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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-10-31
(54)【発明の名称】網膜への薬物の投与のための方法
(51)【国際特許分類】
   A61F 9/007 20060101AFI20241024BHJP
【FI】
A61F9/007 170
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024525078
(86)(22)【出願日】2022-11-08
(85)【翻訳文提出日】2024-05-17
(86)【国際出願番号】 US2022049319
(87)【国際公開番号】W WO2023081528
(87)【国際公開日】2023-05-11
(31)【優先権主張番号】63/276,966
(32)【優先日】2021-11-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】505477235
【氏名又は名称】ジョージア テック リサーチ コーポレイション
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】プラウスニツ,マーク アール.
(72)【発明者】
【氏名】ヘイリ ビッドゴリ,セイエド アミルホセイン
(57)【要約】
治療剤を患者の眼に投与する方法であって、(i)マイクロニードルを患者の眼に挿入することであって、マイクロニードルが、硝子体内ではなく、かつ硝子体切除術又は網膜切除術なしに、強膜及び脈絡膜層を通って延在する、挿入することと、(ii)治療剤を含む流体を、マイクロニードルの管腔を通して、眼の網膜下腔に注射することと、を含み、マイクロニードルが、(i)40°~70°の傾斜角度を有する傾斜先端と、(ii)150μm未満である外径と、を有する、方法が提供される。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
治療剤を患者の眼に投与する方法であって、
マイクロニードルを前記患者の前記眼に挿入することであって、前記マイクロニードルが、硝子体内ではなく、かつ硝子体切除術又は網膜切除術なしに、強膜及び脈絡膜層を通って延在する、挿入することと、
治療剤を含む流体を、前記マイクロニードルの管腔を通して、前記眼の網膜下腔(SRS)に注射することと、を含み、
前記マイクロニードルが、(i)40°~70°の傾斜角度を有する傾斜先端と、(ii)150μm未満である外径と、を有する、方法。
【請求項2】
前記傾斜角度が50°~60°であり、前記外径が75μm~125μmである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記マイクロニードルの先端開口部が、網膜の外核層よりも深く貫通することなく、前記網膜と網膜色素上皮(RPE)層との界面に位置するように、前記マイクロニードルが挿入される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
挿入する前に、
大きな結膜血管、脈絡膜血管及び網膜血管が存在しない針経路を有する1つ以上の標的部位を識別するために、前記眼の組織を撮像することと、
前記マイクロニードルを挿入するための前記部位として、前記1つ以上の標的部位のうちの1つを選択することと、を更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記マイクロニードルを挿入しながら、前記眼を安定させることを更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記挿入の前記部位が、周辺網膜、中間周辺、又は後部網膜から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記注射することが、網膜下ブレブの成長を抑制し、前記流体を前記挿入の前記部位から遠ざけ、任意選択で、前記後部網膜及び/又は黄斑部に向かって誘導する様式で行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記注射された流体の25%~75%が、網膜下ブレブを形成する、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記注射することが、前記注射の前記部位から円周方向に広がる複雑な木のような分岐パターンの形成を生じる、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
前記流体が、2μL/秒~10μL/秒などの、0.5μL/秒~20μL/秒の流量で注射される、請求項7に記載の方法。
【請求項11】
前記治療剤が、加齢性黄斑変性症、黄斑浮腫、糖尿病性網膜症、レーバー先天性黒内障、網膜色素変性症、又は緑内障の治療に有効である、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記治療剤が、幹細胞、分化細胞、ウイルス、ファージ、遺伝子ベクター、ナノ粒子、微小粒子、抗体、タンパク質、小分子、網膜補綴物、及び/又は人工網膜を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記マイクロニードルの挿入部分が、約500μm~1.5mmの長さを有する、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
前記挿入する前に、前記マイクロニードルの前記傾斜先端が、前記マイクロニードルの完全な挿入時に前記SRS内に位置付けられるように構成されるように、前記マイクロニードルの長さを選択することを更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
患者の眼の網膜下腔(SRS)に治療剤を投与するための注射装置であって、
針ハブから延在し、強膜及び脈絡膜層を通って挿入されるが、硝子体には挿入されないように構成されているマイクロニードルと、
前記マイクロニードルの挿入後に、前記マイクロニードルの管腔を通して前記SRS内に治療剤を含む流体を注射するように構成されている注射器と、を備え、
前記マイクロニードルが、(i)40°~70°の傾斜角度を有する傾斜先端と、(ii)150μm未満である外径と、を有する、注射装置。
【請求項16】
前記マイクロニードルが、50μm~120μmの外径を有し、前記傾斜角度が50°~60°である、請求項15に記載の注射装置。
【請求項17】
前記マイクロニードルが、500μm~1.5mm、800μm~1.2mm、又は約1mmなどの、500μm~2mmの長さを有する、請求項15に記載の注射装置。
【請求項18】
前記針ハブが幅(W)を有し、長さ(L)としての前記マイクロニードル、W:Lの比が、0.2~5、0.5~3、0.7~2、0.8~1.5、又は約1などの、0.1~10である、請求項15に記載の注射装置。
【請求項19】
前記注射器が、
前記流体のためのリザーバと、
前記リザーバから前記マイクロニードル内へ、かつ前記マイクロニードルを通して前記流体を駆動する手段と、を備える、請求項15に記載の注射装置。
【請求項20】
前記注射装置が、
患者の眼内の標的部位に対する前記マイクロニードルの位置を安定させるための手段と、
大きな結膜血管、脈絡膜血管及び網膜血管が存在しないマイクロニードル挿入経路の標的部位を撮像するように構成されている撮像システムと、を更に備える、請求項15に記載の注射装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、2021年11月8日に出願された米国仮特許出願第63/276,966号の優先権を主張し、その内容は、参照により本明細書に組み込まれる。
【背景技術】
【0002】
変性眼疾患、特に網膜への薬物送達を必要とするものを治療するための従来の方法には、硝子体内注射及び網膜下腔注射、並びに全身送達及び局所送達が含まれる。概して、血流を介した全身送達は、最も一般的な薬物送達方法であるが、しかし、全身投与された薬物の眼内での生物学的利用能が限られていることを考慮すると、眼への送達という文脈では、この方法は効果的ではない。同様に、点眼薬は前眼部障害の治療に一般的に使用されるが、網膜及び脈絡膜での生物学的利用能が低いという制限があり、後部眼障害には局所治療が無効になってしまう。
【0003】
