(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-10-10
(54)【発明の名称】1対の累進屈折力レンズを決定する方法
(51)【国際特許分類】
G02C 7/06 20060101AFI20241003BHJP
【FI】
G02C7/06
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024521005
(86)(22)【出願日】2022-10-27
(85)【翻訳文提出日】2024-04-05
(86)【国際出願番号】 EP2022080110
(87)【国際公開番号】W WO2023073117
(87)【国際公開日】2023-05-04
(32)【優先日】2021-10-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】518007555
【氏名又は名称】エシロール・アンテルナシオナル
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】コノガン・バラントン
(72)【発明者】
【氏名】ダニエル・シュピーゲル
(72)【発明者】
【氏名】ローラン・カリクスト
(72)【発明者】
【氏名】マルタ・エルナンデス-カスタニェーダ
【テーマコード(参考)】
2H006
【Fターム(参考)】
2H006BD03
(57)【要約】
本発明は、装着者の眼前に装着されるように意図された1対の累進屈折力レンズの光学設計を決定する方法であって、前記光学設計は、累進屈折力レンズの近方視基準点における近視度補正と、累進屈折力レンズの遠方視基準点における遠視度補正とを提供するように適合され、方法は、近視度補正及び遠視度補正に適した最初の1対の累進屈折力レンズを選択するステップと、装着者が最初の1対の累進屈折力レンズを装着している、装着者の所与の移動姿勢に対して、1セットの視線方向に関してレンズによって誘起された装着者の左眼と右眼とのプリズム偏差の1セットの差を決定するステップと、近視度補正及び遠視度補正と、1セットの差と、少なくとも1つの両眼運動パラメータとに基づいて前記光学設計を決定するステップとを含む方法に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
装着者の眼前に装着されるように意図された1対の累進屈折力レンズの光学設計を決定する方法であって、前記光学設計は、前記累進屈折力レンズの近方視基準点における近視度補正と、前記累進屈折力レンズの遠方視基準点における遠視度補正とを提供するように適合され、前記方法は、
- 前記近視度補正及び前記遠視度補正に適した最初の1対の累進屈折力レンズを選択するステップと、
- 前記装着者が前記最初の1対の累進屈折力レンズを装着している、前記装着者の所与の移動姿勢に対して、1セットの視線方向に関して前記累進屈折力レンズによって誘起された前記装着者の左眼と右眼とのプリズム偏差の1セットの差を決定するステップと、
- 前記近視度補正及び前記遠視度補正と、
- 前記1セットの差と、
- 少なくとも1つの両眼運動パラメータと、
に基づいて前記光学設計を決定するステップと、
を含む、方法。
【請求項2】
前記光学設計を決定するステップは、
- i)前記少なくとも1つの両眼運動パラメータに基づいて、前記装着者が許容できる前記左眼と前記右眼とのプリズム偏差の最大差を決定するサブステップと、
- ii)前記1セットの差のうちのモジュラスの最大値と前記装着者が許容できるプリズム偏差の前記最大差とを比較するサブステップと、
を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記累進屈折力レンズによって誘起されたプリズム偏差の前記1セットの差は、水平プリズム偏差の1サブセットの差と、垂直プリズム偏差の1サブセットの差と含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記少なくとも1つの両眼運動パラメータは、前記装着者の融像予備範囲、前記装着者の融像幅、前記装着者の抑制範囲、前記装着者の眼優位性、前記装着者の動的探索能力、前記装着者の斜位のうちの少なくとも1つを含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記光学設計を決定するステップは、複数の所定の光学設計から選択された光学設計の前記選択を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記選択は、全体評価関数の値の評価に基づき、各値は、前記所定の光学設計の各々に対応し、前記全体評価関数は、
- 近方視光学基準群、及び、
- 移動光学基準群、
からなる2つの光学基準群の両方から選択された光学基準に関連付けられた加重関数の和として定義される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記適合された光学設計を決定するステップは、カスタマイズされた光学設計の調整を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記調整は、
- 近方視光学基準群、及び、
- 移動光学基準群、
からなる2つの光学基準群の両方から選択された光学基準に関連付けられた1セットの評価関数に基づく多目的最適化プロセスを含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記調整は、前記1対の累進屈折力レンズの前面及び後面を算出することを伴う最適化プロセスを含む、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
前記近方視光学基準群は、度数誤差、残留非点収差、単眼視力、両眼視力、及びぼやけのうちの少なくとも1つを含む、請求項6又は8に記載の方法。
