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特表2024-540800結晶構造を決定する方法及びそれを実施するための装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2024-11-06
(54)【発明の名称】結晶構造を決定する方法及びそれを実施するための装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/20058 20180101AFI20241029BHJP
   G01N 23/2055 20180101ALI20241029BHJP
【FI】
G01N23/20058
G01N23/2055 310
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2024513360
(86)(22)【出願日】2022-09-01
(85)【翻訳文提出日】2024-04-26
(86)【国際出願番号】 CZ2022050084
(87)【国際公開番号】W WO2023030563
(87)【国際公開日】2023-03-09
(31)【優先権主張番号】PV2021-403
(32)【優先日】2021-09-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CZ
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】518014874
【氏名又は名称】フィジカルニ ウースタヴ アーヴェー チェーエル ヴェーヴェーイー
【氏名又は名称原語表記】FYZIKALNI USTAV AV CR, V.V.I.
(74)【代理人】
【識別番号】100073184
【弁理士】
【氏名又は名称】柳田 征史
(74)【代理人】
【識別番号】100175042
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 秀明
(74)【代理人】
【識別番号】100224775
【弁理士】
【氏名又は名称】南 毅
(72)【発明者】
【氏名】パラティヌス,ルカーシュ
(72)【発明者】
【氏名】ブラズダ,ペトル
(72)【発明者】
【氏名】クラール,パウル
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA03
2G001BA18
2G001CA03
2G001JA08
2G001KA08
(57)【要約】
本発明は、電子回折可能な結晶(4)の結晶構造を決定する方法に関する。該方法は、三次元電子回折パターンを取得するステップ、及び電子回折パターンに由来するデータを処理するステップを含む。本発明の本質は、その決定方法が、積分された散乱電子強度のリストを含む仮想回折フレームを生成することにあるということである。続いて、データ処理ステップにおいて、動的回折理論が用いられる。別の実施形態では、本発明は、該方法を実施可能な装置を提供する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶構造モデルを決定する方法であって、前記結晶が電子回折可能であり、
三次元電子回折によって前記結晶から電子回折データを取得するステップであって、前記データが結晶回折パターンに関する情報を含み、各回折パターンがデータ取得中の入射電子ビームに対する各方向の散乱電子強度及び結晶方位に関する情報を含み、前記結晶が前記回折データの記録中に回転又は傾斜している、ステップ、及び
結晶格子パラメータ、回折パターンの取得時の結晶方位、各反射の指数、及び各回折パターン上の各反射の散乱電子強度を決定するデータを処理し、それによって処理されたデータを生成するステップ、
コンピュータプログラムによって仮想回折フレームを生成するステップであって、各仮想回折フレームが、1つの仮想フレームを形成するすべての実験パターンからの寄与を合計した、各方向の積分された散乱電子強度のリストを含み、前記仮想回折フレームが、提供された三次元電子回折データから計算により形成される、ステップ、
近似結晶構造モデルを提供するステップ、及び
動的回折理論を使用して前記近似結晶構造モデルをリファイニングするステップ
を含み、ここで、前記リファイニングするステップが、
前記近似結晶構造モデルに基づく動的回折理論を使用して散乱された電子のモデル化された強度を計算するステップと、
実験的に決定された散乱電子強度とモデル化された強度との間の差を最小化するステップであって、前記リファインメントされた結晶構造モデルが最小の偏差を有するモデルである、ステップと
を含む、方法。
【請求項2】
請求項1に記載のステップを含む、非中心対称結晶の絶対構造を決定する方法であって、
現在の近似結晶構造モデルとは逆の絶対構造のモデルを生成し、それによって反転モデルを生成するステップ、
前記反転モデルに
動的回折理論を使用して前記近似結晶構造モデルをリファイニングするステップ、及び
前記反転モデルと非反転モデルの品質指標を比較するステップであって、正しい構造が、実験データとリファインメントされた構造モデルに基づいて計算されたデータとの間の偏差が最小となる構造である、ステップ
を含む、方法。
【請求項3】
三次元電子回折によって前記結晶から電子回折データを取得するステップが、連続的な結晶回転の測定である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
三次元電子回折によって前記結晶から電子回折データを取得するステップが、結晶を回転させるステップである、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
実験的に決定された散乱電子強度とモデル化された強度との間の差を最小化するステップが、最小二乗法の計算を含む、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記近似結晶構造モデルを提供するステップが、実験データの分析に基づいている、請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
結晶構造モデルを決定するための装置であって、
電子ビームを放出可能な電子源、
結晶とともに回転運動又はタイリング運動を実施するように適合された結晶ホルダ、
前記結晶による散乱電子を検出する検出器であって、
データストレージ及び処理ユニット
に接続された検出器
を含み、
前記処理ユニットが結晶格子パラメータ、回折パターンの取得時の結晶方位、各反射の指数、及び各回折パターン上の各反射の散乱電子強度を決定するように適合されており、それによって前記処理されたデータを生成し、かつ
コンピュータプログラムによって仮想回折フレームを生成し、各仮想回折フレームが、1つの仮想フレームを形成するすべての実験パターンからの寄与を合計した、各方向の積分された散乱電子強度のリストを含み、前記仮想回折フレームが、提供された三次元電子回折データから計算により形成され、
前記データストレージが、近似結晶構造モデルを提供するように構成されるか、又は処理ユニットが、近似構造モデルの取得につながる処理データの分析を実施するように適合されており、かつ
前記処理ユニットが、前記構造モデルをリファイニングするように適合されている、
装置。
【請求項8】
前記処理ユニットが動的回折理論を使用して前記近似結晶構造モデルをリファイニングするように適合され、前記処理ユニットが、前記リファイニング中に、
