(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-09-18
(54)【発明の名称】溶体化焼鈍調質における改善された成形性を有する非常に高強度の銅-チタン合金
(51)【国際特許分類】
C22C 9/00 20060101AFI20240910BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240910BHJP
C22F 1/08 20060101ALN20240910BHJP
【FI】
C22C9/00
C22F1/00 602
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 631A
C22F1/00 631Z
C22F1/00 681
C22F1/00 683
C22F1/00 691B
C22F1/00 685Z
C22F1/08 Q
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024509139
(86)(22)【出願日】2022-08-16
(85)【翻訳文提出日】2024-02-14
(86)【国際出願番号】 IB2022057654
(87)【国際公開番号】W WO2023021418
(87)【国際公開日】2023-02-23
(32)【優先日】2021-08-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】524058976
【氏名又は名称】エルエヌ アンデュストリー ソシエテ アノニム
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100123766
【氏名又は名称】松田 七重
(74)【代理人】
【識別番号】100179925
【氏名又は名称】上出 真紀
(72)【発明者】
【氏名】ルクセル バティスト
(57)【要約】
本発明による銅-チタン合金は、少なくとも90質量%の銅、5~7質量%のチタン及び0.25~0.5質量%の鉄を含む。本銅-チタン合金は、溶体化焼鈍調質時に優れた延性、及び時効処理後に高い降伏強度を有する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも90質量%の銅、5~7質量%のチタン及び0.25~0.5質量%の鉄を含む、銅-チタン合金。
【請求項2】
チタンの含有率が、少なくとも5.2質量%である、請求項1に記載の銅-チタン合金。
【請求項3】
チタンの含有率が、少なくとも5.5質量%である、請求項1に記載の銅-チタン合金。
【請求項4】
チタンの含有率が、少なくとも6質量%である、請求項1に記載の銅-チタン合金。
【請求項5】
チタンの含有率が、最大でも6.5質量%である、請求項1~4のいずれかに記載の銅-チタン合金。
【請求項6】
鉄の含有率が、最大でも0.4質量%である、請求項1~5のいずれかに記載の銅-チタン合金。
【請求項7】
鉄の含有率が、最大でも0.35質量%である、請求項1~5のいずれかに記載の銅-チタン合金。
【請求項8】
銅、チタン、鉄及び回避不能な不純物しか含まない、請求項1~7のいずれかに記載の銅-チタン合金。
【請求項9】
アルミニウムを1.4質量%以下の含有率でさらに含む、請求項1~7のいずれかに記載の銅-チタン合金。
【請求項10】
0.1~1.4質量%のアルミニウムをさらに含む、請求項1~7のいずれかに記載の銅-チタン合金。
【請求項11】
アルミニウムを0.1~0.7%、好ましくは0.1~0.6質量%の含有率でさらに含む、請求項1~7のいずれかに記載の銅-チタン合金。
【請求項12】
銅、チタン、鉄、アルミニウム及び回避不能な不純物しか含まない、請求項9~11のいずれかに記載の銅-チタン合金。
【請求項13】
銀を含まない、又は銀を0.08質量%以下、好ましくは0.07質量%、好ましくは0.06質量%の含有率で含む、請求項1~7及び9~11のいずれかに記載の銅-チタン合金。
【請求項14】
ブルドン管を製造するための、請求項1~13のいずれかに記載の銅-チタン合金の使用。
【請求項15】
時計の部品を製造するための、請求項1~13のいずれかに記載の銅-チタン合金の使用。
【請求項16】
