(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-10-02
(54)【発明の名称】単一分子タンパク質配列決定のためのペプチド光解離を分析するためのシステムおよび方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20240925BHJP
H01J 49/16 20060101ALI20240925BHJP
【FI】
G01N27/62 V
H01J49/16 100
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024510319
(86)(22)【出願日】2022-08-18
(85)【翻訳文提出日】2024-04-01
(86)【国際出願番号】 US2022040725
(87)【国際公開番号】W WO2023023231
(87)【国際公開日】2023-02-23
(32)【優先日】2021-08-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(32)【優先日】2022-05-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
(71)【出願人】
【識別番号】512241232
【氏名又は名称】ブラウン ユニバーシティ
【住所又は居所原語表記】350 Eddy Street, Box 1949, Providence, RI 02903 (US)
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【氏名又は名称】大森 規雄
(72)【発明者】
【氏名】シュタイン,デレク,エム.
(72)【発明者】
【氏名】ヴィエトリス,ジェイコブ,セージ
(72)【発明者】
【氏名】ドラックマン,ニコラス
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA05
2G041FA12
2G041GA03
(57)【要約】
本開示は、概して、単一分子タンパク質配列決定のためのペプチド光解離を分析するためのシステムおよび方法に関する。一態様では、システムおよび方法は、水溶液中の単一タンパク質分子を、そのアミノ酸の組成および配列を質量分析で測定することができるように断片化することを可能にすることに関する。これは、単一分子タンパク質配列決定技術に有用であり得る。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析計において光を使用してタンパク質を単一分子へと断片化することを含む方法。
【請求項2】
前記質量分析計はナノポア質量分析計である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記タンパク質は、溶液内に含まれている、請求項1または2のいずれか一項に記載の方法。
【請求項4】
タンパク質が直線状の構成に配置されることを可能にするナノチップ、および
光を向けて前記タンパク質を断片へと解離させるように位置決めされたレーザー
を含む質量分析計。
【請求項5】
前記ナノチップの下流に配置された1つまたは複数の検出器をさらに含む、請求項4に記載の質量分析計。
【請求項6】
前記1つまたは複数の検出器は、単一イオン検出器である、請求項5に記載の質量分析計。
【請求項7】
前記ナノチップの下流に磁気質量フィルターをさらに含む、請求項4~6のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項8】
前記ナノチップは、100nm未満の断面寸法を有する開口部を含む、請求項4~7のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項9】
前記ナノチップは、65nm以下の断面寸法を有する開口部を含む、請求項4~8のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項10】
前記ナノチップは、25nm以下の断面寸法を有する開口部を含む、請求項4~9のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項11】
前記ナノチップは、5nm以下の断面寸法を有する開口部を含む、請求項4~10のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項12】
前記ナノチップを収容する真空チャンバーをさらに含む、請求項4~11のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項13】
前記真空チャンバーは、10mPa以下の圧力を有する、請求項12に記載の質量分析計。
【請求項14】
前記真空チャンバーは、1.5mPa以下の圧力を有する、請求項13に記載の質量分析計。
【請求項15】
前記ナノチップは、断面寸法に対する長さのアスペクト比が100以上であるキャピラリーの先端部分である、請求項4~14のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項16】
前記ナノチップは、断面寸法に対する長さのアスペクト比が1,000以上であるキャピラリーの先端部分である、請求項4~15のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項17】
前記ナノチップの近傍に電極をさらに含む、請求項4~16のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項18】
前記ナノチップはナノチューブを含む、請求項4~17のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項19】
150nm以上かつ213nm以下の波長を有する光の50%よりも多くは前記ナノチップを通過する、請求項4~18のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項20】
前記ナノチップは、1nm以上かつ100nm未満の最大断面寸法を有する、請求項4~19のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項21】
前記ナノチップは、5nm以上かつ80nm未満の最大断面寸法を有する、請求項4~20のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項22】
前記ナノチップに隣接する1つまたは複数の追加のナノチップをさらに含む、請求項4~21のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項23】
前記ナノチップおよび前記1つまたは複数の追加のナノチップは、前記磁気質量フィルターの上流に位置決めされた直線状のアレイに配置されている、請求項22に記載の質量分析計。
【請求項24】
前記1つまたは複数の追加のナノチップの少なくとも1つの近傍に電極をさらに含む、請求項23に記載の質量分析計。
【請求項25】
前記1つまたは複数の検出器は、2次元アレイに配置された検出器のアレイを含む、請求項4~24のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項26】
タンパク質を、ナノチップにおいて実質的に直線状の構成に配置すること、
前記タンパク質にレーザー光を当てることにより前記タンパク質をアミノ酸へと断片化すること、
前記アミノ酸を前記ナノチップから放出させること、および
前記ナノチップから放出された前記アミノ酸を検出すること
を含む方法。
【請求項27】
前記レーザー光は紫外光である、請求項26に記載の方法。
【請求項28】
前記レーザー光は、少なくとも150nmかつ222nm以下の波長を有する、請求項26~27のいずれか一項に記載の方法。
【請求項29】
前記レーザー光は、少なくとも150nmかつ213nm以下の波長を有する、請求項26~28のいずれか一項に記載の方法。
【請求項30】
前記レーザー光は、少なくとも150nmかつ193nm以下の波長を有する、請求項26~29のいずれか一項に記載の方法。
【請求項31】
少なくとも85%の平均イオン伝達効率を有する、請求項26~30のいずれか一項に記載の方法。
【請求項32】
少なくとも90%の平均イオン伝達効率を有する、請求項26~31のいずれか一項に記載の方法。
【請求項33】
少なくとも93%の平均イオン伝達効率を有する、請求項26~32のいずれか一項に記載の方法。
【請求項34】
前記ナノチップは、100nm未満の断面寸法を有する開口部を含む、請求項26~33のいずれか一項に記載の方法。
【請求項35】
前記ナノチップは、65nm以下の断面寸法を有する開口部を含む、請求項26~34のいずれか一項に記載の方法。
【請求項36】
前記ナノチップは、60nm以下の断面寸法を有する開口部を含む、請求項26~35のいずれか一項に記載の方法。
【請求項37】
前記ナノチップは、25nm以下の断面寸法を有する開口部を含む、請求項26~36のいずれか一項に記載の方法。
【請求項38】
前記ナノチップは、5nm以下の断面寸法を有する開口部を含む、請求項26~37のいずれか一項に記載の方法。
【請求項39】
前記ナノチップは、1nm以下の断面寸法を有する開口部を含む、請求項26~38のいずれか一項に記載の方法。
【請求項40】
前記放出されたアミノ酸は、裸イオンおよび/またはイオンクラスターの形態である、請求項26~39のいずれか一項に記載の方法。
【請求項41】
前記放出されたアミノ酸の少なくとも80%は、裸イオンの形態である、請求項26~40のいずれか一項に記載の方法。
【請求項42】
前記放出されたアミノ酸の少なくとも90%は、裸イオンの形態である、請求項26~41のいずれか一項に記載の方法。
【請求項43】
前記放出されたアミノ酸は連続的に放出される、請求項26~42のいずれか一項に記載の方法。
【請求項44】
前記アミノ酸の検出は、前記アミノ酸が前記ナノチップから放出された順序で前記アミノ酸を検出することを含む、請求項26~43のいずれか一項に記載の方法。
【請求項45】
前記放出されたアミノ酸を前記検出器で決定することにより、前記タンパク質の配列を決定することをさらに含む、請求項26~44のいずれか一項に記載の方法。
【請求項46】
前記タンパク質は、溶液内に含まれている、請求項26~45のいずれか一項に記載の方法。
【請求項47】
前記溶液は水を含む、請求項46に記載の方法。
【請求項48】
前記溶液はホルムアルデヒドを含む、請求項46~47のいずれか一項に記載の方法。
【請求項49】
150nm以上かつ213nm以下の波長の光をタンパク質に当てて、前記タンパク質から断片を切断すること、および
質量分析を使用して前記断片を配列決定すること
を含む方法。
【請求項50】
前記タンパク質は、溶液内に含まれている、請求項49に記載の方法。
【請求項51】
レーザーを使用して前記光を当てる、請求項45~50のいずれか一項に記載の方法。
【請求項52】
前記光は、193nm+/-5nmの波長を有する、請求項45~51のいずれか一項に記載の方法。
【請求項53】
前記光は、193nm+/-3nmの波長を有する、請求項45~52のいずれか一項に記載の方法。
【請求項54】
前記光は、193nm+/-1nmの波長を有する、請求項45~53のいずれか一項に記載の方法。
【請求項55】
前記断片はアミノ酸を含む、請求項45~54のいずれか一項に記載の方法。
【請求項56】
150nm以上かつ222nm以下の波長の光をタンパク質に当てて、前記タンパク質から断片を切断すること、および
質量分析を使用して前記断片を配列決定すること
を含む方法。
【請求項57】
前記タンパク質は、溶液内に含まれている、請求項56に記載の方法。
【請求項58】
レーザー光をタンパク質に当てて、前記タンパク質からアミノ酸を切断すること、および
質量分析を使用して前記アミノ酸を配列決定すること
を含む方法。
【請求項59】
前記タンパク質は、溶液内に含まれている、請求項58に記載の方法。
【請求項60】
前記断片はアミノ酸を含む、請求項58または59のいずれか一項に記載の方法。
【請求項61】
前記レーザー光は、前記タンパク質のペプチド結合により吸収され、前記ペプチド結合において前記タンパク質を切断する、請求項58~60のいずれか一項に記載の方法。
【請求項62】
キャピラリーを含むイオン源、
前記イオン源に対して向けられた光源であって、150nm以上かつ213nm以下の波長の光を生成することができる光源、
前記イオン源の下流にある磁気質量フィルター、および
前記磁気質量フィルターの下流にある検出器のアレイ
を含む質量分析計。
【請求項63】
前記光源は、193nm+/-5nmの波長の光を生成することができる、請求項62に記載の質量分析計。
【請求項64】
前記光源はレーザーである、請求項62または63に記載の質量分析計。
【請求項65】
前記イオン源は、前記キャピラリーの近傍に電極をさらに含む、請求項62~64のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項66】
前記キャピラリーは、本体部分、および前記本体部分に流体的に接続された先端部分を含む、請求項62~65のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項67】
150nm以上かつ213nm以下の波長を有する光の50%よりも多くは、前記キャピラリーの前記先端部分を通過する、請求項66に記載の質量分析計。
【請求項68】
150nm以上かつ213nm以下の波長を有する光の50%未満は、前記キャピラリーの前記本体部分を通過する、請求項66~67のいずれかに記載の質量分析計。
【請求項69】
前記キャピラリーの前記先端部分は、100nm未満の断面寸法を有する、請求項66~68のいずれかに記載の質量分析計。
【請求項70】
前記キャピラリーの前記先端部分は、80nm未満の断面寸法を有する、請求項66~69のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項71】
前記キャピラリーの前記先端部分は、65nm未満の断面寸法を有する、請求項66~70のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項72】
前記キャピラリーの前記先端部分は、25nm未満の断面寸法を有する、請求項66~71に記載の質量分析計。
【請求項73】
前記キャピラリーの前記先端部分は、5nm未満の断面寸法を有する、請求項66~72に記載の質量分析計。
【請求項74】
前記イオン源に隣接する1つまたは複数の追加のイオン源をさらに含む、請求項62~73のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項75】
前記イオン源および前記1つまたは複数の追加のイオン源は、前記磁気質量フィルターの上流に位置決めされた直線状のアレイに配置されている、請求項74に記載の質量分析計。
【請求項76】
前記1つまたは複数の追加のイオン源の少なくとも1つは、キャピラリーを含む、請求項74~75のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項77】
前記1つまたは複数の追加のイオン源の少なくとも1つは、前記キャピラリーの近傍に電極を含む、請求項76に記載の質量分析計。
【請求項78】
前記磁気質量フィルターの下流にある前記検出器のアレイは、2次元アレイに配置されている、請求項62~77のいずれか一項に記載の質量分析計。
【請求項79】
キャピラリーを含むイオン源、
前記キャピラリーに光を向けるように位置決めされたレーザー、および
前記イオン源の下流に位置決めされた検出器
を含む質量分析計。
【請求項80】
キャピラリー、および前記キャピラリーの近傍にある電極を含むイオン源であって、前記キャピラリーは125nm未満の断面寸法を有する開口部を含む、イオン源、
前記イオン源の下流にある磁気質量フィルター、
前記磁気質量フィルターの下流にある検出器のアレイ、および
前記イオン源に対して向けられた光源であって、150nm以上かつ213nm以下の波長の光を生成することができる光源
を含む質量分析計。
【請求項81】
前記光は、193nm+/-5nmの波長を有する、請求項80に記載の質量分析計。
【請求項82】
タンパク質を配列決定するための方法であって、
150nm以上かつ213nm以下の波長の光をタンパク質に当てることにより、前記タンパク質を断片化して断片を生成すること、
前記断片を磁気質量フィルターに通すこと、
前記断片を検出器のアレイへと向けること、および
前記断片を前記検出器のアレイで決定することにより、前記タンパク質の配列を決定すること
を含む方法。
【請求項83】
前記光は、193nm+/-5nmの波長を有する、請求項82に記載の質量分析計。
【請求項84】
タンパク質を配列決定するための方法であって、
タンパク質を含む流体を、開口部を画定するキャピラリーに通すこと、
150nm以上かつ213nm以下の波長の光を、前記開口部の近傍の前記タンパク質に当てて、断片を生成すること、
前記断片を、100mPa以下の圧力を有する環境へと直接通すこと、
前記断片を磁気質量フィルターに通すこと、
前記断片を検出器のアレイへと向けること、および
前記断片を前記検出器のアレイで決定することにより、前記タンパク質の配列を決定すること
を含む方法。
【請求項85】
前記光は、193nm+/-5nmの波長を有する、請求項84に記載の質量分析計。
【請求項86】
150nm以上かつ213nm以下の波長の光をペプチドに当てて、前記ペプチドから断片を切断すること、
前記断片の少なくとも50%を磁気質量フィルターに通すこと、および
前記断片を検出器へと向けること
を含む方法。
【請求項87】
前記光は、193nm+/-5nmの波長を有する、請求項86に記載の質量分析計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
本出願は、2022年5月13日に出願された「Systems and Methods for Analysis of Peptide Photodissociation for Single-Molecule Protein Sequencing」という名称の米国特許仮出願第63/341,992号および2021年8月20日に出願された「Systems and Methods for Analysis of Peptide Photodissociation for Single-Molecule Protein Sequencing」という名称の米国特許仮出願第63/235,601号の利益を主張するものである。これら文献の各々は、その全体が参照により本明細書に組み込まれる。
【0002】
本開示は、概して、単一分子タンパク質配列決定のためのペプチド光解離を分析するためのシステムおよび方法に関する。
【背景技術】
【0003】
ペプチド配列決定は、タンパク質の特定および細胞のタンパク質内容物のマッピングに広く使用されている、プロテオミクスの必須ツールである。タンパク質の単一コピーを配列決定することができれば、単一細胞の分析が著しく向上し、1細胞当たり10コピー未満しか存在しない可能性のある低存在量タンパク質およびプロテオフォームの研究が可能になる。タンパク質は核酸のように生化学的に増幅することができないため、単一分子技術が必要とされる。さらに、翻訳後修飾および選択的mRNAスプライシングによるプロテオフォームは、DNA配列またはRNA配列から推測することができない。また、単一分子タンパク質配列決定からは、新しい診断応用および薬物療法がもたらされる可能性がある。蛍光タグ付け、N末端プローブ付け、およびナノポアに基づき、単一タンパク質を配列決定するための技法の開発に対する関心が高まっている。
【0004】
質量分析(MS)は、ペプチド配列決定のための現行の主流技法である。しかしながら、この技法では、典型的には、検出限界に到達するには107コピーまたはそれよりも多くのタンパク質が必要とされる。任意の他の構成要素の中で最も感度を制限するものは、典型的には、MSイオン源である。エレクトロスプレーイオン化では、荷電分析物含有液滴がバックグラウンド気体と衝突して分析物イオンが気相へと放出され、放出されたイオンは、次いで機器を通って検出器へと移送される。こうしたプロセスの組合せ効率は非常に低い。したがって、向上が必要とされている。
【発明の概要】
【0005】
本開示は、概して、単一分子タンパク質配列決定のためのペプチド光解離を分析するためのシステムおよび方法に関する。本開示の主題は、一部の場合では、相互関連製品、特定の問題に対する代替的解決策、ならびに/または1つもしくは複数のシステムおよび/もしくは物品の複数の異なる使用を含む。
【0006】
