(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-10-16
(54)【発明の名称】耐熱性オーステナイト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20241008BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20241008BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024523128
(86)(22)【出願日】2022-10-17
(85)【翻訳文提出日】2024-06-10
(86)【国際出願番号】 GB2022052637
(87)【国際公開番号】W WO2023067317
(87)【国際公開日】2023-04-27
(32)【優先日】2021-10-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】520440054
【氏名又は名称】アロイド リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【氏名又は名称】井出 真
(74)【代理人】
【識別番号】100128473
【氏名又は名称】須澤 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100160886
【氏名又は名称】久松 洋輔
(74)【代理人】
【識別番号】100209060
【氏名又は名称】冨所 剛
(72)【発明者】
【氏名】ターク,アンドレイ
(72)【発明者】
【氏名】フレイター,ジョージナ キャサリン
(57)【要約】
質量%で、炭素:0.35~0.6%、ケイ素:0.35~2.0%、マンガン:6.0~21.0%、ニッケル:7.0~16.0%、クロム:21.5~26.5%、タングステン:3.5%以下、ニオブ:2.2%以下、窒素:0.1~0.75%、銅:4.0%以下、モリブデン:4.0%以下、酸可溶性Al(sol.Al):0.1%以下、リン:0.05%以下、硫黄:0.3%以下、カルシウム:0.04%以下を含み、含有される希土類元素、ハフニウム、ジルコニウム、ホウ素、イットリウム、チタン、カルシウム、マグネシウム及びバナジウムの合計が1.0質量%以下であり、含有されるセレン、テルル、アンチモン、ビスマス及び鉛の合計が0.04質量%以下であり、残部が鉄および不可避的不純物である、鋼。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
炭素:0.35~0.6%、
ケイ素:0.35~2.0%、
マンガン:6.0~21.0%、
ニッケル:7.0~16.0%、
クロム:21.5~26.5%、
タングステン:3.5%以下、
ニオブ:2.2%以下、
窒素:0.1~0.75%、
銅:4.0%以下、
モリブデン:4.0%以下、
酸可溶性Al(sol.Al):0.1%以下、
リン:0.05%以下、
硫黄:0.3%以下、
カルシウム:0.04%以下
を含み、
含有される希土類元素、ハフニウム、ジルコニウム、ホウ素、イットリウム、チタン、カルシウム、マグネシウム及びバナジウムの合計が1.0質量%以下であり、
含有されるセレン、テルル、アンチモン、ビスマス及び鉛の合計が0.04質量%以下であり、
残部が鉄および不可避的不純物である、鋼。
【請求項2】
以下の式を満たす、請求項1に記載の鋼。
W
Ni+4W
Nb>10
【請求項3】
鋼中のクロム、マンガン、モリブデン、ニッケル、ケイ素、タングステン、ニオブ、バナジウム及び銅の質量%を、それぞれW
Cr、W
Mn、W
Mo、W
Ni、W
Si、W
W、W
Nb、W
V及びW
Cuとすると、以下の式を満たす、請求項1または2に記載の鋼。
0.065W
Cr+0.047W
Cu+0.008W
Fe+0.017W
Mn+0.327W
Mo+0.484W
Nb+0.12W
Ni+0.013W
Si+0.363W
W+0.325W
V≦4.6、好ましくは≦4.5、より好ましくは≦4.2、さらに好ましくは≦4.1、さらにより好ましくは≦4.0、最も好ましくは≦3.5
【請求項4】
鋼中の炭素、クロム、マンガン、モリブデン、ニッケル、ケイ素、タングステン、ニオブ、窒素、および銅の質量%を、それぞれW
C、W
Cr、W
Mn、W
Mo、W
Ni、W
Si、W
W、W
Nb、W
N及びW
Cuとすると、以下の式を満たす、請求項1ないし3のいずれか1つに記載の鋼。
-0.3180W
C-0.0415W
Si+0.0111W
Mn-0.0081W
Ni+0.0313W
Cr+0.0252W
W+0.0222W
Nb-0.1470W
N-0.0009W
Cu+0.0230W
Mo-0.537≦0.10、好ましくは≦0.05、最も好ましくは≦0.04、最も好ましくは≦0.03
【請求項5】
鋼中のニッケルおよび銅の質量%を、それぞれW
Ni及びW
Cuとすると、以下の式を満たす、請求項1ないし4のいずれか1つに記載の鋼。
W
Ni+6W
Cu>10、好ましくは>12、より好ましくは>15
【請求項6】
鋼中の炭素、クロム、マンガン、モリブデン、ニッケル、ケイ素、タングステン、ニオブ、窒素及び銅の質量%を、それぞれW
C、W
Cr、W
Mn、W
Mo、W
Ni、W
Si、W
W、W
Nb、W
N及びW
Cuとすると、以下の式を満たす、請求項1ないし5のいずれか1つに記載の鋼。
0.836W
C+0.063W
Cr+0.181W
Cu+0.509W
Mn+0.194W
Mo+20.0W
N-0.606W
Nb-0.143W
Ni-0.437W
Si+0.06W
W+51.429≧58.8
好ましくは、以下の式を満たす。
0.836W
C+0.063W
Cr+0.181W
Cu+0.509W
Mn+0.194W
Mo+20.0W
N-0.606W
Nb-0.143W
Ni-0.437W
Si+0.06W
W+51.429≧59.0
より好ましくは、以下の式を満たす。
0.836W
C+0.063W
Cr+0.181W
Cu+0.509W
Mn+0.194W
Mo+20.0W
N-0.606W
Nb-0.143W
Ni-0.437W
Si+0.06W
W+51.429≧60.0
【請求項7】
鋼中のクロム、マンガン、モリブデン、ニッケル、ケイ素、タングステン、ニオブ及び銅の質量%を、それぞれW
Cr、W
Mn、W
Mo、W
Ni、W
Si、W
W、W
Nb及びW
Cuとすると、以下の式を満たす、請求項1ないし6のいずれか1つに記載の鋼。
10
-18(0.0263W
Cr+0.1770W
Cu+0.0399W
Mn+0.0278W
Mo+0.1070W
Ni-0.0817W
Si+0.0342W
W+0.0051W
Nb)≧2.1e-18、より好ましくは≧2.2e-18、さらにより好ましくは≧3.0e-18
【請求項8】
鋼中の炭素、クロム、マンガン、ニッケル、ケイ素、タングステン、窒素、銅及びバナジウムの質量%を、それぞれW
C、W
Cr、W
Mn、W
Ni、W
Si、W
W、W
N、W
Cu及びW
Vとすると、以下の式を満たす、請求項1ないし7のいずれか1つに記載の鋼。
10
-4(-5.35W
C+0.635W
Si-0.231W
