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特表2024-535001肺高血圧症におけるレスキュー治療及び必要に応じた治療のための吸入イロプロスト
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-09-26
(54)【発明の名称】肺高血圧症におけるレスキュー治療及び必要に応じた治療のための吸入イロプロスト
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/5578 20060101AFI20240918BHJP
   A61P 9/12 20060101ALI20240918BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20240918BHJP
   A61K 9/12 20060101ALI20240918BHJP
   A61K 47/18 20170101ALI20240918BHJP
   A61K 47/10 20170101ALI20240918BHJP
   A61K 47/02 20060101ALI20240918BHJP
   A61K 47/04 20060101ALI20240918BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20240918BHJP
【FI】
A61K31/5578
A61P9/12
A61P11/00
A61K9/12
A61K47/18
A61K47/10
A61K47/02
A61K47/04
A61K45/00
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024515718
(86)(22)【出願日】2021-09-10
(85)【翻訳文提出日】2024-05-10
(86)【国際出願番号】 EP2021074903
(87)【国際公開番号】W WO2023036432
(87)【国際公開日】2023-03-16
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】508159123
【氏名又は名称】ユストゥス-リービッヒ-ウニヴェルジテート・ギーセン
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】ゼーガー ヴェルナー
(72)【発明者】
【氏名】ゲスラー トビアス
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C076AA24
4C076BB21
4C076CC11
4C076CC15
4C076DD22Z
4C076DD23
4C076DD37
4C076DD50
4C084AA19
4C084NA05
4C084ZC122
4C084ZC192
4C084ZC202
4C084ZC422
4C086AA01
4C086AA02
4C086DA02
4C086MA03
4C086MA05
4C086MA13
4C086MA56
4C086NA06
4C086NA10
4C086ZA42
4C086ZA59
(57)【要約】
肺高血圧症を治療するための方法が提供される。該方法は、対象に有効量のイロプロストをオンデマンド薬物療法又はレスキュー薬物療法(プロレナタ、PRNとも呼ばれる)として投与することを含み、ここで、イロプロストは、持ち運び可能なソフトミスト吸入器を用いて吸入によって患者に投与される。好ましい実施形態では、前記ソフトミスト吸入器はRespimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器である。肺高血圧症に罹患した患者を治療する方法であって、(a)有効量のイロプロストを送達するように適合された、持ち運び可能で事前に充填されたソフトミスト吸入器を用意することと、(b)前記患者に前記有効量のイロプロストを必要に応じて吸入によって投与することと、を含む、方法。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
肺高血圧症に罹患した患者を治療する方法であって、
(a)有効量のイロプロストを送達するように適合された、持ち運び可能な事前に充填されたソフトミスト吸入器を用意することと、
(b)前記患者に前記有効量のイロプロストを必要に応じて吸入によって投与することと、を含む、
方法。
【請求項2】
吸入イロプロストの前記有効量が1プロレナタ治療サイクルあたり0.4μg~5μgであり、前記ソフトミスト吸入器から1~10回の単回噴出、好ましくは1~4回の単回噴出により送達される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
肺循環における吸入イロプロスト作用の開始がPRN吸入完了後1分以内であり、肺選択性の維持に伴い体循環における重大な副作用が防止される、請求項1及び2に記載の方法。
【請求項4】
前記ソフトミスト吸入器がRespimat(商標)である、請求項1及び2に記載の方法。
【請求項5】
前記ソフトミスト吸入器Respimat(商標)が、イロプロストを20μg/ml~100μg/mlの濃度で含み、さらにトロメタモール、96%エタノール、塩化ナトリウム、塩酸(pH調整用)及び注射用水を含むイロプロスト溶液で充填されている、請求項1、2及び4に記載の方法。
【請求項6】
放出されたエアロゾルの量が10μl~25μlであり、Respimat(商標)を使用して1~10回の噴出で0.4μg~5μgの吸入イロプロストの送達を促進するものである、請求項1、2、4及び5に記載の方法。
【請求項7】
前記ソフトミスト吸入器がMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器である、請求項1及び2に記載の方法。
【請求項8】
前記ソフトミストMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器が、イロプロストを20μg/ml~100μg/mlの濃度で含み、さらにトロメタモール、96%エタノール、塩化ナトリウム、塩酸(pH調整用)及び注射用水を含むイロプロスト溶液で充填されている、請求項1、2及び7に記載の方法。
【請求項9】
放出されたエアロゾルの量が20μl~50μlであり、Medspray(商標)湿式エアロゾル吸入器を使用して1~5回の噴出で0.4μg~5μgの吸入イロプロストの送達を促進するものである、請求項1、2、7及び8に記載の方法。
【請求項10】
Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器の薬剤容器の容積が0.5~5ml、好ましくは0.5~2ml又は0.5~1mlであり、前記薬剤容器は、したがって、吸入イロプロストの承認された1日最大用量である45μgの0.2~11倍、優先的には2~5倍又は2~4倍を含む、請求項4及び7に記載の方法。
【請求項11】
