(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-09-12
(54)【発明の名称】酸化コバルト(CO)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を含む電解槽電極触媒、この電極触媒を含む電極、および電解プロセスにおける電極触媒の使用
(51)【国際特許分類】
C25B 11/081 20210101AFI20240905BHJP
C25B 11/052 20210101ALI20240905BHJP
C25B 11/061 20210101ALI20240905BHJP
C25B 11/063 20210101ALI20240905BHJP
C25B 1/04 20210101ALI20240905BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20240905BHJP
【FI】
C25B11/081
C25B11/052
C25B11/061
C25B11/063
C25B1/04
C25B9/00 A
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024509483
(86)(22)【出願日】2022-09-13
(85)【翻訳文提出日】2024-04-03
(86)【国際出願番号】 EP2022075440
(87)【国際公開番号】W WO2023037010
(87)【国際公開日】2023-03-16
(32)【優先日】2021-09-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(32)【優先日】2022-06-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】514176011
【氏名又は名称】マグネト・スペシャル・アノーズ・ベスローテン・フェンノートシャップ
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100174001
【氏名又は名称】結城 仁美
(72)【発明者】
【氏名】ヨハネス ゴッドフリード ヴォス
【テーマコード(参考)】
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4K011AA21
4K011AA22
4K011AA35
4K011AA36
4K011DA01
4K021AA01
4K021BA02
4K021DB18
4K021DB19
4K021DB21
4K021DC03
(57)【要約】
酸化コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を含む電解槽電極触媒、電解槽で使用する電極であって、前記電極が支持体および前記電極触媒を含むコーティングを備える、該電極、電解槽を備える電気化学システムであって、前記電解槽は前記電極触媒を含む電極を有するものである、該電気化学システム、電解プロセスを触媒するための前記電極触媒の使用、前記電極触媒を使用して水を電解する方法、および前記電極触媒を含む電極を製造する方法。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解槽の電極触媒であって、酸化コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)、及び貴金属を備える、電極触媒。
【請求項2】
請求項1記載の電極触媒において、前記貴金属は、ルテニウム(Ru)、金(Au)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)およびパラジウム(Pd)から選択される、電極触媒。
【請求項3】
請求項1記載の電極触媒において、前記貴金属は、ルテニウム(Ru)および金(Au)から選択される、電極触媒。
【請求項4】
請求項1、2または3記載の電極触媒において、コバルト(Co)に対する前記ジルコニウムの質量分率は約2%~20%、好ましくは5%~15%、より好ましくは10%~15%である、電極触媒。
【請求項5】
請求項1、2、3または4記載の電極触媒において、コバルト(Co)に対する前記貴金属の質量分率は約0.5%~20%、好ましくは2%~15%、より好ましくは5%~10%である、電極触媒。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項記載の電極触媒において、陽極電極触媒または陰極電極触媒である、電極触媒。
【請求項7】