一態様では、システムおよび方法は、水溶液中の単一タンパク質分子を、そのアミノ酸の組成および配列を質量分析で測定することができるように断片化することを可能にすることに関する。これは、単一分子タンパク質配列決定技術に有用であり得る。単一分子タンパク質配列決定は、生体分子診断における次の最前線であり、その開発は、生物学および疾患診断の分野に革命をもたらすための一助であり得る。
【0007】
一部の場合では、これらは、質量分析システムの増設構成要素として商品化することができるハードウェアを使用して実装することができる。加えて、ある特定の実施形態は、概して、生物医学研究および臨床などの設定で使用するができる単一分子タンパク質配列決定機器に関する。
【0008】
ある特定の方法およびシステムは、タンパク質を気相ではなく水溶液中で断片化することを可能にすることができる。一部の実施形態では、アミノ酸を親ペプチドに連結するペプチド結合を、選択的に切断することができる。一部の場合では、アミノ酸を、質量分析による分析のためにインタクトのまま遊離させることができる。こうした方法は、例えば、2021年4月23日に出願された国際特許出願公開第PCT/US2021/028954号パンフレットおよび2021年4月23日に出願された米国特許出願第63/179,046号明細書で考察されているような、単一分子タンパク質配列決定戦略と適合性であり得る。これらの文献は各々が参照により本明細書に組み込まれる。
【0009】
一組の実施形態では、この方法は、質量分析計において光を使用してタンパク質を単一分子へと断片化することを含む。
【0010】
別の一組の実施形態によると、この方法は、タンパク質をナノチップにおいて実質的に直線状の構成に配置すること;タンパク質にレーザー光を当てることによりタンパク質をアミノ酸へと断片化すること;アミノ酸をナノチップから放出させること;およびナノチップから放出されたアミノ酸を検出することを含む。
【0011】
別の一組の実施形態では、この方法は、150nm以上かつ213nm以下の波長の光をタンパク質に当てて、タンパク質から断片を切断すること;および質量分析を使用して断片を配列決定することを含む。
【0012】
さらに別の一組の実施形態では、この方法は、150nm以上かつ222nm以下の波長の光をタンパク質に当てて、タンパク質から断片を切断すること;および質量分析を使用して断片を配列決定することを含む。
【0013】
さらに別の一組の実施形態によると、この方法は、レーザー光をタンパク質に当てて、タンパク質からアミノ酸を切断すること;および質量分析を使用してアミノ酸を配列決定することを含む。
【0014】
さらに別の一組の実施形態によれば、この方法は、150nm以上かつ213nm以下の波長の光をペプチドに当てて、ペプチドから断片を切断すること;断片の少なくとも50%を磁気質量フィルターに通すこと;および断片を検出器へと向けることを含む。
【0015】
本開示の一態様は、概して、タンパク質を配列決定するための方法に関する。一組の実施形態によると、タンパク質を配列決定するための方法は、150nm以上かつ213nm以下の波長の光をタンパク質に当てることによりタンパク質を断片化して断片を生成すること;断片を磁気質量フィルターに通すこと;断片を検出器のアレイへと向けること;および断片を検出器のアレイで決定することによりタンパク質の配列を決定することを含む。
【0016】
別の一組の実施形態によると、タンパク質を配列決定するための方法は、タンパク質を含む流体を、開口部を画定するキャピラリーに通すこと;150nm以上かつ213nm以下の波長の光を、開口部の近傍のタンパク質に当てて断片を生成すること;断片を、100mPa以下の圧力を有する環境へと直接通すこと;断片を磁気質量フィルターに通すこと;断片を検出器のアレイへと向けること;および断片を検出器のアレイで決定することによりタンパク質の配列を決定することを含む。
【0017】
本開示の一態様は、概して、質量分析計に関する。一組の実施形態によると、質量分析計は、タンパク質を直線状の構成に配置することを可能にするナノチップ;および光を向けてタンパク質を断片へと解離させるように配置されたレーザーを含む。
【0018】
別の一組の実施形態によると、質量分析計は、キャピラリーを含むイオン源;イオン源に対して向けられた光源であって、150nm以上かつ213nm以下の波長の光を生成することができる光源;イオン源の下流にある磁気質量フィルター;および磁気質量フィルターの下流にある検出器のアレイを含む。
【0019】
さらに別の一組の実施形態によると、質量分析計は、キャピラリーを含むイオン源;キャピラリーに光を向けるように位置決めされたレーザー;およびイオン源の下流に位置決めされた検出器を含む。
【0020】
さらに別の一組の実施形態によると、質量分析計は、キャピラリーおよびキャピラリーの近傍にある電極を含むイオン源であって、キャピラリーは、125nm未満の断面寸法を有する開口部を含む、イオン源;イオン源の下流にある磁気質量フィルター;磁気質量フィルターの下流にある検出器のアレイ;イオン源に対して向けられた光源であって、150nm以上213nm以下の波長の光を生成することができる光源を含む。
【0021】
別の態様では、本開示は、本明細書に記載の実施形態の1つまたは複数を製作するための方法を包含する。さらに別の態様では、本開示は、本明細書に記載の実施形態の1つまたは複数を使用するための方法を包含する。
【0022】
本開示の他の利点および新規特徴は、添付の図面と併せて考慮すると、本開示の種々の非限定的な実施形態に関する以下の詳細な説明から明らかになるだろう。
【0023】
本開示の非限定的な実施形態は、概略的なものであり、一定の縮尺で描かれることが意図されていない添付の図を参照して例を挙げて説明されることになる。図面では、図示されている同一のまたはほぼ同一の各構成要素は、典型的には、単一の数字で表されている。明瞭性のため、すべての構成要素がすべての図で標記されているわけでもなく、当業者による本開示の理解を可能にするために図示が必要ではない場合は、本開示の各実施形態のすべての構成要素が示されているわけでもない。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】
図1Aは、ナノポア質量分析による単一分子タンパク質配列決定の概略図を示す図である。
図1Bは、伸長ペプチド鎖がナノキャピラリーイオン源の先端付近で光断片化されることを示す図である。
【
図2】ジペプチドの構造、一般的な光断片化産物の構造、および異なる波長領域のレーザー光が真空中で特定の変換を誘導するおおよその頻度を示す図である。
【
図3】
図3Aは、10.6μm、193nm、および222nmの光による定常状態照射下でのナノキャピラリー内の加熱プロファイル計算値を示す図である。
図3Bは、10.6マイクロメートル(三角)、193nm(四角)、および222nm(丸)の光の入射レーザー出力密度に対する、ナノキャピラリー内の最大温度上昇の依存性を示す図である。記号は有限要素法計算の結果を示し、曲線はデータの線形フィッティングである。
【
図4-1】
図4Aは、表記されている異なる強度の193nmレーザー光に曝露された場合に数式2から得られるペプチド結合解離の累積確率を示す図である。
図4Bは、数式3に従って計算されたアミノ酸未分解確率を、ρ=10,000Wm
-2の193nmレーザー光への曝露時間の関数として示す図である。
【
図4-2】
図4Cは、選択的アミノ酸遊離(つまり、アミノ酸を損傷することなく、アミノ酸をペプチドに接合している2つのペプチド結合を断片化すること)の確率を、ρ=10,000Wm
-2の193nmレーザー光への曝露時間の関数として示す図である。
【
図5-1】
図5Aは、液滴からの溶媒の蒸発を刺激するバックグラウンド気体、および著しいイオン損失が生じる移送キャピラリーが強調されている従来のエレクトロスプレーイオン化の概略図である。
【
図5-2】
図5Bは、液体が充填されたナノキャピラリー先端、抽出電極、およびそれらの間に印加される抽出電圧V
eが示されているナノポアイオン源の概略図である。挿入図は、先端内径30nmの引き延ばし済み石英ナノキャピラリー(pulled quartz nanocapillary)の先端のSEM画像を示す図である。
図5Cは、実施例2で使用した質量分析計の概略図である。抽出電極およびアインツェルレンズを含むイオン光学系は、イオン源の液体メニスカスからイオンを抽出し、四重極質量フィルターおよび静電イオンベンダーによりそれらを集束させる。伝達されたイオンは、単一イオンを感知するチャネル電子増倍管検出器に衝突する。
【
図5-3】
図5Dは、本明細書に記載の四重極質量分析計にて41nm内径ナノポアイオン源を用いて得られた、水溶液中の100mMアルギニンの質量スペクトルを示す図である。
【
図6-1】
図6Aは、3つの異なる先端内径(20nm、125nm、および300nm)を有するナノポアイオン源を使用した、H2O中の100mMアルギニン溶液の質量スペクトルを示す図である。
【
図6-2】
図6Bは、質量順に左上から右下へと並べた16個のアミノ酸の質量スペクトルの一覧を示す図である。すべての実験は、先端内径20~60nmのナノキャピラリーを使用して実施した。
【
図6-3】
図6Cは、グルタチオンおよびそのPTMバリアントの2つ、s-ニトロソグルタチオンおよびs-アセチルグルタチオンを重ね合わせた質量スペクトルを示す図である。
【
図7-1】
図7Aは、ナノポアイオン源のイオン伝達効率を測定するための実験装置を示す図である。電圧V
Tが発生源測定ユニットによりナノポアイオン源に印加され、先端電流I
Tが生成される。放出されたイオンはイオン光学系により集束され、ファラデーカップに衝突し、そこで収集電流I
Cが電流-電圧プリアンプにより測定される。実験は、約10
-7torrの圧力の真空チャンバー内で実施される。イオン伝達効率は、収集電流対先端電流の比I
C/I
Tである。
図7Bは、水中100mMのNaIを使用してナノポアイオン源から数分間にわたって測定されたイオン伝達効率のプロットを示す図である。挿入図は、同じ期間にわたってプロットしたI
TおよびI
Cを示す。
【
図7-2】
図7Cは、イオン電流I
イオンおよび液滴電流I
液滴の相対的割合を測定するために使用される実験装置を示す図である。磁気セクター(直径=6cm、B磁場強度=0.54T)が、イオン光学系の後に配置されており、放出された粒子を質量対電荷比により偏向させる。I
イオンは幅広のファラデープレートにより収集され、I
液滴はファラデーカップにより収集される。
図7Dは、NaIの100mM水溶液を充填した28nm先端を使用して実施した2分間測定のI
イオン、I
液滴、および総測定電流のイオン分率を示す図である。
【
図8】水和殻をまとったアミノ酸イオンが気体分子と衝突する確率を気体分子運動論に基づいて示す図である。この曲線は、小さな水和殻(半径=7Å)を有する放出されたアミノ酸が、蒸発した水分子またはバックグラウンドN
2分子と衝突することになる累積確率を、メニスカスからの距離rの関数として表したものである。線は、最大可能水蒸気密度の計算値をメニスカスからの距離の関数として示す。メニスカスの真空側の蒸気圧は、室温での水の平衡蒸気圧の半分である8.75torrであると保守的に仮定した。挿入図は、メニスカス付近の蒸発水分子分布の概略図である。
【
図9-1】
図9Aは、半球状メニスカスから蒸発する水、先端半径r
0、および距離rを示す図である。
【
図9-2】
図9Bは、C
p(r)(実線)のプロット、少なくとも1回の衝突を起こす合計確率に対する、水分子(破線)およびバックグラウンド気体(一点鎖線)の別々の寄与を示す図である。破線曲線は蒸発した水分子の寄与を示し、一点鎖線曲線はバックグラウンド気体の寄与を示し、実線曲線は、水およびバックグラウンド気体の寄与を合計することにより得られる合計衝突確率を示す。計算には、n
b=2.25×10
15m
-3、n
w0=6.44×10
23m
-3、aw=1.325Å、a
b=1.82Å、a
i=7Å、およびr
0=30nmを使用した。プロットは、メニスカスから検出器までの総距離であるr=0.5mまで拡張されている。
【
図10】ナノキャピラリーの半無限円錐台モデルを使用した理論的予測に対してフィッティングした流体コンダクタンス測定値のプロットを示す図であり、半頂角θをフィッティングパラメーターとして使用した。
【
図11-1】
図11Aは、1価イオンの偏向角度対m/zのシミュレーション結果を示す図である。破線間の領域は、ファラデープレート検出器の位置および範囲を表し、70<m/Z<325のイオンがファラデープレートに衝突するはずである。
図11Bは、レイリー限界まで荷電された水の液滴の偏向角度対液滴半径のシミュレーション結果を示す図である。破線下の領域は、ファラデーカップアパーチャの位置および範囲を表し、15nmよりも大きな完全荷電液滴がファラデーカップに衝突するはずである。
【
図11-2】
図11Cは、60amu~460amuの質量の5つの1価イオンの選択された軌道シミュレーションを示し、矢印は質量増加の方向を指し示し、円は磁気セクターを表す。
図11Dは、5~25nmの半径を有する、レイリー限界まで荷電された5つの液滴の選択された軌道シミュレーションを示し、矢印は半径が増加する方向を指し示している。
【
図12】一部の実施形態による、複数のナノポアイオン源を含むマルチプレックス質量分析計の概略図を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本開示は、概して、単一分子タンパク質配列決定のためのペプチド光解離を分析するためのシステムおよび方法に関する。一態様では、システムおよび方法は、水溶液中の単一タンパク質分子を、そのアミノ酸の組成および配列を質量分析で測定することができるように断片化することを可能にすることに関する。これは、単一分子タンパク質配列決定技術に有用であり得る。
【0026】
本開示のある特定の態様は、目的の種(例えば、ポリマー、バイオポリマーなど)の単一分子断片化および配列決定を可能にする質量分析計ならびに相互関連方法に関する。一部の場合では、目的の種はタンパク質であり、単一分子タンパク質配列決定に関連する方法が本明細書で開示される。本開示の一部の実施形態は、ペプチドおよびタンパク質を分析および/または配列決定するための方法に関するが、本開示はそれらに限定されず、他の実施形態では、この方法は、これらに限定されないが、塩イオン、巨大分子などを含む様々な分子および/またはイオンのいずれかを分析するために使用することができることが理解されるべきである。
【0027】
一部の実施形態では、目的の種(例えば、タンパク質)を個々の成分(例えば、アミノ酸)へと断片化するように構成された光源を含む質量分析計が本明細書で開示される。一部のそのような実施形態では、質量分析計は、下記でより詳細に記載のように、目的の種を真空中へとイオン化することが可能なイオン源、ならびにこれらに限定されないが、真空、磁気質量フィルター、および1つまたは複数の検出器を含む他の関連構成要素を含むナノポア質量分析計である。光源、イオン源などの組合せは、有利には、目的の種(例えば、タンパク質などのバイオポリマー)を基本断片(例えば、アミノ酸などのモノマー)へと断片化することおよびそれを配列決定することを可能にすることができる。イオン源、磁気質量フィルター、1つまたは複数の検出器は、下記でより詳細に記載のような、任意の特性、構成、および/または配置を有していてもよい。
【0028】
一組の実施形態では、光源(例えば、レーザー)は、例えば、光源がイオン源またはその部分に対して向けられるように、キャピラリーを含むイオン源に隣接して位置決めされていてもよい。そのような光源を含む質量分析計の非限定的な例は
図1A~1Bに示されている。図示されているように、質量分析計10は、目的の種50(例えば、タンパク質またはペプチド)を含む流体52が充填されたキャピラリー30を含むイオン源20に対して向けられた光源15(例えば、UVレーザーなどのレーザー)を含む。流体は、本明細書の他所に記載の任意の適切な溶媒、例えば、水、ホルムアミド、高揮発性溶媒、水溶液などを含んでもよい。一部の場合では、光源は、イオン源のキャピラリー先端(例えば、ナノチップ)に対して向けられていてもよい。一部の実施形態では、光源は、キャピラリー先端(例えば、ナノチップ)内に配置された目的の種(例えば、タンパク質またはペプチド)を含む流体に対して向けられていてもよい。例えば、
図1A~1Bに示されているように、光源15は、イオン源20のキャピラリー先端34(例えば、ナノチップ)内に目的の種50を含む流体52に対して向けられていてもよい。
【0029】
一部の実施形態によると、光源は、目的の種を含む流体に対して向けられることにより、キャピラリー内の流体中の目的の種(例えば、タンパク質)を、断片化された個々の成分または単一分子(例えば、個々のアミノ酸)へと断片化するように構成されていてもよい。断片化された個々の成分または単一分子は、一部の実施形態によると、その後、キャピラリー先端(例えば、ナノチップ)の開口部から真空中へとイオン化させることができる。一部の実施形態では、真空チャンバーはナノチップを収容する。例えば、
図1Bに示されているように、光源15は、目的の種50を含む流体52に対して向けられることにより、キャピラリー先端34(例えば、ナノチップ)内の流体52中の目的の種50(例えば、タンパク質またはペプチド)を、断片化された個々の成分または単一分子54(例えば、アミノ酸)へと断片化するように構成されていてもよい。例えば、光源15により放射される光62(例えば、UV光子)は、光62に曝露された目的の種50の部分の断片化64に結び付く可能性がある。断片化された個々の成分または単一分子54は、その後、キャピラリー先端36の開口部36からキャピラリー先端34を収容する真空80へとイオン化させることができる。目的の種を断片化することに関する方法は、下記により詳細に記載されている。
【0030】
一部の実施形態では、目的の種(例えば、タンパク質などのバイオポリマー)を個々の成分(例えば、個々のアミノ酸)へと断片化し、それを配列決定することに関連する方法が本明細書で開示される。そのような方法は、単一分子精度が求められるバイオポリマー(例えば、タンパク質)の配列決定に特に有益であり得ることが留意されるべきである。
【0031】
一部の実施形態では、この方法は、目的の種(例えば、タンパク質)をキャピラリーのナノチップにおいて実質的に直線状の構成に配置するステップを含む。一部の場合では、キャピラリーのナノチップは、目的の種が駆動されてそれ自体が直線状の構成に配置されるように寸法設定されていてもよい。
図1A~1Bに示されているように、キャピラリー先端34は、目的の種50(例えば、タンパク質またはペプチド)がキャピラリーの先端において直線状に配置されるように寸法設定されていてもよい(例えば、200nm未満、150nm未満、120nm未満、100nm未満、80nm未満、65nm未満、60nm未満、50nm未満、30nm未満、25nm未満の、かつ/または最小20nmの(例えば、最小15nm、最小10nm、最小5nm、最小4nm、最小3nm、最小2nm、最小1nmなどの)断面寸法(例えば、最大断面寸法)を有することにより)。一組の実施形態では、ナノチップは、1nm~5nmの断面寸法を有してもよい。有利には、そのような直線状の配置は、目的の種を形成する基本断片(例えば、アミノ酸)間の個々の結合(例えば、ペプチド結合)の露出を可能にすることができ、それによりひいては目的の種がその基本断片へと断片化されることを促進することができる。
【0032】
一部の実施形態では、この方法は、キャピラリー先端(例えば、ナノチップ)内の目的の種にレーザー光を当てることにより、目的の種(例えば、タンパク質)を基本断片(例えば、アミノ酸)へと断片化するステップを含む。
図1A~1Bに示されているように、キャピラリー先端34(例えば、ナノチップ)に隣接する光源15(例えば、レーザー)により生成される光62(例えば、レーザー光)を、目的の種50を含む溶液に当ててもよい。一部のそのような実施形態では、目的の種は、レーザー光が目的の種(例えば、タンパク質)から個々の成分(例えば、アミノ酸)間の結合を切断することができるように、直線状に配置される。例えば、
図1Bを参照すると、目的の種50は、光62(例えば、レーザー光)が目的の種50(例えば、タンパク質またはペプチド)から個々の成分または分子(例えば、アミノ酸)間の結合を切断することができるように、キャピラリー先端34(例えば、ナノチップ)内に直線状に配置されていてもよい。
【0033】
一部の実施形態では、目的の種(例えばタンパク質)をその基本断片(例えばアミノ酸)に断片化したら、基本断片をナノチップの開口部から放出(例えばイオン化)することができる。一部の実施形態によると、ナノチップは、例えば、基本断片が、目的の種内の基本断片の順序を保存しながら連続的に放出されるように寸法設定することができる。例えば、
