(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-10-28
(54)【発明の名称】スパッタリングによって高硬度かつ超平滑なa-Cを形成するための方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20241018BHJP
C23C 14/35 20060101ALI20241018BHJP
【FI】
C23C14/06 F
C23C14/35 Z
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024523716
(86)(22)【出願日】2022-10-04
(85)【翻訳文提出日】2024-04-19
(86)【国際出願番号】 EP2022000088
(87)【国際公開番号】W WO2023066510
(87)【国際公開日】2023-04-27
(31)【優先権主張番号】102021005266.8
(32)【優先日】2021-10-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】598051691
【氏名又は名称】エリコン・サーフェス・ソリューションズ・アクチェンゲゼルシャフト,プフェフィコーン
【氏名又は名称原語表記】OERLIKON SURFACE SOLUTIONS AG, PFAEFFIKON
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ケローディ,ジュリアン
(72)【発明者】
【氏名】ギモン,セバスチャン
(72)【発明者】
【氏名】クラスニッツァー,ジークフリート
【テーマコード(参考)】
4K029
【Fターム(参考)】
4K029AA02
4K029BA34
4K029CA05
4K029DC02
4K029DC39
4K029EA01
4K029EA03
4K029EA08
4K029EA09
4K029FA01
(57)【要約】
本発明は、コーティング装置および非反応性イオンを供給するための装置の助けによって基材上にコーティングを形成するための方法であって、基材上に堆積させた材料にイオン衝撃をもたらすことによって堆積させた材料の密度を高めるために、負のバイアスが基材に印加される、ことを特徴とする方法に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
・基材を真空チャンバ内のキャリア手段上に取り付けるステップと、
・前記キャリア手段に隣接して配置され、前記基材上に選択された材料を堆積させるように構成された堆積装置の形態の第1の装置を少なくとも備えるコーティング手段を用意するステップと、
・正の非反応性イオンを供給するように構成された第2の装置を用意するステップと、
・前記基材上に選択されたコーティングを形成するように前記コーティング手段を動作させつつ、前記キャリア手段および前記コーティング手段の少なくとも一方を、間隔を開けて配置された同様の構成の基材について実質的に等しい堆積速度をもたらすように選択された経路に沿って、お互いに対して周期的に移動させるステップと
を含む、基材上にコーティングを形成するための方法であって、
負のバイアスが、前記基材上に堆積させた前記選択された材料にイオン衝撃をもたらすことによって前記堆積させた材料の密度を高めるために、前記基材に印加される、ことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記コーティング手段は、物理蒸着手段(PVD:physical vapor deposition)を実行するための手段であり、前記コーティング手段を動作させることは、物理蒸着を実行することである、ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記PVD手段は、マグネトロンスパッタ手段を備え、前記コーティング手段を動作させることは、マグネトロンスパッタリングを実行することである、ことを特徴とする請求項2に記載の方法。
【請求項4】
マグネトロンスパッタリングが、パルス状のやり方で実行され、パルスにおける最大電力密度は、少なくとも0.08kW.cm
-2である、ことを特徴とする請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記最大電力密度は、最大で0.5kW.cm
-2である、ことを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記パルスのうちの少なくともいくつかのパルスのデューティサイクル、好ましくは前記パルスの平均デューティサイクル、最も好ましくはすべてのパルスのデューティサイクルを、10%超となるように選択することができる、ことを特徴とする請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記方法は、コーティングの堆積に先立って前記基材を事前に清浄化するステップ
を含み、
正のイオンを供給する第2の装置が、前記事前の清浄化を実行するために使用され、好ましくは前記第2の装置は、プラズマ源を備える、ことを特徴とする先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記第2の装置によって供給されるイオンは、炭素よりも大きい質量を有するイオンである、ことを特徴とする先行する請求項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記イオンは、アルゴンイオンおよび/または(Ne、Ar、Kr、Xe)などの希ガス元素によって形成される群のメンバーから選択される元素および/またはこれらの混合物を含む、ことを特徴とする請求項8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性の高硬度炭素コーティング、および技術水準と比較して、耐摩耗性の高硬度炭素コーティングの機械的特性を、高い表面品質を犠牲にすることなく向上させる方法に関する。より具体的には、本発明は、a-C膜を成長させる際にパルス状のプラズマ炭素スパッタ源を隣接する補助プラズマ源と共に動作させ、周期的であるが強力なイオン衝撃処理を提供して、低温であってもsp3比率の高いta-C膜に関係する機械的特性に近いコーティングの機械的特性をもたらす方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素含有ドープ非晶質ダイヤモンド状炭素(DLC:diamond-like carbon)または水素非含有非晶質ダイヤモンド状炭素(前者はa-C:Hと呼ばれ、後者はsp3結合の比率に応じてa-Cまたはta-Cと呼ばれることが多い)などの高硬度炭素コーティングが、今日では、過酷な切断および形成作業における基材ツール、あるいは厳しい負荷条件下で稼働し、もしくは他の摺動相手との厳しい摩擦および接触圧力にさらされる精密部品(すなわち、自動車分野のエンジン部品または機械工学部品)の表面において、耐摩耗性の改善を達成するための最も効果的な保護の解決策の1つと考えられている。