Mn+0.583W
Ni+1.5W
Cr-0.452W
W-11.4W
N+1.1W
Cu+12.3)≧0.0050、好ましくは≧0.0055、好ましくは≧0.0060
【請求項9】
ニオブを、質量%で、0.2%以下、好ましくは0.1%以下、含有する、請求項1ないし8のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項10】
ニッケルを、質量%で、7.5%以上、好ましくは9.0%以上、より好ましくは10.0%以上、さらに好ましくは12.0%以上、含有する、請求項1ないし9のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項11】
ニッケルを、質量%で、14.5%以下、好ましくは14.0%以下、より好ましくは13.5%以下、さらに好ましくは13.0%以下、任意で10.0%以下、含有する、請求項1ないし10のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項12】
ケイ素を、質量%で、1.75%以下、好ましくは1.6%以下、より好ましくは1.0%以下、さらにより好ましくは0.7%以下、さらにより好ましくは0.6%以下、さらにより好ましくは0.5%以下、含有する、請求項1ないし11のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項13】
マンガンを、質量%で、6.5%以上、好ましくは7.0%以上、より好ましくは8.0%以上、さらに好ましくは9.0%以上、さらに好ましくは9.5%以上、最も好ましくは10.5%以上、含有する、請求項1ないし12のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項14】
マンガンを、質量%で、17.5%以下、好ましくは15.5%以下、より好ましくは15.0%以下、さらにより好ましくは13.0%以下、さらにより好ましくは9.0%以下、最も好ましくは8.0%以下、含有する、請求項1ないし13のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項15】
クロムを、質量%で、22.0%以上、好ましくは22.5%以上、より好ましくは24.0%以上、最も好ましくは24.5%以上、含有する、請求項1ないし14のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項16】
クロムを、質量%で、25.5%以下、好ましくは21.0%以下、含有する、請求項1ないし15のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項17】
タングステンを、質量%で、3.0%以下、好ましくは0.5%以下、より好ましくは0.2%以下、最も好ましくは0.1%以下、含有する、請求項1ないし16のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項18】
モリブデンを、質量%で、0.5%以上含有する、請求項1ないし17のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項19】
銅を、質量%で、3.0%以下、好ましくは2.5%以下、より好ましくは2.2%以下、さらに好ましくは0.5%以下、含有する、請求項1ないし18のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項20】
モリブデンを、質量%で、3.0%以下、好ましくは2.0%以下、より好ましくは1.25%以下、さらにより好ましくは1.1%以下、さらにより好ましくは0.5%以下、最も好ましくは0.1%以下、含有する、請求項1ないし19のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項21】
ニオブを、質量%で、2.0%以下、好ましくは1.5%以下、より好ましくは1.0%以下、含有する、請求項1ないし20のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項22】
ニオブを、質量%で、0.5%以上、好ましくは0.75%以上、含有する、請求項1ないし21のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項23】
窒素を、質量%で、0.7%以下、好ましくは0.65%以下、より好ましくは0.6%以下、さらにより好ましくは0.5%以下、さらにより好ましくは0.4%以下、より好ましくは0.35%以下、最も好ましくは0.3%以下、含有する、請求項1ないし22のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項24】
窒素を、質量%で、0.15%以上、好ましくは0.20%以上、より好ましくは0.25%以上、さらにより好ましくは0.30%以上、最も好ましくは0.4%以上、含有する、請求項1ないし23のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項25】
ケイ素を、質量%で、0.4%以上、好ましくは0.45%以上、さらに好ましくは0.5%以上、含有する、請求項1ないし24のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項26】
銅を、質量%で、0.25%以上、好ましくは0.5%以上、より好ましくは1.0%以上、さらに好ましくは1.5%以上、最も好ましくは1.75%以上、含有する、請求項1ないし25のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項27】
炭素を、質量%で、0.4%以上、好ましくは0.45%以上、含有する、請求項1ないし26のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項28】
炭素を、質量%で、0.55%以下、好ましくは0.51%以下、より好ましくは0.5%以下、含有する、請求項1ないし27のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項29】
以下の式を満たす、請求項1ないし28のいずれか1つに記載の鋼。
W
Ni+6W
Cu≧10.1
好ましくは、以下の式を満たす。
W
Ni+6W
Cu≧10.5
【請求項30】
鋼中の鉄、クロム、マンガン、モリブデン、ニッケル、ケイ素、ニオブ、窒素、銅及びバナジウムの質量%を、それぞれW
Fe、W
Cr、W
Mn、W
Mo、W
Ni、W
Si、W
Nb、W
N、W
Cu及びW
Vとすると、以下の式を満たす、請求項1ないし29のいずれか1つに記載の鋼。
3.43e-04W
Fe-3.45e-03W
Ni -1.01e-04W
Cr -9.97e-03W
Si+4.04e-04W
Mn +8.60e-02W
N +6.61e-04W
Cu-1.26e-03W
Mo -1.44e-02W
Nb + 6e-02W
V +0.046 ≦0.058、好ましくは≦0.055、さらにより好ましくは≦0.050、最も好ましくは≦0.040
【請求項31】
