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特表2024-537068粒子含有摩耗保護層を有するピストンリング、その製造方法及び使用
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  • 特表-粒子含有摩耗保護層を有するピストンリング、その製造方法及び使用 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-10-10
(54)【発明の名称】粒子含有摩耗保護層を有するピストンリング、その製造方法及び使用
(51)【国際特許分類】
   C25D 15/02 20060101AFI20241003BHJP
   F16J 9/26 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
C25D15/02 F
C25D15/02 J
C25D15/02 N
F16J9/26 C
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024519565
(86)(22)【出願日】2022-09-28
(85)【翻訳文提出日】2024-05-22
(86)【国際出願番号】 EP2022077023
(87)【国際公開番号】W WO2023052452
(87)【国際公開日】2023-04-06
(31)【優先権主張番号】102021125366.7
(32)【優先日】2021-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】509098102
【氏名又は名称】フェデラル-モグル・ブルシャイト・ゲーエムベーハー
【氏名又は名称原語表記】FEDERAL-MOGUL BURSCHEID GMBH
【住所又は居所原語表記】Buergermeister‐Schmidt‐Strasse 17, 51399 Bursheid, Germany
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】デュードス,シュテファン
(72)【発明者】
【氏名】ディステルラート-リューベック,アニカ
【テーマコード(参考)】
3J044
【Fターム(参考)】
3J044AA02
3J044BA03
3J044BB05
3J044BB14
3J044BB23
3J044BB27
3J044BB35
3J044BC07
3J044DA09
3J044EA00
(57)【要約】
内燃機関用のピストンリングであって、表面を有し、前記表面に形成された鉄又は鉄合金の摩耗保護層を備え、前記摩耗保護層がクラックを有し、前記クラックが前記摩耗保護層の1mm当たり10~160個の平均密度を有し、前記摩耗保護層の総重量に基づいて0.2~15重量%の炭素粒子と、前記摩耗保護層の総重量に基づいて0.2~15重量%の炭素粒子ではない固体粒子とが、前記鉄又は前記鉄合金に組み込まれているピストンリングが提供される。さらに、ピストンリングの製造方法が提供される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関用のピストンリングであって、表面を有し、前記表面に形成された鉄又は鉄合金の摩耗保護層を備え、前記摩耗保護層がクラックを有し、前記クラックが前記摩耗保護層の1mm当たり10~160個の平均密度を有し、前記摩耗保護層の総重量に基づいて0.2~15重量%の炭素粒子と、前記摩耗保護層の総重量に基づいて0.2~15重量%の炭素粒子ではない固体粒子とが、前記鉄又は前記鉄合金に埋め込まれている、内燃機関用のピストンリング。
【請求項2】
前記摩耗保護層内における粒子の総数に対する、前記クラック内に配置される前記炭素粒子及び/又は炭素粒子ではない前記固体粒子の割合が、それぞれの場所において0.1%以下であることを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項3】
本発明による前記摩耗保護層における粒子の総数に対する、前記クラックに配置される前記炭素粒子及び炭素粒子ではない前記固体粒子の合計の割合が0.05%以下であることを特徴とする先行する前記請求項の1つに記載のピストンリング。
【請求項4】
前記炭素粒子が、部分的に鉄-炭素化合物に変換されることを特徴とする先行する前記請求項の1つに記載のピストンリング。
【請求項5】
前記クラックの平均密度が、前記摩耗保護層の1mm当たり30~120個であることを特徴とする先行する前記請求項の1つに記載のピストンリング。
【請求項6】
前記クラックの平均幅が、0.05~1.5μmであることを特徴とする先行する前記請求項の1つに記載のピストンリング。
【請求項7】
前記炭素粒子及び/又は炭素粒子ではない前記固体粒子のそれぞれが、互いに独立して0.05~3μmの平均粒径を有することを特徴とする先行する前記請求項の1つに記載のピストンリング。
【請求項8】
前記炭素粒子がダイヤモンド及び/又はグラファイトからなり、及び/又は炭素粒子ではない前記固体粒子が炭化タングステン、炭化クロム、酸化アルミニウム、炭化ケイ素、窒化ケイ素、炭化ホウ素及び/又は立方晶窒化ホウ素からなることを特徴とする先行する前記請求項の1つに記載のピストンリング。
【請求項9】
炭素粒子ではない前記固体粒子が、立方晶窒化ホウ素からなることを特徴とする先行する前記請求項の1つに記載のピストンリング。
【請求項10】
前記鉄合金が、前記鉄合金の総重量に基づいて、90重量%以上の鉄を含むことを特徴とする先行する請求項の1つに記載のピストンリング。
【請求項11】
(a)100~500g/lのFeClに相当する量の鉄(II)化合物と、任意選択的なさらなる金属の塩と、
炭素粒子と、炭素粒子ではない固体粒子とを含む水性電解液であって、pHが0以下である前記水性電解液にピストンリングが入れられるステップ、