【0003】
高品質の高硬度炭素コーティングは、高い硬度、乾いた状態での運転および不充分な潤滑条件における高い耐摩耗性、低い摩擦係数、ならびに化学的不活性などの特性の優れた組み合わせを示すことがよく知られており、そのような特性の組み合わせを、さまざまな稼働条件の性能要求を満たすように(例えば、sp3/sp2混合比率を変え、水素含有量を調整し、あるいは追加の金属および非金属ドーピング元素を選択することによって)特定的にあつらえることが可能である。DLCコーティングの特徴および工業における応用に関するさらなる詳細は、とりわけ、J.Vetterによる「Surface&Coatings Technology 257(2014)213-240」およびA.Grillによる「Diamond and Related Materials 8(1999)428-434」に記載されている。
【0004】
a-Cおよびta-Cなどの水素非含有非晶質炭素コーティングは、きわめて低い摩擦係数を維持しつつ、a-C:Hコーティングと比較してより高い硬度、したがってより高い耐摩耗性を提供することが知られている。85%という高いsp3比率により、ta-Cコーティングは、約40~60GPaのナノインデンテーション硬度を有する超高硬度コーティングとして分類され、これにより、過酷なトライボロジー環境で動作しなければならないシャフトおよびシールあるいはピストンピンなど、長期にわたって厳しい熱的および機械的条件に曝される部品のための優れた解決策となる。
【0005】
高品質のta-C炭素コーティングは、通常は、物理蒸着(PVD:physical vapor deposition)によって適切な熱力学的および動力学的成長条件下で堆積される。a-Cにおける高いsp3比率の形成は、一般に、C原子(ノックオン原子)が表面下の位置へと変位することによって周囲の炭素-炭素結合のsp2からsp3への変換をもたらすことによって生じる表面下の緻密化に起因する。この変位は、成長中の膜に衝突するイオン種によるイオン衝撃部位に近い原子へのエネルギーおよび運動量の伝達に起因する。この緻密化プロセスは、一般に、高エネルギーのイオンが、約25eVの炭素原子変位しきい値エネルギーを上回る100eV以下のエネルギーで、最も重要なことには高いイオンフラックス対中性フラックス比(Φi/Φn)で、基材に入射するような適切な動力学的条件下で達成されると想定されている。後者は、緻密かつ高硬度なta-Cコーティングの形成を達成するための重要なパラメータであり、そのために、高度にイオン化された堆積プロセスが必要である。
【0006】
高イオン化プラズマを達成して高硬度、緻密、かつ耐摩耗性のta-Cコーティングを比較的高い生産性で製造するための当技術分野で周知の方法は、真空アーク蒸発法である。真空アーク蒸発法は、例えば基材のバイアスを使用することによって堆積する炭素イオンフラックスの運動エネルギーの制御を提供するがゆえに、きわめて魅力的な高イオン化炭素プラズマを生成する。
【0007】
米国特許出願公開第20190040518号明細書が、低電圧パルス状アークによるグラファイトカソードからの真空チャンバ内の基材上への耐摩耗性高硬度炭素層を開示している。耐摩耗性高硬度炭素層は、四面体非晶質炭素(ta-C:tetrahedral amorphous carbon)からなる耐摩耗層と、基材と摩耗保護層との間のチタン接着層とを有する。接着層も、低電圧パルス状アークによって適用される。
【0008】
しかしながら、アーク蒸発プロセスの欠点は、大量のマクロ粒子、すなわちいわゆる液滴が生じ、コーティングに取り込まれることであり、結果として、コーティングの欠陥、したがって層内の望ましくない不均一性につながり、コーティングの粗さが不都合に大きくなり、いくつかの用途においては、コーティング性能が低下する。これにより、トライボロジー用途において、相手方の物体の摩耗が大きくなりかねない。
【0009】
アーク蒸発ta-Cの表面品質を改善するための可能な解決策は、ブラッシングまたは研磨などの事後仕上げ方法である。しかしながら、これらの方法は、コーティングプロセスの経済性に悪影響を及ぼす追加の製造工程を必要とする。
【0010】
これらの液滴を除去する方法が提案されていることが知られている。例えば、国際公開第2014177641号が、電気アーク放電がパルス動作レーザビームによって真空中で点火され、プラズマのイオン化成分をコーティングチャンバの別個の区画内の磁気フィルタによって基材に向かって偏向させることができるレーザアーク法によって、機械的および/または化学的な機械仕上げを必要とせずに、水素非含有四面体非晶質炭素(ta-C:tetrahedral amorphous carbon)のより平滑な耐摩耗層を製造する方法を提案している。しかしながら、これらのシステムの設計は複雑であり、したがって高価であり、コーティングプロセスを経済的に動作させることを困難にする。さらに、このようなシステムによる液滴の除去は、通常は、堆積速度の著しい低下を伴い、これがコーティングプロセスの経済性にさらに影響を及ぼす。
【0011】
また、大量の高エネルギーのArイオンが膜の成長の最中に同時に熱C原子に衝突するイオン支援スパッタリング堆積など、炭素イオンの比率が最小限であっても、代替の高エネルギー種の供給源を使用する他の堆積方法によって、高密度の水素非含有ta-Cコーティングを製造することが可能である。
【0012】