電解槽で使用するための電極であって、前記電極は支持体およびコーティングを備え、前記コーティングは酸化コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を含む、電極。
【請求項8】
請求項7記載の電極において、前記支持体はニッケル(Ni)またはニッケル合金を含む、電極。
【請求項9】
請求項7記載の電極において、前記支持体はチタン(Ti)またはチタン合金を含む、電極。
【請求項10】
請求項7記載の電極において、前記支持体はスチールまたはステンレス鋼を含む、電極。
【請求項11】
請求項8、9または10記載の電極において、前記貴金属はルテニウム(Ru)および金(Au)から選択される、電極。
【請求項12】
請求項8~11のいずれか一項記載の電極において、コバルト(Co)に対する前記ジルコニウムの質量分率は約2%~20%、好ましくは5%~15%、より好ましくは10%~15%である、電極。
【請求項13】
請求項8~12のいずれか一項記載の電極において、コバルト(Co)に対する前記貴金属の質量分率は約0.5%~20%、好ましくは2%~15%、より好ましくは5%~10%である、電極。
【請求項14】
請求項8~13のいずれか一項記載の電極において、前記コーティング中の前記コバルト(Co)担持量は約2~25g/m
2、好ましくは5~10g/m
2である、電極。
【請求項15】
電解槽を備える電気化学システムであって、前記電解槽は陰極、陽極、および電解液または電解質を有し、前記陰極、前記陽極、または前記陰極および前記陽極の両方は電極触媒を含み、前記電極触媒は酸化コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を含む、電気化学システム。
【請求項16】
請求項15記載の電気化学システムにおいて、電解システムは水電解槽である、電気化学システム。
【請求項17】
電解プロセスを触媒するための電極触媒の使用であって、前記電極触媒は酸化コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を含む、電極触媒の使用。
【請求項18】
請求項17記載の使用において、前記電解プロセスは水電解である、使用。
【請求項19】
請求項17または18記載の使用において、前記電極触媒は陰極および/または陽極の一部である、使用。
【請求項20】
請求項17、18または19記載の使用において、前記電極触媒は、前記陽極における酸素の生成を触媒するために使用される、使用。
【請求項21】
水電解の方法であって、
(i)陽極、陰極、および電解液または電解質を含む水電解槽であり、前記陽極および前記陰極の少なくとも一方が、酸化コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属からなる電極触媒を含む、該水電解槽を準備するステップと、
(ii)水電解槽に水を接触させるステップと、
(iii)陰極と陽極との間に電気バイアスを発生させるステップと、および
(iv)水素および/または酸素を生成するステップと、
を備える、方法。
【請求項22】
陰極電極触媒の使用であって、電解プロセスを介して水素を生成するために、酸化コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を備える、陰極電極触媒の使用。
【請求項23】
電解槽で使用するため、支持体およびコーティングを含む電極を製造する方法であって、
- ニッケル(Ni)またはチタン(Ti)を含む金属支持体を準備するステップと、
- コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を含むコーティングを前記支持体上に塗布するステップと、および
- コーティングを含む前記支持体を空気中で加熱するステップと、
を備える、方法。
【請求項24】
請求項23記載の方法において、コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を含むコーティングを前記支持体上に塗布するステップは、
- コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を含む金属塩前駆体の水性溶液を前記支持体上に塗ることによって前記コーティングを塗布するステップ、
を含むものである、方法。
【請求項25】
請求項23または24記載の方法において、前記方法は、さらに、
- 好ましくは、コーティングを塗布する前に、粘度調整剤、好ましくはポリエチレングリコールを添加するステップ、
を備える、方法。
【請求項26】
請求項23、24または25記載の方法において、前記方法は、さらに、
- 前記支持体および前記コーティングを300℃~600℃の温度、好ましくは350℃~450℃で加熱するステップ、
を備える、方法。