少なくとも840℃の温度において行われる加熱処理を含む、溶体化焼鈍工程、次いで、焼き入れする工程を含む、請求項1~13のいずれかに記載の銅-チタン合金を製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅-ベリリウム(Cu-Be)合金の代用物として使用することができる銅合金に関する。
【背景技術】
【0002】
Cu-Be合金は、多数の用途に幅広く使用されており、この合金は、その高い導電性と非常に良好な機械特性との組合せが特に評価されている。それらは、調質度(溶体化焼鈍(SA)調質度)と極めて高い延性を併せ持ち、極めて高い成形性(40%を超える伸び)、及び極めて高い機械耐性(1GaP超)を伴う別の調質(時効硬化(AH)調質)を可能にする。それにもかかわらず、Beは非常に有毒であり、この元素を使用した合金は徐々に禁止されているため、Cu-Be合金は消えゆく運命にある。
銅-チタン(Cu-Ti)合金は、Cu-Beに対する良好な代用合金となる。Cu-Be合金と同様に、Cu-Ti合金は、時効硬化可能な合金である、すなわち、ある特定の条件下、面心立方格子を有する銅固相中に、合金元素であるTiを溶解させることが可能である。溶体化焼鈍調質(SA)と多くの場合称されるこの調質において、物質は、通常、最大の成形性をもたらす。Cu-Ti合金が、中程度の温度、通常、300℃~550℃の間において時効処理される場合、Tiは、合金の強度をかなり増大させる、微細かつ一様に分散したα-Cu4Ti正方晶ナノ準安定相(20~200nmの大きさ)に析出する。合金が、温度で一層長く維持されると、文献において、β-Cu4Ti又はCu3Tiと称されるより大きな直交安定相が、結晶粒界にセルとして形成し、合金の機械特性に有害である。この現象は、「過時効」と呼ばれる。
【0003】
現行の開発の大部分は、電子用途の場合、Cu3Tiの形成を妨げること、及び/又はCu-Ti合金の導電性を高めることを目的としている。これらの難題のいずれかを解決するために、Tiの含有率は、4質量%未満に維持されることが多い。
米国特許出願第2004/0136861号は、コネクタ材料に使用するための銅合金であって、優れた曲げ性を有し、Cu3Tiの析出から保護されることを目的とした銅合金を開示している。この銅合金は、Tiを2~4質量%、第3の元素群としてFe、Co、Ni、Cr、V、Zr、B及びPから選択される少なくとも1種の元素を0.01~0.5質量%含有し、第3の元素群の総含有量の50%以上が、第2の相粒子として存在する。
本発明は、良好な導電性ではなく、高い機械耐性のみを必要とするCu-Beのあらゆる用途に着目する。これにより、通常は、導電性に悪影響を及ぼす、Tiを多量に添加することが可能となる。合金中にTiを多量(4質量%超)に添加すると、Cu-Ti合金は、Cu-Beに匹敵する降伏強度を示すが、溶体化焼鈍を終わらせる水焼き入れの間に、固溶体中にTiを維持することが困難なので、溶体化焼鈍調質において延性が低くなることが知られている。例えば、S.Nagarjunaらは、Tiの量を増加する効果に関する検討において、5.4質量%のTiを含有するCu-Ti合金の場合、わずか23%の伸びを得た(論文“On the variation of mechanical properties with solute content in Cu-Ti alloys”, S. Nagarjuna et al., Materials Science and Engineering A259 (1999) 34-42を参照されたい)。
【0004】
米国特許第4,599,119号は、2~6質量%、好ましくは3~5質量%のチタンを含有し、25μm以下、好ましくは3~15μmの間の平均結晶粒サイズを有する、時効硬化銅-チタン合金を開示している。この合金は、銅及びチタンの他に、鉄、ジルコニウム、クロム、ホウ素及びケイ素の中から少なくとも1種の元素を、総量で2質量%を超えずに含有してもよい。この明細書では、小さな結晶粒サイズは、等方性、成形性、疲労強度、伸び及び降伏強度などの、Cu-Tiの機械特性を改善すると考えられる。小さな結晶粒サイズは、二次相として記載される球体析出物を形成させるために中程度の温度での事前焼鈍を含めた、適切な加熱処理により得られる。鉄、ジルコニウム、クロム、ホウ素又はケイ素の使用の可能性に関する特定の効果は、明記されていない。この特許は、多量のチタン(4%超え)によって引き起こされる、合金の延性に対する問題を対処するものではない。
