(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-10-02
(54)【発明の名称】表面への生体細胞の定着
(51)【国際特許分類】
C12N 1/04 20060101AFI20240925BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20240925BHJP
C12N 11/06 20060101ALI20240925BHJP
C12N 11/082 20200101ALI20240925BHJP
A61F 2/02 20060101ALI20240925BHJP
【FI】
C12N1/04 ZNA
C12N5/071
C12N11/06
C12N11/082
A61F2/02
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024516561
(86)(22)【出願日】2022-08-16
(85)【翻訳文提出日】2024-05-14
(86)【国際出願番号】 EP2022072853
(87)【国際公開番号】W WO2023041275
(87)【国際公開日】2023-03-23
(31)【優先権主張番号】102021123779.3
(32)【優先日】2021-09-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】518022178
【氏名又は名称】エバーハルト カール ウニヴェルジテート テュービンゲン メディツィニーシェ ファクルテート
【氏名又は名称原語表記】EBERHARD KARLS UNIVERSITAET TUEBINGEN MEDIZINISCHE FAKULTAET
【住所又は居所原語表記】Geschwister-Scholl-Platz,72074 Tuebingen Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】アヴッチ-アダリー,メルテム
(72)【発明者】
【氏名】キャンジュガ,デニス
【テーマコード(参考)】
4B033
4B065
4C097
【Fターム(参考)】
4B033NA16
4B033NB34
4B033NC05
4B033ND07
4B033ND12
4B033NE10
4B033NF06
4B065AA90X
4B065CA44
4C097AA15
4C097AA26
4C097AA30
(57)【要約】
本発明は、生体細胞を定着させることができる表面を製造する方法、生体細胞を定着させることができる表面を有する装置、および生体細胞を表面に定着させる方法に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体細胞を定着させることができる表面および/または生体細胞が定着する表面を調製する方法であって、
1.水酸基(-OH)を含む表面を提供する工程、
2.前記水酸基を含む表面をシラン化する工程、および
3.銅フリークリック反応においてアジドと反応する反応物を、前記シラン化された表面に結合させる工程
を含む方法。
【請求項2】
4.銅フリークリック反応において前記反応物がアジド基と結合することができる条件下で、アジド基(-N
3)を表面に含む生体細胞を前記表面とインキュベートする工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程3の前記反応物が、シクロアルキン、ジベンゾシクロオクチン(DBCO)、シクロアルキンエステル、DBCO-PEG
4-NHSエステル、ホスフィンおよびホスフィンエステルからなる群から選択される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
工程1において、前記水酸基を含む表面の提供が、表面の酸素プラズマ処理により行われる、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記表面が、医療装置の表面であり、好ましくは、人工肺、酸素供給器、人工腎臓、人工器官、人工血管、ステントおよび人工心臓からなる群から選択される医療装置の表面である、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記表面が、中空糸膜(HFM)の表面であり、好ましくは、ポリメチルペンテン製の中空糸膜またはポリプロピレン製の中空糸膜の表面である、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記生体細胞が内皮細胞である、先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
生体細胞を定着させることができる表面を有する装置であって、前記表面が、銅フリークリック反応においてアジドと反応する反応物を有する、装置。
【請求項9】
生体細胞を定着させることができる前記表面が、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法によって得られたものである、請求項8に記載の装置。
【請求項10】
人工肺、酸素供給器、人工腎臓、人工器官、人工血管、ステントおよび人工心臓からなる群から選択される、請求項9に記載の装置。
【請求項11】
中空糸膜(HFM)であり、好ましくは、ポリメチルペンテン製の中空糸膜またはポリプロピレン製の中空糸膜である、請求項9に記載の装置。
【請求項12】
生体細胞を表面に定着させる方法であって、
1.銅フリークリック反応においてアジドと反応する反応物を含む表面を提供する工程、および
2.銅フリークリック反応において前記反応物がアジド基と結合することができる条件下で、アジド基(-N
3)を表面に有する生体細胞を前記表面とインキュベートする工程
を含む方法。
【請求項13】
銅フリークリック反応においてアジドと反応する反応物を含む前記表面が、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法によって得られたものである、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
アジド基(-N
3)を表面に有する生体細胞が、生体細胞をアジド糖とインキュベートすることによって得られたものであり、好ましくは、前記アジド糖が、Ac4ManNAz(テトラアシル化N-アジドアセチルマンノサミン)、テトラアシル化N-アジドアセチルグルコサミン(Ac4GlcNAz)、テトラアシル化N-アジドアセチルガラクトサミン(Ac4GalNAz)、およびアジドで官能化されたその他の複合糖質からなる群から選択される、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
前記生体細胞が内皮細胞である、請求項12~14のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体細胞を定着させることができる表面を製造する方法、生体細胞を定着させることができる表面を有する装置、および生体細胞を表面に定着させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、世界の死因の第3位であり、COPD、間質性肺疾患、嚢胞性線維症、肺水腫などの末期の肺疾患患者にとっては、肺移植が唯一の根治的治療の選択肢となる。ドイツでは、2017年の時点で、肺移植に登録した患者のうちわずか77%しか肺移植を受けることができておらず、これは、待機リストに登録されている患者のうちの23%が毎年死亡していることを意味している。肺移植が成功したとしても、肺移植レシピエントの生存率の中央値はわずか5.3年しかない。したがって、移植を待つ期間の橋渡しを目的として、より長期間にわたって肺の機能を引き継ぐことができる人工肺が早急に必要とされている。
【0003】
重症呼吸不全の場合、肺のガス交換プロセスを模倣するガス透過性膜型酸素供給器(人工肺)を通して患者の血液を連続的に送ることによって体外式膜型人工肺(ECMO)が実施される。標準的な血液酸素供給器は、通常、ポリプロピレン(PP)製またはポリメチルペンテン(PMP)製の微多孔質中空糸膜(HFM)の束で構成されており、臨床的に要求されるO2とCO2の輸送量が得られるように大きな表面積(約2m2)を有する。人工肺の大半では、酸素が中空糸の内腔を通って流れ、血液が中空糸の束の間の間隙を通って流れる。
【0004】