(b)鉄又は鉄合金の摩耗保護層が10~80A/dmのカソード電流密度で前記ピストンリング上にガルバニック堆積されるステップ、
(c)前記摩耗保護層とともに前記ピストンリングが乾燥されるステップ、及び
(d)300~700℃に加熱されるステップ、
を含む請求項1~10のいずれか1つに記載のピストンリングの製造方法。
【請求項12】
前記水性電解質のpH値が-0.1以下であることを特徴とする請求項11に記載の製造方法。
【請求項13】
ステップ(b)の後、前記電流の方向が反転され、アノード電流密度が1~30A/dmであり、及び
前記電流の方向が再び反転され、ステップ(b)が再び実行される、
ことを特徴とする請求項11又は12に記載の製造方法。
【請求項14】
請求項11~13のいずれか1つに記載の製造方法によって得られる内燃機関用のピストンリング。
【請求項15】
内燃機関における請求項1~10又は14のいずれか1つに記載のピストンリングの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄又は鉄合金製のピストンリングであって、鉄又は鉄合金に固体粒子が埋め込まれているピストンリングに関する。本発明はまた、ピストンリングの製造方法及び内燃機関におけるピストンリングの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関用のピストンリングは、高摩擦及び高温に曝されるため、耐摩耗性が高く、摺動性に優れた表面を有するものでなければならない。この目的のために、通常、ピストンリングの外周面(走行面)には、例えば、電解析出硬質クロム層などの耐摩耗保護層が適用される。高い耐摩耗性に加えて、摩耗保護層は、可能な限り高い寸法安定性を備えていなければならず、すなわち、エンジン運転中にピストンリングの形状が変化した場合でも、摩耗保護層は可能な限り耐久性があり、破損しないことが望ましい。
【0003】
固体粒子を硬質クロム層に組み込むことにより耐摩耗性を向上させることができる。独国特許出願公開第3531410号明細書及び欧州特許出願公開第0217126号明細書には、固体粒子がクラックに埋め込まれた電気めっき硬質クロム層が記載されている。
【0004】
しかし、公知の硬質クロム固体粒子層の欠点の1つは、硬質クロム層を製造するために6価クロムを含む電解液が必要であり、6価クロムは毒性が強いであることである。6価クロムを使用した硬質クロム層の製造プロセスは、おそらく数年以内に許可されなくなるであろう。したがって、環境を保護し、人間や動物を保護するためには、クロムを含まない摩耗保護層を有するピストンリングが望ましい。
【0005】
固体粒子が埋め込まれた鉄製ピストンリングのための摩耗保護層は、独国特許発明第19508419号明細書で知られている。しかしながら、これらの摩耗保護層の硬度及び耐摩耗性は、現代の内燃機関におけるピストンリングの高い熱的及び機械的要求に対してもはや十分ではない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明の目的は、従来技術の上述の欠点を克服し、摩耗保護層がクロムを含まず、高い耐摩耗性、硬度及び寸法安定性を有する摩耗保護層を有するピストンリングを提供することにある。さらに、本発明の目的は、そのような摩耗保護層を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、この目的は、鉄又は鉄合金の摩耗保護層が形成された表面を有する内燃機関用のピストンリングであって、前記摩耗保護層がクラックを有し、前記クラックが前記摩耗保護層の1mm当たり10~160個の平均密度を有し、前記摩耗保護層の総重量に基づいて0.2~15重量%の炭素粒子と、前記摩耗保護層の総重量に基づいて0.2~15重量%の炭素粒子ではない固体粒子とが、前記鉄又は前記鉄合金に埋め込まれている、ピストンリングによって達成される。
【0008】
この目的はさらに、
(a)100~500g/lのFeClに相当する量の鉄(II)化合物と、任意選択的なさらなる金属の塩と、
炭素粒子と、炭素粒子ではない固体粒子とを含む水性電解液であって、pHが0以下である前記水性電解液にピストンリングが入れられるステップ、
(b)鉄又は鉄合金の摩耗保護層が10~80A/dmのカソード電流密度で前記ピストンリング上にガルバニック堆積されるステップ、
(c)前記摩耗保護層とともに前記ピストンリングが乾燥されるステップ、及び
(d)300~700℃に加熱されるステップ、
を含むピストンリングの製造方法によって達成される。
【0009】
この目的はさらに、上記の方法によって得られるピストンリング、及び内燃機関における本発明による前記ピストンリングの使用によって達成される。
【0010】
驚くべきことに、本発明の背景において、本発明による前記ピストンリングの前記摩耗保護層が、高い硬度、高い寸法安定性、そして同時に高い耐摩耗性を有することが見出された。
【0011】
前記摩耗保護層の1mm当たり10~160個のクラック密度は、特に前記摩耗保護層の高い寸法安定性を保証し、とりわけ、前記電解液の低いpH値によって達成される。前記熱処理は、主に前記摩耗保護層の硬度を高める。この説明によって本発明が限定されるものではないが、前記炭素粒子は、部分的にFe-C化合物(鉄-炭素化合物)に変換され、これが前記摩耗保護層の上述した有利な特性、特に増加した硬度の一因であると推測される。一方、炭素粒子ではない前記固体粒子は、前記摩耗保護層内に残留し、この説明によって本発明が限定されるものではないが、炭素粒子ではないこれらの固体粒子が、前記層の高い耐摩耗性の主な原因であると推測される。このようにして、本発明による前記摩耗保護層の、より高い硬度と良好な耐摩耗性の組み合わせが達成される。
【0012】
