IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ウニヴェルシタ・デグリ・ストゥディ・ディ・ベローナの特許一覧

特表2024-540353宿主生物の酸化ストレス及び/又は光阻害に対する耐性を改善し、宿主生物のバイオマス生産性を改善し、かつ/又は高光量条件での培養に際して他の競合生物に勝るための、改変されたβ-カロテンケトラーゼ(BKT)又は対応する核酸の使用
<>
  • 特表-宿主生物の酸化ストレス及び/又は光阻害に対する耐性を改善し、宿主生物のバイオマス生産性を改善し、かつ/又は高光量条件での培養に際して他の競合生物に勝るための、改変されたβ-カロテンケトラーゼ(BKT)又は対応する核酸の使用 図1
  • 特表-宿主生物の酸化ストレス及び/又は光阻害に対する耐性を改善し、宿主生物のバイオマス生産性を改善し、かつ/又は高光量条件での培養に際して他の競合生物に勝るための、改変されたβ-カロテンケトラーゼ(BKT)又は対応する核酸の使用 図2
  • 特表-宿主生物の酸化ストレス及び/又は光阻害に対する耐性を改善し、宿主生物のバイオマス生産性を改善し、かつ/又は高光量条件での培養に際して他の競合生物に勝るための、改変されたβ-カロテンケトラーゼ(BKT)又は対応する核酸の使用 図3
  • 特表-宿主生物の酸化ストレス及び/又は光阻害に対する耐性を改善し、宿主生物のバイオマス生産性を改善し、かつ/又は高光量条件での培養に際して他の競合生物に勝るための、改変されたβ-カロテンケトラーゼ(BKT)又は対応する核酸の使用 図4
  • 特表-宿主生物の酸化ストレス及び/又は光阻害に対する耐性を改善し、宿主生物のバイオマス生産性を改善し、かつ/又は高光量条件での培養に際して他の競合生物に勝るための、改変されたβ-カロテンケトラーゼ(BKT)又は対応する核酸の使用 図5
  • 特表-宿主生物の酸化ストレス及び/又は光阻害に対する耐性を改善し、宿主生物のバイオマス生産性を改善し、かつ/又は高光量条件での培養に際して他の競合生物に勝るための、改変されたβ-カロテンケトラーゼ(BKT)又は対応する核酸の使用 図6
  • 特表-宿主生物の酸化ストレス及び/又は光阻害に対する耐性を改善し、宿主生物のバイオマス生産性を改善し、かつ/又は高光量条件での培養に際して他の競合生物に勝るための、改変されたβ-カロテンケトラーゼ(BKT)又は対応する核酸の使用 図7
  • 特表-宿主生物の酸化ストレス及び/又は光阻害に対する耐性を改善し、宿主生物のバイオマス生産性を改善し、かつ/又は高光量条件での培養に際して他の競合生物に勝るための、改変されたβ-カロテンケトラーゼ(BKT)又は対応する核酸の使用 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-10-31
(54)【発明の名称】宿主生物の酸化ストレス及び/又は光阻害に対する耐性を改善し、宿主生物のバイオマス生産性を改善し、かつ/又は高光量条件での培養に際して他の競合生物に勝るための、改変されたβ-カロテンケトラーゼ(BKT)又は対応する核酸の使用
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/13 20060101AFI20241024BHJP
   C12N 15/30 20060101ALI20241024BHJP
   C12N 15/54 20060101ALI20241024BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20241024BHJP
   C12N 9/10 20060101ALN20241024BHJP
   C07K 14/405 20060101ALN20241024BHJP
【FI】
C12N1/13 ZNA
C12N15/30
C12N15/54
C12N15/63 Z
C12N9/10
C07K14/405
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024526815
(86)(22)【出願日】2022-10-28
(85)【翻訳文提出日】2024-06-28
(86)【国際出願番号】 IB2022060381
(87)【国際公開番号】W WO2023073631
(87)【国際公開日】2023-05-04
(31)【優先権主張番号】102021000027824
(32)【優先日】2021-10-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】IT
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】524165540
【氏名又は名称】ウニヴェルシタ・デグリ・ストゥディ・ディ・ベローナ
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】マッテオ・バッロターリ
(72)【発明者】
【氏名】ステファノ・カッツァニーガ
(72)【発明者】
【氏名】フェデリコ・ペーロゼーニ
(72)【発明者】
【氏名】ニコ・ベッテールレ
【テーマコード(参考)】
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B065AA83X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065BC07
4B065BC48
4B065CA29
4B065CA54
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA20
4H045DA89
4H045EA05
4H045FA72
4H045FA74
(57)【要約】
宿主生物の酸化ストレス及び/若しくは光阻害に対する耐性を改善するため、又は宿主生物のバイオマス生産性を改善するため、並びに/又は高光量条件下での培養に際して他の競合生物に勝るための、改変されたβ-カロテンケトラーゼ(BKT),又は対応する遺伝子、及びこれらを含む微細藻類株の使用が開示される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
宿主生物の酸化ストレス及び/若しくは光阻害に対する耐性を改善するため、又は宿主生物のバイオマス生産性を改善するため、並びに/又は高光量条件下及び少なくとも1%CO2の存在下での培養に際して他の競合生物に勝るための、配列番号1を含むポリペプチド、又は配列番号1を含むポリペプチドをコードする核酸、又は配列番号1を含むポリペプチドをコードする核酸を含む発現ベクターの使用。
【請求項2】
ポリペプチドが、配列番号2、好ましくは配列番号3、より好ましくは配列番号4を含む、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
核酸が、配列番号2、好ましくは配列番号3、より好ましくは配列番号4を含むポリペプチドをコードする、請求項2に記載の使用。
【請求項4】
核酸が、配列番号5を含むポリペプチドをコードする、請求項3に記載の使用。
【請求項5】
発現ベクターが、配列番号5を含むポリペプチドをコードする核酸を含む、請求項3に記載の使用。
【請求項6】
ベクターがpOpt2_mVenus_Paroである、請求項5に記載の使用。
【請求項7】
ポリペプチドが、単細胞光合成生物の細胞において発現される、請求項1から6のいずれか一項に記載の使用。
【請求項8】
単細胞光合成生物が微細藻類である、請求項7に記載の使用。
【請求項9】
微細藻類がクラミドモナス属のものである、請求項8に記載の使用。
【請求項10】
クラミドモナス細胞がコナミドリムシ種のものである、請求項9に記載の使用。
【請求項11】
高光量条件が1000μmol m-2 s-1超である、請求項1から10のいずれか一項に記載の使用。
【請求項12】
高光量条件が1500μmol m-2 s-1超である、請求項11に記載の使用。
【請求項13】
高光量条件が3000μmol m-2 s-1超である、請求項12に記載の使用。
【請求項14】
培養が2~4%CO2の存在下である、請求項1から13のいずれか一項に記載の使用。
【請求項15】
培養が約3%CO2の存在下である、請求項14に記載の使用。
【請求項16】
カロテノイドの生合成に関与する酵素をコードする少なくとも1つの更なるポリペプチド、又は更なるポリペプチドをコードする核酸が使用される、請求項1から15のいずれか一項に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願に対する相互参照
この特許出願は、2021年10月29日出願のイタリア特許出願第102021000027824号に基づく優先権を主張し、その開示全体が参照により本明細書に組み込まれる。