【請求項27】
請求項22~26のいずれか一項記載の方法において、前記支持体上にコーティングを塗布するステップは、以下のステップ、すなわち、
- 塩酸(HCL)で支持体をエッチングするステップ、
によって先行される、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
電気分解(電解)は、再生可能資源および原子力資源から炭素を含まない水素を製造するための有望な選択肢である。電解とは、電気を使って水を水素と酸素に分解するプロセスである。電気分解のプロセスは、電解槽と呼ばれるユニット内で行われる。電解槽の大きさは、小規模な分散型水素製造に適した家電製品サイズの小型設備から、例えば再生可能エネルギーまたは温室効果ガスを排出しない他の電力生産形態に直接接続できるような、大規模な中央製造施設まで様々である。
【背景技術】
【0002】
2021年、米国エネルギー省(DOE)は、クリーンな水素のコストを80%削減し、10年後に1キログラムあたり1ドルにするという目標を策定した。10年後に水素の製造コストを1キログラムあたり1ドルにするという目標は、水素「111」イニシアティブと呼ばれている。電解は、この目標を達成するための主要な水素製造経路である。
【0003】
電気分解によって製造された水素は、使用する電力源によっては、温室効果ガスの排出をゼロにすることができる。電気分解による水素製造の利点と経済性を評価する際には、そのコストと効率、発電による排出を含め、必要な電力の供給源を考慮しなければならない。世界の多くの地域では、今日の送電網は電解に必要な電力を供給するのに適していない。その理由は、実際の発電時に排出される温室効果ガス、及び発電プロセスの低効率に起因する発電に必要な燃料の量にある。
【0004】
電気分解による水素製造は、風力、太陽光、水力、地熱エネルギー生産を含む再生可能エネルギーおよび原子力エネルギーの選択肢として追求されている。これらの経路では、電解に使用する電力が再生可能エネルギー源によって得られるのであれば、温室効果ガスおよび基準汚染物質の排出は実質的にゼロとなる。さらに、天然ガス改質のような、より成熟した炭素ベースの経路と競争するためには、エネルギーの全体的な生産コストが大幅に低下することが重要である。
【0005】
以上のことから、エネルギー効率と寿命が改善された改良型電解槽の必要性が高まっている。特に、電解槽で使用する電極のための改良されたコーティング、例えば、標的反応として酸素発生に向けて改良されたコーティングを提供する必要性があるように見える。
【発明の概要】
【0006】
第1の態様によれば、本開示は、酸化コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を備える電解槽電極触媒に関する。
【0007】
第2の態様によれば、本開示は、電解槽で使用するための電極に関し、前記電極が支持体およびコーティングを備え、前記コーティングが酸化コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を含む。
【0008】
第3の態様によれば、本開示は、電解槽を含む電気化学システムに関し、前記電解槽が陰極、陽極、および電解液または電解質を有し、前記陰極、前記陽極、または前記陰極および前記陽極の両方が電極触媒を含み、前記電極触媒が酸化コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を含む。
【0009】
第4の態様によれば、本開示は、電解プロセスを触媒するための電極触媒の使用に関し、前記電極触媒が酸化コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を含む。
【0010】
第5の態様によれば、本開示は、水電解の方法に関し、この方法は、
(i)陽極、陰極、および電解液または電解質を含む水電解槽であって、前記陽極および前記陰極の少なくとも一方が、酸化コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属からなる電極触媒を含む、該水電解槽を準備するステップと、
(ii)水電解槽に水を接触させるステップと、
(iii)陰極と陽極との間に電気バイアスを発生させるステップと、および
(iv)水素および/または酸素を生成するステップと、
を備える。
【0011】
第6の態様によれば、本発明は、電解プロセスを介して水素を生成するために、酸化コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を備える、陰極電極触媒の使用に関する。
【0012】
第7の態様によれば、本開示は、電解槽で使用するため、支持体およびコーティングを含む電極を製造する方法に関し、この方法は、