図1A~1Bに示されているように、基本断片54(例えば、アミノ酸)を、ナノチップ34の開口部36から(例えば、1つずつ)連続した順序で放出することができる。一部の実施形態では、放出された基本断片(例えば、アミノ酸)は、質量分析計の種々の構成要素(例えば、真空、イオン光学系、磁気質量フィルター)を通過し、その後1つまたは複数の検出器により検出することができる。一部の実施形態では、1つまたは複数の検出器は、放出された断片(例えば、アミノ酸)を決定することにより目的の種(例えば、タンパク質)の配列を決定するように構成されていてもよい。非限定的な例として
図1A~1Bを再び参照すると、放出された基本断片54(例えば、アミノ酸)は、質量分析計の種々の構成要素(例えば、真空80、イオン光学系100、質量フィルター90(例えば、磁気質量フィルター))を通過し、その後1つまたは複数の検出器70により検出することができる。1つまたは複数の検出器70は、放出された断片54(例えば、アミノ酸)を決定することにより、目的の種(例えば、タンパク質)の配列を決定するように構成されていてもよい。基本断片の放出、伝達、および検出の種々の構成要素および方法に関連する詳細については、下記により詳細に記載されている。
【0034】
一部の実施形態では、キャピラリーは、キャピラリー内で目的の種を個々の成分へと断片化することを可能にする特に有利な構成を有することができる。そのような構成を有するキャピラリーは、例えば、有利には、キャピラリー内(例えば、キャピラリーのナノチップ内)での断片化された個々の成分の混合および拡散を低減させることができ、ならびに/または目的の種の断片化前の元々の配列に関して個々の成分の配列を保存することができ、ならびに/またはキャピラリーの先端における断片化された個々の成分の直線状および連続的なその後イオン化を可能にすることができる。例えば、一組の実施形態では、キャピラリーは、本体部分、および本体部分に流体的に接続された、キャピラリーの開口部に隣接する先端部分(例えば、ナノチップ)を含んでいてもよい。例えば、
図1Bに示されているように、キャピラリー30は、本体部分32およびキャピラリー30の開口部36に隣接する先端部分34(例えば、ナノチップ)を含んでいてもよい。先端部分34は、本体部分32に流体的に接続されていてもよい。
【0035】
一部の実施形態では、キャピラリーの先端部分は、光源により放射される、ある特定の波長または波長範囲を有する光に対して実質的に透過性であってもよい。本明細書で使用される場合、ある波長の光に対して「実質的に透過性」である先端部分は、ある特定の波長または波長範囲を有する光の50%よりも多く(例えば、60%よりも多く、70%よりも多く、80%よりも多く、90%よりも多く)かつ/または最大95%(例えば、最大99%、または最大100%)が、キャピラリーの先端部分へと通過することができることを意味する。例えば、キャピラリーの先端部分(例えば、ナノチップ)は、213nm以下(例えば、213nm以下、200nm以下、193nm以下、185nm以下、180nm以下、175nm以下、150nm以下)かつ/または最小170nm(例えば、最小160nm、最小155nm、もしくは最小150nm)の波長を有する光に対して透過性であってもよい。上記で参照されている波長の値は、+/-5nm、+/-10nm、または+/-15nmの偏差を有してもよい。上記で参照されている範囲の組合せも可能である(例えば、220nm+/-5nm以下かつ最小150nm+/-5nm、213nm+/-5nm以下かつ最小150nm+/-5nm、193nm+/-5nm以下かつ最小160nm+/-5nm、または185nm+/-5nm以下かつ最小150nm+/-5nm)。他の範囲も可能である。
【0036】
一部の実施形態では、キャピラリーの本体部分は、光源により放射されるある特定の波長または波長範囲を有する光に対して実質的に不透過性であってもよい。本明細書で使用される場合、ある波長の光に対して「実質的に不透過性」である本体部分は、ある特定の波長または波長範囲を有する光の50%未満(例えば、40%未満、30%未満、20%未満、10%未満)、かつ/または最小5%(例えば、最小1%、または最小0%)が、キャピラリーの本体部分へと通過することができることを意味する。例えば、キャピラリーの本体部分は、213nm以下(例えば、200nm以下、193nm以下、185nm以下、180nm以下、175nm以下、150nm以下)かつ/または最小170nm(例えば、最小165nm、最小160nm、最小155nm、もしくは最小150nm)の波長を有する光に対して不透過性であってもよい。上記で参照されている波長の値は、+/-5nm、+/-10nm、または+/-15nmの偏差を有してもよい。上記で参照されている範囲の組合せも可能である(例えば、220nm+/-5nm以下かつ最小150nm+/-5nm、213nm+/-5nm以下かつ最小150nm+/-5nm、193nm+/-5nm以下かつ最小150nm+/-5nm、または185nm以下かつ最小150nm+/05nm)。他の範囲も可能である。
【0037】
非限定的な例として
図1A~1Bを参照すると、先端部分34(例えば、ナノチップ)は、キャピラリーの先端部分に関して上記に記載の1つまたは複数の範囲の波長を有する光に対して透過性であってもよく、本体部分32は、キャピラリーの本体部分に関して上記に記載の1つまたは複数の範囲の波長を有する光に対して実質的に不透過性であってもよい。
【0038】
一部の実施形態では、キャピラリーの先端部分(例えば、実質的に透過性の先端部分)内に含まれる目的の種の大部分が個々の成分へと断片化されるが、キャピラリーの本体部分(例えば、実質的に不透過性の本体部分)内に含まれる目的の種は、たとえあったとしても少量が、個々の成分へと断片化される。例えば、キャピラリーの先端部分内に含まれる目的の種の50%よりも多く(例えば、60%よりも多く、70%よりも多く、80%よりも多く、90%よりも多く)かつ/または最大95%(例えば、最大99%、または最大100%)が、例えば入射光により個々の成分へと断片化されてもよい。加えて、キャピラリーの本体部分内に含まれる目的の種の50%未満(例えば、40%未満、30%未満、20%未満、10%未満)かつ/または最小5%(例えば、最小1%、または最小0%)が、個々の成分へと断片化されてもよい。
【0039】
例えば、
図1A~1Bに示されているように、キャピラリー30の透過性先端部分34内に含まれる目的の種50(例えば、タンパク質またはペプチド)の大部分は、光62により個々の成分54(例えば、アミノ酸)へと断片化されるが、キャピラリー30の不透過性本体部分32内に含まれる目的の種50(例えば、タンパク質またはペプチド)は、たとえあったとしてもほとんどは個々の成分へと断片化されない。一組の実施形態では、キャピラリーの先端部分内に含まれる目的の種のすべて(例えば100%)が光源からの光により断片化されるが、キャピラリーの本体部分内に含まれる目的の種は、光源からの光によりほとんどまたはまったく断片化されない(例えば0%)。
【0040】
一部の実施形態では、目的の種がキャピラリーの先端部分で個々の成分へと断片化されると、個々の成分は先端部分の開口部に向かって拡散し、キャピラリー先端の近傍にある電極によりイオン化することができる。電極は、本明細書の他所に記載の任意の特性および/または構成を有してもよい。例えば、
図1Bに示されているように、断片化された個々の成分54は、先端部分34の開口部36に向かって拡散し、キャピラリー先端の近傍にある電極(図示せず)によりイオン化することができる。
【0041】
一部の実施形態によると、キャピラリーは、有利には、不透過性本体部分および透過性先端部分を有することにより、キャピラリーの開口部に隣接する透過性先端部分でのみ目的の種の断片化を可能にすることができる。本明細書の他所に記載のように、先端部分は、先端部分内に含まれる目的の種が実質的に直線状に配置されるように寸法設定することができる。本明細書に記載のキャピラリーは、目的の種を先端部分に直線状に配置したまま断片化することを可能にし、断片化された個々の成分が先端部分の開口部でイオン化される前に混合してしまうことを制限し、したがって断片化された個々の成分を目的の種の元々の配列のままイオン化および検出することが可能になる。
【0042】
キャピラリーの先端部分は、キャピラリーの開口部に関して本明細書に記載の1つまたは複数の範囲のサイズを有してもよい。一部の実施形態では、先端部分は、150nm以下、130nm以下、125nm以下、120nm以下、110nm以下、100nm以下、90nm以下、80nm以下、75nm以下、70nm以下、65nm以下、60nm以下、55nm以下、50nm以下、45nm以下、40nm以下、35nm以下、30nm以下、25nm以下、20nm以下、15nm以下、10nm以下、5nm以下、3nm以下、2nm以下などの断面寸法(例えば、最大断面寸法)を含む。加えて、先端部分は、一部の場合では、少なくとも1nm、少なくとも2nm、少なくとも3nm、少なくとも5nm、少なくとも10nm、少なくとも15nm、少なくとも20nm、少なくとも25nm、少なくとも30nm、少なくとも40nm、少なくとも50nm、少なくとも60nm、少なくとも65nm、少なくとも70nm、少なくとも80nm、少なくとも90nmなどの断面寸法を有してもよい。これらの組合せも可能である。例えば、開口部は、50nm~100nm、または20~65nm、1nm~5nm、1nm~3nmなどの断面寸法を有してもよい。一部の実施形態では、キャピラリーの先端部分(例えば、ナノチップ)は、例えば、ナノチューブから形成されるなど、ナノサイズであってもよい。ナノチューブの非限定的な例としては、カーボンナノチューブおよび/または窒化物ナノチューブ(例えば、窒化ホウ素ナノチューブ)が挙げられる。一部の場合では、ナノチップの開口部は、1nm~5nm(例えば、1nm~3nm)の断面寸法を有してもよい。
【0043】
一部の実施形態では、キャピラリーの本体部分は、光源により放射されるある波長の光に対して実質的に不透過性である材料で製造および/またはコーティングされていてもよい。例えば、キャピラリーの本体部分は、キャピラリーの本体部分に関して上記に記載の1つまたは複数の範囲の波長を有する光に対して実質的に不透過性であってもよい。一部の場合では、本体部分のキャピラリー壁は、不透過性材料(例えば、金属)を使用して構築されていてもよい。代替的にまたは加えて、キャピラリー壁は、元々は透過性の材料で形成し、その後不透過性層(例えば、金属コーティング)でコーティングしてもよい。様々な適切なコーティング技法のいずれかを使用して、キャピラリーの本体部分をコーティングすることができる。
【0044】
一部の実施形態では、キャピラリーは、キャピラリーの長さに沿って厚さが可変性であるキャピラリー壁を含んでいてもよい。例えば、キャピラリー壁は、ナノチップの開口部付近が最も薄くてもよく、ナノチップからさらに離れるほど厚くなってもよい。一組の実施形態では、光が通過するキャピラリー壁の厚さは、ナノチップからさらに遠ざかると共に(例えば、キャピラリー本体に向かってなど)実質的に直線的に増加してもよい。これは、ひいては、ナノチップから遠ざかると共にキャピラリーに入る光の量の減少に結び付く可能性がある。一部の実施形態では、より薄いキャピラリー壁を有するナノチップは、ある特定の波長の光に対して実質的に透過性であるが、より厚いキャピラリー壁を有するキャピラリー本体は、その波長の光に対して実質的に不透過性であってもよい。
【0045】
一部の場合では、特に有益なタイプのレーザー光および/または特に有益なタイプの波長の光を質量分析計に使用することができる。一部のそのような実施形態では、光源はUV光源であり、レーザー光は紫外光である。一部の場合では、紫外光を使用すると、他の波長の光(例えば、X線)と比較して、タンパク質の配列決定にとってより好ましい条件に結び付けることができる。そのような好ましい条件としては、これらに限定されないが、目的の種(例えば、タンパク質)を単一分子(単一アミノ酸)へとより効率的に断片化すること、より低出力のレーザーが使用されること(それにより、より実用的でより安全な作動が可能になる)、目的の種を含む流体の加熱が低減されること(それにより種の熱劣化が低減される)などが挙げられる。目的の種がタンパク質である実施形態では、そのようなレーザー光および/またはそのような波長のレーザー光を使用することにより、比較的高いペプチド骨格分断確率がもたらされ、それにより個々のアミノ酸の形成を可能にすることができる。一部の場合では、異なる波長を有する他のタイプの光源(例えば、IR)を使用することもできる。
【0046】
一部の実施形態では、光源は、様々な適切な波長のいずれかの光を生成するように構成されている。一部の実施形態では、光源は、少なくとも150nm(例えば、少なくとも155nm、少なくとも157nm、少なくとも160nm、少なくとも165nm、少なくとも170nm、少なくとも175nm、少なくとも180nm、少なくとも185nm、少なくとも190nm、少なくとも193nm、少なくとも195nm、少なくとも200nm、少なくとも210nm、少なくとも213nm、少なくとも220nmなど)の波長を有してもよい。一部の実施形態では、光源は、230nm以下(例えば、222nm以下、220nm以下、213nm以下、210nm以下、200nm以下、195nm以下、193nm以下、190nm以下、185nm以下、180nm以下、175nm以下、165nm以下、160nm以下、157nm以下)の波長を有してもよい。上記で参照されている波長の値は、+/-5nm、+/-10nm、または+/-15nmの偏差を有してもよい。上記で参照されている範囲はいずれも可能であり得る(例えば、少なくとも150nm+/-5nmかつ213nm+/-5nm以下、少なくとも160nm+/-5nmかつ213nm+/-5nm以下、または少なくとも157nm+/-5nmかつ193nm+/-5nm以下、少なくとも180nm+/-5nmかつ213nm+/-5nm以下、少なくとも193nm+/-5nmかつ213nm+/-5nm以下)。他の範囲も可能である。
【0047】
一部の実施形態では、本明細書に記載の光源を使用することにより、比較的高い断片化効率を達成することができる。断片化効率という用語は、本明細書で使用される場合、ある特定の基本断片(例えば、特定のアミノ酸)が単一分子として目的の種から切断され得る確率を指す。一部のそのような実施形態では、アミノ酸の大部分の場合、断片化効率は、60%~95%または65%~92%である。
【0048】
加えて、本開示は、概して、ある特定の実施形態では、例えば質量分析計での検出のための、またはリソグラフィー、スパッタリング機、推進などの他の使用のためのイオン化分子の作出に関する。一部の実施形態は、電界を印加した試料の直接イオン蒸発を可能にすることができるキャピラリー先端を含むイオン源を含む。一部の場合では、先端は、125nm未満または100nm未満などの断面寸法(例えば、直径)を有する開口部を有してもよい。加えて、ある特定の態様は、試料(例えば、アミノ酸)の検出を可能にし、一部の場合では配列決定を可能にするキャピラリー先端の使用に関する。例えば、一部の実施形態は、質量分析計において単一イオンおよびイオンクラスターを水性試料から直接的に高速で蒸発させることを可能にすることに関する。他の態様は、そのようなイオン化分子を製作または使用するための方法、またはそのようなイオン化分子を作出するための装置を製作もしくは使用するための方法などに関する。
【0049】
例えば、一部の実施形態は、概して、キャピラリー、および一部の場合では環状であってもよい電極を含み、それらの間に電圧が印加されるとイオンが生成されるイオン源に関する。一部の場合では、キャピラリーは、125nm未満または100nm未満などの先端内径を有してもよい。これは、キャピラリー内の流体のメニスカスからイオンを直接的に蒸発させ、無駄な液滴蒸発プロセスを回避することを可能にすることができる。この方式では、イオン蒸発はイオン電流の大部分を占めることができ、この放出モードは、一部の場合では、比較的低い塩濃度の溶液で実現することができる。一部の実施形態では、125nm未満または100nm未満(例えば、65nm以下または60nm以下など)の内径を有する先端は、例えば、少数の溶媒分子、例えばわずか1つまたは2つの溶媒分子を含む、高い割合の裸イオンまたはイオンクラスターを生成することができる可能性がある。液体真空界面の面積が小さいため、一部の場合では、著しい蒸発熱損失を防止することができ、ある特定の場合では、水のような揮発性溶媒の使用が可能になる。一部の実施形態では、こうした方法などの方法を使用して、分子またはイオン、例えば、アミノ酸、核酸、ペプチド、またはタンパク質などの生体分子を分析することができる。一部の場合では、本明細書に記載のものなどのイオン源は、質量分析実験の感度を向上させ、単一分子タンパク質配列決定または単一細胞プロテオミクス研究を可能にすることができる。下記に記載のものなどの他の応用も可能である。
【0050】
例えば、一部の実施形態は、概して、キャピラリーおよび電極を含むイオン源に関する。電極は、例えば減圧環境もしくは真空へと、例えば100mPaの圧力、または本明細書に記載の他の圧力において、キャピラリー内の流体から直接的にイオン化分子を生成するために使用することができる。ある特定の実施形態では、キャピラリーの開口部は、電界が印加されるとキャピラリー内の流体が荷電メニスカスを形成し、流体内の種が、例えば主にイオン蒸発により荷電メニスカスから退出するように寸法設定されている。サブミクロンの開口部(例えば、125nm未満または100nm未満など)を有するキャピラリーの使用は、イオン蒸発による流体のイオン化に有利であり得る。この場合、キャピラリーから退出する種が液体ジェットにより退出し、荷電液滴に解体され、荷電液滴はバックグラウンド気体の存在下で荷電イオンへとさらに解体されるエレクトロスプレーイオン化とは対照的に、キャピラリーを退出した種は、単一荷電イオンまたは荷電イオンクラスターへと直接的にイオン化されるが、一部の場合では、ある程度のエレクトロスプレーイオン化も依然として生じ得ることが理解されるべきである。イオン蒸発は、例えば流体からの単一イオンの効率的な使用または生成を必要とするある特定の応用において好ましい場合がある。例えば、ある特定の実施形態は、単一荷電イオンを直接的に生成し、その後検出することができる質量分析におけるイオン源に関する。
【0051】
一組の実施形態によると、イオン源は、100nm未満の断面寸法(例えば、キャピラリーの内径)を有する開口部を画定するキャピラリーを含む。また、開口部は、一部の場合では、電界が印加されるとイオン蒸発が液体ジェット形成よりも優勢になるように寸法設定することができる。例えば、ある特定の実施形態では、退出種の少なくとも50%が、イオン蒸発により存在してもよく、またはイオンもしくはイオンクラスターの形態で存在してもよい。例えば、ナノスケールキャピラリーは、流体メニスカスからのイオンの直接的蒸発を可能にすることができる。一部の実施形態では、流体を、そのような開口部を有するキャピラリーに通し、イオンおよびイオンクラスターの形態で減圧または真空環境(例えば、100mPa以下の圧力を有する)へと直接送達することができる。イオンおよびイオンクラスターは、質量分析計の質量フィルターおよびイオン検出器で分析してもよく、または本明細書に記載のものなどの他の応用に適用してもよい。
【0052】
加えて、ある特定の態様は、キャピラリー内の流体からの、バイオポリマーなどの分子またはポリマーを配列決定する(例えば、質量分析により)ための方法に関する。一部の実施形態では、流体は、比較的高い蒸気圧を有する溶媒(例えば、水)に溶解された、バイオポリマーなどのポリマーを含む。典型的には、高揮発性溶媒(水など)の蒸発は、キャピラリーの開口部での流体の凍結に結び付く可能性があり、したがって流体からのイオン蒸発を成功させる質量分析計の能力が制限される。しかしながら、キャピラリーの開口部は、例えば、本明細書で考察されているように、開口部における流体メニスカスがより小さな面積を有することができ、こうした効果を低減することができるように寸法設定することができる。したがって、質量分析計のイオン源に小さな開口部を有するキャピラリーを使用すると、水溶液中の分子、例えば、ポリマー、またはアミノ酸、核酸、およびペプチドもしくはタンパク質などのバイオポリマーの研究を可能にすることができる。ある特定の実施形態では、ポリマーではない分子も研究することができる。
【0053】
ポリマー(例えば、バイオポリマー)などの分子を配列決定するために、ある特定の実施形態は、電場を印加してキャピラリーの開口部の近傍で分子をイオン化し、イオン化断片を生成することに関する。ある特定の実施形態では、イオン化断片は、流体から減圧環境へと直接送られる。一部の場合では、イオン化断片は、本明細書で考察されているように、例えば、少数の溶媒分子(例えば、水)を有する単一イオンまたはイオンクラスターを含んでいてもよい。開口部は、イオン化断片が分子の配列に従って連続した順序で開口部から退出するように寸法設定することができる。例えば、ある特定の実施形態は、検出器内で分子をイオン化することにより生成されるイオン化断片を決定することにより、分子の配列の決定を可能にする。
