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特表2024-537273アルミニウム除去方法及び、金属回収方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-10-10
(54)【発明の名称】アルミニウム除去方法及び、金属回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 7/00 20060101AFI20241003BHJP
   C22B 1/00 20060101ALI20241003BHJP
   C22B 21/00 20060101ALI20241003BHJP
   C22B 26/12 20060101ALI20241003BHJP
   C22B 23/00 20060101ALI20241003BHJP
   C22B 47/00 20060101ALI20241003BHJP
   C22B 1/02 20060101ALI20241003BHJP
   C22B 3/04 20060101ALI20241003BHJP
   C22B 3/08 20060101ALI20241003BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20241003BHJP
【FI】
C22B7/00 C
C22B1/00 101
C22B21/00
C22B26/12
C22B23/00 102
C22B47/00
C22B1/02
C22B3/04
C22B3/08
C22B3/44 101A
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024521369
(86)(22)【出願日】2023-07-13
(85)【翻訳文提出日】2024-04-09
(86)【国際出願番号】 JP2023025954
(87)【国際公開番号】W WO2024014520
(87)【国際公開日】2024-01-18
(31)【優先権主張番号】P 2022113462
(32)【優先日】2022-07-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2023044694
(32)【優先日】2023-03-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】324007312
【氏名又は名称】JX金属サーキュラーソリューションズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】樋口 直樹
(72)【発明者】
【氏名】鹿田 慧
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA02
4K001AA07
4K001AA10
4K001AA16
4K001AA19
4K001AA34
4K001AA36
4K001BA22
4K001CA01
4K001CA02
4K001CA11
4K001DB02
4K001DB03
4K001DB07
4K001DB23
(57)【要約】
アルミニウムを有効に除去することができるアルミニウム除去方法及び、金属回収方法を提供する。アルミニウムを除去する方法であって、リチウムイオン電池廃棄物から得られ、少なくともアルミニウムと、ニッケル及び/又はコバルトとを含む電池粉を有する原料を酸性浸出液と接触させ、前記電池粉を浸出させて浸出後液を得る浸出工程を含み、前記原料のアルミニウムに対するフッ素のモル比(F/Alモル比)を1.3以上とし、前記浸出工程で、前記酸性浸出液がカルシウム及びフッ素を含み、アルミニウムをカルシウム及びフッ素とともに沈殿させ、該沈殿物を浸出残渣に含ませる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウムを除去する方法であって、
リチウムイオン電池廃棄物から得られ、少なくともアルミニウムと、ニッケル及び/又はコバルトとを含む電池粉を有する原料を酸性浸出液と接触させ、前記電池粉を浸出させて浸出後液を得る浸出工程を含み、
前記原料のアルミニウムに対するフッ素のモル比(F/Alモル比)を1.3以上とし、
前記浸出工程で、前記酸性浸出液がカルシウム及びフッ素を含み、アルミニウムをカルシウム及びフッ素とともに沈殿させ、該沈殿物を浸出残渣に含ませる、アルミニウム除去方法。
【請求項2】
前記電池粉のF/Alモル比が1.3以上である、請求項1に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項3】
前記原料に前記電池粉とは別にフッ素を追加し、前記原料の前記F/Alモル比を調整する、請求項1に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項4】
前記原料の前記F/Alモル比を2.0以上とする、請求項1~3のいずれか一項に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項5】
前記F/Alモル比を3.0以上とする、請求項4に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項6】
前記電池粉がカルシウムを含む、請求項1~3のいずれか一項に記載アルミニウム除去方法。
【請求項7】
前記浸出工程で、前記電池粉とは別にカルシウムを添加する、請求項1~3のいずれか一項に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項8】
前記浸出工程で前記酸性浸出液に、前記カルシウムとして硫酸カルシウムを含ませる、請求項1~3のいずれか一項に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項9】
前記リチウムイオン電池廃棄物から前記電池粉を得る前処理工程を含み、
前記リチウムイオン電池廃棄物に電解質が含まれ、前記前処理工程で前記リチウムイオン電池廃棄物から前記電解質の少なくとも一部が除去される、請求項1~3のいずれか一項に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項10】
前記浸出工程で一段階の浸出のみを行い、前記一段階の浸出後に得られる浸出後液のpHが2.0未満である、請求項1~3のいずれか一項に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項11】
前記浸出後液のpHが1.0以上である、請求項10に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項12】
前記一段階の浸出にて、ニッケル、コバルト、リチウム、マンガン、アルミニウム及び鉄のうち、電池粉に含まれる金属のすべてを浸出させるに必要な酸の量に対し、1.0倍モル当量~1.8倍モル当量の酸を使用する、請求項10に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項13】
前記浸出工程が、前記電池粉を酸性浸出液で浸出させ、浸出残渣を分離させて浸出後液を得る第一浸出段階と、前記浸出残渣を酸性浸出液で浸出させて浸出後液を得る第二浸出段階とを含む複数の浸出段階を有し、
前記複数の浸出段階のうちの最終の浸出段階で得られる浸出後液を、次回の第一浸出段階の酸性浸出液として使用し、前記複数の浸出段階を複数回にわたって繰り返す、請求項1~3のいずれか一項に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項14】
前記第一浸出段階で得られる浸出後液のpHを、2.5~3.5とする、請求項13に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項15】
前記浸出工程の各回における複数の浸出段階での酸の総使用量に対し、質量基準で70%以下の酸を前記第一浸出段階で使用する、請求項13に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項16】
前記浸出後液にアルミニウムイオンが含まれ、