【請求項11】
前記移動光学基準群は、移動時の網膜血流、動的歪み、前記装着者の前記左眼と前記右眼との垂直プリズム偏差の差、及び、前記装着者の前記左眼と前記右眼との累計プリズム偏差の差、のうちの少なくとも1つを含む、請求項6、8又は10に記載の方法。
【請求項12】
前記サブステップii)の結果として、前記1セットの差のうちのモジュラスの最大値が、前記装着者が許容できる最大プリズム偏差よりも高い場合、前記決定された光学設計に従う前記1対の累進屈折力レンズの各累進屈折力レンズは、前記最初の1対の累進屈折力レンズの各累進屈折力レンズのインセット値と比較して低減されたインセット値を示す、請求項2に従属する請求項5~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記所与の移動姿勢は、階段上昇である、請求項1~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記所与の移動姿勢は、階段下降である、請求項1~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記装着者の視力損失は、前記1対の累進屈折力レンズを装着したときに、下方視線方向の20°~50°の範囲及び視線偏心度の±15°の範囲に含まれる1セットの視線方向において0.05logMAR未満である、請求項1~14のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検眼の分野に関する。
【0002】
より正確には、本発明は、装着者の眼前に装着されるように意図された1対の累進屈折力レンズの光学設計を決定する方法に関する。
【背景技術】
【0003】
累進屈折力レンズの近方視領域、すなわち、累進屈折力レンズの下部は、読書などの、近方視活動用に設計される。しかしながら、老眼者は、歩行時に、この下部を通して遠く離れた床を探る。この状況に、歩行中の高齢者だけでなく、足位置が毎回重要になる全ての老眼者も直面する。したがって、例えば、装着者が、凸凹な床の上を歩行する、階段を昇降する、又は障害物を横切るなどの、困難な移動状況にある場合、累進屈折力レンズの近方視領域の誤用が生じる。この誤用は、装着者に不快感を生じさせる場合がある。
【0004】
図1は、この誤用を図示する。典型的には、
図1aに図示するように、レンズの下部に位置する、累進屈折力レンズの近方視基準点は、装着者の視線の輻輳に従うように鼻側に向けてずらされる。しかし、装着者が視線の下部を通して遠方距離を見ると、
図1bに示すように、装着者の輻輳が低すぎて、近方視基準点に視線を集中させることができない。装着者の視線は、側頭側に向けられる。これによって、レンズによって誘起されるプリズム偏差の差が装着者の両眼間に生じる。プリズム偏差のこれらの差は、装着者の両眼視に悪影響を及ぼす。それゆえ、装着者がそれを通して見るレンズの下部の部分は、
図1bに表されるような状況には光学的に適合されない。
【0005】
この誤用を回避しようとするいくつかの試みがある。例えば、1つの選択肢は、累進屈折力レンズの累進帯の屈折力を変更することである。別の発想は、誘起される歪みを低減するが、限られた方法で、読書を可能にするのに十分な力を維持するために、加入度数を低減することである。第3の手順は、より高い歪み感度を示す、眼に基づく累進屈折力レンズの設計である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
それゆえ、本発明の1つの目的は、この問題を解消するための代替的な解決策を提供すること、特に、累進屈折力レンズの装着者の視機能及び快適性を低減する、レンズによって誘起される上述のプリズム偏差の差を低減することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的は、装着者の眼前に装着されるように意図された1対の累進屈折力レンズの光学設計を決定する方法によって本発明に従って達成され、前記光学設計は、累進屈折力レンズの近方視基準点における近視度補正と、累進屈折力レンズの遠方視基準点における遠視度補正とを提供するように適合され、方法は、
- 近視度補正及び遠視度補正に適した最初の1対の累進屈折力レンズを選択するステップと、
- 装着者が最初の1対の累進屈折力レンズを装着している、装着者の所与の移動姿勢に対して、1セットの視線方向に関してレンズによって誘起された装着者の左眼と右眼とのプリズム偏差の1セットの差を決定するステップと、
- 近視度補正及び遠視度補正と、
- 1セットの差と、
- 少なくとも1つの両眼運動パラメータと
に基づいて前記光学設計を決定するステップと
を含む。
【0008】
したがって、本発明による方法は、両眼運動パラメータを考慮に入れることによって、移動作業を実施するときなどの、動的状況での視覚を向上させる個人化された装具を装着者に提供することを可能にする。
【0009】
一実施形態では、前記光学設計を決定するステップは、
- i)少なくとも1つの両眼運動パラメータに基づいて、装着者が許容できる左眼と右眼とのプリズム偏差の最大差を決定するサブステップと、
- ii)1セットの差のうちのモジュラスの最大値と装着者が許容できるプリズム偏差の最大差とを比較するサブステップと
を含む。
【0010】
レンズによって誘起されたプリズム偏差の1セットの差は、水平プリズム偏差の1サブセットの差と、垂直プリズム偏差の1サブセットの差とを含み得る。
【0011】
例えば、少なくとも1つの両眼運動パラメータは、装着者の融像予備、装着者の融像範囲、装着者の融像幅、装着者の抑制範囲、装着者の眼優位性、装着者の動的探索能力、装着者の斜位のうちの少なくとも1つを含む。
【0012】
第1の例では、前記光学設計を決定するステップは、複数の所定の光学設計から選択された光学設計の選択を含む。