バナジウムを、質量%で、0.3%以下、好ましくは0.2%以下、含有する、請求項1ないし30のいずれか1つに記載の鋼。
【請求項32】
質量%で、約0.50%の炭素、約0.5%のケイ素、約7.4%のマンガン、約12.5%のニッケル、約25.0%のクロム、約0.20%の窒素、約2.0%の銅を含み、残部が鉄および不可避的不純物である、鋼。
【請求項33】
請求項1ないし32のいずれか1つに記載の鋼から構成される、鋳造製品。
【請求項34】
請求項1ないし32のいずれか1つに記載の鋼から構成される、ターボチャージャーハウジング。
【請求項35】
前記ターボチャージャーハウジングは鋳造製品である、請求項34に記載のターボチャージャー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱性ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
耐熱性ステンレス鋼は、鋳造に適している。ステンレス鋼の用途の1つは、ターボチャージャーのハウジングなど、ターボチャージャーの部品である。
【0003】
ターボチャージャー付き燃焼エンジンを搭載した車両では、エンジン効率を向上させるためにターボチャージャーの動作温度を上昇させる傾向がある。本稿執筆時点では、動作温度は1050℃を超えることが多く、さらに上昇すると予想される。現在、ターボチャージャーの高温セクションのハウジングの製造には、1.4837、1.4848、1.4849などの従来の鋳造ステンレス鋼グレードがよく使用されている。これらの鋼は、部品内で大きな温度勾配が発生する可能性がある繰り返しの加熱と冷却のサイクルだけでなく、酸化にも耐える必要がある。
【0004】
したがって、ターボチャージャーハウジングの材料は、非常に高い温度まで維持される適度な降伏強度、亀裂の発生と最終的な伝播を防ぐための優れた酸化耐性、幅広い温度範囲で維持される安定した微細構造など、いくつかの適切な特性を、すべて比較的低コストで満たす必要がある。
【0005】
共晶炭化物で強化された鋳造オーステナイト系ステンレス鋼は、これらすべての制約を満たす数少ない材料クラスの1つである。このような鋼は、亀裂の発生や形成を促す熱機械疲労に耐えることが期待されている(熱機械疲労での破損は、通常の疲労のように周期的なひずみだけでなく、温度変化や表面酸化によっても引き起こされる)。このような材料は、クリープに対する耐性も備えている。本発明は、このようなタイプのオーステナイト系ステンレス鋼について説明する。
【0006】
非常に高い温度まで維持される適度な降伏強度、亀裂の発生と最終的な伝播を防ぐための優れた酸化耐性、及び幅広い温度範囲で維持される安定した微細構造を、すべて比較的低コストで満たす鋼を提供することが望まれる。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、質量%で、炭素:0.35~0.6%、ケイ素:0.35~2.0%、マンガン:6.0~21.0%、ニッケル:7.0~16.0%、クロム:17.0~26.5%、タングステン:3.5%以下、ニオブ:2.2%以下、窒素:0.1~0.75%、銅:4.0%以下、モリブデン:4.0%以下、酸可溶性Al(sol.Al):0.1%以下、リン:0.05%以下、硫黄:0.3%以下を含み、含有される希土類元素、ハフニウム、ジルコニウム、ホウ素、イットリウム、チタン、カルシウム、マグネシウム及びバナジウムの合計が1.0%以下であり、残部が鉄および不可避的不純物である、鋼を提供する。
【0008】
この鋼は、このタイプの従来の鋼に比べて耐酸化性が向上しており、高温での微細構造の安定性、強度、コストのバランスも良好である。このような合金は、最高1050℃以上の温度でのターボチャージャー用途の鋳造オーステナイト系ステンレス鋼として使用するのに適している。
【0009】
一実施形態では、鋼は以下の式を満たす。
WNi+4WNb>10
このような鋼は、所与の微細構造安定性に対してコストが削減される。
【0010】
一実施形態では、鋼中のクロム、マンガン、モリブデン、ニッケル、ケイ素、タングステン、ニオブ、バナジウム及び銅の量を、それぞれWCr、WMn、WMo、WNi、WSi、WW、WNb、WV及びWCuとすると、鋼は以下の式を満たす。
0.065WCr+0.047WCu+0.008WFe+0.017WMn+0.327WMo+0.484WNb+0.12WNi+0.013WSi+0.363WW+0.325WV≦4.6、好ましくは≦4.5、より好ましくは≦4.0、さらにより好ましくは≦3.5
このような鋼は、コストが低くなる。
【0011】
一実施形態では、鋼は以下の式を満たす。
-0.3180WC-0.0415WSi+0.0111WMn-0.0081WNi+0.0313WCr+0.0252WW+0.0222WNb-0.1470WN-0.0009WCu+0.0230WMo-0.537≦0.10、好ましくは≦0.05、最も好ましくは≦0.03
このような鋼では、シグマ安定性が低下する。
【0012】
一実施形態では、鋼は以下の式を満たす。
0.836WC+0.063WCr+0.181WCu+0.509WMn+0.194WMo+20.0WN-0.606WNb-0.143WNi-0.437WSi+0.06WW+51.429≧58.8
好ましくは、以下の式を満たす。
0.836WC+0.063WCr+0.181WCu+0.509WMn+0.194WMo+20.0WN-0.606WNb-0.143WNi-0.437WSi+0.06WW+51.429≧59.0
より好ましくは、以下の式を満たす。
0.836WC+0.063WCr+0.181WCu+0.509WMn+0.194WMo+20.0WN-0.606WNb-0.143WNi-0.437WSi+0.06WW+51.429≧60.0
このような鋼は、強度がより高い。
【0013】
一実施形態では、鋼は以下の式を満たす。
10-18(0.0263WCr+0.1770WCu+0.0399WMn+0.0278WMo+0.1070WNi-0.0817WSi+0.0342WW+0.0051WNb)≧2.1e-18、好ましくは≧2.2e-18、さらにより好ましくは≧3.0e-18
このような鋼は、より高い耐酸化性を有する。
【0014】
一実施形態では、鋼は以下の式を満たす。
10-4(-5.35WC+0.635WSi-0.231WMn+0.583WNi+1.5WCr-0.452WW-11.4WN+1.1WCu+12.3)≧0.0050、好ましくは≧0.0055、好ましくは≧0.0060
このような鋼は、保護クロミアスケールを形成する能力が強化されている。
【0015】
一実施形態では、鋼は、ニオブを、質量%で、0.2%以下、好ましくは0.1%以下、含有する。これにより、コストが削減される。
【0016】
一実施形態では、鋼は、ニッケルを、質量%で、7.5%以上、好ましくは9.0%以上、さらに好ましくは10.0%以上、最も好ましくは12.0%以上、含有する。これにより、耐酸化性が向上する。
【0017】
一実施形態では、鋼は、ニッケルを、質量%で、14.5%以下、好ましくは14.0%以下、より好ましくは13.5%以下、さらに好ましくは13.0%以下、任意で10.0%以下、含有する。これにより、鋼のコストが削減される。