【0054】
加えて、ある特定の態様は、本明細書に開示のキャピラリーを有するイオン源を含む装置に関する。また、装置は、キャピラリーの近傍に電極を有していてもよい。一部の実施形態では、質量分析計におけるイオン源の使用が開示されているが、本明細書に開示のようなイオン源の使用は、質量分析計にのみ適用されるものではないことが留意されるべきである。イオン源は、例えば、本明細書で考察されているように、リソグラフィー機、スパッタリング機、宇宙推進システムなどに使用することもできる。
【0055】
ある特定の態様は、開口部を画定するキャピラリー、および開口部の近傍に設置された電極を有するイオン源に関する。キャピラリーは、キャピラリーの端部または先端に開口部を有していてもよい。開口部は、様々な断面寸法のいずれを有していてもよく、例えば、円形、楕円形、正方形などの任意の形状であってもよい。一部の実施形態では、開口部は、150nm以下、130nm以下、125nm以下、120nm以下、110nm以下、100nm以下、90nm以下、80nm以下、75nm以下、70nm以下、65nm以下、60nm以下、55nm以下、50nm以下、45nm以下、40nm以下、35nm以下、30nm以下、25nm以下、20nm以下、15nm以下、10nm以下、5nm以下、または2nm以下などの断面寸法を含む。加えて、開口部は、一部の場合では、少なくとも1nm、少なくとも5nm、少なくとも10nm、少なくとも15nm、少なくとも20nm、少なくとも25nm、30nm、少なくとも40nm、少なくとも50nm、少なくとも60nm、少なくとも65nm、少なくとも70nm、少なくとも80nm、少なくとも90nmなどの断面寸法を有してもよい。これらの組合せも可能である。例えば、開口部は、50nm~100nm、20~65nm、1nm~5nm、または1nm~3nmなどの断面寸法を有してもよい。上記の実施形態では、キャピラリーの端部または先端に開口部を有するキャピラリーが説明されているが、本明細書に記載のすべての実施形態がそのように限定されるわけではなく、ある特定の実施形態では、キャピラリーは、加えてまたは代替的に、キャピラリーの側面に沿って複数の開口部を有していてもよいことが理解されるべきである。加えて、一部の場合では、装置は、例えば、チャネルまたは他の構造内に、1つまたは複数のアパーチャまたは開口部を有してもよい。したがって、開口部は、キャピラリーの開口部である必要はない。
【0056】
一部の実施形態では、キャピラリーは開口部がテーパー状である。例えば、キャピラリーは、例えばキャピラリーの先端が円錐形となるように、一定のテーパー状になっていてもよい。任意の好適な角度が存在してもよい。例えば、角度は、15度未満、10度未満、9度未満、8度未満、7度未満、6度未満、5度未満、4度未満、3度未満、2度未満、または1度未満であってもよい(0度はテーパーされていないこと、つまりキャピラリーが円筒形であることを示す)。加えて、一部の場合では、テーパーの角度は、ある特定の場合では、少なくとも1度、少なくとも3度、少なくとも5度などであってもよい。こうした範囲の組合せも可能であり、例えば、テーパーは1度~5度であってもよい。
【0057】
キャピラリーが開口部にてテーパー状であるある特定の実施形態では、レーザープリング技法(laser pulling technique)を使用して、テーパー状開口部を製造することができる。レーザープリング技法以外の技法も、テーパー状開口部を有するキャピラリーの生産に使用することができることが理解されるべきである。また、本明細書で考察されているキャピラリーはテーパー状開口部を有するが、他の例では、キャピラリーの開口部は、テーパー状でなくてもよいことも理解されるべきである。
【0058】
ある特定の実施形態では、イオン源のキャピラリーは石英を含む。キャピラリーを製造するために使用することができる材料の追加の例としては、これらに限定されないが、ガラス(例えば、ホウケイ酸ガラス)、プラスチック、金属、セラミック、半導体、カーボンナノチューブ、窒化ホウ素ナノチューブなどが挙げられる。
【0059】
一部の実施形態では、キャピラリーは、比較的高いアスペクト比、例えばキャピラリーの開口部の断面寸法(例えば直径)に対するキャピラリーの長さの比を有する。例えば、キャピラリーは、10,000よりも大きなアスペクト比を有してもよい。しかしながら、アスペクト比はそのように限定されないことが理解されるべきである。例えば、一部の例では、開口部の断面寸法に対するキャピラリーの長さのアスペクト比は、10よりも大きくてもよく、100よりも大きくてもよく、1,000よりも大きくてもよく、10,000よりも大きくてもよく、100,000よりも大きくてもよく、または1,000,000よりも大きくてもよい。
【0060】
キャピラリーは、円形または非円形の断面(例えば、正方形)を有してもよい。加えて、一部の実施形態では、キャピラリーは比較的小さな断面、例えば直径を有してもよい。例えば、キャピラリーの断面寸法は、200nm未満、150nm未満、75nm未満、60nm未満、50nm未満であってもよい。
【0061】
また、イオン源のある特定の実施形態は、キャピラリー、例えばキャピラリーの開口部の近傍に位置決めされた電極を含む。電極は、電界を、キャピラリー内の流体に印加するために(例えば、下記に記載のように)、例えば、メニスカスに印加するために使用することができる。一部の場合では、キャピラリー内の流体は、例えば、キャピラリーの開口部の近傍にある電極とキャピラリー内の対電極との間の電圧差が、流体に対して電場を発生させることができるように、対電極と接触させることができる。一部の実施形態では、電極は、キャピラリーの開口部の近傍で電場が最大になるように位置決めされてもよい。例えば、一部の実施形態では、電極は、キャピラリーの開口部の50mm以内、40mm以内、30mm以内、20mm以内、15mm以内、10mm以内、5mm以内、3mm以内、2mm以内、1mm以内などに位置決めされていてもよい。
【0062】
一部の実施形態では、電極は、キャピラリーもしくはナノチップの周囲に位置決めされてもよく、またはキャピラリーもしくはナノチップの前方、例えばキャピラリーの開口部の前方もしくは下流方向に位置決めされてもよい。例えば、非限定的な例として
図1A~1Bを参照すると、電極(図示せず)は、キャピラリー30もしくはナノチップ34の周囲、キャピラリー30もしくはナノチップ34の前方、キャピラリー30の開口部36の前方、またはキャピラリー30の下流方向に位置決めされていてもよい。
【0063】
電極は、任意の好適な形状を有してもよい。一部の場合では、電極は円形もしくは円対称性であるか、またはキャピラリーに対して対称的に位置決めされている。しかしながら、他の形状または配置も可能である。
【0064】
一部の実施形態では、電極は、開口部(例えば、アパーチャ)を画定する。したがって、一部の場合では、電極は環状であってもよい。電極は、キャピラリー内の流体から排出されるイオンまたはイオンクラスターが電極の中央開口部を通過するように位置決めされていてもよい。電極の中央開口部は、キャピラリーの開口部周囲に環状に位置決めされていてもよい円形形状を含むが、それに限定されない任意の形状であってもよい。また、一部の場合では、開口部は非円形であってもよい。一部の実施形態では、電極の開口部は、キャピラリーの開口部と同軸に位置決めされている。すなわち、ある特定の実施形態では、例えばキャピラリーの断面の中心を通る仮想線が電極の中央開口部を通過するように、開口部をキャピラリーの開口部と位置合わせすることができる。これにより、キャピラリー内の流体への電場の印加が容易になり、例えば、本明細書で考察されているように、イオンまたはイオンクラスターの流体からの退出を引き起こすことができる。
【0065】
例えば、一部の実施形態では、電極は、例えばキャピラリーの端部または先端において、キャピラリーの開口部の断面寸法より大きな断面寸法(例えば内径)を有する中央開口部を有する。例えば、ある特定の実施形態によると、電極は、キャピラリーの開口部の断面寸法よりも少なくとも5倍大きな断面寸法(例えば、内径)を有する中央開口部を有する。しかしながら、キャピラリーの開口部に対する、電極の中央開口部の断面寸法の比は限定されないことが理解されるべきである。例えば、一部の例では、電極の中央開口部の断面寸法は、キャピラリーの開口部の断面寸法よりも少なくとも2倍、少なくとも3倍、少なくとも5倍、少なくとも10倍、少なくとも20倍、少なくとも30倍、より少なくとも50倍、少なくとも75倍、または少なくとも100倍大きくてもよい。ある特定の場合では、電極の開口部は、10cm未満、5cm未満、3cm未満、1cm未満、5mm未満、3mm未満、1mm未満などの断面寸法を有してもよい。加えて、一部の実施形態では、電極の前面がキャピラリーの開口部の前方に位置決めされている。
【0066】
加えて、電極自体は、任意の形状(例えば、円形または非円形)であってもよい。電極は、その開口部(存在する場合)と同じ形状を有してもよく、または異なる形状を有してもよい。電極は、任意の好適な断面寸法を有してもよい。例えば、電極は、10cm未満、5cm未満、3cm未満、1cm未満、5mm未満、3mm未満、1mm未満などの断面寸法を有してもよい。
【0067】
一部の実施形態では、電極は鋼を含む。他の例としては、銅、グラファイト、銀、アルミニウム、金、または導電性セラミックなどが挙げられる。
【0068】
したがって、ある特定の実施形態は、電場を発生させることができる電極に関する。一部の実施形態では、前述のように、電極は、キャピラリーの開口部の近傍で電場最大値が作出されるように位置決めされてもよい。一部の実施形態では、流体は、キャピラリーの開口部の近傍にある電極により電界が印加されると、流体内の分子がイオン化して、例えば、本明細書で考察されているものなどのイオンまたはイオンクラスターとしてキャピラリーの開口部から退出することができるように、キャピラリーに収容される。一部の場合では、例えば、電極およびキャピラリー(例えば、キャピラリーの内部)は、例えば本明細書で考察されているように、電圧源に接続可能であってもよい。
【0069】
したがって、ある特定の実施形態では、電圧源を電極と併せて使用して電場を生成し、例えば本明細書で考察されているように、イオンまたはイオンクラスターをキャピラリー内の流体から退出させることができる。一部の実施形態では、キャピラリーの開口部で流体内の分子をイオン化するのに、例えばイオンまたはイオンクラスターを生成するのに少なくとも十分な電場を発生させるように電圧が印加される。例えば、ある特定の実施形態では、80V~400Vの範囲の電圧を使用して電場を発生させることができる。一部の場合では、電圧は、少なくとも40V、少なくとも60V、少なくとも80V、少なくとも100V、少なくとも120V、少なくとも140V、少なくとも160V、少なくとも180V、少なくとも200V、少なくとも220V、少なくとも240V、少なくとも260V、少なくとも280V、少なくとも300V、少なくとも320V、少なくとも340V、少なくとも360V、少なくとも380V、少なくとも400V、少なくとも450V、少なくとも500V、少なくとも600Vなどであってもよい。加えて、一部の場合では、電圧は、600V以下、500V以下、450V以下、400V以下、380V以下、360V以下、340V、320V以下、300V以下、280V以下、260V以下、240V以下、220V以下、200V以下、180V以下、160V以下、140V以下、120V以下、100V以下、80V以下、60V以下などであってもよい。一部の場合では、こうした電圧の組合せが可能である。例えば、80V~360Vの電圧を印加してもよい。電圧は、定電圧として印加してもよく、またはある特定の場合では変動電圧または周期的電圧として印加してもよい。
【0070】
言及されているように、キャピラリーの開口部の近傍、またはキャピラリー内の流体(例えば、開口部のメニスカス)に電場最大値を作出するように電圧を印加してもよい。例えば、少なくとも0.5V/nm、少なくとも0.7V/nm、少なくとも1V/nm、少なくとも1.1V/nm、少なくとも1.3V/nm、少なくとも1.5V/nm、少なくとも2V/nm、少なくとも2.5V/nm、少なくとも3V/nm、少なくとも3.5V/nm、少なくとも4V/nmなどの電場最大値を作出するように電圧を印加してもよい。ある特定の実施形態では、電場最大値は、5V/nm以下、4.5V/nm以下、4V/nm以下、3.5V/nm以下、3V/nm以下、2.5V/nm以下、2V/nm以下、1.5V/nm以下、1V/nm以下であってもよい。一部の実施形態では、こうした範囲の組合せも可能である。例えば、電場は、1.5V/nm~3.0V/nm、1.5V/nm~4.0V/nmなどであってもよい。
【0071】
いかなる理論にも束縛されることは望まないが、ある特定の実施形態では、電場が印加されると、キャピラリー内の流体が荷電メニスカスを形成し、種が、例えばイオンまたはイオンクラスターとして荷電メニスカスから退出すると考えられる。一部の場合では、キャピラリーの開口部は、退出種の少なくとも10%が、イオン蒸発により、例えばイオンまたはイオンクラスターとして退出するように寸法設定されていてもよい。一部の場合では、退出種の少なくとも20%、少なくとも30%、少なくとも40%、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%などがイオン蒸発により退出する。
【0072】
以前に記載のように、ある特定の実施形態によると、円錐形の荷電流体メニスカスを、電場下でキャピラリーの開口部に生成することができる。一部の実施形態では、円錐形流体メニスカスは、種がイオンまたはイオンクラスターとして退出することを可能にする点源として作用する。
【0073】
流体メニスカスは、エレクトロスプレーイオン化による荷電液滴、ならびに/またはイオン蒸発によるイオンおよびイオンクラスターなどの機序により、退出種を生成することができる。しかしながら、エレクトロスプレーイオン化の場合、液体メニスカスから退出する退出種は、退出種を含む流体の荷電液滴として退出することになり、そのためには、典型的にはクーロン核分裂プロセスにより液滴を個々のイオンへとさらに解体するためにバックグラウンド気体の存在が必要になるだろう。一方で、イオン蒸発は、荷電液滴ではなく、分子が直接的にイオン(例えば、裸イオン)またはイオンクラスター(例えば、溶媒分子を有するイオン)へとイオン化されるプロセスを指す。イオンクラスターは、単一イオンおよび複数の、通常は比較的少数の溶媒分子を含んでいてもよい。例えば、イオンクラスターは、10個以下、9個以下、8個以下、7個以下、6個以下、5個以下、4個以下、3個以下、2個以下、または1個以下の溶媒分子を含んでいてもよい。
【0074】
したがって、例えば、一部の実施形態では、キャピラリーの開口部は、荷電液滴の形成を回避することができるように、および退出種の少なくとも50%(例えば、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも95%、少なくとも90%、少なくとも93%、少なくとも99%、またはすべて)が、キャピラリーの開口部にて円錐形流体メニスカスからイオンまたはイオンクラスターとして直接イオン化するように寸法設定されている(例えば、開口部の断面寸法は125nm未満または100nm未満などである)。
【0075】
言及されているように、一部の実施形態では、比較的小さな開口部(例えば、125nm未満または100nm未満などの断面寸法)を有するキャピラリーには、例えば上記に記載のように、イオンクラスターに比較的少数の溶媒分子の生成が伴う場合がある。一部の実施形態では、キャピラリーの開口部は、複数の溶媒分子がある特定の数以下の溶媒分子を含むように、例えば、イオン源により生成されるイオンクラスターが、平均して7、6、5、4、3、または2個以下の溶媒分子を含むように寸法設定されていてもよい(例えば、125nm未満または100nm未満など)。一部の実施形態では、かなりの数(例えば、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、99%以上、またはすべて)のイオンクラスターが1個または2個の溶媒分子を含む。
【0076】
一部の実施形態では、キャピラリーの先端に電圧を印加して電流を発生させることができる。一部の実施形態では、キャピラリーの先端は比較的低い電流を有してもよい。一部の実施形態では、キャピラリーの先端における電流は、少なくとも0.1pA(例えば、少なくとも0.5pA、少なくとも1pA、少なくとも2pA、少なくとも3pA、少なくとも5pA、少なくとも10pA、少なくとも15pA、少なくとも20pA、少なくとも50pA、少なくとも100pA、少なくとも150pA、少なくとも200pA、500pA、少なくとも1nAなど)であってもよい。一部の実施形態では、キャピラリーの先端は、2nA以下(例えば、1nA以下、500pA以下、200pA以下、150pA以下、100pA以下、10pA以下、20pA以下、18pA以下、15pA以下、10pA以下、5pA以下、3pA以下、2pA以下、1pA、0.5pA以下など)であってもよい。上記で参照されている範囲はいずれも可能である(例えば、少なくとも0.1pAかつ2nA以下、または少なくとも3pAかつ20pA以下)。他の範囲も可能である。
【0077】
加えて、考察されているように、ある特定の態様は、イオン源を使用して流体をイオン化して、例えば単一イオンまたはイオンクラスターを生成するための方法に関する。ある特定の実施形態は、125未満もしくは100nm未満などの断面寸法、または本明細書で考察されているものなどの他の構成を有する開口を画定するキャピラリーに流体を通すことを含む。
【0078】
一部の実施形態では、流体は試料および溶媒を含む。試料は、キャピラリーの開口部からイオン化することができる任意の目的の種を含んでいてもよい。例えば、ある特定の実施形態によると、目的の種はバイオポリマー(例えば、DNAもしくはRNAなどの核酸、ペプチド、またはタンパク質など)を含む。他の例としては、他のタイプのポリマー、例えば、ナイロン、ポリエチレンなど、または必ずしもポリマーではない他の目的の種、例えば生体分子が挙げられる。生体分子の非限定的な例としては、アミノ酸、ヌクレオチドなどのモノマーを挙げることができる。一部の場合では、目的の種は未知であり、例えば、質量分析または他の関連技法などで種をイオン化し、イオン断片を検出することにより、種の構造を少なくとも部分的に決定することが望まれる。
【0079】
一部の実施形態では、溶媒は、試料または目的の種を溶解または懸濁するために使用することができる任意の液体であってもよい。例えば、ある特定の実施形態によると、溶媒は水を含む。しかしながら、溶媒は水に限定されない。一部の場合では、溶媒は、例えば、様々な塩濃度のいずれかを有する水溶液であってもよい。一部の実施形態では、水溶液は、10mM以上、20mM以上、30mM以上、50mM以上、100mM、150mM以上、200mM以上、300mM以上、400mM以上、500mM以上、750mM以上、1M以上、2M以上、5M以上、または7.5M以上の塩濃度を有してもよい。一部の実施形態では、水溶液は、10M以下、7.5M以下、5M以下、2M以下、1M以下、750mM以下、500mM以下、400mM以下、200mM以下、150mM以下、100mM以下、50mM以下、30mM以下、20mM以下、10mM以下などの塩濃度を有してもよい。上記で参照されている範囲の組合せが可能である(例えば、100mM以上かつ10M以下、または150mM以上かつ1M以下)。
【0080】
使用することができる溶媒の追加の例としては、これらに限定されないが、ホルムアミド、アルコール(例えば、エタノール、イソプロパノールなど)、有機溶媒(例えば、トルエン、アセトニトリル、アセトン、ヘキサンなど)、イオン性液体、無機溶媒(例えば、アンモニア、スルフリルクロリドフルオリド、液体酸および塩基など)が挙げられる。ある特定の場合では、これらのおよび/または他の溶媒のいずれの組合せも可能である。
【0081】
一部の実施形態では、流体は、比較的低いpH値を有する溶媒を含む。例えば、一部の実施形態では、溶媒は、少なくとも3(例えば、少なくとも3.1、少なくとも3.2、少なくとも3.4、少なくとも3.6、少なくとも3.8など)のpHを有してもよい。加えて、一部の実施形態では、溶媒は、4以下(例えば、3.9以下、3.8以下、3.6以下、3.4以下、3.2以下、3.1以下など)のpHを有してもよい。上記で参照されている範囲の組合せが可能である(例えば、少なくとも3かつ4以下)。他の範囲も可能である。
【0082】