【0005】
米国特許第2,783,143号は、時効硬化調質における強度及び延性が改善された時効硬化可能な銅ベースの合金を開示している。この合金は、1~10%のチタン、0.1~1.6%のコバルト、0.05~0.8%のクロム、0.04~0.62%のニッケル、0.04~0.60%の鉄、0.02~0.28%のモリブデン及び0.005~0.08%のマンガンを含有する。好ましくは、この合金は、2~6%のチタン、0.2~0.8%のコバルト、0.1~0.4%のクロム、0.08~0.31%のニッケル、0.075~0.3%の鉄、0.035~0.14%のモリブデン及び0.01~0.04%のマンガンを含有する。明記されていないが、表示されている百分率は、原子百分率と思われる。示されている例では、チタンの含有率は4%であり、これは約3質量%に相当する。この特許は、時効硬化調質における延性に着目しており、時効硬化前の、すなわち、最大の成形性を実現することを目的とする溶体化焼鈍調質における延性に言及していない。さらに、この特許は、多量のチタン(4質量%超)によって合金の延性に引き起こされる問題を対処するものではない。
【0006】
国際特許出願第WO2021/143257号は、防爆機器のためのチタン青銅合金を開示している。この合金は、5~7質量%のチタン、0.8~1.5質量%のアルミニウム、0.1~0.3質量%の銀、0.2~0.4質量%の鉄、0.03~0.08質量%の希土類元素を含み、残りは銅である。この明細書は、溶体化焼鈍調質における延性には言及していない。さらに、提案されている合金は、銀が存在するので高価である。
日本特許出願第JP2021/050393号は、ベイパーチャンバのためのチタン銅合金プレートを開示している。一例によれば、この合金は、4.8質量%のチタン及び0.2質量%の鉄を含む。5.2質量%のチタン、及び0.2質量%の鉄を含む比較例が、言及されている。この明細書中の合金は、溶体化焼鈍調質における最適延性を有さない。
【発明の概要】
【0007】
本発明の目的は、溶体化焼鈍調質における優れた延性と時効処理後に高い降伏強度の両方を有することができる、銅-チタン合金を提供することである。
この目的のため、少なくとも90質量%の銅、5~7質量%のチタン及び0.25~0.5質量%の鉄を含む、銅-チタン合金が提供される。
チタンの含有率は、好ましくは、少なくとも5.2質量%、好ましくは少なくとも5.5質量%、好ましくは、少なくとも6質量%であり、好ましくは最大でも6.5質量%である。
鉄の含有率は、好ましくは最大でも0.4質量%、及び好ましくは最大でも0.35質量%である。
銅-チタン合金は、1.4質量%以下の含有率、好ましくは0.1~1.4質量%の含有率、好ましくは0.1~0.7質量%の含有率、好ましくは0.1~0.6質量%の含有率のアルミニウムをさらに含んでもよい。
【0008】
好ましくは、銅-チタン合金は、銀を全く又はほとんど含まない、すなわち、合金中の銀の含有率は、最大でも0.08質量%、好ましくは最大でも0.07質量%、好ましくは、最大でも0.06質量%である。
本発明は、成形性の改善された上で定義した銅-チタン合金を製造する方法であって、少なくとも840℃の温度において行われる加熱処理を含む、溶体化焼鈍工程、次いで、焼き入れ(急速冷却)する工程を含む、方法をさらに提供する。
【0009】
本発明の他の特徴及び利点は、添付の図面を参照しながら以下の詳細説明を一読すると明らかになろう。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】時効(時効硬化調質)後の降伏応力(0.2%のオフセット)の関数としての、時効前の伸び(溶体化焼鈍(SA)調質時)を示すグラフである。Cu-XTi-0.3Fe合金(公称値Xは、3、5又は6に等しい)のデータが、様々な調質における、工業的CuBe-C17200合金及びC72900合金の市販データと重ね合わされている。
【
図2】溶体化焼鈍調質に起因する、450℃での時効にわたる、合金Cu-6Ti及びCu-6Ti-0.3Feのビッカース硬度の発生を示すグラフである。
【
図3】時効硬化(AH)調質における妥当な延性を維持する最大強度を実現することを目的とする、溶体化焼鈍(SA)調質、及び所定のピーク時効条件(450℃で2時間)における、合金Cu-6Ti及びCu-6Ti-0.3Feの応力-歪み工学引張曲線を示すグラフである。