例えば、J.Schwan et al,“Tetrahedral amorphous carbon films prepared by magnetron sputtering and dc ion plating”,in Journal Applied physics 79(1996)1416が、スパッタ源の不均衡な磁場強度の適切な調整、RF励起の使用、低いガス圧(10-3mbar未満)、およびターゲットと基材との間の小さな距離(約3cm)によって、10というきわめて大きい入射イオンフラックス/炭素フラックス比Φi/Φnを達成することで、真空アーク蒸発と同様のレベルの約87%というsp3比率を有するta-Cコーティングを製造することを可能にしている。このようにして、高密度のArイオンが、グラファイトターゲットへのスパッタリングフラックスと、周囲の炭素のsp2からsp3への変換および高密度なta-C膜の成長をもたらす表面下の位置への成膜中のノックオンサブプランテーション(knock-on subplantation)を促進するための成長中の膜への強い入射イオンフラックスとを同時に提供するように、基材がターゲットの付近の高密度なプラズマの充分に近くに位置する。
【0013】
参考までに、dcまたはRFスパッタリングなどの従来からの工業用スパッタリング堆積法は、基材の周囲のプラズマ密度がきわめて低いため、典型的には、イオンフラックス対炭素フラックスの比がΦi/Φn<1であり、最終的に、低密度(1.8~2.3g.cm-3)で軟質(<20GPa)のa-Cコーティングが形成されることになる。
【0014】
しかしながら、ターゲット表面から放出される気化したフラックスの視線の性質ゆえに、異なる曲率を有する基材上の膜厚均一性が、堆積中にカソードの軸に沿って基材のz位置を調整することによって制御されることが周知である。J.Schwanらが使用したような短い距離では、プロセスによって処理することができるサイズおよび基材の範囲が著しく減少する。したがって、平坦な表面および湾曲した表面を有する小型の部品および大型の部品に高品質のta-Cコーティングを堆積させるために、より高度な柔軟性およびコーティングの均一性を備える方法を有することが推奨される。
【0015】
表面品質を損なうことなく、アーク蒸発法において達成されるものと同様の高イオン化プラズマ、スパッタ層の密度および硬度を達成するための周知の代替手法は、いわゆるHiPIMS法(HIP-IMS:high Power impulse magnetron sputtering=高出力インパルスマグネトロンスパッタリング)である。
【0016】
実験室レベルでのプロセスが、Kouznetsov et al,“A novel pulsed magnetron sputter technique utilizing very high target power densities”,Surface and Coatings Technology 122(1999),290-293に記載されており、工業化されたプロセスが、Krassnitzerによって国際公開第201243091号に開示されている。
【0017】
HiPIMSにおいては、スパッタ材料の高度にイオン化されたフラックスが、ピーク電力密度(Ppeak(単位は、W.cm-2))としても定義されるきわめて高いピーク電力をカソードターゲットのレーストラック領域(単位は、cm-2)に印加することによって達成される。きわめて高いピーク電力密度の結果として、高密度プラズマが達成される。ターゲット/マグネトロンの損傷の電力限界未満に留まるように、高いHiPIMS電力は、反復パルス方式で印加され、このようにして、平均電力密度(PAv)が、ターゲット温度を融点未満に抑えるために、従来からのマグネトロンスパッタリングレベルに維持される。HiPIMSパルスは、典型的には数マイクロ秒(~μs)~数ミリ秒(~ms)の範囲内の規定のパルス長(tpulse)、および典型的には数ヘルツ~数キロヘルツの範囲内の反復周波数で印加され、結果として、デューティサイクル(パルスが印加されている時間の割合)は、典型的には0.5~30%の範囲内である。高いパルス電力密度の結果として、高いプラズマ密度が達成され、結果として、スパッタ材料のイオン化の比率が高くなる。コーティングされるべき被加工物に負の電圧が印加されると、これらのイオンは被加工物に向かって加速され、結果として、きわめて高密度のコーティングを製造するために使用可能であり、これは、Samuelsson et al,“Influence of ionization degree on film properties when using high power impulse magnetron sputtering”,in Journal of Vacuum Science&Technology A 30(2012),031507に記載されている。
【0018】
HiPIMS放電によって生成される高いプラズマ密度にもかかわらず、HiPIMSによる炭素は、炭素のイオン化の程度がきわめて低いことが知られている。炭素のイオン化が困難である理由は、部分的には、自己およびガススパッタ収率が低く、第一イオン化エネルギー電位(11.3eV)が高く、電子衝撃イオン化の断面が小さいために、スパッタされた炭素フラックスのイオン化の確率がきわめて低いことによる。
【0019】
国際公開第2012138279号が、標準的なHiPIMSプロセスと比較して、スパッタリングされた炭素原子のより多くがイオン化されるスパッタリングプロセスを開示している。このプロセスは、電子衝撃イオン化速度係数、したがってスパッタリングされた炭素原子の電子衝撃によるイオン化の確率を高めるべく、電子温度を上昇させるために、スパッタリングガスとしてネオン(Ne)または少なくとも60%のネオンを含むガス混合物を使用してHiPIMSで炭素をスパッタリングすることを主に含む。
【0020】
炭素イオンフラックスの改善にもかかわらず、著者らは、このプロセスにおいて、最大2.57g.cm-3の膜密度を有する水素被含有a-Cの成長を報告しているにすぎない。K.Bobzin et al,“Synthesis of a-C coatings by HPPMS using Ar,Ne and He as process gases”,in Surface&Coating Technology 308(2016)80が、近年になって、このネオンHiPIMSプロセスにおいて約45GPaのコーティング硬度を有するa-Cコーティングの成長を報告しているが、材料特性評価の証拠が普遍的に一貫しておらず、四面体結合の高密度を達成するための最適条件に関して矛盾する報告が存在する。
【0021】