ECMOの施術中に血液凝固阻止剤(多くの場合はヘパリン)で患者を処置したとしても、人工肺の異物表面において補体-凝固系が活性化されるため、人工肺を長期間使用することは難しく、現在は数日から数週間という非常に限られた期間でしか使用できない[Gulack, B.C., S.A. Hirji, and M.G. Hartwig, Bridge to lung transplantation and rescue post-transplant: the expanding role of extracorporeal membrane oxygenation. J Thorac Dis, 2014. 6(8): pp. 1070-1079]。数十年にわたり、血液に接触する人工装置の血液適合性の改良を目指して精力的に研究が行われてきた[de Mel, A., B.G. Cousins, and A.M. Seifalian, Surface modification of biomaterials: a quest for blood compatibility. Int J Biomater, 2012. 2012: p. 707863; Wendel, H.P. and G. Ziemer, Coating-techniques to improve the hemo-compatibility of artificial devices used for extracorporeal circulation. Eur J Cardiothorac Surg, 1999. 16(3): pp. 342-350]。現在まで、血液に接触する酸素供給器の表面には様々なコーティングが施されてきており、例えば、ホスホリルコリン[Pieri, M., et al, A new phosphorylcholine-coated polymethylpentene oxygenator for extracorporeal membrane oxygenation: a preliminary experience. Perfusion, 2013. 28(2): pp. 132-137]、ヘパリン[Pappalardo, F., et al, Bioline heparin-coated ECMO with bivalirudin anticoagulation in a patient with acute heparin-induced thrombocytopenia: the immune reaction appeared to continue unabated. Perfusion, 2009. 24(2): p. 135-137]、またはポリ-2-メトキシエチルアクリレート(PMEA)[Eisses, M.J., et al, Effect of polymer coating (poly 2-methoxyethyl acrylate) of the oxygenator on hemostatic markers during cardiopulmonary bypass in children. J Cardiothorac Vasc Anesth, 2007. 21(1): pp. 28-34]が使用されている。
【0005】
ポリドーパミンによる表面のコーティングは、例えば、中国特許公開第110545754号の記載などから知られており、ポリマーによる表面のコーティングは、米国特許公開第6,309,660号の記載から知られている。しかし、いずれの方法も実用には成功を収めていない。
【0006】
最も一般的な方法では、例えば、WO2020/190214に記載されているように、ヘパリンによる表面のコーティングが行われる。しかし、ヘパリンは時間の経過とともに表面から剥離することがあり、血栓の形成が起こることがある。ヘパリンに長期間暴露された患者は、出血などの合併症だけでなく、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)を発症するリスクがある。HITでは、ヘパリン-血小板第4因子(PF4)複合体に対する抗体が産生されることによって、血小板が強力に活性化されて、トロンビンの産生と活性化が増加し、重症血栓塞栓性合併症が起こることがある。
【0007】
総説論文[Avci-Adali, M., et al, Current concepts and new developments for autologous in vivo endothelialization of biomaterials for intravascular applications. European cells & materials, 2011. 21: p. 157-176]に詳細に述べられているように、血液に接触する移植片の内皮化には、様々な捕捉分子や捕捉方法が利用されてきた。現在まで、中空糸膜の内皮化を促す目的で、ヘパリン/アルブミン[Wiegmann, B., et al, Developing a biohybrid lung - sufficient endothelialization of poly-4-methly-1-pentene gas exchange hollow-fiber membranes. J Mech Behav Biomed Mater, 2016. 60: p. 301-311]、cRGD[Moller, L., et al, Towards a biocompatible artificial lung: Covalent functionalization of poly(4-methylpent-1-ene) (TPX) with cRGD pentapeptide. Beilstein Journal of Organic Chemistry, 2013. 9: pp. 270-277]、またはフィブロネクチン[Cornelissen, C.G., et al, Fibronectin coating of oxygenator membranes enhances endothelial cell attachment. Biomed Eng Online, 2013. 12: p. 7]が使用されている。しかし、これらの方法にはいくつかの制限があり、例えば、フィブロネクチンで表面をコーティングすると、望ましくない細胞が非特異的に表面に結合することがあったり、内皮化していない部分が血小板を活性化して、血栓症を引き起こすことがある。cRGDを利用した内皮細胞(「EC」)の結合も非特異的な結合である。血小板を含む数種類の細胞は、cRGDに結合するインテグリンをその表面に有しており、このことから、血液に接触する表面に細胞が非特異的に接着することがある。したがって、血液に接触する部分を内皮細胞で内皮化して、人工肺の血液適合性を改善することができる効率的な方法が依然として必要とされている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような状況下において、本発明は、生体細胞を定着させることができる表面を製造する方法を提供することを目的とする。この方法は、先行技術の欠点を回避できるか、あるいは少なくとも先行技術と比べて欠点が少ない。特に、高い生体適合性を達成可能な、生体細胞を定着させることができる表面が提供される。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的は、生体細胞を定着させることができる表面を調製する方法であって、
1.水酸基(-OH)を含む表面を提供する工程、
2.前記水酸基を含む表面をシラン化する工程、および
3.銅フリークリック反応においてアジドと反応する反応物を、前記シラン化された表面に結合させる工程
を含む方法によって解決される。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明によれば、「表面」は、例えば内皮細胞などの生体細胞が定着することができるあらゆる表面を含む。「表面」には、医療製品の表面または医療装置の表面が含まれ、例えば、酸素供給器の人工肺、例えば、ガス交換が行われる膜の壁面が挙げられるが、これらに限定されない。プラスチックの表面または金属の表面も本発明の範囲内に含まれる。
【0011】
本発明によれば、「生体細胞」は、あらゆる種類の細胞を意味すると解釈され、例えば、内皮細胞だけでなく、間葉系幹細胞などの幹細胞や、これらの細胞の前駆細胞またはこれらの細胞に由来する細胞も含み、例えば、内皮前駆細胞(EPC)や、人工多能性幹細胞に由来する内皮細胞(「iPSC由来内皮細胞」)も含む。