【0018】
一実施形態では、鋼は、ケイ素を、質量%で、1.75%以下、好ましくは1.6%以下、より好ましくは1.0%以下、さらにより好ましくは0.7%以下、さらにより好ましくは0.6%以下、最も好ましくは0.5%以下、含有する。これにより、有害な相の析出が減少するため、耐クリープ性が向上する。
【0019】
一実施形態では、鋼は、マンガンを、質量%で、6.5%以上、好ましくは7.0%以上、より好ましくは8.0%以上、好ましくは9.0%以上、より好ましくは9.5%以上、さらにより好ましくは10.5%以上、含有する。このような鋼では、強度が向上している。
【0020】
一実施形態では、鋼は、マンガンを、質量%で、17.5%以下、好ましくは15.5%以下、より好ましくは15.0%以下、さらにより好ましくは13.0%以下、さらにより好ましくは9.0%以下、最も好ましくは8.0%以下、含有する。このような鋼では、耐クリープ性及び耐酸化性が向上している。
【0021】
一実施形態では、鋼は、クロムを、質量%で、19.0%以上、好ましくは19.5%以上、さらに好ましくは22.0%以上、含有する。このような鋼では、耐酸化性が向上する。
【0022】
一実施形態では、鋼は、クロムを、質量%で、25.5%以下、好ましくは21.0%以下、含有する。このような鋼は、コストが削減される。
【0023】
一実施形態では、鋼は、タングステンを、質量%で、3.0%以下、好ましくは0.5%以下、より好ましくは0.2%以下、最も好ましくは0.1%以下、含有する。このような鋼は、コストが削減され、脆い相が少なくなる。
【0024】
一実施形態では、鋼は、モリブデンを、質量%で、0.5%以上含有する。このような鋼は、高い強度と耐クリープ性を備える。
【0025】
一実施形態では、鋼は、銅を、質量%で、3.0%以下、好ましくは2.2%以下、より好ましくは0.5%以下、含有する。このような鋼では、高温強度と延性が向上する。
【0026】
一実施形態では、鋼は、モリブデンを、質量%で、3.0%以下、好ましくは2.0%以下、より好ましくは1.25%以下、さらにより好ましくは1.1%以下、さらにより好ましくは0.5%以下、最も好ましくは0.1%以下、含有する。このような鋼は、コストが低く、脆い相が少ない。
【0027】
一実施形態では、鋼は、ニオブを、質量%で、2.0%以下、好ましくは1.5%以下、より好ましくは1.0%以下、含有する。このような鋼はコストが削減され、金属間化合物の形成に対する耐性が向上する。
【0028】
一実施形態では、鋼は、ニオブを、質量%で、0.5%以上、好ましくは0.75%以上、含有する。このような鋼では、長期的な微細構造安定性が向上する。
【0029】
一実施形態では、鋼は、窒素を、質量%で、0.7%以下、好ましくは0.65%以下、より好ましくは0.6%以下、さらにより好ましくは0.5%以下、さらにより好ましくは0.4%以下、より好ましくは0.35%以下、最も好ましくは0.3%以下、含有する。このような鋼は、多孔性が発生するリスクを大幅に低減するとともに、脆いクロム窒化物及びモリブデン窒化物が形成されるリスクを低減する。
【0030】
一実施形態では、鋼は、窒素を、質量%で、0.15%以上、好ましくは0.20%以上、より好ましくは0.25%以上、さらにより好ましくは0.30%以上、含有する。このような鋼は、強度が高い。
【0031】
一実施形態では、鋼は、ケイ素を、質量%で、0.4%以上、好ましくは0.45%以上、最も好ましくは0.5%以上、含有する。このような鋼は、形成充填性と脱酸性に優れている。
【0032】
一実施形態では、鋼は、銅を、質量%で、0.25%、好ましくは0.5%以上、より好ましくは1.0%以上、さらに好ましくは1.5%以上、最も好ましくは1.75%以上、含有する。このような鋼では、保護的なクロミアスケールを形成する能力が強化される。
【0033】
一実施形態では、鋼は、炭素を、質量%で、0.4%以上、好ましくは0.45%以上、含有する。このような鋼では、高温強度と耐クリープ性が向上する。
【0034】
一実施形態では、鋼は、炭素を、質量%で、0.55%以下、好ましくは0.51%以下、より好ましくは0.5%以下、含有する。このような鋼では、耐クリープ性と延性が向上する。
【0035】
一実施形態では、鋼は以下の式を満たす。
WNi+6WCu≧10.1
好ましくは、以下の式を満たす。
WNi+6WCu≧10.5
このような鋼では、耐酸化性がさらに向上する。
【0036】
一実施形態では、鋼は以下の式を満たす。
3.43e-04WFe-3.45e-03WNi -1.01e-04WCr -9.97e-03WSi+4.04e-04WMn +8.60e-02WN +6.61e-04WCu-1.26e-03WMo -1.44e-02WNb + 6e-02WV +0.046 ≦0.058、好ましくは≦0.055、さらにより好ましくは≦0.050、最も好ましくは≦0.040
このような鋼では、窒化物の体積分率がさらに低まる。
【0037】
一実施形態では、鋼は、バナジウムを、質量%で、0.3%以下、好ましくは0.2%以下、含有する。これにより、延性が向上する。
【0038】
一実施形態では、鋳造製品は、上記の鋼から構成される。この鋼は、高温用途で使用する部品の鋳造に最適化されている。
【0039】
一実施形態では、ターボチャージャーハウジングは上記の鋼から構成される。この鋼はこのような目的に非常に適している。ターボチャージは便利に鋳造されうる。
【0040】
本明細書における「を備える」との用語は、組成物を100%として、追加の成分の存在を排斥することでパーセンテージを100%にしていることを示すために用いられる。
【0041】
本発明について、単なる例示を通じて、添付図面を参照しながら、さらに十分に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【
図1】2つの従来技術の鋼組成物に対する、本発明の耐酸化性の改善を示す。
【
図2】3つの従来技術の鋼に対する、本発明の引張強度の改善を示す。
【
図3】従来技術の鋼に比べ、本発明の鋼の微細構造安定性が改善されていることを示す。
【
図4】鋳放し状態における、本発明の実施例及び比較例のビッカース硬度値を示す。
【
図5】鋳造及び応力緩和処理後、ならびに、800℃で140時間の時効処理を行った後の、実施例の微細構造を示す。
【発明を実施するための形態】
【0043】
組成領域とメトリクス選択
上記の問題の少なくともいくつかに対処することを目的として、本発明に係る合金の特定に使用されるモデリングベースのアプローチについて、ここで説明する。このアプローチでは、計算材料モデルのフレームワークと機械学習を組み合わせて、非常に広範な組成領域にわたって設計関連特性を推定する。原理的には、この合金設計ツールにより、いわゆる逆問題が解決可能となる。すなわち、指定された設計制約を最も満足する、最適な合金組成を特定できる。
【0044】
