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特表2024-539021癌治療のためのアルギナーゼおよびアルギニノコハク酸合成酵素
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-10-28
(54)【発明の名称】癌治療のためのアルギナーゼおよびアルギニノコハク酸合成酵素
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/46 20060101AFI20241018BHJP
   A61K 38/53 20060101ALI20241018BHJP
   A61K 38/28 20060101ALI20241018BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20241018BHJP
   A61P 35/02 20060101ALI20241018BHJP
   A61K 31/7004 20060101ALI20241018BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20241018BHJP
   C12N 9/80 20060101ALN20241018BHJP
   C12N 9/10 20060101ALN20241018BHJP
【FI】
A61K38/46
A61K38/53
A61K38/28
A61P35/00
A61P35/02
A61K31/7004
A61P43/00 121
C12N9/80 ZNA
C12N9/10
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024522504
(86)(22)【出願日】2022-10-18
(85)【翻訳文提出日】2024-05-15
(86)【国際出願番号】 EP2022078930
(87)【国際公開番号】W WO2023066910
(87)【国際公開日】2023-04-27
(31)【優先権主張番号】21203999.4
(32)【優先日】2021-10-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】521523408
【氏名又は名称】キュオン バイオテック アー・ゲー
(74)【代理人】
【識別番号】100113376
【弁理士】
【氏名又は名称】南条 雅裕
(74)【代理人】
【識別番号】100179394
【弁理士】
【氏名又は名称】瀬田 あや子
(74)【代理人】
【識別番号】100185384
【弁理士】
【氏名又は名称】伊波 興一朗
(74)【代理人】
【識別番号】100137811
【弁理士】
【氏名又は名称】原 秀貢人
(72)【発明者】
【氏名】ツヴェトコヴィッチ ゴーラン
(72)【発明者】
【氏名】テピック スロボダン
【テーマコード(参考)】
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C084AA02
4C084BA44
4C084DB34
4C084DC22
4C084DC28
4C084MA02
4C084MA55
4C084MA66
4C084NA14
4C084ZB261
4C084ZB271
4C084ZC751
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA01
4C086MA02
4C086MA04
4C086MA66
4C086NA05
4C086NA14
4C086ZB26
4C086ZB27
4C086ZC75
(57)【要約】
本発明は、癌の治療のために有用なアルギニン分解酵素とシトルリン変換酵素とを含む薬剤に関連する。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルギニン分解酵素である、第1の活性剤と、
シトルリン変換酵素である、第2の活性剤とを含む、
薬剤。
【請求項2】
請求項1に記載された薬剤であって、
前記第1の活性剤は、アルギナーゼ(ARG)であり、具体的にはヒトアルギナーゼ-1(ARG1)またはヒトアルギナーゼ2(ARG2)から選択され、より具体的にはヒトARG1である、
薬剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載された薬剤であって、
前記アルギナーゼは、単量体ポリペプチドとして存在する、
薬剤。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載された薬剤であって、
前記第2の活性剤は、アルギニノコハク酸合成酵素(ASS)であり、具体的にはヒトアルギニノコハク酸合成酵素(ASS1)から選択される、
薬剤。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載された薬剤であって、
前記アルギニノコハク酸合成酵素は、四量体ポリペプチドとして存在する、
薬剤。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載された薬剤であって、
前記第1の活性剤および/または前記第2の活性剤は、組換えポリペプチドである、
薬剤。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載された薬剤であって、
前記第1の活性剤および/または前記第2の活性剤は、少なくとも部分的に精製された哺乳動物肝臓抽出物中に存在する、
薬剤。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載された薬剤であって、
ここでARGのASSに対する酵素活性の比が、約0.2:1~約1:5の、具体的には約0.5:1~約1:2の範囲内、より具体的には約1:1である(血漿中に通常存在するそれぞれの基質の濃度での酵素活性として表される)、
薬剤。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項に記載された薬剤であって、
アルギナーゼ、例えばヒトARG1の、ヒトにおける1日量は、約150~約3000U/kg/日、好ましくは約500~約2000U/kg/日、および最も好ましくは約1500U/kg/日である、
薬剤。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載された薬剤であって、