加えて、一部の実施形態では、流体は、例えばイオンまたはイオンクラスターの生成を促進するために、比較的高い揮発性を有する溶媒(例えば、水)を含む。例えば、沸点が100℃である水は、一部の場合では、揮発性であるとみなすことができる。一部の実施形態では、沸点が室温付近である液体を使用して、イオンまたはイオンクラスターの生成を促進することができる。一部の実施形態では、イオンまたはイオンクラスターの生成を促進するために使用することができる溶媒は、100℃以下、80℃以下、60℃以下、40℃以下、20℃以下などの沸点を有してもよい。加えて、溶媒は、10℃以上、30℃以上、50℃以上、70℃以上、90℃以上などの沸点を有してもよい。これらの組合せも可能である。例えば、溶媒は、50℃~100℃の沸点を有してもよい。比較的高い揮発性を有する溶媒の追加の例としては、これらに限定されないが、アセトン、イソプロパノール、ヘキサンなどが挙げられる。
【0083】
一部の実施形態では、キャピラリーの温度(それに含まれる流体のタイプに加えて)を変化させて、得られるイオンクラスター中の溶媒分子の数を制御することができる。一部の実施形態では、キャピラリーの温度は、複数の溶媒分子がある特定の数以下の溶媒分子を含むように、例えば、イオン源により生成されるイオンクラスターが、平均して、7、6、5、4、3、または2個以下の溶媒分子を含むように設定される。一部の実施形態では、温度は、少なくとも20℃、少なくとも30℃、少なくとも40℃、少なくとも50℃、少なくとも60℃、または少なくとも70℃である。一部の実施形態では、温度は、80℃以下、70℃以下、60℃以下、50℃以下、40℃以下、30℃以下である。上記で参照されている範囲の組合せが可能である(例えば、20℃以上かつ80℃以下)。一部の場合では、キャピラリーの温度は、抵抗加熱器、ペルチェ接合、赤外線加熱器などにより制御される。
【0084】
一部の実施形態では、例えば本明細書で考察されているように、分子の少なくとも一部がイオンまたはイオンクラスターとして退出することを引き起こすように、適切な範囲の電場および適切な範囲のキャピラリー開口部サイズを選択することができる。
【0085】
ある特定の実施形態は、イオン化分子を、流体から減圧環境または真空環境へと直接送ることを含む。いかなる理論にも束縛されることは望まないが、エレクトロスプレーイオン化などの技法は、典型的にはクーロン核分裂プロセスにより液滴を個々のイオンへとさらに解体するためにバックグラウンド気体の存在を必要とすることに留意されたい。対照的に、ある特定の実施形態によると、本明細書で考察されているように生成されたイオンまたはイオンクラスターは、相当量のバックグラウンド気体を必要とせずに、そのような環境へと直接送ることができる。したがって、質量分析などのある特定の技法は、必ずしもバックグラウンド気体の追加を必要とせずに、減圧環境または真空環境を使用して実施することができる。
【0086】
したがって、一組の実施形態では、キャピラリーは、開口部から退出するイオンまたはイオンクラスターが減圧環境または真空環境へと進入することを可能にするように位置決めされていてもよい。一部の場合では、環境は、100mPa以下の圧力を有する環境であってもよい。ある特定の実施形態では、環境は、1000mPa以下、300mPa以下、100mPa以下、30mPa以下、10mPa以下、3mPa以下、1.5mPa以下、1mPa以下、0.3mPa以下、0.1mPa以下などの圧力を有してもよい。一部の実施形態では、流体からのイオンまたはイオンクラスターは真空環境へと直接送られる。
【0087】
本明細書で提供される実施形態の一部は、イオン化分子を流体から100mPa以下の圧力を有する環境へと直接送ることに焦点を当てていたことが理解されるべきである。しかしながら、環境内の圧力は、100mPaに限定されないことが理解されるべきである。また、一部の実施形態では、圧力は、100mPa以上かつ1Pa以下であってもよい。
【0088】
一部の実施形態では、質量分析計はポンプを含む。ポンプは、例えば本明細書で考察されているように、減圧環境または真空環境を作出するために使用することができる。ポンプの非限定的な例としては、拡散ポンプ、分子ドラッグポンプ、またはターボ分子ポンプなどが挙げられる。
【0089】
一部の実施形態では、真空チャンバーとキャピラリー開口部の流体との間に比較的高い圧力差が存在してもよい。例えば、圧力は、流体がキャピラリーに進入するところでは約1気圧であってもよく、キャピラリーの開口部が位置する真空室内では、約100mPaまたは本明細書に記載のものなどの他の減圧であってもよい。しかしながら、本明細書に記載のものなどの一部の場合では、キャピラリーの開口部の流体メニスカスは、例えばメニスカスの流体の表面張力により、比較的高い圧力差にも関わらず比較的安定であり得る。例えば、キャピラリーの開口部の流体メニスカス前後の圧力差は、少なくとも0.1気圧、少なくとも0.2気圧、少なくとも0.3気圧、少なくとも0.4気圧、少なくとも0.5気圧、少なくとも0.6気圧、少なくとも0.7気圧以上、少なくとも0.8気圧、少なくとも0.9気圧、少なくとも1気圧などであってもよい。さらに、一部の実施形態では、本明細書に記載のものなどのキャピラリー(例えば、開口部が100nm未満であるキャピラリー)内の流体の水力学的体抵抗は、エレクトロスプレーイオン化で使用されるイオン源内の水力学的抵抗よりも高くてもよい。
【0090】
ある特定の実施形態によると、キャピラリーの開口部は、比較的高い揮発性を有する溶媒が、キャピラリーの開口部で比較的低い圧力に曝されても未凍結のままであるように寸法設定されている。一部の実施形態では、キャピラリーの開口部は、比較的高い揮発性の溶媒が周囲環境に進入する際に未凍結のままであるのに十分な程度に小さい。一部の実施形態では、キャピラリーの開口部は、目的の種がイオン化される際に試料および溶媒を含む流体が未凍結のままであり、目的の種の少なくとも一部がイオン化してイオン(例えば、単一イオン)またはイオンクラスターを形成するのに十分な程度に小さい。
【0091】
一部の態様は、本明細書に記載のようなイオン源を含む質量分析計に関する。しかしながら、本明細書に記載のものなどのイオン源は、質量分析計のみに限定されず、リソグラフィー、スパッタリング機、推進(例えば、宇宙推進)などの他の応用にも使用することができる。非限定的な例として、リソグラフィーでは、集束イオンビーム(FIB)機を使用して、リソグラフィーマスクを検査および/または改変すること、および/またはスパッタリングで材料にフィーチャをエッチングすることができる。スパッタリングは、高運動エネルギーで衝突するイオンにより固体の表面から原子を除去するプロセスである。一部の実施形態では、本明細書に記載のイオン源は、集束イオンビーム(FIB)機に存在し、分子を基板材料へとパターン化して送達するために使用することができる。
【0092】
ある特定の実施形態では、本明細書に記載のようなイオン源は、液体クロマトグラフィー質量分析システムで使用することができる。例えば、液体クロマトグラフをイオン源に接続して、ペプチドまたは他の分子を分離してからイオン化して質量分析計へと送達することができる。一部の場合では、プロテオミクス実験でのように、質量分析計を使用してシングルまたはタンデム(MS/MS)分析を実施し、イオン化されたペプチドまたは分子を特定することができる。有利には、イオンを低圧環境へと直接送達するための、本明細書に記載のイオン源(ナノサイズの開口部および/または先端を有するキャピラリーを有する)の使用は、機器の感度、そのようなシステムにおけるイオン伝達効率を向上させることができ、複数のポンピングステージの必要性を取り除くことができる。
【0093】
ある特定の実施形態では、本明細書に記載のようなイオン源は、ナノピペットおよびイオン源の両方として使用することができる。例えば、ナノサイズの先端を有する本明細書に記載のキャピラリー(例えば、引き延ばし済み石英キャピラリー)を使用して、細胞または組織に穿孔し、その生体分子内容物を取り出すことができる。次いで、キャピラリーを真空チャンバー(例えば、本明細書に記載のものなどの減圧を有するチャンバーなどの比較的高い真空を有する)に直接挿入し、抽出された分子をイオン化して質量分析計に送達することができる。そのような技法は、例えば、単一細胞の内容物などの比較的少量の液体容積を試料採取するために使用することができる。例えば、そのような技法は、単一細胞プロテオミクス研究に使用することができる。
【0094】
別の例として、一部の実施形態では、本明細書に記載のイオン源は推進のために使用される。例えば、イオンを後方に射出すると、物体が前方に推進する力を発生させることができる。一部の実施形態では、本明細書に記載のようなイオン源は、推進システムに使用される。これを使用すると、例えばイオン源のサイズが小さいため、イオン源の重量に比べて高い推力を送達することができる。加えて、一部の場合では、推進システムを小型化することができ、従来の推進システムと比較して燃料消費量を比較的少なくすることができる。
【0095】
加えて、幾つかの態様は、本明細書に記載のようなイオン源を有する質量分析計に関する。一部の場合では、質量分析計は、本明細書に記載のものなどのイオン源の他に、真空チャンバー(例えば、本明細書に記載の減圧のいずれかを生成することができる)、イオン光学系(例えば、アインツェルレンズなどの1つまたは複数のレンズ)、質量フィルター(例えば、四重極質量フィルター、磁気セクター質量フィルターなど)、検出器、イオンベンダー、またはイオントラップなどの構成要素を含んでいてもよい。特定の検出器の例としては、これらに限定されないが、ファラデーカップ、電子増倍管、ダイノード、電荷結合素子(CCD)、CMOSセンサー、および蛍光スクリーンなどが挙げられる。質量分析計の追加の非限定的な例は、2021年4月23日に出願された「Systems and Methods for Single-Ion Mass Spectrometry with Temporal Information」という名称の仮出願に記載されており、この文献はその全体が参照により本明細書に組み込まれる。
【0096】
退出分子(例えば、イオンおよびイオンクラスター)を、ある特定の場合では、イオン源の下流の経路に沿って輸送することできるように、イオン源に加えて種々のイオン光学系をイオン源の下流に位置決めすることができる。例えば、下流方向は、イオンまたはイオンクラスターが移動する方向である。非限定的な例として
図1A~1Bを再び参照すると、イオン光学系100は、退出分子54をイオン源20の下流の経路に沿って輸送することができるように、イオン源20の下流に位置決めされていてもよい。当業者であれば、質量分析で使用される種々のイオン光学系に精通しているだろう。一部の実施形態では、イオン光学系は、1つまたは複数のアインツェルレンズ(例えば、第1のアインツェルレンズおよび第2のアインツェルレンズ)を含む。イオン光学系が分子(例えば、イオンまたはイオンクラスター)を質量フィルターへと伝達する際に、分子(例えば、イオンおよびイオンクラスター)の質量対電荷比(m/z)を質量フィルターにより分析することができる。一部の場合では、質量フィルターはイオン光学系の下流に位置決めされていてもよい。例えば、
図1A~1Bに示されているように、質量フィルター100(例えば、磁気質量フィルター)は、イオン光学系100の下流に位置決めされていてもよい。質量フィルターの例としては、これらに限定されないが、四重極質量フィルター、磁気セクター質量フィルターなどが挙げられる。
【0097】
一部の実施形態では、1つまたは複数の検出器が、質量フィルターのさらに下流に位置決めされていてもよい。非限定的な例として
図1A~1Bを再び参照すると、1つまたは複数の検出器70は、磁気フィルター90の下流に位置決めされていてもよい。検出器は、イオンまたはイオンクラスターを検出することができる任意の好適な検出器であってもよい。一部の実施形態では、質量フィルターの許容窓内の質量対電荷比(m/z)を有するイオンおよびイオンクラスターがイオンベンダーへと送られる。イオンベンダーは、イオンおよびイオンクラスターを偏向させて質量フィルターから検出器へと向かわせるように構成されていてもよい。例えば、非限定的な例として、イオンまたはイオンクラスターは、イオンベンダーから検出器へと送られる。一部の実施形態では、検出器を使用してイオンまたはイオンクラスターを決定することができる。
【0098】
一部の実施形態では、本明細書に記載のような質量分析計は、0.01よりも大きな平均または全体的イオン伝達率(例えば、キャピラリーの開口部で流体から退出するイオンおよびイオンクラスターに対する検出されたイオンおよびイオンクラスターの比)、一部の場合では、少なくとも0.02、少なくとも0.03、少なくとも0.05、少なくとも0.1、少なくとも0.15、少なくとも0.2、少なくとも0.3、少なくとも0.4、少なくとも0.5、少なくとも0.6、少なくとも0.7、少なくとも0.75、少なくとも0.8、少なくとも0.9、少なくとも0.93、少なくとも0.95、少なくとも0.99などの伝達率を含んでいてもよい。一部の場合では、全体的イオン伝達率は、1以下、0.99以下、0.95以下、0.93以下、0.9以下、0.8以下、0.75以下、0.7以下、0.6以下、0.5以下、0.4以下、0.3以下、0.2以下、0.15以下、0.1以下、0.05以下、または0.02以下であってもよい。上記で参照されている範囲の組合せが可能である(例えば、少なくとも0.02かつ0.9以下、または少なくとも0.1かつ0.8以下、少なくとも0.9かつ1以下など)。他の範囲も可能である。
【0099】
一組の実施形態では、本明細書に記載の断面寸法(例えば、100nm未満、65nm以下、60nm以下、50nm以下、40nm以下、30nm以下など)を有する開口部を有する先端を含む質量分析計は、少なくとも85%(例えば、少なくとも90%、少なくとも91%、少なくとも92%、少なくとも93%、少なくとも94%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも99%など)の平均イオン伝達効率を示すことができる。一部の実施形態では、上記で参照されている平均イオン伝達効率は、+/-3%、+/-2%、または+/-1%の偏差を有してもよい。
【0100】
一部の実施形態では、65nm以下(例えば、60nm以下、40nm以下、20nm以下など)の内径を有する先端を使用して、高い割合(例えば、少なくとも0.7、少なくとも0.8、少なくとも0.9、少なくとも0.95、または少なくとも0.99、または1に等しい)の裸イオン、例えば溶媒分子を含まないイオンを生成することができる。一部の実施形態では、上記に記載の先端により裸イオンのみが生成される。一部の場合では、イオンクラスターまたは荷電液滴とは対照的に裸イオンを放出することは、裸イオンの直接放出が、様々なアミノ酸(例えば、翻訳後修飾を有するアミノ酸のバリアントを含む)の決定の向上を可能にすることができるため、特に有利であり得る。
【0101】
一部の実施形態では、イオンおよび/またはイオンクラスター(存在する場合)がキャピラリーの先端から真空中へと放出される際、イオンおよび/またはイオンクラスターは、気体分子(例えば、バックグラウンド気体分子)との衝突を、たとえあったとしてもほとんど経験しない。例えば、一部の実施形態では、イオンおよび/またはイオンクラスターが気体分子との衝突を経験する可能性は、約2%未満である(例えば、約1.5%未満、約1%未満、約0.5%未満、または0%に等しいなど)。
【0102】
ある特定の態様は、イオン源を含む機器、例えば、本明細書に記載のような質量分析計を使用して、バイオポリマーなどのポリマーを配列決定することに関する。
【0103】
例えば、一部の実施形態では、ポリマーは目的の種であってもよい。目的の種は、バイオポリマー、例えば、タンパク質もしくはペプチド(アミノ酸を含む)または核酸配列(例えば、DNA、RNAなど)であってもよい。一部の場合では、炭水化物またはポリサッカライドなどの他のタイプのバイオポリマーも目的の種として使用することができる。加えて、一部の場合では、他のタイプのポリマー、例えば人工ポリマーまたは合成ポリマーも配列決定することができることが理解されるべきである。さらに、同様に、ポリマーではない目的の種の構造も決定することができる。
【0104】
一部の場合では、例えば、目的の種(例えば、ポリマー)の構造、配列、および/または同一性は、検出器を使用してイオン化断片を測定することにより決定することができる。例えば、目的の種の配列は、例えば、上記で考察されているようにポリマーをイオン化し、イオンまたはイオンクラスターを生成することにより生成される個々のイオン化断片(例えば、イオンまたはイオンクラスター)が検出器に到達する時間をモニターすることにより検出することができる。いかなる理論にも束縛されることは望まないが、ポリマーなどの目的の種を、例えば、キャピラリーの開口部のサイズにより実質的に直線状にイオン化することができ、次いで、生成されたイオンまたはイオンクラスターを、本明細書で考察されているように検出器により、例えば、目的の種からイオンまたはイオンクラスターが生成された順序で決定することができると考えられる。一部の実施形態では、キャピラリーは、カーボンナノチューブまたは窒化ホウ素ナノチューブを含み、ナノチューブの断面寸法(例えば、内径)は、ポリマーの一次構造を反映する連続した順序でポリマー分子をイオン化することができるように十分な程度に小さく、例えば1nm~2nmである。無論、例えば本明細書で考察されているように、他の実施形態では、より大きな直径または他の物質も可能である。一部の場合では、例えばイオンまたはイオンクラスターが減圧環境へと送られる場合、例えばイオンまたはイオンクラスターが検出器を通過する際に気体分子との衝突が比較的少ないため、検出器は、そのような順序を比較的高いフィデリティで決定することができる可能性があることが留意されるべきである。したがって、イオンまたはイオンクラスターが決定される順序に基づいて、目的の種の構造または配列を決定することができる。
【0105】
一部の実施形態では、本明細書に記載の質量分析計は、1つよりも多くのイオン源を含んでいてもよい。例えば、質量分析計は、1つまたは複数の追加のイオン源と共に、本明細書に記載のイオン源を含んでいてもよい。例えば、本開示の一部の態様では、複数のイオン源を含むマルチプレックス質量分析計が本明細書で開示される。複数のイオン源は、複数の同一の(または異なる)イオン源であってもよい。複数のイオン源の一部またはすべては、流体に懸濁された目的の種を含むキャピラリーを含んでいてもよい。マルチプレックス質量分析計は、一部の実施形態では、複数のイオン源のキャピラリー内に含まれる多数の目的の種の同時検出および配列決定を可能にすることができる。
【0106】
一部の実施形態では、マルチプレックス質量分析計は、複数のイオン源、複数のイオン源の下流にある磁気質量フィルター、および磁気質量フィルターの下流にある検出器のアレイを含んでいてもよい。
図12には、マルチプレックス質量分析計の非限定的な概略図が示されている。図示されているように、マルチプレックス質量分析計110は、複数のイオン源120と、イオン源120の下流にある質量フィルター190(例えば、磁気質量フィルター)、および質量フィルター190の下流にある検出器170(例えば、画像化検出器)のアレイを含む。
図12に示されている複数のイオン源の一部またはすべては、
図1A~1Bに示されているイオン源と同一であってもよい。例えば、イオン源の一部またはすべては、キャピラリー、およびキャピラリーまたはキャピラリーのナノチップの近傍にある電極を含んでいてもよい。キャピラリーは、例えば、開口部を有する先端部分(例えば、ナノチップ)、本体部分、および/または流体に懸濁もしくは溶解した目的の種を含むことなど、本明細書の他所に記載の任意の特性を有してもよい。一部の場合では、複数のイオン源は、直線状のアレイに配置されてもよい。一部の場合では、複数のキャピラリーの一部またはすべては、直線状のアレイに配置されたナノチップを含んでいてもよい。例えば、
図12に示されているように、質量分析計110は、各々がナノチップを有し直線状のアレイに配置された複数のキャピラリー130a、130b、および130cを含む。一部の実施形態では、複数のイオン源の一部またはすべては、キャピラリー内に目的の種を含んでいてもよい。イオン源内の目的の種は同じあってもよくまたは異なっていてもよい。
【0107】
マルチプレックス質量分析計は、任意の適切な数のイオン源を含んでいてもよい。例えば、マルチプレックス質量分析計は、少なくとも2個(例えば、少なくとも3個、少なくとも5個、少なくとも10個、少なくとも25個、少なくとも50個)かつ/または最大100個(例えば、最大200個、最大500個、または最大1000個)のイオン源を含んでいてもよい。上記で参照されている範囲の組合せが可能である(例えば、少なくとも2個かつ最大1000個)。他の範囲も可能である。
【0108】
