(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-09-12
(54)【発明の名称】重水素化PUFAを用いた、細胞機能不全及び細胞死の阻害のための方法、システム、及び組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/202 20060101AFI20240905BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20240905BHJP
A61K 31/201 20060101ALI20240905BHJP
【FI】
A61K31/202
A61P25/28
A61K31/201
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024514132
(86)(22)【出願日】2022-09-02
(85)【翻訳文提出日】2024-04-30
(86)【国際出願番号】 US2022042541
(87)【国際公開番号】W WO2023034615
(87)【国際公開日】2023-03-09
(32)【優先日】2021-09-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(32)【優先日】2021-10-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(32)【優先日】2021-10-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(32)【優先日】2021-12-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】524026942
【氏名又は名称】バイオジーバ リミティド ライアビリティ カンパニー
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100108903
【氏名又は名称】中村 和広
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100208225
【氏名又は名称】青木 修二郎
(74)【代理人】
【識別番号】100217179
【氏名又は名称】村上 智史
(74)【代理人】
【識別番号】100227592
【氏名又は名称】孔 詩麒
(72)【発明者】
【氏名】ピーター ミルナー
【テーマコード(参考)】
4C206
【Fターム(参考)】
4C206AA01
4C206AA02
4C206DA04
4C206DA05
4C206KA20
4C206MA01
4C206MA02
4C206MA04
4C206NA05
4C206NA14
4C206ZA15
(57)【要約】
神経変性疾患を治療するか又は神経変性疾患の進行を阻害する方法が開示される。その方法は、酸化多価不飽和脂肪酸(PUFA)生成物の細胞蓄積に起因する細胞機能不全とその後の細胞死を阻害することを含んでもよく、ここで、前記蓄積は、少なくとも一部が、前記酸化生成物の中和に関与する(単数若しくは複数の)障害がある酵素的プロセスによって媒介される。その方法は、斯かる疾患に罹患するしている患者に、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグのいずれかを含む組成物を投与することを含む。いくつかの実施形態において、これらの方法は、この神経毒の生成を制限することによって、15-ヒドロペルオキシ-(Hp)-アラキドノイル-ホスファチジルエタノールアミン(15-HpETE-PE)の細胞内濃度によって媒介される神経変性疾患を治療する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化PUFA生成物の細胞蓄積に直接的又は間接的に起因する、細胞機能不全とその後の細胞死を阻害する方法であって、重水素化アラキドン酸を、制御酵素的プロセスが生成される前記酸化生成物のより多く若しくはほとんどすべてを中和し、その結果、細胞機能不全とその後の細胞死を阻害することができるレベルまで、生成される酸化PUFAの量を低減するのに十分な量で、細胞及びその成分内に取り込むことを含む、方法。
【請求項2】
前記酵素障害が、以下の:低減された活性を有する酵素につながる遺伝的欠損;発現される酵素量の低下;酵素の活性の低下;罹患状態から生じる酸化PUFA生成物量の増加に対抗するのに十分な酵素を生成する細胞の能力欠如;又は2つ以上のこれらの要因の組み合わせ、のうちの1若しくは複数に起因する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記酵素障害が、加齢に伴うものである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記細胞死が、調節された細胞死経路の結果である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記調節された細胞死経路が、内因性アポトーシス、外因性アポトーシス、ミトコンドリア透過性転移(MPT)駆動型ネクローシス、ネクロトーシス、オキシトーシス、フェロプトーシス、及びパイロトーシスから成る群から選択される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記細胞死が、細胞死シグナルを引き起こすのに十分な量の15-HpETE-PEの存在によって始動される、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記細胞がニューロンである、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記重水素化アラキドン酸が、対応する野性型と比較して、活性酸素種(ROS)によるビス-アリル部分での酸化に対してより抵抗性である、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記重水素化アラキドン酸を取り込むことが、リン脂質中の15-HpETE-PEの前駆体である15-過酸化アラキドン酸の濃度上昇の制限又は濃度の低減をもたらす、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記重水素化アラキドン酸の取り込みが、ニューロン内に存在する15-HpETE-PEの濃度の制限をもたらし、細胞が、死滅シグナルを始動するのに十分な量より低い15-HpETE-PEの細胞内濃度に達することを遅延又は予防する、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
機能不全細胞において失われた細胞機能の少なくとも一部を回復する方法であって、重水素化アラキドン酸を、前記障害がある酵素的プロセスが前記酸化生成物のより多く若しくはほとんどすべてを中和し、その結果、前記細胞を再生し、その上、再生時に、細胞によって失われた機能の少なくとも一部を回復できるレベルまで、生成される酸化PUFA生成物の量を制限するのに十分な量で、細胞及びその成分内に取り込むことを含む、方法。
【請求項12】
患者の神経変性疾患を治療する方法であって、
前記疾患は、中和され得る酸化生成物の量を制限する、障害がある酵素的プロセスの結果としての酸化PUFA生成物の神経蓄積によって媒介され、
前記方法は、赤血球中の13,13-D2-アラキドン酸の濃度が、重水素化アラキドン酸を含めたアラキドン酸の総量に基づいて約12%~約25%の範囲となるように十分な期間にわたり、十分な量の11,11-D2-リノール酸を投与することを含み、それによって、障害がある酵素的プロセスが実質的にすべての酸化生成物を中和できるレベルまで生成される酸化PUFA生成物の量を制限し、それによって、疾患を治療する、
方法。
【請求項13】
前記患者から得られた血液サンプル中の赤血球中の13,13-D2-アラキドン酸の濃度が評価される、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記13,13-D2-アラキドン酸の濃度が治療法の開始後の一定期間にて得られ、そして、対照と比較される、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記対照が標準濃度曲線である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
患者に投与される11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの量を変更しなければならないか評価することを更に含む、請求項14又は15に記載の方法。
【請求項17】
赤血球中の13,13-D2-アラキドン酸の濃度が対照より低い場合、患者に投与される11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの量を増加しなければならない、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記酵素障害が、以下の:低減された活性を有する酵素につながる遺伝的欠損;発現される酵素量の低下;酵素の活性の低下;罹患状態から生じる酸化PUFA生成物量の増加に対抗するのに十分な酵素を生成する細胞の能力欠如;又は2つ以上のこれらの要因の組み合わせ、のうちの1若しくは複数に起因する、請求項12~17のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
前記酵素障害が、加齢に伴うものである、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
患者の神経変性疾患を治療する方法であって、
前記疾患は、前記生成物のすべて又は実質的にすべてを中和するための既存の調節酵素の不全に起因する酸化PUFA生成物の神経蓄積によって直接的又は間接的に媒介され、
前記方法は、十分な期間にわたり、患者に、十分な量の重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを投与することを含み、それによって赤血球中の前記重水素化アラキドン酸の濃度が、酸化過程に対して細胞を安定させ、かつ既存の調節酵素がより多くの若しくはほとんどすべての酸化生成物を中和できるレベルまで生成される酸化PUFA生成物の量を低減させ、それによって、疾患を治療する、
方法。
【請求項21】
危険な状態にある細胞にて、細胞死のシグナルを生じる、及び死滅シグナルを構成する15-HpETE-PEの濃度が生成されるのを阻害する方法であって、
a) 危険な状態にある細胞の集団を、有効量の重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグと、重水素化アラキドン酸がその細胞及び成分に取り込まれる条件下で接触させ;
b) 15-HpETE-PEの細胞内濃度の増大が低減又は排除され、その結果、15-HpETE-PE細胞死シグナルの始動に起因する細胞死を遅延又は予防する条件下で、その接触を維持することを含む、
方法。
【請求項22】
少なくとも一部が、15-HpETE-PEによって媒介される神経変性疾患と診断された患者を治療する方法であって、
前記15-HpETE-PEは、十分な濃度にて、ニューロン死のシグナルを生じ、かつ死滅シグナルを構成し、
前記方法が、15-HpETE-PEの細胞内濃度の増大が低減又は排除され、それにより15-HpETE-PE細胞死の始動に起因する細胞死を遅延又は予防する条件下で、患者に有効量の重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを投与することを含む、
方法。
【請求項23】
生命維持に必要な機能の制御に関与するニューロンを標的とする、神経変性疾患に罹患している患者の生命維持に必要な機能を延長する方法であって、
前記疾患は、少なくとも一部が神経毒15-HpETE-PEの蓄積に起因するかかるニューロンの死滅よって媒介され、
前記神経毒は、十分な濃度にて、ニューロン死のシグナルを生じ、かつ危険な状態にあるニューロンの死滅シグナルを構成し、
前記方法が、以下を含む:
(a)有効量の重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを前記患者に投与し;そして、
(b)危険な状態にあるニューロン内の(リゾリン脂質を含めた)リン脂質中の過酸化アラキドン酸の濃度を低減するのに十分な期間にわたり前記投与を維持することを含み、ここで、該リン脂質は15-HpETEを含み、ここで、15-HpETE-PEの濃度の増大又は濃度の低減における制限が、死滅シグナルの開始を阻害し、その結果、患者の生命維持に必要な機能を延長する、
方法。
【請求項24】
前記重水素化アラキドン酸が、13位にて酸化されて、15-HPAPを生成する、請求項21~23のいずれか一項に記載の方法。
【請求項25】
前記重水素化アラキドン酸が、平均して、重水素原子によって置換されたそれぞれのビス-アリル部分にて少なくとも約80%の水素原子、及び平均して、重水素原子によって置換されたモノ-アリル部位にて約35%以下の水素原子を含む重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの組成物として特徴づけられるD6-アラキドン酸である、請求項21~24のいずれか一項に記載の方法。
【請求項26】
前記重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグが、赤血球中の重水素化アラキドン酸の濃度が重水素化アラキドン酸を含めた赤血球中のアラキドン酸の総量に基づいて少なくとも約12%、そして、好ましくは少なくとも20%、に達するように、患者に投与される、請求項21~25のいずれか一項に記載の方法。
【請求項27】
前記赤血球中の重水素化アラキドン酸の量が、治療開始6カ月後にて、約10%~約30%、好ましくは約12%~約25%、の範囲に及ぶ、請求項21~26のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
相互参照
本出願は、2021年9月3日に出願された米国特許仮出願第63/240,751号、2021年10月6日に出願された米国特許仮出願第63/253,061号、2021年10月8日に出願された米国特許仮出願第63/253,690号、及び2021年12月23日に出願された米国特許仮出願第63/293,219号の利益を請求するものであり、そのそれぞれを全体として参照により本明細書に援用する。
【0002】
技術分野
ヒトの神経変性疾患の進行を阻害する方法が開示される。その方法は、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを用いて治療可能な神経変性疾患に罹患している患者を治療し得る。酸化多価不飽和脂肪酸(PUFA)生成物の細胞蓄積による細胞機能不全とその後の細胞死を阻害する方法が開示される。斯かる酸化PUFA生成物の細胞蓄積は、少なくとも一部は、これらの酸化生成物を中和する調節酵素の能力低下のためである。いくつかの実施形態において、その後の細胞死は、アポトーシスなどの調節のための細胞死経路を介して起こる。
【背景技術】
【0003】
背景
ヒトには、研究者の最善の努力にもかかわらず、依然として治療できず、そして多くの場合、死に至る、多くの消耗性神経変性疾患が存在する。従って、担当臨床医ができる最善策は、疾患の進行を遅らせることであり、可能な場合には、できるだけ長い間、患者の有意義なクオリティオブライフを維持することである。斯かる神経変性疾患の例としては、次のものが挙げられる:
・遅発性である筋萎縮性側索硬化症(ALS)、そのすべてが上流及び/又は下流運動ニューロンの変性及び死滅を反映している進行性筋脱力、筋萎縮及び痙縮を含めた対応する病理学的な顕著な特徴を有する進行性神経学的疾患。診断された時点で、一部の患者では更に早く亡くなるが、ほとんどの患者が、典型的に3~4年以内に死亡して終了する急速な疾患進行を経験する;
・タウオパチーは、レビー小体疾患又はタンパク質異常症のサブグループであり、そして、タウタンパク質の不溶性のもつれへの凝集を伴った、いくつかの神経変性状態を含む。これらは、ヒト脳におけるタウタンパク質の過剰リン酸化から形成される凝集体/もつれを形成する。タウオパチーに関連する特定の状態としては、限定されるものではないが、嗜銀顆粒性疾患(AGD)、慢性外傷性脳症(CTE)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、第17染色体連鎖前頭側頭型認知症及びパーキンソン病(FTDP-17)、神経節膠腫、神経節細胞腫、リポフスチン症、リティコ-ボディグ(lytico-bodig)病、髄膜血管腫症、パントテン酸キナーゼ関連神経変性症(PKAN)、ピック病、脳炎後パーキンソン症、原発性加齢性タウオパチー(PART)、スティーレ-リチャードソン-オルゼウスキー(Steele-Richardson-Olszewski)症候群(SROS)、及び亜急性硬化性全脳炎(SSPE)が挙げられる。Wang et al., Nature Rev. Neurosci. 2016;17:5 and Arendt et al., Brain Res. Bulletin 2016;126:238。タウオパチーはしばしばシヌクレイノパチーと重複する;
・スティーレ-リチャードソン-オルゼウスキー症候群又は進行性核上性麻痺(PSP)は、少なくとも一部がタウオパチーによって媒介され、かつ、脳の特定の体積の漸進的な悪化及び死を伴う神経変性疾患の一例である。この状態は、平衡の喪失、動作の鈍化、眼球運動困難、及び認知症を含む症状をもたらす。第17染色体上に位置するH1ハプロタイプと呼ばれるタウタンパク質の遺伝子における変異体は、PSPと関連付けられた。タウオパチーに加えて、ミトコンドリア機能不全はPSPに関与する因子であると考えられている。特に、ミトコンドリア複合体I阻害剤は、PSP様脳損傷に関与する;
・フリードライヒ運動失調症は、歩行困難、腕と脚の感覚消失、及び徐々に悪化する発語障害を引き起こす常染色体性劣性遺伝病である。この神経変性疾患の病理は、脊髄の神経組織の変性を伴う;
・ハンチントン病は、脳の神経細胞の進行性損傷を引き起こす致命的な遺伝病である;
・大脳皮質基底核障害(CBD)は、運動、発語、記憶、及び嚥下に関して緩やかに悪化する問題を特徴とする稀な神経変性疾患である。それはまた、大脳皮質基底核症候群(CBS)と呼ばれることも多い。CBDは、徐々に損傷を受けるようになるか又は死滅する脳細胞の数が増加することによって引き起こされる;
・前頭側頭型認知症(FTD)は、神経変性疾患であり、かつ、認知症の共通原因でもある。それは、脳の前頭側の側頭葉の神経細胞が失われ、その結果、葉の萎縮が起こったときにそれにより引き起こされる障害群を特徴とする。FTDは、挙動、個性、言語、及び運動に影響する可能性がある;
・非流暢型原発性進行性失語症(nfvPPA)は、通常脳の正面左部分における2種類のタンパク質、タウ又はTPD-43のいずれかの蓄積の結果として起こる。脳のその部分は、発語と言語を制御する。それらの脳細胞に更に多くのタンパク質が蓄積した場合、細胞は機能する能力を失い、最終的に死滅する。更に多くの細胞が死滅した場合に、脳の影響を受けた部分は萎縮する;並びに
・遅発型テイ-サックス病は、身体が酵素ヘキソサミニダーゼA(又はhex A)をごくわずかしか生成しないことのみが原因で、ガングリオシドと呼ばれる脂肪族化合物が破壊されない、非常に稀な遺伝的神経変性疾患である。徐々に、ガングリオシドが脳内に蓄積し、脳神経細胞に損傷を与える。これは、ヒトの精神機能に影響を及ぼす。
【0004】
これらと他の神経変性疾患向けの治療は、依然として必要とされている。
【発明の概要】
【0005】
大まかに言うと、酸化PUFA生成物の細胞蓄積による細胞機能不全とその後の細胞死を阻害する方法が開示される。これらの方法は、遺伝子のエラー、疾患進行、及び/又は加齢のいずれかに起因する酸化PUFA生成物を中和する調節酵素の能力の低下を補う。酸化PUFA生成物が細胞内に蓄積するに従って、細胞機能不全は起こる。蓄積が変わらないままであれば、細胞は死滅する。