それ故、硝子体内注射及び網膜下腔注射のようなより侵襲的な治療は、網膜への薬物送達の最も一般的な手段である。硝子体内注射は、後部眼組織(例えば、網膜)への最も一般的な送達方法であり、局所麻酔剤を用いて外来患者環境で行われる。硝子体内注射は、局所投与又は全身投与と比較して、網膜及び脈絡膜においてより高い薬物生物学的利用能を提供するのに有効であるが、硝子体内注射に関連付けられるいくつかの問題がある。例えば、ある特定の疾患又は障害では、月に1回という頻繁な注射が必要になり得、患者による所望の治療計画に従わないリスクが高まる。また、眼内炎(すなわち、眼感染症)、白内障、網膜剥離、眼内出血、眼圧上昇、及びぶどう膜炎などの硝子体内注射を繰り返すことから生じ得る合併症も存在する。更に、静脈内注射を介して送達される薬物のほんの一部が実際に網膜に到達し得、最終的に標的組織内の生物学的利用能が低下する。
【0004】
逆に、網膜下腔注射は、眼の前の薬物バリアを迂回することで、網膜内の生物学的利用能を高めるが、網膜下腔注射のための従来の手段は、著しい問題を抱える。最も重要なことは、外科医は、患者の合併症を引き起こす可能性がある、網膜内への針先端部の貫通深さを制御する能力が限られていることである。例えば、針が網膜を完全に貫通しない場合、薬物は最終的に網膜ではなく硝子体に注射される。更に、針の先端が深すぎると、脈絡膜出血の重大なリスクがあり、患者に長期的な合併症につながる可能性がある。注射流体はまた、網膜をその下の組織から引き離し、網膜下腔の拡大と一般に網膜下ブレブと称される流体の水疱の形成をもたらす場合がある。網膜下ブレブは網膜剥離のリスクを高めるだけでなく、注射流体が網膜内の1つの空間に集中したままになるため、治療効果が低下する。
【0005】
したがって、網膜への薬物送達の改善された方法、特に従来の治療の安全性、実用性、及び有効性を改善する方法を提供することが望ましいであろう。
【発明の概要】
【0006】
一態様では、治療剤を患者の眼に投与する方法であって、マイクロニードルを患者の眼に挿入することであって、マイクロニードルが、硝子体内ではなく、かつ硝子体切除術又は網膜切除術なしに、強膜及び脈絡膜層を通って延在する、挿入することと、治療剤を含む流体を、マイクロニードルの管腔を通して、眼の網膜下腔(SRS)に注射することと、を含み、マイクロニードルが、(i)40°~70°の傾斜角度を有する傾斜先端と、(ii)150μm未満である外径と、を有する、方法が提供される。特定の実施形態では、方法は、大きな結膜血管、脈絡膜血管及び網膜血管が存在しない針経路を有する1つ以上の標的部位を識別するために、眼の組織を撮像することと、マイクロニードルを挿入するための部位として、1つ以上の標的部位のうちの1つを選択することと、を更に含む。特定の実施形態では、方法は、マイクロニードルを挿入しながら、眼を安定させることを更に含む。いくつかの特定の実施形態では、注射することが、網膜下ブレブの成長を抑制し、流体を挿入の部位から遠ざけ、後部網膜及び/又は黄斑部に向かわせるなど、誘導する様式で行われる。
【0007】
いくつかの好ましい実施形態では、傾斜角度は、50°~60°及び外径は、75μm~125μmであり得、マイクロニードルの先端開口部は、網膜の外核層よりも深く貫通することなく、網膜と網膜色素上皮(RPE)層との界面に位置するように挿入され得、及び/又は方法は、マイクロニードルの傾斜先端が、マイクロニードルの完全な挿入時にSRS内に位置付けられるように構成されるように、マイクロニードルの長さを選択することを更に含む。
【0008】
別の態様では、患者の眼の網膜下腔(SRS)に治療剤を投与するための注射装置であって、針ハブから延在し、強膜及び脈絡膜層を通って挿入されるが、硝子体には挿入されないように構成されているマイクロニードルと、マイクロニードルの挿入後に、マイクロニードルの管腔を通してSRS内に治療剤を含む流体を注射するように構成されている注射器と、を備え、マイクロニードルが、(i)40°~70°の傾斜角度を有する傾斜先端と、(ii)150μm未満である外径と、を有する、注射装置が提供される。いくつかの実施形態では、針ハブは幅(W)であり、長さ(L)としてのマイクロニードル、W:Lの比が、0.2~5、0.5~3、0.7~2、0.8~1.5、又は約1などの、0.1~10である。注射器は、流体のためのリザーバと、リザーバからマイクロニードル内へ、かつマイクロニードルを通して流体を駆動する手段と、を含み得る。注射装置は、患者の眼内の標的部位に対するマイクロニードルの位置を安定させるための手段、及び/又は大きな結膜血管、脈絡膜血管及び網膜血管が存在しないマイクロニードル挿入経路の標的部位を撮像するように構成されている撮像システムと、を更に備え得る。
【図面の簡単な説明】
【0009】
詳細な説明を、添付の図面を参照して記載する。同じ参照番号の使用は、類似又は同一の項目を示し得る。様々な実施形態は、図面に例解されるもの以外の要素及び/又は構成要素を利用し得、いくつかの要素及び/又は構成要素は、様々な実施形態に存在しない場合がある。要素及び/又は構成要素は、必ずしもスケールに応じて描かれるわけではない。
【0010】
図1】従来技術による、網膜下注射の方法を描写する。
図2A】例示的な実施形態による、経強膜網膜下注射の方法を描写する
図2B】例示的な実施形態による、図2Aの経強膜網膜下注射の方法を描写する。
図3A】例示的な実施形態による、マイクロニードルの一側面図である。
図3B】マイクロニードル内の中空ボアの開口部を見るために90度回転させた、図3Aのマイクロニードルの別の側面図である。
図4】例示的な実施形態による、注射装置の平面図である。
図5A】例示的な実施形態による、注射装置の先端部分の部分断面図である。
図5B】例示的な実施形態による、図5Aの注射装置及び撮像システムの部分断面図である。
図5C】例示的な実施形態による、図5Aの注射装置及びマイクロニードルスタビライザの部分断面図である。
図5D】例示的な実施形態による、図5Aの注射装置及び眼スタビライザの断面図である。
図6A】従来の(従来技術の)網膜下注射に起因する網膜下ブレブを描写する断面図である。
図6B】本開示の実施形態による、経強膜網膜下注射に起因するより小さい網膜下ブレブを描写する断面図である。
図6C】本開示の実施形態による、経強膜網膜下注射に起因する網膜下腔内の流体を描写する断面図である。
図7】本開示の実施形態による、経強膜網膜下注射を介して注射された流体の分岐分散を描写するマイクロフォトグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
治療剤を患者の眼、特に眼の網膜下腔(SRS)に投与するための方法が開発されている。本方法は、マイクロニードルを患者の眼に挿入することであって、マイクロニードルが、硝子体内ではなく、かつ硝子体切除術(すなわち、眼からの硝子体の大部分又は全ての除去)又は網膜切除術(すなわち、網膜の大部分にわたる切開)なしに、強膜及び脈絡膜層を通って延在する、挿入することと、治療剤を含む流体を、マイクロニードルの管腔を通して、眼の網膜下腔(SRS)に注射することと、を含み、マイクロニードルは、(i)40°~70°の傾斜角度を有する傾斜先端と、(ii)150μm未満である外径と、を有する。
【0012】
SRS注射流体の流量がブレブの形成に影響を与える可能性があり、注射は、(例えば、従来の注射方法と比較して)網膜下ブレブの成長を抑制する様式で行うことができ、これは有利に、流体を挿入の部位から遠ざけて、後部網膜及び/又は黄斑に向かって誘導し得ることが発見された。いくつかの実施形態では、例えば、注射された流体の体積のわずか25%~75%が網膜下ブレブを形成し得、残りは、例えば、注射の部位から円周方向に広がる複雑な木のような分岐パターンの形成を通じて、SRS内で広がる。例えば、流体は、2μL/秒~10μL/秒などの、0.5μL/秒~20μL/秒の流量で注射され得る。
【0013】
変性眼疾患は、ヒト集団の著しい部分に影響を及ぼし、その多くは、網膜への薬物送達を介してのみ治療可能である。網膜又は網膜下腔に薬物を送達するための標準的な方法は、典型的には、全長数センチメートルの皮下注射針を介した注射を伴い、硝子体液を越えて眼球を横断し、網膜を越えて網膜下腔に貫通する。この注射方法は、皮下注射針が網膜下腔にアクセスするために硝子体を横断するため、「経硝子体」である。本明細書で使用される、「網膜下腔」とは、網膜色素上皮と網膜との間のエリアを指す。「網膜色素上皮」(RPE)という用語は、脈絡膜と網膜下腔との間の色素沈着した細胞の単層を指す。