アルギニノコハク酸合成酵素、例えばヒトASS1の、ヒトにおける1日量は、約0.15~約3U/kg/日、好ましくは約0.5~約2U/kg/日、および最も好ましくは約1.5U/kg/日である、
薬剤。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載された薬剤であって、
前記薬剤は、前記第1および前記第2の活性剤を含む単一の医薬製剤、または2つの別々の医薬製剤の組合せである、
薬剤。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか一項に記載された薬剤であって、
血液癌または固形癌を含む、具体的には肝細胞癌、黒色腫、結腸癌、白血病、リンパ腫、骨肉腫、軟部組織肉腫、肥満細胞腫、膵臓癌、肺癌、および乳癌から選択される、癌の治療方法における使用のための、
薬剤。
【請求項13】
請求項1~12のいずれか一項に記載された薬剤であって、
前記薬剤は非経口的に投与される
薬剤。
【請求項14】
請求項1~13のいずれか一項に記載された薬剤であって、
前記薬剤は注入によって投与される
薬剤。
【請求項15】
請求項1~14のいずれか一項に記載された薬剤であって、
前記薬剤は、インスリンと共に、具体的にはインスリン-グルコースクランプと共に、投与される
薬剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌の治療のために有用なアルギニン分解酵素とシトルリン変換酵素とを含む薬剤に関連する。
【背景技術】
【0002】
L-アルギニン(以下アルギニン)の枯渇は、肝細胞癌および黒色腫などいくつかの癌の治療において、またインビトロ研究に基づけばおそらく他の多くの癌の治療においても、有用であることが示されている。癌治療におけるアルギナーゼなどのアルギニン枯渇酵素の使用は、例えばShenら(Cell Death & Disease 8 (2017), e2720)、Zouら(Biomedicine & Pharmacotherapy 118 (2019), 109210)、Al-Koussaら(Cancer Cell International 20 (2020) Article number 150)、およびZhangら(Cancer Letters 502 (2012), 58-70)によって記載されており、その内容は参照により本明細書に組み込まれる。
【0003】
アルギニン枯渇酵素の使用は必須であるが、しかし癌細胞を迅速かつ選択的に死滅させるために必要な全身的な深いアルギニンの枯渇を、引き起こしかつ維持するためには十分でないことを、我々自身の研究は示した。
【0004】
アルギニンの酵素分解と並行してインスリン/グルコースクランプを使用することで、深いアルギニン枯渇の課題がはるかに扱いやすくなる。インスリンは成長因子であり、従ってタンパク質合成を促進しかつタンパク質分解を阻害する。このことは、アミノ酸の循環からの除去、具体的には厳しい恒常性制御下にある準必須アミノ酸であるアルギニンの除去が課題である場合には、極めて重要である。
【0005】
インスリンによる血管透過性の増加はまた、ほとんどの癌細胞が存在する場所により近い間質液腔内に、治療用酵素を取り込むのにも役立つ。最後に、インスリンはまた、エンドサイトーシスを刺激することによって、アルギニン分解酵素を癌細胞内に運ぶ役割も果たしうる。
【0006】
しかしながら、本発明者らの研究が示すように、インスリン/グルコースクランプを使用しても、通常の血漿濃度が約100μMであるのと比較して、遊離アルギニンレベルは5~10μMのオーダーで得られた。これらの遊離アルギニンレベルでは、癌細胞も健康な細胞も増殖しないが、それでも長期間生存しうる。癌細胞を迅速に死滅させるアルギニン濃度の目標は、1μM以下である。
【0007】
WO03/063780は、アルギニン分解酵素およびタンパク質分解阻害剤、一酸化窒素供与体、昇圧ペプチド、およびプロスタサイクリンを含む、アルギニン枯渇による癌の治療のための治療用組成物を記載する。ある実験において、自己の粗製肝臓抽出物をイヌに投与したところ、血漿中アルギニン濃度が急速に低下した。抽出物は、肝組織をホモジナイズし、遠心分離し、および上澄みを採取しペーパーフィルターにかけて脂質を除去することにより、調製された。しかしながら、約24時間の連続注入の後、腎機能に深刻な問題が観察されたが、粗製抽出物中のヘモグロビンの濃度が非常に高いためと思われる。
【0008】
WO2010/023195は、アルギニン枯渇酵素を対象の小腸内腔に直接投与することによる、アルギニン依存性癌の治療を記載する。ある実験において、加熱処理されたブタ肝臓抽出物が投与された。
【0009】
本発明者らはまた、腸におけるシトルリン産生の阻害を試みたが、実験用イヌにおいて試験された多くのアプローチのいずれも、血漿中シトルリンの満足のいく減少には至らなかった。
【0010】
本発明の目的は、対象の、具体的にはヒト癌患者の、血液中の遊離アルギニンの枯渇を改善するための手段を提供することであった。より具体的には、本発明の目的は、現在30を超える癌治療のための臨床試験が行われている、例えばPEG化アルギナーゼまたはPEG化アルギニンデイミナーゼ(ADI)の投与を用いたアミノ酸枯渇を含む、従前の治療スケジュールに伴う欠点を克服することであった。
【発明の概要】
【0011】
本発明者らは、低温プロトコルにより調製された部分的に精製された肝臓抽出物中の、アルギナーゼ(ARG)とアルギニノコハク酸合成酵素(ASS)とを全身に送達することにより、遊離血漿中アルギニンが検出レベル未満まで減少するに至ることを見出した。この結果は、循環血液中の遊離アルギニンレベルの深い枯渇を得るために、ASSをARGと共に使用することに関する本発明の基礎となる。
【0012】
本発明は、医療に使用するための、具体的には癌の治療のための、酵素的手段によるアルギニンの枯渇に関連する。例えばアルギナーゼ(ARG)によるアルギニンの酵素的分解は、アルギニンの深い全身的枯渇のためには必要であるが十分ではないことが見出された。シトルリン合成のための主要器官である腸から、シトルリン変換酵素、例えばアルギニノコハク酸合成酵素(ASS)によってシトルリンがアルギニンに変換される腎臓まで、シトルリンが通過する際に同時に除去されることにより、標準的なアミノ酸分析による検出未満の濃度まで、遊離アルギニンを全身的に減少させることができる。これにより、全てではないにせよ、多くの癌タイプの癌細胞が急速に死滅することにつながる。健康な分裂細胞は、G期に移行することにより応答し、致命的なダメージを受けることはほとんどない。