【0002】
本発明は、宿主生物の酸化ストレス及び/若しくは光阻害に対する耐性を改善するため、又は宿主生物のバイオマス生産性を改善するため、並びに/又は高光量条件における培養に際して他の競合生物に勝るための、改変されたβ-カロテンケトラーゼ(BKT)又は対応する核酸の使用に関する。
【背景技術】
【0003】
光合成生物は、我々の惑星に到達する太陽光のほぼ無限の供給を利用して、CO2を有機分子に同化し、バイオマスを蓄積する。このバイオマスは、原料、食料及びバイオ燃料に加工されるか、又は肥料から薬物に及ぶ多くの様々な応用を有する多様な複雑な化学物質を得るのに使用される。
【0004】
微細藻類は、作物植物よりはるかに高い潜在的な生成収率を有する、真核光合成単細胞生物の幅広い群である(Stephensonら、2011)。分類学的観点から真核生物のみが微細藻類に分類されるべきであるとしても、通常、原核光合成種も微細藻類と考えられる。それらのより単純な単細胞構造のおかげで、それらのバイオマスは全て光合成的に活性であり、光、CO2及び栄養をより容易に得られる。微細藻類は迅速に増殖し、最良の条件では1日未満の倍加時間を有するが、陸生植物は1年あたり数回の採取サイクルにしか到達できない。微細藻類は代謝的に柔軟であり、増殖条件及び使用される基質次第で、独立栄養増殖から混合栄養増殖に移行しうる。更に、微細藻類は、惑星の様々な大気条件全てに順応し、極端なpH、低塩分及び高温等の多くの様々な種類のストレスに対し回復力がある種を含む(Guiry、2012)。この自然の可変性のおかげで、微細藻類は従来の食料生産のための資源と競合せず、汽水又は廃水又は海産種については海水を使用して増殖することができる。現在いくつかの微細藻類の種が、開放池又は閉鎖フォトバイオリアクター等の、単純な又はより複雑な人工培養機構において培養されている。
【0005】
光合成の光エネルギー捕捉能力の、制御された微生物培養の高収率との組合せにより、微細藻類は、栄養、水産養殖、医薬品、及びバイオ燃料を含む分野における経済的な産業規模の生産工程にとって、潜在的に有益な生物となる。実際、いくつかの微細藻類の種は、ヒト消費のための可能性のある「新規食料」供給源に含まれ(Bernaertsら、2019、Koyandeら、2019a)、現在、いくつかの株について、高価値代謝物が、化粧品部門において、魚/動物飼料のために、バイオプラスチック、薬物、又は他の商品の生産のために使用されることが考えられている(Camachoら、2019、Koyandeら、2019b、Sathasivamら、2019、Freudenbergら、2020、Petroutsosら、2021)。微細藻類は、環境への応用についても高い潜在能力を有し、農業においてバイオスティミュラント、肥料及び/又は生物農薬として使用され、肥料及び農薬の環境への負の影響を低減させる(Mutale-Joanら、2020)。最後に、バイオ燃料に対する、微細藻類バイオマスの潜在的な使用が考えられている。
【0006】
それらの潜在能力にもかかわらず、微細藻類の産業応用は現在、工程の経済的な実行可能性を限定する一連の生理学的及び技術的制約により、高価値生物活性化合物及び組換えタンパク質の生産に限定されている(Borowitzka、2013、Quinn及びDavis、2015)。微細藻類培養を改善することは、培養技法、応用及び経済性に関係する多変数の問題であるが、何よりもまず、太陽光利用の改善を必要とする。
【0007】
緑藻類についてのモデル生物は、そのゲノムが既に配列決定され特徴付けられていることから、コナミドリムシ(Chlamydomonas reinhardtii)である。コナミドリムシは、約10μmの細胞、2本の鞭毛及び大型の葉緑体を特徴とする。
【0008】
しかし、コナミドリムシは、より強力かつ迅速に増殖する種、例えばとりわけ、クロレラ(Chlorella)、セネデスムス(Scenedesmus)、ナンノクロロプシス(Nannochloropsis)属に属する種が好ましい産業レベルでは、めったに使用されない。しかし、コナミドリムシは、遺伝子操作のためのバイオテクノロジーツール、とりわけCRISPRゲノム編集、合成生物学、遺伝子過剰発現等がより発展している真核微細藻類の種である(Ngら、2017、Crozetら、2018、Linら、2019、Baierら、2020)。近年、コナミドリムシの高細胞密度培養を得るための方法が、増殖培地の最適化に基づき報告され、この種においても可能性のある産業応用の道を開いた(Freudenbergら、2021)。
【0009】
年間で、光合成により炭素100ペタグラム(Pg)超の同化が生じる(Fieldら、1998)。酸素発生型光合成は、チラコイド膜における4つのマルチサブユニット膜-タンパク質複合体:2つの光化学系(PSI及びPSII)、シトクロムb6f及びATPアーゼにより実施される(Nelson及びBen Shem、2004)。各光化学系は、光吸収を増大させるアンテナ複合体と呼ばれるタンパク質サブユニットの列に連結したコア複合体により構成される(Van Amerongen及びCroce、2013)。アンテナ及びコア複合体はともに、色素クロロフィルa、b及びカロテノイドと結合するいくつかのタンパク質サブユニットを含む。
【0010】
淡黄色から深い赤色の範囲の色素であるカロテノイドは全ての光合成生物に存在し、そこで光合成における重要な役割を果たす。カロテノイドは、クロロフィル吸光度が弱い光合成活性領域(PAR)における光化学系集合体及び集光に関与する。カロテノイドは葉緑体の抗酸化ネットワークに寄与し、光合成により発生したROSを解毒して脂質過酸化を防止する。カロテノイドは一重項酸素の最も有力な消光剤と考えられ、生物機構において直面するラジカル種、例えば過酸化水素、一重項酸素、窒素酸化物及びスーパーオキシドアニオンのうちのいずれかと反応することができる(Paiva及びRussell、1999)。光合成サブユニットに結合したカロテノイドはクロロフィル分子と密接に接触しており、それらがいくつかの光防御機序に関与して、光阻害及び活性酸素種形成のリスクを低減させる(Petermanら、1995)。
【0011】
カロテノイドは、光合成生物の葉緑体並びに果実及び花の有色体においてみられる(Brittonら、1998)。ヘマトコッカス・ラクストリス(Haematococcus lacustris)(以前はH・プルビアリス(H. pluvialis))由来のアスタキサンチン(3,3'-ジヒドロキシ-β,β-カロテン-4,4'-ジオン)等の一部のカロテノイドは、サイトゾルにもみられる。カロテノイドは葉緑体及び葉において遊離形態として生じ、通常他の部位ではエステル化されている。カロテノイドは、環状の末端基(環)を末端とし、酸素含有官能基により補完されうる分子の骨格である、40炭素ポリエン鎖に由来する。化学的構造に基づき、カロテノイドは2つの群に分類される:カロテン及びキサントフィルとして通常公知の、両端で環化した炭化水素、これらの炭化水素の酸素化誘導体。カロテノイドにおける特定の末端基の性質が、それらの光学的特性及び極性に影響を及ぼし、個々のカロテノイドが生体膜と相互作用する様式を変化させる。カロテノイド生合成における基本的なステップは、無色のC-40化合物フィトエンを形成するための、2つのゲラニルゲラニル二リン酸(GGPP)縮合である。フィトエンは、フィトエン不飽和化酵素(PDS)による一連の4回の不飽和化を受けて、リコペンを形成する。不飽和化反応により、カロテノイド構成物に発色団特性を与える共役系列の炭素-炭素二重結合が増大し、フィトエンが淡紅色のリコペンに変換される。リコペンβ-及びε-シクラーゼによるリコペンの環化が、各末端にβ-イオノン環を有するβ-カロテン、又は1つのε-環及び1つのβ-環を有するα-カロテンを生成する。β-カロテンは、PSI及びPSIIの反応中心並びにPSIのアンテナに結合しているが、α-カロテンは通常、キサントフィルに急速に変換され、ごくわずかしか存在しない。環の様々な位置においてカロテンに付加された様々な酸素基、及びそれらの様々な組合せが、数百の様々なキサントフィルを生成しうるが、それらにおける限定された基のみしか光合成に使用されない。緑藻類についてのモデル生物であるコナミドリムシでは、これらのキサントフィルは、ε-βルテイン及びロロキサンチン及びβ-βゼアキサンチン、ビオラキサンチン及びネオキサンチンである(Niyogiら、1997、Perozeniら、2020b)。ゼアキサンチン及びルテインは、β-カロテン及びα-カロテンそれぞれの環のC-3位での水酸化により生成される。低光量条件では、ルテインの一部がロロキサンチンに変換される(Takaichi、2011a)。