ほとんどの場合、ネオンHiPIMSを使用した研究は、高いsp3比率および約20~30GPaのコーティング硬度を有する結果をもたらす動作条件を発見していない。これは、HiPIMS炭素放電での成長中の膜における入射イオンフラックス対炭素フラックスの比Φi/Φnが最大でも5~6程度にとどまることが明らかになっているスパッタリングプロセス自体の結果である。
【0022】
スパッタリングされた炭素原子を炭素イオンに変換することによってイオンフラックス対炭素フラックスの比を増加させる戦略では、プラズマ密度および電子温度を大幅に高める必要があり、これは、各々のパルスにおいてきわめて高いピーク電力を印加することでしかもたらすことができない。
【0023】
欧州特許第2587518号明細書が、HiPIMSスパッタリングプロセスによって金属またはセラミック材料の基材上に水素非含有ta-Cコーティングを堆積させる方法を開示している。欧州特許第2587518号明細書において、著者らは、50GPaの硬度を有する水素非含有ta-Cコーティングを金属またはセラミック表面に容易に堆積させることができることを報告している。そのような特性を達成するために、各々のパルスにおいて印加されるピーク電力は、最大2メガワットの範囲内である。
【0024】
Vitelaru et al,“A strategy for Alleviating Micro Arcing during HiPIMS Deposition of DLC coatings”,in the journal Materials 13(2020)1038によって強調されているように、炭素スパッタリングにおける一般的な問題は、マイクロアークの発生である。アーク放電の頻度は、主にターゲット材料の品質およびスパッタリング中のその表面状態に依存するが、スパッタリングに使用されるピーク電力にも依存する。イオン化の程度を、ターゲットへのピーク電力を増加させることによって高めることができるため、硬度のさらなる向上は、表面上の望ましくない欠陥密度の増加を伴う可能性がある。この仮定を否定するようなデータを、欧州特許第2587518号明細書は提供していない。したがって、欧州特許第2587518号明細書に記載されているような高硬度ta-Cコーティングは、コーティングの粗さが不都合に大きく、実際の用途における性能を改善するために、事後処理方法の使用を必要とすると想定することができる。
【0025】
結果として、少なくとも1つの水素非含有四面体非晶質炭素(ta-C:tetrahedral amorphous carbon)から形成され、きわめて平滑な表面を有すると同時に、高い硬度(約50GPa)およびきわめて良好な摺動摩擦特性を示す高硬度炭素コーティングを堆積させるための代案のHIPIMSスパッタリングプロセスであって、好ましくは高度のプロセス信頼性および均一性を有する最も単純かつより柔軟な工業プロセスを呈するHIPIMSスパッタリングプロセスが必要とされている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
したがって、本発明の目的は、技術水準と比較して、高い表面品質を犠牲にすることなく、優れた機械的特性を提供すると同時に、きわめて良好な摺動摩擦特性も提供するHiPIMSによる耐摩耗性高硬度炭素コーティングを提供することである。
【0027】
本発明のさらなる目的は、前述の高性能超平滑ta-Cコーティングでコーティングされた工具または部品を製造するための工業に適した代替のコーティング方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0028】
HiPIMSによって機械的特性を向上させ、すなわちa-C層内により高い比率でsp3結合を形成する実験において、本発明の発明者は、一方では、パルス状電力プラズマによって生成される成長中の基材表面に入射する粒子フラックスが、中性(Φn)種およびイオン(Φi)種を含むことに注目した。中性フラックスΦnは、スパッタプロセスのエネルギー分布からもたらされる運動エネルギーのかなり低い炭素原子からなり、数eV(約5eV)に相当する。その場での質量分析計分析によるイオンエネルギー分布関数(IEDF:ion energy distribution function)の分析が、中性Cの連続フラックスに加えて、成長中の膜が、約95%のAr+イオンおよび約数パーセントのC+イオンからなるイオンフラックスΦiに曝されることを示している。
【0029】
低温(Ts<150°C)で堆積されたこの入射フラックスは、高い硬度(H=30~40GPa)、鋼に対する乾燥状態における低い摩擦(CoF=0.1~0.2)、超平滑な表面、約10-4Ω.cm-1という低い電気抵抗率、および2.6~2.8g.cm-3の膜密度の適切な組み合わせを有するa-C膜を生成する。sp3の比率は約50~60%であると推定された。HiPIMSによる高密度a-C膜の成長は、入射イオン種の質量およびエネルギーに大きく依存し、きわめて重要なことには、堆積する原子に対する衝突イオン種のフラックスの比に依存する。
【0030】
J.Schwan et al “Tetrahedral amorphous carbon films prepared by magnetron sputtering and dc ion plating”,in Journal Applied physics 79(1996)1416による発見によれば、真空アーク蒸発と同程度の約87%のsp3比率を有するta-Cコーティングの生成は、炭素膜の成長中に10以上というきわめて高い入射イオンフラックス/炭素フラックスの比Φi/Φnを提供することができるプロセス条件を必要とする。しかしながら、HiPIMS放電に関するイオンフラックス対中性フラックスの比Φi/Φnは、典型的には、2~6の範囲にあることが知られている。
【0031】
イオンフラックスを中性フラックスに対して増加させるための1つの戦略は、他のすべてのプロセスパラメータを一定に保ちつつ、HiPIMSパルスのピーク電力密度を高めることにある。このようにして、プラズマ密度が高められ、これは、プラズマのイオン化の程度度を改善し、最終的に、膜の成長の際に中性と比べてイオンの寄与を増加させる傾向がある。ピーク電力密度を高めるとき、a-Cコーティングの機械的特性の興味深い改善が観察された。
【0032】
残念ながら、HiPIMSパルスにおいてピーク電力を増すと、
図1に示されるように、グラファイトターゲットの表面におけるアーク放電の頻度が劇的に増加する。これらのアーク放電事象は、望ましくない表面欠陥(