前記浸出後液を金属含有溶液として前記金属含有溶液のpHを上昇させ、中和残渣を分離させて中和後液を得る中和工程を含み、
前記中和工程で、前記金属含有溶液がカルシウム及びフッ素を含み、前記金属含有溶液中のアルミニウムイオンを析出させてカルシウム及びフッ素とともに前記中和残渣に含ませる、請求項1~3のいずれか一項に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項17】
前記電池粉がリチウムを含有するとともに、前記中和後液がリチウムイオンを含み、
前記中和工程の後、前記中和後液に含まれるリチウムを回収する、請求項16に記載のアルミニウム除去方法。
【請求項18】
請求項1~3のいずれか一項に記載のアルミニウム除去方法を用いて、リチウムイオン電池廃棄物から金属を回収する、金属回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この明細書は、アルミニウム除去方法及び、金属回収方法について開示するものである。
【背景技術】
【0002】
近年は、製品寿命もしくは製造不良その他の理由より廃棄されたリチウムイオン二次電池の廃棄物から、そこに含まれ得るコバルトやニッケル等の有価金属を湿式処理により回収することが、資源の有効活用の観点から広く検討されている。
【0003】
リチウムイオン電池廃棄物から有価金属を回収するプロセスでは、たとえば、リチウムイオン電池廃棄物に対して焙焼等の前処理を行った後の電池粉を酸性浸出液に添加して、電池粉に含まれ得るコバルト、ニッケル等を浸出させ、浸出後液を得る。
その後、複数の溶媒抽出等により、液中の各金属イオンを分離させ、有価金属を回収する。複数の溶媒抽出では、コバルトイオン及びニッケルイオンのそれぞれを順次に抽出するとともに逆抽出することがある(たとえば特許文献1参照)。
【0004】
ところで、アルミニウムは、導電性及び熱伝導性に優れることからリチウムイオン二次電池に使用されており、それ故にリチウムイオン電池廃棄物にも含まれる。リチウムイオン電池廃棄物中のアルミニウムは、上記の前処理で完全に除去することが困難であり、電池粉に残留して浸出時にコバルト等とともに溶解し、浸出後液中にアルミニウムイオンとして含まれ得る。リチウムイオン電池廃棄物から有価金属を回収するに当っては、浸出後液から有価金属を分離させるに先立ち、アルミニウムイオンを除去することが必要になる。
【0005】
これに関連して、特許文献2には、「少なくともコバルト及びアルミニウムが溶解した酸性溶液から、アルミニウムを除去する方法であって、前記酸性溶液の酸化還元電位(ORPvsAg/AgCl)が、-600mV以上かつ100mV以下である状態で、該酸性溶液を中和して、前記アルミニウムを除去する、アルミニウムの除去方法」が記載されている。特許文献2では、「脱アルミニウム工程における浸出後液のpHは、4.0~6.0とすることがより好ましく、特に、4.5~5.0とすることがさらに好ましい。」、「脱アルミニウム工程では、pHを上述した範囲内に上昇させるため、酸性溶液に、たとえば、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、アンモニア等のアルカリを添加することができる。」としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2014-162982号公報
【特許文献2】特開2017-166028号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1、2に記載されたような「アルミニウムの除去方法」や「脱アルミニウム工程」では、pHをある程度高くまで上昇させて中和すると、アルミニウムのみならずニッケル及び/又はコバルトも沈殿し、ニッケル及び/又はコバルトのロスを招く。この一方で、中和時のpHの上昇を、ニッケル及び/又はコバルトが沈殿しない程度に留めると、アルミニウムを十分に除去することができない。
【0008】
この明細書では、アルミニウムを有効に除去することができるアルミニウム除去方法及び、金属回収方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この明細書で開示するアルミニウム除去方法は、リチウムイオン電池廃棄物から得られ、少なくともアルミニウムと、ニッケル及び/又はコバルトとを含む電池粉を有する原料を酸性浸出液と接触させ、前記電池粉を浸出させて浸出後液を得る浸出工程を含み、前記原料のアルミニウムに対するフッ素のモル比(F/Alモル比)を1.3以上とし、前記浸出工程で、前記酸性浸出液がカルシウム及びフッ素を含み、アルミニウムをカルシウム及びフッ素とともに沈殿させ、該沈殿物を浸出残渣に含ませるというものである。
【0010】
この明細書で開示する金属回収方法は、上記のアルミニウム除去方法を用いて、リチウムイオン電池廃棄物から金属を回収するというものである。
【発明の効果】
【0011】
上述したアルミニウム除去方法及び、金属回収方法によれば、アルミニウムを有効に除去することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】一の実施形態のアルミニウムの除去方法を含む金属回収方法を示すフロー図である。
図2】一の実施形態のアルミニウムの除去方法に含まれる浸出工程のフロー図である。
図3】試験例1の浸出工程を示すフロー図である。
図4】試験例1の浸出工程で得られた浸出残渣のX線回折パターンのグラフである。
図5】試験例1の中和工程におけるpHとアルミニウムイオン濃度との関係を表すグラフである。
図6図5の「中和前液時Ca添加」の試験で得られた中和残渣のX線回折パターンのグラフである。
図7】試験例2のカルシウムの添加の有無や異なる添加量におけるpHとアルミニウムイオン濃度との関係を表すグラフである。
図8】試験例3の原料のアルミニウム品位とフッ素品位との関係を表すグラフ上で、F/Alモル比によって変化する中和残渣中のアルミニウムの形態を示した結果である。
図9】試験例3の原料のアルミニウム品位とフッ素品位との関係を表すグラフ上で、浸出工程及び中和工程での所定の低いアルミニウムイオン濃度の達成の可否を示した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、上述したアルミニウム除去方法及び、金属回収方法の実施の形態について詳細に説明する。
一の実施形態のアルミニウム除去方法には、リチウムイオン電池廃棄物から得られる電池粉であって、少なくともアルミニウムと、ニッケル及び/又はコバルトとを含む電池粉を有する原料を酸性浸出液と接触させて、電池粉を浸出させ、そこから浸出残渣を分離させることで浸出後液を得る浸出工程が含まれる。この浸出工程では、酸性浸出液がカルシウム及びフッ素を含むものとし、それにより、アルミニウムをカルシウム及びフッ素とともに沈殿させ、その沈殿物を浸出残渣に含ませる。
【0014】
酸性浸出液にカルシウムが含まれると、電池粉の浸出時に、アルミニウムがカルシウムと化合物を形成する等して、カルシウムとともに沈殿することが新たにわかった。さらに電池粉を含む原料がフッ素を含み、その原料のアルミニウムに対するフッ素のモル比(F/Alモル比)が1.3以上であれば、浸出工程でアルミニウムがカルシウム及びフッ素と化合し、LiCa(AlF6)等の形態で沈殿し得る。LiCa(AlF6)は酸性浸出液中の溶解度が低いため、LiCa(AlF6)の形態で沈殿させることで、より多くのアルミニウムを浸出残渣に含ませて除去することができる。
【0015】
この実施形態のアルミニウム除去方法は、一例として図1に示す金属回収方法に用いられることがある。図1の金属回収方法には、リチウムイオン電池廃棄物に対し、前処理工程、浸出工程、中和工程、マンガン抽出工程、コバルト抽出工程、ニッケル抽出工程、水酸化工程及び、晶析工程をこの順序で行うことが含まれる。コバルト抽出工程及びニッケル抽出工程のそれぞれで得られる逆抽出後液に対して結晶化工程を行うと、コバルト及びニッケルの硫酸塩等の化合物をそれぞれ生成させることができる。ここでは図1に従って説明するが、図1は例示であり、このような具体的なフローに限定されるものではない。
【0016】
(リチウムイオン電池廃棄物)