前記近似結晶構造モデルに基づく動的回折理論を使用して散乱された電子のモデル化された強度を計算し、かつ
実験的に決定された散乱電子強度とモデル化された強度との間の差を最小化する
ように適合され、ここで、
前記リファインメントされた結晶構造モデルが最小の偏差を有するモデルである、
請求項7に記載の装置。
【請求項9】
前記処理ユニットが非中心対称結晶の絶対構造を決定するように構成されており、前記処理ユニットが、
現在の近似結晶構造モデルの構造とは逆の絶対構造のモデルを生成し、それによって反転モデルを生成し、
前記反転モデルの動的回折理論を使用して前記近似結晶構造モデルをリファイニングし、かつ
前記反転モデルと実験データの品質指標を比較する
ように構成されており、ここで、
正しい絶対構造が、それらの間の偏差が最小になる構造である、
請求項7又は8に記載の装置。
【請求項10】
前記処理ユニットが前記近似結晶構造モデルをリファイニングするように適合されており、前記装置が、
前記近似結晶構造モデルの品質指標を計算し、かつ
前記品質指標を比較する
ように適合されており、ここで、
前記正しい結晶構造が、前記実験データと前記リファインメントされた構造モデルに基づいて計算されたデータとの間の偏差が最小となる、モデル化された結晶構造とみなされる、
請求項7から9のいずれか一項に記載の装置。
【請求項11】
前記処理ユニットが、現在の近似結晶構造モデルとは逆の結晶構造のモデルを生成するように適合されており、それによって反転モデルを生成し、かつ、前記品質指標を比較するステップが、前記反転モデル及び非反転モデルの品質指標を比較するステップであり、ここで、前記正しい構造が、前記実験データと前記リファインメントされた構造モデルに基づいて計算されたデータとの間の偏差が最小となる構造である、請求項7から10のいずれか一項に記載の装置。
【請求項12】
前記検出器が、前記結晶の前記回転と同時にデータを収集するように設定される、請求項7から11のいずれか一項に記載の装置。
【請求項13】
前記検出器が、前記結晶の前記回転中に段階的にデータを収集するように設定される、請求項7から12のいずれか一項に記載の装置。
【請求項14】
結晶構造モデル、好ましくは非中心対称結晶の絶対構造を決定する方法であって、前記結晶が電子回折可能であり、
三次元電子回折によって前記結晶から電子回折データを取得するステップであって、前記データが結晶回折パターンに関する情報を含み、各回折パターンがデータ取得中の入射電子ビームに対する各方向の散乱電子強度及び結晶方位に関する情報を含み、前記結晶がデータ取得中に回転又は傾斜している、ステップ、及び
結晶格子パラメータ、回折パターンの取得時の結晶方位、各反射の指数、及び各回折パターン上の各反射の散乱電子強度を決定する前記データを処理し、それによって処理されたデータを生成するステップ、
コンピュータプログラムによって仮想回折フレームを生成するステップであって、各仮想回折フレームが、1つの仮想フレームを形成するすべての実験パターンからの寄与を合計した、各方向の積分された散乱電子強度のリストを含み、前記仮想回折フレームが、提供された三次元電子回折データから計算により形成される、ステップ、
近似結晶構造モデルを提供するステップ、
動的回折理論を使用して前記近似結晶構造モデルの品質指標を計算し、モデル強度を計算するステップ、
現在の近似結晶構造モデルとは逆の絶対構造のモデルを生成し、それによって反転モデルを生成するステップ、
動的回折理論を使用して前記反転結晶構造モデルの品質指標を計算し、モデル強度を計算するステップ、及び
前記反転モデル及び非反転モデルの品質指標を比較するステップであって、正しい構造が、実験データとリファインメントされた構造モデルに基づいて計算されたデータとの間の偏差が最小となる構造である、ステップ
を含む、方法。
【請求項15】
三次元電子回折によって前記結晶から電子回折データを取得するステップが、連続的な結晶回転の測定である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
三次元電子回折によって前記結晶から電子回折データを取得するステップが、結晶を回転させるステップである、請求項14から15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
近似結晶構造モデルを提供するステップが、実験データの分析に基づいている、請求項14から16のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の相互参照】
【0001】
本出願は、両方ともチェコ共和国プラハ所在の公的研究機関であるチェコ科学アカデミーのフィジカルニ ウースタヴ アーヴェー チェーエル ヴェーヴェーイー(Fyzikalni ustav AV CR, v.v.i.)による出願である、2021年9月1日に提出されたチェコ特許出願第CZ2021-403号及び2021年12月30日に提出された米国特許出願第17/565,624号の優先権の利益を主張する。
【技術分野】
【0002】
本発明は、コンピュータによって実現される発明に関する。より詳細には、本発明は、結晶性物質の回転電子回折データの処理に関する。一実施形態では、本発明は、データの動的リファインメントを使用して回転電子回折から結晶構造をリファイニングする方法に関し、該方法は原子構造を正確に決定可能にする。
【背景技術】
【0003】
構造解析とは、結晶構造内の原子の空間配置に関する情報を取得する方法である。解析には、結晶の準備、データの取得、初期構造モデルの発見、及び構造モデルの最適化といった幾つかのステップが含まれる。
【0004】
構造モデルは、最小二乗法と呼ばれる数学的手順によって最適化される。この手順では、実験的な回折データが結晶上で測定され、実際の構造モデルに基づいて計算された理論的な回折データと比較される。構造モデルを調整することにより、実験データと理論データとの差が最小限に抑えられる。この手順を成功させるためには、構造モデルからの理論データの計算が正確でなければならない。
【0005】
データ取得ステップに電子が用いられる場合、それは電子回折実験として知られる。この場合、理論的な回折強度の計算は複雑な方法となる。その理由は、いわゆる「動的回折効果」の存在である。
【0006】
電子回折から正確な理論的回折データを計算する方法、いわゆるリファインメントは、歳差運動電子回折データの特殊ケース用に設計されたものである。一般的な電子回折データに匹敵する方法はまだない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、上述の欠点に鑑み、結晶構造をリファイニングする方法を提供することであり、その各ステップはコンピュータによって実行されるため、本方法は、歳差電子回折の特殊ケースだけでなく、一般的な電子回折データを使用して良好な構造最適化を取得するのに適している。
【0008】
本発明のさらなる目的は、広範囲の結晶学的計算を使用し、広範囲の化合物及び結晶型の静電ポテンシャル分布及び結晶構造を決定することが可能なコンピュータ実装方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の態様では、結晶構造モデルを決定する方法が提供される。該方法は、好ましくは有機結晶を含むが、これに限定されない。結晶構造の決定は、金属含有化合物などの無機結晶、例えば水和したコバルト及びリン酸アルミニウム、又は石英、ナトロライトなどの鉱物、並びに、有機結晶、例えばアミノ酸、炭化水素、及びそれらの誘導体、並びに酢酸アビラテロンなどの多くの薬物に対して実施することができる。しかしながら、タンパク質構造の決定、並びに抗体、遺伝子、及び薬物送達試料の結晶構造の決定に関しては、特に利点が得られる。