【0013】
選択された光学設計の選択は、全体評価関数の値の評価に基づくことがあり、各値は、所定の光学設計の各々に対応し、前記全体評価関数は、
- 近方視光学基準群、
- 移動光学基準群
からなる2つの光学基準群の両方から選択された光学基準に関連付けられた加重関数の和として定義される。
【0014】
第2の例では、前記適合された光学設計を決定するステップは、カスタマイズされた光学設計の調整を含む。
【0015】
カスタマイズされた光学設計の調整は、
- 近方視光学基準群、
- 移動光学基準群
からなる2つの光学基準群の両方から選択された光学基準に関連付けられた1セットの評価関数に基づく多目的最適化プロセスを含み得る。
【0016】
カスタマイズされた光学設計の調整は、1対の累進屈折力レンズの前面及び後面を算出することを伴う最適化プロセスを含み得る。
【0017】
例えば、近方視光学基準群は、度数誤差、残留非点収差、単眼視力、両眼視力、及びぼやけのうちの少なくとも1つを含む。
【0018】
例えば、移動光学基準群は、移動時の網膜血流、動的歪み、装着者の左眼と右眼との垂直プリズム偏差の差、装着者の左眼と右眼との累計プリズム偏差の差のうちの少なくとも1つを含む。
【0019】
一実施形態では、サブステップii)の結果として、1セットの差のうちのモジュラスの最大値が、装着者が許容できる最大プリズム偏差よりも高い場合、決定された光学設計に従う1対の累進屈折力レンズの各累進屈折力レンズは、最初の1対の累進屈折力レンズの各累進屈折力レンズのインセット値と比較して低減されたインセット値を示す。
【0020】
所与の移動姿勢は、階段上昇であり得る。
【0021】
所与の移動姿勢は、階段下降であり得る。
【0022】
一実施形態において、装着者の視力損失は、1対の累進屈折力レンズを装着したときに、下方視線方向の20°~50°の範囲及び視線偏心度の±15°の範囲に含まれる1セットの視線方向において0.05LogMAR未満である。
【0023】
例の詳細な説明
以下の説明は、非限定的な例として解釈されるべき共同の図面で強化されており、本発明を理解し、それがどのように実現され得るかを理解するのに役立つであろう。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】2つの異なる状況での視線方向の交点に対する典型的な累進屈折力レンズの近方視基準点の位置を図示する。
【
図2】収束構成と発散構成の両方で、レンズによって誘起されたプリズム偏差の概念を図示する。
【
図3】2つの異なる状況での視線方向の交点に対する低減されたインセット値を示す累進屈折力レンズの近方視基準点の位置を図示する。
【
図4】異なるインセット値を有する累進屈折力レンズによって誘起された垂直及び水平プリズム偏差の差のマップを示す。
【
図5】異なる処方データに適した累進屈折力レンズであって、異なるインセット値を有する累進屈折力レンズによって誘起された垂直プリズム偏差の差の値を示す。
【
図6】異なるインセット値を示す累進屈折力レンズの視力損失値を表す。
【
図8】標準的な移動活動用のエルゴラマの一例を表す。
【
図9】本発明による方法の第1の例に従う、いくつかの対の累進屈折力レンズの光学性能の比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
上で説明したように、累進屈折力レンズの装着者が、近方視領域、すなわち、歩行などの、近方視活動の場合よりも遠方距離での、累進屈折力レンズの下部を通して見る状況は、近方視領域の誤用につながる。
【0026】
より正確には、その結果として、レンズによって誘起されるプリズム偏差の差が装着者の両眼間に生じる。眼用レンズによって誘起されるプリズム偏差とは、レンズを通過して装着者の眼に入る入射光線の、装着者が装着したレンズによる偏差を意味する。
図2は、2つの眼の前に配置された1対のレンズによって誘起されたプリズム偏差の概略図である。
図2では、右眼と左眼についてのプリズム偏差の振幅が等しい。
図1bに示す状況では、右眼に関するプリズム偏差は、視線方向に応じて左眼に関するプリズム偏差と異なり得る。
【0027】
レンズによって誘起されるプリズム偏差は、水平プリズム偏差と垂直プリズム偏差とに分解することができる。
【0028】
水平方向とは、装着者の左眼回転中心及び右眼回転中心と±5の許容誤差の範囲内で交差する軸の方向を意味する。垂直とは重力の方向を意味する。垂直方向は、水平方向に対して実質的に直交する。
【0029】
加えて、累進屈折力レンズによって誘起されるプリズム偏差の差は、装着者の視線方向によって変化し、両眼調整を困難にする。したがって、特に高齢者は、視線方向が地面に向けられることが多く、両眼視調整能力が低いので影響を受ける。
【0030】
本発明の一態様は、移動状況における装着者の視覚に対する累進屈折力レンズのインセットを低減する効果を研究することである。インセット値は、当技術分野で知られており、次のように定義され得る。累進屈折力レンズでは、近方視基準点(装着者が近方視で注視できるようにする視線方向との交点に相当する)は、レンズが装着者による使用位置にあるときに、遠方視基準点を通る垂直線に対して水平にずらすことができる。レンズの鼻側の方向にある、このずれは、「インセット」と称される。インセットは、計算によって又は処方データに基づいて光線追跡によって決定され得る。装着者の輻輳が
図1bに図示されているような状況では、装着者の視線は側頭側に向けられる。
【0031】
本発明者らは、装着者の視線との交点のより近傍に近方視基準点を位置決めし、更には近方視基準点を交点と一致させることによって、妥協点が得られ、装着者の視覚が向上し得ることを推定した。