【0012】
本発明の方法の工程1において、表面への水酸基(-OH)の付加は、当業者に公知の方法で行うことができる。表面に水酸基を付加する公知の方法として、表面を酸素プラズマで処理する方法が挙げられるが、これに限定されない。したがって、例えばポリメチルペンテン製の中空糸膜などの膜を酸素プラズマ処理することによって、その表面に水酸基を生成させることができる。
【0013】
本発明の方法の工程2において、「シラン化」は、シラン化合物を表面に化学結合させることを意味すると解釈される。この反応は、例えば、遊離の水酸基を3-アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)と反応させることによって行うことができるが、これに限定されない。
【0014】
本発明の方法の工程3において、銅フリークリック反応においてアジドと反応することができる反応物、例えば、ジベンゾシクロオクチン(DBCO)のような反応物(ただし、これに限定されない)を、当業者に公知の方法により、シラン化された表面に結合させる。
【0015】
本発明によれば、「クリック反応」は、「クリックケミストリー」と同じ意味であり、アジドとアルキンを反応させることによって、1,5-ジ置換1,2,3-トリアゾールが得られる反応を意味すると解釈される。本発明によれば、この反応は、例えば細胞培養培地中などの生理学的条件下で、銅やその他の細胞傷害性触媒を使用せずに行われる。この点で、先行技術で使用される「クリック反応」とは異なっている。先行技術では、例えば、銅触媒を用いたアジドとアルキンの付加環化反応(CuAAC)が主に行われている。しかし、この方法では、銅が使用され、この銅が生体細胞にダメージを与えるため、本発明には適していない。本発明は、銅を使用しないことにより解決策を提供している。
【0016】
本発明に従って上述のように調製された表面は、銅フリークリック反応においてアジドと反応可能であることから、アジド基(N3)を表面に露出する構造に共有結合することができる。例えば、アジド基を有する糖タンパク質が内皮細胞の表面に付加されるように、内皮細胞を官能化することができる。アジド基は、銅フリークリック反応において、DBCOなどの反応物に共有結合することができる。
【0017】
このように、本発明の方法によって、アジド基で修飾された生体細胞が効率的かつ特異的に定着することができる表面が提供される。この反応は非常に特異的であることから、アジド基を露出する生体細胞のみが表面に結合する。このような特異性によって、望ましくない細胞集団の非特異的な結合を防ぐことができる。また、このような特異性を有することから、内皮細胞を表面に効率的に定着させて、例えば、表面が「異物」として認識されることを防ぐことができる。また、本発明の方法を利用して、患者自身の内皮前駆細胞(EPC)または人工多能性幹細胞に由来する内皮細胞(「iPSC由来内皮細胞」)を、血液接触材料の所望の表面に結合させることもできる。
【0018】
このようにして、本発明の根底にある課題を完全に解決することができる。
【0019】
請求項1に記載の方法は、
4.銅フリークリック反応において前記反応物がアジド基と結合することができる条件下で、アジド基(-N3)を表面に有する生体細胞を前記表面とインキュベートする工程
をさらに含む。
【0020】
本発明の一実施形態において、工程3の反応物は、シクロアルキン、シクロアルキンエステル、ホスフィンおよびホスフィンエステルからなる群から選択される。
【0021】
この手段は、銅フリークリック反応においてアジドと反応させるのに適した反応物が使用されることから、本発明において特に機能性を有するという利点がある。ホスフィン基は、いわゆるシュタウディンガー反応においてアジド基と反応する。この反応は、約10-3M-1s-1という遅い反応速度を示す。シクロアルキンは、いわゆる「歪み促進型アジド-アルキン付加環化反応(SPAAC)」においてアジド基と反応する。この2番目の反応は、10-2~1M-1s-1という中程度の速度定数を有する。
【0022】
本発明の別の一実施形態では、シクロアルキンであるジベンゾシクロオクチン(DBCO)および/またはシクロアルキンエステルであるDBCO-PEG4-NHSエステルが反応物として用いられる。
【0023】
この手段は、本発明者らの知見によれば、特に好適であることが判明している反応物を使用することができるという利点がある。本発明におけるDBCOの適合性は特に驚くべきものであった。例えば、先行技術では、分子(通常はタンパク質)の官能化にDBCOを利用できる可能性が述べられている。例えば、Wallrodt, S., et al, Bioorthogonally Functionalized NAD(+) Analogues for In-Cell Visualization of Poly(ADP-Ribose) Formation. Angew Chem Int Ed Engl, 2016. 55(27): pp. 7660-7664; Laughlin, S.T., et al, In vivo imaging of membrane-associated glycans in developing zebrafish. Science, 2008. 320(5876): P. 664-667; Xie, R., et al, In vivo metabolic labeling of sialoglycans in the mouse brain by using a liposome-assisted bioorthogonal reporter strategy. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 2016. 113(19): pp. 5173-5178; Koo, H., et al, Bioorthogonal Copper-Free Click Chemistry In Vivo for Tumor-Targeted Delivery of Nano-particles. Angewandte Chemie-International Edition, 2012. 51(47): p. 11836-11840を参照されたい。一方、次の工程で生体細胞を定着させるために、シアル化された表面にDBCOを結合させるという方法は、従来技術において報告されていない。
【0024】
本発明による方法の一実施形態では、工程1において、表面を酸素プラズマ処理することによって、水酸基を有する表面が提供される。
【0025】
この手段は、表面上で水酸基を生成するのに特に好適な方法を利用できるという利点がある。
【0026】
本発明の一実施形態において、前記表面は、医療装置の表面であり、人工肺、酸素供給器、人工腎臓、人工器官、人工血管、ステントおよび人工心臓からなる群から選択される医療装置の表面であることが好ましい。
【0027】
この手段は、表面への生体細胞の定着が医療装置の機能性と生体適合性に特に重要である状況下において本発明の方法を利用できるという利点がある。本発明の方法を利用した医療装置を患者に使用する場合、この医療装置が「異物」として認識されることを防ぐことができる。
【0028】
本発明の別の一実施形態において、前記表面は、中空糸膜(HFM)の表面であり、ポリメチルペンテン製の中空糸膜またはポリプロピレン製の中空糸膜の表面であることが好ましい。
【0029】
この手段は、実用上特に意義のある血液接触表面、例えば、酸素供給器において使用される表面に、本発明の方法を利用できるという利点がある。
【0030】
本発明のさらに別の一実施形態において、生体細胞は内皮細胞である。
【0031】
この手段によって、重要な医療機器(例えば人工肺)の機能性に特に重要な細胞を表面に結合させることができる。
【0032】
本発明の方法の一実施形態において、生体細胞は、その表面にアジド基(-N3)を有する。
【0033】
この手段によって、銅フリークリック反応において本発明に従って製造された表面に生体細胞を結合させることができる技術的条件を有利に設定できる。
【0034】
本発明の別の目的は、生体細胞を定着させることができる表面を有する装置に関する。この装置は、人工肺、酸素供給器、人工腎臓、人工器官、人工血管、ステント、人工心臓または中空糸膜(HFM)(例えば、ポリメチルペンテン製またはポリプロピレン製のHFM膜など)であることが好ましく、前記表面は、銅フリークリック反応においてアジドと反応する反応物を含んでいる。生体細胞を定着させることができる表面は、本発明の方法により得られたものであることが好ましい。