【0006】
いくつかの実施形態において、開示する方法は、重水素化アラキドン酸を、前記の障害がある酵素的プロセスが前記酸化生成物の実質的にすべてを中和できるレベルまで、生成される酸化アラキドン酸の量を制限するのに十分な量で、前記細胞及びその成分内に取り込むことを含む。生成される酸化PUFA生成物の量の低減と、まだ生成される低減された量の酸化生成物を中和する調節酵素の能力との両方が、治療された患者の疾患進行の速度における実質的低下によって証明される。
【0007】
いくつかの実施形態において、前記酸化生成物の中和を制限する(単数若しくは複数の)障害がある酵素的プロセスの結果としての酸化PUFA生成物の細胞蓄積に直接的又は間接的に起因する、細胞機能不全とその後の細胞死を阻害する方法が提供され、前記方法は、重水素化アラキドン酸を、前記障害がある酵素的プロセスが実質的にすべての生成される前記酸化生成物を中和し、その結果、細胞機能不全とその後の細胞死を阻害できるレベルまで、生成される酸化PUFAの量を低減するのに十分な量で、前記細胞及びその成分内に取り込むことを含む。細胞には、ありとあらゆる細胞、例えば、哺乳動物、例えばヒトのあらゆる細胞又は細胞型が含まれる。
【0008】
いくつかの実施形態において、酸化PUFA生成物の中和に関与する調節酵素の能力に関与する障害は、限定された活性しかもたない障害がある酵素につながる遺伝的欠損に起因する可能性もある。その障害は、発現された酵素量の低下であるか、又は酵素の活性の低下である可能性もある。その障害は、加齢に伴うものであるか、又は年齢に起因する可能性もある。その障害はまた、発現される酵素量に対する加齢に伴う制限、及び/又はそのように発現された酵素活性の低下に起因する可能性もある。その障害はまた、罹患状態から生じる酸化PUFA生成物量の増加に対抗するのに十分な酵素を生成する細胞の能力欠如に起因する可能性もある。最後に、その障害は、2つ以上のこれらの要因の組み合わせに起因する可能性もある。
【0009】
いくつかの実施形態において、機能不全細胞において失われた細胞機能の少なくとも一部を回復する方法が提供され、その方法は、重水素化アラキドン酸を、前記障害がある酵素的プロセスが実質的にすべての前記酸化生成物を中和し、その結果、前記細胞を再生し、その上、再生時に、前記細胞によって失われた機能の少なくとも一部を回復できるレベルまで、生成される酸化PUFA生成物の量を制限するのに十分な量で、前記細胞及びその成分内に取り込むことを含む。
【0010】
いくつかの実施形態において、患者の神経変性疾患を治療する方法が提供され、ここで、前記疾患は、前記生成物のすべて又は実質的にすべてを中和するための既存の調節酵素の不全に起因する酸化PUFA生成物の神経蓄積によって直接的又は間接的に媒介され、前記方法は、赤血球中の前記重水素化アラキドン酸の濃度が、酸化過程に対して細胞を安定させ、及び既存の調節酵素がより多くの若しくはほとんどすべての前記酸化生成物を中和できるレベルまで生成される酸化PUFA生成物の量を低減し、その結果、前記疾患を治療するように、十分な期間にわたり、前記患者に、十分な量の重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを投与することを含む。
【0011】
いくつかの実施形態において、患者の神経変性疾患を治療する方法が提供され、ここで、前記疾患は、中和され得る前記酸化生成物の量を制限する、(単数若しくは複数の)障害がある酵素的プロセスの結果としての酸化PUFA生成物の神経蓄積によって直接的又は間接的に媒介され、前記方法は、赤血球中の前記重水素化アラキドン酸の濃度が、重水素化アラキドン酸を含めたアラキドン酸の総量に基づいて約12%~約25%の範囲に及び、その結果、前記障害がある酵素的プロセスが実質的にすべての前記酸化生成物を中和できるレベルまで生成される酸化PUFA生成物の量を制限し、その結果、前記疾患を治療するように、十分な期間にわたり、前記患者に、十分な量の重水素化アラキドン酸を投与することを含む。
【0012】
いくつかの実施形態において、患者の神経変性疾患を治療する方法が提供され、ここで、前記疾患は、中和され得る前記酸化生成物の量を制限する、(単数若しくは複数の)障害がある酵素的プロセスの結果としての酸化PUFA生成物の神経蓄積によって媒介され、前記方法は、赤血球中の13,13-D2-アラキドン酸の濃度が、重水素化アラキドン酸を含めたアラキドン酸の総量に基づいて約12%~約25%の範囲に及び、その結果、(単数若しくは複数の)前記障害がある酵素的プロセスが実質的にすべての前記酸化生成物を中和できるレベルまで生成される酸化PUFA生成物の量を制限し、その結果、前記疾患を治療するように、十分な期間にわたり、前記患者に、十分な量の11,11-D2-リノール酸を投与することを含む。いくつかの実施形態において、前記患者から得られた血液サンプル中の赤血球中の13,13-D2-アラキドン酸の濃度が評価された。いくつかの実施形態において、13,13-D2-アラキドン酸の濃度は、治療法の開始後の一定期間にて得られ、そして、対照と比較された。いくつかの実施形態において、対照は、標準濃度曲線である。いくつかの実施形態において、方法は更に、患者に投与される11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの量を変更しなければならないか評価することを含む。いくつかの実施形態において、患者に投与される11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの量は、赤血球中の13,13-D2-アラキドン酸の濃度が対照より低い場合、増加させなければならない。
【0013】
いくつかの実施形態において、細胞死は、調節された細胞死経路の結果である。別の実施形態において、調節された細胞死経路は、内因性アポトーシス、外因性アポトーシス、ミトコンドリア透過性転移(MPT)駆動型ネクローシス、ネクロトーシス、オキシトーシス、フェロプトーシス、及びパイロトーシスから成る群から選択される。いくつかの実施形態において、細胞死は、細胞死シグナルを引き起こすのに十分な量の15-HpETE-PEの存在によって始動した。
【0014】
いくつかの実施形態において、細胞はニューロンである。
【0015】
別の態様において、神経変性疾患と診断された患者を治療する方法が開示され、ここで、ニューロン細胞死は、それらのニューロンにおいて死滅シグナルを引き起こし、その結果、疾患の進行の主な原因となる15-HpETE-PE神経毒の神経細胞内濃度によって少なくとも一部が媒介される。そのように診断された患者は、十分な量の重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグによって、長期間にわたり治療される。患者の危険な状態にあるニューロンに徐々に蓄積する重水素化アラキドン酸は、これらの細胞が死滅シグナルを引き起こすより低く15-HpETE-PEの濃度を維持できる。
【0016】
いかなる理論にも制限されることなく、それらのニューロンは、野生型アラキドン酸と比較して、活性酸素種(ROS)による重水素化アラキドン酸のビス-アリル部分での酸化に抵抗するのに十分な長い半減期を有する重水素化アラキドン酸を含む。この抵抗性は、15-HpETE-PEの前駆体であるリン脂質中の15-過酸化アラキドン酸の量を低減する高められた安定性をニューロンにもたらす。これは、順々に、脂質過酸化(LPO)のこれらの毒性の副産物の量を最小にすることによってニューロン内の15-HpETE-PEの存在量を制限し、これにより、死滅シグナルを引き起こすのに必要とされるより低いレベルに15-HpETE-PEのレベルを制御する。生成される15-HpETE-PEの量を制御することは、患者の生命機能に関与するニューロンのプログラム細胞死の程度を制限し、そして、寿命と生命維持に必要な機能の延長につながる。
【0017】
いくつかの実施形態において、危険な状態にある細胞にて、細胞死のシグナルを生じる、及び死滅シグナルを構成する15-HpETE-PEの濃度が生成されるのを阻害する方法であって、a) 危険な状態にある細胞の集団を、有効量の重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグと、前記重水素化アラキドン酸がその細胞及び成分に取り込まれる条件下で接触させ;b) 15-HpETE-PEの細胞内濃度の増大が低減又は排除され、その結果、15-HpETE-PE細胞死シグナルの始動に起因する細胞死を遅延又は予防する条件下で、前記のその接触を維持することを含む前記方法が提供される。
【0018】
別の実施形態において、少なくとも一部が、15-HpETE-PEによって媒介される神経変性疾患と診断された患者を治療する方法が提供され、ここで、前記15-HpETE-PEは、十分な濃度にて、ニューロン死のシグナルを生じ、及び死滅シグナルを構成し、前記方法は、前記患者に有効量の重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを、15-HpETE-PEの細胞内濃度の増大が低減又は排除され、その結果、15-HpETE-PE細胞死の始動に起因する細胞死を遅延又は予防する条件下で投与することを含む。
【0019】
多くの場合、神経変性疾患を患っている後期ステージの患者は、嚥下及び/又は呼吸などの1若しくは複数の生命維持に必要な機能を制御するニューロンの損失に起因する疾患で亡くなる。嚥下の場合には、口、舌、喉頭、咽頭部の筋肉制御、気道の制御の喪失、並びに嚥下又は飲み込み中の鼻を通した呼吸及び/又は食道の維持は、食品、水などの肺への誤嚥につながり得る。肺への斯かる物質の誤嚥は肺炎や死亡の重大なリスクにつながる。
【0020】
いくつかの実施形態において、生命維持に必要な機能の維持に関与するニューロンを標的とする、神経変性疾患に罹患している患者の生命維持に必要な機能を延長する方法が提供され、ここで、前記疾患は、少なくとも一部が神経毒15-HpETE-PEによって媒介され、ここで、前記神経毒は、十分な濃度にて、ニューロン死のシグナルを生じ、及び危険な状態にあるニューロンの死滅シグナルを構成し、前記方法は:有効量の重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを前記患者に投与し;そして、危険な状態にあるニューロン内の(リゾリン脂質を含めた)リン脂質中の過酸化アラキドン酸の濃度を低減するのに十分な期間にわたり前記投与を維持することを含み、ここで、前記リン脂質は15-HpETEを含み、ここで、15-HpETE-PEの濃度の増大又は濃度の低減における前記制限が、死滅シグナルの開始を阻害し、その結果、前記患者の生命維持に必要な機能を延長する。
【0021】
斯かる患者における生命維持に必要な機能を維持することによって、斯かる機能の喪失に関連する死亡が遅延し、その結果、斯かる患者の寿命を延長することが理解される。
1. いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸は、13位で酸化されて、15-HPAPを作り出す。いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸は、平均して、重水素原子によって置換されたそれぞれのビス-アリル部分にて少なくとも約80%の水素原子、及び平均して、重水素原子によって置換されたモノ-アリル部位にて約35%以下の水素原子を含む重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの組成物として特徴づけられるD6-アラキドン酸である。いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、赤血球中の重水素化アラキドン酸の濃度が、重水素化アラキドン酸を含めた赤血球中のアラキドン酸の総量に基づいて少なくとも約12%、そして、好ましくは少なくとも20%、に達するように、患者に投与される。いくつかの実施形態において、赤血球中の重水素化アラキドン酸の量は、治療開始6カ月後にて、約10%~約30%、好ましくは約12%~約25%、の範囲に及ぶ。
【0022】
いくつかの実施形態において、15-HpETE-PEの生成は、ニューロンに見られるリン脂質のビス-アリル部分である13位でのアラキドン酸の酸化を伴う。その結果、利用される重水素化アラキドン酸は、水素を置換した少なくとも1つの重水素化を有し、そして好ましくは、この位置の両方の水素が重水素によって置換される。
【0023】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸は、13,13-D2-アラキドン酸である。
【0024】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸は、10,10,13,13-D4-アラキドン酸である。
【0025】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸は、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸である。
【0026】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸は、平均して、重水素原子によって置換されたそれぞれのビス-アリル部分にて少なくとも約80%の水素原子、及び平均して、重水素原子によって置換されたモノ-アリル部位にて約35%以下の水素原子を含む重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの組成物として特徴づけられるD6-アラキドン酸である。
【0027】
いくつかの実施形態において、患者に投与される重水素化PUFAは、13,13-D2-アラキドン酸のプロドラッグとして作用する、11,11-D2-リノール酸又はそのエステルである。
【0028】
いくつかの実施形態において、患者に投与される重水素化PUFAは、13,13-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグである。プロドラッグは、摂取後に急速に脱エステル化される13,13-D2-アラキドン酸のエステルであってもよい。
【0029】
いくつかの実施形態において、患者に投与される重水素化PUFAは、7,7,10,10,13,13-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグである。プロドラッグは、7,7,10,10,13,13-D2-アラキドン酸のエステルであってもよい。
【0030】
いくつかの実施形態において、十分な重水素化アラキドン酸とは、赤血球中の重水素化アラキドン酸の濃度が、重水素化アラキドン酸を含めた赤血球中のアラキドン酸の総量に基づいて少なくとも約12%に達するように、患者に投与される。
【0031】
いくつかの実施形態において、赤血球中の重水素化アラキドン酸の量は、治療開始6カ月後にて、約12%~約25%の範囲に及ぶ。いくつかの実施形態において、赤血球中の重水素化アラキドン酸の量は、重水素化アラキドン酸を含めた、存在するアラキドン酸の総量に基づいて、最大50%以上の範囲にまで及ぶ。
【0032】
別の態様において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの投与によって治療可能な神経変性疾患の進行を有意に減弱する方法が開示される。斯かる投与は、負荷レジメンと維持レジメンの両方を含む投薬レジメンを用いて送達される。負荷レジメンは、疾患進行を減弱するための、インビボにおける治療レベルの重水素化アラキドン酸の迅速な発現が存在することを確実にする。これは、より長い期間にわたり治療レベルを達成することを必要とする投薬レジメンと比較した場合に、患者のより多くの機能の残留をもたらす。維持投薬は、治療レベルの重水素化アラキドン酸が治療法の間、患者で維持されることを確実にする。
【0033】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、ビス-アリル部分に1若しくは複数の重水素原子を有する。いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、13,13-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグ、10,10,13,13-D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグ、或いは7,7,10,10,13,13-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグである。別の実施形態において、その組成物が平均して、少なくとも約80%の水素原子にて重水素原子で置換されたビス-アリル部分を含む、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの組成物が提供される。いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、平均して、重水素原子によって置換されたビス-アリル部分にて少なくとも約80%の水素原子、及び平均して、重水素原子によって置換されたモノ-アリル部位にて約35%以下の水素原子を含む。
【0034】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、13,13-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグである。
【0035】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、10,10,13,13-D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグである。
【0036】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸又はそのプロドラッグである。
【0037】
理論に制限されることなく、投与された時点で、重水素化アラキドン酸は、全身に吸収され、細胞膜やミトコンドリアなどの細胞に取り込まれる。ニューロンでは、重水素化アラキドン酸は、活性酸素種によって引き起こされた酸化損傷に対して細胞膜を安定させる。これは、順々に、脂質過酸化カスケードを止め、その結果、重水素化アラキドン酸が取り込まれた運動ニューロンに対する損害を最小にする。重水素化アラキドン酸の濃度が運動ニューロンにおいて治療レベルに達するとき、神経変性疾患の疾患進行は有意に減衰する。
【0038】
本明細書に記載した方法は、神経変性疾患に罹患している治療を受けている患者の機能の不要な喪失を最小にするように、インビボにおける重水素化アラキドン酸の治療レベルの迅速な発現を提供する。いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸によって治療可能な成人患者の神経変性疾患の疾患進行を減弱する方法が提供されると同時に、治療法の迅速な発現も提供され、その方法は、プライマー用量と維持用量を含む投薬レジメンを用いて、患者に定期的に重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを投与することを含む。
【0039】
ある実施形態において、プライマー用量は、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの定期的な投与を含む。ある実施形態において、プライマー用量は、1日あたり少なくとも約10ミリグラムの重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを含む。ある実施形態において、プライマーの用量は、1日あたり約50ミリグラム~約2グラムの重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを含む。ある実施形態において、プライマー用量は、約0.10グラム~約1グラムを含む。ある実施形態において、プライマー用量は、例えば、インビボにおける治療レベルの重水素化アラキドン酸を迅速に達成し、その結果、疾患進行の速度を減弱するために、約15~約50日間又は約30日間~約45日間続けられる。