対照光条件下では、ゼアキサンチンが、酵素ゼアキサンチンエポキシダーゼ(ZEP)により触媒される反応である、β-環への5,6-エポキシ基の導入により、ビオラキサンチンに容易に変換される。高光量では、ビオラキサンチンデエポキシダーゼ(VDE)が、ビオラキサンチンをゼアキサンチンに変換し直す脱エポキシ化反応を触媒する。この、ゼアキサンチン及びビオラキサンチンの相互変換はキサントフィルサイクルと名付けられ、変化する環境条件への順応及びNPQ活性化についての鍵である(Demmig-Adamsら、1996)。β-β経路の最後のステップでは、ビオラキサンチンが、ネオキサンチン合成酵素(NSY)の活性によりネオキサンチンに変換される。集光性複合体における様々なキサントフィルの化学量論及びそれらの特定の結合部位は、微細藻類から作物植物までの広範な分類群においても保存されており、様々なカロテノイドの特定の機能を示す(Cunningham及びGantt、1998、Takaichi、2011b、Girolomoniら、2020)。この保存された配分にもかかわらず、藻類の他の種では、様々な種類のキサントフィルが存在する。珪藻類及び多細胞褐藻類は、キサントフィルフコキサンチン、ジアジノキサンチン及びジアトキサンチンを蓄積する(Bertrand、2010)が、微細藻類の一部の種は、アスタキサンチン等のケトカロテノイドを蓄積することができる(Shahら、2016、Rothら、2017、Novoveskaら、2019)。ケトカロテノイドは、緑色微細藻類に通常蓄積されるカロテン及びキサントフィルに対してより大きい抗酸化能力を示す(Lemoine及びSchoefs、2010、Perozeniら、2020b)。ケトカロテノイドは、カロテノイドβ-環のC4位におけるケト基の付加を触媒する酵素β-カロテンケトラーゼ(BKT)により得られる。最も研究されたケトカロテノイドは、ゼアキサンチンの両方の環にケト基を付加して合成されるアスタキサンチンであり、このカルボニル基のおかげで、この色素は、ゼアキサンチン及びβ-カロテンより10倍強力な抗酸化活性を有する(Miki、1991、Krinsky、1993)。より高次の植物及び大部分の微細藻類はカロテンケトラーゼ活性を有さず、結果としてケトカロテノイドを合成しない。アスタキサンチンの最も主要な供給源は淡水微細藻類ヘマトコッカス・ラクストリスであり、これはこのケトカロテノイドをその乾燥質量の最大5%蓄積する。光合成器官の構造上及び機能性の成分である一次キサントフィルとは異なり、アスタキサンチンは通常、特定の環境刺激後にのみ大量に生成されるため、アスタキサンチンは二次カロテノイドとして分類される。H・ラクストリスは、その生活環全てにおいてアスタキサンチンを蓄積するわけではなく、ヘマトシスト相(hematocyst phase)への移行を誘導する、過剰な光等の様々なストレスにより自身を防御するためにのみ蓄積する。この相では、微細藻類は、より光防御されかつ色素光漂白に対し耐性である(Mascia及びGirolomoni、2017)。
【0012】
大規模の微細藻類培養系は、3%未満の光合成変換収率を呈するが、微細藻類についての、バイオマスへの太陽エネルギー変換の理論上の最大は、およそ10~12%と算出された(Oomsら、2016)。収率の低下は、以下で論じられる一連のボトルネックによるものである。
(i)細菌、酵母、真菌、雑藻類(weed algae)/ラン藻類、及び原生動物を含む競合生物による培養系の汚染。生物学的汚染物は、これらの生物が生産バッチの完全な喪失を急速に引き起こすおそれがあるため、迅速かつ有効に抑制されなければならない(Gonzalez-Moralesら、2020)。
(ii)光合成有効放射(PAR)の画分は、光合成色素(緑色及び近赤外光)により吸収されず、ゆえに無駄になる。
(iii)フォトバイオリアクター内の高密度の細胞は、内部層における光浸透を低減させる。
(iv)光合成微生物の飽和限界を超える光が失われる。実質的に、光エネルギー変換の代謝的な実行可能性と比較してより多くの光エネルギーが吸収された場合、過剰に吸収されたエネルギーは光化学に使用不可能であり、熱として失われる。吸収された過剰のエネルギーの熱放散は、制御された活性な機序(非光化学的消光、NPQとも呼ばれる)又は光阻害につながる制御されない反応となりうる(Aroら、1993)。光飽和効果は、光合成応答曲線(O2生成又はCO2消費)を、微細藻類に与えられる光強度と比較すると明らかである(Liら、2009)。低光量では、光合成速度は放射照度の増大につれて直線的に増大し、フォトン吸収速度は、水からCO2への電子伝達により決定される。より大きい放射照度では、光合成速度は、光合成速度が放射照度に無関係となる光飽和領域(Pmax)に到達するまで、光強度に対して非直線的に増大する。直線相の間、光エネルギーは光合成に効率的に注ぎ込まれて光化学反応に使用されるが、より高光量では、CO2固定及び/又は電子受容体利用能が限定的ステップとなり、吸収された過剰量の光エネルギーは、化学エネルギーに変換されず新たなバイオマスも生成しない。光強度が高すぎ、電子伝達が飽和すると、過剰のエネルギーは化学エネルギーに変換されないが、クロロフィル(Chl)一重項励起状態(1Chl*)の量、及び分子酸素(O2)と反応して一重項酸素(1O2)を生じる種であるクロロフィル三重項励起状態(3Chl*)の集団の可能性を増大させる。強力な酸化能力により、1O2は、脂質、核酸及びタンパク質を破壊することにより、その局所環境における損傷を誘導して、広く分布した酸化を生じ、バイオマス蓄積を低減させる(Krieger-Liszkay、2005)。ROS発生は、照射を受けたとき色素-タンパク質複合体に生じる恒常的かつ避けられない過程である。光損傷は光強度自体だけでなくその変動によっても決まり、光強度の急な増減は過剰な光エネルギーにより光化学系に短期に過負荷をかけ、ROSを発生させる(Davisら、2016)。光損傷は、電子伝達の能力を低減させる環境及び代謝条件によっても決まる。ROS及び光阻害の主な供給源はPSII反応中心である。過剰な光では、電子流が電荷分離に追い付くことができず、P680+の寿命の増大及び一重項酸素発生につながる。PSIIは、高光量条件で、スーパーオキシドアニオン(O-)及びヒドロキシルラジカル(OH●)の両方を生成することもできた(Cleland及びGrace、1999、Pospisilら、2004)。P700+はP680+よりもはるかに酸化作用が小さく、非常に効率的な消光剤として作用するため、PSIはあまり影響を受けないが、NADPHプールが過度に低減すると、過剰の光励起エネルギーがO2を低減させ、スーパーオキシドアニオンラジカル(O2-)、過酸化水素(H2O2)、及びヒドロキシルラジカル(・OH)を含むROSを発生させうる(Asada、2006)。反応中心が過剰励起により長期に閉鎖されると、集光複合体に結合したクロロフィルも光増感剤となりうるため、ROSはRCにおいて独占的に発生しない(Horton、2012)。このことは、損傷が修復機序の速度を上回った場合、葉緑体損傷及び光合成収率の減少につながる。
【0013】
汚染生物は、微細藻類の大規模培養についての主要な制約のうちの1つとして認識されており(ラン藻類を含む)、これは、開放培養系だけでなく、閉鎖及びハイブリッド系でも生じる(Wangら、2013、Gonzalez-Moralesら、2020)。汚染を抑制するため、化学的処理、例えば除草剤、抗生物質、洗剤、次亜塩素酸塩、及びフェノールの使用がしばしば使用される(Guptaら、2019、Gonzalez-Moralesら、2020)。更に、大部分の場合で、所望の単独培養を維持するために、増殖培地及びバイオリアクターの滅菌が実施されなければならない。しかし、これらの実行は、閉鎖又はハイブリッドバイオリアクターでは作業コストを大幅に増大させ、開放池は滅菌することも無菌条件下で維持することも不可能である。屋外の開放池における汚染に対処するための戦略は、選択的培養環境、例えば耐塩性株に対する高塩濃度(Mendes及びVermelho、2013、Singら、2014、Gonzalez-Moralesら、2020)又はN固定ラン藻類に対するN欠乏培地(Singhら、2016)の使用である。代わりに、細菌汚染を抑制するための方法として、pHの微調整が提唱されている(特許US9181523B1)。残念なことに、これらの実行は少数の種に限定され、更に最終産物の質に影響を及ぼしうる。標的株の樹立に有利でありうる更なる対策は、大規模培養系ではこの手順が複雑であったとしても、選択された培養物が系において優勢となるように高接種パーセンテージを使用することである。亜リン酸供給源として亜リン酸塩を代謝することを可能にする細菌亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の使用が、微細藻類及びラン藻類培養についての選択戦略として提唱されている(Gonzalez-Moralesら、2020)。