【0013】
本発明の第1の態様は、アルギニン分解酵素である第1の活性剤と、シトルリン変換酵素である第2の活性剤とを含む、薬剤に関連する。
【0014】
本発明の薬剤は、ヒト医学および獣医学における使用に、例えばイヌの治療に適する。薬剤を治療上活性な用量で投与すると、血中アルギニンレベルの深い枯渇につながる。
【0015】
ある実施形態において、薬剤の投与は、少なくとも12時間、または少なくとも24時間、アルギニンレベルを約20μM以下まで低下させる。好ましくは、アルギニンレベルは約10μM以下まで低下し、より好ましくは、アルギニンレベルは少なくとも12時間、または少なくとも24時間、約5μM以下まで低下し、および最も好ましくは、アルギニンレベルは、静脈血漿中で測定して、少なくとも12時間、または少なくとも24時間、約1μM以下に低下する。
【0016】
ある実施形態において、薬剤の投与は、静脈血漿中のシトルリンレベルを、薬剤を投与しないシトルリンレベルと比較して、約2~5倍低下させる。健康な個体のヒト血漿中のシトルリン濃度は、約30~50μMである。本発明者らが肝動脈閉塞の治療に参加した、進行肝細胞癌を有するヒト患者からの観察によれば、シトルリンレベルを2~5倍低下させることは、アルギニンレベルを目標の1μM未満まで低下させるのに十分であることを示唆する。イヌにおいては、通常のシトルリン濃度はヒトよりも約2倍高いが、同じく2~5倍の減少は、アルギニン枯渇の成功に相関していた。
【0017】
アルギニン分解酵素および/またはシトルリン変換酵素は、天然源、例えば肝臓などの体組織、または体液から、精製または部分的に精製されたポリペプチドでありうる。あるいは、アルギニン分解酵素および/またはシトルリン変換酵素は、遺伝子操作された宿主細胞、例えば大腸菌(E.coli)などの原核細胞、または、酵母、昆虫または哺乳動物細胞などの真核細胞、から調製された組換えポリペプチドでありうる。宿主細胞は、本発明の酵素をコードする核酸分子を用いてトランスフェクトされうる。酵素は、宿主細胞を培養し、宿主細胞からまたは培養培地からタンパク質を得ることにより産生されうる。
【0018】
ある実施形態において、第1の活性剤および第2の活性剤は、少なくとも部分的に精製された哺乳動物肝臓抽出物として存在する。適切な肝臓抽出物を得るための好ましい方法は、実施例に記載される。ある実施形態において、第1の活性剤および第2の活性剤は、組換えポリペプチドである。
【0019】
ある実施形態において、薬剤はヘモグロビンを実質的に含まず、ここで全ポリペプチドの乾燥重量に基づくヘモグロビンの含有量は、具体的には約1%(w/w)以下、より具体的には約0.1%(w/w)以下である。具体的な実施形態において、薬剤はヘモグロビンを含まない。
【0020】
ある実施形態において、薬剤は異種ポリペプチドを実質的に含まず、ここで全ポリペプチドの乾燥重量に基づく異種ポリペプチド、すなわち第1および第2の活性剤(および任意でインスリン)とは異なるポリペプチドの含有量は、具体的には約10%(w/w)以下、より具体的には約5%(w/w)以下、さらに具体的には約2%(w/w)以下である。具体的な実施形態において、薬剤は異種ポリペプチドを含まない。
【0021】
ある実施形態において、アルギニン分解酵素は、アルギナーゼ(ARG)、すなわちL-アルギニンのL-オルニチンと尿素への加水分解を触媒する酵素である(EC.3.5.3.1)。典型的には、アルギナーゼは、哺乳動物アルギナーゼ、例えばヒトアルギナーゼであり、その任意の酵素的に活性な断片および誘導体を含む。具体的な実施形態において、アルギナーゼは、ヒトアルギナーゼ-1(肝臓アルギナーゼまたはARG1)(UniProt-P05089)またはヒトアルギナーゼ2(腎臓アルギナーゼまたはARG2)(UniProt-P78540)から選択され、その任意の酵素的に活性な断片および誘導体を含む。さらに具体的な実施形態において、アルギナーゼはヒトARG1である。
【0022】
ヒトARG1は、322アミノ酸長のポリペプチドであり、予想分子量は34735Daである。それは単量体または多量体、例えば三量体の形で存在しうる。好ましくは、それは肝臓における本来の形である単量体の形で存在する(クローンARG1を最初に作った、京都大学のM.Ikemoto教授からの私信)。大腸菌における組換えARG1の調製は、Ikemotoらによる以下に記載され:Expression of human liver arginase in Escherichia coli. Purification and properties of the product Biochem J. 1990 Sep 15;270(3):697-703. doi: 10.1042/bj2700697. PMID: 2241902; PMCID: PMC1131788;その内容は参照により本明細書に組み込まれる。
【0023】
ある実施形態において、アルギナーゼは組換えヒトARG1であり、その任意の酵素的に活性な断片および誘導体を含む。具体的な実施形態において、アルギナーゼは非PEG化ポリペプチドであり、すなわちポリエチレングリコール部位と共役していない。
【0024】
マンガンをコバルトで置き換え、最適pHを血漿のpHにシフトさせる、ヒトARG1の修飾もまた、本発明に従って特に適切である(Stone EM, Glazer ES, Chantranupong L, et al. Replacing Mn(2+) with Co(2+) in human arginase enhances cytotoxicity toward l-arginine auxotrophic cancer cell lines.[ACS Chem Biol. 2010 Aug 20;5(8):797に訂正記事が掲載された]ACS Chem Biol. 2010;5(3):333-342. doi:10.1021/cb900267j、その内容は参照により本明細書に組み込まれる)。
【0025】
ある実施形態において、アルギナーゼ、例えばヒトARG1は、共有出願EP211976781.4(その内容は参照により本明細書に組み込まれる)に記載されるように、アルギナーゼ-インスリン融合タンパク質として投与される。
【0026】