設計過程の第1ステップは、元素表と、その元素表に付随した組成制限の上限及び下限と、を規定することである。本発明においては、「合金設計領域」と呼ばれる、各元素を添加する際の元素ごとの組成制限が考慮される。この組成制限については、表1に詳述されている。これらの制限は、以下の説明に基づいて、発明者によって選択された。一部の知見は冶金学の経験から得たものであるが、その他の知見(強度、クロム拡散率、窒化物分率、コスト、金属間化合物相の存在への影響など)は、以下に示すよりも広範囲の組成に関する下記の熱力学計算に基づき、発明者によって確立されている。
【表1】
【0045】
表1の元素とその範囲は、以下の理由で選択された。
【0046】
ニッケル:オーステナイトマトリックス相での拡散速度が遅いため、オーステナイト相を安定化させるとともに、耐クリープ性を向上させる。さらに、クロムの活性と拡散性にプラスの影響を与えることで、耐酸化性を高める。一方、ニッケルを多量に添加すると、法外に高額となり、溶融物中の窒素溶解度が大幅に低下し、達成可能な降伏強度が大幅に制限される。高レベルのニッケルは、脆い窒化物も安定化させる。ニッケルは、酸化と、クリープと、クロムの活性及び拡散性と、微細構造安定性と、の間の良好なバランスを実現するために、少なくとも7.0質量%以上存在する一方、コスト、強度、及び微細構造安定性の基準を満たすために、16.0質量%以下に制限される。望ましい特性のバランスがより低コストに傾く場合、ニッケルの最大量は14.5質量%以下、好ましくは14.0質量%以下、さらに好ましくは13.5質量%以下、さらにより好ましくは13.0質量%以下に制限される。ニッケルは、さらに低濃度で存在しうる。一方、発明者らは、ニッケルの量が10.0質量%(可能な上限値)以下の場合、耐酸化性を維持するために銅を添加することが好ましいことを発見した(後述)。合金の主目的が耐酸化性である場合、ニッケルの添加量はそれに応じて増加し、例えばニッケルの含有量は少なくとも7.5質量%以上、または9.0質量%以上、さらには10.0質量%以上である。このような鋼では、コストの増加と引き換えに、耐酸化性が向上する。ニッケルが12.0質量%以上存在する実施形態では、さらに高い耐酸化性が達成される。
【0047】
クロム:固溶強化をもたらし、耐クリープ性を向上させる。また、耐酸化性の主源でもあり、高温でのさらなる酸化に対するバリアとして機能する保護クロミアスケールを形成する。十分な耐酸化性を維持するため、下限は21.5質量以上に制限される。クロムのレベルをより高めると、さらに優れた耐酸化性が得られるため、高い耐酸化性が重要な場合は、好ましい最小クロム量は 22.0質量%以上であり、好ましくは22.5質量%以上であり、さらに好ましくは 24.0質量%以上であり、さらに好ましくは24.5質量%以上である。一方、クロムを大量に添加するとフェライトが安定化し、有害なシグマ相の形成も促進されるため、非常に高温でもフェライトが安定し、より急速に析出するようになる。シグマ相が存在すると、合金の延性と耐酸化性が大幅に低下する。クロムの添加量が多いと、高温での窒化クロム析出物の形成も促進される。これらの存在も、合金の延性と耐酸化性を低下させる。したがって、合金の延性が特に重要な用途では、クロムは26.5質量%までに制限され、好ましくは25.5質量%以下までに制限され、さらに好ましくは21.0質量%以下までに制限される。
【0048】
ケイ素:固溶強化をもたらし、合金の鋳造性を向上させ、溶融物を脱酸する。クロムと同様に保護酸化スケールを形成できる元素であるため、「第3元素効果」により耐酸化性も向上させる。ケイ素が存在することにより、流動性も向上し、脱酸素特性と相まって鋳造品の品質が向上する。この後者の効果には、関連するメリット指数は与えられていないが、0.35%以上のケイ素の最小量が必要であるという要件(後述)に寄与する。高温酸化に関する研究によると、アルミニウムやケイ素などの保護酸化物スケールを形成する元素を、クロムを含む合金に少量添加すると、その濃度が低すぎて連続したアルミナやシリカのスケールを形成できない場合でも、耐酸化性が大幅に向上することが示されている。一方、ケイ素を大量に添加すると、窒化物、G相、ラーベス相など、潜在的に有害ないくつかの相が安定化する。したがって、ケイ素の含有量は、2.0質量%までに制限され、より好ましくは1.75質量%以下または1.6質量%以下、さらに好ましくは1.0質量%以下、任意に0.7質量%以下または0.6質量%以下、最も好ましくは0.5質量%以下である。ケイ素は、溶融物のより良好な形成充填及び脱酸のために必要であり、したがって、下限は、0.35質量%以上、好ましくは0.4質量%以上、より好ましくは0.45質量%以上、さらに好ましくは0.5質量%以上である。
【0049】
アルミニウム:アルミニウム(Al)はケイ素と同様の働きをし、鋼を脱酸し、クロム含有合金の保護酸化物スケールを形成することで耐酸化性を高める。一方、溶融物中に窒素が存在する状態でアルミニウムの濃度が高くなると、硬くて粗いアルミニウム窒化物が形成され、延性と疲労限界に悪影響を与える。したがって、Al含有量の上限は0.1%であり、より好ましくは0.050%である。本明細書において、「Al」含有量は、「酸可溶性Al」、すなわち「sol.Al」含有量を意味する。
【0050】
炭素:固溶強化をもたらし、オーステナイト相を安定化し、特徴的な樹枝状共晶炭化物ネットワークを形成する。この樹枝状共晶炭化物ネットワークは、本発明の合金に特徴的な耐クリープ性及び高温強度を付与する。上記の検討と合金開発中に計算されたクリープメリット指数を考慮して、その最小含有量は、0.35質量%以上、好ましくは0.4質量%以上、より好ましくは0.45質量%以上に制限される。一方、炭素を過剰に添加すると、樹枝状炭化物の体積分率が好ましくないほどに大きくなり、耐クリープ性及び延性に悪影響を与える。したがって、炭素含有量は、0.6質量%以下、好ましくは0.55質量%以下、さらに好ましくは0.51質量%以下、さらに好ましくは0.5質量%以下に制限される。一実施形態では、炭素は0.45質量%以下または0.4質量%以下である。
【0051】
マンガン:固溶強化をもたらし、オーステナイト相を安定化し、種々の脆い窒化物相を過度に安定化させることなく窒素溶解度を高める。マンガンはオーステナイト鋼の加工硬化率も高め、これは特に低サイクル領域での疲労寿命の延長に有益な効果をもたらす。これらの鋼は熱サイクルにより疲労する可能性があるため、通常使用されるものよりも比較的高いMnが指定される。このため、マンガンの最小含有量は、強度を高めるために、6.0質量%以上、好ましくは7.0質量%以上、より好ましくは8.0質量%以上、さらに好ましくは9.0質量%以上、9.5質量%以上、10.5質量%以上に制限される。一方、過剰に添加すると一次デルタフェライトが安定化し、鋳造材料に残留して材料の耐クリープ性を低下させ、有害なシグマ相の核生成部位として機能する。さらに、マンガンは、酸素を透過し且つ剥離しやすい、マンガンを多く含む酸化物相の形成を促進することで、耐酸化性に悪影響を与えることも知られている。したがって、マンガンの含有量は、21.0質量%以下、より好ましくは17.5質量%以下、さらにより好ましくは15.5質量%以下、さらに好ましくは15.0質量%以下、さらにより好ましくは13.0質量%以下、さらにより好ましくは9.0質量%以下、最も好ましくは8.0質量%以下に制限される。
【0052】