前記ソフトミスト吸入器から生成されたエアロゾルが、肺の末梢への沈着に適している、すなわち、エアロゾルの体積中央径(VMD)又は空気動力学的中央粒子径(MMAD)が1~6μm、好ましくは2~5.5μmの範囲にあり、幾何標準偏差(GSD)が1.2~2、好ましくは1.2~1.8の範囲にある、請求項1、4及び7に記載の方法。
【請求項12】
前記ソフトミスト吸入器Respimat(商標)又はMedspray(商標)が使い捨てである、請求項1、4及び7に記載の方法。
【請求項13】
空の薬剤容器が交換され、前記ソフトミスト吸入器Respimat(商標)又はMedspray(商標)が、それらもまた交換されるまで、数回(好ましくは3~5回)再利用される、請求項1、4及び7に記載の方法。
【請求項14】
肺高血圧症に罹患した前記患者が、
(a)治療歴がない、
(b)支持療法を受けている、及び/又は、
(c)エンドセリン受容体拮抗薬群(例えば、アンブリセンタン、ボセンタン、マシテタン)、ホスホジエステラーゼ5型阻害剤及びグアニル酸シクラーゼ刺激剤群(例えば、シルデナフィル、タダラフィル、バルデナフィル又はリオシグアト)、プロスタサイクリン類似体及びプロスタサイクリン受容体アゴニスト群(例えば、ベラプロスト、エポプロステノール、イロプロスト、トレプロスニチル又はセレキシパグ)から選択される1つ以上の承認されたPHに特化した薬による慢性的な治療を受けている、及び/又は、
(d)血管リモデリングに対処する疾患修飾薬を、単独で又は(b)若しくは(c)による治療と組み合わせて受けている、
請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
[技術分野]
本発明は、イロプロストエアロゾル療法による患者の治療のための方法及び組成物に関する。
【0002】
[発明の背景]
イロプロストは、血管を拡張する、線維芽細胞の成長を阻害する、血小板凝集を減少させる、並びに抗炎症特性及び抗分裂促進特性を有する、ことが知られているプロスタサイクリン(PGI2又はエポプロステノールとも呼ばれる)の生物学的活性を担う合成プロスタサイクリン類似体である。IUPACによると、イロプロストの化学名は5-{(E)-(1S、5S、6R、7R)-7-ヒドロキシ-6[(E)-(3S、4RS)-3-ヒドロキシ-4-メチル-1-オクテン-6-イニル]-ビシクロ[3.3.0]オクタン-3-イリデン}ペンタン酸である。イロプロストは、肺(動脈)高血圧症、強皮症、レイノー現象及び特定のタイプの虚血の治療のために承認されている。イロプロストは、ガラスのアンプルに入った様々な濃度(10μg/ml~100μg/ml)の水溶液として入手でき、これはさらにトロメタモール、96%エタノール、塩化ナトリウム、塩酸(pH調整用)及び注射用水を含む。肺高血圧症治療用に、イロプロストはVentavis(商標)として10μg/ml(Ventavis-10)及び20μg/ml(Ventavis-20)の2つの濃度で市販されている。
【0003】
肺高血圧症(PH:Pulmonary Hypertention)は、25mmHgを超える平均肺動脈圧の上昇によって定義される、重大で生命を脅かす可能性がある疾患である。肺高血圧症の一般的な兆候及び症状には、息切れ(呼吸困難)、運動不耐症、疲労、めまい又は失神、胸部の圧迫又は痛み、浮腫形成、チアノーゼ、頻脈及び心臓の動悸が含まれる。肺高血圧症は現在、WHOによって次の5つの群に分類されている。第1群:肺動脈高血圧症(PAH:Pulmonary Arterial Hypertension)、第2群:左心疾患による肺高血圧症、第3群:肺疾患及び/又は低酸素症による肺高血圧症、第4群:肺動脈閉塞による肺高血圧症、第5群:不明なメカニズム及び/又は多因子メカニズムを伴う肺高血圧症、である。PHの病態生理学的背景の解読により、PH、特に第1群及び第4群に特化した薬物療法の開発が過去数十年にわたって促進されてきた。現在、肺血管調節の3つの主要なシグナル伝達経路に対処する、PHに特化したいくつかの薬物療法が利用可能である。それらは、プロスタサイクリン経路に対処するエポプロステノール(静脈内)、イロプロスト(吸入、静脈内)、トレプロスチニル(吸入、静脈内、皮下、経口)、ベラプロスト(経口)及びセレキシパグ(経口)であり、また、一酸化窒素経路に対処するシルデナフィル(経口)、タダラフィル(経口)、バルデナフィル(経口)及びリオシグアト(経口)であり、また、エンドセリン経路に対処するボセンタン(経口)、アンブリセンタン(経口)及びマシテンタン(経口)、である。これらの薬は主に血管拡張作用によるものであり、臨床症状を改善する、疾患の進行を遅くする、生存期間を延長する、など、P(A)Hの治療を大幅に改善してきた。しかし、このような進歩にも関わらず、この疾患を治癒させる方法は未だに存在していない。患者は、PHに特化した1つ以上の維持療法によって治療された場合でさえも、障碍性の症状に苦しんでいると報告することが多い。PHは引き続き患者の生活の質を著しく損い、彼らの社会生活及び職業生活への参加をたびたび妨げる。毎日の活動は煩わしく、日ごと及び時間ごとに運動能力に違いが生じ、患者によっては、運動の際又は薬物作用が小休止状態になった際に肺高血圧発作を経験する。これらの症状は、多くの場合、不安及び精神的健康上の問題を伴い、患者は1人でいることを避けたり、身体活動を避けたりする。
【0004】
吸入イロプロストは、単独療法として、又は、例えばボセンタン等の既存の肺(動脈)高血圧症に特化した薬物療法に追加するものとして、P(A)Hのエアロゾル療法のために多くの国で承認されており、運動能力及び症状を改善する。吸入イロプロスト(Ventavis(商標)、Bayer Vital GmbH、Actelion Pharmaceutical、Janssen)は2つの強度(Ventavis-10、Ventavis-20)で市販されており、Breelib(商標)ネブライザー、I-Neb(商標)AAD(商標)吸入システム又はVenta-Neb(商標)ネブライザーを使用して1日あたり6~9回投与される。Ventavis(商標)治療の目標用量は、ネブライザーのマウスピースへの送達としてイロプロスト2.5μg又は5μgであるが、これは患者の忍容性によって異なる。個々の必要性及び忍容性に応じて、1吸入セッションあたり2.5μg又は5gの用量が1日あたり6~9回投与される必要がある。Breelib(商標)は、手持ち式で、バッテリー駆動の、呼吸により作動する振動メッシュ吸入システムである。Ventavis-10(1mlアンプル)又はVentavis-20(1mlアンプル)が装置の薬剤チャンバーに充填されると、それぞれ2.5μg又は5μgのイロプロストがマウスピースに送達される。Breelib(商標)ネブライザーによる吸入セッションの持続時間は、吸入する患者の呼吸パターンに応じて約3分である。I-Neb(商標)AAD(商標)システムは、持ち運び可能な、手持ち式の振動メッシュ技術ネブライザーであり、呼吸パターンをモニタリングして2.5μg又は5μgの事前設定用量を送達するのに必要なエアロゾルパルス時間を決定する。この装置はVentavis-10又はVentavis-20(それぞれ1mlアンプル入り)の投与に使用でき、送達される量は制御ディスクと組み合わせた薬剤チャンバーによって制御される。Ventavis-10は日常的に使用され、ネブライザーのマウスピースに2.5μg又は5.0μgのイロプロストを、それぞれ3.2分以内又は6.5分以内に送達する。5μgの用量を維持し、Ventavis-10で吸入時間の延長を繰り返し経験した患者のみがVentavis-20へ切り替えるのに適していると考えられる。Venta-Neb(商標)は、光学信号及び音響信号によって吸入患者を誘導する持ち運び可能な超音波式バッテリー駆動ネブライザーである。Venta-Neb(商標)による各吸入セッションでは、Ventavis-10の2mlアンプル1本分の内容物がネブライザーの薬剤チャンバーに使用直前に移される。2つのプログラムを動作させることができ、プログラム1では25吸入サイクル以内に5μgのイロプロストを、プログラム2では10吸入サイクル以内に2.5μgのイロプロストをマウスピースに送達する。