【0014】
微細藻類が、屋外条件下で、高い光合成効率で培養不可能である主な理由は、フォトバイオリアクターにおける太陽光の不均一な配分である。反応器表面付近の細胞は、強度の太陽光に曝露されるため過飽和となり、過剰な光エネルギーの放散をもたらす。反応器内の光エネルギー配分を改善することにより、過飽和の効果が軽減される。現在まで、光希釈(light dilution)の考え方は、反応器の単位ごとのフォトバイオリアクターの表面面積を増大させることにより、フォトバイオリアクターの性能を最適化するための、頻繁に利用される手法であり(Tredici及びZittelli、1998、Dye、2010、Cuaresmaら、2011、Zemkeら、2013)、それにより光使用効率が増大しうる。しかし、ハードウェアとの関連で物理的及び経済的限度に到達されつつあるものの、生物学と関連した改善の機会はあり続ける。
【0015】
光希釈に対する代替の手法は、微細藻類細胞を、それらのアンテナ複合体のサイズを低減させるように遺伝子操作することである(Mussgnugら、2005、Ortら、2011、Formighieriら、2012、Perrineら、2012、Kwonら、2013)。アンテナは、公知の光合成生物全てにおいて明らかな集光性の機構である(Grossmanら、1995)。アンテナは、光合成膜中、又は膜上に位置するタンパク質-色素複合体を含む。遺伝子改変により、アンテナの色素含有量が低減しうる。これらのいわゆるアンテナ変異体はより透明であり、野生型細胞よりも大きい光強度で光飽和する。アンテナ変異体は、1細胞あたりでより弱い光を吸収するが、太陽エネルギーの化学エネルギーへの変換が、直接の太陽光がもはや過飽和させるものでないならば、より高い効率で生じると予期される。特定の増殖条件におけるアンテナ変異体の培養物が、クロロフィルの単位あたりでより大きい光合成活性を有することを、研究が実証している(Nakajima及びUeda、2000、Kirstら、2012、Perrineら、2012、Cazzanigaら、2014、Kirst及びMelis、2014、Ortら、2015、Dall'Ostoら、2019、Cecchinら、2020)(特許出願WO2013063018A1)。しかし、微細藻類の大量培養を改善するための、これらの結果の可能性のある応用は、いまだ議論中である(de Mooijら、2015)。
【0016】
微細藻類は、過剰な光エネルギーから防御するための様々な機序を有する。長期間(数時間~数日)では、光吸収の抑制は、光吸収を低減させるための、細胞中のクロロフィル含有量の調節及び光化学系構造の再構築により行われる(Bonenteら、2012)。光合成アンテナ系のサイズ及びPSII/PSI比が低減する。トコフェロール、グルタチオン及びアスコルビン酸塩、並びにスーパーオキシドジスムターゼ及びアスコルビン酸ペルオキシダーゼ等の酵素等の抗酸化分子が蓄積される。短期間(数秒~数分)では、非光化学的消光(NPQ)により、光吸収状態から、吸収された過剰な光エネルギーが熱として放出され、過剰の1Chl*の形成を回避する放散状態への、光化学系のアンテナの切り替えが可能となる(Horton、1996)。NPQは、反応中心への励起エネルギー移送のためのフィードバック調節機序において、葉緑体内のチラコイド膜の内部区画である内腔の酸性化により活性化される。この調節機構は、消光が、細胞代謝による使用についての許容量を超えるChl励起状態の画分に適用されることを確実にする。
【0017】
これらの機序は、光損傷を回避するのに効率的であり、それらが進化した自然条件における生物生存を保証するが、バイオリアクター内の微細藻類の増殖条件は、これらの条件からは程遠い。これらの光防御機序は全て、強力だが効率的でないように進化し、最大生産性に到達しないように、自然条件における藻類の生存を保証するように作用する(Zhuら、2010)。自然環境において、微細藻類は、低エネルギー赤色放射の水を透過する限定的な能力、及び表面により反射される光のパーセンテージにより、通常は低光量条件にある。微細藻類が曝露される主な光の変化は、惑星の回転の結果としての、明暗の1日のサイクル、1日の間の光強度の増減、及び昼間の長さの季節的な変動である。産業での藻類の培養では、飽和強度の光による連続照射が、バイオマス生成を最大にするのにしばしば使用される。更に、藻類の増殖は、常に変化する放射照度にさらされており、混合により、細胞は、低対高照射の層間を急速に動き、これが細胞を、自然条件で使用されるよりはるかに大きい光損傷に曝露する。蓄積されたバイオマスを回収するために藻類が希釈のサイクルにさらされた場合にも同じことが起こる。バイオマス生産性を改善するためにNPQを操作する戦略が、微細藻類について報告されている(WO2012092033A1、WO2017070404A2)。酸化ストレスに対する微細藻類の耐性を増強することを目的とする戦略が、微細藻類の生産性を増大させることができ、1O2に対する耐性の増大のために選択されたクロレラ・ブルガリス(Chlorella vulgaris)変異体が、フォトバイオリアクター内での増殖を改善した(Dall'Ostoら、2019)。NPQ及びROSの除去の両方に関与するカロテノイドは、光ストレスに対する微細藻類耐性を改善するための良好な標的である。
【0018】
アスタキサンチンは、ROSに対するその作用により、生物系に対し複数の健康上の利益を有すると評される(Jyonouchiら、1995、Bennedsenら、1999)。アスタキサンチンは抗腫瘍薬剤としての潜在的な使用(Palozzaら、2009、Zhang及びWang、2015、Kimら、2016)、心血管及び神経疾患、並びに糖尿病の予防(Uchiyamaら、2002、Gross及びLockwood、Wuら、2015)を有する。更に、アスタキサンチンは、ヒト栄養補助食品として、かつ魚の色を改善するために水産養殖において使用可能である(Husseinら、2006、Liら、2011、Yuanら、2011)。アスタキサンチン合成の中間体であるカンタキサンチン等の他のケトカロテノイドは、アスタキサンチンと同様の特性を有し、ヒトの健康への応用における使用のための高い潜在能力を有する(Miki、1991、Mollerら、2000)。ほぼ例外なく、より高次の植物はアスタキサンチンを合成せず(Cunningham及びGantt、2011)、アスタキサンチンは現時点では、単細胞光合成微細藻類、例えばヘマトコッカス・ラクストリス(H・プルビアリスから近年改名された)(Boussiba及びVonshak、1991、Nakada及びOta、2016))、又は、程度はより少ないが、クロモクロリス・ゾフィンギエンシス(Chromochloris zofingiensis)(Chenら、2017)から工業的に生産される。アスタキサンチン合成に関与する酵素は、3,3'-β-ヒドロキシラーゼ(微細藻類におけるcrtz遺伝子)及び4,4'-β-ケトラーゼ(BKT、微細藻類におけるcrtO遺伝子)である(Lotan及びHirschberg、1995、Grossmanら、2004)。H・ラクストリスは、ある特定の環境条件下で、総カロテノイドの最大90%及び細胞乾燥質量の5%を蓄積することができるため(Bubrick、1991)、現時点ではアスタキサンチンの主な自然の供給源である。この藻類におけるアスタキサンチン蓄積は、運動性の遊走子(マクロ子虫(macrozooid))から不動性の胞子(不動胞子)への移行を刺激する(Kobayashiら、1997)ストレス条件、例えば窒素又はリン欠乏、高光量、塩ストレス及び温度上昇により誘導される(Boussiba及びVonshak、1991)。これらの変化には、光合成機構の分解及び増殖の停止(Masciaら、2017)、更に厚く耐性の細胞壁(嚢胞)の形成(Boussiba及びVonshak、1991)が付随する。H・ラクストリスにおけるアスタキサンチン蓄積を発生させる細胞の変化の複雑さは2段階培養を必要とし、工程全体についての全体的な低い生産性をもたらす。更に、不動胞子細胞壁の抵抗性により、アスタキサンチンのバイオアクセシビリティが低減し、ヒト又は動物による消費のためにアスタキサンチンを放出させるのに機械的破壊が必要となり(Kang及びSim、2008)、その工程は生産工程コストを増大させる。
【0019】