- ニッケル(Ni)またはチタン(Ti)を含む金属支持体を準備するステップと、
- コバルト(Co)、ジルコニウム(Zr)および貴金属を含むコーティングを前記支持体上に塗布するステップと、および
- コーティングを含む前記支持体を空気中で加熱するステップと、
を備える。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、従来技術における電解槽10の例示的な実施形態を示す。
【
図2】
図2は、酸化コバルトコーティングにジルコニウムおよびルテニウムを添加した場合の、コーティング電極の初期電位(Ei)に対する効果を示す。
【
図3】
図3は、酸化コバルトコーティングの寿命を、コーティング不活性化前の表面積あたりの総通電量(kAh/m
2)の単位で示したものと、コーティング中におけるコバルト担持量との比較である。
【
図4】
図4aおよび4bはそれぞれ、コバルト/ルテニウムの質量比を固定し、ジルコニウムの質量分率を変化させた、酸化コバルトコーティングの寿命と初期電位を示す。
【
図5】
図5aおよび5bは、コバルト/ジルコニウム比を固定し、ルテニウム担持量を増加させた、酸化コバルトコーティングの寿命と初期電位の関係を示す。
【
図6a】
図6aは、ニッケルプレートおよび、それぞれチタン支持体およびコバルト/ジルコニウム/ルテニウムコーティングを含むニッケル支持体について、10kA/m
2で行った短期電解実験の結果を示す。
【
図6b】
図6bは、チタン支持体上のCo/Zr/Ruコーティングで測定した、コバルトおよびジルコニウムの相対摩耗率を示す。
【
図7】
図7は、ニッケルプレート、Co-Zr/Ruコーティング100-9/1を施したニッケル支持電極およびチタン支持電極を用い、温度20℃、KOH30%において測定した結果を示す。
【
図8】
図8は、分散剤としてジルコニウムを、バルクコーティング全体の導電性を促進するために金(Au)を含む、酸化コバルトコーティングを使用する効果を評価するために行った試験の結果を示す。
【
図9】
図9は、Auを含む酸化コバルトコーティングの活性効果を評価するために行った試験結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[発明の詳細な説明]
本開示で使用する語句および用語は、説明のためのものであり、限定的なものとみなされるべきではない。本明細書で使用する場合、「複数(plurality)」という用語は、2つ以上の項目または構成要素を指す。用語「備える/含む(comprising)」、「含む(including)」、「担持する(carrying)」、「有する(having)」、「含有する(containing)」、および「伴う(involving)」は、本明細書または特許請求の範囲などにかかわらず、オープンエンドの用語であり、すなわち、「含むが限定されない(including but not limited to)」という意味である。したがって、このような用語の使用は、その後に列挙された項目、およびその等価物、ならびに追加的な項目を包含することを意味する。特許請求の範囲に関しては、「からなる(consisting of)」及び「から本質的になる(consisting essentially of)」という経過的な語句のみが、それぞれ閉じた、または半分閉じた経過的な語句である。特許請求の範囲において、請求項要素を修飾するために「第1(first)」、「第2(second)」、「第3(third)」などの序数項を使用することは、それ自体、ある請求項要素の他の請求項要素に対する優先順位、先行順位、順序、または方法が行われる時間的順序を意味するものではなく、ある名称を有するある請求項要素を、同じ名称を有する(ただし序数項を使用する)他の請求項要素と区別するためのラベルとして使用されるにすぎない。
【0015】
水素(H2)は、石油化学や半導体製造など、化学産業のさまざまな分野で重要な原料である。さらに、世界のエネルギーインフラをより環境的に持続可能なものにする媒材としても高い可能性を有する。水素は、水素経済において化石燃料に代わるエネルギーキャリヤとして機能し、鉄鋼やアルミニウム精錬のようなエネルギー大量消費の用途においてCO2排出量を削減することもできる。
【0016】
真に「環境に優しい/グリーン(green)」水素を製造する最も顕著な方法は、再生可能エネルギー源によって給電される水電解である。しかし、水電解は、触媒反応の難しさによるエネルギー効率の悪さに悩まされている。このプロセスをより経済的に競争力のあるものにするためには、より優れた電極触媒が必要である。
【0017】
水電解の全体的な反応は、以下の式による。