【0005】
欧州公開医薬品審査報告書(EPAR:European Public Assessment Report)の製品情報に従うと、Ventavis(商標)の用法用量及び投与方法には、個々の必要性及び忍容性に応じた吸入イロプロストの投与が含まれる。したがって、US10,912,778B2特許(「肺高血圧症を治療するための方法」)のWeersらの主張に反して、必要に応じた(プロレナタ(PRN:pro re nata)とも呼ばれ、必要な状況が生じる、又はそのように指示される、を意味する)吸入イロプロストの使用は予見され、そのことは医薬品表示に指定されている。Ventavis(商標)に利用可能な吸入システム(Breelib(商標)、I-Neb(商標)AAD(商標)及びVenta-Neb(商標))を使用すると、Ventavis(商標)のPRN使用は理論的には可能であるが、煩雑である。PHに対するPRN投薬による薬物療法にはいくつかの要件がある。第一に、PRNで使用する薬の薬力学及び薬物動態は、投与後に薬の作用が迅速(数分以内)に発現することを可能にし、体循環において潜在的な副作用を回避するために肺選択性を提供する必要がある。第二に、薬の投与の方法及び仕方は、便利であり、かつ使用しやすく、持ち運び可能であり、かつ安全でなければならない。吸入イロプロストの場合、PRN使用に適した薬力学及び薬物動態は、広く、例えばGesslerら(Pulm Circ.2017、7(2):505-513、“The safety and pharmacokinetics of rapid Iloprost aerosol delivery via the BREELIB nebulizer in pulmonary arterial hypertension”)及びOlschewskiら(Chest2003;124(4):1294-1304、“Pharmacodynamics and pharmacokinetics of inhaled Iloprost,aerosolized by three different devices,in severe pulmonary hypertension”)に文書化されている。Ventavis(商標)のエアロゾル投与に推奨される3つのネブライザーは、持ち運び可能ではあるが、薬のPRN使用を容易にするものではない。各治療セッションでは、吸入の準備及び実行に多くの異なる手順が必要である。それは、ポケットに収まるサイズではない装置への別個のVentavis(商標)アンプルの搭載、装置の準備、Ventavis(商標)の1本のガラスアンプルの開封、装置の薬剤チャンバーへのピペット又は注射器による薬の移動、3分以上の吸入時間、残留薬の除去及び装置の洗浄、である。
【0006】
EP000002701683B1特許「エアロゾルボーラスとしてのイロプロスト投与」は、Ventavis(商標)エアロゾル療法用のBreelib(商標)ネブライザー開発の基礎を提供した。上記特許は、2分又はそれ以下の時間でイロプロストを送達できる振動メッシュネブライザーに焦点を当てている。ソフトミスト吸入器の使用が一般的な形で言及されているが、イロプロスト吸入療法にそのようなソフトミスト吸入器を使用する方法の詳細な説明は開示されていない。US10,912,778B2特許「肺高血圧症を治療するための方法」は、ホスホジエステラーゼ-5型阻害剤の吸入製剤に焦点を当てつつ、「肺高血圧症を治療する方法であって、それを必要とする対象に有効量の血管拡張剤を投与することを含む方法であり、前記血管拡張剤が、持ち運び可能な吸入を用いてプロレナタ吸入により投与される方法」を請求している。上記特許には、可能な血管拡張剤としてイロプロスト並びに可能な装置として様々なソフトミスト吸入器が言及されているが、イロプロストPRN療法にそのようなソフトミスト吸入器とともにイロプロストを使用する方法の詳細な説明は開示されていない。さらに、イロプロストのプロレナタ使用は、先行技術及び先行刊行物によってすでに予見され、開示されている(例えば、https://www.ema.europa.eu/en/medicines/human/EPAR/ventavisで入手可能な欧州公開医薬品審査報告書(EPAR)の製品情報を参照されたい)。
【0007】
これまでのところ、喘息やCOPDの治療選択肢とは対照的に、肺高血圧症に利用できる特定のPRN療法は存在していない。例えば、緩和薬物療法は喘息治療の必要不可欠なカテゴリーであり、喘息の悪化中や増悪時などの突発的症状に対し必要に応じた緩和又は運動誘発性喘息の短期予防のために、全ての喘息患者に提供される。喘息における特別なタイプのPRN療法は「MART」又は「SMART」療法とも呼ばれる維持及び緩和治療計画であり、患者は吸入コルチコステロイド-ホルモテロールを規則的な1日2回又は1日1回の維持療法として受け、症状の軽減のために同じ吸入器によって追加の用量を服用する。
【0008】
本発明の目的は、従来のイロプロストエアロゾル療法で知られている欠点及び弱点のうちの少なくとも1つを克服する、PRN療法として吸入可能なイロプロストを投与するための方法及び組成物を提供することである。
【0009】
[発明の概要]
本明細書では、持ち運び可能な、事前に充填されたソフトミスト吸入器による、必要に応じた、これはプロレナタとも呼ばれる、有効量のイロプロストの吸入によって肺高血圧症を治療する方法及び組成物が提供される。好ましい実施形態では、ソフトミスト吸入器はRespimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器である。
【0010】
吸入イロプロストは、肺(動脈)高血圧症を治療するために多くの国でVentavis(商標)として承認されている。このプロスタサイクリン類似体は、様々なネブライザーを用いて、1日6~9回、定期的に投与される。推奨されるネブライザーは吸入イロプロストのPRN使用を容易にはせず、その取り扱いは煩わしいものである。本発明は、治療歴のない患者又は定期的にPHに特化した1つ以上の薬で治療されている患者において、運動耐性及び日常生活の活動の改善を促進し、疾患の症状を軽減し、又は急性肺高血圧症発作を克服したりするために、必要に応じたPHの急性期治療用のPRN吸入イロプロストを提供する。好ましい実施形態では、PRNイロプロストは、持ち運び可能な、事前に充填されたソフトミスト吸入器Respimat(商標)又はMedspray(商標)で投与され、患者がいつでもどこでも最大5μgの有効用量のイロプロストを吸入できるようにする。