ある実施形態において、シトルリン変換酵素は、アルギニノコハク酸合成酵素(ASS)、すなわちL-アスパラギン酸とL-シトルリンのL-アルギニノコハク酸への変換を触媒する酵素である(EC 6.3.4.5)。典型的には、ASSは、哺乳動物ASS、例えばヒトASSであり、その任意の酵素的に活性な断片および誘導体を含む。具体的な実施形態において、ASSはヒトアルギニノコハク酸合成酵素(ASS1)(UniProt-P00966)であり、その任意の酵素的に活性な断片および誘導体を含む。
【0027】
ヒトASS1は、412アミノ酸長のポリペプチドであり、予想分子量は46530Daである。それは単量体または多量体、例えば四量体の形で存在しうる。好ましくは、それはヒト肝臓におけるその本来の活性形である四量体の形で存在する。
【0028】
ある実施形態において、ASSは組換えヒトASS1であり、その任意の酵素的に活性な断片および誘導体を含む。ある実施形態において、ASSはPEG化ポリペプチドである。他の実施形態において、ASSは非PEG化ポリペプチドである。
【0029】
本発明の薬剤は、第1の活性剤と第2の活性剤とを含み、例えばバッファ、塩、および/または安定剤から選択される、薬学的に許容される賦形剤と共に含んでもよい。
【0030】
薬剤は、第1と第2の活性剤の両方を含む、単一の医薬製剤であってもよい。あるいは薬剤は、一方は第1の活性剤を含み、他方は第2の活性剤を含む、2つの別々の医薬製剤の組合せであってもよい。
【0031】
医薬製剤は、活性剤(複数可)を溶解または懸濁したすぐ使用できる形で含む、液体医薬製剤でありうる。あるいは医薬製剤は、適切な溶媒、例えば水性溶媒を用いて再構成するために、活性剤(複数可)を凍結乾燥またはフリーズドライした形で含む、固体医薬製剤でありうる。
【0032】
薬剤は、第1および第2の活性剤の治療上有効な用量で投与される。ある実施形態において、第1および第2の活性剤は、酵素活性に基づいて同様の用量で、例えば、ARGのASSに対する酵素活性の比が、約0.2:1~約1:5、具体的には約0.5:1~約1:2の範囲内で、より具体的には約1:1で投与されるが、これはARGのVmaxはASSのVmaxよりも1000倍高いが、ASSのKmは1000倍低いため、マイクロモル濃度の基質では、タンパク質1mgあたりの変換率はほぼ同じであることを考慮している。酵素、例えばARG1とASS1について、同じ用量(血漿中に通常存在するそれぞれの基質の濃度での酵素活性として、それぞれの基質の生理的濃度で測定して表される)である根拠は、尿素回路におけるそれらの機能から生じる。本発明者らは、ブタ肝臓の部分的に精製された抽出物を調製し、イヌにおいて試験することに成功した。血漿中アルギニンを検出未満まで低下させるという目標は、肝臓に存在するタンデムの活性で達成された。肝臓では、両酵素は主に尿素回路中で活性であるため、定常状態では、単位時間に同じ分子数のアルギニンおよびシトルリンを変換する。
【0033】
ある実施形態において、アルギナーゼ、例えばARG1の、イヌにおける治療上有効な1日量は、インビボでの実験的研究によって決定されるように、約300および約6000U/kg/日、好ましくは約1000および約4500U/kg/日、および最も好ましくは3000U/kg/日である。ヒトでは、治療上有効な1日量は、約150~約3000U/kg/日、好ましくは約500~約2000U/kg/日、および最も好ましくは約1500U/kg/日である。組換えARG1の比活性が約1000U/mgタンパク質である場合、好ましい治療上有効な1日量は、イヌにおいては約0.3~約6.0mg/kg/日であり、ヒトにおいては約0.15~約3.0mg/kg/日である。
【0034】
ある実施形態において、ASS、例えばASS1の、イヌにおける治療上有効な1日量は、約0.3および約6U/kg/日、好ましくは約1および約4.5U/kg/日、および最も好ましくは3U/kg/日である。ヒトでは、治療上有効な1日量は、約0.15~約3U/kg/日、好ましくは約0.5~約2U/kg/日、および最も好ましくは約1.5U/kg/日である。組換えASS1の比活性が約1U/mgタンパク質である場合、好ましい治療上有効な1日量は、イヌにおいては約0.3~約6.0mg/kg/日であり、ヒトにおいては約0.15~約3.0mg/kg/日である。
【0035】
ある実施形態において、用量は、治療される対象の血液中のアルギニンおよび/またはシトルリンレベルの測定に基づいて、適合される。具体的な実施形態において、アルギニンおよび/またはシトルリンレベルは、静脈血の血漿中で測定される。
【0036】
薬剤は、典型的には非経口的に、例えば注射により、または好ましくは適切な期間にわたる注入により、例えば、治療される癌のタイプに応じて、数時間、例えば少なくとも約2時間、または約6時間から、または、連続して1日から6日までの期間にわたる注入により、投与される。
【0037】
薬剤の投与は、一酸化窒素(NO)供与体、例えばニトロプルシドナトリウム(SNP)の注入、および/またはNO誘導血管拡張と平衡を取るための昇圧ペプチド、例えばバソプレッシンの注入など、アルギニン枯渇の副作用を補償するためのある種の手段を伴いうる。アルギニンは、短寿命のNOを合成するための唯一の前駆物質である。全ての昇圧ペプチドは、アルギニンを含み、短寿命である。プロスタサイクリンアナログであるイロプロストの同時注入もまた、血小板の維持に有用であることが判明している。
【0038】
薬剤は、血液癌または固形癌を含む、具体的には肝細胞癌、黒色腫、結腸癌、白血病、リンパ腫、骨肉腫、軟部組織肉腫、肥満細胞腫、膵臓癌、肺癌、および乳癌から選択される、癌の治療に有用である。薬剤はまた、患者の体内に播種される癌の転移の治療にも有用である。
【0039】
本発明者らは、アルギナーゼの血管外遊出、すなわち血管系から間質液中への移行を補助することにより、薬剤の有効性が増加しうることを見出した。インスリンによって促進される、ARG1の単量体の形での急速な血管外遊出は、共有出願PCT/EP2021/072616(その内容は参照により本明細書に組み込まれる)に記載されるように、糸球体濾過による排出を妨げる。
【0040】
アルギナーゼの標的区画は、間質容積(interstitial volume)である。ここはほとんどの癌細胞が存在する場所である―血液癌であっても、疾患のどの段階でも血液中に見出される癌細胞はごく一部である。血管系に限局された酵素活性では、恒常性維持機構の下、タンパク質分解によるアミノ酸の不断の流入のため、血管外容積のアミノ酸濃度を非常に低いレベルまで、効率的に減少させることはできない。血管内と間質液との間の(両方向の)物質輸送は、拡散およびささやかな対流により制限され、その速度は、例えばアルギニンが全身的にμM範囲まで減少するには、単純に低すぎる。