【0040】
ある実施形態において、プライマー用量の完了後に、維持用量が定期的に投与される。ある実施形態において、1日あたり負荷用量の約65%以下の重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグが、維持用量として投与される。ある実施形態において、維持用量は、疾患進行の減速が維持されるように、重水素化アラキドン酸の治療レベルがインビボにおいて維持されることを確実にするために利用される。
【0041】
ある実施形態において、疾患進行の減速は、前記方法の開始前に計測された疾患進行の速度と比較したときに評価される。ある実施形態において、前記神経変性疾患のそれぞれは、少なくとも一部が、前記神経変性疾患に罹患している患者のニューロン中の多価不飽和脂肪酸の脂質過酸化によって媒介される。
【0042】
いくつかの実施形態において、前記神経変性疾患は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ハンチントン病、進行性核上性麻痺(PSP)、APO-e4アルツハイマー病、大脳皮質基底核障害(CBD)、前頭側頭認知症(FTD)、非流暢型原発性進行性失語症(nfvPPA)、他のタウオパチー、又は遅発型テイ-サックス病である。
【0043】
いくつかの実施形態において、前記の負荷用量の定期的な投与は、1日あたり約0.05グラム~約2グラムの重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの投与を含む。実施形態において、負荷用量は、1週間あたり少なくとも5日間、そして好ましくは1週間あたり7日間、投与される。
【0044】
いくつかの実施形態において、1日あたりの重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量の定期的な投与は、負荷用量の55%以下を含む。実施形態において、維持用量は、1日毎に、1週間あたり少なくとも5日間、又は1週間あたり少なくとも1度、或いは1カ月あたり少なくとも1度投与される。別の実施形態において、維持用量は、1カ月あたり少なくとも1度投与される、負荷用量の35%以下を含む。
【0045】
いくつかの実施形態において、維持用量の定期的な投与は、身体から排出される重水素化アラキドン酸の量を置換するのに十分な量の重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグになるように調整される。
【0046】
いくつかの実施形態において、疾患進行速度の減速率(%)は、以下の:
本明細書に記載した方法による治療法の開始前の、患者の本来の疾患進行速度又は患者のコホートにおける疾患進行の本来の平均速度を計測し;
負荷用量と維持用量の両方の定期的な投与を用いた服用順守期間中の前記患者又は患者のコホートの疾患進行速度を計測し;そして
治療法開始から前記服用順守期間の後に、任意選択で、自然歴中の進行速度及び治療法中の進行速度を年平均に直し、本来の速度と服用順守期間中の速度との差について計算し、その差を患者の自然歴中の疾患進行速度で除し、そして100を乗すること、
によって測定される。
【0047】
いくつかの実施形態において、設定期間は、約1カ月~約24カ月、例えば、3カ月、約6カ月、約12カ月、約18カ月又は約24カ月である。ある実施形態において、設定期間は、少なくとも3カ月である。
【0048】
いくつかの実施形態において、本明細書に記載した方法は、前記プライマー及び前記維持用量の投与中に、患者の過剰な食事由来の多価不飽和脂肪酸の消費を制限することを更に含む。
【0049】
いくつかの実施形態において、1セットのカプセル剤を含めた部品のキットが提供され、各カプセル剤は、2つ以上の前記カプセル剤で1日あたりの全部の負荷用量を含むように、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの負荷用量の一部を含む。
【0050】
いくつかの実施形態において、1セットのカプセル剤を含めた部品のキットが提供され、各カプセル剤は、4つ以下の前記カプセル剤で1日あたりの全部の負荷用量を含むように、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの負荷用量の一部を含む。
【0051】
いくつかの実施形態において、1セットのカプセル剤を含めた部品のキットが提供され、各カプセル剤は、2つ以上の前記カプセル剤で1日あたりの全部の維持用量を含むように、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量の一部を含む。
【0052】
いくつかの実施形態において、1セットのカプセル剤を含めた部品のキットが提供され、各カプセル剤は、1又は2つの前記カプセル剤で1日あたりの全部の維持用量を含むように、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量の一部を含む。
【0053】
いくつかの実施形態において、患者の自然歴中と治療法開始後に生じるものの疾患進行速度の減速率(%)は、3カ月若しくは6カ月後に、少なくとも25%、少なくとも30%、好ましくは少なくとも40%、より好ましくは少なくとも65%、及び最も好ましくは70%超又は80%である。従って、いくつかの実施形態において、本明細書に開示された方法は、以下の:(i) 患者の疾患進行の本来の速度又は患者のコホートにおける疾患進行の本来の平均速度を測定し;(ii) 重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの投与を用いた服用順守期間中の患者又は患者のコホートの疾患進行の速度を測定し;(iii) 疾患進行の本来の速度と、服用順守期間中の速度との差を計測し;(iv) 任意選択で、自然歴中の進行速度及び治療法中の進行速度を年平均に直し;(v) その差を本来の疾患進行速度で除し;そして(vi) 100を乗すること、によって疾患進行速度の減速率(%)を測定するために提供される。
【0054】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸の治療濃度がニューロンに達しているか否かは、レポーター細胞を使用して計測される。ある実施形態において、レポーター細胞は、赤血球である。一例として13,13-D2-アラキドン酸を使用した赤血球の場合には、赤血球に含まれている、重水素化アラキドン酸を含めたアラキドン酸の総数に基づいて、少なくとも約3%の13,13-D2-アラキドン酸の濃度が、治療結果と相関することがわかった。例えば、2021年4月21日に出願された米国特許仮出願第63/177,794号(これを全体として参照により本明細書に援用する)を参照のこと。
【0055】
いくつかの実施形態において、患者は、過剰量の多価不飽和脂肪酸(PUFA)の摂取を制限する食事をおこなう。より多くのPUFAが患者によって消費されるために、固定用量にてそれを投与するので、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグのパーセンテージは低下する。臨床医はインビボにおける重水素化アラキドン酸のパーセンテージを増大することを試みるので、消費されたアラキドン酸の総量に対して消費されたその薬物のパーセンテージを下げることは、直感的に理解しにくい。一般に、消費した過剰量のPUFAに寄与する食物成分は、例えば、サケなどの高レベルPUFAを含有する製品である、魚油ピルを含め、限られている;従来の栄養チューブの患者もまた過度のPUFA摂取があってもよい。好ましい実施形態において、本明細書に記載した方法は、先に記載した投薬レジメン、並びにPUFA成分、特に過度のリノール酸の過剰な摂取を避ける食事制限を患者が受けることの両方を包含する。
【0056】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸によって治療可能な神経変性疾患に罹患している患者の疾患進行速度を低減する方法であって、
a) 前記第一の投薬成分が、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを、以下の:投薬開始から疾患進行速度の減速を可能にするのに十分な量及び期間、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグのプライマー用量を前記患者に投与し;
b) 前記プライマー用量の後に続いて、前記患者に対する維持用量を開始し、前記維持用量は、運動ニューロン内の重水素化アラキドン酸の濃度を維持するのに十分な量の重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの量を含み、ここで、前記維持用量で投与される重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの量は、前記プライマー用量で投与される量より少なく;任意選択で:
c) 患者が治療濃度を維持するのを確実にするために患者の重水素化アラキドン酸の濃度を観察し;そして
d) 前記濃度が治療量より少ないと考えられるとき、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの投薬を増加させること、
を含むプライマー投薬及び維持投薬スケジュールを含めた投薬レジメンを用いて患者に投与することを含む前記方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【
図1】
図1は、成人患者における11,11-D2-リノール酸を用いた治療後の、経時的な赤血球(RBC)及び脳脊髄液(CSF)中の13,13-D2-アラキドン酸の割合(%)を示す散布図と標準的な当てはめである。
【0058】
【
図2】
図2は、小児患者における11,11-D2-リノール酸を用いた治療後の、経時的な赤血球(RBC)及び脳脊髄液(CSF)中の13,13-D2-アラキドン酸の割合(%)を示す散布図と標準的な当てはめである。
【発明を実施するための形態】
【0059】
詳細な説明
この開示は、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを投与することによって神経変性疾患を治療する方法を対象とする。いくつかの実施形態において、その方法は、前記酸化生成物の中和を制限する(単数若しくは複数の)障害がある酵素的プロセスの結果としての酸化アラキドン酸生成物の細胞蓄積に起因する細胞機能不全とその後の細胞死を阻害することを含む。いくつかの実施形態において、その方法は、毒性細胞内濃度の15-HpETE-PEに起因するニューロン死によって媒介される神経変性疾患を、この神経毒の生成を制限することによって治療することを含む。いくつかの実施形態において、この開示の方法は、運動ニューロン中に治療レベルの重水素化アラキドン酸を提供するのに十分な投薬レジメンを含む。別の実施形態において、本明細書に記載した方法は、患者の罹患ニューロンに対する重水素化アラキドン酸の送達を促進する毎日の若しくは定期的なプライマー又は負荷用量を含む。このプライマー用量は、インビボにおける重水素化アラキドン酸の治療レベルを達成するのに十分な期間にわたり続けられる。その時点で、毎日の又は定期的な維持用量は、重水素化アラキドン酸の治療レベルを維持するために利用される。
【0060】
より詳細に本願発明を考察する前に、次の用語が最初に定義される。定義されない用語には、文脈の中でそれらの定義が与えられるか、又はそれらの医学的に許容される定義が与えられる。
【0061】
本明細書に使用される専門用語は、特定の実施形態を説明することのみを目的としており、かつ、本発明を制限することを意図するものでない。本明細書で使用される場合に、単数形「a」、「an」および「the」は、文脈が明らかにそうでないことを示さない限り、複数形も含むことを意図している。
【0062】
本明細書に使用される場合、「任意選択の」又は「任意選択で」という用語は、後で説明される事象若しくは状況が起こり得る若しくは起こり得ないこと、及びその記述が事象若しくは状況が起こる場合とそれが起こらない場合を含むことを意味する。
【0063】
本明細書に使用される場合、範囲を含む数字表示、例えば、温度、時間、量、濃度などの前に使用される場合に、「約」という用語は、(+)又は(-)15%、10%、5%、1%、又はそれらの間の任意の部分範囲若しくは部分値で変化しうる近似値を示す。好ましくは、投与量に関して使用される場合に、語「約」は、投与量が+/-10%変わりうることを意味する。
【0064】
本明細書に使用される場合、「含んでいる」は「含む」は、組成物及び方法が列挙された要素を含むが、他を除外しないことを意味することを意図している。
【0065】
本明細書に使用される場合、組成物及び方法を定義するために使用されるときの、「本質的に~から成る」という用語は、言及された目的の為の組み合わせに対してとって本質的に重要な意味の他の要素を除外することを意味するものとする。従って、本明細書において定義された要素の本質的になる組成物は、特許請求の範囲に記載された発明の基本的かつ新規な1以上の特徴に実質的に影響を及ぼさない他の物質又はステップを排除するものでない。
【0066】
本明細書に使用される場合、「~から成る」という用語は、他の成分の微量以上の要素及び実質的な方法の工程を除外することを意味する。これらの遷移語のそれぞれによって定義される実施態様は、本発明の範囲内である。
【0067】
本明細書に使用される場合、アラキドン酸は、以下で記載する付番システムを有する:
【化1】
式中、7、10、及び13位のそれぞれは、構造内のビス-アリル位置にある。
【0068】
本明細書で使用される場合、及び別段で文脈の指示がない限り、「重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグ」という用語は、以下で記載する重水素化を有するアラキドン酸並びにそのエステルを指す。インビボにおいて、エステルは最初に加水分解されて、対応するその酸又は塩を提供し、次に、グリセロールエステルなどの構造特徴に組み込まれる。「重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグ」は、7-D1-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;10-D1-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;13-D1-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,10-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,13-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;10,13-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,7-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;10,10-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;13,13-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,10,13-D3-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,7,10-D3-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,10,10-D3-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,13,13-D3-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;10,10,13-D3-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;10,13,13-D3-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,7,10,13-D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,7,10,10-D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,10,10,13-D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,10,13,13-D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,7,13,13-D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;10,10,13,13-D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,7,10,10,13-D5-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,7,10,13,13-D5-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,10,10,13,13-D5-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;或いは任意の2つ以上の混合物であり得る。
【0069】
D2-アラキドン酸としては、7,7-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;10,10-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;及び13,13-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグが挙げられる。
【0070】
D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグとしては、7,7,10,10-D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;7,7,13,13-D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグ;及び10,10,13,13-D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグが挙げられる。いくつかの実施形態において、10,10,13,13-D4-アラキドン酸は8,8,11,11-D4-ガンマリノレン酸又は10,10,13,13-D6-d-homa-ガンマリノレン酸から生合成できる。これらのPUFAの両方の生物変換は、10,10,13,13-D4-アラキドン酸をもたらす。8,8,11,11-D4-ガンマリノレン酸又は10,10,13,13-D6-d-homa-ガンマリノレン酸(又はいずれかのエステル)は共に、以下で記載するようにルテニウム触媒作用によって調製できるが、ただし、そういったものは、それらのビス-アリル位置の少なくとも80%の重水素化をもたらし、並びにモノ-アリル位置の一方又は両方にてわずかな量(例えば、約25%未満)の重水素化をもたらす。
【0071】