【
図4】溶体化焼鈍(SA)調質及び時効硬化(AH)調質(450℃で2時間)時における、合金中のTi含有率に伴う降伏応力の発生を示すグラフである。
【
図5】溶体化焼鈍(SA)調質及び時効硬化(AH)調質(450℃で2時間)時における、合金中のTi含有率に伴う破壊時の伸びの発生を示すグラフである。
【
図6】
図6(a)は、化学電解研磨後の溶体化焼鈍(SA)調質時における、Cu-6Tiの走査型電子顕微鏡(SEM)写真であり、この場合、析出物が続いて露出されて、二次電子検出器により目視可能となる。硬度は、320Hvにおいて測定した。
図6(b)は、化学電解研磨後の溶体化焼鈍(SA)調質時における、Cu-6Ti-0.3Feの走査型電子顕微鏡(SEM)写真であり、この場合、析出物が続いて露出されて、二次電子検出器により目視可能となる。硬度は、160Hvにおいて測定した。
【
図7】溶体化焼鈍(SA)調質時における、合金(a)Cu-6Ti及び(b)Cu-6Ti-0.3Feの晶帯軸B=(100)に沿って撮られた透過型電子顕微鏡法(TEM)であり、(c)及び(d)が、対応する回折パターンである。
【
図8】溶体化焼鈍調質における、Cu-6Ti(上部曲線、T6)及びCu-6Ti-0.3Fe(下部曲線、T7)のX線回折(XRD)を示す図である。右上の枠I、II、IIIは、スペクトル中の3つの関連する拡大図である。
【
図9】Cuの面<100>の回折に対応する角度2θにおいて拡大した、溶体化焼鈍調質における3種の異なる合金(Cu-6Ti-0.1Fe;Cu-6Ti-0.3Fe;Cu-6Ti-0.7Fe)のX線回折(XRD)を示す図である。
【
図10】溶体化焼鈍調質時における、合金Cu-6Ti-0.3Fe及びCu-6Ti-0.7Feの走査型電子顕微鏡写真(SEM)である。
【
図11】溶体化焼鈍調質時及び時効硬化調質時における、3種の合金(Cu-6Ti-0.3Fe;Cu-6Ti-0.3Fe-0.2Ag;Cu-6Ti-0.3Fe-1.2Al)の硬度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
銅-チタン合金は、前世紀に検討されてきた。銅-チタン合金は、以下の順序を実施することによって、慣用的に製造される。
a)鋳造:合金の元素を液相中、高温で混合する。誘導炉が好ましくは使用される。温度は、液相温度(これは、約1000℃である)、好ましくは1200℃~1300℃の間にわたり、少なくとも1分間、保持される。合金は、溶融物の一層迅速な冷却及び一層良好な均一性を保証するため、鋳型中で好ましくは鋳造される。Cu-Ti合金に応じて、特定の順序で、及び/又はマスター合金から元素を導入するための戦略が使用され得る。
b)均一化:デンドライトに沿った固化プロセスの間に分離するTiを均一化するために、均一化加熱処理が必要である。均一化は、880℃~950℃の間(固相線温度下)に行われなければならず、鋳造物のサイズに応じて、1時間~48時間の間、続き得る。物質は、次に、比較的ゆっくりと冷却され、好ましくは、過度な酸化を回避するため、中性雰囲気下、比較的ゆっくりと冷却される。
c)形成(好ましいが、任意選択である):750℃~900℃の間の熱間変形及び/又は冷間変形が行われ、所与の用途向けの小片の最終形状に到達させることができる。熱間変形は、より小さな粒子を有するマイクロ構造体の均一性を増大させて、大きな変形を可能にする一方、冷間変形は、幾何形状の一層優れた制御をもたらす。
d)溶体化焼鈍(SA):合金は、固相中にチタンを溶解させて、固溶体を形成させるために、ある特定の時間の間、高温に加熱及び維持される。次に、この合金を水焼き入れによって、急速に冷却し、マイクロ構造体を冷やす。水焼き入れ後の合金の調質は、「溶体化焼鈍調質」又は「SA調質」と呼ばれる。
e)時効又は「時効硬化」:時効は、通常、事前冷却作業に応じて、300℃~550℃の間を含む温度において行われ、チタンを析出させて、最大降伏応力を得る。時効後の合金の調質は、「時効硬化調質」又は「AH調質」と呼ばれる。
【0012】