対象とするリチウムイオン電池廃棄物は、携帯電話その他の種々の電子機器等で使用され得るリチウムイオン二次電池で、電池製品の寿命や製造不良またはその他の理由によって廃棄されたものである。このようなリチウムイオン電池廃棄物から有価金属を回収することは、資源の有効活用の観点から好ましい。
【0017】
リチウムイオン電池廃棄物は、その周囲を包み込む外装として、アルミニウムを含む筐体を有する。この筐体としては、たとえば、アルミニウムのみからなるものや、アルミニウム及び鉄、アルミラミネート等を含むものがある。また、リチウムイオン電池廃棄物は、上記の筐体内に、リチウムと、ニッケル、コバルト及びマンガンからなる群から選択される一種とを含む単独金属酸化物又は、二種以上とを含む複合金属酸化物等からなる正極活物質や、正極活物質が、たとえばポリフッ化ビニリデン(PVDF)その他の有機バインダー等によって塗布されて固着されたアルミニウム箔(正極基材)を含むことがある。またその他に、リチウムイオン電池廃棄物には、銅、鉄等が含まれる場合がある。さらに、リチウムイオン電池廃棄物の筐体内には通常、六フッ化リン酸リチウム等の電解質を有機溶媒に溶解させた電解液が含まれる。有機溶媒としては、たとえば、エチレンカルボナート、ジエチルカルボナート等が使用されることがある。
【0018】
(前処理工程)
リチウムイオン電池廃棄物に対しては、多くの場合、前処理工程を行う。前処理工程には、焙焼、破砕及び篩別のうちの少なくとも一つが含まれることがある。リチウムイオン電池廃棄物は、前処理工程を経ることにより電池粉になる。前処理工程の焙焼、破砕、篩別は、それぞれを必要に応じて行ってもよい他、順不同で行われ得る。電池粉とは、リチウムイオン電池廃棄物に何らかの前処理をして、正極材成分が分離濃縮された粉を意味する。電池粉は、リチウムイオン電池廃棄物に対し、熱処理を行って又は熱処理を行わずに、破砕及び篩別を行うことにより正極材成分が濃縮されて粉状のものとして得られることもある。
【0019】
焙焼では、上記のリチウムイオン電池廃棄物を加熱する。焙焼を行うと、たとえば、リチウムイオン電池廃棄物に含まれるリチウム、コバルト等の金属が、浸出工程で酸性浸出液に溶けやすい形態に変化し得る。焙焼時には、リチウムイオン電池廃棄物を、たとえば450℃~1000℃、好ましくは600℃~800℃の温度範囲で0.5時間~6時間にわたって保持する加熱を行うことが好適である。焙焼は、大気雰囲気下と窒素等の不活性雰囲気とのいずれか一方の雰囲気下で行うことができる他、大気雰囲気下と不活性雰囲気下の両雰囲気をこの順次で又はこれとは逆の順序で行ってもよい。焙焼炉は、バッチ式でも連続式でもよく、例えば、バッチ式では定置炉、連続式ではロータリーキルン炉等があり、その他の各種の炉を用いることもできる。
【0020】
焙焼の際には、電解質としての電解液が蒸発すること等により、リチウムイオン電池廃棄物から電解質の少なくとも一部が除去される。多くの場合、焙焼時にリチウムイオン電池廃棄物が加熱されると、内部の電解液の成分中の低沸点のものから順次に蒸発する。また、リチウムイオン電池廃棄物がさらに高い温度になったときに、有機バインダー等の樹脂が分解ないし気化する。このようにして電解液や有機バインダーの一部が除去されても、電解液や有機バインダーに含まれていたフッ素等の所定の成分は残留し、前処理工程後に得られる電池粉に含まれる場合がある。焙焼を行った場合、電解質は除去されて無害化され、また、有機バインダーは分解されて、後述する破砕及び篩別の際にアルミニウム箔と正極活物質との分離が促進される。なお、正極活物質は焙焼により組成が変化するが、ここでは焙焼を経たものであっても正極活物質と呼ぶこととする。
【0021】
焙焼の後は、リチウムイオン電池廃棄物の筐体から正極活物質等を取り出すための破砕を行うことができる。破砕では、リチウムイオン電池廃棄物の筐体を破壊するとともに、正極活物質が塗布されたアルミニウム箔から正極活物質を選択的に分離させる。
【0022】
破砕には、種々の公知の装置ないし機器を用いることができるが、特に、リチウムイオン電池廃棄物を切断しながら衝撃を加えて破砕することのできる衝撃式の粉砕機を用いることが好ましい。この衝撃式の粉砕機としては、サンプルミル、ハンマーミル、ピンミル、ウィングミル、トルネードミル、ハンマークラッシャ等を挙げることができる。なお、粉砕機の出口にはスクリーンを設置することができ、それにより、リチウムイオン電池廃棄物は、スクリーンを通過できる程度の大きさにまで粉砕されると粉砕機よりスクリーンを通じて排出される。
【0023】
リチウムイオン電池廃棄物を破砕した後は、適切な目開きの篩を用いて篩分けする篩別を行う。それにより、篩上にはアルミニウムや銅が残り、篩下にはアルミニウムや銅がある程度除去された電池粉を得ることができる。
【0024】
前処理工程で得られる電池粉は、少なくとも、アルミニウムと、ニッケル及びコバルトのうちの少なくとも一方とを含むものである。電池粉は、アルミニウム含有量が、たとえば1質量%~10質量%、典型的には3質量%~5質量%である。ニッケルを含む場合は、ニッケル含有量が、たとえば1質量%~30質量%、典型的には5質量%~20質量%である。また、コバルトを含む場合は、電池粉中のコバルト含有量は、たとえば1質量%~30質量%、典型的には5質量%~20質量%である。また、電池粉はリチウムを、たとえば2質量%~8質量%で含むことがある。また、電池粉は、フッ素を0.1質量%~10質量%で含む場合がある。
【0025】
電池粉はさらに、マンガンを含む場合がある。マンガンを含む場合は、マンガン含有量は、たとえば1質量%~30質量%である。その他、電池粉は、鉄を1質量%~5質量%で含むことがあり、銅を1質量%~10質量%で含むことがある。
【0026】
電池粉は、そこから実質的にリチウムのみを取り出すため、後述する酸性浸出液による浸出工程の前に水と接触させることができる。それにより、電池粉中のリチウムが水に浸出する。この場合、その水浸出残渣としての電池粉を酸性浸出液による浸出工程に供する。水浸出を行うと、リチウムイオン電池廃棄物中の電解液その他の電解質の少なくとも一部が、水中に流出する等して除去される。
【0027】
但し、水浸出を行う場合、その設備が必要になるとともに、当該水浸出と浸出工程の酸浸出との両方を行うことにより処理時間が増大する他、水によってリチウムを有効に浸出させるための焙焼条件等を管理することを要する場合がある。またそのように管理しても、水によるリチウムの浸出率をそれほど高めることができないことがある。それ故に、上述したようにして得られた電池粉は、水浸出を行わずに浸出工程の酸浸出に供してもよい。水浸出を行わない場合、浸出工程以降の湿式処理での液中のリチウムイオン濃度を高く維持しやすくなる。
【0028】
なお、前処理工程でリチウムイオン電池廃棄物から電解質を除去するには、上述した焙焼や水浸出の他、前処理工程の任意の時期に、水等の洗浄液でリチウムイオン電池廃棄物を洗浄してもよい。
【0029】
(浸出工程)
浸出工程では、電池粉を有する原料を、硫酸等の酸性浸出液で浸出させる。それにより、電池粉中の金属が溶解した浸出後液(金属含有溶液)が得られる。なお必要に応じて、浸出の終了後に固液分離を行い、浸出残渣を分離させることができる。
【0030】
浸出工程では、酸性浸出液がカルシウム及びフッ素を含むものとする。カルシウムやフッ素は電池粉に含まれている場合があるが、そのカルシウム及び/又はフッ素では足りない場合、別途カルシウム及び/又はフッ素を原料に含ませて添加してもよい。原料は、電池粉の他、カルシウム及び/又はフッ素を有するものとすることができる。カルシウム及び/又はフッ素を添加する時期は、浸出が終了する前(固液分離を行う場合は浸出終了後で固液分離の前)であれば特に問わない。
【0031】