図2を参照されたい)の蓄積をもたらす大きなマクロ粒子の放出の原因の一部となり、コーティング粗さを大きくし、場合によっては適用中のコーティング性能を低下させる。最適な表面品質を得るために、0.5kW.cm
-2未満のより低いピーク電力が必要である。しかしながら、HiPIMSパルスにおけるピーク電力を小さくすると、a-C膜の成長中のイオン衝撃が劇的に減少し、したがって生成されるコーティングの耐摩耗性が低くなる。したがって、炭素コーティングを緻密化するために代替のイオン源を適用することが重要である。
【0033】
他方で、本発明の発明者は、実験において、驚くべきことに、a-C膜の成長の際に比較的低いピーク電力密度(0.5kW.cm-2)のHiPIMS源を隣接する補助プラズマ源と同時に動作させると、a-C膜の機械的特性が、表面品質をスパッタリング法と同様のきわめて高いレベルに保ちつつ、真空アーク蒸発法に近いレベルまで劇的に改善されることに気が付いた。
【0034】
本発明の発明者は、驚くべきことに、比較的低いピーク電力密度(0.5kW.cm-2)のHiPIMS源を隣接する補助プラズマ源と同時に動作させ、両方のプラズマ源のプロセスパラメータを、低温(低温という用語は、本発明の文脈において、最大で150°C、好ましくは150°C未満の基材の表面温度を指すために使用される)であってもsp3の比率が高いta-C膜に近いコーティング特性をもたらす強力であるが周期的なイオン衝撃処理によってスパッタされたa-C層の密度を高めるようなやり方で適切に調整することによって、非晶質炭素で作られた超高硬度の材料からなると同時に、きわめて高い表面品質も有する耐摩耗性コーティングを、工業用コーティングシステムにおいて製造できることを発見した。
【0035】
上述したように、スパッタリング法は、デューティサイクル(パルスがオンである時間の割合)およびターゲットレーストラックにおいて供給されるピーク電力密度に関して分類することが可能である。本発明の目的のために、従来からのマグネトロンスパッタリング法という用語を、個々のパルスの電力密度が典型的には80W.cm-2未満であり、パルス周波数が0~250kHzの範囲内であるプロセスであると定義する。HIPIMS法において、個々のパルスの電力密度は、0.5%~10%の範囲内のデューティサイクルで0.50kW.cm-2を超える。従来からのマグネトロンスパッタリング電力密度限界を超え、かつHiPIMS範囲を下回るすべての放電動作は、InPIMSと呼ばれる中間電力インパルスマグネトロンスパッタリング法と称される。InPIMS法は、10%を超えるデューティサイクルで中間的な電力密度0.08~0.50kW.cm-2で動作する。これらの定義は、本明細書の全体を通して使用される。
【0036】
コーティングシステムを、本発明による最適なsp3結合の比率への到達に適した低温コーティングプロセスに保つために、真空コーティングチャンバに、例えば堆積速度を損なうことなく高効率の低温コーティングプロセスを行うことができるように放熱の増加を可能にする特別な保護シールドを装備した。対応するコーティング装置は、国際公開第2019025559号にさらに詳細に記載されている。真空コーティングチャンバは、放射ヒータを有していない。しかしながら、真空コーティングチャンバは、コーティングされる基材加熱するためにチャンバ内に熱を導入するための熱源として使用することができる1つ以上の放射ヒータを備えることもできる。
【0037】
本発明によれば、高硬度炭素層は、InPIMS/補助プラズマ源の混成による方法による少なくとも1つの超高硬度水素非含有非晶質炭素層を備えることができ、超高硬度炭素層を堆積させるために、例えばグラファイトターゲットなど、Cを含む少なくとも1つのターゲットが、一次イオン(Ar+および或る程度のC+)および中性炭素の供給源として使用され、このターゲットが、コーティングチャンバ内で、少なくとも1つの不活性ガス、好ましくはアルゴンを有する不活性雰囲気で、InPIMS電源で動作するスパッタリングに使用され、例えばコーティングの堆積前に基材を事前洗浄するために従来から用いられているプラズマARC(例えば、国際公開第2014090389号を参照)などの少なくとも1つの補助プラズマ源が、追加のイオン衝撃の供給源として使用される(
図3を参照)。この文脈における「超高硬度」という用語は、40GPaを超える硬度を有するコーティングを意味する。
【0038】
グラファイトターゲットに供給される電気InPIMS電力は、優先的には、10ms未満、好ましくは1ms未満、とくに好ましくは0.1ms未満の長さ(tpulse)を有するパルスにて届けられ、ピーク電力密度およびデューティサイクルは、好ましくは、高密度かつ高硬度のa-Cの成長の促進に適したInPIMSパルス中の充分な高イオン化Arプラズマを達成するが、グラファイトターゲットの表面でアーク放電事象を誘発するほどには高エネルギーでなく、したがって表面液滴の少ない滑らかなa-C層の堆積をもたらす中間パルス方法の範囲内である(
図1を参照)。
【0039】
本発明の発明者は、驚くべきことに、本発明の超高硬度a-C層を製造するために、高いイオンフラックス対中性フラックス比Φi/Φnを有する成長条件を達成することが好ましいことを見出した。本発明の一実施形態によれば、この条件は、低ピーク電力のInPIMSプラズマ源とPlasma ARCとを同時に適用することによって達成される。ここで、基材の回転が、膜が隣接する補助プラズマ源からの強いAr+イオンフラックスにさらされる前に、各々のグラファイトターゲットからの数ナノメートルの厚さまでの堆積をもたらす。Ar+イオンは、隣接する補助プラズマ源に曝露されたときのa-C層に衝突し、かつ/または注入され、基材が補助プラズマ源に面している間に高sp3のa-C膜を達成するための緻密化をもたらす。
【0040】
本発明の発明者は、いかなる特定の理論にも拘束されることを望まないが、補助プラズマ源からのAr+イオンによる周期的なイオン処理は、表面付近の激しい混合の領域が、InPIMS源への連続的な曝露の間に堆積するa-C層の厚さと比較してはるかに広いという事実ゆえに、InPIMSによる成長中のa-C膜のさらなる緻密化にきわめて効果的であると考えられる。したがって、そのような条件下で、Ar+イオンが表面付近の領域に深く侵入し、周囲の炭素のsp2からsp3への変換を引き起こして、真空アーク堆積法で従来から観察されている高いsp3比率のta-C膜に近いコーティング特性をもたらす。