溶体化焼鈍の終了時に、合金は軟質であり、したがって、その最終形状を取るよう容易に変形させることができる。合金は、時効工程の終了時に、より高い降伏強度を有するが、降伏強度は、Tiの含有率に依存する。Tiの含有率が最大で7質量%増加すると、時効硬化調質における合金の強度が高まることが示されている。しかし、合金中にTiが4質量%超で含まれる場合、水焼き入れ後の固溶体中のTiを維持することは不可能であることが次に観察された。これは、TEM(透過型電子顕微鏡)において観察される波様マイクロ構造体をもたらす。この観察の背後にある機構は議論の対象となっているが、早期段階での析出に常に関連しており、強度の大きな向上及び延性の低下をもたらす。この挙動は問題であり、なぜなら、時効硬化調質(850MPa超)時に高強度、及び溶体化焼鈍調質時に高い成形性(30%超の伸び)を有する、二元系Cu-Ti合金を生成することが不可能になるからである。
【0013】
本発明は、高い含有率のTi(5~7質量%、好ましくは5.2~7質量%、好ましくは5.5~7質量%、好ましくは5.5~6.5質量%)と組み合わせて、Fe(0.25~0.5質量%、好ましくは0.25~0.4質量%、好ましくは0.25~0.35質量%)の少量添加により、このような早期段階での析出の抑制、及び固溶体中へのチタンの維持をもたらすという観察に基づいている。これによって、溶体化焼鈍調質における合金の伸びが2倍になり、次に、40%超、さらには50%超の塑性変形(伸び)に到達すると同時に、時効硬化調質における合金の降伏強度(900~1000MPa超)を維持、又はこれより向上することさえ可能となる。より高く、かつより等方性の機械特性を達成するには、粒子サイズは、30μm未満であることが好ましい。
【0014】
本発明の合金中のCuの含有率は、少なくとも90質量%である。Cu、Ti及びFe(及び回避不能な不純物)しか合金中に存在しないときだけ、優れた結果が得られる。Co、Zr、Si、P、Ni、Sn、Zn、Pb、Mn、Mg、As、Sb及びCrなどの1種又は複数の他の元素の添加は、本発明では除外されないが、このような元素を添加しても、溶体化焼鈍調質における延性及び時効硬化調質における降伏強度に関する改善は観察されない。Cu-Ti-Feに関する結果の悪化は、添加元素、例えばCoがFeと反応する場合でさえも起こる恐れがある。本発明における技術的効果は、高い含有率(5~7質量%)のTiと組み合わされた、Feの作用に実際に依存する。具体的には、Tiのこのような高い範囲では、Feのわずかな添加により、合金の延性が著しく向上する。上記の他の元素とは異なり、Feは、Tiの析出及び延性に対して特別な効果を有する。その役割は、固溶体中、又は新しいナノ析出物の形成によるものであるが、US2004/0136861に記載されている二次相の形成によるものではないと予期される。
本発明において、チタンの含有率が高いことを前提とすると、溶体化焼鈍(上記の工程d))の溶体化加熱処理は、少なくとも840℃、好ましくは少なくとも850℃、好ましくは少なくとも880℃の温度で行われる。
【実施例】
【0015】
詳細な試験結果を、添付の図面を参照しながらこれより説明する。これらの結果の基礎となるCu-Ti-Fe合金は、以下の通りに製造された。様々なモデル合金T1、T2、T3、T4、T6及びT7を、高純度の銅金属、鉄及びチタンスポンジから鋳造した。約500gの金属を秤量して、アルゴンガス下、密封した誘導炉中で溶融した。1250℃で5分間、この温度を保持した後、合金をグラファイト製るつぼに注ぎ入れて、150x50x11mmのインゴットを形成した。得られた化学組成物を、誘導結合プラズマ原子発光分析(ICP-AES)によって、各インゴットの中央部で分析し、以下の表に質量百分率で示す。
【0016】
【0017】
「<0.01」という表示は、合金中の対応する元素の存在は測定可能ではないことを意味する。合金T1~T7におけるSiは、不純物である。同様に、合金T2中のPは、不純物である。各合金に対するTiの量に、加工熱処理を適応した。良好な動的再結晶化及び小さな等軸粒を確保するため、インゴットを均一にして、固化化学分離を排除し、次に、空気下、850℃において、連続して3回の通過で、熱間圧延(HR)して、厚さ11mm~3.6mmのプレートへと小さくした。合金は、逐次、冷間圧延(CR)され、アルゴンのフラックスを用いた溶体化焼鈍、及び水焼き入れ(SA)を行った。これらの過程を多数の回数、繰り返し、0.5mmの厚さに到達させた。SA温度及びCRを調節して、60μm未満の粒子サイズに到達させた。一層優れた、より等方性の機械特性に到達させるためには、30μm未満の粒子サイズが好ましい。これらの試料は、以下におけるSA調質物と称される。試験体のいくつかを、Arガス下、2時間、450℃において時効処理し、AH(時効硬化)調質物と称される調質物を生成した。