【0035】
本発明の調製方法の特徴、特性、利点および実施形態は、本発明の装置にも同様に適用される。
【0036】
本発明の別の主題は、生体細胞を表面に定着させる方法であって、
1.銅フリークリック反応においてアジドと反応する反応物を含む表面を提供する工程、および
2.銅フリークリック反応において前記反応物がアジド基と結合することができる条件下で、アジド基(-N3)を表面に有する生体細胞を前記表面とインキュベートする工程
を含む方法に関する。
【0037】
本発明の定着方法の一実施形態において、銅フリークリック反応においてアジドと反応する反応物を含む表面は、本発明の調製方法によって得られたものである。
【0038】
本発明の定着方法の別の一実施形態において、アジド基(-N3)を表面に有する生体細胞は、生体細胞をアジド糖とインキュベートすることによって得られたものであり、アジド糖は、Ac4ManNAz(テトラアシル化N-アジドアセチルマンノサミン)、テトラアシル化N-アジドアセチルグルコサミン(Ac4GlcNAz)、テトラアシル化N-アジドアセチルガラクトサミン(Ac4GalNAz)、およびアジドで官能化されたその他の複合糖質からなる群から選択されたものであることが好ましい。
【0039】
この手段によって、アジド基(-N3)を表面に露出する生体細胞を有利に得ることができる。本明細書に記載のアジド糖は、生体細胞の官能化に特に適している。本明細書に記載のアジド糖は、それらの天然類似体と同様に生体細胞に取り込まれて、糖タンパク質に組み込まれる。その結果、アジド基(-N3)が付加された糖タンパク質を細胞表面上に有する生体細胞が得られる。アジド基は、クリックケミストリーを利用して、表面に共有結合させることができる。修飾されたHFM膜と修飾された細胞をインキュベートすることによって、生体直交型反応が起こり、反応物のアルキン基またはDBCOが細胞の表面のアジドと反応する。この反応は、非常に特異的に起こり、アジド分子で修飾された細胞のみが、HFM膜上の反応物に結合することができる。HFM膜に細胞を結合させ、細胞培養培地中でさらにインキュベートして細胞を増殖させることによって、コンフルエントな単層細胞が定着したHFM膜が最終的に得られる。
【0040】
本発明の定着方法の別の一実施形態において、生体細胞は内皮細胞である。
【0041】
この手段によって、重要な医療用表面または医療装置の機能性に特に重要な細胞を表面に定着させることができる。臍帯血から単離された初代内皮細胞いわゆるヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)が特に好適であり、VascuLife(登録商標) EnGS Endothelial Medium Complete Kitを用いて培養することにより内皮化させる。一実施形態では、内皮細胞の定着は、EGM-2 内皮細胞増殖培地-2 BulletKitを用いて行うことができる。ポリメチルペンテン製HFM膜(PMP、OXYPLUS、3M Membrana、ドイツ、ヴッパータール);APTES、メタノール、トルエン(シグマ アルドリッチ社、ダルムシュタット);DBCO-PEG4-NHSエステル(Jena Bioscience社、ドイツ、イエナ);ダルベッコのリン酸緩衝生理食塩水(DPBS)(インビトロジェン社);テトラアシル化N-アジドアセチルマンノサミン(Ac4ManNAz、シグマ アルドリッチ社、ドイツ);DMSO(シグマ アルドリッチ社)。
【0042】
本発明の製造方法の特徴、特性、利点および実施形態は、本発明の定着方法にも同様に適用される。
【0043】
前述の特徴および後述する特徴は、各実施形態に示した組み合わせでしか使用できないわけではなく、本発明の範囲から逸脱することなくその他の組み合わせや単独でも使用することができる。
【0044】
以下、実施例を参照しながら、本発明をさらに詳細に説明する。実施例で述べる特徴は、特定の実施例に関連した形態だけではなく、個別の形態でも本発明に属するものと見なされる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
以下の事項を示す添付の図面を参照する。
【
図1】ポリメチルペンテン(PMP)製の中空糸膜(HFM)の官能化の模式図。a)O
2プラズマ処理による水酸基の生成。b)(3-アミノプロピル)トリエトキシシラン(APTES)を用いたプラズマ処理したHFM膜のシラン化。c)DBCO-PEG
4-NHSエステルの共有結合によるシクロオクチン基の導入。d)修飾されたHFM膜と代謝修飾された内皮細胞のクリック反応。
【
図2】PMP製の中空糸膜(HFM)上で生成された官能基の検出。(A)HFM膜をAPTESで処理した後のアミノ基を検出するため、HFM膜をメチルオレンジで染色し、HFM膜の表面に結合して溶出されたメチルオレンジの吸光度を分光光度計で測定した。陰性対照として、未処理のHFM膜とO
2プラズマで処理したHFM膜を使用した(n=3)。(B)未処理のHFM膜をAPTESまたはDBCO-PEG-NHSエステルで処理し、HFM膜の表面のDBCO基を検出するため、HFM膜をCy3-アジドとインキュベートした。結合したCy3-アジドは、蛍光リーダー(n=3)または(C)蛍光顕微鏡法で検出した。データは平均値±SEMとして示す。統計分析は、一元配置分散分析を行った後に、Tukeyの比較検定を行うことにより実施した。(***p<0.001、****p<0.0001)。
【
図3】SEM分析の結果。APTESのみで処理したHFM膜およびAPTESとDBCO-PEG
4-NHSエステルで処理したHFM膜は、未処理のHFM膜と比べて、その表面に見た目上の差異は確認できない。
【
図4】表面を官能化した後のHFM膜の不透過性の分析。A)漏出が起こる可能性を測定するため、0.1%トルイジンブルー溶液を充填した閉回路に、B)未処理のHFM膜(左側)とO
2プラズマ処理したHFM膜(右側)、またはC)APTESで官能化したHFM膜(左側)とDBCOで官能化したHFM膜(右側)を配置し、250mmHg±10mmHgの一定圧力下でインキュベートした。3時間経過後に漏出は検出されなかったことから、膜の完全性が維持されていたことが示された。代表的な画像を示す(n=3)。
【
図5】細胞培養培地からAc4ManNAzを除去した後のHUVECの表面上のN
3基の有無の分析。50μM Ac4ManNAzを添加してまたは添加せずに、2×10
5個のHUVECを48時間インキュベートした。次に、細胞を洗浄し、Ac4ManNAzを添加していない細胞培養培地に培地交換した。0時間、2時間後、4時間後および24時間後に、5μM DBCO-スルホ-Cy3を加えて細胞を1時間インキュベートし、DPBSで洗浄してからフローサイトメトリー分析を行った。結果は平均値+SD(n=3)として示す。統計分析は、二元配置分散分析を行った後に、Bonferroniの多重比較検定を行うことにより実施した。(**p<0.01、***p<0.001、ns:有意差なし)。
【
図6】Ac4ManNAzによるHUVECの代謝標識と細胞生存率の分析。50μM Ac4ManNAzを添加してまたは添加せずに、2×10
5個のHUVECを48時間インキュベートした。A)5μM DBCO-スルホ-Cy3を加えて細胞を1時間インキュベートした。細胞をDPBSで洗浄した後、ActinGreenで細胞骨格を染色し、DAPIで核を染色して、蛍光顕微鏡画像を撮影した。B)5μM DBCO-スルホ-Cy3を加えて細胞を1時間インキュベートし、DPBSで洗浄してからフローサイトメトリー分析を行った。結果は、平均値±SD(n=3)として示す。C)細胞生存率は、PrestoBlueアッセイを用いて測定した。結果は平均値+SEM(n=3)として示す。統計分析は、対応のある両側t検定を使用して行った。(**p<0.01、ns:有意差なし)。
【
図7】修飾された中空糸膜(HFM)の内皮化の分析。未処理のHFM膜、APTESで官能化したHFM膜またはDBCOで官能化したHFM膜をHUVECとインキュベートした。HUVECとのインキュベーションを行うため、Ac4ManNAzで代謝標識した5.2×10
6個のHUVECまたは代謝標識を行っていない5.2×10