これらの制限から、従来のH・ラクストリス生成工程に対する好適な代案を生み出すために、様々なバイオテクノロジー宿主生物におけるアスタキサンチン生成を可能にするための遺伝子操作手法が行われてきた。実際、アスタキサンチン合成は、ケト及びヒドロキシラーゼのトランスジェニック発現により、多くの様々な生物、例えば発酵細菌(Henkeら、2016、Parkら、2018)、及び光合成ラン藻類(Harker及びHirschberg、1997)、並びに酵母(Kildegaardら、2017)、(Miuraら、1998)及びより高次の植物(Mannら、2000)(Stalbergら、2003)(Jayarajら、2008)(Hasunumaら、2008)(Zhongら、2011)(Huangら、2013)(Haradaら、2014、Nogueiraら、2017)を含む真核生物宿主において実証されてきた。得られた結果は有望であったが、これらの生物の高い培養コスト及び/又は低い生産性により、限定的な産業上の妥当性を有していた。様々な微生物を従属栄養培養すると、アスタキサンチンの高い生成収率が報告されてきたが、光独立栄養機構においてケトカロテノイドを生成する可能性は、CO2を消費すること、及び従属栄養培養で使用される炭素供給源の低減というコストを回避することにより、持続可能性に関して強力な利点を有する。従来のアスタキサンチン生成に対する持続可能な代案を開発するため、コナミドリムシが、アスタキサンチン及びカンタキサンチンを恒常的に生成するように操作された(Leonら、2007、Tanら、2007、Zhengら、2014、Perozeniら、2020b)。(Perozeniら、2020b)の場合、コナミドリムシにおける発現用に最適化された合成BKT遺伝子の挿入により生じたコナミドリムシ株が、赤褐色の表現型を呈し、その自然の工程での制約のうちの多くを有さずに、H・ラクストリス培養に匹敵するアスタキサンチン生産性に到達した。コナミドリムシにおけるアスタキサンチンの効率的な生成という強力な利点が、この種のはるかにより弱い細胞壁について報告され、これにより、アスタキサンチンが、動物又はヒト同化に対してより生物利用可能となる。In vitroでシミュレートされた消化が、H・プルビアリスと比較して、コナミドリムシからの色素抽出の増強を示し、操作された藻類が、先に色素抽出する必要なく、水産養殖及び栄養補助飼料に直接使用可能であることを示した(Perozeniら、2020b)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【特許文献1】US9181523B1
【特許文献2】WO2013063018A1
【特許文献3】WO2012092033A1
【特許文献4】WO2017070404A2
【非特許文献】
【0021】
【非特許文献1】https://www.chlamycollection.org
【非特許文献2】Cecchinら2021https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/pce.14074
【非特許文献3】Wlodarczyk A, Selao TT, Norling B, Nixon PJ. Newly discovered Synechococcus sp. PCC 11901 is a robust cyanobacterial strain for high biomass production. Commun Biol. 2020年5月 7;3(1):215. doi: 10.1038/s42003-020-0910-8
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
高放射照度での微細藻類のバイオマス生成を改善し、場合により、競合する汚染物、特に他の光合成生物の増殖を防止することも可能にする、導入遺伝子及び対応するタンパク質産物の使用を提供することが、本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0023】
この目的は、請求項1で定義されるポリペプチド又は核酸の使用により達成される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】対照(CL左)又は高光量(HL右)で順応させた、コナミドリムシバックグラウンド株(BS)(四角形)及びBKT発現細胞(BKT、丸)細胞についての、(A、B)PSII作動効率(ΦPSII)、(C、D)1-qL(低減したQAを有するPSII中心の画分を推定)、(E、F)相対的電子伝達速度(ETR)、及び(G、H)様々な化学作用光強度での光合成O2発生の特徴を示すグラフである。純光合成速度データをHill式に当てはめた。データは平均±SDとして表される。nは3超である。*は、BSと有意差がある(Studentの検定、P0.05未満)BKT値を示す。
図2】高光量曝露中の酸素発生を示すグラフである。図2Aでは、BS(黒色)及びBKT(灰色)細胞に、6000μmol光子m-2s-1で5分間の照射(グラフ上部の淡色のバー)及び3分間の暗闇(グラフ上部の黒色のバー)のサイクルで照射し、酸素発生を記録した。図2Bは、6000μmol光子m-2s-1による、BS(黒色)及びBKT(灰色)株の連続照射中の酸素発生を示す。
図3】対照細胞株と比較した、BKT発現株の非光化学的消光(NPQ)表現型を示すグラフである。特に、図3A及び図3Bは、1,200μmol光子m-2s-1の化学作用光を使用する、BS(四角形付きの線)、BKT(丸付きの線)及びnpq4 lhcsr1(npq4.1、三角形付きの線)細胞についての、NPQ動態の測定値のグラフを示す。図3C及び図3Dは、様々な化学作用光強度による10分の照射後のNPQ値のグラフを示す。細胞は対照(CL左)又は高光量(HL右)において順応させた。データは平均±SD(n=4)として表される。*は、BSと有意差がある(Studentのt検定、P0.05未満)BKT値を示す。
図4】光酸化ストレス下での、コナミドリムシ細胞の光酸化を示すグラフである。図4Aでは、BS(四角形付きの線)及びBKT(丸付きの線)細胞懸濁液を、強力な白色光(14,000μmol光子m-2s-1、20℃)により処理し、領域620~740nmにおける吸収範囲を測定することによりChlの減少を評価した。データは平均±SD(n=4)として表される。図4Bでは、一重項酸素センサーグリーン(SOSG)とインキュベートしたBS(四角形付きの線)及びBKT(丸付きの線)細胞懸濁液に、2000μmol光子m-2s-1を20℃で照射した。一重項酸素生成を、初期値に対するSOSGの蛍光放出の増大として測定した(励起480nm、発光510~540nm)。データは平均±SD(n=2)として表される。*は、BSと有意差がある(Studentのt検定、P0.05未満)BKT値を示す。
図5】BS及びBKTの増殖曲線を示すグラフである。特に、図5A図5Dは、3%CO2により、100及び3000μmol光子m-2s-1で、HS又はTAP培地において培養された、BS(黒色)及びBKT(灰色)の増殖曲線を示す。3000μmol光子m2s-1では、定常期に到達すると、細胞を0.1ODに手作業で希釈した。図5E及び図5Fは、HS(E)又はTAP(F)における増殖曲線から算出された、体積測定による最大生産性を示す。
図6】競合的増殖におけるBKT細胞の滴定曲線を示すグラフである。図5に記載される実験の終了時に、0~100%の様々なパーセンテージのBKT細胞をBS細胞に添加した。様々な組合せにおけるアスタキサンチン含有量を、アスタキサンチン量とBKT細胞パーセンテージとの間の相関関係(線形フィッティング)を作り出すため、アセトン抽出物の当てはめにより定量化した。この相関関係を、アスタキサンチン含有量から、図7に示される競合的増殖についての、混合チューブ内のBKT細胞のパーセンテージを推定するのに使用した。
図7】BS及びBKT株の競合的増殖を示す図である。図7Aでは、1*106細胞/mlの、BS、BKT又は2つの遺伝子型の等量の混合物を含有する細胞懸濁液を、3000μmol光子m-2s-1で3日間増殖させ、3日間の最後に写真を撮影した。図7Bでは、BKTのC.ブルガリス(Cv)との共培養の終了時に写真を撮影した。左から右に:1*106細胞/mlのBKTの、増殖相の初めに開始した培養物、1*106細胞/mlのC.ブルガリス(Cv)から開始した培養物、及び細胞比1:1の、同じ量の2種の藻類で開始した混合チューブの2つのレプリカ。挿入部分は、混合チューブ内のBKT細胞の算出されたパーセンテージを示す。図7Cは、この場合ではC.ブルガリス(Cv)培養物が、1*106細胞/mlのBKTと同じ吸収範囲(650~730nm)を与える細胞量から開始されたことを除いて、図7Bと同じ設定を示す。混合チューブは、650~730nm範囲における細胞吸収に基づいて、1:1比のBKTの細胞及びC.ブルガリスで開始された。図7Dは、実験終了時の、BS(黒色)、BKT(灰色)及び混合物(点線)のチューブから抽出された色素のアセトンスペクトルを示し、スペクトルはqY吸光度に対して正規化されている。挿入部分は、混合チューブ内のBKT細胞の算出されたパーセンテージを示す。図7Eは、HS培地において繰り返された同じ実験を示す。