【0011】
さらなる態様及び実施形態は、以下の詳細な説明、実施例及び特許請求の範囲に基づいて明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、肺動脈高血圧症患者におけるイロプロスト2.5mg又は5μg吸入後の平均肺動脈圧(PAP:Pulmonary Arterial Pressure)を示す(0分:吸入前のベースライン);n=4;平均値±SEM;*p<0.05、マン-ホイットニー順位和検定。
図2図2は、肺動脈高血圧症患者におけるイロプロスト2.5mg又は5μg吸入後の肺血管抵抗(PVP:Pulmonary Vascular Resistance)を示す(0分:吸入前のベースライン);n=4;平均値±SEM;*p<0.05、マン-ホイットニー順位和検定。
図3図3は、肺動脈高血圧症患者におけるイロプロスト2.5mg又は5μg吸入後の平均全身動脈圧(SAP:Systemic Arterial Pressure)を示す(0分:吸入前のベースライン);n=4;平均値±SEM;ns:有意差なし、マン-ホイットニー順位和検定。
図4図4は、肺動脈高血圧症患者におけるイロプロスト2.5mg又は5μg吸入後の全身血管抵抗(SVR:Systemic Vascular Resistance)を示す(0分:吸入前のベースライン);n=4;平均値±SEM;ns:有意差なし、マン-ホイットニー順位和検定。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[発明の詳細な説明]
本発明は、肺高血圧症のプロレナタ(PRN、オンデマンド薬物療法又はレスキュー薬物療法、状況が発生する又はそのように指示があるということを意味する)療法として、充填済みで、持ち運び可能な、使いやすいソフトミスト吸入器によってイロプロストを投与するための方法及び組成物を提供する。
【0014】
イロプロストは、IUPACによる化学名5-{(E)-(1S、5S、6R、7R)-7-ヒドロキシ-6[(E)-(3S、4RS)-3-ヒドロキシ-4-メチル-1-オクテン-6-イニル]-ビシクロ[3.3.0]オクタン-3-イリデン}ペンタン酸としても知られる。イロプロスト溶液は、肺高血圧症のエアロゾル療法用にVentavis(商標)として市販されている。Ventavis(商標)溶液は、1又は2mlガラスアンプル中にイロプロストとともにトロメタモール、96%エタノール、塩化ナトリウム、塩酸(pH調整用)及び注射用水を含有する。現在、Ventavis(商標)は2つの強度で入手可能であり、10μg/mlイロプロスト(Ventavis-10)か20μg/mlイロプロスト(Ventavis-20)のいずれかを含有する。さらに、一部の国では、イロプロスト濃度が100μg/mlのイロプロスト水性製剤(Ilomedin(商標))が末梢動脈のいくつかの疾患の治療のために点滴で利用可能であり、これもトロメタモール、96%(v/v)エタノール、塩化ナトリウム、塩酸(1N)及び注射用水を賦形剤として含有する。
【0015】
Ventavis(商標)は、単独療法として、又は、例えばボセンタン等の肺(動脈)高血圧症(P(A)H)に特化した既存の薬物療法に追加するものとして、(P(A)H)のエアロゾル療法のために多くの国で承認されており、運動能力及び症状を改善する。Ventavis(商標)溶液はエアロゾル化され、様々なネブライザーによって吸入患者に送達される。最新の製品情報によると、吸入によるVentavis(商標)の使用に適した装置として、ネブライザーであるBreelib(商標)、I-Neb(商標)AAD(商標)吸入システム又はVenta-Neb(商標)が推奨されている。これらの装置は、吸入操作を実行するために複数の手順を必要とする典型的なネブライザーである。その手順は、1又は2mlのVentavis(商標)が入ったガラスアンプルの開封、ネブライザーの組み立て、ネブライザーの噴霧チャンバーへのピペット又は注射器によるVentavis(商標)溶液の移動:2.5又は5.0μgのイロプロスト名目用量のマウスピースへの送達のための少なくとも3分間の吸入、噴霧チャンバー内の残留溶液の除去及びネブライザーの様々なパーツの洗浄。原則として、推奨ネブライザーは主電源に関係なく使用できる。欧州公開医薬品審査報告書(EPAR)の製品情報で予見されているように、PRN使用は理論的には可能であるが、煩雑である。
【0016】
イロプロストエアロゾル療法にソフトミスト吸入器を使用することは、過去に何度か提案されてきた。しかし、イロプロストエアロゾル療法におけるそのような装置の使用についてのデータや具体的な方法は提供されていない。
【0017】
本発明の重要な特徴は、肺高血圧症のプロレナタ療法としてイロプロストを投与するためにソフトミスト吸入器(SMI:Soft Mist Inhaler)を選択することである。好ましい実施形態では、ソフトミスト吸入器はRespimat(商標)(Boehringer Ingelheim、Germany)であり、さらに好ましい実施形態では、ソフトミスト吸入器はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器(Medspray、The Netherlands)である。
【0018】
Respimat(商標)ソフトミスト吸入器は、低速かつ長い噴霧持続時間で、1回の呼吸で吸入可能なエアロゾルを生成する、手持ち式のポケットサイズの装置である。機械力を使用して非加圧の薬液を2チャンネルノズル(ユニブロック)に強制的に通すことにより、薬液が加速され、特定の角度で衝突する2つの収束ジェットに分割され、薬液が吸入可能な液滴に分解される。エアロゾル化処理のための機械的エネルギーは、装置の底部を180度回転させて、柔軟な薬液容器の周りのバネの張力を高めることによって提供される。患者が作動させると、バネからのエネルギーが解放され、液体製剤が入っている柔軟な容器に圧力がかかり、それによって定量の液体が2つのノズルから押し出され、吸入可能なエアロゾルに分散される。Respimat(商標)はすでに市販されており、例えばCOPDにおけるチオトロピウムのエアロゾル投与に利用可能である。
【0019】
Medspray(商標)湿式エアロゾル吸入器は、ウェハーステッパーリソグラフィー及びエッチング技術によって製造された微細加工されたノズルを含む、手持ち式の防腐剤を含まない非加圧定量装置である。エアロゾルはレイリー分裂の原理に従って生成され、機械的手段で一連のノズルを通して薬液を押し出すことによって液体が液滴に分散される。薬液は、機械ポンプシステムを備えた容器又はソフトミストノズルがすでに取り付けられた、予め充填されたガラス注射器に保管することができる。様々なノズルを使用して、気道の特定の部位を標的にすることができる。エアロゾル化処理のための機械的エネルギーは、例えば、患者によって負荷をかけられ、解放されるバネによって提供される。