【0014】
この方法は有効であるが、手順は非常に不快であり得、高度な訓練を受けた網膜外科医によって行われる高額な手術を必要とし、患者に深刻なリスクが提示される。しかしながら、精密な網膜下注射に適合されたマイクロニードルは、同じレベルの患者リスクなしに、従来の網膜下注射と同様に有効である様式で、変性眼疾患を同様に治療するのに有効であり得る。
【0015】
特定の長さ、幅、及び先端角度を有する傾斜マイクロニードルは、著しい組織損傷及び/又は出血することなく、経強膜網膜下注射を達成するのに有効であり得ることが見出されている。これらのマイクロニードルは、少なくともマイクロニードルが挿入及び注射中により高い精度を提供するため、慣例で、経硝子体挿入に使用されている皮下注射針よりも優れている場合がある。例えば、網膜下注射に使用されるマイクロニードルは、網膜下腔にアクセスするために、強膜、脈絡膜、及びRPE(及び場合によっては結膜)のみを越えるように設計され得る。この距離は、約1mm~2mmであり得る。しかしながら、経硝子体注射に使用される従来の皮下注射針は、眼の硝子体及び他の組織を適切に越えるために、少なくとも2cm~3cmの長さでなければならない。この精度の改善により、より標的を絞った注射が可能になる一方で、組織損傷及び出血などの合併症のリスクも低減される可能性がある。
【0016】
図1は、治療剤を網膜下腔に送達するための最も一般的なアプローチである経硝子体注射110と、治療剤を網膜に送達するための別の一般的な方法である硝子体内注射120とを例解する。ここで、標準的な皮下注射針は、硝子体及び網膜を通って網膜下腔内に通され、その中に治療剤を送達する。本明細書で使用される場合、「硝子体」という用語は、眼を満たすゲル様の流体を指し、網膜に付着する繊維を有する。「網膜」という用語は、眼の後方にある光感受性細胞を含む層を指し、視神経を介して脳に送られる神経インパルスを誘発し、視覚イメージを形成する役割を担っている。患者にとって残念なことに、この手順は侵襲的であり、しばしば合併症を引き起こす可能性がある。
【0017】
本開示では、改善されたマイクロニードル、装置、及び方法は、網膜下腔内への経強膜挿入及び注射に適合される。いくつかの実施形態では、これは、図2A図2Bに示されるように、網膜切開なしで、眼の結膜、強膜、及び脈絡膜層を通して、最適化された寸法を有するマイクロニードル200を患者の眼に挿入することによって達成される。本明細書で使用される場合、「結膜」という用語は、眼の前面を覆い、まぶたの内側を補強する粘膜を指す。「強膜」という用語は、眼球の外側の大部分を覆う白い外層を指す。「脈絡膜」又は「脈絡膜層」という用語は、強膜と網膜との間の眼の血管層を指す。
【0018】
本明細書に開示される経強膜網膜下注射の方法の安全性及び有効性は、マイクロニードルの挿入部位に依存し得る。実施形態では、マイクロニードルの挿入部位は、大きな結膜血管、脈絡膜血管、及び網膜血管、特に脈絡膜血管を穿刺することを避けるように選択される。例えば、眼は、大きな結膜、脈絡膜、及び網膜血管が存在しない針経路を有する標的部位を識別するために撮像され得る。本明細書で使用される場合、「大きな」血管は、非毛細血管、又は直径が25μmを超える血管を指す。最適な標的部位が識別された後、マイクロニードルを前述の標的部位に挿入し得る。
【0019】
実施形態では、マイクロニードルは、周辺網膜、中間周辺、又は後部網膜に挿入される。本明細書で使用される場合、「周辺網膜」とは、辺縁部付近の網膜のエリアを指し、「中間周辺」とは、眼球赤道付近のエリアを指し、「後部網膜」とは、黄斑部付近又は黄斑部の網膜のエリアを指す。
【0020】
マイクロニードルの挿入に続いて、流体は、マイクロニードルの管腔を通して、眼の網膜下腔内に注射される。注射された流体が網膜下腔を適切に標的としていることを確実にするために、マイクロニードルは、網膜を通過して硝子体に入ってはならない。例えば、マイクロニードルは、マイクロニードル管腔の先端開口部が網膜色素上皮層の界面に隣接し、すなわち、網膜の外核層よりも深く貫通しないように挿入され得る。
【0021】
いくつかの好ましい実施形態では、挿入及び注射の方法は、マイクロニードルの挿入前及び挿入中に眼を安定させることも伴う。いくつかの実施形態では、眼は、眼に適用される穏やかな吸引を介して安定化され得る。いくつかの実施形態では、眼は、手動手段、例えば、ピンセット又は鉗子によって安定化され得る。いくつかの実施形態では、挿入及び注射の方法は、注射前に挿入装置内でマイクロニードルを安定させることを伴う。
【0022】
治療剤
本方法及び挿入システムを使用して、本質的に任意の好適な治療剤を送達することができる。「治療剤」は、本明細書において、薬物、活性剤、API、又は対象物質として称され得る。それは、医療又は獣医眼科用途に有用であることが当該技術分野で知られている予防薬、治療剤、又は診断薬であり得る。
【0023】
本方法で有用な治療剤の非限定的な実施例としては、加齢性黄斑変性、黄斑浮腫、糖尿病性網膜症、レーバー先天性無毛症、網膜色素変性、又は緑内障などの変性眼疾患を治療するための薬物が挙げられる。いくつかの実施形態では、治療剤は、自然に生じるか、合成されるか、又は組換え生成され得る、好適なタンパク質、ペプチド、及びそれらの断片から選択される。APIは、小分子及びより大きいバイオテクノロジーで生成又は精製された分子(例えば、ペプチド、タンパク質、DNA、RNA)から選択され得る。
【0024】
いくつかの実施形態では、治療剤は、幹細胞、分化細胞、ウイルス、ファージ、遺伝子ベクター、ナノ粒子、微小粒子、抗体、タンパク質、小分子、網膜補綴物、又は人工網膜を含む。本明細書で使用される場合、「人工網膜」という用語は、当該技術分野で知られているように、視覚感覚を刺激するように設計された植込み型電子デバイスを指す。
【0025】
マイクロニードル
本方法で有用なマイクロニードルは、当該技術分野で既知のものから適合させることができる。マイクロニードルは、金属、ガラス、ポリマー、又はセラミック材料であり得る、本質的に任意の好適な生体適合性材料から作製され得る。いくつかの実施形態では、マイクロニードルは、中空の管状構造として構成され、マイクロニードルのベース端から先端部分に延在するボア又は管腔を通る流体の通過のために構成される。マイクロニードルは、直線シャフト及び傾斜先端部分を有し得る。しかしながら、他の幾何学形状が想定される。
【0026】
マイクロニードルは、当技術分野において知られているように、流体リザーバ及び注射のための手段、例えば、シリンジに動作可能に関連付けられ得る。例えば、治療剤は、外部リザーバ内に包含され、マイクロニードルの管腔を介して送達され得る。
【0027】
図3A及び図3Bは、治療剤が投与され得る管腔302を有するマイクロニードル300の一実施形態を例解する。好ましい実施形態では、マイクロニードル300は、マイクロニードル300の長さY及び幅Z、先端304の傾斜角度θ、並びに傾斜先端Xの長さが、治療剤の網膜下腔への挿入及び送達を最適化するように選択されるように、傾斜先端304を有する。特に、マイクロニードルの幅は、注射部位での出血を最小限に抑えるように選択される。本明細書で使用される場合、マイクロニードルの「幅」は、眼に挿入されるマイクロニードルの部分の平均幅Zを指す。いくつかの実施形態では、マイクロニードルの幅は、例えば、50μm~500μm、50μm~200μm、50μm~150μm、75μm~125μm、又は100μmなどの、50μm~1mmであり得る。しかしながら、他の幅は、本明細書に説明されるいくつかの方法での使用に好適であり得る。一実施形態では、マイクロニードルの幅は、50μm~100μmである。
【0028】
マイクロニードルの先端の傾斜角度は、貫通を改善するために選択され得、それによって、挿入時の強膜及び脈絡膜への損傷又は変形が最小限に抑えられる。傾斜先端304はまた、注射部位での出血を最小限に抑えるのに有効であり得る。様々な実施形態では、傾斜角度は、0°~90°、特に、30°~70°、40°~65°、50°~60°の角度、又は55°の角度であり得る。しかしながら、他の傾斜先端角度は、本明細書に説明される方法で使用するのに好適であり得る。
【0029】