【0041】
本発明の発明者は、驚くべきことに、上述の超高硬度a-Cコーティングを堆積させるために、コーティングされる基材を有するカルーセルの回転速度およびターゲットへの印加電力の適切な調整を、グラファイトターゲットの前方を1回通過するたびに堆積するa-C層の厚さが、a-CにおけるAr+イオンの侵入深さ以下になるようなやり方で、行わなければならないことを発見した。堆積速度対回転速度の適切な調整は、堆積前に行われる必要がある。
【0042】
このプロセスを、例えば、約0.3~0.5PaのAr圧力で実施することができる。
負のバイアス電圧は、連続的であっても、あるいはグラファイトターゲットに印加されるInPIMSパルスまたは補助プラズマ源と同期されてもよく、バイアス電圧値は、入射イオンの運動エネルギーがsp2からsp3への変換の促進に好適となるように、-50V~-150Vの間、より好ましくは-50V~-100Vの間である。
【0043】
Plasma ARCによって生成されるアーク電流は、優先的には連続的またはパルス状であり、平均電流値は、好ましくは10Aよりも大きく、最も好ましくは30Aよりも大きく、さらに好ましくは50Aよりも大きい。
【0044】
堆積プロセスにおいて、基材の温度を、膜の成長の最中の炭素グラファイト化が回避されるように、150°C未満、最も好ましくは120°C未満、さらに好ましくは100°C未満に保つことができる。このプロセスは、外部加熱を伴わずに行われてよい。
【0045】
水素非含有非晶質の硬度は、好ましくは40GPaよりも高い。非晶質炭素層の硬度の好ましい範囲は、20GPa~60GPaの間である。
【0046】
水素非含有非晶質層の弾性率は、好ましくは300GPaよりも大きい。非晶質炭素層の弾性率の好ましい範囲は、200~450GPaの間である。
【0047】
水素非含有非晶質炭素中のsp3結合の割合は、好ましくは50%より高く、さらに好ましくは70%より高く、例えば50%~85%の間である。
【0048】
好ましくは、前記少なくとも1つの水素非含有非晶質炭素は、Rz<0.5μmを特徴とするきわめて滑らかな表面を呈する。
【0049】
好ましくは、前記少なくとも1つの水素非含有非晶質炭素層中のアルゴン濃度は、例えば5原子%など、好ましくは10原子%未満である。
【0050】
好ましくは、前記少なくとも水素非含有非晶質炭素層の電気抵抗率は、10-3Ωcm-1未満、好ましくは10-4Ω.cm-1未満である。
【0051】
好ましくは、水素非含有非晶質炭素層は、50~55の間の無煙炭グレー値L*を有する(D65標準照明に基づくCIE 1976 L*a*b*色空間による)
好ましくは、前記少なくとも水素非含有非晶質炭素層の(DIN EN ISO 1071-6によるボールクレータ微小摩耗試験における)研磨摩耗率は、2.0.10-16m3/Nmよりも低い。
【0052】
好ましくは、前記少なくとも1つの水素非含有非晶質炭素層の総厚さは、0.1μmより大きく、好ましくは0.5μmより大きく、最も好ましくは1.0μmより大きい。例えば燃料電池バイポーラプレートなどの特定の用途に関して、0.01μm~0.1μmの間(この範囲の限界を含む)の厚さを選択することが理にかなっている。
【0053】
アルゴンイオン衝撃および/または注入について上述したが、本発明の実施形態は、(Ne、Ar、Kr、Xeなどの希ガス元素を含む炭素よりも大きな質量を有する他の元素の注入にも適用され得る。
【0054】
コーティングの堆積に先立つ基材の事前の清浄化に従来から用いられている補助プラズマ源Plasma ARCについて上述したが、本発明の実施形態は、HiPIMS源、真空陰極アーク、イオンビーム、および当技術分野で公知の他の供給源などのイオン源を含んでもよい。
【0055】
記載される本発明の方法で炭素コーティングを製造することは、きわめて好都合である。しかしながら、本発明の発明者は、例えばチッ化物系(例えば、AlTiN、AlCrN、TiN、SiN、BN)、ならびに/あるいは炭化物系(例えば、SiC、HfC、WC、MoC、BC)および酸化物系(例えば、Al2O3、Y2O3、AlCrO、Cr2O3、AlTiO)のコーティングなどの他の高品質超高硬度コーティングを製造するためにも本発明を使用することができると理解している。酸チッ化物および多成分材料(高エントロピー合金とも呼ばれる)も、この新規な方法を好都合に利用することができる。
【0056】
次に、本発明を詳細に、プロセスの説明および図面を参照して、例として説明する。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【
図1】各々のHiPIMSパルスにおいてレーストラック領域に供給されるピーク電力密度がターゲットの表面におけるアーク放電率に及ぼす影響。
【
図2】各々のHiPIMSパルスにおいてレーストラック領域に供給されるピーク電力密度が堆積したままのa-Cコーティングの表面品質に及ぼす影響。
【
図3】コーティングチャンバの高さに沿った(基材カルーセル上の)さまざまな位置において本発明の方法によって堆積させた炭素コーティングおよび本発明の方法によらずに堆積させた炭素コーティングのコーティング硬度の比較。
【
図4】本発明の水素非含有超高硬度a-C炭素コーティングの断面SEM顕微鏡写真。
【
図5】プロセス条件の最適化:(a)投射されたイオン範囲対イオン運動エネルギー。およびb)1回の通過ごとに堆積するa-C層の厚さに対する回転速度の影響。
【
図6】ボールクレータ微小摩耗試験(DIN EN ISO 1071-6による)に基づくいくつかの選択された炭素系コーティングの摩耗率。
【
図7】選択された水素非含有炭素コーティングの平面光学顕微鏡写真:(a)a-C(38GPa)、(b)本発明の超高硬度a-Cコーティング(52GPa)、および(c)Cathodic Arc ta-C(60GPa)。
【
図8】いくつかの選択された水素非含有炭素コーティングの表面形状測定装置によるプロファイル:(a)本発明の超高硬度a-Cコーティング(52GPa)および(b)Cathodic Arc ta-C(60GPa)
【
図9】いくつかの選択された炭素系コーティングの摩擦係数対摺動距離:(a)本発明の超高硬度a-Cコーティング(52GPa)および(b)Cathodic Arc ta-C(60GPa)
【発明を実施するための形態】
【0058】
実施例1