モリブデンとタングステン:固溶強化と耐クリープ性をもたらし、窒素の溶解度を高める。一方、過剰に添加すると合金のコストが上昇し、シグマ相やラーベス相などの種々の脆い相が安定化する傾向がある。そのため、含有量は、モリブデンの場合は4.0質量%以下、タングステンの場合は3.5質量%以下に制限される。好ましくは、モリブデンおよびタングステンは、それぞれ3.0質量%以下に制限される。一実施形態では、これらの元素の合計は3.0質量%以下である。コストと脆性相の不在が最も重要である特定の実施形態では、タングステンは0.5質量%以下、さらには0.2質量%以下、さらには0.1質量%以下に制限される。モリブデンは、コストを削減し且つ脆性相の発生率を低減するために、2.0質量%以下、1.25質量%以下、1.1質量%以下、または0.5質量%以下に制限され得る。高強度と耐クリープ性が必要な場合、モリブデンを必須として少量(例えば、0.5質量%以上)添加すると、有利になり得る。モリブデンは任意の元素である。一実施形態では、合金は0.1質量%以下のモリブデンを含有する。タングステンは任意の元素である。
【0053】
窒素: 固溶強化をもたらし、オーステナイト相を安定化する。したがって、窒素含有量は0.1質量%以上、より好ましくは0.15質量%以上に制限される。いくつかの実施形態では、強度をさらに高めるために、窒素の量は、少なくとも0.20質量%または0.25質量%、さらには0.3質量%または0.4質量%以上である。一方、過剰に添加すると、高温で脆いクロム及びモリブデンの窒化物の形成が安定化する。また、溶融物中の窒素溶解度を超える処理上の問題が引き起こされる可能性もある。これにより、溶融物から窒素が蒸発し、予想よりも窒素含有量が低くなる可能性がある。鋳造品では、冷却時に最初に形成される固体マトリックス相に十分な窒素溶解度がなく、窒素が溶融物に戻されず、窒素ガスの泡が発生して半固体鋳造品に閉じ込められ、著しい多孔性につながる場合に、より深刻な問題が発生する。したがって、窒素含有量の上限は、0.75質量%以下、より好ましくは0.6質量%以下、さらに好ましくは0.5質量%以下に制限される。さらに低いレベル(0.4質量%以下、さらには0.35質量%以下または0.3質量%以下)も可能である。
【0054】
銅:オーステナイト相を若干安定化し、耐クリープ性を付与し、Crの活性と拡散性を高めることで耐酸化性を向上させる。一方、過剰に添加すると、窒素の溶解度が著しく低下し、結晶粒界へのCuの偏析を引き起こして材料が脆くなり、材料が完全に固体である 1000℃近くの温度でCuを多く含む液膜が存在する可能性さえある。液膜は、高温での延性と強度を著しく低下させる。Cuは種々の炭化物相や窒化物相を安定化させ、それらを溶融物から形成することを促進して粗大な微細構造をもたらし、機械的特性に悪影響を及ぼす。したがって、銅の含有量は、4.0質量%以下、より好ましくは3.0質量%以下、さらに好ましくは2.5質量%以下または2.2質量%以下、さらに好ましくは0.5質量%以下に制限される。一方、コストが主な考慮事項となる合金のニッケル含有量が低い場合(ニッケル含有量が10.0質量%以下)、鋼が必要な耐酸化性を達成し、次の式が満たされるように、銅が必須となる。
WNi+6WCu≧10
特定の実施形態では、高い耐酸化性を確保するために、
WNi+6WCu≧10.1
さらには
WNi+6WCu≧10.5
となる。特定の実施形態では、銅は、耐酸化性を向上させるために、0.25質量%以上、好ましくは0.5質量%以上、または1.0質量%以上の量で存在する。1.5質量%以上の銅を含む実施形態では耐酸化性がさらに向上し、1.75質量%以上の銅を含む実施形態では耐酸化性がさらにより向上する。
【0055】
ニオブ:硬くて安定した樹枝状炭化物を形成することで耐クリープ性と高温強度を大幅に向上させ、クロムモリブデン窒化物を犠牲にしてZ相の形成を促進する。Z相は一般に、細かく分散した形態をしており、脆いパーライトのような細胞状コロニーとして析出することが多い、急速に粗大化するクロムモリブデン窒化物と比べて、ゆっくりと粗大化する。一方、過剰に添加すると、コストがかかり、フェライト相が安定化し、脆い金属間化合物(シグマ相、G相)の形成が促進される。したがって、ニオブ含有量は、2.2質量%以下、好ましくは2.0質量%以下、より好ましくは1.5質量%以下、さらに好ましくは1.0質量%以下に制限される。いくつかの実施形態では、例えば長期的な微細構造の安定性が望まれる場合、ニオブは必須であり、その場合ニオブは、0.5質量%以上、好ましくは0.75質量%以上の量で存在する。いくつかの実施形態では、鋼のコストを低く抑えるために、ニオブは全く存在しないか、または0.2質量%以下または0.1質量%以下、さらには0.02質量%以下の量でのみ存在する。ニオブは、任意の元素である。
【0056】
リン: リンは不純物である。リンは粒界に偏析し、鋼のSSC耐性を低下させる。粒界の凝集強度が低下するため、材料の延性と強度も大幅に低下する可能性がある。従って、リン含有量は0.05%以下である。好ましいリン含有量は、0.02%以下である。リン含有量は、可能な限り低いことが望ましい。
【0057】
硫黄: 硫黄は不純物である。硫黄は粒界に偏析し、鋼のSSC耐性を低下させる。粒界の凝集強度が低下するため、材料の延性と強度も大幅に低下する可能性がある。一方、硫黄は、機械加工性を向上させることでも知られている。硫黄含有量は0.3%以下である。好ましい硫黄含有量は0.05%以下であり、より好ましくは0.01%以下である。好ましい硫黄含有量は0.005%以下であり、さらに好ましくは0.003%以下である。硫黄含有量は可能な限り低いことが望ましい。
【0058】
セレン、テルル、アンチモン、ビスマス、鉛:これらの元素は粒界に偏析する不純物である。これらの元素が粒界の凝集強度を低下させるため、材料の延性、強度、耐クリープ性が大幅に低下する可能性がある。したがって、その含有量は0.005%以下、好ましくは0.001%以下、さらに好ましくは0.0003%以下である。これらの元素の含有量は、できるだけ少なくすることが望ましい。一方、場合によっては、合金をより容易に機械加工するために、これらの元素の含有量が多い方が望ましいこともある。この場合、それらの合計含有量は、好ましくは0.005%以上0.04%以下である。
【0059】
カルシウム:溶融物に添加され、溶融物中に存在する可能性のあるSiやAlによって通常形成される硬い酸化介在物よりも、柔らかい酸化介在物の形成を促進する傾向がある。また、硫化介在物も良好に改質する。どちらのメカニズムも、合金の機械加工性の向上に貢献する。カルシウム含有量は、0.005質量%以上0.04質量%以下であることが好ましい。
【0060】
さらに、本発明の合金は、合計1.0質量%を超えない微量合金元素の任意の組み合わせを含有することができる。微量合金元素として、希土類元素(REM)、特にランタニド(ランタンを含む原子番号57~71)はより好ましい炭化物の形態のために、ハフニウム、ジルコニウムおよびホウ素は粒界強化効果のために、イットリウムは耐酸化性の向上のために、そしてチタン(好ましくは0.1質量%以下)及びバナジウム(0.3質量%以下、好ましくは0.2質量%以下)はMC炭化物の粗大化耐性の向上のために、含有される(ここで、Mは、主にNbであり、一部がTi、V、またはZrに置換されたものである)。ホウ素は粒界強化に役立つ可能性があり、任意で0.1質量%以下の量で存在してもよい。また、微量のカルシウムおよびマグネシウムが、スラグ処理または脱酸の副産物として存在してもよい(それぞれ最大0.1質量%)。