【化1】
【0018】
該プロセスは、酸性電解槽またはアルカリ性電解槽のいずれかで行われ、酸性電解槽では電解質として湿式酸性イオン交換膜を使用し、アルカリ性電解槽ではジルフォン(Zirfon)セパレーターを備えた電解質として、濃縮塩基水溶液、一般的には15~30質量%の範囲のKOHを使用する。
【0019】
酸性システムは、コンパクトで電解液抵抗が低く、ガス分離能力が高いという利点があり、これにより一般的に10~30kA/m
2という高い電流密度で運転することができ、活性の増減の点でより柔軟性が高い。主な欠点のひとつは、このタイプの電解槽が陽極の電極触媒としてイリジウムに依存することであり、イリジウムは非常に希少な元素であるため高価である。アルカリシステムは、重要な材料への依存度ははるかに低いが、よりかさばり、内部抵抗が高く、電力の柔軟性が低い。
2つの電気化学的な半反応の全体的な反応は、水素発生反応(HER:hydrogen evolution reaction)と酸素発生反応(OER:oxygen evolution reaction)から構成され、酸性電解質及びアルカリ性電解質ではそれぞれ以下のように説明される。
【化2】
【0020】
最大のエネルギー損失は、酸素を発生させる陽極の半反応に起因する。この反応に優れた電極触媒があれば、過電位(オーバーポテンシャル)が小さくなり、エネルギー効率が高くなる。本開示では、改良された電極触媒を備える電極を提示する。
【0021】
図1は、電解の基本原理を説明するための電解槽10の例示的な実施形態を示す。電解槽10は、電解質12として水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムのアルカリ性溶液を入れた容器11を含む。
【0022】
電解槽10は、電解質12中に配置する陽極(anode)21および陰極(cathode)22をさらに含む。陽極21および陰極22は、電気エネルギー源30に接続されている。電解槽10では、隔膜13が陽極21と陰極22の間に配置されている。
【0023】
図1に示されるように、一般にアルカリ電解槽は、電解質を介して陰極22から陽極21へ水酸化物イオン(OH
-)が輸送されることで作動する。陽極21側での酸素の発生については、参照符号41で示す。陰極22側での水素の発生については、参照符号42で示す。
【0024】
水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムのアルカリ性溶液を電解質として使用する電解槽は、長年にわたり市販されている。アルカリ加水分解の重要なパラメータの一つは、使用する電極とコーティングの種類である。アルカリ水電解槽における酸素の発生は、通常、塊状ニッケル、塊状スチール、またはニッケル被覆スチールで作られた陽極で触媒される。これらの材料は寿命が長い反面、酸素発生の過電位(オーバーポテンシャル)が比較的高い。その影響のひとつが、例えばスチールベースの陽極の場合、比較的高いレベルの腐食である。この腐食の具体的な状況は、現在のところよく理解されていない。腐食防止の観点から、電解槽10で使用する陽極21および陰極22は、通常、電極の寿命を向上させるために適合したコーティングを含む。
【0025】
従来技術では、電解槽を製造するための代替案が知られており、電解質として固体アルカリ交換膜(AEM)を使用する。この陰イオン交換膜は、追加の電解質として純水またはKOH溶液と共に使用することができる。
陰イオン交換膜を使用して陽極と陰極のコンパートメントを分離するこれらの代替案は、実験室規模で有望視されている。
本開示は、電極のコーティングの形態で使用される電極触媒に関するものであり、特に陽極21に関するものであり、電極の特性、特に電極の寿命を改善することができる。本開示によるコーティングは、標的反応として酸素発生に向けられている。コーティングは、分散剤としてのジルコニウム(Zr)およびバルクコーティング全体の導電性を促進するための貴金属を含む酸化コバルト(Co)ベースのコーティングである。本開示によれば、貴金属は、好ましくは、ルテニウム(Ru)、金(Au)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)およびパラジウム(Pd)から選択され、以下にさらに詳細に説明するように、酸化コバルト、ジルコニウム、特にルテニウムおよび/または金を含むコーティングの寿命は、既知のコーティングよりもはるかに高いことが立証されている。本開示に記載のコーティングは、酸化コバルトのはるかに高い堅牢性により、Ni-Feオキシ水酸化物などの他の周知であるNi代替物よりも長い寿命を提供する。
【0026】