【0041】
特筆すべきは、癌治療の一手法としてアルギニン枯渇を用いる現在の臨床試験は全て、非常に大きい分子量を有するPEG化酵素(アルギナーゼまたはアルギニンデイミナーゼ)を用いて行われているため、血管外遊出が極めて限られており、従って播種された癌を死滅させるのに必要とされる、全身のアルギニンを深く枯渇させることができない。
【0042】
本発明のある実施形態において、アルギナーゼの血管外遊出は、薬剤のインスリンとの同時投与によって、好ましくはインスリングルコースクランプとして、すなわちインスリンとグルコースの同時投与によって、増強される。インスリンは、予め決められた投与速度で、例えば予め決められた一定投与速度で、注入により投与されうる。ヒトでは、インスリンは、約1.5~約6I.U./kg体重/日、好ましくは約2~約4I.U./kg体重//日、より好ましくは約3I.U./kg体重//日の投与速度で、投与されうる。イヌでは、インスリンは、約3~約12I.U./kg体重//日、好ましくは約4~約8I.U./kg体重//日、より好ましくは約6I.U./kg体重//日のより高い投与速度で、投与されうる。
【0043】
インスリンは、インスリン-グルコースクランプを適用するのに適した、天然または組換えインスリン、またはインスリンアナログの、いずれのタイプでもよい。好ましくは、インスリンは、速効型インスリンまたは短時間作用型インスリンであり、より好ましくは速効型インスリンである。速効型インスリンの例としては、インスリンリスプロ、インスリンアスパルト、またはインスリングルリジンがある。短時間作用型インスリンの例としては、通常のインスリンまたはインスリンvelosulinがある。
【0044】
本発明に従って、インスリンはグルコースと同時投与されうる。好ましくは、グルコースは注入によって投与される。この文脈において、本明細書で使用される「グルコース(glucose)」という用語は、グルコースを血液中に放出することができるグルコース含有オリゴ糖または多糖、例えば任意のタイプのデキストロース、例えばデンプンまたはマルトデキストリンからの部分加水分解物など、をも含むことに留意されたい。グルコースの投与は、血漿中グルコースレベルを正常な生理的濃度内に維持するように、例えば約4.0~約10mMの十分なグルコースレベルを維持するように、調整されうる。このためには、イヌでは約10gグルコース/kg体重/日を約6I.U./kg体重/日のインスリン注入速度で送達する必要があり;または、ヒトでは約5gグルコース/kg体重/日を約3I.U./kg体重/日のインスリン注入速度で送達する必要がありうる。これは、10%グルコース溶液を平均的な人の末梢静脈内に注入し、中間投与速度のインスリン(3I.U./kg/日)の場合、約150ml/時の速度で開始し、必要に応じて調整することにより、達成されうる。デキストロースが、同等の注入速度を用いて、グルコースの代わりに使用されうる。
【0045】
グルコース溶液の送達速度は、例えば250または500ml容量の輸液バッグまたはボトルからの単純点滴法によって、制御されうる。グルコースの非侵襲的モニタリングは、例えばAbbott Laboratories製のFreeStyle Libreにより行われうる。
【0046】
インスリンとグルコースの同時投与は、薬剤の投与前、同時、または後に開始しうる。典型的には、インスリンとグルコースの同時投与は、少なくとも約3時間、少なくとも約6時間、少なくとも約12時間、または少なくとも約24時間、および最大数日間まで、薬剤のタイプおよび投与経路に応じて行われる。
【0047】
グルコースの投与は、大量のグルコースが投与される場合に、細胞内に入るカリウムイオンを補償するために、KClなどのカリウム塩の投与を伴いうる。さらに治療は、必須アミノ酸、電解質、輸液および/または抗生物質の併用投与によって、支持されうる。
【0048】
さらなる実施形態において、アルギナーゼの血管外遊出は、共有出願EP211976781.4に記載されるアルギナーゼとインスリンの融合タンパク質を、好ましくはグルコースの同時投与を伴って、第1の活性剤として使用することによって、増強される。
【0049】
対照的に、ASSの役割は大きく異なる。アルギニンは準必須アミノ酸であり、関連する唯一の既知の合成経路はいわゆる腸腎軸(intestinal-renal axis)であり、それによりシトルリンは腸において産生され、その後腎臓においてアルギニンに変換され、2器官間の輸送は血液を介して行われる。従って、ASSの持続および循環時間を延長することが有用でありうる。
【0050】
ここ数年多くの出版物が、アルギニンを栄養要求する癌細胞だけが、アルギニン枯渇による攻撃目標として適すると述べている。この議論は、癌細胞も健康な細胞も全ての細胞は、アルギニンを栄養要求するという点を見逃している。アルギニンの要求量が腸腎軸によって、すなわち2つの異なる器官による合成経路によって満たされるのは、全身的なレベルにおいてのみである。アルギニンが枯渇すれば、全ての細胞は遅かれ早かれ死滅する。いくつかの癌は、シトルリンをアルギニンの代用にできるが、必要なシトルリン濃度は非常に高く、生理的レベルよりも何倍も高い(Wheatley, D, and Campbell, E, Arginine deprivation, growth inhibition and tumour cell death: 3. Deficient utilisation of citrulline by malignant cells, V. 89, 10.1038/sj.bjc.6601134, British journal of cancer)。オルニチンもまた、アルギニンを代用できない(Wells JW, Evans CH, Scott MC, Rutgen BC, O'Brien TD, Modiano JF, Cvetkovic G, Tepic S, Arginase treatment prevents the recovery of canine lymphoma and osteosarcoma cells resistant to the toxic effects of prolonged arginine deprivation. PLoS One. 2013;8(1):e54464. doi: 10.1371 /journal.pone.0054464. Epub 2013 Jan 24. PMID: 23365669; PMCID: PMC3554772.)。
