピー収縮力を伴う(Warner,S.B,Peebles,L.H.,Uhlmann,D.R.Oxidative Stabilization of Acrylic Fibers.III.Stabilization Dyanamics.(Report #9 NR356-534)Office of Naval Research)。この力は、拘束される場合、繊維の張力を強く上昇させ得る。張力は、分子が再配列するため、さらなる加熱で緩み得る。さらに加熱させる場合、もし拘束されない場合、上記繊維は、繊維自体において起こり始める酸化及び環化反応により収縮し始め得る。拘束される場合、繊維の張力は上昇し得る。
【0073】
この二段階加熱のため、発明者らは、一連のアイドラロールに続いて単一の駆動型ロールを用いるオーブンを通して延伸させる場合、上記繊維は、繊維が優先的にエントロピー的に収縮し得る時間中、オーブンを通る最初のいくつかのパスにおいて優先的に延伸し得ることを発見した。
【0074】
図4A及び図4Bは、以降において考察されている実験で使用された2つのロールスキームの対照比較を示している。図4Aでのように、数多くのアイドラロールの後に、オーブンの最後のローラーで駆動型ロールを有することによりオーブンの全体を通して延伸を与える場合、総延伸のほとんどが、繊維がPANの初期加熱と関連するエントロピー収縮力を経る場合に、オーブンの最初のいくつかのロールにおいて発生する。
【0075】
図4Aにおいて、PAN24は、図の右下の最初の酸化オーブン22内に進入する。PAN24は、駆動型ロール34単独により引っ張られる最中にアイドラロール32aから32iのそれぞれを通過する。これは、初期のパスにおいて発生する著しい延伸量をもたらす。
【0076】
しかし、アイドラロールの代わりにメンテナンスロールを使用することにより、初期のパスにおける延伸量を変化させることができる。特定のローラーの駆動速度を操作することにより、図4Bにおいて実証されているとおり、収縮を可能とするように(出口ロール速度を入口ローラー速度のそれよりも低く低減することにより)所定のパスにおける延伸量を最小化する、所定のパスにおいて0%延伸率に低減する、又はさらには負にすることができる。具体的には、PAN24は、図の右下の最初の酸化オーブン22内に進入する。PAN24はまず、この実施例において互いに同一であり、且つ入り込むPAN24の速度と同一である速度で稼働するメンテナンスロール28aから28dのそれぞれを通過する。その後、PANは、さらなる酸化へ向かう最初の酸化オーブン22から退出する前に、連続してより速い速度で6つの連続するストレッチャーロール30aから30fを通過する。
【0077】
既に考察したとおり、酸化中に繊維に加えられ得る%延伸率の量が繊維における引張荷重の累積により制限されることは通常的に許容可能であった。しかし、発明者らは、繊維の全体的な累積%延伸率が同一である場合であっても、延伸された繊維の強度が、酸化オーブン内を通る複数のパスにおいて引張荷重又は延伸量をより均一に分散させることにより上昇し得ることを発見した。結果として、延伸された繊維の全体強度は、多数のパスに及ぶ引張荷重のより均一な分散を可能とする延伸条件を選択することにより上昇し得る。早期の加熱パスにおいて延伸を最小化又はなくす、又はさらには1つ又は複数の早期の加熱パスにおいて負の延伸を採用することにより、全てのパス全体にわたって上記延伸をより有利に分散させることができる。これは、得られる炭素繊維の引張強度の向上をさらに助け得る。本発明の文脈において、用語「累積延伸率(cumulative stretch)」は、酸化オーブン内に進入する前の繊維に対する繊維の全体的な%延伸率を指す。累積延伸率は、個々の工程のそれぞれにおける延伸率の積、又は目的の区域内の初期速度と最終速度との比率のいずれかから算出することができる。
【0078】
一つの実施例において、酸化段階において制御された延伸は、低温炉においてさらなる延伸と組み合わせて用いることができる。より均一な酸化された繊維は累積差せん断ひずみによる影響が少ないため、より大きな張力を許容でき、このため、低温段階中に追加の延伸を操作することができ、それは低温炉内で達成される、分子の配向性等の追加の構造的な利点をもたらし得ると考えられている。一つの実施例において、上記酸化された繊維は、低温炉内で、約1から40%の間、例えば、約1から30%、及び1から24%の間の%延伸率に付すことができる。
【0079】
下記実例は、本発明の態様を説明するために提供されるものであり、本発明を限定するものと解釈されるべきではない。炭素繊維の引張強度は、その全体において参照により本明細書に組み込まれる米国特許第5,004,590号に記載された方法に従って計測された。