図3は、インセット値が低減された累進屈折力レンズの概略図であり、歩行時の視線方向、又は装着者が累進屈折力レンズの下部を通して遠方距離を見るときの任意の他の状況での視線方向とレンズとの交点と一致するように近方視基準点をどのように位置決めできるかを示す。
【0032】
また、装着者が装着したレンズによって誘起されたプリズム偏差の差が、両眼視の質、特に垂直プリズム偏差の差に強い影響を及ぼすことも研究から明らかである。
【0033】
所与の状況において装着者が装着したレンズによって誘起された水平及び垂直のプリズム偏差の差は、コンピューティング装置を用いて所与の状況をシミュレートすることによって算出され得る。このコンピューティング装置は、所望の目的のために特別に構築される場合があり、或いはコンピュータ内に記憶されるコンピュータプログラムによって選択的に起動されるか又は再設定される汎用コンピュータ又はデジタル信号プロセッサを含み得る。このようなコンピュータプログラムは、電子命令を記憶するのに適したコンピュータ可読記憶媒体に記憶され得る。シミュレーションのために考慮されるいくつかのパラメータは、例えば、眼とレンズとの距離、フィッティング高さ、瞳孔間距離などの、実際の装着パラメータである。所与の状況、すなわち環境は、装着者から所与の距離に位置する点のリストによってモデル化される。このようなモデルは、心理物理実験から推測することができる。
【0034】
図4には、プリズム偏差の差に対する累進屈折力レンズのインセット値の低減の効果が図示されている。
【0035】
図4は、異なるインセット値を有する累進屈折力レンズを装着した装着者の左眼と右眼との水平及び垂直プリズム偏差の差の値を表す、1セットの視線方向に関する、いくつかのマップを示す。
図4には2つの状況が図示されており、上昇状況、すなわち、装着者が階段を上昇する姿勢にあり、下降状況、すなわち、装着者が階段を下降する姿勢にある。差の値は、プリズムジオプトリ単位(Δ)で表現される。α及びβは、垂直視線方向及び水平視線方向をそれぞれ度単位で表す。考慮される累進屈折力レンズは、標準的な累進レンズである。対応する処方データは、0の球面度数SPH及び2.5ジオプトリの加入度数ADDである。異なるインセット値は、2.5mm、2mm、1mm、及び0mmである。それぞれのpeak-to-valley(PV)値及び2乗平均平方根(rms)値が表1にまとめられている。
【0036】
【0037】
レンズによって誘起される水平及び垂直プリズム偏差の差と、上昇姿勢と下降姿勢の両方の差とを同時に最小限に抑えるために、処方データを満たす累進屈折力レンズのインセットの最適値を見出すことができることが分かった。
【0038】
図5は、3つの異なる処方データ:加入度数2.5ジオプトリで0の球面度数、加入度数2.5ジオプトリで球面度数4ジオプトリ、加入度数2.5ジオプトリで球面度数-4ジオプトリ、について、上昇姿勢と下降姿勢の両方で累進屈折力レンズによって誘起された水平及び垂直プリズム偏差の算出された差の他の結果を示す。最小値、最大値、及び標準偏差値が示されている。より正確には、細線の底部は最小値を表し、細線の頂部は最大値を表す。縦長矩形の中央は平均値を表し、その頂縁及び底縁は、それぞれ、平均値と標準偏差との合計及び平均値と標準偏差との差を表す。最適なインセット値、すなわち、水平及び垂直プリズム偏差の差を最小限に抑えるインセット値が処方データによって異なることが分かる。
【0039】
インセット値の減少が近方視力損失につながることに留意しなければならない。
図6は、近方視基準点の高さにおける度単位の水平視線方向角度の関数として視力損失を示す。通常の曲線は、少なくとも片眼を考慮した視力損失を表し、点線の曲線は、片眼のみを考慮した視力損失を表す。インセットが1mmの累進レンズによって-20度~+20度の水平視線方向角度の範囲で視力が0.05logMARだけ低下することが分かる。
【0040】
ここで、本発明に従って装着者の眼前に装着されるように意図された1対の累進屈折力レンズの光学設計を決定する方法について説明する。決定される光学設計は、累進屈折力レンズの近方視基準点における近視度補正と、累進屈折力レンズの遠方視基準点における遠視度補正とを提供するように適合される。
【0041】
方法は、a)近視度補正及び遠視度補正に適した最初の1対の累進屈折力レンズを選択するステップから始まる。最初の1対の累進屈折力レンズは、任意のタイプのものとすることができる。
【0042】
したがって、ステップb)において、レンズによって誘起された装着者の左眼と右眼とのプリズム偏差の1セットの差が、最初の1対の累進屈折力レンズを装着した装着者の所与の移動姿勢について、決定される。プリズム偏差の差は、水平方向、垂直方向、又は任意の斜め方向におけるプリズム偏差の差であり得る。所与の移動姿勢は、上昇姿勢、下降姿勢、歩行姿勢、障害物を横切る姿勢、又は任意の種類の移動姿勢であり得る。通常、1セットの差は、先に説明したようなコンピューティングデバイスを用いて算出され、
図4及び
図5に示した結果と類似の結果が得られる。
【0043】
最後に、ステップc)において、光学設計は、近視度補正及び遠視度補正と、1セットの差と、装着者の少なくとも1つの両眼運動パラメータとに基づいて決定される。
【0044】
本発明による1対の累進屈折力レンズの光学設計を決定する方法の実施に先立って少なくとも1つの両眼運動パラメータが測定されていることが想定される。
【0045】
両眼運動パラメータとは、斜位、融像予備範囲、融像幅、抑制範囲、眼優位性、又は動的探索能力のうちの1つの数量を意味する。
【0046】
斜位は、通常は被験者の融像能力を用いて被験者が補正又は克服できる潜在的な眼球偏位によって定義される。斜位は、水平向き、垂直向き、又は水平向きと垂直向きの両方の組み合わせを有する可能性がある。斜位は、方向(内方、外方、上方、下方)に関連付けられた、角度に変換できる、プリズムジオプトリ単位で表現される。例えば、斜位は、いわゆるマドックス桿分離検査、修正Thorington検査カード、カバーテスト、又はフォングレーフェ検査によって測定され得る。