6個のHUVEC(w/o)を、動的に24時間インキュベートした後、静置条件下で24時間培養した。A)HFM膜に接着した細胞は、Calcein-AM染色と蛍光顕微鏡法により可視化した。3つの実験の代表的な画像を示す。B)蛍光リーダーによるHFM膜に結合したHUVECの定量。結果は平均値+SEM(n=3)として示す。統計分析は、一元配置分散分析を行った後に、Tukeyの多重比較検定を行うことにより実施した。(*p<0.05、**p<0.01)。C)DBCOがコーティングされたHFM膜に接着したHUVECの細胞間接触を、抗ヒトVE-カドヘリン抗体(緑色)とDAPI核染色で染色し、蛍光顕微鏡法で検出した。D)DBCOがコーティングされたHFM膜に結合したHUVECの細胞間接触を、抗ヒトVE-カドヘリン抗体(緑色)とActinRed細胞骨格染色で染色し、蛍光顕微鏡法で検出した。
【
図8】炎症性刺激に対する内皮化された表面の応答のqRT-PCRによる分析。内皮化されたHFM膜を50ng/ml TNF-αで処理し、接着分子(E-セレクチン、VCAM-1およびICAM-1)の発現をqRT-PCRで測定した。mRNAレベルは、GAPDHのmRNAレベルに対して正規化し、結果は、陰性対照(TNF-αで刺激していない内皮化されたHFM膜)における発現量に対する相対発現量の平均値+SEMとして示す。片側t検定を用いて差異を判定した(n=3)。(*p<0.05、***p<0.001、****p<0.0001)。
【
図9】コーティングしていないHFM膜、DBCOでコーティングしたHFM膜または内皮化したHFM膜をヒト血液とインキュベートした後の血球数の測定。陰性対照として、HFM膜なしでインキュベートした血液試料を使用した。血液を37℃で90分間インキュベートした。白血球数、赤血球数および血小板数は、セルカウンターで測定した。さらに、抗ヒトCD62P抗体で染色し、フローサイトメトリーで分析することにより活性化血小板を検出した。データは平均値+SDとして示す。統計分析は、一元配置分散分析を行った後に、Bonferroniの多重比較検定を行うことにより実施した。(*p<0.05、**p<0.01、***p<0.001)。
【
図10】コーティングしていないHFM膜、DBCOでコーティングしたHFM膜もしくは内皮化したHFM膜を、ヒト血液とインキュベーションした90分後に走査型電子顕微鏡法(SEM)により撮影した画像、または血液と接触させていない内皮化したHFM膜のSEM画像を示す(n=3)。
【
図11】コーティングしていないHFM膜、DBCOでコーティングしたHFM膜または内皮化したHFM膜の血液適合性の分析。新鮮なヒト血液と90分間インキュベートした後、凝固の活性化(トロンビン・アンチトロンビンIII複合体(TAT))、血小板の活性化(β-トロンボグロブリン)、補体系の活性化(sC5b-9)および炎症の活性化(PMNエラスターゼ)をELISAで測定した(n=4)。データは平均値+SDとして示す。統計分析は、一元配置分散分析を行った後に、Bonferroniの多重比較検定を行うことにより実施した。(**p<0.01、***p<0.001、および****p<0.0001)。
【
図12】内皮化したHFM膜の表面の炎症性状態のqRT-PCRによる分析。内皮化したHFM膜をヒト血液と37℃で90分間インキュベートし、接着分子(E-セレクチン、VCAM-1およびICAM-1)の発現をqRT-PCRで測定した。mRNAレベルは、GAPDHのmRNAレベルに対して正規化し、結果は、対照(細胞培養プレートに播種したHUVEC)における発現量に対する相対発現量の平均値+SEMとして示す。一元配置分散分析を行った後に、Bonferroniの多重比較検定を行うことにより差を判定した(n=3)。(*p<0.05、**p<0.01、***p<0.001)。
【実施例】
【0046】
1. 材料と方法
1.1 ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)の培養
0.1%ゼラチンでコーティングしたT75細胞培養フラスコにHUVEC(ATCC(登録商標)、米国マナッサス)を播種し、VascuLife EnGS LifeFactors Kitと50mg/mlゲンタマイシンと0.05mg/mlアムホテリシンB(サーモフィッシャーサイエンティフィック社、米国ウォルサム)を添加したVasculife(登録商標) EnGS内皮細胞培養培地(CellSystems社、ドイツ、トロイスドルフ)中において、5%CO2下、37℃で培養した。3日ごとに培地を交換した。80%コンフルエントに達した後、トリプシン/EDTA(0.04%/0.03%、PromoCell社、ドイツ、ハイデルベルク)を用いて細胞を剥離した。
【0047】
ポリメチルペンテン製の中空糸膜(HFM)(PMP、OXYPLUS、3M Membrana、ドイツ、ヴッパータール)の表面を、3工程のプロセスでコーティングした(
図1)。まず、HFM膜の表面をO
2プラズマで処理し、第2の工程においてシラン化を行った。第3の工程において、シラン化した表面に、ジベンジルシクロオクチン-PEG
4-NHSエステル(DBCO-PEG
4-NHSエステル)を結合させた。このコーティングを行うため、PMP製HFM膜を3×3cmの大きさにカットし、0.3mbar(±0.20mbar)の圧力と80%(±5%)の出力のO
2プラズマ(Denta Plas(登録商標)、Diener electronic社、ドイツ、エブハウゼン)で30分間処理して、水酸基を生成させた。次に、2%の(3-アミノプロピル)トリエトキシシラン(APTES、シグマ アルドリッチ社)を含むトルエン(シグマ アルドリッチ社、ドイツ、ダルムシュタット)中で、20rpmのシェーカーで振盪しながらHFM膜を30分間インキュベートした。次に、100%トルエン、50%トルエン/50%メタノール、および100%メタノールを順次用いてHFM膜の超音波処理を各2分間行い、結合しなかったAPTESと弱く結合したAPTESを除去した。乾燥後、400μM DBCO-PEG
4-NHSエステル(Jena Bioscience社、ドイツ、イエナ)を含むダルベッコのリン酸緩衝生理食塩水(DPBS)(インビトロジェン社、米国カールスバッド)中でHFM膜を30分間インキュベートして、シクロオクチン基を導入し、新鮮なDPBSで3回洗浄した。
【0048】
1.3 HFM膜のコーティング上に形成された官能基の定量
APTES処理後のアミノ基の検出
HFM膜の表面上のアミノ基を検出するため、シェーカーで振盪しながら、0.5mMメチルオレンジ溶液(シグマ アルドリッチ社、ドイツ、ダルムシュタット)中でHFM膜を37℃で5時間インキュベートし、1mM HCl溶液で3回洗浄した。次に、1mM NaOH溶液0.4mlを加えて、シェーカー上で37℃で一晩振盪しながら、HFM膜の表面に結合したメチルオレンジを脱離させた。メチルオレンジを検出するため、96ウェルプレートに脱離溶液100μlを三連で加えた。マイクロプレートリーダー(Eon Synergy 2、Bio Tek Instruments社、米国ウィヌースキ)を用いて、465nmで吸光度を測定した。
【0049】
DBCO-PEG
4
-NHSエステルを結合した後のDBCO基の検出
HFM膜をDBCO-PEG4-NHSエステルとインキュベートした後、Ca2+/Mg2+非含有DPBS中において、80μg/ml Cy3-アジド(シグマ アルドリッチ社)を加えてHFM膜を1時間インキュベートし、DBCOで官能化されたHFM膜の表面にCy3-アジドを結合させた。次に、HFM膜を100%エタノールで5回洗浄し、HFM膜の染色を蛍光顕微鏡法(Axiovert 135、カールツァイス社、ドイツ、オーバーコッヘン)で検出した。さらに、マイクロプレートリーダー(Mithras 940、Berthold Technologies社、ドイツ、バート・ヴィルト)を用いて、励起波長500nmおよび発光波長600nmで、HFM膜上の蛍光強度を定量した。対照として、処理を行っていないHFM膜と、APTESのみで処理したHFM膜を使用した。
【0050】
1.4 アジド基によるHUVECの代謝標識とアジド標識の検出