一部の実施形態では、マルチプレックス質量分析計は、複数のイオン源に対して向けられた光源をさらに含んでいてもよい。光源は、本明細書の他所に記載の任意の特性および/または構成を有してもよい。例えば、
図12に示されているマルチプレックス質量分析計は、
図1A~1Bに示されている光源(例えば、UVレーザー)と同一の光源(図示せず)を含んでいてもよい。本明細書の他所に記載のように、光源は、イオン源のキャピラリー(例えば、キャピラリーの先端部分)内の目的の種を個々の成分へと断片化するように構成されていてもよい。断片化された個々の成分は、ひいては、キャピラリーの先端から真空中へとイオン化することができる。例えば、
図12に示されているように、光源は、イオン源120のキャピラリー(例えば、キャピラリー130a、130b、130cの先端部分)内の目的の種を個々の成分へと断片化し、その後個々の成分を真空180へとイオン化することができるように構成されていてもよい。ナノチップからイオン化された個々の成分の軌道は154により示されている。
【0109】
一部の実施形態では、マルチプレックス質量分析計は、各イオン源を退出するイオン化された個々の成分を質量対電荷比に基づいて同時に分離することが可能な磁気質量フィルターを含む。例えば、磁気質量フィルターは、イオン化され断片化された個々の成分をイオン源の各々から磁気質量フィルターの下流にある検出器のアレイへと送るように構成されていてもよい。検出器のアレイは、ひいては、複数のイオン源の各々からのイオン化され断片化された個々の成分を同時に検出するように構成されていてもよい。例えば、
図12に示されているように、磁気質量フィルター190(例えば磁気セクター)を使用して、各イオン源を退出するイオン化された個々の成分を質量対電荷比に基づき分離することができる。
【0110】
一部の実施形態によると、磁気質量フィルターを使用して、個々の成分が画像化検出器のアレイに衝突する前に、イオン化された個々の成分を横方向および横断方向(transverse direction)の両方に分離および集束させることができる。非限定的な例として
図12を参照すると、磁気質量フィルター190を使用して、個々の成分154が検出器170(例えば、画像化検出器)のアレイに衝突する前に、イオン化された個々の成分154を横方向および横断方向の両方に分離および集束させることができる。一部の実施形態によると、検出器のアレイは、イオン化された個々の成分を横方向および横断方向の両方で検出することが可能な2次元アレイに配置されていてもよい。本明細書に記載の構成を有するマルチプレックス質量分析計は、種々のタイプの目的の種の同時およびハイスループット配列決定を可能にすることができる。
【0111】
マルチプレックス質量分析計は、本明細書の他所に記載の任意の適切な追加の構成要素を含んでいてもよい。例えば、マルチプレックス質量分析計は、イオン源と質量フィルターとの間に位置決めされたイオン光学系(例えば、光学レンズなど)をさらに含んでいてもよい。イオン光学系の一実施形態の非限定的な例は、
図1A~1Bに、例えばイオン光学系100により示されているように図示されている。
【0112】
2021年8月20日に出願されたSteinらによる「System and Methods for Analysis of Peptide Photodissociation for Single-Molecule Protein Sequencing」という名称の米国特許仮出願第63/235,601号明細書は、その全体が参照により本明細書に組み込まれる。加えて、2022年5月13日に出願されたSteinらによる米国特許仮出願第63/341,992号明細書「System and Methods for Analysis of Peptide Photodissociation for Single-Molecule Protein Sequencing」も、その全体が参照により本明細書に組み込まれる。Steinらによる「System and Methods for Analysis of Peptide Photodissociation for Single-Molecule Protein Sequencing」という名称の文献は、その全体が参照により本明細書に組み込まれる。
【0113】
2020年4月24日に出願されたSteinらによる「Nanotip Ion Sources and Methods」という名称の米国特許仮出願第63/015,407号明細書は、その全体が参照により本明細書に組み込まれる。
【0114】
加えて、2021年4月23日に出願されたSteinらによる「Systems and Methods for Single-Ion Mass Spectrometry with Temporal Information」という名称の米国特許仮出願第63/179,064号明細書も、その全体が参照により本明細書に組み込まれる。2022年4月22日に出願された「Systems and Methods for Single-Ion Mass Spectrometry with Temporal Information」という名称の国際特許出願公開第PCT/US2022/025902号パンフレットも、その全体が参照により本明細書に組み込まれる。
【0115】
2021年4月23日に出願された国際特許出願公開第PCT/US2021/028954号パンフレットは、その全体が参照により本明細書に組み込まれる。
【0116】
以下の実施例は、本開示のある特定の実施形態を説明することが意図されているが、本開示の完全な範囲を例示するものではない。
【0117】
[実施例1]
この例では、単一分子タンパク質配列決定のために、光を使用してペプチドをその構成アミノ酸へと断片化してから、質量分析(MS)により構成アミノ酸を特定することの実現可能性を分析する。レーザー出力を考慮すると、気相中で光断片化するよりも、ペプチドがイオン源から出る前に溶液中で光断片化することが非常に有利である。200nm付近の紫外(UV)波長は水による吸収が弱く、アミノ酸を共に連結するペプチド結合を単一光子で選択的に切断することができる。こうした特性により、UV光断片化は、赤外光またはX線光に基づく方法よりも有望になる。この例では、光がアミノ酸自体に損傷を与える前にアミノ酸の両側のペプチド結合を切断することにより、アミノ酸がインタクトのまま遊離する確率の単純なモデルを開発する。193nmの光は、0.65~0.92の範囲の確率で多くのアミノ酸を遊離することができるが、芳香族アミノ酸、ならびに比較的光損傷を受け易いヒスチジン、メチオニン、アルギニン、およびリジンは、0.004~0.330の範囲の確率でインタクトのまま遊離することになると予測される。こうした知見は、UV光断片化が、質量分析計に対して著しい量の単一タンパク質配列情報を明らかにすることができることを示唆している。
【0118】
ナノキャピラリーイオン源に基づいて単一タンパク質を配列決定するための方法について説明する。基本的な考え方を
図1Aおよび
図1Bに示す。発生源に印加される電圧は、正荷電ペプチドをナノポア先端に向かって駆動し、ナノポア先端は、ペプチド鎖に直線状の構成を強いるのに十分な程度に小さい。イオン源は、構成アミノ酸を液体から真空中へと連続した順序で放出する。アミノ酸イオンは、質量対電荷比に基づいてそれらを分離する磁気質量フィルターを通過してから、単一イオン検出器のアレイに衝突する。衝突の位置によりアミノ酸の同一性が明らかになり、検出のタイミングによりそれらの元々の配列に関する情報が提供される。1つの中間ステップでは、質量フィルタリングの前に親ペプチド鎖から個々のアミノ酸が分離される。光は、プロテオミクスにおいてペプチドを光断片化するために広く使用されている。この例では、本発明者らの単一分子タンパク質配列決定手法において、レーザー光を使用してペプチドを光断片化することの実現可能性を分析する。
【0119】
図1Aは、ナノポア質量分析による単一分子タンパク質配列決定の概略図である。この略図には、ナノキャピラリーイオン源から放出された重アミノ酸イオンおよび軽アミノ酸イオンの軌道が図示されている。イオンは、イオン光学系および磁気質量フィルターを通過し、単一イオン検出器のアレイに衝突する。ペプチドを断片化するために紫外線レーザーを使用する。
図1Bは、伸長ペプチド鎖がナノキャピラリーイオン源の先端付近で光断片化されることを示す図である。
【0120】
質量フィルターを通過する前にペプチドを断片化するには、イオン源の真空側のイオンの経路にレーザービームを向けてもよい。この手法の問題は、ペプチドが非常に迅速にビームを通過してしまうことである。例えば、質量が330amuであり、電荷が+2eであるアルギニンジペプチドに関して考察する。300Vの抽出電圧(イオン源に必要な下限に近い)が印加されると、ジペプチドイオンは600eVの運動エネルギーを獲得し、イオン源から本発明者らの機器の検出器までの全距離を20マイクロ秒未満で移動することになり、ビーム経路にて費やされる時間はさらに短くなるだろう。これにより、高い確率で断片化を達成するために必要な照射出力の下限が設定される。比較のために、以前の研究では、50W CO2レーザーでペプチドを10msまたはそれよりも長時間にわたって照射して、真空中で光断片化を誘導した。10ms間の50Wレーザー線量と同じ量のエネルギーを20マイクロ秒で送達するには、25,000Wのレーザー出力が必要になるだろう。したがって、イオン源の真空側でペプチドを断片化するには、非現実的に強力なレーザーが必要とされることになる。
【0121】
別の可能性は、ペプチドがまだナノキャピラリーイオン源内部の溶液中に存在する間に、レーザーをペプチドに向けることである。溶液中では、ペプチドは真空中よりも少なくとも7桁も遅く移動する。最も迅速な輸送プロセスは、電気対流機序であると考えられる。
【0122】
テイラーコーンの荷電表面に沿ったイオンの流れは、先端付近で最大速度に到達する循環流体流動を引き起こす。ナノキャピラリーの最高速度は10-4m/s程度であると推定される。別の関連輸送機序は電気泳動であるが、この例では、電気泳動的に最も移動性の高いペプチドに作用する機器の最大の電場であっても、得られる遊走速度は電気対流よりも一桁遅い。ブラウン運動も、レーザービームの半径と同等の距離では比較的遅い輸送プロセスである。最も拡散性の高いペプチドでも、0.5mmの距離を拡散するのにほぼ3分かかることになり、電気対流が同じ距離を移動するのにかかることになる時間よりも2桁長い。したがって、液体中のペプチドは、50Wレーザーが10msで送達するのと同じエネルギーを0.1Wレーザーがペプチドに送達することになるのに十分な程度に遅い速度でレーザービームを通過する必要がある。明らかに、まだ溶液中にあるペプチドを標的にすると、入射レーザー出力に対する要求が十分に低減されるため、液体光断片化は実現可能であり安全である。
【0123】
光の波長は、光断片化によりもたらされる分子断片のタイプに影響を及ぼす。
図2は、ジペプチドの構造、一般的な光断片化産物の構造、および異なる波長領域のレーザー光が真空中で特定の変換を誘導するおおよその頻度を示す。親ジペプチドは、化学骨格を共有する2つのアミノ酸を含む。骨格のペプチド結合は切断におよそ4eVしか必要とせず、分子の最も不安定な結合の1つである。その結合を選択的に切断することができれば、得られたアミノ酸はそれらの質量により簡単に特定されるはずである。代替的に、骨格中の異なる結合を切断すると、ある程度の質量が1つのアミノ酸からその近隣アミノ酸にシフトすることになるが、その質量シフトを考慮して各アミノ酸を特定することができるはずである。しかしながら、光子が、区別するための特徴であるアミノ酸側鎖を損傷または駆出した場合、本発明者らのタンパク質配列決定スキームは著しく複雑になる可能性がある。
【0124】
図2は、IR光、UV光、および軟X線光によるペプチド光断片化の比較を示す。線の太さは、真空中での研究から概算した、重要な断片化産物の相対的存在量を示す。
【0125】
水による光の吸収があるため、配列決定に使用することができる光の特性がさらに制限される。10.6マイクロメートルにおける水の線形吸収係数(μ)は105m-1であるため、入射IRレーザービームは、わずか10μmの特徴距離にわたって吸収されることになる35。これは、レーザー出力のほんのわずかな部分が溶液中のペプチドにより吸収されることになり、多光子解離プロセスを誘導するために必要な入射出力が極めて高い可能性があることを示唆している。水中での紫外光の吸収は桁違いに弱く、193nmではμ=10m-1であり、222nmではμ=1m-1であり、特徴吸収距離は、それぞれ10cmおよび1mである。おそらくは、加熱効果が、所与の波長における入射出力密度の上限を設定する。吸収された光がナノキャピラリー内の水を沸点まで加熱すると、イオン蒸発プロセスを妨害する可能性が高いと考えられる。
【0126】
IRおよびUVの異なる波長の光の吸収によりもたらされるはずである温度上昇を数値的に計算した。キャピラリーは、先端半径が20nmであり、長さが500マイクロメートルであり、円錐アパーチャが6°である円錐台としてモデル化した。キャピラリー先端を中心とする幅1mmのレーザービームが側面から円錐に照射される(光は円錐軸に対して垂直に到達する)と仮定した。これにより、円錐全体が均一な入射出力密度ρに曝露されることになる。例えば、直径1mmに集束された1Wレーザービームは、1.3×106W/m2の出力密度を生成する。定常状態温度分布は、定常状態熱方程式を解くことにより計算した。
【0127】
【数1】
数式中、k=0.6Wm
-1K
-1は300Kにおける水の熱伝導率であり、T(r)は位置rにおける温度であり、qv(r)は光吸収により引き起こされる体積発熱量(Wm
-3)である。計算を簡略化するために、qv(r)は円錐の先端からの軸方向距離zにのみ依存すると仮定し、軸方向位置zにおける各々の薄い円形断面により吸収される平均出力密度を計算することによりqv(z)を得た。円錐に進入する光の屈折は無視したが、光線は様々な深さに浸透するためμを考慮した。ゼロ熱流束境界条件を円錐の先端および側面に課し、底部を一定温度に保持した。数式1は、Matlabの偏微分方程式ツールボックスを使用した2次元メッシュの有限要素解析により軸対称円錐について解いた。
【0128】
図3Aは、円錐の軸に沿った、正規化された定常状態の温度分布を示す。温度は、研究したすべての波長で底部から先端まで単調に上昇するが、UV波長193nmおよび222nmでは、IR波長10.6マイクロメートルよりも比較的急峻に上昇する。
【0129】
図3Bには、先端における最大温度上昇がρの関数としてプロットされている。最大温度上昇は波長に強く依存する。10.6マイクロメートルの光は、先端において著しい加熱を引き起こし、室温実験にて水の沸点に到達するのに必要な出力密度はわずか約4×10
4W/m
2であり、これはビーム直径1mmの32mWレーザーに相当する。対照的に、UV波長は最小限の加熱しか引き起こさず、10
7W/m
2の非常に高い出力密度でも、193nmおよび222nm光は、それぞれ10K未満および1K未満だけ先端を加熱するはずである。こうした結果は、水の加熱が、この配列決定スキームでのIR光の使用を制限することを示している。
【0130】
図3Aは、10.6μm、193nm、および222nmの光による定常状態照射下でのナノキャピラリー内の加熱プロファイル計算値を示す。
図3Bは、10.6マイクロメートル(三角)、193nm(四角)、および222nm(丸)の光の入射レーザー出力密度に対する、ナノキャピラリー内の最大温度増加の依存性を示す。記号は有限要素法計算の結果を示し、曲線はデータの線形フィッティングである。
【0131】
この波長の比較をまとめると、UV光はペプチド骨格の比較的特異的な切断、低出力要件、および水による吸収の低さを提供し、これらはすべてが単一タンパク質の配列決定に有利である。
【0132】
この例では、これからUV光が、アミノ酸を特定することができないほど損傷することなく、アミノ酸を確実に互いに分離することができるか否かを評価する。2つのアミノ酸間の骨格が切断される確率は、UV曝露と共に増加するはずであるが、他の結合が切断される可能性も同様に増加するはずであり、それにより配列決定が複雑になる可能性がある。こうしたトレードオフを評価するために、光断片化プロセスの単純な確率モデルを開発した。
【0133】
表1は、ペプチドおよびアミノ酸のUV吸収特性および光分解特性を示す。
【0134】
【0135】
ペプチド結合およびアミノ酸は、水溶液中では独立したUV吸収体として挙動する。モル吸光係数εiは、193nmにおける各々の吸光係数に起因する。したがって、特定のペプチド結合またはアミノ酸は、平均比率Jσiで光子を吸収する。ここで、Jは局所光子束であり、σiは、εiから計算される吸収体iの吸収断面積である。光子の吸収に続いて、加えられたエネルギーは、分子の断片化または化学結合がインタクトのままでの振動散逸プロセスのいずれかをもたらすことができる。光解離を引き起こす吸収光子の割合Φiは量子効率とも呼ばれる。吸収プロセスおよび解離プロセスを組み合わせると、特定の種の平均光解離率JσiΦiが得られる。
【0136】
特定のペプチドまたはアミノ酸が光解離を起こす累積確率Pd,iは、以下の数式に従って時間tと共に増加する。
【0137】
【0138】
20個の異なるアミノ酸のうちの15個およびペプチド結合ならびにヒドロキシプロリン(アミノ酸プロリンの一般的な修飾形態)のε、σi、およびΦiの実験値は表1にまとめられている。アミノ酸アスパラギン(asn)、システイン(cys)、グルタミン(gln)、グルタミン酸(glu)、およびイソロイシン(ile)の実験値は不明である。
【0139】
図4Aでは、異なるρ値の場合のペプチド結合解離の累積確率P
d,pepが比較されている。P
d,pepは上昇し、ρに逆相関する特徴的タイムスケールで漸近的に1に近づく。特徴的タイムスケールは、10mWで幅1mmのレーザービームにほぼ相当する出力密度ρ=10,000W/m
2の場合、0.7秒である。
【0140】
また、光解離を起こさずに紫外光曝露を生き残ることができるアミノ酸の数を推定することも有用であり得る。アミノ酸iの累積残存確率Ps,iは、以下の通りである。
【0141】
【0142】
図4Bには、r=10,000W/m
2の場合の、16個の異なるアミノ酸のP
s,iがプロットされている。特徴的分解時間により測定されるアミノ酸の残存能力(Jσ
iΦ
i)
-1は、そのタイプに強く依存する。芳香族アミノ酸チロシン(Tyr)、フェニルアラニン(Phe)、およびトリプトファン(Trp)は比較的急速に減衰し、それぞれ0.07秒、0.17秒、0.20秒のタイムスケールで光分解を起こす。ヒスチジン(His)も比較的急速に減衰し、特徴的分解時間は0.20秒である。比較すると、アミノ酸バリン(Val)、スレオニン(Thr)、ロイシン(Leu)、セリン(Ser)、プロリン(Pro)、ヒドロキシプロリン(Hyp)、グリシン(Gly)、アラニン(Ala)、およびアスパラギン酸(Asp)は寿命が長く、分解タイムスケールは7~56秒の範囲である。メチオニン(Met)、アルギニン(Arg)、およびリジン(Lys)の分解時間は、長寿命群と短寿命群との間である。
【0143】
この例では、アミノ酸が認識できないほど損傷することなく、所与のアミノ酸がタンパク質から遊離する確率も調査する。最もわかり易い機序は、アミノ酸自体の光解離を誘導せずに、アミノ酸iをペプチド鎖に連結している2つのペプチド結合を断片化することである。そのような選択的切断の累積確率Psel,iは、数式2および数式3を組み合わせることにより得られる。
【0144】
Psel,i=PS,i(Pd,pep)2 (4)
【0145】
図4Cには、ρ=10,000W/m
2での16個のアミノ酸のP
sel,iの時間発展がプロットされている。すべての場合において、P
sel,iは時間と共に増加してからピークに達し、その後減衰する。特徴的解離時間がより長いアミノ酸の場合、ピークはより高く、より長いUV曝露後に生じる。P
sel,iは、芳香族アミノ酸およびHisの場合、0.004~0.028の範囲で0.25秒以内にピークに到達する。長寿命アミノ酸のピークは、2秒~3秒の範囲の曝露時間後、0.65~0.92の範囲にある。中程度群(Met、Arg、およびLys)は、0.5秒~1.5秒の範囲の曝露時間後、0.086~1.33の範囲でピークP
sel,iに到達する。
【0146】
図4Aは、表記のような異なる強度の193nmレーザー光への曝露の場合に数式2から得られる、ペプチド結合解離の累積確率を示す。
図4Bは、数式3に従って計算された、ρ=10,000Wm
-2の193nmレーザー光への曝露時間の関数としてのアミノ酸未分解確率を示す。
図4Cは、選択的アミノ酸遊離(つまり、アミノ酸を損傷させずに、アミノ酸をペプチドに接合している2つのペプチド結合を断片化すること)の確率を、ρ=10,000Wm
-2の193nmレーザー光への曝露時間の関数として示す。確率は、数式4に従って計算した。