【0047】
融像予備範囲は、被験者の斜位を補正した後に被験者が融像できる追加の融像能力によって定義される。融像予備範囲は、被験者の両眼で知覚される2つの画像を被験者が融像できる最大プリズム値(プリズムジオプトリ単位)として測定することができる。例えば、融像予備範囲は、べレンズプリズム又はリスレープリズムを使用して測定され得る。別の可能性は、仮想現実設定、又は偏光眼鏡を用いた偏光画面、又はアナグリフ設定などの、両眼分離提示を可能にする任意の種類のデジタル画面設定を使用することである。その場合、融像予備範囲は、画像間の網膜像差を増大させることによって測定することができる。融像予備範囲は、視線位置又は視覚的シーン統計、すなわち、例えば、周辺環境、又は環境のコントラスト及び空間周波数に依存する。
【0048】
融像幅は、被験者の全融像能力であり、斜位と融像予備範囲との和に相当する。
【0049】
抑制範囲は、抑制が起こる被験者の各眼によって知覚される2つの画像の最大変位である。抑制範囲を測定するために広く使用されている方法はないが、抑制範囲は、ワース4点検査、又はバゴリーニレンズ及びマレットユニット検査で評価することができる。また、これまでに特定の科学的目的で使用されている別の例示的な方法は、“Binocular fusion,suppression and diplopia for blurred edges”by Georgeson(2014)において、又は“The Relationship between fusion,suppression and diplopia in normal and amblyopic vision”by Spiegel et al.(2016)において説明されている。
【0050】
眼優位性、又は眼球優位性、又は眼の優先傾向、又は利き眼は、一方の眼からの視覚入力を好む被験者の傾向である。眼優位性は、多くの場合、2値形式(左眼又は右眼のいずれか)で定量化されるが、0~1の値によって定量化することができる(0は一方の眼の完全な優位性に対応し、0.5は両眼の等しく優位であることに対応し、1は他方の眼の完全な優位性に対応する)。眼優位性は、Wanらによる論文“The binocular balance at high spatial frequencies as revealed by the binocular orientation combination task”,Frontiers in Human Neuroscience 13(106)に記載されている方法によって測定され得る。
【0051】
動的探索能力は、標的を追跡する能力であり、したがって、自発的な眼の動きに関するものである。動的探索能力は、近方視と遠方視の両方で装着者のむき運動とひき運動を研究することによって評価され得る。むき運動は、同じ方向への両眼の動きの組み合わせを表す。ひき運動は、第1眼位から開始して実行される単眼運動である。
【0052】
1対の累進屈折力レンズの光学設計を決定するために、所与の移動姿勢に対する1セットの視線方向に関してステップb)で決定された最初の1対の累進屈折力レンズによって誘起されたプリズム偏差の1セットの差のうちのモジュラスMSの最大値を決定する。加えて、装着者が許容できる左眼と右眼とのプリズム偏差の最大差MAは、少なくとも1つの両眼運動パラメータに基づいて決定される。例えば、記事“Limits to vertical fusion in the field of vision according to horizontal vergences gaps”by Hernandez-Castaneda and Pedrono(2000)などにおける方法を使用することができる。
【0053】
例えば、装着者が許容できる左眼と右眼とのプリズム偏差の最大差は、測定された融像予備範囲又は測定された抑制範囲である可能性がある。
【0054】
一実施形態では、モジュラスMSの最大値と最大差MAとが比較される。
【0055】
モジュラスMSの最大値が最大差MAよりも低い場合、最初の1対の累進屈折力レンズは、装着者の両眼視を乱さないものとみなすことができる。次に、最初の1対の累進屈折力レンズは、1対の累進屈折力レンズとして選択することができる。
【0056】
モジュラスMSの最大値が最大差MAよりも高い場合、最初の1対の累進屈折力レンズは、装着者の両眼視を乱すものとみなすことができる。したがって、本発明による方法によって決定される1対の累進屈折力レンズの光学設計は、最初の1対の累進屈折力レンズの光学設計と異なるべきである。
【0057】
別の実施形態では、最初の1対の累進屈折力レンズの光学設計と異なる光学設計に基づいて1対の累進屈折力レンズの光学設計を決定する選択は、例えば、装着者の好み、装着者の生活習慣、又は設計者の選択によって動機付けられ得る(例えば、読書活動は移動活動よりも重要であるとみなされる場合がある)。
【0058】
1対の累進屈折力レンズの光学設計が最初の1対の累進屈折力レンズの光学設計と異なるべきである場合に、第1の例では、ステップc)は、複数の所定の光学設計から選択された光学設計の選択で構成される。
【0059】
選択された光学設計の1つの特徴は、それが誘起する装着者の左眼と右眼とのプリズム偏差の差のモジュラスの最大値が、最大差MA未満であるべきであることであり得る。
【0060】
複数の所定の光学設計は、装着者の処方データに適合された対の累進屈折力レンズに対応する。処方データとは、装着者に処方された少なくとも球面度数SPH及び加入度数ADDを意味する。処方データはまた、軸AXISを伴う円柱度数値CYLを含み得る。処方される平均球面度数は、MeanSphere=SPH+CYL/2によって定義される。