HUVECの細胞表面をアジド基で官能化するため、6ウェルプレートにHUVECを2×105個/ウェルの密度で播種し、50μM テトラアシル化N-アジドアセチルマンノサミン(Ac4ManNAz、シグマ アルドリッチ社)を添加してまたは添加せずに、2mlの培地中において5%CO2下、37℃で48時間処理した。形成されたアジド基を検出するため、Ca2+/Mg2+非含有DPBSで細胞を洗浄した後、Ca2+/Mg2+含有DPBS中において、5μM DBCO-スルホ-Cy3(Jena Bioscience社、ドイツ)と5%CO2下、37℃で1時間インキュベートした。細胞を10mlのDPBSで3回洗浄し、トリプシン/EDTA(0.04%/0.03%)で剥離し、300×gで5分間遠心分離した。細胞ペレットを0.5mlのDPBSに再懸濁し、10,000個の細胞のCy3標識をフローサイトメトリー(FACS SCAN、BD社、ドイツ、ハイデルベルク)で分析した。フローサイトメトリー分析に加えて、ActinGreenTM 488 ReadyProbes(登録商標)試薬(インビトロジェン社)で細胞を30分間染色して細胞骨格を可視化し、0.2μg/ml DAPI(シグマ アルドリッチ社)で5分間染色して核を可視化した。
【0051】
1.5 Ac4ManNAzでHUVECを代謝標識した後の細胞生存率の分析
50μM Ac4ManNAzで標識した48時間後に、PrestoBlueアッセイ(インビトロジェン社、米国カールスバッド)を用いて、HUVECの生存率に対する代謝標識の影響を調べた。この調査を行うため、1×PrestoBlue細胞生存率試薬500μLを6ウェルプレートの各ウェルに加え、37℃で1.5時間インキュベートした。マルチモードマイクロプレートリーダー(Mithras LB 940、Berthold Technologies社、ドイツ、バート・ヴィルト)を用いて、励起波長530nmおよび発光波長600nmで、100μLの上清の蛍光強度を三連で測定した。
【0052】
1.6 銅フリークリックケミストリーを用いたHFM膜への内皮細胞のクリック結合
13mlのEGMTM-2内皮細胞増殖培地BulletKitTM(ロンザ社、スイス、バーゼル)中で、DBCOをコーティングしたPMP膜(3×3cm)またはコーティングしていないPMP膜を、5.2×106個のAc4ManNAz標識HUVECとインキュベートした。このインキュベーションは、5%CO2の湿潤インキュベーターにおいて、ローテーター(Phoenix Instrument社、ドイツ、ガルプセン)を用いて10rpmで振盪しながら、37℃で24時間行った。回転振盪しながらインキュベートした後、各PMP膜を6ウェルプレートの各ウェルに配置し、静置条件でさらに1日または5日間インキュベートした。
【0053】
1.7 内皮化の分析
PMP膜に接着したHUVECを、250ng/mL カルセインアセトキシメチルエステル(Calcein-AM;インビトロジェン社)を用いて37℃で10分間染色した。染色された細胞を、蛍光顕微鏡法(Axio 135、カールツァイス社、ドイツ、オーバーコッヘン)で検出した。さらに、マルチモードマイクロプレートリーダー(Mithras LB 940、Berthold Technologies社)を用いて、励起波長494nmおよび発光波長517nmで、Calcein-AM染色の前後のHFM膜の表面上の蛍光シグナルを検出した。
【0054】
さらに、抗ヒトVE-カドヘリン抗体で細胞を染色して、コンフルエントな単層内皮細胞の形成と細胞間接触の有無を検出した。この検出を行うため、DBCO-PEG4-NHSエステルでコーティングされた内皮化膜をDPBSで洗浄し、4%パラホルムアルデヒド(v/v)を用いて室温で10分間固定した。DPBSで内皮化膜を洗浄した後、5%ヤギ血清(サーモフィッシャーサイエンティフィック社、米国ウォルサム)を含むTris緩衝生理食塩水(50mM Trisベース、150mM塩化ナトリウム、pH7.5)を用いて室温で30分間ブロッキングした。内皮化膜をDPBSで洗浄し、1%ウシ血清アルブミン(BSA)を含むDPBSで1:100に希釈したマウス抗ヒトVE-カドヘリン一次抗体(CD144(16B1)、eBioscience、インビトロジェン社、米国)と室温で1時間インキュベートした。次に、内皮化膜をDPBSで3回洗浄し、1%BSAを含むPBSで1:400に希釈したAlexa Fluor 488標識ヤギ抗マウスIgG(H+L)交差吸着済み二次抗体(サーモフィッシャー社、米国)と1時間インキュベートした。DPBSで3回洗浄した後、DPBSで1:2000に希釈したDAPI(シグマ アルドリッチ社、ドイツ、ダルムシュタット)で細胞核を5分間染色した。陰性対照として、内皮化膜をアイソタイプコントロール抗体とインキュベートした。染色された細胞を、蛍光顕微鏡法(Axio 135、カールツァイス社、ドイツ、オーバーコッヘン)で検出した。
【0055】
1.8 HFM膜に接着させた内皮の炎症性刺激に対する反応性
ヒドロコルチゾン非含有EGMTM-2内皮細胞増殖培地中において、50ng/mL 腫瘍壊死因子α(TNF-α、シグマ アルドリッチ社)を添加してまたは添加せずに、内皮化HFM膜を4時間インキュベートした。インキュベーション後、HFM膜をDPBSで2回洗浄し、トータルRNAを単離した。活性化マーカーとして、内皮白血球接着分子1(E-セレクチン)、血管細胞接着分子1(VCAM-1)および細胞間接着分子1(ICAM-1)の発現をqRT-PCRで検出した。mRNAレベルは、GAPDHのmRNAレベルに対して正規化し、結果は、TNF-αによる刺激の非存在下での内皮化HFM膜での発現量に対する相対発現量として示した。
【0056】
1.9 qRT-PCR
AurumトータルRNA Miniキット(バイオ・ラッド社、ドイツ、ミュンヘン)を製造業者の説明書に従って使用して、細胞のトータルRNAを単離した。iScriptキット(バイオ・ラッド社)を用いて、300ngのRNAをDNAコピー(cDNA)に逆転写した。表1に記載のプライマーを300nMの最終濃度で使用して、95℃で3分を1サイクル行った後に、95℃で15秒と72℃で10秒を40サイクル行う条件で転写産物の増幅を行った。40サイクルの増幅を行った後、融解曲線分析を行って、転写産物特異的なアンプリコンを検出した。リアルタイムqRT-PCR反応は、CFX ConnectリアルタイムPCR検出システム(バイオ・ラッド社)において、iQ SYBR Green Supermix(バイオ・ラッド社)を用いて、1ウェルあたり全量15μLとして三連で行った。ハウスキーピング遺伝子として、構成的に発現されているGAPDH(グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ)を使用した。検出された各遺伝子のmRNAレベルは、GAPDHに対して正規化し、結果は、対照mRNAレベルに対する相対発現量として示した。
【表1】
【0057】
1.10 血液の採取
Safety-Multyfly(登録商標)20G×3/4 TW針(Sarstedt社、ドイツ、ニュームブレヒト)を用いて、健常対象者(n=4)の前肘静脈からヒト全血を採取し、1IU/mLヘパリンナトリウム(Ratiopharm社、ドイツ、ウルム)を入れた9mLのMonovette(Sarstedt社)に移した。この血液採取は、テュービンゲン大学の倫理委員会の承認を受けて行われたものであり、対象者全員から書面による同意を得てから行った。
【0058】
1.11 血液適合性分析の実施
非修飾HFM膜、DBCOでコーティングしたHFM膜、または内皮化したHFM膜(各3×3cm)とヒト血液試料のインキュベーションは、ポリプロピレン製の丸底チューブ(14mL、BDバイオサイエンス社、ドイツ)中で、37℃、30rpmの動的条件下でヘパリン添加ヒト全血9mLと90分間インキュベートすることによって行った。陰性対照として、HFM膜を加えずに、同じ量の新鮮なヘパリン添加血液のみをチューブに入れた。90分間の動的インキュベーション後、エチレンジアミン四酢酸(1.6mg/mL、EDTA、Sarstedt社)を含むチューブに血液試料を回収し、補体活性化の分析と細胞数の検出を行った。また、0.3mLのクエン酸塩溶液(0.106M C6H5Na3O7・2H2O、Sarstedt社)と3mLの血液を含むチューブを用いて、PMNエラスターゼとTATの検出を行った。β-TGの分析では、緩衝クエン酸ナトリウム、テオフィリン、アデノシンおよびジピリダモールを含む0.109M CTAD溶液270μLを含む2.7mLのCTADチューブ(BDバキュテイナCTAD入り採血管、ベクトン・ディッキンソン社、ドイツ、ハイデルベルク)に血液を移し、氷上で15分間保存した。EDTAを含む調製物とCTADを含む調製物は、2500×g、4℃で20分間遠心分離した。クエン酸加血液を含む調製物は、1800×g、室温で18分間遠心分離した。各試料の血漿を液体窒素中で急速冷凍し、分析まで-80℃で保存した。
【0059】
血球計数分析