図8】バックグラウンド株(BS)と比較した、アスタキサンチン(BKT)を生成するように操作されたシネココッカス(Synechococcus)PCC11901株の増殖曲線を示すグラフである。BKT及びCrtZ酵素の過剰発現によりBKT株を得た。後者の発現は、緑藻類とは異なり、ラン藻類では通常小さく、その過剰発現は、コナミドリムシ由来のBKT株において観察される高アスタキサンチン蓄積を誘導するのに必要である(総カロテノイドの50%超)。増殖曲線は、720nmでの光学密度として報告される。3%CO2及び2000μmol m-2 s-1で培養を実施した。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明は、大量培養において、藻類株に優勢な増殖特性を与えるための解決策を提供する。
【0026】
より具体的には、本発明は、アミノ酸(aa)コドン使用、及び強力な導入遺伝子発現を可能にするためにエクソン長を最小限にするための、RuBisCO小サブユニットII(rbcs2)イントロン1配列の分散を最適化するように改変されたBKTポリペプチドの配列である、配列番号1を含むポリペプチドの使用に関する。それに加えて、116aaC末尾を、これが他の生物由来のBKTには存在せず、かつin vitroでのその発現が、116aaC末尾がBKTの活性に必要なわけではないことを実証したため、取り除いた。
【0027】
BKT酵素の発現は、いくつかの戦略により実施可能である。好ましい戦略が以下で開示されるが、BKTポリペプチドは、他のタンパク質、例えば蛍光タンパク質、又は他のタグ又は高光量条件での優勢な増殖特性を与えるための他のタンパク質と融合されていてよい。
【0028】
それに加えて、効率的なBKT発現が、高光量条件での優勢な増殖特性を与えるために、そのmRNA分解又はBKTタンパク質のタンパク質分解の阻害により得られうる。
【0029】
本発明における使用のためのポリペプチドは、好ましくは、BKTポリペプチドに融合した黄色蛍光タンパク質(YPF)の配列を含む配列番号2を含む。より好ましくは、ポリペプチドは、ペプチドを葉緑体中に局在化させるPsaDトランジットペプチドを更に含む配列番号3を含む。更により好ましくは、ポリペプチドは、橙色/赤色コロニーを生じるStrep-tagII配列を更に含む配列番号4を含む。
【0030】
本発明による使用のための核酸は、前述の前記ポリペプチドをコードする核酸である。ゆえにこれは、配列番号5(CrBKT配列)、好ましくは配列番号6(CrBKT_YPT配列)、より好ましくは配列番号7(CrBKT_YFP+PsaD配列)、更により好ましくは配列番号8(CrBKT_YFP PsaD+Strep-tagII配列)を含む。核酸は、更により好ましくは、抗生物質耐性を使用して形質転換細胞株を選択するための、パロモマイシン又はスペクチノマイシンに対する配列を含む。
【0031】
本発明は、前述の前記核酸配列を含む発現ベクターの使用にも関する。pOpt2_mVenus_Paroベクターが好ましい。この発現ベクターは、Chlamydomonas research(https://www.chlamycollection.org)の国際センターで購入可能である。
【0032】
本発明における使用のためのポリペプチドは、好ましくは、単細胞光合成生物の細胞において発現される。単細胞光合成生物は、好ましくは微細藻類、より好ましくはクラミドモナス属のもの、更により好ましくは種コナミドリムシのものである。
【0033】
前述の前記ポリペプチド、核酸又は発現ベクターは、宿主生物の酸化ストレス及び/若しくは光阻害に対する耐性を改善するか、又は宿主生物のバイオマス生産性を改善するか、かつ/又は高光量条件において少なくとも1%CO2の存在下での培養の際に他の競合生物に勝るために使用される。
【0034】
大気中濃度(0.04%)のCO2が、微細藻類の高い光合成活性にとって十分でないことは周知である(例えばCecchinら2021https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/pce.14074を参照のこと)。以下の実施例では、細胞を3%CO2で培養した:この濃度では、炭素利用能が、BKT発現株の光合成効率及びバイオマス生産性の増大を適切に利用することが可能となる。炭素制限を防止するための炭素濃度は、培養される特定の種次第であるが、1%より大きいCO2濃度が、炭素制限を回避するのに十分な炭素を供給することが、文献において広く認識されている。一部の場合では、CO2濃度は10~15%にまで到達しうる。
【0035】
BKT酵素により操作された微細藻類株、特にコナミドリムシ株は、バイオマス生成を改善することにつながるいくつかの正の特性を呈する:
1)この株を「淡緑色」株とする、クロロフィル含有量の低減(およそ90%)、
2)吸収された光エネルギーの熱放散が著しく低減すること、及び光化学反応がかえって有利となり、CO2同化に必要な化学エネルギーの発生につながることを示す、吸収された光の非光化学的消光(NPQ)の著しい低減、
3)光阻害を防止する著しい抗酸化活性を与えるアスタキサンチンの高い蓄積。
【0036】
高光量条件での微細藻類の培養についての、これらの組み合わされた特性によりもたらされる利点は、全く予期されなかった。実際、同様のクロロフィル/細胞の低減及び高アスタキサンチン蓄積が、高光量条件下でH・ラクストリス(以前はH・プルビアリス)について報告されたが、増殖速度の著しい低減につながった(Fanら、1998、Scibiliaら、2015)。同様に、アスタキサンチン生合成がより高次の植物において誘導されると、低減した又は同様の光合成活性及び増殖が観察された(Hasunumaら、2008、Rodingら、2015、Fujiiら、2016)。
【0037】
本発明に従って使用されるBKT酵素の最適化された発現のための、微細藻類株、特にコナミドリムシの遺伝子操作により、標的株は、高光量(1000μmol m-2 s-1超)で効率的に増殖し、酸化ストレスに対しより耐性となり、光合成に利用可能な光エネルギーを効率的に使用することができる。
【0038】
強光下で、本発明に従って使用されるBKT発現株を他の微細藻類株と共培養すると、BKT発現株の選択的増殖が可能となる。ゆえに本発明の利点は、1)バイオマス及び代謝物生産性を改善して、操作された株が、利用可能な光エネルギーをより効率的に使用できるようになること;2)例えば所望の代謝産物を生成するために予め操作された株としての、標的株の選択戦略を実施して、他の光合成汚染微生物の増殖のリスクを低減させることである。
【0039】
本発明に従って使用されるBKT発現株について観察された迅速な増殖により、高光量条件(3000μmol m-2 s-1)、滅菌されていない条件でもBKT発現株が増殖することができ、この条件で対照株は他の微生物により重度に汚染された。
【0040】
BKT発現株の培養は、閉鎖フォトバイオリアクター又は開放池又はハイブリッド系において、高光量で実施可能である。
【0041】
株の培養に使用される栄養溶液は、微細藻類の増殖用に最適化された、主要及び微量栄養素の特定の組成を有する、窒素供給源としてのアンモニア又は硝酸塩、リン酸供給源としてのリン酸塩又は亜リン酸塩を使用して、実施例において使用される溶液と比較して変化してよい。
【0042】
BKT遺伝子は、高光量条件での優勢な増殖特性を与えるために実施例において使用されるものに関して、他の微細藻類又はラン藻類株において導入及び発現されてもよい。
【0043】
本発明の適用についての「高光量」の定義は、考慮される種の特定の光合成特性によって決まる。様々な光強度での酸素発生曲線に基づいて、考慮される特定の種についての「高光量」条件及び飽和限界(ここでは純酸素発生速度と細胞に与えられる光強度との間の依存度は直線でない)を超える放射照度を定義することができる。特に、「高光量」は、μmol m-2 s-1として測定される光強度に相当し、そこで特定の光合成種が、光依存性酸素発生曲線に従って測定されるその光合成活性の飽和を呈する。
【0044】
宿主生物の培養は、好ましくは2~4%CO2で、より好ましくは約3%CO2で行われる。
【実施例
【0045】