【0061】
光学基準のリスト(C1、…、Cm)は、近方視光学基準群と移動光学基準群とからなる2つの光学基準群の間で定義される。
【0062】
光学基準とは、装着者の視機能に影響を及ぼす基準を意味する。
【0063】
近方視光学基準群は、以下の基準、すなわち、度数誤差、残留非点収差、単眼視力、両眼視力、及びぼやけのうちの1つを含む。近方視光学基準群における各基準は、装着者の標準的な又は測定された読書距離に対応するエルゴラマに関して考慮される。例えば、このエルゴラマは、40cmの距離にある物体に対して視線が下がる30度~35度の視線方向によって定義される。このエルゴラマは、フレーム及び使用環境に応じて変化し得る。
【0064】
「エルゴラマ」という用語は、角度値によって参照される視線方向に物点の距離を関連付ける関数を指す。
【0065】
図7は、標準的な又は測定された読書距離に対応するエルゴラマの一例を示す。横軸は、近接度、すなわち、物体距離の逆数をジオプトリ単位で表す。縦軸は、視線下降角度を度単位で表す。本開示の範囲において、前述の用語は、以下の定義に従って理解される。
- 「度数誤差」とは、処方球面度数と1セットの視線方向について考慮される所定の対の累進屈折力レンズの各々の平均球面度数との差を定義し、
- 「残留非点収差」とは、処方非点収差と1セットの視線方向に関して考慮される所定の対の累進屈折力レンズの各々によって導入される非点収差との差を表し、
- 「倍率」とは、レンズなしに見た物体の見かけの角度サイズ(又は立体角)と、レンズを通して見た物体の見かけの角度サイズ(又は立体角)との比として定義され、ここでは、考慮される所定の対の累進屈折力レンズのうちの2つのレンズが考慮され、
- 「単眼視力」とは、物体の細部を片眼で鮮明に見る能力であり、ここでは、レンズによって誘起される倍率を含み得る、考慮される所定の対の累進屈折力レンズの各レンズを用いた単眼視力が考慮され、
- 「両眼視力」とは、物体の細部を両眼で鮮明に見る能力であり、両眼視力は、所与の距離をおいて個人が両眼で識別できる最小の視標を決定することを目的とする自覚的検査によって測定され得、両眼視力は、倍率、ぼやけ、単眼視力、残留非点収差、度数誤差などの、レンズによって誘起される効果を含み得、
- 「ぼやけ」とは、レンズによって導入された光学収差に起因する、レンズを通して見える物体の画像の細部の消失を指す。ぼやけは、それが誘起する視力損失によって、又はジオプトリ単位の等価球面焦点ぼけ値によって評価することができる。
【0066】
移動光学基準群は、以下の基準、すなわち、移動時の網膜血流、動的歪み、装着者の左眼と右眼との垂直プリズム偏差の差、装着者の左眼と右眼との累計プリズム偏差の差のうちの1つを含む。移動光学基準群における各基準は、地上の物体に対応するエルゴラマに関して考慮される。例えば、このエルゴラマは、実際に、階段においてなど、地面の傾斜に依存するので、1メートル~3メートルの距離に位置する物体に対して視線が下がる10度~40度の視線方向によって定義される。
【0067】
図8は、標準的な移動活動用の、すなわち、水平な地面を歩行するためのエルゴラマの一例を示す。横軸は、近接度、すなわち、物体距離の逆数をジオプトリ単位で表す。縦軸は、視線下降角度を度単位で表す。
【0068】
本開示の範囲において、前述の用語は、以下の定義に従って理解される。
- 「網膜血流」は、オプティカルフローの概念に関連している。オプティカルフローとは、環境内での装着者の頭部の相対移動によって引き起こされる、視覚的シーン内の物体、表面、縁部の見かけの運動のパターンである。網膜血流は、網膜表面上へのオプティカルフローの射影に対応し、通常はベクトル場で表される。ベクトル場の各ベクトルは、環境の要素の移動の速度及び方向に対応する。
- 「移動時の網膜血流」とは、より具体的には、移動する装着者によって誘起される網膜血流を指し、装着者の頭部の移動の速度及び方向、眼の回転、並びに環境の構成(構造、物体距離など)によって決まる。装着者が眼用レンズを装着している場合、網膜血流は眼用レンズの特徴にも依存する。
- 「動的歪み」とは、眼が眼用レンズの後ろで動いていること又は頭部が環境内で移動していること考慮して評価された歪み光学収差であり、
- 装着者の左眼と右眼との垂直プリズム偏差の差とは、装着者が装着した左側眼用レンズによって誘起された垂直プリズム偏差と、装着者が装着した右側眼用レンズによって誘起された垂直プリズム偏差との差であり、
- 装着者の左眼と右眼との累計プリズム偏差の差とは、装着者が装着した左側眼用レンズによって誘起された累計プリズム偏差と、装着者が装着した右側眼用レンズによって誘起された累計プリズム偏差との差である。
【0069】
光学基準のリスト(C
1、…、C
m)が定義された時点で、基準のリスト(C
1、…、C
m)に基づいて全体評価関数GEFが定義される。より具体的には、全体評価関数は、各基準C
kに関連付けられた評価関数EF
kの加重和として定義される。
【数1】
重みw
kは、先に列挙された装着者の測定された両眼運動パラメータに応じて定義される。例えば、重みw
kは、装着者の測定された融像予備範囲及び測定された抑制範囲未満に左眼と右眼との垂直プリズム偏差の差が維持されるように定義される。各基準C
kに関連付けられた評価関数EF
kは、例えば、恒等関数であるか、又は評価基準C
kとこの基準の目標値との差の二乗である可能性がある。評価関数EF
kは、各基準C
kに関連付けられた評価関数EF
kが同じ全体評価関数GEFの項として容易に比較されるように、基準C
kの単位及び評価基準C
kの通常値に応じた所定の基準値による評価基準C
kの正規化を含み得る。例えば、全体評価関数GEFは、達成すべき目標とするpeak-to-valley値又は目標とする2乗平均平方根値として定義することができる。