好ましくは、表面を有し、前記表面に適用された鉄又は鉄合金の摩耗保護層を含むピストンリングであって、前記摩耗保護層がクラックを有し、前記クラックが前記摩耗保護層の1mm当たり10~160個の平均密度を有し、前記摩耗保護層の総重量に基づいて、0.2~15重量%の炭素粒子、及び0.2~15重量%の炭素粒子ではない固体粒子が、前記鉄又は鉄合金に組み込まれており、前記炭素粒子が部分的に又は完全にFe-C化合物に変換されている。これは、前記摩耗保護層がFe-C化合物を含むことを意味する。この変換は、好ましくは、前記摩耗保護層を300~700℃に加熱することによって行われる。
【0013】
好ましい実施形態では、前記摩耗保護層は、前記摩耗保護層の総重量に基づいて、0.01~25重量%の鉄-炭素化合物、より好ましくは、0.05~10重量%の鉄-炭素化合物、特に0.1~5重量%の鉄-炭素化合物を含む。鉄-炭素化合物は、300~700℃に加熱されたときに、前記炭素粒子と周囲の前記鉄から生成される。
【0014】
300~700℃の前記熱処理温度は、内燃機関で使用されるときにピストンリングが曝される温度よりも特に高い。前記摩耗保護層の温度は、常に250℃未満だからである。したがって、エンジンでの使用前の前記ピストンリング又は前記摩耗保護層の前記熱処理は、前記炭素粒子を少なくとも部分的に変換し、前記ピストンリングの特性を向上させるために必要である。
【0015】
前記ピストンリング又は前記摩耗保護層の前記熱処理における前記温度は、300~700℃、好ましくは320~650℃、より好ましくは340~600℃、さらに好ましくは350~550℃、特に380~540℃である。これらの温度により、前記摩耗保護層の増加された硬度と高い耐摩耗性の特に有利な組み合わせを達成することができる。前記熱処理は、好ましくは15分以上、より好ましくは30分以上、さらに好ましくは1~4時間行う。
【0016】
前記炭素粒子は、ダイヤモンド及び/又はグラファイトからなることが好ましく、ダイヤモンド粒子がさらに好ましい。
【0017】
高い耐摩耗性を達成するために、炭素粒子ではない固体粒子として、硬質材料粒子が好ましく使用される。本発明の目的のために、硬質材料粒子は、モース硬度が8以上の材料の粒子と理解される。これらの中でも、モース硬度が9以上の硬質材料粒子が好ましく、特にモース硬度が9.2~10のものが好ましい。モース硬度は、従来技術で知られているモース硬度試験に従って測定される。好ましい硬質材料粒子は、炭化タングステン、炭化クロム、酸化アルミニウム、炭化ケイ素、窒化ケイ素、炭化ホウ素及び/又は立方晶窒化ホウ素からなるものである。最も好ましいのは、立方晶窒化ホウ素(体心立方晶窒化ホウ素)である。
【0018】
固体潤滑粒子を追加することで、前記摩耗保護層の摺動特性を有利にさらに向上させることができる。固体潤滑粒子の例は、六方晶窒化ホウ素又はポリマー粒子である。
【0019】
前記炭素粒子の割合、及び炭素粒子ではない固体粒子の割合は、互いに独立して、前記摩耗保護層の総重量に基づいて、0.2~15重量%、好ましくは0.5~12重量%、より好ましくは1~10重量%、最も好ましくは2~8重量%である。
【0020】
前記炭素粒子及び炭素粒子ではない前記固体粒子の平均粒径(グレインサイズ)は、0.02~5μm、好ましくは0.05~3μm、特に好ましくは0.1~1μm、特に0.2~0.8μmである。前記平均粒径(d50)は、乾式分散機(装置:シロッコ分散ユニットを備えたマルバーン(登録商標)マスターサイザー)でレーザー回折法により測定する。前記平均粒径(d50)は、規定値よりも50体積%の粒径が小さく、50体積%の粒径が大きい値である。
【0021】
前記平均粒径だけでなく、全ての粒子が所定の粒径範囲内にあることがさらに好ましい。したがって、前記炭素粒子及び炭素粒子ではない前記固体粒子の粒径は、互いに独立して、好ましくは0.02~5μm、より好ましくは0.05~3μm、さらに好ましくは0.1~1μm、特に0.2~0.8μmである。
【0022】
前記摩耗保護層は、鉄又は鉄合金からなる。前記鉄合金は、好ましくは前記鉄合金の総重量に基づいて85重量%以上の鉄からなり、より好ましくは95重量%以上の鉄、特に98~99.8重量%の鉄からなる。前記鉄合金の合金成分は、鉄の典型的な合金元素、好ましくはCr、Ni、Mo、Mn、V、W、Al及び/又はNbのいずれかである。
【0023】
本発明による前記摩耗保護層のビッカース硬度は、好ましくは500~750HV0.1、より好ましくは550~700HV0.1、最も好ましくは600~700HV0.1である。前記ビッカース硬度は、前記ビッカース硬度を測定するための先行技術で公知の方法に従って測定される。
【0024】
前記摩耗保護層にクラックを有するピストンリングは、クラックのない摩耗保護層と比較して、改善された寸法安定性を示す。この説明によって本発明が限定されるものではないが、寸法安定性の向上は、前記クラックによって前記層内の応力が低減又は分散されるためであり、その結果、前記層はそれほど容易に破壊されない、すなわち、材料の脱落が回避されるためであると想定される。寸法安定性が改善された結果、材料の脱落が回避されることは、摩耗の大幅な減少にもつながる。
【0025】
ピストンリングがシリンダーに向けられた面(前記ピストンリングの走行面)で摩耗する場合、凝着摩耗とアブレシブ摩耗とが区別される。凝着摩耗は、前記シリンダーの走行面(ライナー)から前記ピストンリングへの材料の移動であり、その逆も同様で、材料の移動は、基本的に前記ライナーから前記リングへ行われる。一方、アブレシブ摩耗は、走行面どおしの擦傷を伴う。本発明による前記摩耗保護層における凝着摩耗は、特に、マトリックス中の固体粒子の分布によって、また、他方では、寸法安定性が向上した結果、ブレークアウトが減少することによって改善され、アブレシブ摩耗は、特に、潤滑膜の形成によって改善される。好ましくは、材料で満たされていない前記表面に形成された開口クラックには、一方ではエンジンオイルが集まり、他方では固体燃焼残渣の形でオイルからの残渣が集まり、これも潤滑剤として作用する。この両者は、前記摩耗保護層の前記表面の摺動特性を向上させ、また、エンジン内で起こりうるような潤滑が低すぎる場合にも大きな利点をもたらす。