一実施形態では、Zr、Ruおよび/またはAuからなる酸化コバルトコーティングを含む陽極は、コバルトの電気化学的活性が比較的高いため、低い過電位(オーバーポテンシャル)で酸素発生を触媒することができ、分散剤としてのZrおよびバルクコーティング全体の導電性を促進するためのRuおよび/またはAuの組み込みから利益を得ることができる。
【0027】
本開示によれば、酸化コバルト、ジルコニウム、および、ルテニウムまたは金のような貴金属を含む前述のコーティングは、適合した金属支持体上に堆積する。好ましくは、コーティングは、チタン(Ti)またはニッケル(Ni)支持体上に堆積する。あるいは、支持体はチタン合金、ニッケル合金、スチールまたはステンレス鋼を含む。
【0028】
チタンは、その寸法安定性と高い入手可能性から、特に魅力的な基材である。電極を得るための支持体材料としてチタンを使用する際の既知の欠点は、コーティングの準備中または実際の電解中に電気絶縁性の酸化物中間層が形成されるおそれがあることである。しかし、本開示によれば、このような電気絶縁性の酸化物中間層が形成される危険性は、チタン-コーティング界面に耐不動態化中間層を形成する能力を有するRuがコーティング中に存在することによって打ち消される。
【0029】
ニッケルは寸法的に安定しており、NiCo2O4スピネルを形成してCoと強く相互作用できるため、電極の作製に特に適している。
【0030】
酸化コバルト(Co3O4)は周知の酸素発生電極触媒であり、ニッケル鉄酸化物とコバルト鉄酸化物の混合物とともに、最も発電効率の高い材料のひとつである。これは、この材料が低い過電位(オーバーポテンシャル)での使用が可能であることを意味する。この材料は、塊状Ni上に成長した酸化ニッケルよりも低い過電位(オーバーポテンシャル)を持っており、現在アルカリ電解槽の標準的な材料であり、時間の経過とともに失活する傾向がある。
【0031】
アルカリ電解槽でCo3O4層を利用するには、かなりの層厚を堆積させる必要があり、運転中のコバルト消耗率は、希少性及び価格が非常に高い最先端の電極触媒である酸化イリジウムと同程度であることが判明しているが、アルカリ電解槽の極めて高い寿命要件は、かなりの担持(投入)量が必要である。しかし、Co3O4はバルクの電気伝導性が低いため、あらかじめ形成された酸化物の厚い層を形成することは実現不可能である。
【0032】
一実施形態では、この問題を回避する試みは、Co3O4層に、a)Zrおよびb)Ruの両方またはAuを添加することによって達成され、a)は電極触媒の体積および活性表面積を増加させる分散剤として機能し、b)は導電剤として機能し、バルクコーティングの電気伝導度を向上させ、空気中での焼成およびコーティングの電解操作を繰り返す間に、コーティングと巨大な金属支持体との界面に不動態化層が形成されるのを防止する。
【0033】
本開示によれば、驚くべきことに、ごく少量のジルコニウムおよびごく少量の貴金属、例えばルテニウムや金との組み合わせが、特に酸素発生を考慮した場合に、酸化コバルトを含むコーティングの特性に重要な変化を与え、改善することが立証されている。
【0034】
本開示によるコーティングにより、コーティングが施された電極、特に陽極を使用する電解槽が、より高い電力効率で作動することが可能になることに留意されたい。電力効率は、運転経費を意味するOPEXを決定する重要な要素である。高電流密度での効率向上が十分であれば、必要なスタックサイズを小さくすることができ、資本的出費を意味するCAPEXを減少させることができる。
【0035】
図2および
図3は、酸化コバルトにジルコニウムおよびルテニウムを含有することによる、酸素発生電解への有益な効果を示す。
【0036】
図2は、酸化コバルトコーティングにジルコニウムおよびルテニウムを添加した場合の初期電位(Ei)への影響を示し、Y軸に示す。X軸はコーティングのコバルト担持量を示す。
図2は、チタン支持体上の酸化コバルトコーティングに関するものである。
【0037】
図2は、まずチタン支持体上に堆積した純粋なCo
3O
4のコバルト担持量と初期電位(Ei)の関係を示す。
図2に示すように、チタン上に堆積した純粋なCo
3O
4は、コバルト担持量の関数として電極電位が徐々に上昇する。
【0038】
さらに
図2に示すように、ジルコニウムのみを添加すると、コバルト担持量が低い場合は電極電位が低下するが、コバルト担持量が増加するにつれて電位が急激に上昇する。
図2は、ジルコニウムに加えて少量のルテニウムを添加すると、低コバルト担持量から高コバルト担持量の全範囲にわたって電極電位が著しく低下することを明確に示す。
【0039】
図2の例では、ルテニウムはコバルトに対して5%の質量比で存在する。これは、コーティング中のコバルト1グラムに対して0.05グラムのルテニウムが存在することを意味する。ルテニウムの価格を考慮すると、ごく少量ですでにコーティングの特性に有益な効果を示すことに注意することが重要である。