【0070】
基準のリスト(C1、…Cm)に基づいて全体評価関数が定義された時点で、全体評価関数GEFは、先に説明したようなコンピューティングデバイスを用いて算出された複数の所定の光学設計の各々について評価される。最良の全体評価関数値を有する光学設計のサブセットが選択され得る。最良とは、例えば、全体評価関数GEFを最大化すべき場合には大きなGEF値を有する光学設計、又は全体評価関数GEFを最小化すべき場合には低いGEF値を有する光学設計を意味する。次に、最終的に選択される光学設計は、各基準Ckに関連付けられた各評価関数EFkを評価し、各基準Ckに関連付けられた各関数EFkの値の間で予測される最良の妥協点を選択することによって選択され得る。
【0071】
図9は、本出願人によって商品化された2つの異なるレンズ、すなわちX seriesモデル及びPhysio3.0モデルの間での装着者の左眼と右眼との垂直プリズム偏差の差の比較を示す。各モデルについて、3つの処方データ、2つの種類の移動姿勢、及び4つのインセット値を考慮した。3つの処方データは、ADD2ジオプトリでSPH-4ジオプトリ、ADD2ジオプトリでSPH0と、及びADD2ジオプトリでSPH+4ジオプトリであった。2つの移動姿勢は、上昇姿勢(すなわち、例えば装着者が階段を上昇している状況)と下降姿勢(すなわち、例えば装着者が階段を下降している状況)であった。計算では、視線方向下降角度は10度~40度であり、-20度~+20度の水平視線方向角度が考慮された。4つのインセット値は、2.5mm、2mm、1mm、及び0mmであった。
図7には、垂直プリズム偏差の差の最小値、最大値、及び標準偏差が示されている。ADD2ジオプトリでSPH-4ジオプトリの処方データ、特にADD2ジオプトリでSPH+4ジオプトリの処方データについては、Physio3.0モデルが、X seriesモデルと比較して装着者の両眼間に垂直プリズム偏差のより小さな差を誘起することを
図7から推測することができる。
【0072】
ここで、本発明による方法によって決定される1対の累進屈折力レンズの光学設計が最初の1対の累進屈折力レンズの光学設計と異なるべきである場合の第2の例について説明する。
【0073】
この第2の例では、ステップc)は、カスタマイズされた光学設計の調整で構成される。
【0074】
カスタマイズされた光学設計の1つの特徴は、それが誘起する装着者の左眼と右眼とのプリズム偏差の差のモジュラスの最大値が、最大差MA未満であるべきであることであり得る。
【0075】
この第2の例では、カスタマイズされた光学設計の調整は、光学基準に関連付けられた1セットの目的関数に基づく多目的最適化プロセスであって、先に説明したようなコンピューティングデバイスを用いて実施される多目的最適化プロセスで構成される。多目的最適化プロセスは、同時に最適化される2つ以上の評価関数を伴う最適化プロセスである。光学基準は、第1の例で定義された近方視光学基準群と移動光学基準群の両方から選択される。例えば第1の例で定義したように、各基準に関連付けられた加重評価関数は、多目的最適化プロセスの目的を構成するために使用される。多目的最適化プロセスは、例えば遺伝的アルゴリズムに基づき得る。カスタマイズされた設計は、多目的最適化プロセスから得られる1セットのパレート最適光学設計から選択することができる。
【0076】
眼用レンズなどの眼用要素を決定するために使用される多目的最適化プロセスの詳細な説明は、本出願人の特許出願である欧州特許出願公開第3754416A1号明細書に見出すことができる。
【0077】
変形例では、カスタマイズされた光学設計の調整は、1対の眼用レンズの眼用レンズの前面及び後面が最適化される、先に説明したようなコンピューティングデバイスを用いて実施される最適化プロセスで構成される。これによって、より多くの変数を用いて、静的光学基準群と動的光学基準群とからなる2つの光学基準群の間で定義された光学基準のリストを満たすために、より多くの自由度を有することが可能となる。
【0078】
実際に、以下で定義される、静的光学基準群のうちの基準及び動的光学基準群のうちの基準は、同時に満たすのは困難であるように思われる可能性がある。それゆえ、より多くの変数を使用して1対の眼用レンズを最適化することは、これらの基準を満たすことに役立つ。
【0079】
眼用レンズの前面と後面の両方を変化させることを伴うそのような最適化プロセスの詳細な説明は、本出願人の米国特許出願公開第2011/0202286A1号明細書及び欧州特許第2384479B1号明細書に見出すことができる。
【0080】
静的光学基準群は、以下の基準、すなわち、度数誤差、残留非点収差、単眼視力、両眼視力、及びぼやけのうちの1つを含む。静的視覚光学基準群における各基準は、鮮明な視覚が必要とされる、静的エルゴラマとして示されるエルゴラマに関して考慮される。例えば、静的エルゴラマは、40°の視線下降角度に対応する、40cmの平均物体距離によって定義される。
【0081】
動的光学基準群は、以下の基準、すなわち、移動時の網膜血流、動的歪み、装着者の左眼と右眼との垂直プリズム偏差の差、装着者の左眼と右眼との累計プリズム偏差の差のうちの1つを含む。移動光学基準群における各基準は、装着者が移動作業を実行する環境における物体の平均分布に対応する、動的エルゴラマとして示されるエルゴラマに関して考慮される。例えば、動的エルゴラマは、10度~45度の視線下降方向と、-20度~+20度の水平視線方向とによって定義される。
【0082】