D6-アラキドン酸としては、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸又はそのプロドラッグが挙げられる。
【0072】
重水素化に関して、そういったものは、平均して、重水素原子によって置換されたそれぞれのビス-アリル部分にて少なくとも約80%の水素原子、及び平均して、重水素原子によって置換されたモノ-アリル部位にて約35%以下の水素原子を含む重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの組成物を含めた7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸又はそのプロドラッグを指す総重水素化を含む斯かる化合物の集団に基づく平均として記述される。例えば、3つのビス-アリル部分の80%の重水素化及びモノ-アリル部位の35%の重水素化の場合では、重水素の総量は、構造内の残ったメチレン及びメチル基のそれぞれの天然に生じる量の重水素の(6×0.8)+(4×0.35)=6.2を含まない。
【0073】
いくつかの実施形態において、アラキドン酸のビス-アリル部分(7、10及び13)及びモノ-アリル部分(4及び16)にて水素を置換する重水素の量は、以下の:ビス-アリル部分にて少なくとも約85%/モノ-アリル部位にて約30%未満の重水素;ビス-アリル部分にて少なくとも約85%/モノ-アリル部位にて約25%未満の重水素;ビス-アリル部分にて少なくとも約85%/モノ-アリル部位にて約20%未満の重水素;ビス-アリル部分にて少なくとも約85%/モノ-アリル部位にて約10%未満の重水素;ビス-アリル部分にて少なくとも約85%/モノ-アリル部位にて約5%未満の重水素;ビス-アリル部分にて少なくとも約90%/モノ-アリル部位にて約30%未満の重水素;ビス-アリル部分にて少なくとも約90%/モノ-アリル部位にて約25%未満の重水素;ビス-アリル部分にて少なくとも約90%/モノ-アリル部位にて約20%未満の重水素;ビス-アリル部分にて少なくとも約90%/モノ-アリル部位にて約10%未満の重水素;ビス-アリル部分にて少なくとも約90%/モノ-アリル部位にて約5%未満の重水素、のうちのいずれか1つであり得る。
【0074】
「プロドラッグ」という用語としては、重水素化アラキドン酸に関連するとき、アラキドン酸(以下で定義されるように)のエステル、並びに11,11-リノール酸又はそのエステルが挙げられる。エステルに関して、アラキドン酸又はリノール酸のエステルの経口投与は、胃腸管における脱エステル化をもたらし、その結果、アラキドン酸又はリノール酸を生じる。後者に関して、11,11-D2-リノール酸の一部は、13,13-D2-アラキドン酸に生物変換され、その結果として、13,13-アラキドン酸のプロドラッグとして作用する。
【0075】
本明細書で使用される場合、及び別段で文脈の指示がない限り、「そのエステル」という用語は、C1-C6アルキルエステル、グリセロールエステル(モノグリセリド、ジグリセリド、及びトリグリセリドを含む)、ショ糖エステル、リン酸エステルなどを指す。用いられた特定のエステル基は、重要ではないが、但し、そのエステルは、医薬として許容されるもの(無毒性かつ生体適合性)である。いくつかの実施形態において、エステルは、好ましくはエチルエステルであるC1-C6アルキルエステルである。
【0076】
本明細書に使用される場合、「リン脂質」という用語は、細胞膜の成分である、ありとあらゆるリン脂質を指す。ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、及びスフィンゴミエリンがこの用語に包含される。運動ニューロンでは、細胞膜は、アラキドン酸を含むリン脂質が豊富になる。
【0077】
「ビス-アリル部分」という用語は、2つの二重結合を切り離しているメチレン基(CH2)を指す。
【0078】
「モノ-アリル部位」という用語は、隣接している隣接二重結合の一方の側に有するメチレン基、及び反対側の更なるメチレン基を指す。
【0079】
「細胞成分」という用語は、脂質又はリン脂質壁を有する細胞小器官を含めたヒト細胞で見られるあらゆる細胞内構造を指す。斯かる細胞成分の例としては、ほんの一例として、ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ器官などが挙げられる。
【0080】
「調節酵素」という用語は、それが酸化アラキドン酸生成物の中和に関連する場合、細胞からの酸化アラキドン酸生成物の1若しくは複数を除去、変更、又は破壊するのに関与して、細胞内へのこれらの酸化生成物の蓄積を予防するそれらの酵素を指す。
【0081】
「酸化PUFA生成物」という用語は、リン脂質、脂質二重層で又は酵素基質として見られたときに細胞に対して毒性である反応性アルデヒド、ケトン、アルコール、カルボキシル誘導体を含めた酸化PUFAから形成される多価不飽和脂肪酸、並びにありとあらゆる代謝産物のあらゆる酸化形を指す。
【0082】
「細胞機能不全」という用語は、記憶などの身体の基本的機能、運動技能、呼吸、嚥下などの生命維持に必要な機能を制御する類似細胞の集団との接続において細胞が適切に機能できないことを指す。この集団内のますます多くの細胞が細胞機能不全を示す場合、総合的な機能不全は、それ自体、斯かる機能の能力喪失までの低下として現れる。運動技能/機能の喪失は、いくつかの例を挙げると、ALS、運動失調症、ハンチントン病、神経障害の症状である。記憶機能の喪失は、ADの徴候であり、かつ、認知症の他の形態である。
【0083】
「障害」という用語は、それが酵素及び酵素的プロセスに関連する場合、酸化アラキドン酸生成物の中和に関与する1若しくは複数の酵素が、前記酸化生成物の蓄積を適切に予防できないことを指す。例えば、障害は、限定された活性を有する欠陥がある酵素につながる遺伝的欠損に起因していてもよい。障害はまた、発現される酵素の量に対する加齢に関連した制限、及び/又はそのように発現された酵素の活性における低減に起因していてもよい。障害はまた、細胞が、罹患状態から生じる酸化アラキドン酸生成物の量の増加に対抗するのに十分な酵素を生成することができないことに起因していてもよい。最後に、障害は、これらの要因の1若しくは複数の組み合わせに起因していてもよい。
【0084】
「前記酸化生成物の中和」という用語は、細胞から酸化PUFA生成物を除去、変更、又は破壊して、細胞内へのこれらの酸化生成物の蓄積を予防する酵素的プロセスを指す。健常人では、酸化PUFA生成物の中和が、これらの生成物の蓄積を予防し、その結果、細胞の機能不全、特に神経変性細胞が回避又は制御されることを確実にする。
【0085】
「細胞機能の少なくとも一部を回復する」という用語は、患者の1若しくは複数の機能的特徴、そして好ましくは嚥下などの1若しくは複数の生命維持に必要な機能、における改善を指す。嚥下の場合では、回復は、治療法開始後に対する治療法開始前の治療患者又は患者のコホートの誤嚥率によって計測できる。治療法開始前と比較した場合の治療開始後の少なくとも約10%の誤嚥率の低減は、何らかの嚥下機能の回復を証明する。好ましくは、誤嚥の減少率は、少なくとも20%以上、好ましくは少なくとも25%である。
【0086】
本明細書に使用される場合、「疾患の病理」という用語は、その疾患に関連している原因、発症、構造的/機能的変化、及び自然歴を指す。「自然歴」という用語は、本明細書に記載した方法による治療がないときの疾患の進行を意味する。
【0087】
「死滅シグナル」という用語は、アポトーシス、フェロプトーシス、又は細胞死につながる同様に関連細胞プロセスによる細胞の死のシグナルを生じる15-HpETE-PEの神経細胞内濃度を指す。いったん開始されると、そのプロセスは、不可逆的であり、かつ、神経変性疾患の全般的な病理に寄与する。重要な構造物におけるニューロン細胞死は、この神経毒及び他の神経毒のための正常なPLA2G6ベースのクリアランスシステムさえ圧倒する、更なるLPO及び更により多くの15-HpETE-PEの生成につながる。この死滅シグナルは、斯かるリン脂質の成分としての、15-過酸化アラキドン酸などの15-過酸化リン脂質の生成を含めた、生物学的カスケードの究極の終点である。これらの酸化リン脂質は、ROSなどの酸化種に起因する13-ビス-アリル位置での水素抽出から始まる酸化アラキドン酸を含む。14,15二重結合の13,14炭素原子への移動、及び酸化物種の転座は、これらの酸化リン脂質中に15-過酸化アラキドン酸を提供する。
【0088】
「十分な重水素化アラキドン酸」という用語は、それが15-過酸化アラキドン酸の生成に対する保護に必要な量に関連する場合、危険な状態にあるニューロンに取り込まれた重水素化アラキドン酸の量を指す。ニューロンのPEなどのリン脂質に取り込まれたとき、FeやLPOなどの酸化剤が、リン脂質中のアラキドン酸の13-ビスアリル位置にて過酸化反応を開始する能力は、低減される。このように、重要な構造物のニューロンの膜中の15-HpETE-PEの生成が低減され、その結果、死滅シグナルの始動が低減する。
【0089】
先に述べたように、15-HpETE-PEの生成は、リン脂質中での13-酸化アラキドン酸の生成からもたらされる。このように、本明細書に記載した方法で使用される重水素化アラキドン酸化合物は、重水素で置換された13位のアラキドン酸にて水素原子を少なくとも1つ有するが、好ましくは両方に有する。斯かる置換は、炭素重水素結合が炭素-水素結合に比べて酸化に対して顕著により安定しているので、酸化に対して、それを含むアラキドン酸及びリン脂質のこの位置を安定化させる。これは、15-HpETE-PEの代謝生成、並びに他の潜在的病原性代謝産物を低減する。
【0090】
本明細書に使用される場合、「危険な状態にあるニューロン」という用語は、その死滅が疾患の病理に含まれているそれらのニューロンを指す。例えば、INADを患っている幼児は、危険な状態にある1セットのニューロンを有し得るが、その一方で、アルツハイマー病は、危険な状態にある他のニューロンを有し得る。
【0091】
本明細書に使用される場合、「疾患進行の減速」という用語は、患者の自然歴と比較して、治療開始後に疾患進行速度が減速されることを意味する。ある場合では、本明細書に記載した方法を使用した疾患進行の減速率は、患者の自然歴と比較したときに、治療開始後のある時点、例えば1カ月~24カ月、例えば3又は6カ月、にて少なくとも30%低いか又は少なくとも25%低いパーセンテージ減速をもたらす。ある場合では、本明細書に記載した方法を使用した疾患進行の減速率は、患者の自然歴と比較したときに、治療開始後3カ月、6カ月又は12カ月のいずれかの時点にて、少なくとも75%低いか又は少なくとも90%低いパーセンテージ減速をもたらす。斯かる疾患進行の減速は、酸化PUFA生成物の酵素的制御のレベルを証明している。
【0092】
或いは、疾患進行速度の減速は、患者の自然歴で見られる下降傾向の傾斜と比較した、治療法中の患者の相対筋機能に見られる下降傾向の傾斜の低減(曲線の水平化)によって確認される。典型的には、治療前に計測された下降傾向の傾斜と、治療開始から少なくとも90日後に計測した傾斜との差は、少なくとも約30%の水平化レベルを有していた。つまり、7.5度の変化(例えば、自然歴中の25度の下降傾向の傾斜が、17.5度の下降傾向の傾斜に低減され、傾斜の40%の低下をもたらす)。どのような場合でも、下降傾向の傾斜の低減は、患者に治療法に起因する疾患進行速度の減速があることを証明している。
【0093】
「治療濃度」という用語は、疾患進行速度を少なくとも25%又は少なくとも30%減速する重水素化アラキドン酸の濃度を意味する。患者の運動ニューロン又は脊髄液中の重水素化アラキドン酸の濃度を計測することは、実現可能でも又は最適でもないので、治療濃度は以下の実施例で提供されるように、赤血球で見られる重水素化アラキドン酸の濃度に基づく。従って、本明細書で重水素化アラキドン酸の治療濃度について言及する場合、赤血球中のその濃度を評価することによっておこなわれる。
【0094】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸を含めたそこで見られるアラキドン酸の総量に基づいて約12パーセント~約25%の赤血球中の13,13-D2-アラキドン酸の濃度が、先に記載したレベルにて治療効果があることが示された。好ましくは、13,13-D2-アラキドン酸の治療濃度は、赤血球中で約15%~約20%の範囲に及ぶ。
【0095】
本明細書に使用される場合、「患者」という用語は、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの投与によって治療可能な神経変性疾患に罹患しているヒト患者又はヒト患者のコホートを指す。「成人患者」という用語は、18歳の年齢を越え、かつ、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの投与によって治療可能な神経変性疾患に罹患している対象を指す。
【0096】
いくつかの実施形態において、1日に消費されるリノール酸のごく少量だけが、患者によってアラキドン酸に変換される。生成されるアラキドン酸の具体的な量は、患者の生理、並びに1日に消費されるPUFAの量に依存する。患者によって消費されるPUFA負荷が高けれべ高いほど、インビボにおいて生成されるよりわずかな量の重水素化アラキドン酸へと変換される。
【0097】
本明細書に使用される場合、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの「負荷又はプライマー量」という用語は、投与開始後少なくとも約45日以内、好ましくは30日以内に、疾患進行の減速を提供するのに十分な重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの量を指す。そのように用いられた量は、この期間内に疾患進行速度の低減を促進するために、その期間に負荷される。より少ない負荷量が使用されるとき、そういったものは治療結果を提供するが、治療開始から治療結果が達成されるときまでの期間がより長く、かつ、おそらく、同レベルの疾患進行の減速を実現しないことは理解される。そのうえ、これらの神経変性疾患の進行性の性質を考えると、本明細書に記載した投薬レジメンの使用は、それによって、できるだけ多くの患者の残りの筋機能を維持すると同時に、機能の更なる喪失を制限する、疾患進行速度における所望の減速を達成するのに必要な期間を最短にする。
【0098】
いくつかの実施形態において、重水素化リノール酸又はそのエステルの「負荷又はプライマー量」という用語は、治療濃度の13,13-D2-アラキドン酸へのインビボにおける変換を提供する十分な量の11,11-D2-リノール酸又はそのエステルを指す。いくつかの実施形態において、成人患者向けの負荷用量は、少なくとも30日間にわたり、1日あたり約9グラムの11,11-D2-リノール酸エチルエステル(例えば、取り除かれるエチルエステルとわずかな割合の不純物を考慮したとき、約8.55グラム)である。その後、負荷用量の継続が任意選択で続けられるか、又は赤血球中の重水素化アラキドン酸の分析で、治療法開始後約30日での重水素化赤血球の不十分なレベルが証明されるかどうかによって、その投薬は担当臨床医によって増加される。
【0099】
本明細書に記載した方法は、これまで利用された重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグのプライマー用量が、患者によって十分に許容され、かつ、疾患進行の減速及び安定した速度を提供するのに十分な重水素化アラキドン酸のインビボ濃度の迅速な発現を提供するという発見に基づいている。
【0100】
本明細書に使用される場合、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの「維持用量」という用語は、プライマー用量より少なく、かつ、疾患進行の減速を保持するように、赤血球の細胞膜、そして従って、運動ニューロンの細胞膜の中の重水素化アラキドン酸の治療濃度を維持するのに十分である、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの用量を指す。いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、負荷用量や維持用量に使用されるものと同じ化合物である。
【0101】
本明細書に使用される場合、重水素化11,11-D2-リノール酸の「維持用量」という用語は、プライマー用量より少なく、かつ、赤血球の細胞膜、そして従って、運動ニューロンの細胞膜の中の重水素化アラキドン酸の治療濃度を維持するのに十分である、重水素化11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの用量を指す。いくつかの実施形態において、成人向けの11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの維持用量は、1日あたり約5グラム (例えば、取り除かれるエチルエステルとわずかな割合の不純物を考慮したとき、約4.75グラム)である。
【0102】
本明細書に使用される場合、「定期的な投薬」という用語は、本明細書に記載した投薬に実質的に適合する投薬スケジュールを指す。別の言い方をすれば、定期的な投薬は、本明細書に記載した投薬レジメンに対して、30日間にわたって少なくとも75パーセント服用順守した、好ましくは少なくとも80%服用順守した患者を含む。実施形態において、投薬スケジュールは、計画的な投薬の休止を含んでいる。例えば、1週間あたり6日間の投薬を提供する投薬スケジュールは、定期的な投薬の一形態である。別の例は、患者が他の形で少なくとも75パーセント服用順守であるという条件で、(例えば、個人的な理由で)患者が約3又は7日間、投与を一時停止することを許容する。また、負荷用量から維持用量に移行する患者に関して、服用順守は負荷用量と維持用量の両方によって確認される。
【0103】
「コホート」という用語は、結果が平均される少なくとも2人の患者の群を指す。
【0104】
本明細書に使用される場合、本明細書に開示した化合物の「医薬的に許容される塩」という用語は、本明細書に記載した方法の範囲内にあり、及び所望の薬理活性を保有し、かつ、生物学的に望ましくなくないものではない酸又は塩基付加塩を包含する(例えば、その塩は、過度に毒性、アレルゲン性、又は刺激性ではなく、かつ、生物学的に利用可能である)。化合物が、例えばアミノ基などの塩基性基を有するとき、医薬的に許容される塩は、無機酸(塩酸、ホウ化水素酸、硝酸、硫酸、及びリン酸など)、有機酸(例えば、アルギン酸、ギ酸、酢酸、安息香酸、グルコン酸、フマル酸、シュウ酸、酒石酸、乳酸、マレイン酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸、及びp-トルエンスルホン酸)又は酸性アミノ酸(アスパラギン酸やグルタミン酸など)を用いて形成できる。化合物が、例えばカルボン酸基などの酸性基を有するとき、それは、アルカリ及びアルカリ土類金属(例えば、Na+、Li+、K+、Ca2+、Mg2+、Zn2+)などの金属、アンモニア、有機アミン(例えば、ジシクロヘキシルアミン、トリメチルアミン、トリメチルアミン、ピリジン、ピコリン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン)又は塩基性アミノ酸(例えば、アルギニン、リジン、及びオルニチン)を用いて塩を形成できる。斯かる塩は、化合物の単離及び精製中にその現場で、或いはその遊離塩基若しくは遊離酸の形態で精製した化合物を、それぞれ好適な酸性又は塩基と別々に反応させることによって調製でき、そして、その塩を単離し、これにより、形成した。
【0105】
「リノール酸などのPUFAの過剰量」、「過剰量のリノール酸」、又は「過度のリノール酸摂取」という語句は、患者の組織及び生理活性プールに取り込まれた、重水素化アラキドン酸を含めた、アラキドン酸量を低減するであろうリノール酸の総摂取量を指す。
【0106】