【0040】
図3は、Y軸に酸化コバルトコーティングの寿命、X軸にコーティング中のコバルト担持量をとり、コーティング不活性化前の表面積あたりの総通電量(kAh/m
2)で示したものである。
図3は、コーティングにジルコニウムを添加した場合の効果および、コーティングにジルコニウムおよびルテニウムの両方を添加した場合の効果を示す。
図3は、チタン支持体上に酸化コバルトコーティングを施したものである。
【0041】
図3によると、チタン上に蒸着された純粋なCo
3O
4コーティングは、コバルト担持量の関数としてコーティングの寿命が直線的に増加する。
図3はさらに、ジルコニウムの添加がコーティングの寿命に有益な影響を及ぼし、低いコバルト担持量では、ジルコニウムの添加が明らかに寿命を増加させることを示す。ジルコニウムを含むコーティングは、コバルト担持量の増加に関連した寿命の増加において直線的な傾向を示すが、コバルト担持量が高くなると有益な効果は失われる。
【0042】
最後に
図3は、ルテニウムをさらに添加することで、コバルト担持量が少ない場合のコーティングの寿命が、ジルコニウムのみで構成されたコーティングに匹敵するほど長くなることを示す。しかし、ジルコニウムとルテニウムの両方からなるコーティングは、コバルトの担持量が増加するにつれて、コーティング寿命が継続的に直線的に増加する。
図3の例では、示された有益な効果を得るために、コバルトに対して5%質量比の少量のルテニウムが使用されている。示されるように、ルテニウム含有コーティングは、ジルコニウムのみからなるコーティングと同様の効果を低コバルト担持量で有するが、その効果はもはや低コバルト担持量に限定されない。
【0043】
図2および
図3に示した結果は、金属塩前駆体の水溶液をチタン支持体上にスピンコートすることによって形成された酸化コバルトコーティングを有する電極を用いて得られたことに留意されたい。これらのチタン支持体は、あらかじめ塩酸(HCl)でエッチングした。
【0044】
一般に、コーティングは支持体上に塗装することができる。一実施形態によれば、コーティングを塗布するステップの前に、粘度調整剤を添加する。本開示による電極の製造に使用するための適切な粘度調整剤は、ポリエチレングリコールである。
【0045】
支持体上にコーティングを施した後、製造工程は400℃の大気中で15分間の熱分解を行った。すなわち、チタン支持体をオーブン中で加熱した。前述の加熱のステップは、約300℃~600℃の間における温度、好ましくは約350℃~450℃の間における温度で行うことができる。
【0046】
上記で言及した金属塩は、例えば、CoCl2、RuCl3、およびZrCl2からなり得る。あるいは、塩は、Co(NO3)2、Zr(NO3)2およびRu(No)(NO3)から構成され得る。
【0047】
次に、こうして得られた電極を、強酸(H2SO4;25%)中で、600A/m2で電解した。このコーティングは強アルカリ性条件下での使用を想定しているが、強酸中での電解は、酸素発生反応の性質上、触媒表面の局所的な酸性化が主な劣化メカニズムの一つであるため、加速寿命試験としての役割を果たす。
【0048】
ジルコニウムの分散効果とルテニウムの導電性促進効果について、さらにその分率を変化させて分析し、初期電位とコーティングの寿命に及ぼす影響に注目した。
【0049】
図4aおよび4bは、コバルト/ルテニウムの質量比を固定し、ジルコニウムの質量分率を変化させた酸化コバルトコーティングの寿命および初期電位をそれぞれ示す。
図4aおよび4bの例では、コバルト/ルテニウムの質量比は20に等しい。つまり、コーティングはコバルト1グラムに対してルテニウム0.05グラムで構成されている。
図4aおよび4bの例では、コーティングのコバルト担持量は、各サンプルについて約2.1g/m
2である。
図4aおよび4bの例では、コーティングはチタン支持体上に施されている。
【0050】
図4aは、ジルコニウムの添加により、ジルコニウム/コバルトの質量分率が約25%までは寿命が延びることを示す。ジルコニウム/コバルトの質量分率が50%になるまでジルコニウムを増やすと、コーティング寿命が短くなる。
【0051】
図4bは、
図4bの例のように、ジルコニウムに加えてルテニウムがコーティング中に存在する場合、ジルコニウムを約5質量%以上に増加させても、初期電位に明らかなプラスの影響はないことを示す。
【0052】
図5aおよび5bは、コバルト/ジルコニウム比を固定し、ルテニウムの担持量を増加させた酸化コバルトコーティングの寿命と初期電位の関係を示す。