図4Bおよび4Cでは、異なるアミノ酸が色別に示されており、確率の順に並べられている。
【0147】
1つの知見は、UV光により、未損傷アミノ酸をタンパク質からかなり高い効率で完全に遊離することが可能なはずであるということである。遊離アミノ酸は、2つのフランキングペプチド結合の分断からもたらされるものであると規定される。多くのアミノ酸は、65~92%の範囲の確率で遊離させることができる。骨格に沿って異なる(つまり、非ペプチド)結合が切断されることによりアミノ酸が遊離する可能性も考慮する場合、またはアミノ酸が他の光解離プロセス後でもその質量により依然として特定可能であり得る場合、特定可能な断片の割合は増加するはずである。例えば、アミノ酸の芳香族基の結合を切断すると、その質量は変化しないが、その光吸収スペクトルが著しく変化する可能性がある(光学測定では光解離として認識されることになる変化)。
【0148】
結論として、UV光は、単一分子分析のためにペプチドをその構成アミノ酸へと断片化するための有望な道筋を提供する。真空中ではイオンがイオン源から検出器へと非常に高速で移動するため、イオンを抽出する前にイオンが溶液中に存在する間にペプチドを光断片化することが好ましい。200nm付近の紫外波長は、水中での吸収が低いこと、ペプチド骨格結合を断片化する際の選択性が比較的高いこと、および単一光子結合切断プロセスを引き起こすのに必要なレーザー出力が適度であるため、配列決定に最も有望である。競合する光化学プロセスの速度の計算は、特定に用いられる側鎖が損傷を受ける前に、多くのアミノ酸をフランキングするペプチド結合を切断することが可能なはずであることを示している。配列決定におけるアミノ酸コールの正確性は、最も安定な側鎖では90%を超える可能性があるが、側鎖の不安定性が増加すると共に正確性は低下すると予想される。光断片化産物の将来的測定および様々な波長の相対的選択性を使用して、単一タンパク質の組成および配列を分析するためにUV光断片化を最適化することができる。
【0149】
[実施例2]
緒言
質量分析(MS)は、アミノ酸および小型ペプチドを質量で区別することができるため、プロテオミクス研究の主力技法である。その有用性は、ペプチドイオンをインタクトのままで気相へと移送するためのソフトイオン化技法が利用可能であることにも著しく依存する。特に、エレクトロスプレーイオン化(ESI)は、
図5Aに示されているように、電圧バイアスキャピラリーの端部にある液体円錐ジェットから出現する荷電液滴のプルームを介して分析物を質量分析計へと移送する。液滴は、バックグラウンド気体を通過し、それにより一連の蒸発およびクーロン爆発サイクルが誘導され、最終的に分析物イオンが気相へと放出される。しかしながら、液滴からイオンを遊離させるために必要なバックグラウンド気体は、MSの感度を制限する著しい試料損失の原因でもある。
【0150】
バックグラウンド気体およびバックグラウンド気体が作出する荷電液滴のプルームはイオンを広く分散させ、その大部分は、周囲圧力イオン源と、質量分析計の最初のポンピングステージまたは検出器の上流にある他のハードウェア部品とを橋渡しする移送キャピラリーと衝突する。初期ESI源は、直径が数百マイクロメートルのエミッター先端を有し、約104個中1個のイオンのみが質量分析器に到達していた。ナノエレクトロスプレーイオン化(ナノESI)は、流速を数nL/分の範囲に低減させたマイクロメートルスケールの先端を有するエミッターを使用することにより、典型的な測定でイオン伝達効率を約1%に増加させた(場合によっては12%にも達する)。しかしながら、ESIにはプルーム内の異なるイオン種を物理的に分離するプロセスが伴うため、複数の分析物の効率を同時に最適化することは根本的に困難である。最先端のMS機器でも、特定のためには数千~数百万コピーのタンパク質が依然として必要とされている。この感度は、単一細胞プロテオミクスおよび単一分子分析に求められる感度には及ばない。単一分子感度を達成するには、荷電液滴をバックグラウンド気体へと噴霧することによる喪失機序を回避するイオン源が必要である。
【0151】
本明細書では、アミノ酸イオンおよび小型ペプチドイオンをその先端から高真空中へと直接放出するナノポアイオン源が提示される(
図5B)。イオン源は、先端内径が100nmよりも小さな先端を有する引き延ばし済み石英キャピラリーを含んでいた。先端の小ささは、幾つかの点でイオン放出に潜在的に影響を及ぼす可能性があると考えられる。第1には、水の表面張力は、ナノスケール開口部を越えて引き伸ばされても、何気圧もの圧力を支える安定した液体-真空界面を維持することができる。第2には、先端直径の3乗の逆数のスケールである流体流速は、安定したエレクトロスプレー円錐ジェットを形成するには低過ぎ、それにより荷電液滴の完全な放出が妨げられる可能性がある。第3には、電場は、電解質が充填されたナノキャピラリーのような鋭利な導電性先端に集中し、メニスカスでは約1V/nmに達し、イオン蒸発のプロセスにより高速でイオンを引き出すことができる。
【0152】
この例では、ナノポアイオン源による水溶液から直接的に高真空へのイオン放出の特徴付けがここに記載されている。ナノポアイオン源が10
-6torrを下回る圧力で動作するカスタム四重極質量分析計を使用して、アミノ酸および小型ペプチドの質量スペクトルを得た(
図5C)。これとは別に、電解質が充填されたイオン源と下流のファラデーカップとの間で93%よりも高い電流の伝達率が測定された。さらに、先端電流に対する荷電液滴およびイオンの寄与を、磁気セクターを使用して分離し、それによりナノポアイオン源にイオンのみを放出させることができることを示した。この例は、本明細書に記載のナノポアイオン源が、イオンファネル、複数のポンピングステージ、移送キャピラリー、および液滴プルームなどの従来ESIの複雑さを伴うことなく、イオンを高真空へと効率的に移送するという単純性を示す。
【0153】
結果
ナノポアイオン源からのアミノ酸イオンの放出
水溶液からのアミノ酸の放出を、
図5Cに示されているカスタム四重極質量分析計で特徴付けた。典型的な実験では、先端と抽出電極との間に+260V~+360Vの範囲の抽出電圧V
Eを印加することによりナノポアイオン源からのイオン放出を開始させた。この範囲のV
Eは、従来のESIまたはナノESI源でエレクトロスプレーを開始するのに典型的に必要とされる電圧よりも著しく低くてもよい。使用される先端電流I
Tは、典型的には3~20pAの範囲だった。電流の開始は突然であってもよく、通常は機器の検出器に衝突するイオンの測定に伴う。こうした低い先端電流でも、容易に解釈可能な質量スペクトルが数分以内に収集された。
【0154】
図5Dは、アルギニンの100mM水溶液の質量スペクトルを示す。このスペクトルは、先端内径41nmのナノポアイオン源を使用した陽イオンモードで得られた。5つのピークが明確に視認可能である。175m/zのピークは、一価のアルギニンイオン(Arg
+)に対応する。より高いm/zピークはすべて18m/zだけ分離されており、このシフトは追加の水分子により引き起こされている。したがって、他のピークはアルギニンの溶媒和状態(Arg
+(H
2O)
n)に対応し、溶媒和数nは1~4の範囲である。
【0155】
図6Aは、先端直径がアルギニンの質量スペクトルにどのように影響を及ぼしたかを示す。図示されているスペクトルは、先端内径が20nm、125nm、および300nmのナノキャピラリーを使用して得た。最も大きな先端は、裸アルギニンイオン、8つの段階的に水和されたアルギニンイオンクラスター、およびアルギニン二量体イオン(Arg・Arg+H)
+に対応する349m/zのピークを含んでいた幅広いスペクトルのピークを生成した。中程度の大きさの先端は、裸アルギニンイオン、6つの段階的に水和されたアルギニンイオンクラスター、および比較的減少したアルギニン二量体イオンピークを含んでいたより狭いスペクトルを生成した。最も小さな先端は、主に裸アルギニンイオンを生成したが、スペクトルには一水和および二水和アルギニンイオンクラスターに対応する減弱ピークも視認可能だった。
図6Aの3つのスペクトルのベースラインを比較することにより理解することができるように、より小さな先端は、より大きな先端よりも比較的より強いシグナルおよびよりノイズの少ないスペクトルを生成する傾向があった。同様の先端サイズを有するナノキャピラリー間の溶媒和状態の分布には、ある程度の相違が観察された(例えば、41nm先端により生成された
図5Dのスペクトルを、20nm先端により生成された
図6Aのスペクトルと比較した場合)。しかしながら、先端内径が約65nmよりも小さなナノキャピラリーのみが、アミノ酸イオンの大部分が非溶媒和状態で測定されたスペクトルを生成した。
【0156】
図6Bは、50mMだったトリプトファンを除き、すべて100mM濃度の16個の異なるアミノ酸水溶液から得られた質量スペクトルを示す。こうした測定には、先端内径が20、25、57、および58nmである4つの異なるナノポキャピラリーを使用した。
図6Bに示されているすべてのスペクトルで最も顕著なアミノ酸ピークは、一価の非溶媒和イオンに対応していた。グリシン、アラニン、プロリン、バリン、システイン、グルタミン、およびフェニルアラニンのスペクトルは、溶媒和アミノ酸イオンに対応する可能性のある追加のピークを示さなかった。セリン、スレオニン、アスパラギン、リジン、メチオニン、ヒスチジン、アルギニン、およびトリプトファンのスペクトルは、非溶媒和ピークの18m/z右側に、一水和アミノ酸イオンに対応する二次ピークを示した。ロイシンは、より高次の溶媒和状態に対応する第3のおよびおそらくは第4のピークを示した。トリプトファンスペクトルは、ヒドロニウムイオンの水和状態と一致し、アミノ酸が存在しない水溶液の対照測定にも現れた200m/zを下回るピークを示した。研究した他のアミノ酸よりも溶解度が低いトリプトファンは、比較的弱いシグナルを生成した。
図6Bには4つのタンパク質形成アミノ酸が存在しない。アスパラギン酸およびグルタミン酸は、等電点が低いため、陽イオンモードでの測定は試みられなかった。また、イソロイシンは、m/zではロイシンと区別できないため無視し、チロシンは放出特性が不良だった。これは水溶解度が低いことに関連する可能性が高い。
【0157】
翻訳後修飾ペプチドの測定
図6Cは、グルタチオンならびに2つの化学修飾バリアントs-ニトロソグルタチオンおよびs-アセチルグルタチオンの質量スペクトルを示す。グルタチオンは、ほとんどの細胞において高濃度で見出されるトリペプチドであり、本明細書で研究したバリアントは一般的な翻訳後修飾からもたらされる。内径20nmの先端を有するイオン源は、酢酸の添加により調整したpH3.1~3.9の100mM水溶液からペプチドイオンを生成した。グルタチオンスペクトルは、307m/zに単一のピークを示し、これは、一価の非溶媒和グルタチオンイオンに対応する。s-アセチルグルタチオンおよびs-ニトロソグルタチオンのスペクトルは、一価の非溶媒和ペプチドイオンに対応する、それぞれ349m/zおよび336m/zに主要ピークを示し、各スペクトルには、主要ピークの18および36m/z右側に、それぞれ一溶媒和ペプチドイオンおよび二溶媒和ペプチドイオンに対応する、2つの徐々に小さくなるピークも示されている。
【0158】
イオン伝達効率
高真空環境においてイオンがナノポア源から遠隔検出器へと通過する効率を測定した(
図7A)。イオン源から放出されたイオンを、約50cm離れた位置にあるファラデーカップの2cmの開口部に集束させた。ファラデーカップにより収集される電流I
CのI
Tに対する比がイオン伝達効率だった。
図7Bは、ヨウ化ナトリウムの100mM水溶液で充填された内径39nmの先端を使用した17分間の実験にわたって測定されたI
C、I
T、およびイオン伝達効率を示す。測定された平均イオン伝達効率は、93.4%+/-1.7%だった。I
Tは数分間のタイムスケールでは約780pA~840pAで変動するが、I
Tのゆっくりとした上昇および下降はI
Cを反映しており、比較的安定した伝達効率がもたらされている。
【0159】
イオンおよび荷電液滴の分離
ナノポア源がイオンに加えて荷電液滴を放出する可能性を、
図7Cに示されているように磁気セクターを飛行経路に追加することにより調査した。直径6cmの0.54T磁気セクターは、質量対電荷比に基づいて荷電種を偏向させた。直径15nmよりも大きな液滴は、たとえレイリー限界まで荷電させたとしても、偏向は2.7°未満であり、ファラデーカップに進入した。ファラデーカップを使用して、荷電液滴からの電流I
液滴を測定した。一方で、約100~約350の範囲のm/zを有するイオンは別々のファラデープレートへと偏向され、イオン電流I
イオンが生成された。
図7Dは、I
イオン、I
液滴、および総測定電流のイオン分率
【0160】
【数4】
を示し、これらは、NaIの100mM水溶液が充填された28nm先端を使用して実施した2分間の測定の場合である。I
イオンは、約60pAから約80pAへと上昇したが、I
液滴は観察されなかった。ナノポア源はイオンのみを放出したと考えられたが、この測定では、約15nm未満の高度荷電液滴の発生を排除することはできない。
【0161】
イオン散乱の確率の計算
計算は、ほとんどのイオンが、イオン源から検出器まで衝突のない軌道をたどったことを示した。
図8は、この例で水和殻をまとったアミノ酸イオンが気体分子と衝突する確率を気体分子運動論に基づいて示す。イオンは、蒸発する水分子の分布およびN
2の均質な低圧バックグラウンドを通過すると仮定した。
図8には、物理的状況が概略的に示されており、気体分子の数密度および累積衝突確率がメニスカスからの距離の関数としてプロットされている。発生源から検出器までの50cmの軌道全体にわたってイオンが気体分子と衝突する累積確率はわずか2.1%だった。これは、大部分のイオンが一切の衝突を経験しなかったことを示唆する。そこでは蒸発した水分子の密度が高いため、衝突のほとんどは液体メニスカスの200nm以内で生じた。こうした計算の詳細な説明は、下記の補足情報に見出される。
【0162】
考察
従来の液滴媒介性エレクトロスプレー機構(
図5A)は、2つの根拠で、測定されたイオンの主発生源として除外された。第1に、発生源により送達された荷電種の中で10nmより大きい液滴は測定されなかった(
図7D)。第2に、この機器には、通常はエレクトロスプレーにおいて液滴からの水の蒸発を持続させるバックグラウンド気体が欠如していた。高真空では、ナノスケール水性液滴は、蒸発プロセスが潜熱損失により凍結する前に、それらの質量のほんの一部だけを流出させる。したがって、この機器では液滴からのイオンの持続放出は生じ得ない。
【0163】
こうした知見は、代替的なイオン放出機構:
図5Bに示されているような、ナノポアの液体-真空界面からのイオンの直接的な蒸発により説明することができる。イオン蒸発は、表面の強力な電場の支援を受けてイオンが液体から逃出する熱プロセスである。典型的には、帯電液体の流速Qに対する導電率Kの比が十分に大きい場合、十分に強力な電場が発生する。したがって、これまでの研究では、液体金属、イオン液体、およびホルムアミド中の濃縮電解質溶液などの高導電性液体からのイオン蒸発が観察されている。測定されたアミノ酸溶液は、比較的低い導電率を有するが(0.01~0.5S/mの範囲)、1atmの加圧下にてナノキャピラリー内で生成される流速は非常に低いため(<10pL/分)、得られたK/Qは依然として大きかった。この実施例のK/Q値は、イオン液体EMI-BF
4について報告されたものと同じ桁数であるが、液滴放出を伴わないイオン蒸発を示している。さらに、
図5Dおよび他所で測定されたイオン溶媒和状態の分布は、ホルムアミド中のヨウ化ナトリウムで測定された分布と同様であり、これもイオン蒸発に起因していた。
【0164】
図6B~6Cでは、水和イオンクラスターではなく、ほとんど裸イオンが測定されたことが観察された。ここで説明する実験は、イオンが、i)裸の状態で放出されたか、ii)水和状態で放出され、その後検出器へと向かう途中で水和殻が脱落したのかを決定するために実施した。放出されたイオンのわずか約2%のみが単一の衝突を経験することになるため(
図8)、気体分子との衝突はイオンクラスターを脱溶媒和する機序として除外した。さらに、先端サイズは水和状態に影響を及ぼすと考えられた(
図6A)。これは、水和状態を制御したのは飛行中に生じるプロセスではなく、発生源の局所環境であったことを示唆していた。
【0165】
高いイオン伝達効率(
図7B)は、ナノポアイオン源の放出機序の直接的な結果であった。イオン蒸発は、個々のイオンが高真空環境へと直接移動することを可能にし、バックグラウンド気体分子と衝突もせず、荷電種をランダムな方向に推進することになるクーロン爆発を起こすこともない。発生源から放出された各イオンの軌道は、主に、イオン光学系により形成された電場により決定された。
【0166】
まとめると、ここでは、アミノ酸および小型ペプチドイオンを高真空へと直接放出することができるナノポアイオン源が示されている。溶媒和イオンクラスターまたは荷電液滴とは対照的に、裸イオンを放出する能力は、様々なアミノ酸および翻訳後修飾の特定を容易にした。イオンは明らかに、先端の液体メニスカスから直接蒸発し、それにより液滴からイオンを遊離させるためのバックグラウンド気体の必要性が排除された。バックグラウンド気体衝突およびイオンを周囲圧力から高真空へと移送する必要性をなくすことにより、ナノポアイオン源は、エレクトロスプレーイオン化の特徴であるイオン損失の主要モードを排除することができた。
【0167】
方法
ナノキャピラリーの準備
ナノキャピラリーは、内径0.7mmおよび外径1mmの7.5cm長の石英キャピラリー(Sutter InstrumentsのQF100-70-7.5)から引き延ばした。レーザープラー(P-2000、Sutter Instruments)を用いて、以下の単一ラインレシピ:熱=650、速度=45、遅延=175、引き延ばし=190に従って、100nmに満たない先端を有するナノキャピラリーを引き延ばした。ナノキャピラリーを5nmの炭素でコーティングし、走査型電子顕微鏡(LEO1530VP、Zeiss)で画像化して先端サイズを測定した。ナノキャピラリーを、プラズマプレーン(plasma preen)(Plasmatic Systems Inc.)を使用して空気中で2分間プラズマ洗浄してから分析物溶液を充填した。
【0168】
アミノ酸溶液
アミノ酸溶液は、50mMの濃度で調製したトリプトファンを除き、目的のアミノ酸(Sigma-Aldrich)を100mM濃度でDI水(Millipore)に溶解することにより調製した。0.1~0.5容積/容積%の氷酢酸(Sigma-Aldrich)をアミノ酸溶液に添加して、pHをアミノ酸の等電点を下回るように低減させた。グルタチオン溶液、s-アセチルグルタチオン溶液、およびs-ニトロソグルタチオン溶液は、ペプチドを100mM濃度で脱イオン水に溶解することにより調製した。グルタチオンおよびs-アセチルグルタチオンは、粉末形態(Sigma-Aldrich)で購入し、S-ニトロソグルタチオンは、T.W.Hartのプロトコールに従ってグルタチオンから実験室で合成した。各溶液のpHおよび導電率は、それぞれpH計(Ultrabasic Benchtop、Denver Instruments)および導電率計(Sension+ EC71 GLP、Hach)を使用して測定した。
【0169】
イオン源への溶液の送達
試料溶液をナノキャピラリー先端に送達し、チューブインチューブシステムにより洗い流した。細い内側PEEKチューブ(内径150マイクロメートル、外径360マイクロメートル)(IDEX Health and Science)が試料溶液を運搬し、より太いPEEKチューブ(内径0.04、外径1/16’’)(IDEX Health and Science)が、使用された溶液を内側チューブの外側を回り込むように運搬して先端から遠ざけた。シリンジポンプ(NE-300、New Era Pump Systems)を使用して、新しい溶液を、内側チューブからイオン源に供給した。VacuTight upchurchフィッティング(IDEX Health and Science)を使用して、ナノキャピラリーの基部および外側チューブの端部の周囲に密閉を作出し、溶液が真空へと漏れることを防止した。チューブインチューブシステムは、KF-40からQuick-Connect アダプター(Lesker Vacuum)まで、質量分析計の真空チャンバーに入っていた直径1/4インチの鋼管内に収容した。
【0170】
四重極質量分析計
この実施例で示されるすべてのアミノ酸測定およびペプチド測定に使用した機器は、特注の四重極質量分析計である。この機器は、カスタムアインツェルレンズ、四重極質量フィルター(MAX-500、Extrel)、イオンベンダー(Extrel)、および単一イオンに対して感受性である変換ダイノードを有するチャネル電子増倍管検出器(DeTech 413)を含む。機器の基本圧力は、約10-8torrである。ナノポアイオン源を質量分析計に導入すると、圧力は、典型的には10-7~10-6torrに上昇する。