たとえば、カルシウム及び/又はフッ素を電池粉とともに原料に含ませておき、これを酸性浸出液と接触させたり、又は、酸性浸出液と電池粉を接触させる前もしくは接触させた後に、酸性浸出液に、残りの原料としてカルシウム及び/又はフッ素を添加したりすることができる。カルシウム及び/又はフッ素を添加する時期は、浸出工程での電池粉の浸出の開始前に限らず、浸出の開始後であってもかまわない。また、たとえば、蒸留水等の水に電池粉を混ぜ合わせてスラリーとした後に、そのスラリーに硫酸等の酸を添加して酸性浸出液とする場合は、酸添加前のスラリーにカルシウム及び/又はフッ素を添加してもよい他、スラリーに酸とともにカルシウム及び/又はフッ素を添加してもよい。あるいは、リチウムイオン電池廃棄物及び、それに前処理工程を行って得られた電池粉にカルシウム及び/又はフッ素が含まれる場合は、電池粉と酸性浸出液との接触によって、酸性浸出液がカルシウム及び/又はフッ素を含むものになるが、電池粉とは別にカルシウム及び/又はフッ素を添加してもよい。
【0032】
リチウムイオン電池廃棄物(バッテリーセルのグラスファイバーや、電解液、有機バインダー等)中にはカルシウムやフッ素が含まれることがあり、このカルシウムやフッ素が電池粉に残留して含まれる場合がある。また、カルシウム及び/又はフッ素の含有量が異なる複数種類の電池粉を混合することもできる。電池粉にカルシウムやフッ素が含まれるか否かに関わらず、浸出工程で浸出が終了するまで(固液分離を行う場合は固液分離の直前まで)に酸性浸出液に添加されたカルシウムやフッ素は、原料の一部とみなす。原料は、一度に酸性浸出液に添加してもよいが、浸出の開始から終了までの間に複数に分けて添加することもできる。
【0033】
その他、酸の少なくとも一部としてフッ化水素酸(HF)を用いることも可能である。この場合、フッ化水素酸中のフッ素は、酸性浸出液と接触させる原料の一部とみなす。
【0034】
酸性浸出液に含ませるカルシウムの形態は特に限らないが、硫酸カルシウム(CaSO4)、炭酸カルシウム(CaCO3)、水酸化カルシウム(Ca(OH)2)その他のカルシウム化合物や、カルシウムの単体等が挙げられる。なかでも硫酸カルシウムは、炭酸カルシウムや水酸化カルシウムを使用した場合のような酸性浸出液のpHの上昇を招かない点で好適である。カルシウムはその少なくとも一部が、酸性浸出液との接触により液中に溶解し得る。また、酸性浸出液にフッ素を添加する場合のフッ素の形態は、たとえばフッ化物塩、具体的には、フッ化リチウム(LiF)、フッ化ナトリウム(NaF)及びフッ化カリウム(KF)からなる群から選択される少なくとも一種とすることがある。
【0035】
酸性浸出液に含ませるカルシウムの量は、電池粉のアルミニウム含有量その他の条件を考慮して適宜決定することができる。具体的には、浸出工程に供する電池粉について事前に成分分析を行い、電池粉のアルミニウム含有量を求めておき、これに基づいてカルシウムの量を決めることがある。アルミニウムに対するカルシウムのモル比(Ca/Alモル比)は、0.20以上又は0.20より大きくし、さらに0.5~2.0とすることが好ましい。ここでいうカルシウムの量は、酸性浸出液中のカルシウムの少なくとも一部が溶解しているか否かにかかわらず、酸性浸出液中のカルシウムの総量(酸性浸出液にカルシウムを添加する場合はその添加量を含む。)を意味する。電池粉にカルシウムが含まれ、電池粉のカルシウム含有量が十分ではない場合、必要な量のカルシウムを別途添加してもよい。
【0036】
酸性浸出液にカルシウムが含まれると、電池粉中のアルミニウムの多くは、カルシウムや、さらにフッ素等と化合し、沈殿物になると考えられる。沈殿物には、たとえば、Ca(SO4)(H2O)0.5、LiCa(AlF6)、Ca3Al28(OH)2(SO4)・2H2O、及び、Ca2AlF7からなる群から選択される少なくとも一種等が含まれ得る。
【0037】
酸性浸出液と接触させる原料が、アルミニウムに対してある程度多くのフッ素を含むことにより、LiCa(AlF6)等の形態で多くのアルミニウムを沈殿させることができる。具体的には、原料のアルミニウムに対するフッ素のモル比(F/Alモル比)は、1.3以上とする。F/Alモル比が1.3未満である場合は、浸出工程で沈殿する沈殿物中のアルミニウムの多くが、カルシウムと化合せずにLi-Al複合水酸化物になる。Li-Al複合水酸化物はLiCa(AlF6)に比較して酸性浸出液中の溶解度が高いため、沈殿物の形態がLi-Al複合水酸化物になると、沈殿するアルミニウムの量が少なくなり、アルミニウムの除去が不十分になる。このため、原料のF/Alモル比が1.3未満である場合は、F/Alモル比が1.3以上となるように原料にフッ素を追加してF/Alモル比を調整する。なお、F/Alモル比を2.0以上、さらに3.0以上としたときは、沈殿物中のアルミニウムのほぼ全体がLiCa(AlF6)となることがあり、アルミニウムの更なる有効な除去を実現することができる。
【0038】
電池粉にある程度多くのフッ素が含まれる場合、電池粉のF/Alモル比が1.3以上になる場合がある。あるいは、原料に電池粉とは別にフッ素を追加し、原料のF/Alモル比が1.3以上になるように、原料のF/Alモル比を調整してもよい。なお、電池粉の浸出を開始した後にフッ素を酸性浸出液に添加する場合は、理論上、フッ素の添加後の酸性浸出液及び沈殿物に含まれるフッ素の総量が、原料のフッ素の量と等しくなる。このため、フッ素の添加後の酸性浸出液及び沈殿物に含まれるフッ素の総量から、上記のF/Alモル比を求めることができる。
【0039】
浸出工程では、後述するような複数の浸出段階としてもよいが、一段階の浸出のみとすることができる。浸出工程での酸の使用量は、ニッケル、コバルト、リチウム、マンガン、アルミニウム及び鉄のうち、電池粉に含まれる金属のすべてを浸出させるに必要な硫酸等の酸の量に基づいて決定され得る。酸の使用量は、電池粉に含まれる上記金属のすべての浸出に必要な酸の量の、1.0倍モル当量~1.8倍モル当量とすることがある。一段階の浸出のみとする場合は、その一段階の浸出で、上記の使用量に相当する分の硫酸等の酸を使用することができる。この場合、一段階の浸出が終了した後の浸出後液のpHは、2.0未満になることがある。この浸出後液のpHは、1.0以上かつ2.0未満であることが好ましい。それにより、アルミニウムをより一層有効に除去することができる。
【0040】
また、浸出工程では、図2に示すように、複数の浸出段階を複数回にわたって繰り返し行ってもよい。各回の浸出段階には、電池粉を酸性浸出液で浸出させ、浸出残渣を分離させて浸出後液を得る第一浸出段階と、第一浸出段階の浸出残渣を酸性浸出液で浸出させて、浸出後液を得る第二浸出段階とが含まれる。それらの浸出段階のうち、最終の浸出段階(第一浸出段階及び第二浸出段階の二つである場合は第二浸出段階)で得られる浸出後液は、次回の第一浸出段階の酸性浸出液に含ませて使用する。
【0041】
そのようにして複数の浸出段階を繰り返し行うと、電池粉中の浸出対象の金属(コバルト及び/又はニッケル等)の浸出率を高めつつ、浸出の抑制が望まれる金属(銅等)の多くを浸出させずに浸出残渣として分離することができる。
【0042】
複数の浸出段階を繰り返し行うことの一例として、一回目の第一浸出段階では、銅が溶け出す前(酸性浸出液中の銅イオン濃度が0.01g/L以下である間)に浸出を終了し、固液分離により浸出残渣を取り出す。そうすると、銅イオンを含まず、コバルトイオン及びニッケルイオンを含む浸出後液が得られる。この浸出後液は、後述する中和工程等の後工程に送られる。一方、浸出残渣は、溶けずに残ったコバルト及びニッケル並びに、銅を含有するものになる。この浸出残渣からさらにコバルト及びニッケルを浸出させるため、第二浸出段階を行う。
【0043】
一回目の第二浸出段階では、第一浸出段階で得られた浸出残渣を酸性浸出液と接触させて、浸出残渣中のコバルト及びニッケルを浸出させる。第二浸出段階は、銅が溶け出した後(酸性浸出液中の銅イオン濃度が0.01g/Lよりも高くなった後)も浸出を継続させる。それにより、浸出残渣中のコバルトやニッケルのほぼ全てを浸出させることができる。銅が溶け出した後、コバルト及びニッケルが十分に浸出してから、浸出を終了させて固液分離で浸出残渣を取り出すと、浸出残渣は、実質的にコバルト及びニッケルを含まずに銅を含むものになる。浸出残渣が取り出された後の浸出後液には、コバルトイオン、ニッケルイオン及び銅イオンが含まれる。なお、第二浸出段階では、新たな電池粉を投入し、第一浸出段階の浸出残渣中の金属のみならず、新たな電池粉中の金属も浸出させてもよい。第二浸出段階では、銅が溶け出した後も浸出を継続させるので、新たな電池粉中のコバルトやニッケルも十分に浸出させることができる。
【0044】