【0026】
0以下の低いpH値を使用する本発明によるプロセスは、前記クラックと粒子が前記層内に非常に均一に分布するため、耐摩耗性と寸法安定性が特に高い前記耐摩耗保護層をもたらす。
【0027】
したがって、前記粒子は、前記摩耗保護層の全体に分布することが好ましく、すなわち、例えば、前記粒子が専ら前記クラックに存在する硬質クロム層とは異なり、前記クラックには限定されない。このような均一な分布は、前記粒子が存在しない又は極僅かしか存在しない大きな領域がないことを意味し、前記層の耐摩耗性を均一に向上させる。さらに、前記粒子は金属内で特に強固に結合しているため、例えば、前記粒子がクラック内にしか存在しない硬質クロム層の場合のように、動作中に前記粒子が前記表面から容易に脱落することはない。全体として、これは高い耐摩耗性をもたらす。
【0028】
本発明に従ってピストンリングに摩耗保護層を形成するために、コーティングされるピストンリングは、鉄イオン、任意選択的に鉄以外の金属の金属イオン、炭素粒子、及び炭素粒子ではない固体粒子を含む電解液中に置かれ、カソード接続される。直流又は脈流直流、例えば、周波数10kHzの脈流直流が前記ピストンリングに印加され、こうして鉄層又は鉄合金層がガルバニック堆積される。
【0029】
本発明において、「電解液」又は「水性電解液」とは、前記電解液の成分がイオンに電解解離することによって電気伝導性が生じる水溶液を意味する。言及された前記成分及び存在する他の添加剤に加えて、前記電解液は残余としての水を含む。
【0030】
本発明による方法において、前記固体粒子は、好ましくは前記電解液中で懸濁状態に保たれる。これは、例えば、集中的な攪拌によって、及び/又は表面活性物質を使用することによって達成することができる。好ましくは、前記電解液は、1種以上の表面活性化合物を含む。これらは、イオン性、非イオン性及び両性表面活性(境界層活性)化合物であり得る。好ましい表面活性化合物は、ポリフルオロ化スルホネートである。好ましくは、前記表面活性化合物はPFOSを含まない。
【0031】
堆積ステップ(前記プロセスのステップb)では、鉄又は鉄合金からなる前記摩耗保護層にクラックが形成される。これらのクラックは、一般に、少なくとも部分的に相互接続しているので、クラックネットワークと言うことができる。本発明の好ましい実施形態では、前記固体粒子は、たとえサイズ的にクラックに適合したとしても、本発明によるプロセスにおいてはクラック内に実質的に堆積しない。これは特に、電解液のpH値が0以下であることが原因である。
【0032】
上述したように、本発明の好ましい実施形態では、前記炭素粒子及び/又は炭素粒子ではない前記固体粒子は、主に前記クラック内に配置されない。むしろ、前記炭素粒子及び/又は炭素粒子ではない前記固体粒子は、前記摩耗保護層のマトリックス中に実質的に埋め込まれている。本発明の目的上、前記マトリックスという用語は、前記クラックを除く前記金属摩耗保護層の全体、すなわち、前記クラックの形態で存在せず、固体粒子でもない前記摩耗保護層の材料全体を指す。これにより、前記固体粒子が前記耐摩耗性に大きく寄与するため、前記粒子が存在しない又は極僅かしか存在しない大きな領域が存在せず、前記摩耗挙動が改善される。さらに、前記粒子は、前記マトリックス中で特に強固に結合しているため、動作中に前記表面から容易に脱落することはない。
【0033】
本発明の好ましい実施形態において、本発明による前記摩耗保護層内における前記粒子の総数に対する、前記クラック内に配置される前記炭素粒子及び/又は炭素粒子ではない前記固体粒子の割合は、それぞれの場合において0.5%以下、より好ましくはそれぞれの場合において0.1%以下、さらに好ましくはそれぞれの場合において0.05%以下、最も好ましくはそれぞれの場合において0.02%以下である。
【0034】
本発明のさらに好ましい実施形態では、本発明による前記摩耗保護層内における前記粒子の総数に対する、前記クラック内に配置される前記炭素粒子及び炭素粒子ではない前記固体粒子の合計の割合は、0.5%以下、より好ましくは0.1%以下、さらに好ましくは0.05%以下、最も好ましくは0.02%以下である。
【0035】
前記粒子の総数に対する前記クラック内の前記粒子の割合は、断面研磨又は走行表面研磨の顕微鏡画像で測定される。この目的のために、粒子は少なくとも10μm×10μmの領域にわたってカウントされ、前記クラック内の前記粒子の割合が測定される。この領域は、前記粒子のサイズと分布に応じて選択され、その領域に十分な数の粒子、好ましくは少なくとも200個の粒子が見られるようにする。検鏡試片の作製については、以下に詳述する。
【0036】
本発明のさらに好ましい実施形態では、驚くべきことに、前記クラックは、鉄又は鉄合金で実質的に充填されていない、すなわち、実質的に空である。このことは、前記クラックが開口しているため、ピストンリングの作動中に前記表面にエンジンオイルを充填することができ、したがって、潤滑膜として機能するという利点を有する。さらに、前記エンジンオイルの燃焼残渣が、この開口クラックに堆積することができ、これも摺動特性を向上させる。このようにして、特に効果的な摺動膜(トライボフィルム)が形成される。
【0037】
本発明による方法のステップ(d)に従って300~700℃に加熱すると、前記クラックの前記表面に酸化鉄層が形成される。前記クラックが空気を含み、前記空気中の酸素が前記クラックの鉄表面を酸化させるからである。したがって、好ましくは前記クラックの前記表面は、酸化鉄層を有する。
【0038】