【0020】
肺高血圧症のPRNイロプロストエアロゾル療法で使用するために、Respimat(商標)又はMedspray(商標)ソフトミスト吸入器の薬剤容器には、Ventavis-10若しくはVentavis-20、又は100μg/ml Ilomedin(商標)、若しくは100μg/ml Ilomedin(商標)を生理食塩水で希釈してイロプロスト薬剤濃度を10μg/ml~100μg/mlの範囲にしたものが予め充填されている。
【0021】
以下は、PAH及びその他の形態のPH患者に対するPRN療法として吸入イロプロストを独自に適用するためのソフトミスト吸入器の使用を詳細に記載し、説明する例の非網羅的なリストである。
【0022】
[実施例1]
Respimat(商標)及びVentavis-20
Respimat(商標)によるイロプロスト溶液の送達の実現可能性をインビトロ噴霧試験で評価した。プラセボを使用したRespimat(商標)及びVentavis-20を充填したRespimat(商標)の物理的エアロゾル特性及び出力を評価した。2つの異なる溶液の粒子サイズ分布を比較するために、レーザー光散乱(Sympatec(商標)、Clausthal-Zellerfeld、Germany)を使用して、エアロゾル液滴の空気動力学的中央粒子径(MMAD:Mass Median Aerodynamic Diameter)を決定した。測定(持続時間1秒、サンプリングレート50ミリ秒で5回行う)は、空気流を追加せず、マウスピースとレーザービーム間の距離を5cmとして実行した。データをMIEモードで分析し、噴霧された溶液の密度を単位密度と等しく設定したことにより、測定された体積平均径(VMD:Volume Median Diameter)は空気動力学的中央粒子径と等しくなった。微粒子画分(FPF:Fine Particle Fraction)は、総放出用量中のサイズが5.25μm未満の粒子の質量をエアロゾル粒子の総放出用量で割ったものとして定義した。幾何標準偏差(GSD:Geometric Standard Deviation)を、次の式に従ってレーザー回折値から計算した:
【0023】
【数1】
Respimat(商標)からの1回の噴出によって放出されるエアロゾルの量を評価するために、一連の40回の連続噴出の前後で装置の薬剤容器の重量を測定した。
【0024】
まず、プラセボを使用したRespimat(商標)のパラメーターを評価した。プラセボを使用したRespimat(商標)の実験の後、薬剤容器を注射器で完全に空にした。薬剤容器の重量を量り、3.0mlのVentavis-20を注射器で薬剤容器に充填した。次に、2回目の一連の実験を実行し、Ventavis-20を使用したRespimat(商標)のエアロゾルパラメーターを取得した。結果を次の表1にまとめる:
【0025】
【表1】
[実施例2]
Respimat(商標)及び100μg/ml Ilomedin(商標)
このインビトロ噴霧試験では、プラセボを使用したRespimat(商標)を100μg/ml Ilomedin(商標)を充填したRespimat(商標)と比較した。物理的エアロゾル特性及び出力を上記のように評価した(実施例1を参照)。プラセボを使用したRespimat(商標)の実験の後、薬剤容器を注射器で完全に空にした。薬剤容器の重量を量り、3.0mlの100μg/ml Ilomedin(商標)を注射器で薬剤容器に充填した。次に、2回目の一連の実験を実行し、100μg/ml Ilomedin(商標)を充填したRespimat(商標)のエアロゾルパラメーターを取得した。結果を次の表2にまとめる。
【0026】
【表2】
[実施例3]
Respimat(商標)及び50μg/ml Ilomedin(商標)
このインビトロ噴霧試験では、プラセボを使用したRespimat(商標)を50μg/ml Ilomedin(商標)を充填したRespimat(商標)と比較した。物理的エアロゾル特性及び出力を上記のように評価した(実施例1を参照)。プラセボを用いたRespimat(商標)の実験の後、薬剤容器を注射器で完全に空にした。薬剤容器の重量を量り、3.0mlの50μg/ml Ilomedin(商標)(100μg/ml Ilomedin(商標)1.5mlを0.9%食塩水1.5mlで希釈した)を注射器で薬剤容器に充填した。次に、2回目の一連の実験を実行し、50μg/ml Ilomedin(商標)を充填したRespimat(商標)のエアロゾルパラメーターを取得した。結果を次の表3にまとめる。
【0027】
【表3】
[実施例4]
Medspray(商標)湿式エアロゾル吸入器及びVentavis-20
Medspray(商標)湿式エアロゾル吸入器によるイロプロスト溶液の送達の実現可能性をインビトロ噴霧試験で評価した。0.9%塩化ナトリウムかVentavis-20のいずれかを充填したMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器の物理的エアロゾル特性を評価した。2つの異なる溶液の粒子サイズ分布を比較するために、レーザー光散乱(Sympatec(商標)、Clausthal-Zellerfeld、Germany)を使用して、エアロゾル液滴の空気動力学的中央粒子径(MMAD)を決定した。測定(持続時間1秒、サンプリングレート50ミリ秒で5回行う)は、空気流を追加せず、マウスピースとレーザービーム間の距離を5cmとして実行した。データをMIEモードで分析し、噴霧された溶液の密度を単位密度と等しく設定したことにより、測定された体積平均径(VMD)は空気動力学的中央粒子径と等しくなった。微粒子画分(FPF)は、総放出用量中のサイズが5.25μm未満の粒子の質量をエアロゾル粒子の総放出用量で割ったものとして定義した。幾何標準偏差(GSD)を、次の式に従ってレーザー回折値から計算した:
【0028】
【数2】
噴霧実験では、1mlの生理食塩水又はVentavis-20溶液を1ml注射器に充填した。次いで、スプレーノズル(ノズル径1.7μm)を注射器の先端に固定し、スプレーノズルを通して溶液を押し出すことによってエアロゾルを生成した。結果を次の表4にまとめる。
【0029】
【表4】
[実施例5]
Medspray(商標)湿式エアロゾル吸入器及び100μg/ml Ilomedin(商標)
このインビトロ噴霧試験では、0.9%塩化ナトリウムか100μg/ml Ilomedin(商標)のいずれかを充填したMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器を比較した。物理的エアロゾル特性を上記のように評価した(実施例4を参照)。結果を次の表5にまとめる。
【0030】
【表5】
[実施例6]
Medspray(商標)湿式エアロゾル吸入器及び50μg/ml Ilomedin(商標)
このインビトロ噴霧試験では、Medspray(商標)湿式エアロゾル吸入器を0.9%塩化ナトリウム1mlか50μg/ml Ilomedin(商標)1ml(100μg/ml Ilomedin(商標)0.5mlを0.9%NaCl0.5mlで希釈した)のいずれかで充填した。物理的エアロゾル特性を上記のように評価した(実施例4を参照)。結果を次の表6にまとめる。