【0051】
重要なのは、癌細胞は健康な細胞よりもはるかに早く死滅するということであり、すなわち、アルギニン枯渇の癌細胞への選択性は、細胞死までの時間で表される。このことはもちろん、健康な細胞と形質転換細胞との間の遺伝子の違いの存在を否定するものでは全くなく、これらの違いの総和の究極的な表現として、癌の代謝ニーズが健康な細胞よりも高いということを述べているに過ぎない。アルギニンは、タンパク質合成以外の多くの生合成経路における基質であるため、最良の標的である。従って、アルギニンの要求量が並外れて多いため、癌の特徴であるより速く増殖し分裂する細胞においては特に、アルギニンの急速な自己消耗が進む。
【0052】
全身レベルにおけるアルギニンのこの主な源を効果的に阻害するために、本発明は、腸から腎臓へのシトルリンの流動を、血管系にシトルリン変換酵素を負荷することによって、妨害することに依拠している。腸におけるシトルリンの合成を阻害することがより良いアプローチであるように思われるが、本発明者らは、すでに述べたように、乳酸の上昇、およびシトルリン合成経路におけるODC酵素のgly-gly-PALO阻害剤の使用を含む、多くのアプローチを試験したにもかかわらず、その目標を達成することができなかった(Cvetkovic, G, Inhibition of endogenous sources of arginine in arginine depleted dogs, Inaugural-Dissertation, U. of Zurich, 2010)。
【0053】
腸から腎臓へのシトルリンの血管内流動を阻害するためには、ASS酵素の血管外遊出を減少させることが重要であり、従って肝臓におけるその本来の形でもあるその四量体の形で、それを調製して使用することが好ましい。従って、大腸菌で発現された組換えASS1は、四量体への構成を容易にするために、生化学的に処理されうる。ARG1の場合とは異なり、ASSの、具体的にはASS1のPEG化は、その血管内半減期を増加させることができるため、実行可能である。
【0054】
本発明につながった、健康なイヌと自然発生した癌を有するイヌとを用いた実験的インビボ研究は、主にチューリッヒ大学獣医学部の動物病院で、およびスイス国内外のいくつかの動物病院で、1996年から行われた。最長6日間にわたる100回を超える連続治療セッションが、持続的な、深い、全身的なアルギニンの枯渇を追求するために、多くのイヌに対して行われた。2000年末に香港のヒト腫瘍学者と共に開始した短期間の共同研究の間に、進行肝細胞癌を有する4人の患者が、動脈肝灌流閉塞による他の従来の緩和的治療によって引き起こされたアルギナーゼの内因性放出を用いて、治療された。これらの患者における非常に良好な結果から、PEG化アルギニン枯渇酵素を用いた、現在最も臨床的に活発な2つのプロジェクトのうちの1つにつながった。
【0055】
本発明者らは、25年以上にわたるこれらのアルギニン枯渇プロジェクトの全ての態様に深く関与し、完全な全身的枯渇を達成するための失敗および成功を精査することによって、全身のアルギニンを検出未満まで低下させるために必要とされる酵素のタンデムの活性を保持している、部分的に精製された肝臓抽出物を、調製するためのプロトコルを案出した。本発明の特許請求の範囲をサポートするために、そこに至ったステップの簡単な説明を、以下に示す。
【0056】
ある実施形態において、本発明の薬剤の投与は、アスパラギナーゼ製剤の投与と併用される。具体的な実施形態において、アスパラギナーゼ製剤は、WO2020/245041(その内容は参照により本明細書に組み込まれる)に記載されているように、解離した形で、例えば単量体の形で、アスパラギナーゼを含む。さらに具体的な実施形態において、アスパラギナーゼ製剤は、尿素を含む水性製剤であり、具体的には約3mol/l~約8mol/lの濃度であり、より具体的には約4mol/l~約6mol/lの濃度であり、例えば約5mol/lである。
【図面の簡単な説明】
【0057】
図1】イヌにおける血漿中アルギニン濃度に対する選択的透析の効果。破線は、インスリンを投与しない2匹のイヌにおける、血漿中アルギニン濃度を示す。実線は、インスリンを注入した6匹のイヌにおける、血漿中アルギニン濃度を示す。選択的透析とインスリンとの併用(グルコースは透析を介して供給される)は、約100μMから約10μMへの約10倍の減少を示す。
図2】アルギナーゼを豊富に含む自己の粗製肝臓抽出物の、3時間ごとのボーラス注入による、合計18時間の投与、インスリン/グルコースクランプを用いない場合(曲線A)およびインスリン/グルコースクランプを用いた場合(曲線B)。インスリン/グルコースクランプを用いない場合、血漿中アルギニンレベルはゼロ近くまで低下し、3時間後の次のボーラス注入前に正常レベルに戻った。インスリン/グルコースクランプを用いた場合、血漿中アルギニンは検出未満まで低下し、そこで18時間保持された。
図3】PEG化組換えヒト肝臓アルギナーゼの、腸腎軸のおよび全身性タンパク質分解の潜在的阻害剤と併用した投与。麻酔をかけたイヌに連続注入を1日間行う、末期前(pre-terminal)実験。プロットは、乳酸と乳酸ナトリウムの同時注入により乳酸を上昇させることによって達成された、アルギニンおよびシトルリンの血漿中濃度を示す。
図4】限外濾過を用いた(ブタ)肝臓抽出物の低温での部分精製、および主な汚染物質であるヘモグロビンの溶媒媒介沈殿による選択的除去のための、ステップを示したチャート。
図5】アミノ酸分析装置によるクロマトグラムで、治療3日目の、イヌにおける通常のアルギニンのレベルを有するプロットの区間(a)、および低温で部分的に精製されたブタ肝臓抽出物によって治療された、同じイヌにおけるプロットの同じ区間(b)を示す。治療1日目、2日目、および4日目の間、高温での精製では、血漿中アルギニン濃度は20μM未満に低下させることができなかった。
【発明を実施するための形態】
【0058】
[実験的観察およびそこからの結論]
[血漿中アルギニンの体外除去]
血液透析による血漿の低分子成分の除去は、何十万人もの患者に対して、週に数回何十年もの間使用されている、日常的な手順である。この手順が、本発明者らによる血中アルギニンレベルを枯渇させるための最初のアプローチであった。
【0059】
健康で意識のあるイヌを用いた最初の実験において、血液は、中心静脈カテーテルを介して、従来のハイフラックス(32kDaカットオフ)透析フィルターの外側エンベロープに含まれる部分的に精製されたウシアルギナーゼを含む閉鎖体外回路を通して、循環された。アミノ酸は、フィルターの入口と出口で測定された。数日間血液循環を続け、フィルターを通過する際にアルギニンがオルニチンにほぼ完全に変換された後でも、フィルター入口での血漿中のアルギニンの減少は見られなかった。