次いで、二回目の第一浸出段階では、一回目の第二浸出段階で得られた浸出後液を、酸性浸出液として使用する。この際に、必要であれば、新しい酸性浸出液を加えてもよい。二回目の第一浸出段階では、そこに投入される新たな電池粉中の、銅よりも卑な金属により、上記の浸出後液中の銅イオンが置換反応で還元されて銅として析出し、浸出残渣に含まれる。また、二回目の第一浸出段階では、新たな電池粉からコバルト及びニッケルが溶け出すところ、銅が溶け出す前に終了するので、浸出残渣には、新たな電池粉に由来する銅並びに、溶けずに残ったコバルトやニッケルも含まれることになる。この浸出残渣は、固液分離で取り出されて、二回目の第二浸出段階での浸出に供される。浸出残渣が取り出された浸出後液は、新たな電池粉から溶け出したコバルトイオン及びニッケルイオンのみならず、一回目の浸出プロセスから持ち込まれたコバルトイオン及びニッケルイオンも含まれ、後工程に送られる。
【0045】
二回目の第二浸出段階は、一回目の第二浸出段階と同様にして行われるので、その再度の説明については省略する。第二浸出段階の固液分離は、毎回行うことを要しない。第二浸出段階で固液分離を行わなかった場合、その浸出残渣を含む浸出後液が次回に送られ、浸出残渣中に銅が蓄積していく。複数回のうちの少なくとも一回において第二浸出段階で固液分離を行えば、その回の第二浸出段階にて銅を含む浸出残渣を分離させて除去することができる。好ましくは、各回の第二浸出段階で固液分離を行い、その都度、銅を含む浸出残渣を除去する。
【0046】
上述したように浸出工程で複数の浸出段階を繰り返す場合、酸性浸出液がカルシウム及びフッ素を含むと、電池粉中のアルミニウムの一部が溶解して酸性浸出液に含まれることがあったとしても、その多くはカルシウム及びフッ素により沈殿し、各回の第一浸出段階ないし第二浸出段階の浸出残渣に含まれて除去される。浸出後液に含まれ得るアルミニウムイオンは、後工程である中和工程で、後述するように除去することが可能である。
【0047】
第一浸出段階では、各回の複数の浸出段階で使用する酸の総量(酸の総使用量)(各回が二つの浸出段階からなる場合は、第一浸出段階と第二浸出段階で使用する酸の総量)に対して、質量基準で70%以下、典型的には50%~70%の酸を使用することがある。複数の浸出段階での酸の総使用量は、ニッケル、コバルト、リチウム、マンガン、アルミニウム及び鉄のうち、電池粉に含まれる金属のすべてを浸出させるに必要な酸の量に基づいて決定することができる。たとえば、浸出工程で酸として硫酸を用いる場合、当該硫酸の総使用量は、電池粉に含まれる上記金属のすべての浸出に必要な硫酸の量の、1.0倍モル当量~1.8倍モル当量とすることができる。
【0048】
上述したように複数の浸出段階を行う場合、一段階の浸出のみを行う場合に比して第一浸出段階で使用する酸の量が少ないので、第一浸出段階が終了して固液分離後に得られる浸出後液のpHは2.5~3.5、さらに3.1~3.5、典型的には3.1~3.3とある程度高くなることがある。当該pHがある程度高い場合は、多くのアルミニウムがカルシウム及びフッ素とともに除去される。上記のpHが低すぎる場合は、酸性浸出液中のアルミニウム濃度が上昇し、アルミニウムの除去が不十分になるおそれがある。一方、上記のpHが高すぎる場合は、コバルト及び/又はニッケル等が有効に浸出しない懸念がある。
【0049】
複数の浸出段階において酸性浸出液にカルシウム及び/又はフッ素を、原料の一部として添加する場合、その添加時期は特に問わないが、第一浸出段階とすることが好ましい。この場合、第一浸出段階では、上述したようにpHがある程度高くなる傾向があるので、アルミニウムの多くを沈殿させることができる。
【0050】
一段階の浸出のみとするか又は複数の浸出段階の繰返しを行うかを問わず、浸出工程では、酸性浸出液や浸出後液のpHが、たとえば3.5以下、典型的には3.5未満となることがある。また、酸化還元電位(ORP値、銀/塩化銀電位基準)は100mV以下になることがある。
【0051】
なお、浸出工程で酸性浸出液のpHを調整する希釈液としては、後述するようにニッケル抽出工程のニッケル抽出後液(硫酸リチウム水溶液等)を用いることができる。このようにすることで、湿式処理における一連の工程内でリチウムイオンが循環し、該工程内で液中のリチウムイオンを濃縮することができる。
【0052】
浸出後液は、たとえば、アルミニウムイオン濃度が1.0g/L~20g/L、ニッケルイオン濃度が10g/L~50g/L、コバルトイオン濃度が10g/L~50g/L、マンガンイオン濃度が0g/L~50g/L、鉄イオン濃度が0.1g/L~5.0g/L、銅イオン濃度が0.005g/L~0.2g/L、フッ化物イオン濃度が0.01g/L~20g/Lとなる場合がある。浸出後液には、ニッケルイオン及びコバルトイオンのうちの少なくとも一方が含まれていれば、他方が含まれていなくてもよい。
【0053】
(中和工程)
浸出工程で得られる浸出後液にアルミニウムイオンが含まれる場合、浸出工程後に中和工程を行うことができる。ここでは、浸出工程後に得られて該浸出工程で金属が溶解したことによって当該金属イオンが含まれる溶液のことを、金属含有溶液という。この金属含有溶液は、浸出工程で得られた浸出後液と、後述するように浸出後液のpHを上昇させる間の中和工程の途中の溶液との両方を含む。
【0054】
中和工程では金属含有溶液のpHを上昇させ、中和残渣を分離させて中和後液を得る。中和工程には、脱アルミニウム段階が含まれ得る。脱アルミニウム段階では、金属含有溶液のpHを上昇させることにより、アルミニウムイオンの少なくとも一部を析出させて除去する。金属含有溶液が鉄イオンを含む場合、中和工程は、好ましくは、脱アルミニウム段階の後に、鉄イオンを除去する脱鉄段階も含む。脱鉄段階では、脱アルミニウム段階により得られる脱アルミニウム後液に酸化剤を添加し、更にアルカリを添加してpHを上昇させることによって鉄イオンを除去することができる。これにより、脱鉄後液等としての中和後液が得られる。
【0055】
脱アルミニウム段階でアルミニウムイオンを除去するに際しては、はじめに、金属含有溶液にアルカリ性のpH調整剤を添加してpHを速やかに上昇させる。ここで、アルカリ性のpH調整剤には、具体的には、たとえば水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、アンモニア等がある。なかでも水酸化リチウム水溶液としては、後述の水酸化工程で得られるものを用いることができ、この場合、湿式処理における一連の工程内でリチウムイオンが循環する。
【0056】
中和工程の脱アルミニウム段階では、金属含有溶液がカルシウム及びフッ素を含むことが好ましい。この場合、金属含有溶液中のアルミニウムイオンが、カルシウム及びフッ素によって析出しやすくなる。それにより、中和残渣にはカルシウム及びフッ素とともにアルミニウムが多く含まれることになり、アルミニウムをカルシウム及びフッ素とともに有効に除去することができる。
【0057】
このとき、先述した原料のアルミニウムに対するフッ素のモル比(F/Alモル比)は、1.3以上とする。原料のF/Alモル比は、好ましくは2.0以上、さらに好ましくは3.0以上である。このように原料のF/Alモル比が大きい場合は、脱アルミニウム段階で析出する沈殿物中のアルミニウムが、Li-Al複合水酸化物ではなくLiCa(AlF6)の形態になる傾向があり、金属含有溶液中のアルミニウムイオンがより一層有効に除去される。
【0058】
金属含有溶液にカルシウムを含ませることに関し、金属含有溶液が既にカルシウムを必要な量で含むのであれば、これにさらにカルシウムを添加することを要しない場合がある。あるいは、金属含有溶液がカルシウムを含まない場合や、金属含有溶液中のカルシウムでは不足する場合は、金属含有溶液のpHを上昇させる前、上昇させている間、及び/又は所定の値まで上昇させた後、金属含有溶液にカルシウムを添加してもよい。金属含有溶液に添加するカルシウムの形態は特に限らないが、硫酸カルシウム、炭酸カルシウム、水酸化カルシウムその他のカルシウム化合物や、カルシウムの単体等が挙げられる。なかでも炭酸カルシウムは、比較的安価であることから好ましい。
【0059】