【0018】
図1は、Cu-Be(C17200)、二元系Cu-Ti(鉄を含まない合金T1、T3及びT6)、及びCu-Be(C72900)の標準代用合金と比較した、Cu-6Ti-0.3Fe合金(合金T7)の主な利点を実証することを目的としたグラフを示す。Feの微量添加のため、Cu-Ti(-Fe)合金は、時効前の良好な成形性と時効後の非常に高い降伏強度を併せ持つ。
【0019】
より詳細には、
図1は、y軸における時効前の伸び(焼き入れ後;溶体化焼鈍調質)、すなわちこの調質における合金の成形性に関連する値を示し、x軸は、時効後の合金の降伏応力、すなわち作業条件におけるその耐性に関連する値を示す。このグラフは、作業条件下で複雑な形状及び高い機械特性を備える製品を製造するために、非常に高い成形性を必要とするマノメータのブルドン管などの、あらゆる用途に関係する。Cu-Be合金(グラフ中、正方形によって表されている)は、この二重挙動においてはるかに最高である。しかし、5質量%又は6質量%のTi含有率を有するCu-Ti合金(白丸)に、0.3質量%のFeを添加すると、Cu-Beの挙動に近づけることが可能となり、これは、黒色三角によってグラフ中に表示された市販のC72900合金よりもかなり近い。
図2は、450℃における時効時間の関数としての、Cu-6Ti(合金T6)及びCu-6Ti-0.3Fe(合金T7)の硬度の発生を示す。Cu-6Ti合金に0.3質量%のFeを添加すると、最初に、最大硬度330Hvから350Hvまで向上するが、とりわけ、450℃において、この硬度を安定化させることが観察され得る。これは、Feの微量添加は、文献では、結晶粒界における安定な相β-Cu
4Ti(又は、Cu
3Ti)の形成と常に関係付けられる、Cu-Ti合金における主な課題の1つである、過時効を制限することを示す。
【0020】
図3は、Cu-6Ti-0.3Fe(合金T7)は、溶体化焼鈍(SA)調質時には、Cu-6Ti(合金T6)よりも軟質であり、時効硬化(AH)調質時には、Cu-6Tiより硬いことを示している。この特性は、例えば、時計産業では、非常に高く評価され得る。溶体化焼鈍調質では、Cu-6Ti中にわずか0.3質量%のFeを添加することにより、伸びは2倍に向上し、降伏応力は、ほとんど2分の1になる。このようなこの上なく優れた効果は予期されなかった。それは、Feの微量添加によって可能になり得る、溶体化焼鈍調質におけるスピノーダル分解の非存在によって説明することができる。
Cu-6Ti-0.3Feはまた、時効硬化調質時の降伏強度と伸びとの間の非常に有利なバランスを示す。強度と成形性との間のこのようなバランスは、市販のCu-Be合金及び標準市販Cu-15Ni-8Sn代用品におけるバランスよりも優れている。市場における同等の市販合金とは異なり、時効硬化状態のCu-6Ti-0.3Feは、15%を超える伸びを伴う、1GPaを超える降伏応力に到達することができる。
【0021】
図4及び5はそれぞれ、上記の通りに処理した合金Cu-Ti及びCu-Ti-Fe(0.3質量%のFe)、並びに文献“On the variation of mechanical properties with solute content in Cu-Ti alloys”、S. Nagarjuna et al., Materials Science and Engineering A259 (1999) 34-42に開示されて、前記文献に記載されている通りに処理された、60μmの粒子サイズを有する二元系Cu-Ti合金に関する、溶体化焼鈍調質時及び時効硬化調質時の、合金中のTi含有率の関数としての、降伏応力及び破壊時の伸びの発生を示す。これらの図は、Fe微量添加という記載されている利益を顕著に観察するためには、高いTi含有率(5~7質量%)を含ませる必要があることを例示している。
Feの微量添加が有効な物理機構が、
図6及び7に例示されている。合金Cu-6Ti(合金T6)中のナノ析出物は、