自動細胞計数システム(ABX Micros 60、HORIBA Medical社、日本国京都市南区)を用いて、回収した血液試料中の赤血球数、白血球数および血小板数を測定した。
【0060】
血漿中の活性化マーカーの分析
市販の酵素結合免疫吸着アッセイ(ELISA)キットを製造業者の説明書に従って使用して、凝固系(トロンビン・アンチトロンビンIII複合体(TAT))の変化、補体系(sC5b-9)の変化、および血小板(β-トロンボグロブリン(β-TG))と好中球の活性化の変化を調べた。この分析を行うため、sC5b-9 ELISA(MicroVueTM Complement、Quidel Germany GmbH & AnDiaTec Division、ドイツ、コーンヴェストハイム)、TAT ELISA(エンザイグノスト(登録商標) TAT micro、Siemens Healthcare社、ドイツ、エルランゲン)、多形核白血球(PMN)エラスターゼELISA(Demeditec Diagnostics社、ドイツ、キール)、およびβ-TG ELISA(アセラクロム(登録商標)β-TG、Diagnostica Stago社、米国ニュージャージー州パーシッパニー)を使用した。
【0061】
活性化血小板の検出
上記と同様にして、コーティングしていないHFM膜、DBCOでコーティングしたHFM膜、または内皮化したHFM膜を血液とインキュベートした。各HFM膜とヒト血液を90分間インキュベートした後、血液を回収し、DPBSで1:5に希釈した。10μlのマウス抗ヒトCD41-FITC抗体(会社名)と試料を室温で30分間インキュベートして血小板を検出し、10μlのマウス抗ヒトCD62P-PE抗体(BDバイオサイエンス社、ドイツ、ハイデルベルク)と試料を室温で30分間インキュベートして、血小板の活性化を示すP-セレクチン(CD62P)を発現する血小板を検出した。0.5%パラホルムアルデヒドで試料を固定し、フローサイトメトリーにより血小板の活性化を分析した。
【0062】
HFM膜の表面の走査型電子顕微鏡(SEM)分析
非修飾HFM膜、DBCOでコーティングしたHFM膜、または内皮化したHFM膜を血液とインキュベートした後、各HFM膜を0.9%生理食塩水(フレゼニウス カービ社、ドイツ、バート・ホンブルク)でリンスし、2.5%グルタルアルデヒド(シグマ アルドリッチ社、ドイツ、ダルムシュタット)のDPBS溶液で24時間固定した。この固定工程後、DPBSを用いて試料を室温で15分間洗浄し、エタノールの濃度上昇系列(40%~100%のエタノール;メルクミリポア社、ドイツ、ダルムシュタット)を用いて室温で各15分間脱水した。次に、臨界点乾燥装置(Polaron E3100、Quorum Technologies社、英国イースト・サセックス)で試料を乾燥させ、金パラジウム粒子をスパッタコーティングした(Baltec SCD 050、Bal-Tec社、リヒテンシュタイン、バルザース)。走査型電子顕微鏡(EVO LS 10、Carl Zeiss Microscopy社、ドイツ、イエナ)を用いて、20倍、500倍、1000倍および5000倍の倍率で画像化を行った。
【0063】
HFM膜上の内皮の炎症状態の分析
HFM膜を内皮化した後、血液とインキュベートしていない内皮細胞および血液と90分間インキュベートした内皮細胞からトータルRNAを単離した。この単離を行うため、RNAの単離前に各HFM膜をDPBSで2回洗浄した。対照として、6ウェルプレートで培養したHUVECからもRNAを単離した。活性化マーカーであるE-セレクチン、VCAM-1およびICAM-1の発現をqRT-PCRで検出した。mRNAレベルは、GAPDHのmRNAレベルに対して正規化し、結果は、細胞培養プレート上で培養したHUVECでの発現量に対する相対発現量として示した。
【0064】
1.14 統計分析
データは、平均値±標準偏差(SD)または平均値±標準誤差(SEM)として示している。対応のある両側t検定を使用して、2群間の平均値を比較した。3群以上の平均値の比較では、一元配置分散分析(ANOVA)とBonferroniの多重比較検定を行った。すべての統計分析は、GraphPad Prism 9.0.2ソフトウェア(GraphPad Software社、米国カリフォルニア州ラ・ホーヤ)を用いて行った。p≦0.05の差を有意であると見なした。
【0065】
2. 結果
2.1 本発明による方法の一実施形態の模式図
O
2
プラズマ(図1の工程1)
材料の表面上の水酸基は、別の分子の化学基と反応して、共有結合を形成することができる。
【0066】
まず、3×3cmのポリメチルペンテン製の中空糸膜(PMP、OXYPLUS、3M Membrana、ドイツ、ヴッパータール)を酸素プラズマで処理して、この中空糸膜の表面上に水酸基(-OH)を生成させた。この酸素プラズマ処理は、Diener electronic社(ドイツ、エブハウゼン)から購入したDenta Plasシステムを用いて行った。この酸素プラズマ処理を行うため、低真空中で、0.3mbar(±0.20mbar)の圧力と80%(±5%)のプラズマ強度の酸素プラズマで中空糸膜を処理した。酸素プラズマ処理後に、シラン化を行った。
【0067】
3-アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)によるシラン化(図1の工程2)
この工程では、遊離水酸基をAPTESと反応させる。無水トルエンでAPTESを希釈する方法は、シラン化において広く利用されている。シラン化を行うため、トルエン(シグマ アルドリッチ社、ドイツ、ダルムシュタット)で希釈した2%APTES(APTES、シグマ アルドリッチ社、ドイツ、ダルムシュタット)中で、20rpmで振盪しながら中空糸膜を室温で30分間インキュベートした。次に、超音波浴中で2分間洗浄する洗浄工程を3回行って、結合しなかったAPTESと弱く結合したAPTESを除去した。この3回の洗浄工程では、まず、新鮮な100%トルエン溶液で中空糸膜を洗浄し、次に、50%トルエンの50%メタノール溶液で洗浄し、最後に、100%メタノールで洗浄して乾燥させた。
【0068】
DBCOの結合(図1の工程3)
次に、シラン化した中空糸膜を、ダルベッコのリン酸緩衝生理食塩水(DPBS、インビトロジェン社)で希釈した400μM DBCO-PEG
4-NHSエステル(Jena Bioscience社、ドイツ、イエナ)中で室温で30分間インキュベートした。インキュベーション後、DPBSを用いて各5分間の洗浄工程を3回行った。DBCOを伸長させて、代謝修飾された細胞への結合を容易にするため、使用したDBCOにはPEG
4鎖が含まれている。さらに、APTESのアミノ基と反応して共有結合が形成されるように、使用したDBCOには、活性カルボン酸(-NHSエステル)が含まれている。
【0069】
2.2 PMP製HFM膜の表面上に形成された官能基の検出
未処理のHFM膜、O
2プラズマで処理したHFM膜またはAPTESで処理したHFM膜の表面上に形成されたアミノ基を検出するため、これらの膜をメチルオレンジで染色した(
図2A)。APTESで処理したHFM膜へのメチルオレンジの結合は、O
2プラズマで処理した膜の約126倍であることが示されたことから(0.002±0.0175に対して0.2523±0.0175)、表面のシラン化に成功しており、表面にアミノ基が存在することが示された。アミノ官能化された表面をDBCO-PEG
4-NHSエステルで処理し、膜表面へのCy3-アジドのクリック反応によりDBCOの有無を検出した。HFM膜の蛍光強度は、蛍光リーダーを用いて測定した(
図2B)。DBCO-PEG
4-NHSエステルで処理した表面へのCy3-アジドの結合は、APTESで処理したHFM膜の約5.87倍であることが示された(RFU:3845±2155に対して22553±3564)。また、蛍光顕微鏡分析を行ったところ、Cy3の蛍光染色は、DBCO-PEG
4-NHSエステルで処理したHFM膜の表面のみで検出された(
図2C)。さらに、SEM分析を行ったところ、APTESのみで処理したHFM膜およびAPTESとDBCO-PEG
4-NHSエステルで処理したHFM膜は、未処理のHFM膜と比較して、その表面に見た目上の差異は確認できなかったことから、コーティング工程がHFM膜の完全性に悪影響を及ぼさないことが示された(
図3)。
【0070】
2.3 膜の緻密性の分析