【0010】
該方法は、
三次元電子回折によって結晶から電子回折データを取得するステップであって、データは結晶回折パターンに関する情報を含み、各回折パターンがデータ取得中の入射電子ビームに対する各方向の散乱電子強度及び結晶方位に関する情報を含み、結晶が回折データの記録中に回転又は傾斜している、ステップ、
結晶格子パラメータ、回折パターンの取得時の結晶方位、各反射の指数、及び各回折パターン上の各反射の散乱電子強度を決定するデータを処理し、それによって処理されたデータを生成するステップ、
コンピュータプログラムによって仮想回折フレームを生成するステップであって、各仮想回折フレームが、1つの仮想フレームを形成するすべての実験パターンからの寄与を合計した、各方向の積分された散乱電子強度のリストを含み、仮想回折フレームが、提供された三次元電子回折データから計算により形成される、ステップ。
【0011】
近似結晶構造モデルを提供するステップ、及び
動的回折理論を使用して近似結晶構造モデルをリファイニングするステップ
を含み、ここで、リファイニングするステップは、
近似結晶構造モデルに基づく動的回折理論を使用して、散乱電子のモデル化された強度を計算するステップ、及び
実験的に決定された散乱電子強度とモデル化された強度との間の差を最小化するステップであって、リファインメントされた結晶構造モデルが最小の偏差を有するモデルである、ステップ
を含む。
【0012】
本発明による方法は、結晶構造、好ましくは動的リファインメントによって取得することができる非中心対称結晶の絶対構造を決定することができる。運動学的近似と比較して、本発明による方法は、回折データにおける動的回折効果を無視せず、したがって、結晶構造についてのより正確な情報を取得することが可能となる。本発明の方法によるステップの組合せは、いわゆる仮想回折フレームを生成するように適合されており、ここで、仮想回折フレーム内の実験データに対応する理論データは、仮想回折フレームが生成されない従来技術の方法と比較して、結晶構造モデルからより容易に計算することができる。その結果、歳差電子回折によって確立されたモデルと同様の精度で、非歳差電子回折データに現在使用されている手順よりもはるかに優れた精度で、構造モデルを取得することができる。歳差運動データに比べて非歳差運動データを使用する方法の利点は、歳差運動方法のための特別な機器を必要とせずにより容易に利用できること、より高速なデータ処理、及びデータ取得中の電子結晶の全体的な照度が低いことであり、これは、とりわけ電子照射に敏感な有機材料の分析に有利である。このような最適化された構造モデルは、結晶構造に対するより良い洞察を提供し、また、検出が難しいものの、多くの場合材料の機能及び用途にとって重要である、キラル分子を含む結晶の絶対構造又は軽原子の位置などの重要な情報を提供する。
【0013】
好ましい実施形態では、非中心対称結晶の絶対構造を決定する方法が提供される。該方法は、
現在の近似結晶構造モデルとは逆の絶対構造のモデルを生成し、それによって反転モデルを生成するステップ、
反転モデルに動的回折理論を使用して近似結晶構造モデルをリファイニングするステップ、及び
反転モデルの品質指標を比較するステップであって、正しい構造が、実験データとリファインメントされた構造モデルに基づいて計算されたデータとの間の偏差が最小になる構造である、ステップ
を含む。
【0014】
結晶構造を取得することの技術的問題を解決する別の解決策が、本発明の第2の態様において提供される。電子回折が可能な非中心対称結晶の絶対構造を決定するための同じ技術的問題を解決する代替的な方法がここに開示される。該方法は、
三次元電子回折によって結晶から電子回折データを取得するステップであって、データが結晶回折パターンに関する情報を含み、各回折パターンがデータ取得中の入射電子ビームに対する各方向の散乱電子強度及び結晶方位に関する情報を含み、結晶がデータ取得中に回転又は傾斜している、ステップ、及び
結晶格子パラメータ、回折パターンの取得時の結晶方位、各反射の指数、及び各回折パターン上の各反射の散乱電子強度を決定するデータを処理し、それによって処理されたデータを生成するステップ、
コンピュータプログラムによって仮想回折フレームを生成するステップであって、各仮想回折フレームが、1つの仮想フレームを形成するすべての実験パターンからの寄与を合計した、各方向の積分された散乱電子強度のリストを含み、仮想回折フレームが、提供された三次元電子回折データから計算により形成される、ステップ、
近似結晶構造モデルを提供するステップ;
動的回折理論を使用して近似結晶構造モデルの品質指標を計算し、モデル強度を計算するステップ、
現在の近似結晶構造モデルとは逆の絶対構造のモデルを生成し、それによって反転モデルを生成するステップ;
動的回折理論を使用して反転結晶構造モデルの品質指標を計算し、モデル強度を計算するステップ、及び
反転モデルと非反転モデルの品質指標を比較するステップであって、正しい構造が、実験データとリファインメントされた構造モデルに基づいて計算されたデータとの間の偏差が最小になる構造である、ステップ
を含む。
【0015】
段階的又は連続的な回転とは、試料が回転軸の周りを、例えば、個別に規定された段階的に-50°から50°、例えば1°、又は連続的など、ある特定の事前選択された範囲内で回転することを意味する。回折パターンは、各回転後の「ステップ」モード、または結晶回転中の連続モードのいずれかで露光され、例えば、Gemmi M, Mugnaioli E, Gorelik TE, Kolb U, Palatinus L, Boullay P, et al.3D Electron Diffraction: The Nanocrystallography Revolution. ACS Cent Sci. 2019 Aug 28; 5 (8): 1315-29を参照されたい。
【0016】
回折パターンは、結晶によって散乱された電子の方向及び強度の記録であり、通常、電子デバイス、すなわち、結晶が電子源と検出器との間に位置するように配置される電子検出器によって取得される。回折の取得は、画像、すなわち二次元記録の形式をとり、反射の強度に関する情報が含まれる。回折取得の典型的な例が図1に示されている。
【0017】
当業者は、反射を、回折ビームが検出器に衝突する場所として理解しており、例えば、Vaclav Valvoda, Milena Polcarova, Pavel Lukac, Zaklady strukturni analyzy, Karolinum, Prague, 1992, ISBN 80-200-0280-4のテキストを参照されたい。
【0018】
近似結晶構造モデルとは、結晶の基本セル内のおおよその位置と原子タイプの決定を含む原子のリストであると理解される。このモデルは、すでに刊行されている場合は文献から取得することができ、又は確立された構造解析方法による回折データから直接取得することもでき、例えば、Giacovazzo, C. (editor), Fundamentals of Crystallography, Third Edition, Oxford University Press, 2011, ISBN 9780199573653のテキストを参照されたい。別の実施形態では、当業者は、実験的な回折パターンから取得したデータの事前解析を提供し、近似結晶構造モデルの知識に基づいた推定を提供することができる。