図6(a)において、及び
図7(a)において、方向<200>に沿って非常に特異的な波様外観によって目視可能である。
図6(b)及び7(b)から、合金中のFeの微量添加は、このような早期析出を完全に抑制することを観察することができる。
【0022】
図8は、溶体化焼鈍調質における、Cu-6Ti(上部曲線、合金T6)及びCu-6Ti-0.3Fe(下部曲線、合金T7)のX線回折(XRD)を示す。
図8は、上で説明した機構の前提を裏付けるものである。スピノーダル分解と時として関連する早期段階での析出は、XRDにおけるサイドバンド効果を生じることが知られている。この効果は、
図8において、合金T6から得られた曲線に明確に目視可能である。合金T7から得られた曲線に関し、Cuに対応するピークは、スピノーダル分解がないために、かなり一層細い。この観察は、
図6及び
図7と良好に一致している。拡大
図Iは、二元系Cu-6Tiにおけるスピノーダル分解のために、Cuのピークが典型的な広域化をしていることを示している。このような広域化は、Cu-6Ti-0.3Feには存在せず、水焼き入れ中の析出の阻止における、Feの効果が明らかになる。
【0023】
スピノーダル分解を回避するため、Feの含有率を十分に高くすることが必要である。
図9は、溶体化焼鈍調質時における、3種の異なる合金(Cu-6Ti-0.1Fe;Cu-6Ti-0.3Fe(合金T7);Cu-6Ti-0.7Fe)に関するX線回折(XRD)結果を示している。回折ピークの両側に見ることができ、ショルダー効果として文献において知られているショルダーは、スピノーダル分解の存在の証拠である。本発明の1つの知見は、溶体化焼鈍調質時にこのスピノーダル分解を抑制して、合金の延性を維持するためにFeを加えることである。この結果は、スピノーダル分解は、Fe含有率が低すぎる(0.1質量%のFe)場合に出現するが、Fe含有率が一層高くなると(0.3質量%のFe)、消失することを示している。0.3質量%のFeは、このスピノーダル分解及び回折ピークにおける関連するショルダー効果を効率的に排除するための最適濃度であると思われる。
しかし、Feの含有率は、余りに高すぎてはならず、なぜなら、そうでない場合、合金の延性及び機械特性に負の影響を及ぼす、多量の望ましくないTiFe金属間化合物が形成するからである。このような多量の金属間化合物は、Cu-6Ti-0.7Feの場合、
図10において目視可能である。
【0024】
既に明記した通り、本発明による合金中に1種又は複数の元素の添加は除外されない。
図11は、合金中にAgもAlも含まない(左側のグラフ)、合金中に0.2質量%のAgを含む(中央のグラフ)、及び合金中に1.2質量%のAlを含む(右側のグラフ)、溶体化焼鈍調質及び時効硬化調質におけるCu-6Ti-0.3Feの硬度を示している。予想外なことに、Alは、溶体化焼鈍調質において合金を軟化させ、すなわち、時効硬化調質における硬度を低下させることなく、その調質において延性を改善する。しかし、Alの含有率は、Feとの金属間化合物の形成を回避するためには、十分に低くなければならない。好ましくは、アルミニウムは、合金中に、0.1~1.4質量%、好ましくは0.1~0.7質量%、好ましくは0.1~0.6質量%の含有率で存在する。Agに関すると、
図11のグラフは、合金の機械特性に陽性効果を及ぼさないことを示している(溶体化焼鈍調質における硬度は低下せず、時効硬化調質の硬度は向上しない)。Agが非常に高コストであることを考慮すると、本発明による合金は、好ましくは、Agを全く又はほとんど含まず、すなわち、合金中の銀の含有率は、最大でも0.08質量%、好ましくは最大でも0.07質量%、好ましくは、最大でも0.06質量%である。したがって、Cu、Ti、Fe及びAl(及び、回避不能な不純物)しか含まない合金は、特に有利であり得る。
【0025】
本発明による合金は、良好な機械特性を必要とし、良好な導電性が必要とされないあらゆる非常に高強度の合金用途、例えば、高圧マノメータのブルドン管、時計の部品(例えば、腕時計ケース、ギア、脱進機、天秤、ばね、シャフト、回転錘、プレート、ブリッジ、針、ダイヤル、ディスクなど)、特に航空機及び航空宇宙産業向けのボールローラーベアリング及びブッシング、並びにプラスチック押出成形用のダイにおいて、Cu-Be合金を置き換えることができる。
【国際調査報告】