神経変性疾患は、一般的に、年齢が高くなるほど斯かる疾患に罹患する可能性が一般的に高まるような、加齢性である。斯かる加齢性神経変性疾患の数は、増大しており、ほんの一例として、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、アルツハイマー病(AD)、多発性硬化症(MS)、ハンチントン病、フリードライヒ運動失調症、タウオパチー、ごく少数の記述がある視神経変性が挙げられる。この一般概念の例外は、18カ月齢の幼さの幼児を苦しめ、及び15-HpETE-PEを解毒する酵素であるPLA2G6の先天代謝異常に起因する、乳児神経軸索性ジストロフィー(INAD)である。
【0107】
これらの疾患のそれぞれには、一般的な病理‐ニューロン死が生命維持に必要な機能の喪失と死亡につながるもの、ではなく、疾患の独特な根本原因を証明するそれら自体の病因がある。細胞機能不全は、1若しくは複数の細胞摂動が、均衡状態を維持する細胞の能力を擾乱するときに起こる。斯かる摂動が変わらない状態で続いたとき、その摂動によって引き起こされた細胞損傷が、回復不能になり、そして、細胞死につながる。特に、神経変性疾患における、細胞機能不全の主な原因の一つは、斯かる生成物を中和する細胞内調節酵素の能力を超えた量の酸化PUFA生成物の生成である。この能力不全は、加齢に関連するもの又は遺伝的に関連するものであり得るこれらの酵素に対する障害に関連している。
【0108】
酸化PUFA生成物に関して、細胞膜はリン脂質を含み、ここで、少なくとも1つのPUFAを含む。そのうえ、これらのリン脂質は、一緒に積み重なり、そして、それぞれが隣接するメンバーと密に接触した状態にある。すべてのPUFAの構造は、様々な数の不飽和部位を有するシス1,4ジエン系を含み、そして、そこでは、ビス-アリルメチレン基が、1,4位に見られる二重結合を切り離している。斯かる構造は、以下に表されており、そして、ビス-アリルメチレン基とモノ-アリルメチレン基の両方を示す。
【化2】
【0109】
これらのビス-アリルメチレン基の水素原子は、特に酸化剤に感受性を有するので、酸化のときに、自動酸化のカスケードを生じ、そこでは、最初の酸化PUFAが隣接するPUFAの酸化を開始することができ、そしてそれが、順々に、隣接するPUFAの酸化を開始することができ、そして、脂質過酸化反応(LPO)を引き起こすプロセスを作り出す。
【0110】
LPOによって生成される酸化PUFA生成物の毒性は、十分に立証されている。酸化が、生体膜のリン脂質部分で起こる。酸化時に、A2ホスホリパーゼなどの酵素は酸化PUFAを除去し、続いて、スーパーオキサイドジスムターゼ(SOD)、カタラーゼ(CAT)及びグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)、並びにチオレドキシン(Trx)を含めた内因性酵素による多くの抗酸化剤によって酸化生成物を中和する。これらの酵素のいずれかの障害が、中和されていない酸化生成物の蓄積につながり、それが順々に、毒性を引き起こす。例えば、INADは、リン脂質のSN2位での(加水分解)酸化アラキドン酸を除去する能力を制限するA2ホスホリパーゼ酵素における遺伝的欠損によって引き起こされる。
【0111】
これらの酸化摂動が続いた場合、細胞死に先立って、細胞機能不全が起こることが多い。これらの摂動の継続は、制御された細胞死(RCD)経路を介した細胞死につながる。これらのRCD経路は、当該技術分野で十分に認識されており、ほんの一例として、いくつか例を挙げると、内因性アポトーシス、外因性アポトーシス、ミトコンドリア透過性転移(MPT)駆動型ネクローシス、ネクロトーシス、オキシトーシス、フェロプトーシス、及びパイロトーシスが挙げられる。それぞれの場合において、細胞死は、細胞生存を終わらせる回復しない細胞摂動の結果である。例えば、Galluzzi, et al., Nature, 25:486-541 (2018)を参照のこと。
【0112】
酸化PUFA生成物の蓄積に関連する酸化摂動は、いくつか例を挙げると、ミトコンドリア疾患、神経変性疾患(神経変性筋障害を含む)、網膜疾患、エネルギー処理障害、心臓病を含めたさまざまな疾患に関係した。
【0113】
酵素損傷は、酸化PUFA生成物を中和するのに必要とされるより低く酵素活性を制限する遺伝的欠損に起因し得る。或いは、酵素損傷は、加齢に関連し得る。酸化多価不飽和生産物に関する一例にすぎないが1つの例示的な実施形態において、発現された酵素量及び/又はこれらの発現された酵素の活性は、ヒトが加齢するほど低還される。より一層更に、酵素損傷はまた、細胞が、罹患状態から生じる増加した量の酸化アラキドン酸生成物に対抗するのに十分な酵素を生成することができないことに起因し得る。斯かる障害の原因にかかわらず、障害がある酵素は、酸化生成物の限られたごく少量しか中和できず、その結果、これらの生成物の蓄積を許してしまう。ある量のこれらの酸化生成物が蓄積した場合、最初に、細胞の機能が損なわれる。例えば、細胞がニューロンであり、疾患がINADである場合、細胞機能の喪失は、酸化PUFA生成物のますます高い細胞内レベルに関連するA2ホスホリパーゼ酵素の障害に起因する。ニューロン障害のあとには、死滅シグナルを引き起こすのに十分な量の15-HpETE-PEの生成が続く。ますます多くの細胞(例えば、ニューロン)が死滅するとき、機能の対応する喪失がある。例えば、INADやALSの場合では、十分な数の運動ニューロンの死滅は、最終的に、動きと嚥下に関連する機能の喪失につながる。
【0114】
細胞機能の喪失は、細胞摂動が変わらない状態が続いたときに、RCD経路に起因する細胞死が続いて起こる。上記を考慮すると、酵素の状態の根本的な障害に対処することによってこれらの疾患に対処する方法が、早急に必要である。好ましくは、斯かる方法は、疾患進行を実質的に止め、次に、細胞機能の喪失の少なくとも一部を回復するであろう。
【0115】
これらの疾患に関する分岐病因が一般的な病理を包含するであろう理由を理解する試みもまた、過剰濃度の15-HpETE-PEがニューロンの破壊を始動する死滅シグナルを構成することの理解にもつながる。例えば、Sun, et al. Nature Chemical Biology (2021)を参照のこと。
【0116】
この一般的な病理に関して、2つの妥当と思われる説が存在する。15-ヒドロペルオキシ-(Hp)-アラキドノイル-ホスファチジルエタノールアミンの脳の天然の調節物質が、過酸化リン脂質を加水分解(中和)するCa+2非依存型ホスホリパーゼA2β(例えば、iPLA2β、PLA2G6又はPNPLA9遺伝子)であるという最近の発見から始まり、当業者は、ヒトが加齢した場合に、Ca+2非依存型ホスホリパーゼA2βが、15-ヒドロペルオキシ-(Hp)-アラキドノイル-ホスファチジルエタノールアミンを中和する能力が損なわれると理論づけた。この理論値では、ヒトが加齢した場合に、15-ヒドロペルオキシ-(Hp)-アラキドノイル-ホスファチジルエタノールアミン、神経毒15-HpETE-PE、などのリン脂質(リゾリン脂質を含む)の量は、ヒトの加齢に従って増加する。これらの損害を受けたリン脂質のレベルが高まった場合に、それは、最終的に、中和を達成するPLA2G6のような調節酵素の能力を超えた濃度に達する。PLA2G6による15-HpETE-PEの除去の不全は、ニューロンの死滅が始まるまでのニューロン内への蓄積につながる。この全プロセスは、罹患ニューロンの「死滅シグナル」とも呼ばれ、そして、さまざまな小児及び成人の神経変性疾患におけるニューロン細胞死の主因の一つである。
【0117】
代替理論は、生成された過酸化リン脂質のレベルが変化しないままであるにもかかわらず、ホスホリパーゼiPLA2βの発現レベル又はその酵素の活性のいずれかが、ニューロン死につながる遺伝的又はエピジェネティック変化のいずれかによって損なわれると仮定する。この後者の理論では、ホスホリパーゼiPLA2βのメンバーであるPLA2G6の発現に関連する先天的又は遺伝的欠損が根本病原事象であると見なされるINADと一致するように見えるであろう。この理論では、PLA2G6 INAD欠陥の保因者、又はINAD以外の神経変性疾患におけるPLA2G6構造又は機能の他の後天的若しくはエピジェネティックな欠陥が、死滅シグナルの除去の低減につながる可能性がある。
【0118】
いずれかの理論の妥当性にかかわらず、それぞれの一般的な病原因子は、ホスホリパーゼiPLA2βによって適切に調整されることができない量の過酸化リン脂質の生成である。この点で、脳における活性酸素種(ROS)の生成が、重要な構造物におけるニューロンの膜内での15-HpETE-PEを含めた過酸化リン脂質の形成を引き起こすことが知られおり、この毒素の除去の欠陥が、ニューロン死、疾患の進行、生命機能の喪失、及び最終的な死亡につながる。
【0119】
当該技術分野では、ニューロンへの13,13-D2-アラキドン酸(11,11-D2-リノール酸のインビボ変換によって生成)などの重水素化アラキドン酸のインビボ取り込みが、ROSから生じる酸化に対してこれらのニューロンを安定させることが認識されているが、斯かる開示では、死滅のシグナルの開始とその後のニューロンの破壊を阻害するレベル、又は患者の生命維持に必要な機能を保持するのに必要なこの重水素化アラキドン酸のレベルまで、過酸化リン脂質、特に15-HpETE-PE、の量を調整するいずれの示唆も提供されていなかった。
【0120】
よって、死滅シグナルを始動する15-HpETE-PEの濃度が、過酸化リン脂質のレベルを調整する能力の遺伝的又は先天的な欠陥のいずれかから生じるかにかかわらず、クリアランス酵素の後天性欠陥、或いは患者が加齢したか、又は生成された酸化種を中和する患者の能力を超える神経変性疾患を発症した場合のROSレベルの上昇を理由として、重要な神経機能の喪失と死亡を避けるためにニューロン内の15-HpETE-PEの濃度を制限する方法が必要とされている。
【0121】
上記に基づいて、15-HpETE-PEによって少なくとも一部が媒介される神経変性疾患に対処するあらゆる治療法が、過酸化リン脂質を低減することだけに対処する必要があるだけでなく、15-HpETE-PEの蓄積量がニューロン死シグナルを始動できず、その結果、原疾患の進行を妨げるポイントまでこれらの濃度を低減しなければならない。
病理
【0122】
それぞれの神経変性疾患の基礎病理は、その疾患の基礎病因と無関係である。すなわち、いかなる分岐条件がこれらの神経変性疾患(病因)のいくつかを始動したとしても、始動された時点で、これらの疾患の病理はニューロン内のアラキドン酸の脂質過酸化に関与し得る。重水素化アラキドン酸が脂質過酸化を阻害するが、フリードライヒ運動失調症などの重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの投与により治療できない多くの神経変性疾患が存在することに注意しなければならない。
【0123】
これらの疾患の病理は、この化合物を中和する調節プロセスの不存在下で、神経毒15-HpETE-PEを生成する一連の代謝ステップを経由できる酸化リン脂質の生成に関与し得る。ニューロンの細胞内スペース中のこの毒素の蓄積により、それは、細胞が死滅するようにシグナルを生じる濃度に達する。
【0124】
これらの疾患の病理は、罹患したニューロンにおける酸化PUFA生成物の蓄積を伴ったもよい。酸化生成物の量が増加するに従って、罹患したニューロンは、機能を失い(機能不全になり)、そして疾患の病理を更に拡大する。結局、酸化PUFA生成物の濃度の増加から起こる細胞への損傷は、細胞が回復不能であり、そして、細胞が細胞死の経路(CDP)を開始するポイントに達する。内因性アポトーシス、外因性アポトーシス、ミトコンドリア透過性転移(MPT)駆動型ネクローシス、ネクロトーシス、オキシトーシス、フェロプトーシス、及びパイロトーシス、並びに13-酸化アラキドン酸生成物の場合の15-HpETE-PE死滅シグナルの開始を含め、多くの認識されたCDPが存在する。Sun et al., Nature Chemical Biology, 2021を参照のこと、そして、上記文献を全体として参照により本明細書に援用する。
【0125】
上記のとおり、ニューロン内の酸化PUFA生成物の濃度増大では、調節酵素がこれらの生成物を中和できないことが証明されている。酸化PUFA生成物の変わらない蓄積が危険な状態にあるニューロン内で、疾患進行するほどまで、増加する。従って、その結果、生成される酸化PUFA生成物の量を制限する、重水素化アラキドン酸のインビボにおける送達を伴う本明細書に記載した方法は、疾患を治療するのにプラスの影響がある。
【0126】
重水素化アラキドン酸の投与に応答する神経変性疾患は、本明細書に記載した方法における使用に好適である。本明細書に記載した方法は、危険な状態にあるニューロン内のリン脂質でアラキドン酸の過酸化反応を低減し、その結果、15-HpETE-PEの生成及びそれによって生じる死滅シグナルを制限することを含み得る。治療可能な神経変性疾患が、15-HpETE-PEによって、少なくとも一部、媒介されるものを含むことは、理解される。これらとしては、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、タウオパチー(進行性核上性麻痺‐PSPを含む)、ハンチントン病、大脳皮質基底核障害(CBD)、前頭側頭型認知症(FTD)、非流暢型原発性進行性失語症(nfvPPA)、APO-e4アルツハイマー病、及び遅発型テイ-サックス病が挙げられる。
【0127】
詳細に関して、スルフヒドリル基と容易に反応し、重要な代謝プロセスの阻害をもたらすいくつかのアルデヒドの発見は、神経変性疾患の多くの病理の構成要素としての多価不飽和脂肪酸過酸化反応の関連性につながった(Schauenstein, E.; Esterbauer, H. Formation and properties of reactive aldehydes. Ciba Found. Symp. (67):225-244; 1978)。疾患の主原因としてか、又は二次的な因果関係としてかに関係なく、斯かる脂質過酸化が酸化ストレスの結果であり、そしてそれが、ニューロンの死滅につながり、そしてこれが多くの神経変性疾患の進行に関わる。
【0128】
過酸化反応の原因となる酸化ストレスの起源は、基礎病因の違いに起因する。病因の違いに関係なく、酸化PUFA生成物の生成は、これらの酸化生成物の日常的な生成と解毒作用(中和)との平衡障害を証明している。脂質膜、並びに運動ニューロンの小胞体とミトコンドリアは、アラキドン酸(4つの部位のシス-不飽和を有する20炭素鎖の多価不飽和脂肪酸(「PUFA」))が高度に濃縮されている。これらの4つの部位をそれぞれ切り離しているのは、3つのビス-アリルメチレン基である。これらの基は、アリルメチレン及びメチレン基と比較して、ROSによる酸化損傷、及びシクロオキシゲナーゼ、シトクロム及びリポキシゲナーゼなどの酵素に対して特に感受性を有する。酸化アラキドン酸は、もうアラキドン酸でない。機能不全であり、更なる膜損傷につながることは別として、アラキドン酸の酸化は、アラキドン酸の局所濃度を低減し、置換される必要がある。よって、それは二重苦である:有益な生理活性膜成分が毒性膜成分に変換される。
【0129】
そのうえ、あるアラキドン酸のビス-アリルメチレン基がROSによって酸化されると、脂質膜中の他のアラキドン酸基の更なる酸化カスケードが生じる場合に起こる。これは、単一のROSがフリーラジカル機構を介して第一のアラキドン酸成分の酸化を生成し、順々に、同じフリーラジカル機構を介して隣接するアラキドン酸を酸化させることができ、更に、脂質鎖自動酸化と呼ばれるプロセスにおいて、別の隣接するアラキドン酸を酸化することができるからである。結果として生じた損傷は、細胞膜中の著しく多くの酸化アラキドン酸成分を含む。
【0130】
ニューロンがそれらの脂質膜中に非常に高濃度のアラキドン酸を有するのであれば、これらの膜中の損傷又は損失アラキドン酸の、重水素化アラキドン酸での置換は、細胞内のこれらの構造物を補強し、そして、酸化脂質プロドラッグの形成から保護する。例えば、あるアラキドン酸のビス-アリルメチレン基がROSによって酸化されると、脂質膜中の他のアラキドン酸基の更なる酸化カスケードが生じる場合に起こる。これは、単一のROSがフリーラジカル機構を介して第一のアラキドン酸成分の酸化を生成し、順々に、同じフリーラジカル機構を介して隣接するアラキドン酸を酸化させることができ、更に、脂質鎖自動酸化と呼ばれるプロセスにおいて、別の隣接するアラキドン酸を酸化することができるからである。結果として生じた損傷は、細胞膜中及び細胞小器官の膜中の著しく多くの酸化アラキドン酸生成物を含む。しかしながら、酸化アラキドン酸が重水素化アラキドン酸に隣接するときには、その重水素化アラキドン酸は連鎖反応ターミネータとして機能する。
【0131】
酸化アラキドン酸と他の酸化PUFA生成物は、患者のニューロンの細胞膜の流動性と透過性に悪影響を与える。加えて、それらは膜タンパク質の酸化につながる可能性があり、並びに高反応性の多数のカルボニル化合物に変換される。後者は、アクロレイン、マロン酸ジアルデヒド、グリオキサール、メチルグリオキサールなどの反応性種を含む(Negre-Salvayre A, et al. Brit. J. Pharmacol. 2008; 153:6-20)。アラキドン酸酸化の最も突出した生成物は、4-ヒドロキシノン-2-エノール(4-HNE;LA又はAAのようなn-6系PUFAから形成される)、及び対応するケトアルデヒド(Esterfbauer H, et al. Free Rad. Biol. Med. 1991; 11:81-128)などのα,β-不飽和アルデヒドである。先に述べたように、これらの反応性カルボニルは、ミカエルMichael付加又はシッフ塩基形成経路を介して(生体)分子を架橋処理し、そしてそれが、疾患の基礎病理を続ける。酸化PUFA由来のこれらの代謝産物はそれぞれ、「酸化PUFA生成物」という用語によって網羅される。
疾患進行
【0132】
患者が特定の神経変性疾患と診断されるとき、臨床医は、本明細書に記載した治療法の不存在下で、患者の機能喪失を評価することによって、その患者の疾患進行速度を評価する。その速度は、疾患の「自然歴」とも呼ばれ、典型的には、設定期間にわたり患者の機能の程度を計測する標準検査によって計測される。上述のとおり、機能の喪失は、細胞機能不全とその後の死亡につながる、これらの生成物を中和する能力を調節酵素が有していないことから生じる酸化PUFA生成物の蓄積に関連し得る。これらの生成物の蓄積が大きければ大きいほど、機能の喪失はより大きい。
【0133】
いかなる理論にも制限されることなく、神経変性疾患の進行は、酸化PUFAの蓄積に起因する単一のニューロンの機能の一部又は全部の喪失に関連する。これらの酸化生成物の濃度が回復不能なレベルまで増加した場合、これらの罹患ニューロンは、調節された細胞死プロセスを開始する。
【0134】
本明細書に記載した治療は、ニューロンを含めた患者の細胞中のD2-AAの量の安定した増加を提供する。モニタリングプロセスの一部として、赤血細胞中のD2-AAの濃度を計測する定期的な血液検査が、許容されるタイムラインで、上記に従って約12%~約25%の治療濃度まで患者が進んでいることを保証することが必要である。斯かる濃度にて、疾患進行の程度は、患者の自然歴と比較して、設定期間にわたる機能の喪失速度の減速によって計測される。機能の喪失速度の減速が大きければ大きいほど、治療法の程度がより大きい。
【0135】
例として、ALSの場合には、経時的な筋機能の喪失速度を測定するALSFRS-Rと呼ばれる標準試験が存在し、これが、疾患進行速度を計測するのに使用される。この試験には12の構成要素があり、そのそれぞれが0(最悪)~4(最良)スケールで計測される。疾患進行速度を減弱する薬物の能力が、その有効性を証明する。機能喪失速度のわずかな減速でさえ、有意であると見なされた。しかしながら、機能の連続的な喪失は、危険な状態にある細胞(ニューロン)に酸化PUFA生成物の蓄積を予防する能力がないことを証明している。
【0136】