本発明の好ましい実施形態では、前記クラックの総体積に基づいて、前記クラックの3体積%以下が鉄又は鉄合金で充填される。より好ましくは、前記クラックの総体積に基づいて、前記クラックの2体積%以下が鉄又は鉄合金で充填され、さらに好ましくは、前記クラックの総体積に基づいて、前記クラックの1体積%が鉄で充填される。鉄又は鉄合金で満たされたクラックの体積率は、断面研磨又は走行表面研磨において、顕微鏡画像の色調を用いて測定することができる。暗い色の前記クラック内の金属は明るく見え、前記摩耗保護層の前記クラックがない領域も明るく見えるからである。数回の研磨、好ましくは2~3回の研磨で前記領域のパーセンテージを測定すると、前記体積率に対応する。
【0039】
本発明による前記プロセスにおける前記電解液のpH値は0以下である。この低いpH値により、有利なクラック構造が形成され、クラック密度が比較的に低く、同時に粒子が好ましくは前記層のクラックに埋め込まれないことを達成することが可能であることが、本発明の背景において見出された。その結果、前記層内の前記粒子分布は非常に均一である。
【0040】
特に、前記クラック構造は、前記層中の応力緩和を保証し、したがって、本発明による前記摩耗保護層の高い寸法安定性を保証する。上述したように、均一な粒子分布は、前記固体粒子が前記耐摩耗性に大きく寄与し、粒子が存在しない又は極僅かしか存在しない大きな領域が存在しないため、摩耗挙動が改善される。さらに、前記粒子は、主に前記クラックに存在するのではなく、いわゆるマトリックス内に存在し、それらは特に強固にマトリックスに結合しているため、動作中に前記粒子が前記表面からそう簡単に脱落することがない。
【0041】
前記電解液の前記pH値は、好ましくは-0.1以下、より好ましくは-0.5~-0.1である。本発明の好ましい実施形態では、前記pH値はこのように負であり、すなわち、H濃度は、1mol/l未満である。前記電解液の前記pHを調整するために強酸を使用することが好ましく、塩酸が好ましい。
【0042】
本発明による方法の好ましい実施形態では、前記堆積ステップ(b)の後に、さらなるステップ(b1)で前記電流の方向が反転される。極性反転ステップとも呼ばれるこのステップ(b1)では、クラック形成が中断される。さらに、前記極性反転ステップがある程度の時間実施されることを条件として、前記極性反転ステップでは、前記クラックが拡張される。極性を反転させることによって前記クラックの形成を中断させることは特に有利であり、その結果、前記電流の向きが再び反転され、さらなる摩耗保護層が堆積されるときに新たなクラックが形成される。その結果、極性反転ステップを前記摩耗保護層の製造プロセスに組み込むと、前記層の前記クラックが短くなる。長いクラックとは対照的に、この短いクラックは、変形中の機械的なエネルギーをよりよく分散させ、前記摩耗保護層の寸法安定性を高める。
【0043】
したがって、好ましい方法は、
(b1)ステップ(b)の後、前記電流の方向が反転され、アノード電流密度が1~30A/dmであり、及び
前記電流の方向が再び反転され、上記のステップ(b)が再び実行される、という追加ステップを含む。
【0044】
前記極性反転ステップ(b1)において、前記電流の方向は、好ましくは少なくとも0.1秒間、より好ましくは少なくとも1秒間、さらにより好ましくは少なくとも10秒間、最も好ましくは少なくとも30秒間、特に30~180秒間反転される。前記極性反転ステップにおける前記電流密度は、好ましくは1~30A/dm(アンペア/平方デシメートル)、より好ましくは2~20A/dm、特に好ましくは3~10A/dmである。
【0045】
本発明による前記プロセスの好ましい実施形態では、前記電流の方向を少なくとも5回、特に少なくとも10回、最も好ましくは10~30回反転させる。このようにして、幾つかの個々の摩耗保護層が互いの上に堆積され、その各々に新たなクラックが形成される。前記複数の層が完全な摩耗保護層を形成する。
【0046】
好ましくは、前記電解液は、150~450g/lの塩化鉄(II)、特に200~400g/lの塩化鉄(II)に相当する量の鉄(II)化合物を含む。前記電解液は、30g/lの塩化鉄(III)に相当するよりも少ない鉄(III)化合物、特に10g/lの塩化鉄(III)に相当するよりも少ない鉄(III)化合物を含有することがさらに好ましい。より好ましくは、前記電解液は、50g/l未満の鉄(III)塩、特に30g/l未満の鉄(III)塩を含む。
【0047】
本発明の好ましい実施形態では、前記電解液は、20g/lの鉄塩以外の金属塩、より好ましくは10g/l未満、最も好ましくは5g/lの鉄塩以外の金属塩を含む。好ましい実施形態において、前記電解液中の鉄(II)化合物は、FeClである。
【0048】
好ましい電解質は、
150~500g/lのFeCl・4HO、特に、200~45g/lのFeCl・4HO、
1~40g/lの炭素粒子、及び炭素粒子ではない固体粒子のそれぞれ、及び特に好ましくは、pH値が0以下、好ましくは-0.1以下である1種以上の界面活性化合物、を含む。
【0049】
堆積ステップ(b)における前記電流密度は、10~80A/dm、好ましくは20~70A/dm、最も好ましくは30~50A/dmである。
【0050】
本発明による前記プロセス中の前記電解液の温度は、好ましくは50℃以下、より好ましくは15~45℃、最も好ましくは20~40℃である。
【0051】
前記電解液には、鉄層の析出をサポートする従来の電解添加剤や触媒も含まれる。これらは通常の量で前記電解液中に存在することができる。
【0052】
前記堆積の期間は、前記摩耗保護層の所望の厚さに応じて選択され、前記電流密度が高く、前記堆積が長く行われるほど、前記層は厚くなる。前記堆積は、好ましくは5~240分間、特に10~120分間行われる。前記極性反転ステップは、有利には0.1~600秒間、特に5~200秒間行われる。
【0053】