【0019】
回折データから得られる必要な情報は、結晶格子パラメータとしても知られる結晶の単位格子のパラメータ、及び実験中に測定された散乱電子強度とすべての反射の標準偏差のリストである。反射は、逆結晶格子内の位置を決定する3つの(例外的な場合は3つ以上の)整数指数によって特徴付けられ、例えば、Vaclav Valvoda、Milena Polcarova、Pavel Lukac、Zaklady strukturni analyzy、Karolinum、Prague、1992、ISBN 80-200- 0280-4のテキストを参照されたい。
【0020】
リファインメント品質指標は、リファインメントされた構造モデルがどの程度優れているか、及びどの程度信頼性があるかを推定する数値である。この品質指標は、R係数R、R及びwRが次のように定義されることが有利でありうる:
【0021】
【数1】
【0022】
ここで、
【0023】
それぞれ
【0024】
が観察され、これらは、それぞれ、回折ベクトルgによって特徴付けられる特定の回折電子ビームの計算された強度であり、ここで、
【0025】
及び
【0026】
は、次の決定された値:
【0027】
の標準偏差である。用いられる品質指標の特定の選択は、用途に依存するものであり、本発明のユーザが専門知識に基づいて行うことができる。
【0028】
本発明は、水素、リチウム、ベリリウム、又はホウ素などの軽原子を含む結晶の絶対構造の決定に特に適している。
【0029】
本発明のさらなる利点は、構造内の正確な原子位置を、0.005nm未満の平均誤差で達成できることである。
【0030】
三次元電子回折は、電子ビームと結晶を互いに相対的に回転させて、データ、とりわけ研究対象の結晶上で散乱させた電子の強度を取得する方法である。回転は、透過型電子顕微鏡の磁気コイルを使用して電子ビームを回転させるか、又はゴニオメータを使用して結晶を回転させるか、又は両方の方法を組み合わせることによって確実に行うことができる。幾つかの実施形態では、回転は傾斜させることができる。
【0031】
回転回折データ取得方法の好ましい実施形態では、電子散乱強度は一連の連続画像に記録され、各回折パターンの取得後に結晶はゴニオメータの軸を中心にある角度だけ回転される。回転の大きさは通常、0.1°から1°の間である。結晶の全傾斜は、典型的には±60°の範囲でありうるが、幾つかの実施形態ではさらに大きくなる。
【0032】
好ましい実施形態では、回転電子回折データを取得するステップは、電子ビームの回転と結晶の傾斜を組み合わせたものであり、異なる電子ビームの傾斜に対する幾つかの回折パターンが結晶の傾斜ごとに記録される。したがって、好ましい実施形態は、場合によっては電子ビームの傾きがゴニオメータの傾きよりも高い精度で制御することができるという事実により、結晶とビームの相互配向がより正確になるという利点を有する。
【0033】
別の好ましい実施形態では、連続的な結晶の傾斜が連続的な回折データの取得と組み合わされる。結晶ゴニオメータは、電子回折イメージング中に傾斜軸の周りを連続的に回転する。回転電子回折の各画像は、ゴニオメータの回転速度と露光時間によって決定される、角度範囲をカバーする。逐次回転とは異なり、連続回転では積分電子回折強度が記録される。結晶の連続的な傾斜を使用するこの好ましい実施形態は、より単純な実験計画という利点を提供し、結晶への電子照射を最小限に抑え、積分強度を取得する。
【0034】
回転電子回折法による上記のデータ取得方法はすべて、M. Gemmi and A. Lanza: 3D electron diffraction techniques, Acta Crystallographica B, Vol. 75, pp. 495-504, year of publication 2019に詳細に記載されている。
【0035】
データ処理は、
- すべての回折パターンの最大値を見つけて、逆空間内の座標を決定するステップ、
- 結晶格子のパラメータを見つけて、空間内の結晶の配向を決定する、すなわち、いわゆる配向行列を決定するステップ、
- すべての回折パターン上のすべての潜在的に励起された逆格子点の回折強度を決定するステップ
を含む。
【0036】
いわゆる仮想回折フレームは、次のように生成される:
・適切な数の連続した実験回折パターンが選択され、1つの仮想フレームに結合される。適切な数とは、仮想回折フレームによってカバーされる全角度範囲が好ましくは約1°~3°になるような数である。
【0037】
・逆格子のすべての点が、仮想回折フレームによってカバーされる角度範囲内にあることが分かる。
【0038】
・見出された各点について、すべての実験回折パターン上のその点に属するすべての回折強度が合計される。
【0039】
・逆格子の点に属する取得された強度のリストは、仮想回折フレームと呼ばれるデータセットを形成する。
【0040】
・仮想回折フレームの配向は、それを構成するすべての実験回折パターンの配向の平均として決定される。
【0041】
・後続の仮想回折フレーム間の角度差は、隣接する仮想回折フレームによってカバーされる逆空間の体積が部分的に重なるように選択されることが好ましい。
【0042】
好ましい実施形態では、データ処理には回折幾何学のリファインメント、すなわち入射電子ビームに対する結晶の方位のリファインメントも含まれる。
【0043】
リファインメントとは、試験モデルを、観察されたデータに最もよく対応するモデル、特に結晶によって散乱された電子の強度へと開発するために必要とされるすべての動作の説明に用いられる一般的な用語である。リファインメントは、コンピュータによって実行される一連の数学的手順とみなすことができる。本発明の結晶構造推定のリファインメントは、結晶内の原子による電子の多重散乱を考慮した動的回折理論を利用する。
【0044】
リファインメントされた結晶構造モデルの品質を決定するステップは、好ましくはパラメータRを用いて、観察された量と結晶構造モデルに従ってシミュレートされた量との間の偏差を決定することである。偏差が十分に小さい場合であっても、結晶構造モデルは正確であると考えられる。
【0045】
本発明の別の実施形態では、本発明による結晶構造モデルの決定に適した装置が説明される。
【0046】
該装置は、
電子ビームを放出可能な電子源、
結晶とともに回転運動又はタイリング運動を実施するように適合された結晶ホルダ、
結晶から散乱された電子を検出する検出器
を備えており、該検出器は、
データストレージ及び処理ユニット
に接続され、ここで、
処理ユニットは、結晶格子パラメータ、回折パターンの取得時の結晶方位、各反射の指数、及び各回折パターン上の各反射の散乱電子強度を決定するように適合されており、それによって処理されたデータを生成し、かつ
コンピュータプログラムによって仮想回折フレームを生成し、各仮想回折フレームが、1つの仮想フレームを形成するすべての実験パターンからの寄与を合計した、各方向の積分された散乱電子強度のリストを含み、前記仮想回折フレームが前記提供された三次元電子回折データから計算により形成され、
データストレージは近似結晶構造モデルを提供するように構成されるか、又は処理ユニットは、近似構造モデルの取得につながる処理データの分析を実施するように適合されており、
処理ユニットは、構造モデルをリファイニングするように適合される。
【0047】