嚥下や呼吸充足性(呼吸)などの生命維持に必要な機能に対応するものが、12部分のALSFRS-R機能試験のいくつかのカテゴリの中に含まれる。患者は、特に疾患の末期近くでは、衰弱するので、嚥下及び呼吸がより難しくなる。嚥下困難が、食品、唾液などの誤嚥につながる可能性があり、そこから結果として生じる肺炎傾向を増強するので、これは特に嚥下に当てはまる。このように、嚥下が完全に損なわれている患者は、肺炎傾向と死亡可能性のリスクよりむしろ、栄養チューブが入れられる。
【0137】
重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグ(例えば、11,11-D2-リノール酸又はそのエステル)を用いた治療法がいったん開始されると、危険な状態にあるニューロンを含めたインビボにおける重水素化アラキドン酸(例えば、13,13-D2-アラキドン酸)の蓄積は、患者の生理、並びに患者のアラキドン酸のターンオーバー速度などの要因の両方によって制限される漸増プロセスである。薬物がインビボにおいて非常に短い半減期を有する従来の薬物療法と異なり、アラキドン酸は有意に長い半減期を有する。加えて、アラキドン酸のプロドラッグであるごく少量のリノール酸(例えば、約10%)が、アラキドン酸に生物変換され、そして、特に、過剰量のPUFAが消費された場合、すべてではないが、消費されたリノール酸が身体によって吸収される。総合すれば、そういったものは、重水素化アラキドン酸の漸進的な蓄積が所望の防御効果を達成するまでの時間を延長することが必要であり得ることを決定づける。
【0138】
その一方、そして、実施例に示されるように、赤血球中の13,13-D2-アラキドン酸の濃度は、重水素化アラキドン酸を含め、これらの細胞で見られるアラキドン酸の総量に基づいて約12%~約25%、そして好ましくは約15%~約20%の範囲に及ぶ、危険な状態にあるニューロンでの治療法を達成することが求められる。別個に記述され、治療法を決定するための代用として赤血球を使用して、患者がこれらの細胞における少なくとも約12%の濃度の13,13-D2-アラキドン酸を達成するとき、ニューロン中の酸化アラキドン酸の蓄積は、障害がある調節酵素が実質的にこれらの酸化生成物の大半~実質的にすべてを中和できるレベルに安定する。順々に、これは、治療を受けている患者の機能の喪失速度を減速し、場合によっては、以前喪失した機能の一部が回復するように作用する。
【0139】
より一層更に、治療を受けている患者の危険な状態にあるニューロンへの重水素化アラキドン酸の取り込みの程度は、直接計測することができない。従って、米国特許仮出願第63/177,794号(該出願を全体として参照により本明細書に援用する)に規定されるものを含めた、斯かる検出のための間接的方法が必要とされる。その出願では、赤血球などの重水素化アラキドン酸の代替細胞濃度は、経時的なこの重水素化PUFAの相対取り込みを測定するための基礎として使用される。実施例に示されているとおり、重水素化アラキドン酸を含めたアラキドン酸の総量の約12%~約25%、そして好ましくは約15%~20%の程度の、赤血球中の重水素化アラキドン酸の濃度が、生命維持に必要な機能の喪失に対する治療結果を提供することが測定された。生命維持に必要な機能の喪失は、神経変性疾患に罹患している患者の死亡にも関連するので、斯かる治療は、そのように治療されないヒトと比較して、患者の延命をもたらす。
【0140】
患者における重水素化アラキドン酸の漸増にもかかわらず、かつ、斯かる神経変性疾患を患っている患者の機能の急速な喪失を考慮して、臨床医は、生命維持に必要な機能を含めた同じくらい多くの患者の機能を保存するための治療法の迅速な発現に対する患者の必要性に対処しなければならない。
【0141】
神経変性疾患を患っている患者の機能の急速な喪失を考慮して、利用された任意の投薬レジメンが、患者の同じくらい多くの機能を保存するための治療法の迅速な発現に対する患者の必要性に対処しなければならない。概して、斯かる神経変性疾患を治療するためのあらゆる治療法が、実用的なくらい迅速に、そして好ましくは、治療法の開始から少なくとも90日以内、そしてより好ましくは少なくとも45日以内、そしてより好ましくは1カ月以下以内に効果的であり、その結果、患者のできるだけ多くの機能を保持し、更に、疾患進行速度の実質的な減速を提供しなければならない。
【0142】
1つの方法は、過剰量の重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを用いて患者を治療することである。第一の方法に相補的であるが、13,13-D2-アラキドン酸のプロドラッグとしての11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの投与に依存する別の方法は、患者の食事中のリノール酸の消費の程度を制限することである。これは、11,11-D2-リノール酸の13,13-D2-アラキドン酸への変換を最大にする。
化合物の調製
【0143】
重水素化アラキドン酸は、当該技術分野で公知であり、そしてまた、従来の化学合成によって作製できる。加えて、D2、D4及びD6-アラキドン酸を含めたさまざまな重水素化アラキドン酸が、例えば、Chistyakov, et al., Molecules, 23(12):3331 (2018)、並びに米国特許第10,052,299号及び同第10,577,304号に記載されている(上記のすべての文献を全体として参照により本明細書に援用する)。これらの重水素化脂肪酸のエステルは、当該技術分野で周知の従来型の手法によって調製される。同様に、11,11-D2-リノール酸及びそのエステルは、当該技術分野で公知である。例えば、pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/ compound/124037379を参照のこと。これらの重水素化脂肪酸のエステルは、エチルエステルを含めた当該技術分野で周知の従来型の手法によって調製される。
方法論‐13,13-D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグ
【0144】
本明細書に記載した方法は、活性酸素種によって媒介された神経変性疾患を治療するための患者への重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの投与を含んでもよい。本明細書に記載した方法は、15-HpETE-PEによって媒介された神経変性疾患を治療するための患者への重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの投与を含んでもよい。
重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを用いた治療
【0145】
いくつかの実施形態において、11,11-D2-リノール酸又はそのエステルは、13,13-D2-アラキドン酸を生合成するように患者に送達される。
【0146】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、13位のアラキドン酸に少なくとも1つの重水素を含む。いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、それぞれ本明細書に定義されるように、D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグ、D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグ、D6-アラキドン酸又はそのプロドラッグ、或いはその混合物を含む。ある実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグを含む。ある実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグを含む。ある実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、D6-アラキドン酸又はそのプロドラッグを含む。ある実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグ、D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグ、及び/又はD6-アラキドン酸又はそのプロドラッグの混合物を含む。ある実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、D2-アラキドン酸をニューロンに送達する。ある実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、D4-アラキドン酸をニューロンに送達する。ある実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、D6-アラキドン酸をニューロンに送達する。ある実施形態において、D2-アラキドン酸、D4-アラキドン酸、及び/又はD6-アラキドン酸の混合物がニューロンに送達される。
【0147】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの組成物が、利用され、そして、平均して、少なくとも約80%の水素原子にて重水素原子で置換されたビス-アリル部分を含む。いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグは、平均して、重水素原子によって置換されたビス-アリル部分にて少なくとも約80%の水素原子、及び平均して、重水素原子によって置換されたモノ-アリル部位にて約35%以下の水素原子を含む。
【0148】
いくつかの実施形態において、斯かる投与は、2つの投薬成分を包含する投薬レジメンの使用を含む。第一の投薬成分は、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグのプライマー又は負荷用量を含む。第二の投薬成分は、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量を含み、ここで、前記第二の投薬成分中の重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの量は、第一の投薬成分中のそれより少ない。
【0149】
いくつかの実施形態において、患者のニューロンに送達される重水素化アラキドン酸の量は、ニューロン中の濃度の代用として、赤血球中の少なくとも約12%の重水素化アラキドン酸の濃度を達成するように漸増される。いくつかの実施形態において、患者のニューロンに送達される重水素化アラキドン酸の量は、治療法の開始から少なくとも6カ月以内に、好ましくは治療法の開始から5カ月又は4カ月又は3カ月以内に、赤血球中で、約12~約25%、好ましくは約15~20%の濃度を達成するように漸増される。これは、危険な状態にあるニューロン中の15-HpETE-PEの蓄積を最小にし、その結果、機能の喪失に対する、特に生命維持に必要な機能の喪失に対する保護をする。生命維持に必要な機能が保護及び延長された証拠は、治療法中の患者が治療法中でない患者より有意に長く生きたことを臨床試験の結果が実証した、実施例において提供される。
【0150】
ある実施形態において、負荷用量は、1日あたり少なくとも約0.05グラムの重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを含む。ある実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの負荷用量は、本明細書に記載したように定期的に投与され、1日あたり約0.05グラム~約2グラムの範囲に及ぶ。一般に、D4-アラキドン酸又はそのプロドラッグは、D2-アラキドン酸又はそのプロドラッグより少量の負荷用量しか必要とせず、及びD6-アラキドン酸又はそのプロドラッグは、D6-アラキドン酸又はそのプロドラッグより少量の負荷用量しか必要としない。いかなる理論にも制限されることなく、より高いレベルの重水素化を有する重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの量を削減する能力は、高度の重水素化によるインビボにおける脂質過酸化に対する高度の保護に起因する。より一層さらに、1日あたり約0.0.5グラム~約2グラムの投薬は、不純物、及びエステルプロドラッグが利用された場合には、アラキドン酸エステルのエステル部分を差し引いた重水素化アラキドン酸の総量によって計測される。そのように利用されたとき、エステル基は、胃腸管において容易に脱アシル化される。実施形態において、負荷用量は、1日あたり約0.05グラム~約1.5グラムである。実施形態において、負荷用量は、1日あたり約0.10グラム~約1.5グラムである。実施形態において、負荷用量は、1日あたり約0.10グラム~約1.25グラムである。実施形態において、負荷用量は、1日あたり約0.10グラム~約1グラムである。実施形態において、負荷用量は、1日あたり約0.10グラム~約0.5グラムである。負荷用量は、終点を含め、列挙した範囲内の任意の値であっても、又は部分範囲であってもよい。
【0151】
プライマー用量に関して、用いられた重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの量は、治療法の迅速な発現を提供するように設計される。斯かる治療法は、以下で記載するように神経変性疾患の疾患進行の減速によって計測される。ある実施形態において、プライマー用量は、所定の日に患者によって消費されるPUFAの量、並びに患者のニューロンの脂質の一般的なターンオーバー速度(半減期)などの様々な複雑な要素を考慮に入れる。
【0152】
この最後の点に関して、ニューロンの脂質成分は、静的ではなく、むしろ、徐々に交換されるので、身体において限られた半減期を有する。通常、脂質中の脂質成分のほんの一部だけが、毎日置き換わっている。ニューロンの場合では、これらの細胞はアラキドン酸が豊富である。これらの膜におけるアラキドン酸の代謝回転は、脊髄液中のアラキドン酸を含めた脂質の安定したプールから起こる。順々に、この安定したプールは置換され、患者の食事の一部として患者によって、並びにリノール酸からのアラキドン酸の生合成によって、新たに消費される脂質中に含まれるアラキドン酸によって徐々に補給される。実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、投与される重水素化アラキドン酸の量が身体からの分泌速度と一致するように漸増される。
【0153】
本明細書に記載した重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの投薬の選択は、体内の十分な量の重水素化アラキドン酸の迅速な蓄積を可能にして、インビボにおける治療濃度の早急な実現を達成した。そのように達成されるとき、実施例のデータは、疾患進行速度の有意な減速があることを実証した。
【0154】
実施形態において、本明細書に記載した投薬レジメンの負荷用量は、患者に吸収される十分な量の重水素化アラキドン酸を含む。ひとたび最大化されると、得られた重水素化アラキドン酸は、体内に蓄積し、そして、治療法の開始後約10~45日以内に患者の治療濃度に達する。このプロセス中に、重水素化アラキドン酸は、ニューロンを含めた身体の細胞内に全身的に吸収される。実施形態において、負荷用量は、約10~約50日間にわたり投与される。実施形態において、負荷用量は、約15~約50日間にわたり投与される。実施形態において、負荷用量は、約20~約50日間にわたり投与される。実施形態において、負荷用量は、約10~約45日間にわたり投与される。実施形態において、負荷用量は、約15~約45日間にわたり投与される。実施形態において、負荷用量は、約20~約30日間にわたり投与される。時間の長さは、終点を含め、列挙する範囲内の任意の値であっても、又は部分範囲であってもよい。
【0155】
実施形態において、負荷用量は、1週間あたり少なくとも5日間投与される。実施形態において、負荷用量は、1週間あたり少なくとも7日間投与される。実施形態において、負荷用量は、1週間あたり少なくとも1度投与される。実施形態において、負荷用量は、1カ月あたり少なくとも1度投与される。
【0156】
実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の65%未満を含む。実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の60%未満を含む。実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の55%未満を含む。実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の50%未満を含む。実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の45%未満を含む。実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の40%未満を含む。
【0157】
実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の35%未満を含む。実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の30%未満を含む。
【0158】
実施形態において、維持用量は、1週間あたり少なくとも5日間わたり投与される。実施形態において、維持用量は、1週間あたり少なくとも7日間わたり投与される。実施形態において、維持用量は、1週間あたり少なくとも1度投与される。実施形態において、維持用量は、1カ月あたり少なくとも1度投与される。
【0159】
明らかであるように、患者のニューロン中の重水素化アラキドン酸の濃度を確認することは実用的でない。このことは、斯かる濃度が、赤血球、皮膚細胞などのレポーター細胞によって間接的に確認されることを必要としている。13,13-D2-アラキドン酸の場合には、治療結果が確認される時点で、赤血球を患者から入手し、13,13-D2-アラキドン酸を含めた存在するアラキドン酸の総量に基づいて前記赤血球内に含まれる13,13-D2-アラキドン酸の量を計測する。そうして評価されたとき、治療法の開始後一(1)カ月にて試験されたときに13,13-D2-アラキドン酸の少なくとも約3%、そして好ましくは少なくとも約5%、そしてより好ましくは少なくとも8%の濃度が、ニューロンの治療結果に必要とされる閾値を表すことがわかった。そのように投与したときに、治療される神経変性疾患の進行速度の有意な減速がある。
【0160】
本明細書に記載した方法はまた、本明細書に記載した投薬レジメンが、ニューロンの脂質膜における重水素化アラキドン酸の迅速な取り込み又は蓄積を提供し、その後、これらの膜が、LPOに対して安定化するという発見に一部基づいている。その結果、神経変性疾患の進行における実質的な減速がある。これは、重水素化アラキドン酸における重水素原子での水素原子の置換に起因し、重水素化アラキドン酸が水素原子に比べて、ROSに対して有意により安定した状態にしていると考えられる。上述のとおり、この安定性は、脂質自動酸化のカスケードを低減し、それにより、疾患進行速度を制限した際に現れる。
【0161】
ALSの具体例では、この疾患進行の減速は、薬物療法前の減速(減速に関する自然歴)と比較した、薬物療法開始後にR‐ALS機能評価スケール改訂版、によって計測される公知かつ確立された機能低下速度を使用することによって容易に計算できる。減速は毎日を基準にしていては認識できないので、機能低下は、典型的に、月毎に計測され、そして、例えば1~24カ月毎など、例えば3カ月毎、6カ月毎、又は1年毎など一定期間にわたって評価される。その期間は、終点を含め、列挙する範囲内の任意の値であっても、又は部分範囲であってもよい。
【0162】