【0060】
この失敗が、体外血液処理による選択的アミノ酸除去を使用するアプローチへの変更を促した。従来の血液透析では、電解質、pH調整物質、およびグルコースのみを含む透析液を使用する。透析のセッションの間(10kDaの標準カットオフフィルターを用いて約6時間;32kDaでカットオフするハイフラックスフィルターを用いて約2時間)、カットオフ未満の分子量を有する血漿中分子は全て、洗い流された。それは全てのアミノ酸を含む。これらの損失にもかかわらず、タンパク質分解による恒常性反応を引き起こしたため、アミノ酸の血漿中濃度は相対的に高いまま維持した。この動態の不幸な結果として、透析後のアミノ酸のオーバーシュートを引き起こし、今度はそれが肝臓により分解され、機能不全の腎臓に新たな負荷を与えることになりうる。透析を受けている患者のごく一部、いわゆる「萎縮患者(shrinking patients)」は、タンパク質分解を制御できず、後遺症で死亡する。
【0061】
アルギニンを除去するための連続透析時間をより長く(日数で測定)することを可能にするために、本発明者らは、標的アミノ酸、例えばアルギニンを除く、血漿の既知の低分子量水溶性成分(52種)を全て加えることにより、透析液を調製した。図1に破線で示されるのは、2匹のイヌにおけるアルギニン濃度の測定値である。大量の全身的なタンパク質分解のため、わずかな減少しか可能ではなかった。
【0062】
しかしながら、インスリンの同時送達により、アルギニン濃度は、図1に実線で示されるように、通常の生理的レベルの約10%まで低下し、維持されることができた。
【0063】
この部分的な成功にもかかわらず、リンパ液の試料が血漿中の通常レベルの2倍のアルギニン濃度を示した時点で、体外血液治療は中止された。血液と血管外液との間の分子交換は、主に筋肉タンパク質のタンパク質分解によるアミノ酸の流入には全く敵わなかった。
【0064】
[自己の粗製肝臓抽出物の注入]
選択的透析で血漿中アルギニンを目標の1μM未満まで低下させることができなかったことが、別のアプローチ―アルギニンの酵素分解を促した。小児の急性リンパ性白血病(ALL)の治療におけるアスパラギナーゼの使用は、腫瘍学において独自の成功を収めた。実際、アスパラギナーゼの効能は、血液癌の治療においてのみ成功したが限定的であったため、必須アミノ酸を標的とし、かつ固形癌の治療において有用な酵素を発見するために、いくつかの大きな努力を促した。アルギナーゼまたはアルギニンデイミナーゼによるアルギニン枯渇を筆頭に、これらのプロジェクトのいくつかは現在も進行中である。
【0065】
癌の治療に対する臨床的アプローチからの別の観察が、本発明者らによって取られたアプローチに決定的な関連性を与えた。長期(数日間)にわたる体外血液治療を制限する問題は、血液凝固であった。本発明者らによって最終的に理解されたように、血液の体外治療全てにおける凝固は、アルギニンから大部分は構成性一酸化窒素合成酵素(eNOS)によって内皮細胞において合成される、一酸化窒素(NO)の枯渇によって引き起こされる。プロスタサイクリンは、血小板の不可逆的活性化を防ぐために必要な、もう一つの決定的なシグナル分子である。NOとプロスタサイクリンは両方とも、体外チューブおよびフィルター中に欠けている(産生されず、除去さえされた)小さな短寿命分子である。活性化した血小板はフィルター内で、およびさらに悪いことに、腎臓内を含む体内の毛細血管床内で、血栓を形成する。透析セッション後の典型的な血小板数は、透析前の半分しかない。
【0066】
同じ事象のカスケードは、大腸癌の肝臓転移病巣を冷凍アブレーション(cryoablation)により治療することによっても引き起こされる。血液凝固は、この方法により治療された多くの患者における一般的な病的状態である。まれな場合だが、播種性血管内凝固症候群(DIC)により死に至ることもありうる。本発明者らが実験用イヌにおいて肝臓冷凍アブレーションを行うことによって示したように、凝固への経路は、切除された肝臓組織からのアルギナーゼの放出によって駆動され、結果としてアルギニンが枯渇し、従ってNOが局所的に、さらには全身的に枯渇する。
【0067】
しかしながら、肝組織の冷凍アブレーション(いくつかのボール型の病巣を凍結させることによる)は、全身のアルギニン濃度の一時的な減少のみを引き起こしたため、別のアプローチ―部分的に切除された肝臓からの粗製自己抽出物の静脈内注入の使用を促した。
【0068】
粗製抽出物を用いて治療された2匹のイヌの結果が、図2に示される(動物は24時間の末期前期間に麻酔された)。アルギナーゼ活性が3000U/kg/日の抽出物をボーラス注入すると、血漿中アルギニンが急速に減少し、3時間後の次の注入前に正常レベルまで同様に急速に戻った(プロットA)。しかしながら、インスリン/グルコースクランプを実験中に継続的に投与すると、血漿中アルギニンは検出未満(<1μM)まで低下し、そこで18時間の注入時間のほとんどの間、保持された(プロットB)。4つの異なる用量が、2匹のイヌそれぞれに使用された。3000U/kg/日および1000U/kg/日では、アルギニンはゼロに保持された。300U/kg/日および100U/kg/日では、アルギニンは減少したが、検出未満にはならなかった。
【0069】
[高温で行われるアルギナーゼの濃縮のための従来の肝臓抽出物精製]
粗製肝臓抽出物を用いたこれらの初期の成功はその後、肝臓アルギナーゼ精製について公表された方法に依拠してこれらの結果を再現することに、何年も失敗した。ほとんどの肝臓タンパク質(主に酵素)と比較して、アルギナーゼは熱に安定であり、その特徴は生化学文献に公表されている全ての精製スキームで利用されてきた。精製における典型的な、非常に簡単かつ効果的なステップは、65℃で10分間のホモジネート混合を含む。他のタンパク質の非常に多くの画分が沈殿し、単純な遠心分離により除去されうる。アルギナーゼ活性が期待されるレベルに維持されていたとしても、インビボで使用された場合、これらの抽出物は、粗製肝臓抽出物を用いて得られた従前の結果を再現できなかった。これらの実験のほとんどで、本発明者らはブタ肝臓を使用したが、これは非特異性免疫応答による失敗の一因となった可能性がある。それはやがて除外された。
【0070】