好ましい実施形態では、処理ユニットは、動的回折理論を使用して近似結晶構造モデルをリファイニングするように適合されており、ここで、処理ユニットは、リファイニング中に、
近似結晶構造モデルに基づく動的回折理論を使用して散乱電子のモデル化された強度を計算し、かつ
実験的に決定された散乱電子強度とモデル化された強度との間の差を最小化する
ように適合され、ここで、リファインメントされた結晶構造モデルは、最小の偏差を有するモデルである。
【0048】
別の好ましい実施形態では、処理ユニットは、非中心対称結晶の絶対構造を決定するように構成されており、ここで、処理ユニットは、
現在の近似結晶構造モデルとは逆の絶対構造のモデルを生成し、それによって反転モデルを生成し、
動的回折理論を使用して反転結晶構造モデルをリファイニングし、かつ
反転モデルと非反転モデルの品質指標を比較する
ように構成され、ここで、正しい構造は、実験データとリファインメントされた構造モデルに基づいて計算されたデータとの間の偏差が最小になる構造である。
【0049】
別の好ましい実施形態では、処理ユニットは近似結晶構造モデルをリファイニングするように適合されており、かつ、装置は、
近似結晶構造モデルの品質指標を計算し、かつ
品質指標を比較する
ように適合され、ここで、正しい結晶構造は、実験データとリファインメントされた構造モデルに基づいて計算されたデータとの間の偏差が最小になるモデル化された結晶構造とみなされる。
【0050】
別の好ましい実施形態では、処理ユニットは、現在の近似結晶構造モデルの構造とは反対の結晶構造の仮想モデルを生成し、それによって反転モデルを生成するように適合され;品質指標を比較するステップは、反転モデルと実験データの品質指標を比較するステップであり、正しい構造とは、それらの間の偏差が最小となる構造である。
【0051】
好ましくは、検出器は結晶の回転と同時にデータを収集するように設定される。
【0052】
別の好ましい実施形態では、検出器は、結晶の回転中に段階的にデータを収集するように設定される。
【図面の簡単な説明】
【0053】
図1】回折パターンの一例を示す図。このセクションには、指定された屈折率、強度、及び強度の標準偏差を有する1つの反射の拡大画像が示されている。
図2】実験的な回折パターンからの仮想回折フレームの生成の概略図。特に、図2は回転軸に沿った図である。青い線は、結晶の回転中に露出した1つの実験パターン(eo)によってカバーされる空間の領域を規定する。矢印を伴った青い円弧は、実験図がカバーする角度範囲を示している。この図は、そのような3つの実験パターンを示している。幾つかの(図2の)実験パターンは、常に1つの仮想フレームへと結合される(図には矢印を伴った赤い円弧で示されている)。
図3】本発明による構造のリファインメントを可能にする装置の基本図。図3は、電子2を放出する電子源1を示しており、そこからコンデンサーレンズシステム3が結晶試料5に入射する集束電子ビーム4を形成し、そこから散乱電子6が伝播し、これが演算ユニット8に接続された検出器7に入射し、さらに伝播する。
図4】本発明による結晶構造をリファイニング及び/又は決定する方法のフローチャート
図5】実験結果のセクションで説明した構造を決定するために用いたナトロライト結晶を示す図。点灯している部分に丸印が付いている。リングの直径は750nmである。
図6】実験結果のセクションで説明した構造を決定するために用いた酢酸アビラテロン結晶の1つを示す図。点灯している部分に丸印が付いている。リングの直径は850nmである。
図7】酢酸アビラテロン分子の構造式
【発明を実施するための形態】
【0054】
本発明による方法を実施するための装置に対応する実施形態について、図3を参照して説明する。
【0055】
図3は、本発明による決定又はリファインメント方法を使用するデータストレージ及び処理ユニット8にさらに接続された透過型電子顕微鏡の一部を概略的に示している。図3はさらに、例えば電子銃でありうる電子源1を備えた透過型電子顕微鏡を示している。電子源1は一次電子ビーム2を生成する。電子ビーム2は、一次電子ビーム2を集束電子ビーム4へと集束させるレンズ3のシステムを通過し、集束電子ビーム4は電子回折が可能な結晶5へと誘導される。一次電子2の電子源1、レンズ3、及び好ましくは結晶5の傾きも、制御システムによって制御することができる。散乱電子6は検出器7によって検出され、この検出器7さらに、データストレージ及び処理ユニット8に接続されている。データストレージ及び処理ユニット8は、データベースと、本発明による方法によって測定結晶5の結晶構造を決定及び/又はリファイニングするようにデータを処理するコンピュータプログラムとをさらに備える。
【0056】
測定ステップと並行して、又は測定ステップに続いて、計算ユニット8は、得られたデータを解析することによって結晶構造の初期の不正確なモデルを生成することができる。別の実施形態では、ユニット8内のコンピュータプログラム及びデータベースは、X線回折などの他の情報源から推定された結晶5の構造モデルに関する情報を含みうる。より詳細には、データベースは、X線回折及び/又は理論的に予測されたモデルによって決定された結晶5の結晶構造に関する情報をさらに含みうる。これらの方法によって得られる結晶構造5の構造モデルは不完全及び/又は不正確である可能性があり、したがって技術的課題は、この最初は不正確な結晶構造5の構造モデルをリファイニングすることである。リファインメントされた結晶5の構造モデルは、材料の物理的、化学的、及び薬学的特性の理解に使用することができ、したがって、材料の特性に関する知識が有用又は必要な場合には常に用いられる。回転電子回折の使用は、とりわけ実験設定が単純で、実験装置が安価で、実験自体のプロセスが単純である場合に、歳差運動電子回折に比べて利点をもたらす。データ取得の速度と電子線量の効率的な使用のおかげで、回転電子回折は電子照射に非常に敏感な材料の研究にも適している。動的回折理論は、結晶5の結晶構造をリファイニングするために用いられる。一実施形態では、回折強度を計算するためのブロッホ波法を使用すると、動的回折理論を使用した構造推定をリファイニングすることができる。この方法は、例えば、JCH Spence and JM Zuo, Electron microdiffraction, Plenum press, 21992, p.35のテキストなどに記載されている。
【0057】
このようにして、散乱電子6の強度は、結晶5の結晶構造の所与のモデルに従って決定される。あるいは、ブロッホ波法と同等の結果が得られるマルチスライス法を使用して、動的回折理論を使用した回折強度を計算することもできる。マルチスライス法については、例えば、DB Williams and CB Carter, Transmission Electron Microscopy, 2nd Edition, Springer, 2009, p. 533のテキストにさらに詳細に記載されている。
【0058】
次に、計算された強度値は、測定データ、特に散乱電子強度6と比較される。
【0059】
ある特定の実施形態における回転データ取得において計算された強度
【0060】
は、結晶5の可能な各配向におけるすべての計算された強度を1つの仮想回折フレームに積分することによって取得することができる。積分は、有限数の結晶方位5で計算された強度の合計として数値的に実施することができる。
【0061】
構造のリファインメントは主に、原子の位置、原子の種類、及びそれらの散乱パラメータなどの構造パラメータを決定することからなる。これらのパラメータは、計算された強度と実験強度との差を最小限に抑えるために変更される。計算には、結晶及びその配向に関連するパラメータ、すなわち、結晶5の厚さ及び一次電子ビーム4と結晶5との相互配向も含まれる場合がある。計算は、モデル強度