次いで、基準のリストに基づいて全体評価関数が定義される。最適化プロセスの目標は、全体評価関数を最小化(又は場合により最大化)することである。より具体的には、全体評価関数は、各基準に関連付けられた評価関数の加重和として定義される。重みは、先に列挙された装着者の測定された両眼運動パラメータに応じて定義される。例えば、重みは、装着者の測定された融像予備範囲及び測定された抑制範囲未満に左眼と右眼との垂直プリズム偏差の差が維持されるように定義される。基準に関連付けられた評価関数は、例えば、恒等関数であるか、又は評価基準とこの基準の目標値との差の二乗である可能性がある。評価関数は、各基準に関連付けられた評価関数が同じ全体評価関数の項として容易に比較されるように、基準の単位及び評価基準の通常値に応じた所定の基準値による評価基準の正規化を含み得る。
【0083】
最適化プロセスで使用される変数は、インセット値、眼用レンズの累進長さ、眼用レンズの材料、眼用レンズのベースカーブなどの、全体的パラメータであり得る。
【0084】
最適化プロセスで使用される変数はまた、眼用レンズの表面を表すメッシュ内の点座標などの、局所的パラメータであり得る。
【0085】
最適化プロセスの終了時に、装着者の移動作業により適した1対の累進レンズのカスタマイズされた光学設計が得られる。
【手続補正書】
【提出日】2024-05-01
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
装着者の眼前に装着されるように意図された1対の累進屈折力レンズの光学設計を決定する方法であって、前記光学設計は、前記累進屈折力レンズの近方視基準点における近視度補正と、前記累進屈折力レンズの遠方視基準点における遠視度補正とを提供するように適合され、前記方法は、
- 前記近視度補正及び前記遠視度補正に適した最初の1対の累進屈折力レンズを選択するステップと、
- 前記装着者が前記最初の1対の累進屈折力レンズを装着している、前記装着者の所与の移動姿勢に対して、1セットの視線方向に関して前記累進屈折力レンズによって誘起された前記装着者の左眼と右眼とのプリズム偏差の1セットの差を決定するステップと、
- 前記近視度補正及び前記遠視度補正と、
- 前記1セットの差と、
- 少なくとも1つの両眼運動パラメータと、
に基づいて前記光学設計を決定するステップと、
を含む、方法。
【請求項2】
前記光学設計を決定するステップは、
- i)前記少なくとも1つの両眼運動パラメータに基づいて、前記装着者が許容できる前記左眼と前記右眼とのプリズム偏差の最大差を決定するサブステップと、
- ii)前記1セットの差のうちのモジュラスの最大値と前記装着者が許容できるプリズム偏差の前記最大差とを比較するサブステップと、
を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記累進屈折力レンズによって誘起されたプリズム偏差の前記1セットの差は、水平プリズム偏差の1サブセットの差と、垂直プリズム偏差の1サブセットの差と含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記少なくとも1つの両眼運動パラメータは、前記装着者の融像予備範囲、前記装着者の融像幅、前記装着者の抑制範囲、前記装着者の眼優位性、前記装着者の動的探索能力、前記装着者の斜位のうちの少なくとも1つを含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記光学設計を決定するステップは、複数の所定の光学設計から選択された光学設計の前記選択を含む、請求項
1に記載の方法。
【請求項6】
前記選択は、全体評価関数の値の評価に基づき、各値は、前記所定の光学設計の各々に対応し、前記全体評価関数は、
- 近方視光学基準群、及び、
- 移動光学基準群、
からなる2つの光学基準群の両方から選択された光学基準に関連付けられた加重関数の和として定義される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記適合された光学設計を決定するステップは、カスタマイズされた光学設計の調整を含む、請求項
1に記載の方法。
【請求項8】
前記調整は、
- 近方視光学基準群、及び、
- 移動光学基準群、
からなる2つの光学基準群の両方から選択された光学基準に関連付けられた1セットの評価関数に基づく多目的最適化プロセスを含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記調整は、前記1対の累進屈折力レンズの前面及び後面を算出することを伴う最適化プロセスを含む、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
前記近方視光学基準群は、度数誤差、残留非点収差、単眼視力、両眼視力、及びぼやけのうちの少なくとも1つを含む、請求項6又は8に記載の方法。
【請求項11】
前記移動光学基準群は、移動時の網膜血流、動的歪み、前記装着者の前記左眼と前記右眼との垂直プリズム偏差の差、及び、前記装着者の前記左眼と前記右眼との累計プリズム偏差の差、のうちの少なくとも1つを含む、請求項
6又は8に記載の方法。
【請求項12】
前記光学設計を決定するステップは、複数の所定の光学設計の中から選択された光学設計の選択を含み、かつ、
前記サブステップii)の結果として、前記1セットの差のうちのモジュラスの最大値が、前記装着者が許容できる最大プリズム偏差よりも高い場合、前記決定された光学設計に従う前記1対の累進屈折力レンズの各累進屈折力レンズは、前記最初の1対の累進屈折力レンズの各累進屈折力レンズのインセット値と比較して低減されたインセット値を示す、請求項2
に記載の方法。
【請求項13】
前記所与の移動姿勢は、階段上昇である、請求項
1に記載の方法。
【請求項14】
前記所与の移動姿勢は、階段下降である、請求項
1に記載の方法。
【請求項15】
前記装着者の視力損失は、前記1対の累進屈折力レンズを装着したときに、下方視線方向の20°~50°の範囲及び視線偏心度の±15°の範囲に含まれる1セットの視線方向において0.05logMAR未満である、請求項
1に記載の方法。
【国際調査報告】