本発明による炭素コーティングシステムを製造するために、62 HRCの硬度を有する鋼製の被加工物を、クロムからなる3つのターゲットおよびグラファイトからなる3つのターゲットを備えたOerlikon BalzersのINGENIA s3pという真空処理チャンバに配置し、真空チャンバを約10-5mbarの圧力まで排気した。
【0059】
本発明によるa-Cの成長中の周期的イオン緻密化処理の有効性を実証するために、一方が周期的イオン緻密化処理を伴い、一方が周期的イオン緻密化処理を伴わない2つのサンプルを、金属接着促進層および金属炭化物遷移層の堆積を含む残りのすべてのプロセス工程について同一のパラメータで堆積させた。
【0060】
プロセスの第1の部分として、コーティングされる基材を約170°Cというより高い温度にし、基材の表面および真空チャンバの壁からの揮発性物質を真空ポンプによって吸い出して除去するために、プラズマ加熱プロセスを30分間にわたって行った。この前処理工程において、Ar水素プラズマが、イオン化チャンバと補助アノードとの間のPlasma ARCによって点火される。
【0061】
20分間のArイオンプラズマエッチングプロセスが、低電圧アークイオン化法を作動させることによって開始される。
【0062】
Arイオンは、120Vの負のバイアス電圧によってPlasma ARCから清浄化されるべき基材へと引き出され、その主たる目的は、弾道学的除去によって自然酸化物などの不純物または有機不純物も除去し(すなわち、自然酸化物および不純物が強力なAr+イオン衝撃によって弾き飛ばされて除かれる)、イオン洗浄後に行われる接着性金属層の良好な層接着を保証することである。
【0063】
次のプロセス工程として、以下のプロセスパラメータを使用し、すなわち30分間にわたり、180°C未満のコーティング温度で、700W.cm-2という個々のパルスの電力密度、0.3PaというArの全圧、-50Vという一定のバイアス電圧を使用して、厚さ300nmの接着促進Cr層を、コーティングされるべき基材の表面に直接、本発明に従い、HIPIMS法によって堆積させる。
【0064】
次いで、直後に、以下のプロセスパラメータを用いる同時スパッタリング法によって、厚さ200nmの傾斜CrC遷移層を堆積させた。すなわち、Cの含有量を徐々に増加させるために、3つのグラファイトターゲットを80W.cm-2から始まって161W.cm-2までの平均電力Pavで動作させ、クロムターゲットを20W.cm-2の一定の平均電力Pavで動作させた。グラファイトターゲットに供給される個々のパルスの電力密度およびデューティサイクルは、本発明による中間パルス方法の範囲内であった。クロムターゲットに関して、個々のパルスの電力密度を、膜の成長中の適切な金属イオン照射を提供するために、600W.cm-2に選択した。
【0065】
最後に、3つのグラファイトターゲットを、196分間の全堆積時間にわたって、120°Cのコーティング温度で、60W.cm-2という平均電力PAvおよび0.3kW.cm-2という個々のパルスの電力密度で、0.05msというtpulseで、0.3Paの全圧および-100Vという一定のバイアス電圧にて動作させて、厚さ0.7μmの耐摩耗性水素非含有a-C層を本発明に従って堆積させた。InPIMSプラズマ源のみの条件で堆積された関連のサンプルは、「InPIMS a~C」として挙げられる。
【0066】
第2のa-C層を、本発明によるInPIMS/Plasma ARCの混成の方法で堆積させ、このとき、InPIMSグラファイト源に加えて、隣接するPlasma ARCを以下のパラメータ、すなわち30Aの連続アーク電流で50Vの連続イオン源電圧にて同時に印加した。InPIMS/Plasma ARCの混成の方法の下で堆積された関連のサンプルは、「本発明の超高硬度a-C」と標記される。
【0067】
驚くべきことに、InPIMS/Plasma ARCの混成の方法の下でのa-C層の堆積中に基材位置で測定された電流は、InPIMS源のみによるa-Cの堆積中よりもほぼ4倍大きかった。基材で測定された全電流における電子の寄与を無視することにより、より大きな電流は、混成の方法に関してa-C膜の成長中に生じるより強いイオン衝撃を伴うプロセス条件に対応する。さらに、堆積速度、したがって入射する炭素の中性フラックスが、「従来からのInPIMS a-C」および「本発明の超高硬度a-C」の両方の成長の際に同様であるため、「本発明の超高硬度a-C」の成長の際により大きい入射イオンフラックス/炭素フラックス比が達成されることが明らかである。
【0068】
コーティングチャンバの高さに沿ったコーティング硬度(HIT(登録商標))の評価を、両方のa-Cサンプルについて、Fischerscope Instrumentsのナノインデンターにおいて10mNの荷重を使用して行った。結果を
図3に示す。本条件下で0.3kW.cm
-2という中間HiPIMSピークパルス電力で堆積させた従来からの水素非含有a-Cは、32±2GPaという平均コーティング硬度を示し、コーティングチャンバの高さに沿った膜の機械的特性の分布が優秀であった。驚くべきことに、本発明の超高硬度a-Cコーティングの平均コーティング硬度(HIT)は、48±2GPaの範囲ではるかに高く、膜の成長中のa-Cの緻密化の向上を裏づけている。
【0069】
図4に示す本発明の超高硬度a-Cコーティングの断面走査型電子顕微鏡画像が、本発明の高硬度炭素コーティングのきわめて高密度かつ緻密な微細構造を確かめている。
【0070】
本発明の発明者は、いかなる特定の理論にも拘束されることを望まないが、補助プラズマ源からの補足のArイオンによる周期的な照射が、100eVのAr
+イオンの衝突カスケード範囲によって決定される約0.7~0.8nmの表面近傍の強い相互混合の領域(
図5(a)を参照)がグラファイトターゲットへの順次の曝露の間に堆積するa-C層の厚さよりもはるかに大きいという事実ゆえに、成長中の膜の緻密化にきわめて効果的であると考えられる。例えば、
図5(b)に示されるように、a-C膜を堆積させるために使用される基材ホルダの100%の最大回転速度を考慮すると、0.3kW.cm
-2のピーク電力によって供給されるグラファイトターゲットの下方を1回通過するたびに堆積するa-C層の厚さは、堆積速度較正に基づいて、約0.1nmであった。したがって、そのような条件下では、Ar
+イオンが表面近傍領域に深く浸透し、多数の反跳を生じさせて、膜の緻密化の向上、およびおそらくは表面下の位置への周囲の炭素のsp2からsp3への変換を確実にする。