マイクロニードルの長さは、マイクロニードルの貫通深さを制御するために選択され得る。マイクロニードルに関して使用される場合、「長さ」という用語は、針ハブから突出するマイクロニードルの長さ、すなわち、眼に挿入されるマイクロニードルの部分の長さを指す。好ましい実施形態では、マイクロニードルの長さは、強膜及び/又は結膜表面の多少の変形を考慮して、所望の貫通深さ(すなわち、眼の表面と網膜下腔との間の距離)とほぼ同じである。貫通深さを制御するようにマイクロニードルの長さを選択することによって、網膜の完全な貫通を防止し得、それによって、注射から生じる合併症が防止される。いくつかの実施形態では、マイクロニードルの長さは、500μm~1.5mm、700μm~1.3mm、800μm~1.2mm、又は約1mmなどの、300μm~2mmであり得る。当業者であれば、これらの長さが、典型的な成人のヒトの眼での使用に好適であることを認識するであろう。異なるサイズの眼(例えば、ヒトの子供の眼)が使用される場合、これらの長さは、眼の強膜と脈絡膜とを合わせた厚さに対してスケーリングされるべきである。
【0030】
実施形態では、マイクロニードルの傾斜先端の長さはまた、活性剤の正確な挿入及び送達のために最適化され得る。傾斜先端の長さは、25μm~250μm、50μm~200μm、75μm~150μm、又は100μm~125μmなどの、10μm~300μmであり得る。しかしながら、他の先端の長さは、本明細書に説明される方法で使用するのに好適であり得る。
【0031】
注射装置
本方法は、経強膜アプローチを使用して、マイクロニードルを挿入し、眼の網膜下腔内に流体を注射するための任意の好適な手段によって実行することができる。いくつかの好ましい実施形態では、システム又は装置は、マイクロニードルを一貫して正確に、強膜及び脈絡膜の好適なエリアを通って網膜下腔に導き、その中に流体を注射するように、強膜、脈絡膜、かつ/又は網膜への損傷を最小限に抑えるように、かつ/又はそれらの過剰な出血を制限又は防止するように提供される。
【0032】
図4は、治療剤を患者の眼の網膜下腔内に投与するための注射装置400の一実施形態を例解する。注射装置は、管腔404を有し、針ハブ406から延在するマイクロニードル402を含む。注射装置は、針ハブに取り付けられた注射部408を更に含み、注射部408は、流体リザーバ410と、リザーバ410からマイクロニードルの管腔404を通って流体412をその中へと駆動し、マイクロニードルの挿入に続く網膜下腔内に流体を注射する手段と、を有する。流体412を駆動するための手段は、例えば、シリンジ又は当技術分野で知られている他の同様の機構であり得る。実施形態では、マイクロニードル402は、眼の結膜、強膜、及び脈絡膜層を通して挿入されるように構成されているが、硝子体には挿入されない。他の実施形態では、マイクロニードル402は、大きな結膜、脈絡膜、及び/又は網膜血管を穿刺することなく眼に挿入されるように構成されている。
【0033】
ここで図5A及び図5Bを参照すると、挿入装置の態様がより詳細に示される。図5Aは、図4の挿入装置、具体的には、針ハブ506内に配設されたマイクロニードル502を有する挿入装置500の断面図である。いくつかの実施形態では、眼表面とのその界面における針ハブ506の幅Wは、眼組織表面の変形を低減するために最小化される。いくつかの実施形態では、幅Wは、W/Lの比が、0.2~5、0.5~3、0.8~1.5、又は約1などの、0.1~10であるように、マイクロニードルの長さLに依存する。
【0034】
実施形態では、注射装置500は、図5Bに示されるように、撮像システム520を更に含む。この好ましい実施形態では、撮像システム520は、マイクロニードルが眼組織を貫通するときに、眼画像がリアルタイムで取得され得るように、注射装置500内に組み込まれる。他の実施形態では、撮像システムは、注射装置500から分離される。撮像システム520は、光コヒーレンス断層撮影(OCT)、超音波、又は注射部位でのマイクロニードルの経路に大きな結膜、脈絡膜、又は網膜血管がないことを確実にすることができる、当該技術分野で既知の他の組織撮像技法であり得る。
【0035】
実施形態では、注射装置500は、図5Cに示されるように、マイクロニードルスタビライザ530を更に含む。注射装置500及びその構成部品の安定化は、挿入及び注射を確実に成功させるために重要である。安定化は、眼組織表面に穏やかな吸引を適用すること、眼組織表面に接着材を適用すること、又は眼球に対するマイクロニードルの位置を固定するのに有効な他の方法によって達成され得る。処置中にマイクロニードルが眼に対して動くと、注射が網膜下腔を適切に標的としないリスクが高まる場合があり、かつ/又は患者の合併症のリスクが高まる場合があり、これには患者の眼の損傷、切開部の拡大、及び/又は出血が含まれ得る。例えば、注射中に外科医が手を震わせると、脈絡膜出血の可能性が高くなり得る。
【0036】
好ましい実施形態では、マイクロニードルスタビライザ530は、マイクロニードル502と針ハブ506との間に配設され、マイクロニードル502は、挿入中に静止したままである。他の実施形態では、注射装置500は、手動処置の代替として、挿入及び/又は注射を実行するために、マイクロポジショナ又はロボットデバイスに装着され得る。更なる実施形態では、当業者によって理解されるように、マイクロニードル及び/又は注射装置を安定させるための代替方法が採用される。
【0037】
実施形態では、注射装置400は、図5Dに示されるように、眼スタビライザ540を更に備える。図4Cに関して説明されるように、注射プロセス中の動きの安定化及び最小化は重要である。安定化がない場合、処置中の眼の動きは、脈絡膜切開及び/又は過度の出血など、合併症のリスクを増加させ得る。
【0038】
好ましい実施形態では、眼スタビライザ540は、眼を安定させるために、強膜上に配置される眼カップ542を含む。眼スタビライザ540は、マイクロニードルが挿入され得る注射チャネル544を更に含み、その結果、眼カップ542は、注射部位の上の強膜上に配置される。また、注射プロセス中に眼を安定させるために穏やかな吸引を適用することができる任意のデバイスに固定され得る、真空チャネル546が眼スタビライザ540に含まれる。
【0039】
いくつかの他の実施形態では、眼スタビライザ540は、眼を安定させるために、眼カップ542が注射部位の反対側の強膜上に配置されるように、注射チャネルを有さない。いくつかの他の実施形態では、ピンセット又は鉗子を使用する、又は接着材を眼組織表面及び/又は外科用手袋に適用するなど、眼を安定させるための代替方法が採用される。当業者によって理解されるように、眼の安定化の他の方法も使用され得る。
【0040】
分散
本方法及び挿入装置は、網膜下腔に注射された流体の分散特性を改善することに有効であり得る。従来の網膜下注射では、図6Aに示すように、注射流体のほとんど又は全てが網膜下ブレブ610内に保持され、網膜とRPEとの間に著しい隔たりが作り出される。本明細書で使用される場合、「ブレブ」という用語は、少なくとも100μmの網膜とRPEとの間の隔たりを有する網膜下腔の流体充填エリアを指す。これは、網膜及び網膜色素上皮のより大きな隔たりが、組織損傷のリスクと関連付けられ、注射の部位から遠ざかる注射流体の拡散が少なくなるため、望ましくない。
【0041】
網膜下腔内に注射及び保持されたブレブ内にある流体の割合(P)は、網膜下腔内に注射及び保持された流体の体積(A)と、網膜下腔内に形成されたブレブの体積(B)と、に基づいて計算することができる。この割合(P)は、B/A×100%に等しい。明確にするために、注射され、網膜下腔内に保持された流体は、例えば、硝子体内への漏出のために、注射されたが、網膜下腔内に保持されなかった流体を含まない。従来の網膜下注射では、Pは100%に近づく。
【0042】
しかしながら、ある特定の条件に従って注射を実施すると、網膜下腔内に保持された液体の割合が100%をはるかに下回る場合があることが見出されている。例えば、図6Bに示されるように、本明細書に開示される方法に従って注射された流体は、ブレブを形成することなく、注射側から後部網膜及び/又は黄斑に向かって移動し得る。本明細書で使用される場合、「黄斑」という用語は、網膜の中心付近の窩を取り囲むエリアを指す。「窩」という用語は、最高レベルの視覚精度を提供する網膜の真ん中のエリアを指す。いくつかの実施形態では、流体の集まり612が注射部位において形成され得、分散体614が注射部位から離れて、網膜が流体の集まり612と分散体614との間でRPEに付着したままになる。流体の集まり612はまた、図6Aに関して考察されるように、総注射体積と比較して保持された流体の割合(P)を有し得る。いくつかの実施形態では、Pは、75%、60%、50%、40%、30%、25%、20%、又は10%などの、90%未満である。いくつかの実施形態では、Pは、20%~60%などの、10%~75%であり得る。