【0031】
【表6】
[実施例7]
より小さいノズル径(例えば1.5又は1μm)のMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器
スプレーノズルの穴の直径を変えることにより、結果として生じる液滴サイズの分布を、気道内の局所的な薬剤沈着のための特定の要件に合わせて調整できる。水溶液をノズルを通して押し出すとジェットが発生し、これは自動的に液滴に分割され(レイリー分裂)、液滴サイズは理論的には穴のサイズの2倍になる。1.5又は1μmのノズル径を使用する場合、液滴のサイズ範囲は2μm~5.0μmの範囲内になる。加えて、エアロゾルが低速であることにより、肺の深部へのエアロゾル沈着が促進される。吸入時の流量制限を実施し(例えば、バルブで)、吸入中の空気の流れを遅くすることで、末梢への沈着をさらに増加させることができる。
【0032】
実施例は、ソフトミスト吸入器Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器を使用することにより、肺深部への沈着に適したイロプロスト含有エアロゾルが提供できることを示している。
【0033】
[投薬]
本明細書では、1回のPRN吸入治療で、ソフトミスト吸入器Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器のマウスピースに1~10回以内の噴出で送達される0.4μm~5μgのイロプロスト用量が提供される。また、肺動脈高血圧症の治療に現在用いられているように、約2.5μg及び約5μgの単回用量も好ましい。
【0034】
以下は、1回のPRN治療セッションで要求される用量を送達するのに適したイロプロスト薬剤濃度及び1回の噴出あたりの放出量の可能な組み合わせの非網羅的なリストである。
【0035】
[実施例8]
Respimat(商標)及び100μg/mlイロプロスト(Respimat100)
表7は、100μg/mlのイロプロスト薬剤濃度を使用した場合の、放出されたエアロゾル量及び噴出回数に応じたソフトミスト吸入器Respimat(商標)のマウスピースにおけるイロプロスト送達量を表す。
【0036】
【表7】
[実施例9]
Respimat(商標)及び20μg/mlイロプロスト(Respimat20)
表8は、20μg/mlのイロプロスト薬剤濃度を使用した場合の、放出されたエアロゾル量及び噴出回数に応じたソフトミスト吸入器Respimat(商標)のマウスピースにおけるイロプロスト送達量を表す。
【0037】
【表8】
20μg/ml~100μg/mlの範囲のイロプロスト薬剤濃度を使用することは本発明の範囲内である。別の好ましい実施形態では、イロプロスト薬剤濃度は50μg/mlであり、Respimat(商標)の1回の噴出あたりの放出量を20μlに設定した場合、1回の噴出で1μg、2回の噴出で2μg、3回の噴出で3μg、4回の噴出で4μg及び5回の噴出で5μgの送達用量となる。
【0038】
[実施例10]
Medspray(商標)湿式エアロゾル吸入器及び100又は50μg/mlイロプロスト(Medspray100又は50)
表9は、100μg/ml又は50μg/mlのイロプロスト薬剤濃度を使用した場合の、放出されたエアロゾル量及び噴出回数に応じたソフトミスト吸入器Medspray(商標)のマウスピースにおけるイロプロスト送達量を表す。
【0039】
【表9】
[実施例11]
Medspray(商標)湿式エアロゾル吸入器及び20μg/mlイロプロスト(Medspray20)
表10は、20μg/mlのイロプロスト薬剤濃度を使用した場合の、放出されたエアロゾル量及び噴出回数に応じたソフトミスト吸入器Medspray(商標)のマウスピースにおけるイロプロスト送達量を表す。
【0040】
【表10】
20μg/ml~100μg/mlの範囲のイロプロスト薬剤濃度を使用することは本発明の範囲内である。
【0041】
Respimat(商標)及びMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器の薬剤容器には、特許請求の範囲に記載されているイロプロスト溶液を0.5~5ml充填することができる。優先的には、過剰投与を避けるために、充填量を0.5~2ml又は0.5~1mlの範囲に制限する。薬剤容器は、イロプロストの1日最大吸入用量である45μgの0.2~11倍(Ventavis(商標)の製品情報による)、優先的には1~5倍又は2~4倍を含むことができる。一実施形態では、ソフトミスト吸入器Respimat(商標)又はMedspray(商標)は使い捨てである、すなわち、ソフトミスト吸入器は、予め設定された数の噴出を送達した後、まるごと廃棄される。別の実施形態では、空の薬剤容器のみが交換され、装置は、交換される前に数回(例えば、3~5回)再利用される。
【0042】
本明細書に開示される組成物及び方法で治療される患者は、肺高血圧症又は肺血管系若しくは肺循環の他の障害を患っている。例えば、対象は、WHOによる肺高血圧症の次の5つの群のいずれかに属する可能性がある。
【0043】
第1群 肺動脈高血圧症(PAH)であり、サブクラス1.1特発性PAH、1.2遺伝性PAH、1.3薬剤及び毒素誘発性PAH、1.4PAHであり、1.4.1結合組織病、1.4.2HIV感染症、1.4.3門脈圧亢進症、1.4.4先天性心疾患及び1.4.5住血吸虫症と関連するもの、1.5カルシウムチャネル遮断薬に対するPAH長期反応者、1.6静脈/毛細血管(PVOD/PCH)関与の明白な特徴を伴うPAH及び1.7新生児症候群の持続性PHを含む。
【0044】
第2群 左心疾患による肺高血圧症であり、サブクラス2.1LVEFが保たれた心不全によるPH、2.2LVEFが低下した心不全によるPH、2.3心臓弁膜症及び2.4後毛細血管性PHにつながる先天性/後天性心血管病態を含む。
【0045】
第3群 肺疾患及び/又は低酸素症による肺高血圧症であり、サブクラス3.1閉塞性肺疾患3.2拘束性肺疾患、3.3拘束性/閉塞性の混合パターンを伴うその他の肺疾患、3.4肺疾患を伴わない低酸素症及び3.5発達性肺疾患を含む。
【0046】
第4群 肺動脈閉塞による肺高血圧症であり、サブクラス4.1慢性血栓塞栓性PH及び4.2その他の肺動脈閉塞を含む。
【0047】
第5群 不明なメカニズム及び/又は多因子メカニズムを伴う肺高血圧症であり、サブクラス5.1血液疾患、5.2全身性及び代謝性疾患、5.3その他及び5.4複雑な先天性心疾患を含む。
【0048】
好ましくは、対象は、PRN療法として吸入可能なイロプロストを投与するために提供される方法及び組成物の恩恵を受けるために、第1群又は第4群PHに属する。対象は、ニューヨーク心臓協会の機能分類に従って修正された世界保健機関の肺高血圧症の機能分類によるクラスI、クラスII、クラスIII又はクラスIVに属し得る。
【0049】