BKT発現株を、本発明に従って使用されるBKT遺伝子の最適化された型(特に配列番号8)により、コナミドリムシを形質転換して得た。形質転換細胞株の選択を、形質転換に使用された構築物中に存在する抗生物質耐性(パロモマイシン又はスペクチノマイシン)を使用することにより行った。BKT発現コロニーの選択を、コロニーの橙色/赤色に基づいて行った。
【0046】
(実施例1)
色素組成
BKT発現株を、2つの異なる光強度:対照(CL、80~100μmol光子m2s-1)及び高光量(HL、400~600μmol光子m2s-1)で、高塩(HS)最少培地(Harris及びHarris、2008)において光独立栄養的に2週間順応させた。次いで、色素をアセトン中で抽出し、スペクトル吸光度により分析した(Table 1(表1))。BKT発現株は、多量のケトカロテノイドを蓄積することができ、CLではカロテノイドの50%超がケトカロテノイドに変換され、このパーセンテージはより高光量では59%に上昇する。BKT発現株におけるChl含有量:CLでは、1細胞あたりのクロロフィル含有量が、親株と比較して30%減少した。より高光量に順応させた細胞では差がより大きく、BKT発現株で50%減少する。
【0047】
アセトン抽出物の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により、個々のカロテノイドを同定及び定量化することができ、ケトカロテノイドがBKT発現株に存在することを確認した。HPLCは、アスタキサンチンが、蓄積された主なカロテノイドであり、カンタキサンチン、アドニルビン及びアドニキサンチンはより少量であり、ヒドロキシエキネノンはごく微量しか検出されなかったことを示した。HLでは、カンタキサンチン量の増大もみられた。カロテノイドの配分は、chlに対して正規化され、BKT発現株では、コナミドリムシに通常存在する全てのカロテノイドの相対的な減少がみられることを示した。CLでは、β-βキサントフィルネオキサンチン及びビオラキサンチン(CLではゼアキサンチンは少量しか蓄積されなかった)について減少がより大きく、それぞれ約70%及び80%低減し、その一方でルテイン及びβカロテンは20%低減した。HLでは、これらのカロテノイドは、バックグラウンド株(BS)における値の約50%に低減し、ビオラキサンチンは20%に低減した。
【0048】
Table 1(表1)は、BS及びBKTの色素含有量及びFv/Fmを示す。5*105細胞/mlから開始して、対照(CL)又は高光量(HL)において、HS中で1週間増殖させた細胞において、色素含有量を決定した。データは平均±SD(n=4)として表される。*は、BSとの有意差がある(Studentのt検定、P0.05未満)BKT値を示す。略語は:クロロフィル(chl)、総カロテノイド(car)、総ケトカロテノイド(keto)を示す。
【0049】
【表1】
【0050】
(実施例2)
光合成活性
バックグラウンド株と比較されたBKT発現株の光合成効率を、Pulse Amplitude Modulated(PAM)蛍光光度計を使用する蛍光分析により分析した。暗順応させた細胞における蛍光誘導(Butler、1973)が、バックグラウンド株と比較して、PSII最大効率(Fv/Fm)の有意な減少を明らかにした(Table 1(表1))。CLに順応させた細胞は、バックグラウンド株では0.76、BKT発現株では0.65のFv/Fmを有した。HLでは、バックグラウンド株における値の0.72への減少がみられるが、BKT発現株では減少がより大きく、0.52に低減したFv/Fmを有した。100μmol光子m2s-1では、BKT発現株は、バックグラウンド株に対してより小さいPSII作動効率及び相対的電子伝達速度(ETR)を有したが、より高光量では、変異体は野生型と同一の又はより大きい値を示した。
【0051】
HLに順応させた細胞では、これらの2つの変数が100μmol光子m2s-1において依然としてより小さかったが、試験された全てのより高光量では、変異体は改善されたPSII効率及びより大きい電子伝達を示した。1-qLとして測定されるQA低減は、LL又はHLの両方で順応させた細胞において、変異体でより小さい。PSII活性の差は、光合成光曲線によっても明らかであった(図1A図1H)。低光量で順応させた細胞では、BKT発現株及びバックグラウンド株が、同様の、発生した酸素の最大レベル(Pmax)、半飽和光強度、及び光依存性増大の直線相の傾斜を示した。HLでは、線形増加の傾斜が依然として同様であるが、BKT発現株がより大きいPmaxに到達し、光合成がより大きい光強度で飽和する:半飽和光強度は、バックグラウンド株では約350μmol光子m2s-1であり、BKT発現株では900μmol光子m2s-1である。PSI収率及びETRは、PSIIに使用されたものと同じ光強度で測定され、バックグラウンド株及びBKT発現株で同様の値を示した。
【0052】
これらのデータは、ケトカロテノイドを蓄積する変異体が、光阻害が光合成に影響を及ぼす高光量条件において、より良好なPSII効率を有したことを示す。
【0053】
(実施例3)
光阻害に対する耐性、NPQ及びROS除去の役割
過剰な光による光阻害及び光損傷に対する耐性を、2つの株について分析した。バックグラウンド株及びBKT発現株の細胞に、5分間の強光(6000μmol光子m2s-1)及び3分間の暗闇のサイクルを照射し、その間酸素発生を記録した(図2a)。図2は、光依存性光阻害により酸素発生がサイクルごとに減少するが、効果はバックグラウンド株でより強く、5サイクルの照射後に、酸素生成は第1サイクル速度のおよそ20%であったが、BKT発現株はその初速度の70%を維持することを示す。同じ強光(6000μmol光子m-2s-1)での30分間の連続照射中にも、酸素発生をモニタリングした(図2B)。最初の数分で、酸素率は直線的に増大し、次いで横這い状態に到達するまで傾斜が減少し、その後、光阻害及びPSII酸素発生複合体の停止の効果のため酸素発生が減少した。BKT発現株はより大きいレベルの酸素生成に到達し、それに続く減少がよりゆっくりである。照射から30分後、変異体における酸素発生は横這い状態に安定化する傾向があるが、バックグラウンド株はゼロに向かって急落する。
【0054】
これらの実験は、BKT発現株が光阻害に対しより耐性であり、強光を照射しても光合成活性を保つことを立証する。
【0055】
(実施例4)
非光化学的消光(NPQ)
光防御についての主要な機序のうちの1つがNPQであり、次いでこれを測定した(図3)(Horton、1996)。この一連の測定において、二重変異体npq4 lhcsr1も追加した。この変異体は、陰性対照として、NPQを活性化することができない(Ballottari M.ら、2016)。試験された様々な条件において、BKT発現株のNPQ表現型は、npq4 lhcsr1の場合と実質的に同様であり、この光防御機序がBKT操作株においてほぼ活性化されないことを実証した。BKT発現株の光阻害に対するより強い耐性はNPQとは無関係であり、その原因は他のところにあった。BKT株はむしろ、吸収された光エネルギーの熱放散の低減を呈し、光化学反応のためのより大きいエネルギー利用能を可能にする。
【0056】
(実施例5)
光酸化ストレス下のBKTの光酸化
BKT発現株の改善された光耐性についての別の考えられる理由は、ケトカロテノイドのより大きい抗酸化活性及びケトカロテノイドの、光合成色素のための日よけとして作用する能力であった。この仮説を調査するため、我々は、著しい高光量による照射中のChl漂白及びROS生成をモニタリングすることに進む。バックグラウンド株及びBKT発現株の細胞に漂白光を照射し、5分ごとにクロロフィル吸収を記録した(図4a)。バックグラウンド株では吸光度の著しい低減がみられ、70分でChlが完全に漂白されるが、同時に、BKT発現株では初期範囲のわずか30%の吸光度低減しかみられなかった。次いで我々は、この光防御が、アスタキサンチンのより大きい抗酸化活性による、変異体におけるROS生成の減少と相関するか否かを測定することに進んだ(図4b)。赤色高光量による細胞の照射中に、センサーグリーンを使用して、一重項酸素発生をモニタリングした。センサーグリーンは、一重項酸素との相互作用後にその蛍光を増大させる蛍光色素であり、一重項酸素発生を定量化するのに使用可能である。この実験は、BKT発現株に対してバックグラウンド株で一重項酸素のより大きい発生を示し、対照は、BKT発現株に対してほぼ2倍のセンサーグリーン蛍光の増大を有した。
【0057】
(実施例6)
BKT発現株のバイオマス生産性