【0043】
実施形態では、所望の流体分散パターンを達成することは、0.3μL/秒~20μL/秒、0.5μL/秒~15μL/秒、1μL/秒~10μL/秒、3μL/秒~8μL/秒、又は約5μL/秒などの、0.1μL/秒~50μL/秒の流速で流体を注射することを伴う。
【0044】
実施形態では、本明細書に開示される方法に従って流体を注射することは、図7に示される分岐分散パターンを生成するのに有効である。いくつかの実施形態では、分岐分散パターンは、網膜下腔内の流体の円周方向の広がりから生じる複雑な木のようなパターンであり得る。他の実施形態では、流体の円周方向の分散はあまり画定されない場合があるが、網膜下ブレブが形成される程度ではない。
【0045】
本発明は、以下の非限定的な実施例を参照して更に理解することができる。
【0046】
実施例1:高精度マイクロニードル注射器
網膜下腔への注射を標的とするマイクロニードルベースの方法を開発するために、げっ歯類の眼に対して作業を行い、これは、それらのサイズが小さいため、特に作業が困難であり、注射を正確に制御することが極めて重要である。網膜下腔では、注射プロセスの精度が、例えば、脈絡膜上腔と比較して更に重要であるため、げっ歯類の眼での初期研究により、網膜下注射に必要な注射の精密制御を開発するための良い出発点が提供された。
【0047】
ラット用に長さ160μm、モルモット用に長さ260μmの超小型中空ガラスマイクロニードルを含む注射器を開発した。注射部位での強膜変形を制限するための針ハブも使用した。針先端の長さを110μm、傾斜角度を55°とすることで、漏れのない挿入を最適化した。加えて、プローブを使用して、穏やかな真空を適用することによって眼を固定した。
【0048】
注射器の設計及び製作
中空マイクロニードルを製作するために、火災研磨アルミノシリケートガラスピペット(外径1mm、Sutter Instrument、Novato,CA,USA)をマイクロピペットプーラ(P-97、Sutter Instrument)を使用して引っ張った。得られたマイクロニードルを、ベベラデバイス(BV-10、Sutter Instrument)を利用して、所望の角度で傾斜をつけた。次いで、エタノールをマイクロニードルに流し、続いて脱イオン水を2回流し、管腔のガラス片を除去した。最後に、マイクロニードルを、12mm長さのステンレス鋼管(外径1.47mm、肉厚0.2mm、McMaster-Carr、Douglasville,GA,USA)に個別に収納し、かつ10μlのハミルトンシリンジ(#7653-01,Hamilton,Reno,NV,USA)に、細かいねじ込み継手(M3-0.1、Base Lab Tools、Stroudsburg,PA,USA)を介して接続した。ねじ込み継手の極めて小さいねじ山は、鋼管を針の長さに沿って前後に動かすことで、管から突出するマイクロニードルの長さを微調整することができた。
【0049】
針ハブ及び真空眼スタビライザは、コンピュータ支援設計(Solidworks、Waltham,MA USA)を介して設計され、3Dプリンタデバイス(SLA Form 2、Formlabs、Somerville,MA,USA)を使用して製造された。これらの部品は、眼表面と接触するため、最高の解像度で印刷され、滑らかな表面仕上げを提供し、実体顕微鏡(Olympus SZX 16、Olympus、Tokyo,Japan)を通した検査によって確認された。
【0050】
マイクロニードル注射器の開発
マイクロニードルの寸法は、個々の販売物に材料を注射するのに使用されるマイクロピペット(例えば、体外受精に使用されるもの)から適合された技法を使用して、ガラスからマイクロニードルを作製することにより縮小された。ガラスマイクロニードルは製作及び取り扱いが容易であり、使用中に破損することはなかったが、超小型のマイクロニードルは、他の方法を使用して他の材料から製作することができる(Kim et al.Intrastromal delivery of bevacizumab using microneedles to treat corneal neovascularization.Investigative ophthalmology & visual science.Davis et al.Hollow metal microneedles for insulin delivery to diabetic rats.IEEE Transactions on Biomedical Engineering.2005;52(5):909-15.)。マイクロピペットプーラ及びベベラを使用して、所定の角度で針先端部を研削し、30°~65°の傾斜角度を有する100μmの短い長さのマイクロニードルを作成した。
【0051】
げっ歯類への確実なマイクロニードルの挿入には、(1)げっ歯類の眼と同様の寸法を有する針を使用すること、及び(2)眼組織への貫通深さを正確に制御することが必要である。正確な組織貫通深さは、注射器デバイスと弾性強膜組織との間の界面での相互作用を制御することによって達成された。げっ歯類の眼の誤差は極めて小さいため、わずか数十ミクロンの貫通誤差が針先端の開口部をSRSから外してしまう可能性があるため、この相互作用の最適化は非常に重要だった。したがって、(1)マイクロニードルの長さ、先端の鋭さ、及び先端の長さ、(2)針ハブの設計、(3)眼の安定化を含む、貫通精度を判定する因子を最適化するために一連の研究が行われた。
【0052】
マイクロニードル先端の鋭利さ
マイクロニードル傾斜角度は、30°~65°の間で変化し、55°が最適な傾斜角度であることが判定された。より鈍い先端(例えば、65°)は、あまりにも鈍く、この動物モデルでは強膜を完全に貫通しなかった。鋭利な先端(例えば、30°及び45°)は、挿入を容易にしたが、この動物モデルでは先端開口部が強膜組織の厚さにまたがっていたため、注射時に液漏れを起こした。
【0053】
マイクロニードル先端の長さ
マイクロニードル先端の長さも、90~150μmの間で変化した。マイクロニードルの先端の長さとは無関係に、55°の傾斜角度を有する全てのマイクロニードルは、強膜組織内に十分に貫通した。しかしながら、より長い先端の長さ(例えば、130μm及び150μm)を有するマイクロニードルは、眼外漏出を呈し、ここで、より短い先端の長さ(例えば、90μm及び110μm)を有するマイクロニードルは、流体を確実に注射した。この動物モデルでは、90μm及び110μmのマイクロニードルが同等の性能を示したため、90μmマイクロニードルよりも110μmマイクロニードルの方が壊れにくいという理由で、110μmマイクロニードルが選択された。
【0054】
針ハブ設計
また、マイクロニードルの不十分な貫通は、組織界面における注射デバイスと強膜との間の望ましくない相互作用から生じ得ると仮定された。針の長さ(α)に対する針ハブ幅(β)のアスペクト比が高いことが、マイクロニードルの貫通を妨げていた制御不良のマイクロニードル-組織相互作用を引き起こしていると疑われた。
【0055】
ハブ幅と針長さの比率
【数1】
に基づく2つの設計パラメータを比較した。
【数2】
前者の設計は、挿入の部位を中心としない広いエリアにわたって組織が変形し、強膜が部分的な針の長さに曝されるため、成功にばらつきがあった。また、ハブのフットプリントが大きいと、注射部位における挿入角度を決定するのも困難になった。対照的に、
【数3】
ハブ形状は、限られた組織変形及び改善された視覚化をもたらして、垂直なマイクロニードル挿入を容易にした。しかしながら、最適な
【数4】
ハブ形状であっても、マイクロニードルの強膜への穿刺は眼の50%で、注射の成功は眼の28%でしか得られなかった。
【0056】
眼の安定化
眼の動きも、MNの貫通の動力学を乱し得る別の交絡因子であった。注射プロセスの長さがミリメートル未満のスケールであることを考慮すると、わずかな眼の動きでもマイクロニードルと組織のずれを引き起こす可能性があり、マイクロニードル及びハブの設計を最適化する有効性が低下する。したがって、注射中の動きを防ぐために眼を安定させると、成功率が改善するという仮説が立てられた。そのため、角膜に穏やかな真空を適用するプローブが設計され、注射中に眼が所定の位置に固定されるようになった。