【0171】
アミノ酸およびグルタチオンの測定
ナノキャピラリーに、microfil可撓性針(World Precision Instruments)を使用してアミノ酸またはペプチド溶液を事前充填した。次いで、充填したナノキャピラリーをチューブインチューブシステムに取り付け、質量分析計に挿入した。シリンジポンプ(NE-300、New Era Pump Systems)から0.4mL/時間の速度で内側チューブから溶液を圧送することにより、先端の溶液を連続的に新しいものにした。高電圧ソースメーター(2657A、Keithley Instruments)を使用してキャピラリー内の電極に+100Vの電圧を印加し、イオン化が観察されるまで高圧電源(Burle)を使用して負の電圧を抽出電極にゆっくりと印加した。放出の開始は、典型的には、総抽出電圧が200~350Vだった際に生じた。
【0172】
イオン伝達効率測定
イオン伝達効率の測定は、一組のイオン光学系およびファラデーカップを含むカスタム真空チャンバーにて実施した(
図7A)。放出電流は、Ag電極を介して先端に高電圧を印加した2410 SourceMeter(Keithley Instruments)で測定した。ソースメーターを先端に接続するBNCケーブルからの漏れ電流を測定し、測定された放出電流から差し引いた。ファラデーカップに流れる電流は、NI PCIe-6251 DAQカード(National Instruments)に接続されたSR570電流プリアンプ(Stanford Research Systems)を使用して測定した。光学系電圧は、8チャネル高電圧電源(CAEN DT8033)を使用して制御した。カスタムLabviewプログラムを使用して、先端に印加される電圧を制御し、放出電流および移送電流を記録した。
【0173】
磁気セクター測定
上記に記載の真空チャンバーに磁石およびファラデープレートを追加することにより、原始的な磁気セクター質量分析計を構築した。磁石は、低炭素磁性鉄(ASTM A848)で構築されたヨークを有するネオジム磁石で構成されていた。ヨークは、イオン光学系のすぐ下流に存在していた、直径6cmで高さ1cmの平坦円形領域に磁場を集中させた。磁力計を使用して平坦円形領域内の磁場強度を測定したところ、B=0.54+/-0.02Tだった。使用したファラデープレートは、直径4cmで厚さ0.02インチのステンレス鋼ディスクであり、鋼線により電気フィードスルーに直接接続されていた。ファラデープレートを、ファラデーカップに対して45°の角度で、磁気セクターの中心から同じ距離に設置した。先端から放出される電流は、2410 Sourcemeter(Keithley)を使用して測定し、イオンおよび液滴電流は各々、別のSR570電流プリアンプ(Stanford Research Systems)を使用して測定した。
【0174】
補足情報 単一アミノ酸イオン測定条件
図6Bは、アミノ酸水溶液から得られた質量スペクトルを示す。表2には、こうしたデータの関連実験パラメーターが示されている。
【0175】
【0176】
スペクトルは陽イオンモードで測定したが、そのためには溶解したアミノ酸の等電点を下回るようにpHを低下させる必要があった。これは、酢酸を添加することにより行った。各溶液のpHおよび導電率Kは表2に報告されている。イオンは、ナノポアイオン源から高真空へと直接放出された。ナノキャピラリーは、20nm~58nmの範囲の先端内径を有し、複数のアミノ酸溶液の測定に1つの先端を頻繁に使用した。表2には、
図6Bのデータを得るために使用した各ナノキャピラリーの先端内径および外径が報告されており、同じ先端から得られた測定値は先端番号で示されている。表2には、実験中に継続的にモニターした、真空チャンバーの時間平均圧力P、抽出電圧V
e、および放出電流I
eも報告されている。
【0177】
放出されたイオンが気体分子と衝突する確率
図6Bでは、アミノ酸イオンは主に非溶媒和状態で検出された。従来のエレクトロスプレーイオン化では、気体分子との衝突が、溶媒分子をイオンから分離する機序である。しかしながら、この機器は、気体分子との衝突が希であると思われる高真空条件下で動作させた。気体分子運動論を使用して、放出されたイオンクラスターが少なくとも1つの気体分子と衝突することになる確率を計算した。これは、イオンが溶媒和されていない状態で溶液から出現したのか、または溶媒和殻を伴って出現し、検出器に向かう途中で気体分子との衝突により溶媒和殻がたたき落とされたのかという疑問に対処する。
【0178】
真空チャンバー内の気体の分布は、密度n
bの均一なバックグラウンドおよびナノキャピラリー先端のメニスカスから蒸発した水分子の分布n
wという2つの成分の合計であるとみなした。この実施例でのバックグラウンド気体圧力は、典型的には、約7×10
-8torrであった(表2を参照)。この圧力での窒素気体中の水分子の平均自由行程は1kmを超えており、蒸発する水分子がメニスカスから離れて弾道軌道に沿って移動したことが示唆された。
図9Aに示されているように、メニスカスを半球としてモデル化し、蒸発する水分子を半径方向外側に移動するものとしてモデル化した。水分子の密度は、n
w∝r
-2として減衰し、数式中、rは、半球の中心からの距離である。水が液体メニスカスから真空中へと蒸発する速度は実験的に十分に確立することはできなかったが、液体表面から蒸発する水分子の流束は、平衡状態では、入って来る分子の流束を超えることはできないことが知られていた。したがって、入って来る分子を差し引くことにより、(出て行く)蒸発する水分子が液体界面の真空側で達成することができる最も高い考え得る密度は、平衡状態の水蒸気密度の半分になるだろう。放出されたイオンが気体分子と衝突することができる最大確率は、メニスカスの真空側の水蒸気の密度を以下のように仮定することにより求めた。
【0179】
【数5】
数式中、p
0=17.5torrは、20℃における水のおおよその平衡蒸気圧であり、k
BTは熱エネルギーである。
【0180】
イオンクラスターがrに到達する前に少なくとも1回の衝突を起こす累積確率Cp(r)も決定した。Cp(r)を計算するには、イオンが衝突を起こさずに距離rまで残存する確率であるPs(r)=1-Cp(r)を考慮する方が容易である。Ps(r)は、確率論的プロセスPc(r-dr->r)で表される間隔r-dr->r内の気体分子と衝突する確率によりPs(r-dr)に関連付けられる。
Ps(r)=Ps(r-dr)(1-Pc(r-dr->r)) (5)
【0181】
希薄気体および微小変位の極限では、
【0182】
【数6】
であり、数式中、σ
wは、イオンクラスターと水分子との衝突の断面積であり、σ
bはイオンおよびバックグラウンド気体分子の断面積であり、n
w,0はメニスカスの真空側の水の数密度であり、r
0はメニスカスの半径であり、n
bはバックグラウンド気体分子の数密度である。数式5および6を組み合わせ、整理すると、P
sの微分方程式が導かれる。
【0183】
【0184】
数式7をr0からrまで積分し、境界条件Ps(r0)=1を適用し、Ps(r)を解くと、以下のようになる。
【0185】
【数8】
最後に、イオンがrに到達する前に少なくとも1回の衝突を経験する累積確率は以下の数式により与えられる。
C
p(r)=1-P
s(r) (9)
【0186】
図9Bには、この実施例におけるC
p(r)がプロットされている。断面積σ
wおよびσ
bは、それぞれπ(a
i+a
w)
2およびπ(a
i+a
b)
2により求められ、数式中、a
w=1.325Åは水の運動論的半径であり、a
b=1.82Åはバックグラウンド気体の運動論的半径であり、a
i=7Åは、水の完全な溶媒和殻を有するアミノ酸のおおよその半径である。n
b=2.25×10
15m
-3およびn
w,0=6.44×10
23は、それぞれメニスカスの真空側のバックグラウンド気体および水分子の数密度であるとした。メニスカス半径はr
0=30nmである。C
p(r)は、最初の100nmにわたって急速に上昇してから、1.8%で飽和した。C
p(r)は、バックグラウンド気体分子の密度が有限であるため、センチメートルスケールの距離ではゆっくりと増加した。Cp(r)は、イオン源から検出器までの距離50cmで2.1%に達した。
【0187】
こうした結果は、従来のエレクトロスプレーとは対照的に、ガス粒子とナノポアイオン源から放出されるイオンクラスターとの衝突が希であったことを示した。この機器は高真空条件下で動作させたため、大部分のイオンはイオン源から検出器まで衝突の起こらない軌道をたどった。衝突の欠如は、イオンは検出された際と同じ状態で放出されたことを意味しており、ナノポアイオン源は主に非溶媒和アミノ酸イオンを放出することが可能であり得るという結論に結び付いた。
【0188】
ナノポアイオン源は、円錐ジェットエレクトロスプレーの最小安定流速を下回る流速で動作することについて
下回ると安定した円錐ジェットエレクトロスプレーが存在できない最小流速Qeが存在する可能性がある。高レイノルズ数または低レイノルズ数Reのいずれかを有する極性液体の円錐ジェットに有効なQeの数式がここに示されている。アミノ酸水溶液の円錐ジェットが形成される場合、Re>1であることが予想されることになり、そのためQeの適切な数式は以下の通りになるだろう。
【0189】
【数9】
数式中、ε
0およびεはそれぞれ真空誘電率および比誘電率であり、γは表面張力であり、ρは密度であり、Kは導電率である。数式10を使用し、ε=80、γ=0.073N/m、ρ=1000kg/m
3、およびK=0.1S/mとすると、アミノ酸溶液の測定では、Q
e=5×10
-13m
3/s、または30nL/分であると予測した。
【0190】
ナノポアイオン源を通過する予想流速は、Q
eを少なくとも3桁下回る。ナノキャピラリーを通過する流速は、水液滴を一定の加圧でシリコーングリースに吹きつけ、液滴の成長速度を測定することにより測定した。ナノキャピラリーにまず水を充填し、その後端を圧力調整器を介して窒素シリンダーに接続した。キャピラリーの先端を、光学顕微鏡下でシリコーングリースの皿に浸漬した。ナノキャピラリー先端における水-グリース界面のラプラス圧力に打ち勝ち、液滴を膨張させ始めることができるまで、窒素シリンダーからの背圧をゆっくりと増加させた。一定の背圧下で成長する液滴の動画を、10Hzの画像レートで記録した。
図10には、14個のナノキャピラリーの流体コンダクタンスが、それらの先端の内径の関数としてプロットされている。この方法で測定した、120nmの内径を有する最も小さな先端を通過する流速は、1atmの加圧下では30pL/分になるだろう。したがって、直径100nmのより大きな先端であっても、安定した円錐ジェットを持続するために必要な最小流速を3桁下回る流速しか許容されないことになる。
【0191】
また
図10には、ナノキャピラリーを通過する理論的流速がプロットされている。この計算では、ナノキャピラリー幾何学形状を、先端内径r
0を有する半無限円錐台であるとみなしている。頂点半角θをフィッティングパラメーターとして使用した。その円錐を通過するポアズイユ流は、流体コンダクタンスを得る。
【0192】
【数10】
数式中、ΔPはキャピラリー前後の圧力低下であり、μは粘度である。数式11を
図10のデータに最小二乗フィッティングすると、θ=2.5°が得られた。
図7Aのデータは、
図10の流体コンダクタンスに1atmの印加圧力を掛けることにより得たものであり、数式10から計算された最小流量Q
eも示されている。
【0193】
磁気セクターを通過するイオン軌道および液滴軌道のシミュレーション
カスタムPythonコードを使用してシミュレーションを実施して、磁気セクター実験で使用されるファラデーカップおよびファラデープレート検出器に衝突すると予想される粒子のm/z範囲を決定した。粒子にm/z比を割り当て、初期運動エネルギーqVTを与えた。ここで、qは粒子の電荷であり、VTは先端電圧である。次いで、磁気セクターを通過する粒子の軌道を、4次ルング-クッタスキームを使用してローレンツ力の法則を解くことにより数値的に計算した。磁場は、磁気セクター(直径6cmの円)の境界内のz方向では0.54Tであり、他所では0であると仮定した。機器の幾何学形状および磁気セクターに対する検出器の配置を考慮すると、粒子が2つの検出器に衝突するのに必要な最小/最大偏向角度を計算することができる。ファラデーカップに衝突し、測定される液滴電流I液滴に寄与するためには、粒子を0°~3.15°偏向させる必要があり、ファラデープレートの場合は(Iイオン)、粒子を30.96°~59.04°偏向させる必要がある。3~16個の追加水分子が付着した一価ナトリウムイオンに相当する、75<m/z<315の粒子は、ファラデープレートに衝突することになることが見出された。また、m/z>37000の粒子がファラデーカップに衝突することになること見出された。これは、半径>15nmのレイリー限界まで荷電した水液滴に相当する。レイリー限界を下回って荷電した液滴は偏向がより少なくなることが留意されるべきである。
【0194】
本開示の幾つかの実施形態が本明細書において説明および図示されているが、当業者であれば、こうした機能を実施するための、ならびに/またはこうした結果および/もしくは本明細書に記載の利点の1つもしくは複数を得るための、様々な他の手段および/または構造を容易に起想することになり、そのような変異および/または改変の各々は、本開示の範囲内にあるとみなされる。より一般には、当業者であれば、本明細書に記載のすべてのパラメーター、寸法、物質、および構成は例示であることが意図されていること、ならびに実際のパラメーター、寸法、物質、および/または構成は、本開示の教示が使用される特定の1つまたは複数の応用に依存することになることを容易に理解するだろう。当業者であれば、本明細書に記載の開示の特定の実施形態には多くの均等物があることを認識するか、または単なる日常的な実験を使用して確認することができるだろう。したがって、上述の実施形態は例として提示されているに過ぎず、本開示は、添付の特許請求の範囲およびその均等物の範囲内で、特に記載および特許請求されているものとは別様に実施することができることが理解されるべきである。本開示は、本明細書に記載の各々個々の特徴、システム、物品、物質、キット、および/または方法に関する。加えて、2つまたはそれよりも多くのそのような特徴、システム、物品、物質、キット、および/または方法の組合せは、そのような特徴、システム、物品、物質、キット、および/または方法が相互に相容れない場合、本開示の範囲内に含まれる。
【0195】
本明細書および参照により組み込まれている文書が、矛盾するおよび/または相容れない開示を含む場合、本明細書が優先するものとする。参照により組み込まれている2つまたはそれよりも多くの文書が、相互に矛盾するおよび/または相容れない開示を含む場合、発効日がより遅い文書が優先されるものとする。
【0196】
本明細書で定義および使用されているすべての定義は、辞書の定義、参照により組み込まれている文書内の定義、および/または定義された用語の通常の意味よりも優先されることが理解されるべきである。
【0197】
不定冠詞「a」および「an」は、本明細書および特許請求の範囲において使用される場合、そうではないと明確に指示されていない限り、「少なくとも1つ」を意味すると理解されるべきである。
【0198】
「および/または」という語句は、本明細書および特許請求の範囲で使用される場合、そのように接続されている要素の「いずれかまたは両方」、つまり、一部の場合では接続的に存在し、他の場合では離接的に存在する要素を意味すると理解されるべきである。「および/または」を用いて列挙されている複数の要素は、同じように、つまり、要素の「1または複数」がそのように接続されていると解釈されるべきである。具体的に特定される要素に関連するかまたは関連していないかに関わりなく、「および/または」節により具体的に特定される要素以外の他の要素が、任意選択で存在してもよい。したがって、非限定的な例として、「Aおよび/またはB」への言及は、「含む(comprising)」などのオープンエンド文言と併せて使用される場合、一実施形態では、Aのみを指すことができ(任意選択でB以外の要素を含む)、別の実施形態では、Bのみを指すことができ(任意選択でA以外の要素を含む)、さらに別の実施形態では、AおよびBの両方を指すことができる(任意選択で他の要素を含む)などである。
【0199】
本明細書および特許請求の範囲において使用される場合、「または」は、上記で定義された「および/または」と同じ意味を有すると理解されるべきである。例えば、リストの項目を区切る場合、「または」または「および/または」は包括的であり、つまり、要素の数またはリストの少なくとも1つが含まれるが、1つよりも多く、および任意選択で追加の未記載項目も含まれると解釈されるものとする。「の1つのみ」または「の正確に1つ」、または特許請求の範囲で使用される場合は「からなる(consisting of)」など、そうではないことが明確に示されている用語のみが、要素の数またはリストの正確に1つの要素を含むことを指すことになる。一般に、「または」という用語は、本明細書で使用される場合、「いずれか」、「の1つ」、「の1つのみ」、または「の正確に1つ」など、排他的な用語が先行する場合にのみ、排他的な選択肢(つまり、「一方または他方だが両方ではない」)を示すものとしてのみ解釈されるものとする。
【0200】
本明細書および特許請求の範囲において使用される場合、1つまたは複数の要素のリストに関する「少なくとも1つ」という語句は、要素のリストにおける要素のいずれか1つまたは複数から選択される少なくとも1つの要素を意味するが、要素のリスト内に具体的に列挙されているありとあらゆる要素の少なくとも1つを必ずしも含むわけではなく、要素のリストにおける要素の任意の組合せを除外するわけではないことが理解されるべきである。この定義は、「少なくとも1つ」という語句が指す要素のリスト内で具体的に特定されている要素以外の要素が、具体的に特定されている要素に関連するか関連しないかに関わりなく、任意選択で存在していてもよいことも許容する。したがって、非限定的な例として、「AおよびBの少なくとも1つ」(または等価であるが「AまたはBの少なくとも1つ」、または等価であるが「Aおよび/またはBの少なくとも1つ」)は、一実施形態では、任意選択で1つよりも多くを含む、少なくとも1つのAが存在するが、Bは存在しない(および任意選択でB以外の要素を含む)こと;別の実施形態では、任意選択で1つよりも多くを含む、少なくとも1つのBが存在するが、Aは存在しない(および任意選択でA以外の要素を含む)こと;さらに別の実施形態では、任意選択で1つよりも多くを含む、少なくとも1つのAが存在し、および任意選択で1つよりも多くを含み、少なくとも1つのBが存在する(および任意選択で他の要素を含む)こと;などを指すことができる。
【0201】
「約」という単語が数値に関して本明細書で使用される場合、本開示のさらに別の実施形態は、「約」という単語の存在により修飾されていないその数値を含むことが理解されるべきである。
【0202】
また、1つよりも多くのステップまたは行為を含む、本明細書で特許請求されている任意の方法における、その方法のステップまたは行為の順序は、そうではないことが明確に示されていない限り、その方法のステップまたは行為が記載されている順序に必ずしも限定されないことが理解されるべきである。
【0203】
特許請求の範囲ならびに上記の明細書では、「含む(comprising)」、「含む(including)」、「有する(carrying)」、「有する(having)」、「含有する(containing)」、「伴う(involving)」、「保持する(holding)」、および「から構成される(composed of)」などの移行句はすべて、オープンエンドであること、つまり含むが限定されないことを意味すると理解されるべきである。米国特許庁特許審査手順マニュアルのセクション2111.03に規定のように、「からなる(consisting of)」および「から本質的になる(consisting essentially of)」という移行句のみが、それぞれクローズド移行句またはセミクローズド移行句であるものとする。
【符号の説明】
【0204】
10 質量分析計
15 光源
20 イオン源
30 キャピラリー
32 本体部分
34 キャピラリー先端
34 先端部分
34 ナノチップ
36 キャピラリー先端
36 開口部
50 目的の種
52 流体
54 単一分子
54 基本断片
54 放出された断片
54 個々の成分
54 退出分子
62 光
64 断片化
70 検出器
80 真空
90 質量フィルター
90 磁気フィルター
100 イオン光学系
110 マルチプレックス質量分析計
120 複数のイオン源
130a キャピラリー
130b キャピラリー
130c キャピラリー154
154 個々の成分
170 検出器
190 磁気質量フィルター
【国際調査報告】