本発明による前記摩耗保護層は、前記堆積ステップ(b)と前記極性反転ステップ(b1)とを繰り返すことにより、次々に形成される複数の層から構成することができる。複数の層が形成されて粒子が堆積されると、クラックが常に同じ場所に形成されるわけではないので、厚さ全体にわたって前記クラックの分布がさらに均一なコーティングを達成することができる。ステップ(b)及び(b1)の繰り返し回数は、1~100回、特に2~50回が好ましく、5~30回がより好ましい。
【0054】
前記摩耗保護層の厚さは、好ましくは10~600μm、より好ましくは20~400μm、特に好ましくは30~200μm、最も好ましくは40~150μmである。前記層厚は、断面研磨で前記層の高さを測定することによって測定される。前記表面に凹凸がある場合は、少なくとも5点、好ましくは6~10点で前記層厚を測定し、算術平均値を求める。これが前記摩耗保護層の前記層厚であり、平均層厚とも呼ばれる。
【0055】
本発明による前記プロセスにおいて、前記電解液中に含まれる固体粒子(炭素粒子、及び炭素粒子ではない固体粒子)の量は、広い範囲で変化し得る。前記電解液は、互いに独立して、炭素粒子及び炭素粒子ではない固体粒子をそれぞれ0.1~200g/l含有するのが有利であることがわかっている。特に好ましいのは、前記電解液の総量を基準として、それぞれ0.5~50g/l、最も好ましくは2~30g/lである。
【0056】
前記固体粒子の密度に応じて、前記摩耗保護層の総体積に対する前記固体粒子の体積分率は、重量分率よりもわずかに広い範囲で変化し得る。
【0057】
前記摩耗保護層の前記クラックの平均幅(クラック幅)は、好ましくは0.02~2μm、より好ましくは0.05~1.5μm、さらに好ましくは0.1~1μm、最も好ましくは0.1~0.8μmである。
【0058】
前記クラック幅は、ランダムに選んだ少なくとも10個のクラックの幅を、前記クラックの進行方向に対してほぼ垂直に測定し、これらの少なくとも10個の測定されたクラック幅の算術平均を求めることによって測定される。表面研磨(走行表面研磨)又は断面研磨の顕微鏡画像を測定用に撮影することができ、好ましくは、以下にさらに詳細に説明するように、断面研磨が使用される。基本的に、例えば、走行表面研磨の場合、前記表面をサンドペーパーで研磨した後、クラック幅を測定するために前記表面を顕微鏡画像で観察する。前記クラックは前記摩耗保護層の他の部分と色調の点で異なり、前記クラックは濃い色調を有している。
【0059】
さらに、前記摩耗保護層の前記表面におけるクラックの表面割合は、走行表面研磨を用いて測定することができる。前記クラックの表面領域を測定するために、少なくとも40μm×40μmの領域を取り、暗色の着色の割合、すなわち総面積に対する前記表面のクラックの割合を測定することによって測定する。これは、少なくとも40μm×40μmの正方形を無作為に3つ選び、その3つの測定値から算術平均を求める。このようにして求めた値を、前記摩耗保護層の前記表面におけるクラックの表面割合とする。本発明による前記摩耗保護層の前記表面におけるクラックの表面割合は、前記摩耗保護層の表面全体に対して、いずれの場合も、好ましくは0.5~10%、より好ましくは1~8%である。
【0060】
本発明による前記摩耗保護層の平均クラック密度は、10~160個/mm(ミリメートル)である。好ましいのは、20~140個/mm、より好ましくは30~120個/mm、最も好ましくは35~110個/mmの平均密度である。前記平均クラック密度を測定するには、少なくとも1mmの長さの少なくとも2本の切断線を、表面研磨(走行表面研磨)の顕微鏡画像上に異なる方向に配置し、前記クラック密度(前記線と交差するクラックの数)を計数により測定し、これらの少なくとも2本の計数から算術平均値を形成する。
【0061】
本発明の好ましい実施形態では、前記摩耗保護層の堆積に続く極性反転ステップ(b1)において、前記表面の前記クラックを再び僅かに広げることができる。これにより、前記表面の前記クラックの表面領域をより高くすることができ、それにより、前記クラックは、さらに多くの潤滑剤、特にエンジンオイルを吸収することができ、したがって、本発明による前記摩耗保護層の使用開始直後から、より良好な摺動特性を達成することができる。これにより、前記摩耗保護層のなじみ挙動を改善することができる。
【0062】
本発明による前記摩耗保護層の前記クラックの深さを測定することもできる。前記クラック幅の測定と同様に、顕微鏡写真を作成する。前記クラックの深さについては、前記層(コーティングされる場合がある基体を含む)を前記摩耗保護層の前記表面に対して垂直に切断し、次いで、表面研磨の製造と同様に前記表面をサンドペーパーで研磨して、断面研磨を製造する。このようにして製造された前記断面研磨を顕微鏡で観察し、前記摩耗保護層の前記表面に垂直な方向の拡張を測定することにより、前記クラックの色の濃さから前記クラックの深さを測定することができる。前記算術平均値は、少なくとも10個のクラックから測定される。このようにして得られた本発明による前記摩耗保護層の前記平均クラック深さは、好ましくは1~40μm、特に好ましくは3~30μm、より好ましくは5~20μm、最も好ましくは7~15μmである。
【0063】
前記ピストンリングは、好ましくは、基体を有するピストンリングであり、前記基体は、表面として、内周面、第1のフランク面、第2のフランク面及び走行面を有する。本発明による前記摩耗保護層は、前記表面の少なくとも1つ、特に前記走行面に形成される。前記基体は、ピストンリングに使用される通常の材料で作ることができ、好ましくは、前記基体は鋳鉄又は鋼、例えば、クロム鋼で作られる。本発明による前記摩耗保護層の下方又は上方には、さらなる層、例えば、前記基体と前記摩耗保護層との間の接着層、及び/又は前記摩耗保護層の上方の走行層が存在してもよく、これにより、前記なじみ挙動がさらに改善される。
【0064】
本発明はまた、本発明による前記方法によって得られるピストンリングに関する。