アルミニウムを十分に除去するため、中和工程の脱アルミニウム段階において金属含有溶液に含まれるカルシウムの量として、アルミニウムイオンに対するカルシウムのモル比(Ca/Alモル比)は、0.20以上又は0.20より大きくし、さらに0.5~3.0、特に0.5~1.5とすることが好ましい。ここでいうカルシウムの量は、金属含有溶液中に溶解していないカルシウムがある場合、その溶解していないカルシウムの量が含まれる。
【0060】
金属含有溶液がカルシウムを含むことにより、金属含有溶液中のアルミニウムイオンは析出し、中和残渣には、たとえば、Ca(SO4)(H2O)0.5、LiCa(AlF6)、Ca3Al28(OH)2(SO4)・2H2O、及び、Ca2AlF7からなる群から選択される少なくとも一種が含まれると考えられる。pH調整剤として、水酸化リチウムを使用した場合は中和残渣にLiCa(AlF6)が含まれ、また、水酸化ナトリウムを使用した場合は中和残渣にNa3Li3(AlF62が含まれることがある。LiCa(AlF6)の組成はCa:Al=1:1であるが、カルシウムが他の化合物に消費され得ることも考慮して、中和工程での上述したCa/Alモル比を1.0よりも大きくすることもできる。
【0061】
脱アルミニウム段階では、pH調整剤により、金属含有溶液のpHを2.5~5.0、典型的には3.0~4.5の範囲内に上昇させることができる。また、脱アルミニウム段階では、酸化還元電位(ORP値、銀/塩化銀電位基準)が、50mV~400mV(終了時は250mV~350mV)である場合がある。これにより、ニッケルイオン及び/又はコバルトイオンの析出を抑えつつ、アルミニウムイオンを有効に分離させることができる。このとき、金属含有溶液の温度を、50℃~90℃とすることができる。金属含有溶液の温度を50℃未満とした場合は、反応性が悪くなることが懸念され、また、90℃より高くした場合は高熱に耐えられる装置が必要になる他、安全上も好ましくない。
【0062】
アルミニウムを沈殿させた後は、フィルタープレスやシックナー等の公知の装置及び方法を用いて濾過等の固液分離を行い、中和残渣を除去し、脱アルミニウム後液を得る。
【0063】
次いで、脱鉄段階では、脱アルミニウム後液から鉄イオンを除去するため、脱アルミニウム後液に酸化剤を添加することができる。酸化剤の添加により液中の鉄が2価から3価へ酸化され、3価の鉄は2価の鉄よりも低いpHで酸化物又は水酸化物として沈殿する。多くの場合、鉄は、水酸化鉄(Fe(OH)3)等の固体となって沈殿する。沈殿した鉄は、固液分離により中和残渣として除去することができる。
【0064】
鉄を沈殿させるため、酸化時のORP値は、好ましくは300mV~900mVとする。なお、酸化剤の添加後、たとえば、硫酸、塩酸、硝酸等の酸を添加して、pHを低下させておくことができる。たとえば、pHは3未満まで低下させる。
【0065】
酸化剤は、鉄を酸化できるものであれば特に限定されないが、二酸化マンガン、正極活物質、及び/又は、正極活物質を浸出して得られるマンガン含有浸出残渣とすることが好ましい。正極活物質を酸等により浸出して得られるマンガン含有浸出残渣には、二酸化マンガンが含まれ得る。酸化剤として上記の正極活物質等を用いる場合、液中に溶解しているマンガンが二酸化マンガンとなる析出反応が生じるので、析出したマンガンを鉄とともに除去することができる。
【0066】
酸化剤の添加後は、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、アンモニア等のアルカリを添加して、pHを所定の範囲に調整することができる。例えば、pHを3.0~4.5の範囲に調整することで鉄を沈殿させることができる。水酸化リチウム水溶液としては、後述の水酸化工程で得られるものを用いることができる。
【0067】
(マンガン抽出工程)
中和工程後に得られる中和後液に対しては、溶媒抽出により、マンガンイオン、場合によってはアルミニウムイオンの残部も抽出して除去するマンガン抽出工程を行うことができる。この場合、マンガンイオンおよびアルミニウムイオンの残部が抽出されることにより、それらが除去されたマンガン抽出後液が得られる。
【0068】
マンガン抽出工程では、燐酸エステル系抽出剤を含有する抽出剤を使用することが好ましい。ここで、燐酸エステル系抽出剤としては、たとえばジ-2-エチルヘキシルリン酸(略称:D2EHPA又は商品名:DP-8R)等が挙げられる。また、抽出剤は、燐酸エステル系抽出剤に加えて、オキシム系抽出剤を混合させたものであってもよい。この場合、オキシム系抽出剤は、アルドキシムやアルドキシムが主成分のものが好ましい。具体的には、たとえば2-ヒドロキシ-5-ノニルアセトフェノンオキシム(商品名:LIX84)、5-ドデシルサリシルアルドオキシム(商品名:LIX860)、LIX84とLIX860の混合物(商品名:LIX984)、5-ノニルサリチルアルドキシム(商品名:ACORGAM5640)等がある。
【0069】
抽出時には、平衡pHを、好ましくは2.3~3.5、より好ましくは2.5~3.0とする。このときに使用するアルカリ性等のpH調整剤には、後述する水酸化工程で得られる水酸化リチウム水溶液を用いることが好ましいが、別途準備した水酸化ナトリウム等を使用してもよい。pH調整剤に水酸化工程で得られる水酸化リチウム水溶液を用いたときは、水酸化ナトリウムをpH調整剤として用いる場合の、後述のニッケル抽出工程後のニッケル抽出後液への当該ナトリウムの残留及び、そのニッケル抽出後液から生成させる水酸化リチウム水溶液への不純物の当該ナトリウムの混入を抑制することができる。抽出に際しては、各抽出に供する水相と溶媒との流れの向きが逆向きの向流式の多段抽出で抽出を行うことが望ましい。このようにすることで、コバルトイオン、ニッケルイオン、リチウムイオンが抽出されることを抑制し、マンガンイオンの抽出率を高めることができる。向流式の多段抽出とする場合、たとえば一段階目の抽出時の平衡pHを上述の範囲内の値とし、段階を重ねるごとに抽出時の平衡pHを下げていくことも有効である。
【0070】
(コバルト抽出工程及び結晶化工程)
コバルト抽出工程では、マンガン抽出工程の抽出後に得られるマンガン抽出後液から、溶媒抽出によりコバルトイオンを分離させる。
【0071】
ここでは、ホスホン酸エステル系抽出剤を含む溶媒を用いることが好ましい。なかでも、ニッケルとコバルトの分離効率等の観点から2-エチルヘキシルホスホン酸2-エチルヘキシル(商品名:PC-88A、Ionquest801)が特に好適である。抽出剤は、芳香族系、パラフィン系、ナフテン系等の炭化水素系有機溶剤を用いて、濃度が10体積%~30体積%となるように希釈し、これを溶媒とする場合がある。
【0072】
コバルトイオンを抽出する際には、抽出時の平衡pHを、好ましくは5.0~6.0、より好ましくは5.0~5.5とすることができる。この際にpH調整剤としては、後述の水酸化工程で得られる水酸化リチウム水溶液を用いることが好ましいが、別途準備した水酸化ナトリウム等を使用してもよい。pHが5.0より小さい場合、コバルトイオンが十分に溶媒に抽出できないおそれがある。これにより、マンガン抽出後液中のコバルトイオンを溶媒に抽出することができる。なお、コバルトイオンの抽出に際しても、各抽出に供する水相と溶媒との流れの向きが逆向きの向流式の多段抽出で抽出を行うことが望ましい。このようにすることで、ニッケルイオンやリチウムイオンが抽出されることを抑制しつつ、コバルトイオンの抽出率を高めることができる。
【0073】
上記の抽出時には、溶媒にコバルトイオンのみならず、コバルト抽出工程では不純物になるニッケルイオンやリチウムイオン等も若干抽出されることがある。この場合、必要に応じて、コバルトイオンを抽出した溶媒に対し、スクラビング液を用いて、該溶媒に含まれ得るニッケルイオン等の不純物を除去する一回以上のスクラビングを行ってもよい。スクラビング液は、たとえば、硫酸酸性溶液とすることができ、pHは3.5~5.5とすることができる。スクラビング後液にはニッケルイオンおよびリチウムイオンが含まれ得る。そのため、スクラビング後液の一部または全部をコバルト抽出工程の抽出に使用すること(つまり、スクラビング後液の一部または全部をマンガン抽出後液と混合させ、それを抽出前液としてコバルト抽出工程の抽出を行うこと)が望ましい。これにより、ニッケルイオンおよびリチウムイオンをロスすることなく、工程内で循環ないし滞留させることができる。ただし、コバルトイオンを抽出した溶媒に、ニッケルイオンやリチウムイオンが含まれない場合には、スクラビング工程は行わなくてもよい。