既に述べた腸におけるシトルリン合成の阻害についてのインビボ研究とともに、その後腸腎軸を阻害することに焦点が移された。図3は、24匹の実験用イヌを用いた研究において得られた最良の結果を示し、そこでは乳酸と乳酸ナトリウムとを(血漿中pHの変化を避けるために)バランスよく同時注入することにより、乳酸の全身濃度が上昇した。乳酸は、シトルリンの(プロリンまたはグルタミンからの、オルニチンを介した)腸内合成の、強力な阻害剤であることが示されている。比較的成功したとはいえ、このアプローチでは粗製肝臓抽出物を用いて得られた結果にはまだ及ばなかった。
【0071】
[ヘモグロビンの選択的溶媒沈殿による低温での肝臓抽出物精製]
粗製肝臓抽出物の簡単な調製(氷上)を用いた初期の成功を再検討し、本発明者らは、アルギニン代謝に関わる他の酵素の耐熱性、より具体的には尿素回路の耐熱性に注目した。アルギナーゼがアルギニンをオルニチン(および尿素)に変換するのと同じ速度で、尿素回路においてシトルリンをアルギニノコハク酸に変換するアルギニノコハク酸合成酵素(ASS)が、第一容疑者であった。44℃を超える温度にさらされた場合、それは急速にその活性を失い、変性し、沈殿する。
【0072】
そこで本発明者らは、肝臓抽出物を低温で部分的に精製する可能性のある方法に目を向けた。ヘモグロビンは肝臓内に高濃度で存在する主なタンパク質であり、長期間にわたって循環注入された場合、腎不全を引き起こしうる。塩類を用いた沈殿を含む、血漿からヘモグロビンを除去するいくつかの公表された方法が試験された。最も良い結果が得られたのは、エタノール-ブタノール混合物を使用したもので、これは適切な温度および時間の条件下で、ARGおよびASSの活性を過度に損なうことなく、ヘモグロビンの大部分を排出できた。組織ホモジナイズの第1のステップ後およびエタノール-ブタノールによる沈殿後の沈殿物は、高速遠心分離によって除去された。アルコールは、10kDaウルトラフィルターで希釈と濃縮とを続けることにより除去され、一方最大の分子は、500kDaフィルターを通じた濾過により除外された。適切な調製のステップは、図4に示される。
【0073】
4つの異なるブタ肝臓抽出物製剤を使用して、リンパ腫を有するイヌにおいて連続4日間のパイロット試験が行われた。1日目、2日目、および4日目に使用された3つの異なる製剤は、全て高温で調製され、血漿中アルギニンを<1μMの望ましいレベルまで低下させるには至らなかった。低温(5~8℃の範囲の標準冷蔵庫、または0℃の氷上)で調製された抽出物は、図5のクロマトグラムによって示されるように、アルギニンを検出未満まで減少させた。
【0074】
癌の治療法としてのアルギニン枯渇の多くの問題点を観察し、理解し、および説明したため、本発明者らは、上述のように、最初は獣医学的使用、最終的にはヒト使用のための、臨床承認に向けた安全性および有効性研究に備えて、組換えアルギナーゼ(単量体の形で)およびアルギニノコハク酸合成酵素(四量体として)を用いた実験を行うためのステップを踏んだ。動物由来の酵素(この場合はブタ肝臓由来)の使用は、さらなる合併症および規制上の制約を背負うが、それが癌治療にもたらしうる利益を考慮すれば、実行可能な選択肢であることに変わりはない。
【0075】
より具体的には、本発明者らは実験を行うことを意図し、親和性精製のためにヒスチジンタグ(下線部)により修飾された、331アミノ酸長の以下の配列(配列番号1)の、ヒトARG1の大腸菌での産生を注文した:
【0076】
GHHHHHHGSSAKSRTIGIIGAPFSKGQPRGGVEEGPTVLRKAGLLEKLKEQECDVKDYGDLPFADIPNDSPFQIVKNPRSVGKASEQLAGKVAEVKKNGRISLVLGGDHSLAIGSISGHARVHPDLGVIWVDAHTDINTPLTTTSGNLHGQPVSFLLKELKGKIPDVPGFSWVTPCISAKDIVYIGLRDVDPGEHYILKTLGIKYFSMTEVDRLGIGKVMEETLSYLLGRKKRPIHLSFDVDGLDPSFTPATGTPVVGGLTYREGLYITEEIYKTGLLSGLDIMEVNPSLGKTPEEVTRTVNTAVAITLACFGLAREGNHKPIDYLNPPK。
【0077】
このタンパク質の予想分子量は、35920Daである。
【0078】
さらに、本発明者らは実験を行うことを意図し、親和性精製のためにヒスチジンタグ(下線部)により修飾された、424アミノ酸長の以下の配列(配列番号2)の、ヒトASS1の大腸菌での産生を注文した:
【0079】
GHHHHHHHHGSGSSKGSVVLAYSGGLDTSCILVWLKEQGYDVIAYLANIGQKEDFEEARKKALKLGAKKVFIEDVSREFVEEFIWPAIQSSALYEDRYLLGTSLARPCIARKQVEIAQREGAKYVSHGATGKGNDQVRFELSCYSLAPQIKVIAPWRMPEFYNRFKGRNDLMEYAKQHGIPIPVTPKNPWSMDENLMHISYEAGILENPKNQAPPGLYTKTQDPAKAPNTPDILEIEFKKGVPVKVTNVKDGTTHQTSLELFMYLNEVAGKHGVGRIDIVENRFIGMKSRGIYETPAGTILYHAHLDIEAFTMDREVRKIKQGLGLKFAELVYTGFWHSPECEFVRHCIAKSQERVEGKVQVSVLKGQVYILGRESPLSLYNEELVSMNVQGDYEPTDATGFININSLRLKEYHRLQSKVTAK。
【0080】
このタンパク質の予想分子量、は48100Daである。その四量体の形では、分子量は192400Daである。
【0081】
2022年7月に、本発明者らはT細胞直腸リンパ腫を有するイヌを治療した。大きな腫瘤を外科的に除去した後、本発明者らは組換えARG+組換えASS1を用いた24時間の治療を行い、その後、WO2020/245041に記載されているように、5mol/l尿素中の組換え解離アスパラギナーゼを用いた2回の治療セッションを、2日間隔で行った(6時間の注入セッション)。ARG+ASS1治療で達成された血漿中アルギニンレベルは、10マイクロモーラー未満であった。
【0082】
2022年9月に、イヌは臨床的には問題なく、内視鏡検査でも不審な点は見つからなかった。外科的に除去された腫瘍の部位で採取された生検の病理組織診断では、リンパ腫は認められず、CTにより転移は検出されなかった。
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
【配列表】
2024539021000001.xml
【国際調査報告】