【0061】
さらに、上記のセクションに記載されていない元素の不可避的不純物が、合金に少量含まれている場合がある。
【0062】
場合によっては、本発明の合金はコストが低いため、ニッケル含有量を減らす必要がある。ニッケルは耐酸化性の向上に重要な役割を果たすため、同様の役割を持つ他の元素で置き換える必要がある。これらの元素の中で最も効果的な元素は銅であり、Crの拡散指数によると、少量でも耐酸化性が大幅に向上する。したがって、好ましくはWNi+6WCu>10質量%であり、より好ましくはWNi+6WCu>12質量%であり、最も好ましくはWNi+6WCu>15質量%である。
【0063】
場合によっては、本発明の合金はコストが低いため、ニッケル含有量を減らす必要がある。ニッケルは窒化物分率指数を低下させるため、ニオブで置き換える必要がある。したがって、WNi+4WNb>10質量%である。
【0064】
鋼の微細構造は、主に、共晶炭化物で強化されたオーステナイトである。
【0065】
第2ステップは、特定の合金組成の状態図と熱力学的特性を計算するために使用される熱力学計算に依存する。これはよく、CALPHAD法(CALculation of PHAse Diagrams) と呼ばれる。
【0066】
第3段階では、第2ステップで計算された所望の特性を持つ合金組成を特定する。調査された組成領域内の合金候補は、以下に詳述する種々のメリット指標に基づいて選択された。本発明の合金は特に、強度、Cr拡散率、窒化物分率、Cr活性、コスト、およびシグマ分率というメリット指標の良好なバランスを達成するように設計されており、これらはすべて以下に記載されている。この領域の合金の中には、他の合金とは若干異なるバランスを実現するものもあり、例えば、最適コストよりも高いコストとする代わりに、非常に高い耐酸化性を実現するものもある。表1の実施例から分かるように、本発明の範囲に含まれる鋼は、組成要件を満たさない比較例の鋼と比較して、強度、Cr拡散率、窒化物分率、Cr活性、コストおよびシグマ分率のメリット指標が良好である。マンガンの含有量が比較的多いため疲労耐性の向上も期待でき、ケイ素の含有量が比較的多いため鋳造性の向上も期待できる。
【0067】
強度メリット指数:
室温での合金の降伏強度を反映する。値が高いほど、加熱と冷却を繰り返す際の熱ひずみによって塑性変形が発生する可能性が低くなり、強度の高い材料で作られた部品の耐用年数が長くなる。これは、2つの仮定に基づいている。第1に、組成による鋳造時の粒径の変化はわずかであるため、粒界強度は組成領域全体で一定である。第2に、析出強度は、炭化物と窒化物の体積分率のみに依存する。凝固条件が複雑であるため、サイズ分布の変動は無視され、一定であると仮定される。したがって、降伏強度の変化は、固溶強度によって支配される。強度メリット指数の式は、以下のとおりである。
【数1】
ここで、x
iはオーステナイト内の元素iのモル分率、S
iはその強化係数(種々の出版物から引用、例:Ghosh, G., & Olson, G.B.(1994). Kinetics of FCC→BCC heterogeneous martensitic nucleation-I. The critical driving force for athermal nucleation. Acta Metallurgica et Materialia, 42(10), 3361-3370)、τ
0はテイラー係数(値3.06)、Gは鋼のせん断弾性率(74GPa)、bはバーガースベクトルの長さ(2.5 nm)、r
pは析出物の半径(1μmと仮定)、φ
pはその体積分率である。300 MPa(一定)は、粒界およびその他の強度の寄与に起因するものである。
【0068】
合金組成に基づく強度指数の近似が発見された。
強度指数 = 0.836WC+0.063WCr+0.181WCu+0.509WMn+0.194WMo+20.0WN-0.606WNb-0.143WNi-0.437WSi+0.06WW+51.429 (1)
【0069】
強度メリット指数が58.8以上になる組成が好まれる。これにより、設計されたタスクに対して合金が十分な強度を持つことが保証される。より好ましくは、合金の強度メリット指数は59.0以上、さらには60.0以上である。これにより、さらに高い強度が示される。
【0070】
クロム拡散指数:
保護クロミアスケールを形成する合金の能力、または剥離後に保護クロミアスケールを再形成する合金の能力を反映する。クロミアスケールの成長により、その真下のクロム濃度は、金属全体に比べていくらか減少する。クロムの消耗の程度は、クロムの拡散率が低い場合に特に深刻である。剥離後の酸化速度は、この枯渇層の組成に依存する。消耗度が高い場合、クロミアスケールが形成できず、種々の多孔質で非付着性の酸化物が代わりに形成される可能性がある。局所的なクロム濃度が十分に高くなり、再びクロミアの形成が始まるのは、酸素がこの枯渇層を通過したときのみである。逆に、クロムの拡散率が高いとクロムの消耗度は低くなる。このため、クロミアスケールは剥離現象後に急速に再形成され、全体の酸化速度が低下する。
【0071】
クロムの拡散率は調整できるが、これは、クロムの拡散率がオーステナイトの組成に依存するためである。特にニッケルと銅は、クロムの拡散率を増加させる元素として知られている。オーステナイト中のクロムの拡散率は、熱力学計算で求めることができる。合金元素の線形結合を使用した、かなり正確な近似が発見された。
クロム拡散指数 = 10-18(0.0263WCr+0.1770WCu+0.0399WMn+0.0278WMo+0.1070WNi-0.0817WSi+0.0342WW+0.0051WNb) (2)
【0072】
好ましい鋼は、少なくとも2.1e-18以上、好ましくは2.2e-18以上、さらに好ましくは3.0e-18以上のクロム拡散指数値を達成する。
【0073】
窒化物分率指数:
高温で安定したM2N窒化物の体積分率の尺度である。体積分率は熱力学計算を使用して決定される。低い窒化物分率指数は、微細構造の安定性と延性の指標となる。熱力学計算の回帰分析から導かれる窒化物の体積分率の十分且つ単純な近似は、次の通りである。
窒化物分率指数 = 3.43e-04WFe-3.45e-03WNi -1.01e-04WCr -9.97e-03WSi+4.04e-04WMn +8.60e-02WN +6.61e-04WCu-1.26e-03WMo -1.44e-02WNb + 6e-02WV +0.046
【0074】
本発明による鋼は、好ましくは、窒化物分率指数が0.058以下、より好ましくは0.055以下、さらには0.050以下であり、最も好ましくは0.040以下である。
【0075】
コスト指数:
合金の製造に必要な原材料のコスト(GBP/kg)を反映する。各ケースでは、鉄及び特定の合金元素を含有するマスター合金を使用し、合金元素の割合が異なることを前提とする。コストは、マスター合金と残りの純鉄の加重合計となり、マスター合金に含まれる鉄を考慮に入れる。