【0074】
その後、コバルトイオンを抽出した溶媒に対し、逆抽出を行う。逆抽出に用いる逆抽出液は、硫酸、塩酸、硝酸等の無機酸のいずれでもよいが、後述する結晶化工程で硫酸塩を得る場合は硫酸が望ましい。ここでは、できる限り全てのコバルトイオンが有機相(溶媒)から水相(逆抽出液)に抽出されるようなpHの条件で行う。具体的にはpHは2.0~4.0の範囲とすることが好ましく、2.5~3.5の範囲とすることがより一層好ましい。なお、O/A比と回数については、適宜決めることができる。液温は常温でもよいが、好ましくは10℃~50℃である。
【0075】
コバルト抽出工程で得られた硫酸コバルト溶液等の逆抽出後液に対しては、結晶化工程を行う。コバルト抽出工程後の結晶化工程では、コバルトイオンが結晶化し、硫酸コバルト等のコバルト塩が得られる。結晶化工程では、逆抽出後液を、たとえば40℃~120℃に加熱して濃縮する。これにより、コバルトイオンはコバルト塩として結晶化する。このようにして製造したコバルト塩は、ニッケル含有量が、好ましくは5質量ppm以下であり、ニッケルが十分に除去されていることから、リチウムイオン二次電池その他の電池の製造の原料として有効に用いることができる。ここで、結晶化後液には結晶化しなかったコバルトイオンおよびリチウムイオンが含まれている場合がある。そこで、結晶化後液は、結晶化工程で逆抽出後液に混合させて再度の結晶化に使用したり、あるいは、コバルト抽出工程のスクラビング液のコバルトイオン濃度を調整する目的で使用したり、さらに、コバルト抽出工程の抽出に使用することが望ましい。このように工程内で繰り返し使用することで、コバルトイオンおよびリチウムイオンをロスすることなく、工程内で循環ないし滞留させて濃縮することができる。
【0076】
(ニッケル抽出工程及び結晶化工程)
コバルト抽出工程でコバルトイオンを抽出した後のコバルト抽出後液に対しては、ニッケル抽出工程を行うことができる。
【0077】
ニッケル抽出工程では、好ましくはカルボン酸系抽出剤を使用し、コバルト抽出後液からニッケルイオンを分離させる。カルボン酸系抽出剤としては、たとえばネオデカン酸、ナフテン酸等があるが、なかでもニッケルイオンの抽出能力の理由によりネオデカン酸が好ましい。抽出剤は、芳香族系、パラフィン系、ナフテン系等の炭化水素系有機溶剤を用いて、濃度が10体積%~30体積%となるように希釈し、これを溶媒とする場合がある。
【0078】
ニッケル抽出工程でニッケルイオンを抽出するに当っては、平衡pHを、好ましくは6.0~8.0、より好ましくは6.8~7.2とする。このときのpHの調整に使用するpH調整剤も、水酸化ナトリウム等でもかまわないが、後述する水酸化工程で得られる水酸化リチウム水溶液を用いることが好適である。ニッケル抽出工程においても、上述したコバルト抽出工程と同様に向流式の多段抽出で抽出を行うことが望ましい。このようにすることで、リチウムイオンが抽出されることを抑制し、ニッケルイオンの抽出率を高めることができる。
【0079】
ニッケルイオンを抽出した溶媒に対しては、必要に応じて、スクラビング液を用いて、該溶媒に含まれ得るリチウムイオンやナトリウムイオン等の不純物を除去する一回以上のスクラビングを行ってもよい。スクラビング液は、たとえば、硫酸酸性溶液とすることができ、pHは5.0~6.0とすることができる。ここで、スクラビング後液にはリチウムイオンが含まれることがある。そのため、スクラビング後液の一部または全部をニッケル抽出工程の抽出に使用すること(つまり、スクラビング後液の一部または全部をコバルト抽出後液と混合させ、それを抽出前液としてニッケル抽出工程の抽出を行うこと)が望ましい。これにより、リチウムイオンをロスすることなく、工程内で循環ないし滞留させて濃縮することができる。ただし、ニッケルイオンを抽出した溶媒に、リチウムイオンが含まれない場合には、スクラビング工程は行わなくてもよい。
【0080】
その後、当該溶媒に対して、硫酸、塩酸もしくは硝酸等の逆抽出液を使用して逆抽出を行う。その後に結晶化工程を行う場合は、なかでも硫酸が望ましい。pHは1.0~3.0の範囲が好ましく、1.5~2.5がより好ましい。なお、O/A比と回数については適宜決めることができるが、O/A比は5~1、より好ましくは4~2である。
【0081】
逆抽出により硫酸ニッケル溶液等の逆抽出後液が得られた場合、必要に応じて電解及び溶解を行った後、結晶化工程で40℃~120℃に加熱し、ニッケルイオンを硫酸ニッケル等のニッケル塩として結晶化させることができる。これによりニッケル塩が得られる。ここで、結晶化後液には結晶化しなかったニッケルイオンおよびリチウムイオンが含まれる場合がある。そこで、結晶化後液は、結晶化工程で逆抽出後液に混合させて再度の結晶化に使用したり、あるいは、ニッケル抽出工程のスクラビング液のニッケルイオン濃度を調整する目的で使用したり、さらに、ニッケル抽出工程の抽出に使用することが望ましい。このように工程内で繰り返し使用することで、ニッケルイオンおよびリチウムイオンをロスすることなく、工程内で循環ないし滞留させて濃縮することができる。
【0082】
ニッケル抽出工程でニッケルイオンが抽出された後のニッケル抽出後液は、浸出工程で酸性浸出液に加えることができる。それにより、ニッケル抽出後液に含まれるリチウムイオンを、浸出工程、中和工程、マンガン抽出工程、コバルト工程及びニッケル抽出工程を含む一連の工程内で循環させることができる。好ましくは、そのようにリチウムイオンを循環させたことによって、ニッケル抽出後液のリチウムイオン濃度がある程度高くなった後に、次に述べる水酸化工程を行う。
【0083】
(水酸化工程)
ニッケル抽出工程後に得られるニッケル抽出後液は、先述した各抽出工程でマンガンイオン、コバルトイオン及びニッケルイオンのそれぞれが分離された結果、実質的にリチウムイオンのみが含まれる。このリチウムイオンは、中和工程後の中和後液に含まれていたものである。中和工程の後、ここで述べた実施形態ではさらにマンガン抽出工程、コバルト工程及びニッケル抽出工程の後、水酸化工程では、リチウムを回収するため、上記のニッケル抽出後液から水酸化リチウム水溶液を得る。より詳細には、ニッケル抽出後液が硫酸リチウム水溶液である場合、水酸化工程では、その硫酸リチウム水溶液から水酸化リチウム水溶液を作製する。
【0084】
硫酸リチウム水溶液から水酸化リチウム水溶液を得るには、種々の手法を用いることができる。
たとえば、まず硫酸リチウム水溶液に炭酸塩を添加し又は炭酸ガスを吹き込むこと等により、炭酸リチウム水溶液を得る。その後、いわゆる化成法では、炭酸リチウム水溶液に水酸化カルシウムを添加し、Li2CO3+Ca(OH)2→2LiOH+CaCO3の反応式の下、水酸化リチウム水溶液を生成させることができる。液中に残留することがあるカルシウムイオンは、陽イオン交換樹脂やキレート樹脂等により除去することが可能である。
あるいは、硫酸リチウム水溶液に水酸化バリウムを添加し、Li2SO4+Ba(OH)2→2LiOH+BaSO4の反応に基づき、水酸化リチウム水溶液を得ることもできる。なお、このときに液中に溶解し得るバリウムは、陽イオン交換樹脂やキレート樹脂等を用いて分離させて除去することができる。
あるいは、いわゆる電解法を採用する場合、陽極側と陰極側とを区分けする陽イオン交換膜を設けた電解槽内で、陽極側に硫酸リチウム水溶液を供給して電気分解を行うことにより、陰極側に水酸化リチウム水溶液を生成させることができる。
【0085】
このようにして得られた水酸化リチウム水溶液は、中和工程でのpH調整剤(中和剤)のほか、マンガン抽出工程やコバルト抽出工程、ニッケル抽出工程のそれぞれにて、アルカリ性のpH調整剤として有効に用いることができる。
【0086】
ところで、硫酸リチウム水溶液の一部を水酸化工程に供し、残部は、浸出工程で酸の少なくとも一部として用いることが好ましい。この場合、硫酸リチウム水溶液の当該残部を浸出工程で用いることにより、一連の工程内でのリチウムイオン濃度を高くすることができる他、水酸化工程で、pH調整剤等に必要な分だけ水酸化リチウム水溶液を得ることで、水酸化リチウムの製造等を含むプロセス全体でのコストを削減することができる。