【0065】
好ましくは、内燃機関用のピストンリングであり、
(a)表面を有し、前記表面に適用された鉄又は鉄合金の摩耗保護層を備えるピストンリングであって、前記摩耗保護層がクラックを有し、前記クラックが前記摩耗保護層の1mm当たり10~160個の平均密度を有し、前記鉄又は鉄合金が、前記摩耗保護層の総重量に基づいて、0.2~15重量%の炭素粒子、及び前記摩耗保護層の総重量に基づいて、0.2~15重量%の炭素粒子以外の固体粒子がその中に組み込まれている、前記ピストンリングを提供すること、及び
(b)前記ピストンリングを300~700℃に加熱すること、
を通じて入手することが可能である。
【0066】
本発明はまた、内燃機関における本発明による前記ピストンリングの使用に関する。この目的のために、本発明による前記ピストンリングは、当業者に公知の方法で内燃機関の前記ピストンに挿入される。
【0067】
上述した特徴、及び以下に説明する特徴は、本発明の範囲を超えることなく、示された組み合わせにおいてのみならず、他の組み合わせにおいても、又は単独のポジションにおいても使用することができると理解される。
【図面の簡単な説明】
【0068】
図1図1は、本発明による摩耗保護層の走行表面研磨の顕微鏡写真である。前記表面に前記クラックが見られる。
【発明を実施するための形態】
【0069】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0070】
実施例:ダイヤモンド粒子及び立方晶窒化ホウ素粒子を含む本発明による鉄層の製造
【0071】
以下の組成の水性鉄電解液が提供される。
300g/lのFeCl・4H
5g/lのポリフルオロスルホン酸塩
15g/l、直径0.2~0.7μmのダイヤモンド粒子
15g/l、直径0.2~0.7μmの立方晶窒化ホウ素
pH値=-0.2(塩酸で調整される)
【0072】
この鉄電解液に、粒径0.2~0.7μmの結晶性ダイヤモンド粒子15g/lと、粒径0.2~0.7μmの立方晶窒化ホウ素粒子15g/lを30℃で攪拌しながら分散させる。クロム鋼製のピストンリングは、通常の前処理として、塩酸で酸洗され、脱脂され、厚さ約2μmのニッケル層が形成される。前記ピストンリングは、前記電解液中に置かれ、第1ステップで最初にカソードにスイッチされ、40A/dmの電流密度で5分間、鉄層が堆積される。第2ステップで極性を反転させ、電流密度4A/dmで45秒間、前記ピストンリングをアノードにスイッチする。このサイクル、すなわち、5分間のカソードクロムめっきと、45秒間のアノードエッチングとを合計10回繰り返すことで、厚さ約60μmの鉄-ダイヤモンド粒子層が形成される。コーティングされた前記ピストンリングは、その後400℃の温度で1時間加熱される。
【0073】
前記表面の顕微鏡画像を作成するために、前記ピストンリングの走行表面研磨を行い、前記層の断面の顕微鏡画像を作成するために、前記ピストンリングの断面研磨を行う。前記走行表面を作成するために、前記ピストンリングの前記表面をSiC湿式研磨紙で砥粒を増やしながら研磨し(220~4000粒)、1μmのダイヤモンド懸濁液で試料に傷が付かず輪郭がシャープになるまで研磨する。
【0074】
断面研磨を行うには、前記ピストンリングを前記走行表面に対して垂直に切断し、その切断面を前記走行表面研磨と同様にSiC湿式研磨紙で研磨する。
【0075】
その後、前記走行表面研磨及び前記断面研磨の顕微鏡画像を撮影する。
【0076】
前記クラック密度は、50個/mmであった。
【0077】
比較例1:層内にクラックのないダイヤモンド粒子を含む鉄層の製造
【0078】
クラックのない鉄層を製造するために、独国特許発明第19508419号明細書の実施例1に従って、従来の硫酸鉄電解液(pH=1.4)を使用して堆積させた。この電解液には、通常の湿潤剤と直径0.2~0.7μmの範囲のダイヤモンド粒子も含まれていた。
【0079】
前記断面研磨及び前記走行表面研磨の結果、この比較例による前記層にはクラックが見られなかった。
【0080】
実施例及び比較例による前記ピストンリング上の前記層を、摩耗試験及び寸法安定性の測定に供した。
【0081】
摩耗を測定するためにリグテストが実施され、前記ピストンリングを走行相手としてのシリンダー上でエンジンオイルを使用し、通常のエンジンストロークに相当するストロークで23時間走行させた。その後、前記ピストンリングの走行表面と、前記シリンダーの走行表面との摩耗量を測定した。
【0082】
前記リングの摩耗量は、上記実施例で9μm、上記比較例1で19μmであった。前記ライナーの摩耗量は、実施例では7.5μm、比較例1では16.5μmであった。このように、実施例では、前記リングの摩耗量、すなわち、本発明による前記摩耗保護層の摩耗量と、走行相手、すなわち、前記シリンダーの走行表面(ライナー)の摩耗量の両方が、比較例1に比べて著しく減少している。
【0083】
寸法安定性を測定するために、前記ピストンリングを機械でクランプし、壊れるまで元の形状に対して両方向に曲げた。その結果、上記実施例の本発明による前記摩耗保護層は、比較例1よりも著しく高い寸法安定性を有することが判明した。このことは、寸法安定性の向上及び摩耗量の低減に関して、本発明による前記摩耗保護層の利点を明らかに示している。
【0084】
比較例2:クラック層内にダイヤモンド粒子を含む鉄層の製造
【0085】
以下の組成の水性鉄電解液が提供される。
300g/lのFeCl・4H
5g/lのポリフルオロスルホン酸塩
15g/l、直径0.2~0.7μmのダイヤモンド粒子
pH値=-0.2
【0086】