BKT発現株のバイオマス生産性及び増殖表現型を、80ml閉鎖フォトバイオリアクター内で、LED照射により、独立栄養(最少HS培地)又は混合栄養(酢酸イオン添加TAP)で特徴付け、増殖に使用された放射照度は、100μmol光子m2s-1又は非常に高光量では3000μmol光子m2s-1であった。100μmol光子m2s-1で、HS及びTAP培地において、gr/l/日として測定されたバイオマス生産性は、2つの遺伝子型の間で同様であった(図5)。3000μmol光子m2s-1では、BKT発現株がバックグラウンド株より早く増殖し、変異体において最大生産性が増大した(BKT発現株では2.8grL-1-1対バックグラウンド株では1.8grL-1-1)。混合栄養条件(TAP培地)では、BKT発現株変異体が、第1サイクルから、バックグラウンド株に対してより早く増殖し、より大きいODに到達し、平均及び最大生産性は、対照に対して、変異体においてともにより大きかった(BKT発現株では4.1grL-1-1対バックグラウンド株では2.2grL-1-1)。
【0058】
(実施例7)
高光量での増殖についての選択的形質としてのBKT
この、高光量でのBKT発現株の増強された生産性を更に確認するため、「競合試験」を実施した。等量のバックグラウンド株及びBKT発現株細胞を同じチューブに添加し、3000μmol光子m2s-1を照射し、3日後、いずれの遺伝子型がより多く蓄積されたかをみるためにチューブの含有量を分析した。ケトカロテノイドは移動した吸収を有し、BKT発現株のみに存在し、最後に色素を抽出すると、2つの遺伝子型の相対的存在量を決定することができる。これを行うため、バックグラウンド株及びBKT発現株細胞のみを有するチューブに、対照として、混合されたチューブと並行して照射した。実験終了時に、対照チューブ由来の細胞を様々な量で混合し、色素を抽出して、遺伝子型パーセンテージ対ケトカロテノイド吸光度の較正曲線を得た(図6)。
【0059】
まず試験をTAP培地において行い、結果は驚くべきものであった:3日後、チューブ内の細胞の90%超がBKT発現株であった(図7)。このことは増殖終了時の細胞のスペクトルから明確に分かり、このとき、BKT発現株及び混合チューブは530nmに同じ肩を有し、これがバックグラウンド株には存在しなかった。BKT発現株のより良好な性能は、実験終了時のチューブの色からも明らかであり、バックグラウンド株は鮮やかな緑色を有したが、混合チューブはBKT発現株と同様の橙色であった。次いで競合試験をHS培地において繰り返し、この場合、バックグラウンド株と比較したBKT発現株の増殖の第1サイクルにおける遅滞期を考慮して、2つの遺伝子型のチューブに、横這い状態に到達するまで3000μmol光子m2s-1を照射し、次いで同じ量のバックグラウンド株及びBKT発現株を混合し、試験を開始した。BKT発現株は、高光量で、最少培地でも良好な性能を示し、実験終了時にチューブ内の細胞の75%がBKT発現株であった。
【0060】
同様の競合試験を、コナミドリムシのBKT発現株、及び文献(Garcia-Cuberoら、2018、Bernaertsら、2019、Cecchinら、2019)から公知の最も迅速に増殖する種のうちの1つである、微細藻類種クロレラ・ブルガリスの間でも実施した。C.ブルガリス及びBKT発現株を3000μmol光子m2s-1で単独で培養すると、バイオマス生産性はBKT発現株の場合でより大きかった。2種の株を、細胞数又は600~750nmの光範囲での吸収に基づいて1:1比で共培養すると、両方の場合で、増殖曲線の最後においてBKT発現株が優勢であった(80%超)。
【0061】
これらの競合試験は、コナミドリムシにおけるBKT酵素の発現及びアスタキサンチンの存在が、いかにしてROS及び光阻害に対するその耐性を増大させ、高光量でのフォトバイオリアクターの性能及びバイオマス蓄積を改善し、BKT発現株を優勢にするかを明確に指し示す。
【0062】
(実施例8)
シネココッカスにおけるBKT遺伝子の最適化された型の発現が、アスタキサンチンの生成及び高光量での増殖の加速につながる
本実施例は、BKT遺伝子の最適化された型が、他の微細藻類株において同様の効果をもたらすことを証明するために提供される。特に、ラン藻類シネココッカスPCC11901の場合が報告される。
【0063】
この株は、BKT遺伝子がそのゲノム中に存在しないゆえに、アスタキサンチン及びケトカロテノイドを生成しない。シネココッカスPCC11901を、この特定の宿主における発現のために最適化されたCrBKT遺伝子をそのゲノムに挿入して操作した。特に、予め公知の強力な構成的プロモーター(Pcpt)を、遺伝子発現を推進するのに使用した(Wlodarczyk A, Selao TT, Norling B, Nixon PJ. Newly discovered Synechococcus sp. PCC 11901 is a robust cyanobacterial strain for high biomass production. Commun Biol. 2020年5月 7;3(1):215. doi: 10.1038/s42003-020-0910-8)。コドン使用をシネココッカスに対して最適化し、文献(Wlodarczykら、2020)に従って、導入遺伝子を、acsA遺伝子座における相同組換えにより発現カセットに挿入した。コナミドリムシとは異なり、シネココッカスPCC11901では、ヒドロキシラーゼ(コナミドリムシでは高レベルで既に発現されている)をコードするCrtZ遺伝子も、BKT酵素に対する十分な基質を供給するため過剰発現させた。実際、BKTがアスタキサンチンを生成するために、十分な量の基質が利用可能でなければならない。基質は酵素ヒドロキシラーゼにより供給され、ヒドロキシラーゼは野生型ラン藻類では低レベルで発現される。ゆえにヒドロキシラーゼは過剰発現される必要がある。コナミドリムシの場合のように、総カロテノイドに対するアスタキサンチンのパーセンテージは、操作されたシネココッカスPCC11901では50%より大きく、85%を上回った。コナミドリムシのBKT発現株の場合のように、操作されたシネココッカスPCC11901(アスタキサンチンを生成)は、そのバックグラウンド(アスタキサンチンなし、図8を参照のこと)と比較して、高光量での最も迅速な増殖を特徴とした。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
2024540353000001.xml
【手続補正書】
【提出日】2024-07-02
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
宿主生物の酸化ストレス及び/若しくは光阻害に対する耐性を改善するため、又は宿主生物のバイオマス生産性を改善するため、並びに/又は高光量条件下及び少なくとも1%CO2の存在下での培養に際して他の競合生物に勝るための、配列番号1を含むポリペプチド、又は配列番号1を含むポリペプチドをコードする核酸、又は配列番号1を含むポリペプチドをコードする核酸を含む発現ベクターの使用。
【請求項2】
ポリペプチドが、配列番号2、好ましくは配列番号3、より好ましくは配列番号4を含む、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
核酸が、配列番号2、好ましくは配列番号3、より好ましくは配列番号4を含むポリペプチドをコードする、請求項2に記載の使用。
【請求項4】
核酸が、配列番号5を含むポリペプチドをコードする、請求項3に記載の使用。
【請求項5】
発現ベクターが、配列番号5を含むポリペプチドをコードする核酸を含む、請求項3に記載の使用。
【請求項6】
ベクターがpOpt2_mVenus_Paroである、請求項5に記載の使用。
【請求項7】
ポリペプチドが、単細胞光合成生物の細胞において発現される、請求項1に記載の使用。
【請求項8】
単細胞光合成生物が微細藻類である、請求項7に記載の使用。
【請求項9】
微細藻類がクラミドモナス属のものである、請求項8に記載の使用。
【請求項10】
クラミドモナス細胞がコナミドリムシ種のものである、請求項9に記載の使用。
【請求項11】
高光量条件が1000μmol m-2 s-1超である、請求項1に記載の使用。
【請求項12】
高光量条件が1500μmol m-2 s-1超である、請求項11に記載の使用。
【請求項13】
高光量条件が3000μmol m-2 s-1超である、請求項12に記載の使用。
【請求項14】
培養が2~4%CO2の存在下である、請求項1に記載の使用。
【請求項15】
培養が約3%CO2の存在下である、請求項14に記載の使用。
【請求項16】
カロテノイドの生合成に関与する酵素をコードする少なくとも1つの更なるポリペプチド、又は更なるポリペプチドをコードする核酸が使用される、請求項1に記載の使用。
【国際調査報告】