【数2】
【0076】
指数iは合金元素、nは合金元素の数、p
iはマスター合金中の合金元素iの質量割合(マスター合金の「純度」-残部は鉄と想定)、w
iは合金中の合金元素iの質量割合、c
iは元素iのマスター合金のコストである。指数Feは鉄を表す。推定されるマスター合金の純度(質量割合)とコストは、以下の表に示されている。
【表2】
【0077】
純粋な元素から開始すると仮定すると、合金コストはより単純な式で表される。
コスト指数 = 0.065WCr+0.047WCu+0.008WFe+0.017WMn+0.327WMo+0.484WNb+0.12WNi+0.013WSi+0.363WW+0.325WV
【0078】
鋼のコストは、望ましくは4.6GBP kg-1以下、好ましくは4.5GBP kg-1以下、さらに望ましくは4.2GBP kg-1以下、より望ましくは4.1GBP kg-1以下、より望ましくは4.0GBP kg-1以下、さらには3.5GBP kg-1以下である。
【0079】
シグマ分率指数:
合金が熱力学的平衡状態にあるときの、800℃におけるシグマ相の体積分率の尺度である。延性の過度な損失を防ぐには、シグマ分率指数を低くする必要がある。この式は、シグマ分率を組成の関数として推定し、熱力学計算の回帰分析から導き出される(したがって、絶対的な体積分率を予測するものではなく、傾向を示すものである)。
シグマ相分率指数 = -0.3180WC-0.0415WSi+0.0111WMn-0.0081WNi+0.0313WCr+0.0252WW+0.0222WNb-0.1470WN-0.0009WCu+0.0230WMo-0.537
【0080】
シグマ相分率の数値が低い(負の数値も含む)ということは、800℃でのシグマ安定性が低いことを示している。シグマ相分率指数は、望ましくは0.1以下、好ましくは0.05以下、より好ましくは0.04以下、最も好ましくは0.03以下である。
【0081】
クリープメリット指数: ニッケル超合金と同様に、クリープ中の微細構造は一定であり、クリープ型変形はマトリックス (オーステナイト) 相に限定されるという仮説を反映している。転位セグメントは炭化物界面に急速に固定される。律速段階は、オーステナイトと炭化物の界面から、固定された転位構成が離脱することである。これは、局所化学(この場合はオーステナイト相の組成)に依存するため、合金組成がクリープ特性に大きな影響を与える。支配方程式は、以下のとおりである。
【数3】
ここで、x
iはオーステナイト相中の合金元素iのモル分率、D
iはその拡散率である。拡散率は組成によって変化するため、複雑な関係が生じる。しかしながら、その結果は合金の元素範囲を決定するために役立った。
【0082】
クロム活性指数:
合金の、保護クロミアスケールを維持する能力と、高温で酸化に抵抗する能力と、を反映する。ワグナーの酸化理論によれば、クロミア形成合金の酸化速度は、与えられた条件下での合金中のクロム活性に反比例する。したがって、クロムの活性が高いほど、酸化は遅くなる。クロミアスケールは、通常、特定の厚さに達すると剥離する。これは、金属酸化物界面の応力が酸化物の厚さとともに大きくなり、通常は合金の組成によって変化しないためである。これは、成長が遅いスケールは剥離するまでに長く持続し、質量損失を最小限に抑えることを意味する。クロムの活性は、通常、オーステナイト中のクロム濃度に応じて変化するが、他の元素の存在にも非常に敏感である。たとえば、ニッケルと銅はクロムの活性を著しく高めることが知られている。オーステナイト中のクロム活性は、熱力学計算によって得ることができる。合金元素の線形結合を使用したかなり正確な近似が発見された。
クロム活性指数 = 10-4(-5.35WC+0.635WSi-0.231WMn+0.583WNi+1.5WCr-0.452WW-11.4WN+1.1WCu+12.3)
【0083】
クロム活性指数が0.0050以上の場合、保護クロミアスケールを形成する能力に優れた合金であることを示しており、特に望ましい。より望ましくは、クロム活性指数が0.0055以上であり、最も好ましくは0.0060以上である。
【0084】
実施例および比較例
以下の表の合金について実験テストを実施した。比較例1は実験的なオーステナイト系ステンレス鋼であり、比較例3、4及び28は、耐酸化性は良好だが降伏強度が比較的低いことで知られる、周知のオーステナイト系耐熱性DIN規格グレード1.4848のものである。
【表3】
【表4】
【表5】
【0085】
メインクレーム(実施例1)を満たす合金に対し、耐酸化性と降伏強度について実験的に試験した。メインクレームを満たすいくつかのさらなる合金例に対し、耐酸化性、硬度、降伏強度及び熱安定性について試験を行った。
【0086】
図1は、本発明の実施例と比較例の耐酸化性の比較を示す。データは、材料の半円形の試験片を箱型炉内で1000℃の大気にさらす周期的酸化試験から得られたものである。曝露段階の後、室温まで空冷し、質量を測定して記録した。実施例27、33及び比較例4は、安定した質量増加を示しているが、これは、保護クロミアスケールの形成を示している。比較例1は、急速な質量損失を示しているが、これは、クロミアスケールの形成不足を示しており、したがってこの合金は1000℃での用途には適していない。実施例27及び33は比較例4よりも急速に酸化するが、1000℃での用途に十分な耐酸化性を有している。実施例34も放物線曲線を示しているが、質量増加が、この温度での望ましい値よりも高くなっている。
【0087】
図2は、本発明の実施例及び3つの比較例における、ある温度範囲にわたる降伏強度の比較を示す。室温引張試験はASTM E8-16aに準拠し、高温引張試験はASTM E21-17に準拠している。実施例1は、すべての比較例よりも大幅に優れている。本発明の実施例は、最も高い降伏強度を有する。
【0088】
図3は、実施例27(左)及び比較例1において、鋳放し状態と、750℃で25.5時間経過後と、における微細構造の比較を示す。鋳放し状態では、両方の合金とも層状の窒化物を示す。比較例1では、これらは主に孤立した領域であり、大きな窒化物コロニー (~200μmの直径) がまばらに存在する。実施例27では、窒化物コロニーは相互に連結され、より均一に分散されており、大きなコロニーは存在しない。750℃で25.5時間後、比較例1のコロニーのサイズと体積分率が劇的に増加し、延性と耐クリープ性に悪影響を及ぼす。実施例27では、それらはわずかにしか成長せず、微細構造の安定性が優れていることを示している。
【0089】
図4は、本発明の実施例及び比較例における、鋳放し状態でのビッカース硬度値(荷重5kg、保持時間10秒)を示す。実施例は、比較例1及び4を大幅に上回った。比較例1は、硬度は同等であるが、耐酸化性(
図1)が低く、したがって、硬度が高いにもかかわらず高温用途には適さない。
【0090】
図5は、鋳造及び応力緩和処理を行った後(最初の列)と、800℃で140時間の時効処理後と、における実施例33及び34の微細構造を示す。両実施例の微細構造は、有害な相(細胞状窒化物、粗い金属間化合物相)の兆候がなく、比較的影響を受けず、良好な熱安定性を示す。
【国際調査報告】