【0057】
実施例2:経強膜マイクロニードル注射による網膜下送達のための非外科的方法
マイクロニードルを眼内に挿入し、硝子体切除術又は網膜切除術を必要とせずに、強膜及び脈絡膜を貫通することによって材料を網膜下腔(SRS)内に送達した。網膜穿孔の発生がなく、網膜毒性のない脈絡膜出血がほとんど又はまったくなく、SRS内に確実に投与された。組織損傷は、網膜周辺部のマイクロニードル貫通部位に顕微鏡的に局在していた。したがって、経強膜マイクロニードル注射は、従来の治療と比較して、SRS注射の安全な非外科的方法を提供し得る。
【0058】
SRS注射器の設計及び製作
中空マイクロニードルを製作するために、火災研磨アルミノシリケートガラスピペット(外径1mm、Sutter Instrument、Novato,CA,USA)をマイクロピペットプーラ(P-97、Sutter Instrument)を使用して引っ張った。得られたマイクロニードルは、ベベラデバイス(BV-10、Sutter Instrument)を利用して達成された、55°の先端ベベル角度及び110μmの先端の長さを有した。次いで、エタノールをマイクロニードルに流し、続いて脱イオン水を2回流し、管腔のガラス片を除去した。最後に、マイクロニードルを、12mm長さのステンレス鋼管(外径1.47mm、肉厚0.2mm、McMaster-Carr、Douglasville,GA,USA)に個別に収納し、かつ10μlのハミルトンシリンジ(#7653-01、Hamilton、Reno,NV,USA)に、細かいねじ込み継手(M3-0.1、Base Lab Tools、Stroudsburg,PA,USA)を介して接続した。ねじ込み継手の極めて小さいねじ山は、鋼管を針の長さに沿って前後に動かすことで、管から突出するマイクロニードルの長さを微調整することができた。
【0059】
針ハブ及び真空眼スタビライザは、コンピュータ支援設計(Solidworks、Waltham,MA USA)を介して設計され、3Dプリンタデバイス(SLA Form 2、Formlabs、Somerville,MA,USA)を使用して製造された。これらの部品は、眼表面と接触するため、最高の解像度で印刷され、滑らかな表面仕上げを提供し、実体顕微鏡(Olympus SZX 16、Olympus、Tokyo,Japan)を通した検査によって確認された。
【0060】
安全かつ信頼性の高い様式での経強膜SRS送達のための注射方法を評価した。このアプローチは、2つの主要なアウトカムに依存していた。(1)SRS内の針先端の正確な配置、及び(2)眼組織の破壊を最小限に抑えること。これらの所望のアウトカムを達成するために、以下の特徴が注射技法に組み込まれた。(1)強膜及び脈絡膜の厚さに一致するようにしっかりと制御された長さを有するマイクロニードル、(2)眼を安定させるための真空プローブ、及び(3)眼内への垂直マイクロニードル挿入。これらの要素は、制御されたマイクロニードルの長さが、強膜及び脈絡膜を越えてSRS内へ貫通することを可能にしたが、神経網膜へのより深い貫通を物理的に阻害したため、累積的に正確な針の配置を達成した。
【0061】
経強膜SRS注射
強膜表面を露出させるために、ラテックスグローブ法を使用して眼を突出させた。次いで、カスタムメイドの3D印刷された眼球プローブを下方の角膜-強膜の上に置き、そこから穏やかな真空(真空ポンプAIRPO D2028B、Karlsson Robotics、Tequesta,FL USA)を印加して、注射中に眼を固定した。マイクロニードルを上側の辺縁から1~2mm後方の眼内に垂直に挿入し、プランジャを押すことによって液体製剤をゆっくりと注射した(約0.3μl/秒)。マイクロニードルを逆流を防ぐために注射後30秒間所定の位置に保持し、その後、マイクロニードル及びラテックスグローブを取り外し、真空をオフにした。
【0062】
注射前に、マイクロニードルの長さを、マウスでは120μm、ラットでは220μm、モルモット注射では300μmに調整した。各注射は、グローブの突出から始まり、真空がオフになって、グローブが取り外されるまで、約1分かかった。注射の成功を評価するため、注射直後(1分以内)に眼底画像及びOCT画像を収集した。
【0063】
眼の出血
臨床応用のためのSRSへの経強膜注射の開発は、脈絡膜穿刺が制御不能な出血の高いリスクを伴うという予想によって制限されてきた。
【0064】
皮下注射針対マイクロニードル
脈絡膜出血の程度は、脈絡膜血管系への損傷の程度に比例し、これも針のサイズに比例することが見出された。したがって、脈絡膜血管の破裂を最小限に抑えるのに十分な小さい針を使用することによって、出血を軽減させるか、又はなくすことができる。
【0065】
インビボで、ラットの眼の強膜及び脈絡膜を越えて様々なサイズの針を挿入した後、眼出血の発生率を評価した。針を1眼当たり4回まで繰り返し挿入し、外径210μm(33G)、310μm(30G)、又は410μm(27G)の皮下注射針を挿入した全ての眼が、1回又は2回の挿入後に眼内及び/又は眼外出血を経験したことが観察された。対照的に、外径110μmのマイクロニードルの挿入を受けた眼では、1眼当たり4回の挿入後でも、眼内又は眼外出血を呈する眼はなかった。この所見は、皮下注射針では全ての症例で出血につながったのに対し、MNのサイズが小さいため、MNを繰り返し挿入しても眼の出血が回避されたことを示している。
【0066】
複数の挿入の累積的な効果に加えて、それぞれ33G、30G、又は27Gの針で各挿入後に眼出血の67%(6/9)、60%(6/10)、又は75%(6/8)の確率があったことも観察された。眼外出血と眼内出血を比較すると、皮下注射針による眼内出血は22%~62%、眼外出血は30%~75%であった。対照的に、眼内又は眼外出血は、マイクロニードルによる眼穿刺では観察されなかった。
【0067】
眼出血の特性
マイクロニードルデバイスの開発中に、針の挿入に起因する眼の出血が観察された。SRS注射中のこの出血を更に評価するために、経強膜SRS注射を受けた31匹のラットの眼で出血を測定した。注射直後に撮影した連続OCT画像を使用して、各画像の厚さ(120μm)に、個々のOCT画像から測定した網膜下出血の断面積の合計を乗じて出血を計算した。出血は、網膜下ブレブ内の不透明領域として容易に識別可能であった。出血のないブレブは透明(黒)に見えた。全ての測定は、ImageJ(NIH、USA)を使用して行った。
【0068】
脈絡膜血管を貫通すると重篤な出血を引き起こし得るという一般的なパラダイムに反して(Gerding,A new approach toward a minimal invasive retinal implant.Journal of neural engineering.2007;4(1):S30)、SRSマイクロニードル注射後の脈絡膜出血はまれであり、発生してもごくわずかで、自己充足的で、局在化していたことが観察された。これは、脈絡膜血管系を通して微視的に破裂させ、それによって出血の発生率及び程度を最小限に抑えることによって、SRSに到達するマイクロニードルの極小サイズによって達成された可能性が高い。また、挿入角度及び眼球運動の影響を個別に検証したわけではないが、垂直挿入及び眼球の安定化が出血の低発生率に寄与したことはもっともである。
【0069】
全ての症例において出血は最小限であったが、同一のマイクロニードルによって行われたにもかかわらず、注射の45%が検出可能な出血を引き起こさなかった一方で、他の注射が検出可能な出血を引き起こしたことは依然として注目に値する。これは、破裂した血管系のサイズに起因し得る。脈絡膜は、様々なサイズの血管の絡み合ったネットワークからなり(Ferrara et al.,Investigating the choriocapillaris and choroidal vasculature with new optical coherence tomography technologies.Progress in retinal and eye research.2016;52:130-55)、大部分が小脈絡毛細血管からなる領域において脈絡膜を穿孔すると、大血管が切開されたときと比較してかなり小さい出血を引き起こす可能性が高い。この所見は、OCT又は超音波のような非侵襲的な撮像機器を使用して、理想的には中大血管のない最適な穿刺部位を注射前に特定することにより、ヒトにおけるそのようなリスクを更に低減する戦略を提供するものである。