以下の実施例に規定したとおり、機能低下の速度は、個人のもの、又はコホートのものの計測を基本とし、疾患進行に関する自然歴について平均する。次に、機能低下の個人又はコホート平均が、治療法の開始後3、6又は12カ月などの一定期間にて測定される。コホートに関する自然歴の平均に基づく減速は、分母として設定される。分子は、疾患進行に関する自然歴の速度と、本願発明による一定期間の治療後の機能低下速度との間の差分として設定される。得られた分数には100を乗じて、変化率(パーセント)を得る。以下のものはこの分析を例示する。
【0163】
コホートAは、一(1)年の期間にわたり年間で28の機能減速の平均自然歴を有した。本願発明による治療の開始の六(6)カ月後、コホートAの年間平均機能減速は、14まで下がった。これは14度の差分を提供する。それで、分子としての14と分母としての28を使用し、次に、結果に100を乗じると、当業者は50パーセントの年間減速を得る。
【0164】
通常、本願発明の方法は、少なくとも30%、より好ましくは少なくとも約35%、少なくとも約40%、少なくとも約45%、少なくとも約50%、少なくとも約55%、又は少なくとも約60%のコホートに関する機能低下の平均変化率(パーセント)を提供する。実施形態において、機能低下における変化は、例えば1~24カ月、例えば3、6、又は1年の期間にわたり計測される。減速は、3カ月~1年間の中間の任意の期間にわたり計測され得る。
【0165】
先に述べたように、投薬レジメンはまた、更なる機能喪失を最小にするために、患者の疾患進行速度を素早く減速するための治療濃度の重水素化アラキドン酸の迅速な発現を可能にする投薬レジメンを提供する課題に対処する。疾患進行速度を減速することが、より長い期間保持された患者の機能、そして恐らくより長い寿命に関連することも理解すべきである。従って、より速いものが斯かる減速を達成するので、それが患者にとってもより良いものである。
【0166】
いくつかの実施形態において、本明細書に記載した方法は、ニューロンに治療量を提供するのに十分な量で重水素化アラキドン酸を送達する投薬レジメンを用いることによってこの課題に対処する。そのように取り込まれたとき、重水素化アラキドン酸は、それが適切な量で投与されることを条件に、LPOの程度を低減し、そしてそれが、順々に、効果的にALSの進行を制限する。
プロドラッグとしての11,11-D2-リノール酸(又はそのエチルエステル)
【0167】
いくつかの実施形態において、本明細書に記載した方法は、神経変性疾患に罹患している患者への11,11-D2-リノール酸又はそのエステル(D2-LA)の投与を含む。インビボにおいて、D2-LAの一部が13,13-D2-アラキドン酸(D2-AA)に生物変換される。D2-AAの治療濃度が達成されるを確実にするように、体内へのD2-AAの蓄積が観察される。斯かるモニタリングは、約12%~25%の濃度の治療標的を達成することと合致する、患者がD2-AAを蓄積するのを確実するための血液検査を含み、ここで、該投与は、活性酸素種によって媒介される神経変性疾患を治療するための濃度をもたらす。血液検査で、投薬レベル及び治療開始からの期間の両方に基づいて、不十分なレベルのD2-AAが赤血球で見られたことが実証された場合、臨床医は、投薬を増加すべきかどうか、又は負荷用量から維持用量への変更を遅らせるべきかどうかを決定できる。
【0168】
ALSの具体例では、この疾患進行の減速は、薬物療法前の減速(減速に関する自然歴)と比較した、薬物療法開始後にR‐ALS機能評価スケール改訂版、によって計測される公知かつ確立された機能低下速度を使用することによって容易に計算できる。減速は毎日を基準にしていては認識できないので、機能低下は、典型的に、月毎に計測され、そして、例えば1~24カ月毎など、例えば3カ月毎、6カ月毎、又は1年毎など一定期間にわたって評価される。その期間は、終点を含め、列挙する範囲内の任意の値であっても、又は部分範囲であってもよい。
【0169】
以下の実施例に規定したとおり、機能低下の速度は、個人のもの、又はコホートのものの計測を基本とし、疾患進行に関する自然歴について平均する。次に、機能低下の個人又はコホート平均が、治療法の開始後3、6又は12カ月などの一定期間にて測定される。コホートに関する自然歴の平均に基づく減速は、分母として設定される。分子は、疾患進行に関する自然歴の速度と、本願発明による一定期間の治療後の機能低下速度との間の差分として設定される。得られた分数には100を乗じて、変化率(パーセント)を得る。以下のものはこの分析を例示する。
【0170】
コホートAは、一(1)年の期間にわたり年間で28の機能減速の平均自然歴を有した。本願発明による治療の開始の六(6)カ月後、コホートAの年間平均機能減速は、14まで下がった。これは14度の差分を提供する。それで、分子としての14と分母としての28を使用し、次に、結果に100を乗じると、当業者は50パーセントの年間減速を得る。
【0171】
いくつかの実施形態において、11,11-D2-リノール酸又はそのエステルは、13,13-D2-アラキドン酸のプロドラッグとして患者に投与され、そして、13,13-D2-アラキドン酸を含めた赤血球のアラキドン酸の総量に基づいて、少なくとも約12%の赤血球中の13,13-D2-アラキドン酸の濃度を生成するのに十分な量で送達される。いくつかの実施形態において、治療を受けている患者の赤血球中の13,13-D2-アラキドン酸、D4、及びD6-アラキドン酸の量は、好ましくは約12%~約25%、そしてより好ましくは約15%~約20%の範囲に及ぶ。
【0172】
あらゆる場合において、赤血球中の重水素化アラキドン酸の割合(パーセント)は、重水素化アラキドン酸を含めた赤血球中のアラキドン酸の総量に基づいている。アラキドン酸の13位における重水素化が、この部位で酸化を阻害し、その結果、15-HpETE-PEに至るのに必要であるので、赤血球中の重水素化アラキドン酸の割合(パーセント)は、本明細書に列挙されるD-2、D-4、又はD-6アラキドン酸が利用されるか否かに関係がない。
【0173】
いくつかの実施形態において、及び斯かる濃度を達成するために、投与は、2つの投薬成分を包含する投薬レジメンを使用する。第一の投薬成分は、11,11-D2-リノール酸又はそのエステルのプライマー又は負荷用量を含む。第二の投薬成分は、11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの維持用量を含み、ここで、前記第二の投薬成分中の11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの量は、第一の投薬成分中のそれより少ない。
【0174】
プライマー用量に関して、用いられた11,11-D2-リノール酸の又はそのエステル量は、危険な状態にあるニューロン中の13,13-D2-アラキドン酸の濃度の迅速な発現を提供するように設計される。上で述べたように、ニューロンの脂質成分は、静的ではなく、むしろ、徐々に交換されるので、身体において限られた半減期を有する。通常、脂質中の脂質成分のほんの一部だけが、毎日置き換わっている。ニューロンの場合では、これらの細胞はアラキドン酸が豊富である。これらの膜におけるアラキドン酸の代謝回転は、脊髄液中のアラキドン酸を含めた脂質の安定したプールから起こる。順々に、この安定したプールは置換され、患者の食事の一部として患者によって、並びにリノール酸からのアラキドン酸の生合成によって、新たに消費される脂質中に含まれるアラキドン酸によって徐々に補給される。実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、投与される重水素化アラキドン酸の量が身体からの分泌速度と一致するように漸増される。
【0175】
後者に関して、合成されるアラキドン酸の速度は、典型的に、特定の日に生成され得るアラキドン酸の最大量が存在する、量に制限される速度である。順々に、消費されるリノール酸のごく一部だけがアラキドン酸に変換され、リノール酸の大部分が変換されないままである。リノール酸結果からのアラキドン酸へのこの制限された合成速度は、13,13-D2-アラキドン酸濃度の遅い蓄積をもたらす。しかしながら、負荷用量を使用し、かつ、別の形で消費されるPUFAの量を制限することによって、この変換速度は最大化することができる。成人では、D2-LAの負荷用量は、典型的に9g/日×1カ月、それに続く、その後の5g/日の維持用量である。INADを患っている幼児では、12~20%のD2-AAを達成するための負荷用量及び維持は、典型的に3g/日×1カ月、それに続く、その後の2g/日である。
【0176】
上記を考慮して、本明細書に記載した投薬レジメンの負荷用量は、11,11-D2-リノール酸の13,13-D2-アラキドン酸へのインビボ変換を最大にするために、患者に吸収される十分な量の11,11-D2-リノール酸を含む。ひとたび最大化されると、得られた13,13-D2-アラキドン酸は、それが患者において治療濃度に達するまで、体内に蓄積する。このプロセス中に、13,13-D2-アラキドン酸は、ニューロンを含めた身体の細胞内に全身的に吸収され、ここで、斯かる吸収が起こる速度は、これらの運動ニューロンの細胞膜中の脂質の交換速度又はターンオーバー速度に基づいている。
【0177】
負荷用量は、神経変性疾患に罹患している治療を受けている患者の機能の不要な喪失を最小にするように、インビボにおける13,13-D2-アラキドン酸の治療レベルの迅速な発現を提供する。負荷用量は、プライマー用量と維持用量を含む投薬レジメンを用いて11,11-D2-リノール酸又はそのエステルを患者に投与することによって達成され、ここで、成人のプライマー用量は、所望の13,13-D2-アラキドン酸の濃度が達成されるまで、1日あたり約7~12グラムの11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの定期的な投与を含む。小児では、プライマーの用量は、約3~5グラムの11,11-D2-リノール酸又はそのエステルを含む。
【0178】
プライマー用量の完了後に、維持用量が利用される。いくつかの実施形態において、維持用量は、インビボにおける13,13-D2-アラキドン酸の前記治療濃度を維持するために、1日あたり11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの負荷用量の約65%以下の定期的な投与を含む。
【0179】
いくつかの実施形態において、前記神経変性疾患は、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病、進行性核上性麻痺(PSP)、APO-e4アルツハイマー病、大脳皮質基底核障害(CBD)、前頭側頭認知症(FTD)、非流暢型原発性進行性失語症(nfvPPA)、INAD、他のタウオパチー、又は遅発型テイ-サックス病である。
【0180】
いくつかの実施形態において、前記の負荷用量の定期的な投与は、1日あたり約9グラムの11,11-D2-リノール酸又はそのエステルを1週間あたり少なくとも5日間、そして好ましくは1週間あたり7日間にわたり投与することを含む。
【0181】
いくつかの実施形態において、1日あたりの11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの維持用量の定期的な投与は、負荷用量の55%以下を含み、そしてそれは、1カ月あたり少なくとも1度投与される。別の実施形態において、維持用量は、1カ月あたり少なくとも1度投与される、負荷用量の35%以下を含む。
【0182】
いくつかの実施形態において、維持用量の定期的な投与は、11,11-D2-リノール酸の一部の13,13-D2-アラキドン酸へのインビボ変換を考慮して、身体から排出される13,13-D2-アラキドン酸の量を置換するのに十分な11,11-D2-リノール酸の量又はそのエステルになるように調整される。
【0183】
いくつかの実施形態において、本明細書に記載した方法は、前記プライマー及び前記維持用量の投与中に、患者の過剰な食事由来の多価不飽和脂肪酸の消費を制限することを更に含む。
【0184】
いくつかの実施形態において、重水素化リノール酸エステルは、11,11-D2-リノール酸エチルエステルである。
プロドラッグとしての13,13-D2-アラキドン酸(又はそのエチルエステル)
【0185】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグが利用される。斯かる化合物を使用する利点は、11,11-D2-リノール酸の13,13-D2-アラキドン酸への制限されたインビボ変換に頼る必要がなく、その結果、危険な状態にあるニューロンへの重水素化アラキドン酸の送達を加速するという点である。
【0186】
この場合、重水素化アラキドン酸の負荷用量は、11,11-D2-リノール酸の13,13-D2-アラキドン酸への変換率(パーセント)、並びにPUFAの可能性のある過剰摂取に起因する身体から吸収される11,11-D2-リノール酸を含めた限定された量のリノール酸などの他の要因を考慮する。その結果、負荷用量は、1日あたり少なくとも約0.05グラムの重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを含む。ある実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの成人向けの負荷用量は、本明細書に記載したように定期的に投与され、1日あたり約0.05グラム~約2グラムの範囲に及ぶ。小児に関して、負荷用量は、成人向けのものの約40%又は1日あたり約0.02グラム~約0.8グラムである。
【0187】
実施形態において、負荷用量は、1週間あたり少なくとも5日間投与される。実施形態において、負荷用量は、1週間あたり少なくとも7日間投与され、最長1カ月にわたる。実施形態において、負荷用量は、1週間あたり少なくとも1度投与される。実施形態において、負荷用量は、1カ月あたり少なくとも1度投与される。
【0188】
実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の65%未満を含む。実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の60%未満を含む。実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の50%未満を含む。実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の40%未満を含む。実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の30%未満を含む。実施形態において、重水素化アラキドン酸はそのプロドラッグの維持用量又は、負荷用量の20%未満を含む。
【0189】
いくつかの実施形態において、維持用量の定期的な投与は、身体から排出される重水素化アラキドン酸の量を置換するのに十分な重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグになるように調整される。
【0190】
いくつかの実施形態において、本明細書に記載した方法は、前記プライマー及び前記維持用量の投与中に、患者の過剰な食事由来の多価不飽和脂肪酸の消費を制限することを更に含む。
【0191】
いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸エステルは、13,13-D2-アラキドン酸エチルエステルである。
併用
【0192】
本明細書に提供される治療法は、斯かる治療法を条件として、神経変性疾患に関係して使用される他の治療と併用され得る。いくつかの実施形態において、重水素化リノール酸又はそのエステル(11,11-D2-リノール酸エチルエステルを含む)は、負荷用量又は維持用量における重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグを補うか又は置換するのに使用できるが、但し、置換は、負荷用量又は置換用量の両方ではなく、そのいずれかに制限される。これは、11,11-D2-リノール酸の一部が13,13-D2-アラキドン酸に生物変換される(例えば、体内で変換される)という事実に起因する。そのように変換される総量は、投与される11,11-D2-リノール酸又はそのエステルの量のごく少量である。このごく少量の変換は、臨床医が11,11-D2-リノール酸又はそのエステルを投与することによって下方に13,13-D2-アラキドン酸の量を増量することを可能にする。これは、特に、文献が生合成アラキドン酸の量が少ないと認めたように、13,13-D2-アラキドン酸の最少量が求められる維持用量の場合である、例えば、Tallima, et al., J. Adv. Res., 11:33-41 (2018)を参照のこと。11,11-D2-リノール酸又はそのエステルに関して、「そのエステル」という用語は、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグに関して使用されるのと同じ用語を指す。
別の実施形態において、併用療法は、脂質自動酸化の阻害に対する作用のオルソゴナルな機構を介して作動する薬物を用いることができる。併用での使用のために好適な薬物としては、これだけに限定されるものではないが、エダラボン、イデベノン、ミトキノン、ミトキノール、ビタミンC、又はビタミンEなどの抗酸化剤が挙げられるが、但し、脂質自動酸化の阻害に対処するこれらの抗酸化剤は、TTX感受性ナトリウムチャンネルを優先的に遮断するリルゾール、従来の鎮痛仲介物などではない。
医薬組成物
【0193】
重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの特定の投薬は、いくつもの許容される投与様式によって達成される。先に述べたように、本願発明の方法による毎日又は定期的な用量に使用される薬物、すなわち、有効成分、の実際の量は、上記に詳細に記載されている。薬物は、少なくとも1日に1回、好ましくは1日に1回、2回又は3回投与され得る。
【0194】
本願発明は、いずれか特定の組成物又は医薬担体に制限されることはなく、なぜなら、そういったものは変わることがあるからである。通常、本願発明の化合物は、多くの公知の投与経路のうちのいずれかによって医薬組成物として投与される。しかしながら、典型的には錠剤、丸薬、カプセル剤などを使用した、経口送達が好まれる。経口送達に使用される具体的な形態は、重要でないが、投与されるべき薬物の量が多いため、毎日の又は定期的な単位用量は、複数の錠剤、丸薬、カプセル剤などを有するサブユニットに分割されることが好ましい。特に好ましい一実施形態において、毎日の又は定期的な単位用量の各サブユニットは、約1グラムの薬物を含有している。それで、9グラムの薬物から成る毎日の又は定期的な単位用量は、約1グラムの薬物を含有する9つのサブユニット用量として提供されることが好ましい。好ましくは、単位用量は、1、2又は3回の設定で摂取されるが、患者の服用順守が、1日あたり2又は3回の設定を超える毎日の又は定期的な単位用量を採用することによって高められ場合には、そういったものも許容される。
【0195】
本明細書に開示される化合物の医薬剤形は、従来の混合、打錠、カプセル化などによる、当該技術分野で周知の方法のいずれかによって製造され得る。本明細書に開示される組成物は、活性分子を加工して医薬用途向けの調製物にすることを容易にする1若しくは複数の生理学的に許容される不活性成分を包含できる。
【0196】
組成物は、少なくとも1つの薬学的に許容される賦形剤と組み合わせて薬物を含むことができる。許容される賦形剤は非毒性であり、投与を助け、特許請求される化合物の治療上の利益に悪影響を及ぼさない。斯かる賦形剤は、当業者に一般に利用可能な任意の固体、液体、又は半固体であり得る。
【0197】