【0062】
の計算に影響を与えるパラメータの影響も受ける。
【0063】
最小二乗法を使用して、結晶5の結晶構造モデルをリファイニングすることができる。一実施形態では、標準的なガウス・ニュートンアルゴリズムを使用することができる。この手法は、開始点が解に近い、すなわちモデルがほぼ正確である、小規模な残余の問題には十分である。
【0064】
リファインメントされたモデルの品質を決定するステップは、リファインメント品質指標を使用して結晶構造のリファインメントされたモデルと観察された量との対応を検証するステップを含む。一実施形態では、結晶構造モデルの検証は、リファインメント品質指標の1つ及び/又はセット全体を使用して評価することができる。これらの指標には次式が適用される:
【0065】
【数2】
【0066】
ここで、
【0067】
それぞれ、
【0068】
が観察され、これらはそれぞれ、回折ベクトルgによって特徴付けられる特定の回折電子ビーム5の計算された強度であり、
【0069】
及び
【0070】
は、次の決定値:
【0071】
の標準偏差である。
【0072】
係数wRが最小値に達する場合、結晶構造はリファインメントされたとみなされる。R係数は、正しい絶対結晶構造を決定する際にも敏感である。絶対構造の2つの変形構造の係数Rを比較し、Rの値が小さい変形構造を選択することによって、2つの変形構造のどちらが正しいかを明確に決定することが可能となる。これにより、結晶の絶対構造、ひいては結晶中に含まれる分子の絶対配置を決定することが可能となる。
【0073】
したがって、本実施形態は、典型的には0.05Åよりも優れた精度で結晶の結晶構造を決定又はリファイニングする方法を提供する。
【0074】
本発明による方法は、最良の形態と考えられる本発明の動作モードで詳細に説明される。当業者であれば、さらに、図4に示される一般的な手法が有用であることがわかるであろう。
【0075】
発明の作用
実験結果
本発明は多くの材料で試験しており、そのうちの2つ(ケイ酸ナトリウムの無機結晶(鉱物ナトロライト)と酢酸アビラテロンの有機結晶)がここに挙げられている。
【0076】
ナトロライト
ナトロライトは、Na(AlSi10)(HO)の化学組成を有する鉱物である。その構造は空間群Fdd2を有しており、これは、この材料については絶対構造を決定することが合理的であることを意味している。
【0077】
チェコ共和国ウースチー・ナド・ラベム、マリアンスカ・スカラ産の天然ナトロライトの試料を、瑪瑙乳鉢で微粉末に粉砕した。その粉末を、炭素膜でコーティングされた銅グリッドに施した。このグリッドを透過型電子顕微鏡用の試料ホルダに入れ、LaB電子源を備え、かつSIS Veleta CCD検出器を備えた、加速電圧200kVのFEI Tecnai G2 20顕微鏡に配置した。
【0078】
三次元電子回折法による結晶からの電子回折データの取得は次のように行った:
幾つかの結晶を試験し、それらの回折パターンを視覚的に検査することにより、適切な測定候補を選択した。結晶ゴニオメータを-50°の位置まで回転させた。結晶を毎秒0.3°の角速度で0.6°回転させ、回転中ずっとその回折パターンを検出器に記録した。得られた実験回折パターンをコンピュータのハードディスクに保存した。この回折パターン手順をさらに0.6°の回転で繰り返した。結晶の全回転は99.6°であり、したがって合計166の実験回折パターンが得られた。
【0079】
得られたデータを、コンピュータプログラムPETS2(<http://pets.fzu.cz>)でさらに処理した。データ処理には次のステップが含まれる:(詳細については、例えば、Palatinus, L., Brazda, P., Jelinek, M., Hrda, J., Steciuk, G. & Klementova, M. (2019) Specifics of the data processing of precession electron diffraction tomography data and their implementation in the PETS2.0 program, Acta Cryst.B75, 512-522を参照されたい):
- すべての回折パターンの最大値を見つけて、逆空間内の座標を決定するステップ(図1参照);
- 配向行列を決定するステップ、すなわち、結晶格子のパラメータを見つけて、空間内での結晶の配向を決定するステップ。決定された格子パラメータは、a=18.273Å、b=18.646Å、c=6.617Å、α=90°、β=90°、γ=90°であった;
- すべての実験回折パターン上のすべての潜在的に励起された逆格子点の回折強度を決定するステップ(図1を参照);
- 仮想回折フレームを生成するステップであって、それにより:
・1つの仮想フレームは、1.2°の角度範囲をカバーしており、したがって、2つの実験的な回折パターンを組み合わせることによって生成した(図2参照);
・仮想回折フレームによってカバーされる角度範囲内にある逆格子のすべての点が見つかった。
【0080】
・見つかった逆格子の各点について、この点に属するすべての回折強度をすべての実験回折パターンで合計した。
【0081】
・逆格子の点に属する、このようにして得られた強度のリストは、仮想回折フレームと呼ばれるデータセットを形成する。
【0082】
・仮想回折フレームの配向を、それを構成する2つの実験回折パターンの配向の平均として決定した。
【0083】
・後続の各仮想回折フレームは、前の回折パターンと比較して、1実験回折パターン分だけシフトした。したがって、2つの連続する仮想回折フレームの角度の重なりは0.6°であった。
【0084】
・手順全体の結果は、165個の仮想回折フレーム上の48847個の反射のリストであった。
【0085】
屈折率、強度、及び標準偏差を含む反射のリストの形式でのPETSプログラムからの出力を、結晶構造モデルを見つけてリファイニングするために、Jana2006プログラム(<http://jana.fzu.cz>)でさらに処理した。この方法は次のステップを包含する:
- 構造内の原子のリストとそれらのおおよその位置を含む近似構造モデルを見つけるステップ
- 動的回折理論を使用して、リファインメントに必要な理論的回折強度を計算した一方で、最小二乗法によって構造モデルをリファイニングするステップリファインメントの結果、残差係数R=0.0947、wR=0.0968が得られた。
【0086】
- 以下のステップを含む、正しい絶対構造を決定するステップ:
・反転構造モデル、すなわち、構造内のすべての原子の座標が同じ絶対値で反対の符号を有する座標に置き換えられたモデルを生成するステップ、
・以前のモデルのリファインメントと同様に構造モデルをリファイニングするステップ。
【0087】
・反転モデルのリファインメントの結果、残差係数R=0.1559、wR=0.1663が得られた。これらの値は非反転モデルの値より0.01を超えて大きいことから、この手順により、元の非反転モデルが正しい絶対構造に対応していることが明確に判断される。
【0088】
得られたリファインメントされた構造モデルを、X線単結晶回折によって決定されたナトロライトの既知の参照構造と比較した。原子間距離の平均差は0.0125Åであった。
【0089】
酢酸アビラテロン