【0070】
経強膜マイクロニードル注射による網膜下送達
SRS注射は、出血することなく脈絡膜を越えること、並びに神経網膜内に深く貫通することなくSRS内に針先端を正確に配置することを伴う。出血を避けるために針の幅を減少させた後、(1)強膜及び脈絡膜のみを貫通するようにマイクロニードルの長さを最適化すること、及び(2)組織内のマイクロニードルの配置を妨害する可能性のある因子を最小化することによって、針貫通深さを制御した。
【0071】
マイクロニードルの長さは、マウス、ラット、モルモットという3つの動物モデルの解剖学的構造を考慮し、マイクロニードルがSRSに到達するために越えなければならない結膜、強膜、脈絡膜の総厚を考慮して最適化した。これにより、マウス、ラット、及びモルモットのそれぞれ120μm、220μm、及び300μmの最適なMN長が得られ、これは、マイクロニードル露出長を制御するために、微調整ネジを備えた調整可能なホルダにMNを装着することによって正確に制御された。使用された全てのマイクロニードルはまた、先端の長さが110μmであり、先端傾斜角度が55°であった。マイクロニードルの挿入及び注射中に組織内に正確にマイクロニードルを配置した後の移動は、(1)テーパ状の針ハブを使用して垂直挿入を容易にすること、及び(2)眼の安定化によっても最小限に抑えられた。
【0072】
マウス、ラット、及びモルモットにおけるSRS送達のための最適化された注射技法を使用して、SRSにおける流体ブレブの形成に基づいて、SRS送達の成功を評価した。ラットに65回のSRS注射を行ったところ、86%の確率でブレブが形成され、SRS注射技法の一般的な信頼性が示された。ブレブの形成は、明視野眼底撮像によって容易に明らかであり、光学コヒーレンス断層撮影(OCT)撮像では、SRSに局在するブレブの形成が更に確認された。同様の研究が、マウス及びモルモットで実施され、同様の所見が得られた。他の方法によるSRS注射と一致して、誘発された網膜下ブレブは、一過性であり、注射後24時間以内に自己解決した。
【0073】
急性及び長期の安全性検査
脈絡膜出血以外の安全性をよりよく理解することを目的として、急性及び長期のアウトカムを特定するために、いくつかの時点における死後の広範な分析が行われた。組織学的検査では、6週間にわたり、マイクロニードル穿刺の部位以外のブレブ領域のどこにも目立ったものはなかった。穿刺部位において、脈絡膜とRPEとにわたって貫通した形跡があったが、網膜にわたる穿刺は見られず、この顕微鏡的穿刺は時間の経過とともに拡大することはなかった。軽度のマクロファージ反応も穿刺部位において注射24時間後に観察されたが、10日以内に消失した。血管新生又はアポトーシスの形跡はなかった。まれに、網膜損傷に関連付けられた注射部位の近くで、内側網膜層への注射が見られた。
【0074】
実施例3:眼の網膜下腔における分岐パターン形成
SRS内への注射は、標的遺伝子治療及び疾患網膜細胞への薬物送達を可能にして、種々の視力を脅かす眼の障害を治療する。しかしながら、このアプローチは、概して制御されていない不可避のアウトカムと見なされる、下層の網膜色素上皮からの網膜剥離に起因する網膜下水疱(すなわち、ブレブ)の形成によって制約される(Ding et al.,AAV8-vectored suprachoroidal gene transfer produces widespread ocular transgene expression.The Journal of clinical investigation.2019;129(11):4901-11;Baldassarre et al.,Subretinal delivery of cells via the suprachoroidal space:Janssen trial.Cellular Therapies for Retinal Disease:Springer;2017.p.95-104)。この水疱は、脆弱な網膜構造への負担及び剥離による安全性の懸念(Ochakovski et al.,Retinal gene therapy:surgical vector delivery in the translation to clinical trials.Frontiers in neuroscience.2017;11:174)及びSRSにおける不十分な注射拡散による有効性の制限を生じさせる(Yiu et al.,Suprachoroidal and subretinal injections of AAV using transscleral microneedles for retinal gene delivery in nonhuman primates.Molecular Therapy-Methods & Clinical Development.2020;16:179-91)。しかしながら、本明細書に別様に開示される方法に従ってSRS注射を行ったとき、分岐パターンを伴うSRS内の流体伝播の形成が観察された。
【0075】
これらの方法に従って粒子懸濁液をSRS内に注射すると、網膜下組織界面に沿って流体の流れの筋状のフィンガが形成され、それが成長するにつれて分岐を繰り返す。このフィンガリングの流れは、最初は眼の層の微小剥離を引き起こし、最終的には網膜の完全剥離に拡大し、水疱を形成した。また、注射流量の増加は、水疱の成長を阻害しながら注射された流体の網膜下拡散を増加させることができ、それによって現在のSRS注射に関連付けられる安全性及び有効性の懸念の両方に対処することが観察された。これらの観察結果は、生物学的複雑性の存在下で、流体力学、粘弾性力学、接着力学の複数の物理学が交差する、新しいクラスの流れの不安定性問題を導入している。これらの所見はまた、水疱形成を最小限に抑えながら注射の広がりを最大化するSRS注射によって可能になるより、安全でより効果的な眼科治療にも重要な意味を有する。
【0076】
固体懸濁液の注射後に複雑な分岐パターンが出現する
高度な眼の撮像技法を採用することにより、インビボでのげっ歯類の眼のSRSにおける流体拡散挙動を特徴付けた。蛍光剤は、より良好な可視化及びより詳細な流れの追跡を提供するために注射媒体に添加された。フルオレセインを含有する溶液をSRS内に遍在的に注射すると、眼底画像及びOCT画像に見られるように、網膜が下層組織から剥離し、流体水疱が形成された。
【0077】
(1)界面流動における固体粒子懸濁液のユニークな挙動、及び(2)遺伝子及び幹細胞療法に対するその関連性によって動機付けられて、蛍光ナノ粒子を含有する希釈水溶液をラットの眼のSRS内に注射した。溶液とは異なり、懸濁液注射では、注射部位から生じ、放射状に伸びながら分岐する筋状のフィンガによる自己組織化パターン形成が顕著に観察された。これらの高度に分岐した構造は、蛍光懸濁液を伴う全ての注射で例外なく出現し、異なる動物モデル(例えば、モルモット)で同様に再現可能であった。
【0078】
網膜下界面でパターンフィンガが形成され、水疱形成に先行し得る
組織切片の組織学的検査により、網膜の基底部に隙間が形成されていることが明らかになった。水疱が網膜を完全に剥離した領域、並びに網膜が水疱によって局所的に剥離されていない網膜下広がりの前縁に隙間が生じた。注射された粒子は、組織学的組織調製中に溶解したため見ることができなかったが、隙間の存在は、溶液注射を受けた眼内にはそれらの隙間が見られなかったため、パターンフィンガが残した痕跡によるものである可能性がある。
【0079】
懸濁液及び溶液のパターン形成挙動の明らかな不一致は、物理的な立体封入の議論によって説明することができる。懸濁液注射では、流体フィンガが網膜-RPE界面で軟質網膜を変形させ、隙間を作成する。流体が新たに形成されたフィンガチャネル内で流れ続けると、粒子は隙間の閉じ込め境界の間でせん断され、凝集してフロックが形成される。この粒子のフロックは、ブリスタが網膜を完全に剥離した後も隙間に付着したままであり、ブリスタ領域で網膜にフィンガが付着しているのが確認されたOCT画像での以前の観察と一致している。得られたフロック形成は、周囲のバルク流体と比較して、フィンガチャネル内でより高いコントラストを生成することによって、フィンガの視覚化を可能にする。一方、溶液注射では、フィンガチャネルを通して可溶性分子を流れるときにこれらのフロックは形成されず、新たに形成されたフィンガは網膜の粘弾性弛緩によって急速に平滑化されるため、直接可視化を妨げる。この機構は、シェル岩石の水圧破砕における希釈プロパント(すなわち、小さな固体粒子)の効果に類似しており、リザーバからの油の連続的な流出のために亀裂を開いた状態に保つ。したがって、SRS注射中の固体粒子の存在は、分岐する流れパターンの撮像を容易にしたが、分岐する流れパターンを生成するために必要とされなかったと考えられる。