【0080】
初期の領域において延伸させずに、その後、酸化性収縮が張力上昇(図4Bで例示されるとおりのパス単位で制御された延伸スキームを用いて)の駆動力である場合に後方のパスにおいて延伸させることにより、得られた繊維において、最初のいくつかの酸化のパスにおいてその自然な延伸を見出すことを可能とする繊維(図4Aにより例示されるアイドラロールスキームと同様)と比べて引張強度の著しい上昇を発見する。重要なことには、両方の場合における総延伸率は同一であるが、延伸を遅らせることにより、引張強度の上昇を観測する。ASTM D-4018で説明されている手順に従い、炭素繊維サンプルの引張強度を測定した。
【0081】
実例1から実例7において、PAN繊維は、パス単位で制御された延伸ロールスキームとアイドラロールスキームとの両方において同一量の総延伸率に付された。図4Bのスキームのように、一連の10本の駆動型ロール(最初の4本は同一の速度に設定された)を通すことにより、オーブンを通る各パスにおける繊維の延伸を慎重に制御して加熱の初期時点における延伸を避けた。対応する繊維中の繊維と同様に延伸した同一のPAN繊維も、図4Aのスキームのように、駆動していた最後のロール以外のアイドラロール上を進ませることで、上記繊維を遅延型延伸のケースと同様の総延伸率に自然に延伸させた。他の条件(酸化温度、炭化温度、表面処理、総延伸率、並びにオーブン及び炉の滞留時間を含む)の各々は、アイドラロール及び駆動型ロールのケースでも同様のままである。
【0082】
実例1から実例7のそれぞれは、同様のポリマー化学を用いて準備された繊維である。実例1から実例5は、直径がより小さいPAN繊維を用いるため、実例6から実例7よりも直径が小さい炭素繊維をもたらす。厚さの差のため、実例6から実例7の繊維を仕上げるために若干量のケイ素油が用いられる。
【0083】
表1に示されているとおり、各々の場合において、同一の繊維の強度は、繊維が自然に延伸する程度に延伸される場合よりもむしろ、延伸が酸化中に後で優先的に実施される場合に大きくなる。
【表1】
【0084】
平均繊維強度は、パス単位で制御された延伸及びアイドラロールスキームの両方について、各実例における少なくとも120の試験の繊維強度の平均である。表1に示されているとおり、実例1から実例5のそれぞれについて、上記繊維の強度は、アイドラロールスキームに比べ、パス単位で制御された延伸スキームを用いて延伸した場合に、平均して3%超高かった。同様に、実例6及び実例7に関し、パス単位で制御された延伸スキームは、アイドラロールスキームに比べ、強度がそれぞれ2.4%及び2.9%高い繊維を生成した。
【0085】
実例8から実例10は異なる総延伸量を与えたが、各パス単位で制御された延伸スキームは、最初の2つのパス(具体的には、-1%又は-1.2%延伸率)における収縮を含むものであった。これらも、アイドラロールスキームにより生成した繊維よりも強度の高い繊維を生成した。上記違いは、3.2%の強度向上をもたらした最も高い延伸量(延伸率が22.0%であった実例9)で特に認識可能であった。
【0086】
図5は、実例6について、パス単位で制御された延伸スキーム(ひし形)及びアイドラロールスキーム(四角形)における、各ローラーにおける相対延伸率を示している。これらは、連続するロール間の速度の差を測定することにより算出された。10回転が完了する時間を追跡し、ロールの外周の10倍で除することにより、各ロールの速度を測定した。各スキームは13.3%の総延伸率をもたらした。
【0087】
アイドラロールスキームにおいて、最も大きい延伸(6%超)は最初のパスにおいて発生し、半分超の延伸は最初の2つのパスで発生した。パス単位で制御されたスキームにおいて、最初の4つのパスにかけて意図的に延伸させずに、次に続くパスのそれぞれにおいて、最終パスまでより大きな延伸率を徐々に導入した。総延伸率を含め、全ての他の条件が同一であったため、上昇した強度は、延伸が実施されたオーブン内における差に起因するものであった。
【0088】
本明細書に記載された本発明の多くの変更及び他の実施例は、前述の説明及び関連する図面に示された教示の利益を有する、これらの発明の属する技術分野の当業者により想到するであろう。従って、本発明は、開示された特定の実施例に限定されるものではなく、変更及び他の実施例は、添付の特許請求の範囲内に含まれることが意図されることを理解されたい。本明細書では特定の用語が使用されているが、これらは一般的且つ説明的な意味でのみ使用されており、限定を目的とするものではない。
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5
【国際調査報告】