【0071】
本発明の超高硬度a-Cコーティングの機械的特性の改善をさらに確認するために、ボールクレータ微小摩耗法を適用して、いくつかの選択された炭素コーティング、すなわち「InPIMS a-C」、InPIMS/Plasma Arcの混成による方法によって堆積させた「本発明の超高硬度a-C」、および陰極真空アーク蒸発によって堆積させた厚さ1.0μmの60GPaの水素非含有高硬度炭素コーティングについて、耐摩耗性を評価した。これら3つの炭素コーティングの各々について計算された摩耗係数を
図6に示す。明らかな傾向が観察され、硬度値が高いほど研磨摩耗係数が最も低くなる。さらに、InPIMS a-C層と比較して、本発明の超高硬度a-Cコーティングの摩耗係数が-67%減少することを見て取ることができ、a-C膜の緻密化のために周期的であるが強力なイオン照射が重要であることがやはり確認できる。
【0072】
さらに、本発明の超高硬度a-Cコーティングの表面品質を、先に提示した他の炭素コーティングと比較した。これらの3つの炭素コーティングの光光学平面画像を
図7に示す。
図7(c)に見られるように、陰極アーク蒸発によって堆積させたta-Cコーティングは、大量のマクロ粒子を示す。驚くべきことに、InPIMSによって堆積させたa-Cコーティングは両者とも、実質的に表面欠陥のない優れた表面品質を示し、マクロ粒子の発生源がグラファイトターゲットの表面で発生するアーク放電事象に起因することを裏づけている。
【0073】
図8に示されるように、陰極アーク蒸発によるta-Cと本発明の超高硬度a-Cとの表面粗さの比較も、InPIMS/低電圧アークの混成による方法によるa-C成長の平滑性(換言すると、小さな粗度Raおよび/またはRzおよび/またはRpk)に関して、きわめて高い品質を確かめている。
【0074】
本発明の超高硬度a-Cコーティングの摩擦を、ピンオンディスク試験(ピンオンディスク摩擦計、CSM Instruments)を使用して試験した。試験は、温度22°Cおよび相対湿度43%の乾燥条件下の空気中で行った。サンプルを、直径3mmのコーティングされていない100Cr6鋼ボールに対して摩耗させた。スチールボールを静止摩擦パートナーとして機能させ、コーティングされたサンプルをその下方で回転させた(半径5mm、速度0.3m/s)。ボールに30Nの荷重を加えた。これは、高硬度炭素層の表面に加わる2.2GPaの瞬間接触圧力に相当する。本発明のコーティングの測定値を、陰極アーク蒸発法によって堆積させた60GPaの厚さ1.0μmの水素非含有高硬度炭素コーティングと比較した。これらの2つのコーティングの33分間の乾式摺動後の代表的な摩擦係数を
図9にプロットする。
【0075】
驚くべきことに、本発明の層の定常状態の摩擦係数は、COFが約0.2という低いレベルであり、本発明の高硬度炭素コーティングのきわめて良好な摩擦挙動を実証している。他方で、アーク蒸発ta-Cコーティングの摩擦係数は、より高いレベルにあり、これは、おそらくは前述の表面形状測定によって明らかなとおり表面粗さがより大きいことに起因する。
【0076】
きわめて驚くべきことに、試験後の摩耗した表面を検査したところ、はるかに粗いアーク蒸発ta-Cコーティングと比べ、本発明の層においては、全般的に、層の摩耗が著しく小さく、相手方部品の摩耗がわずかに小さく、(本発明の層およびアーク蒸発ta-Cのそれぞれについて、コーティングの摩耗部分の幅が249μm対669μmであり、ボールの摩耗領域の直径が270μm対984μmであった)、技術水準の超高硬度炭素コーティングと比較して本発明の高硬度炭素コーティングの耐摩耗性の向上、低い摩擦、および表面品質の改善の適切な組み合わせを実証している。コーティングされていない相手方ボールのこの驚くべき低摩耗について考えられる1つの説明は、InPIMS/Plasma ARCの混成の方法によって堆積させたこの本発明の超高硬度a-C層によって提供される平滑性および低い欠陥密度に起因できる。
【0077】
基材上にコーティングを形成するための方法が開示され、このプロセスは、
・基材を真空チャンバ内のキャリア手段上に取り付けるステップと、
・キャリア手段に隣接して配置され、基材上に選択された材料を堆積させるように構成された堆積装置の形態の第1の装置を少なくとも備えるコーティング手段を用意するステップと、
・正の非反応性イオンを供給するように構成された第2の装置を用意するステップと、
・基材上に選択されたコーティングを形成するようにコーティング手段を動作させつつ、キャリア手段およびコーティング手段の少なくとも一方を、間隔を開けて配置された同様の構成の基材について実質的に等しい堆積速度をもたらすように選択された経路に沿って、お互いに対して周期的に移動させるステップと
を含む。負のバイアスが、基材上に堆積させた選択された材料にイオン衝撃をもたらすことによって堆積させた材料の密度を高めるために、基材に印加される。
【0078】
コーティング手段は、物理蒸着(PVD:physical vapor deposition)を実行するための手段であってよく、コーティング手段を動作させることは、物理蒸着を実行することである。
【0079】
PVD手段は、マグネトロンスパッタ手段を備えることができ、コーティング手段を動作させることは、マグネトロンスパッタリングを実行することである。
【0080】
マグネトロンスパッタリングを、パルス状のやり方で実行することができ、パルスにおける最大電力密度は、少なくとも0.08kW.cm-2である。
【0081】
好ましくは、最大電力密度は、最大で0.5kW.cm-2であるように選択される。
パルスのうちの少なくともいくつかのパルスのデューティサイクル、好ましくはパルスの平均デューティサイクル、最も好ましくはすべてのパルスのデューティサイクルを、10%超となるように選択することができる。
【0082】
本方法は、コーティングの堆積に先立って基材を事前に清浄化するステップを含むことができ、正のイオンを供給する第2の装置が、そのような事前の清浄化を実行するために使用され、好ましくは第2の装置は、プラズマ源を備える。
【0083】
第2の装置によって供給されるイオンは、好ましくは、炭素よりも大きい質量を有するイオンである。
【0084】
イオンは、好ましくは、アルゴンイオンおよび/または(Ne、Ar、Kr、Xe)などの希ガス元素によって形成される群のメンバーから選択される元素および/またはこれらの混合物を含む。
【国際調査報告】