図5aおよび5bの例では、コバルト/ジルコニウムの質量比は10に等しく、これはコバルト1グラムに対してジルコニウムが0.1グラムであることを意味する。さらに、
図5aおよび5bの例では、コバルトの担持量は約2.3g/m
2であることに留意されたい。
図4aおよび4bの例では、コーティングはチタン支持体上に施されている。
【0053】
図5aは、コバルトの質量に対して最低2.5%を超えるルテニウムの添加は、コーティングの寿命に重要な影響を与えないことを示す。この理由は、コバルトの量に比べ、コーティングに含まれるルテニウムの量が少ないためと推定される。
【0054】
図5bは、ルテニウム/コバルトの割合が増加すると、電位が低くなることを示している。この現象の理由はおそらく、RuO
2(それ自体が効率的な酸素発生触媒)自体が反応に携わり始めるからであろう。電位における有益な効果は、非常に小さなルテニウム濃度ですでに明白である。同程度の担持量の純粋なRuO
2試料を参考として示す。
図6aは、ニッケル板および、それぞれチタン支持体とコバルト/ジルコニウムの質量比が10で、コバルト/ルテニウムの質量比が80であるコバルト/ジルコニウム/ルテニウムのコーティングを施したニッケル支持体について、10kA/m
2で行った短期電解実験の結果を示す。
図6aのコーティングのコバルト担持量は約3.5グラム/m
2である。
図6aは、Co/Zr/Ruコーティングを施した支持体が、純粋なNiよりも低い(過)電位を持つことを示す。
【0055】
図6bは、チタン支持体上のCo/Zr/Ruコーティングで測定したコバルトおよびジルコニウムの相対摩耗率を示す。
図6bに関連するコバルト担持量は約10グラム/m
2である。
【0056】
図6bに示す実験は、温度50℃のKOH30%中で行った。
【0057】
図7は、ニッケル板と、Co-Zr/Ruコーティング100-9/1を施したニッケル支持電極およびチタン支持電極を用いて、温度20℃のKOH30%中で測定した結果を示す。ニッケルは酸に弱いため、これらの試験はKOH30%電解液に限定した。
図7のY軸は電流密度を示す。
【0058】
Co-Zr/Ru 100-9/1コーティングは、純粋なニッケルと比較してニッケル支持電極の活性を明らかに向上させたが、その効果はチタン支持電極ほど高くはなかった。
【0059】
ニッケル支持体上とチタン支持体上のコーティングの効果に差があるのは、基材がチタンではなくニッケルである場合、ルテニウム成分が導電性を促進する効率が低いためと推定される。短期的な安定性はどちらの基板でも十分である。
【0060】
図7に示すデータは、サイクリックボルタンメトリーを用いて10mVs
-1のスキャンレートで記録されたものである。
【0061】
図8は、バルクコーティング全体の導電性を促進するために、分散剤としてジルコニウムおよび金(Au)を含む酸化コバルトコーティングを使用した場合の効果を評価するために実施した試験結果である。それぞれチタン支持電極上で、4つの異なるコーティング、すなわち、
1)純粋な酸化コバルト(Co
3O
4)、
2)金を含む酸化コバルトコーティング(Co
3O
4-AU)、
3)ジルコニウムおよび金からなる酸化コバルトコーティング(Co
3O
4-ZrO
2/Au)、および
4)ジルコニウムおよびルテニウムからなる酸化コバルトコーティング(Co
3O
4-ZrO
2/RuO
2)
のコーティングの寿命向上効果の効率を試験した。
【0062】
図8に示す試験によると、促進剤としてルテニウムを使用する代わりに、金をコーティングに組み込んだ。
【0063】
図8に示すように、コーティングが分散剤としてジルコニウムも含んでいる場合には、酸化コバルトコーティング中の金の存在は、コーティングの寿命に有益な効果をもたらすことがわかった。
【0064】
図8のコーティングは、コバルト/金の質量比が200である。
【0065】
図8のジルコニウムおよびルテニウムからなる酸化コバルトコーティングに関するデータは、Co-ZR/RU l100-9/1電極に関するものであり、これらのデータは参考として
図8に示す。H
2SO
425%での加速寿命試験における寿命も、純粋な酸化コバルトに比べて改善されたが、ZrO
2も含まれる場合のみであった。特性評価のサイクリックボルタモグラムから、ルテニウムと同様に、金を含むことでコーティングの導電性が促進されるようである。
【0066】
図9は、Auを含む酸化コバルトコーティングを使用した場合の活性を評価するために実施した試験結果である。活性に対するAuの効果も、KOH30%の電解液中で、20℃でサイクリックボルタンメトリーを用いて試験した。Co-Auコーティングは純粋なニッケルよりも高い活性を示すが、その向上はCo/Zr/Ruコーティングほど大きくない。
【国際調査報告】