粒径0.2~0.7μm、15g/lの結晶性ダイヤモンド粒子を、30℃の鉄電解液に攪拌しながら分散させる。クロム鋼ピストンリングは、通常の前処理として、塩酸で酸洗され、脱脂され、厚さ約2μmのニッケル層が形成される。前記ピストンリングは、前記電解液中に置かれ、第1ステップで最初にカソードにスイッチされ、40A/dmの電流密度で5分間、鉄層が堆積される。第2段階では、極性を反転させ、4A/dmの電流密度で45秒間、前記ピストンリングをアノードにスイッチする。このサイクル、すなわち、5分間のカソードクロムめっきと、45秒間のアノードエッチングとを合計10回繰り返すことで、約60μmの厚さの鉄-ダイヤモンド粒子層が形成される。その後、コーティングされた前記ピストンリングは、400℃の温度で1時間加熱される。
【0087】
前記表面の顕微鏡画像を作成するために、上述のように前記ピストンリングの走行表面研磨を行い、前記層の断面の顕微鏡画像を作成するために、前記ピストンリングの断面研磨を行う。その後、走行表面研磨及び断面研磨の顕微鏡画像を作成する。断面研磨及び走行表面研磨から、本比較例によれば、前記層にクラックが発生していることがわかる。前記クラック密度は、80個/mmであった。
【0088】
比較例2による前記ピストンリング上の前記層もまた摩耗試験に供された。摩耗を測定するために、上述のようなリグテストが実施され、ピストンリングを走行相手としてのシリンダー上でエンジンオイルを使用し、通常のエンジンストロークに相当するストロークで23時間走行させた。その後、前記ピストンリングの走行面と、前記シリンダーの走行面との摩耗量を測定した。
【0089】
比較例2の前記リングの摩耗量は、19.3μmであった。比較例2の前記ライナーの摩耗量は、8.5μmであった。
【0090】
全体として、このようにして、本発明による実施例の前記リングの摩耗量、すなわち、前記摩耗保護層の摩耗量と、走行相手、すなわち、前記シリンダーの走行面(ライナー)の摩耗量の両方が、比較例1及び2の両方と比較して改善されることが示された。
図1
【手続補正書】
【提出日】2024-05-22
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関用のピストンリングであって、表面を有し、前記表面に形成された鉄又は鉄合金の摩耗保護層を備え、前記摩耗保護層がクラックを有し、前記クラックが前記摩耗保護層の1mm当たり10~160個の平均密度を有し、前記摩耗保護層の総重量に基づいて0.2~15重量%の炭素粒子と、前記摩耗保護層の総重量に基づいて0.2~15重量%の炭素粒子ではない固体粒子とが、前記鉄又は前記鉄合金に埋め込まれている、内燃機関用のピストンリング。
【請求項2】
前記摩耗保護層内における粒子の総数に対する、前記クラック内に配置される前記炭素粒子及び/又は炭素粒子ではない前記固体粒子の割合が、それぞれの場所において0.1%以下であることを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項3】
本発明による前記摩耗保護層における粒子の総数に対する、前記クラックに配置される前記炭素粒子及び炭素粒子ではない前記固体粒子の合計の割合が0.05%以下であることを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項4】
前記炭素粒子が、部分的に鉄-炭素化合物に変換されることを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項5】
前記クラックの平均密度が、前記摩耗保護層の1mm当たり30~120個であることを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項6】
前記クラックの平均幅が、0.05~1.5μmであることを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項7】
前記炭素粒子及び/又は炭素粒子ではない前記固体粒子のそれぞれが、互いに独立して0.05~3μmの平均粒径を有することを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項8】
前記炭素粒子がダイヤモンド及び/又はグラファイトからなり、及び/又は炭素粒子ではない前記固体粒子が炭化タングステン、炭化クロム、酸化アルミニウム、炭化ケイ素、窒化ケイ素、炭化ホウ素及び/又は立方晶窒化ホウ素からなることを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項9】
炭素粒子ではない前記固体粒子が、立方晶窒化ホウ素からなることを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項10】
前記鉄合金が、前記鉄合金の総重量に基づいて、90重量%以上の鉄を含むことを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項11】
(a)100~500g/lのFeClに相当する量の鉄(II)化合物と、任意選択的なさらなる金属の塩と、
炭素粒子と、炭素粒子ではない固体粒子とを含む水性電解液であって、pHが0以下である前記水性電解液にピストンリングが入れられるステップ、
(b)鉄又は鉄合金の摩耗保護層が10~80A/dmのカソード電流密度で前記ピストンリング上にガルバニック堆積されるステップ、
(c)前記摩耗保護層とともに前記ピストンリングが乾燥されるステップ、及び
(d)300~700℃に加熱されるステップ、
を含む請求項1~10のいずれか1つに記載のピストンリングの製造方法。
【請求項12】
前記水性電解質のpH値が-0.1以下であることを特徴とする請求項11に記載の製造方法。
【請求項13】
ステップ(b)の後、前記電流の方向が反転され、アノード電流密度が1~30A/dmであり、及び
前記電流の方向が再び反転され、ステップ(b)が再び実行される、
ことを特徴とする請求項11に記載の製造方法。
【請求項14】
請求項11に記載の製造方法によって得られる内燃機関用のピストンリング。
【国際調査報告】