【0080】
注射流量の増加パターン化された流れの増加及び水疱の成長の抑制
この新たな理解を得て、流体-固体(すなわち組織)の相互作用を操作して、界面パターン形成による流れを促進できるかどうかが探求された。より速い流量で流体を注射することによって、フィンガリング流量を増加させることができると考えられた。SRS内の流体の流れは、その典型的なアスペクト比(広がりの半径/水疱高さr/h>>1)から、狭いギャップ内の流れとして近似できる。このように、SRSの半径方向の圧力勾配は、ダーシーの法則、Q=-[2πrh^3/(12μ)]∂pに従うが、このとき流体圧力は、課された流量、p約12μQ/(2πh^3)に比例する。ここで、pは流体圧力であり、Qは流量を示し、rは広がりの半径であり、hは水疱高さを示し、μは流体粘度を表す。したがって、より速い流量で注射すると、流体ドメイン内の圧力が増加する。この圧力の増加は、網膜を偏向させることで流れを収容し、水疱をより大きく成長させるか、又はSRSを横方向に拡張させ、よりパターン化された流れをもたらす。
【0081】
この高い流速を使用すると、パターン化された流れと水疱の流れは全ての体積で共存し、遅い流速を使用した以前の観察と一致した。しかしながら、高速注射は、水疱の高さを抑制しながら、放射状の広がりを有意に増加させた。この効果を定量化するために、拡散面積、正常拡散半径、及び水疱の高さを含む、フロー特性が測定された。流速の増加は、軟らかい網膜が剥離する自然な傾向があるにもかかわらず、水疱状のたわみではなく、界面領域の拡大を増加させることによって流体生体力学を劇的に変化させ、流れに適応させた。特に、流量を20倍に増やすと、それぞれ面積は133%±79.5%、公称広がり半径は50.6%±27.8%増加した一方で、水疱の高さは平均42.4%±17.6%抑制された。
【0082】
臨床的見地からは、粒子のSRS注射が注目されているが、網膜遺伝子治療で広く使用されているため、特にアデノ随伴ウイルス(AAV)粒子に応用が集中している。したがって、直径約25nmのAAVベクター(Dalkara et al.,Inner limiting membrane barriers to AAV-mediated retinal transduction from the vitreous.Molecular Therapy.2009;17(12):2096-102)を注射し、同様の拡散挙動を観察した。これは、懸濁液注射に関する前述の所見が、ポリマー粒子に限定されず、ウイルス送達用途にも適用されることを示唆している。
【0083】
ゆっくりとした注射の流動特性から、ある特定の臨界容積(V≒2μl)において、SRSの広がりは臨界面積(A≒10mm)及び臨界半径(R≒2mm)に停滞し、それを超えると流体はもはや網膜下界面に沿って伝播することができなくなるという、別の重要な流体-固体の力学的挙動が明らかになった。ここで報告された定量的な値はラット眼での研究に特有のものであるが、観察された定性的な現象は、ヒト及び他の動物にも適用できると考えられている。ダーシーの法則によれば、流体の圧力及び流量は正比例するので、臨界半径において、流体の圧力は、流量がゼロに近づくそれらの力の総和によってバランスが取られている。その時点で、更に液体を注射しても、網膜を持ち上げることしかできない。
【0084】
本開示のいくつかの実施形態は、以下のうちの1つ以上を考慮して説明することができる。
実施形態1.治療剤を患者の眼に投与する方法であって、マイクロニードルを患者の眼に挿入することであって、マイクロニードルが、硝子体内ではなく、かつ硝子体切除術又は網膜切除術なしに、強膜及び脈絡膜層を通って延在する、挿入することと、治療剤を含む流体を、マイクロニードルの管腔を通して、眼の網膜下腔(SRS)に注射することと、を含み、マイクロニードルが、(i)40°~70°の傾斜角度を有する傾斜先端と、(ii)150μm未満である外径と、を有する、方法。
実施形態2.傾斜角度が50°~60°であり、外径が75μm~125μmである、実施形態1の方法。
実施形態3.マイクロニードルの先端開口部が、網膜の外核層よりも深く貫通することなく、網膜と網膜色素上皮(RPE)層との界面に位置するように、マイクロニードルが挿入される、実施形態1又は2の方法。
実施形態4.挿入する前に、大きな結膜血管、脈絡膜血管及び網膜血管が存在しない針経路を有する1つ以上の標的部位を識別するために、眼の組織を撮像することと、マイクロニードルを挿入するための部位として、1つ以上の標的部位のうちの1つを選択することと、を更に含む、実施形態1~3のいずれか1つの方法。
実施形態5.マイクロニードルを挿入しながら、眼を安定させることを更に含む、実施形態1~4のいずれか1つの方法。
実施形態6.挿入の部位が、周辺網膜、中間周辺、又は後部網膜から選択される、実施形態1~5のいずれか1つの方法。
実施形態7.注射することが、網膜下ブレブの成長を抑制し、流体を挿入の部位から遠ざけ、任意選択で、後部網膜及び/又は黄斑部に向かって誘導する様式で行われる、実施形態1~6のいずれか1つの方法。
実施形態8.注射された流体の50%などの、25%~75%が、網膜下ブレブを形成する、実施形態7の方法。
実施形態9.注射することが、注射の部位から円周方向に広がる複雑な木のような分岐パターンの形成を生じる、実施形態7又は8の方法。
実施形態10.流体が、2~10μL/秒などの、0.5μL/秒~20μL/秒の流量で注射される、実施形態7~9のいずれか1つの方法。
実施形態11.治療剤が、加齢性黄斑変性症、黄斑浮腫、糖尿病性網膜症、レーバー先天性黒内障、網膜色素変性症、又は緑内障の治療に有効である、実施形態1~10のいずれか1つの方法。
実施形態12.治療剤が、幹細胞、分化細胞、ウイルス、ファージ、遺伝子ベクター、ナノ粒子、微小粒子、抗体、タンパク質、小分子、網膜補綴物、及び/又は人工網膜を含む、実施形態1~11のいずれか1つの方法。
実施形態13.マイクロニードルの挿入部分が、約500μm~1.5mmの長さを有する、実施形態1~12のいずれか1つの方法。
実施形態14.挿入する前に、マイクロニードルの傾斜先端が、マイクロニードルの完全な挿入時にSRS内に位置付けられるように構成されるように、マイクロニードルの長さを選択することを更に含む、請求項1に記載の方法。
実施形態15.患者の眼の網膜下腔(SRS)に治療剤を投与するための注射装置であって、針ハブから延在し、強膜及び脈絡膜層を通って挿入されるが、硝子体には挿入されないように構成されているマイクロニードルと、マイクロニードルの挿入後に、マイクロニードルの管腔を通してSRS内に治療剤を含む流体を注射するように構成されている注射器と、を備え、マイクロニードルが、(i)40°~70°の傾斜角度を有する傾斜先端と、(ii)150μm未満である外径と、を有する、注射装置。
実施形態16.マイクロニードルが、50μm~120μmの外径を有し、傾斜角度が50°~60°である、実施形態15の注射装置。
実施形態17.マイクロニードルが、500μm~1.5mm、800μm~1.2mm、又は約1mmなどの、500μm~2mmの長さを有する、実施形態15又は16の注射装置。
実施形態18.針ハブが幅(W)を有し、長さ(L)としてのマイクロニードル、W:Lの比が、0.2~5、0.5~3、0.7~2、0.8~1.5、又は約1などの、0.1~10である、実施形態15~17のいずれか1つの注射装置。
実施形態19.注射器が、流体のためのリザーバと、リザーバからマイクロニードル内へ、かつマイクロニードルを通して流体を駆動する手段と、を含む、実施形態15~18のいずれか1つの注射装置。
実施形態20.注射装置が、患者の眼内の標的部位に対するマイクロニードルの位置を安定させるための手段、及び/又は大きな結膜血管、脈絡膜血管及び網膜血管が存在しないマイクロニードル挿入経路の標的部位を撮像するように構成されている撮像システムと、を更に含む、実施形態15~19のいずれか1つの注射装置。
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4
図5A
図5B
図5C
図5D
図6A
図6B
図6C
図7
【国際調査報告】