対象は薬物療法を受けていないか、経口抗凝固薬、利尿薬、酸素、ジゴキシンなどの支持療法を受けている可能性がある。加えて、治療には、アンブリセンタン(経口)、ボセンタン(経口)又はマシテンタン(経口)などのエンドセリン受容体拮抗薬、シルデナフィル(経口、静脈内)、タダラフィル(経口)、バルデナフィル(経口)又はリオシグアト(経口)などのホスホジエステラーゼ5型阻害薬及びグアニル酸シクラーゼ刺激剤又は活性化剤、ベラプロスト(経口)、エポプロステノール(静脈内)、イロプロスト(エアロゾル、静脈内)、トレプロスチニル(エアロゾル、皮下、静脈内、経口)又はセレキシパグ(経口)などのプロスタサイクリン類似体及びプロスタサイクリン受容体アゴニストを包含する、高用量のカルシウムチャネル遮断薬又は承認されたPHに特化した薬が含まれる場合がある。主に血管拡張作用によるこれらの薬は、単剤療法として、又は2つ以上の薬を同時に使用する併用療法として対象に投与され得る。また、本発明には、基礎療法として、PHに特化した未来の薬を使用することも含まれ、そのような薬は主に肺血管リモデリングの典型的な特徴に焦点を当てる。
【0050】
本明細書に開示されるPRNイロプロスト吸入は、治療未経験患者又は支持療法を受けている患者に投与することができる。さらに、PRNイロプロスト療法は、PHに特化した1つ以上の薬を使用する慢性基礎療法に加えて行われる場合がある。
【0051】
吸入イロプロストの薬力学的プロファイルはよく知られている。従来のネブライザーで10分間かけて投与した場合、肺循環の血行力学的パラメーター上の最大の治療効果は、吸入終了から約5分後に観察される。驚くべきことに、肺血管系における顕著な血管拡張効果は、イロプロスト1.25μgあたり2~4回の噴出による急速イロプロスト吸入後、わずか1分以内にすでに見られ、このアプローチの肺選択性は維持されている。実施例12で観察された薬力学プロファイルによると、吸入イロプロストは肺高血圧症のPRN治療の理想的な候補に適している。
【0052】
[実施例12]
肺高血圧症患者におけるイロプロストPRN
イロプロストPRNの実現可能性を評価するための臨床パイロット試験を4人の患者で実施した。適格者は、平均肺動脈圧(PAP)が25mmHgより高く、肺血管抵抗(PVR)が240dyn*s*cm-5より高く、中心静脈圧(CVP:Central Venous Pressure)が3mmHgより高く、肺毛細血管楔入圧(PCWP:Pulmonary Capillary Wedge Pressure)が12mmHgより低い、18~70歳の肺動脈高血圧症の男性及び女性患者であった。患者は治療歴がないか、PHに特化した薬物療法(エンドセリン受容体拮抗薬、ホスホジエステラーゼ5型阻害薬及びプロスタサイクリン類似体)を単独で、又は組み合わせて受けていた。患者は、ECG、パルスオキシメトリー及び非侵襲的血圧測定によってモニタリングされた。心臓内カテーテルを遠位肺動脈に導入して、PAP、CVP、PCWP及び心拍出量を測定した。心拍数、全身動脈圧(SAP)、全身血管抵抗(SVR)並びに中心動脈及び静脈の血液ガスも測定された。全てのパラメーターの初回決定後、酸素(2~4L/分)及び一酸化窒素(20ppm)に対する肺血管系の反応性をテストした。続いて、患者は、50μg/mlの濃度のイロプロストを充填したソフトミスト吸入器のプロトタイプを使用して、単回投与として噴霧されたイロプロスト2.5μgを2回の呼吸で吸入した。患者の血行力学的パラメーター及び臨床状態を吸入前並びに吸入後1、5、15及び30分に評価した。有害作用がない場合、イロプロスト5μgの用量に相当する4回の呼吸による2回目の吸入操作を実行し、再度、少なくとも30分間の観察期間を設けた。その結果、全ての患者が治療に対して良好な忍容性を持つことが判明した。肺血管の治療効果(PAP及びPVRの変化で示されており、図1及び図2を参照)は、吸入操作終了後1分ですでに記録されており、重大な全身性副作用は起こらなかった(SAP及びSVRの変化で示されており、図3及び図4を参照)。
【0053】
PRNイロプロストは、必要に応じたPHの急性期治療を目的としており、例えば、運動耐性及び日常生活の活動の改善を促進し、疾患の症状を軽減し、又は急性肺高血圧症発作を克服する。持ち運び可能なソフトミスト吸入器Respimat(商標)又はMedspray(商標)を用いることにより、患者はいつでもどこでも有効量のPRNイロプロスト(最大5μg)を1日最大9回まで吸入でき、その結果、イロプロストの1日最大用量は45μgとなる。提供される方法では、患者が身体運動又は激しい活動を想定している場合又は患者が呼吸困難、疲労、めまい、胸部圧迫又は痛み、浮腫形成、チアノーゼ、頻脈又は動悸を知覚している場合、その対象は、そのような活動を開始する好ましくは0~15分前又はそのような活動若しくはエピソード中にPRNイロプロスト吸入の投与を受ける。患者は、個々の必要性、望む効果及び忍容性に応じて、1回の噴出を吸入するか、短い間隔を空けて数回の噴出を吸入するか、15秒~5分の間隔を空けて数回吸入することができる。PHに特化した治療としてプロスタノイドを毎日定期的に投与していない患者は、通常、1PRN治療サイクルごとに総イロプロスト用量として0.4~2.5μgを吸入するが、プロスタノイド、特に吸入プロスタノイドによって慢性的に治療されている患者は、1PRN治療サイクルあたり0.4~5μg、優先的には2.5~5μg吸入する。本明細書で提供される方法は、PH患者が必要に応じて有効量の吸入イロプロストを自己投与することにより、患者に、日常生活の活動の要件及び課題に立ち向かい、生活の質を改善する可能性を提供する。
図1
図2
図3
図4
【手続補正書】
【提出日】2024-09-10
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ソフトミスト吸入器に充填された物質を前記ソフトミスト吸入器から噴出させる方法であって、
(a)有効量のイロプロストを送達するように適合された、持ち運び可能な事前に充填された前記ソフトミスト吸入器を用意することと、
(b)前記有効量のイロプロストを必要に応じて前記ソフトミスト吸入器から噴出させることと、を含む、
方法。
【請求項2】
前記イロプロストの前記有効量が1プロレナタ治療サイクルあたり0.4μg~5μgであり、前記ソフトミスト吸入器から1~10回の単回噴出により送達される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記イロプロストの前記有効量が1プロレナタ治療サイクルあたり0.4μg~5μgであり、前記ソフトミスト吸入器から1~4回の単回噴出により送達される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
肺循環における吸入イロプロスト作用の開始がPRN吸入完了後1分以内であり、肺選択性の維持に伴い体循環における重大な副作用が防止される、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記ソフトミスト吸入器がRespimat(商標)である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記Respimat(商標)が、イロプロストを20μg/ml~100μg/mlの濃度で含み、さらにトロメタモール、96%エタノール、塩化ナトリウム、塩酸(pH調整用)及び注射用水を含むイロプロスト溶液で充填されている、請求項に記載の方法。