酢酸アビラテロンは薬効を有する有機物質である。その化学式はC2633NOである。酢酸アビラテロンの分子が図7に示されている。この分子はキラルであり、P2空間群で結晶化し、これは、この物質の絶対構造を決定することが理にかなっていることを意味している。
【0090】
酢酸アビラテロンの白色粉末を蒸留水に溶解した。1分後、溶液を1滴、カーボン被覆銅グリッド上に滴下した。この格子を、冷却機能を備えた透過型電子顕微鏡用の試料ホルダに入れ、LaB電子源を備え、かつSIS Veleta CCD検出器を備えた、加速電圧200kVのFEI Tecnai G2 20顕微鏡に配置した。試料を100Kまで冷却した。
【0091】
データの取得は次のように行った:
結晶を試験し、それらの回折パターンを視覚的に検査することにより、測定に適した結晶を選択した。合計5つの結晶を、測定及びさらなる処理のために選択した。第1の結晶では、結晶を含むゴニオメータを-28.3°の位置まで回転させた。次に、結晶を毎秒0.465°の角速度で0.4°回転させ、回転中ずっとその回折パターンを検出器に記録した。得られた実験回折パターンをコンピュータのハードディスクに保存した。この回折パターン手順をさらに0.4°の回転で繰り返した。結晶の全回転は80°であり、したがって、合計200の実験回折パターンが得られた。
【0092】
他の4つの結晶についても同じ手順を繰り返した。1つの実験での回転速度及び回転角度範囲は同じままであった。回転の合計範囲は、結晶2、3、4及び5で、それぞれ、87.2°、78.4°、50.4°、及び54.0°であった。
【0093】
各結晶から個別に得られたデータを、コンピュータプログラムPETS2(<http://pets.fzu.cz>)でさらに処理した。データ処理は次のステップを含んでいた(詳細については、例えば、Palatinus, L., Brazda, P., Jelinek, M., Hrda, J., Steciuk, G. & Klementova, M. (2019) Specifics of the data processing of precession electron diffraction tomography data and their implementation in the PETS2.0 program, Acta Cryst.B75, 512-522を参照されたい):
- すべての回折パターンの最大値を見つけて、逆空間内の座標を決定するステップ(図1参照);
- 配向行列を決定するステップ、すなわち、結晶格子のパラメータを見つけて、空間内での結晶の配向を決定するステップ。決定された格子パラメータは、a=7.470Å、b=9.689Å、c=30.20Å、α=89.96°、β=89.98°、γ=89.99°であった;
- すべての実験回折パターン上のすべての潜在的に励起された逆格子点の回折強度を決定するステップ(図1を参照);
- 仮想回折フレームを生成するステップであって、それにより:
・1つの仮想フレームは、2°の角度範囲をカバーしており、したがって、5つの実験的な回折パターンの組合せによって生成した(図2参照);
・仮想回折フレームによってカバーされる角度範囲内にある逆格子のすべての点が見つかった。
【0094】
・見つかった各逆格子点について、この点に属するすべての回折強度をすべての実験回折パターンで合計した。
【0095】
・逆格子の点に属する、このようにして得られた強度のリストは、仮想回折フレームと呼ばれるデータセットを形成する。
【0096】
・仮想回折フレームの配向を、それを構成する5つの実験回折パターンのすべての配向の平均として決定した。
【0097】
・後続の各仮想回折フレームは、結晶1、2、3については2つの実験回折パターン分、結晶4及び5については3つの実験回折パターン分、前の仮想回折フレームからシフトした。したがって、2つの連続する回折パターンの角度の重なりは、それぞれ、1.2°及び0.8°であった。
【0098】
・手順全体の結果は、285個の仮想回折フレーム上の10957個の反射のリストであった。
【0099】
屈折率、強度、及び標準偏差を含む反射のリストの形式でのPETSプログラムからの出力は、結晶構造モデルを見つけてリファイニングするために、Jana2006プログラム(<http://jana.fzu.cz>)によってさらに処理される。すべてのデータが一緒に読み取られ、5つの結晶すべてからのデータに対して構造モデルをリファイニングした。この方法は次のステップを包含する:
- 構造内の原子のリストとそれらのおおよその位置を含む近似構造モデルを見つけるステップ
- 動的回折理論を使用して、リファインメントに必要な理論的回折強度を計算した一方で、最小二乗法によって構造モデルをリファイニングするステップリファインメントの結果、残差係数R=0.1242、wR=0.1354が得られた。
【0100】
次のステップを含んだ正しい絶対構造を決定する:
- 反転構造モデル、すなわち、構造内のすべての原子の座標が同じ絶対値で反対の符号を有する座標に置き換えられたモデルを生成するステップ;
- 以前のモデルのリファインメントと同様に構造モデルをリファイニングするステップ。
【0101】
- 反転モデルのリファインメントの結果、残差係数R=0.1560、wR=0.1721が得られた。これらの値は非反転モデルの値より0.01を超えて大きいことから、この手順により、元の非反転モデルが正しい絶対構造に対応していることが明確に判断される。
【0102】
得られたリファインメントされた構造モデルを、X線単結晶回折によって決定された酢酸アビラテロンの既知の参照構造と比較した。原子間距離の平均差は0.0493Åであった。
【0103】
産業上の利用可能性
本発明は、計算結晶学の分野に応用される。より正確には、本発明は、無機結晶の結晶構造と有機結晶の構造の両方の決定に適用することができ、結晶構造の知識は冶金又は製薬産業などの多くの分野で使用することができる。
【符号の説明】
【0104】
1 電子源
2 電子ビーム
3 レンズ
4 集束電子ビーム
5 測定結晶
6 散乱電子
7 検出器
8 処理ユニット
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【手続補正書】
【提出日】2024-05-23
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶構造モデルを決定する方法であって、前記結晶が電子回折可能であり、
三次元電子回折によって前記結晶から電子回折データを取得するステップであって、前記データが結晶回折パターンに関する情報を含み、各回折パターンがデータ取得中の入射電子ビームに対する各方向の散乱電子強度及び結晶方位に関する情報を含み、前記結晶が前記回折データの記録中に回転又は傾斜している、ステップ、及び
結晶格子パラメータ、回折パターンの取得時の結晶方位、各反射の指数、及び各回折パターン上の各反射の散乱電子強度を決定するデータを処理し、それによって処理されたデータを生成するステップ、
コンピュータプログラムによって仮想回折フレームを生成するステップであって、各仮想回折フレームが、1つの仮想フレームを形成するすべての実験パターンからの寄与を合計した、各方向の積分された散乱電子強度のリストを含み、前記仮想回折フレームが、提供された三次元電子回折データから計算により形成される、ステップ、
近似結晶構造モデルを提供するステップ、及び
動的回折理論を使用して前記近似結晶構造モデルをリファイニングするステップ