官能化工程が膜の緻密性に及ぼす影響を調べるため、未処理のHFM膜または処理したHFM膜をECC-noDOP PVCチューブ(3/8″×3/32″、Raumedic社、ドイツ、ヘルムブレヒツ)に入れ、エポキシ樹脂(UHU、ドイツ、ビュール/バーデン)を用いて室温で1時間固定した。次に、0.1%トルイジンブルー(シグマ アルドリッチ社、ドイツ、ダルムシュタット)を含む水(フレゼニウス カービ社、ドイツ、バート・ホンブルク)をチューブに充填し、このチューブに三方弁を接続し、バルーンポンプ(メドトロニック社、ドイツ、メーアブッシュ)を用いて、250mmHg±10mmHgの一定圧力を3時間加えた。圧力は、この系に接続したマノメーター(RS 1113、アールエスコンポーネンツ社、英国コービー)を用いてモニターした。濾紙(厚さ0.83mm、サーモフィッシャー社、米国ウォルサム)をHFM膜の下に敷いてHFM膜の緻密性を分析した(
図4)。インキュベーションを3時間行った後に画像を撮影した(n=3)。
【0071】
2.4 細胞培養培地からAc4ManNAzを除去した後のN
3
基の有無の分析
Ac4ManNAzを除去した後のN3基の有無を調べるため、6ウェルプレートにHUVECを2×105個/ウェルの密度で播種し、2mlの培地中において、50μM Ac4ManNAzで処理するか、またはAc4ManNAzによる処理を行わずに、5%CO2下、37℃で48時間インキュベートした。Ca2+/Mg2+含有DBPSで細胞を洗浄し、Ac4ManNAzを添加していない細胞培養培地中でインキュベートした。0時間、2時間後、4時間後および24時間後に、細胞表面上のN3の有無を検出した。細胞表面上のN3の有無を検出するため、Ca2+/Mg2+非含有DPBSで細胞を洗浄した後、Ca2+/Mg2+含有DPBS中において、5μM DBCO-スルホ-Cy3(Jena Bioscience社、ドイツ)と5%CO2下、37℃で1時間インキュベートした。次に、細胞を1mlのDPBSで3回洗浄し、トリプシン/EDTA(0.04%/0.03%)で剥離させ、300×gで5分間遠心分離した。細胞ペレットを0.5mlのDPBSに再懸濁し、10,000個の細胞のCy3標識をフローサイトメトリー(FACS SCAN、BD社、ドイツ、ハイデルベルク)で分析した。
【0072】
2.5 N
3
による内皮細胞の表面の代謝標識と細胞生存率に対する影響の分析
HUVECを50μM Ac4ManNAzで48時間処理した。N
3基が細胞表面に存在するのかどうかを調べるため、次に、細胞を5μM DBCO-スルホ-Cy3と1時間インキュベートした。細胞表面上にN
3基が存在していたことから、DBCOが結合して、Cy3により細胞が標識された(
図6A)。Ac4ManNAzで処理していない細胞は染色されなかった。さらに、フローサイトメトリー分析を行ったところ、分析した細胞の約98%がCy3陽性であったことが示された(
図6B)。また、Ac4ManNAzで細胞を処理しても、HUVECの生存率に影響は見られなかった(
図6C)。
【0073】
2.6 DBCOで官能化されたHFM膜の表面へのN
3
標識HUVECの銅フリークリック反応による修飾HFM膜の内皮化
DBCOでコーティングしたHFM膜およびDBCOでコーティングしていないHFM膜を、回転振盪しながら5.2×10
6個のAc4ManNAz標識HUVECと24時間インキュベートし、その後、静置条件下で24時間インキュベートした。HFM膜に接着したHUVECをCalcein-AMで染色することにより検出した(
図7A)。蛍光顕微鏡分析を行ったところ、Ac4ManNAzで処理したHUVECが、DBCOで官能化されたHFM膜の表面に効率的に結合して、HFM膜の表面がほぼ完全に内皮化されたことが示された。また、HFM膜の蛍光強度を検出したところ、DBCOで官能化したことによって、コーティングしていないHFM膜やAPTESでコーティングしたHFM膜と比べて、HUVECの接着が有意に増加したことが示された(
図7B)。さらに、抗VE-カドヘリン抗体で染色することによって、HFM膜上でHUVECの緊密な細胞間接触が検出された(
図7C)。
【0074】
2.7 炎症性刺激に対する内皮層の反応性
HFM膜上の内皮層をTNF-αで刺激し、接着分子であるE-セレクチン、VCAM-1およびICAM-1の発現をqRT-PCRで分析して、刺激していない内皮層と比較した(
図8)。TNF-αで内皮層を刺激することによって、刺激していない内皮層と比べて、E-セレクチン(199倍)、VCAM-1(328倍)およびICAM-1(162倍)の発現が有意に増加した。この結果から、HFM膜上に形成された内皮層が応答性を示すことが示された。
【0075】
2.8 DBCOでコーティングしたHFM膜または内皮化したHFM膜の血液適合性
DBCOで官能化したHFM膜または内皮化したHFM膜の血液適合性に対する影響を、新鮮なヒト血液との動的なインキュベーションにより分析した。HFM膜なし(陰性対照)で血液をインキュベートするか、またはコーティングしていないHFM膜、DBCOでコーティングしたHFM膜、もしくはDBCOでコーティングした後に内皮化したHFM膜と血液をインキュベートし、血球数、血小板活性化、凝固、補体系および炎症を測定した。HFM膜なしの血液試料と比べて、白血球数および赤血球数に有意な差は観察されなかった(
図9)。一方、コーティングしていないHFM膜またはDBCOでコーティングしたHFM膜と血液をインキュベートすると、血小板数の有意な減少が観察されたが、内皮化したHFM膜では、血小板の減少が阻止された。血小板数に加えて、血小板活性化のマーカーとして、血小板の表面上のP-セレクチンの発現も分析した。
図9に示すように、コーティングしていないHFM膜およびDBCOでコーティングしたHFM膜では、HFM膜なしの血液試料と比べて、活性化血小板の数が有意に多いことが検出された。一方、内皮化したHFM膜では血小板の活性化が阻止された。
【0076】
さらに、各HFM膜を血液とインキュベートした後、各HFM膜の表面への血小板および単球の接着と、各HFM膜の表面上でのフィブリンの形成をSEMで分析した(
図10)。HFM膜の表面を内皮化することによって、滑らかでコンフルエントな内皮細胞層が形成された。非修飾HFM膜を新鮮なヒト血液とインキュベートしたところ、強固なフィブリン網と、これに捕らえられた赤血球がHFM膜の表面上に観察された。DBCOでコーティングしたHFM膜の表面でも、フィブリン網の形成が示された。一方、内皮化したHFM膜の表面をヒト血液とインキュベートしたところ、HFM膜の表面上でのフィブリン網の形成が強く阻止された。いくつかの箇所では、細胞様構造体も観察されたが、これは、臨界点乾燥により剥離した内皮細胞であるか、接着した単球であると見られた。
【0077】
コーティングしていないHFM膜またはDBCOで官能化したHFM膜を血液とインキュベートしたところ、凝固活性化の指標であるトロンビン・アンチトロンビンIII複合体(TAT)のレベルと、血小板活性化マーカーであるβ-トロンボグロブリンのレベルが有意に増加したことが検出された(
図11)。一方、内皮化したHFM膜では、凝固と血小板の活性化が効果的に阻止された。炎症の活性化(PMNエラスターゼ)と補体系の活性化(sC5b-9)に関しては、HFM膜なし(陰性対照)でインキュベートした血液試料と様々に修飾したHFM膜とインキュベートした血液試料の間で有意な変化は測定されなかった。
【0078】
2.9 HFM膜上の内皮の炎症状態
HFM膜を内皮化した後、血液と90分間インキュベーションした前後で接着分子の発現を分析することにより、内皮細胞の活性化状態を調べた。対照として、6ウェルプレートで培養したHUVECを使用した。興味深いことに、内皮化したHFM膜を血液とインキュベートしたところ、血液を接触させていない内皮化HFM膜と比べて、E-セレクチンとVCAM-1の発現量が減少した(
図12)。
【0079】
3. 結論
本発明者らにより、非常に特異的かつ選択的な様式で、生体細胞を表面に共有結合させることができる方法が提供される。この方法によって、例えば内皮細胞などを表面に効率的に定着させて、表面が「異物」として認識されることを防ぐことができる。また、この方法を利用して、患者自身の内皮前駆細胞(EPC)または「iPSC由来」内皮細胞を、血液接触材料の所望の表面に結合させることもできる。さらに、必要に応じて、患者自身の内皮細胞を定着させることが可能なオフ・ザ・シェルフ製品を製造することができる。表面への細胞の結合は、生理学的条件下において、触媒を使用することなく行われる。
【配列表】
【国際調査報告】