【請求項7】
放出されたエアロゾルの量が10μl~25μlであり、前記Respimat(商標)を使用して1~10回の噴出で0.4μg~5μgの吸入イロプロストの送達を促進するものである、請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
前記ソフトミスト吸入器がMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
記Medspray(商標)湿式エアロゾル吸入器が、イロプロストを20μg/ml~100μg/mlの濃度で含み、さらにトロメタモール、96%エタノール、塩化ナトリウム、塩酸(pH調整用)及び注射用水を含むイロプロスト溶液で充填されている、請求項に記載の方法。
【請求項10】
放出されたエアロゾルの量が20μl~50μlであり、前記Medspray(商標)湿式エアロゾル吸入器を使用して1~5回の噴出で0.4μg~5μgの吸入イロプロストの送達を促進するものである、請求項8又は9に記載の方法。
【請求項11】
Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器の薬剤容器の容積が0.5~5mlであり、前記薬剤容器は、したがって、吸入イロプロストの承認された1日最大用量である45μgの0.2~11倍を含む、請求項5~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器の薬剤容器の容積が0.5~5mlであり、前記薬剤容器は、したがって、吸入イロプロストの承認された1日最大用量である45μgの2~5倍を含む、請求項5~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器の薬剤容器の容積が0.5~5mlあり、前記薬剤容器は、したがって、吸入イロプロストの承認された1日最大用量である45μgの2~4倍を含む、請求項5~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器の薬剤容器の容積が0.5~2mlであり、前記薬剤容器は、したがって、吸入イロプロストの承認された1日最大用量である45μgの0.2~11倍を含む、請求項5~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器の薬剤容器の容積が0.5~2mlであり、前記薬剤容器は、したがって、吸入イロプロストの承認された1日最大用量である45μgの2~5倍を含む、請求項5~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器の薬剤容器の容積が0.5~2mlであり、前記薬剤容器は、したがって、吸入イロプロストの承認された1日最大用量である45μgの2~4倍を含む、請求項5~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器の薬剤容器の容積が0.5~1mlであり、前記薬剤容器は、したがって、吸入イロプロストの承認された1日最大用量である45μgの0.2~11倍を含む、請求項5~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器の薬剤容器の容積が0.5~1mlであり、前記薬剤容器は、したがって、吸入イロプロストの承認された1日最大用量である45μgの2~5倍を含む、請求項5~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器の薬剤容器の容積が0.5~1mlであり、前記薬剤容器は、したがって、吸入イロプロストの承認された1日最大用量である45μgの2~4倍を含む、請求項5~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項20】
前記ソフトミスト吸入器から生成されたエアロゾルが、肺の末梢への沈着に適している、すなわち、エアロゾルの体積中央径(VMD)又は空気動力学的中央粒子径(MMAD)が1~6μmの範囲にあり、幾何標準偏差(GSD)が1.2~2の範囲にある、請求項1、5及び8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項21】
前記ソフトミスト吸入器から生成されたエアロゾルが、肺の末梢への沈着に適している、すなわち、エアロゾルの体積中央径(VMD)又は空気動力学的中央粒子径(MMAD)が1~6μmの範囲にあり、幾何標準偏差(GSD)が1.2~1.8の範囲にある、請求項1、5及び8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項22】
前記ソフトミスト吸入器から生成されたエアロゾルが、肺の末梢への沈着に適している、すなわち、エアロゾルの体積中央径(VMD)又は空気動力学的中央粒子径(MMAD)が2~5.5μmの範囲にあり、幾何標準偏差(GSD)が1.2~2の範囲にある、請求項1、5及び8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項23】
前記ソフトミスト吸入器から生成されたエアロゾルが、肺の末梢への沈着に適している、すなわち、エアロゾルの体積中央径(VMD)又は空気動力学的中央粒子径(MMAD)2~5.5μmの範囲にあり、幾何標準偏差(GSD)が1.2~1.8の範囲にある、請求項1、5及び8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項24】
Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器が使い捨てである、請求項5~23のいずれか一項に記載の方法。
【請求項25】
空の薬剤容器が交換され、Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器が、それらもまた交換されるまで、数回再利用される、請求項5~24のいずれか一項に記載の方法。
【請求項26】
空の薬剤容器が交換され、Respimat(商標)又はMedspray(商標)湿式エアロゾル吸入器が、それらもまた交換されるまで、3~5回再利用される、請求項5~25のいずれか一項に記載の方法。
【請求項27】
肺高血圧症に罹患した前記患者が、
(a)治療歴がない、
(b)支持療法を受けている、及び/又は、
(c)エンドセリン受容体拮抗薬群(アンブリセンタン、ボセンタン、マシテタン)、ホスホジエステラーゼ5型阻害剤及びグアニル酸シクラーゼ刺激剤群(例えば、シルデナフィル、タダラフィル、バルデナフィル又はリオシグアト)、プロスタサイクリン類似体及びプロスタサイクリン受容体アゴニスト群(例えば、ベラプロスト、エポプロステノール、イロプロスト、トレプロスニチル又はセレキシパグ)から選択される1つ以上の承認されたPHに特化した薬による慢性的な治療を受けている、及び/又は、
(d)血管リモデリングに対処する疾患修飾薬を、単独で又は(b)若しくは(c)による治療と組み合わせて受けている、
請求項1に記載の方法。
【国際調査報告】