を含み、ここで、前記リファイニングするステップが、
前記近似結晶構造モデルに基づく動的回折理論を使用して散乱された電子のモデル化された強度を計算するステップと、
実験的に決定された散乱電子強度とモデル化された強度との間の差を最小化するステップであって、前記リファインメントされた結晶構造モデルが最小の偏差を有するモデルである、ステップと
を含む、方法。
【請求項2】
請求項1に記載のステップを含む、非中心対称結晶の絶対構造を決定する方法であって、
現在の近似結晶構造モデルとは逆の絶対構造のモデルを生成し、それによって反転モデルを生成するステップ、
前記反転モデルに
動的回折理論を使用して前記近似結晶構造モデルをリファイニングするステップ、及び
前記反転モデルと非反転モデルの品質指標を比較するステップであって、正しい構造が、実験データとリファインメントされた構造モデルに基づいて計算されたデータとの間の偏差が最小となる構造である、ステップ
を含む、方法。
【請求項3】
三次元電子回折によって前記結晶から電子回折データを取得するステップが、連続的な結晶回転の測定である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
三次元電子回折によって前記結晶から電子回折データを取得するステップが、結晶を回転させるステップである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
実験的に決定された散乱電子強度とモデル化された強度との間の差を最小化するステップが、最小二乗法の計算を含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項6】
前記近似結晶構造モデルを提供するステップが、実験データの分析に基づいている、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項7】
結晶構造モデルを決定するための装置であって、
電子ビームを放出可能な電子源、
結晶とともに回転運動又はタイリング運動を実施するように適合された結晶ホルダ、
前記結晶による散乱電子を検出する検出器であって、
データストレージ及び処理ユニット
に接続された検出器
を含み、
前記処理ユニットが結晶格子パラメータ、回折パターンの取得時の結晶方位、各反射の指数、及び各回折パターン上の各反射の散乱電子強度を決定するように適合されており、それによって前記処理されたデータを生成し、かつ
コンピュータプログラムによって仮想回折フレームを生成し、各仮想回折フレームが、1つの仮想フレームを形成するすべての実験パターンからの寄与を合計した、各方向の積分された散乱電子強度のリストを含み、前記仮想回折フレームが、提供された三次元電子回折データから計算により形成され、
前記データストレージが、近似結晶構造モデルを提供するように構成されるか、又は処理ユニットが、近似構造モデルの取得につながる処理データの分析を実施するように適合されており、かつ
前記処理ユニットが、前記構造モデルをリファイニングするように適合されている、
装置。
【請求項8】
前記処理ユニットが動的回折理論を使用して前記近似結晶構造モデルをリファイニングするように適合され、前記処理ユニットが、前記リファイニング中に、
前記近似結晶構造モデルに基づく動的回折理論を使用して散乱された電子のモデル化された強度を計算し、かつ
実験的に決定された散乱電子強度とモデル化された強度との間の差を最小化する
ように適合され、ここで、
前記リファインメントされた結晶構造モデルが最小の偏差を有するモデルである、
請求項7に記載の装置。
【請求項9】
前記処理ユニットが非中心対称結晶の絶対構造を決定するように構成されており、前記処理ユニットが、
現在の近似結晶構造モデルの構造とは逆の絶対構造のモデルを生成し、それによって反転モデルを生成し、
前記反転モデルの動的回折理論を使用して前記近似結晶構造モデルをリファイニングし、かつ
前記反転モデルと実験データの品質指標を比較する
ように構成されており、ここで、
正しい絶対構造が、それらの間の偏差が最小になる構造である、
請求項7又は8に記載の装置。
【請求項10】
前記処理ユニットが前記近似結晶構造モデルをリファイニングするように適合されており、前記装置が、
前記近似結晶構造モデルの品質指標を計算し、かつ
前記品質指標を比較する
ように適合されており、ここで、
前記正しい結晶構造が、前記実験データと前記リファインメントされた構造モデルに基づいて計算されたデータとの間の偏差が最小となる、モデル化された結晶構造とみなされる、
請求項7又は8に記載の装置。
【請求項11】
前記処理ユニットが、現在の近似結晶構造モデルとは逆の結晶構造のモデルを生成するように適合されており、それによって反転モデルを生成し、かつ、前記品質指標を比較するステップが、前記反転モデル及び非反転モデルの品質指標を比較するステップであり、ここで、前記正しい構造が、前記実験データと前記リファインメントされた構造モデルに基づいて計算されたデータとの間の偏差が最小となる構造である、請求項7又は8に記載の装置。
【請求項12】
前記検出器が、前記結晶の前記回転と同時にデータを収集するように設定される、請求項7又は8に記載の装置。
【請求項13】
前記検出器が、前記結晶の前記回転中に段階的にデータを収集するように設定される、請求項7又は8に記載の装置。
【請求項14】
結晶構造モデル、好ましくは非中心対称結晶の絶対構造を決定する方法であって、前記結晶が電子回折可能であり、
三次元電子回折によって前記結晶から電子回折データを取得するステップであって、前記データが結晶回折パターンに関する情報を含み、各回折パターンがデータ取得中の入射電子ビームに対する各方向の散乱電子強度及び結晶方位に関する情報を含み、前記結晶がデータ取得中に回転又は傾斜している、ステップ、及び
結晶格子パラメータ、回折パターンの取得時の結晶方位、各反射の指数、及び各回折パターン上の各反射の散乱電子強度を決定する前記データを処理し、それによって処理されたデータを生成するステップ、
コンピュータプログラムによって仮想回折フレームを生成するステップであって、各仮想回折フレームが、1つの仮想フレームを形成するすべての実験パターンからの寄与を合計した、各方向の積分された散乱電子強度のリストを含み、前記仮想回折フレームが、提供された三次元電子回折データから計算により形成される、ステップ、
近似結晶構造モデルを提供するステップ、
動的回折理論を使用して前記近似結晶構造モデルの品質指標を計算し、モデル強度を計算するステップ、
現在の近似結晶構造モデルとは逆の絶対構造のモデルを生成し、それによって反転モデルを生成するステップ、
動的回折理論を使用して前記反転結晶構造モデルの品質指標を計算し、モデル強度を計算するステップ、及び
前記反転モデル及び非反転モデルの品質指標を比較するステップであって、正しい構造が、実験データとリファインメントされた構造モデルに基づいて計算されたデータとの間の偏差が最小となる構造である、ステップ
を含む、方法。
【請求項15】
三次元電子回折によって前記結晶から電子回折データを取得するステップが、連続的な結晶回転の測定である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
三次元電子回折によって前記結晶から電子回折データを取得するステップが、結晶を回転させるステップである、請求項14又は15に記載の方法。
【請求項17】
近似結晶構造モデルを提供するステップが、実験データの分析に基づいている、請求項14又は15に記載の方法。
【国際調査報告】