【0087】
(晶析工程)
水酸化工程の後、水酸化リチウム水溶液から水酸化リチウムを析出させる晶析工程を行ってもよい。たとえば、浸出工程、マンガン抽出工程、コバルト抽出工程及びニッケル抽出工程を含む一連の工程を繰り返した場合、新たにリチウムイオン電池廃棄物が一連の工程に投入されることに伴って、硫酸リチウム水溶液等の液中のリチウムイオン濃度が次第に増加し得る。そのような場合、晶析工程が行われ得る。
【0088】
晶析工程では、水酸化リチウムを析出させるため、加熱濃縮又は減圧蒸留等の晶析操作を行うことができる。加熱濃縮の場合、晶析時の温度は高いほど処理が速く進むので好ましい。ただし、晶析後、晶析物の乾燥時の温度は、結晶水が脱離しない60℃未満の温度で実施するのが好ましい。結晶水が脱離すると、無水の水酸化リチウムとなり潮解性を有するため取り扱いが困難となるからである。
【0089】
なおその後、上記の水酸化リチウムを、必要な物性に調整するため、粉砕処理等を行うことができる。
【実施例
【0090】
次に、上述したようなアルミニウムの除去方法を試験的に実施し、その効果を確認したので以下に説明する。但し、ここでの説明は単なる例示を目的としたものであり、これに限定されることを意図するものではない。
【0091】
(試験例1)
リチウムイオン電池廃棄物に対し、大気雰囲気から不活性雰囲気に切り替えた焙焼、破砕及び篩別を行い、表1に示す品位の電池粉を得た。
【0092】
【表1】
【0093】
上記の電池粉について、硫酸を用いて、図3に示すように第一浸出段階(浸出1段目)及び第二浸出段階(浸出2段目)を三回(3サイクル)繰り返す浸出工程を行った。ここでは、各回の第一浸出段階で、Ca/Alモル比が1.0になるようにカルシウム(硫酸カルシウム)を添加した。また、各回の第一浸出段階及び第二浸出段階での硫酸の総使用量は、電池粉に含まれるニッケル、コバルト、リチウム、マンガン、アルミニウム及び鉄のすべてを浸出させるに必要な量の1.1倍モル当量とした。その総使用量に対して質量基準で、第一浸出段階では60%の硫酸を使用し、第二浸出段階で40%の硫酸を使用した。第一浸出段階で得られる浸出後液のpHは、3.1~3.3となった。図3中、分配率は質量基準にて、各回で投入した電池粉中の各金属の含有量を100%とした場合の割合を表す。なお、図3中、品位の単位である「%」は「質量%」を意味する。
【0094】
また、カルシウムを添加しなかったことを除いて、同様の浸出工程を行ったところ、表2に示すアルミニウムの濃度ないし品位及び分配率の結果が得られた。
【0095】
【表2】
【0096】
図3と表2を比較すると、カルシウムを添加した場合(図3)、二回目(2サイクル目)の第一浸出段階で得られる浸出後液(浸出1段目ろ液)のアルミニウムの分配率は、カルシウムを添加しなかった場合(表2)における二回目(2サイクル)の第一浸出段階で得られる浸出後液(浸出1段目ろ液)のアルミニウムの分配率よりも低くなっていることがわかる。具体的には、図3ではカルシウムを添加したことにより、アルミニウムの分配率(浸出率)は、二回目の第一浸出段階後の浸出後液で36%、三回目の第一浸出段階後の浸出後液で46%であった。このことから、カルシウムの添加により、後工程に送られる浸出後液のアルミニウムイオン濃度が低減されることがわかる。
【0097】
また、図3からわかるように、ニッケル及びコバルトの分配率(浸出率)は、いずれも99%以上を達成することができた。
【0098】
浸出残渣についてX線回折法で分析したところ、図4に示すX線回折パターンのグラフを得た。図4より、カルシウムを添加することにより、アルミニウムはカルシウムやフッ素と化合し、浸出残渣として除去されたことがわかる。
【0099】
上記の浸出工程の第一浸出段階で得られた浸出後液である金属含有溶液に対し、pHを上昇させてアルミニウムイオンを除去する中和工程を行った。その結果を、図5に「浸出時Ca添加」として示す。なお図5では、参考として、カルシウムを添加せずに浸出工程を行って得られた浸出後液である金属含有溶液(中和前液)に、カルシウムを添加した後にpHを上昇させる中和工程を行った試験(「中和前液時Ca添加」)の結果も示している。
【0100】
図5より、「浸出時Ca添加」では、中和工程でアルミニウムイオン濃度を0.5g/L以下まで低下させることができた。中和工程では、電池粉に含まれていたコバルト、ニッケル及びリチウムの各含有量に対し、コバルトのロスは0.9%、ニッケルのロスは1.1%、リチウムのロスは1.2%であった。浸出工程と中和工程を通した回収率は、コバルトが98.9%、ニッケルが98.6%、リチウムが95.7%であった。したがって、コバルトやニッケル、リチウムのロスを抑えつつ、アルミニウムを十分に除去することができたといえる。
【0101】
また、図5の「中和前液時Ca添加」の試験で得られた中和残渣を、X線回折法で分析した。そのX線回折パターンを図6に示す。これにより、中和工程でカルシウムを添加すると、中和残渣にLiCa(AlF6)が含まれ、リチウムのロスを招くことがわかった。
【0102】
(試験例2)
試験例1と同様の電池粉に対し、浸出工程を行い、Ca/Alモル比が1.0になるようにカルシウムを添加し、その際のpHとアルミニウム濃度との関係を調べた。
【0103】
その結果を図7に示す。図7より、pHが1.0よりも高い場合に、アルミニウム濃度が低く、アルミニウムが沈殿したことから、このようにpHが高いと、より多くのアルミニウムを除去できることがわかる。このことから特に、浸出工程では複数の浸出段階を行い、pHがある程度高くなる傾向がある第一浸出段階でカルシウムによってアルミニウムを除去することが有効であるといえる。
【0104】
(試験例3)
リチウムイオン電池廃棄物の種類や焙焼の雰囲気(大気又は不活性)その他の条件等の変更により、六種類の電池粉P1~P6からなる原料M1~M6を得た。また、電池粉P3にLiFを添加した原料M7及びM8を準備した。原料M1~M8のF/Alモル比並びにAl及びF品位を表3に示す。
【0105】
【表3】
【0106】
上記の各原料M1~M6について、硫酸を用いて、図2に示す第一浸出段階及び第二浸出段階の一サイクルで金属を浸出させた。このとき、第一浸出段階にて、酸性浸出液のCa/Alモル比が1.0になるように、硫酸カルシウムを添加した。第一浸出段階ではpHを3.0以下とし、第二浸出段階ではpHを1.5以下とした。原料M7及びM8については一段階のみの浸出とし、酸性浸出液のCa/Alモル比が1.0になるように、硫酸カルシウムを添加し、浸出終了時のpHを1.0とした。
【0107】
その後、上記の浸出工程の浸出後液である金属含有溶液について、4MのLiOHを添加してpHを4.0に調整する中和工程を行った。これにより得られた中和残渣をX線回折法で分析した。その結果、中和残渣には、アルミニウムがLiCa(AlF6)及び/又はLi-Al複合水酸化物の形態で含まれていることがわかった。
【0108】
それらの結果に基づいて、原料のAl品位とF品位との関係を表すグラフに、中和残渣中の形態を記入したものを、図8に示す。図8に示すように、原料のF/Alモル比が1.3未満である場合は、中和残渣のアルミニウムはほぼLi-Al複合水酸化物の形態であった。一方、原料のF/Alモル比が1.3以上である場合は、中和残渣のアルミニウムは、Li-Al複合水酸化物とLiCa(AlF6)が混合した形態であった。さらに、原料のF/Alモル比が2.0以上であれば、中和残渣のアルミニウムはほぼLiCa(AlF6)の形態となった。
【0109】
また、上記の各原料M1~M8を用いた試験において、浸出工程で得られた浸出後液又は中和工程で得られた中和後液の各溶液で0.5g/L未満という低いアルミニウムイオン濃度を達成できたか否かを確認した。その結果を図9に示す。図9より、原料のF/Alモル比を3.0以上とした場合、各溶液のアルミニウムイオン濃度が更に低くなることがわかる。
【0110】
以上より、先述したアルミニウム除去方法によれば、アルミニウムを有効に除去できることがわかった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【国際調査報告】