固形医薬添加剤は、デンプン、セルロース、タルク、グルコース、ラクトース、スクロース、ゼラチン、麦芽、米、小麦粉、チョーク、シリカゲル、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸ナトリウム、グリセロールモノステアレート、塩化ナトリウム、乾燥スキムミルクなどを含む。他の適切な医薬添加剤及びそれらの製剤は、Remington’s Pharmaceutical Sciences, E. W. Martin編(Mack Publishing Company, 18th ed., 1990)に記載されている。
【0198】
本明細書に開示される組成物は、所望であれば、必要数のサブユニットで薬物を含有する毎日の又は定期的な単位投薬量をそれぞれ含有するパック又はディスペンサー装置で提供され得る。斯かるパック又は装置は、例えば、金属又はプラスチックのホイル、例えば、ブリスターパック、バイアル、又はその他のタイプの封入容器などを含んでもよい。該パック又はディスペンサー装置には、例えば、そこに入っている毎日の又は定期的な用量を構成するサブユニットのすべてを使用するための取扱説明書の、を含めた投与に関する取扱説明書が添付してある。
【0199】
製剤中の薬物の量は、薬物の毎日の又は定期的な用量に必要とされるサブユニットの数によって変動し得る。典型的に、製剤は、存在する1若しくは複数の好適な医薬賦形剤のバランスをとって、重量パーセント(wt%)ベースで、製剤全体に基づいて約10~99重量パーセントの薬物を含有する。好ましくは、化合物は、約50~99重量パーセントのレベルで存在する。
【0200】
好ましい実施形態において、薬物は、安定化剤、抗酸化剤、染色剤などの医薬賦形剤をまったく必要とすることなく、カプセル内に封入する。これは、各カプセル剤中の薬物の体積を最大化することによって、1日に必要とされるカプセル剤の数を最少にする。
【実施例】
【0201】
本発明は以下の実施例を参照することによってさらに理解され、これらの実施例は本発明の純粋な例示であることが意図される。本発明は、本発明の単一の態様の例示としてのみ意図される例示された実施形態によって範囲が限定されない。機能的に等価である任意の方法は、本発明の範囲内である。本明細書に記載されるものに加えて、本発明の様々な改変が、前述の説明及び添付の図面から当業者に明らかになるのであろう。そのような改変は、添付の特許請求の範囲内に入る。これらの実施例において、以下の用語は、本明細書で使用され、以下の意味を有する。定義されていない場合、略語は、その従来の医学的意味を有する。
D2-AA=13,13-D2-アラキドン酸
AA=アラキドン酸
ALSFRS-R=ALS機能評価スケール改訂版
CNS=中枢神経系
CSF=脳脊髄液
D2-LA=11,11-D2-リノール酸(別名「薬物」)
INAD=乳児神経軸索性ジストロフィー
LA=リノール酸
LPO=脂質過酸化
PK=薬物動態
RBC=赤血球
SAE=重篤な有害事象
NH=自然歴
実施例1‐単一患者におけるRBC及び脊髄液/ニューロン内のD2-AA濃度の測定
【0202】
この実施例では、これらの2つの濃度間の相関関係を測定するためにCSF及びRBC内のD2-AAの相対濃度を測定する。具体的には、患者に、約6カ月にわたり、9グラムのD2-LAエチルエステル(不純物及びエチルエステル除去を割り引いて8.64グラムの活性)の日用量を継続的に提供した。血液及びCSFの定期的なサンプルを採取し、そして、RBCとCSFの両方におけるD2-LAとD-2AAの両方の濃度を計測した。あらゆる場合において、D2-AAを、胃腸管内でのリノール酸のエチルエステルの脱アシル化と、それに続く、インビボにおけるD2-LAのD2-AAへの変換によって入手した。
【表1】
表1に見られる結果は、脳脊髄液中のD2-AA濃度が、アラキドン酸+重水素化アラキドン酸の量に基づいて既に8%であることを示す。ニューロンによって必要とされるAAをCSFから得るので、ニューロンがCSFで見られるのとほぼ同じレベルのD2-AAを有するという結論に至ることは、妥当である。
【0203】
次に、表2は、同じ患者に関する3カ月と6カ月におけるRBC内のD2-LAとD2-AAの濃度を示す。
【表2】
【0204】
3カ月でのRBC内のD2-AA濃度が、6カ月のそれより低く、経時的なD2-AAの漸増を証明していることをここで指摘する。これは、より多くのD2-LAが、経時的にD2-AAに変換されていることを示唆する。これは、以前に投与されたD2-LAの一部が、患者に蓄積され、D2-AAへの変換のためのリザーバとして機能していることを示唆する。そうだとすれば、次に、負荷用量から維持用量に移行したときに、D2-LA量の減少が、移行後の期間のD2-AAの増大に対して最低限の影響しか与えない。そのうえ、3カ月において2.9:1、そして6カ月において2.1:1まで変化するD2-LA対D2-AAの比の見掛け上の変化が存在する。いくつかの実施形態において、3及び6カ月におけるRBC内のD2-LA対D2-AAの比は、2.5:1+/-0.4と表され、表1で見られたものと良好に対応する。
【0205】
D2-AAの量はD2-LAの生物変換に基づいて漸増様式で経時的に増加するので、当業者は、明確に線形増加速度を仮定できる。これは、実線が3カ月と6カ月のD2-AAの濃度に設定され、次に、治療法の開始(0カ月)まで戻って推定される
図1に示されている。1カ月のRBC内のD2-AAの値は、この相関から見積もられている。CSFの1カ月について示されている量もまた提供されている(白抜き丸)。
【0206】
上記に基づいて、当業者は、これまでのデータが、SF中のD2-AA量の8%と比較して、RBC内の1カ月におけるD2-AA量が約3パーセントであろうことを示唆することがわかる。従って、このデータは、身体が、RBCと有力な他のレポーター細胞と比較して、より高い濃度のAA(D2-AAを含む)をCSF(従って、ニューロン)内に分流することを示唆する。更に、実施例3と総合すれば、上記のデータは、この重水素化PUFAのRBC内の約12%(11.8%)の濃度が生命維持に必要な機能の保持に関連することを実証する。
実施例2‐14人の患者から成るコホートにおけるRBC及び脊髄液/ニューロン内のAA濃度の測定
【0207】
この実施例では、INADに罹患している小児を、3.9グラムのD2-LAエチルエステルの日用量と、それに続く、2.9グラムのD2-LAエチルエステルを用いて治療する。これらの小児の年齢と体重を考慮して、そういったものが、成人患者の1日あたり約7~約12グラムの負荷用量、及び成人患者と同じように負荷用量より少ない維持用量の実質的な同等物であると想定される。
【0208】
この実施例はまた、RBC内のD2-AAの濃度も測定する。具体的には、14人の小児から成るコホートに、1カ月にわたり3.9グラムのD2-LAエチルエステル、続いて、残りの6カ月にわたり2.9グラムのD2-LAエチルエステルの日用量を提供した。血液サンプルを、1人の小児を除いたすべての小児について3カ月及びすべての小児について6カ月にて採取した。RBC中のD-2AAの濃度を計測した。あらゆる場合において、D2-AAを、胃腸管内でのリノール酸のエチルエステルの脱アシル化と、それに続く、インビボにおけるD2-LAのD2-AAへの生物変換によって入手した。
【0209】
3カ月にて、RBC中のD2-AAの平均濃度は、12%(低値6.8%及び高値16.8%)であると測定された。6カ月にて、RBC中のD2-AAの平均濃度は、16.7%(低値12.0%及び高値26.1%)であると測定された。これらの結果を示すグラフを、
図2として提供する。線は、体内でのD2-AA蓄積の線形関係を示す。実施例1で見られた脊髄液中のD2-AAに関する1カ月のデータを、このグラフ内に含む。
【0210】
図に示すように、
図1と2のグラフは実質的に同一であり、実施例1における成人患者への、及び実施例2における小児へのD2-LAの投薬が、D2-LAのD2-AAへの生物変換を最大化したことを強く示唆している。このデータは、最大化された時点での、経時的に生成されるD2-AAの量は再現性が高いことを更に示唆している。
【0211】
より一層更に、
図1及び2は、治療法の開始からの赤血球内のD2-AAの予想される増加を証明する標準曲線の代表例である。担当臨床医は、患者が治療濃度に進んでいるかどうか、及びいずれかの用量調節が必要であるかどうか、を確かめるために斯かる標準曲線を参照することができる。
比較実施例A‐13,13-アラキドン酸のプロドラッグの使用
【0212】
ALSに罹患している患者を、一定期間にわたりD2-LAを用いて治療した。患者に、異なる投薬量のD2-LAを、異なる投薬期間にわたり与えたが、US第17/ 391,909号(その全体として参照により本明細書に援用する)に記載の投薬プロトコールには従わなかった。一部の患者には、1日あたり9グラムの負荷用量と対照的に、1日あたり2グラムの11,11-D-2LAを提供した。
【0213】
治療法の終了時点で、それぞれ患者の機能スコア(ALSFRS-R結果)を、治療法の開始時点での自然歴スコアと比較した。この比較に基づいて、減速は、治療前の1年あたり-14.2+/-4.4から治療中の-7.6+/-1.4まで、又は46%低下(p=0.07、傾きでの対象内での変化に関する対応のあるt-検定)の変化をした。計算するときに、患者のRBC内のD2-AAの量は、存在するAAとD2-AAの総量に基づいて約3%にて平均となり、そして、斯かる濃度が治療結果を提供したことを証明した。
【0214】
D2-LAはD2-AAのプロドラッグとして作用するので、治療的であることが示された赤血球内の3%のD2-AA量は、それがD2-LAのインビボ変換によって送達されたか、又はD2-AAの直接投与によって送達されたかは無関係であろう。
実施例3、D2-LAを使用した投薬プロトコールの利点
【0215】
この実施例では、本明細書に記載した投薬方法によって治療されたALSを患っている患者の疾患進行の減速を例示し、この実施例では、酸化PUFA生成物の量が、別の形で障害がある調節酵素が現在生成されているこれらの酸化生成物の実質的にすべてを中和できることを可能にするレベルまで低減したことを証明する。具体的には、3人の患者から成るコホートを、少なくとも30日間にわたる1日あたり約9グラムのD2-LAエチルエステルから成る第一の投薬成分(プライマー用量)から成る投薬レジメンに置き、次に、3人の患者すべてを、5グラムのD2-LAエチルエステルから成る第二の投薬成分(維持用量)に移行した。
【0216】
患者それぞれの機能を、ALSFRS-Rプロトコールを使用して定期的に評価した。患者は、6カ月(患者A)又は1年(患者B)又は9カ月(患者C)の期間にわたり投薬レジメンを続けた。患者Cは9カ月の終了時点で亡くなったが、彼の死亡はALS心筋障害以外の要因が原因であると考えられた。治療法の開始前に、コホート内のそれぞれの患者の自然歴を測定し、そして、機能低下の平均年率は21と計測された。
【0217】
投薬開始時点で始め、そして投薬レジメンの終了時に終わる3人の患者すべてに関する機能低下の平均年率によって計測され、次に、先に記載したように年換算した、年換算した疾患進行は、2.1と計測された。先に記載した式を使用して、当業者は次の:
(21-2.1)/21×100= 90%の年平均の疾患進行速度の減速、
を得た。
【0218】
コホートの3人のメンバーそれぞれの具体的な値は、表3内の以下のとおりである:
【表3】
【0219】
これらの結果は、本願発明による投薬レジメンを使用した疾患進行における非常に有意な減速率を実証した。これらの結果はまた、プライマー用量から維持用量に移行した患者が、再び減速の有益な安定化も維持し、投薬は変更されるので、以前患者に投与された蓄積D2-LAは、デポー剤として作用することを示唆した。
【0220】
比較すると、約1カ月にわたり1日あたり9グラムのD2-LAと、それに続く、1日あたり5グラムのD2-LAを用いて治療した患者は、その後、疾患進行速度の90%の減速を証明した。これを46%の機能喪失の減速率と比較し、そして、中和されていない酸化生成物の量が、実施例2と比較して、この実施例で有意に少ないことが証明された。これは、本明細書に記載した投薬レジメンが患者に、疾患進行速度の減速における顕著な利益を提供することを立証する。
【0221】
上記の実施例の結果は、13,13-D2-AAの濃度が、前記濃度は存在するアラキドン酸の総量に基づいて、赤血球内で約12%に達するとき、そのときに、患者の機能喪失速度はほぼゼロまで減速することが実証された。
実施例4‐Erastinの存在下でのマウス線維芽細胞の生存
【0222】
この実施例を、脂質過酸化媒介細胞死からのマウス線維芽細胞の保護における、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸と比較した、13,13-D2-アラキドン酸の相対防御活性を計測するために設計した。この実施例では、異なった2つの細胞プールを、それぞれ48ウェルプレート内に播種し、50マイクロモルのerastinで処理した。細胞を、13,13-D2-アラキドン酸又は7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸のいずれかと共にインキュベートした。
【0223】
その後、細胞生存率を、平板希釈アッセイによって計測して、ペトリ皿上で生き残っている細胞と死滅した細胞を見分けた。結果は、以下のとおりである:
【表4】
【0224】
これらの結果は、7,7,10,10,13,13-D6-アラキドン酸が、13,13-D2-アラキドン酸と比較して、約2倍のレベルのLPO誘発細胞死に対する保護を提供することを証明した。
実施例に基づく投薬
【0225】
AAに生物変換されるLAの量は、消費されるLAの約5%~約30%の範囲内にあると考えられる。正確な変換比は、例えば、消費されるPUFAの量、フィードバックループと組み合わせた体内に存在するAAの量、酵素ステップを制限するあらゆる速度、及び患者の基本的な代謝、などの要因に依存する。そのため、2グラムのD2-LAが上記の比較実施例Aのとおり赤血球内の約3.0パーセント(治療レベル)のD-2AAを首尾よく達成し、かつ、15%のD2-LA(5~30パーセントの約半分)がD2-AAに変換された場合、そのときには、当業者は、以下のとおり推論した:
A. 15%の変換率にて、2グラムのD2-LAが、生物変換によって約0.3グラムのD2-AAを生成するであろう。
B. 30%の変換率にて、2グラムのD2-LAが、生物変換によって約0.6グラムのD2-AAを生成するであろう。
【0226】
より一層更には、実施例4は、D6-AAがD2-AAよりも約2倍超活性であることを例示する。そのため、D6-AAを使用したとき、当業者は、D2-AAの半分よりわずかに少ないくらいの量しか必要としないと推論する。そのため、下限にて、0.3グラムのD2-AAが約0.15グラム又は恐らくそれ以下のD6-AAに変換されるであろう。D4-AAの負荷用量に関して、それはD2-AAのそれとD6-AAとの中間になる。
【0227】
より一層更には、有意に減速された機能喪失速度に関する実施例3の利益を達成するために、D2-LAの1日あたり9グラムの用量が必要とされるであろう。15%の変換率にて、そういったものは、1日あたり1.45グラムのD2-AAに変換されるであろう。D6-AAに関しては、50%の低下は1日あたり約0.75グラムを提供するであろう。
【0228】
上記の要因が考慮された状態で、実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの負荷用量は、1日あたり約0.01グラム~約2グラムの範囲に及ぶと予想される。好ましい実施形態において、投薬は、1日あたり約0.05グラム~約1.5グラムである。実施形態において、負荷用量は、1日あたり約0.10グラム~約1.5グラムである。実施形態において、負荷用量は、1日あたり約0.10グラム~約1.25グラムである。実施形態において、負荷用量は、1日あたり約0.10グラム~約1グラムである。実施形態において、負荷用量は、1日あたり約0.10グラム~約0.5グラムであり、約0.1~約1.5グラムの重水素化アラキドン酸の好ましい投薬範囲を伴う。他の好ましい範囲は、先に提供されている。
【0229】
実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の約65%未満を含む。いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、負荷用量の55%未満を含む。いくつかの実施形態において、重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグの維持用量は、身体から排出される重水素化アラキドン酸の量を置換するのに十分な重水素化アラキドン酸又はそのプロドラッグになるように調整される。
実施例5‐INAD患者に関する自然歴
【0230】
この実施例では、INADに罹患している37人の患者(幼児)の自然歴を調べるが、ここで、すべて患者を、少なくとも1年間、そして最長2年間観察した。疾患に適切であり、かつ、脳の異なった部分での生命機能を計測する新規又は従来の発展的神経学的評価スケールを、ベースライン及び6カ月の間隔にて適用し、そして、あらゆる誤嚥性肺炎、入院加療、及び死亡を含め、幼児の健康と精神衛生を1~2年間にわたり継続的に評価した
【0231】
この実施例では、37人の幼児すべてが、PLA2G6ホモ接合又は混合性ヘテロ接合酵素欠損症を保有することが遺伝的に確認されている。この観察の結果は、以下のとおり:
13例の重篤な事象、そのうち10例が肺炎につながる誤嚥であった(8例が致命的な結果及び2例が非致命的な結果);及び
3例が他のINAD原因による追加の死亡、
であった。
【0232】
誤嚥性肺炎に関して、これらは、幼児における生命維持に必要な機能の喪失に起因する嚥下のための能力低下と考えられる。彼らが誤嚥性肺炎を発症する前の数カ月のうちに、これらの罹患者の医療記録には、延髄機能障害の増大、、嚥下困難性の増大、食事、飲み込み又は唾液の嚥下のときの呼吸及び彼らの気道の完全性の維持、が留意されている。
【0233】
遺伝的に確認されたPLA2G6ホモ接合又は混合性ヘテロ接合酵素欠損症を患っている37人のINAD対象の最短1年、そして最長2年間の自然歴調査において、あわせて、11人が亡くなった。
実施例6‐INAD患者の非盲検治療調査
【0234】
非盲検治療調査では、少なくとも1年間、そして最長2.5年間にわたりD2-LAで19人の幼児を治療した。この薬物の一部が、D2-AAに生物変換され、そしてD2-AAのプロドラッグとして機能する。周知のとおり、ニューロンの主たるPUFAはAAであり、そして、D2-AAのインビボ生成は、膜内のAAの一部を徐々に置換する。
【0235】
評価したとき、この調査の結果は、たった4例の重篤な事象、2例の非致死的な肺炎、及び他の原因による2例の死亡を証明した。2.5年間にわたるRT001を用いた治療を受けた19人の対象において、誤嚥性肺炎による死亡はなかった。表6では、実施例1で提供された結果をこの実施例の結果と比較する。
【表5】
【0236】
生存全般におけるこの衝撃的な改善と重篤な致死的事象からの開放は、保存された延髄機能などの生命機能における改善を反映しており、自然歴調査における同じ測定における低下に対して、これらの測定における初年度にわたる治療により観察されたX倍の改善があった。
【0237】
要するに、このデータは、治療を受けていない患者と比較して、D2-AAが、治療を受けている患者の生命維持に必要な機能を保護し、その結果、治療を受けている患者におけるニューロン生存と自然歴におけるニューロン死を証明したことを支持している。INADにおけるニューロン死は15-HpETE-PEの蓄積によって生成される死滅シグナルに関連するので、これらの結果は、D2-AAが生成された斯かる死滅シグナルに対して保護的であることを示している。
実施例7‐INAD治療患者におけるD2-AAの濃度
【0238】
この実施例では、15人の幼児において6カ月の時点でのD2-AAの平均血漿レベルを計測し、17.4%であると決定した。斯かる濃度は、RBC内の類似の濃度に相関する。実施例1と同様に、斯かる濃度は、生命維持に必要な機能の残存に相関する。
【国際調査報告】